文研ブログ

メディアの動き

メディアの動き 2021年09月28日 (火)

#343 「分断の時代の不偏不党」

メディア研究部(海外メディア) 税所玲子


 イギリスで、視聴者から5万件を超える苦情が殺到したキャスターの言動についての報告書が今月、発表されました。対象となったのは、最大の商業放送ITVの朝のニュース番組「Good Morning Britain」の3月8日の放送です。イギリス王室のメーガン妃が、「王室のメンバーが生まれてくる子どもの肌の色を心配していた」「王室での暮らしに追い詰められ、自殺さえ考えた」など、王室を厳しく批判したインタビューについて、当時キャスターを務めていたピアース・モーガン氏が 、「彼女のいうことは全く信用できない。彼女が天気予報を読んでいたとしても、信じられなくらいだ」と猛攻撃。同僚のキャスターとの激論の末、「もう十分だ!」とスタジオから飛び出していってしまったのです。

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スタジオセットから去るモーガン氏
(ITV NewsのYouTubeチャンネルより https://www.youtube.com/watch?v=Lc7o7ZB1Cow


 タブロイド紙の編集長からキャスターに転じたモーガン氏は、誰にも挑発的に議論を挑むことで知られ、ヒートアップするスタジオトークがいわば“番組の売り”でした。しかし、「人種」「メンタルヘルス」というセンシティブなテーマに触れる内容だっただけに苦情が殺到。外部規制監督機関Ofcomが、放送局が守るべき規範であるBroadcasting Code に違反しているかどうか、調査に乗り出すことになったのです。
 イギリスでは、Ofcomが介入しての苦情処理は決して珍しいものではありません。内外の放送局のコンテンツが、正確性や公平性、青少年やプライバシーの保護などジャーナリズムの原則を守っているか、調査を行い、違反があれば制裁措置を下します。そのBroadcasting Codeでも、中心的な価値とされ、違反となれば大きな議論を呼ぶのが「不偏不党(impartiality)」です。1950年代、商業主義に走るアメリカのテレビ業界と同じ道を歩むまいと、「公共サービス放送(Public Service Broadcasting)」の制度維持を決めたイギリスでは、その公共性を裏打ちする「不偏不党」はことさら重要視されるのです。

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左:BBCの編集ガイドライン   右:不偏不党の遵守を呼びかけるBBCデイビー会長
(いずれもBBCのウェブサイトより)

 「不偏不党」は日本でも放送法に明記されている重要なものです。しかし、私は、長年の記者生活の中で、それを実現するにはどうしたらいいのか、迷うことが少なからずありました。意見が割れる複雑な問題を前に両論併記にしてしまったこともあります。そこで、文研で研究活動を始めるにあたり、公共放送の代表格BBC の報道現場で、この「不偏不党」がどのように実践されているのか、調べたいと思いました。そのプロセスのひとつに概念を言語化しようという試みがありました。「不偏不党」を錬金術師の仕事に例えて次のように表現していました。
 『作業部屋の棚に12の薬の瓶が並んでいると想像してもらいたい。それぞれの瓶に、正確性、バランス、文脈、取材対象との距離、公平・公正、客観性、先入観の排除、厳格さ、冷静さ、透明性、そして真実というラベルが貼ってある。1つの瓶だけでは「不偏不党」は作れない。12の成分がそろって初めて「不偏不党」という化合物ができあがる。それを混ぜ合わせて、製品にするのが錬金術師たる制作者の仕事だ』
 「なるほど」と感心しましたが、ソーシャルメディアの利用拡大にともなって 、情報と意見がごちゃまぜに洪水のようにあふれる今の時代にあって、BBCも失敗と無縁ではありません。その度に苦悩し、「不偏不党」の実践の仕方を模索しています。その詳細を「放送研究と調査」8月号にまとめてみましたので、お読みいただければと思います。

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左:モーガン氏についての報告書   右:審査結果を伝えるOfcomのツイッター

 ところで、冒頭にご紹介したモーガン氏について、Ofcomが下した決定はというと「問題なし」。個人的には、その激高する様を見て冷や汗が出ただけに意外な印象でしたが、75ページにわたる報告書では、相方のキャスターが行ったモーガン氏への反論の内容や、ゲストのコメンテーター、メンタルヘルスの専門家などのコメントを一言一句分析し、番組全体を通じて多様な視点が反映されているとしています。そして、そのこととモーガン氏の表現の自由との兼ね合いで、極めて難しいバランスではあるものの、許容できるとの判断をしたとしています。
 放送現場で理論をどう実践していくのか。研究の材料は無限にある、と感じます。



メディアの動き 2021年09月14日 (火)

#342 政治は変わる、変わらない? ~衆院選、そして来夏の参院選~

放送文化研究所 島田敏男


 先月11日付の文研ブログで、私はNHK世論調査の内閣支持率と政党支持率のクロス分析を紹介しながら、「自民党支持者の『菅離れ』が加速するようならば、自民党内に『菅降ろし』の動きが噴き出してくることが想定される」と指摘しました。

 それからわずか3週間余、『菅降ろし』が表面化する前に9月3日には『菅降りる』という展開になってしまいました。9月17日告示、29日投開票という日程が決まった自民党総裁選を勝ち抜くことは困難と判断したわけです。

 この背景には、菅氏に総裁の残りの任期を託した安倍総理、第2次安倍内閣の発足から政権の支柱となってきた麻生副総理兼財務大臣が、菅続投に懐疑的になったことがあります。以前は盛んに発していた「菅再選・続投支持」の声を潜めるように変化していました。

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 次第に後ろ盾が無くなった菅氏は、「自民党総裁選の前に衆議院の解散・総選挙に踏み切れば、総裁選自体を先送りできるのではないか」という一点突破の仰天アイデアを検討。しかし、これが逆に党内の反発を買い、自ら土俵を割ることになってしまいました。

 本来、政権を担っている自民党の総裁選びには、あるべき日本の中長期的な姿をどう構想するかといった政策論争が期待されています。ところが今回は10月21日に衆議院議員の任期満了を迎える直前というタイミングになり、「議席を維持できる選挙の顔探し」の要素が大きくなっています。

 各種世論調査では、ワクチン接種の推進にあたってきた河野太郎行政改革担当大臣の人気が一歩先んじていて、真っ先に名乗りを上げた岸田文雄政務調査会長がこれに続いています。高市早苗総務大臣も、安倍総理の応援を梃子に岸田氏の背中を追っています。

 ただ正直なところ、これまでの各氏の発言や発信を見る限り、安倍・麻生の支持を得たいがために、安倍・菅政権の進めてきた政策を大きく転換するような内容は見当たりません。

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 永田町では昔から「パペット(puppet)」という言葉がよく使われます。
「操り人形」の意で、影の実力者に支えられながら政権運営している姿を揶揄する時に使われてきました。昭和の時代に、闇将軍の田中角栄総理に支えられながら政権を発足させた当時の中曽根康弘総理がこう評されました。ただ、中曽根氏は次第に自力で足場を固め、5年近い長期政権を築いたことを付言しておきます。


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 今回の自民党総裁選の3立候補予定者(14日午後の時点で石破茂氏は立候補見送りへ、野田聖子氏は模索中)は、多かれ少なかれ2A=安倍・麻生を敵に回したくないという姿勢です。

 17日の告示以降、日本記者クラブ主催の討論会など、政策や政治理念の違いをぶつけ合う場面が続きます。そこで独自性を発信して政治の変化を期待させる姿を見ることができるのか?それともパペットぶりを発揮して、内向きの選挙の顔選びに終始するのか?自民党総裁選の姿そのものが、国民の前に晒されます。

 さてここで、9月のNHK世論調査の結果を見ておきます。菅内閣の下で最後になる調査は10日(金)から12日(日)にかけて行われました。

☆菅内閣を「支持する」30%で、「支持しない」50%でした。8月と比べ「支持する」+1ポイント、「支持しない」-2ポイントで、ほぼ横ばいでした。

 これを自民党支持者に限ってみると「支持する」が50%で、去年9月の菅内閣発足直後の85%から大きく落ち込んでいて、この1年間で最も低い数字だったという点が特徴的です。やはり自民党支持者の『菅離れ』は止まりませんでした。

 では総裁選の後、国民はどういう政治の姿を望んでいるのでしょうか?

 自民党の新しいリーダーが決まった後、国会で総理大臣指名選挙が行われますが、現在は衆参共に自民・公明の与党が多数を占めていますので、新総裁が新総理に就任して内閣をスタートさせ、衆議院選挙に臨みます。

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☆その衆議院選挙で、あなたは与党と野党の議席がどのようになればよいと思いますかと聞いた結果です。

「与党の議席が増えた方がよい」22%、「野党の議席が増えた方がよい」26%、「どちらともいえない」47%となっていて、全体の半数近くが判断に迷っている状況です。

 この「どちらともいえない」について詳しく見ると、与党支持者で47%、野党支持者で20%、無党派層で53%となっています。

 「どちらともいえない」が半数前後を占めている与党支持者と無党派層の回答が、今後どう変化してくるかが選挙結果を探るポイントになりそうです。
 過去の選挙でも、この質問に対する回答の変化が、実際の投票行動の傾向に結びつくことがありました。ここは来月以降の注目点です。

 衆議院選挙の行方は流動的ですが、野党の間で候補者が乱立しないよう調整を図ることができれば、自民・公明の与党に厳しい結果を生じさせることが考えられます。

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 今度の衆議院選挙の先には、来年7月に半数が任期満了となり改選を迎える参議院選挙が控えています。ここまでを「選挙の1年」と呼ぶこともできます。

 ある立憲民主党幹部は「一度の選挙で大逆転できるほど世の中は甘くはない。だけど多くの国民に共感してもらえる社会保障政策や安全保障政策を発信して与野党伯仲の状態を作って行けば、失われて久しい政治の緊張感が戻ってくる」と、自らを鼓舞するように語ります。

 安倍・菅時代には国会で深みのある論戦が交わされたとは言い難い面がありました。それが国民と政治の距離を引き離していたとも言えます。

 「選挙の1年」では、コロナ禍を乗り越えながら、これからの社会を展望する国民的議論を一気に深めたいものです。



メディアの動き 2021年09月02日 (木)

#340 新型コロナワクチン接種をめぐる流言・デマと報道

メディア研究部(メディア動向) 福長秀彦


 新型コロナウイルスの感染拡大が止まりません。8月に入ると、一日の新規感染者が東京で5千人を突破し、全国では2万人台を超えました。ワクチンを未だ接種していない人が多い50代以下がその大半を占めています。
 感染収束の“決め手”とされているワクチンですが、接種の対象者が医療従事者や高齢者から一般の国民へと広がるに連れて、接種への不安を煽るような「流言」(事実の裏づけがないうわさ)や「デマ」(作為的なウソの情報)が飛び交うようになっています。これまでにSNSやインターネットのサイトなどを通じて拡散した流言やデマは、筆者が確認しただけでも優に50種類以上はあります。

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 上記のヴァリエーションも多数飛び交っているものと見られます。筆者自身も高齢者の友人から「動物実験のネコが全部死んだ」という話を直に聞きました。専門家によると、普通は動物実験でネコを使うことはないとのことですので、友人の話は上記の「動物実験のネズミ」がネコに転じたものと考えられます。

