文研ブログ

メディアの動き 2023年05月20日 (土)

【メディアの動き】ChatGPT対応で専門の作業部会を設置へ,EUデータ保護会議

EU(ヨーロッパ連合)加盟各国のデータ保護当局などで構成される「欧州データ保護会議」(EDPB)は4月13日,アメリカのベンチャー企業OpenAIが開発した対話式の生成AI,ChatGPTについて,専門の作業部会を設置すると発表した。

EDPBは,イタリアのデータ保護を担当する当局によるChatGPTに対する3月の禁止措置について協議したうえで,当局間で情報を交換し,協力して対応にあたるため,専門の作業部会の設置を決めたとしている。

イタリアでは3月31日,ChatGPTによる膨大な個人データの収集などが,個人情報の保護に関する法律に違反している疑いがあるとして,データ保護を担当する当局が,一時的に使用を禁止すると発表した。

ロイター通信によると,ChatGPTの使用禁止は欧米ではイタリアが初めてだ。

またある当局筋の話として,今回の作業部会設置は,ChatGPTを開発したOpenAIに影響のある処罰や規則の設置ではなく,透明性のある一般的な政策の策定が目的だとしている。

EU域内では,スペインやフランスで,データ保護機関が,ChatGPTにデータ保護違反がないか,調査を開始している。

ドイツでは,ジャーナリストも含む43の著作者団体が,ChatGPTの著作権侵害などへの脅威に対し,EUで審議中のAI規制法案の強化を求める動きなどがあるほか,生成AIで作成された架空の記事で,週刊誌編集長が解雇されるという問題も起きている。

イタリアでは4月28日,対策が講じられたことを受け,ChatGPTの禁止措置は解除されたが,当局は引き続き欧州データ保護規制の順守を求めている。

メディアの動き 2023年05月19日 (金)

【メディアの動き】韓国,KBS受信料の徴収方法を変更へ

韓国の大統領室は,公共放送KBSの受信料の徴収方法を変更することを決定し,今後,具体的な手続きを検討することになった。

KBSの受信料は,放送法により「テレビ受像機を所持している者」に支払い義務があり,1994 年からは,韓国電力が電気料金とともに徴収している。

ただ,放送を見ていなくても受信料の支払いが必要となるため,「視聴者の選択権を制限する不合理な制度ではないか」という声があり,大統領室では3月9日から1か月間,国民から賛否の意見を募集していた。

6万件弱の回答の結果は,分離徴収についての賛成意見が96.5%だった。

大統領室関係者は結果について,「国民の意思に従い,確実に制度を見直す」と述べている。

具体的には,韓国電力の受信料徴収業務を規定している放送法施行令の見直しが検討されている。

あわせて,規制監督機関の放送通信委員会も,受信料徴収制度の改善に向けた検討を進めることになった。

KBSは,分離徴収となれば受信料収入は半分以下に減り,徴収費用は2 倍以上に増えると予測している。

また,「国際放送,障害者向け放送,クラシック音楽放送などの公共サービスが縮小される」との懸念を示している。

野党の「共に民主党」も,「受信料を武器に公共放送を支配しようとしている」と政府を批判している。

KBSは40 年以上据え置かれた受信料の引き上げを求めており,2022 年10月には野党が放送法改正案を国会に提出していた。

そのさなかに分離徴収の議論が巻き起こったことで,公共メディアの将来像にいっそう注目が集まっている。

メディアの動き 2023年05月19日 (金)

【メディアの動き】英BBCシャープ理事長が辞任を表明

イギリスの公共放送BBCのシャープ理事長は,選任のプロセスで規定違反があったとの調査報告が出たことを受けて,辞任を表明した。

与党・保守党の大口献金者であるシャープ理事長は,旧知であるジョンソン首相(当時)のローンの保証人の手配に関与していたことが 1月に明らかになり,監督機関による調査が進められていた。

4月28日に公表された報告書は,シャープ氏がジョンソン氏に対し,理事長職に応募する意思があることや,ローンの保証人に名乗り出ている知人を内閣官房長に紹介することを事前に伝えていながら,選任にあたって当局に申告しなかったことは問題だとした。

また,シャープ氏が,任命権者であるジョンソン氏を支援したことが有利に働いたという印象を与える危険性があり,事実を申告しなかったことは規定違反にあたるとした。

また報告書はメディアに対し,政府が有力候補の氏名をリークすることで,ほかの候補者が応募を見送っている可能性を指摘し,候補者の多様性を損なうこうした行為も禁止するよう求めた。

報告書の公表を受けてシャープ氏は同日,「報告書は,違反は不注意によるものであり,任命を無効にするものでないとしている」としながらも,「BBCの利益を優先すべきだ。私が居続ければ,局のよい仕事に関心が向けられなくなる」と述べ,辞任を表明した。

BBC 理事会の要請によりシャープ氏は6月末まで職にとどまり,その後,政府による公募で新しい理事長が選出されるまで,理事から選ばれる暫定理事長が任務を行う見通し。

BBCのデイビー会長は「2 年の在職中,BBCの変革と成功に多大な貢献をした」と謝意を示した。

メディアの動き 2023年05月18日 (木)

NHKを巡る政策議論の最新動向①受信料制度 何が議論されているのか?【研究員の視点】#480

メディア研究部(メディア動向)村上圭子

はじめに

 総務省の「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会1) (以下、在り方検)」ではいま、NHKの将来像に関する議論が続けられています。直近の会合(公共放送ワーキンググループ、以下WG)2) では、受信料制度について踏み込んだ議論が行われました。このWGの後、「NHK受信料、スマホ所持でも徴収へ。有識者会議の意見一致」という内容がツイッターに投稿され、リツイートは約1.4万件、表示回数は2,300万回を超えています3) 。しかし、これはWGで議論されている内容とは大きく異なるものでした。実際にどんな議論だったのかは後述しますが、WGを傍聴していた私はとても驚きました。5月9日、オンライン上の情報のファクトチェック(事実の検証)を専門とする非営利組織「日本ファクトチェックセンター4) 」は、総務省にも問い合わせた上でこの内容は誤りであると発表しています5)

 現在の受信料制度は、テレビなど放送を受信できる設備を設置してNHKの放送を受信することができる環境にある世帯や事業者が、NHKと契約を締結し受信料を負担する義務を負うという制度です。逆にいえば、放送を受信できる設備を設置していない世帯や事業者には、受信料を負担する義務はない制度であるともいえます。WGでは、テレビを設置せずにパソコンやスマートフォン(以下、スマホ)を使ってインターネット(以下、ネット)経由でニュースやコンテンツに接触する人が増えていく中、NHKのネット活用業務や受信料制度は今後どうすべきかを中心に議論が行われています。
 こうした議論が行われていると聞くと、パソコンやスマホを持っているだけで受信料を払わなければならなくなるのか?とか、日本も受信設備の有無にかかわらず全世帯が負担するドイツのような制度6)になっていくのか?といった疑念や不安を抱かれる方もいると思います。また、国民・視聴者の負担をうんぬんする前に、NHKの業務内容や役割を見直す議論は十分行われているのか、という批判もあります。今回、誤った投稿が拡散してしまった背景には、こうした国民・視聴者の潜在的な疑念、不安、批判などがあったのではないかと推察しています。

 私は去年9月から始まったWGを全て傍聴していますが、丁寧かつ慎重な議論が行われていると感じてきました。一方で、専門性の高い論点が複雑に入り組んでいるため、議論の枠組みそのものがどこまで国民・視聴者に理解されているのか、また、議論の内容を報じるマスメディアが、当事者であるNHKだったり、そしてNHKと競争関係にあるという別な意味での当事者と言える民放や新聞だったりすることにより、議論の内容がどこまで客観的に伝わっているのか、懸念しています。
 文研ブログではこれまで、WGの第4回までの議論をフォローして整理してきました7)。文研はNHKの一組織ではありますが、メディア全体の動向をできるだけ俯瞰した上で今後を展望するという役割を担っています。NHKや受信料制度の今後というテーマについても例外ではなく、むしろより一層、その役割が問われるのではないかと私は考えます。第5回から直近の第7回までの会合では、今後のNHKや受信料制度に関する非常に重要な論点が議論されています。今回からこの3回分の議論をいくつかに分けて整理し、私なりにその意味を考えていきたいと思います。なお、議論を整理するにあたり、構成員の発言については、文脈をわかりやすく伝えるため、逐語的な引用ではなく私の解釈も含めて要約していることをあらかじめお断りしておきます。

1.議論の全体像

 図1はWGの資料と議事要旨 などをもとに8)、3回分の論点を簡略化してまとめたものです。①ネット時代における公共放送の役割、②ネット活用業務を中心としたNHKの業務範囲、③民間事業者(民放・新聞)との競争ルール、④財源・受信料制度、の順番で議論が行われてきました。これまでの議論の中で、構成員の意見がおおむね一致している論点もいくつかありますが、まだ議論が結論に至っているわけではありません。NHKには今後、これらの議論を受ける形で何らかの報告を行うことが求められていますし、また民放連からはWGの議論の進め方に対して、意見と10項目以上の質問9)が提出されています。こうした事業者サイドの意見や要望を踏まえ、WGでは改めてそれぞれの論点を振り返りながら再度議論を行い、夏頃にとりまとめを行うというスケジュールが想定されています。

