文研ブログ

2020年11月

メディアの動き 2020年11月25日 (水)

#286 没後50年 テレビが伝えた三島由紀夫

メディア研究部(メディア動向) 大髙 崇


1970年11月25日。
自衛隊市ヶ谷駐屯地総監室に立てこもり、バルコニーから檄文を撒き、自衛隊員に決起を促す演説をした直後、作家・三島由紀夫は自ら命を絶ちました。

世界中を震撼させたその日から、今日で50年。

三島をこの行動に駆り立てたものは何だったのか、三島文学とは何か、彼が憂いた日本と日本人は今、どこにいるのか。
50年間、三島は、多くの人々を悩ませ、語らせ続けています。

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現在、NHKアーカイブスポータルサイト「NHK人物録」では、死の4年前の三島のインタビュー映像を公開しています。彼はこう語っています。

「人間の生命というものは不思議なもので、自分の為だけに生きて、自分の為だけに死ぬというほど人間は強くないんです。すると、死ぬのも何かの為、というのが必ず出てくる。それが、むかし言われた大義というものです」

既に自らの最期を決定しているかのようです。しかし同時に、「そういうことを思い暮らしながら畳の上で死ぬことになるだろう」とも漏らしています。自らが抱く大義に突き動かされながらも果たしてそれを実行できるか、ためらう様子が垣間見えます。

NHKでは、没後50年に合わせて、三島由紀夫とは何者だったのかを考える番組をいくつか放送します。
きょう25日深夜は、NHKスペシャル「三島由紀夫〜50年目の素顔〜」(21日放送の再放送)。
27日(金)、映像ファイルあの人に会いたい「アンコール 三島由紀夫」(2004年10月放送の再放送)。
28日(土)、ETV特集「転生する三島由紀夫」(新作)。

いずれも異なる角度から、小説家、思想家、そして1人の人間としての三島像に迫ろうとしたものです。

番組アーカイブを研究する中で、他にもたくさんの三島由紀夫関連番組と出会います。いくつかご紹介しましょう。

1995年放送、ETV特集「三島由紀夫 二つの仮面」
作家の猪瀬直樹さんの取材記録を基に、平岡公威(三島の本名)の成長過程にスポットを当て、高級官僚だった祖父の存在と、その時代を背負って、公私ともに厚い「仮面」をまとってゆく男の精神を探る番組です。撮影担当の新沼隆朗カメラマンの荒々しいカメラワークは、まるで仮面を剥ぎ取ろうとするかのようです。

もう一本。2015年放送、日本人は何をめざしてきたのか 知の巨人たち「第7回 昭和の虚無を駆けぬける 三島由紀夫」
三島と親交が深かったドナルド・キーンさんや、楯の会の会員、死の前年に討論した東大全共闘のメンバーたちの証言を織り交ぜながら、戦後の日本に絶望を深めてゆく三島の心模様を浮き彫りにしています。遺作『豊饒の海』のラストシーンは、当初はなんとも不気味で虚無的だった事実も示されます。

まだまだあるのですが、字数の都合もありこのへんで。

実はこの秋、「テレビ番組の再放送に関する意識調査」を実施しました。現在鋭意分析中ですが、NHKの視聴者のみなさんは過去の優れた番組を再放送することに対して概ね好意的な様子です。

三島由紀夫の数々の番組はもちろん、たくさんある保存番組をみなさんに再び見ていただくためには、権利処理などの課題があります。どうすれば課題を乗り越えられるのか、研究者として、一層励まねばと思うこの頃です。


メディアの動き 2020年11月20日 (金)

#285 公共放送に家宅捜索が入った! ~オーストラリアの気になる事件~

メディア研究部(海外メディア) 佐々木英基


公共放送に警察が踏み込んだ

 2019年6月、オーストラリアで気になる事件が起きました。公共放送ABCが家宅捜索を受けたのです。

 なぜ? 理由は、ABCが軍の“機密文書”を基におこなった調査報道にあります。

 リポートには、“アフガニスタンに派遣されたオーストラリア軍兵士が、2009~13年にかけて非武装の民間人を殺害した”という衝撃的な内容が含まれていました。
 “機密文書”によって初めて明らかにされたものでした。

 この報道には「機密情報を公開した疑い」があり、「機密の不正開示」を罰する法律に違反するというのが、家宅捜索をおこなった連邦警察の主張です。

 捜索令状には、報道に関わった3人の名前が記されていました。
 捜査員は、ABCのコンピューターシステムにアクセスし、一部のデータを持ち帰りました。

 日本人である私からみても、ABCが報じた内容は、主権者であるオーストラリアの人々の「知る権利」に応えるものであり、家宅捜索は重大な問題をはらんでいるのではないかと思えました。

 「なぜ“民主主義国家”オーストラリアでこんなことが起きたのか?」

 「家宅捜索のあと、いったいどうなったのか?」

 事件の概要や問題点を『放送研究と調査』の10月号に「"知る権利"と"国家安全保障"の相克~豪公共放送への家宅捜索から浮かび上がった論点~」としてまとめました。

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ABC(オーストラリア放送協会)


“知る権利”は“風前の灯”!? 日本は…


 今回の調査では、オーストラリアの有識者にも話を伺いました。

 ある法学者は「9.11(2001年の同時多発テロ)が転機になった」と証言しました。
 彼は、「9.11以降、“国家安全保障”の名のもと、多くの立法がなされ、“報道の自由”は後退し続けている」と指摘しています。

 加えて、新型コロナウイルス感染対策の一環として政府が国民の行動を制限するようになったことにも触れ、「政府の強権主義が拡大し、“知る権利”の後退につながる恐れがある」とし、「これは、オーストラリアだけで起きている問題ではない」との懸念を示しました。

 彼の懸念は、はたして杞憂だと言えるでしょうか?

