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トップ  バックナンバー  2009年  5月  第7回 裁判はじめて物語

裁判はじめて物語
~明治の人々はどうしたの?~

●本放送 平成21年 5月20日(水) 22:00~22:43 総合 全国
●再放送 平成21年 5月27日(水)
平成21年 5月27日(水)
 8:15~ 8:58
16:05~16:48
BS2
総合
全国
全国
※再放送の予定は変更されることがあります。当日の新聞などでご確認ください。

配役:江藤新平役:東 康平  検事役:竹下 眞

エピソード1  “お裁き”から“裁判”へ 何がどう変わったの?

「司法省誓約」 国立公文書館所蔵
日本で初めて近代な裁判の制度を確立した江藤新平。その出発点は自分の身を襲った暗殺未遂事件だった。江藤は、法を整備し犯罪を取り締まり、裁判を行う組織、司法省を設立し、これまでの“お上が民を裁く”という考え方から“民の権利を守るための裁き”へと人々の意識の転換を図る。明治4年、裁判所が作られ、初めての近代的な裁判が始まった。当時の裁判はどのように行われたのか。人々は、いかにして“裁判”という初めての体験を受け入れていったのかを描く。
 

エピソード2  庶民VS.政府 何がどう裁かれた?

4年前、ある旧家のふすまの下張りから発見された、民衆が国の役人を訴えた裁判の記録をもとに、それまでにはあり得なかった、庶民対政府の裁判の詳細に迫る。
明治5年、江藤は、民衆が役人を訴えることができるという画期的な通達、司法省達第46号を出す。この通達を知った東北の豪商、村井茂兵衛は、大蔵省に奪われた尾去沢銅山を取り戻すための裁判を起こすが、銅山を奪った大蔵省の実力者、井上馨は、裁判をうやむやにしようと画策。判決で井上の罪は認められたものの、銅山が村井家のもとに返ってくることはなかった。その後も村井家は諦めることなく、大蔵省を訴え続けていく・・・。
「村井家ふすまの下張り文書」
 

エピソード3  江藤を追いつめた残酷な裁判

「江藤が政府にあてた手紙」
政府の役人の不正を追及していった江藤は、高官たちから煙たがられる存在となっていた。大蔵省により、司法省の予算が削減される中、江藤は政府に対して、司法の整備こそが国家を発展させるという信念を訴え続けるが、征韓論の論争に破れ、志半ばで政府を去る。このころ、江藤の故郷、佐賀では、士族たちの政府に反発する機運が高まっていた。これを封じ込めるために、ひそかに軍隊を送った政府に対して怒りを感じた江藤は、士族とともにほう起し、政府軍の前に敗れ去ってしまう。四国・高知へと逃走する江藤だが、そこには東京に向かい、裁判の場で政府が抱える問題点を公にしようという目的があった。しかし、捕まった江藤は、佐賀へと送り返され、意見を述べることすら許されない、形ばかりの裁判にかけられ非業の死を遂げる。
 

この回ゆかりの地は・・・

参考文献

『江藤新平』            毛利敏彦(中央公論新社)
『江藤新平と明治維新』     鈴木鶴子(朝日新聞社)
『人物叢書 江藤新平』        杉谷昭(吉川弘文館)
『南部鍵屋 村井家襖の下張り文書』 三浦忠司(鍵屋村井家文書刊行会)
『近代的転換における裁判制度』 染野義信(勁草書房)
『裁判所百年史』          最高裁判所事務総局
『日本政治裁判史録』        第一法規出版

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