文研ブログ

メディアの動き 2020年03月24日 (火)

#243 放送のアクセシビリティー高めるには 方法を探る

メディア研究部(メディア動向)越智慎司

放送文化研究所は、放送技術研究所や番組の制作現場と連携し、視覚障害者などへのユニバーサルサービスとして、「自動解説音声」の実現に向けた研究開発を行っています。下の表は料理番組でつけた自動解説音声の一例です。太字で示した自動解説音声の情報は、テロップや映像の様子など視覚でしかわからない情報で、これらを自動で音声化してナレーションなどの隙間につけます。2019年、自動解説音声を視覚に障害がある人たちに聴いてもらい、WEBでアンケートを行いました。そして、そこからわかった放送のアクセシビリティー(情報の取得しやすさ)の課題などを『放送研究と調査』2月号に執筆しました。

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    料理番組への自動解説音声付与の例
          太字:自動解説音声
            NA:番組のナレーション音声

WEBアンケートでは、今のテレビで行われている解説放送についても尋ねました。「解説放送が必要だ」と答えた人は、全盲の人で約8割、ロービジョン(弱視)の人で約5割でした。一方、「解説放送を利用している」という人は、全盲の人で約3割、ロービジョンの人で約2割にとどまりました。利用していない理由を尋ねたところ、特に全盲の人たちで、「以前利用したが、解説放送では内容を十分理解できない」「解説放送を利用したいが家族が嫌がる」という理由を選んだ割合が高くなっていました。

総務省によると、2018年度の解説放送の実績は、NHK総合が16.4%、在京民放5局が16.0%です。字幕放送が90%台後半なのに比べると、普及が進んでいるとは言えません。総務省の報告書では、解説放送の課題として、解説をつける音声の隙間が少ないことや、解説の台本作成や収録時間の確保が難しいことを挙げています。自動で解説音声を作ってつけることができれば、これらの課題の多くは解決できますが、今回のアンケート結果からは、どんな情報を音声にするのか、音声の量と読み上げる速度のバランスをどうするか、などの検討がさらに必要なことが、改めてわかりました。

アンケートの回答からは、自動解説音声を自分のメディア利用のスタイルに合わせて利用したいという声も多くありました。こうした声に応え、スマートフォンで読み上げ速度をカスタマイズできる方法も検討しています。それと同時に、通常の番組制作の過程でも「障害のある人に伝わっているだろうか」と想像力を働かせることも、放送のアクセシビリティーを高めるのに大事なことだと考えます。


調査あれこれ 2020年03月17日 (火)

#242 メディア多様化時代の20代とテレビ

世論調査部(視聴者調査)斉藤孝信

いきなりで恐縮ですが、今回はまず読者の皆様に、ちょっとだけタイムスリップしていただこうと思います。

皆さんは20代の頃、どんなテレビ番組をご覧になっていましたか?


文研が実施している「全国個人視聴率調査」から、最新の2019年、その10年前の2009年、20年前の1999年「20代によく見られた番組」上位10番組をみてみましょう。

まずは20年前の20代から。

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当時斬新だったクロマキー技術を駆使し、ユニークな企画を連打した「電波少年」を筆頭に、警部補役の田村正和さんが毎回、犯人役の豪華ゲストと対峙し、田村さんのモノマネも流行った「古畑任三郎」、ダウンタウン司会の音楽番組「HEY!HEY!HEY!」やバラエティ「ガキの使いやあらへんで」など、懐かしい番組が並んでいます(いま40代の皆さんは「そうそう!よく見ていた!」という感じでは?…かく言う著者も同世代。まさに、若かりし日によく見た番組ばかりなわけですが)。

続きまして、10年前の20代はというと…。

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「SMAP×SMAP」のスペシャルを筆頭に、アニメ「ワンピース」、クイズバラエティ「ヘキサゴンⅡ」「ネプリーグ」、お昼の「笑っていいとも!」などがよく見られていました。


では、今の20代はどうなんでしょう。2019年の結果がこちらです!

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「水曜日のダウンタウン」、嵐の「嵐にしやがれ」「VS嵐」のほか、サッカー日本代表の試合もよく見られていました。

このように、20年前、10年前、現在の「よく見られた10番組」をみてみると、番組の顔ぶれが変わったことはもちろんですが、それ以外にもさまざまなことに気づかされます。
たとえば、各年の上位10番組の視聴率の数字だけを比較してみると…。

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20%前後の番組も多かった1999年から、
⇒2009年は15%前後が多くなり、
⇒2019年には10%を超える番組が1つもなくなって、

ずいぶんと数字が小さくなったことがわかります。

 

 

 




果たして、「20代はテレビをあまり見なくなってしまった」のでしょうか。


リアルタイム(放送と同時)のテレビ全体の「30分ごとの平均視聴率」を、20年前、10年前と比較してみます。
グラフは、横軸が時間…左端が朝5時、右端が25(翌日午前1)時、縦軸が視聴率です。

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朝と夜に大きな「視聴の山」があるのが特徴ですが、20年前・10年前と比べて「夜の山」が著しく低くなったことがわかります。特に20~23時台は、1999年には30%超、2009年も25%前後でしたが、2019年は一度も20%を超えることがありませんでした。

つまり、20代は、特に「夜のリアルタイム・テレビから離れている」ようです。


ここで再び、冒頭で紹介した「20代によく見られた番組」。
今度は放送時間に注目してみると…。

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特に黄色で塗った「平日の20時以降開始の番組」は1999年6本⇒2009年4本⇒2019年3本と明らかに本数が減っています。

20代はなぜ「夜のリアルタイム・テレビ」から離れてしまったのか?
リアルタイム・テレビから離れた20代は、夜、いったい何をしているのか?


『放送研究と調査』2月号では、今回ご紹介した「全国個人視聴率調査」をはじめとした文研のさまざまな世論調査結果を横断的に活用して、録画再生視聴や、スマートフォンなどを用いたインターネットでの動画視聴にも視野を広げて、この疑問に挑んでいます。ぜひご一読ください!


