文研ブログ

おススメの1本 2021年06月14日 (月)

#327 技研公開2021リポート② ~塩田研究員が探る新技術と芸術の可能性~

計画管理部(計画) 柳 憲一郎


 NHK放送技術研究所の最新の研究成果を広くお知らせする「技研公開2021」。今年はオンラインで公開されており、このイベントに文研も協力しています。文研ブログでは、その様子を2回にわたってお伝えします。

 第2回は、文研の塩田雄大主任研究員がトークに参加した特別プログラム「体感と知覚 ―可視化・可聴化によるエクスペリエンスの可能性―」について、ご紹介します。

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(左から)文研 塩田雄大主任研究員、技研 澤谷郁子研究員、慶應義塾大学環境情報学部長 脇田玲氏

 NHK放送技術研究所では、8KスーパーハイビジョンやAR/VR、3Dテレビなどの“可視化技術”、立体音響やAIによる音声合成技術などの“可聴化技術”の研究を進めています。このプログラムでは、放送文化とメディア技術をつなぐひとつの領域として、「芸術」に着目。メディアアートの第一人者である脇田玲氏をお招きして、これまでにない体感を提供する未来のメディア表現にはどのような技術が必要か、メディア表現の可能性について展望しました。

 脇田氏には、技研の最新技術のうち映像表現や音の表現に今後可能性が期待される技術を体感して頂きました。その上で、脇田氏から「“可視化・可聴化技術”の進歩は、もっともっと人を豊かにしていく可能性を持っていると思う」と提言頂きました。一方、塩田研究員は、「技術の進歩とともに、放送技術、放送文化、そして芸術がお互いの垣根を越えて進んでいけば、そこに何か新しい未来が出てくるのではないか」と可能性を提示しました。

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 詳しいトークの内容は、NHK放送技術研究所のホームページで、今月30日まで公開しています。ぜひご覧下さい。


おススメの1本 2021年06月10日 (木)

#326 技研公開2021リポート① ~文研所長と技研所長が研究の未来を探る~

計画管理部(計画) 柳 憲一郎


 NHK放送技術研究所(技研)の最新の研究成果を広くお知らせする「技研公開2021」。今年はオンラインで公開されており、このイベントに文研も協力しています。文研ブログでは、その様子を2回にわたってお伝えします。

 第1回は、文研の大里所長と技研の三谷所長が対談する特別プログラム「公共メディアNHKにおける研究について」をご紹介します。

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 NHKには、NHK放送文化研究所とNHK放送技術研究所の2つの研究所があります。文研と技研は今まで、さまざまな共同研究を行ってきました。「技研公開2021」では、2つの研究所の所長が、これからの放送メディアの進歩発展に向けた調査・研究の取り組みについて話し合いました。

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      NHK放送文化研究所長 大里 智之

 文研の大里所長は、技研と協力する意義について「技研が行っている未来像の研究と、文研の調査研究から分かる未来予測、この2つを合わせることで、より正確な未来像、メディアの未来像を探求できたらいい」と言及しました。

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      NHK放送技術研究所長 三谷 公二

 技研の三谷所長は、文研との共同研究の今後について、「これからの公共メディアが、もっと便利でもっと役立つようなものにしていくように、しっかりと頑張っていきましょう」と述べて、対談を締めくくりました。

詳しいトークの内容は、NHK放送技術研究所のホームページで、今月30日まで公開しています。ぜひご覧下さい。


放送ヒストリー 2021年05月28日 (金)

#325 「南方」の占領地で何が放送されたか

メディア研究部(メディア史研究) 村上聖一


 太平洋戦争下、日本軍が「南方」と呼ばれた東南アジアの一帯に30以上の放送局を開設していたことは、「#318 太平洋戦争下、「南方」で行われた放送を振り返る」でお伝えしましたが、今回は、どのような番組が放送されたのかを振り返ってみます。

 日本軍が占領地に多数の放送局を設けた目的としては、対敵宣伝や現地の日本人に向けた情報伝達も挙げられますが、特に重要だったのが、現地の人々に日本の占領政策を宣伝するとともに、番組を通じて日本への親近感を抱いてもらうことでした。

 しかし、そうした目的を達成するのは非常に困難なことでした。現地の多様な言語や民族事情を考慮する必要があったことに加え、そもそも住民のほとんどがラジオを持っていないという問題がありました。

 下記は、ジャワ島(インドネシア)に置かれたジャカルタ放送局の番組表です。深夜まで多くの番組が放送されていますが、放送はさまざまな言語で行われており、一つの言語当たりでみれば、日本の占領政策をストレートに宣伝できる時間はあまり多くなかったと考えられます。

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 そうした中で、現地の放送局が力を入れたのが音楽番組でした。日本軍はラジオを持っていない人々のために、街のあちこちにラジオ塔を立てて、スピーカーで番組を流していましたが、音楽番組がそうした放送の形態に適していた面があります。スピーカーを取り付けた樹木を、現地の人々が「音楽の木」と呼んで親しんでいたといった記録も残されています。

 ジャワ島の場合、クロンチョンやガムラン楽器の演奏といった現地の音楽が多く放送されました(上記の表ではコロンチョン、ガメランと表記)。以下の写真はジャワ島中部のソロ放送局が行った民族音楽の演奏中継のもようです。

210528-22png.png ソロ放送局では、写真のようなパンフレットも作って、現地の人々に放送を聴いてもらおうとしていました。女性が歌を歌っているようすがデザインされています。下部に「SOLO HOSO KYOKU」(ソロ放送局)と記されています。

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 ラジオ塔を利用して行われた放送について、戦後、取りまとめられた資料には、次のような記述が見られます。

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 しかし、これは日本側からの見方であり、現地の人々が本当のところ、どのような思いで番組を聴いていたかはわかりません。日本の軍政に対する不満が高まっていく中で、音楽番組がそれを和らげる効果を持ったかどうかは、現地の資料によって確認する必要があります。そうした点は、今後の研究課題の一つと考えているところです。

 南方で行われた現地住民向け放送については、『放送研究と調査』4月号、「南方放送史」再考② 現地住民向け放送の実態~蘭印を例に」で詳しく検討を行っています。ぜひご一読いただければと思います。


 

メディアの動き 2021年05月26日 (水)

#323 ウェブサイト「NHK for School」の25年

メディア研究部(番組研究) 宇治橋祐之


 NHKの学校教育向けサービスのポータルサイト「NHK for School」は、2021年に25年の節目を迎えました。

 前身の「学校放送オンライン」が開設された1996年は、Windows95が発売された次の年。インターネットを多くの人が利用するようになり、四半世紀の歴史を重ねるうちにウェブサイトも変化をしています。

