文研ブログ

メディアの動き 2019年12月05日 (木)

#222 災害時の障害者向け情報伝達の課題と今後

メディア研究部(メディア動向)村上圭子

11月24日(日)、東京・品川で、災害時に障害者に対してどのように情報を届けていけばいいのかを考えるセミナーが行なわれました。
医療・福祉従事者を対象としたセミナーで、私はコーディネーターを務めたのですが、関係者以外にも広く知ってもらいたいテーマであると感じたため、このブログで内容を紹介しておきたいと思います。

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セミナーは、午前は「大規模災害時における現場での取り組み」、午後は「災害時の(障害者に向けた)情報発信フォーラム)」という2部構成で行なわれました。第1部で障害者の医療に携わる専門家が課題を問題提起し、第2部はそれを受ける形で、メディアによる取り組みやアプリなどのツールを活用して解決につなげる方策を議論しました。

第1部では障害者の家族への調査結果等から、災害時における障害者の避難行動や避難所生活における様々な課題が報告されました。報告の中で、最初から避難することをあきらめてしまっている障害者達が少なからずいるという現実に言葉を失いました。私は研究所で災害時の情報伝達を研究テーマの1つにしていますが、自身の勉強不足と認識の甘さを反省させられました。
提起された課題の中で私が最も深刻だと感じたのは、避難行動要支援者に対する「個別支援計画」の整備がほとんど進んでいないことでした。東日本大震災後の2013年に災害対策基本法が改正されて、自力で避難することが困難な高齢者や障害者は「避難行動要支援者」と位置づけられ、市町村には名簿の作成が義務付けられました。その名簿に基づいて、実際に対象となる一人一人について、避難のルートや避難場所、避難を支援する地域の人や組織などを取り決めるのが個別支援計画です。名簿の作成については、総務省消防庁の調べによると、既に全国の95%を超える市町村で進んでいるそうですが、個別支援計画となると、全員分を作成している市町村は15%に満たない状態だそうです。
こうした状況では、安否の確認も、適切な避難場所への誘導も、避難してからの支援もままなりません。しかし、障害者は地域とのつながりが薄いケースも少なくなく、また、自らも被災することが想定される中で障害者の支援を引き受けることに負担に感じる人達の気持ちも理解できます。災害ではよく「自助・共助・公助」ということが言われますが、名簿作成という「公助」は整っても、個別支援計画という「共助」の仕組み化は容易ではないと改めて痛感しました。第1部の最後では、障害者自身やその家族が、平時から災害に対する知識を身につけたり、避難訓練に参加したりする「自助」の重要性も強調されました。

第2部では、まずNHKの福祉ポータル「ハートネット」の取り組みが三宅有子プロデューサーより報告されました。ハートネットは“誰も取り残さない防災”を掲げ、「災害時 障害者のためのサイト」を作っています。障害別情報を9つのカテゴリーに分け、災害が起きた時にはどのようなことに注意すればいいかなど、障害者自身による「自助」のための行動指南がまとめられています。


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https://www6.nhk.or.jp/heart-net/special/saigai/index.html 

この内容は「通常モード」で、災害時は「発災モード」に切り替えるそうです。しかし三宅プロデューサーからは、発災モードへの切り替え判断はなかなか難しいという実情が明かされました。その理由として、組織をあげた報道ニュース取材と違って、まずは福祉番組担当ディレクターだけで障害者の被災状況を聞き取る体制になっているため、障害者団体や現地の社会福祉協議会、障害者施設への電話による人海戦術でどこまで情報収集出来るのか、限界があること等があげられました。

次に、前総務省近畿総合通信局長の大橋秀行さんから、東日本大震災以降ライフワークとして手がけている災害情報伝達について、スマートフォンの応用の紹介がありました。このアプリは今年、訪日外国人向けに実証実験を行なったそうです。利用者が事前に自身の情報を登録しておけば、必要な情報が理解しやすい内容に変換されて届けられます。また位置情報をもとにした安否確認もできるということでした。

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ただ、こうしたアプリは平時と非常時を“地続き”で考える発想でないとうまく機能しないこと、そのためには誰が運営主体となるのか、そして、その運営主体は障害者の個人情報や、登録情報を扱うことを引き受ける覚悟があるのか、などの問題提起がなされました。

それぞれの報告を受け、国立障害者リハビリテーションセンター病院長で発達障害情報・支援センター長の西牧謙吾さんからコメントをもらい、会場とのやりとりも行ないました。
NHKのハートネットの取り組みに対しては西牧さんから、NHKと当事者団体・医療現場との連携を組織的に深めていくことはできないか、具体的には、発災時に収集した団体や医療現場の情報をNHKと共有する枠組みを考えていくといったことが提案されました。会場からは、災害報道において高齢者の取材は多いのに障害者の取材が少ないのはおかしい、当たり前のこととして障害者の被災も取り上げてほしい、といった厳しい意見もありました。
また、災害情報伝達アプリについては、都内で大規模障害者施設を運営する人から、通所者の安否確認に是非活用してみたい、という声があがりました。それを受けて西牧さんから、現在兵庫県丹波篠山市で取り組まれている事例が紹介されました。


