文研ブログ

2024年4月

調査あれこれ 2024年04月26日 (金)

テレビはジャニー喜多川氏の死をどのように伝えたか① ―死去翌日、夜のニュース番組の分析から―【研究員の視点】#537

メディア研究部 東山浩太/宮下牧恵

◎はじめに~連載の目的
 大勢の人気男性アイドルを輩出してきた旧ジャニーズ事務所(以下、ジャニーズ事務所)創業者のジャニー喜多川氏(以下、ジャニー氏)は、2019年7月に87歳で死去した。4年後の2023年、報道や、同事務所が設けた外部有識者たちのチームによる調査などで、生前、彼が多数の少年たちに性加害を繰り返していたことが広く社会に知られることとなった。
 このブログ連載では、ジャニー氏が死去した時期に焦点を絞り、当時のテレビニュースの録画を確認したうえで、報道番組と言われるテレビ番組がどのように彼を追悼したのか、分析・検討する。
 死去した時点で、彼の性加害は事実であると司法では既に認定されていた(後述)。そうした人物の生前のふるまいをどのように報じたかをみることで、当時のニュースには、ジャニー氏が持つ権力性や彼が培った芸能文化などに対する、送り手のどのような意識が反映されていたのか、その可能性を示すことが目的である。
 言い換えると、送り手側がジャニー氏関連のニュースを取材・制作するときに現れる(くせ)のようなものを可視化することを目指す。そのことは、批判が寄せられるマスメディアのジャニーズ関連報道の実情を解き明かす一助になるのではないか。
 ブログの執筆はメディア研究部の東山浩太と宮下牧恵が担当する。
 ジャニー氏の性加害が司法に認められた2004年2月当時、東山は報道、宮下は制作の、それぞれ地方の現場の末席にいた。ジャニー氏の問題を担当する立場ではなかったが、関心を示さなかったことはマスメディアの一員として恥ずべきことだと認識している。
 この調査研究はそうした者たちの後知恵によるものだという批判は甘んじて受けたい。

 連載の1回目である今回は、まず、ジャニー氏の経歴を紹介するとともに、番組を分析・検討するにあたって筆者たちの問題意識について述べる。

◎ジャニー氏とは~(1)ジャニー氏の経歴
 はじめに、本連載で取り上げるジャニー氏とはどのような人物なのか、簡潔に紹介する。
 ジャニー氏は1931年、アメリカのロサンゼルスで生まれ、1933年に日本に帰国した。戦時中は、和歌山に疎開し、戦後の1947年、姉のメリー喜多川氏(ジャニー氏死去後のジャニーズ事務所の会長、のちに名誉会長)とともに渡米。滞在中、アメリカを訪れた美空ひばりの通訳を手伝うなどしてショービジネスの世界に親しんだ。1952年に再び帰国し、アメリカ大使館に関係する仕事などに就いていた。
 1962年、ジャニー氏はジャニーズ事務所を創業し、2年後には初めて手がけた男性アイドルグループ「ジャニーズ」をレコードデビューさせた。1960年代後半から70年代にかけて「フォーリーブス」や郷ひろみをデビューさせ、彼らは一世を風靡(ふうび)した。
 1975年、ジャニー氏は同事務所を株式会社として法人化した。
 80年代に入ると「たのきんトリオ」「シブがき隊」「少年隊」、後半には「光GENJI」をデビューさせ、彼らも大人気を博した。所属タレントのテレビの歌番組などへの出演が増加するに伴い、ジャニーズ事務所は有力な芸能プロダクションとして、メディアの世界での影響力を増していった。
 90年代以降、ジャニー氏は国民的アイドルとも称される「SMAP」をはじめ、「TOKIO」「Kinki Kids」「V6」「嵐」などをデビューさせ、彼らはドラマやバラエティー、報道、スポーツ、それにコマーシャルといったテレビのさまざまな分野に進出し、絶大な人気を獲得した。さらに2000年代~2010年代に至っても「NEWS」「A.B.C-Z」「King&Prince」といったグループのプロデュースを手がけた。
 加えてジャニー氏は、2011年から2012年にかけて、「最も多くのナンバー1シングル」をプロデュースした人物などとしてギネス世界記録にも認定され、海外にも功績が知られた。
 彼は「ジャニーズJr.(ジュニア)」というタレントの育成システムを採用した。ジャニーズ事務所特有の育成システムとして指摘する識者もいる1)。少年たちをタレントとしてまだ成熟しているとはいえない段階から、先輩タレントのバックダンサーとして舞台に立たせるなどして育成し、人気のある者はテレビ番組に出演させた。Jr.の選考や育成の方針はジャニー氏の判断によっていた。

