文研ブログ

メディアの動き 2024年02月14日 (水)

【メディアの動き】能登半島地震,大津波警報で「命を守る呼びかけ」,SNSで偽情報の拡散も

 1月1日午後4時10分ごろ,石川県能登地方を震源とするマグニチュード7.6の大地震が発生した。石川県輪島市と志賀(しか)町で震度7の激しい揺れを観測し,鉄筋コンクリートのビルを含む多くの建物が倒壊したほか,大規模火災も発生。土砂災害も多発し,土砂が道路を塞ぐなどして山間部を中心に孤立する集落が相次いだ。さらに大津波が発生。気象庁が行った現地調査では,▶新潟県上越市で5.8メートル,▶石川県能登町で4.7メートルの高さまで波が陸地を駆け上がったことがわかった。

 石川県によると,この地震により県内で死亡が確認された人は,同月29日午後2時の時点で238人となっている。特に新型コロナウイルス感染症が「5類」に移行した,いわば「コロナ禍明け後」に初めて迎えた元日の地震だったため,久しぶりに帰省し,犠牲になった人もいた。さらに過酷な避難生活などが原因で亡くなる,「災害関連死」の疑いはこのうち15人で,避難生活での被災者の健康管理や広域避難の進め方などが大きな課題となっている。

 この地震では,「石川県能登」に大津波警報が発表された。発表は2011年の東日本大震災以来で,放送メディア各社は緊急報道を展開。このうちNHKはアナウンサーが強い口調で,叫ぶように呼びかけ続ける「命を守る呼びかけ」を行った。これは,東日本大震災の津波で多くの犠牲者が出たことを教訓に作成されたもので,「今すぐ可能な限り高いところへ逃げること」などのさまざまな表現やフレーズを使って危険が切迫していることを伝え,住民の素早い避難を促そうというものだ。これについてX(旧Twitter)では「NHKのアナウンサーが叫んでいたので逃げた」という声があった一方,「怖かった」という意見もみられた。

 また,この地震では多数の偽情報がSNS上で拡散した。このうちXでは,今回の地震が「人工地震」だと主張して不安をあおる投稿が広がり,NHKは気象庁や地震の専門家の見解をもとに,打ち消し報道を行った。

 さらに,Xでは「インプレッション稼ぎ」とみられる偽の投稿も相次いだ。内容は「救助を求めている」というものだったが,石川県珠洲(すず)市内の架空の住所を使っていたり,実在する住所でもそこに住んでいない人の名前を使ったりしていた。また,その場所とは関係のない動画や静止画が貼りつけられていた。Xでは,2023年8月以降,有料サービスに加入しているユーザーが,投稿で獲得した一定の閲覧数=「インプレッション」に応じて収益を得られる仕組みになったことから,閲覧数による収益をねらって意図的に偽の情報を書き込んだ可能性があるとみられている。これを受けて総務省は1月2日,Xなどプラットフォーム事業者4社に対し,明らかに事実と異なり社会的に混乱を招くおそれのある情報について,各事業者が定める利用規約などに沿って適切に対応するよう文書で要請した。

 能登半島地震は,発生直後に津波警報・大津波警報と緊急地震速報が重なり,アナウンサーがとっさの判断を求められるなど,緊急報道の難しさを改めてメディアに突きつけた。また,SNS上で拡散する偽情報を,どう見つけ,打ち消すかなど,新たな課題も浮かび上がった災害といえる。

調査あれこれ 2024年02月02日 (金)

「日本人の意識」調査 データサイトへようこそ!#525

世論調査部(社会調査)原美和子/中山準之助

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 文研の代表的な世論調査、「日本人の意識」調査の、約半世紀にわたる調査結果をまとめたデータサイトが完成しました。

 この調査は1973年(昭和48年)に始まり、その後2018年(平成30年)まで、5年ごとに全部で10回の調査がおこなわれました。
 日本人の基本的なものの見方や考え方を長期的に追跡するため、調査方法や、質問・選択肢はほとんど変えていません。同じ条件で調査することで、結果を比較することが可能になっています。

 データサイトでは、全51問の時系列データを選んでご覧いただけます(上記のバナーからアクセスできます)。また結果はダウンロードできます。

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 調査内容は多岐にわたりますが、ここでは、「仕事と余暇のありかた」(調査での質問名は「仕事と余暇」)を選んでみます。