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丹波篠山市では、先に述べたような、自治体が災害時を想定して名簿を作成し、それに基づいて個別支援計画を作成するという方法ではなく(図の上部の「現行の仕組み」)、一人一人の障害者を日常に生活支援するための計画(ケアプラン)を作成する際に、災害時の個別支援計画を組み込んでしまうという方法(図の下部)をとっているそうです。こうした動きはいま少しずつ自治体に広がっているそうで、このような流れができれば、日頃から関わっている施設が、障害者やその家族にアプリを配布し、平時から活用してもらえる枠組みが作れるのではないか、との提案が行なわれました。

災害が日常化する日本で、「共助」の枠組みをいかに重層的に作っていけるか。今回のセミナーは障害者が対象でしたが、“誰も取り残さない防災”、すなわち、“誰も取り残さない社会”を目指していくという意味では、普遍的な内容を議論しているとコーディネーターを務めていて感じました。会場で提起された課題や提案については、単なる掛け声に終わらないよう、引き続き注視していきたいと思います。

なお、NHKでは12月8日(金)まで「体感・首都直下地震ウイーク」と題して、防災減災の必要性を「自分ごと」としてとらえてもらえるよう様々な番組や企画を行なっています。是非“体感”してください。
https://www.nhk.or.jp/taikan/ 


おススメの1本 2019年11月29日 (金)

#221 平成時代の「放送研究」あれこれ~放送文化研究所・30年間の論文から~⑦「北京オリンピックはどう見られたか~先進的視聴者のメディア接触状況~」

メディア研究部(メディア動向)柳澤伊佐男

平成の30年間、NHK放送文化研究所(文研)が手掛けた調査研究について振り返るシリーズ、7回目は、平成20年(2008年)の『放送研究と調査』11月号に掲載された「北京オリンピックはどう見られたか~先進的視聴者のメディア接触状況~」を取り上げます。

この論考は、2008年に開かれた「北京オリンピック」を題材にしています。タイトルの中にある“メディア接触”という用語は、情報(この場合はオリンピック情報)を得るために、視聴者がどのようなメディアを利用(接触)したかという意味で用いられています。

放送とオリンピックとの間には、切っても切り離せない関係があります。1964年の東京大会での衛星中継、カラー放送など、オリンピックを舞台に放送の新しい技術が導入されてきました。テレビ放送は、オリンピックとともに進化してきたとも言われ、文研でも、オリンピック放送に関する様々な調査研究が行われています。その中で、なぜ、この論考を取り上げたのかといいますと、北京大会でのメディア接触(利用)状況を確認しておくことが、これからの放送の姿を展望する手がかりになるかもしれないと思ったからです。

当時は、「地上デジタル放送」が始まって5年、「ワンセグ」サービスの開始2年で、大会直前に国内でのスマホ普及のきっかけとなった「iPhone」が発売されたり、大会の動画映像がインターネットで国内向けに初めて配信されたりするなど、放送や通信の環境が大きく変わろうとした時期でした。論考では、「様々なデジタルツールを手に入れ、既に利用している人たち~先進的視聴者~が、『北京オリンピック』にどうアクセスし、各メディアをどのように使い分けたか」を調べようと大会期間中の2日間、調査会社のモニター男女800人を対象にインターネット調査を行った結果が記されています。

それによりますと、オリンピックの情報を得るために最も利用されたのが「地上デジタル放送」で、次いで「新聞」、「BSデジタル放送」、「パソコンによるインターネット」という順になっていました。このうちネットについて、「毎日2回以上」もしくは「ほぼ毎日」アクセスしたと答えた人が全体の半数を超えていて、論者は「職場や家庭に広く普及したパソコンが、テレビや新聞と同様に情報取得の簡便なツールとして定着化してきたことがうかがえる」と分析しています。
その一方、「ワンセグ放送」「データ放送」といった“新たなメディア”への接触率は、高いものでも50%以下という結果で、「テレビ視聴の補完的役割にとどまっている」と判断されました。その上で、論者は「放送・通信をめぐる環境が変化する中でも、“スポーツの祭典”を楽しむ最適のメディアは、やはり『テレビ』であった」と結論づけています。

それから10年あまり、放送と通信の融合が一段と進み、インターネットによる動画配信や番組の同時配信、4K・8KやAI、VR・ARなど、様々な技術が目まぐるしいスピードで進化を遂げています。また、大容量のデータを瞬時にやり取りできる次世代の通信規格・5Gを活用した新しいサービスも本格的にはじまろうとしています。2020東京大会での「メディア接触状況」は、どうなるのでしょうか。


調査あれこれ 2019年11月26日 (火)

