WEB特集

2021年06月17日 (木)ドミニクさんの決意 人気菓子"カヌレ"工場火災からの再起

20.jpg

 

「もう、これで私の人生終わりだな…」

 

店を支えてきた人気商品“カヌレ”の工場が燃えていく…。

 

炎に包まれる建物を前に、立ち尽くすフランス出身のパン職人。

 

窮地に追い込まれた彼を奮い立たせたのは、プロの職人としての“誇り”とオーナーとしての“覚悟”でした。

 

(津放送局 記者 石塚和明)

 

本場フランスの味を日本に

 

15.jpg 

 

三重県中部。鈴鹿市の閑静な住宅街に、パン屋「ドミニクドゥーセの店」はあります。

 

27年前の創業以来、地元の人たちに親しまれてきた名店で、全国各地にもファンがいます。

 

オーナーシェフを務めるのはフランス出身のドミニク・ドゥーセさん。

 

09.jpg

 

34年前、鈴鹿サーキットでF1グランプリが開催されることになったのをきっかけに来日。

 

サーキット内のレストランのシェフとして働き、あのアイルトン・セナやミハエル・シューマッハなど名だたるレーサーたちの食事も担当しました。

 

その後、“本当のフランスの味を日本に”との思いから、慣れ親しんだ鈴鹿市に店を構えました。

 

地元の人たちからは“ドミニクさん”と呼ばれ、慕われてきた一方で、民放のバラエティー番組の「パン職人選手権」で2連覇を果たすなど、その腕の確かさは広く知られています。

 

 

コロナ禍の切り札“カヌレ”の存在

 

 04.jpg

 

そんなドミニクさんが何度も試作と失敗を繰り返し完成させたのが、フランスの伝統菓子「カヌレ」。

 

オリジナルの銅製型を使い、研究し尽くした焼き加減で、「外はカリカリ 中はフワッと」した食感が特徴です。

 

発売後、瞬く間に人気は全国へと拡大。専用の工場を建てて各地に出荷し、全国のデパートやイベントなどで販売されるようになりました。

 

mise.JPG

 

新型コロナウイルスの感染拡大後は、各地のイベントへの出店が相次いで中止になったり、店内のレストランが1年以上休業したりといった危機が何度も訪れましたが、支えとなったのがこのカヌレでした。

 

02.jpg

 

オンラインショップなどでの売れ行きが好調で、コロナ禍をなんとか乗り越える切り札となってきたのです。

 

たった一晩ですべてが…カヌレ工場全焼

 

しかし、5月24日、ドミニクさんに悲劇が襲います。

 

カヌレ工場で火災が発生。従業員はおらず、けが人はいませんでしたが、工場は全焼してしまいました。

 

kaji.JPG

 

「電話がかかってきて、『工場が燃えているよ』って言われました。聞いた瞬間、体の中が熱くなって、急いで向かいました」

 

消火活動が行われている中も、大きく炎が上がり燃え続ける工場。

 

夜空に火の粉が飛んでいく中、ドミニクさんは、現場に立ち尽くし、絶望したといいます。

 

「たった一晩でこれまで積み上げてきたたくさんのものを失ったんです。『従業員どうする』とか『借金どうやって返す』とか、一気に頭の中がいっぱいになりました。隣にいた奥さんに正直に言いました。『今までいろんなことがあったけど、もうこれで人生終わりだな』と」

 

kata.JPG

 

オーブンやオリジナルの型にも被害が出て、1万5000個あった型のうち、無事だったのは34個だけ。

 

店頭のみでの販売となり、各地のデパートに出荷するなど量産はできなくなってしまいました。

 


“誇り”と“覚悟”を胸に

 

13.jpg

 

そうした中でも、ドミニクさんは、火事のあったその晩、再起を決意したといいます。

 

「全国のファンにまたカヌレを届けたい。いち早く届けるために、とにかくカヌレを焼きます。もちろん今までの数は出来ないけど頑張ります」

 

プロの職人としての誇りを胸に、毎日厨房に立ち続けています。

 

