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調査あれこれ

調査あれこれ 2024年04月30日 (火)

テレビはジャニー喜多川氏の死をどのように伝えたか② ―死去翌日、夜のニュース番組の分析から―【研究員の視点】#538

メディア研究部 東山浩太/宮下牧恵

【連載のこれまで】
 このブログ連載は、テレビ報道が生前のジャニー喜多川氏(以下、ジャニー氏)をどのように表象してきたかを分析・検討するもので、今回はその2回目にあたる。

 前回確認したことをおおまかに示す(詳しくは連載第1回を参照のこと)。
 旧ジャニーズ事務所(以下、ジャニーズ事務所)の創業者、ジャニー氏は2019年7月9日に死去した。死去した時点で、彼が同事務所に所属していた少年たちに性加害を行っていた事実は司法で認定されていた(2004年2月の最高裁)。ただ、彼が大多数の少年たちに対し、長年にわたって性加害を繰り返していたことが広く社会に認知されるようになったのは2023年からだったと言える。
 連載では、ジャニー氏の生前のふるまいを、テレビ報道がどのように伝えたかをみていく。その作業を通じて、ニュースには、ジャニー氏が持つ権力性や彼が培った芸能文化などに対する、送り手のどのような意識が反映されていたのか。その可能性を示すことが目的である。
 分析・検討の対象はジャニー氏が死去した翌日の2019年7月10日、夜21時以降の「キャスターニュース」時間帯の各局のニュース番組に絞った。その中の追悼にあたる特集を取り上げることとした。

 今回は、同日夜の各局のニュース番組におけるジャニー氏を追悼した特集の概要を示す。以下の一覧表を参照されたい。
 これは、コーダー(分析者)が実際に番組の録画を視聴したうえで、どのような属性の人物が・何人・どのような内容を語ったかなど、カテゴリーごとにコーディングし(分類し)、記述したものだ。NHK放送文化研究所の東山浩太と宮下牧恵の2人がコーディングし、誤差がないよう検討を繰り返した。
 なお連載の1回目と同様に、テレビ局と番組名は一部略称としている。

◎ジャニー氏追悼をめぐる特集内容の概要~一覧表

20190710_yorunews_1.png

 番組名は、上からチャンネル順に記載した。各番組の放送時間や、キャスター、またタレントの所属グループ名は全て2019年7月10日時のものである。テレ東のWBSはこの日、ジャニー氏関連のニュースを放送しなかった。
 この表について、筆者たちがなぜこうしたカテゴリーを設けたのか、これによって何がわかると考えたのかなどを補足する。

①キャスター
 キャスターについては、ジャニー氏死去に関するニュースの原稿を読み上げたり、そのニュースについて発言したりした者の名前のみを記載した(コメンテーターは除外)。この表をみると、テレビ局に所属、あるいは所属していないアナウンサーと報道記者出身者が起用されている。
 キャスターとは、ニュース番組の「顔」であり、そのコメントは、番組を代表してそのニュースに示される価値観や評価として視聴者に受けとめられがちである。その一方で、キャスターコメントは、番組の編集責任者と協議して練り上げられていたり、スタッフによって書かれていたりするケースもあるため、その発言に伴う責任は複合的に判断されるはずのものである。
 しかしながら、やはりジャニー氏の生前のふるまいについて、番組の抱く価値観や評価がわかりやすく表明されているポイントの一つではあると思われる。そこで次回以降、番組ごとにキャスターのコメントの意味するところを詳しく、分析・検討する。

②放送の順番
 ニュース項目の放送の順番については、その日のニュース番組の中で、ニュースバリューが大きいと判断されたものが優先される傾向にある。あくまで、判断基準は相対的なものであり、事件や事故、災害などのブレイキングニュース(速報)が優先されるケースもある。
 いずれにせよ放送の順番は、各番組でジャニー氏の死去のニュースバリューがどれほどのものと判断されたのかを測る目安である。送り手の明確な意思を読みとることができる。 
 以下の表では、テレ東を除いて分析対象とする5局・5番組のニュース項目の放送順を示した。
(ニュース項目のタイトルは、番組がテロップ(文字情報)で提示したままのものもあるが、わかりにくい場合は、筆者たちが内容から判断したタイトルを記述しているものもある)

nhk_nw9_housou_2.pngnewszero_housou_3.pnghousute_housou_4.pngtbs_nw23_housou_5.pngfuji_nwa_housou_6.png

 民放では時間尺が1分にも満たない、いわゆるフラッシュニュースを集めたコーナーを設けているが、そうしたニュースも1項目として数えた。また、和歌山市で警察官に職務質問をされていた男が車で逃走、警察官がけがをしたというニュースは、番組終了の22時近くになってNHKが放送したブレイキングニュースである。
 それらを踏まえたうえで、放送順の表をみると、全ての番組で上位3位以内にジャニー氏死去のニュースが入っていた。この日の夜のニュース番組ではそのバリューは大きいと判断されたと言えるだろう。
 唯一、テレ朝の報ステがジャニー氏のニュースをトップ項目に据えた。判断の詳しいポイントはわからないが、大勢の視聴者に関わりのあるという意味で、公共性のある文化的なニュースだと送り手が判断したことは間違いなさそうだ。

③特集時間占拠率
 特集時間の占拠率とは、「番組全体の放送時間尺に占める、ジャニー氏を追悼した特集の放送時間尺の割合」のことである。放送順のみならず、放送の量の観点からニュースバリューを測る目安であり、ここからも送り手の明確な意思を読みとれる。
 一覧表で全番組を比較すると、日テレのnews zeroの割合が突出して大きいことがわかる。全体の30%あまり、時間にして18分あまりである。NHK・NW9とテレ朝・報ステ、TBS・news23は10%台であるが、フジ・ニュースαは6%と最も割合が小さい。
 前回述べたが、この前日、死去当日のジャニー氏の訃報は、23時30分にブレイキングニュースとして入ってきた。ちょうど放送時間の最中だったnews zeroは、23時30分以降、気象情報を除いてジャニー氏に関してのみ伝え続けた。時間尺は26分あまりだった。死去当日と翌日をあわせると45分あまり。死去当日と翌日、夜のニュース番組で、最も多くの時間をジャニー氏に割いたのは同番組だったことになる。

④言及内容
 言及内容とは、「特集の中で、ナレーションのほか、キャスターやタレントなど出演者の発話を通じて語られたことの内容」である。
 前提として一覧表にも記したが、▼1999年から2000年にかけて、週刊文春がジャニー氏による少年たちへの性加害疑惑を告発する報道を展開したこと、▼そして、ジャニー氏側と雑誌の発行元である文藝春秋との間で争われた民事裁判において、2004年2月、最高裁で東京高裁の判決が認められ、ジャニー氏による性加害の事実が司法で認定されたことについて言及した番組は全くなかった。
 2019年7月のジャニー氏の追悼に際して、この点が一切触れられていなかったことは、報道の規範からすると不作為だったとみなされるであろう。
 それを踏まえたうえで、特集の中で語られたことについては、(1)追悼、(2)功績評価、(3)エンタメ(エンターテインメント)への思い、(4)本人(ジャニー氏)の素顔、の4つのサブカテゴリーに大別できると筆者たちは判断した。
 それぞれ、構成する要素を具体的に説明していく。

(1) 【追悼】:このカテゴリーを構成する要素は、ジャニー氏の死去に対して、「感謝の念、または、悲しみや惜しむ気持ちの表明など」とした。
 【追悼】は、全番組が扱った。ジャニーズ事務所の大勢の所属タレントたちが寄せた言葉こそ、まさに追悼にほかならない。しかし、それらからは悲しいといった後ろ向きのニュアンスは抑制されていた。
 例えば、NW9で、近藤真彦氏が寄せた言葉はこのように引用された。
(タレントたちのコメントの表記に関しては、番組でテロップ表示されている場合はそれに従った)

"あのころ13歳のあんな僕に声をかけてくれてありがとうございました" " 今の僕があるのはジャニーさんのおかげです"

また、news zeroで、嵐の松本潤氏が寄せた言葉はこのように引用された。

23年前一本の電話で僕の人生を変えたのはジャニーさんです それから数々の夢を見せてもらいました もっとジャニーさんの作るショーが観たかった もっと話がしたかったです
ジャニーさん ぼくをエンターテインメントの世界へ導いてくれてありがとう そして嵐を作ってくれてありがとう


 事務所所属のタレントのコメントとして引用されるものに頻出するのは、「ありがとう」「感謝」という言葉である。それは、例示したように、何者でもなかったはずの自分という存在を見いだしてくれたことにささげられるパターンが多い(松本氏のコメントには死を惜しむニュアンスも感じられる)。
 ニュースαで、Kinki Kidsの堂本光一氏のコメントはこのように引用された。

ジャニーさんが注いできた舞台への愛情 そして僕自身にくださった愛情は計り知れないほど大きく ずっと大事にぼくの中で生き続けます Show must go on この言葉を胸にこれからも

 これは、ジャニー氏から受け取ったショーにかける精神を大切にしてこれからも頑張る、という将来に向けての言葉だ。
 「ありがとう」と「これから」。所属タレントの寄せた言葉は、主に前向きなイメージを喚起させるものが紹介されていた。
 
 では、悲しみの声はどうか。タレントではなく、街頭で収録された一般の人のインタビューから聞くことができた。news23から引用すると、「すごく心配はしてましたけれども、けさのニュースで一報を聞いたときにはものすごくショックでした」との声が取り上げられている。
 【追悼】カテゴリーは、以上のような要素から構成されていると判断した。

