文研ブログ

2020年4月

メディアの動き 2020年04月23日 (木)

#246 『パンデミック』×『インフォデミック』に立ち向かう『連携』~世界の動きから

メディア研究部(海外メディア研究)青木 紀美子

イギリスやオランダで4月、携帯電話の通信施設が放火される事件が相次ぎました。新型コロナウイルスの感染拡大を5G通信サービスの開始と結びつける科学的根拠のない流説の広がりと重なっておきたことから、関連が疑われています。これについて英NHS(国民保健サービス)の主席医務官は最も悪質な類の偽情報だと非難し、この危機への対応に不可欠なインフラが攻撃されたことに憤りを表明しました。真偽の見分けを困難にして恐怖や混乱を引き起こす情報の氾濫『インフォデミック』は、感染症の世界的な大流行『パンデミック』の危機を深め、有効な対応を脅かしています。

インフォデミックという表現はinformation(情報)epidemic(伝染病)2つの言葉を組み合わせたものです。デジタル化による情報通信環境の急激な変化とSARS(重症急性呼吸器症候群)の発生が重なった2003年から頻繁に使われるようになりました(1)。新型コロナウイルスの感染拡大を受けてWHO・世界保健機関は2月、パンデミックを宣言する前にインフォデミックの危険性について警告を発し、とりわけ予防策と治療方法に関わる流言が多く有害であるとして、24時間体制で監視し、対応する方針を示しました(2)

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 「5G携帯のネットワークは新型コロナウイルスの感染拡大と関係ありません」(訳は筆者)  *WHO Myth bustersウェブサイト(3)から

 アメリカのポインター研究所を拠点とするIFCN(国際ファクトチェックネットワーク)は1月下旬に国際的なファクトチェック連携を発足させました(4)。 4月までに70を超える国や地域の100近いメディアや非営利組織が参加する連携に発展し、ハッシュタグの#CoronaVirusFactsと#DatosCoronaVirusなどを使って40以上の言語で発信しています。2か月あまりで3500件の検証を行い、キーワードなどで検索できるデータベースも作成しました(5)。 こうした情報検証の連携は、日本のFIJ(ファクトチェック・イニシアティブ)やブラジルのComprovaのように国単位や、中南米や北欧など地域単位のものもあり、その情報が世界的に共有されるという幾層にもわたるネットワークになっています。
インフォデミックに対応するために『連携』が効果的な理由はいくつかあります。1つは拡散される情報の量、種類の多さ、複雑さです。未知の部分が多い新型ウイルスの感染拡大では、確かな情報が少ないだけに偽情報が駆け巡りやすく、また、科学的な調査研究から予防策や経済政策まで幅広い分野で刻々と新たな動きがある中では、意図的な情報操作や誤った情報の発信もおきやすくなっています。限られた人数で速やかに情報を検証していくためには、同じ作業を重複して行うよりも、それぞれが得意分野の知識や人脈を生かし、分担する方が効率的で、その検証結果を多様なニュース媒体が承認し、取り上げ、広めることは検証結果への信頼も高めると考えるメディアが増えています。

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 もう一つの理由は、誤・偽情報の伝播力です。これに対抗して幅広い層に正しい情報を届けるためには、業種の垣根を越えて連携し、多様な媒体で発信することが欠かせません。ここでは市民との連携も力を発揮します。IFCNのクリスティーナ・タルダーギラさんは「怪しい情報を見たら、これを打ち消す検証済みの事実やファクトチェック記事のURLを共有するだけでもいい」と述べ、市民の協力を呼びかけています。また、ソーシャルメディアのWhatsAppなどでは外からは見えない個人どうしの通信や、個別のグループ内での情報共有で、誤・偽情報の拡散が起きています。検証が必要な怪しい情報があるという一報を市民がメディアやファクトチェック組織に伝えることも正しい情報の共有につながる第一歩です。

アメリカのように政治的な分断が深刻な社会では、効率が悪くても複数のメディアや組織が個別にファクトチェックを行い、同じ結論であっても個別に発信した方が、広く説得力を持つという考え方もあります。それでも基礎情報のデータベース、知識やスキルの共有で連携することはできます。今回のパンデミック取材では科学や医療を取材した経験があまりない記者が加わっていることもあり、研究機関や非営利組織が科学的な知見やデータの扱いなどのノウハウで支援する例も増え、国際的にもメディアどうしだけでなく、医師や科学者、IT技術者など専門家との連携が広がっています(6)

 ジャーナリズムの連携が、アメリカではメディアの危機を背景に広がっていることを2019年7月の「放送研究と調査」で報告しました。いま未知のウイルスの感染拡大という新たな危機を背景に、すでに発足している連携のネットワークや発足に向けて準備をしてきた連携プロジェクト、そして新たな連携が力を発揮しようとしています。今回は「パンデミック×インフォデミック」に立ち向かう連携についてお伝えしました。それ以外の連携の試みについても、このブログで報告していきます。


(1) https://www.wsj.com/articles/infodemic-when-unreliable-information-spreads-far-and-wide-11583430244
(2) https://www.who.int/docs/default-source/coronaviruse/situation-reports/20200202-sitrep-13-ncov-v3.pdf?sfvrsn=195f4010_6
(3) https://www.who.int/emergencies/diseases/novel-coronavirus-2019/advice-for-public/myth-busters
(4) https://www.poynter.org/coronavirusfactsalliance/
(5) https://www.poynter.org/ifcn-covid-19-misinformation/
(6) https://firstdraftnews.org/long-form-article/coronavirus-resources-for-reporters/
     https://www.icfj.org/our-work/covering-covid-19-resources-journalists
     https://www.sciline.org/covid など

