文研ブログ

2022年4月

調査あれこれ 2022年04月26日 (火)

#393 地域の存続をともに考える~NHK山形「Yamaga-TanQ」~

メディア研究部(番組研究) 宮下 牧恵

 今、日本全国に、人口減少が進み、将来の存続が危ぶまれている地域があります。こうした地域をどうすれば存続させられるのか?すぐに答えが出ない難しい課題に、地域放送局が正面から向き合い、地域の人たちとともに課題解決に向けて踏み出そうと挑んだ番組を取材しました。
 NHK山形放送局が、金曜夜の県内向け番組「やまコレ」の特別版として放送した「Yamaga-TanQ」(ヤマガタンキュー)という番組があります。地域の人たちとともに、地域の課題解決のアイデアを探究するというコンセプトです。2020年12月の第一回の放送では、探究学習を行う山形県内の高校生と、地域のキーパーソンを引き合わせ、多様性のある社会をつくるための取り組みを考えました。今回詳しくご紹介するのは、その第二回、「やまコレスペシャル Yamaga-TanQ~飛島を未来へつなげ!~」(2021年11月26日 午後7時57分~8時42分、総合テレビで山形県向けに放送)です。

 山形県酒田市には、飛島と呼ばれる山形県唯一の有人離島があります。かつては漁業と観光で発展しましたが、現在の人口は175人、高齢化率は80%と、山形県の中でも深刻な数字になっています。特にこの10年は、毎年平均7人のペースで人口が減っており、もしこのままのペースで減り続けた場合、20年後には住人がほとんどいなくなるということになります。地域の人々は、この状況を何とかしたいと切実な危機感を抱いています。

 入局4年目(当時)の山本康平ディレクターは、酒田市を取材している中で、飛島の過疎化の実情を知りました。そこで、飛島を存続させるため、若者の雇用を生み出そうと取り組む島の出身者や、島の未来を考える活動を行う団体の代表などに話を聞くところから取材を始めました。
 そして取材を進める中で、飛島の住民が主体となって自分たちの島を存続させるアイデアを出してもらい、それを後押しするような企画ができないかと考えました。しかし、実際に島を訪れてみて、それは難しいと悟りました。島は思った以上に高齢化が進行しており、若い人が少ないため、アイデアがあっても実行する人手が足りないことを知ったのです。そこで山本ディレクターは発想を変え、山形県内の、飛島以外に住む人たちの力を借りることを思いつきました。あえて島外の人たちに、飛島を20年後も存続させるためのアイデアを競うアイデアソンに参加してもらい、さらにそこで生まれたアイデアの実行にも関わってもらえれば、人手が足らない島でも何かできるかもしれない。こうして「Yamaga-TanQ~飛島を未来へつなげ!~」の企画が生まれました。

 番組は、地域に暮らす人と人をつなぐ「場」、山形県に住む人々とNHKが地域の未来を共に創る=共創する「場」になることを目指しました。山本ディレクターは、「放送は既に起きていることを取り上げているものだが、逆に放送をきっかけに何か新しい動きにつなげるということが出来ないか」と考えたといいます。
 アイデアソンの参加者を集める担当となったのは、ともに企画を提案した入局2年目(当時)の大橋茉歩ディレクターでした。ホームページでの募集に加え、大橋ディレクターはチラシを作って、かつて自分が取材した人や関心を持ってもらえそうな人に声をかけて回りました。その結果、飛島以外の山形県内に住む10代から40代までの男女11人が参加してくれることになりました。
 企業広告やアイドルのプロデュースを通して山形県の魅力を発信している男性、地域の活性化の役に立ちたいと手を挙げた酒田市の高校生、最上地域で地元の人々の暮らしを発信しているフリーペーパーのライター、環境問題解決を目指す大学生、地域おこし協力隊の隊員など、多彩な人たちが集まりました。
 
 番組の撮影初日は、参加者たちが飛島に足を運び、3時間かけて島内のツアーを行いました。アイデアのタネを持ち帰ってもらうため27枚撮りのフィルムカメラを渡し、気になったものを撮影してもらいました。島に住んでいる人や何度も訪れた人には目に留まらないような漁具や島の植物などの写真を撮影する人や、

島を訪れている人に声をかけ、質問する人も見られました。それぞれ思い思いに飛島の魅力はどこにあるかを探していきました。

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 さらに、参加者たちは島の自治会長から話を聞きました。かつては野菜やコメも自分たちで作っていたが、耕作放棄地の増加が目立つことに寂しさを感じ、若い人に島に来てほしいと望んでいること、そして「生まれ故郷はなくしたくない」という強い思いが、参加者の心に響きました。

miyashita3.png 撮影2日目は、酒田市内の公共施設で、アイデアソンを行いました。制限時間6時間で、飛島を20年後も存続させていくためのアイデアを3チームに分かれて考え、最も優れたアイデアを審査員が選ぶものです。審査員は、飛島の行政に関わる山形県庄内総合支庁連携支援室の室長や、酒田市のまちづくり推進課長、飛島出身で地域おこしのイベントなどを手がける会社の代表など、飛島の地域づくりに関わっている人たちが務めました。


miyashita4.pngのサムネイル画像  ところで、人口減少に悩む全国の地域では、これまでUターン、Iターンなど地域外からの移住促進に努めることで地域に住む「定住人口」を増やそうという取り組みが一般的でした。しかし、それは容易なことではありません。
 そこで最近注目されているのが、「関係人口」です。その地域に居住はしなくても、様々な形で地域と関わりを持ち、時には地域の行事などの担い手になってくれるような人たちを指します。いわば地域の応援団ともいえる「関係人口」を増やすことで、地域が元気になり、コミュニティの維持につながるのではと期待されています。

