『いないいないばあっ!』のはじまり① ~きっかけとなったテレビ研究~#510
計画管理部 久保なおみ
「世界子どもの日(11月20日)」をご存じですか?子どもたちの相互理解と福祉の向上を目的として、国連によって制定された日で、世界各地で子どもの権利や未来に関するイベントが開かれています。
NHKでも11月13日から25日までの間を「スゴEフェス」と題して、さまざまな番組で「こどもたちのハートをうごかそう!」をテーマに発信しています。またNHKテレビ放送開始70年となった今年、放送博物館では、2024年1月28日までNHKキャラクター展を開催しています。
その「スゴEフェス」とNHKキャラクター展の両方に参加している番組のひとつが『いないいないばあっ!』です。1996年に、世界初の赤ちゃん向け番組として、放送を開始しました。0~2歳児が、かなり早い段階から日常的にテレビと接しているという研究報告を受けて、乳幼児に特化した良質な番組を作ろうと、開発に着手したのです。(詳しくはこちらのブログをご覧ください)※1
私はディレクターとして『いないいないばあっ!』の開発を担当しましたので、今回は具体的な制作のベースとなった研究と、その成果を反映して作ったアニメーションなどについて、3回にわたってご紹介します。
【2歳研とNHKの子ども番組~『おかあさんといっしょ』~】
日本では1953年のテレビ放送開始時点から、テレビが子どもに及ぼす影響に対する社会的関心が高く、1950年代後半から60年代にかけて、NHK放送文化研究所、文部省、日本民間放送連盟などが、大規模な研究を実施しました。そして1970年代、80年代には、番組の内容分析研究、子どもの映像理解に関する研究など、多様な視点とアプローチによる「子どもとテレビ」研究が、多分野の研究者たちによって繰り広げられました。(※2)
そんな中で、2歳児向け番組の開発をめざした「2歳児テレビ番組研究会」(以下「2歳研」)が発足しました。モデルになったのは、研究者と制作者が一体となって制作していたアメリカの幼児番組『セサミストリート』です。『セサミストリート』は1969年にアメリカで放送を開始した番組で、就学前教育を目的としたさまざまなコーナーがありました。当時の『おかあさんといっしょ』は制作者だけで番組を作っており、主に3歳児を対象としたコーナーで構成されていましたが、1978年に開かれた『セサミストリート』に関する国際会議をきっかけに、日本でも研究者と共同して2歳児向けのコーナーを開発してみよう、という機運が高まりました。そうして1979年4月に2歳研が誕生したのです。(※3)
2歳研は、3種の専門家からなるチームで構成されていました。
①発達心理学者・教育心理学者
…2歳児の生活実態・テレビ視聴の実態調査をもとに、教育目標・行動目標を作る
②メディア専門家(主としてNHKの幼児番組制作者)
…2歳児に向いていると思われる番組を既存のものから選んだり、試作したりする
③教育工学専門家・文研の研究員
…2歳児に視聴させて効果測定し、原理を導き出したり改善点を指摘したりする
この3つのチームが協同して、教育目標の設定→コーナーの試作→幼児の視聴実験→分析結果の検討→コーナーの改善→放送、という流れで研究を積み重ねながら開発を進め、『おかあさんといっしょ』の「ハイ・ポーズ」「こんなこいるかな」などのコーナーを生み出しました。文研の研究員は、教育工学の専門家と協力して幼児の視聴実験を行い、その成果を番組制作に反映させました。(※4)
【『いないいないばあっ!』の開発】
『いないいないばあっ!』を開発するにあたって、NHKの番組制作チームは、大学の発達心理学や乳幼児教育の研究者・絵本作家・造形作家・人形製作者・CG制作者・作家・アニメーター・デザイナー・シンガーソングライター・商品化担当者などで構成される「番組開発プロジェクト」を立ち上げました。
このプロジェクトが動き出した1995年には、2歳研は既にその役割を終えていましたので、「テレビは幼児に何ができるか」という2歳研の中間報告を、番組開発に活用することにしました。
そして、2歳研のメンバーで当時はお茶の水女子大学の発達心理学教授だった内田伸子先生や、国立小児病院の谷村雅子先生、さらに保育園や民間の託児施設などを取材した結果、2歳児とそれ以下の乳幼児とでは、発達の特徴が大きく異なることがわかり、『おかあさんといっしょ』がターゲットにしていた年層の子どもたちとは異なるアプローチで番組を制作する必要がでてきたのです。そこで番組開発プロジェクトでは、まず『いないいないばあっ!』がターゲットとする0~2歳児の特徴をまとめました。
〇取材の結果明らかになった、0~2歳児の発達の特徴
・生後12か月ごろから、ことばを聞き取るようになる
・けれども聞く力が弱く、BGMがあると、ことばをうまく聞き取れない
・対象が多いと注視できないので、マンツーマンで直接話しかけた方がいい
・カットの切り替えやズームは理解できず、別なものと認識してしまう
・集中して見るのは2分40秒が限界
・繰り返し、反復することによって覚えていく
・単色のやわらかな色づかい、単純な形の方が認識しやすい
・1歳児は擬音が大好き
・身の回りのものと接することによって、1歳2~3か月で「みたて」ができるようになる
・平面を立体的に見る力が弱いので、CGは素材感や質感を出さないと理解しにくい
【『いないいないばあっ!』がめざしたもの】
『おかあさんといっしょ』は2歳以上を対象としていましたので、2歳研ではさまざまな「教育目標」を設定して、コーナー開発に取り入れていました。
けれども乳幼児の母親を対象とした市場調査では、2歳未満では「知育」よりも「情操」を望む声が多かったため、0~2歳児を対象とした『いないいないばあっ!』開発プロジェクトとしては、教育的な目標を設定する前の段階として、まずは「子どもたちの感情・心・感性を揺り動かす」ことが重要なのではないか、という結論に達しました。
幼児教育の専門家によると、幼い時に心をたくさん動かした子どもたちは、心が豊かに発達するのだそうです。運動能力を高めるためには、体を動かす練習が有効なように、感受性を高めるためには、心を動かす練習が有効であるとの見解を示していました。
そこで開発プロジェクトでは、テレビだけで全て完結するわけではなく、親や友達など周囲の人たちと豊かに関わることによって、たくさん心を動かすことができるよう、そのきっかけとなる番組作りをめざしました。
くしくも、今年の「スゴEフェス」のテーマは「ハートをうごかそう!」です。28年たった今も、子どもたちへの願いは変わりません。
【試作番組の制作】
以上のような研究をふまえて、『いないいないばあっ!』開発プロジェクトでは、複数の2分以内のコーナーで構成するセグメント形式の15分番組とすることなど、番組全体の方向性を定めました。そして、個々のコーナーで研究成果を具体化すべく、2本の試作番組を作ることにしました。
次回のブログでは、以下のように、試作番組で制作した特徴的なコーナーができるまでを紹介します。
『いないいないばあっ!』のはじまり② ~どきどきあそび・擬音のうた~
『いないいないばあっ!』のはじまり③ ~いないいないばあ~
※1 『いないいないばあっ!』が生まれるまで ~ワンワン誕生秘話~ | NHK文研
※2 子どもとテレビ研究・50年の軌跡と考察|NHK放送文化研究所
※3 白井常・坂元昂 編「テレビは幼児に何ができるか 新しい幼児番組の開発」(1982)
日本放送教育協会
※4 秋山隆志郎・小平さち子『おかあさんといっしょ』と幼児の視聴行動 『放送研究と調査』(1987.8)
【久保なおみ】 |