放送文化研究所 研究主幹 島田敏男
安倍元総理が凶弾に倒れて命を絶たれたのが7月8日。その2日後の参議院選挙で、自民党は改選議席125の半数を超える63議席を単独で獲得し勝利しました。
安倍氏の悲報が全国を駆け巡り、最後の1日で自民党の得票が若干伸びたという見方もあります。ただ今回の参議院選挙は勝敗の鍵を握るとされた1人区で野党候補の一本化が限定的だったことから、選挙戦が中盤を過ぎる頃には与党有利の分析が政党関係者の間で大勢になっていました。
岸田総理大臣は、昨年10月の衆院選に続いて今回も選挙に勝ち、自らの足場を固めました。これによって自民党総裁としての1期目の任期が切れる2024年9月までの「黄金の2年間」を手に入れた格好です。

参院選を終えて最初に岸田総理が打ち出したのが、亡くなった安倍元総理に最大級の弔意を捧げる「国葬」の実施です。
戦後、「国葬」に関する法律は無くなり、1967年(昭和42年)の吉田茂元総理の「国葬」が例外的に閣議決定で行われました。今回は、平成の中央省庁再編に伴って整備された内閣府設置法で、所掌事務に「国の儀式に関する事務」が加えられたのをよりどころに、9月27日に日本武道館で「国葬」が行われる見通しです。
7月16日から18日にかけて行われた、参院選後最初のNHK電話世論調査で次のように聞きました。
☆政府は安倍元総理の葬儀を、国の儀式の「国葬」として今年秋に行う方針です。あなたはこの方針を評価しますか。しませんか。
評価する49%>評価しない38%
これを詳しく見ると与野党支持の違いによって傾向が異なります。
与党支持者・・・評価する68%>評価しない25%
野党支持者・・・評価する36%<評価しない56%
無党派・・・・・・・評価する37%<評価しない47%
野党各党の中からは「在任中の評価が分かれる安倍元総理に対し、国葬という形をとるのは問題だ」といった反対の意見も出ています。
確かに内政・外交ともに評価が分かれる安倍政権でしたが、それでも岸田総理が「国葬」の実施を決めたのは特に2つの理由からだと周辺は言います。
1つは通算の総理在任期間が8年8か月に及び、憲政史上最長を記録したこと。『長きをもって貴しとする』という価値観は尊重すべきものという、為政者ならではの考えをうかがわせます。
もう1つは今回の出来事が銃器を用いたテロ行為にほかならず、言論による民主主義を守るという日本の姿勢を世界に強くアピールする機会を設けるべきだという考えからです。
ただ、岸田総理の心の奥底をのぞき込むと、これだけではないでしょう。安倍総理の下で5年近く外務大臣を務めていた時から、岸田氏は必ずしも安倍氏の判断に全て追従していたわけではないと言われています。
2人をよく知る自民党幹部は、「衆議院議員として当選同期の間柄だけに、権力関係の中に身を置けば、複雑な思いを常に抱えるものだ」と言います。
岸田総理としては、安倍氏を最大級の手厚い追悼の場で弔うことで、後を受け継ぐ者として一つの区切りをつけたいという思いがあっても不思議ではありません。
昨年10月の総理就任後、岸田カラーを打ち出すのは手控え、政府・与党内に波風を立てない安全運転が目立ちました。特に経済政策では安倍氏が在任中に掲げたアベノミクスへの配慮が色濃く伺えました。
安倍氏の死去、そして参院選での勝利を経て、岸田カラーをどこまで出せるかが、当面の政局の焦点になってきます。
こうした岸田総理に向けられる国民の視線に変化はあったのでしょうか?
