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メディアの動き

メディアの動き 2017年12月01日 (金)

#104 中国返還から20年、香港の「報道の自由」の行方は?

メディア研究部(海外メディア研究) 山田賢一

香港が中国に返還されて20年が経ちました。20年前は、香港が中国に返還されると、経済の自由放任で栄えた香港が共産党独裁政権の下で衰退していくとの見方がありましたが、その後、香港は2003年に中国本土との間でCEPAという経済緊密化協定を結び、経済的な一体化を進める中でそれなりに繁栄を維持してきました。その一方で、中国本土にはない香港の魅力であった「報道の自由」について、特にここ数年“萎縮”が進んでいるとの指摘があります。

その背景には、テレビにしても新聞にしても、香港のメディアオーナーの多くが中国ビジネスに精を出す財界人で、中国への批判的な報道をすることに腰が引けているということがあります。これが特に目立っているのが商業テレビ局トップのTVBで、もともと親中派の香港の財界人が所有していましたが、2015年には報道部の編集主任に親中派政党「民建聯」の前幹事長が就任した上、その後、中国資本がTVBの株式の一部を正式に取得するなど、中国による「直接支配」の様相も出てきました。

104-1201-111.gifさらに衝撃的だったのは、2015年から2016年にかけて起きた「銅鑼湾書店事件」です。銅鑼湾書店は、中国共産党政権の内幕などを暴露する書籍を扱う香港の書店ですが、2015年10月から年末にかけて、書店の幹部5人が相次いで「失踪」したのです。これらの書店幹部はその後、中国中央テレビ(CCTV)など中国系のメディアに拘束された状態で相次いで登場、「違法行為」を認めるインタビューの映像が報道されました。しかし、2016年6月、このうちの1人の林栄基氏が釈放後に香港で記者会見し、テレビでの自白は事前に原稿が用意され「強制されたものだった」と述べたのです。また、5人のうちの1人の李波氏は、香港にいる間に行方不明になっており、中国政府が香港にいる香港人を拉致したのであれば、中国本土とは異なる社会システムを維持するとした「一国二制度」を侵すものに他ならないとして、香港市民を震えあがらせました。

『放送研究と調査』12月号では、こうした香港のメディア環境の変化について、今年9月に行った現地調査を踏まえ、特に主要テレビ局であるTVBと公共放送のRTHKを中心に紹介するとともに、従来型メディアが“萎縮”する中で新たな報道の自由の守り手として雨後の筍のごとく立ち上げられているネットメディアについても、その現状と課題を報告します。

メディアの動き 2017年10月13日 (金)

#98 「トランプワールド」VR配信は放送に何をもたらすのか?

メディア研究部(メディア動向) 山口 勝

VR(バーチャルリアリティー、仮想現実)
は放送に何をもたらすのでしょうか?
2017年6月、NHKは、ドキュメンタリー番組のBS1スペシャル『知られざるトランプワールド~360°カメラが探訪する新大統領を生んだ世界~』で、世界初となる放送と同期させた360°映像のVR配信を行いました。視聴者は、放送を見ながらスマホを上下左右に動かすことで、テレビ画面の外側につながる世界を360°体験。TVの新しい見方を提案したのです。

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トランプタワーがあるマンハッタンの街並みやトランプ氏が学んだ軍隊式寄宿舎の内部の360°映像は、視聴者から「新たな映像体験!」と反響を呼びました。東京オリンピックの1000日前となる10月29日(日)のBS1スペシャルでは、360°VR同期配信第2弾として「カヌー競技」をテーマにした番組を放送する予定です。
NHKでは「ニュースや番組を360度で『体感』する」をコンセプトにVRジャーナリズムに取り組み、NHK VRをネット上で運用しています。
VRジャーナリズムでは、「どこにカメラを据えるのか」という取材者のスタンスの重要性が、改めて問われます。

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7月にアップされた「九州北部豪雨災害360°現場報告」(写真上)では、短時間に13万を超えるアクセスを記録しました。見る方向を変えるたびに、大量の土砂や木材が家屋を押しつぶす様子が次々と視野に入ってきて、ふだんのニュース映像以上に、災害現場の臨場感が伝わりました。災害報道におけるVRの新たな可能性を感じさせます。

