エピソード1 「わたし 日本語しゃべれない!」 女子留学 初めて物語
明治4(1871)年、明治新政府がアメリカ留学に送り出した5人の少女の中で、梅子は最年少の6歳。10年間もの留学をまじめに勉め、現地ワシントン郊外の女学校を卒業した梅子は、最先端の教育を身につけ、英語もネイティブ並に堪能となっていた。しかし帰国してみると、日本語をすっかり忘れ、何と家族とも日本語で会話が成り立たないという驚くべき事態に・・・。留学してキャリアアップ出来たはずが、思わぬつまずきにあった梅子の困惑ぶりを紹介。
エピソード2 「結婚の話なんてしないで!」 明治の早すぎる結婚事情
女性のための学校を作るという夢を抱いて帰国した20歳前の梅子に降りかかったのは、世間からの結婚圧力!当時の「日本の女性の結婚適齢期は15歳前後」と、梅子もアメリカ留学時代の養母宛の手紙に記し当惑している。また、女性は結婚しなければ一人前とみなされない風潮も梅子を悩ませる。梅子は政府が設立した華族女学校で教職につくが、その教育方針にも満足できず、再度アメリカ留学。さらに、ヘレン・ケラーやナイチンゲールとの出会いを通して、女性には結婚だけでなく、多様な人生の選択枝があることを確信する。
エピソード3 100年前の卒業ソング 女子英学塾誕生物語
梅子はついに、1900年、明治33年、女性が自立するために、女性教員を養成する小さな学校を設立。しかしその授業は超スパルタ方式で、退学する生徒も続出。そして3年後、ようやくこぎ着けた卒業式で、梅子は8人の卒業生たちから意外なプレゼントを・・・それは、卒業生たちが、まるで“鬼教師”のような梅子に感謝の思いを込めた手作りの卒業ソングだった。梅子の教え子たちは、その後全国に散り、各地で女性の教育に携わっていく。