文研ブログ

2021年10月

調査あれこれ 2021年10月21日 (木)

#346 年代によって異なる関心ジャンルの傾向 ~「全国メディア意識世論調査・2020」の結果から~

世論調査部(視聴者調査) 内堀諒太


211025.png文研では、2020年10月から12月にかけて、人々のメディア行動や意識をたずねる新調査「全国メディア意識世論調査」を実施しました。
(調査結果の詳細は、「放送研究と調査」9月号「多メディア時代における人々のメディア利用と意識」で報告しています。)


このブログでは、その調査の中から、テレビ番組やインターネット動画の“関心ジャンル” についてたずねた質問の結果をご紹介します。


調査では、テレビやインターネット動画で視聴するジャンルをたずねることに先駆けて、ご覧の17のジャンルの中から関心のあるものをいくつでも選んでもらいました。
皆さんの関心のあるジャンルはいくつあるでしょうか。



今回は便宜的に若年層(16~29歳)・中年層(30~59歳)・高年層(60歳以上)の3つの年層に分けたグラフにしています。


皆さんはピンク色で囲ったジャンルと水色で囲ったジャンルの違いにお気づきでしょうか。



ピンク色で囲ったジャンルは「政治・経済・社会」「天気予報」「旅行・街歩き」「ドキュメンタリー・教養」です。これらは年齢が上の年層ほど関心を持つ人の割合が高くなっています。


一方、水色で囲ったジャンル「音楽」「芸能人・アイドル」「アニメ」「ゲーム配信・実況」は若い年層ほど関心を持つ人の割合が高くなっていました。





この調査とほぼ同時期に、20代の男女を対象にインタビューを行いました。そこでテレビ番組やインターネット動画の視聴について聞いてみても、実際に「Instagramの通知で、気になる芸能人がYouTube配信を始めたことを知って見ることにした」「HuluやTVerで好きなアニメの最新話を探して見る」「見たいテレビ番組がないときはYouTubeでゲーム実況の動画を見る」などの声がありました。

「放送研究と調査」9月号では、これらのジャンルをそれぞれどんな視聴方法で見ているかについてもご紹介しているほか、メディアごとの利用実態や効用比較も掲載しています。ぜひ、ご一読ください。


メディアの動き 2021年10月19日 (火)

#345 あなたの声が選挙報道を変える ~『市民アジェンダ』の報道が持つ可能性

メディア研究部(海外メディア) 青木紀美子


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あなたの「声」で社会が変わる。

これは西日本新聞社「あなたの特命取材班(あな特)」のキャッチフレーズです1)。「あな特」は市民から寄せられた疑問や困りごとを記者が取材する「ジャーナリズム・オン・デマンド(JOD)」のプロジェクトとして2018年に始まり、地方紙を中心に各地のメディアがパートナーとして参加するJODのネットワークを全国に広げてきました。その力を示す連携報道が、2021年度の新聞協会賞を受賞しました。JODのパートナーである中日新聞社と西日本新聞社が、愛知県知事のリコール署名が佐賀県内で組織的に大量偽造されていたことを明らかにしたスクープでした。

取材のきっかけは市民からの「あな特」によせられたメッセージで、これを裏付ける具体的な証言も「あな特」取材班とLINEでつながる「通信員」から得られたといいます2)。新聞協会賞の受賞作品紹介には「民主主義の根幹を揺るがす重大な事実を、発行地域が異なる両紙が見事に連携してあぶり出した調査報道」とあります3)。「あな特」への言及はありませんが、今回の特報は、両社の取材力の賜物であると同時に、西日本新聞社が「あな特」を通して育んできた市民との信頼関係が持つ力、またJODのネットワークを通して、全国のJOD取材班とつながる市民が各地のジャーナリストとともに民主主義を見守るパートナーシップの可能性を示すものでもあります。

