文研ブログ

2024年3月

メディアの動き 2024年03月19日 (火)

【メディアの動き】仏国務院,メディア規制監督機関にニュース専門チャンネルの調査求める

 フランスで行政訴訟の最高裁判所にあたる国務院は2月13日,RSF(国境なき記者団)の求めに応じ,メディアの独立規制監督機関Arcomに対し,ニュース専門チャンネルCNewsが報道の多元性と独立性の義務を尊重しているかに関し,6か月以内に調査するよう求めた。

 CNewsは,実業家ボロレ氏一族のBolloréGroupが筆頭株主であるメディア複合企業Vivendi傘下の有料放送Canal+ Groupのニュースチャンネルで,フランス版FOX Newsともいわれている。これまでも極右の論客による過激な差別的発言などで規制機関から処分を受けている。

 RSF は2021年,CSA(現Arcom)に対し,CNewsに放送法が規定する報道の誠実性,独立性,多元性の法的義務を順守させるよう求めていたが,却下されたため,2022年に国務院に申し立てを行っていた。RSFは,CNewsはニュースチャンネルではなく,ボロレ氏の指揮下で,著しく偏向した意見を放送するオピニオンチャンネルと化し,研究者の調査でも出演者の78%が極右や右派だったなどとしている。

 政治的多元性の尊重については,Arcomはチャンネルごとに,出演した政治家の発言時間の報告を毎月義務づけて監視しているが,今回,国務院は,司会者やゲストなど番組出演者すべての意見の多様性についても考慮すべきだとしている。RSFは,国務院の決定は報道の自由と独立性にとって,歴史的な決定だとした。一方,Arcom委員長は地元メディアの取材で,編集の自由を尊重しつつ,実施規則の明確化に向け検討を始めたとしている。

メディアの動き 2024年03月19日 (火)

【メディアの動き】韓国大統領の偽動画拡散,SNS各社に削除や閲覧の遮断求める

 4月に総選挙を控えた韓国で,ユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領が「無能で腐敗した政府」などと自らを批判する内容の偽動画がTikTokなどのソーシャルメディア上で拡散し,放送・通信コンテンツの規制を担う放送通信審議委員会(KCSC)は2月23日,警察からの要請を受けて緊急の対策会議を開き,社会的混乱を引き起こすおそれがあるとして,この動画の削除や閲覧の遮断を求める措置を決めた。

 問題となっているのは「仮想で作ったユン大統領による良心の告白」と題された46秒の動画で,「私,ユン・ソンニョルは常識外れのイデオロギーにこだわり,大韓民国を壊し,国民を苦痛に陥れた」などと発言する場面が含まれ,2023年12月からTikTokやFacebook,Instagramなどで広まったという。動画はAI(人工知能)を使った「ディープフェイク」ではなく,2022年の大統領選挙時のテレビ演説の映像を編集したものとみられている。

 大統領府の報道官は23日の定例会見で,もとの動画につけられていた「仮想」という表示が削除されて拡散されていることを問題視した。そのうえで4月の総選挙を前に強い懸念を表明し,今後も同様の動画に厳しく対処する方針を明らかにした。

 警察は,偽動画が名誉毀損や公職選挙法違反にあたる可能性もあるとして捜査を開始し,最初に投稿したとみられる人物を特定して2月26日には家宅捜索を行った。韓国では,ディープフェイク動画を活用した選挙運動については公職選挙法で1月末から全面的に禁止されている

メディアの動き 2024年03月19日 (火)

【メディアの動き】世界の「選挙の年」,AI警戒高まる

 生成AIサービスの先駆者OpenAIは2月15日,簡略な文章から精巧な動画を生成できるAI「Sora」を発表した。文章や音声,動画などを簡単に加工・生成できるAIのサービスが次々に登場していることで,偽情報のねつ造や拡散も容易になっている。2024年はアメリカなど各国で重要な選挙が行われる世界の「選挙の年」でもあり,AIの悪用で公正な選挙の実施が妨げられることへの警戒が高まっている。

 アメリカでは,11月の大統領選挙に向けた予備選挙が行われる東部州で1月,バイデン大統領を装った声で投票しないよう呼びかけるAI生成の発信があり,2月のパキスタンやインドネシアの選挙でも投票ボイコットや候補者支持の呼びかけにAI加工の偽動画が使われた。

 Google,Microsoft,OpenAI,Meta,TikTokなどAI開発・IT大手20社は2月16日,選挙でのAI悪用への対応を発表。候補者や選挙管理当局を装った音声や動画が有権者を欺き,投票に影響することを防ぐため,AI生成の情報を識別する方法など,予防と対策に資する技術を開発して共有し,市民の啓発にも努めるなどの方針を示した。

 しかし,これまでにも偽情報の拡散を許してきたIT各社が果たして有効な対策をとれるのか,精巧な偽動画などの登場で逆に事実を偽情報と主張する情報操作も容易になる,といった懸念もある。ニューヨーク大学が同月に発表した報告書は,最大の脅威はソーシャルメディアによる有害コンテンツの拡散だとして,AIのリスク軽減策とあわせ,有害情報の対策にあたる担当者やファクトチェックを行う外部協力者を増やすようIT各社に促した。