<図1>

sheet1_fix2_murakami.png 本ブログではまず、直近の第7回の論点である④財源・受信料制度の議論について整理します。その上で、次回以降①~③の議論にさかのぼり、積み残されている課題を提示していきたいと思います。

2.提示された4方式→日本は引き続き受信料方式で合意

 2022年、フランスで受信料制度が廃止となりました。NHK職員の私にとっては衝撃的なニュースでしたが、一般にはどのくらいの方がご存じでしょうか。制度廃止後のフランスでは現在、2年間の暫定措置として付加価値税で公共放送の財源が賄われています。
 しかし、こうした受信料廃止の動きはフランスだけではありません。ヨーロッパでは2010年代から受信料制度を廃止する国が相次いでおり、フィンランド(2012年廃止)、スウェーデン(2019年廃止)、ノルウェー(2020年廃止)の公共放送は、いずれも税方式に切り替える形で運営が行われています。
 税方式の他、広告方式を採用している国も少なくありません。国によって様々な制限がかけられているものの、ドイツ、フランス、イタリア、カナダ、韓国などの公共放送のチャンネルでは広告が流れているのです。文研が毎年発行している「NHKデータブック世界の放送 2023」によれば、公共放送もしくは国営放送のある56か国中40か国で、何らかの広告方式が採用されてます10)。ただし、その大半は広告収入単独ではなく、広告方式と受信料方式、もしくは広告方式と税方式のハイブリッドでの運営となっています。
 このように、国内だけを見ていると公共放送と受信料制度は切っても切り離せない関係にあると捉えがちですが、海外では多様な形態がとられており、制度も大きく変化していることがわかります。

 さて、ここからがWGの議論についてです。WGではこうした海外の状況を踏まえ、日本における今後の公共放送の財源として受信料収入以外の方式が考えられるかどうかという論点が示され、視聴料収入、広告収入、税収入の方式が紹介され、その上で議論が行われました(図2)。

<図211)

sheet2Ffix_murakami.png

 議論では、全ての構成員から、日本は今後も受信料収入による方式を続けるべき、という意見が出されました。理由として、公共放送は特定の個人や団体の支配や影響を受けないことが重要とか、広告主や国家権力のほうを向かない安定的で自律的な言論情報機関として維持されることが大事、といったコメントが多くみられました。これらの内容と同趣旨の内容を示した、2017年の最高裁判決の内容12) を再確認する発言も複数ありました。また、宍戸常寿構成員は、現在の制度は、人々がテレビを持たないことで放送の受信者共同体に入らないという自由を確保することにつながっているとした上で、多様なメディアが多元的に活動する今の日本の状況においては、その自由を国家が認めないと判断しなければ、健全な言論空間が確保できない状況ではないと述べ、受信料制度の維持を強調しました。
 ただ、議論の中で、広告方式については、民放と競合しない国際放送に限り、検討の余地があるのではないか、との意見もありました。ちなみにイギリスのBBCは、国内での広告放送を禁じられていますが、海外では実施されています。また、NHKが広告放送を行うことを禁止する放送法13) の内容を厳密に解釈するがあまり、外部の動画サイト等にNHKのコンテンツを提供することが制約される事態が生じてしまうのであれば、見直しを検討していくことも必要では、との意見が複数ありました。

 視聴料(サブスクリプション)方式についても触れておきます。昨今、NHKの受信料を巡る国会審議やネット上の発言などでは、「スクランブル化14)」という言葉が用いられることが少なくありませんが、こちらの方式と同義です。WG事務局の報告では、この方式を採用している国の紹介がありませんでしたので、私のほうで、文研の海外メディア担当の研究員に聞いてみたり、改めて「データブック世界の放送」で調べたりしました。あくまでその範囲ではありますが、この方式を採用している国は見当たりませんでした。
 議論では3人の構成員から、この方式について、契約している人たちに向けて番組を作ることになることは公共放送にはなじまない、対価を支払う意思を表明する人が増えるようにコンテンツを提供するようになると公共放送の趣旨に沿わない、といった意見が出されました。それ以外の構成員からは特段の言及はありませんでしたが、日本においてもこの方式は取り得ないという前提で議論は進行していたように思います。
 なお、イギリスでは現在、受信許可料見直しに向けた議論が行われており、様々な費用負担方式を検討する中に、この視聴料(サブスクリプション)方式も入っています。WG事務局の資料15)によると、イギリスの上院通信・デジタル委員会がまとめたリポートには、この方式のみでの運営は、「収入が不足する上、国民の必要な情報へのアクセスに不公平な障壁を生むことになるため、推奨できない」と記されています。ただ、ハイブリッド(コアコンテンツを公的資金で、その他をサブスクリプションで運営する)方式については、「値上げなしに必要なサービスへのアクセスを担保できるが、“コア”の範囲などを精査して検討すべき」となっています。今後の日本の議論においても、費用負担のあり方を総論ではなく各論で整理していく際には、こうしたイギリスの議論の内容は大いに参考になると思いますので、引き続き、日本の議論と照らし合わせながら注目していきます。

3.テレビ非設置者の負担の在り方は?→アプリのインストールだけでなく意思の表明が前提に

 次にWG事務局が示した論点は、テレビを設置していない者に対しても、今後、何らかの受信料負担を求めるべきかどうか、というものでした。これが、冒頭に触れたSNS上の誤った投稿に関する論点です。実際はどういう議論だったのか、詳しくみていきます。
 
 まず、注意が必要なのは、この論点には、NHKが現在は任意業務で実施しているネット活用業務を必須業務化する場合、という前提があることです。このことについて少し説明しておきます。
 現在、放送法で定められているNHKの必須業務、つまり「実施しなければならない」業務は、国内放送、国際放送、放送に関する研究開発等の3つです。一方、ネット活用業務は任意業務、「実施することができる」業務です。そのため、NHKは毎年、どんな内容でどのくらいの予算を使うのかなどが記された実施基準を作成し、総務大臣に申請、認可を得なければなりません。中でも受信料を活用する業務の内容と規模については様々な認可要件があり、過大な費用にならないよう、現在は年間200億円を上限に業務が行われています。
 この上限200億円の受信料財源を負担しているのは、テレビを設置してNHKと受信契約を締結している視聴者です。そのこともあって、現在NHKが提供している地上放送の同時・見逃し配信の「NHKプラス」については、受信契約を締結している視聴者のみが利用できるサービスとなっているのです。

 こうして任意業務として行われてきたネット活用業務ですが、なぜ必須業務化が必要なのでしょうか。WG事務局からは、若者のテレビ離れや、ネット上でフェイクニュース、フィルターバブルなどの課題がある中、NHKはテレビだけでなくネットを通じても信頼ある情報を視聴者に届ける役割を担うべきであり、その役割に資する業務は「実施しなければならない」業務とすべきでは、との論点が提起されました。NHKも同様の認識を示し、テレビを設置しておらず「NHKプラス」を視聴できない人たちから、視聴を求める声があるという報告も行っています。こうした事務局の提起とNHKの認識を受けてWGで議論が進められ、これまでのところ、構成員たちからは必須業務化に対しおおむね賛成の意見が述べられてきました16)

 前提の説明が長くなりました。改めて確認しますと、もしもNHKのネット活用業務を必須業務化し、その業務を受信料収入で行うとなった場合、(これまで受信料を負担してこなかった)テレビを設置していない人たちの負担はどうあるべきか、というのが論点です。事務局からは参考情報として海外の下記の3例が示された上で議論が行われました(図3)。

<図317)> 

  • 1)  全ての者(世帯・事業所)が運営費用を負担<ドイツ型>
  • 2)  パソコンやスマホなどを保有する者が負担<かつてのドイツ型>
  • 3)  パソコンやスマホなどを保有し、公共放送を視聴できるアプリ・ サービスを利用しようとする者が負担<イギリス型>

 先に結論を言ってしまうと、SNS上の誤った投稿が拡散された、パソコンやスマホなどを保有する者(世帯・事業所)が受信料を負担しなければならないという、2)のモデルに賛同した構成員は1人もいませんでした。そして、大半の構成員が選択したのは、3)のイギリス型でした。ただ、1)の考えに近いとする構成員も2人いました。まず、3)の意見から整理しておきます。
 3)に賛同する構成員の多くが指摘したのが、チューナーで放送波を受信する専用機18)であるテレビと、ネットに接続する汎用機であるパソコン・スマホは等価ではない、ということでした。そのため、パソコンやスマホを持っているだけでは負担の義務が発生するということにはならず、さらにアプリをインストールするという行為をもってしても要件としては不十分ではないか、という意見が大半を占めました。インストール後、利用を開始するのに必要となる個人情報の入力や約款への同意など、より積極的に“アプリを使用する意思の表明”があってはじめて、“公共放送を受信できる環境にある”とみなされ、受信料を負担する義務が発生するのではないか、この方向に議論は収れんしていったと感じました。