 また、軍事史やインテリジェンスに詳しい日本の学者からも、興味深い見解を伺いました。
 「オーストラリア政府が文書を“非公開”とした背景には、“米国の存在”があるのでは」と言うのです。

 オーストラリアと米国は同盟国で、軍事情報を共有しています。
 「軍人による民間人殺害を記したこの文書は、非公開にすべき」という決定に際し、米国の意向が働いたのではないか、というのが、彼の見立てです。

 つまり、オーストラリア軍の情報にもかかわらず、“公開か非公開か”を決める事実上の決定権は米国が持っているというのが実態ではないか、という見解です。

 事態はいまも動いています。

 そしてついに、11月19日、オーストラリア軍の制服組トップが会見を開きました。
アフガニスタンに派遣されていた兵士が、民間人など合わせて39人の殺害に関わっていたことを明らかにし、国民に謝罪したのです。

 “知る権利”に対する内外のジャーナリストたちのこだわりが、今回は“機密の壁”に風穴を開けたようです。


メディアの動き 2020年11月11日 (水)

#284 "菅首相の説明は不十分" ~学術会議問題から見えるもの~

放送文化研究所 島田敏男


 9月16日の菅内閣発足以来、「菅さんって苦労人だそうだから安倍さんとは違うんじゃないの?」「いやいや、しょせん番頭役を務めてきたんだから安倍亜流さ」などといったやり取りをした日本人が、いかに多かったことか。

 10月26日、臨時国会が召集され、菅総理大臣は就任後初めての所信表明演説に臨みました。毎年1月にスタートする通常国会での施政方針演説が向こう1年間を展望するのに対し、臨時国会で行う所信表明演説は当面の考えを示すものです。

 とはいえ安倍前総理の急な退陣でバタバタと就任した後、初めてまとまった考えを示す機会です。NHKが欠かさず放送する所信表明の国会中継にも、冒頭のような素朴な興味を湛えた視線が向けられていました。

1111-11.png 所信表明演説には二つの柱がありました。一つは新型コロナウイルスの爆発的な感染を防ぐと同時に、経済を回復させる姿勢を強調したこと。もう一つは脱炭素社会の実現に向けて「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」と宣言したことです。

 新型コロナウイルスとの戦いでは、日本は欧米の国々と比べ感染者数も死亡した人の数も比較的低い水準です。最大の問題は経済活動の活発化が感染拡大を招かないかという点です。政府も手探りの状態ですので、演説は決意表明と言わざるを得ません。

 もう一つの「2050年温室効果ガスゼロ宣言」は、パリ協定の枠組みに沿って全力投球しようという国際的なトレンドに乗ったものです。ただ、具体的にどういう方法で実現するかが説得力を持って示されたわけではないので、これも一種の決意表明でしょう。

 前の安倍総理は、どちらかと言えば選挙に役立つ足元のテーマに拘っていた面があります。それを一番近くで見守っていた菅総理が「ここは一つ30年先に話を膨らませて、自分の色を出したい」と考えても不思議ではありません。

 とはいえ敢えて2050年に言及するならば、是非継続的に人口減少に歯止めをかける対策、税と社会保障の新たな一体改革などにも踏み込んでいただきたい。国民が切望しているのは「将来に備える安心づくり」なのですから。

1111-21.png さて、所信表明に対する衆参両院での各党の代表質問、そして予算委員会での一問一答の論戦へと進むにつれ、学術会議が推薦した105人のうち、政府が6人を会員に任命しなかった問題が次第に焦点になってきました。

 菅総理は与党議員の質問を受けて、以前は正式な推薦名簿が提出される前に内閣府の事務局などと学術会議の会長との間で、一定の調整が行われていたことを認めました。しかし、今回は推薦前の調整が働かなかったため、一部が任命に至らなかったのだとして問題は無いという考えを強調しました。

 これに対し野党側は、「なぜ6人だけを任命しなかったのか理由を明らかにすべきだ」と攻め立てましたが、菅総理は「総合的、俯瞰的に判断した」と繰り返し、突っぱねました。

1111-31.png この予算委員会の論戦を受け、11月6日からの3日間、NHK世論調査が行われました。電話による月例世論調査です。

 菅内閣を「支持する」と答えた人が56%、「支持しない」が19%でした。内閣発足直後の9月調査は支持する62%でしたが、10月調査は55%に下がり、今月の数字はこれとほぼ横ばいです。

