文研ブログ

メディアの動き 2024年04月15日 (月)

【メディアの動き】公正取引委員会,AmazonやGoogleが動画配信業者に対して 優越的地位にある可能性を指摘

 インターネットに接続されたテレビ,「コネクテッドテレビ」(以下,CTV)の普及で動画配信サービスの利用が広がる中,公正取引委員会は,CTV向けに基本ソフト(OS)を提供するIT企業や動画配信事業者,それに消費者を対象に,取り引き実態をまとめた初の報告書を,3月6日に公表した。

 報告書によると,CTVで動画配信を利用する際に基盤となるOSの分野で,AmazonとGoogleがあわせて60〜80%のシェアを占めており,アプリストアへの掲載など動画配信事業者との取り引きでは「優越的地位」にある可能性が高いと指摘。さらに,自社のコンテンツを優先的に掲載することで,他社のサービスの取り引き機会を減らし,排除した場合は独占禁止法上問題にあたるとの見解を示し,ランキングやおすすめ表示などの基準を可能なかぎり開示することが望ましいとした。また,手数料などの規約の変更に関しては,事業者間で十分な協議をするよう求めている。

 公正取引委員会は,今後,具体的な違反があった場合には,厳正に対処するとしたうえで,今回の調査結果を各国の関係機関とも共有し,競争環境の整備に向けて,国際的に連携を図っていく考えを示した。

 今回の調査で,国内市場における巨大IT企業2社の寡占的な実態が明らかになった。2社の市場影響力が強まる中,事業者間の公正な競争と,利用者が多様なコンテンツを得られる環境の確保をどう両立させていくのか,今後の動きを注視したい。

メディアの動き 2024年04月15日 (月)

【メディアの動き】NHKのネット活用業務の必須業務化を盛り込んだ放送法改正案,国会へ提出

 2014年以降,任意業務として実施してきたNHKのネット活用業務を必須業務化することを盛り込んだ放送法改正案が,3月1日に国会に提出された。

 必須業務の対象は,同時・見逃し・番組関連情報の配信である。番組関連情報は「NHKの放送番組の内容がその視聴の環境に適した形態で提供されることに対する公衆の要望等を満たすため」とし,番組と密接に関連があり番組の編集上,必要な資料に限定するとした。

 なお,番組関連情報については,NHKに対して,基本方針や内容などを定めた業務規程を策定・公表して総務大臣に届け出ることを義務づけている。業務規程は,①公衆の要望を満たす,②公衆の生命や身体の安全を確保する,③民放や新聞社などが行うネット配信との公正な競争の確保に支障が生じない,の3点に適合するものとし,基準に適合しない場合には,NHKに対し,変更の勧告を行えるとした。

 必須業務化のねらいは「NHKの放送番組をテレビ等の放送の受信設備を設置しない者に対しても継続的かつ安定的に提供するため」である。改正案ではスマホなどを所持するだけでは費用負担の対象とはせず,視聴希望の意思を示した人を「放送の受信設備を設置した者と同等の受信環境にある者」とし,NHKとの受信契約の締結義務の対象とするとした。

 番組関連情報の具体的内容や競争評価については,新聞や民放が参加する総務省の会議で議論が継続中だ。政府は改正案について今国会での成立を目指すとしている。国会では視聴者目線の議論を期待したい。

メディアの動き 2024年04月11日 (木)

能登半島地震 災害情報伝達を巡る課題と今後 (1)被災地の教訓をどう生かすか?【研究員の視点】#532

メディア研究部(メディア情勢)村上圭子

 はじめに

 2024年元日に発生した地震で、石川県の能登半島は大きな被害を受けました。4月9日現在、245人の方が亡くなり、1人が安否不明となっています。そして、発災から3か月がたった今も、6,300人あまりの人たちが避難所生活を送っています。
 私はこれまで、「災害情報と地域メディア」という観点から被災地の調査・研究を行ってきました。今回の能登半島地震についても、地域メディアへのヒアリングや現地での調査を続けています。まだ体系的にまとめて発表できる段階にはありませんが、災害はいつ起こるかわかりません。得られた問題意識とそれを踏まえた問題提起を随時行い、次の災害対応へとつなげていくことが、被災地を取材する自分の役割だと思っています。
 本ブログでは、災害情報と地域メディアについてこれまで考えてきた私自身の認識と立ち位置を示した上で、2回にわたって能登半島地震における災害情報伝達を巡る課題を整理し、今後考えるべき点について提言をしたいと思います。

1)災害時における地域メディアの役割

 まず、災害時における地域メディアの役割について、これまでの取材・調査を踏まえて私なりに整理しておきます。メディアの特性によって取り組む力点や得意分野は異なりますが、おおむね以下の5点に分類できるのではないかと思います。

① 被災するおそれがある人たちに対して警戒や避難を呼びかけ、人々の「命を守る」
(防災・避難情報の伝達)
② 被災した人たちに対して必要な情報を届け、人々の「命を支える」
(安否・救援支援・生活情報<=災害関連情報>の伝達)
③ 被災した人たちの痛みや苦しみに共に向き合い、人々の「心に寄り添う」
(心身のケア・癒やしの提供)
④ 刻一刻と変化する被災地の様子を取材し、被災地の外にも広く「状況を伝える」
(被害報道)
⑤ 被災地が抱える課題や被災した人たちの生活再建を継続取材して、「問題を提起する」
(検証報道)