 今回のアイデアソンでも、どうすれば地域外の人たちとのつながりを作り「関係人口」を増やすことが出来るかという視点で議論が進められました。
 あるチームでは、「島民図鑑」を作り、島に暮らす人たちのプロフィールを掲載したらどうかと考えました。また別のチームからは、定期船の利用や海岸のごみ拾いでポイントが貯まる「とびしマイル」を作るというアイデアが出ました。
 どのアイデアも魅力的でしたが、最も審査員の評価を得たのは、もう一つのチームが考えた「心に余白が生まれる飛島」というアイデアです。せわしなく毎日を生きている人、心にモヤモヤを抱えている人などをターゲットに、島に来て心と頭をリセットしてもらおうというものです。のんびりと時間が流れる飛島で、波の少ないビーチを楽しんだり、遊休農地でみんなで野菜を作ったりしてもらい、デジタルデトックス(スマホやパソコンから離れることでストレスを軽減すること)のためのデバイス預かりサービスも行う。心に余白が生まれる体験を通して飛島の良さを知ってもらい、「関係人口」を増やしていけば、島の存続につながるはずと考えました。
 審査員からは「飛島では不便を楽しんで豊かに幸せに暮らしていることに気づかされた」という講評がありました。この「心に余白が生まれる飛島」というアイデアが、今後どう実現されていくのか、山形局では取材を続けていく予定です。

  視聴者からは、「飛島を考えることは、高齢化や人口減少に悩む山形全体の参考にもなり、良い企画だと思う。」「人口が175人にまで減ってしまった飛島の生活を守りたい!との思いで集まった11人が、それぞれの経験や知識を生かしながら”問題解決“していく姿が素晴らしい。単なる観光紹介や、税金からの援助を求めるような趣旨に留まらない内容が良かったと思います。」などの感想が寄せられました。

yamamoto2.png 放送から4か月以上経過しましたが、今のところまだアイデアを実現するための具体的な動きはありません。担当した山本ディレクターは「参加者たちは、それぞれ学業や仕事がある中で、実際にアイデアを実行に移していくのがなかなか難しい。しかし今回の番組を通して、飛島を存続させたいという人たちがつながって、それぞれ独自に飛島を存続させる活動に参加するなどの動きも出てきたことが収穫だった」と話します。 

 

 

oohashi2.pngまた、大橋ディレクターは、「今回のような大きな企画ではなく、普段の小さなリポートでも、地域の課題点やこれはどうしたらいいのだろうなと思っているものを拾い上げられるような企画や番組を今後も作っていければ山形放送局で働いている意味があると思う。」と言います。

 制作統括の白井健大チーフ・プロデューサーに、今後について尋ねたところ、「アイデアソンに参加して下さった方々とは引き続き関係を保ち、継続取材を行っていく道筋をつけていきたいと考えています。また、今後も飛島に限らず、なんらかの形で地域課題解決に結び付く企画を夕方6時台の『やままる』や金曜夜7時半からの『やまコレ』に展開していくことができればよいと考えています。」とのことでした。
 

 地域の存続という重い課題。今回の取り組みを一過性のものに終わらせるのではなく、地元の放送局にしかできない、息の長い取り組みが求められます。




調査あれこれ 2022年04月19日 (火)

#392 自治体による災害時のラジオ活用をどう進めるか?

