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トップ  バックナンバー  2009年  10月  第19回 俺がやらなきゃ誰がやる

俺がやらなきゃ誰がやる
~勝海舟 第2の人生の使い方~

●本放送 平成21年10月14日(水) 22:00~22:43 総合 全国
●再放送 平成21年10月21日(水)
平成21年10月21日(水)
平成22年 8月25日(水)
08:15~08:58
16:05~16:48
16:05~16:48
BS2
総合
総合
全国
全国
全国
※再放送の予定は変更されることがあります。当日の新聞などでご確認ください。

配役:勝海舟役:村上かず

エピソード1 勝海舟×静岡茶=幕府の後始末?

元幕臣が開墾を始めた茶畑(静岡県島田市・牧之原台地)
日本一のお茶どころ、静岡。実はその発展には、勝海舟が大きく関わっていた。江戸から明治への大転換、江戸無血開城を行った勝は、その直後から幕府崩壊の後始末に奔走する。失業し、生きる術を失った徳川家の家臣たちのために、政府や全国の大名家への再就職を斡旋。さらに、幕府崩壊に不満を持つ武士たちを、言葉巧みに抑え込みながら、自立の道へと促していく。それが、徳川家の移住先だった静岡での茶畑開墾だった。
 

エピソード2 明治に喝!勝海舟の辛口名言集

「おれは御維新の時に、三十年の間は眼の玉を黒くして政府を監視すべしと約束した。」明治の政治家たちの中で長老格だった勝は、西洋文明の物真似のような近代化のあり方に批判の声をあげ続ける。日清戦争、足尾鉱毒問題など、近代化によってもたらされた様々な矛盾を鋭く突いたその言葉は、新聞紙面にたびたび載り、威勢のいい御意見番として人気を博す。そんな勝の辛口な言葉の数々を紹介する。
足尾鉱毒問題を批判する勝の言葉(明治30年3月27日「毎日新聞」)
 

エピソード3 明治天皇と徳川慶喜 歴史的会見の影で・・・

晩年の勝海舟(再現)
明治31年3月2日、明治天皇と徳川慶喜が、かつての江戸城・皇居で会見する。かつて、天皇の軍隊によって江戸城を追いやられた慶喜が、その因縁を洗い流した歴史的会見だった。そして、この会見実現に密かに奔走したのが勝海舟だった。その背景には、勝と慶喜を巡るもう一つの因縁と、晩年、それを洗い流そうとする勝の思いが秘められていた。会見に至るまでの、勝と慶喜の知られざる明治の30年とは・・・。
 

参考文献

おもな参考文献
『勝海舟全集』勝海舟全集刊行会編(講談社)
『勝海舟全集』勝部真長ほか編(勁草書房)
『静岡県史 通史編5』静岡県編(静岡県)
『明治の海舟とアジア』松浦玲著 (岩波文庫)
『その後の慶喜』家近良樹著(講談社選書メチエ)
『それからの海舟』半藤一利著(ちくま文庫)

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