文研ブログ

メディアの動き 2024年03月06日 (水)

性加害とメディア~サビル事件とBBC③~【研究員の視点】#528

メディア研究部(メディア情勢)税所玲子

 イギリスの公共放送BBCが、ジャニー喜多川氏の性加害について報じたドキュメンタリー〝Predator: The Secret Scandal of J-Pop"(邦題:J-Popの捕食者)の放送からまもなく1年になる。この間、ジャニー氏による数々の性加害とその被害者の苦しみ、旧ジャニーズ事務所の対応が報じられてきたが、報道機関自身も、事件を見過ごしてきた"メディアの沈黙"への猛省を迫られた。本ブログでは、メディアに内在する課題を考える手がかりとして、 2012年に同じような性加害事件が発覚したBBCがどう事件の実態や、背後にあった問題の構造の解明に取り組んだのか、2回にわたって紹介した。最後となる3回目では、BBCの対策と、残された課題についてまとめる。

【負の組織文化に向き合う】
 1970年代から90年代にかけて一世を風靡(ふうび)した人気司会者ジミー・サビル氏(Jimmy Savile)による性加害事件が発覚した後、BBCは、同氏を告発する調査報道番組の放送見送りの経緯を検証する「ポラード調査」と、サビル氏にまつわる「黒いうわさ」があったにもかかわらず、問題の発覚を阻んだBBCの組織文化の問題を焦点にした元判事のスミス氏による独立調査を実施した。しかし「スミス報告」は、警察が捜査する間、公表できず、一般公開されるのは2016年になる。

bbcweb_1.pngジミー・サビル氏の死去を伝えるBBCのウェブサイト

 スミス報告の発表を待つ間、BBCは自己検証を行い、2013年5月、「Respect at Work Review」(「職場におけるリスペクト」)報告書を発表した。BBCは当初、性加害とセクシュアルハラスメントの問題などいわば「現象」に焦点をあてて検証する予定だったが、まもなく、いじめなど個人の尊重(リスペクト)を損なう行為などにも範囲を広げ、問題の「背景」にあたる組織文化の変革に取り組むことを決める。報告書の前文は、この問題にメスを入れることで、職員に動揺が広がったり、関係がギクシャクしたりするリスクを覚悟の上で、「公開性と透明性、公平性をもって問題に臨む」として、会長と幹部16人の直筆の署名を添えて宣言している。

【安全対策:Safeguardingの拡充】
 BBCがこうした取り組みを進めた時期、イギリスでは、教会での子どもへの性的虐待や、少年サッカーのチームでの性加害事件などが相次いで発覚し、政府が2015年に「子どもの性的虐待に対する独立調査」に乗り出すなど、社会的な関心が高まっていく。
 こうした変化を背景にBBCも数々の文書や対策の見直しを重ねることになる。例として、子どもの保護にあたる専門チーム(Child Protection Team)に子ども保護アドバイザー(Child Protection Advisor)40人を配置し、職員への助言や支援体制を整備した。研修制度を充実させ、保護する行為の対象をオンライン空間に広げ、児童虐待の防止と保護を行うNGO組織との連携を深めたりした。
 また、苦情が寄せられた場合に、仲介にあたる職員ボランティア約30人を養成し、人事局にも専門のチームを設けたり、職場の問題への対応に苦慮する管理職にコーチングを提供したりするなどの支援体制を整えた。また、内部通報制度も強化するとともに、こうした制度の認知をあげるために「声を上げよう(Speak Up)」キャンペーンを実施したりした。寄せられた苦情や関連情報は、データベースで一元的に管理され再発防止策に生かされている。

speak_up_campaign.pngBBCで行われたSpeak Up キャンペーン

 現在、BBCのホームページを見ると、「Safeguarding」の対象が、子どもと未成年者だけでなく、メンタルヘルスやDVの被害者などの弱者にも拡大されているほか、法律や慣習の違いから複雑な対応が求められる国際分野での活動についても、独立した対策の指針が設けられている。さまざまな指針文書や資料を見ると、サビル氏のスキャンダル発覚以降、同局が真摯(しんし)な姿勢で、対応の強化に務めた形跡が読み取れる