 社会心理学の先行研究によると、人びとが不安や恐怖、怒りなどのストレスを強く感じているときに、流言やデマが拡散しやすくなります。NHK放送文化研究所では、高齢者への「優先接種」が始まる直前の3月末から4月初めにかけて、全国の成人男女4千人を対象にインターネット調査を行い、新型コロナワクチンの安全性に対する信頼度を調べました。信頼度が低ければ、ワクチンの安全性への不安が強いことになります。

図1にその結果を示します。

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 結果は「信頼していない」が8%、「あまり信頼していない」が24%で、程度の差はあるものの、新型コロナワクチンの安全性に不安を感じる人が少なくないことが分かりました。不安が憶測を呼び、それによって多数の流言やデマが拡散していると考えられます。

 メディアは、流言・デマが拡散してワクチン接種への無用な不安が増幅しないよう、正確で客観的な情報を提供しなければなりません。その際に重要なのがメディアへの信頼です。メディアの情報にバイアスがかかっていないと人びとが考えることが肝心です。インターネット調査では、ワクチンの安全性をめぐる報道の信頼度(図2)や報道への不満・懸念も質問しました。

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 図2を見ると、「あまり信頼していない」「信頼していない」を合わせると、37%に上ります。ワクチンの安全性をめぐる報道が「十分な信頼を得ている」とは到底言い難い結果です。
 安全性に関する報道への不満や懸念では、「不安を煽っている」「分かりにくい」「客観性に欠ける」「説明が不十分」「接種の悪影響を過小評価している」という指摘が多く見られました。
 人びとが不安を抱いている状況について情報が不足していたり曖昧だったりする場合も、流言やデマが拡散しやすくなります。メディアがいくら正確な情報を伝えても、信頼されず相手にされていなければ、それは情報不足と同じことになってしまうでしょう。また、報道が「分かりにくい」というのは、情報の曖昧さに通じると考えます。

 図1.2から、流言・デマが拡散しやすい情報環境になっていることが分かります。まずもってメディアはさまざまな批判の声に真摯に耳を傾け、信頼の向上に努めなければなりませんが、同時に流言・デマの拡散を効果的に抑制する報道のあり方を追求することも重要でしょう。そのためには、流言・デマの実相を知る必要があると思います。
 夥しい数の流言・デマのうち、一体どのようなものが広範に流布しているのか。それらは何故、拡散力が強いのか。そして、接種の意思決定にどの程度の影響を及ぼしているのか。こうした問いに対する答えを探り、報道のあり方を考える調査・研究をしてみたいと考えています。

 図1と2に示した調査結果は『放送研究と調査』7月号「新型コロナワクチン接種をめぐる社会心理と報道~インターネット調査から考える~」に詳しく書きましたので、興味のある方はご一読ください。


メディアの動き 2021年08月13日 (金)

#339 NHK経営委員会の議事起こしの開示① 会長への厳重注意はどのように行われたのか?

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子


1)はじめに
 7月8日、NHK経営委員会(経営委)は、2018年10~11月に行った3回分の議論を“粗起こし”した資料(議事起こし1))を開示しました2)。内容は、かんぽ生命の保険の不適切な販売に関する取材でNHKにガバナンス上の問題があったとして、経営委が上田良一会長(当時・以下、前会長)を厳重注意したことに関するものです。厳重注意は、「委員のみの会(通称・のみの会)」という非公表を前提とした会の中で行われ、視聴者・国民に知らされることはありませんでした。私も含めNHKのほとんどの職員も、約1年後に毎日新聞が報道3)するまで、その事実を全く知りませんでした。

 報道後、経営委の対応は個別の番組への編集に干渉することを禁じた放送法に違反しているのではないか、また、厳重注意によってNHKの自主自律が脅かされたのではないかと、国会などで大きな議論に発展しました。こうした状況を受け、経営委は今回の開示に至るまでに、議事の経過や議論の概要を徐々に公にしてきました4)。ただし議事起こしについては、議論は非公表を前提に行ったものであるため、開示は今後の経営委の運営に支障をきたすとして、公表することを拒んできました。今回、全面開示に至ったのは、情報公開制度の客観性・公平性を担保するため設けられている第三者機関、NHK情報公開・個人情報保護審議委員会(情報公開審議委)が、2度にわたり対象資料を速やかに開示するよう求める答申5)を出しており、経営委はその答申に従わざるを得ないという判断からでした。情報公開を求める視聴者とメディアの行動が、経営委の態度を変化させるきっかけを作ったと言っていいと思います。

 今回開示された議事起こしは、当時の状況を把握し、課題を検証するための極めて貴重な材料であることは間違いありません。しかし、このことを文研ブログで扱うかどうかについては正直かなり悩みました。文研はNHKの一組織であり、所属する私もNHKの一職員であり、広い意味でこの問題の当事者であるからです。NHKも、ニュースとしてはこのことを一切取り上げていません。また、私はかつて、15年近くディレクターとして報道番組の制作に携わっており、この問題にどれだけ冷静に向き合えるか、自信があると言ったら嘘になります。しかし、NHKのあり様も含めてメディア界の主要動向をウオッチするという文研の役割や、既に私は、事実関係の整理として2020年6月の論考でこの問題に触れていたこと6)も併せ考えると、やはり扱わないわけにはいかないと判断しました。

 加えて、私が執筆しなければならないと感じたのは、資料の開示はNHKに情報公開を請求した者に対して行われたものであり、現在も広く視聴者・国民がアクセスできるものにはなってはいないという点です。今回の問題は、国民の代表としてNHKの業務の執行を監督する経営委という組織は果たして正しく機能しているのかが問われたものと言えます。その意味で、受信料制度の根幹にかかわるものです。私は、毎日新聞が有料版で議事起こしの全文を掲載したもの7)を読みましたが、NHKでメディア研究に携わるという立場として、いえ、この立場だからこそ、これからのNHKのあり方を考えていくために、今回の問題について、できるだけ多くの人たちに関心を寄せてもらえるような形で示していく責任があると感じました。
 また、7月23日には、経営委が今回なぜ議事起こしを開示する判断に至ったのか、その経緯がわかる議事録が公開されました8)。ブログでは、これらの内容を中心に、複数回にわたってこの問題について考えていきます。

2)改めてこれまでの経緯を振り返る
 NHKが初めて番組でかんぽ生命の保険の不適切な販売について取り上げたのは、2018年4月放送の「クローズアップ現代+(クロ現+)」でした。それから今回の議事起こしの開示に至るまで、既に3年以上が経過しています。かなり細かくなりますが、改めてこれまでの経緯を時系列にまとめてみました。

※画像をクリックすると、はっきりと大きくなります。↓↓↓

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 なお、この問題については、NHK関係者による証言や内部資料の提供などをもとに、新聞社や雑誌などで様々な報道がなされています。その中には、事実関係や認識を巡って、日本郵政やNHK執行部と食い違いがみられる箇所も見受けられます9)。この時系列表はあくまで、関係者が公式に会見や国会などで発言した内容や、議事録など公開されている情報をもとに作成したということを述べ添えておきます。

 経緯は大きく三つに区分できると思います。
 第一期は「水面下で行われた抗議・厳重注意・事後対応」としました。まず日本郵政がNHKに対して2度の抗議を行い、加えてNHKのガバナンス体制に問題があるとして経営委に検証と対応を求めます。それを受け、経営委は非公表前提の“のみの会”で会長に厳重注意を行います。NHK会長は厳重注意の内容に異を唱えるものの、最終的には放送総局長が会長名の書面を携えて日本郵政を訪問、その後も再度訪問し、職員研修の状況などを伝えています。一連の出来事は全て視聴者・国民には知らされず、水面下で行われました。

 第二期は、「日本郵政に関する様々な問題が明るみに」としました。NHKがいち早く「クロ現+」で報じたかんぽ生命の保険の不適切販売ですが、その後、そうした販売の実態や、郵政の組織の課題が続々と明らかになっていきます。経営委による会長への厳重注意も、ちょうどこの時期に報じられました。最終的にかんぽ生命と日本郵便は、3か月の業務停止という処分を受け、NHKに抗議した日本郵政3社の社長及び上級副社長は退任しました。NHKでも時を同じくして上田会長と石原進経営委員長が退任、新たに経営委員長には、会長厳重注意の議論を実質的にリードした森下俊三代行が就任しました。

 第三期は「全面開示に向けた動き」としました。開示請求者による不服審査請求に相当する「再検討の求め」を受け、情報公開審議委が2度の答申を出します。1度目の答申を受けて議事起こしの概要を公表した経営委の対応を受け、2度目の答申には、「対象文書の改ざんというそしりを受けかねない」との厳しい文言が付されました。その後、経営委では開示のあり方を巡り10回の議論が続けられ、全面開示されました。これとは別に、この時期には、研究者を始め100人以上の視聴者たちによる全面開示を求める提訴も行われました。

3)会長への厳重注意はどのように行われたのか
 次に、今回開示された“のみの会”の議事起こしのポイントを再構成してみます10)。議事起こしは、NHKのガバナンス体制の検証を求め日本郵政から経営委に出された文書をめぐる10月9日の議論と、会長を厳重注意した同月23日の議論が中心になっています。のべ45ページにも及んでいますが、これまでのメディアの報道では、一部の発言が断片的に紹介されるに留まっています。本ブログでは議論の文脈が把握できるよう、かなり長くなりますが私なりに整理しておきたいと思います。

<10月9日>

   のみの会は、議事録を残す公式な経営委員会に引き続いて行われました。この日はまず、日本郵政から経営委に届いた書面の内容が紹介されました。書面のポイントは下記です11)

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*背景にはNHKの取材への不信・不満
 石原委員長は書面を読み上げた上で、NHKと日本郵政の間では「いろいろ途中でやりとりもあったと思いますが、納得できないので、最終的にガバナンスの問題として、番組の中身の問題としてだと経営委員会はなかなか受け入れがたいところがあるわけでありますが、ガバナンスの問題だと、これは放ってはおけなかろうというので経営委員会にこういう文書が来た」とコメントします。経営委で議論する前提として、日本郵政がこの書面を発出した背景には、NHKの番組内容や取材姿勢に対する不満があるというニュアンスが共有されました。

*議論の中心は取材手法や番組内容
 この日の議論で最も多く時間が割かれたのは、番組の取材手法や内容に関するものでした。2人の発言を紹介しておきます。
 取材手法についてコメントしたのは森下代行です。「クロ現+」はSNSで視聴者から体験談などを募集してそれを活用しながら番組を制作するオープンジャーナリズムという取材が用いられましたが、これについて僕は非常に乱暴なやり方だなと」「公共メディアということを標榜している限りは、一番大事なのは情報の信頼性というか、情報の正確性なので、そういった意味で一方的な意見だけが出てくるという番組はいかがなものか」と、言葉を変えながら懸念を表明していました。また、「私たちはそういう番組のつくり方について、きちんと基準をつくらせないといけない気がする」「執行部と議論をして、しっかりした枠組みをつくるという、そういう意思を表明することが、この郵政に対する回答にもなる」と対応策についても力説しました。
 渡邊博美委員は「クロ現+」の番組についてこう述べました。「営業を妨害するような、イメージダウンさせるようなことを番組でやるというのは、NHKの役割としては、私はちょっと。犯罪が起きたとかというのだったら分かりますけれども、そうでない中でこういう番組が出るというのは、やっぱりガバナンスが効いていないと言われてもしようがないんじゃないか」

