ファクトチェック研究班 斉藤孝信/渡辺健策/上杉慎一
国内のメディア(新聞社、テレビ局)によるファクトチェックの取り組みについて、シリーズで報告している。今回は、沖縄の2つの新聞社(琉球新報社と沖縄タイムス社)と北海道新聞社への取材結果である。
【琉球新報社】
琉球新報社は、2018年から現在に至るまで、日常的にファクトチェックに取り組んでいる。検証対象は限定していないが、おもにSNSに流布された偽情報を取り上げることが多く、情報の根拠を取材・分析し、誤りや曖昧な点があれば指摘している。取材や検証の結果は、同社の紙面のほか、ホームページにもファクトチェック特集ページを設けて発信している。記事の数は、現在(2023年11月末)までに98本にのぼる。
(琉球新報のファクトチェック特設ページ)
琉球新報統合編集局デジタル戦略統括(局長)の滝本匠さんに聞いた。
いつから?目的は?手応えは?
Q:ファクトチェックに取り組むことになったきっかけは?
滝本さん:ファクトチェック・イニシアティブなどのファクトチェック団体の提唱する形で、検証結果とともに、検証の経緯も含めて発信し始めたのは、2018年9月の沖縄県知事選挙からだ。
最初の記事は、「虚構のダブルスコア 沖縄県知事選、出回る『偽』世論調査」(2018年9月8日)である。知事選をめぐり、ネットに流布した「世論調査」の情報が偽(フェイク)であることを、出典元とされた在京新聞社や政党に取材し、報じた。
その後は、「ファクトチェックの対象となりそうなことがあった場合に、その都度」(アンケート回答より)、取材と検証を行い、紙面とホームページで伝えている。
ただし、2018年の沖縄県知事選以前にも、上記のような検証経緯まで明らかにする記事スタイルではなかったが、「沖縄ヘイト」と呼ばれる言論(言葉の投げ捨て)に対して、それを「正す報道」を展開してきた。
Q:3月に実施した文研のアンケートで、琉球新報は、ファクトチェックに取り組む目的として、「読者・視聴者の信頼を得たいから」「ブランディングに役立つから」「読者・視聴者のニーズがあるから」「報道機関の責任・使命だから」「他の地域や海外の事例を見て、取り組むべきだと判断したから」といった点を挙げている。取り組み開始から6年余りが経過したが、手応えはどうか?
滝本さん:ファクトチェックの取り組みや記事に対して、社外からは「早稲田ジャーナリズム大賞公共奉仕部門奨励賞(2019年)」のほか、「新聞労連大賞(2019年)」「平和・協同ジャーナリスト基金賞(2018年)」など、複数の賞が贈られている。
また社内でも、「これまでの選挙報道や沖縄ヘイトに対抗するうえでも、新しい地平を拓いた」という評価が高く、反対の声や、慎重にすべきという声は一切ない。
政治・選挙関連の記事が多いのはなぜか?
Q:公開された記事をみると、「政治・選挙」に関するものが21本で最も多く、基地問題などの「社会」が7本、「コロナ」関連が4本だ。「まずは選挙に関する情報を、特に細かく見ていこう」というような意図や方針があるのか。
滝本さん:政策や政治の信頼に関わる分野の虚偽情報が、特に選挙のタイミングで流れると、有権者が誤った認識で投票するおそれがある。選挙は民主主義の根幹なので、健全な民主主義のプロセスを大きくゆがめる危険性がある。それを少しでも食い止めるのは報道機関として当然、挑まなくてはならない課題だと思っている。
ただし、「特に選挙に関する情報を」と意識してウオッチしていたわけではない。「ファクトチェック」を冠した記事群が沖縄県知事選関連なので、それが目立ったところはあるかもしれないが、沖縄の場合、実際に拡散している誹謗(ひぼう)中傷やフェイクが、どうしても、政府の方針にあらがっている基地に関する問題に焦点が当てられやすく、おのずと政治的な言説がチェックされる対象に上がってくることが多かった。そのような言説の底流には、沖縄への差別意識が横たわっていて、いまある基地問題だけでなく、サンフランシスコ体制(注1)や天皇制の問題とも不可分なものにならざるを得ない、だからこそ、中央にあらがおうとすることに対する攻撃が顕著に表れてくる・・・・・・そうした背景があるのだと思っている。
取り組みに関して感じている課題は?