 このうち、①~③は被災した当事者(被災のおそれのある当事者)に向けたものですが、①の防災・避難情報の伝達と②の災害関連情報の伝達は、被災した自治体が住民に対して負う責務でもあります。東日本大震災以降、自治体による災害情報伝達の多様化が国の施策として進められており、自治体は現在、防災行政無線(同報系)をはじめ、緊急速報メール、ウェブサイト、アプリ、SNSの活用などを通じて取り組んでいます。
 地域メディアは、自治体から発信されるこれらの情報を共有し1、特に②については、放送であれば「ライフライン情報」、新聞であれば「生活支援情報」という枠組みを設けて発信しています2
 ③の心身のケアや癒やしの提供で、大きな役割を担っているメディアがラジオです。ラジオの世帯普及率は4割を切っており、20代世帯ではわずかに6.5%です3。しかし、高齢者や視聴覚障がい者にとっては今も重要な情報入手手段です。県域ラジオ局やコミュニティ放送の慣れ親しんだパーソナリティーの語りやリスナー同士の支え合い、音楽の提供などが、災害時に大きな役割を果たしているという報告もなされています4
 ④の被害報道と⑤の検証報道については、被災地外への発信を意識した報道であり、全国メディアとの連携で行っている役割でもあります。

2)被害が大きな被災地ではメディアの役割に限界も

 私は、特に②の災害情報伝達に関心を持って研究を進めてきました。きっかけは、1995年の阪神・淡路大震災(以下、阪神大震災)での取材体験でした。
 当時、私は東京で報道番組のディレクターとして勤務していましたが、発災の翌日、西宮市から徒歩で神戸市へと取材に向かいました。約10時間の道すがら、そして取材中も、NHKの腕章をつけていたため、家族の安否はどこに行けばわかるのか?救援の要請はどうしたらいいのか?炊き出しや給水、風呂やトイレは?電気・ガス・水道はいつ復旧するのか?などと何度も声をかけられました。神戸では長期間の停電や通信障害が起きており、自治体の防災行政無線や、地上放送の中継局やケーブルテレビ網は大きな被害を受け、まさに“情報空白地帯”となっていました。
 神戸には10日ほど滞在し、指定避難所に入りきれずに被害を受けた自宅の近くの公園で自主避難している人たちを取材しました。そこで目の当たりにしたのは、指定避難所との圧倒的な情報格差と、不確かな情報の流通とそれに伴う混乱でした。そして情報の欠如は、救援の遅れや災害関連死につながりかねないこと、先の見えない不安を増幅させ被災者に大きなストレスとなってしまうことを体感しました。私は、取材で訪ねた役所や指定避難所で得た被災者向けの情報を、可能な限り取材に応じてくれた人たちに共有するよう心がけましたが、現場でできることには限界がありました。入社3年目だった私は、被害が大きな地域におけるメディアの限界を痛感せざるをえませんでした。
 その後、私は大阪放送局に異動して被災地の復旧・復興を取材しながら、被害が大きくメディアの情報が届かない状況に陥ってしまう被災地の対策について考え続けていました。そんな中で出会ったのが、私がいまライフワークとして取り組んでいる「臨時災害放送局」という制度でした。

3)自治体自身が“地域メディア”になる「臨時災害放送局」制度

 総務省の資料では、臨時災害放送局とは、「災害が発生した場合に、その被害の軽減に役立つよう、被災地の地方公共団体等が開設する臨時かつ一時の目的のためのFM放送局5」と説明されています。被災した自治体自らが、住民に必要な情報を伝達するためにラジオ局を運営する、いうなれば一時的に“地域メディア”のような役割を担うことを可能にする制度です。本来、ラジオ局を開局するには、公共の電波を使うためのさまざまな手続きを経て免許を得なくてはならないのですが、この制度の場合には、自治体が総務省に電話1本するだけで免許が付与されて放送が開始できるなど、簡便かつ柔軟な制度になっています6(図1)。

<図1>muraakamisan_image.png出典:総務省近畿総合通信局「近畿管内における臨時災害放送局開設の手引き7」より

 制度は阪神大震災の時に誕生しました。被災した自治体や地域では、自力で情報伝達手段を確保しなければならないという問題意識から、停電に強く、多くの人に伝達でき、簡易な設備で開局でき、音声だけなので比較的簡単に運用できるラジオの活用が考えられたのです8。折しも、この3年前の1992年には、市町村を基本単位とするコミュニティ放送という制度が誕生したばかりでした。その後、地域における災害対応として、コミュニティ放送と臨時災害放送局という2つの地域ラジオメディアが注目されていくことになります9
 臨時災害放送局が注目を集めたのは、2011年におきた東日本大震災でした。東北の沿岸部を中心に、30の自治体で開局しました10 。私は全ての局を訪問調査11しましたが、阪神大震災から16年がたち、携帯電話の普及やブロードバンドの整備など情報通信環境が大きく進化してもなお、被災地は一瞬にして情報空白地帯となってしまうという現実に大きな衝撃を受けました。津波被害が大きかった分、阪神大震災の時以上に課題は長期化していました。そこで改めて、臨時災害放送局の有用性を再認識したのです。
 その後、臨時災害放送局は熊本地震や西日本豪雨、関東・東北豪雨、北海道胆振東部地震でも開局しました。私はその都度、調査に出向いたり、開局の準備段階から関わって、これまでの調査で得たノウハウを自治体や住民に提供したりする活動を行ってきました12