 『放送研究と調査』4月号では、利用者のニーズや技術の動向に合わせてどのようにウェブサイトを制作していったかを、「「学校放送オンライン」「NHKデジタル教材」から「NHK for School」へ~NHK学校放送番組 ネット展開の25 年~」としてまとめました。

 「学校放送オンライン」が公開された当初は、平日の午前中に放送されている学校放送番組の放送予定日時や放送内容などの、番組に関連する情報だけでした。
 2001年からは一部の番組で、ストリーミングでの番組配信、番組の内容に関わる1~2分の動画クリップ、子ども向けの双方向教材、教師向けの利用案などを組み合わせた「NHKデジタル教材」として公開されます。

 ウェブサイトが大きくリニューアルするのは2011年。すべての学校放送番組を「NHKデジタル教材」の形式で揃え、ウェブサイト「NHK for School」という名称で公開します。トップページは番組名が一覧になっていて、学年と教科で選択する形式です。
 NHK for Schoolのウェブサイトは家庭でも利用されていましたが、学校の授業で利用されることが多かったので、授業と対応する番組にたどり着きやすいように設計されたインターフェースでした。

画像1 NHK for School(2011年)
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 では現在のトップページはどうなっているでしょうか。2020年8月のリニューアルで、検索窓を中央に配置したシンプルなデザインとなりました。「児童生徒向けの1人1台端末と高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備」するGIGAスクール構想とコロナ禍もあり、学校でも家庭でも子どもたちがパソコンやタブレット端末、スマートフォンなどで利用しやすいように考えて行われたリニューアルです。

画像2  NHK for School(2020年)
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 論考を執筆して改めて気づいたのは、ウェブサイトはリニューアルされたりサービスが終了したりするとともに消えてしまうことでした。また、ウェブサイトで動画やゲームなどを表示する規格は、そのアプリケーションのサービスが終了すると表示ができなくなってしまいます。デジタル化されていれば永久に残るということではないのです。

 放送番組はNHKアーカイブスや放送ライブラリーで一定程度保存されていますが、ウェブサイトについては、非営利団体「インターネットアーカイブ(Internet Archive)」が保存したウェブサイトを閲覧できる「Wayback Machine」1)というサービスはあるものの、全てのウェブサイトのページが閲覧できるわけではありません。
 放送番組の研究と合わせて、番組ウェブサイトも意識して保存して、研究の対象としていくことが大事だと感じています。


1)http://web.archive.org/


メディアの動き 2021年05月21日 (金)

#322 「『テラスハウス』ショック」 リアリティー番組先進国イギリスの動向

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子


 フジテレビ系(以下、フジ系)のリアリティー番組『TERRACE HOUSE TOKYO 2019-2020(以下、『テラスハウス』)』の出演者で、SNSでのひぼう中傷を苦に自ら命を絶った木村花さん。花さんが亡くなったのは去年5月23日ですから、今からちょうど1年前になります。改めて花さんのご冥福をお祈りすると共に、メディア研究の分野で何ができるのか、考えて続けていかなければならないと思っています。 

1)この1年で大きく動いたSNS上のひぼう中傷対策
 花さんのように、SNS上の心ない言葉に傷つく人は後を絶ちません。しかし、花さんの死や、花さんのお母さんの木村響子さんの訴えや行動1)などをきっかけに、ここ1年で関心は高まり、社会は対策に向けて動き出しています。その一つが、4月21日に成立した「改正プロバイダ責任制限法2)です。ひぼう中傷を受けた被害者がその内容を投稿した人物に対して損害賠償請求などの訴えを起こす場合、まずは人物を特定するところから始めなければなりません。これまでの制度では、被害者は情報開示の手続きをSNS運営会社と投稿者が利用する接続業者のそれぞれに対して行わなければならず、人物特定には半年から1年近くかかることもしばしばでした。今回の改正法では、被害者は裁判所に申し立て、裁判所が投稿者の情報を開示させるかどうかを判断し、SNSの運営会社や接続業者に命令を出すという新たな手続きが設けられました。被害者の負担をできるだけ軽くし、被害に迅速に対応できるようにするのがねらいです。この法改正によって、これまで泣き寝入りや、手続きの負担を考えて訴えることをあきらめていた被害者が声を上げやすくなり、その結果、SNSで人を傷つける言葉を浴びせかける人々の行為が少しでも減ることを願ってやみません。この他、例えばSNSの運営会社では、人を傷つけるようなキーワードが投稿された場合にはその投稿が表示されなくする機能を取り入れるなど、様々な対策や取り組みが始まっています。

2)なぜ「『テラスハウス』ショック」というタイトルを掲げ続けるのか
 私はメディア研究という立場から、放送局など、番組やコンテンツを制作・発信する側が考えるべき視点として、以下の問題意識を持っています。SNSが人々の暮らしに組み込まれていることを前提に、それに相応しい責務を自ら考え、能動的に果たしていくことがメディアの公共的な役割ではないか。出演者(特に一般の人々に近い立場)、視聴者との三者の関係のあり方を問い直し続ける行為が、新たな時代の番組・コンテンツの姿を生み出していくことにつながるのではないか。本ブログや「放送研究と調査」で論考を執筆する際、タイトルをあえて番組名を象徴的に掲げて「『テラスハウス』ショック」とし続けているのは、花さんの死を単なるSNSの問題で終わらせず、今後もメディアの問題として考え続けていかなければならないと思っているからです。
 3月末には「放送倫理・番組向上機構(以下、BPO)」の放送人権委員会が委員会決定を公表しましたが、その際には、花さんが亡くなるまでの経緯を整理し、その背景に何があったのか、なぜ花さんの死を食い止めることができなかったのかを考えるブログを書きました。そこでも少し触れましたが、イギリスでは今年4月5日、改訂された新たな放送コード(放送局が番組・コンテンツを制作する際に守るべき項目などが示されたもの)が発効されました。これは、放送・通信分野の独立規制機関であるOfcomが、番組出演者に対するSNS上のひぼう中傷の過熱や、リアリティー番組出演者が相次いで自ら命を絶つなどの問題の頻発を受けて行ったものです。今回は、この改訂の詳細を紹介すると共に、イギリス在住のジャーナリストである小林恭子さん3)に、この規定をどのように受け止めているのかについて伺った内容を紹介したいと思います。