一方、世界の注目が集まるオリンピックでも、VR元年と呼ばれた2016年のリオデジャネイロ大会からオリンピック放送機構(OBS)が、360°VR配信を開始。次世代通信規格5Gが試験導入される2018年 平昌、サービスが開始される2020年 東京のオリンピックでは、世界的IT企業や通信キャリアがオリンピックスポンサーとなり、多視点や自由視点などより高度なVR配信に乗り出そうとしています。

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競技場を取り囲むように複数のカメラを配置して、多視点、自由視点、360°リプレイ映像など多彩なVRコンテンツを作るTrueVR(インテル提供)

通信ベースのVR配信は、これまで様々な映像文化を開発してきた放送と通信の関係を逆転させる可能性もあります。VR配信は、新しい公共放送サービス、公共メディアサービスとなるのか。5G時代の公共放送サービスはどうあるべきか。IT、通信業界と世界の公共放送の最新動向から読み解き、『放送研究と調査』10月号に下記タイトルで報告しました。
「公共放送による360°映像のVR配信の意義~2020年とその先に向けて~」

ぜひご一読ください。

メディアの動き 2017年07月28日 (金)

#89 テレビのネット同時配信 議論はどこに向かっていくのか?② 

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子

25日、NHKが設置した外部有識者による受信料制度等検討委員会が、諮問第1号の「常時同時配信の負担のあり方について」の答申を上田会長に提出しました。
“常時”同時配信とは、テレビ放送の内容を全てそのままインターネットで配信するサービスのことです。NHKは今の放送法では実施を認められていないため、総務省の検討会で実現に向けた制度改正を要望しています。すでに多くのメディアでも取り上げられていますので、ご存じの方も少なくないと思います。
(2月に本ブログの#64でも触れています。これまでの経緯等については、『放送研究と調査』2016年12月号の「『これからのテレビ』を巡る動向を整理する Vol.9」をご覧ください。 )

委員会の答申では、「条件が整えば、放送の常時同時配信はNHKが放送の世界で果たしている公共性を、インターネットを通じても発揮するためのサービスと考えられる」とし、テレビを持たずにネットだけでモバイル端末でこのサービスを利用する人達にも受信料を負担してもらう「受信料型を目指すことに一定の合理性がある」としています。
一方で、「受信料型は多岐に渡る論点の検討や視聴者・国民の理解を得ること等に時間がかかることも予想されるため、現時点では、有料対価型や、一定の期間は利用者に負担を求めないといった当面の暫定措置についての検討も必要」としています。

「受信料型」は、現在の放送法で、NHKの「補完業務」とされているネット活用サービスを「本来業務」と位置付ける議論につながっていくということもあり、答申をまとめるにあたって寄せられたパブリックコメントは1367件にも及びました。民放各社の社長会見などでも、NHKに対して厳しい意見が相次ぎました。

 NHKは自身のメディアとしての将来像をどのように描こうとしているのか。
 数多くのネットサービスの中でなぜ常時同時配信の実施にこだわるのか。
 インターネット空間の中における公共性をどのように実現していこうとしているのか。
このような問いに対して、視聴者の、国民の、社会の、共に歩んできた民放各社等の心に届くような、具体的で説得力のあるメッセージが示せるか、これからのNHKの姿勢が問われていると思います。

ただ、視聴者にとっては、同時配信の議論はNHKだけの話ではありません。すでに有料多チャンネル放送については様々な形態で同時配信サービスが実施されていますが、地上波民放については一部でしか行われていません。総務省の検討会では、NHKだけでなく、民放(ローカル局も含め)の地上波放送の全てをネットで常時同時配信できないか、という意見も少なくありませんでした。

しかし民放は現時点では、同時配信(特に常時)についてはおしなべて消極的です。同時配信のニーズがそう多く見込めないこと、コストや様々な負担がかかること、ビジネスモデルの構築が難しいことなどが理由ですが、同時配信以外のネット配信サービスにおいて、キー局同士、また非放送事業者相手に熾烈なプラットフォーム競争を繰り広げているという事情が大きいようです。

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それぞれのプラットフォームが提供するサービスの内容は、VOD、見逃し配信、ライブ、オリジナルコンテンツと多様になっており、将来的には、こうしたプラットフォームが提供するサービスの1つとして、同時配信が組み込まれていくということも考えられます。そのため、総務省の議論で出ているような、NHKと民放の“共通プラットフォーム”での実施が望ましい、という意見については民放各社の将来のビジネス戦略に大きく関わってくるためそこはなかなか難しい、となってしまうのだと思います。
ましてそこに、最初に書いたような、制度改正や受信料のあり方が関わってくるNHKを巻き込んだ議論は更にハードルが高い・・・。総務省の検討会で同時配信の議論が開始されて1年半になりますが、議論を深めれば深めるほど、関係各者が困難さを実感する状況となっています。

