文研ブログ

放送ヒストリー 2017年05月19日 (金)

#79 その伝説を知っていますか? オリンピック「実感放送」

メディア研究部(メディア史研究) 小林利行

“災い転じて福となす”
ことわざというのは、本当にあることだから言葉として残っているんだなぁ~としみじみ思いました。

1932(昭和7)年のロサンゼルス五輪。日本で初めてオリンピックを実況しようと、日本放送協会はアナウンサーなど4人の職員を派遣しました。

しかし、主催者とアメリカの放送局の間で放送権料をめぐるトラブルが発生し、開催直前になって実況することができなくなってしまいました。そこで、競技を観戦したアナウンサーがその場でメモを取って、競技場の近くのスタジオに移動してから、海を越えた日本に向けてあたかも実況しているように放送したのです。(ちなみにアメリカの放送局は、ニュース形式で競技の結果などを伝えただけでした)

これは「実感放送」と呼ばれたもので、当時の聴取者に大好評だった上に、その職人芸的な手法から放送史上の一種の伝説となって語り継がれています。もし、普通に実況できていたとしたら、このような伝説は生まれなかったでしょう。
まさに“災い転じて福となす”ですね。

79-0519-2.jpegラジオの前に群がる人々

有名な出来事なのでこれまでも多くの書籍や論文に取り上げられていますが、これらを読んでいるうちに、ちょっと気づいたことがあります。それは、「実感放送」に至る“経緯”の話が中心となっていて、それが生まれた“背景”にはほとんど触れられていないということです。そして、「実感放送」はこのとき初めて生まれたという意味合いで語られているのです。

へそ曲がりの私は、「実況できない状況で実況のように伝える」という行為そのものに着目して、史料を調べなおしてみました。そこには、「派遣された人たちは、本当に都合よくこんなことをその場で考えついたのかな?」という疑問もありました。(大先輩の方々、すみません・・・)

調べてみると、ロス五輪以前にもいくつかの“疑似的実況”が行われていたというではありませんか。しかもその一つには、ロス五輪に派遣されていたアナウンサーも関わっていたのです。これらのことから、ロス五輪の「実感放送」は、それまでに積み上げられてきた試行錯誤の一つの結実点だったと捉えるべきではないか、と考えました。
ロス五輪の「実感放送」では、“災い”が“福”に転じたのですが、それまでの下地があったからこそ“福”をつかめたのだと私は思います。

では、その“下地”とは、具体的にどんな出来事だったのでしょうか?
放送史の研究歴が浅い私は、それらを見つけたときに「え! こんなことやっていたの!! 」と驚いてばかりいました。
例えば、昭和天皇の即位式は、アナウンサーもその様子を直視することが許されなかったというのです。では、そのときどう“実況”したのか・・・・。

気になる方は『放送研究と調査』5月号をご覧ください。
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メディアの動き 2017年05月12日 (金)

#78 台湾新政権 「財閥のメディア支配」排除に乗り出す

メディア研究部(海外メディア研究) 山田賢一

台湾では、メディアというものは財閥のオーナーなど、お金持ちの所有物というイメージがあります。
そのことを如実に示したのが、2008年にあった中国時報グループの経営権委譲でした。
中国時報グループは、新聞の中国時報・工商時報に加え、テレビの中国テレビ・中天テレビも併せ持つ「クロスメディア所有」のメディアグループですが、当時は経営難に陥っていました。
これを事実上買い取ったのが、なんと食品事業者の「旺旺」(ワンワン)グループ、日本でいうと、明治や森永がTBSやテレ朝を買うという話ですから、「事業の関連性はどこにあるの?」という疑問がわきます。
この疑問を氷解させたのが、その後の旺旺傘下のメディア報道で、「中国を褒めたたえる」ニュースが急増したことでした。旺旺の事業利益の大半は中国ビジネスで上がっていたので、メディア関係者は旺旺のワンマンオーナー、蔡衍明(さい・えんめい)氏が中国政府に配慮して報道を動かしていると見ました。
旺旺はその後もケーブルテレビ大手の中嘉網路をはじめ、旺旺の膨張に反対していたりんご日報まで巨額の資金で買収しようとしたため、学生を中心とする「反メディア集中」運動が起き、蔡氏はこれらの買収を断念せざるを得なくなりました。
この旺旺の事案を契機に、「財閥のメディア支配」に対する厳しい声が強まり、財閥に近いとされる国民党が去年の総統・立法院選挙で共に大敗する一因ともなりました。

