文研ブログ

メディアの動き 2021年08月06日 (金)

#337 「世界で増えるジャーナリストへの暴力」

メディア研究部(海外メディア) 税所玲子


世界各地でジャーナリストへの暴力や嫌がらせが後を絶ちません。
7月6日、オランダのアムステルダムの路上で、数々の調査報道を行ってきたジャーナリストのペーター・デフリース氏(64歳)が頭などを至近距離から撃たれ、9日後に亡くなりました。デフリース氏は未解決事件を追い続けた著名な記者で、麻薬王の一味による密売事件で検察側の証人となった男性を支援していたため、脅迫を受けていたといいます。

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デフリース氏が出演していたオランダRTLによる同氏の死去を伝える広報資料 HPより

懸念されるのは、最近は、デフリース氏のように「社会の闇」に迫るケースや紛争地での取材に従事している人だけなく、どの国でも日常的に行われている取材の中で暴力が顕著になっていることです。ジョージアで は、7月5日、性的少数者のパレードを取材していたカメラマンが、LGBT反対派に石や棒で殴られ、病院で手当を受けましたが、のちに自宅で死亡しているのが見つかりました 。また新型コロナウイルス関連の取材中に暴力や嫌がらせを受けるケースも急増していて、BBCの看板報道番組「Newsnight」の記者、ニコラス・ワット氏は、首相官邸から出たところ、「ロックダウン」に 抗議する人々から、「裏切者」などと罵声を浴び追い回されました。BBCの職員に対する嫌がらせは以前からも問題となっていましたが、最近は反ワクチン活動家などが極右勢力とつながり、殺害予告をしたり自宅住所を暴いたりするなど、手口が過激化しています。ワット記者に暴言を浴びせかける様子を収めたビデオを見た現地のジャーナリストからは、「映像から窺えるのは“批判”ではなく“憎悪”だ」との懸念や、「近くには警察官が多数いながら傍観し介入しなかった」など不満の声も出ました。

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左:ジョージアの事件への懸念を示すEuropean Federation of Journalistのリリース HPより
右:反ロックダウン集会でのワット記者への暴言を伝える英ガーディアン紙 HPより

欧州評議会が、コロナ関連の取材でのジャーナリストへの嫌がらせや暴力の実態を調査したところ、2020年9月から12月の間だけで、ドイツ、イタリア、オーストリア、ポルトガルなどで少なくとも58件報告されたとしています1)。スウェーデンの公共放送局STVは、毎日平均で35件の問題事案があり、警護のためなどの経費が過去5年で4倍になっています2)。ジャーナリストが委縮して、自己検閲したりする事態になれば、市民の「知る権利」にも影響が及びかねません。

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UNESCOが出した報告書

 女性記者に対する暴力や嫌がらせも深刻です。特にコロナ禍でオンラインに頼るようになってからはネット上での嫌がらせも増えていて、UNESCO・国連教育科学文化機関が、世界125か国の 901人の女性ジャーナリストに行った調査では、73%が 「オンライン上で嫌がらせ・暴力を経験した」と回答し、25%が「殺害予告や性的暴力などの脅しを受けた」と答えています3)。さらに、20%が、「実際に暴力を振るわれたり、嫌がらせを受けたりした」としています。報告書は、偽情報の流布や、ネット上で広がる陰謀論、それに愛国主義やポピュリズム、極右団体など政治の分断がからみあい、事態を悪化させていると指摘しています 。さらに危惧される点として、37%のケースで攻撃を仕掛けたのは、政治家や政治団体、政府職員だとしていて、記者の口封じを試みていることが浮き彫りになっています。

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NHK NEWS WEBより


今年1月、ワシントンで起きた議会議事堂の襲撃事件は、オンラインの世界での怒りが、リアルな世界に飛び火しかねないこと、そしてその結果、どのような事態に陥るのかを世界に示しました。
ただ、こう書いていて私が思い浮かべるのは、自らに批判的な報道機関を「フェイクニュース」と決めつけたトランプ前大統領の姿ではありません。むしろ、ジャーナリズムの果たすべき役割に理解を示した隣国カナダのトルドー首相と記者とのやりとりです。2015年、政策変更を質す記者にブーイングをした支持者を制し、「カナダは記者をリスペクト(尊重)する国です。彼らは厳しい質問をしますが、そうあるべきなのです」と述べました。2020年の市民との対話集会では、質問に割って入り自分の主張を繰り返した活動家に対し「二度と私に投票しなくても構わないが、ほかの人が意見を述べることだけはリスペクトしてもらいたい」と語気を強め、会場から退出させました。
 パフォーマンスだという声があるかもしれませんが、それでも私が感心するのは、誰もが、声の大きさや圧力にかき消されることなく考えを述べ、その違いが尊重される環境を守ろうという姿勢です。「報道の自由」も「表現の自由」も、意見を交わし、話し合いで物事を決めていく社会を守るためにあると思うのです。

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ジャーナリストの安全を求めるUNESCOの文書 HPより

対応を急ぐ国や国際機関も増えています。EUでは、「欧州民主主義行動計画」に沿って、「ジャーナリストの安全確保の勧告」の採択に向けて協議を進めています。オランダは、警察などがジャーナリストからの訴えを受けた際のガイドラインを作成し、訓練を実施しています。イギリスやスウェーデンも近く、対策を打ち出すとしています。
もちろん、報道機関も受け身で良いわけはありません 。視聴者・読者に対し、なぜこの取材をするのか、どうしてこの結論に至ったのか説明する。間違いがあったときには、潔く認めて検証する。フランスのFTVが始めた情報収集のプロセスの一部公開の取り組みも一考に値すると思います。報道機関が視聴者や読者から再び信頼してもらうために、できることはまだあるはずです。



1) Council of Europe, 30th April 2021, Journalists covering public assemblies need to be protected, https://www.coe.int/en/web/commissioner/-/journalists-covering-public-assemblies-need-to-be-protected?inheritRedirect=true

2) Noel Curran, 16th Jun 2021, Journalism under threat-how can it survive the crossfire, https://www.ebu.ch/news/2021/06/noel-curran-ebu-director-general-at-prix-italia-threats-to-professional-journalism---how-can-it-survive-the-crossfire

3) UNESCO, 30 April 2021, Global trends in online violence against women journalists, https://en.unesco.org/publications/thechilling


調査あれこれ 2021年08月04日 (水)

#336 GIGAスクール構想と「オンライン学習」に向けたメディア利用

メディア研究部(番組研究) 宇治橋祐之


 今年の夏休み、小学生や中学生の子どもがいる家庭では、子どもたちが学校からパソコンやタブレット端末を持ち帰ってきているかもしれません。

 2021年度は「校内通信ネットワークの整備」と「児童生徒1人1台端末の整備」を柱とするGIGAスクール構想の実現により、全国の多くの小・中学校で1人1台の端末を使った学習が始まりました。夏休みについては、文部科学省から「ICT端末を活用した課題(生活の記録、日記、自由研究等)の検討」や、「緊急時の自宅等でのオンライン学習を想定した試行」などが全国の教育委員会に求められており1)、家で端末を使って自由研究をしたり、オンライン学習をしたりしている子どもたちの姿をみることもあるでしょう。

