2019年04月18日 (木)イヤイヤ期とかばんのシール


※2019年2月1日にNHK News Up に掲載されました。

「イヤーーー!」。おうちに帰ろうという、私の声を「イヤー!」という泣き声混じりの雄たけびで、何回もさえぎったわが子は、お気に入りの自転車の前にどかんと座り、ペダルを手でぐるぐると回し続けます。もしやこれは…イヤイヤ期?。“高速ペダル回し”を続けて、時計が午後6時から7時に変わったのは覚えています。あのね…泣きたいのは、こっちもなんだよ。

ネットワーク報道部記者 大窪奈緒子・吉永なつみ

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<イヤイヤデビュー>
子どもはかわいい、何をしてもかわいい。
そう思えた時期は意外と短く、必ずのように“あの時期”がやってきます。
取材させてもらったのは3歳と2歳の姉妹の母親、2人とも2歳に近づくと、イヤイヤ期に突入したのです。

190201iya.1.jpg“歯磨きしよう”と言ったらこれ。

190201iya.2.jpg“お風呂に入ろう”と言ったら隠れて嫌がる。
イヤイヤデビューを果たした後は、何を言っても「イヤ!」でした。


<何をしても涙が出てくる>

190201iya.3.jpg「スーパーに買い物に行くと、カートに乗ることをイヤがります。最後は床にひっくり返って泣き叫ぶ。何も買えずに、そのまま帰ったこともあります」

「食事の時は幼児食と離乳食、大人の食事をがんばって作りわけをします。それなのに、イヤといってごはんを茶わんごと床に投げ捨てられました」

精神的にもつらくなってきました。

190201iya.4.jpg女性の育児日記
「精神的にダウン。何がつらいのかすらわからない」

女性は何をしても涙が出てくるようになりました。このままでは子どもに手をあげてしまうと思い、虐待などの電話相談に連絡します。相談員が自宅に来て話を聞いてくれて、気持ちが少しだけ楽になりました。

だけど…
「『今だけだから、いつか楽になるから』と励ましてくれました。でも私は『今なんとかする方法が知りたい』と思っていました」

自分への嫌悪感も感じるようになりました。

「“イライラしてしまうのは自分がダメな母親だから”そう感じてつらかったです」


<謎深き2歳児>
「そもそも2歳児についての研究は世界的に見ても乏しいんですよ」
イヤイヤ期の取材に答えてくれたのは乳幼児の発達に詳しい北海道大学教育学研究院の川田学准教授です。

190201iya.5.jpg北海道大学教育学研究院 川田学准教授
研究の世界で2歳児は「闇の年齢=ダークエイジ」と呼ばれることがあり、「データが少なくてよくわかっていない」ことを意味するのだそう。

乳児のように受け身的ではなく動き回る、かといって言語で答えるのも難しい、実験自体が大変な年齢なのです。そんな中でも、分かってきていることがあるそうです。


<イヤじゃない、調整したいの>
それは2歳ごろに「自分」と「他者」の存在を意識し出すということ。だから「自分」がやりたいことと親などの「他者」がやらせたいことに溝が出て、それを調整しようとします。

その調整がうまくいかないときに「イヤイヤ」が出るのだそう。つまり「他者とうまくやりたい、調整したい」という前向きな行動で、成長の証だそうです。

イヤイヤ=「嫌!」ではなく、イヤイヤ=「調整したいがわからないよ」といった感じかもしれません。


<誤解につながるネーミング>
子育て支援を行うNPOの代表理事で恵泉女学園大学の学長の大日向雅美さんは「イヤイヤ期」という言葉自体が、子どもへの誤解につながっていると考えています。

「イヤイヤ期はかつて、“第1次反抗期”と呼ばれていました。ただ、これも現象だけに注目したネーミングです」
「反抗しようとしているのではなく、“幼い自我が芽生えた”ということ。大歓迎してあげたいですよね」

190201iya.6.jpg恵泉女学園大学 大日向雅美学長
大日向さんによるとこの時期の子どもたちはアクセルは踏めるけれどブレーキが踏めないドライバーのようなもの。

