2018年10月30日 (火)命を奪うタイヤ 新たな点検義務化へ


※2018年9月19日にNHK News Up に掲載されました。

車に乗っていて、今にも落ちそうな危険な積み荷を見たことはありませんか。固定が不十分で落下するトラックの積み荷や車の部品など。こうした「落下物」による事故が相次いでいます。このため、10月から事故を防ぐための点検が新たに義務づけられることになりました。そのきっかけとなったのは、1年前に起きた痛ましい事故でした。

岡山放送局 岡野有希子
ネットワーク報道部記者 藤目琴実

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<親子の命を奪ったタイヤ>

tai180919.1.jpg去年10月18日の午後8時すぎ、岡山県津山市の中国自動車道を走っていた軽乗用車が高速道路上に落ちていたタイヤに乗り上げて動けなくなりました。車に乗っていた広島市の49歳の母親と大学4年生の長女は走行車線側の路肩に避難しました。しかし、後ろから走ってきた大型トレーラーが同じタイヤに乗り上げて横転、このトレーラーに巻き込まれて死亡したのです。事故の原因となったタイヤは別の大型トラックの車体に備え付けられていたスペアタイヤでした。

警察の調べで、このスペアタイヤは広島県内の運送会社が運行していた大型トラックから落下したことがわかりました。車体に固定するための金属製の器具がさびて破断し、タイヤごと落下したとみられています。一般道路よりもスピードを出して走行する高速道路。高速道路を運転していて、まさか、タイヤが落ちているとは思いません。タイヤが凶器と化し、親子の命を奪ったのです。


<落下物 年間76万件>


tai180919.2.jpg危険な「落下物」は各地で相次いでいます。ことし8月30日、東京・日本橋で大型トラックの荷台から積み荷の鉄製の足場が崩れて道路上に散乱しました。けが人はいませんでしたが、トラックが発進したはずみで積み荷が崩れたとみられています。

では、実際に「落下物」はどれくらいあるのでしょうか。国土交通省が、全国の国道事務所と高速道路会社6社が回収した「落下物」を調べた結果、平成28年度だけでおよそ76万件に上ることがわかりました。その内訳は積み荷を覆う布やシートが最も多くおよそ11万件、タイヤなど車の部品がおよそ4万件などとなっています。

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tai180919.4.jpgこちらは国土交通省の提供写真です。大きなコンテナがトンネル内をふさぎ、別の道路では大量の紙が道路に散乱しています。いずれもトラックなどで運ぶ途中に、落下したとみられています。積み荷の落下は、不十分な固定や最大積載量を超えて積み荷を積む「過積載」などが原因とみられています。


<10月から新たな点検義務化へ>
去年、岡山県で親子が死亡した事故を受けて国は対策に乗り出しました。3か月に1度、義務づけられている大型トラックの定期点検。10月からは新たにスペアタイヤとタイヤを固定する器具、それに車体に備え付けられている用具箱が点検項目に加えられます。

定期点検ではスペアタイヤを固定器具から外し、腐食や亀裂がないか詳しく確認する必要があるとしています。


<義務化を前に広がる点検>

tai180919.5.jpg義務化を前に、点検の動きが広がっています。およそ160台のトラックを所有する岡山市の運送会社「岡田商運」は、ことし5月からスペアタイヤのチェックを点検項目に自主的に入れています。点検を行うのは自動車整備士などの国家資格を持った社員です。

tai180919.6.jpgまずは車体に固定している部分をたたいて音を聞き、異常がないかをチェックします。通常と違う音がした時には、タイヤとつないでいるチェーンを緩め、直接、目で見てさびや劣化がないかを確認します。1台当たりの点検にはこれまでより時間はかかりますが、落下を防ぐためには欠かせない作業だと考えています。

「中国自動車道での事故は、また、いつ起きてもおかしくないと思います。これまでも、明らかに見た目で落下しそうだとわかるスペアタイヤは交換していたのですが、見逃していたものもあるので事故を防ぐためにも義務化して徹底して点検する方がいいと思います」(運送会社の整備士)


