文研ブログ

放送ヒストリー 2023年11月24日 (金)

『いないいないばあっ!』のはじまり③ ~いないいないばあ~#513

計画管理部 久保なおみ

 「世界子どもの日(11月20日)」をご存じですか?子どもたちの相互理解と福祉の向上を目的として、国連によって制定された日で、世界各地で子どもの権利や未来に関するイベントが開かれています。
 NHKでも11月13日から25日までの間を「スゴEフェス」と題して、さまざまな番組で「こどもたちのハートをうごかそう!」をテーマに発信しています。またNHKテレビ放送開始70年となった今年、放送博物館では、2024年1月28日までNHKキャラクター展を開催しています。
 その「スゴEフェス」とNHKキャラクター展の両方に参加している『いないいないばあっ!』について、前のブログでは、具体的な制作のベースとなった研究と、1本目の試作にあった「どきどきあそび」「擬音のうた」についてご紹介しました。
 今回は2本目の試作で特に印象的だった「いないいないばあ」というコーナーについて、みていきます。

imotoyoko1.png「いないいないばあ」 絵:いもとようこ アニメーション:石田英範


【素材感を大切に】
 「いないいないばあ」は、隠れているもの(答え)は分かっているけれど、それがでてくる楽しさがあります。赤ちゃんは、最後は安全なものが出てくると分かっているから、好きなのだそうです。「きっと〇〇が隠れている(予測)」→「あれ?違うかも?(緊張)」→「やっぱりそうだった(解禁)」の面白さ。

 『いないいないばあっ!』開発プロジェクトでは、「2歳児テレビ番組研究会」の成果をふまえ、そのメンバーで当時はお茶の水女子大学の発達心理学教授だった内田伸子先生や、国立小児病院の谷村雅子先生、さらに保育園や民間の託児施設などに取材しました。そして、乳幼児は"平面を立体的に見る力が弱いので、CGは素材感を出さないと理解しにくい" "単色のやわらかな色づかい、単純な形の方が認識しやすい"などの発達の特徴を学び、制作のベースとしました。
 (詳しくは『いないいないばあっ!』のはじまり①をご覧ください)

 "素材感が大切"という観点から、番組プロジェクトでは、絵本作家のいもとようこさんの絵を採用してはどうかという案が出ました。いもとさんの絵には、温かい素材感があったからです。いもとさんに打診をした際、直接お話を伺って初めて、和紙をちぎって彩色していることが分かりました。原画はまるで、生きているような立体感でした。 

 いもとさんは以前、CMのために膨大な数の絵を描いた経験があったそうで、テレビ番組で自分の絵が使われることに、はじめは難色を示していました。けれども、原画を取り込んでCGで動かすことによって、動画用の絵は別途お願いしないこと、絵としての存在感を大切にして極力動かさないこと、動かす場合はいもとさんが必要性を納得した場合のみとすることなどを条件に、ようやく首を縦に振ってくださいました。


【動かさないアニメーション】
 原画の取り込みとアニメーションは、映像作家の石田英範さんに依頼しました。派手に動かせば動かすほど、せっかくの素材感が損なわれてしまうので、絵としての存在感を大切にするために「できるだけ動かさない」ことを方針としました。「動かす」ことの多いCGにおいて「動かさない」のは珍しく、動かさないと、なんとなく不安になったそうです。そうしてつい動かしたくなる衝動と葛藤しながら、いもとさんの絵の温かい素材感を伝えるアニメーションを目指すことになりました。


【子どもたちの反応】
 1996年1月15日と16日に試作を放送したあと、番組開発プロジェクトでは、ふだんはテレビを見せていない園や、保育の中にテレビ番組を取り入れて放送教育を進めている園など、さまざまな園を訪れて、子どもたちが番組を見る様子を観察し、その効果を検証しました。
 当時、1月から2月にかけて保育園でメモした記録が残っています。

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代表的な園の反応を、比較のために他のコーナーも入れて、抜き出してみました。

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 2本の試作番組を続けて見せてしまった園もあったので、2本目の終わりごろには飽きてしまう子もでてきましたが、いもとさんの「いないいないばあ」は子どもたちに大人気で、動物たちが「ばあ!」と顔を出したあとに笑うと、見ていた子どもたちもつられて一緒に笑う様子がたくさん見られました。

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 こうした結果を開発プロジェクトで共有し、反応の良くなかったコーナーの統廃合を進めて2本の試作を組み合わせ、本放送へとつなげていきました。


【効果測定と番組】
 本放送が始まってからは、一般家庭を訪れ、子どもたちの様子を撮影して放映するコーナーがありましたので、その撮影の際に実際に放送を見るお子さんを見せていただいたりして、頻繁に生の反応を観察していました。集団で見ている幼稚園や保育所とはまた違って、家庭でリラックスして見ている子どもたちの反応はとても素直でした。子どもたちの様子をつぶさに観察すると、際立った反応がなくても、深く心を動かしている表情が読み取れたり、じっくり心に染み込んでいると思われるものもありました。
 そうして、興味を示さないコーナーには改良を重ね、次の制作に生かしていきました。