さらに、これまでともに歩んできた従業員への思いがドミニクさんを奮い立たせているといいます。

 

「本当にお客さんも従業員も愛しています。急いで早くカヌレを復活させて、従業員たちの経済の影響にならないように…」

 

14.jpg

 

それまで気丈に話していたドミニクさんが突然言葉を詰まらせ、涙をこらえました。

 

再び開けた口から出たのは、オーナーとしての覚悟でした。

 

「…およそ20年間もいる従業員もいます。『すいません火事になって明日から仕事がなくなりました』なんて言えませんよ。ひとりになると思い悩む時もありますが、とにかくみんなのために倒れない。とにかく乗り越えます」

 

11.jpg

 

寄せられる応援の声 決意新たに

 

そんなドミニクさんの支えになっているのは、お店のファンからの声です。

 

16.jpg

 

「ネットで火災があったのを知って、びっくりしました。今日は応援のためにカヌレを買いにきました」

 

「よくきますが、1番はカヌレが好きです。またよりたいです」

 

取材中も、火事の知らせを受けて店を応援しようという客が次々に訪れ、そう語っていました。

 

さらに、再び量産できる環境を整えようと、クッキーの詰め合わせを「応援セット」としてネットショッピングで販売したり、カヌレを返礼品としたクラウドファンディングで寄付を募っています。

 

17.jpg

 

するとSNSでは応援する多くのメッセージが。

 

「これは支援せねば!」


「絶対また食べたいもんね あのカヌレ」

 

「1日も早い復活を願っています」

 

エールを受けたドミニクさんは復活に向けた思いをさらに強くしています。

 

07.jpg

 

「ものすごいエネルギーいただいています。私はできることをやります、頑張ります。日本で私の人生が終わるまでいいカヌレ焼きます。絶対諦めない、絶対頑張る」。


カヌレを待つ、全国のファンのために。

 

逆境の中も、カヌレを焼き続けるドミニクさんの目はしっかりと前を向いていました。

 

 

ishiduka.jpg


石塚和明 2016年入局 

スイーツ好き・フランス語は自己紹介程度

投稿者:NHK津放送局 | 投稿時間:19:30 | WEB特集 |   | 固定リンク


2021年05月31日 (月)シート越しの別れ 新型コロナで父を亡くした男は今...

 S__33579012.jpg

 

「父親の遺体は、感染防止のためにシートにくるまれていました。なぜ父親なのか…という気持ちでした。悲しいというか、悔しさが残るんです」

 

新型コロナウイルスで父親を亡くした男性のことばです。

 

男性は今、三重県中南部にある小さな町で、感染対策の最前線に立っています。

 

なぜ、父親は死ななければならなかったのか、そして今、自分にできることとは。

 

男性の“思い”を聞きました。

 

(津放送局 周防則志 記者)

 

まさか自分の家族が…

 

S__33579013.jpg


「それまでは、はっきり言うと“人ごと”みたいなところもあったんですよ。感染者がまだあまり出ていない地域でしたし、まさか自分の周り、それも両親が感染するとは思っていなかったので」

 

服部吉人さんは、当時を思い返し、そのように語ります。

 

ことし1月、大紀町内に住む両親が、新型コロナウイルスに感染しました。

 

 S__33579027.jpg

 

3月の町長選挙に立候補していた服部さん。

 

選挙にどのような影響が出るか気になりましたが、両親の状態については、当初それほど心配していなかったと言います。

 

「感染がわかった時点では、症状がそれほどなかったんです。病院に行くときも『気をつけて行ってこいよ』と言ったくらいで。まぁ、2週間たったら退院できるのかなという感じでした」。

 

母親は次第に回復し、およそ2週間で退院できました。

 

しかし、91歳と高齢の父親は容体が悪化したこともあり、経過を見守るための入院が続きました。

 

母親の退院から3日後の朝。

 

「血圧が上がらない」と、病院から服部さんの姉に連絡がありました。

 

 S__33579016.jpg

 

姉の家族は、すぐに病院に向かったと言います。

 