 支持率を下支えしている要素として見えたのは、新型コロナウイルスを巡る政府の対応への評価です。「評価する」が60%、「評価しない」が35%で、安倍内閣の末期よりも評価する数字が上向いています。

 急速な感染の拡大や重症者の増加が、今のところ何とか抑えられていることが、こうした評価に繋がっていると考えられます。

 では、学術会議問題での菅総理の説明は、どう受け止められているのか?説明は「十分だ」と答えた人が17%にとどまったのに対し、「十分ではない」と答えた人は62%に上りました。

 菅総理は「学術会議の会員任命は公務員人事であり、人事の理由は明らかにしない」と繰り返していますが、これが説明不十分と受け止められているわけです。

 企業や組織で人事権を行使する側の人にとっては菅総理の姿勢は当たり前かもしれませんが、行使される側の人には不透明さを感じさせる面が強いのでしょう。安定した政権運営に欠かせない「総理大臣の持つ説得力」に対する評価が定まっていないのが現状です。

1111-41.png 野党は引き続き学術会議の問題を追及する構えで、自民党のベテラン議員の間からも「長引くと政権の傷になりかねない」と心配するつぶやきが聞こえてきます。

 政府・自民党は会員任命方法の見直しなど、いわゆる学術会議のあり方の検証を進めることにしています。

 ただ、今回の6人の問題が不透明なまま残るとするならば、検証の結果として示される提言などの説得力を損なうことにもなりかねません。

 “より十分な説明を”ーこれが多数の声として続くならば、菅総理はこの声に応えていけるのか。それとも、冷めた眼差しが向けられていく結果になるのでしょうか。


メディアの動き 2020年11月09日 (月)

#283 バーチャル空間で、ハッピー・ハロウィーン!

メディア研究部(メディア動向) 谷 卓生


 今年のハロウィーン(10月31日)、どう過ごしましたか?
 ぼく自身は、正直言えば、これまではあまり関心を持っていたわけではなく、渋谷などの繁華街で仮装して楽しんでいる人たちを通りすがりに見かけるぐらいのものでした。

 でも、今年は、大いにハロウィーンを楽しみました!
 コロナ禍で“密”を避けるために、リアルのハロウィーンパーティやイベントが開きづらいなか注目を集めた「バーチャルハロウィーン」に行ってきたんです。
 「バーチャルハロウィーン」というのは、インターネット上のバーチャルの空間で開催されたハロウィーンのイベントです。

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「バーチャル渋谷 ハロウィーンフェス」会場を、アバターで散歩

 まず、テレビなどでも話題になった「バーチャル渋谷」のイベントから話しましょう。「バーチャル渋谷」は、バーチャルリアリティー(VR)1)の技術を使ったイベントなどを開催するためのプラットフォーム「cluster」(日本企業cluster社の運営)上に、CGで作られた“第2の渋谷”(渋谷区公認)。現在、公開されているのは、スクランブル交差点周辺のエリアだけですが、ここが、10月26日から31日までの6日間、ハロウィーンのために飾り付けされてバーチャルハロウィーンの会場になりました(「バーチャル渋谷 ハロウィーンフェス」)。
 パソコンやスマートフォンを使って、clusterのアプリを立ち上げて、インターネットでバーチャル渋谷に入ります2)。アバターに着替えて街を歩き回ると、渋谷に行ったことがある人なら見覚えがある建物などをいくつも発見できるはず。バーチャル・ハチ公もいましたよ!このバーチャル渋谷で、連日、イベントが開かれ、ぼくは、きゃりーぱみゅぱみゅさんのライブ(28日)やハロウィーン当日の31日にはDJイベントなどに参加しました。

 さて、どんな体験だったのか?
 イベントの参加者は、上の画像のようなハロウィーン仕様のアバター姿でライブ会場へワープします。

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きゃりーぱみゅぱみゅのライブ(10月28日)

 目の前に現れたのは、「Halloween Fes」という大きな看板を掲げたステージがある空間。そこは、さっきいた空間の、いわば“パラレルワールド”で、バーチャルのスクランブル交差点の上にステージが建っています。PCのキーボードを使ってアバターをステージの近く、好きな場所に移動させ開演を待ちます。夜8時、きゃりーぱみゅぱみゅさんなどの出演者は、モニターに映像が映し出される形ではなく、ホログラムのような映像で現れました。参加者は、clusterの画面に仕込まれたボタンを押して拍手をしたり、ペンライトを振ったり、コメントを送るなどのリアクションをしてライブを盛り上げました。ライブ中も自由に移動してステージをいろんな場所や角度から見ることができたんですよ。
 きゃりーさんのライブは、初日に予定されていましたが、アクセスが殺到して不具合が生じ延期されたほどです。ただアバターの数からは、あまり参加者が多いようには見えないため、少し盛り上がりにかける気がしたのは残念でした。
 イベントを主催した「バーチャルハロウィーン実行委員会」3)は、会期中に、約40万人がバーチャル渋谷を訪れたとしています。


