文研ブログ

文研フォーラム 2022年02月09日 (水)

#365 転換点を迎えた私たちの生活とメディア ~「国民生活時間調査 2020」から~

世論調査部(視聴者調査) 渡辺洋子


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我が家には、小学生の娘がいます。

休日の朝は、起きるとまず、リモコンを手にテレビのスイッチを入れます。
そして、ぼーっとソファーに寝ころびながら見ているのは、テレビ画面に映し出されたYouTube。

そんな娘の姿を眺め、どこかで見た光景だなぁと考えていて、
思い出したのは、20年近く前の弟の姿です。

休日に、昼頃起きて、まずリモコンを手にとります。
そしてソファーに寝ころび、見るのは、録画しておいたテレビのバラエティー番組。

YouTube動画とテレビ番組
見ているものは異なりますが、一連の動きはそっくりです。

メディア環境やデバイスの進化は大きいですが、
メディア利用の根底にある気持ちや行動は案外変わらないんだなと感じました。


NHK文研フォーラムプログラムF(3/4(金)13時~)では、
「国民生活時間調査」をはじめ、文研世論調査部が実施した最新の調査データから、
この25年の生活行動やメディア利用の変化やその背景について、
長年、メディアに関わる調査に関わってきた平田研究員と私(渡辺)が解説します。

現在、そして今後のメディア利用を考えるヒントとなるよう、
追加取材やインタビューも行っています。
さらに、今回のフォーラムで、初めてご紹介する調査データも!

いま、まさに準備中です。ぜひご参加ください。



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文研フォーラム 2022年02月08日 (火)

#364 これからのメディアと、メディア研究を考える~文研75周年記念シンポジウム~

メディア研究部(番組研究) 宇治橋祐之


 NHK放送文化研究所(文研)は2021年に設立75周年を迎えました。1946年の設立時は東京・内幸町の放送会館内に置かれましたが、1948年6月に霞ケ関分館、1949年10月に目黒分室(品川区上大崎)に移ります。1955 年からは、現在は放送博物館のある東京都港区の愛宕山で50年近く調査・研究を行い、2002年1月に愛宕MORIタワーに移転して現在に至ります。

220208-111png.png 文研では、『放送研究と調査』などの研究誌で調査・研究の成果を継続して公表しており、1950年代以降の論文や調査報告等(短信やコラムを含む)の総数は約8,800本に上ります。1996年発刊の『文研50年のあゆみ』で、それまでの研究成果を整理していますが、今回新たに1996年以降の25年分の論文や調査報告等約3,500本の整理を行いました。

 研究成果をわかりやすく提示するために、『文研50年のあゆみ』と同様に「放送理論」「番組」「放送言語」「視聴者・世論」「世界の放送事情」など12の分類を行い、一覧にしています。詳細は、『NHK放送文化研究所 年報2022 第65集』に掲載している『放送研究からメディア研究への多様な展開―「調査研究文献総目録(1996~2020年度)の作成から―」をお読みください。

 この25年間の研究成果を概観すると、「全国個人視聴率調査」や「国民生活時間調査」などの基幹調査を継続して行う一方、放送のデジタル化やインターネットの普及に伴う人々の変化を捉える新たな調査、「東日本大震災」や「新型コロナ」などの予期せぬ出来事に対応した機動的な調査、まもなく100年を迎える放送の歴史や制度の検証、メディア環境の変化に対する国内外の最新動向の報告、放送用語の継続的な研究といった放送局の研究機関ならではの調査・研究を行ってきました。

 3/3(水)10:30~12:00に開催の文研フォーラム「これからのメディアと、メディア研究を考える~文研75周年記念シンポジウム~」では、これらの調査・研究の成果をもとに、社会学とくにメディアや教育におけるジェンダーの問題に詳しい村松泰子さん([公財]日本女性学習財団 理事長)、社会学・メディアスタディーズが専門の伊藤守さん(早稲田大学 教育・総合科学学術院教授)、メディア論・メディア技術史・文化社会学を研究する飯田豊さん(立命館大学 産業社会学部准教授)と、これからのメディアと、メディア研究のあり方を考えていきます。



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文研フォーラム 2022年02月07日 (月)

#363 コロナ共生社会の課題~2020・2021世論調査報告~

世論調査部(社会調査) 村田英明


 新型コロナウイルスの感染者が国内で初めて確認されたのは2020年1月。あれから2年が経ちましたが、ウイルスは姿を変えながら、寄せては返す波のように何度も人類に襲いかかり、死者は国内で1万8千人余り、世界では500万人を超えました。ヒトからヒトへの感染を防ぐため、日常生活はもとより、社会のあらゆる活動が制限を余儀なくされ、まるで日本列島全体が大規模災害の被災地になったかのようです。宿主(ヒト)の中で生き延びるために変異を重ねる賢いウイルスの出現に、私たちは、なす術もなく、じっと我慢をしながら、事態が収束するのを待っています。
 自粛・自制の生活が長期化する中で、人々の暮らしへの影響や、行動や意識の変化を継続的に把握しようと、NHK文研・世論調査部では、感染拡大が始まったおととし(2020年)から「新型コロナウイルス感染症に関する世論調査」を実施してきました。調査の結果、約9割の人が感染拡大や変異ウイルスの登場を不安に思い、7割以上の人が生活に影響があると答えています。感染が拡大する前よりもストレスが増えたという人も約7割を占めています。特に”女性“や”子育てをしている人“、”非正規雇用“、”自営業者“などに、コロナ禍のしわ寄せが及んでいることがわかりました。医療に関しては、「医療崩壊」の不安を感じている人や、自分が感染した時に適切な治療を受けられるかどうか不安に思っている人が8割以上を占めていて、日本の医療体制の脆弱さが調査結果からも明らかになりました。
 3月2日(水)午後2時からオンラインで配信する文研フォーラム・プログラムB「コロナ共生社会の課題~2020・2021世論調査報告~」では、2020年と2021年に実施した2回の世論調査の結果を詳しくご報告するとともに、専門家をお招きして、新型コロナウイルスと共生していくための社会のあり方について考えます。
 パネリストは、社会保障など様々な政策をジェンダーの視点から分析している大沢真理さんと、家族や働き方などの問題を豊富な調査データを用いて分析している筒井淳也さんです。みなさんの参加をお待ちしています。

