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おススメの1本 2023年04月10日 (月)

『にほんごであそぼ』コンサートのはじまり ~坂本龍一さんと作った福島コンサート~ #471

計画 久保なおみ

『にほんごであそぼ』は、Eテレで放送中の子ども向け言語バラエティー番組です。2003年に放送を開始して、今年で21年目になりました。 『にほんごであそぼ』では放送開始から10年目を迎えた2012年に初めて公開収録を行い、それ以来毎年、全国各地でコンサートを開催しています。 このコンサートを始めるきっかけとなったのが、先日亡くなられた坂本龍一さんにご出演いただいた特番でした。私は番組の立ち上げから19年間、 制作を担当していましたので、坂本龍一さんに感謝を込めて、この最初のコンサートについてご紹介します。

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『にほんごであそぼ』は、日本語の豊かな表現に慣れ親しむことによって、子どもたちの心に日本語の宝石の原石を埋めたいと願って始めた番組でした。日本に古くから伝わる名文・名句を多く取り上げ、テレビ番組として初めてグッドデザイン大賞を受賞するなど、話題になったりもしたので、大人にも広くご覧いただいています。放送が始まった頃、坂本龍一さんが『にほんごであそぼ』のファンと言ってくださっているという話を、レコード会社の方から伺ったことがありました。 そこで10年目の特番を作るにあたって、ダメもとでご出演を依頼したところ、12月末の2日間だけなら日本での時間がとれるというお返事をいただきました。当初はスタジオでの収録を考えていましたが、『にほんごであそぼ』立ち上げ時のプロデューサーで当時はNHKエデュケーショナルの取締役だった中村哲志さんから「せっかく坂本さんに出ていただけるのならば、コンサートぐらい大きなことをやらなくちゃ!」とアドバイスされ、無謀にもコンサートを提案することにしました。それまで『にほんごであそぼ』は、NHKの玄関ホールでの小規模なコンサートは行ったことがありましたが、公開収録は経験がなく、全くゼロからのスタートでした。

まずは会場の確保です。現在の『にほんごであそぼ』コンサートは自治体との共催で、事業部が候補として取りまとめた自治体と調整を行うのですが、最初のコンサートは、自分で会場を探さなければなりませんでした。『にほんごであそぼ』10年目に、その場所でやる意味。真っ先に思いついたのが東日本大震災の“復興支援”でした。『にほんご』の力で、子どもたちに元気を届けたい。坂本さんもいち早く被災地に思いを寄せていらっしゃいましたし、『にほんごであそぼ』の関係者にも福島から通っている人がいたので、出演者・スタッフ一同、福島のことが常に念頭にありました。そこで事業部に相談し、福島県内でコンサートが可能な会場を紹介してもらいました。

次はスタッフ集めです。脚本はコンサートのプロに書いていただきたいと思い、憧れていた井出隆夫さんにお願いに行きました。井出さんは『おかあさんといっしょ』の数々の名曲を作詩され、人形劇『にこにこぷん』や、コンサートの脚本も手がけていらっしゃいました。私は『おかあさんといっしょ』の担当になったとき、倉庫に保管されていた『にこにこぷん』の脚本を初回から最終回まで読みあさったほど、井出さんの大ファンでした。井出さんは突然の依頼に目を丸くしていらっしゃいましたが、素人の無謀な挑戦を応援してやろうと思われたのか、快く引き受けてくださった上に、舞台監督まで紹介してくださいました。
コンサート会場のPA(音響)や、照明、制作進行も、昔『おかあさんといっしょ』コンサートを担当していたスタッフを中心に、信頼できる仲間を集めました。やや平均年齢が高めな現場で、抜群の安心感がありました。

出演にあたって坂本龍一さんが希望されたのは、次の2点でした。
① おにぎりでも何でもいいから、番組に出ているようなかぶり物をしたい。
② 番組のレギュラー出演者である、 野村萬斎さんとコラボレーションしたい。
『にほんごであそぼ』の衣装・セットデザインを担当しているひびのこづえさんのデザインは、 とても 自由で楽しいので、坂本さんはぜひ、自分も面白いかぶり物をしたいと希望されたのでした。 ひびのさんは、舞台上で大きな面積を占める黒いピアノに負けないぐらい大きなものを着せたいと考え、 福島の郷土玩具“赤べこ”をモチーフにしたかぶり物をデザインしてくれました。
坂本さんはとてもご満悦で、満面の笑みでかぶってくださいました。

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野村萬斎さんとのコラボレーションの題材は、お正月の放送にふさわしい「もちづくし」を考えました。 古典狂言の「業平餅(なりひらもち)」と、萬斎さんが舞台で演じた井上ひさし原作の「藪原検校(やぶはらけんぎょう)」の早物語、 そして『にほんごであそぼ』でたびたび取り扱っていた侭田亀治郎の「糯尽(もちづくし)」。この3作品を組み合わせて構成しました。
また、坂本さんのピアノと萬斎さんの狂言をつなぐ役割として、尺八奏者の藤原道山さんに出演を依頼しました。道山さんは、 坂本さんとも萬斎さんとも共演の経験があり、邦楽と洋楽を自在につなぐ希有な存在として活躍していらっしゃる方です。

