メディア研究部(メディア動向) 大髙 崇
1970年11月25日。
自衛隊市ヶ谷駐屯地総監室に立てこもり、バルコニーから檄文を撒き、自衛隊員に決起を促す演説をした直後、作家・三島由紀夫は自ら命を絶ちました。
世界中を震撼させたその日から、今日で50年。
三島をこの行動に駆り立てたものは何だったのか、三島文学とは何か、彼が憂いた日本と日本人は今、どこにいるのか。
50年間、三島は、多くの人々を悩ませ、語らせ続けています。

現在、NHKアーカイブスポータルサイト「NHK人物録」では、死の4年前の三島のインタビュー映像を公開しています。彼はこう語っています。
「人間の生命というものは不思議なもので、自分の為だけに生きて、自分の為だけに死ぬというほど人間は強くないんです。すると、死ぬのも何かの為、というのが必ず出てくる。それが、むかし言われた大義というものです」
既に自らの最期を決定しているかのようです。しかし同時に、「そういうことを思い暮らしながら畳の上で死ぬことになるだろう」とも漏らしています。自らが抱く大義に突き動かされながらも果たしてそれを実行できるか、ためらう様子が垣間見えます。
NHKでは、没後50年に合わせて、三島由紀夫とは何者だったのかを考える番組をいくつか放送します。
きょう25日深夜は、NHKスペシャル「三島由紀夫〜50年目の素顔〜」(21日放送の再放送)。
27日(金)、映像ファイルあの人に会いたい「アンコール 三島由紀夫」(2004年10月放送の再放送)。
28日(土)、ETV特集「転生する三島由紀夫」(新作)。
いずれも異なる角度から、小説家、思想家、そして1人の人間としての三島像に迫ろうとしたものです。
番組アーカイブを研究する中で、他にもたくさんの三島由紀夫関連番組と出会います。いくつかご紹介しましょう。
1995年放送、ETV特集「三島由紀夫 二つの仮面」。
作家の猪瀬直樹さんの取材記録を基に、平岡公威(三島の本名)の成長過程にスポットを当て、高級官僚だった祖父の存在と、その時代を背負って、公私ともに厚い「仮面」をまとってゆく男の精神を探る番組です。撮影担当の新沼隆朗カメラマンの荒々しいカメラワークは、まるで仮面を剥ぎ取ろうとするかのようです。
もう一本。2015年放送、日本人は何をめざしてきたのか 知の巨人たち「第7回 昭和の虚無を駆けぬける 三島由紀夫」。
三島と親交が深かったドナルド・キーンさんや、楯の会の会員、死の前年に討論した東大全共闘のメンバーたちの証言を織り交ぜながら、戦後の日本に絶望を深めてゆく三島の心模様を浮き彫りにしています。遺作『豊饒の海』のラストシーンは、当初はなんとも不気味で虚無的だった事実も示されます。
まだまだあるのですが、字数の都合もありこのへんで。
実はこの秋、「テレビ番組の再放送に関する意識調査」を実施しました。現在鋭意分析中ですが、NHKの視聴者のみなさんは過去の優れた番組を再放送することに対して概ね好意的な様子です。
三島由紀夫の数々の番組はもちろん、たくさんある保存番組をみなさんに再び見ていただくためには、権利処理などの課題があります。どうすれば課題を乗り越えられるのか、研究者として、一層励まねばと思うこの頃です。
メディア研究部(海外メディア) 佐々木英基
公共放送に警察が踏み込んだ
2019年6月、オーストラリアで気になる事件が起きました。公共放送ABCが家宅捜索を受けたのです。
なぜ? 理由は、ABCが軍の“機密文書”を基におこなった調査報道にあります。
リポートには、“アフガニスタンに派遣されたオーストラリア軍兵士が、2009~13年にかけて非武装の民間人を殺害した”という衝撃的な内容が含まれていました。
“機密文書”によって初めて明らかにされたものでした。
この報道には「機密情報を公開した疑い」があり、「機密の不正開示」を罰する法律に違反するというのが、家宅捜索をおこなった連邦警察の主張です。
捜索令状には、報道に関わった3人の名前が記されていました。
捜査員は、ABCのコンピューターシステムにアクセスし、一部のデータを持ち帰りました。
日本人である私からみても、ABCが報じた内容は、主権者であるオーストラリアの人々の「知る権利」に応えるものであり、家宅捜索は重大な問題をはらんでいるのではないかと思えました。
「なぜ“民主主義国家”オーストラリアでこんなことが起きたのか?」
「家宅捜索のあと、いったいどうなったのか?」
事件の概要や問題点を『放送研究と調査』の10月号に「"知る権利"と"国家安全保障"の相克~豪公共放送への家宅捜索から浮かび上がった論点~」としてまとめました。

ABC(オーストラリア放送協会)
“知る権利”は“風前の灯”!? 日本は…