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調査あれこれ 2022年02月03日 (木)

#362 【新型コロナ】35%が流言・デマでワクチン接種をためらう ―20~40代へのウェブ調査から―

メディア研究部(メディア動向) 福長秀彦


 新型コロナウイルスは感染力が強いオミクロン株が出現し、国内では新年早々から感染者が激増しています。既に3回目のワクチン接種も始まりました。新型コロナのワクチンと言えば、昨年は接種をめぐる「流言」(根拠のないうわさ)や「デマ」(ウソの情報)がインターネット上などで多数飛び交いました。そのほとんどが接種への不安を煽る内容でした。

 NHK放送文化研究所では去年9月、全国の20~49歳の男女を対象に(スクリーニング1万185人、本調査4千人)ウェブ調査を行い、流言・デマのまん延度や接種の意思決定に及ぼした影響を調べました。以下に調査結果の要点をご紹介します(なお、住民基本台帳からの無作為抽出によって回答者の“代表性を”担保する「世論調査」とは異なることにご留意ください)。

?“見聞きしたことがある”が71%
 何らかの流言・デマを見聞きしたことがあるか、1万185人に尋ねました。質問の際には、ネット上などで広く出回っているワクチン情報のうち、厚生労働省や免疫学・感染症の専門家グループ、報道機関、ファクトチェック団体などが「事実無根」であるとして否定している30の情報例を示しました。
 その結果、「見聞きしたことがある」が71%に達し、流言・デマが中年・若年層にまん延していることが分かりました。
 さらに、「見聞きしたことがある」と答えた人に、それはどのようなものだったか、上記の30例の中から複数回答で選んでもらいました。回答の多い順に10位までを示したのが図1です。

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?「信じたことがある」+「半信半疑だったことがある」で47%
 何らかの流言・デマを見聞きしたことがある4千人に、それらを信じたことがあるかどうか尋ねました。その結果、「信じたことがある」が5%、「半信半疑だったことがある」が42%で、両者を合わせると半数近くになりました。
 流言・デマのうち、信じたり、半信半疑になったりした人が最も多かったのは「治験が終わっていないので安全性が確認されていない」でした。
 信じたり、半信半疑になったりした理由では、「『事実ではない』と打ち消す情報が見当たらなかったから」と「接種への不安を裏付けるような情報だったから」が圧倒的多数でした。

?流言・デマを「伝えた」は20%
 何らかの流言やデマを家族や他人に「伝えた」人は20%で、伝えた動機では「話題として伝えた」が最も多く、2番目が「不安な気持ちを共有したかったから」でした。

?流言・デマでワクチン接種を躊躇(ちゅうちょ)が35%
 図2は、何らかの流言・デマを見聞きして、接種を躊躇したことがあるかどうかを尋ねた結果です。接種するのを「やめようと思ったことがある」が7%、「しばらく様子を見ようと思ったことがある」が28%で、合わせると全体の35%が流言・デマによって接種を躊躇していました。

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 接種を躊躇し、先延ばしにすれば、その分、自分だけではなく周囲の人びとをも感染の危険にさらすおそれがあります。ワクチンの副反応などへの不安から接種をためらう人が多いのは、無理からぬことなのかも知れませんが、事実無根の情報によって、接種の意思決定が歪められてしまうのは問題だと思います。

 図2の「接種をやめようと思ったことがある」「しばらく様子を見ようと思ったことがある」と答えた人の80%は、結局は接種をすることにしました。接種をする気になった理由は「情報がデマかどうかよりも、新型コロナに感染するのが不安になったから」が38%で断然多く、2番目が「みんなが接種しているから」で14%、「情報がデマだったから」は3番目で10%でした。流言・デマに接して接種をためらった人の多くは、情報の真偽よりも、感染への不安や同調圧力から接種をしていました。

 調査結果は『放送研究と調査』1月号「新型コロナワクチンと流言・デマの拡散~接種への影響を探る~」に詳しく書きましたので、興味のある方はご一読下さい。


調査あれこれ 2022年01月27日 (木)

#361 幼児はインターネット動画をどんな機器で見ているのか ~2021年「幼児視聴率調査」から~

世論調査部(視聴者調査) 行木麻衣


 私には2歳と6歳の息子がいます。2人ともテレビ(リアルタイム)もインターネット動画も大好きで、テレビとインターネット動画視聴は日常生活のひとコマとなっています。我が家では、子どもたちがインターネット動画を視聴するときにスマートフォンやタブレット端末も利用しますが、最近では、テレビ画面でインターネット動画を視聴する機会が増えてきました。
 では、幼児はインターネット動画をどんな機器で視聴しているのでしょうか。東京30km圏内に住む26歳を対象にした2021年「幼児視聴率調査」のデータを見てみましょう。