3)Ofcom放送コード改訂の詳細
*今回の改訂の対象には、ネットで動画配信を行うOTT事業者は含まれない
 イギリスのOfcomは、番組やコンテンツの編集内容の規制を行う機関であり、その対象は放送サービスだけでなくVODサービスにも及んでいます。そのため、規制対象は放送局だけでなく、専らネットでコンテンツを提供しているOTT事業者も含まれます。しかし、Ofcomが公開している対象事業者のリスト4)を見ると、イギリスでも加入者数が多く、リアリティー番組も数多く制作・配信しているNetflixやAmazonの姿は見当たりません。これは本部がイギリスにない事業者は規制・監督の対象外となっているためだそうです。ちなみにNetflixについては欧州本部がオランダにあるので、監督はオランダ当局になるとのことでした5)
 また、今回の改訂は、「テレビ・ラジオ番組の参加者を守る6)」という名称で出された放送コードの改訂であり、対象はあくまで放送局が制作して放送もしくは配信を行う番組・コンテンツです。ちなみに放送コードの中にはOTTに対する特定の項目が設けられているのですが、コンテンツの中に「危害を与える要素」、例えば「憎悪を呼び起こすような要素」を入れることが禁止されるなど、非常に短い規定しかありません。小林さんは、通信と放送の垣根がなくなった現在においても、放送局に比べてOTTの規制はかなり緩いとの印象を抱いているとのことでした。
*追加された新たな文言と項目
 今回の改訂の主眼は、「出演者のウェルフェア(福祉)が守られるようにすること」「(出演者のウェルフェアが守られることによって)視聴者が守られるようにすること」の2点です。出演者については「公正性」を扱うセクション7に、視聴者については「危害と侮辱」を扱うセクション2に新たな文言や項目が追加されました。それぞれ見ていきます。

<セクション7「公正性」:対出演者>
 出演者のウェルフェアを守るために今回改訂したポイントは2つありました。1つは、放送局が出演者に対して果たすべきインフォームドコンセント(十分な説明と理解・合意)の内容の追加、もう1つは、放送局に対する出演者への十分なケアの提供の義務付けです。

①インフォームドコンセント
 放送局が出演者に対して何を十分に説明し、理解・合意を得なければならないのか、その内容の詳細を定めているのがセクション7・3です。具体的には、「ある人が番組に貢献するよう依頼された時(=番組に出演する・制作にかかわる場合)、通常、適切な段階で以下について説明されるべきである」として、これまで以下の6点が示されていました。
「番組の性質、目的、なぜその人が出演を依頼されたのか、いつどこで最初に放送されるか」
「(番組に対して)どのような貢献になるのか」
「番組内容に大きな変更が出てきたときに、どんな変更になるのか」
「契約上の権利や義務について」
「放送前に視聴できるのか、その場合、その人が変更を加えることができるのか」
今回の改訂では、以下が7点目として追加されました。
「出演によって生じる、その人のウェルフェア(福祉)に左右するかもしれない負の影響について、放送事業者あるいは制作者がこれを軽減するためにどのような手段を講じるつもりなのか」

②ケアの提供
 この項目の追加に伴い、新設されたのがセクション7・15です。ここでは、「出演者へのインフォームドコンセントに加えて、放送事業者は以下の人々のウェルフェアについて、十分なケアを提供すること」とした上で、ケアの対象者として2つのタイプが示されました。
 1つ目のタイプが「番組に参加する“ぜい弱な人々”」です。この“ぜい弱な人々”とは、「定義は様々だが、以下の人含む:学習障がい者、メンタルヘルスの疾患者、遺族、脳障害を持つあるいは認知症の人、トラウマを持っている人、病んでいる人あるいは末期患者」と示されています。番組に出演する前から、もともとなんらかの疾患があったり、課題を抱えたりしている人達を指しています。2つ目のタイプが番組に参加することによって、“危害を受けるリスクがある人々”」です。この“危害を受けるリスクのある人”としては、「公衆の目にさらされることに慣れていない」出演者、「番組が人工的な、あるいは構成された空間の中で撮影される」「番組が新聞、メディア、SNSから高い注目を受ける」「番組の編集上の主眼が対立、紛争、感情をかき乱すような状況を含む」「番組が、その人にとってセンシティブな、人生を変えるような、あるいは私的な領域について議論する、暴露する、あるいは関与する必要がある場合」の出演者が想定されています。
 放送事業者はこれらの2つのタイプの出演者へのケアの適切なレベルを決めるにあたり、「番組フォーマットに関連する、潜在的リスクを識別する」「潜在的リスクが存在する場合、それぞれの場合のリスクレベルを査定する」「制作過程において、こうしたリスクをいかに回避するかを識別する」必要があるとしました。Ofcomは改訂に合わせて、リスク査定のガイダンス文書も公表しています。

<セクション2「危害と侮辱」対視聴者>
 ここまで記してきたセクション7の改訂は、出演者に対する放送局の責務に関するものでした。ここからは、もう1つの改訂である、視聴者に対する責務に関するものについてみていきます。
 Ofcomの放送コードでは、視聴者に対する責務に関する内容はセクション2に示されています。このセクションの冒頭には、放送局は番組を視聴している人がなんらか の危害(精神的)を与えられたり、侮辱的な内容だと傷ついたり気分を害したりしないようにするため、「一般市民(視聴者)を守ることが求められる」と示されています。
 今回の改訂で追加の文言が挿入されたのは、その具体的な内容を示したセクション2・3です。「放送事業者は侮辱を発生させる可能性がある要素については、(番組の)文脈によって正当化されるようにする。このような要素には以下が含まれるー侮辱的言語、暴力、性行為、性的暴行、屈辱、苦悩、人間の尊厳の踏みにじり、差別的言動(例えば、年齢、障がい、ジェンダーの再認識、妊娠、人種、宗教、性、性的志向、結婚、シビル・パートナーシップを理由とした差別的言動)、及び出演によって重大な危害が生じるリスクにさらされていると思われる人々の扱い(抜粋)」。最後の下線で示したところが今回、追加された箇所です。
 もともとが“ぜい弱”な状態にあったり、テレビに出演することに慣れていなかったりする出演者、または出演者が傷ついたりするリスクの高い番組については、それを視聴する側も傷つく可能性があり、特にトラウマを抱えていたりもともと“ぜい弱”な状況にあったりする視聴者についてはなおさらそうであり、放送局はそうしたことにも配慮して視聴者を守る番組制作に努めなくてはならない、そういう規制当局のメッセージであると私は理解しました。