今回の調査では、オーストラリアの有識者にも話を伺いました。
ある法学者は「9.11(2001年の同時多発テロ)が転機になった」と証言しました。
彼は、「9.11以降、“国家安全保障”の名のもと、多くの立法がなされ、“報道の自由”は後退し続けている」と指摘しています。
加えて、新型コロナウイルス感染対策の一環として政府が国民の行動を制限するようになったことにも触れ、「政府の強権主義が拡大し、“知る権利”の後退につながる恐れがある」とし、「これは、オーストラリアだけで起きている問題ではない」との懸念を示しました。
彼の懸念は、はたして杞憂だと言えるでしょうか?
また、軍事史やインテリジェンスに詳しい日本の学者からも、興味深い見解を伺いました。
「オーストラリア政府が文書を“非公開”とした背景には、“米国の存在”があるのでは」と言うのです。
オーストラリアと米国は同盟国で、軍事情報を共有しています。
「軍人による民間人殺害を記したこの文書は、非公開にすべき」という決定に際し、米国の意向が働いたのではないか、というのが、彼の見立てです。
つまり、オーストラリア軍の情報にもかかわらず、“公開か非公開か”を決める事実上の決定権は米国が持っているというのが実態ではないか、という見解です。
事態はいまも動いています。
そしてついに、11月19日、オーストラリア軍の制服組トップが会見を開きました。
アフガニスタンに派遣されていた兵士が、民間人など合わせて39人の殺害に関わっていたことを明らかにし、国民に謝罪したのです。
“知る権利”に対する内外のジャーナリストたちのこだわりが、今回は“機密の壁”に風穴を開けたようです。
メディア研究部(海外メディア) 青木紀美子

「選挙の日ではなく、投票の季節です」 1)
「選挙の日...選挙の週...選挙の月?」 2)
「選挙の夜ではなく、選挙の月に備えよう」 3)
これはアメリカのテレビやラジオの特集や記事の見出しです。その意味するところ、わかるでしょうか。「選挙の日」というのは11月3日。アメリカではこの日に大統領、連邦議会や州議会の議員、州の知事、判事、司法長官など、たくさんの選挙が一斉に行われます。一方で、「投票の季節」「選挙の月」というのは、その投票も開票も、選挙の日、1日で終わるものではない、長いプロセスであることを強調するものです。アメリカのメディア各社は、投票が期日前から行えることなど有権者が確実に投票するために必要な情報の提供に力を入れるとともに、選挙の締めのハイライトともいえる開票速報(Election Night Coverage)が「速報」で終わらない場合に備えて態勢をつくり、「選挙の月」へと長引く可能性について読者・視聴者の注意を喚起してきました。
こうした注意喚起が今回の選挙で重視されているのはなぜでしょうか。まずは背景にある大統領選挙の仕組みと、選挙を取り巻く問題をみていきます。
大統領選挙は、全米の有権者が投票する選挙ですが、大統領を選出する選挙人が州ごとに割り当てられているため、全米の得票総数ではなく、州ごとの得票にもとづき、獲得した選挙人の数が勝敗を決めることになります。この投開票の実施規則や日程も州ごとに異なります。早い州では1か月以上前から郵便投票や期日前投票が行えるようになっています。2020年は新型コロナウイルスの感染拡大の影響もあって、投票所の混雑が想定される11月3日を待たずに投票をする人が大幅に増えました。フロリダ大学のU.S.Elections Projectのまとめによると11月1日までに郵便投票をした人は5,900万人を超え、期日前投票所で票を投じた人の数とあわせると、既に投票を済ませた人の数は約9,300万人と4年前の大統領選挙の投票総数の67%に達しました。 4)
郵便投票は11月3日の消印まで有効とする州もあり、その数が多いほど、開票結果の集計には時間がかかることになります。この郵便投票について、トランプ大統領は不正行為が横行していると主張してきました。郵便投票の到着期限などをめぐって、既に複数の州で裁判も起きています。それだけに選挙後、投じられた票が有効か無効かを争って、集計結果に両陣営が異議を唱えることが予想されます。2000年の大統領選挙では、フロリダ州での票の数え直しを認めるか、認めないかが争いになり、連邦最高裁の判断で決着がつくまで1か月以上かかりました。今回も選挙結果の判定が法廷闘争に持ち込まれ、確定するまでに長い時間がかかる可能性があります。しかも、20年前に比べて政治や価値観によるアメリカ社会の分断が進み、トランプ氏とバイデン氏、両候補の支持者の間で感情的な対立や相互不信が深まっています。とりわけ2020年は黒人男性の警察官による暴行死をきかっけに全米に抗議行動が広がり、右派の過激なグループや民兵組織がコロナ禍の中での活動制限などに反発し、武装して集まるなど、社会の緊張を高める動きが続いてきました。このため、大統領選挙の結果が確定するまでに時間がかかった場合、混乱や衝突が起きることも懸念されています。