*ガバナンスの検証のポイントは?
 日本郵政の書面の本題である統括CPの発言とその後のNHKの対応を巡っては、複数の委員からガバナンス検証のポイントが示されました。挙げられた主なものとしては、職員の放送法の理解度は?初動の対応に遅れはなかったか?対応内容は会長も把握していたのか?NHK内に抗議対応のルールはあるのか?モニタリングはどのように行われているのか?などでした。

<10月23日 会長同席のもと監査委員の報告と質疑>

*“NHKの説明責任は果たされていた”(監査委員)
 この日の会は、上田会長同席のもとで行われました。まず行われたのは、NHKのガバナンスに関して、会長や危機管理の担当部局にヒアリング調査をした監査委員会からの報告でした。監査委員会とは、経営委員の中から任命された3名以上の委員で構成され、経営委員を含む役員の職務の執行を監査する権限を有する組織です12)
 常勤監査委員である高橋正美委員からは、統括CPの発言後のNHKの対応について、CPの所属部署の「トップであるセンター長から相手に対しては言葉足らずでしたということで明確な説明はなされています。」「ガバナンスの基本的なところなんですけれども、そこについてはものすごく、時間どおり確実に上がって、その指示もちゃんと動いている」として、会長も状況を把握した上でNHKから日本郵政への説明責任は果たされており、ガバナンスには問題がなかった旨が報告されました。

*取材手法や番組内容を巡る意見相次ぐ
 この報告に対し、森下代行は、前回の9日に述べた発言を上田会長の前でも繰り返します。「今回の番組の取材も含めて、極めて稚拙といいますかね。さっき、取材が正しいと言う話もあったけれど、取材はほとんどしてないです。(中略)それは番組としてはしょうがないと思う。ところが、その後、またどんどーんとインターネットでやったわけですね。そのときに、その反省をしないで、同じことを繰り返した。(中略)要するに、僕は今回、極めてつくり方に問題があると思うんだ。(中略)何でもかんでも視聴者が言ってきたことに対して、これはもう訂正できないとか言って、つっぱねるという姿勢はいかがなものか。(中略)報道関係で、やっぱりこれは反省すべきだったら反省すべきということで、ちょっとそこのところの考え方を執行部で整理してもらったほうがいい」
 この森下代行の発言をきっかけに、議論は9日同様、取材手法や番組内容に関する内容になっていきます。「クレームの後の対応についてではなくて、番組の作り方においてなんですけれども、見た感じ、若干商品の説明に誤解を与えるような説明があるなと(中略)。客観的に見て妥当であるのかどうかということを検証しておかないと、やはりNHKの影響力ということを考えると、逆に非常に大きな誤解を生んでしまう可能性がある」(小林いずみ委員)、「今回の件については、ちょっとそこが、私も一方的になり過ぎたような気がして。その番組そのものについて、やっぱりガバナンスというものにつながるかもしれないですが、NHKの場合、それだけ影響力があるということをやっぱり考えた上でうまく対処しないと、また同じような問題が起こるのではないかなと」(渡邊委員)。

*“対応はトップである会長がすべき”
 議論はその後、NHKは日本郵政に対し説明責任を果たしたという監査委員の報告に対し、本当にそれで十分だと言えるのか、という方向に発展していきます。「向こうのちゃんとした責任者が連名でもってきちんとクレームしてきているというものは、(中略)何らかの対応をトップはしたほうがいいんじゃないか」(槍田松瑩委員)、「郵政の3社長が来たら、NHKは会長として直接何らかのきちんとしたアクションを示すべきではないかと。これはガバナンスができていないという、ほかの言葉で私はあらわせられない、非常に重要な問題だと思います」石原委員長)。

*“会長の指示で続編を中止し、かんぽ生命社長にも報告している”(監査委員)
 会長が自ら対応すべきではないか、という発言が続く中、上田会長が初めて口を開きます。「私が向こうのトップにどう対応したかということも報告してありますから」。それを補うように高橋委員からは、「例えば続編をやめたなどというところについても、実質上は会長の指示に従って、総局長が動いて止めているというようなことです」「会長と、この3人の中のかんぽ生命の植平社長とは、この案件が起きてから、「1000万人のラジオ体操」、NHKとかんぽ生命でやっている番組があるんですけれど、そこでお会いになったときに、口頭ではありますけれども、この状況についての説明を先方にはされている」との説明がなされました。ちなみにNHKは2019年10月、「クロ現+」のウェブサイトに日本郵政からの抗議を巡る一連の経過を説明13)していますが、高橋委員が発言されたような内容は記載されていませんでした。

*“経営委員会は番組内容に踏み込んでいいのか?”
 番組内容や取材手法に触れる議論が続く中、監査委員の一人でもある佐藤友美子委員からは、経営委のあり方について次のような問題提起がありました。「番組であるとすれば、やっぱり経営委員として何か言えるというところが実はないんですよね。(中略)一人の人が言ったそういう間違いとか番組が、そのまま、じゃ、例えば会長が謝っていないということで、ガバナンスが悪いなどというふうに、結び付けていいのかという。(中略)最初のところで、この番組は問題があったんじゃないか、から話が始まってしまうと、それはとっても違うところにいってしまうので、そこはすごく要注意の所だと思います」。
 この発言を受けて長谷川三千子委員からは、「経営委員会というのは普通、本来、番組について云々する委員会ではないと、もう再三言われているんですが、ただ、こういう問題をきちんと論ずるにあたっては、どうしても番組内容に踏み込まざるを得ないような場合というのも出てきて、そのあたりを経営委員会としてどういう風に考えるのか」との問いが出されました。これに対し石原委員長は、「中身がどうだこうだということを我々が言うわけにもちろんいかない。いかないけれども、ここで、みんなでその実態を議論、理解するには、こういうことがあったんですよということをみんなが知らないと議論にならない」と応答しました。
 その上で、石原委員長は上田会長に対し、日本郵政が抗議している番組内容や取材手法についてコメントを求める局面もありました。上田会長は「個別の番組の放送内容にかかわる事柄については、従来どおり、返答を差し控えさせていただきたいと思います」と発言、その後、石原委員長は上田会長に退席を求めました。

<10月23日 会長退席のもと厳重注意の内容を決定>

*抗議してきた日本郵政も視聴者
 会長が退席した後、経営委から日本郵政に返す文書と、会長への厳重注意の内容の検討が行われました。石原委員長からは厳重注意の文言として、「視聴者目線に立った視聴者対応が適切に行われるよう、必要な措置を講ずる」ことを会長に求めるという案が示されました。ここでの“視聴者”とは、抗議をしている日本郵政が想定されていました。
 これに対し佐藤委員から、「この郵政の方は別に視聴者じゃないので、その辺があまり理解できなかった」「普通に言えば、視聴者って見ている人って感じですけれど。もしこれがどこかへ出たときに、外の人がどうとるかね」との懸念が表明されました。この懸念に対しては、厳重注意は議事録の残る経営委員会ではなく、非公開の“のみの会”で行うのを前提としていること、そして森下代行からは「全部がもう視聴者なんです、NHKから見たら」「NHKは視聴者目線に立っていない」「やっていることは正しいことをやっているんだけれど、外から見えないわけだから、そこが今回指摘されているわけですよ。郵政が何でこんなにしつこく言ってくるのかというところがやっぱり根本です」との発言がありました。佐藤委員は、「ほかの人にはこんなこと絶対しないですよね。普通にクレームが来たときには、こんなことは絶対しないんじゃないですか」と納得がいかない様子の発言を続けます。「本当はBPOか何かで、ばーんと言ってくださってもいいんですけどね。間違いで、こんなこと言われたとか…」。これに対して森下代行は、日本郵政が問題にしているのはBPOが扱う番組ではなくツイッターの内容についてであり、経営委にはその場合のガバナンスの話で来ているのだから対応をしなければならない、と返しました。

*“書けば書くほどリスクが増える”
 中島常正委員からは、「番組の作り方、つまり執行ですね、そこがかなり問題にされたと。そこで、会長はその責任があるわけですよね、ガバナンスとは切り離しても。そのことについて何も触れていないのは、経営委員会の立場としては。」との意見も上がりました。それに対しては石原委員長からは、「直接、番組の問題の中に入る危険性がある」「法律にさわるから、こういう言い方になっている。向こうは、したがって、そこもわかっていて、ガバナンスの問題だと」、高橋委員からも「書けば書くほどリスクが増える」といった発言がなされ、厳重注意の文面の中では、番組内容や取材姿勢への直接的な言及は避ける旨が確認されました。

<10月23日 会長に厳重注意>

 再び上田会長が入室し、石原委員長から以下の内容の厳重注意が口頭で行われました。

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*問題とされているガバナンスとは何なのか?
 厳重注意を受けた上田会長は、戸惑いを隠せない様子で、「必要な措置」という文言の意図について経営委員たちにこう問いかけました。
「ガバナンスといったときに、具体的に例えば番組の編集の過程のところをしっかりと見ていけと、そういうお話になってくると(中略)個別番組に絡むような形でのガバナンスということになりますと、私のほうとしてもなかなか対応が、(中略)外に向かってそういうことをやりますというようなことを宣言するのは非常に難しくなってくると思うんですけども、そのあたり私として、監査委員のほうは問題ないとおっしゃってくれているので、私のほうでガバナンスの問題として何をとらまえて、どういうふうにお返事をしたらいいのか」(上田会長)。
 その後もガバナンスという言葉が、上田会長が問いかけた番組の編集過程におけるチェック体制という意味なのか、抗議が来た時に内部で対応する体制という意味なのか、それとも職員の放送法に対する理解度という意味なのか、それらが確認されることなく、すれ違ったまま議論が進んでいきました。
 その中で、ガバナンス上の瑕疵があったとは認められないとする報告を行った高橋監査委員に対しても改めて意見が求められました。高橋委員は、今回のクレーム対応は正しいルートで行われ、内部での判断を下せる体制があると述べた上で、以下の発言を行いました。「話の中心になっているのは、視聴者対応というか、これをどう考えますかという話だと思うんです。我々の内部がいくら正しいということであっても、対外的にクレームをつけてきたところがそれを全然理解されていない。この状況を放置するということが本当にいいんでしょうか。(中略)それはちゃんと管理監督義務があるわけですからというのが今の状況ということだと思います」

*放送事業のトップの責任
 議論はその後、日本郵政の抗議に対して会長が直接対応していない、もしくは会長の権限を分掌された責任者が対応していないことが問題であるという流れになっていきます石原委員長は、「僕らの感覚でいって、NHKの中のルールじゃなくて、世の中の常識的なやり方があるだろうと思って、かなり中身の問題だとややこしいから言いませんけれども、やっぱり問題があります、こっち、NHK側のやり方。(中略)やっぱりそれなりの対応のとり方があるんじゃないか」と発言します。
 上田会長は、この手のクレームはものすごい数があるとし、「基本的な説明はやっぱり現場からやっているんです。それをいちいち会長からやっていたら、とてもじゃないけどカバーし切れないですから。(中略)それをいやいや、会長にやったんだから会長が答えろと。電話14)の答えじゃ満足しないということであれば、その辺は非常に難しい」と述べました。加えて、「実際に個別の具体的な番組に関してご不満があればBPOとかそれを解決する組織があって、そういうところでやることになってるわけですね。(中略)ただ、それをBPOとかそういう場じゃなくて、私が独自にやりとりするというのは基本的に、これ私も頭の切替が大変でしたけれども、民間の前の組織なんかではもう全然違う対応してると思いますが、放送事業に携わってるその責任を負ってる立場でどうあるべきかということをやはり考えながら実は行動してるわけです」と、放送局の経営には、一般企業とは異なる対応が求められるということを、自身の実感として述べました。