#220 「アナ雪」「税率アップ」...5年前の日本とテレビのいま

世論調査部(視聴者調査)保高隆之

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  週末、映画館で「アナと雪の女王」の続編を見てきました。美しい映像と耳に残る楽曲は相変わらずでしたが、加えて、キャラクターたちとの再会には親戚と久しぶりに会うような「なつかしい」感覚がありました。調べてみると、前作(日本での興行収入は255億円!)の日本公開は2014年3月。みんなが「レリゴー」と歌い、「ありのままで」が流行語となり、紅白歌合戦でも話題になってから、もう5年が経っていました。まさに光陰矢の如し…。
  さて、その5年前の2014年。他にも今年とつながっている大きなニュースがありました。何だと思いますか?(ヒント:2014年の「今年の漢字」にも選ばれています。)
答えは、「税」。消費税率が5%から8%になったのがこの年の4月だったのです。
ご存じの通り今年は消費税が10%になり、5年前のことを思い出す機会が頻繁にありました。個人的には、「そんなに前だっけ?」という印象なのですが、みなさんにとって、「5年前」はどのくらい前のイメージでしょうか。「だいぶ前」?、それとも「つい最近」?
…少なくとも放送局にとっては変化があった5年間だった、というのが今回の本題です。
   こちらのグラフをご覧ください。文研が毎年6月に実施している「全国放送サービス接触動向調査」の結果から抜粋したものです。この調査は、全国の7歳以上の個人が1週間で放送局の提供するコンテンツやサービスにどのように接触しているかを「リアルタイム」(放送と同時に視聴)、「タイムシフト」(録画や録音再生)、「インターネット」(ホームページや動画、SNS、ネットラジオなど)に分けて把握しています。

 

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   このグラフの緑の線「リアルタイムリーチ(週間接触率)」は5年前の93.2%から89.1%へと減少しました。一方、青の「インターネットリーチ」24.0%から31.6%へと増加しています。放送局にとっては、リアルタイムでの視聴であっても、インターネット経由の利用であっても、ニュースや番組に触れていただくことに変わりはありませんが、(タイムシフトを含め)いずれかに接触した「トータルリーチ」は、残念ながら5年前の94.8%から92.3%へと減少してしまいました。つまり、この5年では「インターネットリーチ」の増加が「リアルタイムリーチ」の落ち込みをカバーしきれなかった、というわけです。
   巷でいわれる「テレビ離れ」がいよいよ数字に表れてきたのだな、と、放送業界にとっては悲観的な結果にみえます。…が、ここで注目したいのが、もっともテレビから離れていそうな(?)20代の5年間の変化です。
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   上の図は2014年と2019年の20代について、接触の仕方の組み合わせを示したグラフです。図中の青い数字は統計的に有意な減少、赤い数字は増加を示しています。もちろん20代でも「リアルタイム接触」は81%から70%へと減少(特に不等号で示した「リアルタイムとタイムシフトのみ」が減少)しているのですが、「いずれにも接触なし」は5年前の15%と今年の18%で統計的な差がありません。つまり、20代のトータルな週間接触率は減少しなかったのです。少し意外に思われませんか?

   実は、代わりに「リアルタイム以外のみで接触」4%から12%へと大きく増加しました。具体的には「タイムシフトのみ」と「インターネットのみ」で接触する人が増え、「リアルタイム接触」の減少をカバーしたのです。
   これは放送局にとって歴史的な変化の兆しかもしれません。これまで、放送業界ではリアルタイムでの接触が圧倒的な割合を占め、録画再生やインターネットのサービスを利用している人も、リアルタイムで放送に接している人たちと重なっているとされてきました。しかしながら20代の調査結果からは、放送局が決めた放送時間に縛られずに自由に番組を楽しむ人たちが増えたこと、そして視聴方法の多様化が「テレビ離れ」に歯止めをかける可能性がみてとれます。

  5年後に振り返ったとき、はたして2019年は放送局にとってどんな年だったと評価されているのでしょうか。詳しい調査結果については、「放送研究と調査」10月号をご覧ください!


放送ヒストリー 2019年11月15日 (金)

#219 教育テレビ60年を番組のグループごとに振り返る

メディア研究部(番組研究)宇治橋祐之

1959年1月、日本初の教育専門テレビ局として開局したNHK教育テレビは、2019年で開局60年を迎えました。現在は唯一の教育専門局として「教育番組75%以上、教養番組15%以上」という編成比率で放送を続けています。こうした編成の変遷の全体像については『放送研究と調査』2019年1月号「教育テレビ60年 生涯学習波への広がりとインターネット展開」をご覧ください。

教育番組の比率が高いのが教育テレビの大きな特徴ですが、番組の内容をグループに分けてみると、高校講座などの講座番組や語学番組、幼児向けや青少年向けの番組だけでなく、趣味・実用番組、芸術・芸能番組、科学・健康番組、産業・経済番組など、さまざまなジャンルの番組を放送してきました。

また、かつては番組を家庭で見るだけでなく、学校の授業のように集団で視聴する「テレビ市民セミナー」や「市民大学講座」が各地で開かれていたのも、教育テレビならではの特色でした。

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テレビ利用の市民大学講座(1970年代)

放送文化研究所では、教育テレビ40年の際に番組を16のグループに分類して、その変遷をまとめました。それを引き継ぐ形で60年の変遷を『放送研究と調査』10月号から、3回シリーズで連載しています。

