文研ブログ

2023年12月

メディアの動き 2023年12月27日 (水)

性加害とメディア~サビル事件とBBC②~【研究員の視点】#521

メディア研究部(メディア情勢)税所玲子

 イギリスの公共放送BBCの元司会者でタレントのジミー・サビル(Jimmy Savile)氏による性加害事件は、その手口や被害者の数、そして同氏のメディアでの影響力の大きさによって被害が見過ごされてきたという点などから、ジャニー喜多川氏の事件と類似点が指摘されている。
 BBCは、▼事件が発覚したときの組織としての対応と、▼被害に気がつかなかったことの原因と責任、という2つの側面から厳しい批判を受けた。本ブログの第1回では前者についての検証結果を紹介したⅰ)
 本稿では、サビル氏が「未成年者に性加害を行っている」といううわさがあったにも関わらず、組織としての対応を阻んだ要因はなにか、BBCの「組織文化」に焦点をあてた元判事のジャネット・スミス氏による報告’The Dame Janet Smith Review Report’ⅱ)を紹介する。数百人に接触し、番組ごとに誰が、どこで、何を見聞きし、どのような対応をしたのか、丹念に聞き取り、証言を相互に照らし合わせ、被害の実態に迫ろうとする姿は、「検証する」とはどういうことなのかを示しているように思うⅲ)。以下概要を紹介する。

【報告書の概要】
 
スミス元判事による検証は、ジミー・サビル氏が人気絶頂だった1970年代から80年代を中心に、スターの地位を利用して、未成年の少女などに性的虐待を行っていたという告発番組の放送を受けて、2012年10月12日に実施が決まった。関係者800人以上に連絡を取り、380人以上から証言を得て執筆された報告書は793ページ。かかった費用は、650万ポンド(約11億7,000万円。補償費用を除く)で、2016年2月25日に公表された。

検証の焦点は

・BBCの仕事に関連して、サビル氏の不適切な性的行為はあったか
・公式・非公式にかかわらずサビル氏の不適切な行為に対する不満や懸念が、BBCに示されたことはあったか
・BBCの職員は、どの程度、サビル氏の不適切な行為について認識していたか
・BBCの職員は、どの程度、サビル氏の不適切な行為について認識すべきであったか
・サビル氏に不適切な行為を可能にさせた当時のBBCの組織文化や慣習はあるか

スミス元判事の結論は、
・BBCの仕事から派生した加害は存在し、
・当時BBCにあった苦情対応の窓口に対してではなかったものの、8件の非公式な苦情があり、
・BBCの複数の職員が、サビル氏が未成年者に対し性的な関心を抱いていることを知っていたが、組織としてのBBCは認知していたとはいえない
・うわさなどがあり、直接調査に乗り出した人もいたにも関わらず、BBCの組織構造として、上層部に対し、「タレント」が関わるハラスメントについて報告するという慣習がなかった
・上司や人事担当などに苦情を言うとキャリアに関わるという懸念から、BBCの職員が声をあげにくい文化、正式な申し立て手続きの不在、不十分な調査、男性優位でセクハラを軽んじる「マッチョな文化」、タレントに対する過剰な配慮、などさまざまな組織文化の問題がある、というものである。

 また、スミス元判事は、名乗り出なかった被害者もいるとしながらもBBCに関係する被害者は72人(女性57人、男性15人)で、このうち16歳未満の未成年者は、女性21人、男性13人だったとした。最年少の被害者は8歳だった。サビル氏の犯行は、控え室などBBCの施設のあらゆるところで起きたほか、スタジオから自宅や愛用していたワゴン車に連れていかれた被害者もいた。 
 報告書は、プライバシーに配慮しながら具体的な状況にも言及しており、嫌悪感を覚える読み物である。スミス元判事は、子どもの保護やハラスメントをめぐる社会の対応は、今とはかけ離れていることを考慮に入れながらも、被害に気がつくチャンスがあったにもかかわらず、BBCの関心がみずからの保身に向けられ、守るべき対象の被害者に向けられなかったことを、「公共」のために存在する組織としてあるまじきことだと厳しく指摘している。以下に結論の根拠となった内容をかいつまんで紹介する。

  BBC1.png報告書について伝えるBBC(BBCニュースのホームページより)

【BBCのマネジメント構造】
 
当時のBBCの組織はどのようなものだったのであろうか。
 報告書によると、当時のBBCのマネジメントの構造は縦割りかつ上下関係が明確で、部局長が各現場の運営を任されていた。自身で判断しかねる事案が発生した場合だけ、上役に相談する仕組みで、部局長が情報を抱え込む危険性をはらんでいた。実際、エンターテインメントの部局長は個性が強く、持ち場が「領有地」であるかのようにふるまっていた。セクションごとの壁もあり、組織全体の利益よりも自局の利益を守ることが優先されていた。
 こうした環境では問題が起きても、一般職員は、上層部への報告は管理職の仕事だと考え、みずからが声をあげるという発想を持ちにくい。80年代までは内部通報制度もなく、セクハラやいじめがあっても直属の上司に伝えるだけで、その人物がさらに上に報告しなければ、そこで終わりだった。女性管理職の割合が少なく、わいせつな発言があっても、BBCの評判に傷がつかないかぎりは、「社会ではそういうものだ」と男性の価値観が優先される「マッチョな文化」がはびこっていた。セクハラは随所で発生し、サビル氏が働いていたエンターテインメント部門とラジオ1では特に顕著だった。

【サビル氏が利用した‘スター’の地位】
 
一般職員のサビル氏に対する印象は「気持ちが悪い」「だらしがない」など、決して芳しいものでない。ただ、サビル氏は、慈善事業で集まった募金の大きさや、王室や政治家とのつながりを繰り返しアピールし、幹部には丁寧で謙虚な姿勢で接した。何が真実で何がウソなのか見極めるのが難しくなるほど常にしゃべり続け、奇抜なファッションで型破りなパーソナリティーを演出した。BBCは「スーパースター」になったサビル氏がはじき出す視聴率にあらがえないようになる。

(著名な司会者やプレゼンターなどの)「タレント」は、‘BBCの価値観よりも価値があるとされるにいたった’。BBCでは、タレントがあまりにも影響力を持ちすぎたり、番組の成功にあまりにも欠かせない存在になったりし、BBCが守るべき価値から完全に乖離(かいり)した行動でも許されるようになってしまった。管理職は、タレントの怒りを買い、BBCに出演してくれなくなることを恐れているのだⅳ)

(「ジャネット・スミス報告書」より抜粋) 

【声をあげた人たちへの対応】
 
サビル氏の行為について、報告書は8件の苦情が寄せられたとしている。BBCの職員5人、外部の人物3人が申し立てたが、内容が上層部、あるいは組織全体で共有されることはなかった。
 例えばある若手職員は1988年頃、上司が席を外したすきに被害を受け、そのことを申し立てても、「黙れ、彼はVIPだろ」と一蹴された。また、歌番組「Top of the Pops」に参加した視聴者は、実際にカメラが回っている中で被害を受けた。現場の職員に訴えたものの「カメラを動かすからそこをどいてくれ」と言われた。さらに、ラジオのプロデューサーは、レストランで行われた会合にウエートレスの女性を誘い出し、サビル氏に女性を「あっせん」するかのような行為も行っていた。

BBCの多くの若手の職員は、被害を受けても申告していない。騒ぎ立てるほどのことでない、と思ったという人もいるが、ひどいことだと感じても、報告すればキャリアに傷がつくと恐れた人もいるⅴ)

【生かせなかった悪評】
 
サビル氏の不適切な性的関心については、うわさとして知っていた人は少なくない。実際、サビル氏は、自叙伝'As it happens’や、新聞やテレビのインタビューでも、みずから性的関心について言及していた。報告書は、うわさを聞いたことがあるという117人、聞いたことがない人180人から話を聞いた。しかし誰ひとりとして、上層部に報告しようと考えた人はいなかった。単なるうわさだと考えた人もいるし、すでに上層部は知っているだろうと考えた人もいる。
 ただ警戒を強めていた番組もある。サビル氏が子どもの夢をかなえる番組「Jim‘ll Fix It」では80年代になると、出演する子どもに付き添うスタッフの間では、サビル氏から目を離さないようにすべきだ、と言われていたし、プロデューサーも、サビル氏の性癖や、警察との癒着のうわさを耳にしていた。タブロイド紙が報じたこともあるが、そのような人物が子どもに夢を与える番組の司会にふさわしいのか、顧みる人はいなかった。

世間の批判さえなければ、サビル氏の適性について真剣な議論が行われないということは、嘆かわしい。BBCが評判に傷つくことを恐れるのであれば、能動的に正しい行いをすることが重要なはずだ。また、BBCが掲げる公共的価値が、こと人気番組になると、優先順位が下がるのも問題だⅵ)

 サビル氏に直接うわさを確かめようとした人もいた。サビル氏が司会を務めていた歌番組「Top of the Pops」は、100人前後の若者が付き添いなしでスタジオに集まり、風紀の乱れが指摘されていた。1970年初頭、ラジオ局の主幹は、部下を通じ「サビル氏の自宅に女の子が泊まっていた」といううわさを確かめたが、「何も心配することはない」と言われ調査をやめた。また別の広報担当の職員を通じて、他社の記者にも尋ねたが、うわさに過ぎないと聞いて、追及をやめている。

当時の社会の基準では問題なかった、というBBCの言い訳を受け入れることはできない。BBCは社会、そして若者への責任を自覚し、みずからの性癖を自慢する男に、若者の良きロールモデルの役割を与えるのに加担すべきではなかったⅶ)

 

BBC2.png組織の対応を分析して伝えるBBC(BBCニュースのホームページより)

【上層部の関心】
 
スミス元判事は、どの地位の人物が把握すれば、BBCが組織として把握していたと言えるか検討した。視聴者から見て、相応の責任を持つと考えられる立場として、部局長(Head of Department)以上の人物が知っていることが「組織として知っていること」と定義づけた。その基準に照らし合わせると、苦情は、そのポストまで到達しておらず、組織として見て見ぬふりをしたという結論にはいたらなかった。
 しかし、報告書は、役員や理事会の対応について極めて厳しい見方を示している。
 1971年、「Top of the Pops」に参加した15歳の少女が自殺をはかった。母親は、番組の「有名人」が自宅に連れて行ったとBBCに苦情を申し立てた。タブロイド紙が報じたが、検視官の査問で'精神的に不安定だった’と結論づけられると、上層部は関心を失った。何が起きていたのか番組のスタッフや観客への聞き取りもなく、母親から詳しく事情を聞くこともなく、参加可能な年齢を16歳に引き上げるという対策をとっただけだった。

