文研ブログ

2022年5月

調査あれこれ 2022年05月26日 (木)

#396 語学学習でメディアはどう利用されているのか

メディア研究部(番組研究) 宇治橋祐之

 この4月まで放送していた連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」。番組を見て、もう一度英語を勉強してみようと思われた方もいるかもしれませんね。
 1925(大正14)年にラジオ放送が開始された当初から「英語講座」は放送されていました。まもなく100年を迎える放送の歴史は、ラジオというメディアで語学を学ぶ歴史ともいえます。

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 この写真は1950年代のものですが、ネイティブスピーカーの発音を直接聞けるラジオを使った語学学習は現在まで続いています。ただし、ラジオの音声だけで学習が成立するわけではありません。講師の手元にあるテキストも必需品です。テキストという紙メディアと、ラジオという音声メディアの両方を使いながら学んできたのです。その後テレビ放送が始まっても、ラジオとテキスト、あるいはテレビとテキストを利用した語学学習が長く続いてきました。
 こうした状況は最近少し変わってきました。YouTubeやスマートフォンのアプリなど、ラジオ、テレビ、テキスト以外の新しいメディアで、さまざまな言語を学べるようになったのです。

 NHK放送文化研究所では2000年代までに何度か語学学習に関する調査を行ってきましたが、こうした状況をふまえ2021年11月から2022年1月にかけて語学学習とメディア利用に関する調査を行いました。
 調査の結果から、最近3年以内に語学学習をした人が利用した教材は「テキスト・参考書(紙教材・電子版)」「YouTubeの語学学習動画」「テレビの語学学習番組(含むインターネット)」「ラジオの語学学習番組(含むインターネット)」の順で多いことがわかりました。YouTubeで学習している人もみられましたが、テキストやラジオ・テレビを利用している人も多いです。
 ただし年代層でみると少し結果が異なります。若年層(15~39歳)では「語学学習系アプリ」、高齢層(65~79歳)では「ラジオの語学番組(含むインターネット)」が多いという傾向がみられました。
 教材に求める要素としては「無料または高い費用をかけずに始められる」「自分に合う」「継続できる」が上位でした。学習を始める段階と継続できるような工夫があるかということがポイントのようです。また「自分に合う」という要素を重視する人が多いことも今回の調査で明らかになりました。
 語学学習に興味があり現在自発的に学習をしている人と、興味はあるけれど現在は学習していない人、合わせて20名にインタビューをしたのですが、「自分に合う」という要素は本当に多様でした。ラジオやテレビの語学講座は放送時間が決まっているので、その時間に合わせるのは難しいという人がいる一方、時間が決められているからこそペースメーカーになってよいという人もいました。また、番組にタレントが出演することがモチベーションになる人がいる一方、余分な情報はいらないから学習内容だけを効率的に伝えてほしいという人もいました。 

 『放送研究と調査』では、「語学学習でのメディア利用に関する調査」の結果を2回にわたって報告しています。4月号では、語学学習への関心や、どのようにメディアを利用しているか、そしてメディアへの期待についてまとめました。続く5月号では、NHKの語学番組・教材(ラジオ・テレビ番組とアプリ・ウェブサイトやテキストなど)についての印象や利用についてまとめています。
 これから語学を学ぶ、あるいは学びなおそうとする人のヒントになるかもしれません。よろしければご一読ください。

調査あれこれ 2022年05月19日 (木)

#395 新しい技術を実用化するときの課題とは?