☆あなたは岸田内閣を支持しますか。それとも支持しませんか。
支持する 59%(対前月±0ポイント)
支持しない 21%(対前月-2ポイント)
対前月というのは参院選投票日の4週前にあたる6月10日から12日にかけて行った6月の月例電話世論調査の数字との比較です。
これを与野党支持の別に見ると、微妙な傾向の違いが浮かび上がってきます。
与党支持者・・・支持する86%>支持しない 5%
野党支持者・・・支持する47%>支持しない41%
無党派・・・・・・・支持する37%>支持しない29%

与党支持者で86%という高い割合を示しているのは、参院選の結果を見てもうなずけます。考えさせられたのは、野党支持者で「岸田内閣を支持する」と答えた人の割合が「支持しない」よりも多く、なおかつその割合は無党派の「支持する」を上回っている点です。
かつてはニュースの表現でも「野党側はそろって・・・」というフレーズが頻繁に登場したものです。ところが最近は一口に「野党」と言っても政府・与党との距離の取り方には様々な違いが出ていて、なかなか「そろって」とはなりません。
従って野党支持者の中に様々な考え方の違いが存在するのが現状ですが、これが参院選での「野党敗北」につながったとすれば、政府・与党は何と楽なことでしょう。
岸田総理にとって、緊張感を持って臨むべき当面の課題は、自民党内での求心力をどのように高めるかになりそうです。
派閥会長を失った安倍派では、幹部の話し合いで様々な方針を決めるとしていますが、今後の政策決定に関して「安倍路線の継承」を強く主張すると見られています。
安倍氏が力説していた防衛力の強化、金融緩和の継続、積極的な財政出動を伴う経済対策などなど。
これを引き継ぐだけでは岸田カラーは出てきません。「黄金の2年間」を生かして新たな長期安定政権を目指そうとするならば、安倍氏とは違う内政・外交のビジョンを国民に示し理解を得ることが欠かせません。
そして、いずれかのタイミングで国民に信を問う機会が必要になります。自民党内で強い求心力を手にしようとするならば、やはり幅広く底堅い国民の支持を背負うことができるかどうかが鍵になります。
メディア研究部 (メディア動向) 大髙 崇
7月28日(木)開催の「文研フォーラム2022夏」プログラムBは、テレビ「ぼかし」対策会議です。
「ぼかし」とは、テレビに写った人などに対してモザイク加工をするなどして、特定できないようにする映像処理を指します。
実は2014年に、BPO(放送倫理・番組向上機構)の「放送と人権等権利に関する委員会」の当時の委員長・三宅弘弁護士が「顔なしインタビュー等についての要望」と題し、ぼかし(顔なし)についての意見を公表しました。特に顔を見せないようにする理由が見当たらないにも関わらず「ぼかし」をしている映像が目立つことに苦言を呈し、テレビでのインタビューなどは顔出しを原則とすべきだとして、次のように指摘しています。
「安易に顔なし映像を用いることは、テレビ媒体への信頼低下をテレビ自らが追認しているかのようで、残念な光景である。」
一方で三宅氏は、プライバシー保護が特に必要な場合などは本人が特定されないように配慮が必要だとして、放送局が議論し、ルール作りを進めるよう求めました。
この、三宅氏の意見公表から月日は流れて早8年。
むしろ「ぼかし」は増えているんじゃないの!? と思いつつ、テレビに写る人の顔や姿に関する権利、すなわち「肖像権」について研究をしています。
(NHK放送文化研究所年報2022に掲載された論文もぜひご参照ください)
テレビの「ぼかし」、みなさんはどうお感じになっていますか?
この「ぼかし」について大いに語り合おうというのが、今回のプログラムの目的です。
テレビに写りたくない人を守るためには「ぼかす」べき? しかし、「ぼかし」てばかりだと真実性が疑われるんじゃないの? ルール作りはできるのか?
ゲストの登壇者、各界で活躍する3名をご紹介します。
鎮目 博道さん
テレビ朝日で「報道ステーション」などを手がけ、ABEMA TVでもご活躍のプロデューサー。さまざまな媒体でテレビの課題を論じています。一方では「顔ハメパネル愛好家」という不思議な肩書も・・・
久保 友香さん
プリクラ、スマホなどで容姿を自在に変える若者の「盛り」の文化と、それを支える技術を研究するメディア環境学者。テクノロジーが進歩し、美意識とライフスタイルが変化する中で、改めて顔とは何か……。久保さんには、テレビ関係者とは違った角度から、「ぼかし」問題にアプローチしていただきます。
数藤 雅彦さん
上記のNHK放送文化研究所年報2022は、弁護士である数藤さんと私の共著です。数藤さんは、所属するデジタルアーカイブ学会が2021年4月に正式版を公表した「肖像権ガイドライン」の策定リーダー。今回のプログラムでも、このガイドラインが議論の軸になります。
そして、NHKの制作陣からは、NHK総合で放送中「チコちゃんに叱られる!」の制作統括・西ヶ谷力哉プロデューサーが登壇します。
どんな議論になるでしょうか。テレビの未来をぼかさず、明るくクリアにする内容を目指します!
たくさんの方のご参加、お待ちしています!