BBC内の対応を見ると、自殺した少女のような若者の安全や福祉に対して配慮しようという思いがまったく見られない。母親の訴えをはぐらかし、BBCの名誉を守ることばかりに関心が向いている。
役員は、番組の根本的な問題を掘り下げることはなく、その地位に当然、期待される注意を向けていない。BBCにとっての悪評が回避できたと知るやいなや、全員で安堵(あんど)のため息をついたのだろう。理事会も番組の風紀の乱れに懸念を示さず、その無関心さには驚かされるⅷ)

 スミス元判事は、苦情申し立ての制度や職員どうしの連携の欠如、有効な調査制度の不備、不十分な視聴者対応、人事による職員の支援が十分でなかったことなどを問題として指摘し、こうした課題について6か月以内にBBCに対応策を示すよう求めた。
  
 報告書を読むと、BBCの職員のひとりひとりに悪意はなくても、組織として弱者に非常に冷淡で、内向きの理論に凝り固まっていて、大事なシグナルを見落とし、何人もの人を傷つける結果を招いたことがわかる。これによりBBCは計り知れないダメージを受けたが、これは時代を超えて、どこの組織にでも起こりうる問題としてその教訓を学んでいくべきだと思う。
 第3回は、BBCの信頼回復に向けた取り組みを中心に紹介したい。

【あわせて読みたい】
2023年11月30日 性加害とメディア~サビル事件とBBC①~【研究員の視点】#514


ⅰ) 文研ブログ 2023年11月30日「性加害とメディア~サビル事件とBBC①」
  https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/100/489990.html

ⅱ) 2016年2月25日 The Dame Janet Smith Review Report-
https://downloads.bbci.co.uk/bbctrust/assets/files/pdf/our_work/dame_janet_smith_review/savile/jimmy_savile_investigation.pdf

ⅲ) 検証の過程で、BBCの別のプレゼンターによるハラスメントも発覚したため範囲を拡大して調査が実施された。しかし、当該プレゼンターの上司にあたる人物とスミス元判事が知り合いだったため、利益相反にあたるとして、控訴院のリンダ・ドブス判事が実査の調査を行った。本ブログでは、サビル氏の事件のみに焦点をあてることとする。

ⅳ) 前掲ⅱ) 、P23、179-180

ⅴ) 同上 P60

ⅵ) 同上 P91

ⅶ) 同上 P109

ⅷ) 同上 P71, 74

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【税所 玲子】
1994年入局、新潟局、国際部、ロンドン支局、国際放送局などを経て2020年7月から放送文化研究所。

ヨーロッパを中心にメディアやジャーナリズムの調査に従事。

調査あれこれ 2023年12月25日 (月)

世帯年収の違いによるコロナ禍の影響の濃淡①~「新型コロナウイルス感染症に関する世論調査(第3回)」の結果から③~【研究員の視点】#520

世論調査部(社会調査)小林利行

国内で新型コロナウイルスの初感染が確認された2020年1月から4年近くたちました。
多くの人が亡くなりましたが、感染者の重症化率が低下してきたこともあり、2023年5月には法律上の扱いが2類相当から季節性インフルエンザと同じ5類に引き下げられるなど、最近は落ち着きをみせつつあります。

とはいえ、今後も同じようなパンデミック(世界的大流行)が起こらないとも限りません。
日本学術会議が2023年9月、今後の感染症の大流行に対応するために、今回のコロナ禍に関する情報の収集と継承を提言するなど、社会全体としてデータを整理して今後に備えようという動きが進んでいます。
そこで今回は、NHK放送文化研究所が2022年11月に実施した世論調査※1の結果のうち、
コロナ禍の影響について「世帯年収の差」に注目して分析しました。
“コロナ禍が社会の格差を広げた”ともいわれていますが、実際のところを客観的なデータで考えてみました。

図①は、感染拡大をきっかけにした生活の変化が、その人にとってプラスの影響とマイナスの影響のどちらが大きかったかを尋ねた結果です。全体をみると、『マイナス(どちらかといえばを含む)』(74 %)が『プラス(どちらかといえばを含む)』(23%)を大きく上回っていることがわかります。
しかしあえて『プラス』に注目してみると、プラスの割合は年収が多いほど高くなる傾向がみられます。
特に「600~900万円」(24%)から「900万円以上」(35%)にかけては、10ポイント以上差が大きくなっています。

図①  生活変化はプラスかマイナスか(世帯年収別)20231225_zu1.JPG

『プラス』の理由はなんでしょうか。
図②は、『プラス』と答えた人にその理由を複数回答で尋ねた結果です。
「600~900万円」と「900万円以上」では「在宅勤務など柔軟な働き方ができるようになったから」が全体と比べて有意に高くなっています。特に「300万円未満」(3%)と「900万円以上」(24%)の間では20ポイント以上の差がついています。
この数字からは、テレワークができるようになるなど、デジタル化の恩恵を誰が受けているのかが浮かび上がってきます。

図② 生活変化が『プラス』の理由(世帯年収別)
【『プラス』と回答した人】
20231225_zu2.JPG

一方、図③は、『マイナス』と答えた人にその理由を複数回答で尋ねた結果です。
世帯年収別の差の大きなものをみると、「旅行やイベントや会食に行けなかったから」は年収が高くなるほど多くなっていて、「300万円未満」では17%なのに対して、「900万円以上」では30%となっています。
逆に「経済的に生活が苦しくなったから」は年収が低くなるほど多くなっていて、「900万円以上」では3%にとどまっているのに対して、「300万円未満」では15%と有意に高くなっています。

図③ 生活変化が『マイナス』の理由(世帯年収別)
【『マイナス』と回答した人】
20231225_zu3.JPG

実際の収入の変化はどうだったのでしょうか。
図④は、コロナ禍による収入の変化について尋ねた結果です。
『減った(大幅に+やや)』をみると、年収が低いほど多くなっていて、「900万円以上」が17%なのに対して、「300万円未満」では36%と20ポイント近い差がついています。

図④ 収入の変化(世帯年収別)20231225_zu4.JPG

実は、この『減った』という人を年層別に分けると、さらに年収差が広がるカテゴリーがあります。
図⑤をみてわかるように、どの年層も世帯年収の低い人ほど『減った』が多くなる傾向は変わりませんが、その中でも18~39歳と40・50代の「300万円未満」と「900万円以上」の差がどちらも30ポイント以上ついています。これは、コロナ禍の経済的なインパクトが、いわゆる“現役世代”の年収の少ない層に強く影響したことを示しているといえるでしょう。
なお、40・50代以下に比べて60歳以上で差が大きくないのは、年金で暮らしている人が含まれることが影響していると考えられます。

図⑤ 収入の変化(年層別に分けた世帯年収別)20231225_zu5.JPG

このように、コロナ禍の影響は、年収の差で大きく違うことがわかります。
しばしば指摘されてきたことですが、世論調査の客観的なデータによって可視化されたといえます。
この調査は2022年11月に実施したものなので、現在ではさまざまな業種の業績が回復するなどして状況は変わっているかもしれません。しかし、再び感染症が大流行する際は、政府や自治体などは、今回紹介した調査結果を参考に、低年収層への支援策などを検討してほしいと思います。

コロナ禍に関する世論調査は、2020年と2021年の秋にも実施していて、来年1月上旬公表の「放送研究と調査 2024年1月号」の論考の中では、時系列比較によって、年収の高い人ほど「生活満足度」の増加率が大きく、低年収層との差が年々広がっていることも明らかにしています。そしてその要因についても分析しています。

ぜひご覧ください。


※1 新型コロナウイルス感染症に関する世論調査(第3回)

【おすすめ記事】
①「放送研究と調査」 2023年7月号
新型コロナ感染拡大から3年 コロナ禍は人々や社会に何をもたらしたのか-NHK
②「放送研究と調査」 2023年5月号
コロナ国内初感染確認から3年 人々の暮らしや意識はどう変わったのか-NHK

【小林利行】
NHK放送文化研究所の世論調査部員として、これまで選挙調査から生活時間調査まで幅広い業務に携わり、
最近では「災害」「憲法」「コロナ禍」などの調査に取り組んでいる。

調査あれこれ 2023年12月22日 (金)

国内メディアによる「ファクトチェック」②(テレビ)【研究員の視点】#519

ファクトチェック研究班 渡辺健策/上杉慎一/斉藤孝信

 日本国内の新聞社と放送局を対象に行ったファクトチェックに関するアンケート(2023年3月実施)の際に、放送番組のなかでファクトチェック結果を明示する形で伝えていると回答したのは、日本テレビとNHKの2社だった。これまでの取り組み状況をそれぞれの担当者に聞いた。

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 日本テレビでは、2022年9月から10月にかけてニュース番組『news zero』で3回にわたりファクトチェック結果を伝えたのをはじめ、同年11月20日(日)には『THEファクトチェック』という60分の特番を放送した。また、翌2023年9月24日(日)にも、前年の番組を演出面等でブラッシュアップした『藤井貴彦のザ・ファクトチェック』(60分)を再び放送した。担当した井上幸昌チーフプロデューサーに聞いた。

ntv_inoue_W_edited.jpg日本テレビ 井上幸昌チーフプロデューサー

きっかけは報道のブランディング
 Q:どのような経緯でファクトチェックに取り組むように?
 2022年、最初にファクトチェックを始めたときに意識していたのは『news zero』のブランディングだった。当時、報道局長が年末のニュース解説でウクライナのゼレンスキー大統領の投降を呼びかける偽動画のことに触れていたことにも象徴されるが、情報の正確性に対する疑問が多くなる中で、報道の価値を見直す動きの一環としてファクトチェックを位置づけていた。
 『news zero』の当時のコンセプトは、ニュースをひと事でなく自分ごととして受けとめ、誰かのために行動したくなる、ということ。その前提として、真偽を見極める力をつけてもらおうという趣旨でファクトチェックを始めた。
 メディア不信が強まる中で、今はどの放送局も調査報道に力を入れているが、その調査報道のなかの一つのカテゴリーがファクトチェックだともいえる。
 その後、さまざまなファクトチェックを特集した番組『THEファクトチェック』を制作したのだが、その際に最も重視していたのは、取材過程を見せること。「カキの殻に口をつけなければ、鮮度の良くないカキでも当たらない(食中毒にならない)」という言説を対象にしたコーナーでは、Vで取材の過程を見せながら、「ミスリード」という結論につなげていく。その取材(=検証)のプロセスを見せることに意味がある。
 この番組は、日曜の14時台としては年間最高視聴率を取ることができた。
 (ファクトチェック団体「ファクトチェック・イニシアティブ」が選んだ「ファクトチェックアワード2023」の優秀賞にも選ばれた)