(2)【功績評価】:このカテゴリーを構成する要素は、「ジャニー氏の日本の芸能界での存在感、大衆芸能史で果たした役割や、優れた人材発掘・育成への称賛など」とした。
 まず、【功績評価】は一覧表のごとく、全番組で取り上げられていた。ジャニー氏をSMAPや嵐など、大人気アイドルグループを生んだ存在として語っていた。
 そして、報ステとnews23は、ジャニー氏が日本の大衆芸能史で果たした役割の一つに言及していた。1960年代には一般的でなかった「歌って踊る男性アイドル」というジャンルを創り出した点である。
 さらに、NW9、報ステ、news23は、日本の芸能界の大きな存在であるジャニー氏が、海外でも認められる偉業を成し遂げたことを伝えた。2011年から翌年にかけて、「最も多くのナンバー1シングル」をプロデュースした人物などとしてギネス世界記録に認定されたことである。ちなみに前日の死去当日(7月9日)の夜のニュース番組では、news zeroとニュースαともにギネス世界記録に触れていた。2日連続でみれば全番組が触れているということだ。
 続いて、「優れた人材発掘・育成」という要素だが、これについては筆者たちが確認したところ、言及したのはNW9とnews zeroの2番組で、ほかの番組は言及していないという判断で一致した。
 優れた人材というのはこの場合、人気を博して活躍するタレントを指す。2番組でジャニー氏の人材発掘に関する語りはおおよそ共通していた。それは、ジャニー氏はオーディションに臨む少年たちをあまり観察していないようにみえて、実はしっかり観察しており、最終的には「本能」「インスピレーション」で合否を決めるというものである。2番組ともジャニー氏を長く取材しているという外部のジャーナリストに語らせていた。詳しい分析は次回以降に譲る。

(3)【エンタメへの思い】:このカテゴリーを構成する要素は、「ジャニー氏のエンターテインメントにかける情熱や、その背景に対する言及など」とした。これは、ニュースαを除いて4番組が取り上げていた。
 各番組とも、ジャニー氏のエンタメにかける情熱が最も注がれたのは、自ら構成演出した舞台でのショーだ、という描き方で一致していた。
 例えばnews zeroは、舞台上でプロジェクションマッピングとワイヤーアクションを融合し、高層ビルを飛び回っているかのように見える演出を行っていたことを紹介した。ジャニー氏が、ショーの質を高めるために最新技術まで気を配っていたという点を伝えていた。
 また、【エンタメへの思い】という要素の中で、彼がエンタメを何のために創っていたかという背景について、そこまで触れているところとそうでないところがあった。前者はnews zero、報ステ、news23の3番組で、いずれも「自らの戦争体験をもとにした平和への思いを主に舞台で表現した」というストーリーを採用していた。
 ジャニー氏は第2次世界大戦中、和歌山に疎開し、そこで大空襲に遭っている。3番組は、戦争の悲惨さを投影して制作されたショーを資料映像で見せながら、彼の平和を希求する思いを紹介していた。
 news23は、かつて朝日新聞に掲載されたジャニー氏のインタビュー1)からこのような言葉を引用していた。

説教がましくは言いたくない。ショーで日本にもかつて戦争があったことを知ってもらえれば。昔を生きているからこそ、平和の尊さが分かっている。

 ただ、この「自らの戦争体験をもとにした平和への思いを主に舞台で表現した」というジャニー氏に関する語りは、死去以前から主に新聞や雑誌媒体でみられていたものである2)。新しい切り口ではない。

(4)【本人の素顔】:このカテゴリーを構成する要素は、「生前、なかなか知られなかったジャニー氏の意外な側面など」とした。
 これはNW9、news zero、news23で確認できた。死去した著名人の意外な素顔を伝え、身近な存在として感じてもらうという手法は、追悼報道ではよくみられる。
 NW9では、ジャニー氏が他者を呼びかける際にいつも口にするとされていた、「YOU(ユー)」という言葉について触れている。生前、NHKのラジオ番組に出演した際3)、彼自ら「YOUと呼ぶ理由」について説明しているくだりを引用していた。

アメリカではみなYOUっていうのは主語になって言うからYOUって言っちゃうんですよ。ついね。例えば「痛い」って言いますよね。いまだにこの年になっても「アウチ」ですよね。そうなっちゃうんですよ。

 ジャニー氏は青年時代まで、アメリカで過ごすことが多かった。その名残で、(よわい)を重ねても、自然と他者にYOUと呼びかけてしまったり、日本語では「痛い」と言うところを思わず「アウチ」と言ってしまったりする‥‥‥そのような自分語りだった。

 ほかの番組でも、このようなジャニー氏にまつわる、いわば「本人は面白さを狙っていないのに受け取る側は面白い」というべきエピソードを、タレントたちに語らせるなどの形で紹介していた。

⑤追悼したタレント
 追悼したタレントとは、「ジャニー氏の死去について追悼コメントを寄せたタレントのうち、番組で紹介された者の名前」を指す。コメントはメディア一般に向けたものがほとんどだが、木村拓哉氏や山下智久氏のものはSNSで公開された。
 コメントのうち「音声あり」(青字で記載)は、タレント本人の音声をそのまま生かして放送されたものである。それ以外は本人の音声はないが、本人の映像や静止画を、テロップで表示したコメントとあわせて提示し、ナレーターがそれを読み上げる形で放送された。
 一覧表を見てわかるように追悼コメントは、音声がないものがほとんどだった。
 一方で、音声があるもののうち、報ステとnews23は、自局であるテレ朝とTBSの朝のニュース・情報番組に出演した際のタレントの映像と声を使用していた。前者は少年隊の東山紀之氏、後者はTOKIOの国分太一氏だ。
 タレントの追悼の言葉を次々と紹介することで、送り手は何を意図したのだろうか。筆者たちは、「最愛の子ども」などと称される事務所所属の人気タレントたちの追悼を大量に放送することで、「育ての親」としてのジャニー氏の偉大さを際立たせる狙いがひとつにはあったとみている。誰がどのような内容をどのように語ったのかは、今後詳しくみていく。

⑥街頭取材
 街頭取材とは、「街頭でインタビューを収録した人の数とその属性」を指す。
 性別の分類は、あくまでその人が外見でどう見えるかによってのみ判断した。news zero、報ステ、news23が街頭で取材を行っており、対象は女性ばかりだった。
 街頭インタは、特定の社会的出来事について、市井の人々の声を聞くという、報道では往年の手法である。ただ、そこに統計学的な代表性があるわけではなく、声の使われ方の恣意(しい)性はかねて指摘されるとおりである。
 筆者たちも、そうした送り手の恣意が入り込む余地に注目して「街頭取材」というカテゴリーを設けた。送り手は、主要な取材で得られた情報をさらに強調したり、あるいは欠けている部分を補足したりしてくれる街頭インタを選択して使う傾向がある(もちろん、意外な考え方を見つけだすという役割もある)。
 つまり、送り手の狙いを分析するうえで、街頭インタは有力な手がかりになってくれると言える。

 今回は、ジャニー氏が死去した翌日、各局、夜のニュース番組におけるジャニー氏を追悼した特集の概要をまとめた一覧表を示し、補足説明を加えた。今後、番組ごとに、一覧表におけるカテゴリーがどのように構成され、送り手の意識を反映している可能性があるのか、ひとつひとつの分析・検討に入っていく。


<注釈・引用資料>

1) 朝日新聞2017年1月23日夕刊「ショーに託す、平和の願い ジャニーズ事務所・ジャニー喜多川社長に聞く」

2) 上記の記事のほか
朝日新聞2015年1月21日朝刊「『フィーリングで感じて』 ジャニー喜多川さんインタビュー」
太田省一「ジャニーズの正体」(双葉社、2016年)p50~p51 など

3) NHKラジオ第一「蜷川幸雄のクロスオーバートーク」2015年1月1日放送

 

メディア研究部 東山浩太
2003年、記者として入局。2017年から文研に在籍  


メディア研究部 宮下牧恵
1999年ディレクターとして入局。2008年より文研に在籍

調査あれこれ 2024年04月26日 (金)

テレビはジャニー喜多川氏の死をどのように伝えたか① ―死去翌日、夜のニュース番組の分析から―【研究員の視点】#537

メディア研究部 東山浩太/宮下牧恵

◎はじめに~連載の目的
 大勢の人気男性アイドルを輩出してきた旧ジャニーズ事務所(以下、ジャニーズ事務所)創業者のジャニー喜多川氏(以下、ジャニー氏)は、2019年7月に87歳で死去した。4年後の2023年、報道や、同事務所が設けた外部有識者たちのチームによる調査などで、生前、彼が多数の少年たちに性加害を繰り返していたことが広く社会に知られることとなった。
 このブログ連載では、ジャニー氏が死去した時期に焦点を絞り、当時のテレビニュースの録画を確認したうえで、報道番組と言われるテレビ番組がどのように彼を追悼したのか、分析・検討する。
 死去した時点で、彼の性加害は事実であると司法では既に認定されていた(後述)。そうした人物の生前のふるまいをどのように報じたかをみることで、当時のニュースには、ジャニー氏が持つ権力性や彼が培った芸能文化などに対する、送り手のどのような意識が反映されていたのか、その可能性を示すことが目的である。
 言い換えると、送り手側がジャニー氏関連のニュースを取材・制作するときに現れる(くせ)のようなものを可視化することを目指す。そのことは、批判が寄せられるマスメディアのジャニーズ関連報道の実情を解き明かす一助になるのではないか。
 ブログの執筆はメディア研究部の東山浩太と宮下牧恵が担当する。
 ジャニー氏の性加害が司法に認められた2004年2月当時、東山は報道、宮下は制作の、それぞれ地方の現場の末席にいた。ジャニー氏の問題を担当する立場ではなかったが、関心を示さなかったことはマスメディアの一員として恥ずべきことだと認識している。
 この調査研究はそうした者たちの後知恵によるものだという批判は甘んじて受けたい。