 次に、VRを使ったSNS、「VRChat」の中で行われたバーチャルハロウィーンのイベントについて見ていきましょう。VRChatは、アメリカのVRChat社が、2017年からインターネット上で運営しているVRプラットフォーム。そこでは、利用者はみんなアバターを身につけて、自分の声で、コミュニケーションを楽しむことができます。インターネットにつながり、VRを楽しめる機材(ゲーミングPCやHMDなど)を持っていれば、誰でも無料で利用できるんです。

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VRChat内で行われたハロウィーンイベント(10月31日)

 これは、ぼくが参加したハロウィーン当日に行われたイベントで撮られた写真です。ユーザーは、思い思いのアバターを身につけています。写真をよく見てもらうと手を振ったり、体を傾けたりしているアバターがいるのがわかると思いますが、このとき、現実世界にいるユーザーも同じような動きや姿勢をしています。アバターと自分の動きが連動すると、「一心同体」になる。こればかりは、体験しないとなかなかわかってもらえないと思いますが、この城のある空間に、自分が入り込み、目の前に、こうしたアバターたち(もちろん3D)がいる世界を想像してみてほしい!ここで、アバター(をまとったユーザー)たちは、城の中や周囲の庭で、飛んだり、はねたり、走りまわったりなどして、いっしょに遊びます。VRChatで利用するアバターは、ユーザーの自作のものや販売されているもの、無料で使えるものがありますが、こうした分野に詳しいユーザーは、ハロウィーン向けに、自分のアバターを“仮装”して(=改変して)いるので、「かわいい!」「すごい!」などと互いのアバターをほめあったり、作り方について教え合ったりしている光景が見られました。去年までは、渋谷などのリアルの街頭で大勢の人たちが仮装を楽しんでいましたが、それと同様のことが、バーチャル空間でも行われたというわけです。アバターを身にまとうことを、一種の“仮装”と考えるなら、VRChatでは、“毎日がハロウィーン”と言えなくもないですね。
 ちなみに、この空間(VRChatでは「ワールド」と呼ばれる)も、ハロウィーンのイベントのために、ユーザーが自作したもの。こうしたイベントは、他にも数多く行われていて、VRChatならイベントのはしごも簡単にできるので、ぼくもいくつかのイベントに参加しました。そうそう、イベントの開催・運営自体も、ユーザーによる自主的なものなんですよ。
 今年のハロウィーンは、直前に、PCがなくてもそれだけでVRを楽しめる機器(Oculus Quest2)が4万円弱という低価格で発売されたため、それを使って初めてVRChatを始め、バーチャルハロウィーンに参加した人も多くいました。

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VRChat内で行われたハロウィーンイベント(10月31日)

 コロナ禍がいつまで続くのかは、誰にもわかりません。
 来年のハロウィーンは、“密”になる心配が全くないVR空間でお目にかかりましょう。っていうか、ハロウィーン翌日には、VRChatでは早くも「クリスマスのアバターどうする?」という話で盛り上がっていたので、みなさんも“バーチャルクリスマス”を楽しんでみるのはいかがでしょうか?

(追伸)
 VRChatでは、こうした季節のイベントの他にも、ゲームやコンサートを楽しめるワールドやクラブ・バー・居酒屋、学校、そして、まじめなテーマで話し合えるワールドなど、現実世界にあるものはなんでもというと言い過ぎですが、かなり幅広い種類のワールドが揃っているので、今後ますます、その可能性は広がっていくと思います。


1) VRに「仮想現実」という訳語を使わない理由について、以前、論考にまとめたので、そちらをご覧ください。
「VR=バーチャルリアリティーは、“仮想”現実か」(『放送研究と調査』2020年1月号)

2) PCにHMD(頭部搭載型ディスプレイ)をつなげば、3Dで見ることもできる。しかし、ぼくが使っているOculus Quest2は、clusterに対応していないので、PCの画面で体験した。

3) KDDI株式会社、一般社団法人渋谷未来デザイン、一般財団法人渋谷区観光協会などから構成されている。



メディアの動き 2020年11月06日 (金)

#282 これからの"放送"はどこに向かうのか? ~民放ローカル局の現状と今後の可能性②~

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子


 前回のブログに引き続き、今回も10月に実施された日本マス・コミュニケーション学会秋季大会「ローカルメディアの課題~ビジネスと公共的事業の両立は可能か?~」の報告について紹介します。
下記の4項目の報告のうち、今回は③④です。
①厳しさ増す経営環境
②ローカル局改革議論の方向性
③ローカル局の公益的機能の今日的状況と課題
④地域報道・ジャーナリズムの持続可能性の担保

③ローカル局の公益的機能の今日的状況と課題
 下記は、コロナ禍における全国のローカル局の取り組みの一例です。通常の情報番組だけでなく、サブチャンネルやウェブサイトを活用し、ステイホーム下での人々の暮らしや教育を支援したり、地元の飲食店を応援したりする姿が印象的でした。

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 このように、地域住民を支え地域経済を盛り上げていく機能を、私は「地域のハブ・プロデューサー・デザイナー」と名付け、かねてから注目してきました。今後、ローカル局においては、放送法によって定められてきた「放送の公共性」とその帰結としての「地域の民主主義の基盤」「ライフライン」という機能に加え、3つ目の柱となっていくのではないかと考えています。