 最近は、SNSの書き込み等で番組の感想を得られるようになったこともあり、自分の足で反応を見に行くことが少なくなっているように思いますが、それがほんとうにテレビを見ている子どもたちの実際を表しているのか、検証する必要があります。
 また近年のメディア環境は、テレビだけではなく、スマホやタブレットによる動画視聴にも拡大し、大きく変化しています。公共メディアとしては、それらが子どもたちに与える影響を調査・分析し、良質な番組制作や、適切な届け方につなげていくことが重要だと考え、研究を進めようとしています。

 2歳児テレビ番組研究会(通称「2歳研」)立ち上げ時のメンバーで、『おかあさんといっしょ』番組制作の中心として長年プロデューサーを務めた近藤康弘さんは、インタビューで次のように答えています。(※1)
― いろんなものをリサーチするとか、そういう面白さを、もっと幼児番組には取り入れた方がいいなという気がしました。
  年間通してある水準に達するように、継続して経験を伝えると、当然マンネリになります。
  よほど周到な計画の下に新たなチャレンジをしていかないと。
  幼児番組はそれぞれ一生懸命に作っているのですが、みんなテイストが似てくる。
  引いた目で見たら、もっといろんなやり方があるだろう。
  こけてもいいから新しいほうに絶えず前向きに倒れたほうが、僕はいいような気がする。

 2歳研ができてから44年。研究者と一緒に番組を作るスタイルは珍しくなくなりましたが、多様な幼児番組が作られるようになった今こそ、"引いた目で"分析することの重要性が増してきたように思います。
 NHKにしかできない幼児番組とは何か、ニーズを把握し、それを実現していくにはどうすればいいか、これからも考えていきたいと思います。


◎こちらもぜひご覧ください
『いないいないばあっ!』のはじまり①  ~きっかけとなったテレビ研究~
『いないいないばあっ!』のはじまり②  ~どきどきあそび・擬音のうた~
 『いないいないばあっ!』が生まれるまで ~ワンワン誕生秘話~ | NHK文研


※1 「放送人の証言no.67」(2004.5) 放送人の会

【久保なおみ】
子ども番組が作りたくてNHKに入局。『いないいないばあっ!』『にほんごであそぼ』などを企画・制作。
2022年夏から現所属。月刊誌『放送研究と調査』や、ウェブサイトなどを担当。
好きな言葉は「みんなちがって みんないい」

☆こちらの記事もぜひお読みください
『にほんごであそぼ』コンサートのはじまり ~坂本龍一さんと作った福島コンサート~ #471 | NHK文研
  子ども向け造形番組の変遷~『NHK年鑑』からみた『できるかな』『つくってあそぼ』『ノージーのひらめき工房』~#485 | NHK文研

調査あれこれ 2023年11月22日 (水)

まもなくCOP28がスタート!日本人は気候変動についてどう思ってる? ~ISSP国際比較調査「環境」から~【研究員の視点】#512

世論調査部(社会調査)村田ひろ子

 2023年11月末からUAE=アラブ首長国連邦で開かれる国連の気候変動対策の会議「COP28」では、国連の気候変動枠組条約に加盟するおよそ200か国が、地球温暖化など世界的な気候変動による影響や対策について議論を行う予定です。会議は、各国が自主的に設けた温室効果ガスの削減目標がどの程度達成されているのかを確認する場にもなるわけですが、日本については、2021年に「2030年度までに温室効果ガスの排出量を13年度比で46%削減する」という方針を打ち出しています。
 この目標を達成するためには、ひとりひとりの意識が重要なことは言うまでもありませんが、果たして日本人は環境問題や気候変動についてどのように考えているのでしょうか?2020年に実施し、2023年8月末にリリースされた国際比較調査※1の結果からみていきます。この国際比較調査、日本からはNHK放送文化研究所が参加しています。

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 『環境問題について心配している』※2という人は、日本で8割近くにのぼり、比較データのある28の国や地域の中で3番目に多くなっています。また、気候変動による世界的な気温の上昇が『危険だと思う(極めて+かなり)』という人も8割近くで、各国の中で上から5番目になっています。

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 各国と比べて、多くの日本人が環境問題や気候変動について不安に思っている様子がうかがえます。
 それでは、環境保護に対する意識も高いのでしょうか。『環境を守るためなら、今の生活水準を落とすつもりがある(すすんで落とす+ある程度は落としてもよい)』と回答した人の割合をみると、日本では約3割にとどまり、各国の中ではやや少ないほうです。さらに、20代以下の若い人に限ってみると、日本では2割に届かず、下から数えて4番目に位置付けています。
 日本人の多くが環境や気候変動について心配しているわりには、環境を守るためであっても、自分の生活を犠牲にしたくないと考えているようです。

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 もう一つ、気になる結果をみてみましょう。『私だけが環境のために何かをしても、他の人も同じことをしなければ無意味だと思う』かどうかを尋ねた結果です。『無意味だと思う(どちらかといえばを含む)』※3と答えた人は、日本で61%を占め、各国の中で4番目に多くなっています。さらに20代以下に限ってみると、日本では73%にのぼり、1番多くなります。日本では、市民が「メディアを通じて気候変動に関する政治・経済動向についてはよく知っている一方で、それらが自分の生活や活動に関連した問題としてはとらえにくく、自分の行動によって社会を変えられるとの感覚を持てない」という指摘※4があります。
 個人1人では、環境問題はとうてい解決できない、という無力感が日本の若い世代にまん延しているとしたら、とても気がかりです。

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 まもなく始まる「COP28」で、世界的な気候変動による影響や対策が話し合われる予定ですが、日本でも脱炭素社会のあり方についての議論が高まるのかどうか、引き続き注目したいと思います。


※1 ISSP国際比較調査「環境」
ISSP Research Group (2023). International Social Survey Programme: Environment IV - ISSP 2020. GESIS, Cologne. ZA7650 Data file Version 2.0.0, https://doi.org/10.4232/1.14153.