 連載の1回目である今回は、まず、ジャニー氏の経歴を紹介するとともに、番組を分析・検討するにあたって筆者たちの問題意識について述べる。

◎ジャニー氏とは~(1)ジャニー氏の経歴
 はじめに、本連載で取り上げるジャニー氏とはどのような人物なのか、簡潔に紹介する。
 ジャニー氏は1931年、アメリカのロサンゼルスで生まれ、1933年に日本に帰国した。戦時中は、和歌山に疎開し、戦後の1947年、姉のメリー喜多川氏(ジャニー氏死去後のジャニーズ事務所の会長、のちに名誉会長)とともに渡米。滞在中、アメリカを訪れた美空ひばりの通訳を手伝うなどしてショービジネスの世界に親しんだ。1952年に再び帰国し、アメリカ大使館に関係する仕事などに就いていた。
 1962年、ジャニー氏はジャニーズ事務所を創業し、2年後には初めて手がけた男性アイドルグループ「ジャニーズ」をレコードデビューさせた。1960年代後半から70年代にかけて「フォーリーブス」や郷ひろみをデビューさせ、彼らは一世を風靡(ふうび)した。
 1975年、ジャニー氏は同事務所を株式会社として法人化した。
 80年代に入ると「たのきんトリオ」「シブがき隊」「少年隊」、後半には「光GENJI」をデビューさせ、彼らも大人気を博した。所属タレントのテレビの歌番組などへの出演が増加するに伴い、ジャニーズ事務所は有力な芸能プロダクションとして、メディアの世界での影響力を増していった。
 90年代以降、ジャニー氏は国民的アイドルとも称される「SMAP」をはじめ、「TOKIO」「Kinki Kids」「V6」「嵐」などをデビューさせ、彼らはドラマやバラエティー、報道、スポーツ、それにコマーシャルといったテレビのさまざまな分野に進出し、絶大な人気を獲得した。さらに2000年代~2010年代に至っても「NEWS」「A.B.C-Z」「King&Prince」といったグループのプロデュースを手がけた。
 加えてジャニー氏は、2011年から2012年にかけて、「最も多くのナンバー1シングル」をプロデュースした人物などとしてギネス世界記録にも認定され、海外にも功績が知られた。
 彼は「ジャニーズJr.(ジュニア)」というタレントの育成システムを採用した。ジャニーズ事務所特有の育成システムとして指摘する識者もいる1)。少年たちをタレントとしてまだ成熟しているとはいえない段階から、先輩タレントのバックダンサーとして舞台に立たせるなどして育成し、人気のある者はテレビ番組に出演させた。Jr.の選考や育成の方針はジャニー氏の判断によっていた。

(2)ジャニー氏の性加害問題とは
 次に、ジャニー氏をめぐる重大な出来事として、彼による性加害の問題について簡潔に説明する。
 彼の性加害の疑惑については1960年代から問題視され、週刊誌で報道されていた。また、1988年には元フォーリーブスのメンバーによるジャニー氏の性加害を実名で告発した書籍が出版され、以降、ジャニーズ事務所の内情に関する暴露本がたびたび出版されてきた。
 1999年10月からは、「週刊文春」が14週連続でジャニーズ事務所に関する特集を掲載。同誌はジャニー氏の少年に対する性加害を証言する関係者などに取材し、記事化していった。
 こうしたキャンペーン報道を受けてジャニー氏と同事務所は、雑誌の発行元である文藝春秋に対して、名誉棄損であるとして損害賠償を求める裁判を起こす。一審を経て二審の東京高等裁判所は2003年7月、ジャニー氏による「セクハラ行為」の真実性を認定する判決を下した。2004年2月には最高裁判所がジャニー氏側の上告を棄却したことで、性加害の事実が司法で認められた。これ以降も、ジャニーズ事務所は具体的な再発防止策を取ることはなかった。
 それから19年後の2023年3月、イギリスの公共放送BBCがジャニーズ事務所在籍時にジャニー氏から性被害を受けたという男性の証言などを改めて報道した。同年4月には、元ジャニーズJr.であるカウアン・オカモト氏が記者会見を行い、在籍中に複数回性被害を受けたことを訴えた。これをきっかけに日本のマスメディア(新聞・テレビ)が徐々にジャニー氏の性加害を報じる流れができていった。
 こうした状況を受け、ジャニーズ事務所は5月に弁護士や精神科医などで構成する「外部専門家による再発防止特別チーム」を設けた。同チームは関係者へのヒアリングなどを行い、その結果を「調査報告書」に取りまとめ、8月に公表した。調査報告書では2)、ジャニー氏は「古くは1950年代に性加害を行って以降、ジャニーズ事務所においては、1970年代前半から2010年代半ばまでの間、多数のジャニーズJr.に対し、(中略)性加害を長期間にわたり繰り返していたことが認められる」とした3)

◎問題意識~(1)連載の問題意識
 本ブログでは、広くいえば、日本の芸能史で大きな存在感を発揮するとともに、一連の性加害の実行者であったジャニー氏をテレビ報道がどのように表象してきたのか、というテーマを扱う(表象とはここでは「直観的に思い浮かぶイメージ」のこと)。筆者たちがそのテーマになぜ注目するのかの動機、つまり問題意識を示したい。
 これまでみてきたように、ジャニー氏の性加害の事実が広く社会に認知されたのは、2023年になってからだったと言える。 
 2003年の東京高裁判決を経て、2004年の最高裁で高裁判決が確定し、性加害の事実は司法の認めるところとなった。
 しかし、日本のマスメディアはそれを積極的に報じたとは言い難く、テレビ局で報じたところはなかった。前掲の調査報告書では「マスメディアの沈黙」という項を設け、「テレビ局をはじめとするマスメディア側としても、ジャニーズ事務所が日本でトップのエンターテインメント企業であり、ジャニー氏の性加害を取り上げて報道すると、ジャニーズ事務所のアイドルタレントを自社のテレビ番組等に出演させたり、雑誌に掲載したりできなくなるのではないかといった危惧から、ジャニー氏の性加害を取り上げて報道するのを控えていた状況があったのではないか」と指摘している4)
 こうした社会的な批判の高まりを受け、NHKと東京の民放キー局5局は自らの不作為をめぐり、ジャニー氏の性加害やジャニーズ事務所の存在をどのように認識してきたか、検証を始める。2023年9月から11月にかけ、形態や時間尺もさまざまだが、各局とも職員・社員やOBらからのヒアリングを中心とした検証結果を放送した。
 おしなべて、「芸能ゴシップ」の類いとしてジャニー氏の性加害の取材に積極的でなかったこと、性被害、特に男性が被害に遭うことへの意識の低さがあったことなどを認めるとともに、絶大な影響力のあるジャニーズ事務所への配慮の有無を検証していた。所属タレントによる事件を報じる際に、報道幹部が必要以上に慎重になるなど「忖度(そんたく)」があったと認める局があった一方、同事務所からの圧力や同事務所への忖度が自社の報道をゆがめ、手加減につながったというような事例は1件も確認できなかったとする局もあった。

 筆者たちが違和感を覚えたのは、各局の検証報道を視聴した際であった。過去、ジャニー氏やジャニーズ事務所についてどのように報道してきたか、具体的なニュースの映像を使って説明した局がほぼなかったという点についてである。スタジオでアナウンサーがヒアリングの結果を説明するのみで、VTRが放送されないという形式の番組もあった。
 視聴者にとって、出来事がテレビ局によってどのように伝えられたかを知るためには、アーカイブ映像の提示が最も有効であると筆者たちは考える。過去の映像を具体的に示さなければ、送り手側としても、自らの報道にどのような判断や意思が反映されていたのか、視聴者に詳しく、わかりやすく説明することは難しいのではないか。特に、本件のように送り手の説明責任が求められている問題においては、具体性は必要だろう。
 そこで、今回、過去のニュース映像を視聴することで、各局が報道を通じてジャニー氏とジャニーズ事務所についてどのような点を特徴的に描いてきたかを分析・検討することとした次第である。
 また、この連載はテキストではあるが、当時のおおまかな放送内容を記録するという意味もあると考えている。

(2)分析対象番組の選定について
 ジャニー氏やジャニーズ事務所が、テレビでどのように伝えられてきたか。全体像をつかむには、膨大な映像資料を分析・検討する時間と作業が必要となる。
 今回は、物理的制約があるため、そうした調査研究には取り組まない。筆者たちは可能な範囲内で目的を果たすために、すなわちテレビ報道に反映された、送り手のジャニー氏や同事務所に対する意識の一端を明らかにするために、ふさわしい分析の時期や対象を検討した。結果、2019年7月、ジャニー氏が死去した直後、追悼が集中して行われた時期のニュース番組が妥当であると思い至った。
 理由としては著名人の追悼にあたるニュースの放送は、通常、生前のその人の仕事や人となりについて、テレビ局が価値観(評価)を示し、視聴者と共有する機会であるからだ。ニュースの内容から、各局のその時点のジャニー氏に対する意識を端的に察することができる可能性(見込み)が高いと判断した。
 具体的な分析対象とするニュース番組は、平日に毎日放送されるものとし、かつ放送時間帯としては夜21時以降の「キャスターニュース番組」の時間帯に限定した。ニュースは朝から夕方にかけてのニュース・情報番組の中でも放送される。にもかかわらず、絞り込んだ理由として2つを挙げる。

①夜のキャスターニュース番組は、1日の集大成という意味で、局を代表するニュース番組と受け止められるため。
②夜のキャスターニュース番組について、各局は報道番組と位置づけているとみられるため。つまり、「取り上げる対象について、公平性を担保しつつ健全に批判する」という意味でのジャーナリズムを、できるだけ忠実に具現化する性質を持つものと考えられるため。

 夜のキャスターニュース番組を列記すると、NHK「ニュースウオッチ9」(以下、NHK/NW9)、日本テレビ「news zero」、(以下、日テレ/news zero)、テレビ朝日「報道ステーション」(以下、テレ朝/報ステ)、TBS「news23」、テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」(以下、テレ東/WBS)、フジテレビ「FNN Live News α」(以下、フジ/ニュースα)の6つとなる。

 さらに分析対象としては、できるだけ多くの番組が・ある程度の時間尺を使って・ジャニー氏死去を扱った、という条件を備えた日が望ましい。内容の比較を行い、番組ごとの描き方の違いをつかむことに適しているからだ。
 ジャニー氏が死去した2019年7月9日は火曜日だった。火曜日から12日の金曜日にかけてその条件に最も適したのはいつか。死去翌日の10日(の夜のニュース番組)だった。6番組中、NW9、news zero、報ステ、news23、ニュースαの5番組がジャニー氏の死去を2分30秒以上の特集として取り上げていた。
 死去当日の9日はどうだったのか。取り上げていたのは、news zero、news23、WBS、ニュースα、の4番組にとどまった。理由として考えられるのは、訃報がブレイキングニュース(速報)とされたからだろう。
 2019年7月1日、ジャニーズ事務所はジャニー氏がくも膜下出血で入院していると発表した。同年6月18日に救急搬送され、所属タレントが次々と彼の入院先に見舞いに訪れているとした。嵐のメンバーがそろい、ジャニー氏への励ましを報道陣へ語った。そののちの7月9日、ジャニー氏は午後4時47分に死去した。
 筆者たちが録画を確認したところ、9日の夜は、ほぼ23時30分に全局がジャニー氏の死去を速報するスーパーを流した。当時を知る報道関係者によると、同事務所と各局との間で、23時30分まで情報を解禁しないという決まりになっていたということである。そのため、放送を終えていたNW9と報ステは番組内で訃報を取り上げることができなかった。
 また、12日にはジャニー氏の家族葬が執り行われたが、取り上げたのは4番組だった。
 このようにより多くの番組の比較を可能にするため、死去翌日の10日の放送分を対象として選んだ。ただし、分析の中心はあくまで10日とするが、特に死去当日の9日との放送内容の関連は重要になるので、後に述べる。
 連載では、テレビ報道がジャニー氏の死去を取り上げた長時間のごく一部しか取り上げられない。つまり断面の一つでしかなく、限界はここにある。したがってこの調査研究は、一つの断面から、このようなことが言える可能性があるという仮説を探索するタイプのものとなる。