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 では、なぜローカル局はこうした機能に傾斜しているのでしょうか。それは、キー局からの配分金やナショナルスポンサーによる広告費の減少という“局の事情”と、課題の増大という“地域社会の事情”の2つが重なりあってきているからだと思います。ローカル局は今後一層、地上波放送の「リーチ」や「局ブランド」を生かしつつ、放送以外のコンテンツ関連事業やイベント等の非コンテンツ事業の担い手として、新たな地域ビジネスを創造していく方向に向かうでしょうし、地域の多様なアクターからもその姿が期待されていると思います。

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 こうした機能は、情報を伝え番組を届けるこれまでの機能とは異なる取り組みで、“広義”のメディア機能と私は捉えています。数年前から、地域のベンチャー支援や特産物の海外販売などに取り組む局が増えてきましたが、今年はこうした事業を専門とする会社を興す事例が増えている気がします。

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<小まとめ>
 ローカル局は今後、より地域に密着し、地域ビジネスを創造する“広義のメディア機能”を拡張していくと思われます。ただ、番組ファーストから地域ファーストへ、と言えなくもないこうした動きには懸念もあります。それは、地域の企業や自治体、つまりローカル局にとっての広告主でもある存在と接近しすぎることが、局が本来実現すべき報道・ジャーナリズム機能をゆがめてしまうことはないのかというものです。学会のワークショップのタイトルにも、そのことを想起する「ビジネスと公共的事業の両立は可能か?」というサブタイトルがつけられました。
 前回のブログで示した通り、広告主のネットシフトとコロナ禍で、今年度のローカル局の広告収入は前年比20%強の減少が見込まれています。そうした中、もともと広告収入につながりにくい報道・ジャーナリズム機能を弱体化させることを厭わない経営者も出てきかねないのではという不安もあります。

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④地域報道・ジャーナリズムの持続可能性の担保
 こうした事態が起きないようにするには、経営者の意識や局自身の気概が大事なことは言うまでもありません。先にも触れたように、報道・ジャーナリズム機能は、放送法で規定された放送局の「一丁目一番地」で、メディアの使命とも言えるものだからです。しかし、最近の取材では、報道部署に対して経営サイドや営業部署からの風当りが強まっているという声も聞くようになってきました。使命だから稼がなくてもいいという考え方が通用しなくなっている中、報道部署であっても“一円でもいいから稼ぐこと”を模索するマインドが求められているのではないかと思います。
 報告ではまず、テレビ宮崎(UMK)が行う、ネットへのニュース展開の事例を紹介しました。UMKではローカルニュースのオンエア後、速やかに、そしてできるだけ手間と人手をかけずに多様なネットプラットフォームに自動展開できるシステムを導入しています。検索でユーザーの目につきやすいよう、ニュースタイトルの頭を「宮崎」にする工夫をしたところ、PV数が大幅に上がったそうです。収益は、自社・他社プラットフォームで得られる広告収入を合わせて月額約30万円程度。広域局や大都市部に拠点を置くローカル局では100万円近くあるということも聞きますが、多くのローカル局ではこのくらいの額が相場なのではないかと思います。

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 こうした広告収入のほか、UMKのニュースのネット展開ではもう1つの収益があります。それが「FNNプライムオンライン」からの配分です。FNNプライムオンラインとは、フジテレビのニュースネットワークによるネットサービスで、2018年4月に開始し、現在は月間で8000万を超えるPV数を稼ぐニュースプラットフォームに成長しています。私も時々活用していますが、他の系列のネットニュースサービスに比べ、ローカルニュース、特に「FNNピックアップ」という深堀り記事の中に地域をテーマにした興味深い内容が多いと感じています。この10月からはBSフジで放送が開始されるという、 “ネットから放送へ”という新たな流れも生まれています。これらのFNNプライムオンラインの収益が、ローカル局各局に配分される仕組みになっているそうです。

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 もう1つの報道・ジャーナリズム機能で稼ぐ取り組みとして紹介したのが、テレビドキュメンタリー映画というジャンルです。このジャンルを切り拓いたのは、なんといっても東海テレビ(在名広域局)でしょう。下記は有料多チャンネルの1つ「日本映画専門チャンネル(日映)」にラインアップされている地上波ローカル局制作のドキュメンタリー及び映画ですが、30作のうち27作を東海テレビ制作作品が占めています。このチャンネルには日本映画もたくさんありますが、日映によると、特に50代以上の世代にはドキュメンタリー視聴が加入動機になっている人が多いそうです。

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 東海テレビに取材すると、ローカル局が映画製作に取り組むということは、少なくても費用的にはそこまでハードルは高くないことがわかりました。東海テレビに限らず、これまでローカル局が制作しているドキュメンタリー映画のほとんどすべてが先に地上波で番組として放送しているものであるため、それをリメイクする費用と、映画の広報・宣伝を担当する配給会社(東海テレビの場合は配給協力会社)に支払う費用があれば映画化は可能だといいます。加えて豊富な映像アーカイブも活用できることも大きな強みだそうです。
 東海テレビがこれまで制作した映画のうち、最もヒットした「人生フルーツ」は3億を超える興行収入をあげています。ただドキュメンタリー映画の世界は、1万人が来場すれば大ヒットといわれる市場のため、その来場者数を超えてコンスタントに稼いでいくことができるほど甘くはないそうです。東海テレビの取材で印象的だったのは、ビジネスありきでこの事業を行っているわけではないけれど、制作費くらいはきちんと稼いで局内でドキュメンタリー制作の持続可能なモデルを構築していくことが大事だ、という言葉でした。