メディアの動き 2020年03月13日 (金)

#241 マスク姿と「肖像権」

メディア研究部(メディア動向)大髙 崇

テレビをつけると、マスク姿の人がほんとに増えています。
昨年のブログで「肖像権」について書きましたが、テレビに写る人もマスク姿で顔がよくわからなければ肖像権はどうなるんだろう、と思ったりしております。
深刻なマスク不足。最近ではハンカチなどを使って布マスクを自作する人も見かけます。
マスク姿の人々を写したテレビ映像は「モザイク」すべきか?必要ないか?・・・

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もの思いにふけっている場合ではない。本題に入ります。

ほぼ1か月前の2月15日、同志社大学で開催された肖像権ガイドライン円卓会議in関西に行ってまいりました。
博物館などのデジタルアーカイブ機関が所蔵写真を公開しようとする際、被写体の肖像権をどう考えるかは重要な課題です。それを客観視するためのツールとして、昨年9月にデジタルアーカイブ学会・法制度部会が公表したのが「肖像権ガイドライン(案)」。被写体の社会的地位や撮影状況など、様々な要素に対して「点数」をつけ、それらの合計点が高い順に「公開可」「公開範囲を限定」「マスキング(モザイクなどで隠す)が必要」などと分類しています(概要はこちらを、詳しくはデジタルアーカイブ学会のホームページをご覧ください)。
このガイドライン、放送局関係者からも大きな注目を集めています。「この映像のこの人、モザイクかける?かけない?」は、現場の担当者たちを日々悩ませていますから。
今回、法制度部会はガイドラインのバージョン2を公表。新たに、「事件の被害者とその家族」は-5(減点)、「(街頭デモや記者会見などの)公共へのアピール行為」は+10(加点)などの要素と点数が加わりました。
これをもとに、肖像権の問題と日頃から向き合う博物館や放送局の関係者などによる「円卓会議」が開催され、熱い議論が交わされたのです。

議論の中で私がグッときたのが、朝日放送テレビ(ABCテレビ)の記者・木戸崇之さんのお話でした。
ABCテレビでは今年1月に「阪神淡路大震災25年 激震の記録1995・取材映像アーカイブ」と名付けたウェブサイトを開設。被災当時のインタビューや風景など1970クリップ、約38時間の映像を公開しています。木戸さんはこのサイトを立ち上げた中心メンバーです。

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ABCテレビ 木戸崇之記者

クリップ映像では、被災者の顔もたくさん、しっかり写っています。
しかし、問題は肖像権。そこで木戸さんたちは、ガイドラインでの計算を試みたところ、多くの映像が「公開可」の結果となりました。一方で、避難所にいる人のアップなどいくつかが「公開範囲を限定」と出ました。最終判断にあたって木戸さんは次のように話します。

「25年経って、当時の避難所などの映像を公開されて『いやだ』と言う方がどれくらいいらっしゃるかなと思った時に、これは我々が責任を持って公開していこう、となった」

もちろん、あきらかに被写体の名誉を傷つけるだろうと推察できるものは除外しましたが、1970クリップの公開という勇気ある決断に至りました。映像に写った人をできるだけ探し出して承諾を求めたところ、一人として拒否しなかったことも後押しとなりました。
あれから25年、この震災を知らない若い世代が増える中で、都市型震災の教訓がたくさん詰まっている当時の映像をできるだけそのまま見てほしい。記憶を風化させず、今後の防災に役立ててほしい。この思いは、放送局の記者にも被災者にも共通するものだったようです。
「この映像」を人々に公開する意義は何か。その意義が正しいのなら、責任をもって公開すべきではないのか。ガイドラインでの点数計算も参考にしつつ、最終的には公開する側の「覚悟」が問われていると強く感じた次第です。

話戻ると、現在の新型コロナによる「街中がマスク姿」の映像も、将来的には2020年の春の記録としてモザイクせずに広く見てもらうべきものだと言えるでしょう。
いずれにしても、みんながマスク着けてる風景って、どうも苦手です。
早く終息しますように。みなさんもどうぞご自愛ください!



メディアの動き 2020年03月11日 (水)

#240 総務省・吉田眞人情報流通行政局長インタビュー③ ~「放送を巡る諸課題に関する検討会」今後の論点 - 災害対応・ローカル局・存在意義~

メディア研究部(メディア動向)村上圭子

総務省の吉田眞人情報流通行政局長へのインタビュー、今回は3回目、最終回です。前回は「これからの公共放送の在り方」について率直なご意見をお伺いしました。今回は、災害対応、ローカル局、そして放送メディアの存在意義についてです。

<災害時における放送の確保のあり方>

村上:3月4日から、「災害時における放送の確保の在り方」についての分科会が始まりました。国民の命を守るためのインフラ整備という観点からも、将来の放送ネットワークをどう考えるかという観点からも、個人的には非常に重要だと考えています。問題意識を教えてください。

吉田:地デジの時に整備したローカル局の共聴施設(※全国に約6000近くある、地域で費用を負担して建設している地デジ受信設備)がかなり老朽化していることが気になっています(図1)。災害時にこうしたインフラが適切に維持管理されていないが故に、災害情報が届かないことはあってはならないと考えています。

<図1>

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出典:諸課題検・災害情報分科会(3月4日)事務局資料より抜粋

また、災害時に重要だと繰り返し言われるラジオについて、スマホ全盛時代にどう対応するかも大きな課題です。スマホにはもともとFMチューナーが入っているものがあるので、これをいかにアクティベート(有効化)していけるか、ということも重要だと思っています。インフラと、少し上のレイヤーの端末のところまで、災害時に災害情報が国民に適切に届く体制を整備するには何をすればいいかを考えたいと思っています。

村上:具体的にはなんらかの支援策を、というイメージなのでしょうか。

吉田:そこまで直ちに現時点では申し上げられませんが、地方の老朽化した共聴施設全てを自力で何とかしてくださいと言えるかどうか。10年前に共聴施設を作った時には一定の利用者加入もあったけれど、それから人口が減っていき、例えば、かつては100世帯で費用を分担していたのが現在は10世帯になり負担は10倍になっている、これを今後も続けていくことは困難である、具体的にはこうした事情を抱えている施設は多いと思います。また、地デジの再放送だけを担う自治体系ケーブルテレビの伝送路の老朽化についても同様に考えなければならない課題だと思っています

村上:災害時に備えて、平時における地上放送ネットワークの老朽化対策の方策を考えることがこの分科会の1つの照準であるということがわかりました。では現在、民放ローカル局各局が所有する中継局についてはどうでしょうか。現在、送信機の更新時期を迎えており、地域によって中継局の数に大きな差があり、局によってはかなりの負担が生じ、経営を圧迫しています。

吉田:事情は承知していますが、こちらについては各局でご尽力をお願いしたいと思っています。この分科会はあくまで災害対応ということに絞った短期集中的な議論になります。