 こちらのグラフは、休日をのぞくふだんの日にインターネットで動画を1日にどのくらい再生して見ているのかを尋ねたものです。「ほとんど、まったく見ない」という幼児も26%いますが、30分以上のインターネット動画利用者が51%と幼児の半数は日ごろから1日に30分以上インターネット動画を見ています。また、年齢別にみても、すべての年齢で30分以上のインターネット動画利用者が5割以上でした。

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 続いて、インターネット動画を視聴する機器についてみたのが下のグラフです。
テレビが最も多く65%、次いでスマートフォン、タブレット端末がいずれも39%で、スマートフォンやタブレット端末よりもテレビがインターネット動画視聴に使われていました。年齢別で見たところ、どの年齢でも6~7割程度がテレビを使用しています。
NHK放送文化研究所が13歳以上を対象に実施した別の調査では、インターネット動画利用者がインターネット動画を視聴する際には、テレビよりもスマートフォンが多く利用されていることが分かっています。インターネット動画視聴にテレビ画面が最も利用されているのは幼児の特徴なのかもしれません。

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 たしかに、我が家も「子どもに小さい画面でインターネット動画を見せると目が悪くなるかも…」、「子どもが見ているインターネット動画の内容を把握したいからテレビ画面で共有しよう…」といった経験があるため納得の結果となりました。
そして、今日も我が家では、子どもたちがテレビ画面でインターネット動画を見ている時、親である私はスマートフォンでNHKプラスを視聴するのでした…。

このほか、幼児にテレビはどのくらいの時間見られているのか、録画番組・DVD、動画利用の状況…など、2021年の結果は「放送研究と調査」12月号で報告していますので、お読みいただければ幸いです。


文研フォーラム 2022年01月24日 (月)

#360 "メディアは変われるか??文研フォーラムは3月開催です

文研フォーラム事務局


こんにちは。文研(放送文化研究所の通称)です。
北風が厳しい毎日ですね。
皆さん体調くずされていませんか?
この寒さの中、今回は文研が主催するオンラインイベントを紹介させてください。

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3月に行われる「文研フォーラム」は文研が取り組んでいる最新の調査研究の成果を一挙に公開する3日間のイベントです。
ことし準備したのは、パネルディスカッションや研究発表など7つのプログラム。
「コロナ」や「ジェンダー」といった喫緊の課題から「メディアの未来」・「ジャーナリズムの危機」など長期的な課題まで、多彩なテーマが並んでいます。
詳しいプログラムや出演者は、こちらのサイトでご覧ください。

220124-22.png皆さんの興味・関心をひくプログラムが、ひとつでもあるといいなと思います…。お楽しみに!!


メディアの動き 2022年01月20日 (木)

#359 総務省「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」これまでの議論を振り返る

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子


はじめに

 去年11月、「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会(本検討会)」が開始され、かなり広範囲な論点が示され、議論が急ピッチで進められています。1月には論点整理の方向性が、そして3月には1次とりまとめが提出される予定です。私は初回の傍聴記をブログにまとめましたが、本ブログでは改めて、これまで3回の議論がどのような内容だったのか、私なりの理解で 1)まとめておきたいと思います。

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① デジタル情報空間のひずみへの危機意識

  放送の未来像を議論するベースとして多くの構成員から表明されたのが、デジタル情報空間のひずみに対する危機意識でした。
 情報空間の全てがアテンションエコノミー 2)に染まっていくことで、データによるレコメンドが詳細化しフィルターバブル 3)が加速、エコーチェンバー 4)による社会的分断やフェイクニュースの拡散も深刻化していくと警鐘を鳴らしたのは、デジタル社会における民主主義のあり方を研究する憲法学者の慶應義塾大学・山本龍彦構成員でした。また、長年、通信・放送融合の実態を競争法の観点から研究してきた名古屋大学・林秀弥構成員からも、融合の進展が資本の論理と視聴者のニーズ論だけで進んでいることに懸念が示されました。
 こうした課題の多いネット空間に人々が滞在する時間が増えれば増えるほど、これまで以上に地上放送メディアの役割が期待されるのではないか――。この認識も構成員内では共有されているように感じました。先出の山本(龍)氏からは、人々の“インフォメーションヘルス”を害さないよう、多様な情報をバランスよく摂取するのが重要であり、栄養食、免疫食としての公共放送の意義を再定義すべきという発言がなされました。また、情報通信消費者ネットワーク・長田三紀構成員からは、消費者団体の事務局としてテレビ広告の基準について民放連と話しあいを続けた体験を踏まえ、放送局にはネット上にある様々な課題の是正に力を発揮するくらいの思いでデジタル情報空間に乗り込んでいってほしいとの期待が示されました。電波監理審議会委員でもある行政法が専門の東京大学・山本隆司構成員からも、放送における「多元性・多様性・地域性」は重要だが、情報空間全体の中で、意見・文化の多元性・多様性・地域性に注意を促す放送の役割を維持向上させる観点は今後ますます重要になるとのコメントがありました。

