2014年04月26日 (土)どうする?IT技術者不足


くらしを便利にしてくれるパソコンやスマートフォンのアプリ。ゲームから地図、家計簿まで様々な機能のものがあり、利用者は増え続けています。IT業界はスマートフォンなどの普及に伴って、今後も大きな成長が期待されています。ところが業界では、アプリの開発にあたる人をはじめ、高度な技術を持った人材が足りない厳しい状況に陥っているといいます。現状を取材しました。
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  【学生のアプリコンテスト その狙いは】
今月、都内で開かれたアプリのコンテストです。予選も含めると、参加したのは全国の高校生から大学院生まで600組。自分たちで開発したアプリの技術の高さやアイデアを競います。タブレット端末がテレビリモコンになるアプリや、体の動きにあわせて画面に服や模様が出るアプリなど、幅広い作品が出品されました。
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このうち筑波大学の木藤紘介さんと吉田拓真さんは、スポーツの指導者向けのアプリ「Spot」を開発しました。タブレット端末で試合を録画しながら、ゴールシーンなどで画面のボタンを押すと、ハイライトシーンが記録されます。録画した試合を全部見返して編集する必要がなくなり、指導効率があがると期待されています。コンテストで優勝した2人は、「世界中の人に使われるアプリを作りたいと思っていて 今後も改善していいアプリにしていきたいです」と話していました。 
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このコンテストを主催したのは、大手IT企業などで作る業界団体。去年、初めて開き、今年が2回目です。IT技術者が不足する中、すぐれた人材を発掘しようとしているのです。日本マイクロソフトの加治佐俊一CTOは、「多様なニーズに対してアプリを作ることに対し、まだまだ日本は遅れている。高度な人材が必要だ」と話していました。
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【不足するIT技術者】
独立行政法人の情報処理推進機構が、IT関連の企業を対象に行った調査です。人材が不足していると答えた企業は、5年前の49%から去年は82%に急増しました。
it6.jpg 人材不足のきっかけは、スマートフォン用のアプリ市場の急速な拡大です。アメリカの調査会社「App Annie」の推計では、国内のアプリの売り上げは、去年までの1年間で3倍に広がり、アメリカを抜いて世界一になりました。
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膨張するアプリ市場に対し、IT業界では人材確保が追いついていません。ゲームアプリで急成長した大手インターネットサービス会社「DeNA」では今、この春にIT技術者として入社した47人が研修を受け、プログラミングなどの実践的な技術を学んでいます。ところが、このうちおよそ10人はソフト開発の経験がありません。企業間の獲得競争が厳しいため、技術のある人材だけでは採用枠を埋められないのです。
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新入社員に話を聞いてみると、「この会社も文系職で就活をしていたくらいなんです」とか「大学院では生物を勉強してきたのでほぼ初心者といっていいくらいのレベルなんですけど」といった声が聞かれ、少しでも早く技術を身につけようと必死に勉強していました。
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人材不足は、経営にも影響を及ぼしています。この会社では、事業拡大の一環として、体に身につけるウェアラブルと呼ばれる情報端末向けのサービスや教育の分野などに乗り出すことを検討していました。しかし技術者が足りず、一部の教育サービスしか実現できていません。何とか人材を確保しようとこの会社では、「エンジニアスペシャリスト」という新しい採用枠を用意。即戦力になる技術を持った学生に入社してもらおうと、高い技術がある学生には、新人の1年間の給与を100万円以上上乗せして、獲得競争に打ち勝とうとしています。それでもこうした人材は、年間3人しか集まりません。 it9.jpg

その一方で現場で中心となっているのは、他の企業で経験を積んだ技術者たちです。アプリの品質管理の責任者を務める男性は、大手光学機器メーカーから転職してきました。前の会社で通信システムの開発を務め、インターネット関連の高度な技術がありました。会社では、さらに5つの部門で経験者向けの入社枠を用意していますが、見込みは立っていません。DeNAの木村秀夫執行役員は、「技術者がいないと、そもそもサービスを作れない。サービスを生み出すのは、コンピューターではなく人間なので、技術者不足は企業の根幹を揺るがす問題です」と話していました。
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【IT業界以外にも波及】
こうした人材不足は、他の業界にも波及し始めています。大手人材仲介会社「インテリジェンス」には、IT業界に人材を奪われた自動車メーカーや電機メーカーからの求人が殺到しています。車のエンジンや家電の出力を制御するコンピューターのソフトの開発者の場合、求人倍率は7.72倍。ひとりの技術者を7、8社が奪い合う状況です。
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さらにアメリカなど海外からの求人も数多く寄せられています。仕事の相談に訪れていた技術者の男性は、「海外だと日本と同じ仕事をしていても2倍の給与を支払ってくれるので、海外で働くことも視野に入れている」と話していました。競争は今後さらに激化することが、予想されます。さまざまな機器のIT化が進む中、専門家は、官民をあげてIT技術者の育成に新たに取り組む必要性を指摘しています。NTTデータ経営研究所の三谷慶一郎パートナーは、「IT産業だけの話ではなくなると思っていて、どんな産業にもITが入ってくる世の中になるとするならばどこでも出てくる話だし、従来型の採用や人材育成をしていると厳しい」と話しています。
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【どうやって人材を育てるか】
 優れたIT技術者のニーズは今後ますます高まると予想されていて、ITに強い人材を子どものうちから育てていこうという取り組みも始まっています。東京・渋谷に今月オープンしたIT専門の学習塾「クレモ」です。幼稚園児から高校生までおよそ100人が通っています。生徒たちが学ぶのは、ゲームのプログラミングです。「スクラッチ」というこのソフトは、子どもでも分かりやすくプログラムが組めるようにと、アメリカのマサチューセッツ工科大学が開発し、世界的にも注目されています。「クリックされると」「前に進む」「音を出す」など指示が書かれたブロックを画面上でパズルのように積み上げていくことで、自分が考えたとおりにキャラクターを動かすことが出来るのです。物事を筋道立てて考える「論理的思考力」が身につくといいます。
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この日初めてプログラミングに挑戦した5歳の三方映茉ちゃん。自宅でのお絵かきもタブレット端末を使っています。講師の指導を受けながら器用にマウスを動かしていき、1時間後には隣の小学生と一緒にキャラクターを動かしあって、遊んでいました。映茉ちゃんの母親は、「プログラミングの知識はこれからの時代に欠かせないと思い、通わせています。いろいろと考えたことが形になることが楽しいようで、凄く集中している。」と話していました。
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【世界での人材育成は】
世界でもプログラミングの教育の重要性は議論になっています。イギリスでは今年9月から5歳以上の子どもたちのプログラミング教育が必修になるということで、すでに指導にあたる教師向けの教育も始まっています。また、アメリカでもオバマ大統領や、IT企業の創業者らがプログラミングを学ぶことの重要性についてメッセージを出すなど、動きが広がっています。日本でも2年前に中学校の技術家庭の時間に「プログラミング」が必修になりましたが、授業時間や内容も現場の裁量に任されているのが実情です。専門家は、「読み書きそろばんと同じくらい、プログラミングについて教えることが必要になってくる」と話しています。人材不足解消に向けて、どう裾野を広げていくのか。様々な分野でIT化が進んでいるだけに、中長期的な視点に立って考えていくことが大切だと感じました。 

投稿者:成田大輔 | 投稿時間:08時00分

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