村上:では分科会の議論からは少し逸れるかもしれませんが、中長期的な伝送インフラに関することについて質問させてください。今後、地上放送ネットワーク全体をどう強靭化、更にどう高度化していくかを考えることは、放送政策、もしかすると放送を超える国の政策になるかもしれませんが極めて重要だと考えます。2018年にまとめられた諸課題検の第2次とりまとめには、中長期的な考え方として「既存の放送波による伝送に加え、FTTH、モバイル等の有効活用を含むネットワークの大きな変革について、適切に対応していく必要」があると示されています。この点については今後、親会等で議論をしていくことになるのでしょうか。

吉田:確かにインフラについての技術進歩はめまぐるしく、5Gやビヨンド5Gの6Gという議論もされています。5Gが全国津々浦々に普及するといった状況があれば、当然それを放送のインフラにも利用できないかという発想も出てくると思います。

村上:また現在、ブロードバンドのユニバーサルサービスの議論が総務省の検討会で行なわれていますよね。放送のインフラの議論として、どこかでこうした通信側の議論と接合させていくことも必要なのではないかと思うのですが。

吉田:先延ばしにするわけではないのですが、この種の技術進歩とサービスの関係を考える議論は、常に現実の普及度合いを見定めながら、それをどういう風に活用していくのかを走りながら考えていくということだと思っています特にブロードバンドのユニバーサルサービス議論は緒についたばかりですし、放送事業者はインフラのユーザー側になりますので、放送主導では議論できない問題ですですので、私自身のビジョンとしては、議論のロードマップを描くのはまだ難しいというのが正直なところです。 

<放送事業の基盤強化>

村上:2018年から開始された放送事業の基盤強化に関する分科会では、主にローカル局の将来について議論されていますが、前回の会合ではとりまとめに向けた目次案が示されました。この目次案には、半年前にまとめられたラジオの部分(※FM補完放送の普及に伴うAM放送制度の見直し)を除いては制度改正などの項目はなく、放送外事業のベストプラクティス集といった印象を受けました。これまでの分科会での議論では、地域において人口の減少が加速する中、従来型の県域免許制度や、それを前提とした基幹放送普及計画そのものの見直しも必要ではないか、との趣旨の発言もありました。このあたりはとりまとめには盛り込まれないのでしょうか。

吉田:基幹放送普及計画は放送を健全に普及発展させるための基本的な計画です。ですので、これが短期的にあまり大きく変動していくことは、放送の安定的な普及のためには望ましくないと思います。ただ、事業者側がこれから変革を行う際に、この計画があるからできないことがある、ということであれば、計画を変えることはもちろんできます。今の計画は、基本的にいわゆる“四波化政策”を反映する形になっていますが、実態としては地域によっては二波、三波のところもあるわけですから。

村上:私は、人口減少時代の地域社会におけるメディア最適化地図のようなものを誰かが考えていかなければ、この国の地域社会における民主主義の基盤が維持できないのではないかという危機意識があります。それを民が考えるのか、官が考えるのかはまだ整理がついていないのですが、単なる市場原理に委ねるだけでいいのか、という問題意識です。そうした意味でも基幹放送普及計画は、地上波に限ったものではありますが、唯一、国の政策として、メディアの全国配置を定めたものとしては大きな存在だと考えています。ですので、この計画について改めてどこかで議論をすることが必要だと思っているのですが。

吉田:私は演繹的なその絵の描き直しといったようなことは、あまり生産的でないと思っています。基本的には、その各地域、地域の放送事業者が、まさに帰納的に、自分たちの会社、自分たちの地域がどうしていきたいのかということを考えて、その上で、もしも基本計画に、つまり絵に反映できるのであれば、絵に反映できるようにすればいいというのが私の基本的な考えです。地域の放送事業者の要望が上がって来たその時に、村上さんが言うような本質的な議論ができればいいし、そこで十分に議論をし尽くすことが重要だと考えます。

<放送メディアの存在意義>

村上:局長は、放送サービスは「社会と文化の安定装置」である、というご持論をお持ちです。ただ、放送サービスはかなりたくさんの要素で構成されており、その諸要素が全く同じ形で今後も維持されることは不可能だと思います。では、局長は今後最も維持すべき、もしくは発展させていくべき要素は何だと考えていますか。

吉田:これを言うと、「それ以外の要素はいらないのか」となりそうなので慎重になりますが、誤解を恐れずに言うと、地上波のようなリニアの総合編成という要素はすごく大きいと思います。人間一人一人の関心のあり様や、情報収集の能力は、かなり限定的なもので、自分の関心の外縁にあるような事象や認識にさらっと触れるような情報を与えてくれ、しかもそれが自分だけにではなく、その社会を構成する多くの人々に同時に提供されるという、こうした伝統的な放送のあり様は、社会の一体性、安定性を保つためにすごく重要ではないかなと個人的には思っています。オンデマンド型にシフトしている時代であればあるほど、リニアの総合編成型のサービスは社会にとって非常に重要になってくると思います。

村上:ただそれを制度の下、つまり一定の規制を前提に提供していくのか、事業者が主体的に提供していくのかは別の話ですよね。

吉田:それはそうです。ただ、歴史的に日本は放送法の二元体制の下でそれなりにうまく機能してきたと思っています。今、国際的に見てソーシャルコンバ―ジェンス(社会統合・・・少数者も差別なく、対等な権利と責任を持って参加できる社会の形成)が非常に大きな問題になっています。日本はそのソーシャルコンバ―ジェンスが世界的に見るとまだかなり保たれている方だと思っていて、それは二元体制の下で地上放送が果たしてきた役割というのが大きいのではないかと思っています。ですので、今後も地上放送事業者には、そういう機能を引き続き果たしていってほしいと思っていますし、そのために様々な政策を組み立てていきたいと思っています。

村上:ありがとうございました。

いかがでしたでしょうか。吉田局長とはスタンスや意見の違いも少なくありませんでしたが、インタビューを通じて改めて、放送メディアと社会との密接な関わり、そこでの責任や存在意義を再認識しました。今後は、放送事業者や関係者といった当事者だけでなく、できるだけ多くの人々に、放送メディアの今後や、メディアの社会の関係について関心を持っていただけるような発信と、共に考えていけるような場を作っていければと思っています。

      

メディアの動き 2020年03月10日 (火)

#239 総務省・吉田眞人情報流通行政局長インタビュー②~「放送を巡る諸課題に関する検討会」今後の論点・NHK~

メディア研究部(メディア動向) 村上 圭子

 今回は、総務省の吉田眞人情報流通行政局長へのインタビューの2回目。前回は「放送を巡る諸課題に関する検討会(諸課題検)」の今後の論点として、同時配信に関する著作権処理について、放送法改正も視野においた議論をしていきたい、という内容を中心にご紹介しました。今回は、分科会が新設されることになった「これからの公共放送の在り方」に関する内容をお伝えします。なお、インタビューは2月21日及び、一部追加項目について3月3日に実施しました。

 <常時同時配信について>

村上:3月1日からNHKの常時同時配信・見逃し配信サービス「NHKプラス」が始まりました。局長はもう使われましたか?