*“NHKとしては本当に存亡の危機に立たされるようなことになりかねない”
 結局、上田会長は持ち帰って検討するとしました。ただ、「担当がちょっと言い間違って(中略)、それを会長が謝らないというか、それをガバナンスが利いていない(原文ママ)というのは、それだけで世の中の人がこれが表に出たときに、そうだったんですかと、そのとおりですねという話になるかどうか。(中略)いや、実はということになったら、これはもうNHKとしては本当に存亡の危機に立たされるようなことになりかねない部分が(中略)。外に出て、大きな問題を惹起して、臨時国会も始まりますし、いろんなところで今まで私も5年余りこの手のやつは何度も国会で答弁したりしてやってきていますので、それだけは避けたいなと…」と心情を吐露しました。

*“やっぱり彼らの本来の不満は内容にある”
 議論の最後のところで、村田委員から以下のような発言がありました。「やっぱり彼らの本来の不満は内容にあって、内容については突けないからら(原文ママ)、その手続論の小さな瑕疵のことで攻めてきてるんだけども。でも、この経営委員会の現実としても、手紙が来た以上経営委員会が返事をしないわけにはいかないですよね。(中略)ガバナンスが効いていなかったという必要はないんだけれども、内部的に効いているんだから。だけれども、効いてましたから以上ですというわけにはいかない」この内容は、日本郵政から届いた書面を紹介した際の石原委員長の発言のニュアンスと軌を一にするものであり、一連の議論の底流にはこうした認識があったということが窺える発言でした。

4)次回以降に向けて
 経営委も述べているように、今回開示された資料は正式な議事録ではなく議論の“粗起こし”であるため、解釈には誤解もあるかもしれませんが、45ページの議事起こしを私なりに読み込み、できる限り客観的に内容の整理を試みてみました。次回は、この資料開示に至るまでの経営委員会の10回の議論について整理してみたいと思います。その上で、3回目に、この問題から何を学び、どのように今後の議論につなげていけばいいのか考えていきます。

 

【訂正】
8月13日に本稿を掲載した段階で以下の2点に誤記がありました。お詫びして訂正します。
「1)はじめに」のうち第3パラグラフ8行目
    誤)2020年7月  ⇒  正)2020年6月

「3)会長への厳重注意はどのように行われたのか」のうち*印第10パラグラフ3行目
    誤)経営員会    ⇒     正)経営委員会

 

 

1) 各メディアでは議事録として報じているが、NHK経営委員会は、今回開示した資料は正式な手続きを経て公表されている議事録とは異なるもので「議事の経過を記録したもの」としている。そのため本稿ではこう呼称することとする
2) NHK経営委員会ウェブサイト「NHK情報公開・個人情報保護審議委員会の答申への対応について」(2021年7月8日)
https://www.nhk.or.jp/keiei-iinkai/new/keiei210708.html
3) 毎日新聞「NHK報道巡り異例「注意」 経営委、郵政抗議受け かんぽ不正、続編延期」(2019年9月26日)
https://mainichi.jp/articles/20190926/ddm/001/040/131000c

4) NHK経営委員会ウェブサイト 「会長への申し入れについて」(2019年10月15日)、「郵政3社からの申し入れに関する経営委員会での対応の経緯について」(2020年3月24日)、同年7月31日には、これまで公開されている2018年10月9日、23日、11月13日の議事録に“のみの会”の資料や議事概要を追記
5) NHK情報公開・個人情報保護審議委員会ウェブサイト「情報公開の実施状況」2020年5月22日、2021年2月4日答申
https://www.nhk.or.jp/koukai/condition/jisshi_joukyou.html
6) 村上圭子「これからの“放送”はどこに向かうのか?Vol.5 ~常時同時配信議論を振り返る~」P12-15(『放送研究と調査』2020年6月号)
https://www.nhk.or.jp/bunken/research/domestic/pdf/20200601_8.pdf
7) 毎日新聞「NHKが開示した2018年10月9日の経営委員会の議事録全文」
https://mainichi.jp/articles/20210710/k00/00m/040/001000c
「NHKが開示した2018年10月23日の経営委員会の議事録全文」
https://mainichi.jp/articles/20210710/k00/00m/040/013000c
「NHKが開示した2018年11月13日の経営委員会の議事録全文」
https://mainichi.jp/articles/20210710/k00/00m/040/003000c(2021年7月10日)
(毎日新聞は情報公開請求をしたうちの一主体)
8) NHK経営委員会ウェブサイトの1372回~1381回の議事録のそれぞれの最後に「今後の経営委員会運営について」が追記された。こちらは議事録として公表されている
https://www.nhk.or.jp/keiei-iinkai/giji/index.html
9) たとえば、朝日新聞(2020年7月1日)「「気になることが」NHKかんぽ報道、続編放送の舞台裏」
https://digital.asahi.com/articles/ASN6Z55X4N6XULFA007.html
10) カギカッコ内の委員の発言は、開示された議事録からそのまま引用
11) カギカッコ内は、日本郵政からきた書面をそのまま引用
12) NHK監査委員会ウェブサイト https://www.nhk.or.jp/kansa-iinkai/
13) クロ現+ウェブサイト「かんぽ生命の保険をめぐる番組制作について」(2019年10月18日)https://www.nhk.or.jp/gendai/kiji/169/index.html
14) 大型番組センター長がした電話を指していると思われる



メディアの動き 2021年08月11日 (水)

#338 菅内閣を脅かすコロナとの戦い ~五輪も政権浮揚につながらず~

放送文化研究所 島田敏男


 まさに「それはそれ、これはこれ」ということなのでしょう。

 57年ぶりの東京オリンピックは1年遅れで無観客という前例のない形になったものの、アスリートたちの頑張りには多くの人が拍手を送りました。しかし、その大会期間中に東京エリアの新型コロナ感染者は爆発的に増え、ワクチン接種の効果が見えなくなるかのような勢いになりました。

 「無観客でのオリンピック開催は一定の評価ができる」「されどコロナの感染拡大を抑えることができなかったのは政治の責任だ」

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 こうした国民の意識を如実に表したのが、8月8日の閉会式を挟んで行われた各種世論調査の結果でした。10日の読売新聞朝刊は「内閣支持率最低35%」の主見出しに、「五輪開催よかった64%」と脇見出しを添えました。

 そして10日夜のNHKニュースは、7日から9日にかけて行った月例世論調査の結果を伝えました。

☆菅内閣を「支持する」29%で発足以来最低。これに対し菅内閣を「支持しない」52%で発足以来最高でした。支持を不支持が上回るのは4か月連続で、その逆転幅は先月の13ポイントから23ポイントに一気に拡大しました。

 従来は家庭の固定電話だけを対象にしていた電話世論調査に、4年前に携帯電話も加えるように変更して以来、「支持する」が30%を割ったのも、「支持しない」が50%を超えたのも初めてです。極めて厳しい結果です。

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☆東京オリンピックが開催されたことについてどう思いますか?という質問に対する答えです。「よかった」62%、「よくなかった」34%で、肯定的な受け止めが多数を占めました。

 では、オリンピックを開催して「よかった」と答えた人は、菅内閣に対してどういう姿勢を示しているのでしょう?いわゆるクロス分析で見ます。

 「よかった」と答えた人のうち、菅内閣を「支持する」39%、「支持しない」40%と割れていて、五輪開催に対する肯定的評価は内閣支持に直結してはいません。

 逆に開催して「よくなかった」と答えた人では、「支持する」11%、「支持しない」75%となっていて、五輪開催に対する否定的評価は内閣を支持しない姿勢につながっています。

 国民の意識がこうなっている理由が、大会期間中にコロナ感染者が増え続け、「安全・安心な大会」とは程遠いものになったからに他なりません。

 組織委員会の幹部は「選手や関係者の感染は限定的だった」と強調します。しかし、多くの感染症専門家が指摘するように、オリンピック開催によって国民の間に生じた『ゆるみ』が感染拡大につながった現実は否定できません。

 こうして見ると、前任者から託された東京オリンピック開催は、菅総理大臣の足元を固めることにはならず、むしろ政権の先行きに一層の不透明感をもたらしました。さらに長引くコロナとの戦いは足元を脅かしています。

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☆今回の世論調査結果を見て、今後を考える上での注目点と感じたのが、自民党支持者の中で浮上してきた「菅離れ」の気配です。

 まず、「自民党を支持している」と答えた人の割合が、7月の34・9%から今月は33・4%へと減少しました。

 そして、今月「自民党を支持している」と答えた人で、菅内閣を「支持する」は52%でした。先月の調査では「自民党を支持している」と答えた人で、菅内閣を「支持する」は61%でしたので、この1か月で9ポイントの減少です。

 この自民党支持者の「菅離れ」がさらに加速するようならば、自民党内に「菅降ろし」の動きが噴き出してくることが想定されます。

 菅総理とその周辺は、オリンピック・パラリンピックをやり遂げ、コロナワクチンの接種を強力に進めて、10月から11月には感染を収束の方向に向かわせたい。そうすれば衆議院選挙を乗り越えて、長期政権の道筋も見えてくるという楽観論をまだ捨ててはいません。

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 しかし、オリンピックを終えた時点で自民党支持者の中に新たな気配が浮上している現実は、まず自民党内政局に影響を及ぼすことが考えられます。

 自民党の総裁選管理委員会は、9月末までの菅総裁の任期(任期途中で辞めた安倍前総裁の残任期)が切れる前に行う総裁選日程を、8月26日の委員会で決めるとしています。まず、ここがどうなるかです。
 そして今の衆議院議員の任期満了は10月21日です。公職選挙法の規定では、この日まで国会を開会していて、この日に衆議院を解散すれば、最も遅い投票日として11月28日(日)を設定することが可能です。

 今度の衆議院選挙を自民党は菅総理・総裁の下で戦うのか。それとも短期間の間に看板の掛け替えをするのか。

 一方で野党の連携はどこまで深まるのか。とりわけ競合を避ける上で焦点となっている立憲民主党と共産党の候補者調整は、どこまで進むのか。

 8月24日開会式、9月5日閉会式の13日間の東京パラリンピックが終わった後、コロナ感染の状況が改めて政治の動きを左右しそうです。


メディアの動き 2021年08月06日 (金)

#337 「世界で増えるジャーナリストへの暴力」

メディア研究部(海外メディア) 税所玲子


世界各地でジャーナリストへの暴力や嫌がらせが後を絶ちません。
7月6日、オランダのアムステルダムの路上で、数々の調査報道を行ってきたジャーナリストのペーター・デフリース氏(64歳)が頭などを至近距離から撃たれ、9日後に亡くなりました。デフリース氏は未解決事件を追い続けた著名な記者で、麻薬王の一味による密売事件で検察側の証人となった男性を支援していたため、脅迫を受けていたといいます。