※2 「まったく心配していない」を「1」、「非常に心配している」を「5」として、1~5までの中から選んでもらい、「4」と「5」を合算して『心配している』とした。また、各国の回答傾向を把握しやすくするため、「わからない」や無回答を除外して集計している。

※3 「賛成」と「どちらかといえば、賛成」を合算した結果。

※4 ジェフリー・ブロードベント、佐藤圭一(2016)「世界のなかの日本—気候変動対策の政策過程」、長谷川公一・品田知美編、『気候変動政策の社会学—日本は変われるのか』、昭和堂


○おすすめ記事
脱炭素時代の環境意識 ~ISSP国際比較調査「環境」・日本の結果から~
#334 予想外?予想どおり? 日本人の環境意識

【村田ひろ子】
2010年からNHK放送文化研究所で社会調査の企画や分析に従事。これまで、「中学生・高校生の生活と意識」「生命倫理」「食生活」に関する世論調査やISSP国際比較調査などを担当。

放送ヒストリー 2023年11月21日 (火)

『いないいないばあっ!』のはじまり② ~どきどきあそび・擬音のうた~#511

計画管理部 久保なおみ

 11月20日は「世界子どもの日」です。子どもたちの相互理解と福祉の向上を目的として、国連によって制定された日で、世界各地で子どもの権利や未来に関するイベントが開かれています。
 NHKでも11月13日から25日までの間を「スゴEフェス」と題して、さまざまな番組で「こどもたちのハートをうごかそう!」をテーマに発信しています。またNHKテレビ放送開始70年となった今年、放送博物館では、2024年1月28日までNHKキャラクター展を開催しています。
 その「スゴEフェス」とNHKキャラクター展の両方に参加している番組のひとつが、世界初の赤ちゃん番組である『いないいないばあっ!』です。前回のブログでは、具体的な制作のベースとなった研究をご紹介しました。番組開発プロジェクトでは、研究の成果を反映して、複数の短いコーナーから成る15分の試作番組を2本作りましたので、今回のブログでは1本目の試作の中心的なコーナーだった「どきどきあそび」と「擬音のうた」について、また次回のブログでは、2本目の試作で特に印象的だった「いないいないばあ」コーナーについて、みていきます。

dokidokiasobi1.png「どきどきあそび」 構成:きむらゆういち アニメーション:きらけいぞう


【0~2歳児の発達の特徴をふまえて~「どきどきあそび」~】
 『いないいないばあっ!』開発プロジェクトでは、「2歳児テレビ番組研究会」の成果をふまえ、そのメンバーで当時はお茶の水女子大学の発達心理学教授だった内田伸子先生や、国立小児病院の谷村雅子先生、さらに保育園や民間の託児施設などに、乳幼児の特徴を取材しました。そして、2分以内の複数のコーナーで構成することや、「感情・心・感性を揺り動かす」ことをねらいとするなど、方針を固めていきました。
 (詳しくは『いないいないばあっ!』のはじまり①をご覧ください)

 それらの取材結果やねらいをふまえて制作したコーナーのひとつが、「どきどきあそび」というアニメーションです。赤ちゃんの遊び絵本などを手がける絵本作家の、きむらゆういちさんの提案でした。「どきどきあそび」は、「追いかける・追いかけられる・つかまえる・つかまえられる・見つける・見つけられる」という"どきどき"を基本コンセプトにしていました。

〇0~2歳児の発達の特徴をふまえて「どきどきあそび」が工夫した点
・対象が多いと注視できないので、マンツーマンで直接話しかけた方がいい 
  → キャラクターが、テレビの前の子どもたちに呼びかけながらストーリーを展開していく
・繰り返し、反復することによって覚えていく
  → 「追いかける」「見つける」など、毎回ひとつの動作を繰り返して、展開を予想させる
・単色のやわらかな色づかい、単純な形の方が認識しやすい
  → キャラクターの造形を、〇△□をベースとしたものにする
・聞く力が弱く、BGMがあると、ことばをうまく聞き取れない
  → ことばと音楽とは重ねず、それぞれ単独で聞かせる
・カットの切り替えやズームは理解できず、別なものと認識してしまう
  → キャラクターの目線で、ワンカットで進行する

 そうして、見ている子どもたちにも、キャラクターと一緒に追いかけたり、追いかけられたりする感覚を体験してもらうことを目指しました。


【実現できるアニメーターを探して】
 当時はまだCGがあまり発達していなかったので、セルアニメでこのコンセプトを実現するのは、簡単なことではありませんでした。そこで、NHK内のアニメスタジオで撮影などを担当していた方に「番組が目指す世界観を実現してくれそうなアニメーターはいませんか」と尋ねたところ、きらけいぞうさんを紹介されました。きらさんは1968年からアニメーターとして活躍し、今もNHKや民放、CMの数々のアニメーションやキャラクターデザインを行っている方です。
 絵本作家のきむらさんと一緒にきらさんと初めて打ち合わせをしたとき、二人とも、とても驚いていました。なんと二人は、同じ大学・同じサークルの、先輩・後輩の間柄だったのです。そんなこともあって、きらさんはこの難題をおもしろがり、快く引き受けてくれることになりました。