4)放送コード改訂の意義について(在英ジャーナリスト・小林恭子さん)
 小林さんは今回の改訂について、「20年前にリアリティー番組の放送が開始された時から、明らかに一線を越えていた感じがしていましたが、当初は警鐘を鳴らす人は、こういう番組を楽しめない、遅れている人、お堅い人と見られる雰囲気がありました。様々な問題が指摘されてずいぶんたって、やっとここまで来たのか、という気持ちがしています。」といいます。また、「ソーシャルメディアで良かれ悪しかれ注目される状態は出演前から分かっている“はず”ですが、それでも“出たい”というのであれば、18歳以上であればその人を止めることはできません。有名になることと引き換えにどんな悪影響があるのか。それを体験者が語ることは大切だと思います。出演することを夢見ない人が言っても言葉は届かないですし、だからこそ体験者の言葉は貴重で、“出たい人”にメッセージが届くと思います。」とも語っています。
 イギリスでは、リアリティー番組の出演者が、その功罪をメディアで語ることが多く、特に辛い体験をした人達は、多くの人達と体験を共有し啓発したいとい思いを持っているようです。今回のOfcomの放送コード改訂も、放送局員、番組制作者、ヘルスケアの専門家に加えて、過去の番組参加者との対話によって作られていったといいます。「イギリスはBBCだけでなく、商業放送も含めた地上波の主要放送局全てが公共サービス放送と分類されているため、日本のような視聴率による競争ではなく、“質の高い番組作り”を競う慣習があります。その意味で、Ofcomがコンサルテーションを行い、問題を提起し、視聴者ケアの道筋をつけたのは大きな意味がありそうです。(小林さん)」

5)イギリスから何を学ぶか
 去年の「放送研究と調査」10月号の論考7)でも触れたように、イギリスのリアリティー番組『ラブアイランド』では、4人の関係者(3人は出演者、1人は出演者と交際していた人)が自ら命を絶っています。それでもなお、現在も放送は継続しており、高い人気を誇っています。出演者のSNSアカウントとEコマースを連動させるビジネスも順調だそうです。
この他にも、イギリスには数多くのリアリティー番組が現在も放送を続けており、グローバル市場でのフォーマット販売も積極的に行われています。
 一方、日本では木村花さんが亡くなった後、フジテレビは『テラスハウス』の制作を中止しています。4月30日にはSNS上でのリスク管理や炎上した際の対応を行う「SNS対策部」を3月に社内に新設したと発表しましたが、『テラスハウス』の今後や、リアリティー番組についての見解については明らかにしていません。また、フジテレビ以外の放送局ではこれまでもリアリティー番組はあまり制作されておらず、現在積極的に制作しているのはOTT事業者であるABEMAくらいです。このように、イギリスと日本では、番組制作の状況は大きく異なっていると言えると思います。
 また、今回私は、Ofcomの放送コードの詳細について恥ずかしながら初めて目を通しましたが、放送局がとるべき行動がかなり細かく書き込まれていて本当に驚きました。小林さんによれば、公共メディアサービスである地上放送はOfcomによって“がちがちの厳しい縛り”がかけられていると言われているそうですが、この点においても、自主自律を基本とする日本の制度やその下に置かれた放送局の状況とは大きく異なるということも改めて実感しました。
 では、日本はイギリスから学べるものはないのでしょうか。そんなことはないと思います。
今回の放送コード改訂は、リアリティー番組を強く意識したものになっていることは間違いありませんが、それに特化したものではありません。影響力の大きな放送や配信サービスに人々が露出するということには、もともとリスクが内在していますが、制作者も出演者も視聴者もSNSを活用する時代においては更にそのリスクは高まっており、こうした時代のメディアのあり方そのものを、規制という切り口から問題提起したのが、今回の改訂の本質だと私は受け止めています。小林さんから伺って興味深かったのは、当初Ofcomは、放送局の視聴者に対する責務については、より明確にするために新たな項目を設定しようとしていたそうですが、多くの放送局から規制の範囲が広すぎると反発の声があがり、小規模な改訂に留まったそうです。今回の改訂は、追加された項目の分量としては、一見、出演者対策がメインのように見えますが、放送の社会的影響力と公共性を担うメディアの責務という観点での規制という意味で、視聴者に対する責務に、より重たい意味があるのではないかと感じました。
 SNSのリスク管理や炎上対策も大事です。しかしそれはあくまで対症療法にすぎません。
公共性を担うプロの番組・コンテンツ制作集団として、SNS時代にどのような立ち位置で存在していくのかというメディアとしてのビジョンを、イギリスのように規制機関から示されるのではなく、自らで社会に示していく、そうした姿勢を放送局には期待したいものです。そうした姿勢は放送局だけでなく、リアリティー番組を現在最も多く制作するABEMAのような、特に若い人達に対して影響力を増しているOTT事業者やPF事業者にも期待したいところです。こうした取り組みを積み重ねていくことが、木村花さんの死に対し、制作側、メディア側が示していける最大の誠意なのではないでしょうか。