吉田:はい。アプリのインターフェイスがよく出来ていて使いやすいですね。
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時差出勤だった日の朝に、国会中継を電車の中で見ていまして、非常に重宝しました。ユーザーオリエンティッドなサービスだと思いますので、4月の本格サービスへ向けてしっかりとやっていただくことを期待しています。

村上:このインタビューは放送政策の今後について伺うのが目的なのですが、NHKの常時同時配信については、これまでの経緯に関して1つだけお伺いしておきたいことがあります。私は今“常時”と申し上げましたが、実際は深夜~早朝の時間帯はサービスを休止しています。これは「NHKインターネット活用業務実施基準(実施基準)」を定める際、ネット活用業務に充てる費用を一年間の受信料収入の2.5%以内という、常時同時配信開始前の水準に“据え置く”こととなったため、時間的な制限を設けざるを得なかったことが背景にあります。
実施基準は総務大臣の認可が必要です。総務省はNHKが最初に認可申請した案(常時同時配信等の基本的業務は2.5%以内とし、それ以外のネット活用業務として4項目を新設)に対して再検討を求め、NHKはその多くを受け入れた見直し案を提出し、認可を受けました。
質問は、総務省がNHKに再検討を求める際に示した「NHKインターネット活用業務実施基準の変更案の取扱いに関する総務省の基本的考え方(基本的考え方)」についてです。ここでは、NHKのネット活用業務の内容に関する見解だけでなく、三位一体改革の徹底や受信料水準の見直し等に関する総務省の見解が、かなりのページを割いて示されました。私は実施基準の認可の可否は、あくまでネット活用業務の範囲内で行われるという認識を持っていましたので、正直、再検討に際しNHKのあり方そのものを問うような総務省の姿勢に対しては違和感を持ちました。「基本的考え方」について募集したパブリックコメントにも類似のご意見がありました。手続きは終了していますので今更ではありますが、総務省の真意や手続きの正当性についてどのようにお考えかお聞かせください。

吉田:あのような「基本的考え方」を出した理由は大きく2点あります。1つは、NHKにとって常時同時配信が、任意業務の1つということではあっても、今後の位置付けから考えると、現状の放送も含めた業務全体に大きな影響を与えるだろうと総務省が認識していたからです。そのため認可にあたっては、NHK自身が業務全体の中で常時同時配信をどう位置付けるのかという明確な認識をもうすこし知っておきたい、という思いがありました。
2つ目は費用を巡る話です。NHKは経営計画(2018-2020)で既に発表していますが、そこで2020年度は215億円の赤字を見込んでいました(図1)。これは決して小さな数字ではありません。3桁の赤字予算前提で新たなサービス(常時同時配信)を始めるのなら、それにどこまで投資をしていくかを考えた時に、現状で費やしているネット活用の水準をまず基準に考えてもいいのではないか、まずは既存の2.5%という枠をどこまで維持して出来るのかをもう少し考えていただいてもいいのではないか、というトーンを強く出しました。これが黒字予算を見込んでいるタイミングであれば、ここまで強いトーンは出さなかったと思います。
なお、認可からは少し離れた個人的意見となりますが、私は、NHKが標榜している“公共放送から公共メディアへ”というスローガンには、やや違和感を持っています。公共メディアという言葉には、公共放送という言葉が持っているような重みと深みと存在感が感じられません。公共と放送を切り離し、放送という文字を単にメディアと置き換えているだけのように思います。私は、公共放送という言葉は、国営放送でも民間放送でもない存在、つまり、国家権力からも独立し商業的な影響力からも独立し、幅広い国民全体に支えられることで、情報提供や番組提供を国民に対して行っていく1つの優れた社会文化装置機能を指し示すものであり、それが公共放送という“ワンワード”であって、“公共+放送”ではないと思っています。これが、公共メディアとなると、急に意味が一般化してしまうのですよね。民放も新聞も公共メディアですよね。言い換えると、NHKは”only one”から”one of them”になりますと言っているように思えるわけです。そうではないというのなら、NHKが考える“ワンワード”としての公共メディアの持つ意味とは何か、単に放送を太い幹にしてネットもやる、ではなく、明確に国民に納得できる言葉で説明してほしい、という思いを持っています。

  <図1> NHK経営計画(2018-2020)より抜粋
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村上:ただ、結果論ではありますが、総務省はNHKの肥大化を懸念する民放連や日本新聞協会の立場に寄った形になったという印象を持ちました。「基本的考え方」の中にはNHKの「業務全体を肥大化させないことが求められる」との文言もありました。

吉田:NHKの現状を以って肥大化している、という言い方はしていません。また民放の方々にも折に触れ、一体何が肥大化なのか、そしてその肥大化によって民放の業務、少し広く言うと放送の市場やメディアの市場においてどのような悪影響が出るということを訴えているのか、データを示して議論してほしいと伝えています。
他方で、10年前に比べると受信料収入が約1千億円増え、それに伴って支出も約1千億円増えているのは事実であり、放送業界の中ではNHKのみがこういう傾向にあるのは事実です。このことはNHKにもしっかり考えてもらいたいです

<分科会での議論の論点>

村上:今回、諸課題検に「公共放送の在り方に関する検討分科会」が設けられることになりました。そこではどのようなテーマが議論される予定でしょうか。

吉田:1つはこの夏にも原案が策定されるのではないかと思われるNHKの中期経営計画についてです。これはあくまでもNHKにおいて経営委員会と執行部が様々な議論をしながら作るものではありますが、NHKに何を求めるか、やはり少し提言的なものを出していきたいと思っています。先程も申し上げましたが、三位一体改革への取り組みも含めて、自分たちの公共メディアとしての将来像、それをわかりやすく示していただきたい。またその1つのバリエ―ションとして、二元体制の一翼である民放に対してNHKはどのような関係を築いていきたいと思っているのかがわかる内容も盛り込んでいただけるといいと思っています