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子

はじめに ~災害とラジオ~

 このところ全国各地で地震が続いています。先月16日には、福島沖を震源とする最大震度6強の地震が起きました。東日本大震災発生から11年を迎えた3月11日からわずか5日後のことでした。大震災の時と同じ地域で再び被害があったということも耳にします。一日も早い復旧を願っています。
 私の自宅のある東京は震度4でしたが、長時間の横揺れが続いたため、食器棚からお気に入りのティーポットが落下して割れてしまいました。それを機に、改めてテレビや棚類の転倒防止対策を再確認しました。いまは防災リュックをベッドの横に置いて寝ています。
 防災リュックにはラジオを2つ入れています。懐中電灯とセットになった手回し充電式と、携帯用の電池式のもので、替えの電池も10個入れています。皆さんはいかがですか?最近はラジオ端末を持っている人も減っていますし、以前は100円ショップで簡単に携帯ラジオを購入することができましたが、最近はあまり取扱われていないようです。家電量販店やネットショップ、もしくは防災グッズを専門に扱うお店では購入できると思いますので、もし防災リュックに入れていないという人は入手しておくことをお勧めします。
 なぜお勧めするかというと、よく言われていることですが、災害時に最も頼りになるメディアがラジオだからです。とはいえ、そう言われても、停電でテレビがつかなくなったり、災害情報のプッシュ通知やSNSで情報を入手できるスマートフォンが使えなくなったりする状況は、その場に身を置いた経験がない限り実感は湧きにくいと思います。私はこれまで被災地に取材に行くことが多かったので、停電で余震が続く中で眠れない夜を過ごしたり、同僚と連絡を取る手段がないまま目的地まで何キロもの道を徒歩で向かったりしたことがあります。あくまで被災した方々を取材するという立場で被災地の状況を経験したにすぎませんが、現場で痛感したのは、命を救うため、様々な行動を判断するため、不安な心を落ち着かせるため、パニックや混乱を防ぐため、信頼できる情報を得られるツールが身近にあることがいかに大事か、ということでした。
 改めてラジオの強みを確認しておきましょう。一番の強みはなんといっても停電に強いことです。2018年の北海道胆振東部地震では、道内全域で大規模な停電(ブラックアウト)が起きましたが、地震発生当日に最も利用されたメディアはラジオでした1)それから端末の持ち運びが出来て乾電池だけで動くこと。数日間であればつけっぱなしにしていても、スマートフォンのようにバッテリーの残量を気にする必要はありません。また言うまでもなく、放送は通信と異なり、錯綜することなく情報を届けることができること。もちろん東日本大震災のような激甚災害になると、放送を送り届けるラジオの送信所(中継局)そのものが大きな被害を受ける可能性もあるのですが、テレビの中継局とは構造が異なることもあり、東日本大震災の時にはテレビに比べて停波した局は少なかったです(図1)。

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 東日本大震災以降、国の進める国土強靭化計画のもと、災害情報を伝達する責務を担う自治体や放送事業者、通信事業者は、伝達手段の多様化やインフラの強化、停電対策を進めています。しかし、どんなに対策が進められたとしても、南海トラフ地震や首都直下地震などの激甚災害の場合には、やはり停電が長時間続き、通信も放送も途絶え、被災地が完全に孤立してしまうような最悪の事態を想定しておくことが賢明であると思います。

1.首都圏の市町村によるラジオ活用の道広がる

 前置きが長くなってしまいました。本ブログの本題は、災害時における自治体によるラジオ活用についてです。先月、総務省の「放送を巡る諸課題に関する検討会」が、「放送用周波数の活用方策に関する取りまとめ3)」を公表しました。あまり注目されていないようですが、災害時の情報伝達という観点から見るとこれまでにない画期的な方向性が示されていると感じたので取り上げておきたいと思います。
 今回の取りまとめで対象とされた放送用周波数は、2018年9月末まで放送大学学園4)の番組を放送していた地上テレビとFMラジオの帯域と、2020年3月末まで放送していた「新放送サービスi-dio」のV-Low帯域5)です。これらは国が放送用に割り当てている周波数であるため、今後、放送サービスとして活用したい事業者がいるかどうかの需要調査が行われました。その結果、V-Low帯域については、多くの民間AMラジオ事業者が2028年までにAMを停波してFM化を進めていることから、帯域の一部をFM放送用周波数として拡充する方針が示されました6)。また放送大学の地上テレビの"跡地"については、放送技術の高度化の実験・実証フィールドとして活用する方針が示されました。
 同時に、V-Low帯の一部と放送大学のFM放送の跡地については、自治体によるラジオ活用に道が開かれました。V-Low帯は、市町村が伝達手段として整備している防災行政無線(同報系)と連動させてFMで同じ情報を届ける「FM防災情報システム」への活用、FM放送跡地は、災害時に自治体が免許人となって開局できる「臨時災害放送局」専用帯域としての活用です。それぞれ詳細を見ていきましょう。

2.「FM防災情報システム」としての活用

 FM防災情報システムという存在、初耳の方がほとんどではないでしょうか。実は、今回の検討会の議論の中で新たに発案されたものだそうです。図2が取りまとめで示されたシステムのイメージです。防災行政無線の屋外拡声子局にFMの送信設備をつけ、防災行政無線の音声をFMで再送信するという仕掛けになっています。
 自治体の7割以上が、災害時にたまたまその地域を車で通過する人達や、車中で避難生活を送る人達に対する情報伝達に課題を感じているという調査結果を受け、車に装備されているカーラジオ等に防災行政無線と同じ内容を伝達することが出来るこのシステムが考案されたそうです。

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 防災行政無線についてはこれまで、豪雨等の時に聞き取りにくいということが繰り返し指摘されてきました。こうした中、国では、自宅等に設置する戸別受信機を自治体が住民に貸与することを積極的に財政支援してきました。しかし、専用端末であるために高額であること、持ち運びが不便なこと等がネックとなっており、普及には課題も少なくありませんでした。今回のシステムはFM波を使うことから汎用性のあるラジオ端末(カーラジオ等)が活用でき、戸別受信機ではカバーできない移動中の人達に向けた伝達も可能となります。特に、津波の到達が早い沿岸部の自治体や、氾濫の恐れのある河川を抱える自治体では、このシステムの導入を積極的に検討して欲しいと思います。

3.首都圏の「臨時災害放送局」専用周波数として活用

 災害時の自治体のラジオ活用として開かれたもう1つの道が臨時災害放送局(災害FM)です。災害時に自治体が免許人となり臨時のラジオ局を開設できるというこの制度は、阪神・淡路大震災の際に誕生し、東日本大震災で多くの市町村で開設され、認知が広がりました。その後も、熊本地震、西日本豪雨、北海道胆振東部地震等で多くの自治体が開設していて、私は現場を取材し続けてきました(図3)8)