それぞれの番組グループごとに60年の番組の変遷を表にまとめてみると、前半の30年と後半の30年では大きな違いが見られました。例えば最初の30年は番組のタイトルが変わらず10年以上続くことも多かったのですが、後半の30年は3~5年ごとに変わることが増えてきました。

タイトルそのものも開局初期の『技能講座』が趣味どきっ!、『日曜大学』が『知る楽』、『婦人学級』が『すくすく子育て』、『社会福祉の時間』がハートネットTVというように、「講座」「大学」「学級」「時間」という、学校の授業や指導をイメージさせるタイトルから、カタカナや擬音を入れた、視聴者の感情に寄り添うものに変化してきています。

近年は「Eテレ」の愛称が定着し知的エンターテインメントを目指す番組が増えてきましたが、教育テレビの60年の変化を知っておくことは、この先の教育メディアで変えるべきものと守るべきもの、「不易流行」を考える上で大切だと思います。


メディアの動き 2019年11月13日 (水)

#218 これからの"放送"はどこに向かうのか? 

メディア研究部(メディア動向)村上圭子

このブログでも何度か書いていますが、NHKはいま、インターネットで放送と同じ番組をまるごと配信する「常時同時配信」の実施に向けた準備を進めています。
その準備の1つが、「インターネット活用業務実施基準(ネット実施基準)」の策定です。
これは、NHKがネット活用業務を行うにあたり、その内容や実施方法、費用について自主的に定めるものですが、総務大臣の認可を得られなければNHKはネット業務を行えないきまりとなっています。NHKは先月(10月)、策定したネット実施基準案を総務省に提出、総務大臣の認可の申請を行いました。

先週金曜日(11月8日)、この案に対して総務省から、「NHKインターネット活用業務実施基準の変更案の認可申請の取扱いに関する総務省の基本的考え方」という文書が出されました。http://www.soumu.go.jp/main_content/000654087.pdf

この文書は新聞等でも大きく取り上げられたため、すでに目にしている人も少なくないかもしれません。文書は10ページに及んで、多岐にわたる項目に総務省側の考え方が記されています。総務省から検討の要請を受けたNHKは、現在総務省に申請中の案の内容を、改めて見直さなければならないことになりました。同時に総務省は、NHKだけでなく、広く国民・視聴者の意見も踏まえた上で最終的にNHKのネット実施基準を認可するかどうかを判断したいとのこと。既にNHKは9月に「素案」という形で広く意見募集を行いましたが、今回、総務省はこの基本的考え方に対して意見募集を行うと発表しました。私は2013年から放送政策の取材を続けていますが、こうした形の意見募集は異例のことといえます。意見募集の締め切りは来月(12月)8日です。そのため本ブログでは、この文書のポイントをまとめておきたいと思います。

ポイントの1つ目は、今回はNHKのネット活用業務の内容を定める実施基準の認可申請であるにも関わらず、「業務」「受信料」「ガバナンス」の三位一体改革の必要性が改めて指摘され、その詳細について触れられているということです。
中でも子会社については、NHKは今年既に1件の、そして来年にはもう1件の経営統合を目指していますが、文書では「子会社の在り方をゼロベースで見直す抜本的な改革については(中略)、更なる取組を着実かつ徹底的に進めることが必要」としています。
また受信料についても、NHKは先月(10月)に値下げを実施したばかりですが、「既存業務全体の見直しを徹底的に進め、受信料額の適正な水準を含めた受信料の在り方について、引き続き検討を行うことが必要」と記されています。

ポイントの2つ目は、ネット活用業務についての厳しい要請です。少し複雑なので個別に区切ってみていきます。

<常時同時配信>
NHKは常時同時配信を、協会との受信契約が確認された世帯向けの放送の補完サービスと位置付けています。申請中の案では、利用申し込みを促進させるために「「特例措置」を講ずることができること」とし、オリンピック・パラリンピック大会もその対象と位置付けました。しかし総務省からは民放の懸念を踏まえ、市場競争の観点等から「特例措置は設けないことが望ましい」との考え方が示されました。

<ネット活用業務全般の費用>
提出中の案でNHKは、受信料収入の2.5%を上限とする業務の他に、新たに「公益性の観点から積極的な実施が求められる業務」として別枠の費用を設けることを提示中です(図1)。これに対して総務省は、「受信料収入の約3.8%相当となり現行の実施基準と比較して著しく増加する(中略)」と指摘したうえで、令和2年度についてはオリパラ業務費用を除き「「受信料の2.5%」を維持することとし、既存のインターネット活用業務についても、真に必要なものかを検証して見直し、効率化を図ることが望ましい」としました。

図1(参考:ネット活用業務の費用に関するNHK案)
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<見逃し番組の配信>
NHKが常時同時配信と共に行う予定としている見逃し番組の配信についても、次のような指摘がなされました。「従来、有料業務として提供していた既放送番組の配信を受信料財源業務として提供することとした明確な理由も示されていない」。そして、現在、繰越欠損金が約70億円に上る有料のNHKオンデマンドの今後の収支に与える影響等を考え、「ニーズの高いコンテンツの見逃し配信については、有料業務で提供することなども考えられる」のではないかとしています。