 連載の次回では、各局、7月10日夜のニュース番組において、ジャニー氏を追悼した特集の概要を一覧できる表を示す。

(続く)


<注釈・引用資料>

1) 朝日新聞デジタル https://www.asahi.com/articles/ASR9Z4J31R9VUCVL04J.html
「家族であり自分自身でもあるジャニーズ 今ファンにできることは」(2023年9月30日)
同記事の日本大学国際関係学部、陳怡禎のインタビューより

2) 外部専門家による再発防止特別チームによる調査報告書(公表版)
https://saihatsuboushi.com/調査報告書(公表版).pdf

3) 2)のp21~

4) 同上p53~

以上、2024年4月1日確認

<参考資料>

太田省一「ジャニーズの正体」(双葉社、2016年)

矢野利裕「ジャニーズと日本」(講談社、2016年)

※ジャニー氏の経歴については「調査報告書」を基礎資料とした

 

メディア研究部 東山浩太
2003年、記者として入局。2017年から文研に在籍  


メディア研究部 宮下牧恵
1999年ディレクターとして入局。2008年より文研に在籍

調査あれこれ 2024年04月08日 (月)

中高生の40年分のホンネがつまった「中高生調査データ」のページ、オープン!#531

世論調査部(社会調査)村田ひろ子・中山準之助

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 NHK放送文化研究所が、1982年から定期的に実施してきた「中学生・高校生の生活と意識調査」の調査結果をまとめたページが新たにできました!
 この調査は、学校生活や友人・親子関係、テレビやネット利用、将来展望などの幅広い質問領域から、中高生と保護者の意識を読み取ることができる世論調査です。
 このページでは、中高生と保護者それぞれを対象にした調査あわせて全150項目以上の時系列データから好きなものを選んでグラフや表で見られます(上の画像からアクセス可能)。学年ごと、親子間など、さまざまな角度から比較できるほか、集計結果もダウンロードできます。中高生を対象にした調査では、中学高校別のほか、性別や学年、男女中高別の結果なども選べます。
 調査自体は幅広い分野にわたりますが、ここでは、「心理状態」カテゴリから、「不安な気持ちになる?」を選び、さらに「悩みごとの相談相手」について、中学生・高校生別の結果を紹介します。

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 悩みごとの相談相手として、黄色の「友だち」を選んだのは、どの時代の調査でも高校生が中学生より多くなっています。時代の変化に注目すると、「友だち」を選んだ人は、1982年に6~7割を占めていましたが、最新の2022年調査では約4割と減少傾向が見られます※。その一方で、ピンク色の「母親」を選んだ人は、1982年の1~2割から2022年の3割と増加傾向です。

 グラフデータのほか、研究員の視点からデータを読み解いたコラムも掲載。調査結果をさまざまな角度から分析しています。

 

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 中高生の生活や意識がこの40年間でどのように変わったのか、あるいは変わらなかったのか? 多岐にわたる質問領域から、40年分の中高生のホンネが透けて見えるかもしれません。一度のぞいたら、何度もアクセスしてみたくなるコンテンツが盛りだくさんです!

「中学生・高校生の生活と意識調査」

※直近の2022年調査は、それまでとは調査方法が異なるため、過去の結果と単純に比較することはできず、意味合いについては質問ごとに慎重に検討する必要があります。

調査あれこれ 2024年03月12日 (火)

パーティー券裏金問題 進まぬ真相究明 ~無力感漂う岸田自民党~【研究員の視点】#530

NHK放送文化研究所 研究主幹 島田敏男

 2月29日と3月1日の両日、衆議院の政治倫理審査会が何とか開催にこぎつけました。しかし説明に立った岸田総理大臣と安倍派・二階派の事務総長経験者5人からは核心に迫る発言はありませんでした。

 そもそも5人は政治倫理審査会の開催や公開にも及び腰で、新年度予算案の衆議院通過を急ぐ岸田総理が、野党側に追い立てられて自らオープンの場で説明に立つと表明して引っ張り出したようなものでした。形だけという批判が出たのも当然です。

 政治とカネの問題での進展がないまま、新年度予算案の審議が参議院で続く3月8日(金)から10日(日)にかけてNHKの月例電話世論調査が行われました。

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☆衆議院の政治倫理審査会で、安倍派・二階派の事務総長だった5人が説明を行いました。あなたは説明責任が果たされたと思いますか。果たされていないと思いますか。

 果たされた 7%
 果たされていない 83%

これを詳しく見ると、果たされていないは与党支持者で8割、野党支持者で9割強、無党派で9割弱に上っています。真相究明に向けて自民党執行部が積極的に動いていない点、そして党内からも自浄努力を求める活発な動きが出ていない点に国民が強く憤っているように感じます。

 無力感漂う自民党へのまなざしの厳しさは、政党支持率の低下に端的に表れています。

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☆最近の政党支持率(%)

  11月   12月   1月   2月   3月
 自民党 37.7
29.5
30.9 30.5
28.6
 無党派(支持なし) 38.5 43.3 45.0 44.0 42.4


自民党の政党支持率が20%台に落ち込んだのは、2012年の政権復帰後、岸田内閣の最近の2回だけです。自民党が減った分が野党に回ったかというとそれはわずかで、全体に占める無党派の割合が増えて4か月連続で40%台 を占めています。自民党支持者の中から無党派に流出する、いわゆる様子見の人たちが少なくないことをうかがわせます。

 無力感漂う自民党が問題克服に一気に乗り出せない状況は、岸田内閣の支持率低迷にもつながっています。

☆あなたは岸田内閣を支持しますか。それとも支持しませんか。

 支持する 25%(対前月±0ポイント)
 支持しない 57%(対前月-1ポイント)

東京地検特捜部が捜査に着手した去年の11月以降、岸田内閣の支持率は20%台に下落し、低い水準での横ばいが続いたままです。逆に不支持率は岸田内閣発足後、最も高い水準のままです。

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 岸田総理は一連の事態打開のために2枚のカードを切りました。1枚は岸田派の解散宣言。これがきっかけになって麻生派、茂木派以外の各派閥は解散へと向かいました。自民党所属国会議員370人余りのうち、70%以上が「無派閥」を名乗るという状況になっています。

 もう1枚のカードが、先の衆議院の政治倫理審査会に自ら出席し、テレビ中継も行われた公開での説明に臨んだことです。本人とすれば指導力を発揮したという自負があるのでしょうが、国民の受け止めはそれほど甘くありませんでした。

☆岸田総理は現職の総理大臣として初めて衆議院の政治倫理審査会に出席しました。この対応を評価しますか。評価しませんか。

 評価する 45%
 評価しない 47%

政権維持のために決意表明を連発したものの、発言の内容は真相究明には全く不十分で、問題に関係した議員の処分についても具体的な内容には触れなかったため評価は分かれました。

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 派閥の政治資金集めのために所属議員がパーティー券を売りさばき、ノルマを超えた分は議員の政治団体の収入になるというこの問題。政治資金規正法のルールを無視し報告書に記載しなかったことで、外から見えない裏金となり国民の怒りを買ったのは当然です。

 折しも2月16日には確定申告が始まっていて、一般の納税者は収入を自己申告して所得税を払い、漏れがあれば追徴金を払うことになります。「政治活動に使う資金は課税されない」という法律の仕組みも含めて疑問を抱く納税者が出るのも無理はありません。

 そういう中で政権の継続をあきらめず、新年度予算の年度内成立に執念を燃やす岸田総理には、どういう希望的な観測があるのでしょう。総理周辺によると念頭にあるのは「デフレ脱却宣言への道筋」だと言います。先の日経平均株価の34年ぶりの最高値更新などを足掛かりに、春闘での大幅賃上げを実現して国民にアピールするという楽観的な展望のようです。ただ、国民は景気回復のリアリティーを感じていません。

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☆日経平均株価はバブル期の1989年12月につけた史上最高値を更新しました。あなたは景気がよくなっている実感がありますか。ありませんか。

 ある  10%
 ない  83%

与党支持者、野党支持者、無党派の別にかかわらず、8割から9割が「実感がない」と答えています。株価の高騰は大口投資家のもうけになるだけ。賃上げがあっても物価の上昇で消えてしまう。これが庶民の実感です。

 今の通常国会の会期末は6月23日です。その前の4月28日には衆議院の3つの小選挙区で補欠選挙が行われます。その後の衆議院の解散・総選挙の可能性を占う上でも大きな意味を持ちます。

 そして岸田総理の自民党総裁としての3年間の任期は今年9月まで。岸田氏は続投を目指そうとするでしょうが、それに対して自民党の内外からどういう動きが出てくるのかは不透明です。

 いずれにしても政治とカネの問題を乗り越えなければ岸田自民党に対する国民の信頼は回復しません。「信無くば立たず」=民衆の信頼が無ければ政治はなりたたないという古くからの言葉は、まさに今の日本の状況に当てはまりそうです。

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島田敏男
1981年NHKに入局。政治部記者として中曽根総理番を手始めに政治取材に入り、法務省、外務省、防衛省、与野党などを担当する。
小渕内閣当時に首相官邸キャップを務め、政治部デスクを経て解説委員。
2006年より12年間にわたって「日曜討論」キャスターを担当。
2020年7月から放送文化研究所・研究主幹に。長年の政治取材をベースにした記事を執筆。

調査あれこれ 2024年02月02日 (金)

「日本人の意識」調査 データサイトへようこそ!#525

世論調査部(社会調査)原美和子/中山準之助

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 文研の代表的な世論調査、「日本人の意識」調査の、約半世紀にわたる調査結果をまとめたデータサイトが完成しました。