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 なぜわざわざ自治体の情報伝達にラジオが必要なのか、先に触れた防災行政無線で十分ではないのか、と疑問を感じる方もいらっしゃると思いますので少し説明しておきます。防災行政無線は主に屋外に向けて、短い言葉で避難を呼びかけたり注意喚起をしたりすることを主とする伝達手段です。しかし、避難生活が長期化する場合には安否情報や救援情報、生活情報や各種行政情報等の情報を整理して伝え、地域内の住民たちで共有し、それらの情報が的確に更新されていくことが不可欠となります。つまり、大量の多様な情報を伝達していくことが必要であり、防災行政無線だけでは担いきれないのです。
 こうした状況に陥った際に活躍が期待されているのが、自治体を主なカバーエリアとする地域メディアであるケーブルテレビやコミュニティ放送局です。特にラジオメディアであるコミュニティ放送局は、災害対策への関心の高さから開局が年々増え続けています(図4)。大半の局が自治体と防災協定を結んでおり、いざという時にはタッグを組んで情報伝達する体制を構築しています。しかし制度上、平時から放送を行うコミュニティ放送局は自治体が免許人になれないため、民間事業者として地域内で広告スポンサーを確保し、日々の放送を維持していかなければなりません。災害対応、住民の安全確保という観点から見れば、どの地域にもくまなくコミュニティ放送局が整備されることが理想ではありますが、現状ではコミュニティ放送局の全国の自治体カバー率は5割には満たない状況に留まっています。

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 一方、災害FMはあくまで災害時にのみ限定して自治体が開設し運営する放送局です。開設するのも簡単で、機材や一定の条件が揃えば、総務省に電話1本することで放送を開始できます。そのため、コミュニティ放送局がない自治体では、災害FMに対する関心が高まっているのです。
 もちろん課題もあります。災害が発生してからの対応になるため、①自治体が開設を希望していても実際に周波数が空いていなければ開設できない、②周波数を事前に(平時から)住民に伝えておくことが出来ず、周知が発災後になるため認知されにくい、③ラジオ端末を持っている人が少なく、日頃からラジオを聞いたことがない人も少なくない、④機材の準備や運営のノウハウ、スキルを持った人の確保が必要、等です。特に首都圏エリアは他の地域に比べて①の課題が深刻でした。そもそも空いている周波数が少ないのです。
 こうした中、今回の検討会では、東京の4つの区が災害FM開設を要望するプレゼンを行いました10)。これらの自治体では、既にラジオを運営するための機材を購入していたり、実際に住民を巻き込んだ訓練を行ったりしています。検討会で行った調査では、首都圏エリアで開設を希望する自治体は現段階で14あるそうです。このため取りまとめでは、首都圏を放送エリアとしていた放送大学跡地のFM周波数を、災害FMの専用周波数としてあらかじめ確保しておくという方針が示されました。日常的に帯域を活用するのではなく災害の備えとして活用するという方針は、従来にはない画期的なものと感じました。

4.今後考えていくべきこと

 今後は示された方針を具体的に進めていくことになりますが、放送大学跡地のFM周波数は2つしかないため、希望する複数の自治体が時間を区切って共用する(○○区は9時~10時、××市は10時半~11時半等)という形を取ることになりそうです。つまり、各自治体の送信設備から放送波を出しては止め出しては止め、ということを繰り返していくことになるわけです。これまであまり例のない形で運営していくわけですから、調整役となる総務省や関東総合通信局の役割は重要です。また放送のプロではない自治体の人たちが、災害時の混乱の中で実施していかなければならないわけですから、相応の準備も必要となってくるでしょう。
 また検討会では、首都圏エリア以外でも、こうした災害FM用の専用帯域の確保や希望する自治体との調整、あらかじめ固定した周波数を住民に周知するといったことが出来ないのか、という意見があがっていました。総務省に尋ねると、首都圏エリアはもともと周波数が足りない状況の中で首都直下地震が想定されていたため、放送大学跡地の議論が今回の方針につながったとのこと。そのため他の地域で同様の議論や方針を示すことは今のところ考えてはいない、とのことでした11)
 ただ、私も災害FM関連のシンポジウムや講演会に参加させていただいたことがある近畿総合通信局では、南海トラフ地震に備えて和歌山県の沿岸自治体12市町村で、災害FMを同時開局できるかどうか周波数を選定するシミュレーションや実地調査を実施し、その結果を自治体と共有する取り組みを行っています(図5)。これは、災害FMを取り入れた防災訓練を積極的に行ってきた和歌山情報化推進協議会12)と総合通信局のディスカッションからスタートしたものです。和歌山県の場合は首都圏エリアとは逆に、空き周波数があるためにこうした取り組みが可能ですが、全国各地でそれぞれのエリアの実情に応じながら、地域の総合通信局がイニシアチブを取って、平時から自治体等と連携した災害対応の取り組みをより積極的に進めていくことが求められているのではないかと思います。