前回2016年の大統領選挙以上に誤・偽情報が拡散され、さらに根拠のない妄想ともいえる陰謀論が広がっていることも混迷を深める要因になっています。ワシントンのシンクタンクPew Research Centerがアメリカの18歳以上の成人を対象に8月末から9月はじめに行った調査では「トランプ大統領が民主党指導者ら”影の政府”による組織的な児童人身売買などを暴くために闘っている」などとする「QAnon (匿名Q)」の説を耳にしたことがある人の中で、これがアメリカにとって「とても」または「いくらか」良いとした人が共和党支持層で41%に上りました。 5) 社会の分極化に加え、新型コロナを受けた「ロックダウン」などによる隔離が続いた結果、人々が情報操作の影響を受けやすくなったと考えられています。「新型コロナの感染拡大は計画されたもの」「人々にマイクロチップを埋め込むために予防接種を受けさせようという陰謀がある」「郵便投票を使った大規模な選挙不正が行われている」などという陰謀論とも重なり、公的な機関への信頼を損ない、公正な選挙の実施に対する疑念を広げることにもつながってきました。Yahoo News/YouGovが9月に行った調査では今年の大統領選挙が「自由で公正に行われると思う」と回答した人は22%にとどまり 6)、Pew Research Centerによる9月末~10月の調査でも選挙は「あまり」または「まったく」うまく実施されないだろうとした人が回答者の38%に達しました。7)
こうした状況に危機感を抱く識者や研究者は、選挙後の混乱に備え、開票にあたっての報道では慎重を期すよう呼びかけています。
スタンフォード大学Internet Observatoryなどが立ち上げた公正な選挙のためのプロジェクト(Election Integrity Partnership)は、投票を妨害したり、選挙の正当性を脅かしたりする情報操作に備えるために想定すべき事態を報告にまとめました。 8) この中では例えば次のようなシナリオが示されています。
①結果が確定する前に特定の候補の勝利が宣言される
②これに沿わない集計結果を不正行為と決めつける「証拠」が拡散される
③その抑制を試みるソーシャルメディアの対応が検閲行為だと非難される
ジャーナリストにはこうした事態に備え、見通しが不確実な状況が生じても有権者が落ち着いて結果を待つことができるような報道をと促しています。
公共の課題に関わる政策研究や提言を行うAspen Instituteでメディア・デジタル技術を担当する部門の責任者、ビビアン・シラー氏らは選挙の運営担当者やメディア、IT企業の代表などとの話し合いをふまえ、メディアが留意すべき10項目をまとめました。 9) 以下のような項目が含まれています。
▽投票・集計過程でおきる個別の問題は選挙制度全体の欠陥ではない
▽結果が3日夜に判明しないからといって開票作業が「遅れている」わけではない
▽候補者の勝利宣言をそのまま報じるべきではない
▽メディアは結果を報じる際の表現に注意を
いずれも当たり前のことのようですが、誤解を生じさせない表現で、複雑な制度や州ごとに異なる開票と集計のプロセスについて誰でもが理解できるような伝え方ができているか、点検を迫るものといえます。
選挙の開票状況を同時進行で伝える開票速報は、対立が深く、接戦であるほど、早く結果を知りたい視聴者を惹きつけるものがあり、これまでメディアは勝敗を見極めるスピードを競ってきました。こうした開票速報を支える取材は、各地の開票所で集計作業を監視し、有権者の聞き取り調査などを行うことで、公正な選挙が行われているかを見守り、発表される結果が実際の投票行動を反映しているかを検証する役割も果たしています。しかし、アメリカのメディアは、今回の大統領選挙を通し、「速報」を競うことが、速やかに結果を知りたいという有権者の期待を高め、集計に時間がかかる場合に「不正が行われている」といった選挙の正当性を脅かす偽情報を拡散しやすくする危険性をはらむ、ということにも思いをいたす必要に迫られています。冒頭に紹介したような「選挙の月」の可能性を強調する報道も、そうした認識にもとづくものです。