 この調査は1973年(昭和48年)に始まり、その後2018年(平成30年)まで、5年ごとに全部で10回の調査がおこなわれました。
 日本人の基本的なものの見方や考え方を長期的に追跡するため、調査方法や、質問・選択肢はほとんど変えていません。同じ条件で調査することで、結果を比較することが可能になっています。

 データサイトでは、全51問の時系列データを選んでご覧いただけます(上記のバナーからアクセスできます)。また結果はダウンロードできます。

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 調査内容は多岐にわたりますが、ここでは、「仕事と余暇のありかた」(調査での質問名は「仕事と余暇」)を選んでみます。

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 全体結果です。一番下のグラフが1973年の結果です。左から3番目 の選択肢「仕事にも余暇にも、同じくらい力を入れる」という人が、この45年間に21%から38%に増えました。一方、1973年には最も多かった「余暇も時には楽しむが、仕事のほうに力を注ぐ」人は36%から19%に減りました。

性別や年齢、都市規模、学歴別の結果も選べます。
こちらは男性と女性の結果です。

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 意識の変遷でたどる45年間の軌跡。みなさんそれぞれの「なるほど!」「びっくり!」、そしてもしかしたら「どうして?」を楽しみながらご利用いただければと思います。

 最後になりますが、この調査には合わせて30,000人以上の方(36,079人)にご協力いただきました。改めて御礼を申し上げます。

 「日本人の意識 1973‐2018」
https://www.nhk.or.jp/bunken/yoron-isiki/nihonzin/

調査あれこれ 2024年01月17日 (水)

パーティー券裏金問題の先は?~岸田自民党の鈍感力と国民の視線~【研究員の視点】#524

NHK放送文化研究所 研究主幹 島田敏男

 昨年末に強制捜査に着手した東京地方検察庁特捜部は、関東で正月の松があける7日に池田佳隆衆議院議員(安倍派)を政治資金規正法違反容疑で逮捕しました。特捜部は池田容疑者が収支報告書の不記載や虚偽記載によって得た裏金の額が多いことや、証拠隠滅の疑いを把握したことから逮捕に踏み切ったと伝えられています。

0117ikeda_1_W_edited.jpg逮捕された池田佳隆衆院議員

 この問題では、最大派閥・安倍派の歴代事務総長経験者などが、次々に東京地検から任意の事情聴取を受ける事態となりました。自民党の政治とカネを巡る問題、とりわけ規正法のもとで企業献金に代わる方法として温存されてきた「パー券売り」にメスが入ったことは画期的です。

 ルールを守っていればまだしも、永田町の相場で1枚2万円のパーティー券をどこに大量に買ってもらい、どのように使ったかが闇の中に隠されたままであることが許されるのかという問題です。

 政治資金として集めた金は課税対象にならないという特典は、「議会制民主主義を育てる財源」だからというのが政治資金規正法の建前です。つまり国会議員という「選良」が行うことだからという、性善説に基づく仕組みなのです。それが無残に裏切られ裏金化されていた点に、国民の強い怒りが噴出したのは当然です。

 この国民の怒りの声を背に受けて、検察当局も「公開ルールの順守を怠った形式犯」では済まされないという判断に至ったと見ることができます。億単位の賄賂が介在するような贈収賄事件とは異なるにしても、政治の信頼を失墜させる罪の重さに異例の捜査が行われたのは当然でしょう。

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 そして捜査が続く1月12日(金)から14日(日)にかけてNHKの月例電話世論調査が行われました。昨年12月の調査では、自民党が2012年に政権に復帰して以降の11年間で最も低い「支持率23%」を記録していました。

☆あなたは岸田内閣を支持しますか。それとも支持しませんか。

 支持する 26%(対前月+3ポイント)
 支持しない 56%(対前月-2ポイント)

昨年後半から下降傾向が続いていた内閣支持率は、いったん下げ止まった形です。しかしながら統計上は支持も不支持も前月からの変化に有意差はありません。つまり誤差の範囲内の変化だということです。

 今回は能登半島地震という大きな自然災害があり、被災地の救援や復旧にあたる政府の対応に期待が寄せられていたという事情もあります。

☆あなたは能登半島地震への政府のこれまでの対応を評価しますか。評価しませんか。

 評価する 55%
 評価しない 40%

評価する声が過半数に上り、岸田内閣に対するアゲインストの風を和らげている面もうかがえます。

 とはいえ、自民党が政治とカネの問題で失った信頼を回復するのは容易なことではないでしょう。次の数字を見れば一目瞭然です。

☆派閥の政治資金パーティーをめぐる問題を受けて、自民党は「政治刷新本部」を立ち上げ、再発防止策などの検討を始めました。これが、国民の信頼回復につながると思いますか。つながらないと思いますか。

 つながる 13%
 つながらない 78%

つながらないと回答したのは与党支持者で66%、野党支持者で88%、無党派で85%となっています。与党を支持する人たちでも、厳しい受け止めが3分の2に上っています。

0117sassinn_3_W_edited.jpg自民党「政治刷新本部」(1月11日)

 「政治刷新本部」に対しては、派閥が生んだ問題を派閥均衡のようなメンバーで議論するのは陳腐だという指摘や、パーティー券の裏金を受け取った安倍派議員も含まれているのはいかがなものかといった批判が出ています。

☆あなたは政治資金規正法を改正し、ルールを厳しくする必要があると思いますか。必要はないと思いますか。

 必要がある 83%
 必要はない 9%

こちらについては与党支持者、野党支持者、無党派のいずれを見ても、ルールを厳しくすべきだという答えが8割から9割に上っています。

 問題はパーティー券を購入した相手と金額を明らかにする徹底した情報公開と、事務所の会計責任者が違法行為をした場合に議員本人の責任も問う連座制の適用にまで踏み込むことができるかです。これが最低限のラインだと思います。

 では今回の問題の土台にある自民党の派閥について、国民はどういう見方をしているのでしょう。

☆あなたは自民党の派閥のあり方についてどう思いますか。

 今のままでよい 5%
 存続させても改革すべき 40%
 解消すべき 49%

自民党支持者が大多数を占める与党支持者では「存続させても改革すべき」が5割に達して多数ですが、野党支持者と無党派では「解消すべき」が5割超から6割に上っています。

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 派閥連合体として国会で多数派を形成し、長く政権を担当してきた自民党にとって、党内で競い合うことが活力の源だという従来の考え方を変えるのは簡単ではなさそうです。ただ、それでは自民党が自ら失うことになった信頼の回復をどこまで図ることができるかも不透明です。

 一方で、派閥は残しても政治資金規正法のルール強化が進むことになれば、これまでのように表に出さない政治資金の確保は困難になります。野党議員と比べ、地元に大勢の私設秘書を抱えて議席を守ってきた活動スタイルにも影響が出るでしょう。

 あれやこれや考えると、直ちに政権交代が起きるような展開はないにしても、自民党の信頼や資金集めがやせ細っていくことを懸念する声は消えそうもありません。ある自民党の閣僚経験者は「次の参議院選挙は来年2025年夏。衆議院の任期満了は2025年10月。それまでには潮目の変化があるだろう」と期待交じりで語ります。

 野党がバラバラだから怖くない、というのが自民党関係者に深刻な危機感を生じさせていない最大の要因でしょう。それが岸田自民党全体の「鈍感力」の核になっているように見えます。しかし、信頼回復のないまま党としての勢いがやせ細る展開になるならば、少数与党に甘んじ、結果として野党側の結集を促す事態も否定できません。 

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 今年9月の自民党総裁選への対応も含めて、岸田総理がどういう展開を目指そうとしているのか現状でははっきりしません。

 まず当面は、今月26日からの通常国会前に「政治刷新本部」が打ち出す最初のメッセージを国民がどう受け止めるかです。これが最初の関門として立ちはだかっています。

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島田敏男
1981年NHKに入局。政治部記者として中曽根総理番を手始めに政治取材に入り、法務省、外務省、防衛省、与野党などを担当する。
小渕内閣当時に首相官邸キャップを務め、政治部デスクを経て解説委員。
2006年より12年間にわたって「日曜討論」キャスターを担当。
2020年7月から放送文化研究所・研究主幹に。長年の政治取材をベースにした記事を執筆。

調査あれこれ 2024年01月15日 (月)

世帯年収の違いによるコロナ禍の影響の濃淡② ~「新型コロナウイルス感染症に関する世論調査(第3回)」の結果から③~【研究員の視点】#523

世論調査部(社会調査)小林利行

国内で新型コロナウイルスの初感染が確認された2020年1月15日から4年がたちました。

NHK放送文化研究所では、2020年から2022年までの3回にわたって毎年秋にコロナ禍に関する世論調査1を実施し、3回目の調査結果を中心とした分析を、『放送研究と調査』の2023年5月号と7月号に掲載しました。
そして今回は、「世帯年収の差」に注目して分析を深め、一部の分析結果を去年12月に公開したブログ「世帯年収の違いによるコロナ禍の影響の濃淡①に載せました。
このブログでは、3回の調査結果の時系列比較を通して、世帯年収差によるコロナ禍の影響の違いについて掘り下げたいと思います。

調査では、毎回、生活満足度について尋ねています(図①)。
時系列でみると、どの年収層でも『満足している(どちらかといえばを含む)』という人がおおむね増える傾向がみられます。
実は、感染拡大の不安感について同じく時系列でみると、『不安だ(非常に+ある程度)』という人がすべての年収層で年々減少する傾向にあるのです。全年収層での生活満足度の上昇は、重症化率が低下しながらコロナ禍が常態化して不安感が徐々に少なくなっていったことが要因のひとつと考えられます。
ただし、『満足している』と答えた人の増え方を詳しくみると、年収別で大きな違いがあるのがわかります。例えば「300万円未満」は2020年の48%から2022年の53%と5ポイントの増加だったのに対して、「900万円以上」は2020年の54%から2022年の77%と23ポイントの増加となっています。

図① 生活満足度(世帯年収別)※2
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それでは、収入が多い人ほど生活満足度の上昇幅が大きいという現象にはどんな要因が考えられるでしょうか。
時系列を考える上でまず考慮しなければならないのが、それぞれの調査年の状況です。2020年秋と2021年秋は、「不要不急の外出は控えよう」という政府の要請もあり、誰もが自由に外出できるという雰囲気ではありませんでした。一方2022年の秋は、新規感染者数は以前より多かったものの、重症化率が下がっていたこともあって、行動制限は大幅に緩和されていました。