メディアの動き 2024年03月18日 (月)

【メディアの動き】公共放送ワーキンググループ,第2次取りまとめ公表

 総務省「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」の「公共放送ワーキンググループ(以下,WG)」は,2月28日に第2次取りまとめを公表した。

 公共放送WGは2022年9月に開始され,2023年10月に第1次取りまとめが公表された。そこではNHKが任意業務として実施してきたインターネット活用業務のうち,少なくとも地上波テレビ放送(総合・Eテレ)は必須業務とすべき,という方向が示された。今後,国会で改正放送法案の審議が予定されている。

 今回公表された第2次取りまとめでは,地上波テレビ放送以外の地上波ラジオ放送,衛星放送,国際放送のネット活用業務についても原則として必須業務化することが適当だとした。ただし衛星放送については,NHKから番組の権利処理や配信コスト等の課題が示されたことから,実施環境が整うまでの当面の間は,必須業務化を見送ることが適当とされた。

 このほかに項目としてあげられたのが,NHKのガバナンスと国際放送のあり方である。ガバナンスについては,経営委員会と執行部の連携の強化や,子会社の事業活動が適正か否かをエビデンスベースで(データや根拠に基づいて)検証すること等が示された。また,国際放送については,イギリスのBBC が行っているように,広告収入の導入の可能性等が議論されたが,今回の取りまとめでは継続検討するとされた。

 総務省では公共放送WGと並行して「日本放送協会のインターネット活用業務の競争評価に関する準備会合」が行われている。今後のNHKの役割を考えるうえで,両会議とも引き続き注視していきたい。

メディアの動き 2024年03月18日 (月)

【メディアの動き】「毎日新聞DEI宣言」公表,多様性の確保などの行動目標を定める

 毎日新聞社は2月8日,従業員の多様性を確保し,公正な評価とキャリア支援により全員が力を発揮できる環境をつくるための行動目標を定めた「毎日新聞DEI宣言」を公表した。

 「DEI」は「Diversity(多様性)」「Equity(公平性)」「Inclusion(包摂性)」の頭文字の略称。性差,障害,年齢,出自などの属性によらず誰もが公正な機会を与えられ,互いを認め合う社会をめざす考え方で,グローバル企業を中心に経営理念に盛り込む動きが広がる。国内の報道機関でDEI宣言を制定するのは共同通信社に続いて2例目。毎日新聞は,ジェンダー平等・働き方改革・キャリア形成支援・社内コミュニケーション活性化の4つについて数値目標を設定し,当日の朝刊で特集面も展開した。

 「毎日新聞DEI宣言」では,多様性を推進する第一歩としてジェンダー平等に取り組むとし,2030年までに女性社員比率を40%,女性役職者比率を25%に引き上げる。また,各部署でさまざまな属性の従業員が活躍できる環境を整備し,コンテンツの多様化を促進するほか,紙面のコーナーで取り上げる人物のジェンダー平等もめざす。誰もが働きやすく,公平・公正に評価される職場にするため,長時間労働も是正する。さらに経営計画の重要な柱の1つにDEI推進(しんちょく)を明記し,進捗状況を点検・公表する。

 毎日新聞DEI 推進委員会事務局の中川聡子氏は「多様な属性の社員が活躍できる環境がなければ新聞社の未来はない。現場の強い危機感を社の上層部も共有したことが今回の宣言につながった。全社一体で改革を進め,社会のDEI 推進にも寄与したい」と話す。

メディアの動き 2024年03月18日 (月)

【メディアの動き】『セクシー田中さん』 原作者急死,日本テレビによる調査始まる

 日本テレビ(以下,日テレ)の2023 年10月期のドラマ,『セクシー田中さん』の原作者で人気漫画家の芦原妃名子(本名・松本律子)さんが1月に急死したことを受け,日テレは2月23日,経緯を検証するための調査を始めた。

 芦原さんは1月26日,自身のSNSやブログで,ドラマの脚本をめぐり制作側と見解の違いが生じていたことを明らかにしていた。しかし,その2日後に経緯に関する投稿を削除したあと,行方がわからなくなっていた。

 芦原さんがSNSなどに公開した内容には,「ドラマ化するなら『必ず漫画に忠実に』」など,執筆中だった原作に影響を及ぼさないよう条件を出していたこと,また,漫画の発行元で日テレ側との交渉にあたっていた小学館にも相談していたこと,の記述があった。

 芦原さんの急死がメディアで報じられると,漫画家や原作ファンを中心に,出版社や制作側に経緯の説明や見解を求める声が相次いだ。しかし,日テレは急死が報じられた日,ホームページ上に「最終的に許諾をいただけた脚本を決定原稿とし,放送しております」などとコメントしたものの,詳しい経緯や調査の可能性に言及せず,SNS 上では批判の声があがった。

 その後,2月26日の定例会見で日テレの石澤顕社長は,外部の弁護士2人を加えた社内特別調査チームによる調査を始めたとし,調査結果を公表するとした。調査開始まで時間を要したことについては,「個人攻撃など,いろいろな形で情報が飛び交っていたため,発信そのものを少し落ち着くまで控えていた」と説明した。