開票速報は、選挙の結果を伝えるばかりでなく、普段は衆目を集めることが難しい選挙の制度や開票のプロセス、選挙を担う人々や有権者の思いを伝え、さらに選挙戦中にも伝えてきた政党・政治家の実績や政策課題などをまとめて整理・分析する絶好の機会ともいえます。さまざまな課題をはらむ今回の大統領選挙で、アメリカのメディアがどのような「開票速報」を行うのか、勝敗を報じる速さに重点を置く報道は変わるのか、変わらないのか、選挙の夜になるのか、選挙の月になるのか、アメリカばかりではなく、世界が目を凝らしています。
1) Plan Your Vote: It's not Election Day. It's voting season (NBC News)
https://www.facebook.com/NBCNews/videos/plan-your-vote-its-not-election-day-its-voting-season/971058506693190/
2) Election Day...Election Week...Election Month? (NPR)
https://www.npr.org/2020/10/01/919157955/election-day-election-week-election-month
3) Prepare for election month, not election night (Washington Post)
https://www.washingtonpost.com/opinions/prepare-for-election-month-not-election-night/2020/09/10/c8ae8c16-f3a1-11ea-bc45-e5d48ab44b9f_story.html
4) 2020 General Election Early Vote Statistics (The United States Elections Project)
https://electproject.github.io/Early-Vote-2020G/index.html
5) About four-in-ten Republicans who have heard of the QAnon conspiracy theories say QAnon is a good thing for the country-knowledge-misinformation
https://www.journalism.org/2020/09/16/political-divides-conspiracy-theories-and-divergent-news-sources-heading-into-2020-election/pj_2020-09-16_election-knowledge-misinformation_0-05/
6) New Yahoo News/YouGov poll: Only 22% of Americans think the 2020 presidential election will be 'free and fair' (Yahoo News)
https://news.yahoo.com/new-yahoo-news-you-gov-poll-less-than-a-quarter-of-americans-think-the-2020-election-will-be-free-and-fair-193758996.html
7) Voters less confident than in 2018 that elections in U.S. will be run well (Pew Research Center)
https://www.pewresearch.org/politics/2020/10/14/deep-divisions-in-views-of-the-election-process-and-whether-it-will-be-clear-who-won/pp_2020-10-14_election-security_0-03/
8) Uncertainty and Misinformation: What to Expect on Election Night and Days After (Election Integrity Partnership)
https://www.eipartnership.net/news/what-to-expect
9) How to cover Election Day and beyond (Columbia Journalism Review)
https://www.cjr.org/politics/2020-election-day-coverage-delays-disinformation.php