 これまで授業でのメディアの利用は、教師がデジタルテレビやプロジェクターなどの大きな画面に教材を提示する形式が中心でした。子どもたちがパソコンルームなどで1人1台の端末を利用することはありましたが、今年度から本格的に自分だけの端末を使えるようになったのです。

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 文研では2013年度から、各クラス(教師)単位でのメディア環境や利用の実態、そして教師のメディア観や教育観を調べるために「教師のメディア利用と意識に関する調査」を継続して行っています。小学校、中学校、高等学校、特別支援学校それぞれの調査結果は、文研のウェブサイトに公開しています。

 2020 年度は小学校教師を対象とした調査を予定していましたが、①新型コロナウイルス感染拡大防止に伴う学校の臨時休業があり、経年比較が難しいこと、②「オンライン学習」への関心が急速に高まっており、NHKでも新規サービスを行ったこと(この調査では、教室での対面授業をオンラインで行う「リアルタイム型または録画授業型のオンライン授業」とともに、学校が指定したインターネット上の教材を利用して、児童・生徒が家庭で行う学習全てを「オンライン学習」に含めています。)、③「GIGA スクール構想」によって学校のメディア環境が変わろうとしていること、などの理由から新型コロナ下の小学校、中学校、特別支援学校(小学部、中学部)のメディア利用の全体状況を把握するための特別調査を行いました。

 調査結果からは、教師が利用できるメディア機器やインターネット接続の環境は整い、「指導者用のデジタル教科書」や「NHK for School(NHKのテレビ学校放送番組とウェブサイト)」などのメディア教材の利用が、すべての学校種で9割を超えていることがわかりました。また、全体で9割前後の学校が,パソコンとタブレット端末のいずれかを児童・生徒に利用させていて、授業での利用が浸透している様子がみられました。

 また、家庭における「オンライン学習」は,臨時休業の期間(2020年4~5月)のみ実施した学校も一定数存在しましたが,調査時点(2020年10~12月)でも,学校種により差はあるものの3~4割の学校が実施していて、今後の実施意向もみられました。

 「放送研究と調査」2021年6月号「GIGAスクール構想と「オンライン学習」に向けたメディア利用~ 2020 年度「新型コロナ下の小学校,中学校,特別支援学校での メディア利用に関する調査」から~」では、こうした各学校種のメディア利用の状況と、オンライン学習の実施状況とその課題についてまとめています。学校でのメディアを利用した学習だけでなく、家庭でのメディアを利用した学習にこれから何が必要かを考える基礎情報として、読んでいただけるとありがたいです。


1) 「GIGA スクール構想の下で整備された1人1台端末の積極的な利活用等に向けた夏季休業期間中における取組について」(文部科学省)
    https://www.mext.go.jp/content/20210713-mxt_jogai01-000011648_1.pdf


調査あれこれ 2021年08月02日 (月)

#335 国民生活時間調査サイトに新しいコラムを追加しました

世論調査部(視聴者調査) 渡辺洋子


1日にテレビを見ている人の割合は?
日本人の睡眠時間の平均は?

このようなことがわかる国民生活時間調査ですが、結果を目で見て比較出来たり、ダウンロードできたりする便利な特設サイトがあるのをご存知でしょうか?

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特設サイトには、分析を担当した研究員による結果の紹介や、生活時間調査にまつわる話のコラムも掲載しています。

8月からは、新たにこの2本を追加しました。
「コロナ禍で睡眠時間は増えた?減った?」
「在宅勤務はどこまで広まった?」

今後も随時、コラムを追加していくので、是非ご覧ください!

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答え    国民全体で平日にテレビを見ている人の割合 79%
      平日の国民全体の睡眠時間 7時間12分


調査あれこれ 2021年07月28日 (水)

#334 予想外?予想どおり? 日本人の環境意識

世論調査部(社会調査) 村田ひろ子


210728-11.jpg 皆さんは、スーパーやコンビニで買い物をするとき、レジでレジ袋をもらっていますか?それとも、持参した袋に買った商品を入れていますか?
 文研が実施した環境に関する世論調査※1の結果をみると、レジ袋の有料化が義務付けられる前(206月以前)では、レジ袋を「毎回もらっていた」が53%と過半数を占め、「必要なときにだけもらっていた」(41%)を合わせた『もらっていた』は94%に上ります。
一方、有料化が義務付けられた後(207月以降)では、「毎回もらっている」は、わずか3%で、「必要なときにだけもらっている」を合わせた『もらっている』は50%です。レジ袋をもらっている人は、有料化が義務付けられた後、大きく減少したことになりますが、これは、ほぼ予想どおりの結果でした。

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 一方で、レジ袋の有料化が、プラスチックごみの削減につながると思っている人は、予想以上に多くいました。有料化がプラスチックごみの『削減につながる』という人は70※2で、『削減にはつながらない』の28%を大きく上回っていたのです。ペットボトルなどのプラスチック製品も大量に使われているので、レジ袋を有料化してもプラスチックごみの『削減にはつながらない』と考える人が多いのでは?と予想していたので、私はやや意外に感じましたが、皆さんはどう思われますか?

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 調査では、人々が気候変動問題をどうとらえているかについても尋ねています。「気候変動による世界的な気温の上昇」が危険だと思っている人は、どれくらいいたのでしょうか・・・?
 答えは75%! 調査方法が異なるため単純な比較はできませんが、10年前の調査でも、76%もの人が気温の上昇を危険視していて、多くの日本人が気候変動を心配していることがうかがえます。

 「放送研究と調査」2021年6月号では、「脱炭素時代」を迎え、日本人が環境問題とどう向き合い、行動しているのか、世論調査の結果からご紹介しています。2011年の福島第一原子力発電所の事故を受けて、原発や放射性廃棄物に対する意識がどう変わったのかも注目のポイントです。ぜひご一読ください!!



※1 ISSP国際比較調査「環境」・日本の結果 時期:20201028日~122日、
   調査方法:郵送法、調査対象:全国18歳以上の2,400人、調査有効数(率):1,491人(62.1%) 

※2 回答結果をまとめる場合は、実数で足し上げて%を計算しているため、
   単純に%を足し上げた数字と一致しないことがある。

調査あれこれ 2021年07月16日 (金)

#333 コロナ禍のストレス事情 ~「新型コロナウイルス感染症に関する世論調査」から~

世論調査部(社会調査) 原 美和子


 毎日発表される感染者数やワクチン接種の進捗状況、そして感染拡大の不安の中で開催される東京五輪・パラリンピック大会・・・・・。新型コロナウイルスに振り回される日々が相変わらず続いています。
 NHKは、この新型コロナウイルス感染症について、2020年11月から12月にかけて、初めて体系的な世論調査を実施しました(調査結果の詳細は、「放送研究と調査」6月号「新型コロナは私たちの暮らしや意識をどう変えたか」で報告しています)。
このブログでは、その中から、“コロナ禍のストレス事情”についてご紹介します。

withコロナはwithストレス
 感染拡大前と比べて、ストレスを感じることが「大幅に増えた」人は14%、「ある程度増えた」人は53%で、3人に2人がストレスを感じることが『増えた』と感じています。

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 そのストレスの中身は、具体的にどのようなものなのでしょうか。ストレスを感じることが『増えた』人に、11の選択肢の中からいくつでも選んでもらった結果がこちらのグラフです。
「マスクの着用など感染防止対策に気を遣うこと」(グラフでは「感染防止への配慮」)、「気軽に遊びに行けないこと」、「自分や家族が感染するかもしれないと考えること」(グラフでは「感染するかもしれないと考えること」)をストレスと感じている人が、いずれも7割を超えています。

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 ところで、こうした「ストレス要因」の中には、若い人にはストレスになっているけれど、高齢の人はそれ程つらいと思っていないもの、また、特定の年代の人に特にストレスになっているものがあるようです。

次のグラフは、11の項目のうち、4項目について、男女年層別の結果を示したものです。

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このAからDのグラフは、次の4項目のどれに当たると思いますか(正解はブログの末尾をご覧ください)?