6)おわりに
 小林さんから、イギリスの最近の動向として2つのことを教えてもらいました。1つは3月17日、チャンネル4で、先にも触れた『ラブアイランド』の司会者で、SNSによるひぼう中傷を苦に自ら命を絶ったキャロライン・フラックさんについて特集したドキュメンタリーが放送されたということです。フラックさんはこれまで数々のリアリティー番組の司会を務めてきたイギリスでも著名なテレビパーソナリティであり、2018年にはイギリス映画アカデミーから最優秀リアリティーショー賞を受賞しています。しかし、プライベートでは若い頃から恋愛関係に悩んで自傷行為を繰り返すなど、精神的には不安定な状態が続いていたといいます。亡くなる直前には、交際相手とのトラブルの内容を巡り、SNS上でフラックさんに対する激しいバッシングが行われており、それを苦にして命を絶ったのではないかと見られています。ドキュメンタリーでは、こうしたフラックさんの人生の光と影が、関係者のインタビューも交えて丁寧に描かれていたそうです。
 もう1つは4月9日、リアリティー番組の常連の出演者で、その経験を生かしてテレビのパーソナリティーとして活躍中だったニッキ・グラハムさんが摂食障害で亡くなったということです。グラハムさんは1年前に雑誌のインタビューでは、「いつもメディアに追われた(注:彼女のメンタルヘルスについて書き立てられた)。つらい時、みんなの前で笑顔を作り、幸せいっぱいのふりをするのはつらかった。でも、ポジティブなことの方がネガティブなことよりは多い」と語っていたそうです。今年3月にはグラハムさんを拒食症から回復させようと、ファンがクラウド・ファンディングのサイトを立ち上げ、4月までに6万5000ポンド(約970万円)集めていたとのこと。この資金はグラハムさんがリハビリセンターで治療を受けるためのものだったそうです。
 フラックさんもグラハムさんも、テレビで華やかな脚光を浴びながらも、同時にプライベートでは疾患や精神的な“ぜい弱性”に苦しんでいました。たまたま偶然、この2人が同じような境遇だったとも言えますが、私は単なる偶然ではないと考えています。イギリスでもアメリカでも、リアリティー番組に出演を希望する人達の中にはもともとこうした人達が少なくなく、アメリカでは、なぜこうした人達がテレビに出演したいのか、有名になりたいのかについての心理学的分析もおこなわれているそうです。
 人間であれば誰にでもどこかに大なり小なり、社会に認められたい、有名になりたい、多くの人達から必要とされたい、こうした承認欲求があります。実際に置かれている状況が辛かったりしんどかったりすればするほど、そうした状況から抜け出したい、そう思うことはむしろ自然なことと思いますし、メディアに露出するということが、その近道のように思えてしまうことも理解できます。メディアの側は、そうした人達の欲求を、本人に降りかかるリスクをわかりながらも巧みに利用し、何かトラブルがあっても、そのことを自らの言い訳にしてきた点があったのではないかと思います。そして、視聴者も、こうした出演者があらわにする感情の揺れや起伏の激しさを、ハラハラドキドキしながら他人事として楽んでいたのではないでしょうか。そのシンボル的な存在がリアリティー番組であり、今回のOfcomの改訂は、そうした制作者側と出演者、視聴者のいびつな共犯関係にくさびを打ち込もうとしているのではないかとも思います。
 ただ、ハイリスクグループであると一括りにして、こうした人々のメディア露出のチャンスを奪ってしまうこともどうなのだろうか、とも思います。特に若い頃は、承認欲求の高さと低い自己評価との狭間で揺れる精神状態に置かれていることの方がむしろ普通なのだと思います。こうした若者達の自己主張の舞台として、今後一層、YouTubeを中心とした配信PFが活用されていくのではないかと思いますが、そんな中、放送局や一部のOTTが公共的な存在として、危うさを抱えながらも前を向いて生きていきたいと考える人達の成長や生き直しを、適切なサポートも含めて背負い、社会に生きる多くの“ぜい弱性”を抱えた人達にとって励みになる番組・コンテンツを制作していくという方法はないでしょうか。SNS時代の規制のムードに萎縮するのではなく、むしろ新たな挑戦を仕掛けていく。そんなプロフェッショナルが現れることを、同時に期待したいと思います。



1) 木村響子さんは、花さんの死後にSNS上で中傷した男性を裁判に訴え、5月19日に東京地方裁判所は130万円の賠償     命令を出した。詳細は……… 
    https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210519/k10013039391000.html
2) https://www.soumu.go.jp/main_content/000734827.pdf
3) 小林恭子さんのウェブサイト「小林恭子のメディアウオッチ」https://ukmedia.exblog.jp/
4) https://www.ofcom.org.uk/__data/assets/pdf_file/0021/67710/list_of_regulated_video_on_demand_services.pdf
5) Disneyについてはイギリスに本部があるため規制の対象リストに入っている
6) https://www.ofcom.org.uk/__data/assets/pdf_file/0027/209565/statement-protecting-participants-in-programmes.pdf
7) https://www.nhk.or.jp/bunken/research/domestic/pdf/20201001_6.pdf


メディアの動き 2021年05月13日 (木)

#321 胸突き八丁の夏の陣へ ~正念場迎えるコロナとの戦い~

放送文化研究所 島田敏男

 

  「大型の長い連休を抜けると、恐ろしく急な下り坂であった」5月のNHK世論調査の結果を見て、菅総理大臣はこんな思いになったのではないでしょうか。

   大型連休明けの10日(月)にまとまったNHK月例世論調査で、菅内閣に対する支持・不支持を見ると、「支持する」35%、「支持しない」43%でした。この支持率35%というのは去年9月に菅内閣が発足してから最も低い数字で、コロナとの戦いの途中で退陣した安倍内閣の最後の支持率(34%)と同じレベルです。

   4月の調査と比べると「支持する」が一気に9ポイント下がり、逆に「支持しない」は5ポイント上がりました。この内閣支持率の急落は、まさにコロナとの戦いぶりに対する国民の不満の現れに他なりません。

   今回の調査は5月7日(金)の夕方から始め、9日(日)までかけて電話で行いました。7日というのは政府の対策本部が東京・大阪・京都・兵庫の4都府県に4月25日から出していた緊急事態宣言を5月31日まで継続することを決め、新たに愛知・福岡も宣言対象地域に追加した、まさにその日です。

 

suga0512.jpg菅首相

 

 4月25日からの緊急事態宣言を4都府県に出した際には、菅総理も小池東京都知事も「短期集中」と強調していました。しかし、大型連休中に人の流れをある程度抑えることはできたにしても、コロナウイルスの感染に繋がる人と人との密接な接触を減らすことはできませんでした。

  「短期集中で抑え込む」と豪語していたにもかかわらず、結果として事態の解決に繋がらなかった。逆に宣言対象地域を拡大せざるを得なかったことに不満が噴き出すのは当然です。

   去年5月の調査から続けて聞いている「あなたは新型コロナウイルスをめぐる政府のこれまでの対応を評価しますか?」という質問に対する今月の結果です。「評価する」33%、「評価しない」63%でダブルスコアに近い開きが出ました。「評価しない」が60%を超えたのは初めてです。

 新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長が繰り返し指摘しているように、緊急事態宣言によって感染者数の増加が減少に転じても、急ぎ足で元に戻ろうとすれば強烈なリバウンドが発生します。前回の緊急事態宣言を東京などより早めに解除した大阪で、今回深刻な医療崩壊状況に見舞われたことが、それを明瞭に物語っています。

 

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 そして事態打開の切り札でありながら、なかなか進まないのがワクチンの接種です。医療従事者は2月17日に、高齢者は4月12日にそれぞれ接種がスタートしましたが、その後の全国での進み具合に加速感はありません。

   今回の世論調査で「菅総理は7月末を念頭に高齢者へのワクチン接種を完了できるよう取り組む考えを示しています。あなたは接種の進み具合は順調だと思いますか、遅いと思いますか?」と尋ねました。