78-0512-1.pngのサムネイル画像 NCC(国家通信放送委員会)

最近問題となったのは、遠傳という通信事業者による中嘉網路の買収事案です。
遠傳は遠東グループという財閥の系列会社で、通信・放送融合の時代に合わせ、大手ケーブルテレビ事業者の顧客基盤を手に入れようとしました。
選挙で国民党が大敗することは予想されていたため、おととし7月の段階で計画を発表、国民党政権のうちに買収の承認を得ようとしたようです。
独立規制機関の国家通信放送委員会(NCC)は、選挙が終わった後、新しい立法委員(国会議員)が就任する直前(5日前)に、条件付き承認の決定をしました。
これに対し多数派となった民進党議員の多くは強く反発、最終的な決定を下す経済部(日本の経済産業省に当たる)の投資審議委員会は去年9月、NCCに審査のやり直しを求めました。
国会からの風当たりが強まる中、中嘉網路は今年2月、遠傳への売却断念を発表、民進党新政権の「財閥のメディア支配」排除の意向が貫徹される形となりました。

こうした動向の他に、インフラを受け持つケーブルテレビ事業者による、コンテンツを受け持つチャンネル事業者の買収という「垂直統合」の事案なども含め、メディアの公共性を重視する台湾新政権のメディア政策を分析しました。

『放送研究と調査』5月号に掲載してありますので、どうぞご覧ください。

放送博物館 2017年05月09日 (火)

#77 NHK放送博物館に『探検バクモン』が突撃!

放送博物館 谷内美穂

立ち入り禁止のエリアなどふだんはめったに見られない場所を爆笑問題が訪ねる、NHK総合テレビで放送中の知的エンターテインメント『探検バクモン』(毎週水曜 夜8時15分~)。番組がスタートして5年目の春、満を持して、NHK放送博物館が登場することになりました!

1956年に世界で初めての放送専門のミュージアムとして開館した当館は、放送機器や番組で放送の歩みをたどる展示室など、公開している場所はこれまでもテレビの画面に登場したことがあります。ですが、今回は『探検バクモン』の取材ということで、一般の方は立ち入ることのできない、当館の隠れた一角にもテレビカメラが入りました。

番組の撮影が行われたのは、放送博物館を彩る、東京・愛宕山の桜がようやく咲きかけた頃でした。館内を探検するのは、爆笑問題の太田光さんと田中裕二さんタレントのサヘル・ローズさん、そして、特別ゲストとして、女優の中村メイコさんです。学芸員である私が、みなさんをご案内しました。

中村メイコさんは、幼い頃からNHKの番組に出演し、放送の歴史とともに歩んでこられた方です。タモリさんいわく「動く放送博物館」(!)です。昭和15年、6歳の時には、日本で2番目に制作された『謡と代用品』というテレビドラマに、姉妹の妹役で出演されました。もちろんその頃のテレビはまだ実験段階のため、撮影は技術研究所(現:NHK放送技術研究所/東京・世田谷区)で行われました。メイコさんが当時の思い出を語ってくださいました。

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テレビドラマ『謡と代用品』の撮影の様子(出演者中央が中村メイコさん)

そして、『探検バクモン』ならではの「探検」に向かったのが、放送博物館の資料庫でした。当館では、テレビカメラやマイクロホンなどNHKの放送現場でこれまで活躍した機器はもちろんのこと、家庭で使われていたラジオ受信機やテレビ受像機、放送の記録や番組の小道具などの文献・物品など、放送に関わる資料をあわせて約3万点所蔵しています。公開展示しているものはそのうちの一部で、資料庫には、まだまだみなさまにお目にかけていない“お宝”がたくさんあります。

そんな資料庫に突入した爆笑問題の太田さんと田中さんは、威風堂々とした、さまざまな時代の懐かしのブラウン管テレビが居並ぶ中に、持ち運びができる小型テレビを発見!探検のワクワク感いっぱいの面持ちで釘づけになっていました。

どの博物館にも収集した資料を保管する資料庫がありますが、ここはまさに博物館の要の部分で、収蔵資料は常設展の資料同様に、博物館が後世に向けて大切に守っていかなければならないものです。そのため、このスペースは一般の博物館と同じく当館でも非公開ですので、はたしてどんな“お宝”が潜んでいるのか、その映像は必見です!