『放送研究と調査』2017年7月号の「『これからのテレビ』を巡る動向を整理する Vlo.10では、こうした同時配信の議論を巡るこれまでの経緯を整理してみました。今後、困難を乗り越えてどこに向かって議論をしていけばいいのか、議論から抜け落ちている視点は何か等、筆者なりに考えてみましたが、状況は変化し続けており、課題は多岐にわたるため、認識が深まっているとはいえない論考に留まっています。今後も取材を続け、本ブログでもまた取り上げていきたいと思っています。

メディアの動き 2017年06月23日 (金)

#84 2016年米大統領選でテレビメディアはどう変わったか?

メディア研究部(海外メディア研究)  藤戸あや

アメリカのトランプ大統領の『ツイート』がニュースを賑わすことは、もはや珍しくもなくなりました。大統領に就任したら少しは控えめになるかと思いきや、トランプ節は今も健在です。ロンドンで6月に起きたテロの後にはTwitterでロンドン市長の発言を批判したことを非難されると、「哀れな言い訳」と反論したあげくに「主流メディアはこれを騒ぎにしようとしている!」と、かみつく。敵意むき出しの個人攻撃には、読む側が思わずたじろぐほどです。

そんなトランプ氏の歯に衣着せぬ過激な言動もさることながら、「異例尽くし」といわれた2016年米大統領選で私が驚いたのが、アメリカの主要なテレビ局が多様な経路やプラットフォームで選挙関連の映像ニュースを発信していたことでした。しかもテレビ局だけでなく、ネット上では新聞や雑誌、ラジオなどあらゆるアメリカの主要な報道機関も映像ニュースを発信していて、元の業態の違いはほとんどわかりません。「映像ニュースがテレビの専売特許だった時代は終わった」、そんな強い印象を受けました。

しかもネット上には、名の知られた報道機関だけでなく新興のネットメディアも次々と誕生していて、プラットフォーム事業者も独自にライブ配信を行っていました。加えて事実と異なる情報を意図的に流す『フェイク・ニュース』も入り乱れている・・・。ネット上で一体どの情報を信用すればいいのか。さらにいうと、何が『メディア』なのか?2016年米大統領選はアメリカのメディアと社会に対し、根源的な課題を突きつけたといえるでしょう。

この歴史に残る米大統領選が終わった1か月後、私はアメリカで13人のメディアの専門家にインタビューしてきました。印象的だったのはフロリダ州にあるPoynter Instituteのアル・トンプキンス講師の話です。

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Poynter Instituteのアル・トンプキンス講師  ~宝物のサイン入り写真(後述)の前で~

エミー賞など受賞歴多数、ベテランのテレビジャーナリストでもあるトンプキンス氏は、今回の大統領選報道でテレビメディアが現場での取材ではなく、コメンテーターの論評を大幅に増やし、報道としての質を下げたと指摘するとともに、実は広告収入が落ち込み財政危機にさらされていることがこの問題に大きく影響している、と険しい表情で語りました。インタビュー終了後、宝物だと言って見せてくれた伝説のキャスターのウオルター・クロンカイトのサイン入り写真を眺めながら「(財政難で)解雇される記者の中には僕の友人もいる。この国のジャーナリズムはどうなってしまうのか」と、それまでの熱弁とは打って変わった口調で突然、ポツリと言った時のトンプキンス氏の表情は忘れられません。記者を解雇しなくてはならないほど深刻な財政難に陥っているのに、ネット上での展開を次から次へと拡充していかざるを得ないアメリカのメディアの厳しい現実と、ジャーナリストの苦悩をかいま見た気がします。

財政状況は厳しくても、アメリカのメディアが昨年の大統領選挙報道で多プラットフォーム展開を一気に推し進めていった狙い、成果とはなんだったのか。そして一連の新しい取り組みを行ったことは本業にどう影響し、どんな課題が残されたのかを、テレビメディアを中心にアメリカで取材してきました。関心がある方はこちらからお読みください。

メディアの動き 2017年05月12日 (金)