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 そして、こうしたハードの準備以上に重要だと私が考えているのが、住民にとって必要な情報をわかりやすく伝えるスキルを持った人材の確保・育成です。マイクの前に座って災害対策本部の原稿を読めばいい、というところから一歩進んで、どうしたら混乱している人達が冷静に行動できるような伝え方ができるのか、どうしたら不安な人達が安心できるような話し方ができるのかについて、あらかじめ想定した準備をして欲しいというのが、これまで災害FMを取材してきた私の意見です。
 そのために貢献できるのが地域の情報伝達のプロフェッショナルである地域メディアの存在です。首都圏エリアで災害FMの開設を希望する自治体の中には、ケーブルテレビとあらかじめ運営に関して協議をしたり協定を結んだりしている地域もあり、非常に心強く感じます。また、先に紹介した和歌山県情報化推進協議会は、県下の県域民放やNHK、コミュニティ放送局等が参加している組織で、自治体職員や地域住民に対して、取材や放送の方法等を、訓練を通じて伝える活動をしています。こうした平時からの地道な活動こそ、地域メディアの果たすべき重要な役割の一つではないかと思います。
 更に、こうしたプロフェッショナルメディア、特に災害時にも活躍が期待される県域ラジオ局と自治体の連携が深まれば、災害時に自治体の情報をそのまま放送する枠を設けるといった取り決めも可能かもしれないと思ったりもしています。あらかじめ県域ラジオ局と自治体の間で、衛星電話を繋いで情報を伝えるという時間枠を確保する協定を結んでおけば、その自治体はわざわざ災害FMを立ち上げなくても情報を伝達することが可能でしょうし、住民にはあらかじめ、災害時には県域ラジオを聞いてください、と伝えておくことも可能でしょう。もちろん、県域ラジオ局には独自の編成があるわけですから、あくまで現時点では私見ではありますが、ただ、取材に行ったり独自に情報収集したりすることすらままならない激甚災害においては、自治体のみならず県域ラジオ局にとっても有効なのではないかと思いますし、複数の県域ラジオ局がある地域においては、こうした自治体情報を束ねる災害放送を行うチャンネルがあってもいいのではないかと思います。
 災害が起きてから出来る事は限られています。いかにあらかじめ災害時を想定し準備をしておくか、その準備は、最も厳しい状況を想定しておく必要があると思います。最後に少し踏み込んだ私の意見も述べましたが、今回の「放送用周波数の活用方策に関する取りまとめ」を契機に、既存の枠組みにとらわれない柔軟で積極的な災害情報伝達に関する議論が全国各地で進んでいくことを期待していますし、私もその議論に少しでも関わっていきたいと思っています。

 

1)   https://www.nhk.or.jp/bunken/research/domestic/pdf/20190201_10.pdf  P42
      逆にテレビについては68%の人たちが利用できなかったと回答
2)    https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h24/html/nc134220.html 図表3-4-2-5
3)    https://www.soumu.go.jp/main_content/000800629.pdf 
4)    放送大学は現在、BSで放送中 https://www.ouj.ac.jp/
5)    地デジ化終了後の空き周波数の一部。95MHz-108MHz
6)    地上AMラジオ事業者のFM転換だけでなく、コミュニティ放送局が開局を希望する場合には免許できる方針も併せて示された
7)    https://www.soumu.go.jp/main_content/000800629.pdf P14
8)   下記の震災についての原稿は・・・
      東日本大震災:https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/research/report/2012_03/20120303.pdf 
             熊本地震:https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/100/246229.html 
         西日本豪雨:https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2018/08/09/
9)   https://www.soumu.go.jp/main_content/000800629.pdf  P5 
10) https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/housou_kadai/02ryutsu08_04000457.html 
   検討会では、東京都文京区・北区・練馬区・足立区が準備の取り組みをプレゼン
11) 4月5日 本検討会事務局である放送技術課を取材
12) https://wida.jp/act/rinsai_musen/ 和歌山県情報化推進協議会では、災害FM立ち上げのためのボランティア人材の確保なども行っている
13) https://www.soumu.go.jp/main_content/000806538.pdf P46

 

調査あれこれ 2022年04月12日 (火)

#391 対ロシア経済制裁に必要な覚悟 ~ウクライナ・早期停戦に向けて~

放送文化研究所 研究主幹  島田敏男

 「第2次世界大戦後、最も恐ろしい戦争犯罪だ!」日本時間の4月5日深夜、国連安全保障理事会の緊急会合の場でウクライナのゼレンスキー大統領がオンライン演説。大統領は直前にブチャという街の惨状を視察していて、世界に向けて憤りをあらわにしました。

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 2月24日にロシア軍がウクライナに侵攻を開始してから1か月半余り。首都キーウに迫っていたロシア軍は、ウクライナ側の抵抗に阻まれて一旦後退し、東部に転じつつあると伝えられています。

 ロシア軍が引いた後、激戦があったキーウ周辺の街に、ウクライナ政府や国際機関の関係者、それにNGOの人たちやジャーナリストが入るにつれて慄然とする現実が次々に明らかになりました。