メディアの動き 2020年04月10日 (金)

#245 「八日目の蝉(せみ)」に肖像権を思う

メディア研究部(メディア動向)大髙 崇

角田光代さんの小説『八日目の蝉』は、映画やドラマにもなり、ご存じの方も多いと思います。私も、2010年放送のNHKドラマ10を観てすっかりハマった一人です。
檀れいさん扮する主人公・希和子は、妻子のいる丈博との不倫関係に陥っていました。そしてなんと、衝動的に丈博の生後間もない娘を誘拐。希和子は娘を「薫」と名付け、偽りの「母子」として逃亡生活に入ります。

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やがて小豆島にたどり着いた二人。本当の親子のような愛情を深め、ようやく暮らしも落ち着き始めました。が、その矢先、希和子は警察に逮捕されるのです。

希和子と薫が小豆島にいることがなぜ発覚したのか。
それは、島の祭りに参加した二人を撮影した写真が新聞の全国紙に掲載されたためでした。
写真は、仲睦まじい母子の姿を通して祭りの雰囲気を伝えるもので、希和子の居場所を暴露するために撮られたわけではありません。もちろん希和子の過去など知る由もないカメラマンは、逮捕の知らせにさぞ驚いたことでしょう。
ちなみに、希和子は撮影されたことに気づかず、カメラマンも撮影の承諾を取っていません。祭りの場は大勢の島民で賑わっていましたから無理からぬことです。

イベントの楽しい様子をテレビで報道する際、参加者の「いい表情」は欠かせません。
とはいえ、被写体となった方々それぞれの「事情」は撮影する側にはわかりません。お一人ずつ承諾を取れればいいのですが、人が多ければそうもいかないのが現実です。
では、「事情」のある人や「出たくない」と思う人がいるかもしれない、ということで、参加者の顔は全員モザイク(顔消し)をするか、首から下だけ撮るか、後ろ姿だけにすると・・・
なんだか「怪しげな集まり」になってしまいます。「参加した皆さんは喜んでいる様子でした」とナレーションで補足したところで、余計に嘘くさくなってしまうでしょう。

ああ、肖像権。
テレビの「顔消し」はどこまで必要か。みなさんはどう思いますか?

これまで放送した番組をもっとたくさんの人に観てもらいたい。そのためには肖像権の問題と向き合う必要がある。そうした思いで、以前のブログでも紹介した「肖像権ガイドライン(案)」をもとに研究した論文を放送研究と調査3月号に掲載しています。
ぜひご一読いただき、一緒にこの問題を考えてみてください!


メディアの動き 2020年04月03日 (金)

#244 情報が氾濫する時代の「信頼とつながり」を考える

メディア研究部(海外メディア)青木紀美子

新型コロナウィルスの感染が拡大し、各国で外出の自粛要請や禁止令が出る中、需給に問題はないトイレットペーパーが売り切れるという現象が起きました。一時的ながら食料品が棚から消えた国もありました。多くの人が十分にあるはずのものまで買いだめをしてしまう背景には、情報が十分にない、わかりにくい、信頼できないといった不安や疑問、疑念が見え隠れします。「不要不急の集まりは避けて」「外出も自粛を」という呼びかけの受け止め方も大きく分かれました。個別の事情とは別に、リスクのレベル、感染予防策の必要性や有効性などについて、さまざまな情報があり、共通の理解ができていないという問題がうかがえます。

誰もが情報を発信できる時代、情報はあふれているのに、必要な情報を見つけるのが難しい「ニュースのジャングル」状態は今に始まったことではありません。選択肢が限りなくある中で、それぞれが自分の信じたいことを信じ、社会が事実を共有できなくなるという問題も繰り返し指摘されてきました。しかし、未知の部分が多い新型ウィルスの感染拡大で、信頼できる情報を社会が共有することがこれまで以上に重要になり、大量に錯綜する複雑な情報を検証、整理し、意味づけ、何がどこまでわかっているのか、わかっていないのか、それはなぜなのか、背景も含めて説明する役割がメディアに求められています。

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では人々はどのような情報を必要としているのか?発信した情報は理解されているのか?どのような表現や手段で届けるのが効果的なのか?必要とする人の手元に届いているのか?それを知るためには、発信するだけの一方向ではないコミュニケーションが欠かせません。双方向に情報が行き来し、学びがある対話、さらには発信内容や発信方法をともにかたちづくる関係、エンゲージメントが、メディアと市民との間に必要になります。

こうした市民とのエンゲージメントに重点を置くジャーナリズム「Engaged Journalism」の考え方は、今の時代に求められるメディアの役割やありようを考える上で参考になるところがあるように思います。信頼は双方向、メディアを信頼してもらうためには、メディアが市民を信頼して耳を傾けることから始めようという取り組みです。

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エンゲージメントに重点を置くということは、取材から発信までの報道のプロセスを説明し、さまざまな段階に市民と接点を設け、その知見を取り入れることでもあります。

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「放送調査と研究」3月号では、アメリカ、ヨーロッパ、そして日本でも始まっているエンゲージメントを柱とするジャーナリズムの考え方、実践例を報告しています。