 また日テレは,4月期に予定していた小学館の漫画が原作のドラマの放送を見送ることも発表した。

 一方,小学館は2月8日にホームページ上などで調査を進めているとコメントしたほか,『セクシー田中さん』の編集にあたっていた「第一コミック局編集者一同」が別途,声明を発表。今後の映像化については原作者を守ることを第一に,映像制作側と編集部の交渉において是正できる部分はないかを提案していく,とした。

 声明では「著作者人格権」についても触れている。これは,著作者の利益を守る「著作財産権」とともに著作者が持つ権利の1つである。譲渡や相続ができない権利で,「公表権」「氏名表示権」「同一性保持権」が含まれる。このうち「同一性保持権」は著作者の意に反して内容を勝手に改変されないための権利で,編集者一同は声明において,“著者の心を守るための権利”と表現した。

 国内ではこれまでも原作者と映像制作側のトラブルが繰り返されており,日本漫画家協会は今回の件を受けて,改めて会員に対して,契約等の悩みがある場合は協会に相談するよう呼びかけた。しかし,海外でみられるような,トラブルを防ぐために原作者との間に立って映像化の際の交渉や契約をする代理人制度は,国内ではまだ一般的ではない。合意形成の仕組みをどう見直していくのか,今後の課題は大きい。

 日テレは芦原さんの死を「大変重く受け止めている」としている。原作に新たな息を吹き込んだ作品が生まれるという二次創作の可能性が拡大する中,無の状態から原作を生み出した原作者の権利は,軽んじられてはいけない。制作にあたる放送局をはじめとするメディア側には,原作者の立場を守ったうえで,丁寧なコミュニケーションが求められる。

調査あれこれ 2024年03月12日 (火)

パーティー券裏金問題 進まぬ真相究明 ~無力感漂う岸田自民党~【研究員の視点】#530

NHK放送文化研究所 研究主幹 島田敏男

 2月29日と3月1日の両日、衆議院の政治倫理審査会が何とか開催にこぎつけました。しかし説明に立った岸田総理大臣と安倍派・二階派の事務総長経験者5人からは核心に迫る発言はありませんでした。

 そもそも5人は政治倫理審査会の開催や公開にも及び腰で、新年度予算案の衆議院通過を急ぐ岸田総理が、野党側に追い立てられて自らオープンの場で説明に立つと表明して引っ張り出したようなものでした。形だけという批判が出たのも当然です。

 政治とカネの問題での進展がないまま、新年度予算案の審議が参議院で続く3月8日(金)から10日(日)にかけてNHKの月例電話世論調査が行われました。

240312goninn_1_W_edited.jpg

☆衆議院の政治倫理審査会で、安倍派・二階派の事務総長だった5人が説明を行いました。あなたは説明責任が果たされたと思いますか。果たされていないと思いますか。

 果たされた 7%
 果たされていない 83%

これを詳しく見ると、果たされていないは与党支持者で8割、野党支持者で9割強、無党派で9割弱に上っています。真相究明に向けて自民党執行部が積極的に動いていない点、そして党内からも自浄努力を求める活発な動きが出ていない点に国民が強く憤っているように感じます。

 無力感漂う自民党へのまなざしの厳しさは、政党支持率の低下に端的に表れています。

240312goninn_1_W_edited.jpg

☆最近の政党支持率(%)

  11月   12月   1月   2月   3月
 自民党 37.7
29.5
30.9 30.5
28.6
 無党派(支持なし) 38.5 43.3 45.0 44.0 42.4


自民党の政党支持率が20%台に落ち込んだのは、2012年の政権復帰後、岸田内閣の最近の2回だけです。自民党が減った分が野党に回ったかというとそれはわずかで、全体に占める無党派の割合が増えて4か月連続で40%台 を占めています。自民党支持者の中から無党派に流出する、いわゆる様子見の人たちが少なくないことをうかがわせます。

 無力感漂う自民党が問題克服に一気に乗り出せない状況は、岸田内閣の支持率低迷にもつながっています。

☆あなたは岸田内閣を支持しますか。それとも支持しませんか。

 支持する 25%(対前月±0ポイント)
 支持しない 57%(対前月-1ポイント)

東京地検特捜部が捜査に着手した去年の11月以降、岸田内閣の支持率は20%台に下落し、低い水準での横ばいが続いたままです。逆に不支持率は岸田内閣発足後、最も高い水準のままです。

240312kishida_3_W_edited.jpg

 岸田総理は一連の事態打開のために2枚のカードを切りました。1枚は岸田派の解散宣言。これがきっかけになって麻生派、茂木派以外の各派閥は解散へと向かいました。自民党所属国会議員370人余りのうち、70%以上が「無派閥」を名乗るという状況になっています。

 もう1枚のカードが、先の衆議院の政治倫理審査会に自ら出席し、テレビ中継も行われた公開での説明に臨んだことです。本人とすれば指導力を発揮したという自負があるのでしょうが、国民の受け止めはそれほど甘くありませんでした。

☆岸田総理は現職の総理大臣として初めて衆議院の政治倫理審査会に出席しました。この対応を評価しますか。評価しませんか。

 評価する 45%
 評価しない 47%

政権維持のために決意表明を連発したものの、発言の内容は真相究明には全く不十分で、問題に関係した議員の処分についても具体的な内容には触れなかったため評価は分かれました。