「あなたの声が選挙報道を変える」

2020年に行われた大統領選挙や地方選挙で、アメリカでは多くのメディアが、政党の戦略や政治家の主張、専門家が挙げる争点ではなく、市民が関心をよせる課題を出発点にした「市民アジェンダの選挙報道」にチャレンジしました。西日本新聞社が始めた「あな特」のJODとも重なる、市民の声に耳を傾けることから始まるエンゲージド・ジャーナリズムの試みの1つです。

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アメリカ中西部シカゴの公共ラジオWBEZは、この「市民アジェンダの選挙報道」のために声を寄せてほしいと市民に広く呼びかけるとともに、特にコロナ禍で大きな影響を受けた人たちの声を重視し、影響が大きかった人々のもとに足を運び、意見を寄せてほしいと働きかける「アウトリーチ」に力を入れました。健康影響と経済影響を考慮し、データをもとに人口比で△死者が多かった地区、△感染者が多かった地区、△初めて失業した人が多かった地区を特定し、その地域の住民が集まるイベントなどに参加し、聞き取り調査を行いました。


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アウトリーチの中心になったWBEZのエンゲージメント担当のプロデューサーのキャサリン・ナガサワさんは、住民にプロジェクトのねらいを説明し、話をしながら関心事を探り、その中から有権者が地域の政治家に取り上げてほしい、解決に力を入れてほしいと思う課題は何かを汲み取る努力も重ねました。また、地域で活動する市民グループや他の言語のメディアとも連携し、英語だけでなく、スペイン語、ベトナム語、中国語を含め4つの言語で質問や意見を受け付けた結果、オンラインと対面の聞き取りをあわせて2200件以上の声を集めました。


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質問が多かった期日前投票の仕組みや医療格差の問題などについては特集記事を出し、より広いテーマとして、△コロナ対策、△医療へのアクセス、△地域への投資、△治安と刑事司法改革など5つの課題を抽出し、取材の重点に掲げ、選挙戦中、そして選挙後にも地域の政治家に問うことを約束しました4)


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こうした「市民アジェンダ」に沿った発信は、選挙後も続けました。また、コロナ禍の影響が大きかった3つの地区では、住民から集めた質問を地元の政治家にぶつける公聴会型のオンラインイベントも開催しました。地域の住民から信頼されるネットワークや組織の協力を得たほか、多様な背景を持つ住民に配慮し、アラビア語、スペイン語、ロヒンギャ語の通訳もつけ、イベント1回あたり平均で5000人近くが視聴したということです。


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あなたの声が政治報道を変える

WBEZは、有権者の関心が高い課題について、有権者自身が政治家や行政担当者に直接、質問や意見を投げかけることもできるよう、課題ごとに予算や政策決定権限を持つ地元の政治家を一覧にし、その連絡先、政策や実績、それに対する市民グループなどの意見、さらに世論の動向などを説明する記事のリンクを1か所にまとめたページもつくりました5)。自分の住所を入力することで地元の政治家の情報を検索できるようにもなっています。意見や要望を伝えたくてもどうしたらよいか分からないといった有権者の声に耳を傾け、「ニュース記事とはこうあるもの」という定型に縛られない形で、市民が活用できるツールを提供しました。

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211018-88.JPGWBEZのエンゲージメント担当プロデューサーとして「市民アジェンダ」のとりまとめの中心になったキャサリン・ナガサワさんは、このように市民の声を取り込んで発信内容をかたちづくることは、市民とジャーナリストの距離を縮め、また、多様な人々が持つより幅広い経験にもとづく疑問や意見、解決策などのアイディアで、人数も経験も限られるジャーナリストの視野を広げ、発信内容をより豊かにするものだと話しています。



211018-99.JPGWBEZ政治・行政担当デスクのアレックス・キーフさんは、一連の取材を通して「市民は自分たちの声を聴いてほしいと切実に願っていることを実感した」と言います。長年の経験から、政治ニュースがともすると政治インサイダー情報のようになりかねないことを意識し、わかりやすく説明する努力はしてきたものの、コロナ禍を機に、市民の関心に応え、市民が暮らしの中で生かせる発信の必要性に目が開かれる思いをしたと言います。