「感染防止への配慮」
「家事や育児、介護の負担が増えていること」
「気軽に遊びに行けないこと」
「仕事や学業が思うように進められないこと」

コロナ禍のストレス解消法は?
 何とかしたいコロナ禍のストレス、みなさんはどう解消していますか?
ストレスを感じることが『増えた』人に、ストレスの解消法について自由に答えてもらった結果をご紹介します。 

その1)「自宅で●●」
 「庭の手入れ」「読書やパズル」「料理やお菓子作り」「テレビや録画した番組、動画を見る」など、ステイホームが求められる中、家でできる楽しみが多く挙げられました。

その2)密を避けつつ外へ
人が少ない時間帯に散歩や運動をしたり、市民農園で畑仕事をしたり、ドライブに行くなど、感染防止に気を使いつつ、外に出て気分転換をしている人も多いようです。

その3)誰かとつながる
電話やメール、SNSでのやりとりや、オンライン飲み会など、会いたい人と思うように会えない中、さまざまな形でコミュニケーションをとっていることがうかがえます。

その4)今はひたすら・・・・
我慢する・あまり深刻に考えないようにしている・あきらめるという人もいました。ストレスが解消されるというより、あまり振り回されないようにすることで、ストレスを増やさない、ということでしょうか。

その5)なるほど!
 最後に、印象に残ったものをいくつかご紹介します。どうでしょう、気持ちがちょっと前向きになる気がしませんか?

「大きな声で歌う」 「笑顔で過ごす」 「感染が収束したあとにやりたいことを考えて準備する」 「新型コロナについて正しい知識や情報を得る」

 ワクチン接種がようやく軌道に乗りつつあるとはいえ、感染の収束は見通せない状況です。新型コロナとの生活はまだまだ続き、すぐにストレスが減ることは期待薄かもしれません。自分に合ったストレス解消法を見つけて、少しでも気分よく毎日を過ごしていきたいですね。


【正解】
感染防止への配慮=A
家事や育児、介護の負担が増えていること=D
気軽に遊びに行けないこと=B
仕事や学業が思うように進められないこと=C



メディアの動き 2021年07月14日 (水)

#332 オリンピックに向けられる複雑な視線 ~禁欲的五輪に意義を見出す~

放送文化研究所 島田敏男


 7月4日に投開票が行われた東京都議選の結果をどう評するか。見方は様々でしょうが「自民党支持者の一部が無党派に流れ出し、行き場に迷った無党派の塊は都民ファーストを崖っぷちで支えた」と見ることもできます。

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 問題は、菅総理大臣がオリンピック・パラリンピック後に先送りした衆議院の解散・総選挙に、こうした都議選に現れた傾向が繋がっていくのかです。
菅総理はコロナウイルスと戦いながら真夏のオリパラを成功させ、長期政権の可能性を手繰り寄せたいという思いで賭けに出たのに他なりません。

 しかし菅総理の目論見は、どうも思うようには進んでいないようで、むしろ国民の間に複雑で多様な視線を生み出しているように感じます。

 自民党と公明党を合わせても過半数に届かなかった都議選の結果に加えて、その1週間後に行われた7月のNHK電話世論調査(9日~11日実施)でも厳しい数字が並びました。

☆7月調査の菅内閣支持の項目を見ますと「支持する」33%、「支持しない」46%となっていて、3か月連続で支持<不支持が続いています。しかも、去年9月の内閣発足以降、支持率は最低を更新(安倍前総理の退陣表明直前が34%)。支持<不支持の差も先月の8ポイント差から13ポイント差に拡がりました。

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☆新型コロナを巡る政府のこれまでの対応を評価するか評価しないか聞いた結果は、「評価する」39%、「評価しない」58%で内閣支持と同様に厳しい数字になっています。去年の暮れにGoToトラベルキャンペーンの継続にこだわりすぎて国民の反発を招いて以来、政府の対応への評価は厳しいままです。

☆では、観客を入れての開催にこだわるのをやめて、1都3県の会場には観客を入れないで行う無観客開催の決定についてはどうでしょう?

「無観客は適切だ」39%、「観客を制限して入れるべき」22%、「観客を制限せずに入れるべき」4%、「大会は中止すべき」30%と割れています。

 菅総理がオリンピック期間をスッポリ覆うように設定した4回目の東京・緊急事態宣言。これを受けてオリンピック組織委員会の橋本聖子会長らが、清水の舞台から飛び降りる覚悟で決断した無観客開催。

 競技会場を抱える北海道や福島県は、この決断に同調して無観客開催を求めて認められました。こだわりを捨てた次善の策が、評価を得た現れと見ることができるでしょう。

 しかし、それでも世論調査では、30%の人が依然として中止を求め続けています。コロナウイルスの感染収束に至らない中での2度目の東京オリンピックの開催に対する国民の視線が、実に複雑で多様なことを読み取らずにはいられません。

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☆さらにもう1つ、重要なポイントについて世論調査の数字を見てみます。東京大会を開催する意義や感染対策についての政府や組織委員会などの説明に対する受け止めです。

「納得している」31%、「納得していない」65%で、ダブルスコアで納得せずが多数を占めています。ほぼ3分の2が腹に落ちていない、中途半端な気分のままだというのは気がかりです。

 これを政治的な態度の違いで見ると、与党支持者では「納得している」45%、「納得していない」54%で比較的接近しています。ところが野党支持者では「納得している」22%、「納得していない」76%。無党派層でも「納得している」22%、「納得していない」75%と圧倒的に懐疑的な様相が浮かび上がっています。

 野党支持者と無党派層には、菅内閣のコロナ対策は安倍内閣当時からのワクチン確保の出遅れを取り戻せていない、場当たり的な自治体への指示が多く接種の計画性に欠けているといった批判が根強く存在しています。

 また、コロナ対策と経済再生の両輪を担う西村康稔大臣が、酒類販売事業者に対し、酒の提供停止の要請に従わない飲食店に酒を売らないよう求めるとともに、金融機関にも働きかけをしてもらうなどと発言し、猛反発を招きました。

 「いかにも上から目線だ」という批判に慌てて撤回して釈明に追われましたが、根っこにあるのは政府が示す対策の有効性と見通しに国民が納得していない残念な状況です。

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 こういう状況の中で行われる東京オリンピックですが、少なくとも組織委員会がIOCを説得しながら禁欲的なスポーツの祭典として歴史に先例を残そうと努力しているのは正しい姿だと思います。