 2分間、ワンカットのアニメーションをつくる。1秒間に何十枚もの動画を必要とするアニメーションでは、通常、動作のポイントとなる原画と、間をつなぐ動画の部分があり、それぞれ別の人が担当しますが、カットの切り替えもなく、キャラクターの目線で進行していく「どきどきあそび」では、ひとりの原画担当者が、すべて一筆書きのようにつなげていかなければなりませんでした。キャラクターの目線が変わっていく流れでも、背景+人物A+人物B+人物C...のように何層も重なる複雑な作画でも、何があってもワンカット。手書きの時代に、何百枚もの動画をつなげていくのは、とても大変な作業でした。そうしてできた試作「おどろかす」は、キャラクターがテレビの前の子どもたちに「しー」と話しかけながら、お友達の背後にそっと近づいていき、次々とおどろかしていく...という構成。最後は、おどろかそうと思った相手に逆におどろかされてしまう...という内容で、大人の私たちも"どきどき"してしまう、とてもすばらしい作品でした。

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【擬音のうた】
 『いないいないばあっ!』の歌を作る上でポイントとしたのは、"擬音をテーマにする"ことでした。1歳児の発達の特徴として、擬音が大好きな点が挙げられていたからです。
(詳しくは『いないいないばあっ!』のはじまり①をご覧ください)
 最初に作ったのは「それがママから聞いたこと」という歌でした(のちに「ママから聞いたこと」と改題)。作詞は三浦徳子さん。赤ちゃんがおなかの中で聞いていた、お母さんの鼓動をテーマにした歌でした。
 "擬音をテーマにする"というお題はなかなか難しく、何人かの作詞家から断られましたが、三浦徳子さんはおもしろがって、快く引き受けてくれました。

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【子どもたちの反応】
 1996年1月15日と16日に試作を放送したあと、番組開発プロジェクトでは、ふだんはテレビを見せていない園や、保育の中にテレビ番組を取り入れて放送教育を進めている園など、さまざまな園を訪れて、子どもたちが番組を見る様子を観察して、その効果を検証しました。
 当時、1月から2月にかけて保育園でメモした記録が残っています。

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代表的な園の反応を、比較のために他のコーナーも入れて、抜き出してみました。

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 「どきどきあそび」では、0~2歳のどの年齢でも、どの園でも、子どもたちがじーっと注視して、次もおどろかすだろうと予測してにやっとしたり、登場人物と一緒に笑ったりする様子が多数みられました。まさに、ねらいどおりの反応でした。
 「擬音のうた」でも、体を揺すったり、ジャンプしたりしながら、子どもたちは全身で喜びを表現していました。

 三浦徳子さんは、その後も「チーしちゃおう」「ワンワンパラダイス」「カエデの木のうた」など、多くの『いないいないばあっ!』の代表曲を作詞しています。また、別の子ども向け番組『にほんごであそぼ』では、古語を取り入れた「TOBALI」や、「シェイクスピアのうた」など、奥深い詞で、子ども向けの歌の新境地を開拓しました(「亜伊林」名義で作詞)。
 今月6日に亡くなった三浦徳子さんのご冥福をお祈りするとともに、子どもたちのために作詞した歌が、これからも歌い継がれていくことを願っています。


◎次回は2本目の試作で特に印象的だった「いないいないばあ」というコーナーについて、ご紹介します。
 こちらもぜひご覧ください。
『いないいないばあっ!』のはじまり①  ~きっかけとなったテレビ研究~
『いないいないばあっ!』のはじまり③  ~いないいないばあ~
 『いないいないばあっ!』が生まれるまで ~ワンワン誕生秘話~ | NHK文研

【久保なおみ】
子ども番組が作りたくてNHKに入局。『いないいないばあっ!』『にほんごであそぼ』などを企画・制作。
2022年夏から現所属。月刊誌『放送研究と調査』や、ウェブサイトなどを担当。
好きな言葉は「みんなちがって みんないい」

☆こちらの記事もぜひお読みください
『にほんごであそぼ』コンサートのはじまり ~坂本龍一さんと作った福島コンサート~ #471 | NHK文研
  子ども向け造形番組の変遷~『NHK年鑑』からみた『できるかな』『つくってあそぼ』『ノージーのひらめき工房』~#485 | NHK文研

放送ヒストリー 2023年11月20日 (月)