村上:今回、NHKはネット活用業務において、他の放送事業者の要望に応じ、連携・協調について協議の場を設けることとされました。しかし、NHKと民放では運営モデルが異なることに加えて、民放のビジネスモデルは大きな転換点を迎えています。こうした中で協調領域を作っていくことはとても難しいというのが、ここ数年の現場レベルでの実感ではないかと思います。更に、受信料収入で成り立つNHK側から民放との連携・協調に関するビジョンを示していくことはもっと難しいと想像します。ネット活用に即していえば、例えばですけれども、現行法において、民放と一緒に配信基盤を整備するとか、そういうことは可能なのでしょうか。

吉田:明らかに民放の経済的利益の下支えをするといったようなことは厳しいと思います。ただ、NHKの任意業務として「放送およびその受信の進歩発達に特に必要な業務を行う」ということは可能なので、それをより広げて、放送事業者のサービスを今日的に発達させるために必要な基盤整備にNHKが一定の役割を担うということ自体は否定されないのではないかと思います。ただ、受信料の使い方の議論になるので十分な議論が必要です。こうしたことも分科会で議論できればと思っています。

村上:分科会では受信料制度についても議論されるということですが・・・。

吉田:先日の諸課題検で高市大臣も問題意識を示しましたが、従来のテレビセットを基準にした制度が、中長期的に見れば不安定になっていっていく部分はあると思います。総務省はこれまで受信料制度については、まずはNHKにおいて考えていただくべき問題だというスタンスでした。しかし今後は、私個人としてもそういう言い方はしないよう、総務省として主体的に受信料制度の議論に取り組もうと思っています。
当面の具体的な論点としては、ワンセグやカーナビからの徴収に対して違和感を持つ国民が少なくないということをどうするか、また、地上と衛星の2段階体系のあり方等について議論したいと思っています。将来的には、ドイツ方式と言われるテレビセットに依拠しない制度というものも含めて、今後のあり方を議論していかなければならないとも思っていますが、これは国民の受け止め方によっては、新たな税に似た負担の創出というニュアンスもありますので、時間をかけた幅広い国民的な議論が必要だと思っています。まずは、どのような時間軸で考えていくべきか、検討のロードマップ的なものを示していきたいです。役所のあり様として、大臣が変わったり局長が変わったりすると、議論が立ち消えになることも少なくないのですが、人が変わっても議論が後戻りしないような形を作っておきたいと思います

 
欧州各国ではここ数年、かなり急ピッチで受信料制度改革が行われています。しかしこの議論は、吉田局長のインタビューにもありましたが、まさに“時間をかけた幅広い国民的議論”が不可欠です。その際、通信・放送融合時代における負担のあり方という側面からだけでなく、国家的権力からの独立性の担保をどうアップデートしていくのか、という側面からの議論も同時に行っていかなければなりません。こうした議論が監督官庁である総務省の諸課題検だけで果たしうるのかも含めて、引き続き注視していきたいと思います。

 この吉田局長へのインタビューは今回で終わるつもりでしたが、ボリュームが多かったため、次回も3回目(災害対応・ローカル局)をお届けします。

 

メディアの動き 2020年03月02日 (月)

#238 総務省・吉田眞人情報流通行政局長インタビュー①~「放送を巡る諸課題に関する検討会」 今後の論点‐同時配信~

メディア研究部(メディア動向) 村上 圭子

 本ブログでも度々登場している総務省の「放送を巡る諸課題に関する検討会(諸課題検)」。メディアサービスにおいて通信と放送の融合が進展する中、放送メディアが抱える“諸課題”を整理すると共に、政策としての対応策が議論されています。この「諸課題検」が立ち上がったのは、NETFLIXやAmazon prime Videoがサービスを開始した2015年ですが、それ以降に起きている放送メディアを取り巻くテクノロジー、サービス、事業者、視聴者像などの激変に対し、議論はどこまでスピード感を持って進められているのか、疑問を感じることも少なくありません。
 こうした中、先日(2月21日)開かれた「諸課題検」では、今後の検討項目4つが示されました(図1)。項目を見たり議論を傍聴したりしただけでは項目に込められた意図が十分に理解できなかった点もあったので、吉田眞人情報流通行政局長に直接お話を伺いました。その内容をブログでご紹介したいと思います。論点が多いので2度に分けてお伝えします。

<図1>
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  出典:総務省・放送を巡る諸課題に関する検討会・2月21日資料

<問題意識と基本的なスタンス>

村上:「諸課題検」も5年目に入りました。吉田局長は、発足当時は審議官として、現在は局長として放送政策をご担当されています。まず局長の現在の問題意識をお聞かせください。

吉田:通信放送融合時代が進展し、放送サービスの独自の存在意義が問われるような時代になっています。しかし、社会と文化の安定装置の意味合いとしての存在意義は、少なくとも短期・中期的には必要だと思っています。だとしたら放送サービスがサステイナブル(持続可能)に提供されるような環境をどう維持していくかを考えていくべきであろう、というのが基本的な私の問題意識です。

村上:周辺環境は激変し続けているため、個々の事業者にはスピード感ある変革が求められていますよね。他方で放送サービスはメディアの中では唯一、放送法という制度的枠組みの中にあります。だからこそ、時に総務省のイニシアチブも求められるのではないかと思うのですが、長らく取材を続けていて、失礼ながら総務省自身のグランドデザインが見えにくい気がしているのですが・・・ 

吉田:もともと放送事業は基本が無線局の免許に基づいており、更にそれに関連する枠組みが存在しています。ですので、制度の議論をする際には十分に注意しないと、特に民間事業者においては制度改正に合わせた方向に経営方針を役所が主導しようとしているのではないかと誤解されがちで、それは避けたいです。事業者から「こうしてほしい」という意見をもらえれば、その道を開く議論ができます。つまり、総務省は“べき”論ではなく“可能性”論を模索する立場であると考えています。

<同時配信に関する制度議論>

村上:これまでの「諸課題検」では、NHKの常時同時配信に関する議論にかなりの時間が割かれました。結果、昨年は放送法改正が行われ、まもなくNHKの同時配信サービスも開始されます(図2)。では、今後の「諸課題検」では、「通信・放送融合時代における放送政策」についてどんな論点が想定されているのでしょうか。多賀谷一照座長からは、制度の見直しも含めた議論をするとのご発言もありましたが。