「私が聞いたのは夕方になってからで。それから妻と駆けつけたんですけれども、そのときにはもう遅くて…」。

 

姉の家族は、防護服を着るなどの感染対策を取って、父親にどうにか会うことができましたが、服部さんは間に合いませんでした。

 

父親との“シート越し”の別れ

 

S__33579014.jpg

 

その後、服部さんが見たのは、透明のシートに包まれた父親の姿でした。

 

「顔の所は見えたんです。病院でとても丁寧に対応してくれたんだなと思いました。でも、やはり透明のシートに包まれている父の姿を見ると、悲しいなという思いがこみ上げてきましたね」

 

それまでまっすぐ前を見て話していた服部さんですが、このとき初めて、目線を落としました。

 

本来なら、自宅できちんとお経を上げたり、告別式を行ったりするところですが、それもできず、父親は、そのまま火葬場に行くことになったといいます。

 

棺の中にものを入れることもできないまま、シート越しに親族だけで最後の別れを告げることになりました。

 

町内に広がった“うわさ話”

 

S__33579019.jpg

 

父親を亡くした服部さんに追い打ちをかけたのが、“うわさ話”でした。

 

「服部さんも感染しているらしい」
「それだけじゃない、妻も感染しているらしいぞ」

 

ことしに入るまで感染者が確認されていなかった大紀町。

 

人口わずか8000人の町に、そうしたうわさが広がるのに時間はそれほどかかりませんでした。

 

「精神的にもつらかったですね。自分が感染していたら、周りの人たちにうつしていないか…責任感や不安がどんどん出てくるんです。とはいえ、町の皆さんだって、小さい町なんで、不安にはなりますよね」

 

服部さんは、自分たちへのうわさをどうにかするよりも前に、正確な情報を発信していくことで町内に住む人たちの不安を払拭することが、重要だと考えたと言います。

 

選挙が迫っていたこともあり、両親の感染の経緯や、それ以外の家族は検査の結果、陰性だったことなどを、後援会の会報で伝えていくことにしました。

 

S__33579026.jpg

 

「とにかく正確な情報を発信したい強い思いで進めました。ただ、私は会報などで情報を発信することができましたが、そうでなかったら、果たしてどうしたかなと…。いずれにしても不安をあおるようなうわさや発言だけはやめてもらいたいです。それを多くの人には伝えたいです」

 

丁寧な発信を心がけた結果、うわさは次第におさまっていきました。

 

父を失った経験元に町長として

 

S__33579025.jpg

 

「もう予約とれた?」


「とれました、とれました。本当にスムーズにいって、みんなも喜んでます。安心です」

 

4月、町のワクチン接種を前に行われたシミュレーションの会場に服部さんがいました。


服部さんは選挙で当選し、町長になり、今、町の感染対策の最前線に立っています。

 

S__33579022.jpg

 

安心してワクチンを受けてもらおうと、地元の高齢者たちに積極的に声をかけている姿が印象的でした。

 

今、そんな服部さんの心の支えになっているものがあります。

 

父親が愛用していたという懐中時計です。

 

S__33579024.jpg

 

服部さんが遺品を整理している中で偶然見つけました。

 

元国鉄の職員で、時間に厳しかったという父親は、この懐中時計を肌身離さず持っていたといいます。

 

服部さんは、時計を机の上に置いて、時折眺めながら仕事にあたっています。

 

S__33579028.jpg

 

「父親を亡くした悔しさもそうですが、病気に対しての悔しさがあったんです。こんな思いをする人は、もう1人でも出てほしくない。そして、もし感染者が出た場合は、本人や家族の立場になって、一緒に考えられるような町長になりたいですね」。

 

S__33579020.jpg

 

父親を失ったつらい経験を胸に秘め、町長としての決意を服部さんは力強く語りました。

 

 

S__33579029.jpg

周防則志 2020年入局 
“地域の課題を解決する”報道を目指している

投稿者:NHK津放送局 | 投稿時間:12:30 | WEB特集 |   | 固定リンク


2021年05月28日 (金)あした、あさっての次は?方言"ささって"の謎

sasa.JPG 

 

あした、あさって…の次を何と言ってますか?