4)能登半島地震では開局しなかった臨時災害放送局

 今回の能登半島地震でも、過去の大災害と同様に、被災地は大規模な停電や通信障害に陥り、自治体の防災行政無線も大きな被害を受けました。長引く停電で地上放送の中継局の一部も機能停止に陥りました。また、能登半島では5割以上の世帯がケーブルテレビ経由で放送を視聴していましたが、その施設や伝送路も大きな被害を受けました13。そして、半島に向かう道路があちこちで寸断されていたため、金沢市に拠点を置く新聞社や放送局は、当初は被災地に入ることも難しく、また現地に拠点を作ることもできず、取材活動も困難を極めました。
 東京からニュースを見ていても、能登半島が情報空白地帯となっていることは明白でした。私は、今回もできるだけ早く臨時災害放送局を開局すべきではないかと考え、1月4日から総務省北陸総合通信局(以下、北陸総通)と連絡をとりあっていました。当初、北陸総通からは、臨時災害放送局を開局するために自治体に貸し出すことのできる機材を2セット常備している14が、まだ被災自治体とは連絡がとれていないという話を伺いました。
 発災から1週間がたった頃から、北陸総通は被災自治体と連絡がとれるようになり、応援職員も被災地に入るようになっていました。各自治体は臨時災害放送局の制度を知らなかったため、総務省職員が説明を行ったそうです。自治体の中には、混乱が続く被災地での情報伝達手段として有用性を感じたところもあったといいますが、総じて示した反応は、職員自身も被災して対応できる職員数が不足しており、とても定期的な放送を行うために回せる人員を割ける状況にない、というものだったそうです。それを聞いて、私からは、仮に開局したとしても自治体がずっと放送を続ける必要はなく、自治体が情報を発信する時間以外は、NHKラジオ第1放送をそのまま放送(同時再放送)することができる仕組み15があるということを、北陸総通経由で自治体に伝えてもらいました。自治体からは、開局の意向がある場合には北陸総通に連絡をする、ということになりました。
 しかしその後、いずれの自治体からも連絡はありませんでした。発災から1か月が過ぎたタイミングで再び北陸総通が個別に連絡をとったところ、自治体からは、炊き出しや給水などの生活情報は各避難所で伝達ができるようになっていること、それ以外のライフライン情報や役所からの公的な情報については市のウェブサイトや公式アプリで提供できていること、そして、避難所にテレビが設置されてNHK金沢放送局のライフライン放送がBSの103チャンネルで視聴できるようになっていること16(図2)などから、臨時災害放送局を開局する必要はない、という回答が返ってきたそうです。

<図2>muraakamisan_news.png出典:NHK金沢放送局ウェブサイト17より

5)衛星ブロードバンドインターネットサービス「スターリンク」の存在感

 私は、東京でやきもきしながら能登半島の災害情報伝達に思いを巡らしていました。しかし被災地では、私のこれまでの経験に基づく想像を大きく超えるような状況が起きていました。それは、SpaceX社が開発した衛星ブロードバンドインターネットサービス(以下、衛星通信サービス)、「スターリンク18」の大量導入によるネット環境の早期回復でした。前項で、「ライフライン情報や役所からの公的な情報については市のウェブサイトや公式アプリで提供できている」という自治体の声を紹介しましたが、発言の背景にはこのような状況があったと思われます。
スターリンクとは人工衛星を使った通信サービスで、空に向けてアンテナを設置するだけで、専用ルーターを経由して簡単にWi-Fi環境や有線LANの環境を整備することができます。低軌道で回る5000基近くの衛星を活用するため、通信スピードが速くて低遅延であるのが特徴です。2020年に試験運用が始まり、ウクライナ戦争で利用されて注目を集めていました。日本では2022年10月に提供が開始されており、能登半島地震では、SpaceX社と提携しているKDDIとソフトバンク経由で、計450台が被災地の行政機関や避難所などの公共施設に無償提供されました19(図3)。
 アンテナが設置された被災地の役所や避難所の周辺では、早いところでは発災から1週間後くらいからWi-Fiが利用できる環境が整備されていたようです。そして被災者はこのWi-Fiを利用して、自治体が発信する情報や、SNS、メディアからの情報にアクセスできるようになっていたのです。

<図3>muraakamisan_kddi.png 出典:KDDI「衛星ブロードバンド「Starlink」による地域・産業・防災への活用事例 」20

6)被災した人たちに情報は十分に届いていたのか?