Q:3月に実施したアンケートでは、日頃ファクトチェックをするうえで課題に感じていることとして「人手が足りない」「知識・スキルのある人材の育成が進まない」という点を挙げていた。具体的にはどのような状況なのか?
滝本さん:琉球新報では、ファクトチェックに専門的に取り組む部署はない。ふだん、それぞれの担当分野で取材をしている記者が、検証が必要だと思われる情報があれば、自身で取材をして記事を書いている。
自身の専門分野に関する知識を下敷きにして検証や取材に当たれるというメリットがあり、実際に100本近い記事を出稿するという実績を積み重ねられた。一方で、取り組みの開始から6年余りが経過した現在、「属人的になりがち」だという懸念も生じている。すなわち、「やろう、やりたい」と思った記者は書くが、そういう言説に触れた者でも「ファクトチェック記事は面倒・やり方がいまいち分からない」という記者は、そのままにして書かないという事態も出てくるのかもしれない。先々、ファクトチェック記事を担う記者が固定的になり、ほかの記者が「任せておけばいい、(自分は)ちょっと触れない」という空気になってしまうことを懸念している。
すべての現場記者がそれぞれ、「自身もファクトチェック記事を書く」という意識でいられるのがベストではあるが、取り組みを持続させるという観点では、担当部署・専門部隊を置いておくのが理想なのかもしれない。
ファクトチェックの取り組みを広げる役割
Q:琉球新報の特設ページでは、ストレートなファクトチェック記事(ある疑わしい情報について、取材・検証し、真偽を伝える)ものだけでなく、取り組みそのものを詳しく解説したり、担当記者の思いを紹介したりする“関連記事”も多い。また、『琉球新報が挑んだファクトチェック・フェイク監視』琉球新報社編集局編(高文研)、『沖縄フェイクの見破り方』琉球新報社編集局編(高文研)、『石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞記念講座2021民主主義は支えられることを求めている!』瀬川至朗編著(早稲田大学出版部)など、同社のファクトチェックの記事や、それに臨んできた姿勢などを記した記事や論文なども数多く発表されている。こうした積極的な情報発信には、どのような意図があるのか?
滝本さん:2018年の沖縄県知事選でのファクトチェック報道では、新聞労連大賞をいただいた2019年の授賞式で、私は「今回私たちの受賞でファクトチェックという取り組みが全国的に広がり、新聞の役割や面白さをさらに高める『ファクトチェック元年』になればうれしい」とあいさつした。その後、実際に、全国の新聞社の若手記者から「どのように実施したのか」「実現するのに苦労はなかったか」などと問い合わせを受け、ファクトチェック報道をしたいという熱意が全国に潜在しているのを実感した。啓発的な記事・コラムを発信しているのは、各社でファクトチェック報道が広がってほしいという期待によるものだ。
Q:これだけ熱心に発信を続け、社内外からも評価・応援する声が多いとのことだが、逆に、批判や攻撃の的にされるようなことはないのか。
滝本さん:ファクトチェック報道では、「琉球新報の記事こそファクトチェックしろよ」などといった中傷も頻繁に受けている。そもそも、ファクトチェック報道以前から、琉球新報の報道に対しては、沖縄ヘイトの一環ともいえるバッシングはずっと続いている。やはり特に基地問題や、往々にして政府の方針に対決する姿勢となりがちな論説や論評、記事に対して浴びせかけられるもので、記者がツイートすることに対しても攻撃の矛先は向けられている。
注1「サンフランシスコ体制」:1952年に、サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約が発効して成立した、日米安保体制のこと。これによって、日本の本土は連合国軍総司令部(GHQ)占領下から離れ、国際社会に復帰して主権を回復した。一方で、沖縄は、その後も1972年の「本土復帰」まで、アメリカの施政権下におかれた。
【沖縄タイムス社】
沖縄タイムスは、2018年の沖縄県知事選挙を機にファクトチェックの取り組みを開始し、以降、検証記事やコラムを、同社の紙面と特設ページで発信している。2023年11月末現在、特設ページで確認できる記事は18本である。
(沖縄タイムスのファクトチェック特設ページ)
沖縄タイムス編集委員の阿部岳さんに聞いた。
いつから?目的は?手応えは?