 全世界の人々がテレビの前でアスリートの一挙一動に目を凝らし、競技場には届かなくても思い思いに応援する。

 そして競技場には届かない応援を受けるアスリートの男女には、静けさの中で祈りを捧げる修道士、修道女のような清々しい振る舞いを期待します。そこには、近年のオリンピックを支えながら蝕んでもきた商業主義とは対極のものが見えてくるかもしれません。

 私が今回の東京オリンピックに願うこと。それは日本国民の多くが「オリンピックの開催が、結局、政権の延命装置にしかならなかった」と不快感だけを記憶に残すような総括に終わって欲しくないということです。

 もちろん延命装置になるかどうか自体も、ワクチン接種の拡大と、感染者の抑え込みの成果にかかっています。ただ、それだけでなく、近年では世界に例を見ない禁欲的なオリンピックの姿を示すことができたかどうかも総括の大きな要素になって欲しいと考えます。

 日本の戦後復興と高度経済成長を謳いあげた1964年の東京オリンピックとは異なる総括を、2020(2021年)では歴史に刻みたいものです。

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メディアの動き 2021年07月09日 (金)

#331 「市民参加型」陰謀論の浸透に改めて考えるエンゲージメントの意味

メディア研究部(海外メディア) 青木紀美子


アメリカを揺るがす『大きな嘘』

アメリカの民主主義をいま『大きな嘘』が揺るがしています。2020年の大統領選挙で「大規模な不正」が行われ、勝利が前大統領から「盗まれた」という陰謀論です。各州の選挙委員会や裁判所、前政権最後の司法長官が証拠なしと退けたにもかかわらず、バイデン政権誕生から半年近くが経った5月下旬の世論調査でも、共和党支持層の過半数がこの『大きな嘘』を信じているという結果が出ています1)。共和党が州議会で多数を占める州では、この『大きな嘘』を理由に、将来の選挙不正を防ぐためとして、投票の機会を狭めるような州法の見直しが行われ、選挙が民意を反映しないものになると懸念する声も出ています2)。政権交代直前の1月6日、前大統領の支持者が選挙の結果承認を阻止しようと連邦議会議事堂を襲撃した事件についても、参加者の大半は法を順守する平和的な市民で、主導したのは過激な左派だった、といった陰謀論が共和党支持層の間に広がっています3)

「市民参加型」で浸透した陰謀論

陰謀論はもともと断片的な情報しか得られないことが前提になっているため、ジャーナリストやファクトチェッカーが事実を確認して真偽を検証し、論理矛盾を指摘しても、効果は必ずしも期待できません。その上、2020年のアメリカ大統領選挙では、陰謀論の醸成がボトムアップの市民参加型だった4)ことも『大きな嘘』の浸透を促したと専門家は指摘しています。どういうことでしょうか。以下、その経緯をみてみます。前大統領は選挙前から「民主党は郵便投票を使った大規模な選挙不正を計画している」と繰り返し主張し、警戒をよびかけました。その主張を信じる支持者が各州で選挙の準備や投開票の動きを「監視」し、「疑わしい行為を見つけた」と通報し、「不正行為の暴露」に参加しました。内容は思い込みや虚偽がほとんどで、計画的、組織的な不正行為の証拠は示されていません。しかし、前大統領、その家族や陣営の政治家が市民の「通報」や「証言」を「不正の証拠」として取り上げました。こうした主張を大手メディアが報じると、これがソーシャルメディアで拡散され、前大統領の支持者の間で「不正」への不安や疑念がさらに広がり、これを引用して政治家や右派コメンテーターなどが市民の間で懸念や不信の念が募っていると主張。こうして「市民の通報」や「市民の懸念」をもとに『大きな嘘』は膨らみ、浸透していきました。政治指導者やコメンテーターたちには政治的、経済的な利益をもたらし、支持者たちには「ともに陰謀を暴く」「正義に貢献している」といった帰属意識や憤りから来る高揚感を与え、それが『大きな嘘』を持続させるエネルギーにもなっています。

事実の共有も「市民参加型」に

偽情報対策に取り組んできたFirst Draftのクレア・ワードル氏は、『大きな嘘』のような陰謀論の世界が市民参加型の情報の循環を作っているのに対し、事実を伝えることに重きを置くメディアやファクトチェックの専門家たちは、市民から問題の通報を受けて事実を確認し、真偽を検証する流れは作っているものの、検証結果については従来通りの「トップダウン」型の発信に終わらせがちだという問題を指摘しています。事実を伝える側も、プロセス全体に市民の参加を得、市民と連携していく必要があるというのです。よそ者の専門家が上から目線で教えを垂れるように事実をつきつけるのではなく、より身近なつながりがある人たちとの会話の中で事実が共有される方が説得力があり、地域やコミュニティーに根差し、その文化や言葉を理解する人たちが活動の中心になっていかなければならないと訴えています5)

アメリカだけの問題ではない

根拠を欠く虚偽情報や陰謀論が広く流布され、社会として事実が共有できなくなるという事態は、アメリカだけの問題ではありません。文化的背景や価値観が多様化し、格差が広がり、自らの社会的地位や暮らしが脅かされているという不安を抱く人が増えるなど、社会の分断を生みやすい条件が重なった時、日本を含め、どんな国にも起きうることです。そうした状況を背景にソーシャルメディアを巧みに使って虚偽を拡散し、対立や不信を煽る政治指導者が現れ、その人物を大手メディアがもてはやしたり、その言動を大きく取り上げたりすれば、人々が虚偽の主張に惑わされるリスクは高まります。

偽情報や陰謀論への免疫機能を高めるには

アメリカの現実が示すように陰謀論に引き込まれた人々を現実に引き戻すことは容易ではありません。ファクトチェックの定着と浸透も重要ですが、より予防的な措置として、偽情報や陰謀論を押し返す社会の免疫機能を高めていくことが必要です。そのためには、△情報の真偽を見極める市民のリテラシーを高めること、その一環として△偽情報や陰謀論を広げることで政治的、経済的な利益を得ようとする人や組織がいるという予備知識を浸透させること、また、こうした知識や情報の源として▲科学的知見を伝える学識者や、▲公共が共有する必要がある情報を発信する公的機関、▲事象の動きを伝えるメディアなどと、市民との間の信頼関係の構築が欠かせません。

メディア不信の中でも信頼を維持したのはローカルメディア

アメリカの前大統領は政府の科学者を批判し、事実を伝えるメディアを攻撃し、公的機関による情報の発表を抑制し、その信頼性を貶めることで、自らが主張する虚偽を浸透させました。アメリカでマスメディアの信頼について1972年から継続的に調べてきたGallup社の2020年8~9月の調査では、テレビ、新聞、ラジオなどマスメディアの報道を「大いに」もしくは「相当程度」信頼できると答えた人が党派別にみると民主党支持層では過去最高に近い73%、共和党支持層では10%で過去最低という大きな分断を示しました6)。そのような状況でも、地方の新聞やテレビは信頼できる情報源とみなす人が党派によらず多いことが調査で示されています7)。ローカルニュースは、自分の目でも確認できる範囲の事象や身近な課題を伝え、政治的な対立から離れた関心を呼び起こし、分断を超えた情報の共有や話合いを促す可能性を持っていると識者は指摘します8)