お申込みはこちらから。

世論調査部 (視聴者調査)
https://www.nhk.or.jp/bunken/yoron-jikan/media/
NHK放送文化研究所のウェブページに、「メディア利用の生活時間調査」のサイトをオープンしました。
「メディア利用の生活時間調査」とは、「テレビ画面」「スマートフォン・携帯電話」「パソコン・タブレット端末」という3種類の機器(デバイス)について、1日24時間の生活の中のメディア利用行動を、時刻別にたどることができる調査です。2021年10月から11月、全国10歳以上を対象にNHK放送文化研究所が実施しました。
このサイトでご注目いただきたいのは、データ可視化の試みとオープンデータへの取り組みです。順にご紹介します。
(1)ひと目でわかる! テレビ・スマホ・PCの利用状況
ともすると無味乾燥な数字の羅列になりがちな調査データを、パッと見てわかる、生き生きしたものにしたい、とグラフを作りました。
画面に表示されるグラフ(上図)は、上から「テレビ画面」「スマホ・携帯」「PC・タブレット」の3種類の機器(デバイス)を使っている人の割合を表しています。
棒グラフの色は、それぞれの機器で何の行動をしているかを表していて(凡例参照)、該当箇所にマウスオーバーすると、吹き出しが出て、例えば「動画 22.2%」といったように、行動と、その割合(%)を確認できます。
使用データは、「時刻別行為者率(15分ごと)」。1日のなかで、ある時刻に該当の行動をしている人の割合を15分ごとに示したデータです。
棒グラフは左右に2つあり、2つのデータを見比べることができます。(スマートフォン表示では矢印“>”ボタンで左右のグラフを切り替えます。)
例えば、上図では、左側が20代男性の月曜、右側が50代女性の月曜、時刻は22時15分から22時30分です。20代男性はスマホ・携帯を使っている人が多く、また、棒の色に注目すると、黄土色の「動画」、クリーム色の「ゲーム」ほか、さまざまな行動をしているようです。一方50代女性は、テレビ画面を使っている人が多く、棒の色はおもにオレンジ色で、「テレビのリアルタイム視聴」をしている人が多いようです。同じ時刻でも、属性がちがえば、使うデバイスやメディア行動にちがいがあることが見てとれます。
このグラフは、画面上部のボタンでご自分の見たい年層や曜日にデータを自在に切り替えて見られるのがポイントです! 左右のグラフの組み合わせをいろいろと変えて、年層や性別・曜日によるちがいを発見してください。

また、画面左下の時計マーク(スライダー)は左右に動かせます。時刻の変化に応じてグラフの棒が伸び縮みし、その行動をしている人の増減が一連の動きでわかります。お試しください。
(2)よりくわしい調査結果をダウンロードできます
調査で得られたデータを、サイトからダウンロードできるようにしています。
データの種類には、前述のグラフの元になっている「時刻別行為者率(15分ごと)」に加え、「全員平均時間量(調査相手全員がその行動に費やした時間量の平均)」などがあります。複数の種類の層(国民全体、男女年層別、職業別、都市規模別)から選んで、「CSVをダウンロード」ボタンを押すと、CSV形式の表がダウンロードされます。データをダウンロードして、さまざまな時刻別データのグラフ化をご自身で試みるなど、ぜひご活用ください。
このサイトには、さらに「データにまつわる話」として、この調査からわかることを、分析を担当した研究員がコラムでわかりやすく解説するページもあります。調査やデータに関心を持っていただくきっかけや、データを読み解く際のヒントになればと思います。コラムは今後も更新していきますので、どうぞお楽しみに。


世論調査部 (視聴者調査) 斉藤孝信
今回のブログは3回シリーズで、文研が2016年から実施した「東京オリンピック・パラリンピックに関する世論調査」の結果をもとに、東京オリンピック(以下、五輪)で、どのような競技や式典が人々の印象に残ったのかをご紹介しています。