このことを頭に入れたうえで図②をみると、2020年から2021年にかけては、高収入層の満足度が目立って上昇した要因のひとつとして「テレワーク」の広がりが考えられます。

実践している感染対策としてテレワークをあげた人は、2020年から2021年には、全体で10%から11%へ1ポイントながら有意に増えています。年収別にみると、有意差はつかないものの年収が高くなるほど増加の幅が大きくなる傾向がみられます。

図② 実践している感染対策「テレワーク」(世帯年収別)
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ブログ世帯年収の違いによるコロナ禍の影響の濃淡①でも示したように、コロナ禍の生活変化を『プラス』とした高収入層の理由で目立ったのが「在宅勤務の実施」でした。このことも考え合わせると、高収入層においては、少なくとも2020年秋から2021年秋までのコロナ禍の前半期においては、テレワークの継続と広がりが満足度上昇の要因のひとつだったと考えられます。

一方、その翌年の2022年までの1年間では、図②の「全体」をみてもわかるように、テレワークは減少しています。これは、行動制限が緩和されて会社などへの出勤も以前より増えたためと考えられます。

行動制限が緩和されると、「旅行」「飲み会」「イベント参加」などもできるようになります。
図③は、ストレスが『増えた』という人の中で、その要因として「気軽に遊びに行けないこと」を選んだ人の結果です。これをみると、2021年から2022年にかけて、高収入層の満足度が増えた要因のひとつが「行動制限の緩和」であることが浮かび上がります。

図③ ストレス要因「気軽に遊びに行けない」(世帯年収別)
【ストレスが『増えた』と回答した人】
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「600~900万円」と「900万円以上」では、2021年にストレス要因として「気軽に遊びに行けないこと」を選ぶ人が8割以上いましたが、2022年にかけて減少しています。特に「900万円以上」では81%から67%と大きく減っています。

12月のブログ世帯年収の違いによるコロナ禍の影響の濃淡①でも示しましたが、コロナ禍の生活変化をプラスかマイナスのどちらと捉えているかとの問いに、『マイナスだ』と答えた人のうち、世帯年収「600~900万円」と「900万円以上」が選んだマイナスの理由で多かったのが、「旅行やイベントや会食に行けなかったから」でした。高収入層にとっては、気軽に出かけられないことが低収入層に比べてストレスになりやすい一方、以前のように出かけられるようになるとその開放感も大きく、生活満足度の向上にもつながったのではないでしょうか。

そしてもうひとつ、高収入層の満足度が2021年から2022年にかけて増えた要因としては、収入の変化の違いも影響しているとみられます。
図④は、コロナ感染症の拡大前と比べて収入が『減った』という人の世帯年収別の結果ですが、2021年から2022年のポイントの変化に注目すると、有意差はつかないものの「300万円未満」でプラス3、「300~600万円」でマイナス1、「600~900万円」でマイナス5、「900万円以上」でマイナス7となっていて、年収が多いほど回復が早い傾向があることがわかります。

図④ 収入の変化(世帯年収別)
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あらためて、低収入層より高収入層のほうが生活満足度の増え方が大きいことの要因だと考えられることをまとめます。
①2020年から2021年にかけては主にテレワークの継続と広がり、②2021年から2022年にかけては、行動制限の緩和によって気軽に遊びに出かけられるようになり、心理的な開放感をより強く持てたことと、収入が『減った』という人が低年収層に比べて減少したこと。

こうしてみていくと、3年余りにわたるコロナ禍では、最初は厳しい行動制限や経済の落ち込み、それに感染拡大に対する大きな不安感などから、全般に不満が高かったのですが、長期化を経てコロナ生活の日常化もあり、さらに終盤に行動制限が緩和されたり経済回復の芽がみえたりしたことで、全般に不満が減っていったようです。
こうした中でも、状況に対応できるリソースが多い高収入層は、行動制限が厳しくなっても緩くなっても、低収入層に比べると、何らかの形で満足感を得やすくて、年々その差が広がるという構図になっていたとみられます。

社会の変化を人々がどう受け止めているのか。
こうした数字を提示するのも世論調査の重要な役割のひとつです。
今回の調査結果は、新たなパンデミック(世界的大流行)の際には、低収入層への初期段階での迅速な経済的支援などが必要なことを示していて、今後のパンデミック対策の参考になると思います。そして、次はどうしたらいいのか?みなさまも一緒に考えていきましょう。

このほか、「放送研究と調査 2024年1月号」では、世帯年収の差によって心理的・精神的な影響が違うこと、社会全体のデジタル化の捉え方に大きな差異があることなどを紹介しています。

ぜひご覧ください。


※1 新型コロナウイルス感染症に関する世論調査(第3回)
※2 
不等号が開いているほうが有意〔信頼度95%〕に多いことを示しています。2022年の下にある不等号は2020年と2022年を比べたもので、例えば「全体」の62%の下にある∧は、2020年の49%より62%が有意に多いことを表しています。

おすすめ記事】
①「放送研究と調査」 2023年7月号
新型コロナ感染拡大から3年 コロナ禍は人々や社会に何をもたらしたのか-NHK
②「放送研究と調査」 2023年5月号
コロナ国内初感染確認から3年 人々の暮らしや意識はどう変わったのか-NHK

【小林利行】
NHK放送文化研究所の世論調査部員として、これまで選挙調査から生活時間調査まで幅広い業務に携わり、
最近では「災害」「憲法」「コロナ禍」などの調査に取り組んでいる。

調査あれこれ 2024年01月11日 (木)

幼児のテレビ・ネット動画利用は平日と土日でどう違う?【研究員の視点】#522

世論調査部 (視聴者調査) 築比地真理

「ママ、なんできょうは朝のテレビやってないの?」
日曜の朝、Eテレを見ている4歳の娘から問われました。
「日曜日は、お休みの日だから子どものテレビもお休みなのかな」と私は答えました。
日曜もふだんと変わらない時間に起きて、子どもはテレビの前に座り、いつもの番組が始まるのを待っているのに、日曜日はなぜ平日や土曜日に比べて子ども向け番組の放送が少ないのだろうと、放送局で働くひとりとして疑問に思った瞬間でした。

さて、NHK放送文化研究所では、小学校に入る前の2歳~6歳の幼児を対象とした「幼児視聴率調査」を1990年から実施しています。
「大人」のメディア利用実態の調査は世に多くありますが、幼児のみに特化して調査したものは珍しく、保護者による代理記入・回答ではありますが、日記式とアンケートの結果を組み合わせ、幼児のメディア利用の現在地を知ることができる調査になっています。

今回は、2022年に実施した最新の調査結果から、こうした幼児のメディア利用が平日と土日でどのような違いがあるのかに注目して、結果をご紹介します。
(『放送研究と調査』1月号の内容を再構成しています。全文はこちら

以下の図は、下記4項目の30分ごとの平均利用率を時刻別に積み上げて、山のような形にして示したものです。それぞれ、平日・土曜・日曜のものとなっています。

① NHK総計(地上波+衛星波)
② 民放総計(地上波+衛星波)
③ インターネット動画
④ 録画番組・DVD  

NHK総計/民放総計/ネット動画/録画DVDの30分ごと平均利用率の積み上げ

           〈平日〉
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           〈土曜〉
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朝の時間帯の視聴状況

まず、冒頭のエピソードで紹介した朝の時間帯に注目すると、この4項目の合計(以下、「4項目計」)の山の高さは、平日・土曜・日曜とも大きく変わらないことが分かります。
平日・土日に関係なく、子どもが毎日規則正しく生活しており、朝は何らかのコンテンツを視聴する習慣がついている可能性が感じとれます。
ただ、朝の「4項目計」を項目ごとで分けてみると、平日と土曜ではNHK(赤色)がよく見られているのですが、日曜はNHKと民放(ピンク色)の割合が逆転していることが分かります。ちなみに、幼児の場合、NHKでの視聴はEテレが大半となっています。

冒頭でも述べたように、平日と土曜の朝はNHKのEテレで子ども向け番組が多く放送されているのですが、日曜の朝は他の曜日ほど子ども向け番組が放送されていません。一方、日曜の朝にはテレビ朝日が長年放送している、戦隊ヒーローや仮面ライダー、ヒロインが変身して戦うシリーズなどの幼児~小学生向けの番組があります。本調査では「よく見られた番組」についても聞いていますが、その結果からも日曜は幼児がこれらの番組を見ていることが分かります。

日中から夕方の視聴状況

朝以外の時間はどうでしょうか。平日の夕方では、「4項目計」が朝に匹敵するボリュームであり、午後6時30分~7時30分では3割に迫っています。一方で、日中のメディア利用はほとんどない状態です。平日は、幼稚園や保育園に登園している幼児が多いことからもこの結果は納得ですね。

これを、テレビやインターネット動画などに分けて見ていきます。まずテレビについてみると、NHKは土日の夕方から夜にかけては平日ほどの勢いがありません。一方、民放は土日でも大きな減少はみられず、土曜は午後7時~7時30分、日曜は午後6時30分~7時によく見られています。週末の夕方はどちらかというと民放のテレビの方が視聴されているようですね。
実際に週末の夕方に民放でよく見られた番組としてあげられていたのは、土曜ではテレビ朝日の「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」、日曜ではフジテレビの「サザエさん」「ちびまる子ちゃん」などのアニメでした。
また、動画の利用については、平日では日中の利用は少ないものの、午後から夜にかけてよく見られています。一方で土日は、日中においても一定の視聴があるなど、幅広い時間帯でコンスタントに利用されており、土日とも午後1時から5時の時間帯で3~7%台を維持していました。
土日の午後によく見られたコンテンツを確認してみると、YouTubeのゲームやYouTuberの動画、「アンパンマン」や「ポケットモンスター」関連の動画など、さまざまな内容が挙げられており、幼児の関心に応じた幅広いコンテンツが選択されているとも言えそうです。

ここまで見てきたように、平日と土日で幼児のメディア利用を比較すると、曜日によって見ている放送局や番組が異なるほか、土日では日中からネット動画を見ているなど、テレビのリアルタイム視聴以外のコンテンツへの活発な接触も見られることが分かりました。