 今回の能登半島地震における災害情報伝達の特徴は、NHKのBS放送や、スターリンクによるWi-Fi整備など、「衛星活用」がポイントだと言えるでしょう。これまでは自治体職員の非常用の連絡手段として衛星電話が使われていたくらいでしたが、今回、広く被災者に活用された実績から、衛星活用による災害対応にはさまざまな可能性が見えてきました。
 一方で、実際に被災した人たちに対して、どこまで情報が十分に届いていたのかについては検証も必要だと思います。発災から約1か月がたった2月2日、地元紙・北國新聞は一面トップで、「〈1.1大震災〉被災者「情報不足」鮮明」と報じました21。北國新聞が1月25日から30日に石川県と富山県に設けられた、1次避難所と2次避難所で255人を対象に行ったアンケートによると、「避難生活で一番困っていることは何か」という問いに対し、風呂、トイレ、眠る環境、プライバシーといった回答をおさえ、「情報」をあげた人が22.6%と1位だったそうです。
 また、今回の能登半島地震では、輪島・珠洲・穴水・能登の4市町で、最大時には24の集落で3345人が孤立していました。実質的に解消したと県が発表したのは1月21日です。長いところで孤立は3週間続いていたことになります。孤立した集落に対しては、自衛隊が人力やドローンを活用して救援物資を供給していましたが、情報についてはどうだったのでしょうか。避難所から毎日、数時間かけて生活関連情報を孤立地区に届けているボランティアがいるという短いリポートをテレビで見かけましたが、全容はわかっていません。
 まだ仮説にすぎませんが、孤立状況に置かれていた人たちや、Wi-Fiが使える避難所や役所周辺で過ごしていなかった人たち、また、避難所にいたとしてもスマートフォンを使いこなすことが難しい高齢者に対しては、必要な情報が十分にいき届いていなかったのではないでしょうか。つまり、今回の能登半島地震では、避難所などでスマートフォンを活用して情報を入手していた人たちと、そうでない人たちの間で著しい「情報格差」が生じていたのではないでしょうか。今後、調査・取材などを通じて検証していきたいと思っています。

7)災害情報伝達の今後に向けて

 ここからは、あくまで現時点における私の認識ではありますが、災害情報伝達の観点から、次の災害に向けて考えるべきことをまとめておきたいと思います。

*衛星放送の計画的活用を「国の防災対策の一環」として議論する

 今回のNHKにおけるBSの活用は、BS波の再編について周知するチャンネルを活用するという“偶然の産物”でした。総務省の「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」の「衛星放送ワーキンググループ」では、今後は計画的に災害対応として衛星放送を活用していくべきではないか、という問題提起がなされ、検討が開始されます22。偶然の産物を“必然の備え”にしていくにはどのような枠組みが望ましいのでしょうか。今回の放送はNHKだけでしたが、今後は民放も含めた体制にしていくのか、その際の負担のあり方はどうしていくのか、平時のチャンネル利用はどうするのか、など論点は多岐にわたります。災害時においても放送を届け、災害情報を伝達するために放送事業者が努力をするのは当然ですが、このテーマは放送政策という枠組みを超えて、“国の防災対策の一環”として、衛星放送の計画的活用をどう位置づけていくか、という大きな議論こそが必要なのではないでしょうか。

*被災地でも「“スマートフォンでインターネット”」の時代を想定する

5)で述べたスターリンクという衛星通信サービスの存在は、今後の災害対応、特に情報伝達のあり方を大きく変えることになると私は受け止めています。自治体施設や避難所だけでなく、放送や新聞などのメディアでも、被災地における情報連絡手段確保のために、新規に契約する社が相次ぎました。SpaceX社では、今年、スマートフォンと直接通信するサービスの開始も予定されています。
 最大の課題は、災害という国内における最大の危機への対応を、イーロン・マスク氏が経営する海外企業の製品に依存するということです。これについては国家レベルで十分な検証や議論が必要だと思いますし、代替する製品の開発や研究も求められるでしょう。
 ただ、南海トラフ地震や首都直下地震など“いまそこにある危機”への対応ということを考えると、当面は、地上の基地局に依存しない衛星通信サービスとして、このスターリンクが自治体における災害情報伝達分野の対策の要となることは間違いなさそうです。
 また、被災地でも“スマートフォンでインターネット”の環境を確保していくことは、情報の受け手である被災者の視点に立って考えても理にかなう方策です。今や国民全体の約9割がスマートフォンを所持する時代において、災害時も変わらずスマートフォンから情報が入手できることが最も自然だからです。そのためにも、個人の防災対策としては、これまで以上にスマートフォンの電源確保のための備えをしておくことが求められるでしょう。
 では、この流れは情報を伝えるメディアの側にとってはどのような意味を持つのでしょうか。今回の能登半島地震では、新聞各社は、通常は有料で行っているデジタル配信を無料開放し、民放ローカル局は情報カメラ映像や特番、そして日々の情報番組の同時・見逃し配信をYouTubeで積極的に提供しました。NHKは、「NHKプラス」での同時配信に加えて、地震の最新情報やライフライン情報を地図に落とし込んだ「能登半島災害情報マップ23」の提供を行いました。
 こうしたメディアによるデジタル展開は、これまでは、被害が大きな被災地の人たちはネット環境が確保しにくいこともあり、どこまで活用してもらえるかどうかわからない、という前提で行われていたと思います。しかし今後はこの前提が変わり、被災地で最も困難な状況にある人たちに対してこそ、ネット経由で情報伝達ができるようになる可能性があります。今後はそうしたことも想定しながら、災害時のデジタル展開のあるべき姿をより積極的に考えていくことが求められると思います。