77-0509-4.JPG ただいま、資料庫を撮影中! 

このブログでご紹介した以外にも、番組には、放送の歩みがわかるさまざまな展示や、道具を使って効果音作成の体験ができるコーナーでのみなさんのチャレンジの様子など、当館の魅力を感じていただける内容が満載です。お楽しみに。

NHK放送博物館が登場する『探検バクモン』は、5月17日(水)午後8時15分からの放送です。番組をご覧になって、「もっと展示が見たい!」と思われたみなさん、そして当館に興味を持たれたみなさんは、どうぞご来館ください。お待ちしています!

※放送は終了いたしました。


NHK放送博物館
休館日 :月曜日(月曜日が祝日・振替休日の場合は火曜日休館)、年末年始
入場料 :無料
開館時間:午前9時30分~午後4時30分
所在地 :〒105-0002 東京都港区愛宕2-1-1  
TEL  : 03-5400-6900
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(ホームページはこちら)  


 

おススメの1本 2017年04月28日 (金)

#76 月を指さす人の「指」

メディア研究部(メディア史研究) 宮田 章

アーカイブに保管されている過去の膨大な放送番組は、放送局の「財産」だとよく言われます。ただ、これが具体的にどういう価値を持つ「財産」であるかはまだはっきりしません。ここではテレビドキュメンタリーを研究する者の立場から、過去の放送番組が潜在的に持っている価値を十分に引き出す研究とはどんなものか考えてみましょう。

現状、放送番組のアーカイブ研究で数的に主流なのは、「テレビが描いた○○」と名付けられるタイプの研究です。「沖縄戦後史」、「水俣病」、あるいは「高度成長期の東京」といったテーマを立てて、それぞれのテーマに関係する番組(ドキュメンタリーが多くなります)を選び出し、各番組がそのテーマをどのように描いているかを見ます。数十年前の水俣病患者の映像・音声が大きなインパクトを持つなどと今更言うまでもなく、過去の放送番組はこうしたテーマ研究の資料として価値を持っています。

ただし、アーカイブの側から見ると上記のようなテーマ研究は、過去の放送番組を使ってくれる大口の顧客ではあるものの、放送番組が潜在的に持つ価値を十分に引き出してくれているとは言えないところがあります。こうした研究では、放送番組全体からいえばごく一部の番組を選択し、選択した番組の中でもテーマに関係する部分だけをいわば「つまみ食い」するのが普通です。しかも、放送番組は研究の主要な資料ではなく、文書や関係者の証言や統計データといった他の様々な資料の中のone of themであることがしばしばです。また、今のところ映像や音声を資料としてどう扱うかについて定見があるわけではないので、諸資料の中での放送番組のプライオリティは必ずしも高くないでしょう。

76-0428.jpgではどんな研究なら、過去の放送番組がもつ価値をもっと大きく引き出すことができるでしょうか。色々アイデアはあるでしょうが、ここではテーマ研究の「逆張り」を考えてみましょう。つまり、放送番組の外に成立しているテーマの解明を目指して放送番組をそのone of themの資料とするのではなく、放送番組そのものの解明を目指してその番組が関係しているテーマをone of themの資料とするのです。様々な指(メディア)がさし示している月(対象)に重点を置いて研究するのではなく、様々な月をさし示している指の方に重点を置いて研究するわけです。メディア研究としてはこちらの方が普通でしょう。もちろん、「指」の研究は、それがさし示している「月」への言及なしに、あるいはその「指」の持ち主である「人」への言及なしには十分ではないので、「月」や「人」を取り上げないわけではありません。

『放送研究と調査』4月号に掲載した「テレビドキュメンタリーの音声分析」は、一本一本の番組に含まれる特定の種類の音声の量を手掛かりにしてテレビドキュメンタリーという「指」の解明を試みるものです。このやり方だと一部の番組のつまみ食いではなく全てのテレビドキュメンタリーを対象に、その「指」としての基本的なありようを探ることができます。月を指差す人の「指」の解明を目指すこうしたタイプの研究から、アーカイブに眠る放送番組が持っている価値が徐々に現れてくるのではないかと考えています。 

メディアの動き 2017年04月21日 (金)

#75 VICE(ワル)に魅(ひ)かれて...