計画管理部(計画) 柳憲一郎

 世界中で開発が進められているAI(人工知能)を利用した車の自動運転技術。技術的な側面以外にも、AIが間違えた時の社会倫理や法律的な不備が議論されたりするなど、人文・社会科学の分野でも研究が進んでいます。自動運転のような新しい技術が実用化される時に、従来の法律では想定していない事態が発生したり、新しい倫理規範が必要になったりするなどの課題は、ELSI(エルシー:Ethical, Legal and Social Issues)と呼ばれ、「倫理的・法的・社会的課題」と訳されます。 

 NHK放送技術研究所(技研)も、AIを利用した様々な新しい技術を開発しています。このブログでは、地域放送局のニュース番組の音声をAIが認識して、自動で字幕を制作・表示する研究を例として紹介します。

 字幕放送は、聴覚障害者や高齢者など音声が聞き取りにくい方の番組視聴を支援するために、テレビ番組出演者の言葉を文字にして伝えるサービスです。ところが、生放送のニュース番組では、人力だけで作業をすると、言葉と字幕を表示するタイミングが大きくずれてしまいます。そこで、AIの「音声認識技術」を利用する事にしました。

 ところが、AIが音声を100%の精度で認識することは困難です。音声だけでは人名の漢字表記が判別できなかったり、方言が聞き取りにくかったりすることなどがあるためです。

 NHKは現在、東京のスタジオで制作するニュース番組に関しては、AIの間違いをオペレーターが修正をして放送しています。しかし全国すべての地域放送局で同様に実施することは、オペレーターの確保、人的コストや設備整備の点で、極めて難しいといわれます。そのために現状では、地域放送局での字幕放送は、事前収録した番組などに限定されています。 

  そこで技研は、地域放送局での字幕放送の拡充に向けて、オペレーターの修正なしに字幕を制作する、高精度なAIの音声認識技術を研究しています。音声だけでは漢字表記が分からない「人名」であるとAIが判断した場合にはカタカナで表記する技術や、言葉が不明瞭であったり、方言がまじったりして、音声認識の誤りが発生しやすい発話を自動的に検出し、それ以外の明瞭な部分のみに字幕を付与する手法も開発しました。

  しかし、技術をどんなに発展させたとしても、AIが間違える可能性は残ります。その時に起こりうる放送倫理や法律、社会的な影響などの「倫理的・法的・社会的課題(ELSI)」を、事前に検討しておく事が欠かせません。

 文研と技研は共同で、ELSIについての研究を去年4月からはじめました。まずは技研の研究者に、「今後の課題」等についてインタビューをしました。その結果、「AIの公平性、信頼性の担保」「プライバシー、人格権、肖像権への考慮」などの課題が判明。今後は、ユーザーや外部の専門家と連携しながら課題解決に向けて研究を進めることになりました。

 文研と技研のこの取り組みは、「放送研究と調査」3月号(ユニバーサルサービスの社会実装における課題~倫理的・法的・社会的課題(ELSI)の視点から~)に掲載されています。まだ研究途上のため、わずか4頁の短い調査研究ノートですが、ご一読頂ければ幸いです。

調査あれこれ 2022年05月10日 (火)

#394 事態長期化で試されるG7の結束~放置できないロシアの侵攻~

放送文化研究所 研究主幹 島田敏男

  ロシア軍のウクライナ侵攻が始まってから2か月半。攻撃はウクライナ南東部を中心に止むことなく続き、ウクライナ軍の反撃も継続しています。

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  5月9日の「対ドイツ戦勝記念日」にモスクワ・赤の広場で行われた式典でプーチン大統領が行った演説の2か所のフレーズに、私は「なるほど」と問題の所在を感じ取りました。

  ① 「ロシアにとって受け入れられない脅威が国境付近にある」
  ② 「我々の兵士は異なる民族同士が兄弟のように互いに銃弾や破片から身を守りながら戦っている。これこそがロシアの力だ」

  一つは今回の事態を招いたのはNATOの東方拡大を推し進めてきた西側の国々であると自らの行動を正当化する論理。もう一つは多民族国家を一つにまとめていくことが、大祖国ロシアの指導者である自分の役目だという自己主張の現れです。

