文研ブログ

メディアの動き 2022年01月20日 (木)

#359 総務省「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」これまでの議論を振り返る

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子


はじめに

 去年11月、「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会(本検討会)」が開始され、かなり広範囲な論点が示され、議論が急ピッチで進められています。1月には論点整理の方向性が、そして3月には1次とりまとめが提出される予定です。私は初回の傍聴記をブログにまとめましたが、本ブログでは改めて、これまで3回の議論がどのような内容だったのか、私なりの理解で 1)まとめておきたいと思います。

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① デジタル情報空間のひずみへの危機意識

  放送の未来像を議論するベースとして多くの構成員から表明されたのが、デジタル情報空間のひずみに対する危機意識でした。
 情報空間の全てがアテンションエコノミー 2)に染まっていくことで、データによるレコメンドが詳細化しフィルターバブル 3)が加速、エコーチェンバー 4)による社会的分断やフェイクニュースの拡散も深刻化していくと警鐘を鳴らしたのは、デジタル社会における民主主義のあり方を研究する憲法学者の慶應義塾大学・山本龍彦構成員でした。また、長年、通信・放送融合の実態を競争法の観点から研究してきた名古屋大学・林秀弥構成員からも、融合の進展が資本の論理と視聴者のニーズ論だけで進んでいることに懸念が示されました。
 こうした課題の多いネット空間に人々が滞在する時間が増えれば増えるほど、これまで以上に地上放送メディアの役割が期待されるのではないか――。この認識も構成員内では共有されているように感じました。先出の山本(龍)氏からは、人々の“インフォメーションヘルス”を害さないよう、多様な情報をバランスよく摂取するのが重要であり、栄養食、免疫食としての公共放送の意義を再定義すべきという発言がなされました。また、情報通信消費者ネットワーク・長田三紀構成員からは、消費者団体の事務局としてテレビ広告の基準について民放連と話しあいを続けた体験を踏まえ、放送局にはネット上にある様々な課題の是正に力を発揮するくらいの思いでデジタル情報空間に乗り込んでいってほしいとの期待が示されました。電波監理審議会委員でもある行政法が専門の東京大学・山本隆司構成員からも、放送における「多元性・多様性・地域性」は重要だが、情報空間全体の中で、意見・文化の多元性・多様性・地域性に注意を促す放送の役割を維持向上させる観点は今後ますます重要になるとのコメントがありました。

② 「多元性・多様性・地域性」再定義の必要性

 地上放送がこれまで以上に公共的な役割を果たしていくためにも、社会状況やビジネス環境の将来を先読みし、そこからバックキャスティングして体制や制度をどう変革するかを考えていく必要がある。金融業界を例に挙げながらそうした趣旨の発言をしたのが、金融サービスと情報技術をつなぐフィンテックという分野で活躍するマネーフォワード・瀧俊雄構成員でした。瀧氏は、金融庁では収益がどれくらい悪化するとどれくらいの地域金融機関が赤字になるのかを試算していると紹介した上で、放送業界ではそういう試算をしているのか、人口動態的に市場が3割減になる世界でどのような収益構造が残される必要があるのか、と問いかけました。そして、議論を後回しにするほど採用できる選択肢が減っていくということが様々な産業で見られている、と警告しました。林氏も、通信業界にはかつては100を超える事業者が存在していたが、再編・統合が進み今は主に4社の寡占市場になったこと、金融庁主導で進められている地銀の再編における議論なども参考にしながら、放送業界においても適正な事業者数や必要な規模の在り方を議論していく余地があるのでは、とコメントしました。

 こうした問題提起を制度として論じていく際、マスメディア集中排除原則(マス排)と、それによって達成すべき政策目標として掲げられてきたいわゆる放送3原則、「多元性・多様性・地域性」の再定義は避けて通れません。このメッセージを最も明確に発したのが、第3回のヒアリングに登場した、「放送を巡る諸課題に関する検討会(諸課題検)」構成員の東京大学・宍戸常寿氏でした。ちなみに放送3原則は放送法で明確に定義されていないこともあり、以前から再定義が必要だと多くの有識者が指摘しており、宍戸氏も折に触れて見直しを訴えていました。宍戸氏は、国民の知る権利から考えると一義的に重んじられるのは多様性であり、これまでの情報空間や技術のあり方を前提にした場合、多様性を実現するために放送の多元性と地域性が重要であったと理解すべきだ、とコメントしました。その上で、この枠組みは県単位での広告市場が健全に成り立つことが前提であったとし、それが崩れていく中では、多様性を損なってまで多元性と地域性を維持するのは本末転倒であると述べました。この場合の多元性とは放送局数、地域性とは県域免許制度であると私は理解しました。