*「情報格差」への視座を忘れない

 とはいえ、被災地で“スマートフォンでインターネット”、が簡単に進んでいくとは思えません。仮に進んだとしても、その対応でカバーできる人たちは、避難所に避難した人たちや役所の近くにいる人たちなど、限られた条件に置かれた人たちである可能性が高いです。スターリンクのような新しい技術が登場すると、とかくその存在に目が奪われがちですが、被災地で生まれてしまう情報格差に思いが至らず、結果的に切り捨てられる人たちが出てしまうことだけは避けなればなりません。そして、情報格差をどうしたらなくしていけるのか、そのための伝達手段として何がふさわしいのかについても同時に検討していかなければならないと思います。その意味でも、今回の能登半島地震における被災者の情報入手に関する検証は重要だと考えています。

おわりに

 次回のブログでは、今回の能登半島地震で開局しなかった臨時災害放送局について考えてみたいと思います。情報格差をなくしていくための伝達手段として、南海トラフ地震や首都直下地震といった、能登半島地震よりはるかに大きな広域激甚災害に対応していくための伝達手段として、臨時災害放送局が果たせる役割は大きいと私は考えています。ただ、制度ができてまもなく30年、抱えている課題も少なくありません。役割を果たすためには何が必要なのか、東日本大震災以降、さまざまな形で関わってきた私の立場から提言を行いたいと思います。

 


1   Lアラート(災害情報共有システム)を通じた共有と、情報取材との併用で実施

2  新聞や放送局は自治体からの情報だけでなく、気象庁や国交省、ライフライン事業者や民間の店舗などから、幅広い情報を入手して伝達している

3  総務省「令和4年通信利用動向調査」より

4 大牟田智佐子『大災害とラジオ 共感放送の可能性』で詳細に分析されている

5  https://www.soumu.go.jp/main_content/000936455.pdf P3

6  実際に開局するには周波数の確保が前提となる

7  https://www.soumu.go.jp/main_content/000936455.pdf

8  臨時災害放送局の第1号は1995年2月14日、兵庫県に対して免許が付与された「FMフェニックス」である。NHK神戸放送局の機材などを活用し、NHKの関連会社などが運営面もサポート。兵庫県庁にスタジオが設置され、3月31日まで放送を行った。なお、県単位の免許はこの時のみで、その後は市町村単位の開局となっている。また、正式に免許を受けた局ではないが、兵庫県神戸市長田区で運営された「FMわぃわぃ」も、日本人以上に情報過疎におかれたベトナム人をはじめとした在日外国人に対して情報提供を行い、大きな役割を果たした

9  コミュニティ放送と臨時災害放送局は制度としては全く異なる(コミュニティ放送は自治体が免許人になれない、基幹放送事業者として放送法上、さまざまな規律があるなど)が、災害時は自治体の申し出に基づき、当該自治体内にあるコミュニティ放送の免許を一時的に自治体に“移行”して臨時災害放送局として運用することができる(移行型と呼ばれる)。また近年は、全国の総務省総合通信局と日本コミュニティ放送協会(JCBA)の地域支部が、コミュニティ放送がない自治体が臨時災害放送局を開局する(新設型と呼ばれる)際に支援を行うという協定を締結する事例も増えている

10  コミュニティ放送がもともと地域にあり、その局が臨時災害放送局に移行した形(移行型)で開局したのが10自治体、 新たに開局(新設型)したのが20自治体

11  調査内容の詳細は、 村上圭子「ポスト東日本大震災の市町村における災害情報伝達システムを展望する~臨時災害放送局の長期化と避難情報伝達手段の多様化を踏まえて~」『放送研究と調査』(2012年3月号)https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/research/domestic/145.html

12  取材の詳細をまとめた「文研ブログ」は下記
https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/100/246229.html
https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/100/303324.html
https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/500/467004.html

13  能登半島地震における放送分野の状況については・・・
https://www.soumu.go.jp/main_content/000931153.pdf

14  東日本大震災以後、各総通にはそれぞれ臨時災害放送局を開局するための機材が常備されるようになり、現在は2セットずつ常備されている。災害が発生すると、被災したエリアの総通に、他の総通が常備している機材を貸し出す体制もとられている

15  東日本大震災後、自治体からのニーズを受けて仕組みを設けているhttps://www.soumu.go.jp/main_content/000936454.pdf P6参照

16  NHKは、2024年3月末でBS波を再編することから、それに伴う番組の移設や停波の予定を周知していた「103チャンネル(旧BSプレミアム)」を活用し、1月12日からNHK総合テレビ(金沢放送局発)を放送。2024年3月末で免許が切れることになっていたが、NHKは1か月間の延長を総務省に申請し認可を得た。その後は被災地の状況を見て決めるとしている