実施していくうえでの課題
Q:実際にファクトチェックを進めていく上で課題と感じていることは?
 課題の一つは、取材に時間がかかること。真偽の検証をするうえで欠かせない慎重な取材と突っ込んだ議論が続き、政治部や社会部とも相談しながらファクトを確認していく作業は、かなり労力がかかる。
 もう一つは、ネタ選び。これはデスクの力量による。通常のニュースの業務もある中で、専従でファクトチェックをやり続ける難しさがある。どう見せるかも含めて考えると、通常の取材より一つ先の発想が必要で、これは時間とのたたかいでもある。加えて、制作体制も十分とはいえない。だからといって、ファクトチェックをやりやすいものからネタを選んでしまうと偏りが生じるので、そうならないように気をつけている。

 伝え方の課題としては、ファクトチェックの判定結果を伝える際の7段階のラベリング。「難しくて、ついていけない」という反応があった。視聴者としては、ストレートに情報の真偽の中身を見たいのであって、細かい区分を知りたいわけではない。入り口は「うそか本当か」という分かりやすい導入にする必要があるし、判定結果も2023年9月の特番では、より分かりやすい5段階にした。

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2023年9月24日放送 日本テレビ 『藤井貴彦のザ・ファクトチェック』
 ファクトチェックを真正面から扱った意欲的な番組として注目される。2022年11月に放送した前作から検証結果を分かりやすい5段階にあらためたほか、演出面での工夫をさらに加えスタジオのゲストに検証結果を予想させるクイズ的な要素も盛り込むなど、視聴者を常に飽きさせない知的エンターテインメントとして番組を展開。受け手の関心を強く引きつけつつ、なぜ今ファクトチェックが必要なのか、情報リテラシーの啓もう効果も意識した内容だった。
 中国メディアが報じた「福島第一原発の処理水が放出から240日で中国近海に到達する」という内容を専門家の分析をまじえて検証し、トリチウム拡散のシミューション自体は正しいが、実は検出できないほどのごく低濃度である事実を伝えていないミスリードで、不正確と判定した。海外とはいえ、報道機関が他のマスメディアの報道内容を検証するという新たな領域に踏み込んだ点も特筆される。

マスメディアがファクトチェックすることの意味
Q:報道機関としてのマスメディアがファクトチェックを行うことの意義をどう捉える?
 いわゆる裏を取る作業は、普通のニュースとたがわず難しい。直近の番組で扱った「路上販売の桃は窃盗品」というSNSの投稿についても、YouTuberが「窃盗品」と決めつけるような発信をしていたケースもあったが、取材したら、実はそうじゃない(規格外の桃を正規に仕入れていた)というところに行き着いた。それを伝えることで、「そうか、絶対盗んでいると思っていた」という見方が変わると、他の情報に対する見方も変わってくるのではないか。報道機関としてやるべきことは、情報があふれる社会だからこそ、情報リテラシーの高いプロとして情報発信すること、本物の情報を見つける目を養ってもらうきっかけを提供することだと考える。ある意味、いろんなバイアスを取り除こうという社会的な流れの一つとしても考えられるかもしれない。

今後の課題
Q:今後の課題としては、どのようなことが挙げられるか?
 視聴者のニーズが僕らの出発点であるので、ファクトチェックを行うことにニーズがあるのか、というのが絶えずつきまとう。何があったのか、今何が起きているのを伝えるのが報道機関のあるべき姿だから、そこになるべく多くのリソースを割いて通常のニュースをきちんと伝えることで、視聴者に価値のある情報を伝えていく。そのなかで、真偽不明の情報があふれている社会の現状に何か一矢報いるみたいなファクトチェックの作業も報道の役割の一つとして必要かなと思う。でもそれは、あくまでも報道機関の一番の使命であるニュースを伝える責任を果たしたうえでのこと。
 僕らが真実を追い求める報道機関としての仕事をして、そこからこぼれたところをファクトチェック団体が検証していくという、ある意味、いいすみ分けができているかなと思う。
 将来的には、ファクトチェックを恒常的に行うなど次の段階に踏み出すことを考えたいが、その際にはファクトチェック団体との連携も考えなければと思っている。全部自分たちでファクトチェックをしていくとなるとやり切れないので、しっかりとしたファクトチェック団体と連携できたらと思っている。もちろん放送するものは、自分たちできちんと裏を取らないといけないが、ファクトチェック団体との連携は、ファクトチェック文化の定着にも結びつく可能性がある。

 一方、NHKでも、SNSなどで広がる偽情報への対策とマスメディアへの信頼回復を意識してフェイク対策に力を入れている。ネットワーク報道部の籔内潤也デスクに聞いた。

nhk_yabuuchi_W_edited.jpgNHKネットワーク報道部 籔内潤也デスク

震災・原発事故と新型コロナから学んだ教訓
Q: どのような思いや意識でファクトチェックに取り組んでいるのか?
 東日本大震災と原発事故のときには、SNSで身近で有益な情報が共有された一方、避難や放射線の影響などに関してさまざまな偽情報、根拠のない情報が広がった。当時も取材・制作現場では確認された情報を出すようにしていたが、それだけでは十分に偽情報に対処できず、広がる偽情報に翻弄される人々の姿を見てきた。
 また、ここ数年のコロナ禍においても新型コロナウイルスの病原性や対策、特にワクチンについて、明らかに誤った情報がSNSで広まり、コロナを見くびったり、ワクチンを忌避したりして重篤化したケースも多く見聞きしてきた。
 こうした経験から、報道機関が当初確認した情報を出すだけでなく、SNSなどで出回っている情報にも向き合う必要があり、フェイク対策を行うことで、生命財産への被害や社会の断絶を防ぎたいと考えている。
 また、SNSで多種多様な情報が出されるなかで、テレビや新聞などのマスメディア以外でも有用な情報が増えている。その一方で、マスメディアへの批判も目につくようになっていて、マスメディアへの信頼が揺らいでいる。SNSで拡散される情報の洪水の中で、民主主義の基本である事実や正しい情報に基づいて判断することがゆがめられていることも感じている。 
 そうした中にあって私たちとしても、情報の正確さ・深さを示しながら、フェイク対策を行うことで、「NHKを見ればどう判断するべきかが分かる」といった頼りにされる存在となり、メディアの信頼回復を進めたいと考えている。

手応えの一方で難しさも
Q: 実際にやってみて、手応えを感じた点、難しさを感じた点は?
 例えば「福島第一原発から放出される処理水に含まれるトリチウムは生物の体内で濃縮される」という、SNSで広がっている言説について検証したときは多くの反応があり、そのほとんどが『分からないことに分かりやすく答えてくれた』という反応だった。「どこまで分かっているのか、どこからは分かっていないのか」について正確な情報を出すことで、誤った情報を打ち消すことに役立ったと感じている。

20230909news_web.png2023年9月9日付け NHK『NEW SWEB』より

 また、真偽不明の情報は、不安があるとき、分からないことがあるときに広がるが、フェイク対策を行うことはそのような不安の解消にも役立つという手応えを感じた。
 フェイク情報が数多くあるなかで、検証する対象を選ぶことは難しく、試行錯誤しながら進めている。一般の人の関心を測りながら進めることが難しいと感じている。
 またNHKが偽情報だと伝えることで、かえって拡散してしまうのではという指摘を受けることもある。そうならないよう、すでに広がっている、または広がりつつある偽情報をチェックの対象にするように心がけているが、その判断は難しいのが現状だ。

 もう一つの課題は、フェイク情報の検証にあたる記者に求められる発想の転換だ。記者たちはこれまで自ら取材し事実と確認した情報をもとに記事を書いてきたが、フェイク対策ではすでに公開されている誤った情報をただすという仕事になり、対象の選び方や取材方法、記事の書き方まで、これまでと発想を変える必要がある。しかし、その必要性がまだ多くの記者には理解されておらず、理解の増進が課題だと感じている。

今後目指すべき姿とは
Q: 今後の方針・戦略は?
 NHKでは、イギリスのBBCなどとともに偽情報対策や信頼されるニュースに向けた取り組みを行うTNI(Trusted News Initiative)というメディアなどの連絡組織に加わっている。このネットワークを生かして海外での先進事例を学ぶとともに、NHKの取り組みも発信するなど、連携を強化していきたいと考えている。これまでにも「トルコ・シリア大地震で『津波が発生』『原発が爆発』などの偽情報が拡散」「リビア洪水で偽情報が拡散 SNSには日本の熱海の映像」といったニュースについて、ネットワークを生かして世界に向けてアラートを発信した。

20230207news_web.png2023年2月7日付け NHK『NEWS WEB』より

 どのような場合にNHKのニュースや番組でフェイク情報について取り上げるのか、偽情報・誤情報対策のガイドラインを作成し、基準を示すことを予定している。
 フェイク対策にNHKがニュースで本格的に取り組み始めてから日が浅いこともあり、記事の本数はまだ限られている。意識を浸透させて、本数を増やすとともに、ニュースだけでなく番組とも連携して対策を進めたいと考えている。
 一方で、ファクトチェック団体などが行っているような事実検証結果のラベル付けについては、私たちが「誤り」などとラベル付けして明確に示すことに「上から目線ではないか」と捉えられる懸念があり、信頼性を高めるために行うフェイク対策の目的に合致しない可能性があると考えている。自分たちで独自に検証した内容を放送のコンテンツとして発信することには、私たちの取材や制作についての透明性・信頼性が高まるメリットがあるという実感もある。

ファクトチェックにおけるマスメディアの役割
Q: マスメディアがファクトチェックを行うことの意義と課題は?
 デジタル時代で誰でも情報が発信できるようになっている中で、検証されていない情報があふれている。受け取る側は判断の基準を持たないこともあるので、マスメディアがファクトチェックを含むフェイク対策を行うことで、「信頼に足るメディア」、もしくは「情報の参照点」として生かしてもらえるようになるべきだと考えている。
 一方で、マスメディア側が間違った情報を出してしまった場合にはすみやかに訂正し、自己の報道内容を検証することも重要で、こうした取り組みを通じて、情報空間の健全性を担保することに役立っていきたい。

 これまでの歴史で培ってきた一定の信頼性と拡散力があるマスメディアがファクトチェックを行うことには、偽情報の拡散防止に一定の効果があると思う。
 一方でマスコミの出す情報を信じない、いわゆる「アンチマスコミ」ともいえる層に、どのように情報を届けるかは難しい課題だ。ただ、そうした層から影響を受ける、いわば「中間層」の人たちに正しい情報を届けるには、マスメディアによる発信は効果があると考えている。
 その一方で、フェイク対策やファクトチェックを記者が専従で行う体制にはなっておらず、通常の取材出稿業務を抱えているなかで、並行してフェイク対策にどれだけの労力をかけられるのかが課題となっている。


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文研フォーラム 2023年12月18日 (月)

見逃し配信は12月24日まで! 文研フォーラム2023秋~アーカイブから考える公共メディアの使命と仕組み~#518

メディア研究部(メディア情勢)大髙 崇

今年10月4、5日に開催した文研フォーラム2023秋では、多くの皆様にご参加&ご視聴いただき、誠にありがとうございました。
現在、3つのプログラムの模様を見逃し配信していますが、12月24日には公開終了の予定です。当日に参加できなかった、もう一度見てみたい、あるいは「何それ、知らない」という方も、残り1週間ですので、ぜひご覧ください!