② 「多元性・多様性・地域性」再定義の必要性

 地上放送がこれまで以上に公共的な役割を果たしていくためにも、社会状況やビジネス環境の将来を先読みし、そこからバックキャスティングして体制や制度をどう変革するかを考えていく必要がある。金融業界を例に挙げながらそうした趣旨の発言をしたのが、金融サービスと情報技術をつなぐフィンテックという分野で活躍するマネーフォワード・瀧俊雄構成員でした。瀧氏は、金融庁では収益がどれくらい悪化するとどれくらいの地域金融機関が赤字になるのかを試算していると紹介した上で、放送業界ではそういう試算をしているのか、人口動態的に市場が3割減になる世界でどのような収益構造が残される必要があるのか、と問いかけました。そして、議論を後回しにするほど採用できる選択肢が減っていくということが様々な産業で見られている、と警告しました。林氏も、通信業界にはかつては100を超える事業者が存在していたが、再編・統合が進み今は主に4社の寡占市場になったこと、金融庁主導で進められている地銀の再編における議論なども参考にしながら、放送業界においても適正な事業者数や必要な規模の在り方を議論していく余地があるのでは、とコメントしました。

 こうした問題提起を制度として論じていく際、マスメディア集中排除原則(マス排)と、それによって達成すべき政策目標として掲げられてきたいわゆる放送3原則、「多元性・多様性・地域性」の再定義は避けて通れません。このメッセージを最も明確に発したのが、第3回のヒアリングに登場した、「放送を巡る諸課題に関する検討会(諸課題検)」構成員の東京大学・宍戸常寿氏でした。ちなみに放送3原則は放送法で明確に定義されていないこともあり、以前から再定義が必要だと多くの有識者が指摘しており、宍戸氏も折に触れて見直しを訴えていました。宍戸氏は、国民の知る権利から考えると一義的に重んじられるのは多様性であり、これまでの情報空間や技術のあり方を前提にした場合、多様性を実現するために放送の多元性と地域性が重要であったと理解すべきだ、とコメントしました。その上で、この枠組みは県単位での広告市場が健全に成り立つことが前提であったとし、それが崩れていく中では、多様性を損なってまで多元性と地域性を維持するのは本末転倒であると述べました。この場合の多元性とは放送局数、地域性とは県域免許制度であると私は理解しました。

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 本検討会の三友仁志座長も、個人的見解であるとした上で、現行制度は多様性維持の制約になっている可能性があると発言。また第2回のヒアリングで登場した憲法学者の京都大学・曽我部真裕氏からも、多元性は必ずしも多様性とイコールでなく、マス排の緩和は必要ではないかとの発言がありました。それぞれ言い方は異なるものの、同様の指摘を行ったものと思われます。また、曽我部氏、林氏からは、マス排という構造規制はどのような成果をもたらしているのかいないのか、それを図る指標を開発し、現状の実態を把握することがまず必要ではないかとの意見もありました。

 こうした放送3原則の見直し、もしくはマス排緩和の議論は、これまでのキー局とローカル局の関係や、ローカル局の経営の姿を大きく変容させることに直結します。具体的な試案を述べたのは、諸課題検座長を務める行政法が専門の千葉大学・多賀谷一照氏でした。多賀谷氏はヒアリングの冒頭、諸課題検は建前論が多すぎたとコメントした上で、以下のように踏み込んだ発言を行いました。今後、無線局(放送波)というボトルネックがなくなってくれば、今のキー局を含めて10社以上の放送事業者が全国・首都圏に向けたサービスを、地上波・衛星・通信回線を活用して展開する体制が望ましいのではないか。そしてキー局からのネット配分金が減少していくローカル局については、キー局の子会社化や、ローカル局同士が合併して延命を図るしかないのではないか――。宍戸氏も以下のような提言を述べました。自治体間の広域連携、“圏域化”が進む中、放送局もその動きに対応していくべきであり、事業者の申し出により放送区域を柔軟化することが必要ではないか。ただその際には、地域情報の取材報道の意義に鑑み、一定の規律(地域情報の割合を公表する等)が必要ではないか――。民放連は、個社の意見を丁寧に汲み取り経営の選択肢の拡大につながる議論が行われることを期待しており、検討に際してはテレビ放送事業全体への影響にも留意して欲しいとコメントしています。今後は個別の事業者のヒアリングが行われる予定です。

③ デジタル情報空間におけるNHKの責任

 NHK改革やネット空間におけるNHKの役割・責任についても、ヒアリングに登場した3人の諸課題検構成員が具体的に言及し、その発言を巡って議論が噴出しました。
 最も踏み込んだ発言をしたのは多賀谷氏でした。多賀谷氏は、テレビを見ない・持たない人々が増える中においても、日本人は公共放送の維持が必要だと考えるだろうとし、こうした中でNHKの将来は、組織もしくは機能で二分割することしか自分は考えつかなかったと述べました。そして、ニュースや天気予報、児童番組などのスリム化した公共放送を義務的受信料で維持するモデルを作り、受信料は自治体等が公的徴収すべきではないかと提案しました。
 これに反応したのが、諸課題検の時から議論に参加している日本総研・大谷和子構成員でした。大谷氏は、世界中の公共放送が、多種多様なコンテンツを誇りを持って生み出し、新たな価値を生み出していくことが創造力の源になっているとし、コンテンツ制作者としての存在価値を損なわない組織と受信料の規模とはどのくらいなのかとの観点で発想することが必要ではないかと述べました。そして、多賀谷氏の提示は現実的なシナリオになり得るのか、と疑問を呈しました。
 この多賀谷氏の主張した義務的受信料、いわゆる全世帯負担金制度に対して、宍戸氏も否定的な見解を示しました。宍戸氏のNHK改革案は、地上総合・衛星2波の計3波を総合受信料とし、3波のネット同時配信を本来業務化することで、デジタル情報空間における基本的情報供給のユニバーサルサービス化の責任をNHKに負わせるべきというものでした。その際、受信料契約はあくまで認証された端末に限って対象にすべきであり、認証の有無に関わらず全世帯に負担させる制度にはすべきでないとしました。健全な民主主義において必要な情報が、解釈の対立や競争も含めて供給される二元体制が今後も維持されることが望ましく、民放が現在、その供給を実効的に担っている状態の日本では、義務的受信料制度は過剰であるという見解でした。
 同時・同報のメディアとしての放送の同時配信を、デジタル情報空間における基本的情報供給の柱と考える宍戸氏に対し、NHKは放送に従属しないネット特有の消費のされ方に対応したコンテンツの提供を通じて公共的な役割を果たしていくべきと述べたのが曽我部氏でした。これは、初回に電通総研・奥律哉構成員が行った、若者の間にはYouTubeで動画を選ぶ際に、コンテンツのジャンルではなく、“本編”、“”名場面・メイキング・まとめ系”といった「フォーマット」志向が多く(“共有型カジュアル動画視聴文化”と呼称)、放送局にはこうしたことを意識した取り組みが必要、という報告を踏まえた発言でもありました。