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  また、このジャンルで今年大きな話題を集めているのが、チューリップテレビ(富山)が制作した「はりぼて」です。10月初旬現在で、ドキュメンタリー映画の“1万人”の壁を超える大ヒットを記録しつつあります。この映画については、先日、地元の富山県で映画が公開されるタイミングで現地取材をしてきたので、次回のブログでその様子も含めて触れたいと思います。

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<小まとめ>
 報道・ジャーナリズムで稼ぐ事例として、ネット展開とドキュメンタリー映画化という2つを紹介しました。取り組む局にそれぞれお話を伺いましたが、PV数稼ぎに陥らない、商業主義に走らない、ということを意識しながら慎重に模索をしている姿勢が印象的でした。この分野はテレビの広告収入に比べて収益はまだまだ小さく、学会のワークショップでは、先に触れたキー局の役割のほか、地方紙と連携してローカルコンテンツの課金化を模索したらどうか、ケーブルテレビと連携したビジネスに可能性はないのか、などのアイデアが出されました。引き続き取材を深めていきたいと思っています。

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 最後に私からは、下記の問題提起を行いました。日本のジャーナリズムや地域メディア、放送の将来像に関する議論を取材していていつも気になるのは、これらの議論に国民・住民視点での検討、もしくは参加の場がないということです。少しでもそうした機会を増やしていけるよう、これからもブログなどでこのテーマについて発信し続けていきたいと思います。

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放送博物館 2020年11月04日 (水)

#281 NHK放送博物館で「キトラ古墳壁画 国宝への道のり ~四神をとらえたカメラ~」の展示を開催中です

放送博物館 山本さぎり


 NHK放送博物館では、10月24日から企画展「キトラ古墳壁画 国宝への道のり ~四神をとらえたカメラ~」を開催しています。

 この企画展は、2019年に国宝指定されたキトラ古墳の壁画をはじめて映し出したのがNHKのカメラであること、2020年が文化財保護法制定70年にあたることから、キトラ古墳の壁画調査の内容を中心に、NHKがこれまで数多く文化財の調査・保護や活用に関わっていることを映像や資料をもとに紹介しています。ここでは展示のテーマと概要を紹介します。

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1. キトラ古墳の石室内に描かれた壁画とNHKのカメラ
 1983年、奈良県明日香村にあるキトラ古墳の本格的な調査がはじまりました。11月7日に行った第1次探査で、石室内に入ったのがNHKのファイバースコープカメラです。この時、北壁に四神の「玄武」が映し出されました。この映像はテレビを通じて世間の注目を大いに集めました。
 その後1998年3月5日と6日に第2次探査が行われました。この時はNHKが古墳探査用に開発したロボットカメラが使われ、四神の「白虎」と「青龍」、そして天井に天文図があることがわかりました。この<古墳探査用ロボットカメラ>は放送博物館が所蔵しています。
 展示では、入口で第1次・第2次探査でカメラが石室に入り壁画を見つける映像をご覧いただけます。会場に入ると、1/2サイズの古墳石室模型と古墳探査用ロボットカメラが並ぶとともに、実物のおよそ2倍の大きさで再現した石室内部の壁画の様子を体験できるコーナーもあります。

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企画展示室入口


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キトラ古墳石室模型(1/2サイズ)と1998年の探査で使用した古墳探査用ロボットカメラ

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石室内体験コーナー ※石室画像は、国(文部科学省所管)、奈良文化財研究所提供

2. NHKと文化財
 NHKはこれまで内外の貴重な文化財について、研究者とともに調査や追跡取材を重ね記録し、番組を制作・放送しています。それだけでなく、ドラマや教養番組での再現シーン、学校教育用としても多く活用しています。
 展示では、文化財の復元・再現の記録、歴史ドラマや教養番組での再現方法、そして8Kカメラで撮影した文化財の高精細画像の活用などを、番組と参考にした資料などから紹介します。
 また当館では、昭和天皇が戦争の終結を伝えた「終戦の詔」の玉音盤を保存しながら展示しています。この復元から展示への経緯を解説しています。
 玉音盤は当館3階「ヒストリーゾーン」で、8Kスーパーハイビジョンの番組は中2階「愛宕山8Kシアター」でぜひご覧ください。

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NHKと文化財コーナー展示風景

 紹介した内容は、NHKが文化財と関わった取り組みのごく一部にすぎませんが、ぜひお越しいただき展示を通じて番組を作る人々に思いをはせてみてください。


NHK放送博物館 企画展「キトラ古墳壁画 国宝への道のり ~四神をとらえたカメラ~」
会期  :2020年10月24日(土)~12月25日(金)
会場  :3階 企画展示室
休館日 :月曜日(月曜日が祝日・振替休日の場合は火曜日休館)、年末年始
入場料 :無料
開館時間:午前10時~午後4時
所在地 :〒105-0002 東京都港区愛宕2-1-1
TEL  : 03-5400-6900