<図2> 「NHKプラス」の画面イメージ  <同時配信>と<見逃し配信>
              
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  出典:https://plus.nhk.jp/info/

吉田:放送事業者からずっと言われていることではありますが、同時配信に関する著作権の問題について本腰を入れて検討していきたいと思っています。日本の場合、通信と放送が、法体系が分かれているが故に別々に取り扱われていますが、コンテンツの中身からいうと、同時配信は基本的に同じものが提供されます。それを別のものとして取り扱う必要があるのか。これは著作権の整理と密接に関わっているので、放送法を所管する役所が取り組むべき課題だと考えています。

村上:2015年11月に「諸課題検」が開始されてすぐ、こうした問題意識も含んだ検討会が情報通信審議会の下で開催され、2年間議論が行われました。その時には、対応策としては著作権法の改正なのか放送法の改正なのか、つまり文化庁が主導で考えるのか、総務省が主導で考えるのか、押し付け合いをしているように映ることも少なくありませんでした。結局、制度改正は行われないまま現在に至っており、この論点は文化庁の文化審議会著作権分科会や規制改革推進会議で議論されています。局長のご発言は、総務省は放送法改正も視野に議論していく、という理解でいいのでしょうか。

吉田:現時点では、著作権法改正なのか放送法改正なのかというのは結論が出ているわけではないけれど、これまで総務省は、この論点はどちらかというと文化庁さんの領域ではないか、というスタンスでした。でも、こちらで何も汗をかかずに先方にやってください、というだけだとやはり物事は進まないので、総務省としても覚悟を持ってどこまで踏み込むべきか議論する必要はあると思っています。こうした議論は、抽象論の時には理念的立場の主張になってしまいあまり進まないのですが、NHKの同時配信も始まりますし、民放もまだトライアル的な部分も多いけれども、5年前に比べたら本格的に取り組むようになってきました。ようやく本格的に制度の議論をリアルにできる時期になったと思っています。

村上:もしも放送法を改正するとしたら、同時配信を放送と“みなす”ということになるのでしょうか。そうなると同時配信の品質の担保、つまり、放送との同一性をどこまで担保するか、という技術的な議論にもなりますよね。

吉田:一言で放送法の改正といっても、同時配信を本来の放送そのものとして位置づけるという方法もあるし、必要な部分だけ、つまり今求められているのは権利処理の部分なので、その部分の要件を満たしたものを放送に準ずるものとみなすという方法もあると思います。

村上:“要件を満たす”ということですが、その際に、放送エリアと同じように同時配信でもエリアを制限するかどうかという点は大きいですよね。NHKは先の放送法改正で地域局から配信する場合には、放送と同一のエリアに制限することになっていますが、民放が現在実施しているケース(甲子園やマラソン等のスポーツイベントの同時配信やTVerで行われている実証実験等)見ると、キー局もローカル局も放送エリアを越えて全国に配信し、CMも差し替えてのマネタイズを模索しようとしています。このあたりはどのように考えればいいのでしょうか。

吉田:確かにCMの差し替えとかがあると制度を作るのはすごく難しいのですが、民放がエリア制御をかけるのかどうかとか、CMを差し替えるのかどうかというのは法制度ではなくてビジネスの議論ですから、そこは民放の人達ともよく話をしていきたいと考えています。同時配信について、総務省は事業者がどういう方向にも動けるような環境整備をしていきたいと思っています。

 
 今回のブログでは、吉田局長へのインタビュー部分のうち、同時配信に関する内容をまとめてみました。皆さんはどう受け止められましたでしょうか。私は、外部環境の変化が激しい昨今、放送行政を所管する総務省が何らかのビジョンを示すべき、という立場ですが、局長はあくまで、放送事業者の主体性を重んじ、事業者が具体的に動いて初めて制度の議論もついてくるという立場でした。ただ今回、同時配信の著作権問題について、総務省も覚悟を持って臨むという姿勢が示されたことは、これまでにない大きな変化であると感じました。
 これから制度改正の議論に向かうにあたり、放送事業者自身も、同時配信に対する問題意識を改めて整理しておく必要があると思います。同時配信は、①これ以上人々のテレビ離れを進行させないため、もしくはテレビ離れした人々にもネットでテレビの情報や番組に触れてもらうために行うのか、②一斉同報・時間編成・地域制御という放送メディアとしてのアイデンティティをネット上に拡張させるために行うのか、③フェイクニュース・フィルターバブルという課題に対し、制度で規律されたメディアがネットにも存在すべきという社会的要請に応えるために行うのか、④データビジネス、データマーケティング主流の時代にユーザーとのつながりを形成するために行うのか、⑤将来的に伝送路がオールIP化することも見越した備えとして行うのか…等々。なしくずしの実施にならず、将来も見据えた議論を期待したいものです。
次回は、「諸課題検」で新たな分科会を作ることになった「これからの公共放送の在り方」「災害時における放送の確保のあり方」そして、とりまとめに向けて議論が進んでいる「放送事業の基盤強化」について取り上げます。

 

メディアの動き 2020年02月18日 (火)

#237 一枚の写真が、執筆のエンジンになった

メディア研究部(メディア動向) 谷 卓生

東京-横浜間で電話交換業務が始まり、帝国ホテルや浅草凌雲閣(十二階)が開業した、明治23年(1890)。明治国家が欧米諸国に追いつこうと、“坂の上の雲”を目指していたころに撮影された、“一枚の写真”が残されている。
写っているのは、現在の東京大学理学部が、「帝国大学理科大学」という名称だった時代の教員たちだ。

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 洋装が11人、和装が3人(但し、一人は靴を履いていることが確認できる)。ひげを生やしている人が半分など、当時の学者の風俗がわかるという点でも興味深い写真だ。

私がこの写真の存在を知ったのは、VR(バーチャルリアリティー)の訳語が、「仮想現実」になっている理由を調べていた去年の秋。専門家などから、「仮想現実」という訳語は、“あまり適切ではない”とされてきたのに、どうしていまだに使われているのだろうかと疑問を抱いたからだ。そして、調査で分かってきたのが、明治21年(1888)発行の『物理学術語和英仏独対訳字書』が、Virtualを「假リ(ノ)」「虚-」と訳したことに、その遠因があったのではないかということだった。この『対訳字書』を作ったのは「物理学訳語会」。約30人の物理学の研究者たちが、西洋由来の物理学の学術用語を翻訳・統一しようと、明治16年(1883)に発足させた。