メディア研究部(海外メディア研究) 柴田 厚

「VICE」(ヴァイス)
というアメリカのメディアをご存じですか?
特に若者に人気があり、いま上り坂のメディアです。

日々、アメリカメディアの動きをウォッチングしていると、時々“引っかかって”くるメディアがあります。VICEもそんなひとつでした。数年前から、まずその名前が気になっていました。「VICEか…。“悪(ワル)”って自ら名乗る人達ってどうよ?」

次にそのコンテンツ。ひと言でいえば“あぶないもの”が多いのです。麻薬、犯罪、戦争…。さらに、リポートの中で人間の遺体を映し出します。しかし、ただの露悪趣味だけではないものがありました。

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シェーン・スミス氏(VICE提供)

そして、その代表。シェーン・スミスというCEO(最高経営責任者)ですが、写真のとおりインパクトがあります。新興メディアの創始者には「品行方正で理知的」というイメージの人が多い中、彼の“異質感”は際立っていました。ちょっとコワそうだけど、会ってみたいと思いました。

さらに、VICE本社の建物。レンガ作りの古い倉庫風で、写真で見た瞬間、「VICEらしい」と思いました。それも多くのメディアがひしめくNYのマンハッタンではなく、川を隔てたブルックリンにあるということにも魅かれました。ここに行ってみたいと思いました。

そんなVICEが、月曜から金曜までの夕方のニュース番組を始めるという情報が入ってきました。「イブニングニュース」と言えば、アメリカのテレビニュースの看板・代名詞です。ABC、CBS、NBCのネットワークがしのぎを削り、かつては「アメリカ国民は夕方6時半のニュースで世界の動きを知る」とか「そのアンカーは大統領より信頼されている」などと言われたものです。そこに“異端児”VICEが参入するというのは、かなりの驚きでした。「ネットからテレビに進出って、今の時代の流れと逆じゃん」とも思いました。

VICEそのものをもっと知りたい、さらにどんなニュースをやろうとしているのかも知りたいとあちこち調べましたが、どれも断片的な情報で総括的なものがありません。「じゃあ、自分で書くしかないか」と(ちょっとカッコよく言えば)腹をくくりました。せっかくなら、2016年10月に始まるという新しいニュース番組に合わせて訪問、取材するのがいいのではないかと準備を始めました。若者の既存メディア離れが日米ともに進む中、VICEの何が彼らを引き付けるのかを知りたいと考えました。

…と、今回なぜVICEを取り上げたかについて述べましたが、それがどんなメディアかについては、『放送研究と調査』4月号の「拡張を続けるアメリカ新興メディアVICEの行方 ~雑誌からネット、テレビ、その先へ~」をお読みください。



本編には書かなかったのですが、ひとつ補足しておくと、VICEは決して「ワルの集団」ではありませんでした。むしろ取材対象に寄り添う“優しさ”のようなものを随所に感じました。働く人は若者が多く、彼らはとても真摯で、真面目にジャーナリズムとアメリカのこれからを心配する人たちでした。英語で言えば、最近ちょっと流行りの「resilient(したたかな、しなやかな)」という感じで、彼らが引っ張る次世代のアメリカのジャーナリズムは(諸々の課題はあるにしても)大丈夫ではないかと感じました。ホントに?とお思いの方は、『放送研究と調査』4月号をご一読ください。文研ホームページでは5月に全文を公開します。

 

調査あれこれ 2017年04月14日 (金)