   結果は「順調だ」9%、「遅い」82%でした。これを年代別で詳しく見ると、50歳代、60歳代で「遅い」がほぼ9割を占めていて、他の年代よりも特に高くなっています。加齢とともに自分の健康維持に関して敏感になっている年代。だけど、より高齢の人たちほど優遇されない年代。この人たちがワクチン接種の遅れに極めて厳しい眼差しを向けているようです。

   菅総理は今月7日の4都府県に対する緊急事態宣言継続と2県の追加決定に際して「1日100万回の接種を目指す」と強調しました。そのペースで進めることができれば、3,600万人の高齢者に対する接種の目標完了に漕ぎつけることが可能という説明です。

   海外の製薬会社からのワクチンの入手は約束通りに進むのか?各地で接種にあたる医師や看護師など医療従事者の確保は大丈夫なのか?まさにここからが胸突き八丁で、7月末というチェックポイントは、コロナと戦う夏の陣とも言えます。

   菅総理にとって、7月23日に開会式を予定しているオリンピック、その後のパラリンピック、さらには自民党総裁選挙、衆議院総選挙という夏以降に控える大きな政治日程の行方。すべてがコロナと戦う夏の陣の展開にかかっています。

 

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 立憲民主党の枝野代表は、10日の衆議院予算委員会で質問に立った後、記者団に「菅総理は野党側が内閣不信任決議案を提出すれば、衆議院を解散する可能性があると明言している。しかし、コロナウイルスの感染が拡大している現状は、衆議院を解散できる状態ではない」と述べました。6月16日に会期末を迎える今の通常国会で、衆議院の解散につながる内閣不信任決議案の提出は避けるべきだという考えを示したものです。

   これについて、共産党の小池書記局長も「菅政権は100回ぐらい不信任に値すると思うが、今の時点で不信任決議案を出すべきではない。国民の生命、健康を守るという点からも解散・総選挙はありえない」と応じました。

   国民の声は「今は解散・総選挙よりも、新型コロナウイルスの感染収束が最優先」ということに尽きます。コロナとの戦い夏の陣は、与党も野党も協力してワクチン接種の加速に力を尽くすことが第一です。

   その夏の陣の成果によって感染の新たな波の襲来を押さえ、その上で秋の政治の季節に移っていく。これが国民にとって好ましい展開だと考えます。

メディアの動き 2021年05月12日 (水)

#320 これからの"放送"はどこに向かうのか? Vol.6 ~公共放送・受信料制度議論~

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子


 私は2018年から、メディア環境の変化について放送業界の最新動向を中心に俯瞰する「これからの放送はどこに向かうのか?」という論考を「放送研究と調査」誌上で発表してきました。半年に1度のペースで執筆しているのですが、先日、Vol.6をネットで公開しましたので、本ブログでそのサマリーを紹介します。

 今回の内容は、2020年4月から1年弱かけて総務省の「放送を巡る諸課題に関する検討会」の「公共放送の在り方に関する検討分科会」で議論されてきた、NHKの改革と受信料制度の改正がメインです。議論の結果、とりまとめ1)が公表され、その内容は、現在、放送法の改正案として総務省から国会に提出されています2)

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(放送法の一部を改正する法律案の概要 ※抜粋)

 ただ、改正案提出後に、東北新社やフジテレビが、放送事業者の外国人株主の議決権比率を20%未満とするよう定める放送法に違反(外資規制違反)していることが発覚し、法改正の新たな項目として、この外資規制のあり方についても盛り込むべきではないか、という声が出ています。武田良太総務大臣は法案の提出者である立場上、今国会での成立を目指す姿勢を崩していません3)が、本ブログを書いている5月11日現在、審議が行われる目途は立っておらず、今後の見通しは不明です。

 さて、今回の検討会での議論は、NHKが毎年決算時に収支差額がゼロを上回った場合、一定額を積み立て、それを受信料の額の引下げの原資に充てるという仕組みや、テレビを設置しているにもかかわらずNHKと受信契約を締結していない世帯に対して「割増金」という制度を設けることなど、受信料制度に関する内容が中心でした。そのため、新聞やネットメディアでもその内容が取り上げられることが多かったように思います。しかし、これらの記事は、全ての検討会を傍聴した私から見ると、取りまとめの結果や改正案の一部が断片的にしか伝えられていなかったり、その伝え方も断定的だったりするものも少なくないように感じました。国会での審議では、“値下げ”や“負担”の議論の一段深いところにある、メディア環境が変化する中におけるNHKの公共性とは何かについての議論や、その内容を多くの人々が共有することを期待したいですが、仮に、今国会で改正案が議論されなかったとしても、いや、議論されない場合はより一層、この1年、検討会で行われてきた議論の内容については、できるだけ多くの人々に関心を持っていただきたいという思いが強くあります。

 論考では、検討会の議論について、できるだけわかりやすくまとめるよう心がけました。併せて今回の検討会の議論では先送りされた論点や、そもそも俎上に載せられなかった論点についても私なりに整理して触れてみました。特に俎上に載せられなかった論点、たとえば、スクランブル化ではなぜダメなのか、番組の内容に不服な場合に支払い拒否はなぜ認められないのか、受信料の使い道をもっと多様なメディアの支援などに使えないのか、などは、視聴者・国民が少なからず抱いていると思われる疑問や違和感だと思います。こうした論点は総務省の検討会ではなかなか真正面から取り上げられることがないため、そのことが、視聴者・国民が検討会の議論に今一つ関心を持てない理由の一つではないかと私は感じています。これまでの取材活動や原稿執筆では、今行われている検討会の議論を傍聴し、その議論の論点整理や課題の提示をすることを中心に行ってきましたが、論考の範囲を広げていかなければならないと、原稿を書きながら改めて感じました。

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 また論考では、検討会の議論だけでなく、前田晃伸会長のもとで今年1月に公表された「NHK経営計画(2021-2023年度)4)」の概要についても記しています。この計画では「新しいNHKらしさの追求」と「スリムで強靭な「新しいNHK」」が掲げられています。論考には、この内容に関する私の見解も少し記しています。

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(NHK経営計画(2021-2023年度) ※抜粋)