 

標準語では「しあさって」だけど、三重県だったらそこは「ささって」でしょ!という人も多いかもしれません。

 

でも、そもそも「ささって」って何なの?三重県でも全県で言うの?一部エリアだけ?

 

そんな「ささって」の謎を、静岡県出身の新人記者、私、中野七海が取材してきました。

 

(津放送局 記者 中野七海)

 

「ささって」ってそもそも…

 

28.jpg

 

静岡県では、「あさって」の次は「しあさって」。

 

「ささって」は聞いたことなかったですし、“三重の方言”として有名だとは知りませんでした。

 

そんな“三重の方言”について詳しい人がいると聞き、三重大学に行ってきました。

 

お話をうかがったのは方言の研究を続けて四半世紀、余健教授です。

 

30.jpg

 

(中野)
「『ささって』を初めて聞いたときに何が刺さってるんだ?と思っちゃいました!」

 

(余教授)
「なるほど・・・・・」

 

(中野)
「(す、すべったか…、よし、ここは気を取り直して)ところで、『ささって』ってどういう由来からなんでしょうか」

 

48.jpg

 

(余教授)
「『さ』は、来週の次の再(さ)来週、あるいは来年の次の再(さ)来年、そんな時に使う『さ』という説が一般的ですね。『あさって』の次の日という意味で『さあさって』が縮まって、『ささって』という形が生まれてきたと考えられます」

 

34.jpg

 

なるほど、わかりやすい!「ささって」は「さあさって」を短くした言い方だったんですね。

 

教授によると、このほかにも、きょうから数えて3日目だから「ささって」、「さきあさって」が変化して「ささって」になったなどの説もあるといいます。

 

71.png

 

「ささって」は三重弁じゃない!

 

では、「ささって」は三重県特有の方言なのか聞くと…。

 

「三重県だけではなくて、中部地方、北陸にかけて確認されていますよ。石川県の能登半島から、岐阜県、そして三重県辺りですね」

 

37.jpg

 

えっ!なんと、三重だけではなかった!

 

三重から北陸にかけての中部地方のほか、鹿児島県の種子島などでも確認できるといいます。

 

69.png

 

意外にいろいろなところで使われているもんなんですね。

 

三重県内でも地域性がある

 

一方で、伊賀市や名張市、そして熊野市より南では「しあさって」が使われるなど県内での地域差もあるといいます。

 

70.png

 

その理由について余教授は「伊賀・名張は京都や大阪との生活圏ができてますし、熊野以南の地域は和歌山県あるいは奈良県南部との生活圏ができています。そうした中で言葉の共通性があるんです」

 

伊賀や名張のことばは、津の辺りに比べると“関西弁”に近い、という話を聞いたこともありますが、昔からの地域性や生活圏と密接なつながりがあるというのは納得です。

 

若者は“ささって”を使わない?

 

さらに、「ささって」をめぐっては世代間のギャップがあるという話も。

 

NHK津放送局には三重県出身の人がたくさんいるので、ちょっと聞いてみることにしました。

 

まずは三輪アナウンサーに…。

 

(中野)
「あした、あさっての次の日のことなんていいますか」

 

40.jpg 

 

(三輪アナ)
「ふふふっ。『ささって』って言ってほしいんでしょ」

 

(中野)
「(うっ!するどい!)はい、言ってほしいです!」

 

(三輪アナ)
「もちろん分かりますけど、私は使わないですね、昔から。でも親は使いますよ」

 

あら、意外に使われてないのかも。

 

続いて、編集マンの方に。

 

(中野)
「あした、あさっての次の日のことなんていいますか」

 

41.jpg

 

(編集マン)
「ささって?」

 

(中野)
「使いますか」

 

(編集マン)
「使います」

 

今でも使われている方がいてよかった!

 

警備員さんにも聞いてみました。

 

42.jpg

 

「子どものころは学生のころは使ってましたけど、今はあんまり使わんもんね~」

 

今でも使うという人もいますが、知ってはいるけれど使わない、と言う人が徐々に増えているようです。

 

「ささって」が消える!?