 グテーレス国連事務総長は「無差別攻撃は国際人道法の下で禁止されている」と強調し、国際刑事裁判所で民間人に対する戦争犯罪を裁くための調査を呼びかけました。


kokurenanporinairi.jpg この市民の犠牲者に関する情報は各地で跡を絶たず、連日のように世界に向けて発信されています。これに対しロシア側はプーチン大統領を筆頭に「ウクライナ側のねつ造だ」と口を揃えるばかりです。

 4月のNHK電話世論調査は、世界の耳目が市民の犠牲に関する情報に接し続ける中、8日(金)から10日(日)にかけて行われました。

「ロシアのウクライナへの軍事侵攻に対する日本政府のこれまでの対応を評価しますか」と聞きました。

「評価する」  71%(対前月+13ポイント)

「評価しない」 21%(対前月-13ポイント)

 日本は攻撃兵器の提供などの軍事支援は行わない一方で、避難民支援のために資金提供を行ったり、希望する避難民の日本への受け入れを進めたりしています。

 また欧米各国と足並みを揃えて金融制裁や経済制裁を実施し、プーチン大統領やその家族、政権関係者らに対する資産凍結も打ち出し、明確にNOの意思表示を示しています。
 軍事侵攻から2週間余りの時点で行った3月調査と比べると、日本政府のウクライナ支持の態度を評価する割合が増しています。現地から伝えられる市民の犠牲に関する情報が増すほどに、ロシアに対する国民の視線が厳しさを増しているようです。

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「日本政府のロシアに対する制裁措置についてどう思いますか。次の3つから1つ選んでください」

「適切だ」       35%
「さらに強めるべきだ」 47%
「厳しすぎる」       7%

 これを詳しく見ると、「さらに強めるべきだ」は野党支持者では6割に達していて、与党支持者の5割弱、無党派層の4割強と比べて高い割合を占めています。

「今回の軍事侵攻を受け、政府はロシアへのエネルギー依存度を引き下げていく方針です。一方で、引き下げによるエネルギー価格の上昇の可能性も指摘されています。エネルギーの価格が上がっても、ロシアへのエネルギー依存度を引き下げることを、支持しますか、支持しませんか」

「支持する」  68%
「支持しない」 17%

 日本はロシアからの石炭輸入や新規投資を禁止する経済制裁に踏み切っていますが、日ロ共同事業になっているサハリンでの天然ガスプロジェクトは今のところ継続しています。

 今回の事態で世界的にエネルギー資源や穀物資源の価格高騰が続いていますし、停戦に至らずに戦闘状態が継続するならば制裁は長期化することになります。またロシアの出方次第では一層の制裁強化も必要になります。

kishida.jpg そもそも経済制裁はどういう意味合いと可能性を持つものなのでしょう。「けしからん行為に対する懲罰」という意味合いにとどまらず、「戦争継続を抑止するための武器」でもあります。

 安全保障の世界では、抑止というのは基本的には「相手に大きなコストがかかることを実感させ、コストパフォーマンスが悪い選択を断念させる働き」と理解されています。
 つまり先々を展望することができる合理的な判断力に訴えかけ、心変わりを促すメッセージであるわけです。第3次世界大戦を望まない欧米諸国や日本が取りうるギリギリの手段です。

 しかし経済のグローバル化が進んだ21世紀の現代では、制裁を行う側も返り血を浴びることを覚悟しなければなりません。資源大国ロシアにエネルギー源を依存してきたドイツが難しい選択を迫られているのもそのためです。

 天然資源を海外からの輸入に頼る日本でも、回りまわって様々な製品の価格が上昇した場合に消費者がそれにどこまで耐えることができるか。まさに覚悟が問われます。

kishida2.jpg「あなたは岸田内閣を支持しますか。支持しませんか」

「支持する」  53%(対前月 ± 0ポイント)
「支持しない」 23%(対前月-2ポイント)

 岸田総理が外務大臣を務めていた安倍政権の当時、日本政府は経済連携を梃子にして北方領土の返還と平和条約交渉を進めるためにロシアに接近を図っていました。

 しかしロシアがウクライナ侵攻という「力による現状変更」を継続する状況では、これとは全く異なる態度で臨まざるを得ません。すでにロシア政府は経済制裁に対する日本への報復として、話し合い拒否を伝えてきています。

 今月の岸田内閣の支持率を見れば、国民から一定の支持を得ていると評価できると思います。ただ、経済制裁を継続する中で日々の暮らしに影響が及ぶ段階に至った時に足元が揺らぐことはないのか。

 世界情勢への対応が国内の政治情勢を左右する難しい局面に立っていることは確かです。

 

調査あれこれ 2022年04月07日 (木)

#390 地域の声を受けとめてドラマを制作~NHK京都「ストレス・リレー」~

メディア研究部 (番組研究) 宮下牧恵

 視聴者の疑問や悩みをもとに取材・制作を進め、ともに解決を探っていく。その過程で地域とのつながりを深める「課題解決型」の番組やニュース企画が、全国の地域放送局で増えています。その実例を、これまで2回のブログでお伝えしてきました。今回は、「課題解決型」のニュース企画に加え、地域の人々の声を反映させたドラマ作りに乗り出した事例をご紹介します。