市民参加型のエンゲージド・ジャーナリズムの役割

アメリカの経験をふまえると、人々が自分の文化や言葉を理解している情報源があると感じられる、引いては自分たちも参加して情報をかたちづくっていると思える、トップダウンにとどまらない情報の循環を育むことが必要ではないかと筆者は考えます。メディアの中で、その力を発揮しやすいのは、より身近な関心事を取り上げることが多く、地域の課題解決を視野に入れたエンゲージメントができる地方メディアではないでしょうか。実際、アメリカでは、「市民とともに」ニュースをかたちづくるエンゲージメントを試みるメディアが増えており、2020年の大統領選挙と同時に行われた地方選挙では、各地の公共ラジオや新聞、オンラインメディアが市民の関心に沿った「市民アジェンダ」の選挙報道にも取り組みました9)。また、コロナ禍の中では感染予防策やワクチンの安全性などについて、地域住民の質問に答え、科学的知見にもとづく情報を伝える情報発信を行いました。ローカルメディアの多くは、双方向の対話のチャンネルを開いて信頼を育み、「身近にあって頼りになる」「生きるために役立つ」情報源となり、メディアへの不信、情報への不信を取り除いていこうとしています。


文研では、早稲田大学次世代ジャーナリズム・メディア研究所とともに、こうしたエンゲージド・ジャーナリズムの実践者から話を聞くオンライン講座を開催します。初回は7月10日、「市民アジェンダ」選挙報道を行ったシカゴの公共ラジオWBEZのオーディエンス・エンゲージメント・プロデューサーがゲストです。

エンゲージメントを取り入れた地方メディアの試みとしては、日本でも西日本新聞社「あなたの特命取材班」が始めた市民の疑問や困りごとを取材する調査報道「JOD:ジャーナリズム・オンデマンド」が2021年で4年目に入りました。全国のJODのネットワークは地方紙を中心に26社に増えています。このJODの取り組みについても実践者の話をもとに、このブログで紹介していきたいと思います。


1) Ipsos/ReutersPoll: The Big Lie, May 21, 2021
Over half of Republicans believe Donald Trump is the actual President of the United States.
https://www.ipsos.com/sites/default/files/ct/news/documents/2021-05/Ipsos%20Reuters%20Topline%20Write%20up-%20The%20Big%20Lie%20-%2017%20May%20thru%2019%20May%202021.pdf

2) Statement of Concern, June 1, 2021
The Threats to American Democracy and the Need for National Voting and Election Administration Standards
https://www.newamerica.org/political-reform/statements/statement-of-concern/

3) Half of Republicans believe false accounts of deadly U.S. Capitol riot-Reuters/Ipsos poll, April 5, 2021
https://www.reuters.com/article/us-usa-politics-disinformation-idUSKBN2BS0RZ

4) Trump didn't just prime his audience to be receptive to false narratives of voter fraud, he inspired them to produce those narratives, Kate Starbird, Dec 12, 2020,
https://twitter.com/katestarbird/status/1333791131771969537

5) Breakout: Countering the 2020 Infodemic (2021 Knight Media Forum)
https://vimeo.com/521049339

6) Americans Remain Distrustful of Mass Media  September 30, 2020
https://news.gallup.com/poll/321116/americans-remain-distrustful-mass-media.aspx

7) National News, Local Lens?†Findings from the 2019 Poynter Media Trust Survey
https://cpb-us-e1.wpmucdn.com/sites.dartmouth.edu/dist/5/2293/files/2021/03/media-trust-report-2019.pdf

8) Little Fires Everywhere June 12, 2021
https://www.wnycstudios.org/podcasts/otm/episodes/on-the-media-little-fires-everywhere

9) Citizens Agenda in Action: 20+ newsrooms turning to the public to focus their 2020 election reporting, Bridget Thoreson,·Aug 17, 2020
https://medium.com/we-are-hearken/citizens-agenda-in-action-20-newsrooms-turning-to-the-public-to-focus-their-2020-election-coverage-bcd86a22ec0d



メディアの動き 2021年07月07日 (水)

#330 「『テラスハウス』ショック」 フジテレビの取り組み

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子

 

 フジテレビ系列で放送し、Netflix、FODで配信が行われてきたリアリティー番組、『TERRACE HOUSE TOKYO 2019-2020(以下、『テラスハウス』)』に出演中だったプロレスラーの木村花さんが亡くなったことを踏まえ、私はこれまで、「放送研究と調査」に論考を書き、「文研ブログ」でも4回にわたり取り上げてきました。

 

「放送研究と調査」 「テラスハウス・ショック① ~リアリティショーの現在地~」
  https://www.nhk.or.jp/bunken/research/domestic/20201001_6.html

「文研ブログ」
*花さんが亡くなって3か月が過ぎて https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/100/435552.html
*海外のリアリティー番組について https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2020/10/14/
*BPO委員会決定を受けて https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2021/04/08/
*イギリスOfcom放送コード見直し https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2021/05/21/

 

 今回は5回目のブログになります。フジテレビにはじめて直接取材を行うことができましたので、その内容を掲載します。私は当初フジテレビに対し、番組制作担当者も含めた対面による取材を行いたいと申し込みました。私自身、もともとディレクターだったこともあり、制作者としての様々な思いを直接伺いたい、伺う以上に対話をしながら、メディアに身を置く当事者としても一緒にこの問題を受け止め、SNS時代の放送事業者の責務や、視聴者・出演者・制作者の3者の関係性のあり方について考えたいと思っていたからです。今回、フジテレビ側からは、現在取り組みを開始しているSNS対策を中心に、書面での回答であれば対応いただけるとのことでした。番組制作者への対面による取材を断念したわけではありませんが、フジテレビが花さんの死のような痛ましい出来事を二度と繰り返さないよう、放送事業者としてSNSにどのように向き合い、番組制作者としてひぼう中傷にさらされることが増える出演者にどのようなケアをしようと考えているのか、その具体的な内容を伝えることは、多くのメディア事業者にとって、また社会にとっても役立つ点があると感じ、今回の取材を行いました。以下、かなり長くはなりますが、書面による私の質問とフジテレビの回答の全文を以下に掲載します。

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<質問①>
 BPO の放送人権委員会は 3 月、「制作者側の指示によって意思決定の自由を奪うような人権の侵害や、過剰な編集や演出による放送倫理上の問題はあるとは言えない」とし、同時に「放送を行う決定過程で出演者の精神的な健康状態に対する配慮に欠けていた点で放送倫理上の問題があった」との判断を公表しました。 以上の2点それぞれについての御社の受け止めを教えてください。

<回答①>
 1点目については、弊社が行った検証で、制作側が出演者に対して、その意思に反して、言動、感情表現、人間関係等について指示、強要をしたことは確認されませんでした。BPO 放送人権委員会は、その検証結果も踏まえて、ご判断されたものと考えております。 一方、2 点目については、SNS 上でのひぼう中傷への対策および出演者へのケアの体制について、昨今の SNSの広まりや影響の大きさに照らして、至らぬ点があったことを改めて認識しました。 弊社は、今回の委員会決定を真摯に受け止め、今後の放送・番組作りに生かしていく所存であり、後述の対応を始めております。

 