 

50.jpg 

 

余教授によると、テレビなどのメディアの影響で、方言はどんどん消えているといいます。

 

「ささって」は今後、どうなっていくのか聞くと…。

 

「若い世代の人の中では、もう冗談でしか『ささって』を使わないということもあります。これって、方言がなくなってしまう前段階の現象なんですね。残念ながらこのままでいくと『ささって』の使用は三重県内では聞かれなくなる可能性は高いと思います」

 

そうなのか…。出会ったばかりの『ささって』ですが、なんかちょっとさみしい。

 

 46.jpg

 

「『ささって』と言っても伝わらない、理解してもらえないという経験が積み重なってくると、しゃべるほうもだんだん自信がなくなってきてしまいます。だから、三重の人には自信を持って『あした、あさって、ささって』と言ってほしいですね」

 

というわけで結論です。

 

72.png

 

「『ささって』は、『あさって』に『次』を表す『さ』がついたものとみられる。中部地方などで使われる方言だがこのまま消えてしまう可能性もある」でした。


このまま消えてしまうのはおしい。「ささって」応援団として、日ごろから「ささって」を使っていきたいと思います!

 

S__33579011.jpg 

(中野七海 2021年入局 好きな三重弁は「かえるのかんぴんたん」)

投稿者:NHK津放送局 | 投稿時間:15:30 | WEB特集 |   | 固定リンク


2021年05月27日 (木)航空機産業がアウトドア業界に参入?カギは"夢"

26.jpg 

 

「え、何ですかそれは。いくらなんでも無謀ですよ」

 

これまで支援してきてくれた担当者から、そう言われたという、新たな挑戦。

 

新型コロナウイルスの影響でピンチに陥った航空機の組み立て会社が挑んだのは、これまで培ってきた技術とは無関係の、アウトドア用品の分野でした。

 

なぜそんな転換ができたのか、キーワードとなったのは“夢”でした。

 

(津放送局 記者 須川拓海)

 

苦境にあえぐ航空機産業

「これまで従業員は、飛行機を作るというスケールの大きい仕事に夢や誇りを持っていました。今は、不安もある中で辛抱してもらっていて、事業継続ができなくなるおそれもある。何か新しいことを始めないと、と思って…」

 

三重県木曽岬町に工場を構える大起産業の天田淳一専務は、そう語ります。

 

10.jpg

 

創業から60年、社員の“夢”も乗せた数多くの飛行機の組み立てを請け負ってきた大起産業ですが、新型コロナウイルスの影響で、主力だったボーイング社の飛行機が大きく減産。

 

国産初のジェット機「三菱スペースジェット」の開発縮小も追い打ちをかけ、航空機部門の売り上げは半分近くにまで減少しました。

 

 従業員は交代で休業を余儀なくされ、徐々に工場の活気が失われていったといいます。

 

社員アンケートで新事業募集!

 

そこで行ったのが従業員を対象にしたアンケートでした。

 

去年6月、400人ほどから新たな事業に関する提案を募ったのです。

 

最初の質問は「あなたの趣味はなんですか?」。

 

飛行機に変わる“夢”を従業員のプライベートな好みから見いだすのがねらいでした。

 

「興味を持っていること、知見を持っていることが、一番、熱意を持って取り組めることだと思うんです。社員の皆さんの話を素直に聞いて、その中から何か突破口が開けないのかなと思ってやってみました」(天田専務)

 

ザリガニの養殖、家具の製作、船乗り、畑…。

 

社員からはさまざまな提案が寄せられました。その中で選ばれたのが、アウトドア用品の企画・販売だったのです。

 

提案したのは、当時、社外に出向中だった竹尾滋展さんでした。

 

社内に配られたアンケートの存在を聞きつけ、直接連絡があったと言います。

 

釣りが趣味の竹尾さんは、コロナ禍によるアウトドア人気の高まりを肌で感じる機会が多く、この企画は絶対にうまくいくと確信していました。

 