メディアの動き 2020年11月02日 (月)

#280 混迷するアメリカ大統領選挙~「開票速報」は変わるか

メディア研究部(海外メディア) 青木紀美子


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「選挙の日ではなく、投票の季節です」 1)

「選挙の日...選挙の週...選挙の月?」 2)
「選挙の夜ではなく、選挙の月に備えよう」 3)

これはアメリカのテレビやラジオの特集や記事の見出しです。その意味するところ、わかるでしょうか。「選挙の日」というのは11月3日。アメリカではこの日に大統領、連邦議会や州議会の議員、州の知事、判事、司法長官など、たくさんの選挙が一斉に行われます。一方で、「投票の季節」「選挙の月」というのは、その投票も開票も、選挙の日、1日で終わるものではない、長いプロセスであることを強調するものです。アメリカのメディア各社は、投票が期日前から行えることなど有権者が確実に投票するために必要な情報の提供に力を入れるとともに、選挙の締めのハイライトともいえる開票速報(Election Night Coverage)が「速報」で終わらない場合に備えて態勢をつくり、「選挙の月」へと長引く可能性について読者・視聴者の注意を喚起してきました。

こうした注意喚起が今回の選挙で重視されているのはなぜでしょうか。まずは背景にある大統領選挙の仕組みと、選挙を取り巻く問題をみていきます。

大統領選挙は、全米の有権者が投票する選挙ですが、大統領を選出する選挙人が州ごとに割り当てられているため、全米の得票総数ではなく、州ごとの得票にもとづき、獲得した選挙人の数が勝敗を決めることになります。この投開票の実施規則や日程も州ごとに異なります。早い州では1か月以上前から郵便投票や期日前投票が行えるようになっています。2020年は新型コロナウイルスの感染拡大の影響もあって、投票所の混雑が想定される11月3日を待たずに投票をする人が大幅に増えました。フロリダ大学のU.S.Elections Projectのまとめによると11月1日までに郵便投票をした人は5,900万人を超え、期日前投票所で票を投じた人の数とあわせると、既に投票を済ませた人の数は約9,300万人と4年前の大統領選挙の投票総数の67%に達しました。 4) 

郵便投票は11月3日の消印まで有効とする州もあり、その数が多いほど、開票結果の集計には時間がかかることになります。この郵便投票について、トランプ大統領は不正行為が横行していると主張してきました。郵便投票の到着期限などをめぐって、既に複数の州で裁判も起きています。それだけに選挙後、投じられた票が有効か無効かを争って、集計結果に両陣営が異議を唱えることが予想されます。2000年の大統領選挙では、フロリダ州での票の数え直しを認めるか、認めないかが争いになり、連邦最高裁の判断で決着がつくまで1か月以上かかりました。今回も選挙結果の判定が法廷闘争に持ち込まれ、確定するまでに長い時間がかかる可能性があります。しかも、20年前に比べて政治や価値観によるアメリカ社会の分断が進み、トランプ氏とバイデン氏、両候補の支持者の間で感情的な対立や相互不信が深まっています。とりわけ2020年は黒人男性の警察官による暴行死をきかっけに全米に抗議行動が広がり、右派の過激なグループや民兵組織がコロナ禍の中での活動制限などに反発し、武装して集まるなど、社会の緊張を高める動きが続いてきました。このため、大統領選挙の結果が確定するまでに時間がかかった場合、混乱や衝突が起きることも懸念されています。

前回2016年の大統領選挙以上に誤・偽情報が拡散され、さらに根拠のない妄想ともいえる陰謀論が広がっていることも混迷を深める要因になっています。ワシントンのシンクタンクPew Research Centerがアメリカの18歳以上の成人を対象に8月末から9月はじめに行った調査では「トランプ大統領が民主党指導者ら”影の政府”による組織的な児童人身売買などを暴くために闘っている」などとする「QAnon (匿名Q)」の説を耳にしたことがある人の中で、これがアメリカにとって「とても」または「いくらか」良いとした人が共和党支持層で41%に上りました。 5)  社会の分極化に加え、新型コロナを受けた「ロックダウン」などによる隔離が続いた結果、人々が情報操作の影響を受けやすくなったと考えられています。「新型コロナの感染拡大は計画されたもの」「人々にマイクロチップを埋め込むために予防接種を受けさせようという陰謀がある」「郵便投票を使った大規模な選挙不正が行われている」などという陰謀論とも重なり、公的な機関への信頼を損ない、公正な選挙の実施に対する疑念を広げることにもつながってきました。Yahoo News/YouGovが9月に行った調査では今年の大統領選挙が「自由で公正に行われると思う」と回答した人は22%にとどまり 6)、Pew Research Centerによる9月末~10月の調査でも選挙は「あまり」または「まったく」うまく実施されないだろうとした人が回答者の38%に達しました。7)