「藪原検校」の著作権申請などを行い、材料だけをそろえて演出は白紙のまま、コンサート会場の福島県文化センターに向かいました。コンサート前日、会場で対面した坂本さんと萬斎さんは、すぐにいろいろなアイデアを出しあいながら「もちづくし」の方向性を決めていきました。少し煮詰まったときには道山さんがヒントを出し、異なる分野で活躍される皆さんが、楽しみながら即興のパフォーマンスを作っていく様は、まさに圧巻でした。坂本さんに「ややこしや?」と問いかける萬斎さん。おもむろに立ち上がってピアノの中に手を入れ、弦をはじきだす坂本さん。ドラムのようにピアノの脇をたたくなど、あらゆるパーツで音を奏でていらっしゃいました。合間に入る伸びやかな道山さんの尺八と合わせ、ぜいたくな時間があっという間に過ぎていきました。

本番前、「どこかに『戦場のメリークリスマス』を入れていただけますか?」と坂本さんにお願いしたところ、 「なんだかちょっと照れくさいなあ」とおっしゃっておられましたが、「業平餅」への導入に、ちゃんと入れてくださいました。 あの美しい旋律に会場はどよめき、「もちづくし」に魅了されていました。

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『にほんごであそぼ』から坂本さんに依頼したのは、名文への作曲でした。候補となる名文・名句をいくつかお持ちしたところ、コンサートで初めて聴く曲ばかりでは、観客が楽しめないだろう…ということで、『にほんごであそぼ』でおなじみの曲と、坂本さんが作曲する新曲を交互に演奏する「組曲」の形をご提案いただきました。そうしてできたのが、以下の組曲です。

    序曲
①「こころよ」 詩:八木重吉 作曲:うなりやベベン
②「すずめのこ」 俳句:小林一茶 作曲:坂本龍一
③「雲」 詩:山村暮鳥 作曲:うなりやベベン
④「やせがえる」 俳句:小林一茶 作曲:坂本龍一
⑤「でんでらりゅうば」    長崎のわらべうたより    編曲:おおたか静流
⑥「なせばなる」 和歌:上杉鷹山 作曲:坂本龍一
⑦「私と小鳥と鈴と」 詩:金子みすゞ 作曲:バナナアイス
⑧「道程」 詩:高村光太郎 作曲:坂本龍一
    終曲

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演奏は、NHK交響楽団のピックアップメンバーと、藤原道山さん。歌は、番組レギュラーのコニちゃん(小錦八十吉さん)、うなりやベベンさん、おおたか静流さん、子どもたち。全員で初めて合わせたのは本番前日の夕方という、かなり無謀なスケジュールでしたが、さすが皆さんそれぞれの道の第一人者。子どもたちも、とても頑張ってくれました。

他にも、オペレッタ『セロ弾きのゴーシュ』や、神田山陽さんの講談、「寿限無」早口リレー、おおたか静流さんと福島大学附属小学校合唱部の皆さんが歌う四季の童謡、全国の子どもたちから募集した俳句に曲をつけた「元気でいこう!ごもじもじ」など、盛りだくさんのコンサートでした。

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会場には祖父母と一緒に三世代で来てくださった方も多く、たくさんの笑顔や拍手をいただいて、ほんとうにやって良かったと思いました。

コンサートのあと、井出さんが坂本さんに声をかけておられました。「僕、山川啓介の名前で「時間よ止まれ」を書いたんですけど。素晴らしいアレンジを、ありがとうございました」と。井出さんは、子どもの歌は本名の井出隆夫、大人の歌は山川啓介と、ペンネームを使い分けていらっしゃいました。坂本さんはYMOを結成される前に、矢沢永吉さんの「時間よ止まれ」のレコーディングに参加していたそうなのです。「ずっと御礼を言いたいと思っていました」とおっしゃる井出さんに、坂本さんは「そうでしたか!僕も若い時で。こちらこそ、ありがとうございました」と微笑んでいらっしゃいました。

10年目特番への坂本龍一さんの出演が実現しなかったら、『にほんごであそぼ』がコンサートを行うことはありませんでした。コンサートを作るきっかけとなり、ライブで作る楽しさを教えてくださった坂本さんに、心から感謝しています。
その後、岩手・宮城でも復興支援のコンサートを行ったあと、『にほんごであそぼ』のコンサートは全国各地の魅力を発信する内容へと形を変え、今も続いています。コンサートは、お客さまの反応を生で感じることのできる特別な現場で、出演している子どもたちにも、番組スタッフにも、番組を作っているだけでは得られない貴重な経験をさせてくれました。

福島への移動を含め、過密なスケジュールの中でも、終始穏やかな笑顔で子どもたちを見つめてくださった坂本さん。リハーサルのあと、萬斎さんと一緒に「うちも!」と共感したのは、「子どもが寝るのに間に合いたくて急いで帰ったのに、『お父さんが帰ってくると子どもが興奮して起きちゃうから、寝るギリギリの時間には帰ってこないで』って言われちゃうんだよ」というお話でした。
坂本龍一さんのご冥福をお祈りするとともに、子どもたちのために作ってくださった曲が、これからも歌い継がれていくことを願っています。

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