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デフリース氏が出演していたオランダRTLによる同氏の死去を伝える広報資料 HPより

懸念されるのは、最近は、デフリース氏のように「社会の闇」に迫るケースや紛争地での取材に従事している人だけなく、どの国でも日常的に行われている取材の中で暴力が顕著になっていることです。ジョージアで は、7月5日、性的少数者のパレードを取材していたカメラマンが、LGBT反対派に石や棒で殴られ、病院で手当を受けましたが、のちに自宅で死亡しているのが見つかりました 。また新型コロナウイルス関連の取材中に暴力や嫌がらせを受けるケースも急増していて、BBCの看板報道番組「Newsnight」の記者、ニコラス・ワット氏は、首相官邸から出たところ、「ロックダウン」に 抗議する人々から、「裏切者」などと罵声を浴び追い回されました。BBCの職員に対する嫌がらせは以前からも問題となっていましたが、最近は反ワクチン活動家などが極右勢力とつながり、殺害予告をしたり自宅住所を暴いたりするなど、手口が過激化しています。ワット記者に暴言を浴びせかける様子を収めたビデオを見た現地のジャーナリストからは、「映像から窺えるのは“批判”ではなく“憎悪”だ」との懸念や、「近くには警察官が多数いながら傍観し介入しなかった」など不満の声も出ました。

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左:ジョージアの事件への懸念を示すEuropean Federation of Journalistのリリース HPより
右:反ロックダウン集会でのワット記者への暴言を伝える英ガーディアン紙 HPより

欧州評議会が、コロナ関連の取材でのジャーナリストへの嫌がらせや暴力の実態を調査したところ、2020年9月から12月の間だけで、ドイツ、イタリア、オーストリア、ポルトガルなどで少なくとも58件報告されたとしています1)。スウェーデンの公共放送局STVは、毎日平均で35件の問題事案があり、警護のためなどの経費が過去5年で4倍になっています2)。ジャーナリストが委縮して、自己検閲したりする事態になれば、市民の「知る権利」にも影響が及びかねません。

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UNESCOが出した報告書

 女性記者に対する暴力や嫌がらせも深刻です。特にコロナ禍でオンラインに頼るようになってからはネット上での嫌がらせも増えていて、UNESCO・国連教育科学文化機関が、世界125か国の 901人の女性ジャーナリストに行った調査では、73%が 「オンライン上で嫌がらせ・暴力を経験した」と回答し、25%が「殺害予告や性的暴力などの脅しを受けた」と答えています3)。さらに、20%が、「実際に暴力を振るわれたり、嫌がらせを受けたりした」としています。報告書は、偽情報の流布や、ネット上で広がる陰謀論、それに愛国主義やポピュリズム、極右団体など政治の分断がからみあい、事態を悪化させていると指摘しています 。さらに危惧される点として、37%のケースで攻撃を仕掛けたのは、政治家や政治団体、政府職員だとしていて、記者の口封じを試みていることが浮き彫りになっています。

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NHK NEWS WEBより


今年1月、ワシントンで起きた議会議事堂の襲撃事件は、オンラインの世界での怒りが、リアルな世界に飛び火しかねないこと、そしてその結果、どのような事態に陥るのかを世界に示しました。
ただ、こう書いていて私が思い浮かべるのは、自らに批判的な報道機関を「フェイクニュース」と決めつけたトランプ前大統領の姿ではありません。むしろ、ジャーナリズムの果たすべき役割に理解を示した隣国カナダのトルドー首相と記者とのやりとりです。2015年、政策変更を質す記者にブーイングをした支持者を制し、「カナダは記者をリスペクト(尊重)する国です。彼らは厳しい質問をしますが、そうあるべきなのです」と述べました。2020年の市民との対話集会では、質問に割って入り自分の主張を繰り返した活動家に対し「二度と私に投票しなくても構わないが、ほかの人が意見を述べることだけはリスペクトしてもらいたい」と語気を強め、会場から退出させました。
 パフォーマンスだという声があるかもしれませんが、それでも私が感心するのは、誰もが、声の大きさや圧力にかき消されることなく考えを述べ、その違いが尊重される環境を守ろうという姿勢です。「報道の自由」も「表現の自由」も、意見を交わし、話し合いで物事を決めていく社会を守るためにあると思うのです。

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ジャーナリストの安全を求めるUNESCOの文書 HPより

対応を急ぐ国や国際機関も増えています。EUでは、「欧州民主主義行動計画」に沿って、「ジャーナリストの安全確保の勧告」の採択に向けて協議を進めています。オランダは、警察などがジャーナリストからの訴えを受けた際のガイドラインを作成し、訓練を実施しています。イギリスやスウェーデンも近く、対策を打ち出すとしています。
もちろん、報道機関も受け身で良いわけはありません 。視聴者・読者に対し、なぜこの取材をするのか、どうしてこの結論に至ったのか説明する。間違いがあったときには、潔く認めて検証する。フランスのFTVが始めた情報収集のプロセスの一部公開の取り組みも一考に値すると思います。報道機関が視聴者や読者から再び信頼してもらうために、できることはまだあるはずです。



1) Council of Europe, 30th April 2021, Journalists covering public assemblies need to be protected, https://www.coe.int/en/web/commissioner/-/journalists-covering-public-assemblies-need-to-be-protected?inheritRedirect=true

2) Noel Curran, 16th Jun 2021, Journalism under threat-how can it survive the crossfire, https://www.ebu.ch/news/2021/06/noel-curran-ebu-director-general-at-prix-italia-threats-to-professional-journalism---how-can-it-survive-the-crossfire

3) UNESCO, 30 April 2021, Global trends in online violence against women journalists, https://en.unesco.org/publications/thechilling


メディアの動き 2021年07月14日 (水)

#332 オリンピックに向けられる複雑な視線 ~禁欲的五輪に意義を見出す~

放送文化研究所 島田敏男


 7月4日に投開票が行われた東京都議選の結果をどう評するか。見方は様々でしょうが「自民党支持者の一部が無党派に流れ出し、行き場に迷った無党派の塊は都民ファーストを崖っぷちで支えた」と見ることもできます。

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 問題は、菅総理大臣がオリンピック・パラリンピック後に先送りした衆議院の解散・総選挙に、こうした都議選に現れた傾向が繋がっていくのかです。
菅総理はコロナウイルスと戦いながら真夏のオリパラを成功させ、長期政権の可能性を手繰り寄せたいという思いで賭けに出たのに他なりません。

 しかし菅総理の目論見は、どうも思うようには進んでいないようで、むしろ国民の間に複雑で多様な視線を生み出しているように感じます。

 自民党と公明党を合わせても過半数に届かなかった都議選の結果に加えて、その1週間後に行われた7月のNHK電話世論調査(9日~11日実施)でも厳しい数字が並びました。

☆7月調査の菅内閣支持の項目を見ますと「支持する」33%、「支持しない」46%となっていて、3か月連続で支持<不支持が続いています。しかも、去年9月の内閣発足以降、支持率は最低を更新(安倍前総理の退陣表明直前が34%)。支持<不支持の差も先月の8ポイント差から13ポイント差に拡がりました。

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☆新型コロナを巡る政府のこれまでの対応を評価するか評価しないか聞いた結果は、「評価する」39%、「評価しない」58%で内閣支持と同様に厳しい数字になっています。去年の暮れにGoToトラベルキャンペーンの継続にこだわりすぎて国民の反発を招いて以来、政府の対応への評価は厳しいままです。

☆では、観客を入れての開催にこだわるのをやめて、1都3県の会場には観客を入れないで行う無観客開催の決定についてはどうでしょう?

「無観客は適切だ」39%、「観客を制限して入れるべき」22%、「観客を制限せずに入れるべき」4%、「大会は中止すべき」30%と割れています。

 菅総理がオリンピック期間をスッポリ覆うように設定した4回目の東京・緊急事態宣言。これを受けてオリンピック組織委員会の橋本聖子会長らが、清水の舞台から飛び降りる覚悟で決断した無観客開催。

 競技会場を抱える北海道や福島県は、この決断に同調して無観客開催を求めて認められました。こだわりを捨てた次善の策が、評価を得た現れと見ることができるでしょう。

 しかし、それでも世論調査では、30%の人が依然として中止を求め続けています。コロナウイルスの感染収束に至らない中での2度目の東京オリンピックの開催に対する国民の視線が、実に複雑で多様なことを読み取らずにはいられません。

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☆さらにもう1つ、重要なポイントについて世論調査の数字を見てみます。東京大会を開催する意義や感染対策についての政府や組織委員会などの説明に対する受け止めです。

「納得している」31%、「納得していない」65%で、ダブルスコアで納得せずが多数を占めています。ほぼ3分の2が腹に落ちていない、中途半端な気分のままだというのは気がかりです。

 これを政治的な態度の違いで見ると、与党支持者では「納得している」45%、「納得していない」54%で比較的接近しています。ところが野党支持者では「納得している」22%、「納得していない」76%。無党派層でも「納得している」22%、「納得していない」75%と圧倒的に懐疑的な様相が浮かび上がっています。

 野党支持者と無党派層には、菅内閣のコロナ対策は安倍内閣当時からのワクチン確保の出遅れを取り戻せていない、場当たり的な自治体への指示が多く接種の計画性に欠けているといった批判が根強く存在しています。

 また、コロナ対策と経済再生の両輪を担う西村康稔大臣が、酒類販売事業者に対し、酒の提供停止の要請に従わない飲食店に酒を売らないよう求めるとともに、金融機関にも働きかけをしてもらうなどと発言し、猛反発を招きました。

 「いかにも上から目線だ」という批判に慌てて撤回して釈明に追われましたが、根っこにあるのは政府が示す対策の有効性と見通しに国民が納得していない残念な状況です。

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 こういう状況の中で行われる東京オリンピックですが、少なくとも組織委員会がIOCを説得しながら禁欲的なスポーツの祭典として歴史に先例を残そうと努力しているのは正しい姿だと思います。

 全世界の人々がテレビの前でアスリートの一挙一動に目を凝らし、競技場には届かなくても思い思いに応援する。

 そして競技場には届かない応援を受けるアスリートの男女には、静けさの中で祈りを捧げる修道士、修道女のような清々しい振る舞いを期待します。そこには、近年のオリンピックを支えながら蝕んでもきた商業主義とは対極のものが見えてくるかもしれません。

 私が今回の東京オリンピックに願うこと。それは日本国民の多くが「オリンピックの開催が、結局、政権の延命装置にしかならなかった」と不快感だけを記憶に残すような総括に終わって欲しくないということです。

 もちろん延命装置になるかどうか自体も、ワクチン接種の拡大と、感染者の抑え込みの成果にかかっています。ただ、それだけでなく、近年では世界に例を見ない禁欲的なオリンピックの姿を示すことができたかどうかも総括の大きな要素になって欲しいと考えます。

 日本の戦後復興と高度経済成長を謳いあげた1964年の東京オリンピックとは異なる総括を、2020(2021年)では歴史に刻みたいものです。

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メディアの動き 2021年07月09日 (金)