#74 高齢者の生活はどう変わる? ~2015年NHK国民生活時間調査より~

世論調査部(視聴者調査) 吉藤昌代

先日、実家の父が70歳の誕生日を迎え、長年勤めた会社を退職しました。
父の会社は60歳が定年で、それ以降、父は契約社員として10年を過ごしてきました。
現役時代よりは働く時間を減らし夕方6時30分には帰宅していたようですが、それでも平日は仕事中心の生活を送っていたそうです。

平成28年度版 高齢社会白書(内閣府)によれば、就労を希望する60歳以上の割合は71.9%。理由はさまざまでしょうが、全体としては公的年金の支給開始年齢が引き上げられていることが大きな要因となり、実際に60歳を超えても働き続ける人は増加傾向にあります。
『60歳で定年退職したら、そのあとは悠々自適な毎日を送る』……
これまで当然のように思われていた日本の“老後の生活”は、変化の時を迎えているのです。

文研が5年ごとに実施している国民生活時間調査の結果からも、その変化を読み解くことができます。
下の表は、男性60代について、2010年と2015年の調査結果を比較し、差があった主な行動をまとめたものです。
(全員平均時間とは、その行動を行っていない人も含めた時間量の平均です。)

<男60代 2010年と2015年で変化のあった主な行動の時間量(平日)>
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男性60代では、前述の通り、定年後も仕事をする人が増えていることを背景に、5年前より仕事の時間が増えました。
このほかビデオ・HDD・DVDやインターネットの時間も増えています。
一方で、テレビと新聞にあてられていた時間がそれぞれ減少しています。
メディア環境の変化は今や60代にまで及んでいるのが分かります。

さて、冒頭の70歳の父ですが、退職後の毎日をどう過ごしているのか母に尋ねたところ、「とりあえずテレビの番人をしているわよ」との答えが返ってきました。

<50代以上のマスメディア接触、レジャー活動の時間量(平日)>
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生活時間調査の結果をみると、仕事などから離れ自由な時間が増える60代を境に、テレビなどのマスメディア接触の時間量は、男女とも70代後半まで年齢を重ねるごとに増加していきます。
父の生活の変化は70代男性の典型的な変化と言えますが、同調査では、スポーツや行楽・散策といったレジャー活動の時間量も、テレビには及ばないまでも年齢を重ねるごとに増え、70代前半がそのピークであることが分かっています。
健康で活動的な高齢者になってもらうべく、父にはテレビはほどほどに、まずは軽いウオーキングを始めるよう勧めたいと思います。

『放送研究と調査4月号』では、超高齢社会における高齢者の姿と生活の変化を、国民生活時間調査の結果をもとにさらに詳しく読み解いています。是非、ご覧ください。

放送博物館 2017年04月07日 (金)

#73 3.11 その時キャスターは ~命を守ることば~

メディア研究部(メディア動向) 入江さやか

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放送博物館で講演する横尾泰輔アナウンサー(3月12日

「一刻も早く高い所に逃げてください」―。
2011年3月11日の東日本大震災。沿岸部の街が津波に襲われる映像とともに流れたNHKのアナウンサーの声。アメリカの国際放送局、ボイス・オブ・アメリカのスティーブ・ハーマン記者はワシントン・ポスト紙の取材に対してこう答えています。「NHKのアナウンサーのこれほど感情的な声を聞いたことがなかった。“クロンカイトが眼鏡を外して涙をこらえた”瞬間のようだった」と。当時の放送は、アメリカの伝説的なニュースアンカー、ウォルター・クロンカイトがケネディ大統領暗殺のニュースを伝えた時に匹敵するような強い印象を与えたのです。

その時、アナウンサーはどのような思いで緊急報道にあたっていたのか。3月12日、NHK放送博物館(東京都・港区)で、東日本大震災発生時に東京のスタジオからニュースを伝えていた横尾泰輔アナウンサー(現・大阪放送局)の講演会が開かれました。震災から5年目にあたる昨年の春から、横尾アナウンサーは「あの日の放送にしっかり向き合わなければ」と、京都大学の矢守克也教授(災害心理学)のもとで調査・研究に取り組みました。大津波警報が発表された午後2時50分から各地に津波が到達した午後3時20分までの30分間の自らの心理を分析するとともに、その放送を被災地の住民がどのように受け止めていたのか聞き取り調査も行いました。