<業界団体も対策強化>
全国の運送会社で作る「全日本トラック協会」は、ホームページや広報誌を通じて、スペアタイヤなどの点検を呼びかけています。また、各都道府県にあるトラック協会に対しても、会員の事業者に点検の義務化を周知徹底するよう通知を出しました。全日本トラック協会では「今後も広報誌などを活用して繰り返し確実な点検整備を呼びかけていきたい」としています。


<対策が不十分という声も>
その一方で、スペアタイヤなどの点検を義務化するだけでは対策が十分ではないという声も聞かれます。

大手トラックメーカーの販売会社「岡山日野自動車」は、落下物をなくす取り組みを進めてきました。そのきっかけは、10年余り前に、この会社で整備・点検していたトラックから走行中にスペアタイヤが落下したことでした。原因は、中国自動車道での事故と同様、車体に固定するための器具の劣化でした。しかし、点検で見抜くことはできなかったのです。

tai180919.7.jpgこの事故を教訓に会社は、スペアタイヤの点検方法や注意すべき点を顧客である運送会社のドライバーなどに伝え続けています。講師役の整備士は、ドライバーが目的地に出発する前にスペアタイヤを固定する器具などをたたいて、その音に違和感を感じた時には、車両を念入りに調べるなど、これまでの経験をもとに、点検の仕方を指導します。
その現場からは今、対策をより徹底すべきだという声も聞かれます。その理由は、トラック特有の製造過程にあります。

トラックはメーカーが出荷する段階のほとんど骨組みだけの状態です。タイヤのフェンダーやサイドバンパーといった部品は、運送会社などのユーザーが、必要に応じてあとから取りつけます。出荷後に取りつけられる部品は10数種類。スペアタイヤなどを除いて、点検が義務づけられていないのです。落下すれば、スペアタイヤと同じように、重大な事故につながりかねない取りつけ部品。事業者の自主的な点検に委ねられたままです。

tai180919.8.jpgベテラン整備士、水本洸太郎さんは「法律が関係していない部分もしっかり点検を実施して、予防していくということにしていかないと、事故はなくならないと思うんです。お客様に安心して乗ってもらえるっていう風なことを意識して、点検していきたい」と話しています。


<運送会社が責任を持った対策を>

tai180919.9.jpg落下物の現状に詳しい東京海洋大学の渡邉豊教授は、部品の点検だけでなく、積み荷の固定も含めた対策が欠かせないと話します。

「荷物を積んで運ぶ、というのはトラックなどの商用車にとってそもそもの目的です。大型免許を取得する際、荷崩れを防ぐための具体的な実習・講習を必須にするなど、ドライバーが必要な知識や技術を身につけられる仕組みをつくるべきです」

さらに渡邉教授は、運送会社が責任を持って積み荷の固定や部品の点検を行う仕組みが必要だと指摘します。

「運輸業界では、大企業から中小企業、さらに個人事業主のようなドライバーへ輸送委託され、労働力不足の中、現場に強い負荷がかかっているのが実態です。過酷な労働条件で分刻みの配送を求められるドライバーだけに積み荷や部品の点検を徹底させるのは現実的ではありません。運送会社の運行管理者が責任を持って指導やチェックを行い、会社をあげて落下物事故を防ぐ手立てをとることが必要です」


<落下物をなくすためには>
人の命を奪う危険な「落下物」。取材を通じて感じたのは、現状の制度だけでは落下物事故を減らしていくことは簡単ではないという実態です。

10月から始まるルールも、岡山県で起きた痛ましい事故で落下物の危険性がクローズアップされたため、改正につながりました。事故が起きてからではなく、事故をどう未然に防いでいくのか。国や運送業界などには、安全を最優先にした対応が求められています。

 

投稿者:藤目琴実 | 投稿時間:13時53分

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