#78 台湾新政権 「財閥のメディア支配」排除に乗り出す

メディア研究部(海外メディア研究) 山田賢一

台湾では、メディアというものは財閥のオーナーなど、お金持ちの所有物というイメージがあります。
そのことを如実に示したのが、2008年にあった中国時報グループの経営権委譲でした。
中国時報グループは、新聞の中国時報・工商時報に加え、テレビの中国テレビ・中天テレビも併せ持つ「クロスメディア所有」のメディアグループですが、当時は経営難に陥っていました。
これを事実上買い取ったのが、なんと食品事業者の「旺旺」(ワンワン)グループ、日本でいうと、明治や森永がTBSやテレ朝を買うという話ですから、「事業の関連性はどこにあるの?」という疑問がわきます。
この疑問を氷解させたのが、その後の旺旺傘下のメディア報道で、「中国を褒めたたえる」ニュースが急増したことでした。旺旺の事業利益の大半は中国ビジネスで上がっていたので、メディア関係者は旺旺のワンマンオーナー、蔡衍明(さい・えんめい)氏が中国政府に配慮して報道を動かしていると見ました。
旺旺はその後もケーブルテレビ大手の中嘉網路をはじめ、旺旺の膨張に反対していたりんご日報まで巨額の資金で買収しようとしたため、学生を中心とする「反メディア集中」運動が起き、蔡氏はこれらの買収を断念せざるを得なくなりました。
この旺旺の事案を契機に、「財閥のメディア支配」に対する厳しい声が強まり、財閥に近いとされる国民党が去年の総統・立法院選挙で共に大敗する一因ともなりました。

78-0512-1.pngのサムネイル画像 NCC(国家通信放送委員会)

最近問題となったのは、遠傳という通信事業者による中嘉網路の買収事案です。
遠傳は遠東グループという財閥の系列会社で、通信・放送融合の時代に合わせ、大手ケーブルテレビ事業者の顧客基盤を手に入れようとしました。
選挙で国民党が大敗することは予想されていたため、おととし7月の段階で計画を発表、国民党政権のうちに買収の承認を得ようとしたようです。
独立規制機関の国家通信放送委員会(NCC)は、選挙が終わった後、新しい立法委員(国会議員)が就任する直前(5日前)に、条件付き承認の決定をしました。
これに対し多数派となった民進党議員の多くは強く反発、最終的な決定を下す経済部(日本の経済産業省に当たる)の投資審議委員会は去年9月、NCCに審査のやり直しを求めました。
国会からの風当たりが強まる中、中嘉網路は今年2月、遠傳への売却断念を発表、民進党新政権の「財閥のメディア支配」排除の意向が貫徹される形となりました。

こうした動向の他に、インフラを受け持つケーブルテレビ事業者による、コンテンツを受け持つチャンネル事業者の買収という「垂直統合」の事案なども含め、メディアの公共性を重視する台湾新政権のメディア政策を分析しました。

『放送研究と調査』5月号に掲載してありますので、どうぞご覧ください。

メディアの動き 2017年04月21日 (金)

#75 VICE(ワル)に魅(ひ)かれて...

メディア研究部(海外メディア研究) 柴田 厚

「VICE」(ヴァイス)
というアメリカのメディアをご存じですか?
特に若者に人気があり、いま上り坂のメディアです。

日々、アメリカメディアの動きをウォッチングしていると、時々“引っかかって”くるメディアがあります。VICEもそんなひとつでした。数年前から、まずその名前が気になっていました。「VICEか…。“悪(ワル)”って自ら名乗る人達ってどうよ?」

次にそのコンテンツ。ひと言でいえば“あぶないもの”が多いのです。麻薬、犯罪、戦争…。さらに、リポートの中で人間の遺体を映し出します。しかし、ただの露悪趣味だけではないものがありました。

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シェーン・スミス氏(VICE提供)

そして、その代表。シェーン・スミスというCEO(最高経営責任者)ですが、写真のとおりインパクトがあります。新興メディアの創始者には「品行方正で理知的」というイメージの人が多い中、彼の“異質感”は際立っていました。ちょっとコワそうだけど、会ってみたいと思いました。

さらに、VICE本社の建物。レンガ作りの古い倉庫風で、写真で見た瞬間、「VICEらしい」と思いました。それも多くのメディアがひしめくNYのマンハッタンではなく、川を隔てたブルックリンにあるということにも魅かれました。ここに行ってみたいと思いました。