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 本検討会の三友仁志座長も、個人的見解であるとした上で、現行制度は多様性維持の制約になっている可能性があると発言。また第2回のヒアリングで登場した憲法学者の京都大学・曽我部真裕氏からも、多元性は必ずしも多様性とイコールでなく、マス排の緩和は必要ではないかとの発言がありました。それぞれ言い方は異なるものの、同様の指摘を行ったものと思われます。また、曽我部氏、林氏からは、マス排という構造規制はどのような成果をもたらしているのかいないのか、それを図る指標を開発し、現状の実態を把握することがまず必要ではないかとの意見もありました。

 こうした放送3原則の見直し、もしくはマス排緩和の議論は、これまでのキー局とローカル局の関係や、ローカル局の経営の姿を大きく変容させることに直結します。具体的な試案を述べたのは、諸課題検座長を務める行政法が専門の千葉大学・多賀谷一照氏でした。多賀谷氏はヒアリングの冒頭、諸課題検は建前論が多すぎたとコメントした上で、以下のように踏み込んだ発言を行いました。今後、無線局(放送波)というボトルネックがなくなってくれば、今のキー局を含めて10社以上の放送事業者が全国・首都圏に向けたサービスを、地上波・衛星・通信回線を活用して展開する体制が望ましいのではないか。そしてキー局からのネット配分金が減少していくローカル局については、キー局の子会社化や、ローカル局同士が合併して延命を図るしかないのではないか――。宍戸氏も以下のような提言を述べました。自治体間の広域連携、“圏域化”が進む中、放送局もその動きに対応していくべきであり、事業者の申し出により放送区域を柔軟化することが必要ではないか。ただその際には、地域情報の取材報道の意義に鑑み、一定の規律(地域情報の割合を公表する等)が必要ではないか――。民放連は、個社の意見を丁寧に汲み取り経営の選択肢の拡大につながる議論が行われることを期待しており、検討に際してはテレビ放送事業全体への影響にも留意して欲しいとコメントしています。今後は個別の事業者のヒアリングが行われる予定です。

③ デジタル情報空間におけるNHKの責任

 NHK改革やネット空間におけるNHKの役割・責任についても、ヒアリングに登場した3人の諸課題検構成員が具体的に言及し、その発言を巡って議論が噴出しました。
 最も踏み込んだ発言をしたのは多賀谷氏でした。多賀谷氏は、テレビを見ない・持たない人々が増える中においても、日本人は公共放送の維持が必要だと考えるだろうとし、こうした中でNHKの将来は、組織もしくは機能で二分割することしか自分は考えつかなかったと述べました。そして、ニュースや天気予報、児童番組などのスリム化した公共放送を義務的受信料で維持するモデルを作り、受信料は自治体等が公的徴収すべきではないかと提案しました。
 これに反応したのが、諸課題検の時から議論に参加している日本総研・大谷和子構成員でした。大谷氏は、世界中の公共放送が、多種多様なコンテンツを誇りを持って生み出し、新たな価値を生み出していくことが創造力の源になっているとし、コンテンツ制作者としての存在価値を損なわない組織と受信料の規模とはどのくらいなのかとの観点で発想することが必要ではないかと述べました。そして、多賀谷氏の提示は現実的なシナリオになり得るのか、と疑問を呈しました。
 この多賀谷氏の主張した義務的受信料、いわゆる全世帯負担金制度に対して、宍戸氏も否定的な見解を示しました。宍戸氏のNHK改革案は、地上総合・衛星2波の計3波を総合受信料とし、3波のネット同時配信を本来業務化することで、デジタル情報空間における基本的情報供給のユニバーサルサービス化の責任をNHKに負わせるべきというものでした。その際、受信料契約はあくまで認証された端末に限って対象にすべきであり、認証の有無に関わらず全世帯に負担させる制度にはすべきでないとしました。健全な民主主義において必要な情報が、解釈の対立や競争も含めて供給される二元体制が今後も維持されることが望ましく、民放が現在、その供給を実効的に担っている状態の日本では、義務的受信料制度は過剰であるという見解でした。
 同時・同報のメディアとしての放送の同時配信を、デジタル情報空間における基本的情報供給の柱と考える宍戸氏に対し、NHKは放送に従属しないネット特有の消費のされ方に対応したコンテンツの提供を通じて公共的な役割を果たしていくべきと述べたのが曽我部氏でした。これは、初回に電通総研・奥律哉構成員が行った、若者の間にはYouTubeで動画を選ぶ際に、コンテンツのジャンルではなく、“本編”、“”名場面・メイキング・まとめ系”といった「フォーマット」志向が多く(“共有型カジュアル動画視聴文化”と呼称)、放送局にはこうしたことを意識した取り組みが必要、という報告を踏まえた発言でもありました。