まずはここまでのおさらいとして、大会前の第2回から第6回で尋ねた「見たい競技・式典」と、大会後の第7回で尋ねた「印象に残った競技・式典」を改めてご覧いただきます。
<前回ブログまでのポイント>
①大会前は「体操競技」「陸上競技」「開会式」「競泳」が「見たい競技・式典」のトップ4を占め続けていた。
②大会後の「印象に残った競技」では、トップは「卓球」、2位「柔道」、3位「ソフトボール」となり、さらに、第6回まではトップ10に入らなかった「スケートボード」が8位、「バスケットボール」も10位と、日本勢のメダル獲得競技が多くの人の印象に残った。
③「印象に残った競技・式典」のランキングは性別や年代によって異なり、男性の40代以下と女性の50代以下では、「スケートボード」や「バスケットボール」がトップ5に入る年代もある。
今回のブログは、性別や年代以外の切り口で、「印象に残った競技・式典」のランキングをさらに味わいたいと思います。
世論調査では、ふだん、テレビやラジオ、インターネットなどでスポーツをどのくらい視聴するかも尋ねました。
この回答によって、ふだんスポーツを『見る(聞く)』人と『見ない(聞かない)』人に分けて、「印象に残った競技・式典」のランキング表を作ってみました。すると……。
ふだんスポーツを『見る(聞く)』人のトップ5は全体のランキングと同じ顔ぶれですが、『見ない(聞かない)』人では、全体ではトップ5に入らなかった「開会式」が2位、そして「スケートボード」が4位に入ります。
「開会式」については、ふだんスポーツを視聴しない人たちでも、ある種のお祭り的なイベントとして興味があったのだろうし、印象にも残ったのだろうと推測できるのですが、なぜ「スケートボード」が、「ソフトボール」や「野球」「体操競技」よりも上位になるのだろうという疑問が湧きます。
その謎を解くひとつの手がかりとして、次のデータを紹介したいと思います。調査では、競技名だけではなく、「東京五輪の競技でどんなことが印象に残ったか」も尋ねました。その結果を、先ほどの、ふだんのスポーツ視聴頻度別にみてみると……。
ふだんスポーツを『見る(聞く)』人では、「日本が過去最多の金メダルを獲得したこと」が最も多かったのに対して、『見ない(聞かない)』人では、「10代など若い選手たちの活躍ぶり」が最も多かったのです。
その点、スケートボードはまさに、13歳で日本史上最年少金メダリストとなった西矢椛選手や12歳銀メダリストの開心那選手など、若い選手たちが大活躍したのですから、きっと、ふだんスポーツを視聴しない人たちにも、鮮烈なインパクトを与えたのでしょう。
どんな競技や式典が印象に残ったのか、さまざまな切り口で分析するのは非常に面白くて、とても今回のブログだけでは書き尽くせませんが、たとえば「閉会式」を挙げた人は全体では28%でしたが、1964年の前回の東京五輪のことを覚えている人では47%にのぼりました。前回の東京五輪の閉会式では、運営側の手違いでさまざまな国や地域の選手たちが一気に入場してしまうハプニングがあり、それがむしろ、世界中の人々が交流する平和の祭典を印象付ける演出であったかのように多くの人を魅了したという微笑ましいエピソードが有名ですね。今回の調査結果をみた私は、当時を覚えている皆さんはきっと、その光景を脳裏によみがえらせながら、今大会の閉会式もじっくりと味わったのだろうなあ、などと、思いを馳せていたのでした。
連載にお付き合いくださり、ありがとうございました。
改めて、あなたにとって、最も印象的だった東京五輪の競技・式典は何でしたか?
『放送研究と調査』6月号では、7回にわたる世論調査の結果をもとに、“人々にとって、東京五輪・パラとは何だったのか”を考えます。ブログでご紹介した「印象に残った競技・式典」以外にも、人々はコロナ禍での開催をどのように感じていたのか。そうした状況で大会をどのように楽しんだのか。今大会は人々にとってどのような意義を持ち、東日本大震災からの“復興五輪”たりえたのか。そして、日本にどんなレガシーを遺したのかなど、さまざまな視点で考察しております。どうぞご一読ください!