そんなVICEが、月曜から金曜までの夕方のニュース番組を始めるという情報が入ってきました。「イブニングニュース」と言えば、アメリカのテレビニュースの看板・代名詞です。ABC、CBS、NBCのネットワークがしのぎを削り、かつては「アメリカ国民は夕方6時半のニュースで世界の動きを知る」とか「そのアンカーは大統領より信頼されている」などと言われたものです。そこに“異端児”VICEが参入するというのは、かなりの驚きでした。「ネットからテレビに進出って、今の時代の流れと逆じゃん」とも思いました。

VICEそのものをもっと知りたい、さらにどんなニュースをやろうとしているのかも知りたいとあちこち調べましたが、どれも断片的な情報で総括的なものがありません。「じゃあ、自分で書くしかないか」と(ちょっとカッコよく言えば)腹をくくりました。せっかくなら、2016年10月に始まるという新しいニュース番組に合わせて訪問、取材するのがいいのではないかと準備を始めました。若者の既存メディア離れが日米ともに進む中、VICEの何が彼らを引き付けるのかを知りたいと考えました。

…と、今回なぜVICEを取り上げたかについて述べましたが、それがどんなメディアかについては、『放送研究と調査』4月号の「拡張を続けるアメリカ新興メディアVICEの行方 ~雑誌からネット、テレビ、その先へ~」をお読みください。



本編には書かなかったのですが、ひとつ補足しておくと、VICEは決して「ワルの集団」ではありませんでした。むしろ取材対象に寄り添う“優しさ”のようなものを随所に感じました。働く人は若者が多く、彼らはとても真摯で、真面目にジャーナリズムとアメリカのこれからを心配する人たちでした。英語で言えば、最近ちょっと流行りの「resilient(したたかな、しなやかな)」という感じで、彼らが引っ張る次世代のアメリカのジャーナリズムは(諸々の課題はあるにしても)大丈夫ではないかと感じました。ホントに?とお思いの方は、『放送研究と調査』4月号をご一読ください。文研ホームページでは5月に全文を公開します。

 

メディアの動き 2016年12月02日 (金)

#56 "スマホでテレビ" は、いつ実現するの?

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子

11月22日、福島県沖で発生した地震により、津波警報が発令されました。
NHKや民放では、放送と同じ内容、もしくは同じ情報源を活用した内容を、
地震発生後すぐにインターネットでリアルタイムに配信しました。
早朝だったので、ベッドの中や通勤中にスマホのアプリやSNSで
ご覧になった方も多いかもしれませんね。

(写真 NHKニュース・防災アプリ)
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こうした災害時や、アメリカ大統領選、小池東京都知事の会見など
人々の関心の高いニュースについては、
ネットでも放送と同じ内容が視聴できる、「同時配信」というサービスが当たり前になってきました。
5年前の東日本大震災の時には、発生から半日くらいたってから
各局が五月雨的に配信する状況でしたから、大きく変わったと言えるでしょう。

しかし、こうしたサービスは、何かあった時だけであり、
地上波放送のチャンネルまるごとをスマホで見ることはできません。
実験的な取り組みとして、TOKYO MXとNHKが実施しているのみです。
一方、イギリスでは約10年前から、アメリカでも数年前から、
こうしたサービスは一般的となっています。
なぜ日本では同時配信のサービスの実施が各国に比べて遅れているのでしょうか。

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(クリックすると大きくなります)

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(クリックすると大きくなります)

理由はいくつかありますが、最も大きな理由としては、
日本では2006年から「ワンセグ」サービスという、
携帯電話(ガラケー)にテレビと全く同じ内容を放送の電波を使って届けるサービスを、
地上波放送局各局が取り組んできたという経緯があったことがあげられます。
ただ、人々の持つモバイル端末が、ガラケーからスマホに移り、
ワンセグチューナーが入ったスマホはごく一部となり、
サービスは廃れていっています。
もしかすると、ワンセグって何だろう?と
サービスをご存じない方も少なくないのかもしれませんね。

同時配信は、テレビと同じ内容をスマホで見ることができる、という意味では、
ユーザーの皆さんにとってはワンセグとあまり変わらないかもしれません。
しかし、放送の電波ではなくインターネット回線を使う、という意味で技術的には大きく異なります。
そして、技術的に異なるだけでなく、放送法や著作権法上の扱いも異なります。
そのため、ワンセグに代わって同時配信をすぐに実施するということには
なかなかならなかったのです。