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 また曽我部氏は、NHK会長の諮問会議である、「NHK受信料制度等検討委員会」の「次世代NHKに関する専門小委員会 5)」の委員長でもあり、そこでもこうした若者のネット動画視聴習慣が示されており、それらの議論も踏まえた発言とも思われます。ちなみにNHKでは、この委員会の報告を踏まえ、来年度、放送の同時配信だけでなく、番組に関わる情報やコンテンツを、テレビを持たない人に対して提供し、それがどのように受容・評価されるか検証する社会実証を行うことになっています。

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④ 放送ネットワークインフラのブロードバンド代替

 総務省では地デジ移行完了後、2013年から「放送サービスの高度化に関する検討会」、2015年から諸課題検が開催され、放送の未来像議論が行われてきました。しかし、通信・放送融合が本格的に進む中においても、放送ネットワークインフラ、つまり伝送路の今後という論点についてだけは踏み込んだ議論が行われてこなかったとの印象をぬぐえませんでした。その理由についての分析は別な論考に譲りますが、ともあれ、本検討会はそこに風穴を開けようという意図が、初回に事務局から示された論点案に明確に示されていました。

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 この論点に積極的に呼応したのが、第2回にプレゼンを行ったNHKでした。前回のブログでも記しましたが、この論点は、山間部などの小さな集落をカバーするミニサテライト局(ミニサテ)の更新時期が迫る中、民放連が“あまねく受信義務”を背負うNHKに対し、更新や維持に関わる費用を“努力義務”を背負う民放より多く負担をすべきではないかと要望したことが発端です。これに対してNHKは、民放から要望のあったミニサテだけでなく、NHK共聴(NHKとNHK共聴組合が共同で設置・運営している設備。約5300施設)や、ミニサテよりも大きな中継局(小規模局)も含めてコスト高となっており、こうしたエリアの人口減少が進む中、今後のサービス維持が課題になると報告しました。

220120-06.png その上でNHKは、今後の放送ネットワークインフラについては、全世帯の94%程度をカバーしている親局と大規模重要局はそのままとし、残りの6%程度をカバーしている小規模局・ミニサテ・NHK共聴について、ブロードバンドを放送の一部として活用する可能性を検討すべきと提起しました。これについて、IoTや無線通信システムなど情報工学が専門の東京大学・森川博之構成員からは、NHKには人口減少時代のあり方に対して重い問題を投げてもらった、非常に重たいボールだが目をそらさずに対応していかなければならないとのコメントがありました。

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 更にNHKは、ブロードバンドで代替する場合の課題について、上記の資料を示しました。この資料から、NHKはブロードバンドで代替する場合の前提として、現行で放送サービスとして行われているIPマルチキャスト方式(特定のアドレスを指定し1対複数で行われるデータ通信)ではなく、NHKプラスやTVerのようなユニキャスト方式(単一のアドレスを指定して、1対1で行われるデータ通信)を想定していることがわかります。その上で、課題として、代替に関わる費用負担のあり方、技術的な品質保証、民放も含む配信基盤とその運用のあり方、権利処理(いわゆる「フタかぶせ」問題など)を挙げました。
 このプレゼンに対し、映像圧縮技術が専門の東京理科大学・伊東晋座長代理からも、ブロードバンド代替の場合には経済合理性の観点からベストエフォートに基づいたユニキャストになる可能性が高いとの発言がありました。その上で、著作権の観点から放送と同等とみなしてもらえるかが課題となり、文化庁に関わる話なので準備をする必要があるとのコメントがありました。
 この著作権の課題については、同時配信サービスの普及という文脈で、奥氏が諸課題検の頃からずっと訴えていたものでした。奥氏は自社制作比率が低いローカル局を念頭に、自社がライツを持っている番組を前提として考えなければならない現行制度ではなく、放送で出すべき情報がネット側に同じだけ出るような制度設計が必要だと改めて訴えました。また宍戸氏からは、放送コンテンツを届けることはデジタル社会における基本的情報の供給だと考えるのであれば、総務省、文化庁とデジタル庁が連携して議論する仕組みをとることが必要ではないかとの提言がありました。