行きたいところに向けて張り切ってアクセルを踏みますが、まだ上手に運転はできず、感情が暴走して車が止まらなくなってしまいます。

そんなときには、ブレーキの踏み方を教えてあげるといいそうです。対処法を聞きました。


<テレビを見たら、次はお風呂ね>
「お風呂に入りなさい」「でかけるから靴をはきなさい」

こんな風に突然、指示や命令を出されても、子どもは心の準備ができていません。

「このテレビを見たら次はお風呂に入りましょうね」「おやつを食べたらお出かけするよ」など、行動を事前に予告し見通しを示すと何割かはうまくいくそうです。

その中で子どもから「もう1回分だけテレビを見せてくれたらお風呂に入る」といった要望が入ることもあり、こうしたやり取りを通じて相手(親)の立場に立つ力や感情を読み取る力が身についていくのではないかとも考えられているそうです。


<つきあうのは10分、実力行使あり>

190201iya.7.jpgそれでもイヤイヤがおさまらない場合、そう、10分ほど頑張っても無理な場合は実力行使です。

190201iya.8.jpg泣きじゃくる子どもを抱えて、一緒にお風呂に直行してしまってもOKだそうです。時には強力なブレーキがあるんだと知らせることも成長にとっては大切だといいます。

それでもおさまらない場合は安全な場所で1人にして落ち着かせることも必要です。

その際「もう知らない」「勝手にしなさい」というのはNGワードです。「どうしてもイヤなのね。わかったわ」など気持ちを理解し、安心するような言葉をかけてあげてください。


<対等にケンカしないで>
大日向さんは、相談に来たお父さん、お母さんに向けて「イヤイヤできるまでよく育ててきましたね。お疲れさまです」と話すといいます。

そのうえで「相手はたかだか生まれて2、3年足らず。親とは20年、30年のギャップがあるのですから、対等にケンカする相手じゃないですよね。そう思える心のゆとりを持てるよう、1人で育児を抱え込まないで大きな声で助けを求めてほしい」

「何しろ子どもはいわば無限の時間を生きるエネルギーの塊。生きるパワーがあふれすぎて、パワーが限られた親の手だけでは担いきれないんです」
「イヤイヤを言う子どもの声がうるさいだの、しつけが、マナーがどうだのと言う人もいます。でもそれ以上に応援している人がたくさんいることを知って地域やまわりを上手に頼って子育てしてほしいです」


<まっさかりです>
冒頭、自転車のペダルを回され続けていたのは、私(記者)です。
止めようとすれば泣き叫んで拒否するため気力も体力も削られ、その場に座り込み高速ペダル回しをただ眺めるしかありませんでした。

190201iya.9.jpgあっという間に閉園時間。駐輪場のシャッターを閉めにきた保育士の女性は、1時間前に帰ったはずの息子の姿を見て「あれ、まだいたの!」と驚いた声を上げました。

何を言われるのかなと身構えていたら、続けて息子にかけられた言葉は意外なものでした。

「そうだよね、ママに会えたらうれしいものね。はしゃいじゃうよね」

この言葉を聞いて“この子は親を困らせようとしているんではないんだ”と今ある状況を冷静に見られるようになりました。


<助けられよう!>
考えてみればイヤイヤ期を苦労なくやり過ごせるという絶対の手段はたぶんなくて、誰かに助けられたり、その時だけ考え方を変えてみたりして、あれこれ試したりしながらイヤ!が少なくなる時期まで、ふんばるのが実際かなと思います。

何をやっても自分が安定していないと思ったら迷わず、誰かに頼ったり相談したりしたほうがよいし、私もそうしました。


<驚いた方、ごめんなさい>
あの…私、イヤイヤの大変さを知ってからは、通勤かばんに数枚、カラフルなシールをしのばせています。

190201iya.10.jpgSNSで見かけたイヤイヤ対処法がこのシールで、電車やバスで手を焼いている仲間(親)を見かけたら、すかさず、ぐずる子どもにシールを渡しているんです。

知らない人からのシール、お子さんは、きょとんとしますが、何がイヤだったのかを忘れたように、シールで遊び始めてくれます。私のシールに驚いた仲間がいたらごめんなさい。

でも「こっちが泣きたいよ」という気持ちが一瞬でも紛れますように。そして日々子どもの成長と向き合う大勢の人たちに、「わかるよ」「頑張ってるね」「お疲れさま」。
そんな思いを伝え合えるやさしい社会が広がっていきますように。

投稿者:大窪奈緒子 | 投稿時間:17時42分

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