 NHK京都放送局は、今年2022年に開局から90年の節目を迎えます。昨年夏から、開局90年プロジェクトを立ち上げ、地域のために何ができるのか、若手職員が集まって議論を始めました。そして「京都府民のもっと身近に、役に立てる放送局になりたい」といった思いを込めて、「#使い方イロイロ」というキャッチコピーを作り、それに沿って企画を考えました。

 まずは府民の生の声を集めようと、局内の全ての部署から若手職員13人が参加して「お悩み聞き隊」という名のチームを結成。約3週間かけて、府民100人に街頭インタビューを行いました。

 そして、それらの悩みの声を出発点に取材を進め、課題解決をめざす企画「こえきく!」を、「ニュース630京いちにち」(月~金、18時30分から)の中でスタートしました。

 「ハザードマップの疑問」(2021年10月6日放送)の回では、「水害時に避難するように指定された避難所が、ハザードマップを見ると浸水想定地域になっている」という市民の疑問からリサーチを開始し、なぜそのような状態なのかを行政に取材するとともに、実際の水害の際にどう備えればよいか、専門家のアドバイスも紹介しました。また、「これでOK?店の感染対策」(2021年10月18日放送)では、飲食店の関係者から「コロナ禍で、どんなに感染対策をしても、人々から厳しい声が寄せられる」という悩みが複数寄せられたことから、実際に困っている飲食店に取材し、感染対策の現状や困りごとを撮影。その映像を専門家に見てもらい、具体的な感染対策の方法をともに考えました。

 一方で、課題も見えてきました。街頭インタビューでは、「コロナで仕事がうまくいかない」「学校での活動が思うようにできない」「自粛で家にこもる時間が増えて家族と話していてもいらだつことが増えた」など、コロナ禍で感じるストレスや、そのストレスを誰かと共有することにも疲れているという声が多く聞かれました。こうした個人的なストレスやモヤモヤした気持ちは、リポートでは解決が難しいものでした。
 地域の人たちがコロナ禍で感じているストレスやモヤモヤした気持ちを、「分かち合ったり」「笑いに変えたり」「発散させたり」できる企画はできないか。また、課題解決の取り組みでは、調査報道や、情報番組のスタイルが多い中、それ以外の方法で地域や視聴者を巻き込むことはできないか。そうした議論が局内で行われるようになりました。

 そんなとき、「こえきく!」の担当者の一人、入局5年目(当時)の岩根佳奈子ディレクター(現・クリエイターセンター<第2制作センター>)は、ある小説に出会いました。芥川賞作家で学生時代を京都で過ごした平野啓一郎さんが昨年8月に発表した短編小説「ストレス・リレー」です。
 作品では、アメリカから帰国したサラリーマンが発した棘のある言葉がストレスとして人々に伝播し、東京から京都へと持ち込まれ増殖していく様が描かれています。

 岩根ディレクターは、「ストレス・リレー」を読み、「こえきく!」でインタビューをしている中で耳にしてきた人々の声と、小説の中でストレスがリレーされていく様子が重なったそうです。そこで、この小説を元に、ドラマを作ることはできないかと、小山諒カメラマン(当時・入局2年目)や木村竣一カメラマン(同・入局3年目)とともに企画を提案しました。

 こうしてドラマ「京都スペシャル ストレス・リレー」(2021年11月26日午後7時30分~7時57分、総合テレビで京都府向けに放送)が制作されました。出演は俳優の川島海荷さん、近藤芳正さんのほか、京都ゆかりの俳優や、実際に「こえきく!」のインタビューで出会った市民のみなさんにも参加してもらいました。オーディションの際には、実生活の中でどのようなストレスを感じているかについてインタビューも行い、そうした映像もドラマの中で使用されました。

miyashita1.jpgのサムネイル画像 ドラマの中では、登場人物が、イライラを人にぶつけることで、ストレスをリレーさせていきます。例えば、アメリカから帰国したサラリーマンによってストレスをぶつけられるコミュニケーションが苦手な蕎麦屋のアルバイトの店員。そのアルバイトの店員からストレスをぶつけられる母親。その母親からさらに誰かへと、ストレスがリレーされ、増殖していきます。ごくふつうの人々がストレスの連鎖を作り出す怖さと、その連鎖を止める「こころの換気」について考えるドラマです。

miyashita2.pngのサムネイル画像 最初にストレスをリレーされた、コミュニケーションが苦手な蕎麦屋のアルバイト店員役を演じた女性は、実際に、演じた役柄と似たようなストレスを抱えてきた体験があったそうです。そうした体験から、どうやってストレスをリレーさせないようにするのか、撮影の合間に母親役を演じた出演者と話し合っていました。また、ほかの出演者の間でも、自分の職場でのストレス体験や、それぞれのストレス解消法、対処法などを語り合う姿が見られました。

miyashita3.pngのサムネイル画像 また、京都放送局では、ドラマの放送日に合わせて「アフタートークイベント」を企画しました。原作者の平野啓一郎さん、ドラマの出演者、声を寄せてくれた市民のみなさんが参加しました。