 一方、1)のドイツ型に近いとする考えを示した2人のうちの1人、大谷和子構成員は、NHKを直接視聴していなくても、人々は何らかの形でNHKのコンテンツからの利便を受けていると考えられることから、本来望ましいのは全世帯が受信端末の保有の有無にかかわらず幅広く受信料を負担するべきではないかとの考えを示しました。ただ、この方式はこれまでの国内政策との連続性を欠くという認識も同時に述べ、個人的な思いはあまり強調しないようにしたいとして、3)への賛意を示しました。
 もう1人は内山隆構成員です。内山氏は、自らはドイツ型に近い考えであるとした上で、多様性・多元性の促進につながるような採算性の乏しいマイナーな内容が供給過小・断絶にならないために、伝送路を問わずNHKのコンテンツを届けられるようにすべきであること、またNHKは、いまは見ていなくても将来に必要とされる、いわゆる“オプション価値19)”的な存在であるとして、近視眼的に受益者と費用負担をつなげるべきではない、という意見を述べていました。

4.議論を通じて感じていること

 ここまでWGの第7回の議論を私なりに整理してまとめてきましたが、最後に傍聴して感じたことをいくつか述べておきます。

 各国で公共放送の財源を巡る制度改正や議論がある中、日本にとっての唯一の選択肢は受信料収入方式であることが改めて確認されたというのは前述のとおりです。しかし、構成員の1人がいみじくも発言していましたが、日本では視聴料、広告、税金の方式はとれない、だから受信料であるといった消去法的な議論に感じられた部分が気になりました。WGのような場で有識者が論理的に議論する法制度のあるべき姿と、負担の当事者となる国民・視聴者の納得感とのかい離は、もはや見過ごせないほどの状況になっていると感じています。国民・視聴者の中には、海外でも今のところ実際されていないとみられる視聴料(サブスクリプション)方式に対して、賛意もしくは関心を示しているということがその現実を表しています。こうした中、消去法ではなく積極的に受信料収入方式を選び取ってもらえるような状況を作り出していくのは、法制度の議論ではなく、公共放送NHK自身の取り組みにあると改めて感じました。

 NHK自身の取り組みが問われている、という点でもう1つ言及しておきたいことがあります。私には、WGの議論当初から疑問を感じていることがありました。それは、仮に制度改正がなされたとして、パソコン・スマホのみであってもNHKの番組を視聴したいという意思を持ち、受信料を負担してもいいと考える人たちは一体どのくらいいるのだろうか、ひいては、ネット活用業務の必須業務化という制度改正を行っても、受信料収入の安定化にどれだけ実効性があるのか、という疑問です。
 WGでは山本隆司構成員から、NHKがネット活用業務にも受信料制度を導入する際には、理解を徐々に得るように努めるプロセスを経るべきであり、視聴者の意思の介在を強く求める考えが適切ではないかという意見が示されました。それを聞き、感じてきた疑問が解消されると同時に、2015年からNHKが標ぼうしてきた公共メディアの具体的な姿がシビアに問われる時代がいよいよ来るのだと思いました。つまり、仮にパソコン・スマホのみでNHKを視聴する人にも“放送の受信者共同体”を支える一員となってもらうためには、テレビ設置者以上にNHK側の説明責任と、納得感を得られるような対話の場が必要となってきます。それができなければ、今後一層テレビ離れが進む中、受信料収入は安定するどころかこれまで以上に厳しい状況に陥っていくことは目に見えています。海外の状況、テクノロジーの進化、視聴者のメディア接触の状況、さらに在り方検で再三指摘されているデジタル情報空間の課題などを鑑みると、全世帯が何らかの形で等しく負担して公共放送を支えるモデルが合理的なようにも映ります。しかし、NHK側の姿勢が問われることなしに、そして国民・視聴者からの信頼なしに、日本においてはこうした議論は成立しない、そのことをこれまでのWGの議論はNHKに突きつけているともいえます。議論の傍聴を通じ、NHKの一職員としてもそのことを深く自覚しました。

 これまでの議論で十分に深まっていないと思われる論点についても指摘しておきます。
 第7回のWGの議論では、放送同時・見逃し配信であるNHKプラスが受信料負担の対象となるという想定で議論が行われていたように思います。ただ、現在のNHKプラスは一般の通信回線を使って提供するサービスであるため、30秒程度の遅れがあります。著作権や配信権などの関係で配信不可の番組や映像も存在し、画面には視聴できない旨を記す画面(通称”ふた”と呼ばれる)が表示され、視聴することができません。テレビのように録画機能を付加することもできません。そしてなによりNHKの単独サービスであり、アプリをインストールしても、テレビのようにNHKと共に民放の番組を視聴することはできません。つまり、放送波を受信するテレビよりも、提供されるサービスは劣る部分が多いのです。内山氏からは、NHKから受ける将来の便益を考慮しながら、その差に対しては価格面で配慮する、いわゆる“第三種価格差別20)”という考え方が理論上考えられるのではないかとの意見が述べられていました。こうした便益による価格差を考慮していくのか、それとも視聴の意思を示した段階で、テレビより劣るサービスが提供されるということを了解したとみなすのか。議論はまだ十分に深められていません。

 そして、こうした視聴者目線の論点とワンセットで考えていかなければならないのが、放送の同時・見逃し配信を放送法上どのような位置づけとするのかです。現在、放送に課されているユニバーサルサービス義務や、様々な規律についてどう考えていくのか。この論点は、在り方検の別な会合21)で検討が行われている、放送局で整備・維持するコストが割高なミニサテ・小規模中継局エリアの放送ネットワークをブロードバンド網で代替していくという施策にも通じるものです。この論点を、あくまでNHK単独で捉えていくのか、それとも、放送全体として捉えていくのか。
 これまで在り方検では、NHKについてはネット活用業務の必須業務化と受信料制度という観点から、ブロードバンド代替は放送局のコスト削減という観点から、それぞれ部分的に議論されています。しかし、在り方検も開始してもう1年半になろうとしています。通信と放送を一体の伝送路として捉えていく伝送路ニュートラル、経路独立といった考えが議論でも頻繁に示されている中で、本質的で統合的な議論を期待したいと思います。

 最後に、次回のブログにつながる論点を書いておきます。在り方検の問題意識として、喫緊の課題としてあげられているのは、デジタル情報空間におけるインフォメーションヘルスの確保です。NHKのネット展開には、日頃テレビを視聴しない人たち、もしくはテレビを設置していない人たちへの対応も期待されています。今後、仮にNHKプラスが制度的に視聴可能になったとして、それを能動的に視聴しようと考えないであろう人たちに対しても、何らかの便益を提供することが求められている、むしろそこをどうするかを、NHKも含めたメディア全体で考えることこそが、デジタル情報空間の課題を考える上では重要な論点だと私は考えています。

 NHKは現在、ネットサービスにおいて、課金モデルのNHKオンデマンドの他、今回述べてきた放送同時・見逃し配信であるNHKプラス、そして、テレビを設置しているいないにかかわらず、広く情報や番組の内容が届けられるよう、「NHKニュース・防災アプリ」の提供や「理解増進情報」という形で、ネットユーザーに見てもらいやすいコンテンツの開発・提供に取り組んでいます。こうした、受信料を負担しない人たちも含めた社会全体に対する便益を、受信料収入を使ってどこまで提供していくべきなのか(図4)。そのサービスは必須業務なのか任意業務のままでの実施なのか。民放や新聞など民間事業者との関係はどうあるべきなのか。
 次回のブログでは、WGの第5回、第6回の議論を整理しながら考えていきたいと思います。