私は、5日(2日目)のプログラムC 「アーカイブは放送界を救うか ~フランス・INAから未来を語る~」と題したシンポジウムに登壇し、発表と司会を務めました。

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動画はこちらからご覧になれます。
※動画公開は2023年12月24日で終了します

INAとは、世界最大規模の放送アーカイブ機関として知られる、フランスの国立視聴覚研究所のこと。フランスで放送するすべてのテレビ・ラジオ番組を毎日収集・保存(なんと今までの累計2,580万時間!)、そして、公開・活用などを担っています。
私は今年6月にINAを訪れ、現在の取り組みを視察し、各部門の責任者へのインタビューを行いました。シンポジウムでは、その成果を発表しています。
INAは、国立図書館をはじめとした国内各地の図書館等で、研究目的であることを条件に、原則すべての放送アーカイブを自由に閲覧できるようにしています。さらに、アーカイブを活用して、新たな放送番組やSNSのショート動画など、独自コンテンツの制作も行っています。制作部門の編集長、バイエさんの言葉がとても印象的でした。
「アーカイブの重要な注意点は、ノスタルジーに陥らないこと。『昔はよかった』で終わらせてはいけない」
アーカイブは、現在の出来事の背景を伝え、未来を切り開く多くの可能性があるという信念を、力強く語ってくれました。

INAのような広範で多様なアーカイブ展開を、日本で実現できるのか。図書館や博物館などで過去の番組をもっと見たい、教育や研究の資料として利用したいなどの声は、日本でも多く寄せられていますが、そうした声に十分応えられていないのが現状です。その主な理由として、著作権法、放送法などの制度設計での日仏の違いがあげられます。なぜ日本ではこの課題の解決が難しいのでしょうか。
シンポジウムの討論は、日本での放送アーカイブ活用・公開促進に向けた、熱いセッションとなりました。アーカイブの利活用、法制度に詳しい3人のゲスト登壇者の印象深いお言葉から、ほんの"さわり"だけ紹介します。

橋本阿友子さん(弁護士)「日本の著作権法の最終目標は『文化の発展に寄与する』こと。著作物の利用が進むような仕組みを作らないと著作物を創るモチベーションが下がり、文化が廃れることになる」
井上禎男さん(琉球大学教授)「学術利用だからといって全部オープンにしてよいのか。おそらくそうはいかない。INAのような機関がない日本の場合は、放送事業者として公開するものをチェックすることも使命になると思う」
伊藤守さん(早稲田大学教授)「新たな仕組みの議論のための、新たなフィールドを作らないと、INAのような目覚ましい進展は難しい。そのための口火を切ることを、NHKに期待したい」

放送アーカイブの利活用促進は、放送業界だけで解決できるものではなさそうです。文化をどう発展させるか、社会全体として、もっと大きな枠組みでの議論の必要性が浮かび上がりました。
その議論には、皆さんもぜひ参加いただきたく、だからこそ、まずは!(笑) ・・・
プログラムの模様、どうぞご覧ください!!

文研フォーラム2023秋では、このほか以下の2つのプログラムが開催されました。
プログラムA メディアの中の多様性を問う ~ジェンダー課題を中心に~
プログラムB デジタル時代のニュース 課題と処方箋 ~ロイター・デジタルニュースリポート2023から~
いずれも、いまメディアが問われている課題と向き合った、真剣な議論が展開されています。
こちらも同じく12月24日に配信終了予定です。
師走のお忙しい中とは思いますが・・・お見逃しなく!!

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NHK放送文化研究所メディア研究部 主任研究員 大髙 崇 
番組制作、著作権契約実務を担当したのち、2016年から現職。
主な研究テーマは、放送アーカイブ活用と、それに関する国内外の法制度。 

メディアの動き 2023年12月18日 (月)

【メディアの動き】独新聞協会,公共放送のテキストニュースが事業圧迫とEUに文書提出

 ドイツの主な新聞社やデジタルニュース配信社が加盟するドイツ連邦新聞発行者協会(BDZV)は11月8日,EUの競争問題を所管する欧州委員会に,ドイツの公共放送がウェブサイトやアプリで提供するテキストニュースが,新聞社の事業を不当に圧迫していると訴える文書を提出した。

 EUは,加盟国の公共放送のサービスが新聞社や商業放送を不当に圧迫することを防ぐための指針を策定している。公共放送の任務の明確な定義,公共放送のサービスがその任務に沿ったものかをチェックする独立した監督機関の存在,などである。これに違反するとみなされれば,加盟国は是正を求められる。BDZVは,ドイツの放送法で公共放送のテキストニュースについての定義が明確でなく,監督も機能していないため,EU法違反だと訴えている。

 ドイツでは2018年の放送法改正で,新聞社の事業を圧迫しないように,公共放送のインターネットサービスは,①テキストが主体になってはならない,②ただし番組の内容の理解を深めるためのテキストは例外とする,と定められた。BDZVは,特にARD(ドイツ公共放送連盟)の加盟局がこの例外規定を拡大解釈し,関連するトピックを扱ったニュース番組の動画や音声を添えることで,テキストニュースを事実上無制限に提供しており,公共放送の内部監督機関もこうした状況について一度も検証していない,と批判している。

 BDZVは,今回の文書は欧州委員会への正式な苦情申し立ての前段階であるとし,今後正式な手続きを進めるとしている。

メディアの動き 2023年12月18日 (月)

【メディアの動き】韓国KBS,新社長にパク・ミン氏

 韓国のユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領は11月12日,公共放送KBSの新しい社長に日刊紙,文化日報の論説委員を務めたパク・ミン(朴敏)氏を任命した。記者出身で,社会部長や政治部長,編集局長を歴任し,ユン大統領に近いとされる。

 KBSの理事会は9月,ムン・ジェイン(文在寅)前大統領によって任命されたキム・ウィチョル(金儀喆)前社長を解任し,パク氏を含む3人に候補を絞っていたが,その後,同氏以外の2人が辞退していた。キム前社長の選任時に,KBS理事会が絞った候補のうちキム氏以外が辞退しており,同じ展開をたどった。

 11月7日に開かれた国会での人事聴聞会では,パク氏が新聞社に勤務していた当時,日系企業から諮問の名目で受け取った金銭について,野党側が,公務員やメディア関係者が一定額以上の金品を受け取るのを禁じる法律に違反しているのではと追及。その結果,野党の反対で人事聴聞報告書は採択されなかった。ただし報告書がないままでも任命できることになっており,ユン大統領によってパク氏が任命された。

 13日の就任式でパク新社長は,「公共放送としてのアイデンティティーを再確立し,KBSが国民からの支持と財政面での安定を取り戻せるよう,取り組んでいく」との考えを表明した。
一方で,与党に批判的なラジオ番組の司会者を降板させたほか,夜の報道番組『9時ニュース』のキャスターを交代させるなどした。これについてKBSは,視聴者の信頼を回復するためだと説明しているが,労働組合は,放送法で保障された「放送編成の自由と独立の侵害だ」と反発している。

メディアの動き 2023年12月18日 (月)

【メディアの動き】パレスチナ犠牲増加で報道の困難増す

 パレスチナのガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスとイスラエル軍(IDF)による攻撃の応酬で,10月7日から11月30日までに1万6,000人以上が死亡し,このうちガザ地区のパレスチナ人が1万5,000人を超えた。この間,ジャーナリストの犠牲者も増え続け,CPJ(ジャーナリスト保護委員会)によると隣国レバノンを含め,報道関係者58人が死亡。このうち51人がパレスチナ人で,多くが家族や親族とともにイスラエル軍の空爆で死亡した。報道分野の死者数はCPJが1992年に記録を開始して以降,同期間の戦闘としては最大になった。

 外国籍を持つ人はガザ地区から出ることが11月1日から認められ,メディア関係者も脱出した。残ったジャーナリストたちは衛生環境や通信条件なども悪化する中で家族とともに毎日の避難先,水や食料の確保に追われながら直面する現実を伝え続けているが,状況はさらに厳しさを増している。日本メディアでも,転々と避難しながら情勢を報じてきたNHKガザ事務所のプロデューサーのムハンマド・シェハダがエジプトに退避し,カメラマンのサラーム・アブタホンが残り取材を続けている。

 IDFは11月に入って一部のメディアのガザ地区への同行を認め,BBCやCNNの記者がガザ最大のシファ病院の施設や周辺を取材し,同行の条件とされた映像の検閲を受けたうえで放送した。銃やトンネルは映っていたものの,IDFが病院攻撃の大義とした「ハマス司令部」の存在を示す明確な根拠は確認されていない。

 RSF(国境なき記者団)は同月21日,イスラエルを支援するアメリカに対し「世界はガザで何が起きているかを知る必要がある。客観的な報道がなければプロパガンダがまん延する」と述べ,ガザのジャーナリストを保護し,国際メディアによる取材を可能にするよう促した。

 イスラエルが占領するヨルダン川西岸地区でもパレスチナ人に対するユダヤ人入植者による攻撃やIDFの弾圧は激しさを増しており,11月7日,同地区で農業を営むパレスチナ人を,そのオリーブ畑が見える場所でインタビューしていた全米公共ラジオNPRの取材班がIDFの兵士に銃を向けられ,目の前で取材相手を拘束される事件も起きた。RSFはヨルダン川西岸地区で同月8日までに拘束されたパレスチナ人ジャーナリスト14人の即時解放を求めている。

