2019年08月07日 (水)「誰か助けて、誰でもいいから助けて」3つ子の母親の涙


※2019年4月9日にNHK News Up に掲載されました。

ミルク、離乳食、オムツ、お昼の寝かしつけ、家事、お風呂、夜の寝かしつけ。夜は夜泣きとの戦い。眠れない。3つ子の育児に追われている、ある女性は、先月、同じ3つ子の母親が次男を死なせた罪で実刑判決を言い渡されたと聞いて、涙が止まらなくなりました。大きな波紋が広がっているこの裁判。全国の母親が共感しているのは、誰にも助けてもらえない、3つ子の育児の壮絶さです。

ネットワーク報道部記者 大窪奈緒子

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<壮絶な「多胎育児」>
関西に住む、いとせみどりさんです。先月、名古屋地方裁判所岡崎支部で、生後11か月の次男を床にたたきつけて死亡させた罪に問われた3つ子の母親に、懲役3年6か月の実刑判決が言い渡されたことに、強い衝撃を受けました。

いとせさんも3つ子を育てています。子どもたちは6歳。日々の出来事やその時々の思いを漫画にして、SNSや育児サイトで発信しています。

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3つ子たちそれぞれに夕飯を食べさせ、片づけ、歯磨き、寝かしつけをするまでを描いた漫画です。3つ子が寝た瞬間に布団に倒れ込んでしまい、このころ、夕飯を食べた記憶はありません。

先日の裁判についてどう感じたかを質問すると、受話器の向こうから、すすり泣く声が聞こえてきました。
「ギリギリのところでやっていたのが、すごいわかるので。事件を起こしたお母さんは、本当に、私だったかもしれないと思って」
いとせさんの実家は遠方で、夫は単身赴任のため、ふだんの3つ子の育児は、ほぼいとせさん1人で担っています。

3つ子がちょうど11か月のころにいとせさんが書いたメモには、3人それぞれのミルクの量や便の回数などが時間帯ごとに記録されています。

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いとせさんが書いたメモ
それぞれおなかをすかせて泣くタイミングが違うため、午前7時、7時半、8時といったように、時間帯によってはおよそ30分ごとに3人のうちの誰かにミルクを飲ませていたことがわかります。

離乳食も始まり、午前10時にはさつまいもやたまねぎなどの離乳食も食べさせています。日中の時間帯だけでも3人で合わせて7回の便があり、尿もふくめると頻繁におむつを替える必要があったこともわかります。
同じ作業を3人分繰り返さなければならないため、食事や排せつの世話をするだけでもほとんど余裕がなかったことがうかがえます。

<誰か助けて、誰でもいいから助けて>
子どもたちが乳児だったころの『夜泣きの日々』を振り返って描いた漫画です。

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1人が泣くと、その泣き声でほかの2人も起きて泣きだしてしまいます。だっことおんぶで2人をあやしながら、3人目をベッドに寝かせて手でさすって泣き止ませる、これが夜中じゅう続きます。

子どもがいつ泣き出すか分からない中、昼も夜も常に気を張り緊張が続く。寝不足も重なり、いとせさんは次第に追い詰められていったと言います。
「とにかく手が足りず、5分か10分眠れたかと思うと誰かが泣き出し、眠れない夜が続きました。だっこしておんぶして、それをくり返してくり返して気が付いたら外が明るくなって。昼は家事と育児に追われまた夜がくる。とにかく夜がすごく怖かったです。またあの戦いがくるんだって」

「もうギリギリなのに、だれも助けてくれない。泣きじゃくる3つ子の前には自分しかいない。誰か助けて、誰でもいいから助けてといつも心で叫んでいました。3人のうち1人がよく泣く子だったのですが、『この子さえ泣かずにいてくれたらほかの2人も私も寝れるのに』と、子どもを責めてしまう気持ちになってしまったこともありました」
身も心も疲弊し判断能力が失われていったいとせさんを支えたのは、実家の母でした。

dareka190409.6.jpgいとせさんの3つ子(生後11か月ごろ)

母が手助けに来てくれると、いとせさんは毎回、全身から力が抜けて体が動かなくなったそうです。そんないとせさんを見て母親は「ふだん、極度に緊張が続いてホッとしたからだろう。横になりなさい」といつも休ませてくれたそうです。
「24時間、3つの小さな命の責任が自分にあるプレッシャーは想像以上に過酷なものです。双子や3つ子を育てている『多胎家庭』への公的な支援サービスがもっとあるべきではないかと常々感じています」と話していました。

<知ってほしいけれど…>
まさに今、11か月の3つ子を育てている別の母親も取材に答えてくれました。

「電話だと5分も話す時間がない」という状況の中、多胎家庭の現状を知ってほしいと、メールでのやり取りを通じて取材に答えてくれました。

夫は育児休業と時短勤務を4か月ほど取り、現在は平日のうち3日ほど在宅勤務を利用しています。
近所に住む義母は仕事の量を減らして昼間の育児を手助けしてくれています。そうした家族の手があっても、朝食をとることもままならないまま育児に追われ、気が付くと飲まず食わずのまま夕方になるということも珍しくないそうです。