<質問②>
 御社は対応策として、総務局内に「コンテンツ・コンプライアンス室 」を新設し、同室内に SNS 対策部を設けられたと発表されました。BPO の公表資料では、御社は「これまでは誹謗中傷についても、自然に鎮静化するのを待つのが基本的な姿勢であった」とされています。対策部を設置する以前に 御社がSNS 対応に対してこのような姿勢をとっていた理由と、今回 、対策部を設置するに至った問題意識を教えてください。

<回答②>
 弊社は、これまでSNSに限らずネット世論に対しての危機管理対応について、積極的な対応手段を講じることには慎重な姿勢でした。インターネット掲示板などでの匿名のひぼう中傷についても、こちらから反論すれば、かえって火に油を注ぐことになりかねないとの認識もありました。こうしたことから、脅迫や 殺害予告など、危険性がある場合を除き、沈静化するのを待つという対応が中心でした。 しかし今回、『テラスハウス』の件を受けて、日々ものすごいスピードで進化変容していくSNSやネット のリスクに対して、会社として対処する専門部署が必要であると考え、全社を広くサポートする部門である総務局内に「コンテンツ・コンプライアンス室」と、その下部組織として「SNS対策部」を新たに組成しました。 SNS対策部は、フジテレビが放送・配信するコンテンツ制作部門をバックアップするとの理念の下、「ひぼう中傷は許さない」という強い姿勢を示すとともに、出演者本人や関係者に寄り添い、メンタルケアを積極的に行うことを基本方針として活動しています。

 

<質問③>
 SNS 対策部の具体的な業務の内容について教えてください。また、対策部を設けることによってどのような課題克服や効果を期待していますでしょうか。

<回答③>
 SNS対策部の主たる目的としては以下の3点になります。

1)SNS上のリスクについての注意点を明らかにして、出演者や関係者、コンテンツに関わる炎上等が 発生した際の対応方針や対応フローを盛りこんだSNSガイドラインを新たに作成しました。このガイドラインを社内で共有することで、リスクを避けながらSNSを積極的に活用できるよう後押しすることが最も重要な担務です。このガイドラインはSNS対策の基本として位置付けており、制作現場で幅広く活用されるためにWEB化も実施しました。今後についても風化させないために逐次アップデー トしていく予定です。

2)ネットやSNSでのトラブルの際に速やかに相談できる顧問弁護士、精神科医・臨床心理士などの専門家との連絡体制を構築し、出演者や番組制作担当者のメンタルケアを実施しています。

3)外部の専門会社に委託したSNS監視システムで、24時間365日、ネットやSNS上のネガティブ情報を検知・集約しています。異常を検知した場合には、初期消火を図るべくコンテンツ制作に関わる 全てのセクションと連携しながら、組織的に対応してゆく仕組みを構築、また突発的な事案への対応についても臨機応変に対応しています。 今回作成したガイドラインにより、今まで社内で見解が統一されていなかった「どういうことが起きたら 炎上なのか」「どういうことに気をつけてSNSで発信すべきか」「もし炎上した時はどうすれば良いか」等に ついて、具体的な考え方や対応の方向性を示しています。そして社員やスタッフが現場で使いやすいように、ガイドラインをスマートフォン等で見られる環境も整えました。今後も状況に応じて、このガイドラインを更新し、フジテレビのSNS対策を社内で共有していく予定です。

 

<質問④>
 番組制作の現場と切り離した部署としてリスク管理の対策部門を置くことにはメリットデメリットがあると思います。切り離す判断をした理由を教えてくださいますでしょうか。 それに付随する質問ですが、誹謗中傷や出演に関して様々な悩みを抱える当事者(出演者)は、関係の近い制作担当者には却って相談できない状況もあると推察されますが、現場を介さずに直接、対策部に相談するようなルートは設けられたでしょうか。また本件では、制作担当者、制作責任者、上層部との意思疎通が欠けていたことが指摘されましたが、部門を制作現場と別にすることは、コミュニケ―ション不全を起こさないとも限りません。どのような運営を心掛けていらっしゃいますでしょうか。

<回答④>
 SNS対策は、番組・放送関連だけでなく、全社的な観点での対策が必要と考えています。 今回SNS対策部を設立したことにより、リスク管理機能を全て移管した訳ではありません。たとえば番組出演者がSNS上のトラブルに巻き込まれた場合、まず対応すべきは番組制作担当者であり、その番組を所管する担当部局とSNS対策部が連携をとって対処する方針です。SNS対策部員は編成部や制作部門などと兼務する形で全社横断的に配置されており、社内のコミュニケーションツールで、常時、各部署の動向と、ソーシャルリスニングによるSNS・ネットの情報及びリスク 要因を共有しています。SNS対策部は、番組制作現場と緊密に連携しながら、さまざまな問題に迅速に 対応し、解決を目指す組織であり、現場から離れた部門であることのデメリットはありません。 SNS対策部員は、リスクを感知した時点で積極的に現場に働きかけ、出演者及び番組制作担当者の正確な状況把握、各部署との情報共有、弁護士やメンタルヘルスの専門家といった外部との連携、また場合によっては警察への相談等、番組制作の現場だけでは対応しづらい部分をバックアップしていきます。また、制作現場からSNS対策部に相談するルートとしては、当事者(出演者)や関係者が直接相談できる緊急連絡先を開設しており、前述のガイドラインWEB版で直接相談できるシステム構築も現在進めています。 SNS対策部の部員達が日々重視している事は各制作現場、制作担当者達への積極的な声がけ、コミュニケーションです。何気ない声がけの一言、地道な行動の積み重ねが、当事者や制作担当者が相談しやすい環境を醸成し、早期にリスクの芽を摘む事に繋がると考え、コミュニケーション不全を起こさない新たな運営を実現してまいります。

 

<質問⑤>
 BPOの委員会報告では、リアリティー番組が、「出演者自身がひぼう中傷によって精神的負担を負うリスクがフィクションの場合よりも格段に高く」、「出演者がしばしば未熟で経験不足な若者」であり、「状況を設定し、さらに出演者を選んで制作・放送しているのが放送局」であることから、局には「出演者の身体的・精神的な健康状態に特に配慮をすることが求められる」としています。御社はこの指摘をどのように受け止めましたでしょうか。 また、この指摘はリアリティー番組にのみ特化したものではなく、SNS や配信において特に若い世代を中心に誰もが容易に発信ができる時代に、こうした人達を取り込みながら番組を制作することが増えていく中での、 放送局の社会的責任に関する指摘に通じる点があると思います。出演者のケアという観点で、どのような対策を考えていらっしゃいますでしょうか。