 欧米では,取材者の中立性や報道の公平性をめぐるメディア内の対立も表面化している。アメリカでは同月,ジャーナリストを含めた市民への暴力の停止をイスラエルに求めるとともに,パレスチナ人への暴力を正当化するような報道を行ってきた欧米メディアの責任を問う公開書簡にジャーナリスト1,000人以上が署名した。一方で,イスラエルを軍事的に支援するアメリカでは,停戦の呼びかけは政治的言動ともみなされるほか,報道の中立性を損なうことは取材活動を妨げ,安全を脅かすとの懸念もある。このため,一部のメディアではこうした公開書簡に署名した記者が関連する取材を外されたり,退職を余儀なくされたりした。

 デジタル空間や一部メディアではAIを使った偽情報やユダヤ人,イスラム教徒への憎悪をあおる発信も増え,アメリカ東部ではパレスチナ系の学生3人が銃撃される事件も起きた。11月末,現地は一時停戦に入っているが,戦闘が長引いて犠牲者が増え,世論の対立が深まるにつれ,報道にはさらに厳しい目が向けられることが予想される。

調査あれこれ 2023年12月15日 (金)

国内メディアによる「ファクトチェック」①(新聞)【研究員の視点】#517

ファクトチェック研究班 斉藤孝信/渡辺健策/上杉慎一

 国内のメディア(新聞社、テレビ局)によるファクトチェックの取り組みについて、シリーズで報告している。今回は、沖縄の2つの新聞社(琉球新報社と沖縄タイムス社)と北海道新聞社への取材結果である。

【琉球新報社】
 琉球新報社は、2018年から現在に至るまで、日常的にファクトチェックに取り組んでいる。検証対象は限定していないが、おもにSNSに流布された偽情報を取り上げることが多く、情報の根拠を取材・分析し、誤りや曖昧な点があれば指摘している。取材や検証の結果は、同社の紙面のほか、ホームページにもファクトチェック特集ページを設けて発信している。記事の数は、現在(2023年11月末)までに98本にのぼる。

ryukyushimpo_fc.png(琉球新報のファクトチェック特設ページ)

琉球新報統合編集局デジタル戦略統括(局長)の滝本匠さんに聞いた。

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いつから?目的は?手応えは?
Q:ファクトチェックに取り組むことになったきっかけは?
滝本さん:ファクトチェック・イニシアティブなどのファクトチェック団体の提唱する形で、検証結果とともに、検証の経緯も含めて発信し始めたのは、2018年9月の沖縄県知事選挙からだ。
 最初の記事は、「虚構のダブルスコア 沖縄県知事選、出回る『偽』世論調査」(2018年9月8日)である。知事選をめぐり、ネットに流布した「世論調査」の情報が偽(フェイク)であることを、出典元とされた在京新聞社や政党に取材し、報じた。
 その後は、「ファクトチェックの対象となりそうなことがあった場合に、その都度」(アンケート回答より)、取材と検証を行い、紙面とホームページで伝えている。
 ただし、2018年の沖縄県知事選以前にも、上記のような検証経緯まで明らかにする記事スタイルではなかったが、「沖縄ヘイト」と呼ばれる言論(言葉の投げ捨て)に対して、それを「正す報道」を展開してきた。

Q:3月に実施した文研のアンケートで、琉球新報は、ファクトチェックに取り組む目的として、「読者・視聴者の信頼を得たいから」「ブランディングに役立つから」「読者・視聴者のニーズがあるから」「報道機関の責任・使命だから」「他の地域や海外の事例を見て、取り組むべきだと判断したから」といった点を挙げている。取り組み開始から6年余りが経過したが、手応えはどうか?
滝本さん:ファクトチェックの取り組みや記事に対して、社外からは「早稲田ジャーナリズム大賞公共奉仕部門奨励賞(2019年)」のほか、「新聞労連大賞(2019年)」「平和・協同ジャーナリスト基金賞(2018年)」など、複数の賞が贈られている。
 また社内でも、「これまでの選挙報道や沖縄ヘイトに対抗するうえでも、新しい地平を拓いた」という評価が高く、反対の声や、慎重にすべきという声は一切ない。

政治・選挙関連の記事が多いのはなぜか?
Q:公開された記事をみると、「政治・選挙」に関するものが21本で最も多く、基地問題などの「社会」が7本、「コロナ」関連が4本だ。「まずは選挙に関する情報を、特に細かく見ていこう」というような意図や方針があるのか。
滝本さん:政策や政治の信頼に関わる分野の虚偽情報が、特に選挙のタイミングで流れると、有権者が誤った認識で投票するおそれがある。選挙は民主主義の根幹なので、健全な民主主義のプロセスを大きくゆがめる危険性がある。それを少しでも食い止めるのは報道機関として当然、挑まなくてはならない課題だと思っている。
 ただし、「特に選挙に関する情報を」と意識してウオッチしていたわけではない。「ファクトチェック」を冠した記事群が沖縄県知事選関連なので、それが目立ったところはあるかもしれないが、沖縄の場合、実際に拡散している誹謗(ひぼう)中傷やフェイクが、どうしても、政府の方針にあらがっている基地に関する問題に焦点が当てられやすく、おのずと政治的な言説がチェックされる対象に上がってくることが多かった。そのような言説の底流には、沖縄への差別意識が横たわっていて、いまある基地問題だけでなく、サンフランシスコ体制(注1)や天皇制の問題とも不可分なものにならざるを得ない、だからこそ、中央にあらがおうとすることに対する攻撃が顕著に表れてくる・・・・・・そうした背景があるのだと思っている。

取り組みに関して感じている課題は?
Q:3月に実施したアンケートでは、日頃ファクトチェックをするうえで課題に感じていることとして「人手が足りない」「知識・スキルのある人材の育成が進まない」という点を挙げていた。具体的にはどのような状況なのか?
滝本さん:琉球新報では、ファクトチェックに専門的に取り組む部署はない。ふだん、それぞれの担当分野で取材をしている記者が、検証が必要だと思われる情報があれば、自身で取材をして記事を書いている。
 自身の専門分野に関する知識を下敷きにして検証や取材に当たれるというメリットがあり、実際に100本近い記事を出稿するという実績を積み重ねられた。一方で、取り組みの開始から6年余りが経過した現在、「属人的になりがち」だという懸念も生じている。すなわち、「やろう、やりたい」と思った記者は書くが、そういう言説に触れた者でも「ファクトチェック記事は面倒・やり方がいまいち分からない」という記者は、そのままにして書かないという事態も出てくるのかもしれない。先々、ファクトチェック記事を担う記者が固定的になり、ほかの記者が「任せておけばいい、(自分は)ちょっと触れない」という空気になってしまうことを懸念している。
 すべての現場記者がそれぞれ、「自身もファクトチェック記事を書く」という意識でいられるのがベストではあるが、取り組みを持続させるという観点では、担当部署・専門部隊を置いておくのが理想なのかもしれない。

ファクトチェックの取り組みを広げる役割
Q:琉球新報の特設ページでは、ストレートなファクトチェック記事(ある疑わしい情報について、取材・検証し、真偽を伝える)ものだけでなく、取り組みそのものを詳しく解説したり、担当記者の思いを紹介したりする“関連記事”も多い。また、『琉球新報が挑んだファクトチェック・フェイク監視』琉球新報社編集局編(高文研)、『沖縄フェイクの見破り方琉球新報社編集局編(高文研)、『石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞記念講座2021民主主義は支えられることを求めている!』瀬川至朗編著(早稲田大学出版部)など、同社のファクトチェックの記事や、それに臨んできた姿勢などを記した記事や論文なども数多く発表されている。こうした積極的な情報発信には、どのような意図があるのか?
滝本さん:2018年の沖縄県知事選でのファクトチェック報道では、新聞労連大賞をいただいた2019年の授賞式で、私は「今回私たちの受賞でファクトチェックという取り組みが全国的に広がり、新聞の役割や面白さをさらに高める『ファクトチェック元年』になればうれしい」とあいさつした。その後、実際に、全国の新聞社の若手記者から「どのように実施したのか」「実現するのに苦労はなかったか」などと問い合わせを受け、ファクトチェック報道をしたいという熱意が全国に潜在しているのを実感した。啓発的な記事・コラムを発信しているのは、各社でファクトチェック報道が広がってほしいという期待によるものだ。

Q:これだけ熱心に発信を続け、社内外からも評価・応援する声が多いとのことだが、逆に、批判や攻撃の的にされるようなことはないのか。
滝本さん:ファクトチェック報道では、「琉球新報の記事こそファクトチェックしろよ」などといった中傷も頻繁に受けている。そもそも、ファクトチェック報道以前から、琉球新報の報道に対しては、沖縄ヘイトの一環ともいえるバッシングはずっと続いている。やはり特に基地問題や、往々にして政府の方針に対決する姿勢となりがちな論説や論評、記事に対して浴びせかけられるもので、記者がツイートすることに対しても攻撃の矛先は向けられている。

注1「サンフランシスコ体制」:1952年に、サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約が発効して成立した、日米安保体制のこと。これによって、日本の本土は連合国軍総司令部(GHQ)占領下から離れ、国際社会に復帰して主権を回復した。一方で、沖縄は、その後も1972年の「本土復帰」まで、アメリカの施政権下におかれた。

 

【沖縄タイムス社】
沖縄タイムスは、2018年の沖縄県知事選挙を機にファクトチェックの取り組みを開始し、以降、検証記事やコラムを、同社の紙面と特設ページで発信している。2023年11月末現在、特設ページで確認できる記事は18本である。

okinawatimes_fc.png (沖縄タイムスのファクトチェック特設ページ)

沖縄タイムス編集委員の阿部岳さんに聞いた。 takashi_abe.jpg

いつから?目的は?手応えは?
Q:ファクトチェックに取り組むことになったきっかけは?
阿部さん:沖縄タイムスとしては、2018年の沖縄県知事選でSNSにデマが出回ったのを機に取り組みを始めた(自分自身は、2021年、ファクトチェックに関するプラットフォーマーのプロジェクトに参加したのをきっかけに関わるようになった)。
 以降、「ファクトチェック・イニシアティブ」の基準に沿って、SNSから選挙ビラまで、あらゆる媒体を対象に実施している。選挙や基地など、特定の分野に限定せず、沖縄に関する疑わしい情報を検証し、紙面とウェブサイトで報じている。