この他にも、「地方向け放送番組」の提供を実施する時期及び内容について示すことや、NHKが行うネット活用業務の評価について、市場で競合する可能性のある民間事業者からも意見を聞く枠組みを作ること等についての検討も要請されています。

NHKの常時同時配信については、2015年秋から総務省の「放送を巡る諸課題に関する検討会」で議論が開始され、足掛け5年かけて今年6月に改正放送法が公布されました。今回示された総務省の文書からは、これまでの議論や、急速なメディア環境の変化をNHKは十分に鑑みて案を策定しているのか、という総務省の厳しい眼差しが根底にあるように感じます。また、「「公共メディア」としての役割と具体的な構想」について、NHKは国民・視聴者に示しきれてきたのか、という指摘も甘んじて受けなければならないと思います。
しかし、これはあくまで私の取材の範囲における実感としてではありますが、今回の指摘の中には、これまでの議論の中で論点化されてこなかった、もしくは、議論で一定の結論に至ってきたことを逆戻りさせるような内容も含まれているように思います。NHKの問題とは、当然のことながらNHK自身にとどまらず民放との二元体制という放送メディア全体の問題でもあり、総務省が所管する放送政策の問題でもあります。総務省はこの間、NHKの将来像に対し、またNHKを含む放送メディアの将来像に対して、放送政策としてのグランドデザインをどこまで示せてきたのでしょうか。そして今回の文書は、その政策の延長線上でどのような位置づけにあるのでしょうか。このことも同時に問い直していくことが必要ではないかと思っています。

このNHKの常時同時配信を巡る最近の政策議論についてまとめた「放送研究と調査」2019年10月号「これからの“放送”はどこに向かうのか?Vol.4」を、今月1日に文研のウェブサイトに公開しました。原稿ではこのほか、2019年上半期の放送を巡る最新動向として、ローカル民放の放送外収入に向けた新たな取り組みや、各局で進む視聴ログデータの取り組みの可能性と課題についても触れています。また今回は単なる動向の整理だけでなく、メディア環境変化と同時に進行する社会の変化についても俯瞰図を作成することで、より広い視野で現状認識を行うことを試みました。
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原稿の公開に併せて、2018年10月から2019年9月までのテレビ・放送に関連する新サービスの動向をまとめた表(共同作成:東京大学大学院・田中瑛氏)も公開しています。併せてご活用ください。


メディアの動き 2019年11月08日 (金)

#217 台風!豪雨!「避難のしかた」わかりますか?

メディア研究部(メディア動向)入江さやか

■激甚な気象災害 誰もが被災者になる時代
猛烈な暴風が大規模な停電を引き起こした台風15号。大型で強い台風19号では、記録的な豪雨で長野県の千曲川や福島県の阿武隈川などで堤防が決壊し、13の都県で死者94人(災害関連死含む)にのぼる甚大な被害が出ました。さらに、台風21号から変わった低気圧による豪雨で水害に見舞われた地域もありました。
昨年の「西日本豪雨」は「平成最悪の豪雨災害」と呼ばれましたが、令和の時代にあっては「甚大な気象災害が毎年のように起きる、そして誰もが被災者になり得る」と考えておくべきなのかもしれません。
そこで、あえてみなさんに問います。「避難のしかた」、わかっていますか?

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写真:台風19号で堤防が決壊した千曲川(2019年10月13日午前7時すぎ NHK総合テレビ)

■いつ?どこに?何を着て?何を持って?
NHK放送文化研究所とNHK松山放送局では、昨年の「西日本豪雨」で大きな被害を受けた愛媛県在住の男女3,000人を対象にインターネットで調査を実施しました。「豪雨災害のおそれがあるとき、テレビやラジオはどのような放送をすべきだと思うか」を自由に書いてもらいました。

「どこに避難をすればいいか、避難場所の人の多さ、食事などの備蓄はあるか」
「最低限何を持って、どんな格好で避難すべきかという情報」
「必要な最低限のものと、何時頃までに避難の必要があるのか」(原文ママ)

服装や持ち物を含め、そもそも「避難のしかた」がわからない。だから、テレビ・ラジオで教えてほしい。そういう趣旨の意見の多さに驚かされました。確かに、大地震を想定した「避難訓練」は、学校や職場で経験している人は多いと思いますが、台風や豪雨を想定した避難訓練の機会は少ないかもしれません。避難のタイミングを逃さないために、今後はそのような避難訓練も必要になってくるのではないでしょうか。

NHKのウェブサイトでは、台風の際の「避難の心得」を動画で紹介しています。避難の際の服装や足回りなど、この機会にぜひ確認してください。
https://www.nhk.or.jp/sonae/douga/typhoon0007.html