Q:ファクトチェックに取り組むことになったきっかけは?
阿部さん:沖縄タイムスとしては、2018年の沖縄県知事選でSNSにデマが出回ったのを機に取り組みを始めた(自分自身は、2021年、ファクトチェックに関するプラットフォーマーのプロジェクトに参加したのをきっかけに関わるようになった)。
以降、「ファクトチェック・イニシアティブ」の基準に沿って、SNSから選挙ビラまで、あらゆる媒体を対象に実施している。選挙や基地など、特定の分野に限定せず、沖縄に関する疑わしい情報を検証し、紙面とウェブサイトで報じている。
Q:3月のアンケートでは、取り組みの目的として「読者・視聴者の信頼を得たいから」「読者・視聴者のニーズがあるから」「報道機関の責任・使命だから」「他の地域や海外の事例を見て、取り組むべきだと判断したから」といった項目を挙げていた。取り組み開始から6年余りが経過したが、手応えはどうか?
阿部さん:取り上げるテーマによるが、社外からは、SNSで肯定的に拡散されることも多い。ホームページの記事のアクセス数では、ファクトチェック記事はいつも上位になる。また、ファクトチェックで誤情報であることを検証し発信したことによって、検索サイトで該当のキーワードを検索した際に、それまでトップに出ていた誤情報よりも上位に、沖縄タイムスの打ち消し情報が掲載されるようになったケースもあり、手応えを感じている。社内でも肯定的に評価されている。
取り組みに関して感じている課題は?
Q:3月のアンケートでは、「人手が足りない」という課題を挙げていた。具体的にどのような状況なのか?
阿部さん:ファクトチェックの専門部署はなく、必要な時に、やりたい人が随時、記事を出している。検証すべき情報を目にした際には、若手記者に「やってみないか?」と声をかけたり、逆に若手のほうから「こんな話があるが、チェックしたほうがいいですよね」と提案してくれたりする。必要性は社内の皆で共有できている。
一方で、ファクトチェックは、通常の記事よりも格段に手間がかかる。例えば最近の事例では、著名人が動画サイトで発信した偽情報について、ファクトチェックを実施したが、偽情報の発信者は、根拠もなく“でまかせ”的に発信しており、それをチェックするとなると、そもそもどんな機関のどんなデータを調べればよいのかというところからスタートしなければならない。そのために1日半くらいは通常の取材業務がストップする。
新聞社が取り組む意義は?
Q:負担の大きなファクトチェックに、あえて取り組み続けているのはなぜか。
阿部さん:これだけ偽情報・誤情報が飛び交い、一般市民がだまされたり被害にあったりしてしまう状況がある限り、ファクトチェックは報道機関の責務であると思う。
ポジティブな意味でも、日常的に物事を調べることに慣れていて、多様な発信の媒体と影響力を持っているという点で、報道機関の得意分野であるとも感じる。その得意分野を生かして、デマを打ち消し、正しい情報を人々に届けるという社会貢献をしていくべきだと考えているし、この取り組みがより多くのメディアに伝播(ぱ)してほしい。
【北海道新聞社】
沖縄の2紙のようにファクトチェックの結果を他の記事と独立させて特設ページなどに掲載する取り組みとは別に、日常の記事を書く際に、情報の真偽を確認するプロセスにファクトチェックの手法を取り入れていると回答した社もあった。
北海道新聞では、政策や法律案などに関する政治家などの発言や政府の説明が本当に正しいのか、日常の取材の中で真偽を検証する形でファクトチェックを行っていると回答した。専用ページは立ち上げず、「ファクトチェック」という言葉も紙面上使わないが、事実か否かの検証結果を記事の中で詳しく言及している。この方針について社内では、読者の「知る権利」への奉仕、権力への監視といった報道機関の基本的な役割を果たす仕事として重要だと認識を共有しているという。東京支社編集局・報道センター部次長の森貴子さんに聞いた。
いつごろから?目的は?
Q:北海道新聞としてファクトチェックを始めたのはいつごろからで、なぜ始めたのですか?