あなたとともに報道を変える

選挙報道の出発点として市民の声に耳を傾けたWBEZの試みは、市民が選挙報道にとどまらず、政治報道、さらにはより広い報道のアジェンダ設定にも貢献できること、また、民主主義が機能しているかを市民とジャーナリストのパートナーシップで暮らしに身近なところから見守る可能性があることを示唆しています。西日本新聞社の「あな特」とJODにも重なり、情報があふれる中での埋没、多様な視点の欠如、信頼の低下など、メディアが直面する危機に、どう向き合い、どう報道のありようを見直していくか、人々の声に耳を澄ましながら見極めていく実験でもあります。

こうしたエンゲージド・ジャーナリズムの実践や実績について、文研では「放送研究と調査」で報告したほか、早稲田大学次世代ジャーナリズム・メディア研究所とオンライン講座を共催しています。今回ご紹介した内容は、第1回講座6)のゲストスピーカーとしてキャサリン・ナガサワさんが話をした内容とプレゼンテーションにもとづくものです。

講座の第2回は10月23日(土)、ゲストにはWBEZの名物番組『Curious City』の初代プロデューサーで、その成功を機にメディアのエンゲージメントを支援するビジネスHearkenを起業したジェニファー・ブランデルさんを予定しています7)


1) あなたの特命取材班 (西日本新聞社)
https://anatoku.jp/

2) 「リコール署名偽造」あな特投稿が端緒 地域との信頼関係の成果(西日本新聞社)
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/812147/

3) 署名大量偽造 連携し特報(新聞協会賞2021年度受賞作)
https://www.pressnet.or.jp/journalism/award/2021/index_2.html

4) You Told Us What You Care About This Election Season. Here’s How We’ll Report On It(WBEZ)
https://www.wbez.org/stories/wbez-ca-2020/23b8de3d-cf5e-4cc0-978b-dbf797ad1991

5) Whose Job Is It Anyway? Your Field Guide To Local Government In Chicago(WBEZ)
https://www.wbez.org/stories/whose-job-is-it-anyway-your-field-guide-to-local-government/18c4d2cd-b8b9-4744-9a2f-fb67cf73f84c

6) 次世代ジャーナリズム・メディア研究所:NHK放送文化研究所共催 オンライン連続講座 「市民とともにつくるエンゲージド・ジャーナリズム」第1回
https://www.waseda.jp/inst/cro/news/2021/06/29/6233/

7) 次世代ジャーナリズム・メディア研究所:NHK放送文化研究所共催 オンライン連続講座 「市民とともにつくるエンゲージド・ジャーナリズム」第2回
https://www.waseda.jp/inst/cro/news/2021/10/15/7271/


メディアの動き 2021年10月12日 (火)

#344 衆院選 最新の民意の行方は?~必要なのは政治の緊張感~

放送文化研究所 島田敏男

 

 10月4日に召集された臨時国会の冒頭、衆参両院で行われた総理大臣指名選挙で自民党新総裁の岸田文雄氏が第100代の内閣総理大臣に選ばれました。明治憲法の下での第1代伊藤博文から数えて第100代。これは記念すべき節目なのですが、第100代総理はそう長くは続かない運命にあります。

 なぜならば、衆議院議員の任期が満了になる10月21日直前の総理大臣選びだったので、憲法の定めに従って、衆院選後30日以内に開かれる特別国会で改めて総理大臣選びをするのです。岸田総理は10月14日の衆議院解散を選択し、19日公示、10月31日投開票の日程を組み立てましたが、選挙後の特別国会で改めて総理大臣選びをするのは同様です。

 そこで選ばれる総理大臣は第101代になります。従って第100代は2か月足らずでおしまい。仮に岸田氏が選挙で与党の多数を維持し、特別国会で再び選ばれれば、最新の民意に基づく第101代総理大臣ということになります。