<回答⑤>
 BPO放送人権委員会のご指摘を重く受けとめております。今後は、出演者や関係者がSNS上でひぼう中傷を受けた際、積極的な情報収集の上、出演者及び所属事務所など関係者の理解を得ながら、必要に応じて顧問弁護士、警察等と逐次相談し、内容によっては投稿者に警告文を送付したり、発信者情報開示請求などの法的措置を取ったりすることで、ひぼう中傷を許さない強い姿勢で臨みます。このように、出演者の周囲の人間が積極的に対策を講じることは、ひぼう中傷の抑止だけでなく、悩んでいる人 へのケアの観点からも重要であると考えています。一方で臨床心理士や精神科医などのメンタルケアの専門家とも、すでにアドバイザリー契約を結んでおり、出演者や関係者がいつでも気軽に相談できる体制を整え、番組制作現場において「守られている」という安心感が得られるような環境を整備していきたいと考えています。また出演者のSNSについてリスクが懸念されるような番組を制作する際には、SNS対策部が番組企画段階からコミットし、リスクを可視化するチェックリストを作成し、制作準備段階、制作中、放送、放送後など、フェーズ毎に、具体的な対応を図り、制作現場をバックアップすることを検討しています。 出演者ケアで最も重視すべきは、番組制作担当者、放送関係者1人1人の意識と地道な行動です。制作者は、出演したコンテンツが放送、配信されることの影響の大きさや怖さ、ともすれば人生が一変する可能性もあることを、出演者に十分理解してもらうとともに、出演時だけの一時的な付き合いだけで はなく、より長期的な影響を考慮し、出演者に寄り添う覚悟で向き合うことが重要と考えます。

 

<質問⑥>
 御社は『テラスハウス』の今後の方針を示されていません。インターネット上では、これまで制作されたものについてユーザーが視聴できる状況にあり、制作の継続を期待する声もあります。『テラスハウス』やリアリティー番組の今後についてどのようにお考えになっていらっしゃいますか。

<回答⑥>
 リアリティー番組およびそれに類する番組を今後制作するかどうかについては、視聴者ニーズを満たす価値ある企画が成立するかどうか、また番組出演に伴うSNS への対応や出演者へのケアについて十全な体制が確保できるか等を、総合的に検討した上で、判断したいと考えております。

 

<質問⑦>
 リアリティー番組には様々な課題もありますが、今日的なコンテンツとしての伸びしろも大きく、放送番組のみならずOTTサービスにおいても数多くのコンテンツが存在しています。日本では欧米のような内容ではなく、 独自のスタイルを御社がリードする形で創り出してきたと思います。今後、コンテンツ文化の育成、特にテレビ離れをしている若年層向けのコンテンツ文化という観点で、若者達の自己実現を支援したり、葛藤や悩みに寄り添ったりしながらそれを多くの人が共感しながら楽しめる良質なコンテンツとして提供していくことは、これまで以上に放送局に求められている役割であり、そこでの御社のリーダーシップを期待したいです。こうした観点から、今後に向けた抱負や意気込みがあれば教えていただけますでしょうか。

<回答⑦>
 リアリティー番組というジャンルに限らず、現代に生きる若者の生き方、夢や希望、悩み、葛藤、挫折、恋愛観などを描き、若年層を中心に幅広い共感を得る番組を制作することは、これからもテレビが時代を映す鏡として、多くの人に支持されてゆくためにも重要なことであると考えております。そのような良質なコンテンツを生み出すために、これからも柔軟な発想で、時代のニーズに応える番組企画の実現を目指して参ります。 一方、そのような番組において、若い世代の感覚にリアルに訴えかける番組であるほど、SNS 上で大きな反応を呼び起こし得ることを認識する必要があると考えます。そうした影響を十分に考慮して、必要な対策を着実に実施し、また継続的に検証と改善を図りながら、価値あるコンテンツの実現を目指して参ります。

 

<質問⑧>
 亡くなった花さんの母、木村響子氏が BPO の結論を受け、「フジテレビにはひぼう中傷対策をするだけでなく、出演者をコマの一つではなく、ひとりの人間として大切に扱ってほしい」と話されています。番組制作を担うプロフェッショナルとして、この言葉をどのように受け止めていらっしゃいますか。

<回答⑧>
 弊社は、日頃より番組の出演者の方々とはしっかりとしたコミュニケーションを心掛けて制作にあたっております。しかし、BPO 放送人権委員会の決定では、「出演者の精神的な健康状態に対する配慮に欠けていた」との見解が示され、本件においては、私たちのケアの在り方、健康状態についての認識について、至らぬ点があったとの指摘を重く受け止めております。今後は、SNS 上のひぼう中傷の行為そのものへの対応と同時に、ひぼう中傷のターゲットとなった出演者へのケアを含めた対策を強化し、十全な体制のもとに番組制作に臨みたいと考えております。

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 フジテレビがSNS対策部を設けたことは、4月末の社長会見(書面)で伝えられていましたが、今回、かなり詳細な内容を伺うことができたと思います。私は4回目のブログで、イギリスの放送・通信分野の独立規制機関であるOfcomが、リアリティー番組の課題とSNSによるひぼう中傷の増大を受けて放送コードを見直したということを紹介しましたが、フジテレビの今回の対策の多くは、この改訂コードの内容に通じる意欲的な取り組みだと感じました。単なるSNSの炎上などの問題に向き合う社内の取り決めに留まらず、弁護士やメンタルヘルスの専門家とも連携して出演者に対するケアを具体的に示していること、出演者が直接の制作スタッフに悩みを伝えられない状況も想定して緊急の相談ルートを設けていることなども重要だと感じました。更に言えば、このような取り組みをイギリスのような制度によるものではなく、事業者の自主的な取り組みとして実施するということに大きな意味があると思います。このことは多くのメディア、放送局に留まらずコンテンツやSNSに関わる事業者にも参考になる内容ではないでしょうか。こうした対策の枠組みが実効性を持って機能していくのかどうか、問われるのはまさにこれからです。出演者が安心して参加することができ、視聴者も良識を持って関わることができ、現場にも過度な萎縮も招かずに番組制作ができる、そんな新たなメディア空間が紡ぎだされていくことを期待しています。

 私は最後の質問で、花さんの母、木村響子氏の言葉、「出演者をコマの一つではなく、ひとりの人間として大切に扱ってほしい」という言葉をどう受け止めているのかを聞きました。それに対してフジテレビからは、「本件においては、私たちのケアの在り方、健康状態についての認識について、至らぬ点があったとの指摘を重く受け止めております」との回答をいただきました。また、今後の出演者との向き合いについて、フジテレビは回答⑤で、「ともすれば人生が一変する可能性もあることを、出演者に十分理解してもらうとともに、出演時だけの一時的な付き合いだけではなく、より長期的な影響を考慮し、出演者に寄り添う覚悟で向き合うことが重要」としています。これまでは一時的な付き合いであったかもしれない自らの姿勢を反省し、今後はきちんと寄り添う覚悟をしていくという決意を表明したとも受け取れるこのコメントは、フジテレビのみならず、プロフェッショナルメディアとして番組制作に関わる皆が心に刻んでいく必要があると思います。

 ただ同時に、制作する側と出演する側、加えて視聴する側の三者の垣根があいまいとなり、ある意味フラットな関係性でコンテンツが生み出されていく混沌とした状況こそが今日的なメディア環境であり、そこにこそ困難さと同時に可能性が秘められているのではないかと私は考えています。こうした環境においては、制作する側がこれまでのルールを出演する側に杓子定規に押し付けることが時代に合わなくなってきていること、制作する側の意図でSNSを活用・コントロールしようとしてもそう簡単にはできないこと、これらを踏まえて、制作する側自らが垣根を下げて出演者や視聴者と謙虚に向き合い、時に課題を共有したり、自らの悩みを投げかけたりすることが、信頼関係の構築には欠かせないと思います。出演者や視聴者とこうした関係性を構築しながら、単なるCGM(ユーザーや消費者が作り出すコンテンツやメディア)とは違う三者融合のコンテンツ文化を創造していくことが、これからのプロフェッショナルメディアには求められているのではないかというのが、私の個人的な見解です。フジテレビには、毅然とした覚悟だけでなく、こうした時代の変化を見極める柔軟さを期待しています。