240312gijidou_4_W_edited.jpg

 派閥の政治資金集めのために所属議員がパーティー券を売りさばき、ノルマを超えた分は議員の政治団体の収入になるというこの問題。政治資金規正法のルールを無視し報告書に記載しなかったことで、外から見えない裏金となり国民の怒りを買ったのは当然です。

 折しも2月16日には確定申告が始まっていて、一般の納税者は収入を自己申告して所得税を払い、漏れがあれば追徴金を払うことになります。「政治活動に使う資金は課税されない」という法律の仕組みも含めて疑問を抱く納税者が出るのも無理はありません。

 そういう中で政権の継続をあきらめず、新年度予算の年度内成立に執念を燃やす岸田総理には、どういう希望的な観測があるのでしょう。総理周辺によると念頭にあるのは「デフレ脱却宣言への道筋」だと言います。先の日経平均株価の34年ぶりの最高値更新などを足掛かりに、春闘での大幅賃上げを実現して国民にアピールするという楽観的な展望のようです。ただ、国民は景気回復のリアリティーを感じていません。

240312nikkei_5_W_edited.jpg

☆日経平均株価はバブル期の1989年12月につけた史上最高値を更新しました。あなたは景気がよくなっている実感がありますか。ありませんか。

 ある  10%
 ない  83%

与党支持者、野党支持者、無党派の別にかかわらず、8割から9割が「実感がない」と答えています。株価の高騰は大口投資家のもうけになるだけ。賃上げがあっても物価の上昇で消えてしまう。これが庶民の実感です。

 今の通常国会の会期末は6月23日です。その前の4月28日には衆議院の3つの小選挙区で補欠選挙が行われます。その後の衆議院の解散・総選挙の可能性を占う上でも大きな意味を持ちます。

 そして岸田総理の自民党総裁としての3年間の任期は今年9月まで。岸田氏は続投を目指そうとするでしょうが、それに対して自民党の内外からどういう動きが出てくるのかは不透明です。

 いずれにしても政治とカネの問題を乗り越えなければ岸田自民党に対する国民の信頼は回復しません。「信無くば立たず」=民衆の信頼が無ければ政治はなりたたないという古くからの言葉は、まさに今の日本の状況に当てはまりそうです。

 w_simadasan.jpg

島田敏男
1981年NHKに入局。政治部記者として中曽根総理番を手始めに政治取材に入り、法務省、外務省、防衛省、与野党などを担当する。
小渕内閣当時に首相官邸キャップを務め、政治部デスクを経て解説委員。
2006年より12年間にわたって「日曜討論」キャスターを担当。
2020年7月から放送文化研究所・研究主幹に。長年の政治取材をベースにした記事を執筆。

メディアの動き 2024年03月08日 (金)

"わたしたちのメディア"を切り拓く~国際女性デーに考える「生活ニュースコモンズ」の挑戦の意味~【研究員の視点】#529

メディア研究部(メディア情勢)熊谷百合子

240308mimoza_W_edited.png 3月8日は「国際女性デー」。
 そのシンボルフラワーの黄色いミモザは、春を告げる花として、西洋では“幸せの花”と親しまれているそうです。この時期、街なかでミモザを見かけることが増えましたが、日本のジェンダーギャップ解消の道のりが険しいことを感じさせるのが、世界経済フォーラムが公表する「ジェンダーギャップ指数」の数字です。

 2023年版の最新ランキングで、日本は146か国中125位。前年の116位からさらに後退し、2006年の公表以来、過去最低の評価でした。指標別では「医療」や「教育」は男女平等に近づきつつあるものの 「経済」と「政治」が世界最低レベルの水準です。「政治」では衆議院における国会議員の女性比率は1割にとどまるなどして138位、「経済」では女性管理職比率のほか、同一労働における賃金や推定所得の男女比にも格差があり123位。これが日本のジェンダーギャップの現在地です。

 ジェンダー格差解消のために報道が果たすべき使命は大きいはず。しかし、取材する記者やディレクターのジェンダーバランスに偏りがある日本のマスメディアでは、ジェンダー関連の報道を出すことそのものに、高いハードルがあるとも言われています。職場のジェンダーギャップの問題は、報道機関で働く私たちにとってもまったく他人事(ひとごと)ではないのです。

 国際女性デーは、女性の地位向上を目指す日。
 今回のブログでは、既存のマスメディアを飛び出して、新たな挑戦を始めた女性記者たちを紹介します。

240308_blog1.png引用)生活ニュースコモンズnote 

 2023年7月14日、オンラインのメディアプラットフォーム「note」のサイトで、小さなミモザの花を青空に掲げた写真とともに、新しいウェブメディアが産声をあげました。
 「大切なことを、伝えていきたい」のタイトルで始まるあいさつ文を一部、引用します。

240308_blog2.png引用)生活ニュースコモンズnote

「生活ニュースコモンズ」1) は、東京、横浜、広島、秋田などを拠点とする5人の“小さな記者集団”から始まりました。配信を始めて半年あまりで、これまでに投稿された記事は90本以上にのぼります。ひとり親家庭の貧困の実態や、セクハラ、性暴力といった問題のほか、元日に発生した能登半島地震の厳しい避難生活についても、独自の取材をもとに伝えています。