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 岸田氏は「新しい民意の信任を得て国政にあたりたい」と語り、立憲民主党の枝野代表や共産党の志位委員長は、これを阻止しようと政権交代を訴え、4年ぶりの衆院選が繰り広げられます。

 そこで10月のNHK世論調査です。岸田内閣が発足して最初の調査で、10月8日から10日にかけて行われました。

☆岸田内閣を「支持する」49%で、「支持しない」24%でした。菅内閣最後の9月調査と比べると「支持する」+19ポイント、「支持しない」-26ポイントで、はっきりと上向きました。

 ただ、この内閣発足後最初の支持率を、データのある1998年の小渕内閣以降で比べてみると、岸田内閣の49%は発足の時点で30%台だった小渕内閣、森内閣を上回っていますけれども、48%だった麻生内閣と同じ程度です。小泉内閣の81%、民主党・鳩山内閣の72%には遠く及びません。

 手堅いけれども飛びぬけた勢いは感じられないといったところです。

☆一方、政党支持率はどうか?自民党が9月の37.6%から41.2%に上向き、立憲民主党が5.5%から6.1%にやや上向き。無党派層の全体に占める割合が40.2%から36.1%に下がり、その分が各党への支持に向かっています。

☆では、有権者は衆院選にどう臨もうとしているのでしょう?あなたは与党と野党の議席がどのようになればよいと思いますかと聞いた結果です。

 「与党の議席が増えた方がよい」25%、「野党の議席が増えた方がよい」28%、「どちらともいえない」41%となっています。 

   9月調査と比べると与党の推しは3ポイント増、野党の推しは2ポイント増で、その分「どちらともいえない」が6ポイント減っています。

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 今後、この数字がどう変化してくるかが選挙結果を探るポイントになりそうです。岸田総理の所信表明演説と、それに対する衆参両院での代表質問の中で、野党側は「自民党総裁選で岸田氏が掲げていた改革の具体策が、所信表明ではいくつも消えていた」と批判しました。

 総裁選で岸田氏は国民への成長と分配の好循環を実現するために、金融所得の多い富裕層を対象にした課税の見直しを掲げていましたが、所信表明には盛り込まれませんでした。こうした点を有権者が投票日までの論戦を通じてどう受け止めるか。最新の民意の行方を方向付ける上で、焦点になりそうです。

 短期決戦を前にして予測報道が様々出始めました。しかし選挙結果というものは流動的です。国民にとって一番大切なことは、衆院選の結果がどうあれ、選挙で示された最新の民意を謙虚に受け止め、その後の国会で、どこまで中身の濃い論戦が交わされるかです。

 安倍・菅政権では、ともすれば国会での論戦を軽視する政府・与党の姿勢が垣間見え、「数は力なり」がまかり通っている観がありました。特にコロナウイルスに翻弄されてからは先々を見据えた議論が尽くされたとはいえず、社会保障にしても安全保障にしても踏み込み不足が続きました。

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 来年7月には参議院議員の半数が6年間の任期満了を迎え、3年おきの参議院選挙が行われます。10月31日の衆院選から来年夏の参院選までの「選挙の1年」。国民にとっては、衆参両院であらゆる政策課題について政府・与野党が論戦を深める「熟議の1年」になってくれなければ困ります。

 日本社会の人口減少と高齢化が進み、隣国中国はアメリカをしのぐ超大国をめざし、ひたすら突き進んでいるように見えます。これを日本の政治はどう乗り越えていくのか。国民に対し将来に向けた判断材料を示すことが、国会に議席を持つ人たちの大きな責務に他なりません。

 国会論戦は言葉によって相手を打ち負かすだけでなく、言葉によって共通点を浮かび上がらせ、幅広い国民の理解と納得を形成する作業でもあります。

 そこには政治の緊張感が必要です。私たちは責任ある有権者として、選挙結果を背にした国会論戦の緊張感と、それがもたらす政治的果実にしっかり目を向けて行きましょう。