17  https://www.nhk.or.jp/kanazawa/lreport/article/002/92/

18  スターリンクの詳細については・・・
https://www.soumu.go.jp/main_content/000934326.pdf

19  KDDIは1月7日に350台、ソフトバンクは1月10日に100台を無償提供
KDDIプレスリリース
https://news.kddi.com/kddi/corporate/newsrelease/2024/01/07/7171.html
ソフトバンクプレスリリース
https://www.softbank.jp/corp/news/info/2024/20240110_01/

20  https://www.soumu.go.jp/main_content/000934326.pdf

21 北國新聞「1.1大震災33日目 被災者「情報不足」鮮明 「生活再建に不安」多く(2024年2月2日)

22  https://www.soumu.go.jp/main_content/000937506.pdf

23  https://www.nhk.or.jp/saigai-map/noto2024/

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村上圭子
報道局でディレクターとして『NHKスペシャル』『クローズアップ現代』等を担当後、ラジオセンターを経て2010年から現職。 インターネット時代のテレビ・放送の存在意義、地域メディアの今後、自治体の災害情報伝達について取材・研究を進める。民放とNHK、新聞と放送、通信と放送、マスメディアとネットメディア、都市と地方等の架橋となるような問題提起を行っていきたいと考えている。

調査あれこれ 2024年04月08日 (月)

中高生の40年分のホンネがつまった「中高生調査データ」のページ、オープン!#531

世論調査部(社会調査)村田ひろ子・中山準之助

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 NHK放送文化研究所が、1982年から定期的に実施してきた「中学生・高校生の生活と意識調査」の調査結果をまとめたページが新たにできました!
 この調査は、学校生活や友人・親子関係、テレビやネット利用、将来展望などの幅広い質問領域から、中高生と保護者の意識を読み取ることができる世論調査です。
 このページでは、中高生と保護者それぞれを対象にした調査あわせて全150項目以上の時系列データから好きなものを選んでグラフや表で見られます(上の画像からアクセス可能)。学年ごと、親子間など、さまざまな角度から比較できるほか、集計結果もダウンロードできます。中高生を対象にした調査では、中学高校別のほか、性別や学年、男女中高別の結果なども選べます。
 調査自体は幅広い分野にわたりますが、ここでは、「心理状態」カテゴリから、「不安な気持ちになる?」を選び、さらに「悩みごとの相談相手」について、中学生・高校生別の結果を紹介します。

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 悩みごとの相談相手として、黄色の「友だち」を選んだのは、どの時代の調査でも高校生が中学生より多くなっています。時代の変化に注目すると、「友だち」を選んだ人は、1982年に6~7割を占めていましたが、最新の2022年調査では約4割と減少傾向が見られます※。その一方で、ピンク色の「母親」を選んだ人は、1982年の1~2割から2022年の3割と増加傾向です。

 グラフデータのほか、研究員の視点からデータを読み解いたコラムも掲載。調査結果をさまざまな角度から分析しています。

 

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 中高生の生活や意識がこの40年間でどのように変わったのか、あるいは変わらなかったのか? 多岐にわたる質問領域から、40年分の中高生のホンネが透けて見えるかもしれません。一度のぞいたら、何度もアクセスしてみたくなるコンテンツが盛りだくさんです!

「中学生・高校生の生活と意識調査」

※直近の2022年調査は、それまでとは調査方法が異なるため、過去の結果と単純に比較することはできず、意味合いについては質問ごとに慎重に検討する必要があります。

メディアの動き 2024年03月19日 (火)

【メディアの動き】仏国務院,メディア規制監督機関にニュース専門チャンネルの調査求める

 フランスで行政訴訟の最高裁判所にあたる国務院は2月13日,RSF(国境なき記者団)の求めに応じ,メディアの独立規制監督機関Arcomに対し,ニュース専門チャンネルCNewsが報道の多元性と独立性の義務を尊重しているかに関し,6か月以内に調査するよう求めた。

 CNewsは,実業家ボロレ氏一族のBolloréGroupが筆頭株主であるメディア複合企業Vivendi傘下の有料放送Canal+ Groupのニュースチャンネルで,フランス版FOX Newsともいわれている。これまでも極右の論客による過激な差別的発言などで規制機関から処分を受けている。

 RSF は2021年,CSA(現Arcom)に対し,CNewsに放送法が規定する報道の誠実性,独立性,多元性の法的義務を順守させるよう求めていたが,却下されたため,2022年に国務院に申し立てを行っていた。RSFは,CNewsはニュースチャンネルではなく,ボロレ氏の指揮下で,著しく偏向した意見を放送するオピニオンチャンネルと化し,研究者の調査でも出演者の78%が極右や右派だったなどとしている。

 政治的多元性の尊重については,Arcomはチャンネルごとに,出演した政治家の発言時間の報告を毎月義務づけて監視しているが,今回,国務院は,司会者やゲストなど番組出演者すべての意見の多様性についても考慮すべきだとしている。RSFは,国務院の決定は報道の自由と独立性にとって,歴史的な決定だとした。一方,Arcom委員長は地元メディアの取材で,編集の自由を尊重しつつ,実施規則の明確化に向け検討を始めたとしている。