森さん:政治家などの発言や政府の説明内容に対する真偽の検証は、古くは2013年の秘密保護法案、2017年共謀罪をめぐる報道などでも行っていた。特に共謀罪の時は、法案の内容を細かく分析・検証していくと、例えば放火事件でいえば、共謀罪は、予備罪よりもっと手前の計画段階で処罰する際の法律なのに、予備罪の量刑より重いケースがあって、なぜか逆転していることが分かり、記事で伝えた。おそらく改正対象の罪名が200以上あるので、法務省のチェックが行き届いていなかったのだろう。他の法律との整合性がとれていない点もあり、とても雑な条文だった。
2022年7月27日付け 北海道新聞 朝刊より
また2022年には、防衛費の対GDP比の算定方法について、米軍側に払う経費とかいろんな経費が上積みされていることが見えなくなっていることを伝えた。「日本の防衛費のGDP比は、G7諸国で最も低い」と政府は説明してきたが、NATO(北大西洋条約機構)加盟国の算定方法に比べ、退役軍人年金(旧日本軍関係者の恩給費に相当)や沿岸警備隊(海上保安庁に相当)の経費などが含まれておらず、これらを加えると、日本の防衛費は当時すでにGDP比1.24パーセントに膨らんでいることを記事で伝えた。
政策や法律について、政府が曖昧にしていること、正しくない説明をしていることを、きちんと確証をもって指摘していくのが目的だ。
正しくはどうなの?とセットで
Q:情報の真偽を確認して伝えるうえで気をつけていることはありますか?
森さん:最近の例でいうと、LGBT法案の国会審議の時に、「この法律が成立したら女性のふりした男が女子トイレに入ってきて性的ないたずらをしかねない」という言説が広がったが、それを紙面で否定するのが大変だった。そもそもLGBT法はそういう趣旨の法律ではないのに、"トランスジェンダーの人たちは危ない"というのは、あえて間違った方向に誇大に書かれた悪質な言説だ。そこで、デジタルの『イチから解説』というコーナーに、Q&Aの形で性的少数者に対する性差別を禁止した海外の事例や法律家の説明を紹介し、この言説は誤りだということを伝えた。
2023年7月11日付け 北海道新聞WEBより
これはおかしい、間違っているということだけでは、情報の受け手は満足しない。本当に正しいのは何なのか、間違った情報がなぜ広まったのか、どう考えればいいのか示さないと受け手も消化不良になる。法律にしても政治にしても、彼らの言っていることは間違っているという批判だけでなく、正しい姿を上書きするような記事を書くように気をつけている。
市民の発信を打ち消す正当性とは
Q:ファクトチェックを行ううえで課題と感じていることはどのようなことでしょうか?
森さん:一番悩ましいのは、間違った事実を述べたヘイトスピーチを記事の中でどう打ち消すか。第三者、例えば法務省などがこれは間違っていてこの発言はヘイトだと認めてくれる場合もあるが、概してお墨付きを与えてくれるところがない中で"間違っている"ということを、確かにおかしいと皆に思ってもらえるだけの論理をもって伝えなければならない。特に一市民が発している言葉にマスコミがそれに対抗していくのは、マスコミの方が権力を持っている以上、慎重でなければいけないし、覚悟がいる。
特に北海道はアイヌ民族へのヘイトがある。彼らの言っていることは間違いで、正しくはこうだと、アイヌ民族をめぐる歴史的な経緯とかをきちんと知ってもらうことと併せて行わないと意味がない。
ファクトチェックをめぐるマスメディアの役割とは
Q:健全な情報空間の必要性が指摘されるいま、みずからの役割をどう意識していますか?
森さん:正しい情報に飢えたような社会にどんどんなっていく中で、事実か誤りかの検証は、マスコミが担っていく役割の一つであると個人的には思う。それができる、ノウハウは多少なりとも私たちにあることを考えれば、どうやってマスコミが生き残っていくのかという意味においても、その可能性はあると思う。
特にうちはデジタルに力を入れ始めたばかりで、まだデジタルの怖さ、何が起こるかというのが実感としてあまりない。いずれネットならではの壁もあるだろうし、強いバッシングとか経験していくだろう。そう考えた時に署名記事や写真をさらすのも怖いし、でもそれが信頼性を担保するともいえるし、すごく難しい。どうやってバッシングや誹謗(ひぼう)中傷から記者を守るかということを同時に作っていかないといけない。それと併せて、「なぜこのファクトをチェックするのか」ということをどう説明するかを考えながらやっていくしかないと思う。