#331 「市民参加型」陰謀論の浸透に改めて考えるエンゲージメントの意味

メディア研究部(海外メディア) 青木紀美子


アメリカを揺るがす『大きな嘘』

アメリカの民主主義をいま『大きな嘘』が揺るがしています。2020年の大統領選挙で「大規模な不正」が行われ、勝利が前大統領から「盗まれた」という陰謀論です。各州の選挙委員会や裁判所、前政権最後の司法長官が証拠なしと退けたにもかかわらず、バイデン政権誕生から半年近くが経った5月下旬の世論調査でも、共和党支持層の過半数がこの『大きな嘘』を信じているという結果が出ています1)。共和党が州議会で多数を占める州では、この『大きな嘘』を理由に、将来の選挙不正を防ぐためとして、投票の機会を狭めるような州法の見直しが行われ、選挙が民意を反映しないものになると懸念する声も出ています2)。政権交代直前の1月6日、前大統領の支持者が選挙の結果承認を阻止しようと連邦議会議事堂を襲撃した事件についても、参加者の大半は法を順守する平和的な市民で、主導したのは過激な左派だった、といった陰謀論が共和党支持層の間に広がっています3)

「市民参加型」で浸透した陰謀論

陰謀論はもともと断片的な情報しか得られないことが前提になっているため、ジャーナリストやファクトチェッカーが事実を確認して真偽を検証し、論理矛盾を指摘しても、効果は必ずしも期待できません。その上、2020年のアメリカ大統領選挙では、陰謀論の醸成がボトムアップの市民参加型だった4)ことも『大きな嘘』の浸透を促したと専門家は指摘しています。どういうことでしょうか。以下、その経緯をみてみます。前大統領は選挙前から「民主党は郵便投票を使った大規模な選挙不正を計画している」と繰り返し主張し、警戒をよびかけました。その主張を信じる支持者が各州で選挙の準備や投開票の動きを「監視」し、「疑わしい行為を見つけた」と通報し、「不正行為の暴露」に参加しました。内容は思い込みや虚偽がほとんどで、計画的、組織的な不正行為の証拠は示されていません。しかし、前大統領、その家族や陣営の政治家が市民の「通報」や「証言」を「不正の証拠」として取り上げました。こうした主張を大手メディアが報じると、これがソーシャルメディアで拡散され、前大統領の支持者の間で「不正」への不安や疑念がさらに広がり、これを引用して政治家や右派コメンテーターなどが市民の間で懸念や不信の念が募っていると主張。こうして「市民の通報」や「市民の懸念」をもとに『大きな嘘』は膨らみ、浸透していきました。政治指導者やコメンテーターたちには政治的、経済的な利益をもたらし、支持者たちには「ともに陰謀を暴く」「正義に貢献している」といった帰属意識や憤りから来る高揚感を与え、それが『大きな嘘』を持続させるエネルギーにもなっています。

事実の共有も「市民参加型」に

偽情報対策に取り組んできたFirst Draftのクレア・ワードル氏は、『大きな嘘』のような陰謀論の世界が市民参加型の情報の循環を作っているのに対し、事実を伝えることに重きを置くメディアやファクトチェックの専門家たちは、市民から問題の通報を受けて事実を確認し、真偽を検証する流れは作っているものの、検証結果については従来通りの「トップダウン」型の発信に終わらせがちだという問題を指摘しています。事実を伝える側も、プロセス全体に市民の参加を得、市民と連携していく必要があるというのです。よそ者の専門家が上から目線で教えを垂れるように事実をつきつけるのではなく、より身近なつながりがある人たちとの会話の中で事実が共有される方が説得力があり、地域やコミュニティーに根差し、その文化や言葉を理解する人たちが活動の中心になっていかなければならないと訴えています5)

アメリカだけの問題ではない

根拠を欠く虚偽情報や陰謀論が広く流布され、社会として事実が共有できなくなるという事態は、アメリカだけの問題ではありません。文化的背景や価値観が多様化し、格差が広がり、自らの社会的地位や暮らしが脅かされているという不安を抱く人が増えるなど、社会の分断を生みやすい条件が重なった時、日本を含め、どんな国にも起きうることです。そうした状況を背景にソーシャルメディアを巧みに使って虚偽を拡散し、対立や不信を煽る政治指導者が現れ、その人物を大手メディアがもてはやしたり、その言動を大きく取り上げたりすれば、人々が虚偽の主張に惑わされるリスクは高まります。

偽情報や陰謀論への免疫機能を高めるには

アメリカの現実が示すように陰謀論に引き込まれた人々を現実に引き戻すことは容易ではありません。ファクトチェックの定着と浸透も重要ですが、より予防的な措置として、偽情報や陰謀論を押し返す社会の免疫機能を高めていくことが必要です。そのためには、△情報の真偽を見極める市民のリテラシーを高めること、その一環として△偽情報や陰謀論を広げることで政治的、経済的な利益を得ようとする人や組織がいるという予備知識を浸透させること、また、こうした知識や情報の源として▲科学的知見を伝える学識者や、▲公共が共有する必要がある情報を発信する公的機関、▲事象の動きを伝えるメディアなどと、市民との間の信頼関係の構築が欠かせません。

メディア不信の中でも信頼を維持したのはローカルメディア

アメリカの前大統領は政府の科学者を批判し、事実を伝えるメディアを攻撃し、公的機関による情報の発表を抑制し、その信頼性を貶めることで、自らが主張する虚偽を浸透させました。アメリカでマスメディアの信頼について1972年から継続的に調べてきたGallup社の2020年8~9月の調査では、テレビ、新聞、ラジオなどマスメディアの報道を「大いに」もしくは「相当程度」信頼できると答えた人が党派別にみると民主党支持層では過去最高に近い73%、共和党支持層では10%で過去最低という大きな分断を示しました6)。そのような状況でも、地方の新聞やテレビは信頼できる情報源とみなす人が党派によらず多いことが調査で示されています7)。ローカルニュースは、自分の目でも確認できる範囲の事象や身近な課題を伝え、政治的な対立から離れた関心を呼び起こし、分断を超えた情報の共有や話合いを促す可能性を持っていると識者は指摘します8)

市民参加型のエンゲージド・ジャーナリズムの役割

アメリカの経験をふまえると、人々が自分の文化や言葉を理解している情報源があると感じられる、引いては自分たちも参加して情報をかたちづくっていると思える、トップダウンにとどまらない情報の循環を育むことが必要ではないかと筆者は考えます。メディアの中で、その力を発揮しやすいのは、より身近な関心事を取り上げることが多く、地域の課題解決を視野に入れたエンゲージメントができる地方メディアではないでしょうか。実際、アメリカでは、「市民とともに」ニュースをかたちづくるエンゲージメントを試みるメディアが増えており、2020年の大統領選挙と同時に行われた地方選挙では、各地の公共ラジオや新聞、オンラインメディアが市民の関心に沿った「市民アジェンダ」の選挙報道にも取り組みました9)。また、コロナ禍の中では感染予防策やワクチンの安全性などについて、地域住民の質問に答え、科学的知見にもとづく情報を伝える情報発信を行いました。ローカルメディアの多くは、双方向の対話のチャンネルを開いて信頼を育み、「身近にあって頼りになる」「生きるために役立つ」情報源となり、メディアへの不信、情報への不信を取り除いていこうとしています。


文研では、早稲田大学次世代ジャーナリズム・メディア研究所とともに、こうしたエンゲージド・ジャーナリズムの実践者から話を聞くオンライン講座を開催します。初回は7月10日、「市民アジェンダ」選挙報道を行ったシカゴの公共ラジオWBEZのオーディエンス・エンゲージメント・プロデューサーがゲストです。

エンゲージメントを取り入れた地方メディアの試みとしては、日本でも西日本新聞社「あなたの特命取材班」が始めた市民の疑問や困りごとを取材する調査報道「JOD:ジャーナリズム・オンデマンド」が2021年で4年目に入りました。全国のJODのネットワークは地方紙を中心に26社に増えています。このJODの取り組みについても実践者の話をもとに、このブログで紹介していきたいと思います。


1) Ipsos/ReutersPoll: The Big Lie, May 21, 2021
Over half of Republicans believe Donald Trump is the actual President of the United States.
https://www.ipsos.com/sites/default/files/ct/news/documents/2021-05/Ipsos%20Reuters%20Topline%20Write%20up-%20The%20Big%20Lie%20-%2017%20May%20thru%2019%20May%202021.pdf

2) Statement of Concern, June 1, 2021
The Threats to American Democracy and the Need for National Voting and Election Administration Standards
https://www.newamerica.org/political-reform/statements/statement-of-concern/

3) Half of Republicans believe false accounts of deadly U.S. Capitol riot-Reuters/Ipsos poll, April 5, 2021
https://www.reuters.com/article/us-usa-politics-disinformation-idUSKBN2BS0RZ

4) Trump didn't just prime his audience to be receptive to false narratives of voter fraud, he inspired them to produce those narratives, Kate Starbird, Dec 12, 2020,
https://twitter.com/katestarbird/status/1333791131771969537

5) Breakout: Countering the 2020 Infodemic (2021 Knight Media Forum)
https://vimeo.com/521049339

6) Americans Remain Distrustful of Mass Media  September 30, 2020
https://news.gallup.com/poll/321116/americans-remain-distrustful-mass-media.aspx

7) National News, Local Lens?†Findings from the 2019 Poynter Media Trust Survey
https://cpb-us-e1.wpmucdn.com/sites.dartmouth.edu/dist/5/2293/files/2021/03/media-trust-report-2019.pdf

8) Little Fires Everywhere June 12, 2021
https://www.wnycstudios.org/podcasts/otm/episodes/on-the-media-little-fires-everywhere

9) Citizens Agenda in Action: 20+ newsrooms turning to the public to focus their 2020 election reporting, Bridget Thoreson,·Aug 17, 2020
https://medium.com/we-are-hearken/citizens-agenda-in-action-20-newsrooms-turning-to-the-public-to-focus-their-2020-election-coverage-bcd86a22ec0d



メディアの動き 2021年07月07日 (水)

#330 「『テラスハウス』ショック」 フジテレビの取り組み

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子

 

 フジテレビ系列で放送し、Netflix、FODで配信が行われてきたリアリティー番組、『TERRACE HOUSE TOKYO 2019-2020(以下、『テラスハウス』)』に出演中だったプロレスラーの木村花さんが亡くなったことを踏まえ、私はこれまで、「放送研究と調査」に論考を書き、「文研ブログ」でも4回にわたり取り上げてきました。

 

「放送研究と調査」 「テラスハウス・ショック① ~リアリティショーの現在地~」
  https://www.nhk.or.jp/bunken/research/domestic/20201001_6.html

「文研ブログ」
*花さんが亡くなって3か月が過ぎて https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/100/435552.html
*海外のリアリティー番組について https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2020/10/14/
*BPO委員会決定を受けて https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2021/04/08/
*イギリスOfcom放送コード見直し https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2021/05/21/

 