240308_blog3.png引用)生活ニュースコモンズnote

  記事に共通するのは「弱い立場に置かれている人の声、生活者の視点を大切にしたい」という取材者の思いです。
 1月11日に掲載された、ひとり親家庭に関する記事の内容を見てみましょう。

240308_blog4.png引用)生活ニュースコモンズnote 

 この記事では、シングルマザーを支援するNPO法人のアンケート調査をもとに、▽ひとり親家庭に支給される児童扶養手当の支給額が過去40年間で35%しか増額されておらず、物価高で生活が追い詰められている実態や▽最低賃金は過去40年間で244%増となった一方、児童扶養手当の所得制限が低く据え置かれているため就労を制限せざるを得ない切実な悩みなどを報じていました2)
 アンケートに回答したひとり親世帯の当事者は約2,400人。支援団体は、子どもの貧困対策を恒久的に拡充する必要があると指摘しています。

 この記事が出る1か月ほど前に、政府は次元の異なる少子化対策の実現を目指して「こども未来戦略」をまとめました。新聞社やテレビ局も大きく報道しています。たとえばNHKは、12月22日のNHK NEWS WEBで、児童扶養手当について「満額を受け取れる年収の上限を今の160万円未満から190万円未満に引き上げるなど、経済支援の拡充策が盛り込まれています」と紹介したほか、年間3兆6,000億円程度とされる財源の内訳を伝えました3)
 新聞は、ひとり親家庭の実情を伝えていたのか、記事検索サイトで【こども未来戦略】と【ひとり親】のキーワードを入れて調べてみました4) 。筆者が確認したところ、ひとり親の声を紹介していたのは、12月12日付けの毎日新聞朝刊と、12月23日付けの産経新聞朝刊、それに12月31日付けの中日新聞朝刊の3紙のみでした。このうち、毎日新聞と中日新聞では物価高に不安を抱くシングルマザーの切実な声だったのに対し、産経新聞は、制度を歓迎する母親のコメントが掲載されています。いずれも、紹介していた当事者の数は1人でした。
 
 紙幅の制約で文字数に限りがある紙媒体の新聞と、文字数に制限はないオンラインメディア。その違いはあれ、「生活ニュースコモンズ」が詳しく報じた、ひとり親世帯の困窮は、オールドメディアではほとんど可視化されることのない私たちの社会の実相です。記事の後半では、子どもの貧困対策に取り組む支援団体が、児童扶養手当そのものの増額や、より大幅な所得制限の緩和を求める要望書をこども家庭庁や厚労省に提出したものの、「こども未来戦略」では増額も緩和も限定的であったと言及していました。
  
 「生活ニュースコモンズ」の“小さな記者集団”とは一体、どのような人たちなのでしょうか。
 創設者の一人が、毎日新聞の記者として長く生活関連の報道に携わってきた吉永磨美さんです。
 2020年から2022年まで、新聞労連で女性として二人目の中央執行委員長を務めた吉永さん。在任中は、ジェンダー表現に危機感を抱く全国の新聞記者と共に「失敗しないためのジェンダー表現ガイドブック」(小学館)を刊行しました。
 このガイドブックでは、ノーベル賞の受賞報道で散見される“妻の内助の功”といった表現や、インターネット記事のPV稼ぎを目的とした釣り見出しなどの実例を踏まえて、偏見や差別を助長するメディア表現をわかりやすく指摘していて、報道機関の意識改革にも一役買っています。
 そんな吉永さんが、25年間勤めた 毎日新聞を辞めたのは、組合の専従を終えて記者職に復帰して1年足らずのことでした。決断の背景には組合活動で出会った、女性記者たちの存在があったと言います。

mamiyoshinaga_W_edited.png吉永磨美さん

 吉永磨美さん 

「多様性を認め合う社会に時代はアップデートしているのに、マスメディアだけは今も男性主流の組織です。社会部のデスクが5~6人中、女性は1人しかいない、あるいは1人もいないという新聞社がいまだにあります。新聞労連にはジェンダーや格差の問題を報道したいと思っても、デスクにニュース価値が低いと判断されて、報道しにくいと訴える女性記者が何人もいました。なかには諦めて辞めていく人もいます。その人たちが転職してメディア以外で働くのはジャーナリズムにとって大きな損失です。人材流出を食い止めたいという思いもあり、日々の生活から出てくる疑問をニュースにする新しいメディアを立ち上げることにしました。記事を書いているのは、全国紙や地方紙で、医療や福祉、人権の問題を取材してきた女性たちです。男性中心の新聞社では、扱いが軽くなりがちな生活者目線の報道に正面から取り組んでいます。

 

240308_blog5.jpg引用)ポリタスTV「わたしたちの手でつくるわたしたちに必要なメディア」
画面左:宮崎園子さん 右上:吉永磨美さん、右下:阿久沢悦子さん 

 去年10月、吉永さんは、『生活ニュースコモンズ』の仲間の一人である阿久沢悦子さんと共に、YouTube配信のオンラインメディア『ポリタスTV 』に出演しました。議論のテーマは「わたしたちの手でつくる わたしたちに必要なメディア」。なぜ新聞記者を辞めたのか、旧来メディアにどんな問題を感じるのか、ディスカッションの全容は今もアーカイブで見ることができます5) 。 

