文研ブログ

調査あれこれ 2023年12月08日 (金)

新聞・テレビ各社の「ファクトチェック」実施状況アンケート【研究員の視点】#515

ファクトチェック研究班 斉藤孝信/上杉慎一/渡辺健策

 デジタル情報空間が拡大し続ける中、インターネット上での誤情報・偽情報の氾濫が深刻な社会課題になっている。人々に正しい情報を届けるためには、そうした真偽が疑わしい情報を検証し、その検証経過や結果を伝えるファクトチェックの取り組みが不可欠である。
 日本国内では、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)や日本ファクトチェックセンター(JFC)といった非営利の団体・組織が活発にファクトチェックをおこなっている。一方で、そうしたファクトチェック団体などからは、日本ではマスメディアによる取り組みが遅れていると指摘されてきた。
 そこで文研では、この問題に関する研究プロジェクトを立ち上げた。今後、シリーズで、国内の新聞・テレビ各社に対して行ったアンケートや取材の結果を報告する。
 初回は、メディアによるファクトチェックの実施状況を把握するために、全国の主な新聞社と、東京・大阪・名古屋のテレビ局(民放・NHK)、74社を対象に実施したアンケート結果を紹介する。調査期間は2023年3月7日(火)から27日(月)で、22社から回答があった。この調査におけるファクトチェックの定義については、ファクトチェック団体が提唱している「チェックの結果を、専用のサイトで、検証経過や根拠も含めて個別に公表すること」とする旨を、協力依頼の段階で伝えた。なお、今回は調査時点の各社の回答を尊重し、その後の取り組みの変化や、各社の詳細な取り組みの実態や思いなどについては、次回以降のブログで報告したい。


ファクトチェック「日常的におこなっている」のは少数派
 まず、日常的にファクトチェックをおこなっているか否かを尋ねたところ、22社中、8社(新聞5社、テレビ3社)が「おこなっている」と答えた(図1)。
1208_factcheck_zu1.png どのような媒体や情報をチェックの対象にしているのかについて、「おこなっている」社の回答は以下のとおりであった。
・「チェックの対象は決めていないが、SNSを中心に、偽情報とみられる情報の根拠を分析し、誤りや曖昧な点を取材して指摘している」(琉球新報)
・「ファクトチェック・イニシアティブの基準に沿って、SNSから選挙ビラまで、あらゆる媒体を対象に実施している」(沖縄タイムス)
・「政治家の発言などを対象に、ファクトチェック・イニシアティブの判断基準をもとに報じている」(朝日新聞)
・「投稿者について、過去の投稿、広がりやつながり、投稿日時に矛盾はないかを含むヒアリング、住所、氏名の確認をおこなっている」(フジテレビ)


報道機関の使命として
 チェックを「おこなっている」8社に対し、取り組む動機を複数回答で尋ねた(表1)。 最も多かったのは「報道機関の責任・使命だから」で、8社すべてが挙げた。うち4社は「他の地域や海外の事例を見て、取り組むべきだと判断したから」とも答えている。一方で、「当事者・被害者からの要望があったから」は1社にとどまった。
 注目したいのは、読者や視聴者の存在を意識した「読者・視聴者の信頼を得たいから」(6社)、「読者・視聴者のニーズがあるから」(5社)を挙げた社の多さである。
 アンケートでは、実際に読者や視聴者からどのような反響があったのかも尋ねた。その結果、「ネットで肯定的に拡散されることも多い」(沖縄タイムス)、「継続的に調査・報道・ファクトチェックしていただけるよう希望しますなどという声が寄せられる」(朝日新聞)、「2022年11月20日に放送した特番『ザ・ファクトチェック』では、視聴者から好意的な反応が多く来た」(日本テレビ)などおおむね好評のようで、「読者から一定の支持が得られていると認識している」(北海道新聞)と手応えを感じている社が多い。
 個別の記事への評価にとどまらず、その社全体の「ブランディングに役立つ」と考える社も2社あった。一方で、「購読者数や視聴率が伸びるから」取り組むという社は1つもなかった。
 このように、現時点でファクトチェックを「おこなっている」メディアは、まずは“果たすべき責任である”という使命感で取り組み、読者増や視聴率向上につながるとは考えていないことがわかった。 1208_factcheck_hyou1.JPG


人手不足と見極めの難しさ
 では、実際にファクトチェックに取り組む中で、どのような課題を感じているのだろうか。
引き続き、「おこなっている」8社に複数回答で尋ねた結果を紹介したい(表2)。
 最も多かったのは「人手が足りない」の5社であった。また「知識・スキルのある人材の育成が進まない」と答えた社も2つある。チェック自体の難しさを挙げる社もあり、「情報の真偽の見極めが難しい」が4社、「チェックの対象選びが難しい」も3社となった。
 なお、「専門部署がある」と答えたのは1社のみであった。つまり、ほとんどの社では、特にファクトチェックを専門としているわけではない記者が、日頃の取材や記事執筆のかたわら、対象の選定や真偽の見極めに苦労しながら、ファクトチェック記事“も”書いているのである。