バラエティー豊かなコンテンツを楽しむ幼児

テレビの視聴は、どうしてもその時間帯の番組編成に左右されがちな面もあるかと思いますが、見たいコンテンツが放送されていない時間帯でも、ネット動画やタイムシフトなどをうまく活用して、それぞれの時間帯ごとに、自分が見たいと思うものに応じてコンテンツを視聴している様子が感じられます。
最近では、子どものYouTuberによるYouTubeチャンネルなども人気を博していたり、動画配信サービスでも幼児向けコンテンツが豊富になってきたりしており、さまざまな選択肢が選べる環境が整ってきたと思います。そうした環境の中で子育てをするひとりの親の視点から言うと、さまざまなコンテンツを選びやすくなったからこそ、NHK・民放・ネット動画などのそれぞれの強みやメリットを生かして、子どもには多彩なコンテンツに触れて、感性を高められるようになってほしいと、調査結果から考えさせられました。

この調査ではほかにも、幼児がインターネット動画をどのように利用しているのか、さまざまな角度から分析しています。下記よりぜひご覧ください。

『放送研究と調査』2024年1月号 
幼児はテレビやネット動画などをどのように使い分けているのか
~「幼児視聴率調査」から~

『放送研究と調査』2022年12月号
幼児はテレビ放送やインターネット動画などをどのように見ているのか
~2022年6月「幼児視聴率調査」から~ 

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【築比地 真理】
2014年NHK入局。高知放送局・札幌放送局で番組編成などを担当し、2020年より放送文化研究所にて幼児視聴率調査や国民生活時間調査・メディア利用の生活時間調査などに関わる。名前の読み方は「ついひじ」

調査あれこれ 2023年12月25日 (月)

世帯年収の違いによるコロナ禍の影響の濃淡①~「新型コロナウイルス感染症に関する世論調査(第3回)」の結果から③~【研究員の視点】#520

世論調査部(社会調査)小林利行

国内で新型コロナウイルスの初感染が確認された2020年1月から4年近くたちました。
多くの人が亡くなりましたが、感染者の重症化率が低下してきたこともあり、2023年5月には法律上の扱いが2類相当から季節性インフルエンザと同じ5類に引き下げられるなど、最近は落ち着きをみせつつあります。

とはいえ、今後も同じようなパンデミック(世界的大流行)が起こらないとも限りません。
日本学術会議が2023年9月、今後の感染症の大流行に対応するために、今回のコロナ禍に関する情報の収集と継承を提言するなど、社会全体としてデータを整理して今後に備えようという動きが進んでいます。
そこで今回は、NHK放送文化研究所が2022年11月に実施した世論調査※1の結果のうち、
コロナ禍の影響について「世帯年収の差」に注目して分析しました。
“コロナ禍が社会の格差を広げた”ともいわれていますが、実際のところを客観的なデータで考えてみました。

図①は、感染拡大をきっかけにした生活の変化が、その人にとってプラスの影響とマイナスの影響のどちらが大きかったかを尋ねた結果です。全体をみると、『マイナス(どちらかといえばを含む)』(74 %)が『プラス(どちらかといえばを含む)』(23%)を大きく上回っていることがわかります。
しかしあえて『プラス』に注目してみると、プラスの割合は年収が多いほど高くなる傾向がみられます。
特に「600~900万円」(24%)から「900万円以上」(35%)にかけては、10ポイント以上差が大きくなっています。

図①  生活変化はプラスかマイナスか(世帯年収別)20231225_zu1.JPG

『プラス』の理由はなんでしょうか。
図②は、『プラス』と答えた人にその理由を複数回答で尋ねた結果です。
「600~900万円」と「900万円以上」では「在宅勤務など柔軟な働き方ができるようになったから」が全体と比べて有意に高くなっています。特に「300万円未満」(3%)と「900万円以上」(24%)の間では20ポイント以上の差がついています。
この数字からは、テレワークができるようになるなど、デジタル化の恩恵を誰が受けているのかが浮かび上がってきます。

図② 生活変化が『プラス』の理由(世帯年収別)
【『プラス』と回答した人】
20231225_zu2.JPG

一方、図③は、『マイナス』と答えた人にその理由を複数回答で尋ねた結果です。
世帯年収別の差の大きなものをみると、「旅行やイベントや会食に行けなかったから」は年収が高くなるほど多くなっていて、「300万円未満」では17%なのに対して、「900万円以上」では30%となっています。
逆に「経済的に生活が苦しくなったから」は年収が低くなるほど多くなっていて、「900万円以上」では3%にとどまっているのに対して、「300万円未満」では15%と有意に高くなっています。

図③ 生活変化が『マイナス』の理由(世帯年収別)
【『マイナス』と回答した人】
20231225_zu3.JPG

実際の収入の変化はどうだったのでしょうか。
図④は、コロナ禍による収入の変化について尋ねた結果です。
『減った(大幅に+やや)』をみると、年収が低いほど多くなっていて、「900万円以上」が17%なのに対して、「300万円未満」では36%と20ポイント近い差がついています。

図④ 収入の変化(世帯年収別)20231225_zu4.JPG

実は、この『減った』という人を年層別に分けると、さらに年収差が広がるカテゴリーがあります。
図⑤をみてわかるように、どの年層も世帯年収の低い人ほど『減った』が多くなる傾向は変わりませんが、その中でも18~39歳と40・50代の「300万円未満」と「900万円以上」の差がどちらも30ポイント以上ついています。これは、コロナ禍の経済的なインパクトが、いわゆる“現役世代”の年収の少ない層に強く影響したことを示しているといえるでしょう。
なお、40・50代以下に比べて60歳以上で差が大きくないのは、年金で暮らしている人が含まれることが影響していると考えられます。

図⑤ 収入の変化(年層別に分けた世帯年収別)20231225_zu5.JPG

このように、コロナ禍の影響は、年収の差で大きく違うことがわかります。
しばしば指摘されてきたことですが、世論調査の客観的なデータによって可視化されたといえます。
この調査は2022年11月に実施したものなので、現在ではさまざまな業種の業績が回復するなどして状況は変わっているかもしれません。しかし、再び感染症が大流行する際は、政府や自治体などは、今回紹介した調査結果を参考に、低年収層への支援策などを検討してほしいと思います。

コロナ禍に関する世論調査は、2020年と2021年の秋にも実施していて、来年1月上旬公表の「放送研究と調査 2024年1月号」の論考の中では、時系列比較によって、年収の高い人ほど「生活満足度」の増加率が大きく、低年収層との差が年々広がっていることも明らかにしています。そしてその要因についても分析しています。

ぜひご覧ください。


※1 新型コロナウイルス感染症に関する世論調査(第3回)

【おすすめ記事】
①「放送研究と調査」 2023年7月号
新型コロナ感染拡大から3年 コロナ禍は人々や社会に何をもたらしたのか-NHK
②「放送研究と調査」 2023年5月号
コロナ国内初感染確認から3年 人々の暮らしや意識はどう変わったのか-NHK

【小林利行】
NHK放送文化研究所の世論調査部員として、これまで選挙調査から生活時間調査まで幅広い業務に携わり、
最近では「災害」「憲法」「コロナ禍」などの調査に取り組んでいる。

調査あれこれ 2023年12月22日 (金)

国内メディアによる「ファクトチェック」②(テレビ)【研究員の視点】#519

ファクトチェック研究班 渡辺健策/上杉慎一/斉藤孝信

 日本国内の新聞社と放送局を対象に行ったファクトチェックに関するアンケート(2023年3月実施)の際に、放送番組のなかでファクトチェック結果を明示する形で伝えていると回答したのは、日本テレビとNHKの2社だった。これまでの取り組み状況をそれぞれの担当者に聞いた。

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 日本テレビでは、2022年9月から10月にかけてニュース番組『news zero』で3回にわたりファクトチェック結果を伝えたのをはじめ、同年11月20日(日)には『THEファクトチェック』という60分の特番を放送した。また、翌2023年9月24日(日)にも、前年の番組を演出面等でブラッシュアップした『藤井貴彦のザ・ファクトチェック』(60分)を再び放送した。担当した井上幸昌チーフプロデューサーに聞いた。

ntv_inoue_W_edited.jpg日本テレビ 井上幸昌チーフプロデューサー

きっかけは報道のブランディング
 Q:どのような経緯でファクトチェックに取り組むように?
 2022年、最初にファクトチェックを始めたときに意識していたのは『news zero』のブランディングだった。当時、報道局長が年末のニュース解説でウクライナのゼレンスキー大統領の投降を呼びかける偽動画のことに触れていたことにも象徴されるが、情報の正確性に対する疑問が多くなる中で、報道の価値を見直す動きの一環としてファクトチェックを位置づけていた。
 『news zero』の当時のコンセプトは、ニュースをひと事でなく自分ごととして受けとめ、誰かのために行動したくなる、ということ。その前提として、真偽を見極める力をつけてもらおうという趣旨でファクトチェックを始めた。
 メディア不信が強まる中で、今はどの放送局も調査報道に力を入れているが、その調査報道のなかの一つのカテゴリーがファクトチェックだともいえる。
 その後、さまざまなファクトチェックを特集した番組『THEファクトチェック』を制作したのだが、その際に最も重視していたのは、取材過程を見せること。「カキの殻に口をつけなければ、鮮度の良くないカキでも当たらない(食中毒にならない)」という言説を対象にしたコーナーでは、Vで取材の過程を見せながら、「ミスリード」という結論につなげていく。その取材(=検証)のプロセスを見せることに意味がある。
 この番組は、日曜の14時台としては年間最高視聴率を取ることができた。
 (ファクトチェック団体「ファクトチェック・イニシアティブ」が選んだ「ファクトチェックアワード2023」の優秀賞にも選ばれた)

実施していくうえでの課題
Q:実際にファクトチェックを進めていく上で課題と感じていることは?
 課題の一つは、取材に時間がかかること。真偽の検証をするうえで欠かせない慎重な取材と突っ込んだ議論が続き、政治部や社会部とも相談しながらファクトを確認していく作業は、かなり労力がかかる。
 もう一つは、ネタ選び。これはデスクの力量による。通常のニュースの業務もある中で、専従でファクトチェックをやり続ける難しさがある。どう見せるかも含めて考えると、通常の取材より一つ先の発想が必要で、これは時間とのたたかいでもある。加えて、制作体制も十分とはいえない。だからといって、ファクトチェックをやりやすいものからネタを選んでしまうと偏りが生じるので、そうならないように気をつけている。