■「避難のスキル」で命を守る
「今後、豪雨災害のおそれがある場合に、何をきっかけに避難するか」(複数回答)という質問に対しては、64%の人が「防災情報を見聞きして」と回答しました。ところが、被害が甚大だった宇和島市・大洲市・西予市では、「防災情報」を選んだ人の割合はやや低く、「雨の降り方が激しくなる」「災害の前兆を見聞きする」の割合が高くなっています。西日本豪雨を経験し、自治体やメディアからの情報を待たず、自ら状況を判断して早めに避難行動を起こそうとする姿勢がうかがわれました。


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今回の台風19号でも、自治体などから住民への防災情報伝達が十分でなかったケースが見受けられました。平常時から、地域の浸水リスク・土砂災害リスクを知っておく。テレビ・ラジオやウェブの情報に注意しながら、周囲の状況を見て避難すべきタイミングを自ら判断する。自分や家族の命を守るために、そんな「避難のスキル」を身につけておきたいものです。

今回の調査詳細は、以下でご覧いただけます。
頻発する豪雨災害 放送は何をどう伝えるべきか?
     ~愛媛県における西日本豪雨インターネット調査から~ 
 

メディアの動き 2019年10月30日 (水)

#216 8K×AI 空撮映像からAIで要救助者を探す試み

メディア研究部(メディア動向山口 勝

今年は台風19号をはじめ大規模災害が相次いでいます。
被害にあわれた方にお見舞い申し上げるとともに、亡くなられた方のご冥福をお祈りします。
筆者は「8K×AI 新たな防災報道に向けて」「放送研究と調査」2019年9月号に書きました。2017年のブログ「8Kスーパーハイビジョンの防災活用の可能性」でも示したように、高精細な8K空撮とAI画像解析を組み合わせることで、人や災害現場を検出し、一人でも多くの人を救うことができないかと考えたからです。
小文では、こういった大規模災害時の空撮映像の中から、要救助者をAIで見つける検証実験をおこないました。対象にしたのは2Kの16倍高精細な、8K空撮映像です。熊本地震の被災地の8K空撮映像を、台風19号の際にも救助にあたった「東京消防庁航空隊」の皆さんに見ていただいたところ、「地上の人の手が見える。電線も見える。肉眼やヘリコプターのモニターでは見えないものばかりだ。」「助けられなかった人を8K映像によって助けることができる。」と評価していただいたからです。

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サイエンスZERO(2017年4月16日放送)より

さらに、映像を指令本部に送って大きなモニターで複数の人でみれば、どこに要救助者がいて、地上からの救助をどのように行えばいいのかもわかり、より多くの人を救えるというのです。しかし、ここに2つの壁がありました。「伝送限界」と「目視限界」です。8Kは高精細であるがゆえにデータ量が大きく、次世代移動通信5G(20Gbps)でもそのままでは伝送できません。また、ヘリコプターに搭載できる小型モニターでは、小さな被写体(人)は、見えない可能性があります。そこで、AI画像解析でごく小さく映った人の顔(10×10ピクセル)を検出できないかとNHK放送技術研究所に協力してもらい、「8K映像からAIでどこまで小さな被写体を検出できるのか」検証しました。

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初めて、8KからAIが人(顔)を検出した画像

また、広域災害では、報道や支援の偏在が起きる可能性があります。今回の台風でも、一週間たっても、まだ被害状況の全貌がつかめませんでした。まだ見落とされている被災者、被災地があるかもしれません。被害状況を把握するために衛星画像、航空写真、ヘリ空撮映像、ドローン映像など、さまざまなスケールの映像や画像が利用されています。これらの映像や画像をどう共有し、災害対応や報道に活用するのかは、防災機関や自治体、報道機関に共通する課題です。
名古屋の民放4社は、2019年6月、南海トラフ地震に備えて、愛知、三重の沿岸を4地域に分けて、ヘリ取材を行い、中継映像を系列も超えて共有する「名古屋モデル」という取り組みをはじめました。普段は競争関係にある各社が、「一社一機ではできることは限られる。一人でも多くの人を救うために放送局と系列を超えて映像を共有する決断」をしました。実は、台風19号が日本列島に上陸した10月12日に、「名古屋モデル」の初めての合同訓練が予定されていました。
小文では、防災関係機関やメディアなどで、災害時の空撮映像を共有したり、活用法を開発したりする取り組み「4K8K空撮防災コンソーシアム」の提案も行いました。4K・8K×AI×5Gをめぐる社会の取り組みも加速しています。「新たな防災・報道」を考える一助になれば幸いです。

メディアの動き 2019年10月25日 (金)

#215 肖像権は隠さず考えよう!

メディア研究部(メディア動向)大髙 崇

あなたは、ご自分の顔や姿形が、気づかぬうちにテレビやインターネットに出ていたとしたら、どの程度の抵抗感がありますか?
また、テレビでは、人の顔を「マスキング」で隠すことがしばしばありますが、「マスキングが多過ぎると感じる」派ですか? それとも「ちょうどよい」派?