 この配信で聞き手を務めたのはフリーランス記者の宮崎園子さん。2021年に19年間勤めた朝日新聞を退職し、広島を拠点にオンラインメディアで記事を執筆しています。「生活ニュースコモンズ」の目指すジャーナリズムは、オールドメディアのみならず、これまでのオンラインメディアにもなかった新たな試みと受け止めています。 

 宮崎園子さん 

「私たちは記者である前に生活者なんですけど、新聞記者の仕事をしていると、男性中心的な組織の中で生活者としての視点を、ある種かなぐり捨てないとやっていけないという違和感がありました。『生活ニュースコモンズ』の記者の多くが、吉永さんや阿久沢さんのように子育て経験のある女性記者なんですよね。生活者の実感に基づいて取材していて、切り口も新鮮だし、一読者としても面白い記事が多いです。私自身も広島で子育てをしていて、地方の教育行政の問題とか書きたいことはいろいろあるのに、既存のオンラインメディアには出し口がないことが悩みの種でした。でも『生活ニュースコモンズ』なら生活者としての視点で書きたいことが書けそうな可能性を感じています。」

 

240308_blog6.png引用)3月8日に新たに立ち上げられた「生活ニュースコモンズ」のウェブサイト
https://s-newscommons.com/

 「生活ニュースコモンズ」として初めて迎える3月8日の国際女性デー。この日を節目に、“小さな記者集団”は、次のステップに進みます。より多くの人が読みやすいメディアにするために、これまでのnoteでの記事配信から、独自のウェブサイトでの配信に切り替えることにしたのです。サイトを立ち上げるための資金はクラウドファンディングで集めました6) 。「生活ニュースコモンズ」には、参考としているオンラインメディアがあります。

240308_blog7.png引用)the 19th

「The 19th」7)  はアメリカ・テキサス州を拠点とする、非営利のオンラインメディアです。女性のみならずLGBTQ?の人々や社会的地位の低い人々が民主主義の参加者となるために必要な情報を提供し、力を与えることを目的に、ジェンダーの不公平や不公正を可視化し、女性や性的マイノリティーの人々の生活に影響する問題について、深く掘り下げて報道することをミッションに掲げています。

 もうひとつ、「The 19th」が大切にしているのが、市民との対話とコミュニティーを作るためのデジタルプラットフォームとなること。公式サイトの「Our Mission(私たちの使命)」のページには、「有権者の人種やイデオロギー、社会経済、ジェンダーの多様性を反映し、共感をもってすべての人を取材する」として、「『The 19th』には、卑劣な言動やチアリーディング、オピニオン、的外れな記事や虚偽・誇大広告はありません」と皮肉を交えて伝えています。

 ところで、国際女性デーの起源を知っていますか。19世紀後半から20世紀初頭にかけてアメリカの女性たちが参政権を求めて大規模な集会やデモを行ったことをきっかけに8) 、女性の地位向上を呼びかける動きが世界各地で活発になりました。この動きはアメリカで婦人参政権が認められたあとも続き、国連が1975年に3月8日を「女性の社会参加や地位向上などを訴える日」として正式に制定したのです9) 。オンラインメディア「The 19th」の名称は、婦人参政権を認めた合衆国憲法修正第19条(the19th Amendment)にちなんでいます。

 ジェンダー視点のジャーナリズム。そして、市民とのコミュニティーとしてのデジタルプラットフォーム。吉永さんは、「The 19th」が実践するジャーナリズムを「生活ニュースコモンズ」で目指したいと考えています。

 吉永磨美さん 

「『the19th』は、生活者としてのジャーナリズムを実践しています。記者の大半は女性で構成されていて、ジェンダー視点の報道を発信することで、埋もれていた問題を可視化し、社会にもいい影響を与えています。私たちが目指すのも、『the19th』のようなジャーナリズムです。『生活ニュースコモンズ』の「コモンズ」には“共有財”や“公園”という意味があるんですね。新しく立ち上げるサイトでは、人々が集う公園のように、ジャーナリストも市民も、さまざまな立場の人が集まって、価値観や問題意識、疑問を分かち合える場を作りたいと思っています。半径5メートルの場から見える課題をボトムアップ型の切り口で追求することで、誰もが声をあげやすいプラットフォームにしていきたいです。」


メディアの中にあるジェンダーの課題を考えるとき、私には繰り返して思い起こす言葉があります。去年2月の文研ブログでも紹介した北欧の二人の女性ジャーナリストの言葉です10)

「メディアは単に社会を反映するだけではなく、私たちが何をニュースとして取り上げるのか、誰に取材するのか、どんな視点で伝えるのかによって社会をかたちづくりさえします。」
(アイスランド国営放送RUV編集局長ソーラ・アルノルスドッティルさん)
 
 「ジェンダー平等を達成するうえで子育てに関連する社会的支援は重要な施策です。こうしたトピックを頻繁に取り上げることが、社会の共通課題であるとの意識を共有していくうえで不可欠です。そのためには、メディアはどのように世界を描くのかを考えなければなりません。その意味でもメディアの役割は重要なのです」
(北欧最大の日刊紙・ヘルシンギンサノマット紙のアヌ・ウバウトさん)