大津波警報が発表されてから24分間は、NHKが各地に設置したロボットカメラの映像では海の様子に特別な変化はみられず、各地で観測される津波も50センチ以下だったことなどから「空振りにならないだろうか」と、横尾アナウンサー自身も気持ちに揺らぎがあったといいます。住民の聞き取りでも「予想より低い観測値で安心した」という声が聞かれたそうです。

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岩手県釜石港に押し寄せる津波の映像(午後3時14分ごろ)

ところが午後3時14分ごろ、岩手県釜石港に大津波が押し寄せる映像が入ってきた段階から、状況が一変しました。予想される津波の高さが大幅に引き上げられたうえ、マグニチュード7.6の最大余震も発生し、東京のスタジオも大きく揺れました。横尾アナウンサー自身も「スタジオの照明器具が落ちてきてケガをしても仕方ない」と覚悟したといいます。そんな恐怖と、緊急報道を担う重圧に耐えながら、懸命に津波や地震の実況を伝え、避難を強く呼びかけ続けました。
しかし、想定を超える巨大な津波で多くの人が命を失いました。

「いのちを守ることば」はどうあるべきか――東日本大震災の経験と分析を踏まえて横尾アナウンサーは講演の中で、津波に対する危機感を伝えるためのさまざまな表現のあり方を提案しました。「直ちに逃げること!」「津波は内陸にも押し寄せます!」といった「命令調」「断定調」の表現を用いる「3メートルは人の背丈のおよそ2倍」など高さを示す数字のイメージが持てるような伝え方をする過去の教訓や事例を盛り込んだ呼びかけをする、などです。

このうち、「命令調」「断定調」などは、震災発生後の2011年11月からNHKの災害報道に導入されています。また過去の教訓や事例を用いた呼びかけの例としては「東日本大震災を思い出してください!」といった表現も使われています。私も報道局でこれらの呼びかけ方の検討に携わりました。しかし東日本大震災についての人々の記憶が風化してしまっては、これらの「ことば」が十分な力を持つことができません。現在、放送博物館では特別展「東日本大震災 伝え続けるために」を開催しています。当時のニュース映像などを通じて、改めて「いのちを守ることば」について考えていただければと思います。


NHK放送博物館

休館日 :月曜日(月曜日が祝日・振替休日の場合は火曜日休館)、年末年始
入場料 :無料
開館時間:午前9時30分~午後4時30分
所在地 :〒105-0002 東京都港区愛宕2-1-1  
TEL  : 03-5400-6900

特別展「東日本大震災 伝え続けるために」は9月10日(日)まで開催
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***関連記事はこちら***
文研ブログ #68 NHK放送博物館 特別展「東日本大震災 伝え続けるために」

調査あれこれ 2017年03月31日 (金)

#72 世界の"いま"を読み解く国際比較調査ISSP

世論調査部(社会調査) 村田ひろ子

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家庭生活に満足している日本人女性は33%、つまり3人に1人。これを多いととらえるか、少ないととらえるか。参考になるのが世界との比較です。
NHKが参加している国際比較調査グループISSP(International Social Survey Programme)は、世界約50の国・地域の調査機関が、毎年テーマを設定して共通の質問で世論調査を行っています。これまで「社会的不平等」「環境」「職業意識」など多岐にわたるテーマで調査を実施してきました。冒頭のデータは、2012年に実施した「家庭と男女の役割」調査の結果です。家庭生活に満足している日本人女性の割合は、調査を行った31の国・地域の中で、2番目に低い結果でした(詳しくは、「放送研究と調査2015年12月号」をご覧ください)。

ISSPが発足したのは1984年、NHKが参加するようになったのは1993年からです。以降、毎年国内で調査を行い、その結果は各国のデータを集約するドイツの研究機関を通じて、世界の政策担当者や研究者に活用されています。
調査テーマや質問項目は、毎年1回開催される総会で話し合われています。6~7か国から成るドラフティング(調査票設計)グループが練り上げた英語の調査票案について、通訳なしで活発な議論が交わされます。総会で確定した調査票は、それぞれの国の言語に翻訳したうえで調査を行います。