しかし、一人暮らしで家にテレビがない人、スマホで映像を見る人が増える中、
テレビで見ることができる内容をなぜスマホで見ることができないのか、という声はどんどん大きくなっています。
こうした状況を受け、現在、総務省では同時配信に関する議論が始まっています。

 「放送を巡る諸課題に関する検討会」
 「情報通信審議会 放送コンテンツの製作・流通の促進等に関する検討委員会」

先月くらいに、新聞を始めニュースでも大きく取り上げられていたので、
ご存じの方も少なくないかもしれませんね。

また、NHKでも今月半ばまで約1万人の方に参加していただいて、
一日約16時間、総合テレビとEテレを同時配信する実験を行っていて、
今後、NHKとしてどのようなサービスが求められるのかを検証中です。

(写真 NHK同時配信(試験的提供B)アプリ)
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(スマートフォン画面)


日本における同時配信サービスは今後、どのような姿になっていくのか、
実施に向けてはどのような課題があるのか、
放送研究と調査12月号』で詳細にまとめています。
同時配信の他にも、「AbemaTV」など、
複雑に絡み合う日本の動画配信事情についても最新状況をまとめていますので、
ぜひご一読ください。 

メディアの動き 2016年10月21日 (金)

#49 「日本賞」コンクールをご存じですか?

メディア研究部(番組研究) 小平さち子

◆「日本賞(にっぽんしょう)」
は、世界の教育番組の質の向上と国際的な理解・協力の増進に役立つことを目的として、1965年にNHKが創設した、教育番組に特化した世界初の国際コンクールです。世界各地の専門家たちの熱心な議論と審査によって、優れた番組の選出・表彰が行われ、放送をはじめとするメディアが教育の分野で社会に貢献できることを広く世界に示し、50年の歴史を重ねてきました。世界で最もよく知られている教育番組『セサミストリート』も、1971年にこのコンクールでグランプリを受賞しています。

ラジオ・テレビ番組を対象に始まったコンクールですが、メディア状況が大きく変化した今日では、放送番組だけでなく、映画やビデオ作品、ウェブサイト、教育ゲームソフト、各種双方向コンテンツなど、「教育的な意図で制作された音と映像を用いた作品全般」が参加可能なコンクールとなっています。現在の正式名称は、「日本賞」教育コンテンツ国際コンクールです。 <2016年は、10月26日~11月2日に第43回コンクールが開催>

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http://www.nhk.or.jp/jp-prize/english/index.html
※今年の情報だけでなく、過去のコンクールの記録も「日本賞」のウェブサイト(日・英)で詳細を知ることができます。


◆文研の「日本賞」への関わり
コンクールは、NHK内に設置されている事務局で運営されていますが、教育番組や教育とメディアに関する研究を担当する文研のメンバーも、長年、この国際イベントに関わりを持ってきました。私自身は、1979年のコンクール以来毎回、世界各地からエントリーされた教育番組や各種コンテンツを視聴し、審査委員やオブザーバーとして来日する専門家たちに、番組・コンテンツ開発の背景や該当国での教育的な効果、また、公共放送としての教育サービスについての方針など、さまざまな事柄について取材してきました。

その成果は、NHKの教育サービスの将来を考えるための参考情報として、NHK内で報告するだけでなく、文研の刊行物にもさまざまな形で、発表してきました。その一例を、以下にご紹介します。

 ・「海外にみる教育番組・コンテンツの傾向と公共放送の役割」『放送メディア研究12〈特集・多様化する子どもの学習環境と教育メディア〉』(2015 年)
 ・「『日本賞』コンクールにみる世界の教育番組・コンテンツの潮流」『放送研究と調査』(2011年3月号)
 ・Trends in World Educational Media:Based on Entries to the JAPAN PRIZE since 2000 (2011年 文研の英語サイトにオンライン原稿として発表) 


◆「日本賞」シンポジウム・フォーラムの企画と登壇
「日本賞」コンクールでは、開始当初から、優秀作品の表彰だけでなく、各国から来日する参加者たちの情報や意見の交流の機会を重視して、シンポジウムやフォーラムを開催してきました。初期の頃は、教育やコミュニケーション研究の専門家による、どちらかといえば理論的な記念講演が多かったのですが、1979年以降は、より多くの参加者が発言し、放送をはじめとするメディアを用いた教育・学習の具体的な課題の追究を目指す形のシンポジウムが始まり、文研もその企画に協力してきました。