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 全体結果です。一番下のグラフが1973年の結果です。左から3番目 の選択肢「仕事にも余暇にも、同じくらい力を入れる」という人が、この45年間に21%から38%に増えました。一方、1973年には最も多かった「余暇も時には楽しむが、仕事のほうに力を注ぐ」人は36%から19%に減りました。

性別や年齢、都市規模、学歴別の結果も選べます。
こちらは男性と女性の結果です。

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 意識の変遷でたどる45年間の軌跡。みなさんそれぞれの「なるほど!」「びっくり!」、そしてもしかしたら「どうして?」を楽しみながらご利用いただければと思います。

 最後になりますが、この調査には合わせて30,000人以上の方(36,079人)にご協力いただきました。改めて御礼を申し上げます。

 「日本人の意識 1973‐2018」
https://www.nhk.or.jp/bunken/yoron-isiki/nihonzin/

メディアの動き 2024年01月19日 (金)

【メディアの動き】NHK社会部元記者の不正請求問題,歴代部長ら9人を懲戒処分

 報道局社会部の元記者が,私的な飲食を取材と称するなど,経費を不正に請求していた問題で,NHKは2023年12月19日,不正請求は410件,総額約789万円となることがわかったと発表した。これに伴って,歴代の社会部長3人について現職を解くとともに,前報道局長らとあわせて9人を停職などの懲戒処分とした。NHKは同年10月から外部有識者からなる第三者委員会を設け,調査を進めていた。

 不正請求を行った30代の元記者は11月に懲戒免職となり,全額を弁済させることとした。

 NHKは「受信料で支えられているNHKの職員として許されない行為であり,視聴者の皆様に深くおわびいたします」などと述べている。

 元記者はいわゆる「取材源の秘匿」として,飲食相手を偽る不正を重ねていた。

 調査報告書では,歴代の社会部長が,経費申請の承認に必要な決定印を庶務担当の管理職(庶務担)に預け,内容を確認していなかったと認定。「取材源の秘匿を背景に部局内で取材の内容だけでなく打合せの相手先情報や必要性についても厳しく追求しなかった組織風土や,報道局長や社会部長,庶務担,担当デスクの連携不足により決定者が打合せにおける取材の実態を把握していなかったことで記者への牽制効果が働かず,悪意を持った記者が取材源の秘匿を悪用する素地が形成された」と指摘した。

 「取材源の秘匿」という報道機関の重要な職業倫理を隠れ(みの)にした不正は,国民・視聴者のNHKへの信頼を大きく失墜させた。不正を生まない組織風土作りや仕組み作りに臨むNHKの姿勢が問われている。

メディアの動き 2024年01月19日 (金)

【メディアの動き】NHK『NW9』のインタビュー, BPOが「放送倫理違反」の意見

 NHKの『ニュースウオッチ9』で,新型コロナワクチンの接種後に亡くなった人の遺族を,新型コロナに感染して亡くなった人の遺族と誤認させる伝え方をしたことについて,BPOの放送倫理検証委員会は2023年12月5日,「放送倫理違反があった」とする意見を公表した。

 2023年5月15日に放送された番組では,エンディングで「新型コロナ5類移行から1週間・戻りつつある日常 それぞれの思い」と題して1分5秒のVTRを放送した。この中には,新型コロナワクチンで亡くなった人の遺族3人のインタビューがあったが,字幕で「夫を亡くした〇〇さん」などと紹介しただけで,ワクチンにはまったく触れず,新型コロナに感染した人の遺族と誤認される内容になっていた。

 審議した委員会では,問題点として▶インタビュー担当者が,映像編集を主業務とする職員で,取材経験が十分ではないのに,組織内のサポートが不十分だったことや,▶チェック機能が働かなかったこと,▶3人の遺族の声をわずか24秒で伝えるなど,「人の死」の伝え方としてあまりにも軽かったこと,を指摘した。そのうえで,「事実を正確に伝えるというニュース・報道番組としての基本を逸脱したものであった」として「放送倫理違反があった」と判断した。

 これを受けてNHKは,「取材・制作のあらゆる段階で真実に迫ろうとする基本的な姿勢を再確認し,ジャーナリズム教育の徹底など現在進めている再発防止策を着実に実行し,視聴者の信頼に応えられる番組を取材・制作してまいります」というコメントを発表した。