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2016年にリトアニア・カウナスで行われた総会の様子
(手前右から2人目が筆者)

総会で質問文や回答の選択肢を検討する際、イギリスの担当者に言い回しを確認する場面がたびたびあります。これは、ISSPのおおもとの調査票がイギリス英語で作られているためです。ところで同じ英語でも、イギリス英語とアメリカ英語とでは表現が異なることがあるのは広く知られています。ISSPでも、オリジナル版の調査票で“private creche”(民間の保育所)という選択肢は、アメリカの調査票では”private day care center”となっている例があります。“creche”は、アメリカ英語だと「キリスト生誕の光景」という別の意味にとられてしまう可能性があるからです。
2つ以上の言葉が使われている国では、複数の言語に翻訳して調査を行います。例えば南アフリカは6つの言語、フィリピンでは7つの言語、インドに至っては10もの言語に翻訳されています。調査票には、翻訳上の諸注意が記され、できるだけ原文の意図が伝わるような工夫がなされています。
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「放送研究と調査3月号」では、2013年に実施した「国への帰属意識」調査の結果をもとに、国への愛着と外国人に対する意識の関係について考察しています。日本では各国と比べて、国への愛着が強い人が多いのか。2016年にEUからの離脱を選択したイギリス国民は、3年前の時点で、移民に対してどのような感情を抱いていたのか。排外主義が吹き荒れる2017年の「いま」を占うヒントが結果から読み取れます。ぜひご一読ください。

調査あれこれ 2017年03月24日 (金)

#71 最近の朝ドラはなぜ高視聴率を維持し続けているのか?

メディア研究部(番組研究) 二瓶 亙

<朝ドラを習慣的に見続ける人が増えてきている>

文研の調査で、朝ドラを比較的よく見ている視聴者の中では、作品を問わず朝ドラを習慣的に見続ける人が最近増えてきていることがわかりました。
お気づきになっている人も多いと思いますが、ここ数年の朝ドラは20%を超える高い視聴率1)を獲得する作品が多くなっています。『あさが来た』(2015年度下半期放送)は、21世紀に放送された朝ドラ32作品中の最高視聴率(23.5%)を獲得しましたし、それに続いて放送した『とと姉ちゃん』(2016年度上半期放送 22.8%)は第3位、現在放送中の『べっぴんさん』も先週末(3月18日)までの平均で20.4%と20%を超えています。
<注>1)ここで言う“朝ドラの視聴率”は、すべてビデオリサーチ社の関東地区の世帯視聴率(各作品の全回平均)です。

ビデオリサーチ社の視聴率は、番組が放送される時間帯に、その番組が放送されるチャンネルをつけていたかどうかを機械で測定したテレビ受像の“実態”です。したがって、“テレビでその番組は流れていたが見ていなかった”ということも起こりえます。つまり、視聴率では、その人がその番組を「見た」と意識していたかどうかはわかりません。そこで、文研朝ドラ研究プロジェクトでは、2015年上半期放送の『まれ』から、朝ドラ視聴者がどのように各作品を見て、どう受け止めたのか、朝ドラに対する“意識”を探る視聴者調査を始めました。その調査によれば、図1のように、作品を追うごとに「朝ドラを見ることが習慣になっている」と“意識する”人が増え、『とと姉ちゃん』では8割を超えていました!最近の朝ドラは視聴率だけでなく、視聴者の意識の上でも視聴が増えていることが明らかになったわけです。

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<朝ドラが高視聴率を維持し続ける要因は何か>

では、人びとのテレビ離れが進んでいると言われる中で、このように朝ドラが高視聴率を維持し続けている要因は何なのでしょうか?朝ドラ研究プロジェクトは、その要因を解明することを通して、テレビがより魅力的なものになり今後も多くの人びとに見続けてもらえるようになる一助になることを目指しています。今回、3作品を調査したことで朝ドラ高視聴率維持の要因がいくつか見えてきましたので、文研の月刊誌『放送研究と調査』3月号 「『とと姉ちゃん』と前2作の視聴者調査を通して、朝ドラ高視聴率の要因を探る」にまとめました。例えば、『まれ』『あさが来た』『とと姉ちゃん』の主人公は明るく前向きに突き進む女性ですが、調査では、この“明るく”“前向き”というイメージは視聴者が朝ドラに求めるイメージの上位に位置しているのです。