<図4>

sheet3fix_murakami.png


  •   1.「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」
       https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/digital_hososeido/index.html
  •   2. 総務省・在り方検 公共放送WG第7回(2023年4月27日)
          https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/digital_hososeido/02ryutsu07_04000369.html
  •   3. 2023年5月9日現在
  •   4. https://factcheckcenter.jp/
  •   5. https://factcheckcenter.jp/n/n0f5b0ae12e5c
       また、メディアコンサルタントの境治氏は、SNSで誤情報が投稿された背景に対する分析をニュースレターに記している
          https://sakaiosamu.theletter.jp/posts/094bf610-eed1-11ed-ae01-1919e8d2cb52
  •   6. ドイツでは2013年に受信機の有無にかかわらず、全世帯から徴収を行う「放送負担金制度」が導入されている
  •   7.「これからの“放送”はどこに向かうのか?Vol.9」(『放送研究と調査』2023年3月号)では、公共放送WGの第4回までの議論を整理している
           https://www.nhk.or.jp/bunken/research/domestic/pdf/20230301_7.pdf
  •   8. 第7回は執筆時に議事要旨が公開されていなかったので、筆者自身のメモを参照
  •   9. 「NHKインターネット活用業務の検討に対する民放連の見解と質問」(2023年4月27日)https://www.soumu.go.jp/main_content/000878381.pdf
  • 10. 「NHKデータブック世界の放送 2023」https://www.nhk.or.jp/bunken/book/world/2023.html
  • 11.  総務省・在り方検 公共放送WG第7回事務局資料(2023年4月27日)P2より引用
  • 12.  最高裁判決(2017年12月)「NHKの事業運営の財源を受信料によって賄う仕組みは、特定の個人、団体又は国家機関等から財政面での支配や影響がNHKに及ばないようにし、現実にNHKの放送を受信するか 否かを問わず、受信設備を設置することによりNHKの放送を受信することのできる環境にある者に広く公平に負担を求めることによって、NHKがそれらの者ら全体により支えられる事業体であるべきことを示すもの。」
  • 13. 放送法第83条(広告放送の禁止)「協会は、他人の営業に関する広告を放送してはならない。」
  • 14. 放送電波を暗号化し、解読する装置がないとテレビを見られないようにすること
  • 15. https://www.soumu.go.jp/main_content/000880474.pdf P7-8
  • 16. 民放連、日本新聞協会からは必須業務化について異を唱える意見が出ており、すでに民放連からは第7回で意見書が提出されている。今後再度検討される予定
  • 17. 総務省・在り方検 公共放送WG第7回事務局資料 P16を参考に筆者が作成
  • 18. 現在はネットに接続可能なテレビ(コネクテッドTV)が主流であるため、厳密には専用端末とはいえないが、チューナー内蔵(外付けも含む)という点で、パソコンやスマホとは異なる
  • 19. 将来利用可能性を保持することから発生する価値のこと
  • 20. 年齢や性別等、消費者の特性によって異なった価格付けを行うこと。学割やシルバー割引、レディースデー割引など
  • 21. 総務省・在り方検「小規模中継局等のブロードバンド等による代替に関する作業チーム」https://www.soumu.go.jp/main_content/000795321.pdf

 

 466075AB-D7EB-4BB0-94BB-245F5C45EBE5.jpeg

村上圭子
報道局でディレクターとして『NHKスペシャル』『クローズアップ現代』等を担当後、ラジオセンターを経て2010年から現職。 インターネット時代のテレビ・放送の存在意義、地域メディアの今後、自治体の災害情報伝達について取材・研究を進める。民放とNHK、新聞と放送、通信と放送、マスメディアとネットメディア、都市と地方等の架橋となるような問題提起を行っていきたいと考えている。

調査あれこれ 2023年05月17日 (水)

中高生もYES! 5月17日は何の日?~第6回「中学生・高校生の生活と意識調査」から~【研究員の視点】#479

世論調査部(社会調査) 村田ひろ子

 皆さんは、5月17日が何の日だかご存じですか?

 5月17日は、「多様な性にYESの日」※1。国際的な記念日として、世界各国で性的マイノリティーへの理解を呼びかけるキャンペーンが展開されています。日本でも、各地で啓発イベントや展示会が開催されたり、多様性を象徴するレインボーカラーに建造物をライトアップしたりする取り組みが行われています。

 多様性への関心が高まるなか、学校教育の場でも、教科書でジェンダーをめぐる問題が取り上げられるようになったり、制服のジェンダーレス化が進んだりしています。当の子どもたちは、多様性についてどのような考えを持っているのでしょうか?

 文研が昨夏、全国の中高生を対象に実施した世論調査※2の結果を確認してみましょう。仲のよい友だちから、「『からだの性』と『こころの性』が一致しない」と打ち明けられたとしたら、『理解できる(とても+まあ)』と答えたのは、中学生が69%、高校生が80%にのぼります。「よくわからない」という人も中学生で19%、高校生で12%いましたが、多くの中高生がLGBTQについて理解できると答えています。中高生も多様な性に「YES」が多いというわけです。

友人から、からだの性とこころの性が一致しないと打ち明けられたら、理解できるか(中高別)

lgbtq1murata.png

 男女中高別にみると、『理解できる』は、中高ともに男子よりも女子のほうが多く、女子中学生で77%、女子高校生では88%を占めています。

友人から、からだの性とこころの性が一致しないと打ち明けられたら、理解できるか(男女中高別)

lgbtq2.png

 父母に対しては、子どもと、同性愛や性同一性障害などの性的マイノリティー(LGBTQ)について、話をすることがあるかどうかを聞いています。父親では『ない(まったく+あまり)』は86%※3にのぼり、『ある(よく+ときどき)』の12%を大きく上回っています。母親でも、『ない』が65%で、『ある』の34%を上回っています。父母ともに子どもとLGBTQについて話をする人は多くはありません。家庭の中で性的マイノリティーについて話すことにためらいを感じる親が多い様子がうかがえます。

父母 子どもとLGBTQについて話をすることがあるか

lgbtq3.png
親が子どもとLGBTQについて話をするかどうかで、子どもの多様性への寛容度に差はあるのでしょうか。子どもが性的マイノリティーを『理解できる』と回答した割合をみると、子どもとLGBTQについて話をすることが『ある』親子のほうが、『ない』親子よりも、子どもが『理解できる』と回答した割合が高くなっています。家庭内でLGBTQについて話をすることで、性的マイノリティーへの理解が高まる可能性がありそうですね。もちろん逆に、理解のある家庭だからこそ、話をする機会があるのかもしれませんけど。

友人から、からだの性とこころの性が一致しないと打ち明けられたら、『理解できる』と答えた中高生の割合
(LGBTQについて親子で話すことがあるかないか別)

lgbtq7murata.png

 父母には、学校の授業でLGBTQについて教えることの賛否も尋ねてみました。『賛成(どちらかといえばを含む)』という人は、父親が83%、母親が92%と圧倒的多数を占めています。家庭の中では、性的マイノリティーについて話さないぶん、学校の授業で学んでほしい、という親の気持ちが表れているのかもしれません。

父母 学校でLGBTQについて教えることの賛否

lgbtq6.png

「放送研究と調査」6月号では、中高生と親のジェンダーをめぐる意識について、世論調査の結果から読み解きます。進学意向の男女差はあるのか、家庭内での教育方針に子どもの性別による差はあるのかなど、気になる調査結果が盛りだくさん!発行は6月1日です。ぜひご一読ください!
中学生・高校生の生活と意識調査2022の結果は、こちらから!↓↓↓
https://www.nhk.or.jp/bunken/research/yoron/20221216_1.html


※1 LGBTQ嫌悪に反対する国際デーIDAHO(International Day Against Homophobia, Transphobia, and Biphobia)

※2 第6回「中学生・高校生の生活と意識調査2022」

※3 複数の選択肢をまとめる場合は、実数を足し上げて%を計算しているため、単純に%を足し上げた数字と一致しないことがある(以下同)。

muratahiroko.jpg

【村田 ひろ子】
2010年からNHK放送文化研究所で社会調査の企画や分析に従事。
これまで、「中学生・高校生の生活と意識」「生命倫理」「食生活」に関する世論調査やISSP国際比較調査などを担当。

筆者が執筆したこちらの記事もあわせてお読みください!
文研ブログ「中高生の学校生活、どんな感じ? ~第6回「中学生・高校生の生活と意識調査」から~」

調査あれこれ 2023年05月16日 (火)

G7広島でフリーハンドは得られるか?~岸田総理の内外政を考える~【研究員の視点】#478

NHK放送文化研究所 研究主幹 島田敏男

 岸田総理大臣は3月にインドからのウクライナ電撃訪問を果たし、4月の統一地方選挙と衆参統一補欠選挙を挟んでアフリカ4か国などを歴訪。そして帰国から中1日置いてソウルを訪れて日韓首脳会談を行い、韓国との関係改善を一歩前進させました。

kishidatoafrica.jpg
 この間の行動日程はハードなものでした。統一補欠選挙では自民党候補者の応援に駆け回り、和歌山市では爆発物を投げつけられる事件にも遭遇しましたが難を逃れました。補欠選は自民党が競り合いも制して4勝1敗。

 国会開会中で選挙もありましたが、やはり目立ったのは外交です。安倍内閣時代に5年近くにわたって外務大臣を務め、当時は首脳外交に力を注ぐ安倍総理の脇役に甘んじているようにも見えましたが、着実に勘所を身につけてきたようです。

 外務省幹部は「岸田さんは相手国首脳との想定問答をレクチャーすると、わずかな時間で中身の優先順位を的確に判断してくれる」と口をそろえます。外務省にとっては実にありがたい総理大臣だということでしょう。

 岸田総理が春先以降、特に外交日程に重きを置いてきたのは、5月19日から3日間のG7広島サミットを歴史に残るものにするための地ならしの意味もありました。広島は長崎と共に核兵器被爆地であり、議長を務める自分の選挙区でもあり、ぜひともここから力強い平和へのメッセージを世界に発したいという政治家としての思いが伝わってきます。

summitvenue_edited.jpg  G7サミット会場の宇品島(広島市)