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 イベントでは、自分がストレスの連鎖を止めた方法や、ストレス解消法についてどのようなことを行っているかなど、番組の作り手と市民が一緒になって、日常のストレスをどうやってリレーさせないようするか、語り合いました。参加者からは「ストレスは人から人へ渡ることもあるが、逆に温かい言葉をかけられるとホッとする。そのホッとした瞬間がストレスを軽減できるのではないか。」といった声が上がりました。平野さんからは、「優しさのリレーみたいなことが社会では本当には起きていると思う。」「人と人との繋がりがストレスを軽減するようになってほしい。」といったコメントがありました。

iwane.png 担当した岩根ディレクターによると、「初めてのドラマ制作は大変だったが、東京のドラマ部のベテラン職員の指導や、地域の皆さんの協力で成し遂げられた。テレビはマスに向けて番組制作を行っていて、ふだんはなかなか視聴者の反応をみることができないが、アフタートークイベントでは顔が見えなかった視聴者の方と対面できて、小さくても手ごたえを感じた」そうです。また、「今回作り上げた市民との繋がりをこの先どうやって繋げ続ければよいのかということが課題だと感じている。」とのことでした。
 また、ドラマに参加した市民からは、「制作サイドの人と接したことで、以前よりNHKを身近に感じることができた」 「他の市民の方と知り合うのが面白い」という声が聞かれたとのことです。

 京都放送局の伊藤雄介副部長は、「今後は、視聴者の方々にNHKをより身近に感じてもらうため、企画段階から一緒に制作することや、番組を放送するだけではなく、ゴールを対面でのイベントに置いて、地域の課題について考えた経験をみんなで分かち合うことができればよいと考えている。そうした場をいかに楽しくワクワクできる企画で生み出せるかが重要だと感じており、今回は、ドラマというスタイルだったが、歌番組やお笑いのようなジャンルでも挑戦できたらと思っている。」と言います。

 次回も、地域放送局の新たな取り組みについてお伝えします。

調査あれこれ 2022年04月06日 (水)

#389 流れを一旦せきとめる~論考「新型コロナ報道は東京オリパラにどのように影響されたか?」について~ 

メディア研究部(番組研究) 高橋浩一郎

 私たちの社会が新型コロナウイルスと向き合うことになって2年以上がたちます。3月21日にはまん延防止等重点措置がすべての地域で解除されましたが、26日時点でも1日当たりの感染者数は4万人を超え、毎日100人を超える方が亡くなっています。

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 他方で1月15日にはトンガで大規模噴火が起こり日本にも津波警報が出され、2月24日にはロシア軍がウクライナに侵攻、国内では3月16日に福島県沖を震源地とする最大震度6強の地震が発生するなど、思ってもみないような事態が次々と起こり、テレビが日々報道するトピックもめまぐるしく移り変わっています。新型コロナに関しては上記の通り事態が収束したとは決して言えないものの、より大きな関心を引く出来事が立て続けに起こり、また2年以上に渡って付き合わされ、その対策も複雑化していることも相まって、社会全体の問題としてとらえにくくなりつつある印象さえ受けます。
 さまざまな情報をネット経由で手に入れられるようになったとは言え、テレビにはいまだに大きな影響力があると考えられます。しかし、画面に映像と音声が流れ出した瞬間に消え去っていくテレビ発の情報は、多くの場合忘れられてしまいます。そのため新聞などの文字媒体と比較すると、ある時点でどのような報道がなされていたのか後から検証することが困難です。大きな事件や災害が頻発し、ある意味で“非常時”が“日常化”しつつある今だからこそ、麻痺してしまいがちな感覚を正常化するためにも、一旦流れをせきとめて、ある時点でテレビがどのような報道をしていたのかを記録・検証することが必要ではないかと思います。

 「放送研究と調査」3月号には、およそ1年前にテレビが“新型コロナの感染拡大”と“東京オリパラの開催”をどのように報道したのかを検証する論稿を掲載しています。さらに4月号には“新型コロナ”と“東京オリパラ”をめぐるツイッターの動向について短いレポートを掲載しました。
 研究テーマの軸となったのは「限られた放送時間とリソースという物理的な制約のある中で、テレビは何を優先して伝えたのか」ということです。分析の結果から見えてきたのは「テレビがどれだけ自律的かつ主体的にその判断をできたのか」という疑念、さらに「その判断に疑義が呈されるとき視聴者からの信頼が揺らいでいる可能性がある」という懸念でした。
 これまで経験したことがなく、さらに次々に変異を重ねる新型コロナにどう対応するのかの判断は、状況や時期によっても変わることがあり、また国によって一様ではありません。何が正しいのかがその時点では明確ではなく、事後になって初めて分かることもあります。複雑化・多様化を極める社会において、多くの人に情報を伝えるメディアには「何を、どのように、どの程度伝えるべきか」より難しい判断が求められますが、そういう時だからこそ大きな役割が期待されているとも言えます。テレビ報道が機能不全を起こさないようにするためにもその動向を注視し、どうしたらよいのか考え続ける必要があります。

 自分に向けられた信頼が揺らぐとき、私たちはどのような態度と行動をとるでしょうか。自分に不都合なことから目を背けたり、本質から話を逸らしたり、どこかの誰かが妙案を生み出してくれるのを期待するでしょうか。それとも自分がしたことを認めたうえで、そこから教訓を導き出しこれからに生かそうとするでしょうか。メディアがどのような姿勢を示すことができるのか、その存在の真価が試されているように思えます。