Q:3月のアンケートでは、取り組みの目的として「読者・視聴者の信頼を得たいから」「読者・視聴者のニーズがあるから」「報道機関の責任・使命だから」「他の地域や海外の事例を見て、取り組むべきだと判断したから」といった項目を挙げていた。取り組み開始から6年余りが経過したが、手応えはどうか?
阿部さん:取り上げるテーマによるが、社外からは、SNSで肯定的に拡散されることも多い。ホームページの記事のアクセス数では、ファクトチェック記事はいつも上位になる。また、ファクトチェックで誤情報であることを検証し発信したことによって、検索サイトで該当のキーワードを検索した際に、それまでトップに出ていた誤情報よりも上位に、沖縄タイムスの打ち消し情報が掲載されるようになったケースもあり、手応えを感じている。社内でも肯定的に評価されている。

取り組みに関して感じている課題は?
Q:3月のアンケートでは、「人手が足りない」という課題を挙げていた。具体的にどのような状況なのか?
阿部さん:ファクトチェックの専門部署はなく、必要な時に、やりたい人が随時、記事を出している。検証すべき情報を目にした際には、若手記者に「やってみないか?」と声をかけたり、逆に若手のほうから「こんな話があるが、チェックしたほうがいいですよね」と提案してくれたりする。必要性は社内の皆で共有できている。
 一方で、ファクトチェックは、通常の記事よりも格段に手間がかかる。例えば最近の事例では、著名人が動画サイトで発信した偽情報について、ファクトチェックを実施したが、偽情報の発信者は、根拠もなく“でまかせ”的に発信しており、それをチェックするとなると、そもそもどんな機関のどんなデータを調べればよいのかというところからスタートしなければならない。そのために1日半くらいは通常の取材業務がストップする。

新聞社が取り組む意義は?
Q:負担の大きなファクトチェックに、あえて取り組み続けているのはなぜか。
阿部さん:これだけ偽情報・誤情報が飛び交い、一般市民がだまされたり被害にあったりしてしまう状況がある限り、ファクトチェックは報道機関の責務であると思う。
 ポジティブな意味でも、日常的に物事を調べることに慣れていて、多様な発信の媒体と影響力を持っているという点で、報道機関の得意分野であるとも感じる。その得意分野を生かして、デマを打ち消し、正しい情報を人々に届けるという社会貢献をしていくべきだと考えているし、この取り組みがより多くのメディアに伝播(ぱ)してほしい。

 

【北海道新聞社】
 沖縄の2紙のようにファクトチェックの結果を他の記事と独立させて特設ページなどに掲載する取り組みとは別に、日常の記事を書く際に、情報の真偽を確認するプロセスにファクトチェックの手法を取り入れていると回答した社もあった。
 北海道新聞では、政策や法律案などに関する政治家などの発言や政府の説明が本当に正しいのか、日常の取材の中で真偽を検証する形でファクトチェックを行っていると回答した。専用ページは立ち上げず、「ファクトチェック」という言葉も紙面上使わないが、事実か否かの検証結果を記事の中で詳しく言及している。この方針について社内では、読者の「知る権利」への奉仕、権力への監視といった報道機関の基本的な役割を果たす仕事として重要だと認識を共有しているという。東京支社編集局・報道センター部次長の森貴子さんに聞いた。

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いつごろから?目的は?
Q:北海道新聞としてファクトチェックを始めたのはいつごろからで、なぜ始めたのですか?
森さん:政治家などの発言や政府の説明内容に対する真偽の検証は、古くは2013年の秘密保護法案、2017年共謀罪をめぐる報道などでも行っていた。特に共謀罪の時は、法案の内容を細かく分析・検証していくと、例えば放火事件でいえば、共謀罪は、予備罪よりもっと手前の計画段階で処罰する際の法律なのに、予備罪の量刑より重いケースがあって、なぜか逆転していることが分かり、記事で伝えた。おそらく改正対象の罪名が200以上あるので、法務省のチェックが行き届いていなかったのだろう。他の法律との整合性がとれていない点もあり、とても雑な条文だった。

20220727_dousin.jpg2022年7月27日付け 北海道新聞 朝刊より

また2022年には、防衛費の対GDP比の算定方法について、米軍側に払う経費とかいろんな経費が上積みされていることが見えなくなっていることを伝えた。「日本の防衛費のGDP比は、G7諸国で最も低い」と政府は説明してきたが、NATO(北大西洋条約機構)加盟国の算定方法に比べ、退役軍人年金(旧日本軍関係者の恩給費に相当)や沿岸警備隊(海上保安庁に相当)の経費などが含まれておらず、これらを加えると、日本の防衛費は当時すでにGDP比1.24パーセントに膨らんでいることを記事で伝えた。
 政策や法律について、政府が曖昧にしていること、正しくない説明をしていることを、きちんと確証をもって指摘していくのが目的だ。

正しくはどうなの?とセットで
Q:情報の真偽を確認して伝えるうえで気をつけていることはありますか?
森さん:最近の例でいうと、LGBT法案の国会審議の時に、「この法律が成立したら女性のふりした男が女子トイレに入ってきて性的ないたずらをしかねない」という言説が広がったが、それを紙面で否定するのが大変だった。そもそもLGBT法はそういう趣旨の法律ではないのに、"トランスジェンダーの人たちは危ない"というのは、あえて間違った方向に誇大に書かれた悪質な言説だ。そこで、デジタルの『イチから解説』というコーナーに、Q&Aの形で性的少数者に対する性差別を禁止した海外の事例や法律家の説明を紹介し、この言説は誤りだということを伝えた。

20230711_dousin.jpg2023年7月11日付け 北海道新聞WEBより

これはおかしい、間違っているということだけでは、情報の受け手は満足しない。本当に正しいのは何なのか、間違った情報がなぜ広まったのか、どう考えればいいのか示さないと受け手も消化不良になる。法律にしても政治にしても、彼らの言っていることは間違っているという批判だけでなく、正しい姿を上書きするような記事を書くように気をつけている。

市民の発信を打ち消す正当性とは
Q:ファクトチェックを行ううえで課題と感じていることはどのようなことでしょうか?
森さん:一番悩ましいのは、間違った事実を述べたヘイトスピーチを記事の中でどう打ち消すか。第三者、例えば法務省などがこれは間違っていてこの発言はヘイトだと認めてくれる場合もあるが、概してお墨付きを与えてくれるところがない中で"間違っている"ということを、確かにおかしいと皆に思ってもらえるだけの論理をもって伝えなければならない。特に一市民が発している言葉にマスコミがそれに対抗していくのは、マスコミの方が権力を持っている以上、慎重でなければいけないし、覚悟がいる。
特に北海道はアイヌ民族へのヘイトがある。彼らの言っていることは間違いで、正しくはこうだと、アイヌ民族をめぐる歴史的な経緯とかをきちんと知ってもらうことと併せて行わないと意味がない。

ファクトチェックをめぐるマスメディアの役割とは
Q:健全な情報空間の必要性が指摘されるいま、みずからの役割をどう意識していますか?
森さん:正しい情報に飢えたような社会にどんどんなっていく中で、事実か誤りかの検証は、マスコミが担っていく役割の一つであると個人的には思う。それができる、ノウハウは多少なりとも私たちにあることを考えれば、どうやってマスコミが生き残っていくのかという意味においても、その可能性はあると思う。
特にうちはデジタルに力を入れ始めたばかりで、まだデジタルの怖さ、何が起こるかというのが実感としてあまりない。いずれネットならではの壁もあるだろうし、強いバッシングとか経験していくだろう。そう考えた時に署名記事や写真をさらすのも怖いし、でもそれが信頼性を担保するともいえるし、すごく難しい。どうやってバッシングや誹謗(ひぼう)中傷から記者を守るかということを同時に作っていかないといけない。それと併せて、「なぜこのファクトをチェックするのか」ということをどう説明するかを考えながらやっていくしかないと思う。

メディアの動き 2023年12月14日 (木)

【メディアの動き】総務省,NHKネット活用業務の競争評価の枠組みを検討する準備会合開始

 総務省「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」の「公共放送ワーキンググループ」では,2023年10月に取りまとめが公表され,NHKのインターネット活用業務を必須業務化する方向性が示された。そして必須業務化する場合は,新聞や民放等との公正な競争環境の確保が必要とされた。

 この取りまとめを受け,総務省では11月20日,ネット活用業務の競争評価の枠組みを円滑に機能させるため,NHKおよび民間事業者等の関係者が議論する準備会合が始まった。

 初回会合では事務局から,競争評価プロセスの基本イメージが示された。①NHKが原案を策定,②総務省に提出,③総務省が設けた検証会議(仮)で検証,④結果を電波監理審議会に諮問,⑤総務省へ答申,⑥総務大臣がNHK予算に意見を付して国会に提出,⑦予算審議を通じ原案の適否を判断,⑧総務省が必要に応じてNHKを行政指導,となる。③の検証会議(仮)のメンバーとしては,有識者のほか,民放,新聞社,通信社等の競合事業者があげられた。

 また,NHKが内部で検討する論点としては,競争評価に関わる考え方や手法,プロセスのあり方等があげられた。会合の検討項目としては,ネット活用業務の具体的な範囲や条件に関わる基本的な考え方等があげられた。

 議論では「NHKが考える公共性や公共的価値を提示してほしい」「ネット活用業務の費用について関連会社との関係を透明化すべき」といった意見が出された。12月の会合でNHKの報告が予定されている。

メディアの動き 2023年12月14日 (木)

【メディアの動き】『宮本から君へ』助成金不交付は不当 最高裁が公益性のあり方を初判断

 麻薬取締法違反で有罪が確定した俳優が出演する映画『宮本から君へ』(2019年公開)に対する助成金を不交付とした国の外郭団体の決定の是非が争われた裁判で,11月17日,最高裁判所は「表現の自由に照らして見過ごすことはできない」などとして不交付の決定を取り消す判決を言い渡した。

 国の外郭団体・日本芸術文化振興会は,交付すれば「国は薬物犯罪に寛容である」といった誤ったメッセージを発したと受け取られ,税金を原資とする助成金のあり方に対する国民の理解を低下させるおそれなどをあげ,「公益性の観点から適当でない」と主張した。これについて最高裁は,助成金交付の判断にあたって公益を重視できるのは「当該公益が重要なものであり,かつ,当該公益が害される具体的な危険がある場合に限られる」との判断を示した。そして,交付しても「公益が害される具体的な危険があるとはいい難」く,決定は,「重視すべきでない事情を重視した結果,社会通念に照らし著しく妥当性を欠いたもの」だと断じた。