 今回は5回目のブログになります。フジテレビにはじめて直接取材を行うことができましたので、その内容を掲載します。私は当初フジテレビに対し、番組制作担当者も含めた対面による取材を行いたいと申し込みました。私自身、もともとディレクターだったこともあり、制作者としての様々な思いを直接伺いたい、伺う以上に対話をしながら、メディアに身を置く当事者としても一緒にこの問題を受け止め、SNS時代の放送事業者の責務や、視聴者・出演者・制作者の3者の関係性のあり方について考えたいと思っていたからです。今回、フジテレビ側からは、現在取り組みを開始しているSNS対策を中心に、書面での回答であれば対応いただけるとのことでした。番組制作者への対面による取材を断念したわけではありませんが、フジテレビが花さんの死のような痛ましい出来事を二度と繰り返さないよう、放送事業者としてSNSにどのように向き合い、番組制作者としてひぼう中傷にさらされることが増える出演者にどのようなケアをしようと考えているのか、その具体的な内容を伝えることは、多くのメディア事業者にとって、また社会にとっても役立つ点があると感じ、今回の取材を行いました。以下、かなり長くはなりますが、書面による私の質問とフジテレビの回答の全文を以下に掲載します。

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<質問①>
 BPO の放送人権委員会は 3 月、「制作者側の指示によって意思決定の自由を奪うような人権の侵害や、過剰な編集や演出による放送倫理上の問題はあるとは言えない」とし、同時に「放送を行う決定過程で出演者の精神的な健康状態に対する配慮に欠けていた点で放送倫理上の問題があった」との判断を公表しました。 以上の2点それぞれについての御社の受け止めを教えてください。

<回答①>
 1点目については、弊社が行った検証で、制作側が出演者に対して、その意思に反して、言動、感情表現、人間関係等について指示、強要をしたことは確認されませんでした。BPO 放送人権委員会は、その検証結果も踏まえて、ご判断されたものと考えております。 一方、2 点目については、SNS 上でのひぼう中傷への対策および出演者へのケアの体制について、昨今の SNSの広まりや影響の大きさに照らして、至らぬ点があったことを改めて認識しました。 弊社は、今回の委員会決定を真摯に受け止め、今後の放送・番組作りに生かしていく所存であり、後述の対応を始めております。

 

<質問②>
 御社は対応策として、総務局内に「コンテンツ・コンプライアンス室 」を新設し、同室内に SNS 対策部を設けられたと発表されました。BPO の公表資料では、御社は「これまでは誹謗中傷についても、自然に鎮静化するのを待つのが基本的な姿勢であった」とされています。対策部を設置する以前に 御社がSNS 対応に対してこのような姿勢をとっていた理由と、今回 、対策部を設置するに至った問題意識を教えてください。

<回答②>
 弊社は、これまでSNSに限らずネット世論に対しての危機管理対応について、積極的な対応手段を講じることには慎重な姿勢でした。インターネット掲示板などでの匿名のひぼう中傷についても、こちらから反論すれば、かえって火に油を注ぐことになりかねないとの認識もありました。こうしたことから、脅迫や 殺害予告など、危険性がある場合を除き、沈静化するのを待つという対応が中心でした。 しかし今回、『テラスハウス』の件を受けて、日々ものすごいスピードで進化変容していくSNSやネット のリスクに対して、会社として対処する専門部署が必要であると考え、全社を広くサポートする部門である総務局内に「コンテンツ・コンプライアンス室」と、その下部組織として「SNS対策部」を新たに組成しました。 SNS対策部は、フジテレビが放送・配信するコンテンツ制作部門をバックアップするとの理念の下、「ひぼう中傷は許さない」という強い姿勢を示すとともに、出演者本人や関係者に寄り添い、メンタルケアを積極的に行うことを基本方針として活動しています。

 

<質問③>
 SNS 対策部の具体的な業務の内容について教えてください。また、対策部を設けることによってどのような課題克服や効果を期待していますでしょうか。

<回答③>
 SNS対策部の主たる目的としては以下の3点になります。

1)SNS上のリスクについての注意点を明らかにして、出演者や関係者、コンテンツに関わる炎上等が 発生した際の対応方針や対応フローを盛りこんだSNSガイドラインを新たに作成しました。このガイドラインを社内で共有することで、リスクを避けながらSNSを積極的に活用できるよう後押しすることが最も重要な担務です。このガイドラインはSNS対策の基本として位置付けており、制作現場で幅広く活用されるためにWEB化も実施しました。今後についても風化させないために逐次アップデー トしていく予定です。

2)ネットやSNSでのトラブルの際に速やかに相談できる顧問弁護士、精神科医・臨床心理士などの専門家との連絡体制を構築し、出演者や番組制作担当者のメンタルケアを実施しています。

3)外部の専門会社に委託したSNS監視システムで、24時間365日、ネットやSNS上のネガティブ情報を検知・集約しています。異常を検知した場合には、初期消火を図るべくコンテンツ制作に関わる 全てのセクションと連携しながら、組織的に対応してゆく仕組みを構築、また突発的な事案への対応についても臨機応変に対応しています。 今回作成したガイドラインにより、今まで社内で見解が統一されていなかった「どういうことが起きたら 炎上なのか」「どういうことに気をつけてSNSで発信すべきか」「もし炎上した時はどうすれば良いか」等に ついて、具体的な考え方や対応の方向性を示しています。そして社員やスタッフが現場で使いやすいように、ガイドラインをスマートフォン等で見られる環境も整えました。今後も状況に応じて、このガイドラインを更新し、フジテレビのSNS対策を社内で共有していく予定です。

 

<質問④>
 番組制作の現場と切り離した部署としてリスク管理の対策部門を置くことにはメリットデメリットがあると思います。切り離す判断をした理由を教えてくださいますでしょうか。 それに付随する質問ですが、誹謗中傷や出演に関して様々な悩みを抱える当事者(出演者)は、関係の近い制作担当者には却って相談できない状況もあると推察されますが、現場を介さずに直接、対策部に相談するようなルートは設けられたでしょうか。また本件では、制作担当者、制作責任者、上層部との意思疎通が欠けていたことが指摘されましたが、部門を制作現場と別にすることは、コミュニケ―ション不全を起こさないとも限りません。どのような運営を心掛けていらっしゃいますでしょうか。

<回答④>
 SNS対策は、番組・放送関連だけでなく、全社的な観点での対策が必要と考えています。 今回SNS対策部を設立したことにより、リスク管理機能を全て移管した訳ではありません。たとえば番組出演者がSNS上のトラブルに巻き込まれた場合、まず対応すべきは番組制作担当者であり、その番組を所管する担当部局とSNS対策部が連携をとって対処する方針です。SNS対策部員は編成部や制作部門などと兼務する形で全社横断的に配置されており、社内のコミュニケーションツールで、常時、各部署の動向と、ソーシャルリスニングによるSNS・ネットの情報及びリスク 要因を共有しています。SNS対策部は、番組制作現場と緊密に連携しながら、さまざまな問題に迅速に 対応し、解決を目指す組織であり、現場から離れた部門であることのデメリットはありません。 SNS対策部員は、リスクを感知した時点で積極的に現場に働きかけ、出演者及び番組制作担当者の正確な状況把握、各部署との情報共有、弁護士やメンタルヘルスの専門家といった外部との連携、また場合によっては警察への相談等、番組制作の現場だけでは対応しづらい部分をバックアップしていきます。また、制作現場からSNS対策部に相談するルートとしては、当事者(出演者)や関係者が直接相談できる緊急連絡先を開設しており、前述のガイドラインWEB版で直接相談できるシステム構築も現在進めています。 SNS対策部の部員達が日々重視している事は各制作現場、制作担当者達への積極的な声がけ、コミュニケーションです。何気ない声がけの一言、地道な行動の積み重ねが、当事者や制作担当者が相談しやすい環境を醸成し、早期にリスクの芽を摘む事に繋がると考え、コミュニケーション不全を起こさない新たな運営を実現してまいります。

 

<質問⑤>
 BPOの委員会報告では、リアリティー番組が、「出演者自身がひぼう中傷によって精神的負担を負うリスクがフィクションの場合よりも格段に高く」、「出演者がしばしば未熟で経験不足な若者」であり、「状況を設定し、さらに出演者を選んで制作・放送しているのが放送局」であることから、局には「出演者の身体的・精神的な健康状態に特に配慮をすることが求められる」としています。御社はこの指摘をどのように受け止めましたでしょうか。 また、この指摘はリアリティー番組にのみ特化したものではなく、SNS や配信において特に若い世代を中心に誰もが容易に発信ができる時代に、こうした人達を取り込みながら番組を制作することが増えていく中での、 放送局の社会的責任に関する指摘に通じる点があると思います。出演者のケアという観点で、どのような対策を考えていらっしゃいますでしょうか。

<回答⑤>
 BPO放送人権委員会のご指摘を重く受けとめております。今後は、出演者や関係者がSNS上でひぼう中傷を受けた際、積極的な情報収集の上、出演者及び所属事務所など関係者の理解を得ながら、必要に応じて顧問弁護士、警察等と逐次相談し、内容によっては投稿者に警告文を送付したり、発信者情報開示請求などの法的措置を取ったりすることで、ひぼう中傷を許さない強い姿勢で臨みます。このように、出演者の周囲の人間が積極的に対策を講じることは、ひぼう中傷の抑止だけでなく、悩んでいる人 へのケアの観点からも重要であると考えています。一方で臨床心理士や精神科医などのメンタルケアの専門家とも、すでにアドバイザリー契約を結んでおり、出演者や関係者がいつでも気軽に相談できる体制を整え、番組制作現場において「守られている」という安心感が得られるような環境を整備していきたいと考えています。また出演者のSNSについてリスクが懸念されるような番組を制作する際には、SNS対策部が番組企画段階からコミットし、リスクを可視化するチェックリストを作成し、制作準備段階、制作中、放送、放送後など、フェーズ毎に、具体的な対応を図り、制作現場をバックアップすることを検討しています。 出演者ケアで最も重視すべきは、番組制作担当者、放送関係者1人1人の意識と地道な行動です。制作者は、出演したコンテンツが放送、配信されることの影響の大きさや怖さ、ともすれば人生が一変する可能性もあることを、出演者に十分理解してもらうとともに、出演時だけの一時的な付き合いだけで はなく、より長期的な影響を考慮し、出演者に寄り添う覚悟で向き合うことが重要と考えます。

 

<質問⑥>
 御社は『テラスハウス』の今後の方針を示されていません。インターネット上では、これまで制作されたものについてユーザーが視聴できる状況にあり、制作の継続を期待する声もあります。『テラスハウス』やリアリティー番組の今後についてどのようにお考えになっていらっしゃいますか。

<回答⑥>
 リアリティー番組およびそれに類する番組を今後制作するかどうかについては、視聴者ニーズを満たす価値ある企画が成立するかどうか、また番組出演に伴うSNS への対応や出演者へのケアについて十全な体制が確保できるか等を、総合的に検討した上で、判断したいと考えております。

 

<質問⑦>
 リアリティー番組には様々な課題もありますが、今日的なコンテンツとしての伸びしろも大きく、放送番組のみならずOTTサービスにおいても数多くのコンテンツが存在しています。日本では欧米のような内容ではなく、 独自のスタイルを御社がリードする形で創り出してきたと思います。今後、コンテンツ文化の育成、特にテレビ離れをしている若年層向けのコンテンツ文化という観点で、若者達の自己実現を支援したり、葛藤や悩みに寄り添ったりしながらそれを多くの人が共感しながら楽しめる良質なコンテンツとして提供していくことは、これまで以上に放送局に求められている役割であり、そこでの御社のリーダーシップを期待したいです。こうした観点から、今後に向けた抱負や意気込みがあれば教えていただけますでしょうか。