『いないいないばあっ!』のはじまり① ~きっかけとなったテレビ研究~#510

計画管理部 久保なおみ

 「世界子どもの日(11月20日)」をご存じですか?子どもたちの相互理解と福祉の向上を目的として、国連によって制定された日で、世界各地で子どもの権利や未来に関するイベントが開かれています。
 NHKでも11月13日から25日までの間を「スゴEフェス」と題して、さまざまな番組で「こどもたちのハートをうごかそう!」をテーマに発信しています。またNHKテレビ放送開始70年となった今年、放送博物館では、2024年1月28日までNHKキャラクター展を開催しています。
 その「スゴEフェス」とNHKキャラクター展の両方に参加している番組のひとつが『いないいないばあっ!』です。1996年に、世界初の赤ちゃん向け番組として、放送を開始しました。0~2歳児が、かなり早い段階から日常的にテレビと接しているという研究報告を受けて、乳幼児に特化した良質な番組を作ろうと、開発に着手したのです。(詳しくはこちらのブログをご覧ください)※1
 私はディレクターとして『いないいないばあっ!』の開発を担当しましたので、今回は具体的な制作のベースとなった研究と、その成果を反映して作ったアニメーションなどについて、3回にわたってご紹介します。

inaiinaibaa_rogo.png初回放送時のロゴ

【2歳研とNHKの子ども番組~『おかあさんといっしょ』~】
 日本では1953年のテレビ放送開始時点から、テレビが子どもに及ぼす影響に対する社会的関心が高く、1950年代後半から60年代にかけて、NHK放送文化研究所、文部省、日本民間放送連盟などが、大規模な研究を実施しました。そして1970年代、80年代には、番組の内容分析研究、子どもの映像理解に関する研究など、多様な視点とアプローチによる「子どもとテレビ」研究が、多分野の研究者たちによって繰り広げられました。(※2)

 そんな中で、2歳児向け番組の開発をめざした「2歳児テレビ番組研究会」(以下「2歳研」)が発足しました。モデルになったのは、研究者と制作者が一体となって制作していたアメリカの幼児番組『セサミストリート』です。『セサミストリート』は1969年にアメリカで放送を開始した番組で、就学前教育を目的としたさまざまなコーナーがありました。当時の『おかあさんといっしょ』は制作者だけで番組を作っており、主に3歳児を対象としたコーナーで構成されていましたが、1978年に開かれた『セサミストリート』に関する国際会議をきっかけに、日本でも研究者と共同して2歳児向けのコーナーを開発してみよう、という機運が高まりました。そうして1979年4月に2歳研が誕生したのです。(※3)

 2歳研は、3種の専門家からなるチームで構成されていました。
①発達心理学者・教育心理学者
 …2歳児の生活実態・テレビ視聴の実態調査をもとに、教育目標・行動目標を作る
②メディア専門家(主としてNHKの幼児番組制作者)
 …2歳児に向いていると思われる番組を既存のものから選んだり、試作したりする
③教育工学専門家・文研の研究員
 …2歳児に視聴させて効果測定し、原理を導き出したり改善点を指摘したりする

 この3つのチームが協同して、教育目標の設定→コーナーの試作→幼児の視聴実験→分析結果の検討→コーナーの改善→放送、という流れで研究を積み重ねながら開発を進め、『おかあさんといっしょ』の「ハイ・ポーズ」「こんなこいるかな」などのコーナーを生み出しました。文研の研究員は、教育工学の専門家と協力して幼児の視聴実験を行い、その成果を番組制作に反映させました。(※4)


【『いないいないばあっ!』の開発】
 『いないいないばあっ!』を開発するにあたって、NHKの番組制作チームは、大学の発達心理学や乳幼児教育の研究者・絵本作家・造形作家・人形製作者・CG制作者・作家・アニメーター・デザイナー・シンガーソングライター・商品化担当者などで構成される「番組開発プロジェクト」を立ち上げました。
 このプロジェクトが動き出した1995年には、2歳研は既にその役割を終えていましたので、「テレビは幼児に何ができるか」という2歳研の中間報告を、番組開発に活用することにしました。

tvhayoujini.png そして、2歳研のメンバーで当時はお茶の水女子大学の発達心理学教授だった内田伸子先生や、国立小児病院の谷村雅子先生、さらに保育園や民間の託児施設などを取材した結果、2歳児とそれ以下の乳幼児とでは、発達の特徴が大きく異なることがわかり、『おかあさんといっしょ』がターゲットにしていた年層の子どもたちとは異なるアプローチで番組を制作する必要がでてきたのです。そこで番組開発プロジェクトでは、まず『いないいないばあっ!』がターゲットとする0~2歳児の特徴をまとめました。

〇取材の結果明らかになった、0~2歳児の発達の特徴
・生後12か月ごろから、ことばを聞き取るようになる
・けれども聞く力が弱く、BGMがあると、ことばをうまく聞き取れない
・対象が多いと注視できないので、マンツーマンで直接話しかけた方がいい
・カットの切り替えやズームは理解できず、別なものと認識してしまう
・集中して見るのは2分40秒が限界
・繰り返し、反復することによって覚えていく
・単色のやわらかな色づかい、単純な形の方が認識しやすい
・1歳児は擬音が大好き
・身の回りのものと接することによって、1歳2~3か月で「みたて」ができるようになる
・平面を立体的に見る力が弱いので、CGは素材感や質感を出さないと理解しにくい


【『いないいないばあっ!』がめざしたもの】
 『おかあさんといっしょ』は2歳以上を対象としていましたので、2歳研ではさまざまな「教育目標」を設定して、コーナー開発に取り入れていました。
 けれども乳幼児の母親を対象とした市場調査では、2歳未満では「知育」よりも「情操」を望む声が多かったため、0~2歳児を対象とした『いないいないばあっ!』開発プロジェクトとしては、教育的な目標を設定する前の段階として、まずは「子どもたちの感情・心・感性を揺り動かす」ことが重要なのではないか、という結論に達しました。
 幼児教育の専門家によると、幼い時に心をたくさん動かした子どもたちは、心が豊かに発達するのだそうです。運動能力を高めるためには、体を動かす練習が有効なように、感受性を高めるためには、心を動かす練習が有効であるとの見解を示していました。
 そこで開発プロジェクトでは、テレビだけで全て完結するわけではなく、親や友達など周囲の人たちと豊かに関わることによって、たくさん心を動かすことができるよう、そのきっかけとなる番組作りをめざしました。