 これまでこのテーマを1年にわたり考えていますが、時々、なぜ村上さんは木村花さんの母である響子氏や花さんの関係者に取材しないのかと問われることがあります。もちろん避けているわけではありませんし、じかに接して取材をしていなくても、響子氏や関係者の痛みや苦しみには決して鈍感にはならないよう心しているつもりです。ただ、多くの一般メディアが響子氏を取材し続ける中、メディア研究に携わる私の役割は、フジテレビを始めとする制作する側の組織の風穴を開け、その言葉を社会に届け、今後のメディアのあり方を共に考えることではないかと思っています。もちろん、同じメディアに属する者として、制作する側を擁護する立場に回らないよう注意しながら、今後もこうした取材を積み重ねていきたいと思っています。

 

 

文研フォーラム 2021年07月01日 (木)

#329 「NHK文研フォーラム2021」動画公開は7月15日まで

文研フォーラム事務局


一部の動画を公開してきた「NHK文研フォーラム2021」。7月15日(木)に公開を終了します。

「まだ見ていない!」「もう一度見たい!」という方は、NHK文研ホームページにアクセスして下さい。公開期間がわずかとなりましたので、この機会にぜひご覧頂ければと思います。

公開しているのは、下記の6つのプログラムです。
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■シンポジウム
メディアは“機密の壁”にどう向き合うか
“豪放送局への家宅捜索”を手がかりに

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■研究発表&シンポジウム
私たちは東日本大震災から何を学んだのか
震災10年・復興に関する世論調査報告

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■研究発表
市民が描いた「戦争体験画」の可能性
地域放送局が集めた5,000枚の絵から考える

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■シンポジウム
新「再放送」論
コロナ禍緊急意識調査 × “放送の価値”再定義

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■シンポジウム
東日本大震災から10年
災害を伝えるデジタルアーカイブとメディアの公共性

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■シンポジウム
いま改めて“公共”とは何かを考える

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メディアの動き 2021年06月17日 (木)

#328 菅長期政権を探る"真夏の賭け" ~コロナ・オリパラ・衆院選~

放送文化研究所 島田敏男


 会期150日間の通常国会の最後は、野党4党(立憲、共産、国民、社民)が衆議院に共同で提出した内閣不信任決議案の取り扱いとなりました。自民党の二階幹事長は「決議案を出すなら解散もありうべし」といった発言を繰り返していましたので、「ひょっとしたら」と勘繰る向きもあったかもしれません。

 しかし結局は与党の自公、維新などの反対で粛々と否決。野党4党の党首らは「コロナ禍という有事の下で、国会を閉じることは断じて許されない」と力説しましたが、菅総理大臣が解散を決断することも無く、迫った側が肩透かしを食わされた格好です。

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 野党にとって、国会が開いていなければ存在感を示す場が無いという事情はよくわかります。逆に菅総理にとっては、直前のG7サミットで各国首脳から支持を取りつけた東京オリンピック・パラリンピックを自らの手で実現するために、国会論戦に時間を割きたくないというのが本音でしょう。

 そもそも、去年8月に病気を理由に退陣表明した安倍前総理から託された最大のテーマが、コロナ禍と戦いながら東京大会を開催させること。“出来なかった時は責任を取ってくれ”が安倍氏からの引継ぎに他なりませんでした。

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 菅総理が切り札と位置付けたワクチン接種が4月以降徐々に進み、5月、6月と国民の気持ちを次第にほぐしているのも確かです。

☆それを示すのがNHK電話世論調査で聞いたワクチン接種の進み具合に対する評価の、この1か月の変化です。

5月調査では「順調だ」9%、「遅い」82%で、不満の声が渦巻いていました。
それが6月調査では「順調だ」24%、「遅い」65%で、差が狭まっています。

☆コロナを巡る政府の対応全体についての評価にも、若干の変化が現れてきています。

5月調査では「評価する」33%、「評価しない」63%でほぼダブルスコア。
それが6月調査では「評価する」38%、「評価しない」58%とやや接近。

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☆しかしながら菅内閣の支持率はというと、2か月連続で支持よりも不支持が多く、国民の気持ちが依然として揺れていることを示しています。

5月調査では「支持する」35%、「支持しない」43%で、逆転差8ポイント。
6月調査では「支持する」37%、「支持しない」45%で、8ポイント差に変化はありません。

 年代別比較で詳しく見ると、6月は40代・50代で「支持する」がやや増え、60代と70歳以上で「支持しない」がやや増えています。これをどう見たらよいのか判然としませんが、やはり揺れの現れなのでしょう。

 決して政権の足元が盤石とは言えない状況で、世界中からアスリートを集めるイベントを開こうというのは一種の賭けに他なりません。「普通ならやらない」という政府の専門家分科会の尾身茂会長の指摘は、普通なら採用しない厳しいルールを求める精一杯の苦言と受け止めるべきでしょう。

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☆そこで焦点になるのが、中止しないならば観客をどうするかです。

5月調査では「中止する」49%、「無観客」23%、「観客数を制限」19%。
6月調査では「中止する」31%、「無観客」29%、「観客数を制限」32%となり、国民の考えが3つに割れてきました。

 ワクチンの接種が徐々に進むにつれて、こうした変化が出てきているのも理解できます。ただ、「国民の命を左右するコロナ禍の現実を抱えながら、オリンピック・パラリンピックをなぜ開催するのか」と中止を求める声が消えないのも無理ないことです。

 この問いかけに対する納得できる説明が、菅総理からも、橋本組織委員会会長からも、丸川五輪相からも国民に届いていない結果に他なりません。それは単に抽象的な理念を語る言葉が足りないという問題ではありません。

 感染症の専門家から相次いで示されているように、「開催地に人が集まらないように無観客で行う。各地のパブリックビューイングなども断念する」といった厳しい姿勢を明確に示すことが、せめてもの次善の策でしょう。

 これには商業主義化と肥大化をたどってきたIOC・国際オリンピック委員会の反発が予想されるため、菅総理は「観客数の制限が基本」と言います。しかし、開催地の安全確保を求める努力を最優先にしなければ国民に対する説得力が増すことはあり得ません。

 この点は通常国会の会期末で衆議院の解散・総選挙に踏み切らず、オリンピック・パラリンピック後に先送りした菅総理にとって、極めて重要なポイントになります。成果を挙げて総選挙に臨みたいというのであれば、ここが踏ん張りどころです。

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 7月23日から9月5日までの日本の夏。そもそもアスリートの命を守る猛暑対策が課題とされた大会です。そこにコロナウイルスの感染拡大を抑え込み、国民の命を守ることが大きな課題として立ちはだかっています。

 ワクチン接種を加速する努力を積み重ねたとしても、東京オリンピック・パラリンピックが、どのように展開し、どう評価されるのか。今の段階では予断を許しません。

 コロナ禍の下での大会の開催を成果として掲げ、長期政権の手掛かりを得ようとする菅総理の目論見が具体化していくことになるのか。現時点では、まさに“真夏の賭け”と言う他ありません。