(2)ジャニー氏の性加害問題とは
 次に、ジャニー氏をめぐる重大な出来事として、彼による性加害の問題について簡潔に説明する。
 彼の性加害の疑惑については1960年代から問題視され、週刊誌で報道されていた。また、1988年には元フォーリーブスのメンバーによるジャニー氏の性加害を実名で告発した書籍が出版され、以降、ジャニーズ事務所の内情に関する暴露本がたびたび出版されてきた。
 1999年10月からは、「週刊文春」が14週連続でジャニーズ事務所に関する特集を掲載。同誌はジャニー氏の少年に対する性加害を証言する関係者などに取材し、記事化していった。
 こうしたキャンペーン報道を受けてジャニー氏と同事務所は、雑誌の発行元である文藝春秋に対して、名誉棄損であるとして損害賠償を求める裁判を起こす。一審を経て二審の東京高等裁判所は2003年7月、ジャニー氏による「セクハラ行為」の真実性を認定する判決を下した。2004年2月には最高裁判所がジャニー氏側の上告を棄却したことで、性加害の事実は確定した。これ以降も、ジャニーズ事務所は具体的な再発防止策を取ることはなかった。
 それから19年後の2023年3月、イギリスの公共放送BBCがジャニーズ事務所在籍時にジャニー氏から性被害を受けたという男性の証言などを改めて報道した。同年4月には、元ジャニーズJr.であるカウアン・オカモト氏が記者会見を行い、在籍中に複数回性被害を受けたことを訴えた。これをきっかけに日本のマスメディア(新聞・テレビ)が徐々にジャニー氏の性加害を報じる流れができていった。
 こうした状況を受け、ジャニーズ事務所は5月に弁護士や精神科医などで構成する「外部専門家による再発防止特別チーム」を設けた。同チームは関係者へのヒアリングなどを行い、その結果を「調査報告書」に取りまとめ、8月に公表した。調査報告書では2)、ジャニー氏は「古くは1950年代に性加害を行って以降、ジャニーズ事務所においては、1970年代前半から2010年代半ばまでの間、多数のジャニーズJr.に対し、(中略)性加害を長期間にわたり繰り返していたことが認められる」とした3)

◎問題意識~(1)連載の問題意識
 本ブログでは、広くいえば、日本の芸能史で大きな存在感を発揮するとともに、一連の性加害の実行者であったジャニー氏をテレビ報道がどのように表象してきたのか、というテーマを扱う(表象とはここでは「直観的に思い浮かぶイメージ」のこと)。筆者たちがそのテーマになぜ注目するのかの動機、つまり問題意識を示したい。
 これまでみてきたように、ジャニー氏の性加害の事実が広く社会に認知されたのは、2023年になってからだったと言える。 
 2003年の東京高裁判決を経て、2004年の最高裁で高裁判決が確定し、性加害の事実は司法の認めるところとなった。
 しかし、日本のマスメディアはそれを積極的に報じたとは言い難く、テレビ局で報じたところはなかった。前掲の調査報告書では「マスメディアの沈黙」という項を設け、「テレビ局をはじめとするマスメディア側としても、ジャニーズ事務所が日本でトップのエンターテインメント企業であり、ジャニー氏の性加害を取り上げて報道すると、ジャニーズ事務所のアイドルタレントを自社のテレビ番組等に出演させたり、雑誌に掲載したりできなくなるのではないかといった危惧から、ジャニー氏の性加害を取り上げて報道するのを控えていた状況があったのではないか」と指摘している4)
 こうした社会的な批判の高まりを受け、NHKと東京の民放キー局5局は自らの不作為をめぐり、ジャニー氏の性加害やジャニーズ事務所の存在をどのように認識してきたか、検証を始める。2023年9月から11月にかけ、形態や時間尺もさまざまだが、各局とも職員・社員やOBらからのヒアリングを中心とした検証結果を放送した。
 おしなべて、「芸能ゴシップ」の類いとしてジャニー氏の性加害の取材に積極的でなかったこと、性被害、特に男性が被害に遭うことへの意識の低さがあったことなどを認めるとともに、絶大な影響力のあるジャニーズ事務所への配慮の有無を検証していた。所属タレントによる事件を報じる際に、報道幹部が必要以上に慎重になるなど「忖度(そんたく)」があったと認める局があった一方、同事務所からの圧力や同事務所への忖度が自社の報道をゆがめ、手加減につながったというような事例は1件も確認できなかったとする局もあった。

 筆者たちが違和感を覚えたのは、各局の検証報道を視聴した際であった。過去、ジャニー氏やジャニーズ事務所についてどのように報道してきたか、具体的なニュースの映像を使って説明した局がほぼなかったという点についてである。スタジオでアナウンサーがヒアリングの結果を説明するのみで、VTRが放送されないという形式の番組もあった。
 視聴者にとって、出来事がテレビ局によってどのように伝えられたかを知るためには、アーカイブ映像の提示が最も有効であると筆者たちは考える。過去の映像を具体的に示さなければ、送り手側としても、自らの報道にどのような判断や意思が反映されていたのか、視聴者に詳しく、わかりやすく説明することは難しいのではないか。特に、本件のように送り手の説明責任が求められている問題においては、具体性は必要だろう。
 そこで、今回、過去のニュース映像を視聴することで、各局が報道を通じてジャニー氏とジャニーズ事務所についてどのような点を特徴的に描いてきたかを分析・検討することとした次第である。
 また、この連載はテキストではあるが、当時のおおまかな放送内容を記録するという意味もあると考えている。