「生活ニュースコモンズ」の新たな挑戦は、北欧の女性たちが示したメディアの役割に対する一つの解のように感じられました。
 翻って、既存のマスメディアを顧みると、取材や制作に関わる記者やディレクターのジェンダーバランスに偏りが認められる現在、残念ながらこうした役割を十分に果たしているとは言えません。しかし私は、既存のマスメディアに身を置く人間の一人として、また、メディアの中のジェンダーや多様性の課題を研究する立場として、できることはまだあると考えます。
 オールドメディアにできない報道があるとするならば、それはなぜなのか。そしてマスメディアに足りていない視点は何か。新たなジャーナリズムのかたちを目指す「生活ニュースコモンズ」の挑戦は、これからのメディアの在り方に一石を投じるものとして、既存のマスメディアに携わる者たちにとっても目が離せない存在になりそうです。「どのように世界を描くのかを考え」、「社会をかたちづくる」メディアの役割を担うために、マスメディアとしてできることを、私自身も考え続けていきたいと思います。


1)https://note.com/commons2023/

2)https://note.com/commons2023/n/nb5387c9910e8

3)https://www3.nhk.or.jp/news/html/20231222/k10014296621000.html

4)日経テレコンで、2023年12月1日~2024年1月31日の期間で検索

5)ポリタスTVの全編はこちら https://www.youtube.com/watch?v=K8ODeL6tRkg

6)https://camp-fire.jp/projects/view/716877

7)https://19thnews.org/

8)https://www.loc.gov/item/today-in-history/march-08/

9)https://www.un.org/en/observances/womens-day/background

10)https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/100/480010.html

kumagai.jpg

【熊谷 百合子】
2006年NHKに入局。福岡局、報道局、札幌局、首都圏局を経て2021年11月から放送文化研究所。
メディア内部のダイバーシティやジェンダーをテーマに調査研究中。

★こちらの記事もあわせてお読みください
#457北欧メディアに学ぶジェンダー格差解消のヒント
#466 テレビのジェンダーバランス~国際女性デーのメディア発信から日常の放送・報道を見直すことを考える~
アナウンサーが探るジェンダーギャップ解消のヒント【研究員の視点】#475
"メディア"と"多様性"の足跡をたずねて【研究員の視点】#496

メディアの動き 2024年03月06日 (水)

性加害とメディア~サビル事件とBBC③~【研究員の視点】#528

メディア研究部(メディア情勢)税所玲子

 イギリスの公共放送BBCが、ジャニー喜多川氏の性加害について報じたドキュメンタリー〝Predator: The Secret Scandal of J-Pop"(邦題:J-Popの捕食者)の放送からまもなく1年になる。この間、ジャニー氏による数々の性加害とその被害者の苦しみ、旧ジャニーズ事務所の対応が報じられてきたが、報道機関自身も、事件を見過ごしてきた"メディアの沈黙"への猛省を迫られた。本ブログでは、メディアに内在する課題を考える手がかりとして、 2012年に同じような性加害事件が発覚したBBCがどう事件の実態や、背後にあった問題の構造の解明に取り組んだのか、2回にわたって紹介した。最後となる3回目では、BBCの対策と、残された課題についてまとめる。

【負の組織文化に向き合う】
 1970年代から90年代にかけて一世を風靡(ふうび)した人気司会者ジミー・サビル氏(Jimmy Savile)による性加害事件が発覚した後、BBCは、同氏を告発する調査報道番組の放送見送りの経緯を検証する「ポラード調査」と、サビル氏にまつわる「黒いうわさ」があったにもかかわらず、問題の発覚を阻んだBBCの組織文化の問題を焦点にした元判事のスミス氏による独立調査を実施した。しかし「スミス報告」は、警察が捜査する間、公表できず、一般公開されるのは2016年になる。

bbcweb_1.pngジミー・サビル氏の死去を伝えるBBCのウェブサイト

 スミス報告の発表を待つ間、BBCは自己検証を行い、2013年5月、「Respect at Work Review」(「職場におけるリスペクト」)報告書を発表した。BBCは当初、性加害とセクシュアルハラスメントの問題などいわば「現象」に焦点をあてて検証する予定だったが、まもなく、いじめなど個人の尊重(リスペクト)を損なう行為などにも範囲を広げ、問題の「背景」にあたる組織文化の変革に取り組むことを決める。報告書の前文は、この問題にメスを入れることで、職員に動揺が広がったり、関係がギクシャクしたりするリスクを覚悟の上で、「公開性と透明性、公平性をもって問題に臨む」として、会長と幹部16人の直筆の署名を添えて宣言している。