【続くスキャンダル 残された課題】
 しかし、BBCにとって問題の解決は道半ばである。
 同局の記者が、偽造した文書を材料に、イギリス王室のダイアナ元皇太子妃にインタビュー交渉を行っていたことが2020年に発覚した際には、問題を知るスタッフが声をあげたにもかかわらず、十分な調査が行われていなかったことが明らかになった。
 2023年9月には、BBCのラジオ番組のプレゼンター、ラッセル・ブランド氏が、2006年から7年にわたって性加害を行っていたことが調査報道で明らかになり、BBCがこれまで導入したハラスメント対策などの実効性が問われる事態となった。また、同年7 月には、BBCの看板キャスターが少年に性的な写真を要求したなどと大衆紙Sunが報じた。そのきっかけは少年の両親が、BBCに対応を求めたものの対応が遅かったためにSunに情報を持ち込んだことだとされ、BBCの苦情対応の課題が浮き彫りになった

bbc.exterior_3_W_edited.jpgBBC外観

 本ブログでは、これまで3回にわたり、サビル事件とBBCの対応を紹介した。スミス元判事の検証にもあるように、長年にわたって、BBCがサビル氏の加害を見過ごすことになった原因は、組織のガバナンス不全に加え、旧態依然とした男性の価値観が優先され、黙って我慢することを強いる組織文化などが複雑に絡み合ったものだった。今も性的スキャンダルが後を絶たないことについて、メディアと女性について詳しいコラムニスト、セーラ・ディトム氏は、インターネットとテレビの競争が始まった2000年代は、これまでの制作のダブーを突き破り、テレビという媒体の限界を広げようと、各局で挑戦的な試みが続けられる中、それを逆手に取った一部の人間が、のりをこえた勝手な行動に走った可能性があるのではないかと指摘する
 ハラスメントに対する社会の認識が厳しくなる中、過去の行為についてみずから告発したり、調査報道に協力したりする被害者も増えている。見過ごされてきた不適切な行為が問われることは、これからも続くことが予想され、過去にどう向き合うかは、すべての企業・組織が避けられない課題となっている。サビル事件後、10年以上にわたるBBCの取り組み、そして苦い教訓は、変革を迫られている日本のメディアにとって参照点の1つとなるだろう。


文研ブログ 2023年11月30日「性加害とメディア~サビル事件とBBC①~」
  https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/100/489990.html

文研ブログ 2023年12月27日「性加害とメディア~サビル事件とBBC②~」
  https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/100/490495.html

2013年2月5日 Respect at Work Review
  https://downloads.bbc.co.uk/aboutthebbc/insidethebbc/howwework/reports/bbcreport_dinahrose_respectatwork.pdf

The Independent Inquiry into Child Abuse https://www.iicsa.org.uk/index.html
  イギリスでは、政府の指示に基づく独立検証が多く、イラク戦争など政府の政策に対しても実施される。
  本調査は、委員長の交代などの曲折を経て、2022年に最終報告が公開された。

BBC Safeguarding https://www.bbc.com/safeguarding/

BBC 2023年9月16日 Russel Brand accused of rape and sexual assault
  https://www.bbc.com/news/uk-66831593

一連の経緯は https://news.sky.com/story/huw-edwards-bbc-presenter-latest-police-teenager-explicit-pictures-12917955
  少年が否定しているにもかかわらず、両親の言い分のみを伝えるなど、Sunの報道姿勢にも批判が集まっている。
  また、警察の捜査を待たずに、キャスターを停職処分にしたことについても、性加害ということで、BBCが対応を焦った結果ではないかとの指摘もでている。

BBC 2023年9月19日 Russell Brand: Resurfaced clips give a sobering reminder of noughties culture
  https://www.bbc.com/news/entertainment-arts-66843160

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【税所 玲子】
1994年入局、新潟局、国際部、ロンドン支局、国際放送局などを経て2020年7月から放送文化研究所。

ヨーロッパを中心にメディアやジャーナリズムの調査に従事。