文研では、このタイミングで、世界各地から集まる背景の異なるメンバーたちが、限られた時間の中で効果的な意見交換を行うための基礎データを得られるよう、コンクール参加機関を対象に、事前に国際アンケートを実施することを提案しました。私は、先輩研究員と一緒に8回にわたって、質問内容の検討・調査の実施・データの分析に関わり、「日本賞」期間中に開催されるシンポジウムやフォーラムでの報告も担当しました。

1994年の「日本賞」フォーラム(「世界の教育放送の現状と将来:わたしたちは今、どこまできているのか」)は、日本の放送発祥の地、東京都港区愛宕山の文研ホール(現在のNHK放送博物館「愛宕山8Kシアター」)で開催されました。OHP(オーバーヘッドプロジェクタ)によるプレゼンテーションの時代だったことが、懐かしく思い出されます。  
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第21 回「日本賞」コンクールのフォーラム風景
(1994.11.15. NHK 文研ホールで開催)

最近の「日本賞」では、毎回複数のテーマを設定して、シンポジウムや講演、対談、ワークショップなどのさまざまな形態で、交流を深める場を設けています。私も、長年にわたる「日本賞」参加経験と文研での研究成果を反映させて、発表を担当しています。例えば、2010年には、The Trends of the World’s Educational Contents: Grand Prix Japan Prize Winners Revisited(日本賞グランプリに見る、世界の教育コンテンツの潮流)と題する番組試写を含めた特別講演、2015年には、Bringing the Past into the Future -50 years of the JAPAN PRIZE- (教育コンテンツ、その過去・現在・未来~日本賞50年に見る~)と題するパネルディスカッションに登壇しました。
 ※それぞれの概要は、http://www.nhk.or.jp/jp-prize/2010/talk_screening.htmlhttp://www.nhk.or.jp/jp-prize/2015/ipcem.html 参照。

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 2015年「日本賞」での登壇

◆2016年の「日本賞」
今年の「日本賞」コンクールには、世界58の国と地域から316の作品が寄せられ、10月26日~11月2日の期間中には、一次審査を通過した56作品の最終審査の他、制作者の登壇も含めた応募作品上映会や、パネルディスカッションが開催されます。新たな試みとしては、教育番組・コンテンツをいかに効果的、創造的に開発していくかを学ぶ参加型ワークショップも予定されています。

今回も、世界の教育番組・コンテンツの最新動向に触れ、教育とメディアという共通のテーマを持って集まる多様な制作者や研究者たちとの交流を深め、文研での研究をさらに発展させていく機会にしたいと思います。 

メディアの動き 2016年10月14日 (金)

#48 参加報告:RIPE(世界公共放送研究者会議)@アントワープ

メディア研究部(海外メディア研究) 田中孝宜 


「公共放送」の将来について考える会議が
9月22日?24日の3日間ベルギーのアントワープであり、参加してきました。

RIPE(ライプ)と呼ばれる会議で、2年に一回開かれます。
2年前はNHK放送文化研究所と慶応大学が共催し、東京で開催しました。

今回はベルギーの公共放送VRTとアントワープ大学がホストです。
VRTは、450年の歴史がある市庁舎を会場に歓迎レセプションを開いてくれました。

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写真 レセプション会場の市庁舎とVRTの若手職員たち


アントワープでのRIPE会議の全体テーマは「ネットワーク時代の公共放送」
インターネットや新しいテクノロジーの出現は放送をどう変えるのか?
それに対して公共放送はどう向き合えばいいのか?
世界から約70人の研究者が集まり、話し合いました。

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写真 VRTのLembrechts会長(左) RTBFのPhilippot会長(右)

会議初日は、ベルギーの公共放送から最新の取り組みについて紹介がありました。
ベルギーにはオランダ語圏のVRT、フランス語圏のRTBF、
ドイツ語圏のBRFの3つの公共放送があります。

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VRTの会長の報告では、取材記者が破壊されたシリアの油田地帯を
360度カメラを使って撮影し、ドキュメンタリーを制作したことが紹介されました。
ベルギーでは3月に空港と地下鉄の駅でテロがあり、
難民問題がクローズアップされる中で、
難民の故郷シリアの現状を伝えるための新たな技術の可能性を試してみたそうです。

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写真 360度カメラの活用方法を紹介するVRT職員とドキュメンタリーを視聴する参加者