世論調査部 (視聴者調査) 斉藤孝信
前回のブログから、文研が2016年から7回にわたって実施した「東京オリンピック・パラリンピックに関する世論調査」の結果をもとに、東京オリンピック(以下、五輪)で、どのような競技や式典が人々の印象に残ったのかをご紹介しています。
まずはおさらいとして、大会前の第2回から第6回で尋ねた「見たい競技・式典」と、大会後の第7回で尋ねた「印象に残った競技・式典」を改めてご覧いただきます。
<前回ブログのポイント>
①大会前は「体操競技」「陸上競技」「開会式」「競泳」が「見たい競技・式典」のトップ4を占め続けていた。
②大会後の「印象に残った競技」では、トップは「卓球」、2位「柔道」、3位「ソフトボール」となり、さらに、第6回まではトップ10に入らなかった「スケートボード」が8位、「バスケットボール」も10位と、日本勢のメダル獲得競技が多くの人の印象に残った。
③大会前にあまり注目されていなかった競技が、日本勢の活躍によって一躍注目を浴びたのは、2018年ピョンチャン冬季五輪の「カーリング」によく似ている。
今回は、「印象に残った競技・式典」の順位が、実は、性別や年代によって入れ替わるというお話をします。男女年層別のトップ5一覧表を作りましたので、皆さま、ぜひご自身の印象と見比べてみてください。
「卓球」はすべての年代でトップですが、ご注目いただきたいのは「スケートボード」と「バスケットボール」です。前提として、この2競技は、どの年代でも3割前後から4割ほどの人が「印象に残った」と答えているわけですが、それを承知のうえで、今回はあえて、性別・年代別の順位で語ります。
全体では「印象に残った競技・式典」のトップ5に入らなかった「スケートボード」と「バスケットボール」。ところが、男性の40代以下と女性の50代以下ではトップ5に入ります。特に女性の30代では「スケートボード」が、「卓球」に次ぐ2位。女性の40代では「スケートボート」が3位、「バスケットボール」が4位です。
大会を通して最も印象に残ったシーンや出来事についての自由回答でも、特に20代から40代の人を中心に、
「スケートボードで13歳の女の子が金メダルを獲得した。嬉しかった!」(女性30代)
「女子バスケットボールの準々決勝。残り時間わずかの時に3ポイントシュートを決めて、逆転。銀メダル、すごい」(女性40代)
…といった回答が大変多くありました。
また、「スケートボード」については、
「スケートボードの決勝で、優勝候補の選手が最後までチャレンジし続けた勇気。
結果的に表彰台を逃したものの、そのチャレンジを選手同士がたたえ合う姿を見て、
メダルを勝ち取るのとは異なる、スポーツの新しい価値感や可能性を感じた」(男性40代)
「負けても人を思う気持ち。勝つだけではない。若い人のこれからの生き方が楽しみだ」(女性20代)
…というように、勝ち負けやメダルだけではなく、これまで知らなかった“競技文化”に触れ、感銘を受けた人が多くいらっしゃいました。
次回のブログでは、性別や年代以外の切り口で、「印象に残った競技・式典」の分析を掘り下げます!
『放送研究と調査』6月号では、7回にわたる世論調査の結果をもとに、“人々にとって、東京五輪・パラとは何だったのか”を考えます。人々はコロナ禍での開催をどのように感じていたのか。そうした状況で大会をどのように楽しんだのか。今大会は人々にとってどのような意義を持ち、東日本大震災からの“復興五輪”たりえたのか。そして、日本にどんなレガシーを遺したのかなど、さまざまな視点で考察します。どうぞご一読ください!
世論調査部 (視聴者調査) 斉藤孝信
早いもので、2020 東京オリンピック・パラリンピック(以下、五輪・パラ)が開催されてから、まもなく 1 年になります。去年の今頃といえば、新型コロナウイルスの感染拡大が収まらず、日常生活のさまざまな場面で自粛を求められ、感染の不安を抱えていた人も多いと思います。
そんな中で、皆さんは、東京五輪・パラのことをどう思っていましたか?
私は「本当に開催できるの? せっかくの東京開催なのに、直接観戦できないなんて…」 と、正直言って少しネガティブな気持ちだったような気もします。
ところが、ひとたび大会が始まると、連日テレビにかじりつきで、卓球混合ダブルス水谷・伊藤ペアの金メダルに歓喜の涙、女子ソフトボールの上野投手の力投に感動の涙、(恥ずかしながら今まで見たことのなかった)スケートボードの大技と、健闘を讃え合う選手たちの姿にこれまた涙と、良い意味で涙が枯れるほどに、すっかり満喫したのでした。
実際に、今大会での日本勢の活躍ぶりは素晴らしかったですね!決してメダルがすべてだとは思いませんが、金メダル27個、銀と銅を合わせたメダル58個は、いずれも日本勢として夏の五輪では最多!大変な状況の中で練習を積み重ね、栄冠を勝ち取った選手の皆さんに、改めて大拍手を贈りたいと思います。
皆さんは、どんな競技が印象に残りましたか?