この写真には、訳語会設立の発起人のひとり、日本人初の物理学教授となった山川健次郎(後列の右から2番目。1854-1931)をはじめ、訳語会のメンバーが9人写っているのだ。それまでに見ていた山川の写真は、もっと高齢のときに撮影されたもので、きっちりとしたスーツ姿。彼が会津藩の“白虎隊の生き残り”であったことをほうふつとさせる古武士然としたもので、こんなに若いころの写真は見たことがなかっただけに、とても新鮮だった。しかも、彼が着ているのは、実験で使う“白衣”ではないだろうか!他の人は正装のように見えるが、山川はどうしたのだろう。実験を好んだとされる山川ならではの姿なのか。
このような現役感バリバリの、『対訳字書』の発行時期に近い、山川らメンバーの姿に触れて、私の中で、何かが動き始めた。古ぼけた資料を調査しているときにも、それを書き記した先人の姿が思い浮かぶようになってきたのだ。単にテキストの解読ではなくて、明治という激動の時代を生きた、彼らの夢や不安、使命感のようなものを感じながらの研究となり、私のモチベーションは上がった。
研究結果は、『放送研究と調査』(2020年1月号)掲載の論稿にまとめたので、読んでいただければありがたい(リンク先で、全文公開中)。この写真ももちろん同誌に掲載しているが、モノクロで写真のサイズも小さい。ぜひ本当の色で、しっかりと見てもらいたいと思い、ここで、改めて紹介した次第だ。

この写真は、2006年に山川の親族が東大理学部に寄贈したものだが、どういう状況で撮影されたのかなど詳しいことはわかっていない。しかし、写真と一緒に手書きのメモが残されていた。

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このメモのおかげで撮影時期が推定でき、私は、この写真において、『対訳字書』の作成に携わった9人(寺尾、山川、山口、三輪、酒井、藤沢、隈本、菊池、難波)を特定し、130年の時を超えて彼らに会うことができた。会則や議事録によると、彼らは毎月、第二・第四水曜日の午後3時に大学に集まって、約1700の訳語を決めていったのだ。この写真(とメモ)の存在は、科学史の専門家たちにもほとんど知られていないものだったので、これを“発掘”できたことは、本当にラッキーだった。しかも、ここで公開し、多くの人に見てもらえるようになったことで、今後の科学史の研究に何らかの助けになれば幸いだ。
それにしても、当時の教員たちは、若い。現在と単純に比べられないとは思うが、(明治23年の撮影として)最年長は、教授の山川で36歳。最年少の平山は23歳。後に、「土星型原子模型」の理論で世界的に知られることになる長岡半太郎は、このとき25歳だ。写真に写った全員の平均年令は、30歳(生没年が不明の、実吉は除く)。明治23年は、先進各国の帝国主義が本格化する中、日本では、憲法が施行され、帝国議会ができるなど、ようやく国家の体制が整い始めたころ。そういう時代状況のもと、ここで教え、学んだ若き俊英たちがその後、各地に赴き、日本の物理学や数学の礎を築き、「殖産興業・富国強兵」の担い手となっていったのだ。そんなことを思いながら、この写真を見ると、くめども尽きぬインスピレーションを得ることができる。こうしたことがわかるのも、資料が残されていたからだ。現在、原本が行方不明になっている「物理学訳語会記事」(「訳語会」の議事録)もどこかに残っていないだろうか。全国の大学図書館、資料館、古書店のみなさん、情報があれば、ぜひお寄せください!!!

最後に一つ、妄想を。なんとかタイムスリップをして、現代のVR機器を明治時代に持っていきたい。訳語会のメンバーがVRを体験すれば、Virtualにどんな訳語をつけるだろうか。彼らの議論を聞いてみたい。


(注)
手書きメモにある「藤沢利器太郎」は、「藤沢利喜太郎」が正しい。
また、「平山順」は、「平山信」ではないだろうか。

(おもな参考文献)
『日本の物理学史』(日本物理学会編、東海大学出版会、1978年)
『増補 情報の歴史』(松岡正剛監修、編集工学研究所構成、NTT出版、1996年)
『明治を生きた会津人 山川健次郎の生涯』(星亮一著、筑摩書房、2007年)
『近代日本一五〇年』(山本義隆著、岩波書店、2018年)


文研フォーラム 2020年02月12日 (水)

#236 仕事も家庭も楽しめない日本人!? ~国際比較調査から見える日本人の姿~

世論調査部(社会調査)村田英明

みなさんは「国際比較調査」データをご覧になったことがありますか?調査に参加する国々が、同じ時期に、同じテーマで、同じ質問の世論調査を行い、国民の意識の違いや自分の国が抱える様々な問題を浮き彫りにすることができる、とても役に立つ調査です。
と言うと何だか難しく、取っ付きにくい感じがしますが、例えば、こんな調査ならばどうでしょう。

 ■「日本は、仕事にストレスを感じる人が多い国である。男女とも、およそ半数の人が仕事にストレスを感じており、男性は調査した国の中で2番目に多く、女性は4番目に多くなっている。アメリカや中国などでは、仕事にストレスを感じる人は3割程度しかいない。」 (2015年・ISSP「仕事と生活(職業意識)」調査)

 ■「日本は、家庭生活の満足度が低い国である。家庭生活に“非常に満足している”または“満足している”という人は、男性が4割ほど、女性が3割ほどで、参加国中、満足度は男性が4番目に低く、女性は2番目に低い。」(2012年・ISSP「家庭と男女の役割」調査)

仕事や家庭生活といった身近なテーマだと興味がわくのではないでしょうか。それと同時に、「なぜ日本人は仕事にストレスを感じるのだろう?」「なぜ日本人は家庭生活の満足度が低いのだろう?」といった疑問がわいて、その理由を知りたくなるはずです。

今年の文研フォーラムでは、世論調査部が20年以上前から世界の国々と協力して毎年実施してきた「ISSP国際比較調査」についてご紹介します。開発途上国を含めて40以上の国と地域が参加している調査から見えてきた“日本人の姿”や“日本の課題”をゲストとともに詳しく見て行きます。

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ゲストにお招きするのは、NHKのニュース番組にもご出演いただいている白河桃子さんと常見陽平さんです。日本人の働き方の問題や、結婚や家庭の問題に詳しいお二人が、調査から浮かんだ様々な疑問にお答えします。どうぞお楽しみに!!
研究報告は、国際比較調査のベテラン、村田ひろ子主任研究員が担当します。

文研フォーラムの詳細はこちらから↓
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文研フォーラム 2020年02月10日 (月)

#235 子どもたちのリアルなコンテンツ視聴に迫ります!