2日目と3日目は、
「オンライン時代のジャーナリズム」、
「双方向、ソーシャルメディアと向き合う公共放送」など、
参加者は6つの分科会に分かれて研究成果を持ち寄り、意見交換しました。

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私が参加した分科会のテーマは、
「民主主義社会における公共放送の役割とネット時代の視聴者」
難しそうなテーマですが、いろいろな国の参加者から興味深い研究報告がありました。

例えば、南アフリカの研究者は、
「公共放送SABC(南アフリカ放送協会)はイギリスBBCの仕組みにならって作られたが、
今は政治介入が強く国営放送のようになっている。
制度は似ていても公共放送としての中身が違っている」と現状を危惧する発表を行いました。

また、スペインの研究者からは、一部で独立を求める動きもあるバスク地方などについて
「地元の話題を中心に放送すると視聴率は上がるが、
一方で愛国心をあおることにもつながりかねない。
公共放送としてのバランスが求められている」という報告がありました。

私自身は、今年2月に行ったイギリスでの調査を基に
「NetflixなどOTT事業者が公共放送に与える影響」について発表しました。
(詳細は『放送研究と調査』2016年7月号を参照してください)

会議の中で、ベルギーの研究者の一枚のスライドが特に印象に残っています。
水の中を泳ぐ魚たちの映像です。
その研究者はいいます。「水の中の魚のように、私たちはメディアの中に暮らしている。
メディアは私たちの生活の仕方を左右し、社会のあり方を左右し、将来を左右する」
さて、濁流の中を泳ぐのか、清流を泳ぐのか・・・
公共放送が「健康な水」を市民一人一人に提供し続けられるのかが
問われていることを、会議を通して感じました。

3日間、研究者が話し合って解決策が見つかるわけではありませんが、
放送が大きな変革期を迎えている中で、NHKの将来を考える上でのヒントをもらいました。
そして何より、公共放送について共に考える海外の仲間と出会えたことは
貴重な財産だと思っています。

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写真左から イギリス・カナダ・スペイン・(筆者)・南アフリカの研究者

メディアの動き 2016年07月22日 (金)

#36 ニュースのライブ配信サービスに注目してみました!

メディア研究部(メディア動向)黛 岳郎

私が所属しているメディア動向グループというのは、ざくっと言うと国内メディアの最新の動きを調査・研究することが主なミッションです。テーマは、放送行政や災害報道、放送法等々、幅広くありますが、私が関心を寄せているのは、「国内放送事業者がインターネットで展開する動画配信サービス」です。当然こうした領域に関心を寄せるとなると、NHKだけでなく民放各局の取り組みにも目を向けなければなりません。

そもそも、かつての私は、報道番組のディレクターをしていました。報道というジャンルは、世の中の最前線で起きている事象を取材し、それをニュース企画やドキュメンタリー番組などにします。ですから、私もさまざまな企業の最新動向を取材するなどしてきました。
ところが、当研究所に来て初めて認識したことなのですが、自分が身を置くメディア業界のことについては全く取材したことがなく、NHKはともかくとして、同業他社の最新動向などにはあまり関心を払っていなかったのです。
そしていざ各社の動きを調べてみると、民放各局はネットの世界でかなり先駆的な取り組みに挑んでいる実態を知るに至りました。まさに“灯台下暗し”です。

そうした中、『放送研究と調査』7月号に掲載されている「放送事業者によるニュースライブ配信サービスの行方」という論考を執筆しました。

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何を調査・研究対象にしたかというと、一つが、今ちまたをにぎわせているテレビ朝日とサイバーエージェントによるAbemaTVという動画配信サービスの中の、“入口”のチャンネル「
AbemaNews」です。
スマートフォンをテレビのように見立てて、テレビ番組とは異なる、ネットオリジナルのニュース番組をライブ配信しているサービスです。
そして、もう一つ取り上げたのが、こうしたサービスのいわば先駆けであるフジテレビによる「ホウドウキョク」です。
ネット上でテレビ局がどのようなニュース番組を展開しているのか、そして今後こうしたサービスはどのような展開をみせていくのか、両チャンネルの担当者に取材した上で、私なりに考えてみました。
両チャンネルともスマホなどで無料視聴できるので、是非この機会にご覧ください。そして、私の論考についても一読していただけると幸いです。

▼『放送研究と調査』7月号 「放送事業者によるニュースライブ配信サービスの行方」
 (ウェブ上では、8月に文研ホームページで全文を公開します。)