こうした状況に危機感を抱く識者や研究者は、選挙後の混乱に備え、開票にあたっての報道では慎重を期すよう呼びかけています。

スタンフォード大学Internet Observatoryなどが立ち上げた公正な選挙のためのプロジェクト(Election Integrity Partnership)は、投票を妨害したり、選挙の正当性を脅かしたりする情報操作に備えるために想定すべき事態を報告にまとめました。 8) この中では例えば次のようなシナリオが示されています。
 ①結果が確定する前に特定の候補の勝利が宣言される
 ②これに沿わない集計結果を不正行為と決めつける「証拠」が拡散される
 ③その抑制を試みるソーシャルメディアの対応が検閲行為だと非難される
ジャーナリストにはこうした事態に備え、見通しが不確実な状況が生じても有権者が落ち着いて結果を待つことができるような報道をと促しています。

公共の課題に関わる政策研究や提言を行うAspen Instituteでメディア・デジタル技術を担当する部門の責任者、ビビアン・シラー氏らは選挙の運営担当者やメディア、IT企業の代表などとの話し合いをふまえ、メディアが留意すべき10項目をまとめました。 9) 以下のような項目が含まれています。
 ▽投票・集計過程でおきる個別の問題は選挙制度全体の欠陥ではない
 ▽結果が3日夜に判明しないからといって開票作業が「遅れている」わけではない
 ▽候補者の勝利宣言をそのまま報じるべきではない
 ▽メディアは結果を報じる際の表現に注意を
いずれも当たり前のことのようですが、誤解を生じさせない表現で、複雑な制度や州ごとに異なる開票と集計のプロセスについて誰でもが理解できるような伝え方ができているか、点検を迫るものといえます。

選挙の開票状況を同時進行で伝える開票速報は、対立が深く、接戦であるほど、早く結果を知りたい視聴者を惹きつけるものがあり、これまでメディアは勝敗を見極めるスピードを競ってきました。こうした開票速報を支える取材は、各地の開票所で集計作業を監視し、有権者の聞き取り調査などを行うことで、公正な選挙が行われているかを見守り、発表される結果が実際の投票行動を反映しているかを検証する役割も果たしています。しかし、アメリカのメディアは、今回の大統領選挙を通し、「速報」を競うことが、速やかに結果を知りたいという有権者の期待を高め、集計に時間がかかる場合に「不正が行われている」といった選挙の正当性を脅かす偽情報を拡散しやすくする危険性をはらむ、ということにも思いをいたす必要に迫られています。冒頭に紹介したような「選挙の月」の可能性を強調する報道も、そうした認識にもとづくものです。

開票速報は、選挙の結果を伝えるばかりでなく、普段は衆目を集めることが難しい選挙の制度や開票のプロセス、選挙を担う人々や有権者の思いを伝え、さらに選挙戦中にも伝えてきた政党・政治家の実績や政策課題などをまとめて整理・分析する絶好の機会ともいえます。さまざまな課題をはらむ今回の大統領選挙で、アメリカのメディアがどのような「開票速報」を行うのか、勝敗を報じる速さに重点を置く報道は変わるのか、変わらないのか、選挙の夜になるのか、選挙の月になるのか、アメリカばかりではなく、世界が目を凝らしています。



1) Plan Your Vote: It's not Election Day. It's voting season (NBC News)
https://www.facebook.com/NBCNews/videos/plan-your-vote-its-not-election-day-its-voting-season/971058506693190/
2) Election Day...Election Week...Election Month? (NPR)
https://www.npr.org/2020/10/01/919157955/election-day-election-week-election-month
3) Prepare for election month, not election night (Washington Post)
https://www.washingtonpost.com/opinions/prepare-for-election-month-not-election-night/2020/09/10/c8ae8c16-f3a1-11ea-bc45-e5d48ab44b9f_story.html
4) 2020 General Election Early Vote Statistics (The United States Elections Project)
https://electproject.github.io/Early-Vote-2020G/index.html
5) About four-in-ten Republicans who have heard of the QAnon conspiracy theories say QAnon is a good thing for the country-knowledge-misinformation
https://www.journalism.org/2020/09/16/political-divides-conspiracy-theories-and-divergent-news-sources-heading-into-2020-election/pj_2020-09-16_election-knowledge-misinformation_0-05/
6) New Yahoo News/YouGov poll: Only 22% of Americans think the 2020 presidential election will be 'free and fair' (Yahoo News)
https://news.yahoo.com/new-yahoo-news-you-gov-poll-less-than-a-quarter-of-americans-think-the-2020-election-will-be-free-and-fair-193758996.html
7) Voters less confident than in 2018 that elections in U.S. will be run well (Pew Research Center)
https://www.pewresearch.org/politics/2020/10/14/deep-divisions-in-views-of-the-election-process-and-whether-it-will-be-clear-who-won/pp_2020-10-14_election-security_0-03/
8) Uncertainty and Misinformation: What to Expect on Election Night and Days After (Election Integrity Partnership)
https://www.eipartnership.net/news/what-to-expect
9) How to cover Election Day and beyond (Columbia Journalism Review)
https://www.cjr.org/politics/2020-election-day-coverage-delays-disinformation.php