世論調査部(視聴者調査)阿曽田悦子

現在、私は1歳と3歳の子育て真っ只中。
ご飯を作っているとき、片付けしているとき、ちょっと休憩したい時。
一番お世話になっているのが「テレビ」です。

上の子が1歳の頃までは、Eテレや知育教材など“親が見せたいコンテンツ”を見せていました。
2歳になり、“自分の見たいコンテンツ”を主張するように。
3歳になると、自分でテレビのリモコンを操作し、DVDやYouTubeまで見るようになりました。

子どもたちの最近のブームは「アナと雪の女王」。
毎日、飽きることなく何度も見ているため、まだ上手に話すことができない
1歳の娘も「ありの~ままの~」と鼻歌らしきものを歌っている始末です。
テレビ番組にこだわらず、“見たい時に見たいコンテンツを見る”
これが、我が家の子どもたちの「テレビ」の見方です。

テレビ番組を放送された時間に見るリアルタイム視聴や、録画やDVDでの視聴、テレビで動画を視聴したりなど、いろいろな形の「テレビ」の見方がありますが、そもそも、幼児が1日にテレビ番組をリアルタイムで視聴している時間はどれくらいでしょうか?
毎年6月に実施している「幼児視聴率調査」のデータをご覧ください。


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2006年のリアルタイムの視聴時間は、2時間19分。その後2011年までは2時間以上でしたが、2019年は1時間37分になってしまいました。
特に夕方の時間帯では、今なおリアルタイム視聴が最も多いものの、録画DVD視聴、インターネット動画視聴が存在感を増している兆しがみえています。

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子どもたちをとりまく環境も変化し、テレビコンテンツだけではなく、
映像コンテンツが多様化している中で、子どもたちは何を見ているのでしょうか?

3月4日の文研フォーラムでは、「幼児視聴率調査」と「メディア利用の生活時間調査」の最新データをもとに、幼児のコンテンツ視聴の実態、母親のリアルな生活・メディア動向を詳しく報告します。
またゲストには、民放初の0歳~2歳向けの幼児番組「シナぷしゅ」を企画した、テレビ東京・飯田佳奈子プロデューサーと、Eテレの編成主幹・中村貴子を迎え、「幼児コンテンツ」のミライを一緒に考えます。

これからの時代を生きる子どもたちは、どんなコンテンツを、どのように見ているのか?
「何みてる?令和のこどもたち」 皆さん、ぜひご参加ください。


 文研フォーラムの詳細はこちらから↓
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文研フォーラム 2020年02月07日 (金)

#234 2020年のジャーナリズムのキーワードは「エンゲージメント」?

メディア研究部(海外メディア)青木紀美子

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「隠れた飢餓」の問題について話し合うため、カリフォルニア州サクラメントの
公共ラジオCapital Public Radioが開いた住民との対話集会
                  (写真:Steve Fisch/FischPhoto)

アメリカ、ハーバード大学のジャーナリズム研究所NiemanLabは、毎年の終わりに翌年の動向「予想」(1)を報道分野の先駆者や研究者に依頼し、発表しています。メディアの危機が深刻なアメリカでジャーナリストや識者は何に注目しているのか?海外メディアの動向調査を担当する私には、その知見からヒントを頂くことも多い読み物です。

2020年のNiemanLab予想で目立った言葉の一つは「エンゲージメント」でした。日本では「エンゲージメント・リング」など婚約という意味で使われることが多い言葉ですが、ジャーナリズムの分野では市民と「接点を持つこと」「双方向の対話をすること」「継続的なつながりを育むこと」「活動をともにすること」といった読者視聴者、さらに幅広い市民との関係を表す言葉として使われるようになっています。

非営利調査報道メディアProPublicaのエンゲージメント担当記者、ビーナ・ラガベンジュランさんは「エンゲージメント報道は、取り上げる課題の当事者がその取材報道に参加する機会をつくること」と説明し、特に地域ジャーナリズムの分野で人々とのエンゲージメントが増えることを予想しています。(2)

ヴィスコンシン大学ジャーナリズム校の教授スー・ロビンソンさんも、2020年のアメリカ大統領選挙に向けて有権者とのエンゲージメントを試みるメディアが増え、特に地域メディアの選挙報道の内容を変えてゆくだろうと述べました。(3)

カリフォルニア州の公共ラジオのコンテンツ責任者クリスティン・ムラーさんは「エンゲージメントは従来の報道を見直し、透明性を高め、取材から発信まで地域社会とともにかたちづくることで、人々とメディアとの間の距離を縮めるものだ」とした上で、このエンゲージメントをジャーナリズムの財政基盤の強化にも結びつけることを2020年の課題と位置づけています。(4)

情報が氾濫し、メディアへの信頼も落ち込む時代。このような「エンゲージメント」を柱に、人々が必要とする情報、信頼できる情報を届けることで、双方向の対話があるつながりを育み、信頼の回復をめざす試みを欧米では「Engaged Journalism」と位置付け、実践例や成果、課題や評価の指標などについて情報の交換が行われるようになっています。

具体的な手法は多様で、オンラインで募集した質問や意見を出発点に取材をすることもあれば、地域の課題について住民が話し合う機会を設け、その議論を参考に報道内容や発信方法を方向づけることもあります。共通しているのは、人々の声にもう一度耳を傾けることから始め、市民を、情報を受ける「オーディエンス」から情報をかたちづくる「パートナー」へと見直し、”市民のため”だけではなく、“市民とともに”発信することをめざしていることです。

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文研フォーラム2020では、アメリカのCapital Public Radioをはじめ、イギリスのBBCや西日本新聞社からエンゲージメントに取り組む方々の参加を得て、実践例を紹介し、その可能性や課題について話し合います。

(1)  https://www.niemanlab.org/collection/predictions-2020/ 
(2)  https://www.niemanlab.org/2019/12/the-year-of-the-local-engagement-reporter/
(3)  https://www.niemanlab.org/2019/12/campaign-coverage-as-test-bed-for-engagement-experiments/
(4)  https://www.niemanlab.org/2019/12/the-year-we-operationalize-community-engagement/ 

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