文研では2016年から7回にわたって「東京オリンピック・パラリンピックに関する世論調査」を実施し、2017年の第2回からは毎回、「見たい競技・式典」を、大会後の第7回では「印象に残った競技・式典」を尋ねました。今回のブログでは、この質問の結果分析を3号シリーズでお届けします。
では、さっそく。第6回・第7回はコロナ禍を受けて郵送法で実施しましたので、第5回までの配付回収法の結果とは単純に比較できませんが、一覧にしてみますと……
大会前の第6回までの「見たい競技・式典」のトップ4は、順位や「見たい」と答えた人の割合に多少の違いはありますが、「体操競技」「陸上競技」「開会式」「競泳」が占め続けていました。
しかし、大会後の「印象に残った競技」では、上位の顔ぶれがガラリと変わりました。トップは「卓球」、2位「柔道」、3位「ソフトボール」です。さらに、第6回まで一度もトップ10に入らなかった「スケートボード」が8位、「バスケットボール」も10位にランクインしました。これらはすべて日本のメダル獲得競技です。私自身もそうですが、「大会前にはそれほど興味がなかったけれど、活躍ぶりやメダル獲得を目の当たりにして、強く印象に残った」ということなのではないでしょうか。
東京五輪の「スケートボード」「バスケットボール」のように、大会前にあまり注目されていなかった競技が、日本勢の活躍によって一躍注目を浴びるという現象は、2018年ピョンチャン冬季五輪でも起きていました。大会前の第2回で尋ねた「見たい競技」と、大会直後の第3回に尋ねた「見た競技」での、「カーリング」を挙げた人の割合が、25%から70%へと跳ね上がったのです。たしかに当時、銅メダルを獲得した戦績だけではなく、選手たちが競技の合間におやつを頬張る“もぐもぐタイム”も話題になるなど、競技中継以外にも、テレビのニュースやワイドショーで連日のようにカーリング日本代表の皆さんを目にしていたような気がします。
今号では、東京五輪で「印象に残った競技・式典」について、調査相手全体のランキングをご紹介しましたが、実はこのランキングは、性別や年代によって、少なからず順位が入れ替わります。次号のブログでは、そのお話をいたします!
『放送研究と調査』6月号では、7回にわたる世論調査の結果をもとに、“人々にとって、東京五輪・パラとは何だったのか”を考えます。人々はコロナ禍での開催をどのように感じていたのか。そうした状況で大会をどのように楽しんだのか。今大会は人々にとってどのような意義を持ち、東日本大震災からの“復興五輪”たりえたのか。そして、日本にどんなレガシーを遺したのかなど、さまざまな視点で考察します。どうぞご一読ください!
メディア研究部(番組研究) 宇治橋祐之
この4月まで放送していた連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」。番組を見て、もう一度英語を勉強してみようと思われた方もいるかもしれませんね。
1925(大正14)年にラジオ放送が開始された当初から「英語講座」は放送されていました。まもなく100年を迎える放送の歴史は、ラジオというメディアで語学を学ぶ歴史ともいえます。

この写真は1950年代のものですが、ネイティブスピーカーの発音を直接聞けるラジオを使った語学学習は現在まで続いています。ただし、ラジオの音声だけで学習が成立するわけではありません。講師の手元にあるテキストも必需品です。テキストという紙メディアと、ラジオという音声メディアの両方を使いながら学んできたのです。その後テレビ放送が始まっても、ラジオとテキスト、あるいはテレビとテキストを利用した語学学習が長く続いてきました。
こうした状況は最近少し変わってきました。YouTubeやスマートフォンのアプリなど、ラジオ、テレビ、テキスト以外の新しいメディアで、さまざまな言語を学べるようになったのです。
NHK放送文化研究所では2000年代までに何度か語学学習に関する調査を行ってきましたが、こうした状況をふまえ2021年11月から2022年1月にかけて語学学習とメディア利用に関する調査を行いました。
調査の結果から、最近3年以内に語学学習をした人が利用した教材は「テキスト・参考書(紙教材・電子版)」「YouTubeの語学学習動画」「テレビの語学学習番組(含むインターネット)」「ラジオの語学学習番組(含むインターネット)」の順で多いことがわかりました。YouTubeで学習している人もみられましたが、テキストやラジオ・テレビを利用している人も多いです。
ただし年代層でみると少し結果が異なります。若年層(15~39歳)では「語学学習系アプリ」、高齢層(65~79歳)では「ラジオの語学番組(含むインターネット)」が多いという傾向がみられました。