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 また曽我部氏は、NHK会長の諮問会議である、「NHK受信料制度等検討委員会」の「次世代NHKに関する専門小委員会 5)」の委員長でもあり、そこでもこうした若者のネット動画視聴習慣が示されており、それらの議論も踏まえた発言とも思われます。ちなみにNHKでは、この委員会の報告を踏まえ、来年度、放送の同時配信だけでなく、番組に関わる情報やコンテンツを、テレビを持たない人に対して提供し、それがどのように受容・評価されるか検証する社会実証を行うことになっています。

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④ 放送ネットワークインフラのブロードバンド代替

 総務省では地デジ移行完了後、2013年から「放送サービスの高度化に関する検討会」、2015年から諸課題検が開催され、放送の未来像議論が行われてきました。しかし、通信・放送融合が本格的に進む中においても、放送ネットワークインフラ、つまり伝送路の今後という論点についてだけは踏み込んだ議論が行われてこなかったとの印象をぬぐえませんでした。その理由についての分析は別な論考に譲りますが、ともあれ、本検討会はそこに風穴を開けようという意図が、初回に事務局から示された論点案に明確に示されていました。

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 この論点に積極的に呼応したのが、第2回にプレゼンを行ったNHKでした。前回のブログでも記しましたが、この論点は、山間部などの小さな集落をカバーするミニサテライト局(ミニサテ)の更新時期が迫る中、民放連が“あまねく受信義務”を背負うNHKに対し、更新や維持に関わる費用を“努力義務”を背負う民放より多く負担をすべきではないかと要望したことが発端です。これに対してNHKは、民放から要望のあったミニサテだけでなく、NHK共聴(NHKとNHK共聴組合が共同で設置・運営している設備。約5300施設)や、ミニサテよりも大きな中継局(小規模局)も含めてコスト高となっており、こうしたエリアの人口減少が進む中、今後のサービス維持が課題になると報告しました。

220120-06.png その上でNHKは、今後の放送ネットワークインフラについては、全世帯の94%程度をカバーしている親局と大規模重要局はそのままとし、残りの6%程度をカバーしている小規模局・ミニサテ・NHK共聴について、ブロードバンドを放送の一部として活用する可能性を検討すべきと提起しました。これについて、IoTや無線通信システムなど情報工学が専門の東京大学・森川博之構成員からは、NHKには人口減少時代のあり方に対して重い問題を投げてもらった、非常に重たいボールだが目をそらさずに対応していかなければならないとのコメントがありました。

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 更にNHKは、ブロードバンドで代替する場合の課題について、上記の資料を示しました。この資料から、NHKはブロードバンドで代替する場合の前提として、現行で放送サービスとして行われているIPマルチキャスト方式(特定のアドレスを指定し1対複数で行われるデータ通信)ではなく、NHKプラスやTVerのようなユニキャスト方式(単一のアドレスを指定して、1対1で行われるデータ通信)を想定していることがわかります。その上で、課題として、代替に関わる費用負担のあり方、技術的な品質保証、民放も含む配信基盤とその運用のあり方、権利処理(いわゆる「フタかぶせ」問題など)を挙げました。
 このプレゼンに対し、映像圧縮技術が専門の東京理科大学・伊東晋座長代理からも、ブロードバンド代替の場合には経済合理性の観点からベストエフォートに基づいたユニキャストになる可能性が高いとの発言がありました。その上で、著作権の観点から放送と同等とみなしてもらえるかが課題となり、文化庁に関わる話なので準備をする必要があるとのコメントがありました。
 この著作権の課題については、同時配信サービスの普及という文脈で、奥氏が諸課題検の頃からずっと訴えていたものでした。奥氏は自社制作比率が低いローカル局を念頭に、自社がライツを持っている番組を前提として考えなければならない現行制度ではなく、放送で出すべき情報がネット側に同じだけ出るような制度設計が必要だと改めて訴えました。また宍戸氏からは、放送コンテンツを届けることはデジタル社会における基本的情報の供給だと考えるのであれば、総務省、文化庁とデジタル庁が連携して議論する仕組みをとることが必要ではないかとの提言がありました。

