2018年06月13日 (水)深夜 母親たちはマンガを描く
※2018年6月6日にNHK News Up に掲載されました。
子どもが生まれる前、自由な時間が当たり前のようにあって、将来の楽しい育児を夢に抱いていました。でも、実際は、それを許さない現実があって、それはほかの多くの母親たちがそうでした。
でも、いや、だからこそ、自分が自分でいられる時間を紡ぎ出そうと、深夜、母親は布団を抜け出します。マンガを描いたり、ミシンに向かったり。丑三つ時のその少し前の時間の母親たちの世界です。
ネットワーク報道部記者 大窪奈緒子
<寝息を確認 行動開始>
東京・練馬区に住む37歳の佐藤さん。幼稚園に通う5歳の長女と、2歳の長男の育児に奮闘中です。待ちに待った時間は子どもを寝かしつけたあと。
深夜に布団を抜け出して、少しだけ丁寧にコーヒーをいれ、大人向けのチョコレートを戸棚から取り出します。
そして、座るのはミシンの前。
「きょうは何を縫おうか」
思惑を巡らしながらミシンの電源を入れます。コーヒーやおやつをお供に、ミシンで子どものワンピースやズボンを作っていきます。
真夜中に作り上げた作品は、すでに50以上になりました。
「かけがえのない時間です。できた服に初めて袖を通す時の、子どものうれしそうな顔を想像しながらミシンをかけるのが楽しいんです」
<この時間を確保するために>
子どもが生まれたあと、佐藤さんの生活は一変しました。
夫の単身赴任もあり、自分の時間がなかなか持てません。
朝6時前に起きて朝食を作り、長女と長男を自転車に乗せて3キロ先の幼稚園に向けて出発します。
長女を送ったあと、長男の相手をしながら掃除、洗濯、買い物、夕飯の下ごしらえ。
すると、あっという間に幼稚園のお迎えの時間です
夕方まで公園で遊ばせると、泥だらけの2人と帰宅。
お風呂、夕飯、歯磨き、絵本、寝かしつけまで、佐藤さんは動き続けます。
そんな生活の中で、型紙をおこして布を裁ち、無心になってミシンと向き合う時間が、自分を取り戻せる貴重な時間です。
「この時間を確保するために寝かしつけまで全力で子どもと向き合っています」
「作るのは子ども服ばかりで、結局、子どもに時間を費やしているのかもしれない」
「だけど、縫いながら、“こんなに大きくなった”と成長を感じられる。昔、作った服を手に取るとその時々の姿や肌の感触までがはっきりと思い出せる」
「夢中にミシンに向かったあと、よし、あすから頑張ろうと思えるんです」
朝も早いので、ミシンに向かえるのは週に2、3回。
2時間あればいいほうですが、自分を取り戻せる貴重な時間です。
50着の服は、自分と向き合った時間が作り上げた作品です。
<マンガも人気!>
深夜の母親が向き合うのはミシンだけではありません。
最近、増えているのが育児マンガの投稿です。投稿するのはイラストが好きなごくふつうの母親たちで、インターネットのサイトを見ると、母親発のマンガが次々に出てきます。
日々の悲喜こもごものできごとを1コマで表現するのがはやっていて、中には数万人のフォロアーを持つ人もいます。
父親が描く漫画はなぜかあまり目にしないので、ネットの中は母親ワールドという感じです。
<こんな思いで描いている>
リアルでちょっとシュールな画が特徴の『もものしか』さんも、5万人のフォロワーがいます。
出版社の目にとまりインスタグラム発の育児マンガが出版されました。
2歳と4歳の男の子がいる『もものしか』さん。学生時代は、授業中、ノートの端っこに絵を描くのが好きでした。
「子どもはすごい速さで成長し、その姿は滑稽で愛しい。でも育児に追われ、ストレスと闘う中ですぐに忘れてしまう」
そう思って、昔を思い出してペンを取り、育児の様子を投稿し始めました。
描くのはやはり子どもを寝かしつけてから、ひっそりと静まりかえるリビング。無心でペンを走らせる時間が何よりのストレス発散です。
<理想の母親像と現実>「子どもを産む前は、母乳を飲む子どもに語りかける優しい母を夢見ていました」
「でも、実際はなかなかうまくいかず、子どもと一緒に泣いたり、時には夫や親に当たったりしてしまう。そうした現実は母親になって初めて知りました」
畳んだばかりの洗濯物をひっくり返してしまう。出かける間際なのにうんちをしてしまう。
そうしたストレスがたまる状況が次々と訪れます。
<視点を変えて紙一重>
しかし、マンガを描いていると、悲惨な状況も視点を変えれば喜劇と紙一重かもしれない。そう思えるようになったのです。
「『100』頑張って『1』返ってくるのが育児。でも、その『1』があすへの原動力になる。マンガを描きながらそう思えるようになりました」
<編集者も悩んだ人>
『もものしか』さんの育児マンガの出版を手がけたのは竹中朋子さん。3歳の女の子を育てる編集者です。
産後は、仕事の世界から育児生活へと環境が一変。
会社員の夫は帰りも遅く、社会から取り残されたような孤独を感じる日もありました。そんな育休中にくすりと笑える育児マンガを読み、励まされたり救われたりしました。
そこで、育児から仕事に復帰した際の面談で、「育児マンガがやりたい」と社長に直訴したそうです。
「私がそうだったように、世のママを応援し、つらさもやりがいも分かち合えるようなマンガを世に出したい、そう思ったんです」
<あやうさと強さ>
取材で会った母親たち。
深夜の時間が生きがいになった裏には、日中に自分の時間を持つことが難しく、必死でストレスを解消する時間を求めている現実があります。
一方、母親発のマンガを眺めていると、困難も笑いに変えていくたくましさもありました。
ミシンに向き合ったり、マンガを描いたりする後ろ姿を見ていた時、失礼ながら、大好きなねんど遊びやお絵かきを楽しむ子どもたちの姿が重なりました。
深夜、子どもへの想いを抱えながらも、ひと時だけ、好きなことに夢中になった少女時代に時を戻しているのかもしれません。
ちなみに、私がいちばん励まされたのが、トイレの1コマを描いたマンガです。
もちろん、わが家のあるあるだからです。トイレくらい、1人でゆっくり行かせてあげてね、お願いね。
投稿者:大窪奈緒子 | 投稿時間:17時03分