 また、総務省の「ブロードバンド基盤の在り方に関する研究会(BB研) 6)」にも名を連ねている複数の構成員からは、放送の代替を検討したいと考えているエリアと光ファイバー未整備地域(約17万世帯)を重ね合わせて突き合わせる作業がまず必要ではないか、また、BB研の議論と連携をさせて議論していくべき、との意見も出されました。

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 そして言うまでもなく、放送ネットワークインフラのブロードバンド代替という論点は、NHK単独の問題ではありません。民放連は、ブロードバンドによる代替が本当にコスト削減につながるのか、NHKと連携をしながら将来像について検討していくとの姿勢を示しました。
 このNHKと民放の連携については、弁護士として金融・医療・交通のデジタル化に関わり、規制改革推進会議のメンバーでもある落合孝文構成員から、NHKを中心としつつ限定的に一部の費用を民放が負担して共同でインフラを保有するような企業体の設置が考えられないか、という考えが示されました。また、海外のICT事情について調査・研究を行うマルチメディア振興センター・飯塚留美構成員からは、イギリスは免許上、ハード・ソフト分離型、アメリカは免許上、日本と同様にハード・ソフト一致型と整理されるが、アメリカにおいてもハードにおける実際の運用は、テレビ局同士が共同で作った合弁会社や、放送インフラ専業のプロバイダーがサービスを提供しているという事例が紹介されました。

⑤ 公共的な情報やコンテンツの提供・ジャーナリズムの維持

 この他、議論の中で何度か提起されたものとして、曽我部氏の言葉を借りれば、社会全体で共有されるべき基本的情報であるにもかかわらず過小提供の可能性が高い情報やコンテンツ、またマネタイズが難しいジャーナリズムの維持をどうしていくか、という論点もありました。必ずしも放送制度の枠内に収まる論点ではないため、深い議論がなされたとは言えませんが、重要な指摘だと思うので記しておきます。
 曽我部氏からは、地域発コンテンツなどについては、番組単位で何等かの基金を設けて支援して制作を後押しすることも考えられるのではないかとのコメントがありました。また飯塚氏からは、欧州では政府がコンテンツ制作資金を支援したり、コンテンツ制作資金として、大手の放送事業者やネット配信事業者から支援金を徴収したりする仕組みがあることが紹介されました。また宍戸氏は、受信料制度はその一つの解決策であるが、公共放送が大きすぎるとジャーナリズム上の自由競争において圧迫しすぎる可能性があるとし、寄付などの税制などを緩和し、公的な団体としてジャーナリズムを担う組織を支える仕組みを整備することも考えられるのでは、と述べました。

⑥ 放送ジャーナリズムと説明責任

 デジタル情報空間のひずみ、そこで改めて期待される放送メディアの公共的役割、こうした共通認識のもとで本検討会の議論は進んでいます。しかし、放送事業者自身が社会の変化に背を向け、人々に対して説明責任を果たすことを怠れば、こうした期待に応えていくことはできないだろう、宍戸氏がヒアリングで提示した資料の最終ページにはこうした厳しいメッセージもありました。

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おわりに

 今回は、これまでの3回の議論を再構成することで、放送メディアを巡る政策議論の現在地を少しでも体系的に理解することを試みました。これから本検討会は、更に個別の案件の議論に入っていくと思いますが、ここで示した①から⑥の論点は全てつながっており、そのつながりを絶えず俯瞰しながら、放送制度のあるべき姿について私なりに考えていきたいと思っています。




1) 検討会を傍聴した自身のメモ及び公開されている議事録や資料を参照しつつ、論点別に議論を再構成するため、私の解釈で、構成員等の発言をまとめたり補足したりしている。
  議事録及び資料は→https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/digital_hososeido/index.html
2) 情報が爆発的に増える中で、人々の関心や注目を獲得することそのものが経済的価値となっていくこと
3) ネット上の検索エンジンやSNSの履歴を用いたアルゴリズムにより、ユーザーに最適化された情報ばかりが提供され、その結果、ユーザーは泡に包まれたような空間で自分の見たい情報しか見えなくなってしまうこと
4) SNS上で自分と似通った意見や思想を持ったユーザーとの関係を深める結果、同じ意見ばかりが「反響」するようになり、特定の意見や思想が社会の中で増幅されたりしてしまうこと
5) 報告書は→https://www.nhk.or.jp/info/pr/kento/assets/pdf/sub_committee_report.pdf
6) https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/digital_hososeido/index.html