 また、総務省の「ブロードバンド基盤の在り方に関する研究会(BB研) 6)」にも名を連ねている複数の構成員からは、放送の代替を検討したいと考えているエリアと光ファイバー未整備地域(約17万世帯)を重ね合わせて突き合わせる作業がまず必要ではないか、また、BB研の議論と連携をさせて議論していくべき、との意見も出されました。

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 そして言うまでもなく、放送ネットワークインフラのブロードバンド代替という論点は、NHK単独の問題ではありません。民放連は、ブロードバンドによる代替が本当にコスト削減につながるのか、NHKと連携をしながら将来像について検討していくとの姿勢を示しました。
 このNHKと民放の連携については、弁護士として金融・医療・交通のデジタル化に関わり、規制改革推進会議のメンバーでもある落合孝文構成員から、NHKを中心としつつ限定的に一部の費用を民放が負担して共同でインフラを保有するような企業体の設置が考えられないか、という考えが示されました。また、海外のICT事情について調査・研究を行うマルチメディア振興センター・飯塚留美構成員からは、イギリスは免許上、ハード・ソフト分離型、アメリカは免許上、日本と同様にハード・ソフト一致型と整理されるが、アメリカにおいてもハードにおける実際の運用は、テレビ局同士が共同で作った合弁会社や、放送インフラ専業のプロバイダーがサービスを提供しているという事例が紹介されました。

⑤ 公共的な情報やコンテンツの提供・ジャーナリズムの維持

 この他、議論の中で何度か提起されたものとして、曽我部氏の言葉を借りれば、社会全体で共有されるべき基本的情報であるにもかかわらず過小提供の可能性が高い情報やコンテンツ、またマネタイズが難しいジャーナリズムの維持をどうしていくか、という論点もありました。必ずしも放送制度の枠内に収まる論点ではないため、深い議論がなされたとは言えませんが、重要な指摘だと思うので記しておきます。
 曽我部氏からは、地域発コンテンツなどについては、番組単位で何等かの基金を設けて支援して制作を後押しすることも考えられるのではないかとのコメントがありました。また飯塚氏からは、欧州では政府がコンテンツ制作資金を支援したり、コンテンツ制作資金として、大手の放送事業者やネット配信事業者から支援金を徴収したりする仕組みがあることが紹介されました。また宍戸氏は、受信料制度はその一つの解決策であるが、公共放送が大きすぎるとジャーナリズム上の自由競争において圧迫しすぎる可能性があるとし、寄付などの税制などを緩和し、公的な団体としてジャーナリズムを担う組織を支える仕組みを整備することも考えられるのでは、と述べました。

⑥ 放送ジャーナリズムと説明責任

 デジタル情報空間のひずみ、そこで改めて期待される放送メディアの公共的役割、こうした共通認識のもとで本検討会の議論は進んでいます。しかし、放送事業者自身が社会の変化に背を向け、人々に対して説明責任を果たすことを怠れば、こうした期待に応えていくことはできないだろう、宍戸氏がヒアリングで提示した資料の最終ページにはこうした厳しいメッセージもありました。

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おわりに

 今回は、これまでの3回の議論を再構成することで、放送メディアを巡る政策議論の現在地を少しでも体系的に理解することを試みました。これから本検討会は、更に個別の案件の議論に入っていくと思いますが、ここで示した①から⑥の論点は全てつながっており、そのつながりを絶えず俯瞰しながら、放送制度のあるべき姿について私なりに考えていきたいと思っています。




1) 検討会を傍聴した自身のメモ及び公開されている議事録や資料を参照しつつ、論点別に議論を再構成するため、私の解釈で、構成員等の発言をまとめたり補足したりしている。
  議事録及び資料は→https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/digital_hososeido/index.html
2) 情報が爆発的に増える中で、人々の関心や注目を獲得することそのものが経済的価値となっていくこと
3) ネット上の検索エンジンやSNSの履歴を用いたアルゴリズムにより、ユーザーに最適化された情報ばかりが提供され、その結果、ユーザーは泡に包まれたような空間で自分の見たい情報しか見えなくなってしまうこと
4) SNS上で自分と似通った意見や思想を持ったユーザーとの関係を深める結果、同じ意見ばかりが「反響」するようになり、特定の意見や思想が社会の中で増幅されたりしてしまうこと
5) 報告書は→https://www.nhk.or.jp/info/pr/kento/assets/pdf/sub_committee_report.pdf
6) https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/digital_hososeido/index.html

 

メディアの動き 2022年01月12日 (水)

#358 "岸田総理を襲う"コロナ感染第6波 ~オミクロン株をかわせるか~

放送文化研究所 研究主幹 島田敏男


「とうとう来たか」と実感した2022年の正月松の内でした。

 昨年10月4日の岸田内閣の発足前後から新型コロナウイルスの感染拡大は鳴りを潜め、いわば小康状態が続いてきました。この間隙を突く形で衆議院の解散に打って出たことが功を奏し、岸田氏は総選挙での勝利を足掛かりに危なげない本格的な政権スタートを切っていました。

 しかし年が明け、新型コロナウイルスとの戦いは終わっていない現実が噴き出したわけです。当研究所の月報「放送研究と調査」1月号掲載の拙稿「コロナ禍と政治意識の揺れ」で指摘せざるを得なかったオミクロン株の脅威が、沖縄県などで一気に目に見える形になりました。

 12月に入ってから世界各地で爆発的な感染拡大を引き起こしていたオミクロン株が日本列島の各地に襲来。沖縄県などでは先に感染が広がったアメリカ本土のウイルスが、入国時の検査が緩いと指摘されている在日アメリカ軍関係者によってもたらされたと見られています。