 ロシアによるウクライナ侵攻によって、かつての東西冷戦の構図が改めて浮上し、第3次世界大戦の引き金になりかねないと危惧されているのが現在の国際情勢です。ロシアのプーチン大統領は、欧米がウクライナに武器供与などを続けるならば、核兵器の使用も辞さない構えをちらつかせてきました。

 そういう現実の下で行われるG7広島サミットを前に、5月のNHK月例電話世論調査は12日(金)から14日(日)にかけて行われました。

☆あなたは岸田内閣を支持しますか。それとも支持しませんか

 支持する  46%(対前月+4ポイント)
 支持しない  31%(対前月-4ポイント)

 「支持する」は今年1月に岸田内閣発足後最も低い33%まで落ちましたが、そこから4か月連続で上向いています。発足後最も高かった去年7月の59%には届いていないものの、一時期岸田離れを示していた自民党支持者が「支持する」に戻る傾向が支えになっています。

 春先以降の岸田総理の精力的な動きが支持率のアップにつながっている形ですが、とりわけ今回の調査では日韓関係の前進への期待感が目立ちました。

nikkan2shot.jpg

☆岸田総理と韓国のユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領は、3月に続いて今月も首脳会談を行い、関係改善を進めていく姿勢を示しました。あなたは、今後、日韓関係が改善に向かうと思いますか。それともそうは思いませんか

 改善に向かうと思う  53%
 改善に向かうとは思わない  32%

 5月7日にソウルで行われた日韓首脳会談で、ユン大統領が「過去の歴史問題が全て整理されない限り、未来の協力に一歩も踏み出せないという認識から脱却しなければならない」と発言。岸田総理は共同記者会見で「私自身、当時厳しい環境の下で多数の方々が大変苦しい、悲しい思いをされたことに心が痛む思いだ」と応じました。

 ユン大統領の未来志向の発言は、最近の歴代韓国大統領が語ったことのないもので、北東アジアの安定のためには韓国側が譲歩してでも日本との協力関係を再構築したいという強い意志の表れです。

 もちろん韓国国内には「屈辱外交だ」といった批判も渦巻いているので、この先、順調に両国の関係改善が進むかは不透明です。ただ、ある日本政府高官は「先行きを楽観してはいないけれども、ユン大統領の決断を受けてやれる時にやるしかない」と関係改善の加速に力を込めていました。

 そこで改めてG7広島サミットです。ウクライナ情勢と核兵器の問題が柱になると見られますが、今回の世論調査で悲観的な数字が出ているのが気になりました。

☆あなたはロシアの侵攻を止めさせるための実効性がある議論が期待できると思いますか。期待できないと思いますか

 期待できる  28%
 期待できない  65%

☆あなたはサミットでの議論を通じ、「核兵器のない世界」の実現に向けた国際的な機運が高まることを期待できると思いますか。期待できないと思いますか

 期待できる  28%
 期待できない  65%


summitlogo.jpg

 偶然ですが2つの質問に対する回答の数字が同じで、広島サミットにかける岸田総理の熱い思いとは裏腹に、国民は厳しい見方を示しています。それだけ世界が抱える現在進行形の課題が困難なものだとも言えます。

 一気に難問の解決が進展することはないでしょうが、問題は3日間のG7広島サミットの議論と成果が世界でどういう評価を得るかです。G7の結束を図ることにとどまり、ロシアや中国などとの緊張感が増すだけではマイナス評価でしょう。

 G7サミットの期間中、広島にはG20の議長国インドをはじめ、韓国、インドネシア、ブラジル、オーストラリアなどの首脳も集まります。こうした国々はグローバルサウスと呼ばれる南半球を中心とした多数の発展途上国に影響力を持っています。

 世界が混迷を深めている時期だけに、地球規模のメッセージ、普遍的な平和と繁栄のメッセージを発信できるかが評価を左右します。

 自民党の一部には「G7広島サミットで内閣支持率はさらに上向くだろうから、6月後半の通常国会最終盤には衆議院の解散・総選挙に打って出るべきだ」という声があります。ただ、先ほど見たように国民のサミットの成果に対する期待感は決して大きくありませんので楽観はできないでしょう。

 また、衆議院議員の4年間の任期の折り返しは今年10月なので、その前は早すぎるという見方もあります。

 いずれにしても内閣支持率が上向いてきたことで、岸田総理が衆議院の解散・総選挙の時期を判断しやすい状況、つまりフリーハンドを手にしつつあることは確かです。

 広島サミットの評価が岸田総理の「最新の民意を問う」ための決断に直結するのか、それとも一呼吸置く状況になるのか。当面の注目点です。

 w_simadasan.jpg

島田敏男
1981年NHKに入局。政治部記者として中曽根総理番を手始めに政治取材に入り、法務省、外務省、防衛省、与野党などを担当する。
小渕内閣当時に首相官邸キャップを務め、政治部デスクを経て解説委員。
2006年より12年間にわたって「日曜討論」キャスターを担当。
2020年7月から放送文化研究所・研究主幹に。長年の政治取材をベースにした記事を執筆。

調査あれこれ 2023年05月09日 (火)

新型コロナ「2類相当」から「5類」へ  賛否を分けたポイントの1つは「重症化率」の捉え方【研究員の視点】#477

世論調査部(社会調査)小林利行

政府は5月8日、新型コロナウイルスの感染法上の位置づけを、結核と同じように感染者への入院を勧告でき、外出自粛の要請などもできる「2類相当」から、季節性インフルエンザと同じ「5類」に引き下げました。

ワクチン接種の広がりや病原性の低い株の出現などによって重症度が下がる中で、「ウィズコロナ」の流れを進めるためにも扱いを変えるようです。

ただし、この決定には賛否両論あります。
文研が2022年11月に実施した世論調査によると、引き下げに『賛成(どちらかといえばを含む)』は59%、『反対(どちらかといえばを含む)』は40%でした(図①)。
『賛成』が『反対』を上回っているものの、『反対』も決して少ないわけではありませんでした。

図①  法的位置づけを下げることの賛否

sheet1.png

『賛成』『反対』を、男女年層別にみたのが図②です。
男女で多少の違いはありますが、全体的にみると、男女ともに『賛成』は18歳~30代の若年層で多く、『反対』は60代以上の高年層でほかの年代より多くなっています。

図②  法的位置づけを下げることの賛否(男女年層別)

sheett2.png

この調査では、『賛成』『反対』それぞれに、そう答えた理由も尋ねています。
図③は、『賛成』と答えた人の理由です。
「感染しても重症化しづらくなっているから」が30%、「医療機関の負担が軽くなって必要な時に治療が受けやすくなるから」が29%で同率1位となっています。

図③  法的位置づけを下げることに『賛成』の理由

sheet3.png

一方図④は、『反対』と答えた人の理由で、「規制が緩くなることで感染しやすくなるから」が34%、「重症化率や致死率が季節性インフルエンザより高いとみられるから」が32%で同率1位となりました。

図④  法的位置づけを下げることに『反対』の理由

sheet4.png

さて、『賛成』『反対』双方で多い理由をよくみると、共通している単語があります。

重症化」です。

『賛成』は「重症化しづらくなっている」、『反対』は「季節性インフルエンザよりは重症化率が高いとみられる」といった具合に、重症化率をどう捉えるかが、賛否を分けるポイントの1つになっていることが読み取れます。

これは、図②の男女年層別のグラフを見返してもうなずけます。
重症化率の低い若年層では『賛成』が多く、高い高年層では『反対』が多いという結果になっています。

もう少し細かいことを付け加えると、デルタ株流行時より今回の調査時期のオミクロン株流行時のほうが、全年層で重症化率が下がっていますが、その下がり方が若年層では大きかった一方、高年層ではそれほど大きくありませんでした。
つまり、全体的な重症化率は下がっていたものの、若年層と高年層の差は以前より開いていたのです。

図②・図③・図④を考え合わせると、その人の状況によって「重症化率も下がったのだからもういいだろう」と思うか、「まだまだ心配だ」と思うかが、賛否が分かれる一因になったと推察できます。

新型コロナは、性別や業種別など社会のさまざまな分野で分断を促したとも言われていますが、これもそのひとつなのかもしれません。
この調査は半年前の結果ではありますが、「5類」への引き下げに不安を抱く人が少なからず存在する事実は、心にとめておくべきでしょう。

このほか、「放送研究と調査 2023年5月号」では、過去の調査結果との比較も含めて、新型コロナに関する世論調査の結果をさまざまな角度から分析しています。
前年より人出が増えたことで、コロナ禍で影響を受けた自営業者などに回復傾向はみられたのでしょうか?
以前より外出しやすくなったことで、男性より強かった女性たちのストレスに変化はあったのでしょうか?