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また、大人の食事を用意する気力がなく、総菜やデリバリー、冷凍食品に頼っていて、それすらも準備する余裕がない時も多く、週の半分は夕食を食べずに寝ているそうです。

メールのやり取りを通じて、ごく最近起きた、ある出来事を明かしてくれました。
「その日はかなり疲れていたこともあり、夫とささいなことで言い合いになり、子どもを抱き締めながら号泣しました。子どもに危害を加えようなどとは思いませんでしたが、感情が抑えられず、自分でも支離滅裂なことを言いながら泣いていたことをはっきりと記憶しています。もしかしたら明日ニュースになるのは私かもしれません。そんな恐怖を日々感じながら過ごしています」
そして、多胎家庭を支える仕組みをつくってほしいという願いをつづっていました。
「多胎育児に関して大変さを理解していただきたい。短期的なサポートではなく、長期的サポート制度が必要です。本当に助けが必要な人ほど、外に発信できる元気と時間がありません。とてもわがままなことなのかもしれませんが、外から声をかけてくれる存在があればと願わざるをえません。まずは知っていただくことが第一歩なのかと思います。多胎育児に関する情報が今まであまりないのは、忙しすぎて外に発信できる人がそもそも少ないのだと実際に体験してわかりました」

<彼女は私だったかもしれない>
先日の判決のあと、医師や専門家でつくる日本多胎支援協会には、連日、多胎児を育てる母親たちからメールが届いています。
「自分もいつそうなっていたかわかりません」
「ひと事と思えません」
「虐待はいけない事です。それは大前提です。けれど。双子が家に帰ってから1か月、私は自宅から一歩も出られませんでした。一晩中、双子が交互に泣き、近所の方に虐待を疑われ通報、警察が来た事があります。冬のお風呂は、裸で1人走り回りました。寝不足と仕事で、夫もおかしくなっていました。どうしても他人事と思えません」

<対策進める自治体も>
こうした母親たちを支えようと多胎に特化した支援を積極的に行っている自治体もあります。

滋賀県大津市は、平成20年から多胎家庭にホームヘルパーを派遣する事業を行っています。育児の手伝いや病院への付き添いだけでなく、部屋の掃除や洗濯、買い物などの家事も頼むことができ、0歳から3歳までの間に100時間無料で利用することができます。

利用者からは「常にだっこのとき、1人をだっこしてもらえて助かりました」「お風呂のとき、2人とも同時に入れて、ヘルパーさんと一緒に洗ってもらいました」など、とても助かったという声が寄せられているということです。

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多胎児育児サークル「ツインズクラブ」の活動
また、福岡県久留米市は、おととしから市内にある多胎児育児サークル「ツインズクラブ」と協力して多胎妊婦や多胎家庭を支援する事業を始めました。

双子や3つ子を妊娠した母親が多く通う総合病院で、多胎育児の経験者と語る会や個別相談会を開くほか、経験者が保健師などとともに多胎家庭を訪れて育児相談に乗っています。

dareka190409.9.jpgサークルが病院で行っている相談会
多胎児の母親や、体調がすぐれない母親に対しては、自宅でファミリーサポートへの登録も行っています。早い段階から関係作りを始め、妊娠中の体の負担やこれからの子育てのことなど、さまざまな相談に乗ることで、母親の孤立を防ぐことにつながっているということです。
また、認可保育園への入園を申請する際に、多胎児がいる家庭については、入園の参考とする点数を加算している自治体もあります。

ただ、こうした取り組みを行っている自治体は限られています。

dareka190409.10.jpg久留米市の事業を担当する市の多胎児育児サークル・ツインズクラブの代表で、日本多胎支援協会理事の村井麻木さんは、「多胎だと早産になりやすく、母親は安静入院で寝たきりになり筋力や体力が落ちている。また、小さく産まれると、病院での検査も多く、歩きだすのも遅いことがあり、母親たちの手間や心配は尽きない。夫の残業が多く、実家を頼れない母親も少なくない。みな、ギリギリのところで育児をしている。今後こういう事件が起こらないよう、全国の自治体にはしっかりと多胎支援策を進めていってほしい」と話していました。

<小さな命を守るために>
「双子ちゃん、かわいいね。けど、大変だね」
多胎児を育てる母親たちがよくかけられる言葉だそうです。私たちは、「大変だね」ということばをかけて、わかったような気になっていなかったでしょうか。
実際は、母親の2本の腕にすべてを預けているだけで、本当の大変さは何もわかっていなかったのではないでしょうか。

私自身、年齢の異なる3人の子どもを育てていますが、初めての妊娠で多胎児を出産する、その生活や心の繁忙さ、緊張感は、いかばかりか…母親の涙と絞り出されたことばに、ただうなずくことしかできませんでした。

これ以上、小さな命が失われないように。泣きじゃくる3つの命を前に、なすすべなく立ちすくみ、おびえながら夜を迎える母親たちが今まさにいることに、私たちはしっかりと向き合っていかなくてはならないと思います。

投稿者:大窪奈緒子 | 投稿時間:11時05分

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