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 そういう中で1月8日(土)~10日(祝)の3日間、NHK月例世論調査が行われました。

☆「あなたは岸田内閣を支持しますか。それとも支持しませんか」という質問に対する答えには少々当惑しました。

「支持する」57%(対前月+7ポイント)
「支持しない」20%(対前月-6ポイント)

岸田内閣の支持率は、昨年10月の49%で始まり、ほぼ横ばいで推移していましたが、ここへ来て上向き傾向を示しました。

“誰の眼にも第6波の襲来が明らかになってきたのに支持率が上がるの?”というのが私の素朴な実感でした。しかし、世論調査結果のいくつかの数字を見ると、安倍内閣、菅内閣の教訓を生かしながら、慎重かつ大胆にコロナ対応を進めている姿勢への一定の評価だということが分かります。

☆「あなたは新型コロナウイルスをめぐる政府の対応を評価しますか」という質問に対する答えです。

「評価する」65%、「評価しない」31%で、昨年10月の調査以降、「評価する」が徐々に上がり、「評価しない」が徐々に下がってきています。

 オミクロン株感染者が11月30日に国内で最初に確認されるのと同時に外国人の新規入国停止を打ち出すなど、「やりすぎ批判」を恐れずに対策を打ち出したことへの評価が支えになっていると言えます。ただ、それでもオミクロン株はやってきました。


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 岸田総理は1月4日の伊勢神宮での年頭会見で、感染状況の変化を見ながら水際対策から国内対策に重点を切り替えていく考えを表明。翌日には後藤厚生労働大臣が「感染したら入院」としていた原則を緩和し、感染者が急拡大している地域では、感染していても無症状の場合などには条件付で宿泊施設や自宅での療養を許容する方針を公表しました。

 菅内閣当時の感染第3波、4波、5波の反省を踏まえ、入院病床の不足に陥らないように先手を打ったとも言えます。

☆「オミクロン株に対する医療提供体制を確保するため、政府が行ったこの見直しを評価しますか」という質問に対する答えです。

「評価する」68%、「評価しない」28%。これを詳しく見ると、岸田内閣を支持する人では8割、支持しない人でも5割が、この見直しに肯定的な態度を示しています。

 岸田内閣の支持率は、第6波襲来の試練にさらされ始めた1月上旬の段階では、コロナ対策の臨機応変な見直しが功を奏していることに大きく支えられているようです。


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 けれどもこの先はどうでしょう。ワクチン接種は進んでいますが、1月12日、大阪府では前日の613人から一気に増え、1700人超の感染者が確認されました。

 WHO(世界保健機関)は、感染力は強いが重症化しにくいのがオミクロン株の特徴としています。これを国民がどう受け止めるかです。

 「重症化しないなら風邪と同じ」「かかってしまえばワクチン接種と同じ」といった安易な受け止めが広がると大変なことになるでしょう。

 感染症の専門家が口をそろえるように、感染者数が爆発的に増えれば、高齢者や病気を抱える人たちの中から一定割合で重症者は現れてしまいます。

 さらに、感染によって仕事を休まなければならない人が続出すれば、アメリカなどで見られるように公共交通機関など社会インフラが機能しなくなる危険が顕在化します。経済的には大打撃をこうむることになります。

 岸田総理にとって正念場はこれからです。丁度1年前、菅総理が安全安心と経済活動の両立を意識するあまり、Go Toトラベルキャンペーン一時停止のタイミングを誤ったことを思い出します。判断の遅れが結果として感染を全国に広げてしまった苦い経験です。

 日本の医療提供体制と社会機能を十分に維持するために、岸田総理が政府の総合力を発揮して、果断な対処を続けていくことができるかどうかが問われます。


調査あれこれ 2022年01月07日 (金)

#357 「報道が社会を変えた、と言われるとき」

メディア研究部(番組研究) 東山浩太


 5年ほど前まで記者をやっていました。同僚や他社のスクープ報道を観察するのが大好きでした。自分が抜かれてばかりでしたから、その反動で、他人の華々しいスクープに憧れていたのだと思います。上司からは「自分の仕事にももっと関心を持ちなさい」などと励ましを受けていました。当時、私はこのような疑問を抱えていました。
 ある社のスクープが時をおかず各社の追随報道を招き、自治体の政策が修正へと動くケースがあった。すごい。その逆で、スクープとして報じられたであろうニュースが、追随されぬまま、いつしか忘れられ…というケースもあった。スクープという点は同じでも、報道が政策当局に影響をおよぼし、政策の変更を通じて社会が変わるには、いくつかポイントがありそうだ。いつか整理してみたい…。
 そうしたいきさつがあり、「放送研究と調査」2021年12月号に「『無給医』をめぐる報道の“力”の検討」という論考を執筆しました。

220107-11.JPG 拙論では、報道が社会に影響をおよぼすと言われるとき、どのように力が与えられて影響力が高まるのか、1つの調査報道のケース(無給医に関する政策の変更)を挙げてそのメカニズムについて検討しました。
 検討にあたっては、先行研究の理論モデルを援用しました。膨大で複雑な報道の実践をどの視点で読み解き、どういった点を明らかにすることができれば、自分の仮説が確からしいと言えるか。表層から深層まで迷わず進むため、先行研究は強力な「ガイド」になってくれました。
 検討の結果、独自のものとは言えませんが、報道が社会に影響をおよぼすメカニズムを説明している可能性のある理論モデルを示しました。具体的な中身については拙論で詳しく紹介していますので、目を通してもらえたらうれしいです。