<回答⑦>
 リアリティー番組というジャンルに限らず、現代に生きる若者の生き方、夢や希望、悩み、葛藤、挫折、恋愛観などを描き、若年層を中心に幅広い共感を得る番組を制作することは、これからもテレビが時代を映す鏡として、多くの人に支持されてゆくためにも重要なことであると考えております。そのような良質なコンテンツを生み出すために、これからも柔軟な発想で、時代のニーズに応える番組企画の実現を目指して参ります。 一方、そのような番組において、若い世代の感覚にリアルに訴えかける番組であるほど、SNS 上で大きな反応を呼び起こし得ることを認識する必要があると考えます。そうした影響を十分に考慮して、必要な対策を着実に実施し、また継続的に検証と改善を図りながら、価値あるコンテンツの実現を目指して参ります。

 

<質問⑧>
 亡くなった花さんの母、木村響子氏が BPO の結論を受け、「フジテレビにはひぼう中傷対策をするだけでなく、出演者をコマの一つではなく、ひとりの人間として大切に扱ってほしい」と話されています。番組制作を担うプロフェッショナルとして、この言葉をどのように受け止めていらっしゃいますか。

<回答⑧>
 弊社は、日頃より番組の出演者の方々とはしっかりとしたコミュニケーションを心掛けて制作にあたっております。しかし、BPO 放送人権委員会の決定では、「出演者の精神的な健康状態に対する配慮に欠けていた」との見解が示され、本件においては、私たちのケアの在り方、健康状態についての認識について、至らぬ点があったとの指摘を重く受け止めております。今後は、SNS 上のひぼう中傷の行為そのものへの対応と同時に、ひぼう中傷のターゲットとなった出演者へのケアを含めた対策を強化し、十全な体制のもとに番組制作に臨みたいと考えております。

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 フジテレビがSNS対策部を設けたことは、4月末の社長会見(書面)で伝えられていましたが、今回、かなり詳細な内容を伺うことができたと思います。私は4回目のブログで、イギリスの放送・通信分野の独立規制機関であるOfcomが、リアリティー番組の課題とSNSによるひぼう中傷の増大を受けて放送コードを見直したということを紹介しましたが、フジテレビの今回の対策の多くは、この改訂コードの内容に通じる意欲的な取り組みだと感じました。単なるSNSの炎上などの問題に向き合う社内の取り決めに留まらず、弁護士やメンタルヘルスの専門家とも連携して出演者に対するケアを具体的に示していること、出演者が直接の制作スタッフに悩みを伝えられない状況も想定して緊急の相談ルートを設けていることなども重要だと感じました。更に言えば、このような取り組みをイギリスのような制度によるものではなく、事業者の自主的な取り組みとして実施するということに大きな意味があると思います。このことは多くのメディア、放送局に留まらずコンテンツやSNSに関わる事業者にも参考になる内容ではないでしょうか。こうした対策の枠組みが実効性を持って機能していくのかどうか、問われるのはまさにこれからです。出演者が安心して参加することができ、視聴者も良識を持って関わることができ、現場にも過度な萎縮も招かずに番組制作ができる、そんな新たなメディア空間が紡ぎだされていくことを期待しています。

 私は最後の質問で、花さんの母、木村響子氏の言葉、「出演者をコマの一つではなく、ひとりの人間として大切に扱ってほしい」という言葉をどう受け止めているのかを聞きました。それに対してフジテレビからは、「本件においては、私たちのケアの在り方、健康状態についての認識について、至らぬ点があったとの指摘を重く受け止めております」との回答をいただきました。また、今後の出演者との向き合いについて、フジテレビは回答⑤で、「ともすれば人生が一変する可能性もあることを、出演者に十分理解してもらうとともに、出演時だけの一時的な付き合いだけではなく、より長期的な影響を考慮し、出演者に寄り添う覚悟で向き合うことが重要」としています。これまでは一時的な付き合いであったかもしれない自らの姿勢を反省し、今後はきちんと寄り添う覚悟をしていくという決意を表明したとも受け取れるこのコメントは、フジテレビのみならず、プロフェッショナルメディアとして番組制作に関わる皆が心に刻んでいく必要があると思います。

 ただ同時に、制作する側と出演する側、加えて視聴する側の三者の垣根があいまいとなり、ある意味フラットな関係性でコンテンツが生み出されていく混沌とした状況こそが今日的なメディア環境であり、そこにこそ困難さと同時に可能性が秘められているのではないかと私は考えています。こうした環境においては、制作する側がこれまでのルールを出演する側に杓子定規に押し付けることが時代に合わなくなってきていること、制作する側の意図でSNSを活用・コントロールしようとしてもそう簡単にはできないこと、これらを踏まえて、制作する側自らが垣根を下げて出演者や視聴者と謙虚に向き合い、時に課題を共有したり、自らの悩みを投げかけたりすることが、信頼関係の構築には欠かせないと思います。出演者や視聴者とこうした関係性を構築しながら、単なるCGM(ユーザーや消費者が作り出すコンテンツやメディア)とは違う三者融合のコンテンツ文化を創造していくことが、これからのプロフェッショナルメディアには求められているのではないかというのが、私の個人的な見解です。フジテレビには、毅然とした覚悟だけでなく、こうした時代の変化を見極める柔軟さを期待しています。

 これまでこのテーマを1年にわたり考えていますが、時々、なぜ村上さんは木村花さんの母である響子氏や花さんの関係者に取材しないのかと問われることがあります。もちろん避けているわけではありませんし、じかに接して取材をしていなくても、響子氏や関係者の痛みや苦しみには決して鈍感にはならないよう心しているつもりです。ただ、多くの一般メディアが響子氏を取材し続ける中、メディア研究に携わる私の役割は、フジテレビを始めとする制作する側の組織の風穴を開け、その言葉を社会に届け、今後のメディアのあり方を共に考えることではないかと思っています。もちろん、同じメディアに属する者として、制作する側を擁護する立場に回らないよう注意しながら、今後もこうした取材を積み重ねていきたいと思っています。

 

 

メディアの動き 2021年06月17日 (木)

#328 菅長期政権を探る"真夏の賭け" ~コロナ・オリパラ・衆院選~

放送文化研究所 島田敏男


 会期150日間の通常国会の最後は、野党4党(立憲、共産、国民、社民)が衆議院に共同で提出した内閣不信任決議案の取り扱いとなりました。自民党の二階幹事長は「決議案を出すなら解散もありうべし」といった発言を繰り返していましたので、「ひょっとしたら」と勘繰る向きもあったかもしれません。

 しかし結局は与党の自公、維新などの反対で粛々と否決。野党4党の党首らは「コロナ禍という有事の下で、国会を閉じることは断じて許されない」と力説しましたが、菅総理大臣が解散を決断することも無く、迫った側が肩透かしを食わされた格好です。

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 野党にとって、国会が開いていなければ存在感を示す場が無いという事情はよくわかります。逆に菅総理にとっては、直前のG7サミットで各国首脳から支持を取りつけた東京オリンピック・パラリンピックを自らの手で実現するために、国会論戦に時間を割きたくないというのが本音でしょう。

 そもそも、去年8月に病気を理由に退陣表明した安倍前総理から託された最大のテーマが、コロナ禍と戦いながら東京大会を開催させること。“出来なかった時は責任を取ってくれ”が安倍氏からの引継ぎに他なりませんでした。

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 菅総理が切り札と位置付けたワクチン接種が4月以降徐々に進み、5月、6月と国民の気持ちを次第にほぐしているのも確かです。

☆それを示すのがNHK電話世論調査で聞いたワクチン接種の進み具合に対する評価の、この1か月の変化です。

5月調査では「順調だ」9%、「遅い」82%で、不満の声が渦巻いていました。
それが6月調査では「順調だ」24%、「遅い」65%で、差が狭まっています。

☆コロナを巡る政府の対応全体についての評価にも、若干の変化が現れてきています。

5月調査では「評価する」33%、「評価しない」63%でほぼダブルスコア。
それが6月調査では「評価する」38%、「評価しない」58%とやや接近。

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☆しかしながら菅内閣の支持率はというと、2か月連続で支持よりも不支持が多く、国民の気持ちが依然として揺れていることを示しています。

5月調査では「支持する」35%、「支持しない」43%で、逆転差8ポイント。
6月調査では「支持する」37%、「支持しない」45%で、8ポイント差に変化はありません。

 年代別比較で詳しく見ると、6月は40代・50代で「支持する」がやや増え、60代と70歳以上で「支持しない」がやや増えています。これをどう見たらよいのか判然としませんが、やはり揺れの現れなのでしょう。

 決して政権の足元が盤石とは言えない状況で、世界中からアスリートを集めるイベントを開こうというのは一種の賭けに他なりません。「普通ならやらない」という政府の専門家分科会の尾身茂会長の指摘は、普通なら採用しない厳しいルールを求める精一杯の苦言と受け止めるべきでしょう。

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☆そこで焦点になるのが、中止しないならば観客をどうするかです。

5月調査では「中止する」49%、「無観客」23%、「観客数を制限」19%。
6月調査では「中止する」31%、「無観客」29%、「観客数を制限」32%となり、国民の考えが3つに割れてきました。

 ワクチンの接種が徐々に進むにつれて、こうした変化が出てきているのも理解できます。ただ、「国民の命を左右するコロナ禍の現実を抱えながら、オリンピック・パラリンピックをなぜ開催するのか」と中止を求める声が消えないのも無理ないことです。

 この問いかけに対する納得できる説明が、菅総理からも、橋本組織委員会会長からも、丸川五輪相からも国民に届いていない結果に他なりません。それは単に抽象的な理念を語る言葉が足りないという問題ではありません。

 感染症の専門家から相次いで示されているように、「開催地に人が集まらないように無観客で行う。各地のパブリックビューイングなども断念する」といった厳しい姿勢を明確に示すことが、せめてもの次善の策でしょう。

 これには商業主義化と肥大化をたどってきたIOC・国際オリンピック委員会の反発が予想されるため、菅総理は「観客数の制限が基本」と言います。しかし、開催地の安全確保を求める努力を最優先にしなければ国民に対する説得力が増すことはあり得ません。

 この点は通常国会の会期末で衆議院の解散・総選挙に踏み切らず、オリンピック・パラリンピック後に先送りした菅総理にとって、極めて重要なポイントになります。成果を挙げて総選挙に臨みたいというのであれば、ここが踏ん張りどころです。

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 7月23日から9月5日までの日本の夏。そもそもアスリートの命を守る猛暑対策が課題とされた大会です。そこにコロナウイルスの感染拡大を抑え込み、国民の命を守ることが大きな課題として立ちはだかっています。

 ワクチン接種を加速する努力を積み重ねたとしても、東京オリンピック・パラリンピックが、どのように展開し、どう評価されるのか。今の段階では予断を許しません。

 コロナ禍の下での大会の開催を成果として掲げ、長期政権の手掛かりを得ようとする菅総理の目論見が具体化していくことになるのか。現時点では、まさに“真夏の賭け”と言う他ありません。