メディアの動き 2024年03月19日 (火)

【メディアの動き】韓国大統領の偽動画拡散,SNS各社に削除や閲覧の遮断求める

 4月に総選挙を控えた韓国で,ユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領が「無能で腐敗した政府」などと自らを批判する内容の偽動画がTikTokなどのソーシャルメディア上で拡散し,放送・通信コンテンツの規制を担う放送通信審議委員会(KCSC)は2月23日,警察からの要請を受けて緊急の対策会議を開き,社会的混乱を引き起こすおそれがあるとして,この動画の削除や閲覧の遮断を求める措置を決めた。

 問題となっているのは「仮想で作ったユン大統領による良心の告白」と題された46秒の動画で,「私,ユン・ソンニョルは常識外れのイデオロギーにこだわり,大韓民国を壊し,国民を苦痛に陥れた」などと発言する場面が含まれ,2023年12月からTikTokやFacebook,Instagramなどで広まったという。動画はAI(人工知能)を使った「ディープフェイク」ではなく,2022年の大統領選挙時のテレビ演説の映像を編集したものとみられている。

 大統領府の報道官は23日の定例会見で,もとの動画につけられていた「仮想」という表示が削除されて拡散されていることを問題視した。そのうえで4月の総選挙を前に強い懸念を表明し,今後も同様の動画に厳しく対処する方針を明らかにした。

 警察は,偽動画が名誉毀損や公職選挙法違反にあたる可能性もあるとして捜査を開始し,最初に投稿したとみられる人物を特定して2月26日には家宅捜索を行った。韓国では,ディープフェイク動画を活用した選挙運動については公職選挙法で1月末から全面的に禁止されている

メディアの動き 2024年03月19日 (火)

【メディアの動き】世界の「選挙の年」,AI警戒高まる

 生成AIサービスの先駆者OpenAIは2月15日,簡略な文章から精巧な動画を生成できるAI「Sora」を発表した。文章や音声,動画などを簡単に加工・生成できるAIのサービスが次々に登場していることで,偽情報のねつ造や拡散も容易になっている。2024年はアメリカなど各国で重要な選挙が行われる世界の「選挙の年」でもあり,AIの悪用で公正な選挙の実施が妨げられることへの警戒が高まっている。

 アメリカでは,11月の大統領選挙に向けた予備選挙が行われる東部州で1月,バイデン大統領を装った声で投票しないよう呼びかけるAI生成の発信があり,2月のパキスタンやインドネシアの選挙でも投票ボイコットや候補者支持の呼びかけにAI加工の偽動画が使われた。

 Google,Microsoft,OpenAI,Meta,TikTokなどAI開発・IT大手20社は2月16日,選挙でのAI悪用への対応を発表。候補者や選挙管理当局を装った音声や動画が有権者を欺き,投票に影響することを防ぐため,AI生成の情報を識別する方法など,予防と対策に資する技術を開発して共有し,市民の啓発にも努めるなどの方針を示した。

 しかし,これまでにも偽情報の拡散を許してきたIT各社が果たして有効な対策をとれるのか,精巧な偽動画などの登場で逆に事実を偽情報と主張する情報操作も容易になる,といった懸念もある。ニューヨーク大学が同月に発表した報告書は,最大の脅威はソーシャルメディアによる有害コンテンツの拡散だとして,AIのリスク軽減策とあわせ,有害情報の対策にあたる担当者やファクトチェックを行う外部協力者を増やすようIT各社に促した。

メディアの動き 2024年03月18日 (月)

【メディアの動き】公共放送ワーキンググループ,第2次取りまとめ公表

 総務省「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」の「公共放送ワーキンググループ(以下,WG)」は,2月28日に第2次取りまとめを公表した。

 公共放送WGは2022年9月に開始され,2023年10月に第1次取りまとめが公表された。そこではNHKが任意業務として実施してきたインターネット活用業務のうち,少なくとも地上波テレビ放送(総合・Eテレ)は必須業務とすべき,という方向が示された。今後,国会で改正放送法案の審議が予定されている。

 今回公表された第2次取りまとめでは,地上波テレビ放送以外の地上波ラジオ放送,衛星放送,国際放送のネット活用業務についても原則として必須業務化することが適当だとした。ただし衛星放送については,NHKから番組の権利処理や配信コスト等の課題が示されたことから,実施環境が整うまでの当面の間は,必須業務化を見送ることが適当とされた。

 このほかに項目としてあげられたのが,NHKのガバナンスと国際放送のあり方である。ガバナンスについては,経営委員会と執行部の連携の強化や,子会社の事業活動が適正か否かをエビデンスベースで(データや根拠に基づいて)検証すること等が示された。また,国際放送については,イギリスのBBC が行っているように,広告収入の導入の可能性等が議論されたが,今回の取りまとめでは継続検討するとされた。

 総務省では公共放送WGと並行して「日本放送協会のインターネット活用業務の競争評価に関する準備会合」が行われている。今後のNHKの役割を考えるうえで,両会議とも引き続き注視していきたい。

メディアの動き 2024年03月18日 (月)