ぜひご覧ください。

おススメの1本 2023年05月01日 (月)

英ハリー王子VSメディア【研究員の視点】#476

メディア研究部(海外メディア研究)税所玲子

2022月9月に即位したイギリスのチャールズ国王の戴冠式が5月6日に行われます 。
イギリス王室の歴史と伝統を象徴する儀式のみどころなどについて、地元のメディアが連日、報じていますが、中でも注目を浴びたのは、王室を離脱しアメリカに渡った国王の次男、ハリー王子が出席するかどうかでした。

newspaper_1_W_edited.jpg ハリー王子の戴冠式出席を伝える新聞

結局、ハリー王子は夫人をアメリカに残し、戴冠式に1人で出席することになりましたが、黒人の母親を持つメーガン夫人が差別的な扱いを受けたなどと批判を繰り返してきた夫妻と、王室の冷え切った関係を象徴する一幕となりました。

spare_2_W_edited.jpg ハリー王子が出版した『スペア』

王子と家族の関係を決定的に壊したのは、2023年1月 にハリー王子が出した自伝『スペア(Spare)』1) です。発売されるやいなやミリオンセラーになったこの本で、ハリー王子は、メーガン妃をめぐって言い争いになった兄のウィリアム王子から暴力を振るわれたとか、父の再婚相手のカミラ王妃が自らのイメージアップをはかるためにハリー王子の情報をメディアに流したなど“王室の内幕”を赤裸々に語ります2) 。19世紀のイギリスのジャーナリスト、ウォルター・バジョットは「魔法に日の光をあててはいけない」と、王室は謎めいた部分を守ってこそ人々を魅了できると語りましたが、ハリー王子の“告白”は、その秘密のベールをはいでみせたかのような衝撃を与えました。

イギリスのメディアは、『スペア』の内容を“二人の王子の骨肉の争い”と描きますが、実はもう一つのテーマが貫かれています。それは、メディアに対するハリー王子の「戦い」です。

『スペア』の第1章の回想は、母親のダイアナ元皇太子妃をパリの交通事故で失った夏から始まります。当時、ハリー王子はまだ12歳。それでも王室の一員として感情を押し殺し、母の死に向きあわざるを得なかったことへの悲しみとともに、その様子を追いかけたメディアへの怒りが、本にはあふれでているのです。

例えば、避暑先のスコットランドで悲報に接したあと、初めての週末に教会に出かけた時のこと。城の門の前で、シャッターの音を絶え間なく浴び、思わず父の手を握った瞬間、カメラの音は 「爆発」。「感情、ドラマ、痛み」というメディアが望む格好の材料を与えてしまった幼い王子を、メディアはひたすら「撃って、撃って、撃ち続けた」と表現しています3)

ハリー王子は、母の交通事故死の主な原因は、運転手の飲酒だとした調査結果を受け入れず、彼女を追跡し続けたパパラッチにも責任の一端があると主張します。『スペア』には、母の死後も、言動を改めず、ハリー王子や交際相手の女性たちを追い続けたメディアへの批判があらゆる場面で展開されています。そして、ハリー王子は、王室からの離脱は、「母と同じ悲劇が妻の身に起きることを危惧した」ためだとし、本の刊行を前に英商業放送ITVのインタビューで、「自らのライフワークは、メディアのあり方を変革することだ」と宣言しました 4)

release_3_W_edited.jpg

harry_4_W_edited.jpgハリー王子の裁判所への出廷を伝えるニュース(BBCのホームページより)

そして、2022年の10月。
ハリー王子は、タブロイド紙を相手どって複数の訴訟を起こします。相手は、Daily Mail とMail on Sundayを発行するAssociated Newspaper(AN社)と”メディア王”と呼ばれるルパート・マードック氏が所有し、Sunを発行するNews Group Newspaper(NGN)です。3月に行われたAN社に対する審理について伝えた現地のメディアによると、弁護人は同社が、1993年から2011年にかけて、携帯電話の留守番メッセージにアクセスしたり、有線の電話を盗聴するなどして、王子をはじめ歌手などの有名人についての情報を得ていたと主張しています5)

イギリスでは、2011年、マードック氏が所有していたタブロイド紙News of  the World(NoW)6) が私立探偵を雇うなどして、政治家や俳優、王室ばかりか、犯罪被害者の携帯などを盗聴していた事件が発覚しました。これを受けて、元判事リバソン氏によるメディアの不正行為を調査する委員会が設けられましたが、当初は2回にわたってまとめられる予定だった調査は1回で終わり、メディア改革は道半ばと受け止められています。

now_5_W_edited.jpg

News of  the World紙の廃刊を伝える記事 (タイムズ紙のホームページより)

訴えについてAN社は、王子の主張は「ばかげた誹謗中傷だ」と否定し、NGNもSunの関わりはないとしています。また、両社とも訴えは法廷に持ち込むには古すぎるとしています。

 

charies_7_W_edited.jpg

チャールズ国王とハリー王子(BBCホームページより)

では、ハリー王子が目指すという「メディアの改革」のゆくえはどうなるのでしょうか。

メディアのあり方を大きく変えるには訴訟だけでなく、世論の後押しが必要です。
たしかにNoW社の盗聴事件が発覚した2011年に比べると、プライバシーの保護を求める声は高まっており、例えば、2023年1月、40代の女性が行方不明になり、6週間後に遺体が見つかった事件の際には、女性のメンタルヘルスの情報などを詳しく報道したメディアに、批判の声があがりました。メディアに向けられる市民の視線は厳しくなっています。

一方で、父であるチャールズ国王や妻のカミラ王妃、兄のウィリアム王子のプライバシーを、いわば売り物にしているハリー王子に、プライバシーを語る資格はないという冷ややかな声も少なからず聞かれます。結婚前には80%を超えていたハリー王子への支持も、『スペア』発売後 は24%に落ち込み、本の出版も「金目当てだ」と考える人が41%となっています7)

ハリー王子が、タブロイドの不正な情報の入手について訴えた裁判の審理は、夏にかけて続く見通しです。戴冠式を終えたチャールズ国王にとっては、家族の絆の修復とともに、頭の痛い問題となりそうです。


1)「スペアパーツ」などで使われる「予備」を意味し、ハリー王子は王室内で“Heir and Spare” (跡継ぎとその予備)という呼ばれ方をしたとしている。

2)『スペア』はNew York Times、Los Angeles Times などで記者経験がある作家のモーリンガー氏がゴーストライターを務めたと言われている。ビューリッツアー賞受賞した作家らしく、短く切れのある文章で王子の目から見た半生を綴っているが、王子の「主観」に偏り、その他の関係者への確認に欠け、事実関係の間違いがあるという指摘も出ている。

3)Prince Harry, “Spare”(2023) p20

4)ITV interview, 2023年1月8日
https://www.itv.com/news/2023-01-08/harrys-first-interview-about-controversial-memoir-airs-on-itv

5)“Prince Harry in court for privacy case against Associated Newspapers” Times of London, March 28 2023

6)News of the Worldは盗聴事件後、廃刊に追い込まれている。

7)2023年1月12日 YouGov調査
https://yougov.co.uk/topics/politics/articles-reports/2023/01/12/prince-harrys-popularity-falls-further-spare-hits-

saisho.jpg

【税所 玲子】
1994年入局、新潟局、国際部、ロンドン支局、国際放送局などを経て2020年7月から放送文化研究所。

ヨーロッパを中心にメディアやジャーナリズムの調査に従事。

おススメの1本 2023年04月28日 (金)

アナウンサーが探るジェンダーギャップ解消のヒント【研究員の視点】#475

メディア研究部 (メディア動向) 熊谷百合子

kousaten_W_edited.jpg

 新年度が始まり、街なかでは新しいリクルートスーツに身を包んだ新社会人の姿を見かける機会も増えました。NHKでは新人研修を受けてから地方局などへ赴任することになります。私が新人ディレクターとして初任地の福岡放送局に赴任したのは17年前の春ですが、新米の私をゼロから育ててくれた先輩たちには今も頭が上がりません。先輩たちがしてくれたことと同じように私自身は若い世代に貢献できているのか。そして先輩たちに恩返しできているのか。自問自答するとかなりあやしいのですが、研究員の立場から放送文化の向上に貢献していきたいという思いを強くし、新たな春を迎えています。
 今回のブログでは、放送現場の中から考えるジェンダーギャップについて取り上げます。ジェンダーギャップとは男女の違いで生じる、社会的・文化的な格差のことです。Z世代を中心に関心が高まっているものの、シニア世代にはまだ浸透していない“新しい社会問題”と捉えることもできるかもしれません。2006年入局の私自身も正直なところジェンダーへの問題意識が高い方ではありませんでした。しかし2020年に出産を経て仕事に戻ってからは職場や社会に根強く残るジェンダー規範に違和感を覚えることが多くなり、ジェンダーギャップについて自然と関心が向くようになりました。文研の研究員となり1年がたちましたが、現在はメディア内のジェンダー問題やダイバーシティをテーマに調査研究をしています。

online_1_W_edited.jpgオンライン勉強会のようす

 その中で関心をもったのが、2月27日、東京・渋谷のNHK放送センターでアナウンス室が開催した勉強会です。「コメント コンテンツ 職場が変わる!ジェンダーギャップ解消のヒント」と題して開かれたこの勉強会は、日常業務で感じた問題意識を共有してジェンダーについて考えようと、若手・中堅アナウンサーが主催しました。NHKの全国のアナウンサーが対象ですが、ディレクターや記者など、他の職種も含めて約40名が参加しました。なぜアナウンサーがこうした勉強会を開いたのでしょうか?