これすなわち肖像権の問題。
肖像権とは、勝手に撮影されたり公開されたりしない権利ですが、国内では明文化された法律がなく、過去の裁判例によって認められている権利です。
最高裁の判決は、肖像権の侵害にあたるか否かは6つの要素を「総合考慮」して判断するもの、と示しています。

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写真や映像を使う側は、自らの人権意識を頼りに、すべての写真や映像について、その都度「総合考慮」しないといけません。ついつい、マスキングや「使わない」という選択肢に陥りやすい土壌がここにあります。

この問題に対して、民間での動きが始まりました。9月26日、デジタルアーカイブ学会の法制度部会が「肖像権処理ガイドライン(案)」を公表したのです。
撮られた人の同意を得ていない写真を、デジタルアーカイブ機関がインターネットなどで公開を目指す場合に、最高裁で示された要素である社会的地位や撮影状況など、6項目でポイント(点数)計算して合計点を出し、使用目的に合わせて判断するようになっています。合計点が高い順に「公開可」「公開範囲を限定」「マスキングが必要」などと分類しています。

点数はあくまで議論のためのたたき台としての「仮置き」ですが、例えば…
・政治家などの公人は+20点、16歳未満の人は-20点
・屋外、公共の場は+15点、自宅内や避難所内は-10点、病院や葬儀場は-15点
・カメラにピースサインしていたら+5点、手でカメラを遮ろうとしていたら-20点
……などなど、結構具体的です。

この案を議論するため、同じ日にアーカイブ機関の関係者など160人が参加して「円卓会議」が開催されました。様々な視点から発言が飛び交い、議論は白熱しました。

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例えば「避難所内」は-10点ですが、災害での被災者の疲労した姿を公開することは慎重にすべきですが、元気な笑顔の表情までマスキングすべきなのか、一概には言えません。
また「歴史的行事」の場合、20点加算ですが、歴史的行事と言っても、1970年の大阪万博もあれば、第二次世界大戦中のドイツ・ナチスの党大会もあり、様々です。その行事が歴史の中でどう位置付けられているかによって、撮られた人の心証も変わってくるはずです。
ただし、「撮影の時期」は古いものほど加点する設計になっています。時の経過によって撮られた人の権利を保護する必要性は減少し得る、との考えに立っています。

他にも意見続出でしたが、こうした指標が作られることには参加者のほとんどが賛同。
作成者たちはガイドライン案の更新を行い、今年度内に再度議論の場を設ける予定です。
(※ガイドライン案は「デジタルアーカイブ学会」ホームページで公開予定です)

ガイドライン案は肖像権処理のポイントを可視化し、客観的に判断するためのツールとして定着できるのか、放送局の現場からも注目が集まっています。


メディアの動き 2019年10月18日 (金)

#214 共生社会への道~♪The Long and Winding Road♪

メディア研究部(海外メディア研究) 中村美子 

 「放送研究と調査」9月号から12月号まで、「パラリンピック・ストーリー」と題して、海外のパラリンピック関係者を中心に行ったインタビューを掲載しています。ラインナップは、第1回(9月号)がイギリス・デンマーク・ドイツの3人のパラリンピアンを特集第2回(10月号)はイギリスの商業テレビ大手のITVでテレビ番組上のダイバーシティーを確保する責任者のアディ・ロウクリフさん、第3回(11月号)は、同じくイギリスのスポーツ番組制作のプロダクションWhisperでパラリンピック放送を担当するアンディー・スティーブンソンさん、そして最終回となる第4回(12月号)は1998年冬季パラリンピック長野大会の金メダリスト、現在IOC・IPCの教育委員を務めるマセソン・美季さんです。

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   渡辺誓司主任研究員と私は、2016年の春からパラリンピック放送の研究にとりかかり、2019年1月に『NHK放送文化研究所年報』で3年間の調査研究をまとめました。
  2018年に行った現地取材では、たくさんの人たちが快く協力してくださいました。出会った方々はみな、2012年のロンドン大会の放送を起点に、パラリンピックが共生社会への道を開くと、期待と確信を持っていたように感じました。とりわけ、第1回で紹介したイギリスのパラリンピアンのクレア・キャッシュモアさんの発言は印象的です。彼女は、小学校を訪問したとき男の子に「僕もクレアさんのようなスーパーヒューマンになりたい」と言われたそうです。その子は、彼女のクールなパフォーマンスに目を奪われ、ひじから下がないという彼女の障害も含めて憧れを感じたようです。
  もし、障害のある人たちが社会に出て、それぞれの能力を発揮するようになれば、この男の子が思ったように、障害は障害ではなくなり、持っている能力を互いにリスペクトする社会が作れるかもしれません。これを後押しするのが、ロンドン大会以後イギリスで加速化するテレビ業界のダイバーシティーの推進です。第2回で紹介しているロウクリフさんは、ITVで放送するテレビ番組全般で、障害、人種、LGBTなど社会的少数者を番組に登場するように現場に指示する権限を持っています。2012年ロンドン大会ではパラリンピアンやパラリンピック関連の番組が多く放送されましたが、障害者をテレビで見慣れることが、偏見をなくすとロウクリフさんは実感していると言います。