  第2次大戦の反省から生まれた国際連合の発足以来、戦争・紛争の事態に対しては、当事者双方の言い分に耳を傾け冷静に判断するのが現代の常識とされています。

  しかしながら、国連の安保理常任理事国P5の一つであるロシアが、相手のウクライナ国民の大多数が望まない“ロシア化”を押しつけることを目的に、一般市民から多くの犠牲者を出し続けている行為を放置することはできません。

  この日の朝、今年のG7議長国であるドイツの呼びかけでオンライン首脳会議が開かれ、ロシアに対する経済制裁の強化を打ち出しました。具体的な内容は「ロシアからの石油の輸入を即時または段階的に禁止する」というものです。禁輸の時期に幅を持たせ曖昧にしているので玉虫色と言えば玉虫色です。

  それでも6月26日にドイツ南部のエルマウで開催されるG7首脳会合を前に結束を再確認し、各国の事情に応じて同じ方向に足並みを揃えてみせることの政治的意味は大きかったでしょう。

  G7の中で最もロシアへのエネルギー依存度が高いドイツが議長国であり、そのドイツが音頭をとったことは、アメリカ主導で物事を進めるよりインパクトが大きかったのは確かです。

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  岸田総理はドイツのショルツ首相と綿密に連携を図り、日本が非軍事的な手段でG7のウクライナ支援に積極的に加わる方針を早い段階から伝えていました。

  今回のウクライナ侵攻の事態に際し、岸田総理は一貫してロシアに厳しい姿勢を示してきました。懸案である日ロ平和条約と北方領土を巡る話し合いが一時中断してもやむをえないと判断したこと。そしていち早くプーチン大統領自身を資産凍結リストに載せたこと。この2点は内外の外交関係者の間で「極めて明確なメッセージだ」と受け止められています。

  こういう情勢の下、5月のNHK電話世論調査は6日(金)から8日(日)にかけて行われました。

☆「ロシアのウクライナへの軍事侵攻に対する日本政府のこれまでの対応を評価しますか」と聞きました。3か月連続の質問です。

  「評価する」  68%   (3月⇒58%、4月⇒71%)
  「評価しない」 25%  (3月⇒34%、4月⇒21%)

  岸田内閣のとったロシアに厳しい姿勢、そして非軍事的な方法でのウクライナ支援はおおむね肯定的に受け止められています。

  今月の「評価する」68%を詳しく見ると、与党支持者で75%、野党支持者で69%、無党派で65%となっていて、政治的な立場に違いがあっても、受け止め方に大きな違いは見られません。

☆「あなたは岸田内閣を支持しますか。支持しませんか」

  「支持する」  55%  (3月⇒53%、4月⇒53%)
  「支持しない」 23%  (3月⇒25%、4月⇒23%)

  去年10月の岸田内閣発足以来、コロナ禍にさいなまれながらも支持率はほぼ50%台で推移しています。そして3月以降は、ロシアのウクライナ侵攻に対する対応への評価が下支えしていると見ることもできそうです。

  5月9日のプーチン大統領の演説からは、ウクライナでの戦闘を一気に拡大しようという攻撃性は窺えず、国民の愛国心を鼓舞しつつ名誉ある着地点を探っているようにも聞こえました。

zerensuki3.png  しかし、ウクライナのゼレンスキー大統領は「ロシア軍がウクライナから立ち去るまで戦う」と強く反発しています。

  ロシアが大量破壊兵器の使用に踏み切ることは何としても思いとどまらせなくてはいけませんが、通常兵器での局地戦は長期化が避けられないという見方が広がっています。

  日本を含めG7はウクライナ支援の先頭に立つことになりますが、一方でそれ以外の国々への連携の働きかけを進めることも重要です。

  アジアで唯一のG7メンバーの日本は、中国、インド、ASEAN の国々に対し、どういう呼びかけを重ねていくことができるのか。

  5年近く外務大臣を務めた岸田総理の外交力が、いよいよ試される段階に入ってきました。