メディアの動き 2024年01月19日 (金)

【メディアの動き】テレビ史を彩る数々の名作ドラマ,脚本家の山田太一さん死去

 テレビドラマの脚本を中心に活躍した山田太一さんが,11月29日に89歳で亡くなった。

 松竹で映画作りに携わったあと,1965年に脚本家として独立。76年から放送された連続ドラマ『男たちの旅路』は,鶴田浩二さん演じる元特攻隊の警備員と若者の相克とともに社会問題を浮き彫りにし,大きな反響を呼んだ。また,学歴や容姿に劣等感を抱く若者の群像劇『ふぞろいの林檎(りんご)たち』をはじめ,『岸辺のアルバム』『早春スケッチブック』など,市井の人々の生活から人間や時代を描いた。東日本大震災をテーマにした2014年放送の『時は立ちどまらない』で放送文化基金賞の最優秀賞を受賞した。

 「山田太一 生きる哀しみを見つめて」と題した12月18日放送の『クローズアップ現代』(NHK総合)では,氏の最晩年の音声記録が紹介された。強い思い入れのある作品として挙げたのは,『男たちの旅路』の1作「車輪の一歩」。周囲に遠慮しながら暮らす車いすの若者に対して,主人公が「迷惑をかけてもいいんじゃないのか,(中略)いや,かけなければいけないんじゃないか」と諭すシーンが,時代を超えて今も共感を広げていることを伝えた。ゲスト出演の映画監督の是枝裕和さんは,山田さんを最も影響を受けた脚本家の1人とし,「時代の価値観に対する違和感とか,もっと言えば怒りみたいなものが強くあっただろう」と語った。

 立場の弱い人,マイノリティーの声がかき消されてしまい,生きづらさを抱える人が後を絶たない現代。世相を鋭く見つめてきた山田さんの作品は,人が最も大切にすべきことは何かと私たちに問いかけ続けている。

メディアの動き 2024年01月19日 (金)

【メディアの動き】インタビューの内容メモなどがネット上に流出,NHKが関係者らに謝罪

 NHKは12月1日,記者が取材したインタビュー内容のメモなど取材に関する情報が,インターネット上に流出したと発表。取材協力者におわびしたうえで,公式サイトやニュースで謝罪した。

 流出したのは,11月,首都圏局に所属する記者が,若年女性を支援する一般社団法人の「Colabo(コラボ)」に対し,過去にひぼう中傷を繰り返した経験のある取材協力者へのインタビューの内容メモや企画の提案書。この協力者がひぼう中傷をするきっかけとなった人物のSNSアカウントを通じて,誰でも閲覧できるような状態になっていた。

 NHKの調査の結果,子会社が契約する30代の派遣スタッフが,取材・制作用の端末にアクセスし情報を持ち出して流出させたことを認めたという。派遣スタッフは,ニュースのテロップ制作などに関わっていて,「興味本位でやった」などと話しているという。

 その後,12月14日には首都圏局の担当者2人が,取材に協力していたColaboの事務所を訪れ,「報道機関としてあってはならない流出があった」などと謝罪し,本来,匿名であるはずの情報が流出したことで,放送できなくなったと説明した。これに対しColabo側は,「単なる流出ではなく,Colaboや女性支援に対する攻撃の一環として起きたことを認識いただきたい」などと話したという。

 取材に関する情報が外部に流出したことは,報道機関としての信頼を大きく損なうもので,倫理意識と情報管理の徹底が求められる。

メディアの動き 2024年01月18日 (木)

【メディアの動き】Al Jazeera・RSF,国際刑事裁判所にイスラエル軍の戦争犯罪捜査を求める

 中東の衛星テレビAl Jazeera(以下,AJ)は12月16日,前日にパレスチナのガザ地区南部ハンユニスの学校で取材していた記者ら2人がイスラエル軍(IDF)の攻撃で負傷し,このうちカメラマンのサメル・アブダッカ氏が救急搬送を阻まれ死亡したとして,ICC(国際刑事裁判所)に戦争犯罪の疑いで捜査を求めると表明した。RSF(国境なき記者団)もアブダッカ氏を含むパレスチナ人7人が死亡した件について,ジャーナリストに対する意図的な攻撃だった疑いがあるとしてICCに捜査を求めている。