「何か新しいことにチャレンジしたいなという思いはずっとありましたが、規模が大きい会社ではないので、新たなことに踏み出せるチャンスはめったにない。何としてでも自分の思いを届けて実現させたいという思いでプレゼンしました」(竹尾さん)

 

天田専務も、竹尾さんの熱い思いに、心を揺さぶられたといい「非常に熱を持っていて。『絶対うまくいきます、成功させます』と言ってくれたので、素直にうれしかったですね」と話します。

 

「いくらなんでも無謀」の声も…

 

しかし、アイディアはすぐに周囲の理解を得られたわけではありませんでした。

 

大起産業の経営相談や支援にあたってきた、中小企業庁三重県よろず支援拠点の立道和久さんは、この企画をはじめに聞いたときは全く理解できなかったといいます。

 

file.jpg 

 

「え、何ですかそれは。いくらなんでも無謀ですよ」と反対したという立道さん。

 

大起産業の確かな技術を知っているからこそ、これまで培ってきたものをほかの業種に転用する道を探ることを提案しました。

 

そうした中でも、大起産業からは事業を進めたいという強い意向が寄せられました。

 

その思いに、立道さんは考えを改めたといいます。

 

「会社の閉そく感を打開するためにもやるんだ、という熱意を訴えられました。最終的に決めるのは事業者ですから、覚悟を持って取り組むなら私もできる限りのサポートをしようと思いましたね」(立道さん)

 

安全性を追求 相次ぐ壁を打破

 

とはいえ、商品を企画し、消費者に届けるまでを一貫して行うのは会社としても初めて。

 

始まってみると、ブランド名やロゴの決定、材料の表示、実際に製品を作る中国の工場とのやり取りや輸入する船の契約といったさまざまな壁があったといいます。

 

19.jpg

 

そんな中でも徹底したのは安全性の追求でした。

 

ミスが許されない飛行機組み立ての品質管理のノウハウを生かしたのです。

 

中国の工場に対しては、飛行機組み立てと同じように資料を作成して検品の徹底を指示しました。

 

飛行機に変わる“夢”を実現するという仕事が、竹尾さんたちに新たな活力を生み出し、やがて開発は軌道に乗り始めました。

 

22.jpg

 

竹尾さんも「商品を開発しているときはワクワクしかないですね。たぶん起きているときはずっとキャンプのことを考えています。仕事のことしか頭にないくらい」と話します。

 

ついに商品販売、夢は続く

 

24.jpg

 

提案の採用から10か月、ついに最初の商品となるテーブルとコンテナボックスの販売が始まりました。

 

売り上げも少しずつ伸びていて、まずは商品を知ってもらおうと、販路拡大に地道に取り組んでいます。

 

「やっとここまで来たなと。思いどおりにならないこともたくさんあって、商品1つ作って世に送り出すのがこんなに難しいことなんだと痛感しました。それと同時に、今は本当にうれしさでいっぱいですね」(竹尾さん)

 

「社員のみんなの“夢”を乗せた商品がようやくできました。前向きでワクワクするような気持ちを、を買っていただく皆さんにも共有してもらいたいですね」(天田専務)

 

従業員に趣味を聞くことから始まった新たな事業。

 

厳しい状況の中で生み出されたアイディアが今、飛行機に変わる“夢”になろうとしています。

 

suga.pngのサムネイル画像のサムネイル画像 

(須川拓海 2018年入局 四日市支局に所属 飛行機には数えるほどしか乗ったことがない)

投稿者:NHK津放送局 | 投稿時間:16:30 | WEB特集 |   | 固定リンク


2021年05月27日 (木)避難勧告が廃止?変わった避難情報のポイント教えます

73.png

 

「“避難指示”ってどれくらい深刻なの?そう言われても、いつどんなタイミングで避難したらいいの?」

 

そんな風に思ったことがある人もいるのではないでしょうか。

 

大雨などで災害の危険が迫る時は、自治体が避難情報を発表しますが、この情報が5月から大きく変わりました。

 