 くしくも、今年の「スゴEフェス」のテーマは「ハートをうごかそう!」です。28年たった今も、子どもたちへの願いは変わりません。


【試作番組の制作】
 以上のような研究をふまえて、『いないいないばあっ!』開発プロジェクトでは、複数の2分以内のコーナーで構成するセグメント形式の15分番組とすることなど、番組全体の方向性を定めました。そして、個々のコーナーで研究成果を具体化すべく、2本の試作番組を作ることにしました。
 次回のブログでは、以下のように、試作番組で制作した特徴的なコーナーができるまでを紹介します。


『いないいないばあっ!』のはじまり②  ~どきどきあそび・擬音のうた~
『いないいないばあっ!』のはじまり③  ~いないいないばあ~


※1 『いないいないばあっ!』が生まれるまで ~ワンワン誕生秘話~ | NHK文研

※2 子どもとテレビ研究・50年の軌跡と考察|NHK放送文化研究所

※3 白井常・坂元昂 編「テレビは幼児に何ができるか 新しい幼児番組の開発」(1982)
  日本放送教育協会

※4 秋山隆志郎・小平さち子『おかあさんといっしょ』と幼児の視聴行動 『放送研究と調査』(1987.8)

【久保なおみ】
子ども番組が作りたくてNHKに入局。『いないいないばあっ!』『にほんごであそぼ』などを企画・制作。
2022年夏から現所属。月刊誌『放送研究と調査』や、ウェブサイトなどを担当。
好きな言葉は「みんなちがって みんないい」

☆こちらの記事もぜひお読みください
『にほんごであそぼ』コンサートのはじまり ~坂本龍一さんと作った福島コンサート~ #471 | NHK文研
  子ども向け造形番組の変遷~『NHK年鑑』からみた『できるかな』『つくってあそぼ』『ノージーのひらめき工房』~#485 | NHK文研

メディアの動き 2023年11月17日 (金)

【メディアの動き】群馬テレビ,経営と労組が対立,地域放送の公共的使命をめぐり

 群馬県唯一の民放で独立局である群馬テレビ(前橋市)の労働組合は10月18日,県労働委員会に救済の申し立てを行った。武井和夫社長による過度な人事異動などを不当労働行為だとして,改善を求めている。

 また,交渉の中で,社長が経費削減を理由に,複数の自治体を名指しして「スポンサーでない自治体に取材に行く必要はない」,ニュース取材は「NHK前橋に行ってもらえばいい」という趣旨の発言をしたとして,これらの発言は放送の公共的使命を定めた放送法や,民放連の放送基準に抵触すると訴えている。

 これに対して群馬テレビは,「これまで誠意を持って十分な説明をしてきたと考えている」などとコメントしている。

 取材は不要だとされた自治体の1つ,渋川市の髙木勉市長は,同月23日の定例会見で「発言が事実であれば極めて残念で問題である」と発言。また,群馬テレビの筆頭株主である群馬県の山本一太知事は,同月19日の定例会見で,社長の発言を重く受け止め,県が事実関係の調査を行う意向を示した。

 筆者の取材に対し,労働組合の前島将男委員長は,「地域の報道は民放とNHKが担っていくべきで,経営にはその役割と責任を自覚してほしい」と話す。

 地方経済の低迷が続く中,地域民放は経営の維持と公共的使命の遂行をどう両立させていくのか。報道機関として,スポンサーや株主とどう距離をとっていくのか。今回の対立が,群馬テレビ自身の社内体制を検証する契機となるのかに注目していきたい。

メディアの動き 2023年11月17日 (金)

【メディアの動き】鳥島近海の地震,津波観測後に「後追い」で注意報

 10月9日午前5時25分ごろ,東京・伊豆諸島の鳥島近海で地震が発生。気象庁は,午前6時40分に伊豆諸島と小笠原諸島に津波注意報を発表し,各メディアも速報で伝えた。その後,7時44分に高知県,51分に千葉県九十九里・外房と千葉県内房,8時24分に宮崎県,鹿児島県東部,種子島・屋久島地方,奄美群島・トカラ列島にも発表した。ただ,実際には,一部の予報区を除き,注意報の発表基準である20センチ以上の津波が観測されてから出した,いわば「後追い注意報」だった。津波注意報は通常,津波の原因となる地震の震源や,地震の規模を示すマグニチュード(以下,M)をもとに地震発生から約3分を目標に発表される。しかし気象庁は,今回は地震波が不明瞭で詳しい震源やMが決まらず注意報の発表が遅れたと,9日の記者会見などで説明した。筆者の取材に対し気象庁は,国内で起きた地震で詳しい震源やMが決まらなかったのは,現行の津波予報の態勢が始まった1990年代以降,初めてだとしている。

 一方,11日に開かれた政府の地震調査委員会で,鳥島近海ではこれまでにもMが小さく通常は津波を伴わない規模の地震で複数回,津波が発生していることも指摘された。気象庁によると直近では2015年5月3日に起きたM5.9の地震で,このときも八丈島に津波が到達したあとに伊豆諸島などに津波注意報が発表された。