 抽象的な概念である「公益性」と,表現活動の支援を目的とする助成金のあり方について,最高裁は初めての判断を示した。もし,判断基準が曖昧ならば,コンテンツ制作者の表現行為を萎縮させるおそれがあるため,この判決の意義は大きい。税金を原資とした助成金を適正に交付し,芸術の創造と普及という本来の目的を達成するために,重視すべきではない事情に惑わされることなく,表現の自由を守る判断が必要である。

メディアの動き 2023年12月14日 (木)

【メディアの動き】NHK『クロ現』,元NHK記者・佐戸未和さんの過労死について取り上げる

 11月15日,NHKの『クローズアップ現代』は,過労死防止法成立からまもなく10年のタイミングで,「シリーズ#働き方を考える  職場の死をなくすには~働き方改革の“ひずみ”~」を放送し,NHK記者だった故・佐戸未和さんの過労死について取り上げた。

 10年前の2013年,当時31歳だった佐戸さんは亡くなり,労働基準監督署から過労死と認定された。番組では「過労死の問題はNHKも当事者」としたうえで,遺族の現在の悲しみとともに,同僚だった記者の声を初めて放送した。

 記者の1人は「あとあと働き方改革と言われるようになって時間が制限されるようになって,そこで初めて気づけたんですよね。自分たちが働きすぎていたって」と,当時の働き方に疑問を持たなかったことへの後悔の念を話した。

 続いて,労働時間に一定の制限を設けたり,宿泊勤務の負担を軽減したりするなど,NHKの報道現場での長時間労働の抑制策を報告した。
一方,4年前に管理職の記者が再び過労死と認定されたことに触れ,「働き方改革は途上」であるとした。番組では,NHK以外の職場の事例にも触れ,労働時間が減っても業務量が減っていないという根本的な問題を指摘した。佐戸さんの過労死については,詳しい事実関係の解明を遺族が求めたことから,NHKの説明責任について報道各社から疑問を呈されてきた。

 今回,佐戸さんの過労死について説明を尽くしたかは,視聴者の判断に委ねられる。NHKには佐戸さんの死を語り継ぎ,社会全体で過労死をなくしていくための発信が求められる。

メディアの動き 2023年12月14日 (木)

【メディアの動き】生成AIによるフェイク画像・動画をめぐりメディアのトラブル相次ぐ

 生成AIは精巧な画像や映像を作ることができるため,偽情報の生成に悪用されると見破ることが難しくなるとみられているが,11月は,国内のメディアが絡むトラブルが相次いだ。

 日本テレビでは11月1日,生成AIを使って実在のアナウンサーの声などを再現し,自社のニュース番組で放送したと見せかける偽の広告動画がSNSで拡散しているとして,夕方のニュース番組『news every.』や公式ホームページで注意を呼びかけた。この動画は投資情報サイトへの登録を促す内容だった。

 また,TBSテレビでは,5日に放送した情報番組『サンデーモーニング』で,インターネットに投稿されていたハマス幹部に関する画像を「生成AIで作られたフェイク画像」と紹介したが,放送後,SNS上では誤りではないかという指摘などが相次いだ。TBSはその後,この画像は,生成AIの開発や利用が進んでいない2014年以前からネット上に出回っていた可能性が非常に高いことがわかったとして,「「生成AI」を使って作られた画像ではないもの」と考えられると番組やホームページ上で訂正し,謝罪した。

 海外では,2023年5月にアメリカの国防総省の近くで爆発が起きたとされる偽画像が出回り,株価が急落するなどの影響が出た。生成AIによる偽情報が,金融市場の混乱や世論操作に悪用されるケースは今後も続くとみられる。

 インターネットを含む情報空間の健全性を維持するために,メディアやファクトチェック団体などがどう対応するべきか,広範囲で多角的な議論が求められる。

調査あれこれ 2023年12月13日 (水)

糾弾される岸田自民党 ~パーティー券裏金問題で政治情勢流動化~【研究員の視点】#516

NHK放送文化研究所 研究主幹 島田敏男

 久しぶりに「糾弾」という言葉を思い出しました。「罪をおかした人や不正をした人に対して、その行いを問いただし、強くせめること」というのが一般的な意味です。世の中にはさまざまな問題が存在していますが、圧倒的多数の人がけしからんと感じる出来事でないと使わない言葉でしょう。

 自民党の最大派閥安倍派「清和政策研究会」が政治資金集めのために1枚2万円のパーティー券を大量に販売。今の政治資金規正法では、その正確な収支を報告書に記載して総務省に提出していれば不正にはなりません。つまり、派閥が政治資金を集める手段として一定のルールのもとに合法化されてきています。

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 しかし安倍派は所属議員やその事務所が一定のノルマを超えて販売したパーティー券の収入を報告書に記載せず、幹部を中心とする議員側に「キックバック」して裏金収入としてきたのです。つまり派閥のパーティーというイベントを集団的な裏金還流装置に仕立て上げていたということです。

 政党や政治家個人、そして派閥という政治団体が集め、政治資金収支報告書で公開している収入については所得税がかかりません。政治資金は「議会制民主主義を育てる財源」として課税されないという特典を与えられているのです。

 さらに各政党に対しては、総額で年間300億円あまりの政党助成金が、それぞれの所属議員数に応じて国から配分されています。共産党だけは、この制度に反対して受け取っていません。

 この政党助成金収入にも税金はかかりません。政党助成金を受け取った政党は所属議員にも配分していますので、納税者である国民から見れば「そういう税金からの公費支給も受けていながら裏金作りを行うのは言語道断」ということになります。

 この安倍派を中心とするパーティー券裏金問題に関する報道が続く中、12月8日(金)から10日(日)にかけてNHKの月例電話世論調査が行われました。岸田内閣の支持率は発足以降最低を更新し、不支持率は最高を更新しました。

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☆あなたは岸田内閣を支持しますか。それとも支持しませんか。

  支持する   23%(対前月-6ポイント)
  支持しない   58%(対前月+6ポイント)

この内閣支持率23%というのは、自民党が2012年12月に政権に復帰し、第2次安倍内閣が発足した後の11年間で最も低い数字です。今と同じ自公政権では、2009年に政権交代に追い込まれた麻生内閣の末期以来の低い数字です。

 岸田内閣を支持すると答えた人を与党支持者、野党支持者、無党派の別に詳しく見ると、こうなります。

  与党支持者   51% (対前月-2ポイント)
  野党支持者   10% (対前月-2ポイント)
  無党派     9% (対前月-3ポイント)

 いずれでも支持すると答えた人の割合は前月より低下していて、パーティー券裏金問題が岸田内閣の最近の不人気に拍車をかけていることは疑いようもありません。

 今回の問題は安倍派にとどまらず、二階派、さらには岸田派の政治団体でも同様の収入と支出の不記載や不備が指摘されています。(注:12月12日時点)大小様々の病巣が自民党内のあちこちにありそうな気配です。

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☆今、あなたは何党を支持していますか。支持している政党名を一つだけおっしゃってください。

  自民党 29.5%
  立憲民主党 7.4%
  日本維新の会 4.0%
  公明党 3.2%
  共産党 2.6%
  国民民主党 2.1%
  れいわ新選組 1.7%
  社民党 0.3%
  みんなでつくる党   0.1%
  参政党 0.4%
  支持する政党なし  43.3%


自民党は前の月より8.5ポイント下がっていて、30%を割ったのは2012年12月に政権に復帰した後では初めてです。岸田内閣の支持率と同様に、歴史の1ページに残る凋落(ちょうらく)ぶりです。

 それもこれも、東京地検特捜部が政治資金規正法違反で詳細に事実関係を調べ上げているのに、指摘されている自民党関係者のだれ一人として進んで自ら非を認めようとしていない点に問題があります。「捜査が続いているので話せない」という逃げ口上を繰り返すだけでは、特捜部に立件されなければ問題はないと言っているに等しい反省のなさが浮かび上がってくるだけです。

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☆あなたは政治資金をめぐるルールを厳しくすべきだと思いますか。今のままでよいと思いますか。

  厳しくすべきだ   81%
  今のままでよい     9%

厳しくすべきだという回答を詳しく見ると、与党支持者で79%、野党支持者で90%、無党派で80%となっていて、立場による大きな違いは表れていません。大多数の国民の目に、「けしからん問題」「糾弾すべき問題」と映っているということです。

 政治資金規正法が今の形に大きく改正されたのは、30年以上前のリクルート事件をきっかけにして盛り上がった政治改革論議の帰結でした。それまでは自民党一党支配と呼ばれる政治構造のもとで企業献金を大量に集め、それが国民の反発を買うに至ったからです。

 その時の改正で政治家個人は自分の政治団体で企業からの献金を受け取ることができなくなり、パーティー券の販売収入を政治資金に充てる方法が広がったという経緯があります。派閥のパーティー券販売はそれを大規模に行うもので、派閥から所属議員に渡される活動資金の原資調達方法として温存されてきました。

 今回、自民党内でも特に安倍派が矢面に立たされているのには理由があります。安倍長期政権の下で、パーティー券をまとめて購入する企業などの側に、官公庁などへの影響力の強い安倍派と関係を太くしておくのが得策だという判断があったと証言する関係者は少なくありません。

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 それによって所属議員ごとのノルマを超えるパーティー券が大量に売れるようになり、キックバックされた資金はいわば販売成績に応じた御褒美として裏金化されたという構造です。

 岸田総理は臨時国会が閉幕した後、年末恒例の来年度予算の編成作業前に安倍派の閣僚を交代させる方針です。しかし、そんなことで問題解決の道が開かれるわけではありません。

 野党各党が政治資金規正法の改正案を提出、あるいは準備して、新たな政治改革を進めるべきだと訴えています。国民の目に触れることのない金の流れを排除すべきは当然です。

 岸田自民党は、強い危機感をもって新たな政治改革に乗り出す必要があります。それがいつまでたっても前に進まないならば、政権そのものが国民にそっぽを向かれ空中分解しかねないというのが客観情勢です。崖っぷちに立っていることを強く自覚すべきです。

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島田敏男
1981年NHKに入局。政治部記者として中曽根総理番を手始めに政治取材に入り、法務省、外務省、防衛省、与野党などを担当する。
小渕内閣当時に首相官邸キャップを務め、政治部デスクを経て解説委員。
2006年より12年間にわたって「日曜討論」キャスターを担当。
2020年7月から放送文化研究所・研究主幹に。長年の政治取材をベースにした記事を執筆。