変更点のポイントなどをわかりやすくお伝えします。

 

(津放送局 石塚和明 記者)

 

レベル3“高齢者等避難”

 

73.png 

 

避難指示などの情報や気象警報は、5段階の警戒レベルにわかれています。

 

図のうち、左側が従来の避難情報、右側が新しい避難情報になります。

 

変更されたところに絞って順番に見ていきましょう。

 

まず、レベル3。「避難準備の情報」が「高齢者等避難」に変わりました。

 

近年の災害では、高齢者の犠牲が後を絶ちません。

 

どんな人たちがまず避難が必要なのか、対象をより明確にすることで、いち早い避難につなげようという狙いです。

 

高齢者や体の不自由な人など、移動に時間のかかる人は、この情報が出た段階で避難を。

 

ただ、このほかの人も避難場所を確認したり、持ち出すものを準備したりといったことを始めてください。

 

そして、危険を感じたら、次のレベルを待たずに自主的に避難を始めてください。

 

高齢者を強調していますが、高齢者のためのだけの情報ではないということに注意が必要です。

 

レベル4“避難指示”

 

続いてレベル4。従来の情報では「避難指示」と「避難勧告」がありましたが、2つの違いをご存じでしたでしょうか。

 

「避難勧告」は避難を開始するべきタイミング、「避難指示」はもうそのタイミングを過ぎていて、身の安全に配慮しながら速やかな避難が必要とされる段階です。

 

ただ、この2つの情報、意味が正しく理解されていないという課題がありました。

 

内閣府が全国の人に行ったアンケートで、2つの情報を正確に理解していたのは、17.7%にとどまっていたのです。

 

03.jpg

 

「避難指示」よりも「避難勧告」のほうが差し迫った状態にあると思っている人も少なくなかったようです。

 

そこで、今回、2つの情報が一本化されました。

 

「避難勧告」は廃止され、レベル4は「避難指示」のみに一本化されました。

 

危険な場所にいる人は全員、避難が必要な段階です。

 

これまでの情報では、「まだ避難勧告だから避難指示が出てから避難すればいいか」と思ってしまう人もいたかもしれませんが、一本化でわかりやすくなったのではないでしょうか。

 

レベル5“緊急安全確保”

 

そしてレベル5。これまでの「災害発生情報」では取るべき行動がわかりにくいなどとして、「緊急安全確保」に変わりました。

 

住民がとるべき行動は「命を守って!」です。

 

災害が発生、もしくは切迫している時に発表されます。

 

まだ、危険な場所にいる人は、建物の2階以上や崖の反対側に移動するなど安全を確保してください。

 

あくまで、避難し遅れた人がとる行動であって、避難場所への移動はすでに手遅れになっているおそれがある段階です。

 

05.jpg

 

レベル4の段階で、「まだレベル5があるから大丈夫」とは絶対思わないでください。

 

大切なのは日ごろからの準備

 

ただ、災害が迫っているから急に避難する、というのはなかなか難しいかもしれません。

 

日ごろから身の回りにある災害のリスクを確認しておくことが大切です。

 

06.jpg

 

洪水で浸水する範囲などが確認できるハザードマップをチェックしておいてください。

 

そして、どこにどうやって避難したら良いのかを調べておいたり、実際に歩いてみたりすることも重要です。

 

東海地方のことしの梅雨入りは5月16日と、平年よりも21日も早い発表となりました。

 

大雨による災害がいつおかしくないシーズンに入っています。

 

日ごろからの備えを進めてください。

 

ishiduka.jpg

 

石塚和明(2016年入局 鳥取局を経て現職 好きな映画は「ディストラクション・ベイビーズ」)

投稿者:NHK津放送局 | 投稿時間:16:00 | WEB特集 |   | 固定リンク


2021年04月09日 (金)海女さんも 海水浴客も これを見たらすぐ逃げて!