 拙論に着手した動機については触れました。では、拙論で試みた報道が影響力を持つ仕組みを示すことは、誰にとってどのように役立つのでしょうか。手前味噌ですが、私は現場の取材者の皆さんが、報道の実践とその達成を俯瞰し、自らの実践の位置づけや意義づけを行うために貢献できるなら、と思っています。
 報道を振り返る公開資料には、取材者たちが手がけたノンフィクションがあります。それらからは取材の端緒だとか、伝えたい内容を裏付けるための確認の過程など、貴重な情報が得られます。なにより、彼らの思いに触れられます。一方で、1つ1つの壁を動かした報道の力の働きのメカニズムを知るには、情報が足りないこともあると感じるのです。
 大型の調査報道ともなると(リクルート事件や薬害エイズ事件の報道など)、取材者、報道各社、政治家、官僚、経済人、国会、捜査機関など、数多くのアクターが複雑に入りくみます。メカニズムを明らかにするには、各アクターの力のせめぎ合いの結果、報道の方向性は決まっていくとする視点を持つことが出発点になると思われます。
 例えば、報道が政策当局を動かす力を持つには、世論を喚起するのが重要だと言われます。
 大勢の人々に報道を認知させるには、問題を発掘した1社がスクープを放つのみならず、複数の社による追随報道が必要となるケースが殆どです。具体的にいつの時点でどのくらいの社が追随したのか。そこで各社が争点を語る枠組みは同じだったのか、異なっていたのか。いつの時点でどのような語りが優勢になっていったのか。科学的な世論調査を実施していない場合(大部分がそうしたケースですが)、何をもって報道が世論を喚起したと見なすのか。世論が喚起されたとして、各アクターの相互の関わりの中、それを勢いづける局面はあったのか。逆に、勢いをそぐ方向に力が働いた局面はあったのか……。
 こうしたポイントを曖昧にせず「ガイド」をもとに解きほぐしていきます。そして報道の力が働いたメカニズムを示すことが、取材者にとって報道の実践の中から自らの役割を知り、調査報道の影響力を最大にする戦略を編成することに役立ってほしいと思います。それはひいては、受け手にとって有意義な報道を届けることにつながると考えるからです。
 拙論がその任を果たしているかは甚だ心もとないのですが…今後も精進します。


放送ヒストリー 2021年12月27日 (月)

#356 ラジオ第2放送90年と語学講座の歴史

メディア研究部(番組研究) 宇治橋祐之


 1931年開局のラジオ第2放送は2021年で90周年を迎えました。ラジオ放送が1波しかない時代は、例えば野球中継が延びると、予定していた時間に相場の放送(株式市況)ができず、相場の放送を優先すると、野球ファンから苦情がくるという状況でした。そこで、本来教育放送を目的として開局したラジオ第2放送で野球中継を行うなどして、聴取者の番組選択の幅を広げたのです。

 教育放送としてのラジオ第2放送の中心の一つは学校放送番組です。1941年に撮影されたこの写真は、小学校でのラジオ聴取の様子です。当時の最新メディアであるラジオから送られてくる番組を、全国の先生と子どもが聞けるようになりました。

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 学校放送番組と並んで、教育放送の中心となるのが語学講座です。ラジオで発音を聞くことができるのは、語学を学ぶ人の大きな助けとなりました。「カムカムおじさん」として知られる平川唯一さんが講師を務めたラジオ番組『英語会話』は、1946年からラジオ第1放送とラジオ第2放送で放送され、多くの聴取者を集めます。2021年11月から放送しているNHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』では、このラジオ英語講座がストーリーの柱となっています。当時の講座の雰囲気はラジオ第2放送で2021年11月から放送している『ラジオで!カムカムエヴリバディ』で聞くこともできます 1)
(NHKネットラジオ「らじる★らじる」の聴き逃しサービスもあります)

 ラジオを使った語学の学習は、放送で音声を聞くだけでなく、例文や解説を掲載したテキストと併せて学ぶことで、さらに効果が高まります。ラジオの教育番組の多くはテキストが出版されています。出版元であるNHK出版は、ラジオ第2放送が開始されたのと同じ1931年に日本放送出版協会として創業。ラジオ第2放送の黎明期からテキストを出版し、今年で90周年を迎えました。創業期の英語講座のテキストや平川唯一さんの音声は、NHK出版語学テキスト90周年企画ウェブサイト「NHKテキストクロニクル」で公開されています 2)。また、NHK放送博物館では、企画展示「「カムカム英語」にいらっしゃ~い!~展示で体感!「カムカムエヴリバディ」の世界~」で、テキストの実物などを展示しています
3)。(2022116日(日)まで)

 今の若い世代の中には、ラジオやラジカセの実物を見たことがない人もいるそうですが、最近はスマートフォンで音声メディアを聞いたり、学習に利用したりする人も増えています。NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』と合わせて、ラジオ第2放送と語学番組の歴史を振り返るのはいかがでしょうか。

 『放送研究と調査』2021年11月号「ラジオ第2放送90年 生涯学習波への広がりとインターネット展開」では、90年の歴史を振り返りつつ、特に2000年代からのインターネット展開と、語学番組・高校講座の変遷をとりあげています。よろしければご一読ください。



1) 「ラジオで!カムカムエヴリバディ」

2) 「NHKテキストクロニクル」(NHK出版)

3) NHK放送博物館 企画展示情報