 

 

調査あれこれ 2023年12月08日 (金)

新聞・テレビ各社の「ファクトチェック」実施状況アンケート【研究員の視点】#515

ファクトチェック研究班 斉藤孝信/上杉慎一/渡辺健策

 デジタル情報空間が拡大し続ける中、インターネット上での誤情報・偽情報の氾濫が深刻な社会課題になっている。人々に正しい情報を届けるためには、そうした真偽が疑わしい情報を検証し、その検証経過や結果を伝えるファクトチェックの取り組みが不可欠である。
 日本国内では、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)や日本ファクトチェックセンター(JFC)といった非営利の団体・組織が活発にファクトチェックをおこなっている。一方で、そうしたファクトチェック団体などからは、日本ではマスメディアによる取り組みが遅れていると指摘されてきた。
 そこで文研では、この問題に関する研究プロジェクトを立ち上げた。今後、シリーズで、国内の新聞・テレビ各社に対して行ったアンケートや取材の結果を報告する。
 初回は、メディアによるファクトチェックの実施状況を把握するために、全国の主な新聞社と、東京・大阪・名古屋のテレビ局(民放・NHK)、74社を対象に実施したアンケート結果を紹介する。調査期間は2023年3月7日(火)から27日(月)で、22社から回答があった。この調査におけるファクトチェックの定義については、ファクトチェック団体が提唱している「チェックの結果を、専用のサイトで、検証経過や根拠も含めて個別に公表すること」とする旨を、協力依頼の段階で伝えた。なお、今回は調査時点の各社の回答を尊重し、その後の取り組みの変化や、各社の詳細な取り組みの実態や思いなどについては、次回以降のブログで報告したい。


ファクトチェック「日常的におこなっている」のは少数派
 まず、日常的にファクトチェックをおこなっているか否かを尋ねたところ、22社中、8社(新聞5社、テレビ3社)が「おこなっている」と答えた(図1)。
1208_factcheck_zu1.png どのような媒体や情報をチェックの対象にしているのかについて、「おこなっている」社の回答は以下のとおりであった。
・「チェックの対象は決めていないが、SNSを中心に、偽情報とみられる情報の根拠を分析し、誤りや曖昧な点を取材して指摘している」(琉球新報)
・「ファクトチェック・イニシアティブの基準に沿って、SNSから選挙ビラまで、あらゆる媒体を対象に実施している」(沖縄タイムス)
・「政治家の発言などを対象に、ファクトチェック・イニシアティブの判断基準をもとに報じている」(朝日新聞)
・「投稿者について、過去の投稿、広がりやつながり、投稿日時に矛盾はないかを含むヒアリング、住所、氏名の確認をおこなっている」(フジテレビ)


報道機関の使命として
 チェックを「おこなっている」8社に対し、取り組む動機を複数回答で尋ねた(表1)。 最も多かったのは「報道機関の責任・使命だから」で、8社すべてが挙げた。うち4社は「他の地域や海外の事例を見て、取り組むべきだと判断したから」とも答えている。一方で、「当事者・被害者からの要望があったから」は1社にとどまった。
 注目したいのは、読者や視聴者の存在を意識した「読者・視聴者の信頼を得たいから」(6社)、「読者・視聴者のニーズがあるから」(5社)を挙げた社の多さである。
 アンケートでは、実際に読者や視聴者からどのような反響があったのかも尋ねた。その結果、「ネットで肯定的に拡散されることも多い」(沖縄タイムス)、「継続的に調査・報道・ファクトチェックしていただけるよう希望しますなどという声が寄せられる」(朝日新聞)、「2022年11月20日に放送した特番『ザ・ファクトチェック』では、視聴者から好意的な反応が多く来た」(日本テレビ)などおおむね好評のようで、「読者から一定の支持が得られていると認識している」(北海道新聞)と手応えを感じている社が多い。
 個別の記事への評価にとどまらず、その社全体の「ブランディングに役立つ」と考える社も2社あった。一方で、「購読者数や視聴率が伸びるから」取り組むという社は1つもなかった。
 このように、現時点でファクトチェックを「おこなっている」メディアは、まずは“果たすべき責任である”という使命感で取り組み、読者増や視聴率向上につながるとは考えていないことがわかった。 1208_factcheck_hyou1.JPG


人手不足と見極めの難しさ
 では、実際にファクトチェックに取り組む中で、どのような課題を感じているのだろうか。
引き続き、「おこなっている」8社に複数回答で尋ねた結果を紹介したい(表2)。
 最も多かったのは「人手が足りない」の5社であった。また「知識・スキルのある人材の育成が進まない」と答えた社も2つある。チェック自体の難しさを挙げる社もあり、「情報の真偽の見極めが難しい」が4社、「チェックの対象選びが難しい」も3社となった。
 なお、「専門部署がある」と答えたのは1社のみであった。つまり、ほとんどの社では、特にファクトチェックを専門としているわけではない記者が、日頃の取材や記事執筆のかたわら、対象の選定や真偽の見極めに苦労しながら、ファクトチェック記事“も”書いているのである。

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 実施している8社が挙げた課題は、ファクトチェックを「おこなっていない」14社が、取り組みに踏み出せない原因にもなっている。
 表3は「おこなっていない」社に、なぜ実施しないのかを複数回答で尋ねた結果である。
 「要員が確保できないから」が10社と大半を占めた。次いで「専門的な知識・スキルがないから」も7社にのぼる。
 「おこなっていない」14社からは、「必要性を感じているが、体制がまだ取れていないのが現状。検討する考えはあるが、時期は未定」(地方新聞社)、「実施すべきと思うが、そのための人員や予算がないのが実情。また放送での発言をチェックして後日放送するにしても、そのための放送枠を作るのも難しい」(在阪テレビ局)など、ファクトチェックの意義には賛同するものの、人手や予算、アウトプットの場の確保など、現実的な困難さのせいで踏み出せないといった声が多かった。また、「地方紙単独で実施するには、あらゆる面でリソース不足だ。地方紙連携などで、調査期間を設け、テーマを定めて行うなど、メディア全体で取り組む環境が必要だ」(地方新聞社)という意見も聞かれた。

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ファクトチェックの“現在地”~自由記述の回答から~
 最後に、全社に対して「フェイクニュースやファクトチェックに関して、どのような問題意識をお持ちですか?」と尋ね、自由に答えてもらった結果を抜粋して紹介したい。

○報道機関の“使命感”~政治・選挙に関するファクトチェック~
 報道機関の使命だと捉えている社が多かったことは述べたとおりだが、中でも政治や選挙における偽・誤情報を防ぐことに強い使命感を抱いているという意見が多くみられた。
 「虚偽情報が政策や政治の信頼に関わる分野で流れると、有権者が誤った認識で投票し、 健全な民主主義のプロセスが大きくゆがめられる危険性がある。それを食い止めるのは、 報道機関として当然、挑まなくてはならない課題である」(地方新聞社)
 「選挙期間中の報道はとりわけ政治的公平性が求められるが、真偽不明の情報が飛び交い、有権者の投票行動に影響を及ぼしかねないのであれば、報道機関として取材を尽くし正しい情報を伝える使命は感じている」(在阪テレビ局)

○ファクトチェック記事は、読者・視聴者に届くのか?
 ファクトチェックをおこなっている社が、読者増や視聴率向上のためではなく、使命感で取り組んでいる旨はすでに紹介したとおりだが、そうして発信したところで、本当に読者や視聴者に届けることができるのかという不安や、波及力の限界に関する声もあった。
 「視聴者、ユーザーがまず知りたいのは、社会で起きている事象そのものであり、その先にある『何が起きたのか』『ナゼ起きたのか』だろうから、ファクトチェックの営みは、直接的に視聴者、ユーザーのニーズを満たしづらいのではないか」(在京テレビ局)
 「フェイクニュースの拡散は、個人・企業を問わず大きな問題だが、拡散された誤情報を打ち消すのは、象徴的な出来事がない限り不可能だ」(地方新聞社)

○マスメディア自体の信頼は?
 ファクトチェックをおこなうには、まずメディア自身の信頼を高めることが先決だろうという自戒の念についても、複数の社が言及している。
 「既存のマスメディアも自らの記事をチェックしなければ『ご都合主義的』と見られかねない懸念がある。紙媒体と放送、ネットメディアなどで、『紙の新聞は正確』『ネットは不確か』などとレッテルを貼り合っていては話が進まない。全媒体がチェックを受ける覚悟を持つべきだ」(地方新聞社)
 「SNS上のフェイクニュースを正そうとする前に、信頼されるメディアという存在意義を見つめ直し、再構築すべきだ」(地方新聞社)

○ファクトチェックの定義は? 責任は誰に?
 ファクトチェックを誰が実施すべきか、その責任の所在について、疑問を投げかける声も多くあった。また、今回のアンケートでは、ファクトチェックの定義について、ファクトチェック団体が提唱している「チェックの結果を、専用のサイトで、検証経過や根拠も含めて個別に公表すること」としたが、回答した社に取材したところ、「自社の記事やコンテンツの中で誤情報を出すことがないよう日常的に行っている事実確認」も、広い意味でのファクトチェックなのではないか、と捉えているところもあった。
 こうした意見からは、デジタル情報空間の急拡大とそこで生まれる偽・誤情報対策という新たな難題にどう向き合うべきなのか、メディア自身の課題整理が追いついていない現状が浮かび上がってくる。
 「ファクトチェックという言葉の定義が曖昧。社会的な認知度や理解度が、マスコミを含め、 不足している。ファクトチェックのプロセス(何を対象に、どのような確認検証をしたのか)を読者、視聴者、有権者にできる限り知らせ、自ら確認できる透明性を確保する必要がある」(地方新聞社)
 「フェイクニュースは淘汰(とうた)されるべき存在であるのは当然だが、自社メディアが報じたわけでもない情報を、当事者でもない我々がチェックするのは疑問だ。偽情報の氾濫はプラットフォーマーやネット自体の信頼性を著しく低下させるものであり、インターネット事業者側の責任においてチェックするのが自然ではないか」(在名新聞社)
 「表現の自由との兼ね合いもあるが、情報発信者やプラットフォーム事業者の責任を明確にする必要がある。情報リテラシー教育をさらに推進する必要もある」(地方新聞社)

  次回以降のブログでは、研究班が、各メディアを取材した結果を報告していきたい。