caster_W_edited.jpg

 「放送局の顔」としてのアナウンサーの仕事は一見華やかですが、画面に映らないところでは華やかさとはかけ離れた業務があふれています。たとえばニュース報道では、正確でわかりやすく伝えるために放送直前まで原稿の下読みが欠かせません。わかりづらい表現や時制の誤りがあれば直ちに制作者に確認し、正確な情報を求めます。また番組のキャスターや司会として、試写や打ち合わせで制作者と議論を重ねることも放送局では日常的な風景です。私はディレクターの立場で報道番組やニュースの制作に関わってきましたが、自分が担当したリポートやニュース原稿の事実関係や表現の誤りを、原稿を読むアナウンサーの指摘を受けて修正することが幾度もありました。試写では初見のキャスターに客観的な指摘をもらい軌道修正することなど日常茶飯事。振り返ってみるとアナウンサーの先輩がたに数えきれないほど支えてもらっていたことに気づかされます。
 ニュースやナレーションの読み手として、はたまたキャスターや司会として広く社会に発信する立場から放送コンテンツの“最終チェッカー”としての役割も求められるアナウンサー。価値観が多様化し、多様なニーズに応える番組が放送されるなか、最終表現者であるアナウンサーのジェンダー意識が放送での言動に出てしまうことで、視聴者を傷つけたり、無意識の偏見を社会に拡散してしまったりすることも懸念されます。アナウンサー自身が無自覚な偏見に気づき、放送でのふるまいを見直していくためには、日常のふるまいの延長線上に放送があると意識して、ふだんのコミュニケーションから見つめ直す必要があるのではないか。今回の勉強会ではこうした問題意識から、職場で実際に聞かれた気になる発言や、“らしさ”の押しつけ、思い込みについてスライドを用いながら意見が交わされました。
 たとえば“女性らしさ”を求められることについて、ジェンダーのイメージを押しつけるアドバイスに違和感を覚えるという声や、スタジオ番組の演出に対して「画面上、男性だけだと華がないから女性も・・・」といった発言もみられ、男女どちらにも失礼だという意見が紹介されました。また見た目や容姿で判断する「ルッキズム」についても、見た目について“助言”を受けることや、容姿の変化についての職場内でのネガティブなつぶやきにモヤモヤするという具体例が共有されました。こうしたルッキズムに基づく発言をする人に対しては「ふだんの相談もしづらくなる」、「結果的に業務にも悪影響になるし、そもそも容姿について言うのがよろしくない」といった意見が交わされました。

kawasaki_2_W_edited.jpg

 この勉強会はNHKの局内向けに開かれたものですが、ゲストにはこの春まで毎日新聞の労働組合の委員長を務めた川崎桂吾記者が招かれていました。川崎記者は東京オリンピック・パラリンピックの取材班キャップとして、当時の組織委員会の会長だった森喜朗氏の女性蔑視ととれるいわゆる“森発言”の取材をきっかけにジェンダーに関心をもつようになりました。森氏と同じ石川県出身、母校も同じだという川崎記者は入社以来、社会部の第一線で取材にあたってきました。“森発言”の取材に関わるまではジェンダーはさほど関心のあるテーマではなかったと言います。

(川崎記者)
「ジェンダーに背を向けていた方の人間、もしかしたら(ジェンダーをテーマにした取材の提案を女性記者から受けるときに)過剰な説明を求める側の人間だったかもしれないと正直思います。社会部の警視庁クラブというところに長くいて、男社会でずっと生きてきたものだから、全く興味がなかったというのが正直なところです。森発言をきっかけに(森発言の反対デモに参加する女性たちに)取材をして、そこでちょっと顧みたことがありました。話を聞いているうちに、僕はわきまえることを求めていた側の人間だったのかなぁとその取材を通じて思いまして、日々、マイクロアグレッション(先入観や無意識の偏見から相手を傷つけること)というか、“らしさ”を押しつけることや、もしかするとルッキズムみたいなことも言っていたし、日々、いろんなことを言ってきた側の人間が自分だったのだと気づいたんです」

 その後、組合の委員長として出向することになった川崎記者は、身近なところから見直そうと社内のジェンダーギャップに目を向けるようになりました。男性記者に対しては“男らしさ”の押しつけで長時間労働を強いられる一方で、子育て中の女性記者が現場を外されてマミートラックと呼ばれる閉ざされたキャリアコースに本人が移行させられるケースがあり、“らしさ”の押しつけによるマイナス面が目立ってきていると感じた川崎記者。まず行ったのが2022年2月に実施したジェンダーギャップに関する社内の意識調査でした。このアンケートの結果は翌月、3月8日の国際女性デーに合わせて開催したオンラインの公開シンポジウム(毎日新聞労働組合主催)でも紹介され、ジェンダー問題に詳しいジャーナリストの治部れんげさんやコラムニストの武田砂鉄さんをパネリストに招き、社員の意見を交えながら多角的な議論が繰り広げられました。私はこの公開シンポジウムをオンラインで視聴していましたが、ジェンダーギャップについてオープンな場で議論ができる毎日新聞の取り組みに大きな刺激を受けるとともに、社内の意識を、データをもとに可視化することの意味について考えさせられました。
 勉強会ではこの労組によるアンケートの一部も紹介されました。アンケートは組合員約1400人を対象とし、男性299人、女性181人、性別について無回答とした18人の合計498人から回答を得たものです。

annke-to_3.jpg毎日新聞労働組合によるアンケート①

 「あなたは毎日新聞で働いていてジェンダー間の公平性が保たれていると思いますか?」という問いに対し、「それほど思わない」+「全く思わない」と回答した人は、男性は46.2%に対し、女性は63%という回答結果でした。

(川崎記者)
「実際に社内にジェンダーギャップが存在していて、それを可視化したいと思ってこのアンケートをやりました。やっぱり男性のほうが、うちの会社は平等だと思う声があって、でも女性には全然違う風景が広がっているということが可視化されたのかなと思います。男性からは見えていないいろんな問題だとか、日々の小さな違和感やモヤモヤが女性には積み重なっているというのが言えるのかなと、この数字から思いました」

annke-to_4.jpg毎日新聞労働組合によるアンケート②

 また、「社内のジェンダーギャップは人生にどう影響?」という問いに対しては、男性は「影響はない」と回答した人が60.5%と最も多くなった一方で、女性は「将来を見通せず不安感や焦燥感がある」の回答者が53.6%となり対照的な結果となっています。また「会社を辞めたいと感じる」と回答したのは男性で10%、女性は28・7%にのぼりました。

(川崎記者)
「ジェンダーギャップは人生に影響があるかどうかというところで顕著な差が出ました。ひと言で言えば、毎日新聞社という会社が、男性でしかも専業主婦がいる家庭というものを前提にしたかたちでいろんな仕組みが設計されている結果なのかなと思います。男性は何もしなくても生きやすいということ。逆に女性は非常に生きづらさを抱えているというのがこのアンケートから読み取れます。会社を辞めたいと感じる項目で、約3割の女性がそう感じているというのはすごくショックでした。30代に限って数字をとると、これが4割に跳ね上がります。結婚して、子どもが生まれてという年代が多い30代は会社で生きづらさを感じているということがわかったと思います」

 これらのアンケート結果をもとに、毎日新聞の労働組合は経営層に女性が働きやすくするためのロードマップの策定などを働きかけてきました。ジェンダーに関する問題を社内の優先課題として浮かび上がらせることができたと、川崎記者は手応えを感じています。こうしたデータをとることが職場の意識変化につながる可能性があることに、勉強会に参加したNHKの職員も高い関心を示していました。

taiwa_5_W_edited.jpg

 今回の勉強会では興味深い場面がありました。それは男性としてジェンダーについて語ることに、大きな葛藤があるという胸の内が垣間見えた対話です。Eテレの福祉番組「ハートネットTV」のキャスターをこの春まで務めてきた中野淳アナウンサーと川崎記者のやりとりを一部ご紹介します。

(川崎記者)
「(ジェンダーをテーマに社内でアクションを起こすことに)葛藤みたいなものはありました。ひと言で言うと恥ずかしかったですね。ジェンダーということを言葉にしたり、問題視したり、それをアクションに起こすというのは恥ずかしかったです。」

(中野アナウンサー)
「僕もです。男子高出身だし体育会にいましたし、ホモソーシャルなところにいて、会社に入っても競争意識を刷り込まれていて。家事分担で僕がやらないことにパートナーがショックを受けて口論を繰り返してきて、あとは取材先に、『こういうときに男性が声をあげてくれないと困るんです、女性が言っても聞き入れてもらえないんです』と直接言われて。言われたときはつらかったですが、そういう経験を経て今に至ります。でも優等生ぶっている自分がいるのかな、みたいな居心地の悪さもあって」