教材に求める要素としては「無料または高い費用をかけずに始められる」「自分に合う」「継続できる」が上位でした。学習を始める段階と継続できるような工夫があるかということがポイントのようです。また「自分に合う」という要素を重視する人が多いことも今回の調査で明らかになりました。
語学学習に興味があり現在自発的に学習をしている人と、興味はあるけれど現在は学習していない人、合わせて20名にインタビューをしたのですが、「自分に合う」という要素は本当に多様でした。ラジオやテレビの語学講座は放送時間が決まっているので、その時間に合わせるのは難しいという人がいる一方、時間が決められているからこそペースメーカーになってよいという人もいました。また、番組にタレントが出演することがモチベーションになる人がいる一方、余分な情報はいらないから学習内容だけを効率的に伝えてほしいという人もいました。
『放送研究と調査』では、「語学学習でのメディア利用に関する調査」の結果を2回にわたって報告しています。4月号では、語学学習への関心や、どのようにメディアを利用しているか、そしてメディアへの期待についてまとめました。続く5月号では、NHKの語学番組・教材(ラジオ・テレビ番組とアプリ・ウェブサイトやテキストなど)についての印象や利用についてまとめています。
これから語学を学ぶ、あるいは学びなおそうとする人のヒントになるかもしれません。よろしければご一読ください。
計画管理部(計画) 柳憲一郎
世界中で開発が進められているAI(人工知能)を利用した車の自動運転技術。技術的な側面以外にも、AIが間違えた時の社会倫理や法律的な不備が議論されたりするなど、人文・社会科学の分野でも研究が進んでいます。自動運転のような新しい技術が実用化される時に、従来の法律では想定していない事態が発生したり、新しい倫理規範が必要になったりするなどの課題は、ELSI(エルシー:Ethical, Legal and Social Issues)と呼ばれ、「倫理的・法的・社会的課題」と訳されます。
NHK放送技術研究所(技研)も、AIを利用した様々な新しい技術を開発しています。このブログでは、地域放送局のニュース番組の音声をAIが認識して、自動で字幕を制作・表示する研究を例として紹介します。
字幕放送は、聴覚障害者や高齢者など音声が聞き取りにくい方の番組視聴を支援するために、テレビ番組出演者の言葉を文字にして伝えるサービスです。ところが、生放送のニュース番組では、人力だけで作業をすると、言葉と字幕を表示するタイミングが大きくずれてしまいます。そこで、AIの「音声認識技術」を利用する事にしました。
ところが、AIが音声を100%の精度で認識することは困難です。音声だけでは人名の漢字表記が判別できなかったり、方言が聞き取りにくかったりすることなどがあるためです。
NHKは現在、東京のスタジオで制作するニュース番組に関しては、AIの間違いをオペレーターが修正をして放送しています。しかし全国すべての地域放送局で同様に実施することは、オペレーターの確保、人的コストや設備整備の点で、極めて難しいといわれます。そのために現状では、地域放送局での字幕放送は、事前収録した番組などに限定されています。
そこで技研は、地域放送局での字幕放送の拡充に向けて、オペレーターの修正なしに字幕を制作する、高精度なAIの音声認識技術を研究しています。音声だけでは漢字表記が分からない「人名」であるとAIが判断した場合にはカタカナで表記する技術や、言葉が不明瞭であったり、方言がまじったりして、音声認識の誤りが発生しやすい発話を自動的に検出し、それ以外の明瞭な部分のみに字幕を付与する手法も開発しました。
しかし、技術をどんなに発展させたとしても、AIが間違える可能性は残ります。その時に起こりうる放送倫理や法律、社会的な影響などの「倫理的・法的・社会的課題(ELSI)」を、事前に検討しておく事が欠かせません。
文研と技研は共同で、ELSIについての研究を去年4月からはじめました。まずは技研の研究者に、「今後の課題」等についてインタビューをしました。その結果、「AIの公平性、信頼性の担保」「プライバシー、人格権、肖像権への考慮」などの課題が判明。今後は、ユーザーや外部の専門家と連携しながら課題解決に向けて研究を進めることになりました。
文研と技研のこの取り組みは、「放送研究と調査」3月号(ユニバーサルサービスの社会実装における課題~倫理的・法的・社会的課題(ELSI)の視点から~)に掲載されています。まだ研究途上のため、わずか4頁の短い調査研究ノートですが、ご一読頂ければ幸いです。