 気象庁は,「鳥島近海で地震が起きた場合,今後も津波到達後に注意報が発表される可能性がある」としている。メディアは,これを念頭に置き,ふだんからの心がけを含め,防災への呼びかけを検討する必要がある。

メディアの動き 2023年11月17日 (金)

【メディアの動き】ジャニーズ事務所が社名変更・廃業へ民放各局の検証番組相次ぐ

 故ジャニー喜多川氏による性加害の問題で,ジャニーズ事務所が10月2日,記者会見し,同月17日付で社名を「SMILE-UP.」に変更すると発表。被害者への補償はこの会社が行い,将来的に廃業するとした。またタレントのマネージメントなどを行う新会社の設立を明らかにした。この会見をめぐっては,運営担当のコンサルティング会社が,質疑応答で指名しないようにする記者をまとめた「NGリスト」を作成していたことが後日,明らかになり,批判を浴びた。

 当面の焦点は,被害者への補償や再発防止の取り組みがどこまで実行されるかにある。NHKはこうした取り組みが着実に実施されると確認されるまで,『紅白歌合戦』を含めた新規の出演依頼は行わない方針を明らかにしている。民放各局も「適切に判断する」などとして,対応を慎重に見極める構えだ。

 その一方で,メディア自身の責任も免れない。今回の性加害問題では,被害拡大の背景に「マスメディアの沈黙」があると指摘された。9月のNHK『クローズアップ現代』に続き,10月に入ると民放各局の検証番組が相次いだ。日本テレビは同月4日の『news every.』,フジテレビは21日の『週刊フジテレビ批評特別版』,テレビ東京は26日の『特別番組』で,いずれも社内調査の結果を伝えた。またTBSの『報道特集』は7日,関係者への独自の取材をもとに自社の対応を検証した。社内調査や取材の対象になったのはフジテレビで77人,テレビ東京で134人,『報道特集』で80人以上にのぼった。

 この中でまず問われたのは,報道機関としての姿勢である。1999年に始まった『週刊文春』のキャンペーン報道をめぐり裁判結果を報じなかったことや,今年(2023年)3月にイギリスBBCのドキュメンタリー番組が放送されたあとも迅速に対応しなかったことについて,「男性の性被害に対する認識が鈍かった」「芸能ネタ,週刊誌ネタだと思っていた」など,報道局の反省の弁が伝えられた。検証のもう1つの柱は旧ジャニーズ事務所と各局との関係である。日ごろ事務所側と直接向き合ってきた番組制作・編成部門への調査・取材では,一部の社員から,事務所側の圧力や自局の忖度(そんたく)を感じていたという証言が出たことが伝えられた。これを受け,番組では「社内でジャニーズを特別扱いする空気が20年以上にわたって醸成された」(日本テレビ),「必要以上に気を遣う意識が根づいていた」(フジテレビ)との認識が示された。『報道特集』は,テレビ局自身が報道とエンターテインメントの両方を担っていることが大きな矛盾になっているという,制作担当者の声を報じた。

 一連の検証番組はいずれも社内の調査・取材にとどまっているのが現状だ。その一方で,性加害の深刻な被害を訴える新たな証言も報道されている。NHKは10月9日の『ニュース7』で,2002年秋に当時高校生の男性が東京・渋谷のNHK放送センター内のトイレで,ジャニー氏から複数回にわたり性被害に遭ったと証言していることを伝えた。局によって濃淡はあるにせよ,実態の解明がまだ緒についたばかりであることを端的に示すものといえる。こうした中,TBSは番組での検証とは別に,外部の弁護士を交え中立的で第三者的な立場から評価する社内調査を実施すると明らかにした。重大な人権侵害を長年見過ごし,結果的に被害を拡大させたメディアの責任が引き続き問われている。

メディアの動き 2023年11月16日 (木)

【メディアの動き】オーストリア憲法裁判所,公共放送の監督機関の委員の選任方法に違憲判決

 オーストリア憲法裁判所は10月10日,公共放送ORFの2つの内部監督機関である財団評議会と視聴者評議会の委員の選任方式を定めたORF法の条項について,連邦政府の影響力が大きすぎ,公共放送の独立性と多元性の保障を定めた憲法に違反するとの判決を出したと発表した。2022年6月に東部ブルゲンラント州が,同条項が違憲だとして提訴していた。

 財団評議会は,ORFの予算と決算の承認,会長の任命,受信料額の決定などを行う監督機関。35人の委員で構成され,このうち連邦政府が9人,9つの州政府が各1人,国会に議席を持つ政党が6人,視聴者評議会が6人,ORF職員総会が5人を選任する。憲法裁判所は,連邦政府と視聴者評議会が選任する分について多元性を確保する規定がないこと,また連邦政府が選任する数が,政府から独立した視聴者評議会より多いことが,独立性と多元性保障の原則に反するとした。

 視聴者評議会は,視聴者を代表し,ORFの番組や編成について勧告を行う機関。30人の委員からなり,このうち13人を,商工会議所,労働組合,教会など法定の13団体が直接選任する。残りの17人は,教育,芸術,スポーツなど14分野の団体が3人ずつ候補者を政府に提出し,その中から連邦首相または担当大臣が任命する。憲法裁判所は,首相が任命する人数が13団体が直接選任する数より多いこと,また首相の裁量の余地が大きいことが,独立性と多元性保障の原則に反するとした。