一方、現在放送中の『べっぴんさん』の主人公は明るく前向きと言うよりは“おっとり”していて前3作の主人公とはかなり性格が異なります。しかし、それでも『べっぴんさん』は視聴率20%以上をキープしています。はたして朝ドラ高視聴率維持の要因は何なのか…『放送研究と調査』3月号の論文をお読みいただいた上で『べっぴんさん』の残り1週間を見ていただくと、皆さんにも新たな発見があるかもしれません! ぜひご一読ください。

文研フォーラム 2017年03月17日 (金)

#70 多くの来場に感謝~「文研フォーラム2017」

計画管理部(計画) 安楽裕里子

年に一度、文研の調査研究成果を発表するNHK文研フォーラム
今年は3月1日(水)〜3日(金)に東京の千代田放送会館で、“いま考える メディアのちから、メディアの役割”をテーマに開催しました。海外からのゲストも招いて様々なテーマで行った8つのプログラムには、「フォーラム」という名前になったおととし以降で最も多い、延べ1400人を超える方々にご来場いただきました。

 文研フォーラム2017ポスター
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ここでは、初日と2日目に行われたシンポジウムの様子をちょこっとご紹介します。
初日は“東京2020オリンピック・パラリンピックへ”と題し、世論調査の報告と、シンポジウム「パラリンピックと放送の役割を開催。

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上智大学の師岡文男教授、英チャンネル4のマーティン・ベイカーさん、車いすランナーでパラリンピック金メダリストの伊藤智也さん、NHK2020東京オリンピック・パラリンピック実施本部の樋口昌之副本部長をパネリストに迎え2時間半。リオ大会ではNHKのスタジオゲストも務めた伊藤智也さんからは、「障害者スポーツとして撮るのではなく、アスリートとしてカッコよく撮って欲しい」という率直な発言、また、日英の放送を比較した報告や、登壇者の熱いディスカッションに会場も沸き、2020年に向けた関心の高さが改めて感じられました。

2日目は、「テレビ・ドキュメンタリーにおける“作家性”とは?」として、文研発行の『放送研究と調査』に3年にわたって掲載した「制作者研究」のシンポジウムを2時間半にわたって開催。

ゲストにジャーナリストの田原総一朗さん、テレビ演出家・脚本家の今野勉さん、元NHKディレクターの相田洋さんという3巨匠、コメンテーターに早稲田大学の伊藤守教授を迎え、制作者の作家性などをテーマに自由闊達(制御不能?)なトークが繰り広げられました。

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このシンポジムの様子は、後日、文研ホームページで動画配信を予定しています。どうぞお楽しみに。

また、今回は午後の時間帯に1階ラウンジで、「文研カフェ」をオープン。文研の調査研究内容を紹介した各グループ力作のパネルを見ながら、登壇者やゲストと質疑を交わしていただくなど、交流の場としてにぎわっていました。

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文研各部グループ作のパネルを展示
世論調査部 視聴者調査グループとメディア研究部 メディア動向グループのパネル(クリックすると拡大表示されます)

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シンポジウム終了後の文研カフェ

3日間にわたったプログラムには、応募開始直後から多くの申し込みをいただきましたが、座席数の関係でご来場いただけなかった方も出てしまい、大変申し訳ありませんでした!
そんな皆さんに、会場でお配りした文研作成の資料を、近々「文研フォーラム」のホームページに掲載する予定ですので、ぜひご活用ください。
また、いくつかのプログラムでは、『放送研究と調査』の6月号、7月号等に採録を予定していますので、こちらもぜひご一読ください。
文研フォーラムはここ数年、毎年3月に開催しています。文研の一年間の調査研究成果に、多少のテレビ的演出も加え、分かりやすい発表に努めております。来年度もご期待ください!
ご来場いただきました皆さん、ありがとうございました。