002.jpg

 

「皆さん!急いで逃げてください!!」

 

ライフセーバーが周囲の人に声をかけ、赤と白の格子模様の旗を左右に大きく振ります。

 

海にいる人に津波の危険を視覚的に知らせる「津波フラッグ」です。

 

去年、運用が始まりましたが、なかなか普及が進まないといいます。

 

いったいなぜでしょうか。

 

(津放送局記者 石塚和明)

 

 “津波フラッグ”とは

 

00902.jpg

 

津波フラッグは、気象庁が視覚的に津波の警戒を呼びかける手段として定めている赤と白の格子模様の旗です。

 

大津波警報や津波警報、それに津波注意報が発表された場合、海岸でライフセイバーなどが振ったり、建物に掲示したりします。

 

海水浴場などで泳いでいるときに、この旗を見かけたら、すぐに海から離れて高い場所に避難する必要があります。

 

きっかけは東日本大震災も普及進まず

 

導入のきっかけは、東日本大震災でした。

 

津波の警戒を呼びかける音声が聞き取りにくい海岸付近で亡くなったとみられる人がいたほか、岩手、宮城、福島の3県では、聴覚に障害のある人の死亡率が障害のない人に比べて2倍高くなったのです。

 

00802.jpg

 

そこで気象庁は、去年6月から「津波フラッグ」の運用を始めました。

 

ただ普及は進んでいません。

 

気象庁がことし2月までに、海水浴場のある全国446の市町村を調査したところ、「導入している」と回答した市町村は63で、全体の14%にとどまりました。

 

新型コロナウイルスの影響で、自治体の担当者と打ち合わせができなかったことなどが影響しているといいます。

 

三重県内では海女さんも避難

 

三重県内ではどうでしょうか。

 

主要な海水浴場がある沿岸部の市や町に問い合わせてみました。

 

このうち熊野市では、市内にある2つの海水浴場に導入済みで、津市と鈴鹿市、志摩市ではことしから導入予定だといいます。

 

012.jpg

 

しかし、それ以外の多くは「導入するか検討段階」という状態です。

導入を決めている中でユニークなのが志摩市です。

 

海女の数が全国で一番多い三重県ですが、志摩市でも海女の素もぐり漁が盛んです。

 

そこで、海水浴場だけでなく、漁場の近くにも導入することにしました。

 

007.jpg

 

また県内では啓発に向けた取り組みも進められています。

 

去年8月、鳥羽市の海水浴場では、津波が来るという想定で避難訓練が行われ、その際に津波フラッグが活用されました。

 

フラッグは、海水浴場を管理する町内会と漁協が独自に購入して導入したといいます。

 

“導入難しい”自治体も…

 

一方で、導入が難しいと話す地域もあります。

 

例えば、県南部の尾鷲市では南海トラフ巨大地震が発生した場合、早ければ津波が5分ほどで到達するところもあります。

 

006.jpg

 

市の担当者は「旗を振る人も危険ではないか」として、導入は現実的ではないとしています。

 

気象庁も、安全が確保されない場合は必ずしも旗を振ったり、掲示しなくてもよいとしていて、難しい問題です。

 

“まずは存在を知って”

 

音声の聞き取りにくい海岸で、どう警戒を呼びかけるか、地域の実情にあった対応が求められますが、まず進めなくてはいけないのが認知度をあげることです。

 

せっかく導入されても、何の意味があるのか伝わらなければ意味がありません。

 

そこで先月、気象庁と日本ライフセービング協会が共同で啓発動画を制作しました。

 

津波フラッグの役割や、導入された経緯などがわかりやすくまとまっていて、日本ライフセービング協会のYouTubeチャンネルなどで閲覧することができます。

 

01001.jpg

 

こうした動画なども活用し、津波から1人でも多くの命を守るため、津波フラッグの存在を家族や友人など、周りの人たちにもぜひ知らせてください。

 

 

ishiduka.jpg

石塚和明(2016年入局 鳥取局を経て現職 好きな映画は「パルプ・フィクション」)

投稿者:NHK津放送局 | 投稿時間:18:00 | WEB特集 |   | 固定リンク


  • 1
  •  
  • 2

ページの一番上へ▲

カテゴリー

番組

RSS