【メディアの動き】「毎日新聞DEI宣言」公表,多様性の確保などの行動目標を定める

 毎日新聞社は2月8日,従業員の多様性を確保し,公正な評価とキャリア支援により全員が力を発揮できる環境をつくるための行動目標を定めた「毎日新聞DEI宣言」を公表した。

 「DEI」は「Diversity(多様性)」「Equity(公平性)」「Inclusion(包摂性)」の頭文字の略称。性差,障害,年齢,出自などの属性によらず誰もが公正な機会を与えられ,互いを認め合う社会をめざす考え方で,グローバル企業を中心に経営理念に盛り込む動きが広がる。国内の報道機関でDEI宣言を制定するのは共同通信社に続いて2例目。毎日新聞は,ジェンダー平等・働き方改革・キャリア形成支援・社内コミュニケーション活性化の4つについて数値目標を設定し,当日の朝刊で特集面も展開した。

 「毎日新聞DEI宣言」では,多様性を推進する第一歩としてジェンダー平等に取り組むとし,2030年までに女性社員比率を40%,女性役職者比率を25%に引き上げる。また,各部署でさまざまな属性の従業員が活躍できる環境を整備し,コンテンツの多様化を促進するほか,紙面のコーナーで取り上げる人物のジェンダー平等もめざす。誰もが働きやすく,公平・公正に評価される職場にするため,長時間労働も是正する。さらに経営計画の重要な柱の1つにDEI推進(しんちょく)を明記し,進捗状況を点検・公表する。

 毎日新聞DEI 推進委員会事務局の中川聡子氏は「多様な属性の社員が活躍できる環境がなければ新聞社の未来はない。現場の強い危機感を社の上層部も共有したことが今回の宣言につながった。全社一体で改革を進め,社会のDEI 推進にも寄与したい」と話す。

メディアの動き 2024年03月18日 (月)

【メディアの動き】『セクシー田中さん』 原作者急死,日本テレビによる調査始まる

 日本テレビ(以下,日テレ)の2023 年10月期のドラマ,『セクシー田中さん』の原作者で人気漫画家の芦原妃名子(本名・松本律子)さんが1月に急死したことを受け,日テレは2月23日,経緯を検証するための調査を始めた。

 芦原さんは1月26日,自身のSNSやブログで,ドラマの脚本をめぐり制作側と見解の違いが生じていたことを明らかにしていた。しかし,その2日後に経緯に関する投稿を削除したあと,行方がわからなくなっていた。

 芦原さんがSNSなどに公開した内容には,「ドラマ化するなら『必ず漫画に忠実に』」など,執筆中だった原作に影響を及ぼさないよう条件を出していたこと,また,漫画の発行元で日テレ側との交渉にあたっていた小学館にも相談していたこと,の記述があった。

 芦原さんの急死がメディアで報じられると,漫画家や原作ファンを中心に,出版社や制作側に経緯の説明や見解を求める声が相次いだ。しかし,日テレは急死が報じられた日,ホームページ上に「最終的に許諾をいただけた脚本を決定原稿とし,放送しております」などとコメントしたものの,詳しい経緯や調査の可能性に言及せず,SNS 上では批判の声があがった。

 その後,2月26日の定例会見で日テレの石澤顕社長は,外部の弁護士2人を加えた社内特別調査チームによる調査を始めたとし,調査結果を公表するとした。調査開始まで時間を要したことについては,「個人攻撃など,いろいろな形で情報が飛び交っていたため,発信そのものを少し落ち着くまで控えていた」と説明した。

 また日テレは,4月期に予定していた小学館の漫画が原作のドラマの放送を見送ることも発表した。

 一方,小学館は2月8日にホームページ上などで調査を進めているとコメントしたほか,『セクシー田中さん』の編集にあたっていた「第一コミック局編集者一同」が別途,声明を発表。今後の映像化については原作者を守ることを第一に,映像制作側と編集部の交渉において是正できる部分はないかを提案していく,とした。

 声明では「著作者人格権」についても触れている。これは,著作者の利益を守る「著作財産権」とともに著作者が持つ権利の1つである。譲渡や相続ができない権利で,「公表権」「氏名表示権」「同一性保持権」が含まれる。このうち「同一性保持権」は著作者の意に反して内容を勝手に改変されないための権利で,編集者一同は声明において,“著者の心を守るための権利”と表現した。

 国内ではこれまでも原作者と映像制作側のトラブルが繰り返されており,日本漫画家協会は今回の件を受けて,改めて会員に対して,契約等の悩みがある場合は協会に相談するよう呼びかけた。しかし,海外でみられるような,トラブルを防ぐために原作者との間に立って映像化の際の交渉や契約をする代理人制度は,国内ではまだ一般的ではない。合意形成の仕組みをどう見直していくのか,今後の課題は大きい。

 日テレは芦原さんの死を「大変重く受け止めている」としている。原作に新たな息を吹き込んだ作品が生まれるという二次創作の可能性が拡大する中,無の状態から原作を生み出した原作者の権利は,軽んじられてはいけない。制作にあたる放送局をはじめとするメディア側には,原作者の立場を守ったうえで,丁寧なコミュニケーションが求められる。