 私は放送文化研究所という組織に所属する研究員で、放送やメディアの動向について研究していますが、同時に受信料収入で成り立つNHKの一人の職員でもあります。そのため、私が特に受信料制度の問題点やNHKの経営のあり方について、当事者の視点を排して客観的に論じきることは困難ですし、自身でも限界を感じることも少なくありません。どう論じても、経営を擁護していると捉える人もいれば、批判していると捉える人もいるのではないかと思います。しかし、こうした受け止めを超えて、自分にしかできない役割があるのではないかという思いも持っています。これからも、一人の研究者として、そして一人のNHK職員として、この問題を考えていきたいと思っています。


1) https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01ryutsu07_02000198.html
2) https://www.soumu.go.jp/main_content/000734730.pdf
3) https://www.soumu.go.jp/menu_news/kaiken/01koho01_02001014.html
4) https://www.nhk.or.jp/info/pr/plan/assets/pdf/2021-2023_keikaku.pdf


メディアの動き 2021年05月06日 (木)

#319 「コロナ禍の無給医」をめぐる報道の力

メディア研究部(番組研究) 東山浩太


 「放送研究と調査」4月号に「『メディア世論』が社会を動かす~「コロナ禍の無給医」報道~」という拙論を載せました。
 医療従事者の中には無給医と言われる人たちがいます。大学病院で働いていますが、給料が少なく、雇用契約すら結ばれていないこともある大学院生などの医師です。厳しい労働条件の中で新型コロナウイルス感染者の診察にもあたります。医療体制がひっ迫するコロナ禍で、無給医や無給医をめぐる政策がどのようにテレビで描かれてきたか――を例にして、報道が社会に影響を及ぼすとき、どんなしくみなのかを考えてみた小論です。
 作成にあたっては、先行研究を大いに活用させてもらいました。例えばメディア研究者で同志社大学教授の伊藤高史さんの「ジャーナリズムの政治社会学」です。
 その中で、こんな理論が提唱されていることを学びました。

・報道が社会を動かす影響力を発揮するとき、一般には「報道→世論喚起(市民一般)→権力者(政治家や官僚など)→政策修正など」というプロセスがイメージされる
・が、選挙などを除き、報道は市民一般への世論喚起という過程を経ずとも、直接、権力者に働きかけ、政策などを動かしうる。権力者は世論調査のみを重視するのではなく、報道から世論全体の「心証」を推し量って行動を決めることもあるからである
・こうした影響力を報道が持つには「メディア世論」を作り上げることが重要となる。ある問題を提起する際、マスメディア1社のみより、複数の社によって報道がなされる=「メディア世論が成立する」と、その強い問いかけは権力者に認知されやすく、権力者を問題の対応へと動かしやすくなる

 以上は拙論で触れています。一方で、盛り込めなかったこともあります。
 報道が社会に影響するしくみを把握する場合、まずチェックするのはテレビや新聞などのマスメディアでしょう。しかし、加えて、使いこなす人たちが増えているTwitterやYouTubeなど、ソーシャルメディアもチェックする必要があるということです。
 というのは、政治に関する意見の広がりが可視化されやすいTwitterなどを、今や政治家や官僚はよくチェックしているだろうからです。
 社会学者で東京工業大学准教授の西田亮介さんは、近年、政治家や政党がTwitterなどを使ったイメージ戦略に注力してきたことを研究しています。昨年出版された「コロナ危機の社会学」の中では、「新型コロナ対策とちょうど重なる時期に政権が『耳を傾けすぎる政府』へと追い込まれた」と評しています。
 何に「耳を傾けすぎる」のかと言えば、Twitterのやりとりなど「わかりやすい民意」に、とのこと。そして「耳を傾けすぎる政府」は、社会へ向けて政策について語る際など、「説明と説得には多くの政治的コスト、それから時間を要する」から、「それらを省略する」ために「わかりやすい民意に『反応』しようとする」と分析しています。
 すなわち、政策を検討する上で、合理性や代表性に乏しくても「わかりやすい民意」、いわゆる「ネット世論」が、先述のマスメディア間で成立する「メディア世論」と同様に重視されていると思われるのです。

05-111.jpg それゆえに、報道が社会に影響するしくみを考える場合、今日では、「メディア世論」と「ネ ット世論」の相互作用を意識する必要があるでしょう。何か問題を報道で提起するとき、人々に大声で知らせる機能はいまだマスメディア(特にテレビ)が担っているにせよ、その広がりかたはどのようなものなのか。
 拙論で言及した、コロナ禍で無給医が厳しい環境で理不尽な労働(診察)にあたらされているというファクトは、NHKが初めて報道したものです。
 この報道はTwitterではどのような反応を見せたのでしょうか。肯定的に捉えられたのかどうか。また拡散した結果、一定の強度を持つ「ネット世論」となりえたのか。「メディア世論」と相互に作用して政治家や官僚の政策修正に影響したと考えうるのか。

 これらも実証的に調査した上で、報道が社会に影響を及ぼす力を詳しく見極めるのが今後の研究の課題です。


放送ヒストリー 2021年04月28日 (水)

#318 太平洋戦争下、「南方」で行われた放送を振り返る

メディア研究部(メディア史研究) 村上聖一


 今から約80年前、太平洋戦争では、日本の陸海軍が一時、東南アジアの広大な地域を占領しましたが、占領地に軍が多数の放送局を設置して、ラジオ放送を行っていたことはあまり知られていないと思います。『放送研究と調査』では、戦時中に放送が果たした役割を検証するため、3回シリーズで、その「南方」と呼ばれた占領地で行われた放送について振り返っています。

 1回目の3月号、「南方放送史」再考①~大東亜共栄圏構想と放送体制の整備~」では、放送開始までの経緯について検証しています。ここでは放送の概要を見ておくことにしましょう。

 地図は、1944年12月の時点で日本軍が東南アジアの占領地に置いていた放送局の場所を示したものです。これ以外にも小規模な放送局があったことから、その数は30を超えました。当時の日本放送協会の放送局(内地で放送を行っていた放送局)の数が40余りでしたので、軍が占領地での放送にいかに力を入れていたかがわかります。

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 写真は、ジャワ島(現在のインドネシア)のバンドン放送局です。立派な外観ですが、日本軍が建設したものではなく、戦前のオランダ植民地時代の放送局を接収して使っていました。

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 こうした放送局は軍が管理しましたが、実際に番組制作を担ったのは、もっぱら日本放送協会から派遣された職員とそのもとで働く現地の住民でした。放送に求められたのは、▽現地の日本人向けの情報伝達、▽連合国軍に向けられた対敵宣伝、▽占領地の住民の民心安定、の3つの役割でした。