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 実施している8社が挙げた課題は、ファクトチェックを「おこなっていない」14社が、取り組みに踏み出せない原因にもなっている。
 表3は「おこなっていない」社に、なぜ実施しないのかを複数回答で尋ねた結果である。
 「要員が確保できないから」が10社と大半を占めた。次いで「専門的な知識・スキルがないから」も7社にのぼる。
 「おこなっていない」14社からは、「必要性を感じているが、体制がまだ取れていないのが現状。検討する考えはあるが、時期は未定」(地方新聞社)、「実施すべきと思うが、そのための人員や予算がないのが実情。また放送での発言をチェックして後日放送するにしても、そのための放送枠を作るのも難しい」(在阪テレビ局)など、ファクトチェックの意義には賛同するものの、人手や予算、アウトプットの場の確保など、現実的な困難さのせいで踏み出せないといった声が多かった。また、「地方紙単独で実施するには、あらゆる面でリソース不足だ。地方紙連携などで、調査期間を設け、テーマを定めて行うなど、メディア全体で取り組む環境が必要だ」(地方新聞社)という意見も聞かれた。

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ファクトチェックの“現在地”~自由記述の回答から~
 最後に、全社に対して「フェイクニュースやファクトチェックに関して、どのような問題意識をお持ちですか?」と尋ね、自由に答えてもらった結果を抜粋して紹介したい。

○報道機関の“使命感”~政治・選挙に関するファクトチェック~
 報道機関の使命だと捉えている社が多かったことは述べたとおりだが、中でも政治や選挙における偽・誤情報を防ぐことに強い使命感を抱いているという意見が多くみられた。
 「虚偽情報が政策や政治の信頼に関わる分野で流れると、有権者が誤った認識で投票し、 健全な民主主義のプロセスが大きくゆがめられる危険性がある。それを食い止めるのは、 報道機関として当然、挑まなくてはならない課題である」(地方新聞社)
 「選挙期間中の報道はとりわけ政治的公平性が求められるが、真偽不明の情報が飛び交い、有権者の投票行動に影響を及ぼしかねないのであれば、報道機関として取材を尽くし正しい情報を伝える使命は感じている」(在阪テレビ局)

○ファクトチェック記事は、読者・視聴者に届くのか?
 ファクトチェックをおこなっている社が、読者増や視聴率向上のためではなく、使命感で取り組んでいる旨はすでに紹介したとおりだが、そうして発信したところで、本当に読者や視聴者に届けることができるのかという不安や、波及力の限界に関する声もあった。
 「視聴者、ユーザーがまず知りたいのは、社会で起きている事象そのものであり、その先にある『何が起きたのか』『ナゼ起きたのか』だろうから、ファクトチェックの営みは、直接的に視聴者、ユーザーのニーズを満たしづらいのではないか」(在京テレビ局)
 「フェイクニュースの拡散は、個人・企業を問わず大きな問題だが、拡散された誤情報を打ち消すのは、象徴的な出来事がない限り不可能だ」(地方新聞社)

○マスメディア自体の信頼は?
 ファクトチェックをおこなうには、まずメディア自身の信頼を高めることが先決だろうという自戒の念についても、複数の社が言及している。
 「既存のマスメディアも自らの記事をチェックしなければ『ご都合主義的』と見られかねない懸念がある。紙媒体と放送、ネットメディアなどで、『紙の新聞は正確』『ネットは不確か』などとレッテルを貼り合っていては話が進まない。全媒体がチェックを受ける覚悟を持つべきだ」(地方新聞社)
 「SNS上のフェイクニュースを正そうとする前に、信頼されるメディアという存在意義を見つめ直し、再構築すべきだ」(地方新聞社)

○ファクトチェックの定義は? 責任は誰に?
 ファクトチェックを誰が実施すべきか、その責任の所在について、疑問を投げかける声も多くあった。また、今回のアンケートでは、ファクトチェックの定義について、ファクトチェック団体が提唱している「チェックの結果を、専用のサイトで、検証経過や根拠も含めて個別に公表すること」としたが、回答した社に取材したところ、「自社の記事やコンテンツの中で誤情報を出すことがないよう日常的に行っている事実確認」も、広い意味でのファクトチェックなのではないか、と捉えているところもあった。
 こうした意見からは、デジタル情報空間の急拡大とそこで生まれる偽・誤情報対策という新たな難題にどう向き合うべきなのか、メディア自身の課題整理が追いついていない現状が浮かび上がってくる。
 「ファクトチェックという言葉の定義が曖昧。社会的な認知度や理解度が、マスコミを含め、 不足している。ファクトチェックのプロセス(何を対象に、どのような確認検証をしたのか)を読者、視聴者、有権者にできる限り知らせ、自ら確認できる透明性を確保する必要がある」(地方新聞社)
 「フェイクニュースは淘汰(とうた)されるべき存在であるのは当然だが、自社メディアが報じたわけでもない情報を、当事者でもない我々がチェックするのは疑問だ。偽情報の氾濫はプラットフォーマーやネット自体の信頼性を著しく低下させるものであり、インターネット事業者側の責任においてチェックするのが自然ではないか」(在名新聞社)
 「表現の自由との兼ね合いもあるが、情報発信者やプラットフォーム事業者の責任を明確にする必要がある。情報リテラシー教育をさらに推進する必要もある」(地方新聞社)

  次回以降のブログでは、研究班が、各メディアを取材した結果を報告していきたい。