【安全対策:Safeguardingの拡充】
 BBCがこうした取り組みを進めた時期、イギリスでは、教会での子どもへの性的虐待や、少年サッカーのチームでの性加害事件などが相次いで発覚し、政府が2015年に「子どもの性的虐待に対する独立調査」に乗り出すなど、社会的な関心が高まっていく。
 こうした変化を背景にBBCも数々の文書や対策の見直しを重ねることになる。例として、子どもの保護にあたる専門チーム(Child Protection Team)に子ども保護アドバイザー(Child Protection Advisor)40人を配置し、職員への助言や支援体制を整備した。研修制度を充実させ、保護する行為の対象をオンライン空間に広げ、児童虐待の防止と保護を行うNGO組織との連携を深めたりした。
 また、苦情が寄せられた場合に、仲介にあたる職員ボランティア約30人を養成し、人事局にも専門のチームを設けたり、職場の問題への対応に苦慮する管理職にコーチングを提供したりするなどの支援体制を整えた。また、内部通報制度も強化するとともに、こうした制度の認知をあげるために「声を上げよう(Speak Up)」キャンペーンを実施したりした。寄せられた苦情や関連情報は、データベースで一元的に管理され再発防止策に生かされている。

speak_up_campaign.pngBBCで行われたSpeak Up キャンペーン

 現在、BBCのホームページを見ると、「Safeguarding」の対象が、子どもと未成年者だけでなく、メンタルヘルスやDVの被害者などの弱者にも拡大されているほか、法律や慣習の違いから複雑な対応が求められる国際分野での活動についても、独立した対策の指針が設けられている。さまざまな指針文書や資料を見ると、サビル氏のスキャンダル発覚以降、同局が真摯(しんし)な姿勢で、対応の強化に務めた形跡が読み取れる

【続くスキャンダル 残された課題】
 しかし、BBCにとって問題の解決は道半ばである。
 同局の記者が、偽造した文書を材料に、イギリス王室のダイアナ元皇太子妃にインタビュー交渉を行っていたことが2020年に発覚した際には、問題を知るスタッフが声をあげたにもかかわらず、十分な調査が行われていなかったことが明らかになった。
 2023年9月には、BBCのラジオ番組のプレゼンター、ラッセル・ブランド氏が、2006年から7年にわたって性加害を行っていたことが調査報道で明らかになり、BBCがこれまで導入したハラスメント対策などの実効性が問われる事態となった。また、同年7 月には、BBCの看板キャスターが少年に性的な写真を要求したなどと大衆紙Sunが報じた。そのきっかけは少年の両親が、BBCに対応を求めたものの対応が遅かったためにSunに情報を持ち込んだことだとされ、BBCの苦情対応の課題が浮き彫りになった

bbc.exterior_3_W_edited.jpgBBC外観

 本ブログでは、これまで3回にわたり、サビル事件とBBCの対応を紹介した。スミス元判事の検証にもあるように、長年にわたって、BBCがサビル氏の加害を見過ごすことになった原因は、組織のガバナンス不全に加え、旧態依然とした男性の価値観が優先され、黙って我慢することを強いる組織文化などが複雑に絡み合ったものだった。今も性的スキャンダルが後を絶たないことについて、メディアと女性について詳しいコラムニスト、セーラ・ディトム氏は、インターネットとテレビの競争が始まった2000年代は、これまでの制作のダブーを突き破り、テレビという媒体の限界を広げようと、各局で挑戦的な試みが続けられる中、それを逆手に取った一部の人間が、のりをこえた勝手な行動に走った可能性があるのではないかと指摘する
 ハラスメントに対する社会の認識が厳しくなる中、過去の行為についてみずから告発したり、調査報道に協力したりする被害者も増えている。見過ごされてきた不適切な行為が問われることは、これからも続くことが予想され、過去にどう向き合うかは、すべての企業・組織が避けられない課題となっている。サビル事件後、10年以上にわたるBBCの取り組み、そして苦い教訓は、変革を迫られている日本のメディアにとって参照点の1つとなるだろう。


文研ブログ 2023年11月30日「性加害とメディア~サビル事件とBBC①~」
  https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/100/489990.html

文研ブログ 2023年12月27日「性加害とメディア~サビル事件とBBC②~」
  https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/100/490495.html

2013年2月5日 Respect at Work Review
  https://downloads.bbc.co.uk/aboutthebbc/insidethebbc/howwework/reports/bbcreport_dinahrose_respectatwork.pdf

The Independent Inquiry into Child Abuse https://www.iicsa.org.uk/index.html
  イギリスでは、政府の指示に基づく独立検証が多く、イラク戦争など政府の政策に対しても実施される。
  本調査は、委員長の交代などの曲折を経て、2022年に最終報告が公開された。

BBC Safeguarding https://www.bbc.com/safeguarding/

BBC 2023年9月16日 Russel Brand accused of rape and sexual assault
  https://www.bbc.com/news/uk-66831593

一連の経緯は https://news.sky.com/story/huw-edwards-bbc-presenter-latest-police-teenager-explicit-pictures-12917955
  少年が否定しているにもかかわらず、両親の言い分のみを伝えるなど、Sunの報道姿勢にも批判が集まっている。
  また、警察の捜査を待たずに、キャスターを停職処分にしたことについても、性加害ということで、BBCが対応を焦った結果ではないかとの指摘もでている。

BBC 2023年9月19日 Russell Brand: Resurfaced clips give a sobering reminder of noughties culture
  https://www.bbc.com/news/entertainment-arts-66843160

saisho.jpg

【税所 玲子】
1994年入局、新潟局、国際部、ロンドン支局、国際放送局などを経て2020年7月から放送文化研究所。

ヨーロッパを中心にメディアやジャーナリズムの調査に従事。