 CPJ(ジャーナリスト保護委員会)はIDFから取材活動停止を求められていたAJのアナス・アルシャリフ記者が同月11日,自宅への空爆で90歳の父親を失い,同月6日,同じくAJのモメン・アルシャラフィ記者の避難先が空爆を受けて両親や兄弟を含む家族22人が死亡した例などをあげ,パレスチナ人のジャーナリストやその家族が標的にされているとの懸念を表明。同月21日,ガザでの報道従事者の保護やIDFの責任の検証を国際社会に呼びかけた。

 通信大手Reutersは同月7日,同社カメラマンのイッサム・アブダラ氏が10月13日にレバノン南部への砲撃で死亡した状況について,現場にいたほかの取材班の映像や証言,砲弾の破片,衛星画像などを集め,専門家と分析した結果を報じた。報道陣と明確にわかる状況があったにもかかわらずIDFの戦車が砲撃したとしている。CPJによると,パレスチナのメディア従事者の死者は12月末までに少なくとも70人に達した。IDFは「ジャーナリストを標的にしたことはない」などとしている。

メディアの動き 2024年01月18日 (木)

【メディアの動き】韓国大統領,放送法など改正に拒否権,放送通信委員長に検察官出身者を任命

 韓国のユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領は12月1日,最大野党「共に民主党」などが賛成多数で可決していた放送法など3つの法律の改正案について拒否権を行使した。またユン大統領は同月29日,直属の放送規制監督機関である放送通信委員会(KCC)の委員長に検察官出身のキム・ホンイル(金洪一)氏を新たに任命した。

 韓国の国会では11月9日,改正案について,公共放送の政治的な独立性を強化するためとして,委員会を経ずに本会議へと回され,過半数を握る「共に民主党」の主導によって可決されていた。採決の前に退席していた与党「国民の力」は,放送法の改正は,野党がメディアを掌握するための法案だとして強く反対していた。拒否権が行使された法案が再可決されるためには,在籍議員の過半数の出席と,出席議員の3分の2以上の賛成が必要。12月8日に再び国会で採決が行われたが,放送法については在籍議員291人のうち,賛成が177人,反対113人,棄権1人で否決され,放送法など3つの法案は廃棄されることになった。

 一方,KCC委員長のイ・ドングァン(李東官)氏は,野党から弾劾訴追案が発議されたことを受けて12月1日に委員長を辞任した。ユン大統領は同月6日,後任の候補者に同じく検察官出身のキム氏を指名。同月27日に開かれた国会の人事聴聞会で同意を得られなかったものの,大統領は同月29日にキム氏を委員長に任命した。就任式でキム氏は「国民の信頼と時代の潮流に即したメディアを実現させていく」などと抱負を述べた。

メディアの動き 2024年01月18日 (木)

【メディアの動き】英BBC,「将来の財源モデル」検討へ 新理事長指名のシャー氏,厳しい船出

 イギリス政府は12月7日,2024年4月からの公共放送BBCの受信許可料を,10.5ポンド引き上げて年額169.5ポンド(約3万1,100円)にすると発表した。政府は2022年に,向こう2年間は受信許可料を据え置き,2024年度から27年度までは消費者物価指数に連動する形で値上げをするとの方針を示していた。しかし,今回の値上げ幅を決めるにあたり,物価高による国民生活への影響に配慮し,当初予定していた消費者物価指数の12か月の平均値の9%ではなく,9月時点の指数6.7%を採用した。

 これによりBBCは年に約9,000万ポンド(約165億円)の財源不足が生じる見通しとなった。2027年までに4億ポンド(約736億円)の削減策を進めているBBCは同日,声明を出し,受信許可料の値上げ幅が想定より低く抑えられたことに失望の意を示した。今後,さらなる削減の検討が必要になるとの考えを示した。

 また政府は同日,メディアの環境が大きく変わる中で,現行の受信許可料には課題があるとして,BBCの将来の財源モデルについて検討作業を始める方針を示した。近く放送業界や経済界の専門家からなる独立委員会を設置し,▶現行の受信許可料の持続可能性,▶商業サービス増加の是非,▶商業収入を増加させる方策,▶受信許可料に代わる新しいモデル,などについて検討する。政府は2024年の秋までに報告をとりまとめることを求める考えで,2027年12月に期限が切れる現行の特許状の更新に向けての議論に生かしていきたいとしている。