 伝え方の課題としては、ファクトチェックの判定結果を伝える際の7段階のラベリング。「難しくて、ついていけない」という反応があった。視聴者としては、ストレートに情報の真偽の中身を見たいのであって、細かい区分を知りたいわけではない。入り口は「うそか本当か」という分かりやすい導入にする必要があるし、判定結果も2023年9月の特番では、より分かりやすい5段階にした。

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2023年9月24日放送 日本テレビ 『藤井貴彦のザ・ファクトチェック』
 ファクトチェックを真正面から扱った意欲的な番組として注目される。2022年11月に放送した前作から検証結果を分かりやすい5段階にあらためたほか、演出面での工夫をさらに加えスタジオのゲストに検証結果を予想させるクイズ的な要素も盛り込むなど、視聴者を常に飽きさせない知的エンターテインメントとして番組を展開。受け手の関心を強く引きつけつつ、なぜ今ファクトチェックが必要なのか、情報リテラシーの啓もう効果も意識した内容だった。
 中国メディアが報じた「福島第一原発の処理水が放出から240日で中国近海に到達する」という内容を専門家の分析をまじえて検証し、トリチウム拡散のシミューション自体は正しいが、実は検出できないほどのごく低濃度である事実を伝えていないミスリードで、不正確と判定した。海外とはいえ、報道機関が他のマスメディアの報道内容を検証するという新たな領域に踏み込んだ点も特筆される。

マスメディアがファクトチェックすることの意味
Q:報道機関としてのマスメディアがファクトチェックを行うことの意義をどう捉える?
 いわゆる裏を取る作業は、普通のニュースとたがわず難しい。直近の番組で扱った「路上販売の桃は窃盗品」というSNSの投稿についても、YouTuberが「窃盗品」と決めつけるような発信をしていたケースもあったが、取材したら、実はそうじゃない(規格外の桃を正規に仕入れていた)というところに行き着いた。それを伝えることで、「そうか、絶対盗んでいると思っていた」という見方が変わると、他の情報に対する見方も変わってくるのではないか。報道機関としてやるべきことは、情報があふれる社会だからこそ、情報リテラシーの高いプロとして情報発信すること、本物の情報を見つける目を養ってもらうきっかけを提供することだと考える。ある意味、いろんなバイアスを取り除こうという社会的な流れの一つとしても考えられるかもしれない。

今後の課題
Q:今後の課題としては、どのようなことが挙げられるか?
 視聴者のニーズが僕らの出発点であるので、ファクトチェックを行うことにニーズがあるのか、というのが絶えずつきまとう。何があったのか、今何が起きているのを伝えるのが報道機関のあるべき姿だから、そこになるべく多くのリソースを割いて通常のニュースをきちんと伝えることで、視聴者に価値のある情報を伝えていく。そのなかで、真偽不明の情報があふれている社会の現状に何か一矢報いるみたいなファクトチェックの作業も報道の役割の一つとして必要かなと思う。でもそれは、あくまでも報道機関の一番の使命であるニュースを伝える責任を果たしたうえでのこと。
 僕らが真実を追い求める報道機関としての仕事をして、そこからこぼれたところをファクトチェック団体が検証していくという、ある意味、いいすみ分けができているかなと思う。
 将来的には、ファクトチェックを恒常的に行うなど次の段階に踏み出すことを考えたいが、その際にはファクトチェック団体との連携も考えなければと思っている。全部自分たちでファクトチェックをしていくとなるとやり切れないので、しっかりとしたファクトチェック団体と連携できたらと思っている。もちろん放送するものは、自分たちできちんと裏を取らないといけないが、ファクトチェック団体との連携は、ファクトチェック文化の定着にも結びつく可能性がある。

 一方、NHKでも、SNSなどで広がる偽情報への対策とマスメディアへの信頼回復を意識してフェイク対策に力を入れている。ネットワーク報道部の籔内潤也デスクに聞いた。

nhk_yabuuchi_W_edited.jpgNHKネットワーク報道部 籔内潤也デスク

震災・原発事故と新型コロナから学んだ教訓
Q: どのような思いや意識でファクトチェックに取り組んでいるのか?
 東日本大震災と原発事故のときには、SNSで身近で有益な情報が共有された一方、避難や放射線の影響などに関してさまざまな偽情報、根拠のない情報が広がった。当時も取材・制作現場では確認された情報を出すようにしていたが、それだけでは十分に偽情報に対処できず、広がる偽情報に翻弄される人々の姿を見てきた。
 また、ここ数年のコロナ禍においても新型コロナウイルスの病原性や対策、特にワクチンについて、明らかに誤った情報がSNSで広まり、コロナを見くびったり、ワクチンを忌避したりして重篤化したケースも多く見聞きしてきた。
 こうした経験から、報道機関が当初確認した情報を出すだけでなく、SNSなどで出回っている情報にも向き合う必要があり、フェイク対策を行うことで、生命財産への被害や社会の断絶を防ぎたいと考えている。
 また、SNSで多種多様な情報が出されるなかで、テレビや新聞などのマスメディア以外でも有用な情報が増えている。その一方で、マスメディアへの批判も目につくようになっていて、マスメディアへの信頼が揺らいでいる。SNSで拡散される情報の洪水の中で、民主主義の基本である事実や正しい情報に基づいて判断することがゆがめられていることも感じている。 
 そうした中にあって私たちとしても、情報の正確さ・深さを示しながら、フェイク対策を行うことで、「NHKを見ればどう判断するべきかが分かる」といった頼りにされる存在となり、メディアの信頼回復を進めたいと考えている。

手応えの一方で難しさも
Q: 実際にやってみて、手応えを感じた点、難しさを感じた点は?
 例えば「福島第一原発から放出される処理水に含まれるトリチウムは生物の体内で濃縮される」という、SNSで広がっている言説について検証したときは多くの反応があり、そのほとんどが『分からないことに分かりやすく答えてくれた』という反応だった。「どこまで分かっているのか、どこからは分かっていないのか」について正確な情報を出すことで、誤った情報を打ち消すことに役立ったと感じている。

20230909news_web.png2023年9月9日付け NHK『NEW SWEB』より

 また、真偽不明の情報は、不安があるとき、分からないことがあるときに広がるが、フェイク対策を行うことはそのような不安の解消にも役立つという手応えを感じた。
 フェイク情報が数多くあるなかで、検証する対象を選ぶことは難しく、試行錯誤しながら進めている。一般の人の関心を測りながら進めることが難しいと感じている。
 またNHKが偽情報だと伝えることで、かえって拡散してしまうのではという指摘を受けることもある。そうならないよう、すでに広がっている、または広がりつつある偽情報をチェックの対象にするように心がけているが、その判断は難しいのが現状だ。

 もう一つの課題は、フェイク情報の検証にあたる記者に求められる発想の転換だ。記者たちはこれまで自ら取材し事実と確認した情報をもとに記事を書いてきたが、フェイク対策ではすでに公開されている誤った情報をただすという仕事になり、対象の選び方や取材方法、記事の書き方まで、これまでと発想を変える必要がある。しかし、その必要性がまだ多くの記者には理解されておらず、理解の増進が課題だと感じている。

今後目指すべき姿とは
Q: 今後の方針・戦略は?
 NHKでは、イギリスのBBCなどとともに偽情報対策や信頼されるニュースに向けた取り組みを行うTNI(Trusted News Initiative)というメディアなどの連絡組織に加わっている。このネットワークを生かして海外での先進事例を学ぶとともに、NHKの取り組みも発信するなど、連携を強化していきたいと考えている。これまでにも「トルコ・シリア大地震で『津波が発生』『原発が爆発』などの偽情報が拡散」「リビア洪水で偽情報が拡散 SNSには日本の熱海の映像」といったニュースについて、ネットワークを生かして世界に向けてアラートを発信した。

20230207news_web.png2023年2月7日付け NHK『NEWS WEB』より

 どのような場合にNHKのニュースや番組でフェイク情報について取り上げるのか、偽情報・誤情報対策のガイドラインを作成し、基準を示すことを予定している。
 フェイク対策にNHKがニュースで本格的に取り組み始めてから日が浅いこともあり、記事の本数はまだ限られている。意識を浸透させて、本数を増やすとともに、ニュースだけでなく番組とも連携して対策を進めたいと考えている。
 一方で、ファクトチェック団体などが行っているような事実検証結果のラベル付けについては、私たちが「誤り」などとラベル付けして明確に示すことに「上から目線ではないか」と捉えられる懸念があり、信頼性を高めるために行うフェイク対策の目的に合致しない可能性があると考えている。自分たちで独自に検証した内容を放送のコンテンツとして発信することには、私たちの取材や制作についての透明性・信頼性が高まるメリットがあるという実感もある。

ファクトチェックにおけるマスメディアの役割
Q: マスメディアがファクトチェックを行うことの意義と課題は?
 デジタル時代で誰でも情報が発信できるようになっている中で、検証されていない情報があふれている。受け取る側は判断の基準を持たないこともあるので、マスメディアがファクトチェックを含むフェイク対策を行うことで、「信頼に足るメディア」、もしくは「情報の参照点」として生かしてもらえるようになるべきだと考えている。
 一方で、マスメディア側が間違った情報を出してしまった場合にはすみやかに訂正し、自己の報道内容を検証することも重要で、こうした取り組みを通じて、情報空間の健全性を担保することに役立っていきたい。

 これまでの歴史で培ってきた一定の信頼性と拡散力があるマスメディアがファクトチェックを行うことには、偽情報の拡散防止に一定の効果があると思う。
 一方でマスコミの出す情報を信じない、いわゆる「アンチマスコミ」ともいえる層に、どのように情報を届けるかは難しい課題だ。ただ、そうした層から影響を受ける、いわば「中間層」の人たちに正しい情報を届けるには、マスメディアによる発信は効果があると考えている。
 その一方で、フェイク対策やファクトチェックを記者が専従で行う体制にはなっておらず、通常の取材出稿業務を抱えているなかで、並行してフェイク対策にどれだけの労力をかけられるのかが課題となっている。


【あわせて読みたい】

2023年12月08日 新聞・テレビ各社の「ファクトチェック」実施状況アンケート【研究員の視点】#515
2023年12月15日 国内メディアによる「ファクトチェック」①(新聞)【研究員の視点】#517