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 ところで、公共放送BBCにも、ダイバーシティーの取り組みについて取材しました。相手は、Head of Diversity, Inclusion and Succession という2015年に新設されたポストの方です。ロウクリフさんと同じような役割を期待していましたが、肩透かしをくらった感じでした。とても気持ちの良い人物でしたが、事前に送った質問への回答は充分に得られず、障害者がBBCの職場で働くための環境整備や調整作業の話だけで終わりました。彼は2019年春にBBCを去りました。BBCは巨大で複雑な組織で、ロウクリフさんのような権限がないことが、辞職の原因だと伝えられています。つまり、権限がなければ責任も果たせない、ということでしょうか。そのBBCも10月に、空席だったポストを埋めました。役職も経営会議に参加するDirectorに格上げされました。このことは、ダイバーシティーと包摂性に対するBBCの本気度の高まりを表しているのかもしれません。
 イギリスのテレビ業界は内側から変わっていることは間違いないでしょう。しかし、共生社会、社会の中で相互にリスペクトしながら生きるインクルーシブな社会は、そう簡単には実現しないことが、インタビューした人たちから伝わってきました。かつて、放送のデジタル化で先行するイギリスから招へいした人物が内輪の会合で「日本も大丈夫。デジタルへの道はthe long and winding road。必ずたどり着ける」と言った言葉が、急に思い出されました。共生社会への道も、ビジョンを共有すれば、長い時間がかかろうとゴールにたどり着けるはずです。

「パラリンピック・ストーリー」12月号まで、続きます。どうぞ、お楽しみに。

おススメの1本 2019年10月16日 (水)

#213 平成時代の「放送研究」あれこれ ~放送文化研究所・30年間の論文から~ ⑥「特集 歴史的選挙と有権者 ~'93年7月衆院選~」(平成5年・1993年)

メディア研究部(メディア動向)柳澤伊佐男


平成の30年間、NHK放送文化研究所(文研)が手掛けた調査研究について振り返るシリーズ、6回目は、平成5年(1993年)の『放送研究と調査』10月号に掲載された「特集 歴史的選挙と有権者 ~‘93年7月衆院選~」を取り上げます。

このリポートは、同年7月18日に行われた第40回衆議院選挙をテーマに選んでいます。この時の選挙は、日本新党、新生党といった「新党」が台頭する一方、自民党が現状維持ながら過半数割れ、社会党が大幅減という結果になりました。このため、与党第1党が自民党、野党第1党は社会党という“55年体制”が崩壊、非自民の連立政権が誕生したことから、論者はこの選挙を「歴史的な選挙」と位置づけています。

特集は2部構成です。第1部は、「非自民政権誕生の構造」と題し、選挙に関する世論調査から有権者の意識や投票行動を分析し、“歴史的な選挙”となった背景に迫っています。また、第2部の「選挙情勢報道はどう行われたのか」では、テレビ各社の選挙報道のうち、全国的な当選者数の予測と、注目選挙区の選挙戦終盤の情勢報道に焦点を当てて考察しています。この中で論者は、「(選挙予測の)報道が有権者の投票行動にまったく影響を及ぼさない、と考えるのは現実的ではない」としつつも、「選挙に関して世論の動向を的確に把握し、報道・評論することは、有権者が選挙に関する関心を高め、理解を深めるうえで不可欠であり、それは報道機関の重要な使命である」などとする日本新聞協会の見解を引用しながら、選挙情勢などを伝える報道の必要性・重要性を主張しています。

テレビの選挙報道をめぐっては、しばしば公平性や中立性に欠けると批判の対象になります。この公平性に関して、BPO(放送倫理・番組向上機構)の放送倫理検証委員会は、2016年、「テレビ放送の選挙に関する報道と評論に求められているのは(各候補者を同一時間で紹介するといった)『量的公平』ではなく、政策の内容や問題点など有権者の選択に必要な情報を伝えるために、取材で知り得た事実を偏りなく報道し、明確な論拠に基づく評論をするという『質的公平』だ」との見解を示しています。
各局とも、選挙の公正さを損なわないよう、配慮と努力を重ねながら、選挙報道を行っていますが、選挙そのものに対する有権者の関心や投票率は、年々低下しています。2019年7月の参議院選挙では、選挙区の投票率が48.80%で、国政選挙としては戦後2番目の低さになりました。選挙運動期間中のテレビ各局の放送時間(NHKと在京民放5局の合計)は36時間あまりで、前回(2016年)と比べて5時間以上減ったという調査結果(「エム・データ」社調べ)もあります。

1993年当時の選挙報道について、論者は、以下のような問いを投げかけています。「これまでテレビは、一連の選挙報道の中で、開票速報に特段の力を入れてきた。速報性、広範性というメディアの特性が生かせる格好の機会だから当然であろう。だが、それだけでいいのか。有権者が投票行動を決めるのに役立つ情報をテレビは十分に提供しているのだろうか」。
それから26年たったいま、テレビ各局は、論者の問いかけにどれだけこたえられているのでしょうか。

※今回紹介した論文をお読みになりたい場合は、国会図書館やお住まいの都道府県立の図書館のサイト等で検索・確認していただくか、NHK放送博物館(東京都港区愛宕2-1-1)で、閲覧いただけます。