バックナンバー

トップ  バックナンバー  2009年  4月  第5回 謎の忍者軍団

謎の忍者軍団
知られざる“忍びの里”物語

●本放送 平成21年 4月29日(水) 22:00~22:43 総合 全国
●再放送 平成21年 5月 6日(水)
平成21年 5月 7日(木)
 8:15~ 8:58
 3:08~ 3:51
BS2
総合
全国
全国 (水曜深夜)
※再放送の予定は変更されることがあります。当日の新聞などでご確認ください。

配役:忍者役 浮田和貴  越中晃一

エピソード1  忍者 デビュー!

伊賀に600以上も見つかっている「土塁」。敵から身を守るための設備は、この地域で争いが絶えなかったことの証拠。鎌倉~室町時代、伊賀では少領主が群雄割拠し、争いあっていた。そうした中、人々は奇襲攻撃を中心とした独自のゲリラ戦術を磨く。それが世に知られたのが室町時代半ばの「鈎の陣」の戦い。甲賀に攻めてくる幕府の大軍に、甲賀と伊賀の人々は神出鬼没の山岳ゲリラ戦法で対抗、幕府軍を翻弄する。そして将軍の本陣への反撃の夜襲。こうした変幻自在の戦い方が、幕府軍に「忍び」と恐れられるようになった。これにより伊賀甲賀は忍びの里として全国に知られることになる。

 

エピソード2  服部半蔵 栄光の影で・・・

「半蔵門」
東京の地下鉄・半蔵門線。この「半蔵」という名は、有名な伊賀忍者・服部半蔵からつけられたもの。しかしなぜ半蔵は伊賀ではなく、東京に名を残したのか?実は半蔵は父の代に伊賀を去り、徳川家康に仕えていた。農作業が大変な伊賀は、多くの人が暮らすには厳しい土地。半蔵の父はよりよい暮らしを求め、傭兵となって伊賀を出る。その裏には長い争いの中で人々が独自に身につけた忍術があったからである。忍術を武器に多くの人々が傭兵となった戦国時代。半蔵は家康の出世とともに江戸に移り、江戸城(現・皇居)の門のすぐ脇に屋敷を構えたことから、半蔵門として歴史にその名を残した。それが地下鉄の名の由来ともなっている。
 

エピソード3  哀しみの 首切り地蔵

戦国時代後期、全国で大名たちによる大規模な戦が行われる中、伊賀と甲賀だけは外敵の侵入を許さず、独立を保っていた。彼らは一致団結する「掟書」を作り、故郷の平和を守ろうとした。しかしその前に強大な敵が現れる。織田信長である。その信長に、まず甲賀が大敗して服従する。そして伊賀にも攻め込む。この時、伊賀勢は一度は信長軍を撃退したものの、次に4万5千もの大軍に攻められ、壊滅させられる。信長軍に破壊されたという首切り地蔵が、時代を超えてその悲劇を今に伝えている。
「首切り地蔵」
 

この回ゆかりの地は・・・

参考文献

*絶版になっているものもありますので、書店・出版社にご確認下さい
『大日本古文書』東京大学史料編纂所編 (東京大学出版会)
『続史料集成』竹内理三編(臨川書店)
『伊賀史叢考』久保文武著 (伊賀郷土史研究会)
『歴史群像シリーズ 忍者と忍術』(学研)
『伊賀旧考 伊乱記』(伊賀古文献刊行会)
『伊賀の中世城館』(伊賀中世城館調査会)
『伊賀甲賀 忍びの謎』(新人物往来社)
『万川集海 忍器編』石田善人監修(誠秀堂)
『黒田悪党たちの中世史』新井孝重(NHKブックス)
『戦乱の日本史16 伊賀忍者 影の戦い』(小学館)

Page Top