 同裁判所は,2025年3月末までにORF法を改正することを求めた。

メディアの動き 2023年11月16日 (木)

【メディアの動き】豪ABC,放送前の素材映像の提出を警察から命じられる

 オーストラリアの公共放送ABCが10月9日に報道番組で放送した環境団体の抗議活動をめぐって,西オーストラリア(WA)州警察がABCに対し,放送前に素材映像を提出するよう命じていたことがわかった。ABCは命令に応じておらず,今後,法的措置に発展する可能性がある。

 WA州では,天然ガス施設の拡張をめぐり,気候変動などへの懸念から環境団体の活動家による抗議活動が激化している。8月には,開発側企業の最高経営責任者の自宅前にいた活動家らが逮捕された。こうした中,ABCの調査報道番組『Four Corners』の取材班は,環境団体の活動を撮影したが,その際,活動家に対し,匿名性を保障する旨を伝えていた。

 ABCのアンダーソン会長は10月6日,州警察に対し情報源を明かさないとの説明を行ったものの,今後も素材映像の提出はしないという明確な方針は示さなかった。

 メディア業界の労働組合MEAAは,警察による今回の命令が情報源の機密性を侵害するとして,10月9日,ABCの経営陣に請願書を提出し,州警察の命令に応じないよう求めた。また,国際ジャーナリスト連盟(IFJ)は10月12日,州警察に対し,命令の撤回を求めた。

 州警察は,10月10日に発表した声明で,命令の対象となった映像は犯罪の容疑に関連しており,合理的な理由がなく命令に従わない場合,12か月以下の禁錮刑および1万2,000オーストラリアドル(約117万円)以下の罰金が科される可能性があると表明した。

メディアの動き 2023年11月16日 (木)

【メディアの動き】イスラエル・ハマス軍事衝突,困難な中で報道続く,課題も浮き彫りに

 中東パレスチナのガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスは10月7日,イスラエルへの大規模な攻撃を行い,これに対する報復としてイスラエル軍は,ガザ地区への水や食料,燃料の供給を断ったうえで,陸空から大規模な軍事行動に踏み切った。10月31日までに,イスラエル側で少なくとも1,400人が死亡,パレスチナでは3,500人を超える子どもを含む8,525人が死亡した。ジャーナリストの死者も増える中,公平性など報道の課題も議論になっている。

 ニューヨークに本部を置くCPJ(ジャーナリスト保護委員会)によると,10月31日までにジャーナリスト31人が死亡した。このうちイスラエル人が4人,パレスチナ人が26人,レバノン人が1人となっている。また8人がけがをし,9人が行方不明となっている。

 イスラエルに封鎖され,往来が厳しく制限されてきたガザでは,以前から日々の取材の多くをパレスチナ人のジャーナリストが担ってきた。NHKガザ事務所でもプロデューサーのムハンマド・シェハダとカメラマンのサラーム・アブタホンが家族の避難場所を探したり,食料を求めたりしながら,現地の状況を取材し続けている。ロイター通信は10月27日,イスラエル軍がハマスは意図的にジャーナリストや市民の周辺で軍事行動を展開しているとし,こうした中でジャーナリストの安全を保証することはできないとの警告文を同社に送ってきたと伝えた。

 CPJは,死亡した1人1人の履歴を紹介しながら,「ジャーナリストは紛争を報じるという大切な仕事をしている一般市民であり,紛争当事者から攻撃の対象になってはならない」と,増え続ける犠牲に懸念を示している。

 イスラエル,ハマス双方が情報戦を繰り広げる中,正確性や公平性についての議論も起きている。10月17日,ガザの住民が避難先として身を寄せていた病院で,数百人が死亡した爆発では,発生直後,イギリスの公共放送BBCやNew York Timesなど複数のメディアが,イスラエルによる攻撃を示唆した。アメリカ政府などがガザから発射されたミサイルの可能性を示すと,各メディアはハマスの情報に頼り十分な検証をしなかったなどと認め修正した。各社とも現場の映像などをもとに検証を続けているが,最終的な事実の確定には至っていない。

 また,アメリカのAP通信やBBCは,編集ガイドラインの中で,政治的な意味合いを持つ「テロリスト」という言葉は,発言を引用する場合を除いて使用せず,「武装勢力」と形容していたが,イギリスでは閣僚などから批判が相次いだ。一方,ハマスの攻撃だけを「大量虐殺」と形容し,イスラエル軍による市民の犠牲とのバランスを欠くなどの不満も出て,BBCの正面玄関に赤いペンキが投げられる事件も起きた。

 ソーシャルメディアでも,過去の映像やAIで合成した画像を使った偽情報が拡散された。また多くの国でテロ組織に指定されているハマス関連のコンテンツが投稿されていることも問題視された。2023年8月,大手プラットフォームに偽情報やヘイトスピーチを監視し,削除する責任を課すデジタルサービス法が発効したEU(ヨーロッパ連合)は,10月10日から13日にかけX(旧Twitter),Meta,TikTok,YouTubeに違法コンテンツの削除など対策をとるよう警告文を送った。MetaもXも,対応をとったと説明したが,その後も誤情報,偽情報の拡散は続いている。