 BBCの財源制度については,現在,議会で審議が行われているメディア法の立案に向けて政府が示した『白書』の中でも,議論の必要性に触れている。また議会の上下両院の委員会でも議論が行われ,例えば上院の通信・デジタル委員会は,▶受信許可料を,所得税などに連動して累進化する,▶広告収入で運営する,▶世帯で一律徴収する,▶税金や政府の補助金にする,▶公的資金とサブスクリプションや商業収入を組み合わせたハイブリッド型にする,など具体的なモデルを提示し,それぞれの長所と短所を検討している。

 BBCも財源制度の議論は避けられないとの姿勢を示している。同局は声明で,「BBCが将来にわたり,イギリスの価値を世界に発信し,不偏不党のニュースや国民の暮らしを伝える番組を作り続けるためにも,財源の議論は重要だ」としたうえで,「変更がある場合には,その影響を国民が十分に理解することが重要だ」との認識を示し,幅広い議論を求めた。

 こうした中,政府は,空席となっているBBCの理事長に,同局の元ジャーナリストで非執行理事を務めたサミール・シャー(Samir Shah)氏を推薦すると発表した。財源モデルの議論や次期特許状の交渉は,新理事長の主要な任務となる。しかし,12月13日に議会下院の文化・メディア・スポーツ委員会が開いた聴聞会では,現職の非執行理事が番組の編集方針に介入したと報じられたことや,首相官邸との距離の近さなど,BBCの独立性について激しい応酬があった。聴聞会のあと,委員会は「シャー氏の理事長への就任を認めるが,BBCに関する極めて重要な課題についてみずからの考えを十分に説明せず,組織が必要としている強い指導力をうかがうことはできなかった」と批判的な見解を付記し,就任3か月後に再び委員会の聴聞に応じるよう求めた。

調査あれこれ 2024年01月17日 (水)

パーティー券裏金問題の先は?~岸田自民党の鈍感力と国民の視線~【研究員の視点】#524

NHK放送文化研究所 研究主幹 島田敏男

 昨年末に強制捜査に着手した東京地方検察庁特捜部は、関東で正月の松があける7日に池田佳隆衆議院議員(安倍派)を政治資金規正法違反容疑で逮捕しました。特捜部は池田容疑者が収支報告書の不記載や虚偽記載によって得た裏金の額が多いことや、証拠隠滅の疑いを把握したことから逮捕に踏み切ったと伝えられています。

0117ikeda_1_W_edited.jpg逮捕された池田佳隆衆院議員

 この問題では、最大派閥・安倍派の歴代事務総長経験者などが、次々に東京地検から任意の事情聴取を受ける事態となりました。自民党の政治とカネを巡る問題、とりわけ規正法のもとで企業献金に代わる方法として温存されてきた「パー券売り」にメスが入ったことは画期的です。

 ルールを守っていればまだしも、永田町の相場で1枚2万円のパーティー券をどこに大量に買ってもらい、どのように使ったかが闇の中に隠されたままであることが許されるのかという問題です。

 政治資金として集めた金は課税対象にならないという特典は、「議会制民主主義を育てる財源」だからというのが政治資金規正法の建前です。つまり国会議員という「選良」が行うことだからという、性善説に基づく仕組みなのです。それが無残に裏切られ裏金化されていた点に、国民の強い怒りが噴出したのは当然です。

 この国民の怒りの声を背に受けて、検察当局も「公開ルールの順守を怠った形式犯」では済まされないという判断に至ったと見ることができます。億単位の賄賂が介在するような贈収賄事件とは異なるにしても、政治の信頼を失墜させる罪の重さに異例の捜査が行われたのは当然でしょう。

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 そして捜査が続く1月12日(金)から14日(日)にかけてNHKの月例電話世論調査が行われました。昨年12月の調査では、自民党が2012年に政権に復帰して以降の11年間で最も低い「支持率23%」を記録していました。

☆あなたは岸田内閣を支持しますか。それとも支持しませんか。

 支持する 26%(対前月+3ポイント)
 支持しない 56%(対前月-2ポイント)

昨年後半から下降傾向が続いていた内閣支持率は、いったん下げ止まった形です。しかしながら統計上は支持も不支持も前月からの変化に有意差はありません。つまり誤差の範囲内の変化だということです。