 しかし、開戦によって突然、「南方」に送り込まれた放送局の職員が、言葉も習慣も異なる住民向けに番組を作るのは非常に難しかったと思われます。職員の多くはこれまで海外向けの放送に携わったことがない人々でした。

 さらに、放送を出したものの、そもそも現地ではラジオの受信機がほとんど普及していませんでした。このため各放送局では、写真のようなラジオ塔(放送を受信してスピーカーで周囲に流す設備)を街のあちこちに立て、現地の人々に何とかして番組を聴いてもらおうとしていました。

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 シリーズでは、史料から浮かび上がるそうしたラジオ放送の普及策に加え、放送局が具体的にどのような番組を放送していたのか、また、日本の敗色が濃くなる中、放送局の職員はどのように対応していたのかといった点について、詳しく分析しています。ぜひご一読いただければと思います。


メディアの動き 2021年04月26日 (月)

#317 「コロナ時代の偽情報対策」

メディア研究部(海外メディア) 税所玲子


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 世界で深刻化する政治・社会の分断を背景に広がる偽情報や陰謀論は、新型コロナウイルスの感染に乗じるかのように拡散し、健康や生命まで左右しかねない事態となっています。この問題にメディアが連携して立ち向かおうという取り組みがあります。その一つが、イギリスの公共放送BBCが中心となって設立した“Trusted News Initiative(TNI)”です。パンデミックの宣言からおよそ1年がたった2021年3月末、オンラインによる国際会議が開かれました。不確かな情報が蔓延する「インフォデミック」に効くワクチンは生み出せるのか、そんな思いで3日間の議論に耳を傾けてみました。

 会議初日。議論の口火を切ったのは、BBCのティム・デイビー会長 でした。TNIは、前任のトニー・ホール会長が、大手新聞社や放送局、ソーシャルメディアなどに呼びかけて発足した経緯があります。デイビー会長は、「今のような時代にこそ、BBCは不偏不党という組織の核である価値観を再認識し、信頼できる情報源となって、風向きを変えていくしかない」と、就任以来、掲げてきた自説を展開しました。しかし、司会を務めた同局の北米特派員のジョン・ソープル氏は、陰謀説を信じるトランプ前大統領の支持者による議会議事堂襲撃の取材を引き合いに、「大統領の主張には根拠がないといくら説明しても、BBCは公平な立場で取材しているのでなく、反トランプを決めつけ(民主党の)肩を持っていると見られた」と、「自由世界」を標ぼうするアメリカで起きた事件を目の当たりにした動揺を隠せない様子で、論理と現実の間で必ずしも議論はかみ合いません。

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BBC ティム・デイビー会長(写真右)BBC ジョン・ソープル氏(同左)講演写真BBCウェブサイトより)

 世界各地のファクトチェッカーや学識経験者の講演を重ねて聴く中で、私が、偽情報の危うさと対策の難しさを実感したのは、デジタル時代のジャーナリズムを支援するために設立された「First Draft」のクレア・ウォードルさんの講演でした。例えばソーシャルメディア各社が対応策の一環として有害コンテンツに対して行う「ラベル表示」(labelling)。一定の効果はあるという意見がある一方、ウォードルさんは、陰謀説を広げる人々の手口が巧妙化し、ラベル表示をつけるかどうかの判断は、極めて難しくなっているといいます。ウォードルさんが例として挙げたのは、新聞が実際に報じた「ワクチン2回接種の4日後に死亡したユタ州の39歳の女性に検視 」という見出しでした。見出し自体は、事実関係として問題がないものの、何者かが文脈の意図を変えて、ワクチンの危険性を訴える「根拠」に流用した時、この報道機関の記事に 「有害コンテンツ」のラベルを張れるのか。同様にウェブサイトのQ&Aのセクションで陰謀説につながる質問があった場合は・・・。アマゾンに並ぶ自主出版の本は・・・。

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クレア・ウォードルさん講演(BBCウェブサイトより)

 ウォードルさんは、トランプ前大統領のツイッターについても、誤った主張に「警告」や「ラベル表示」をすることなく報じ続けた大手報道機関の責任にも言及しました。そして、旧ソビエトのスパイ組織KGBの言葉を引用してこう訴えました。「水が一滴、落ちても岩は壊れないが、ポツン、ポツンと長きにわたって水が流れれば、やがてその岩は侵食され、崩壊するだろう」と。確かに、偽情情報一つ一つが、気づかぬうちに社会基盤を脅かしていたら・・・。そして、客観的事実を土台にした議論が成立しない社会になったら ・・・。さながらスパイ映画に出てくるような暗い影が足元から伸びているような感覚を覚えました。

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ソーシャルメディア3社(BBCウェブサイトより)

 では、ソーシャルメディア各社は、この問題をどうとらえているのでしょうか。3日目には、偽情報や陰謀説への対応が遅れたのではないかと批判されるツイッター、フェイスブック、ユーチューブの欧州の企画・政策部門の幹部が登壇しました。ツイッターのマクスウィーニー部長は、外部のファクトチェッカーとともに進めるBirdwatchと呼ばれる新たな対策を紹介した上で、「どんな価値観を基盤に、利用者の信頼を得ていくのかが問われている」と、BBCの会長と同じキーワードを使い、対策への理解を求めました。また、フェイスブックのレイニシュ部長は、アメリカ大統領選挙などで陰謀論を拡散したQAnonをなぜ規制できなかったのか、また、今後、政治広告をどう制限するかについて問われ、「ザッカーバーグ代表も自分もこうした決定を下す合法的な権限をもっていない」と戸惑いをあらわにし、そして、「多くの国では、こうした問題に対応できる選挙法さえ備わっていない。何か有害なのか、何が違法なのか、何が合法なのか根本的な枠組み作りが必要だ」と訴えました。さらにユーチューブのウィルソン統括部長からは、ネット空間を悪用する者たちとの攻防は「軍拡競争」で「容易に勝てない」と白旗をあげるかのような発言さえ飛び出しました。

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会議で話し合われたさまざまなテーマ(BBCウェブサイトより)

 「誰もが発言できる自由でオープンな空間」「国境をこえてつながりを築けるツール」。そんな理想を掲げ、情報の規制に極めて消極的だったプラットフォーム各社から、規制を求める発言を聞くのは、正直、驚きでした。各国が対応を検討する間にも、偽情報問題の次の前線は地球環境問題に移るだろうという指摘もあり、「戦い」の終わりは見えそうにありません。1年でコロナのワクチンの開発にこぎつけた世界の科学者の協調の精神やスピード感こそ、いまメディアに必要なのかもしれません。