(川崎記者)
「わかります!なんか人気とりたいだけだろうとか、やっかみが聞こえてくるんですよね。あとは、それを言ってくるのはおじさん世代なんですけど、おじさんたちは多分、僕のやっていることが、自分たちが履いているガラスの下駄みたいなものを脱がすことだという危機感があるから、それもあってやゆしたり攻撃したりしてくるんですけど、そういうのはちょっと葛藤としてありましたね」

 男性としてジェンダーを語ることにはためらいがあることに互いに共感しながら語り合っていたこの対話は、私がこの勉強会で最も印象に残る場面となりました。私自身もジェンダーに関心を寄せる1人として、職場の中ではジェンダーについて語る男性が圧倒的に少数派であることがずっと引っかかっていました。たとえば育児と仕事の両立ひとつをとっても、翻弄されるのは女性だけではないはずです。しかし共働きで育児中の男性がその大変さを表立って話すことは日常の光景とはなっていません。それは毎日新聞のアンケートの結果が示すように、単に男性がジェンダーギャップの影響を受けていないと感じるケースが多いからなのかもしれません。しかし両立の悩みや長時間労働を強いられることへの違和感をもつ男性が、職場のジェンダー規範やアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)にさらされて声を出せずにいるのだとしたら、本人たちにとっても苦しいことではないでしょうか。川崎記者と中野アナウンサーの対話からは、男性としてジェンダーを語ることが、同じ男性、特に年配の男性から後ろ指を指されることにつながりかねないという残念な現実を突きつけられた気がしました。
 危惧するのは、ジェンダーを語ることが男女間や世代間の対立に陥ってしまうことの危うさです。ジェンダーギャップを解消することが女性だけでなく男性にとっても生きやすい社会につながることに、若い世代の男性たちは気づき始めています。一方で、長時間労働で社会を支えてきた男性たちはそれまでの働き方や価値観をも否定しかねないパラダイムシフトともとれる議論におよび腰であったり、疎外感を抱いたりしているようにも思います。今回の勉強会の案内は管理職にも広く周知されましたが、参加者はごく少数に限られました。
 管理職として参加した男性のベテランアナウンサーに感想を求めると、「自分のいたらなさを感じたのと同時に、生まれ変わらなければならないと感じました。ただ、具体的にどうすればいいのかわからないというのが本音です。個別の現場や日常、そして個人の感じ方は違うので…」と率直な意見を寄せてくれました。

 勉強会の2人の対話をもう少しだけ紹介しましょう。

(川崎記者)
「シンポジウムのアンケートに先立って、ジェンダーギャップについて考える社員の集まりがあって、そこに参加させてもらったら、女性が中心なんですけど、男性の社員も何人かいたときにそれで楽になったところがあるかもしれないです。自分1人じゃないんだと。恥ずかしさなりなんなりというのはそこでひとつ乗り越えられたかなと思いますね」

(中野アナウンサー)
「こういう話をすると特に男性側が責められている気持ちというか、つらい気持ちになるんだけど、それを抱え込んじゃうとけっこうしんどくて、そこも勇気がいるんだけど、葛藤しているんだよねと言うこと自体を言葉にしたりシェアしたりするといいのかもしれないです。だから僕は川崎さんに出会って、仲間が増えたと思ったし、そういうモヤモヤも言語化して、どう向き合えばいいんだろうという感じにもっていけるといいですよね」

(川崎記者)
「こういう場でモヤモヤをはきだし合うことがもしかしたら重要なのかもしれないですね」

 今回の勉強会を主催した中野淳アナウンサーは「問題に気づいた側の“モヤモヤ”も共有して対話につなげていくことが“変わる”ためには必要だと感じます。そのためにもこのテーマに不安や葛藤を抱える人たちの心理的なハードルも下げる工夫をしながら、オープンに学び合っていく場を作っていきたいです」と語っていました。

 勉強会が始まる直前、私はゲストとして招かれた川崎記者とアナウンス室の会場に向かっていました。しかしアナウンス室のフロアにはめったに行く機会がないために、勉強会の会場がどこなのか見当がつきませんでした。どうしたものかと困っているところにばったり遭遇したのが新人時代にお世話になったベテランアナウンサーでした。(先ほどの率直な感想を寄せてくれた人物です。)「どうしたの?」と声をかけてもらえたおかげで、「それが実は…」と説明すると、すぐに機転を利かせて案内してくれた先輩アナ。おかげで迷うことなく勉強会の会場にたどり着くことができました。新人のころから迷惑ばかりをかけていましたが、初任地を離れて15年近くたった今でもこの先輩には頭が上がりません。(先輩、ありがとうございました。)私は、まずはこの先輩と、ジェンダーについて語り合うところから始めてみたいと思います。

kumagai.jpg

【熊谷 百合子】
2006年NHKに入局。福岡局、報道局、札幌局、首都圏局を経て2021年11月から放送文化研究所。
メディア内部のダイバーシティやジェンダーをテーマに調査研究中。

★こちらの記事もあわせてお読みください
#457北欧メディアに学ぶジェンダー格差解消のヒント
#466テレビのジェンダーバランス~国際女性デーのメディア発信から日常の放送・報道を見直すことを考える~ 

調査あれこれ 2023年04月26日 (水)

世論調査のデータをもっと身近に!研究員が解説する「メディア利用の生活時間調査」#474

世論調査部 (視聴者調査) 築比地真理

文研では、さまざまな世論調査を行っています。
世論調査の結果は、文研が発刊している月刊誌「放送研究と調査」でも公表しているのですが、「メディア利用の生活時間調査」では、世論調査をもっと身近に感じてもらえるように、調査の特設サイトを作っています。

サイトでは、調査結果をオープンデータとして公表しており、誰でもデータを使えるようになっています。しかし、そのデータの量は膨大。データを公表するだけでは、世論調査を身近に感じてもらうには難しい・・・そこで、データを読み解くためのヒントや注目ポイントを、調査に携わる研究員が「データにまつわる話」としてわかりやすくお伝えしています。

この調査は、【テレビ画面】【スマホ・携帯】【PC・タブレット】の3つの機器(デバイス)が、生活の中でどのように使われているかを「時刻別」に捉えるという調査で、「どのような人が」「いつ」「どのデバイスを」「どのように」使っているかなど、バラエティーに富んだ分析ができるのが最大の特徴です。

site1.png

【「メディア利用の生活時間調査」特設サイト データにまつわる話】


どのデータに着目して分析していくかは、研究員によって実にさまざま。
今回は、ことし4月に公開された3本のコラムを紹介します。

まずは、20代の「朝の時間」に着目したコラムです。
朝の時間というと、ニュースや朝ドラなど、テレビを見ながら過ごす人もいるかと思いますが、テレビをあまり見ない20代にとっては、どうやら朝の「定番」はテレビではないようです。彼らは、どんなことをして朝の時間を過ごしているのか、もはや若者の生活とは切り離すことのできない「スマホ」との関係に迫りました。
【コラム】20代 朝は何をして過ごしている?(築比地研究員)

2つ目のコラムでは、「夜の時間」のテレビ視聴やスマホ利用に注目し、20代を中心に分析しています。
20代は、夜の時間でもスマホ利用がテレビ視聴を上回り、就寝直前までスマホを見ている人も多いようです。就寝前の時間にスマホでどのようなものを見ているのかが分かります。
【コラム】あなたは寝る前に、テレビを見る?スマホを使う? (舟越研究員)

最後は、1日5時間以上スマホを使う「ヘビーユーザー」の実態に注目したコラムです。
スマホのヘビーユーザーというと、どのような人物像を思い描きますか?私は、若年層に違いないと思っていましたが、決してそうではないことが分かりました。
ヘビーユーザーは、スマホでどのようなことをしているのかにも注目です。
【コラム】スマホのヘビーユーザーは何をしている?(伊藤研究員)

今回は3人の研究員のコラムを紹介しましたが、コラムは今後も順次更新していく予定です。
はじめは膨大なデータの集まりのように感じたものも、コラムを通じてひとつひとつ読み解いていくと、自分の身近なことだと感じていただけるかもしれません。

また、特設サイトでは、データ可視化にも力を入れています。

site2.png

【「メディア利用の生活時間調査」特設サイト グラフページ】

サイトにはこのような棒グラフがあり、上部の「年層」「性別」「曜日」のタブや、下部の「時刻」のスライダーで条件を設定すると、3つのデバイスを使っている人の割合や、行動の内訳を色分けして示した棒グラフが瞬時に形成されます。2つの棒グラフ同士を見比べることもできるので、自分のメディア利用行動と比較してみるのも楽しいですね。ぜひ、サイトを訪ねて世論調査のデータに触れてみてくださいね。
メディア利用の生活時間調査|NHK放送文化研究所

tsuihiji.jpg

【築比地 真理】
2014年NHK入局。高知放送局・札幌放送局で番組編成などを担当し、2020年より放送文化研究所にて幼児視聴率調査や国民生活時間調査・メディア利用の生活時間調査などに関わる。名前の読み方は「ついひじ」