 今回は能登半島地震という大きな自然災害があり、被災地の救援や復旧にあたる政府の対応に期待が寄せられていたという事情もあります。

☆あなたは能登半島地震への政府のこれまでの対応を評価しますか。評価しませんか。

 評価する 55%
 評価しない 40%

評価する声が過半数に上り、岸田内閣に対するアゲインストの風を和らげている面もうかがえます。

 とはいえ、自民党が政治とカネの問題で失った信頼を回復するのは容易なことではないでしょう。次の数字を見れば一目瞭然です。

☆派閥の政治資金パーティーをめぐる問題を受けて、自民党は「政治刷新本部」を立ち上げ、再発防止策などの検討を始めました。これが、国民の信頼回復につながると思いますか。つながらないと思いますか。

 つながる 13%
 つながらない 78%

つながらないと回答したのは与党支持者で66%、野党支持者で88%、無党派で85%となっています。与党を支持する人たちでも、厳しい受け止めが3分の2に上っています。

0117sassinn_3_W_edited.jpg自民党「政治刷新本部」(1月11日)

 「政治刷新本部」に対しては、派閥が生んだ問題を派閥均衡のようなメンバーで議論するのは陳腐だという指摘や、パーティー券の裏金を受け取った安倍派議員も含まれているのはいかがなものかといった批判が出ています。

☆あなたは政治資金規正法を改正し、ルールを厳しくする必要があると思いますか。必要はないと思いますか。

 必要がある 83%
 必要はない 9%

こちらについては与党支持者、野党支持者、無党派のいずれを見ても、ルールを厳しくすべきだという答えが8割から9割に上っています。

 問題はパーティー券を購入した相手と金額を明らかにする徹底した情報公開と、事務所の会計責任者が違法行為をした場合に議員本人の責任も問う連座制の適用にまで踏み込むことができるかです。これが最低限のラインだと思います。

 では今回の問題の土台にある自民党の派閥について、国民はどういう見方をしているのでしょう。

☆あなたは自民党の派閥のあり方についてどう思いますか。

 今のままでよい 5%
 存続させても改革すべき 40%
 解消すべき 49%

自民党支持者が大多数を占める与党支持者では「存続させても改革すべき」が5割に達して多数ですが、野党支持者と無党派では「解消すべき」が5割超から6割に上っています。

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 派閥連合体として国会で多数派を形成し、長く政権を担当してきた自民党にとって、党内で競い合うことが活力の源だという従来の考え方を変えるのは簡単ではなさそうです。ただ、それでは自民党が自ら失うことになった信頼の回復をどこまで図ることができるかも不透明です。

 一方で、派閥は残しても政治資金規正法のルール強化が進むことになれば、これまでのように表に出さない政治資金の確保は困難になります。野党議員と比べ、地元に大勢の私設秘書を抱えて議席を守ってきた活動スタイルにも影響が出るでしょう。

 あれやこれや考えると、直ちに政権交代が起きるような展開はないにしても、自民党の信頼や資金集めがやせ細っていくことを懸念する声は消えそうもありません。ある自民党の閣僚経験者は「次の参議院選挙は来年2025年夏。衆議院の任期満了は2025年10月。それまでには潮目の変化があるだろう」と期待交じりで語ります。

 野党がバラバラだから怖くない、というのが自民党関係者に深刻な危機感を生じさせていない最大の要因でしょう。それが岸田自民党全体の「鈍感力」の核になっているように見えます。しかし、信頼回復のないまま党としての勢いがやせ細る展開になるならば、少数与党に甘んじ、結果として野党側の結集を促す事態も否定できません。 

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 今年9月の自民党総裁選への対応も含めて、岸田総理がどういう展開を目指そうとしているのか現状でははっきりしません。

 まず当面は、今月26日からの通常国会前に「政治刷新本部」が打ち出す最初のメッセージを国民がどう受け止めるかです。これが最初の関門として立ちはだかっています。

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島田敏男
1981年NHKに入局。政治部記者として中曽根総理番を手始めに政治取材に入り、法務省、外務省、防衛省、与野党などを担当する。
小渕内閣当時に首相官邸キャップを務め、政治部デスクを経て解説委員。
2006年より12年間にわたって「日曜討論」キャスターを担当。
2020年7月から放送文化研究所・研究主幹に。長年の政治取材をベースにした記事を執筆。