(2)分析対象番組の選定について
 ジャニー氏やジャニーズ事務所が、テレビでどのように伝えられてきたか。全体像をつかむには、膨大な映像資料を分析・検討する時間と作業が必要となる。
 今回は、物理的制約があるため、そうした調査研究には取り組まない。筆者たちは可能な範囲内で目的を果たすために、すなわちテレビ報道に反映された、送り手のジャニー氏や同事務所に対する意識の一端を明らかにするために、ふさわしい分析の時期や対象を検討した。結果、2019年7月、ジャニー氏が死去した直後、追悼が集中して行われた時期のニュース番組が妥当であると思い至った。
 理由としては著名人の追悼にあたるニュースの放送は、通常、生前のその人の仕事や人となりについて、テレビ局が価値観(評価)を示し、視聴者と共有する機会であるからだ。ニュースの内容から、各局のその時点のジャニー氏に対する意識を端的に察することができる可能性(見込み)が高いと判断した。
 具体的な分析対象とするニュース番組は、平日に毎日放送されるものとし、かつ放送時間帯としては夜21時以降の「キャスターニュース番組」の時間帯に限定した。ニュースは朝から夕方にかけてのニュース・情報番組の中でも放送される。にもかかわらず、絞り込んだ理由として2つを挙げる。

①夜のキャスターニュース番組は、1日の集大成という意味で、局を代表するニュース番組と受け止められるため。
②夜のキャスターニュース番組について、各局は報道番組と位置づけているとみられるため。つまり、「取り上げる対象について、公平性を担保しつつ健全に批判する」という意味でのジャーナリズムを、できるだけ忠実に具現化する性質を持つものと考えられるため。

 夜のキャスターニュース番組を列記すると、NHK「ニュースウオッチ9」(以下、NHK/NW9)、日本テレビ「news zero」、(以下、日テレ/news zero)、テレビ朝日「報道ステーション」(以下、テレ朝/報ステ)、TBS「news23」、テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」(以下、テレ東/WBS)、フジテレビ「FNN Live News α」(以下、フジ/ニュースα)の6つとなる。

 さらに分析対象としては、できるだけ多くの番組が・ある程度の時間尺を使って・ジャニー氏死去を扱った、という条件を備えた日が望ましい。内容の比較を行い、番組ごとの描き方の違いをつかむことに適しているからだ。
 ジャニー氏が死去した2019年7月9日は火曜日だった。火曜日から12日の金曜日にかけてその条件に最も適したのはいつか。死去翌日の10日(の夜のニュース番組)だった。6番組中、NW9、news zero、報ステ、news23、ニュースαの5番組がジャニー氏の死去を2分30秒以上の特集として取り上げていた。
 死去当日の9日はどうだったのか。取り上げていたのは、news zero、news23、WBS、ニュースα、の4番組にとどまった。理由として考えられるのは、訃報がブレイキングニュース(速報)とされたからだろう。
 2019年7月1日、ジャニーズ事務所はジャニー氏がくも膜下出血で入院していると発表した。同年6月18日に救急搬送され、所属タレントが次々と彼の入院先に見舞いに訪れているとした。嵐のメンバーがそろい、ジャニー氏への励ましを報道陣へ語った。そののちの7月9日、ジャニー氏は午後4時47分に死去した。
 筆者たちが録画を確認したところ、9日の夜は、ほぼ23時30分に全局がジャニー氏の死去を速報するスーパーを流した。当時を知る報道関係者によると、同事務所と各局との間で、23時30分まで情報を解禁しないという決まりになっていたということである。そのため、放送を終えていたNW9と報ステは番組内で訃報を取り上げることができなかった。
 また、12日にはジャニー氏の家族葬が執り行われたが、取り上げたのは4番組だった。
 このようにより多くの番組の比較を可能にするため、死去翌日の10日の放送分を対象として選んだ。ただし、分析の中心はあくまで10日とするが、特に死去当日の9日との放送内容の関連は重要になるので、後に述べる。
 連載では、テレビ報道がジャニー氏の死去を取り上げた長時間のごく一部しか取り上げられない。つまり断面の一つでしかなく、限界はここにある。したがってこの調査研究は、一つの断面から、このようなことが言える可能性があるという仮説を探索するタイプのものとなる。

 連載の次回では、各局、7月10日夜のニュース番組において、ジャニー氏を追悼した特集の概要を一覧できる表を示す。

(続く)


<注釈・引用資料>

1) 朝日新聞デジタル https://www.asahi.com/articles/ASR9Z4J31R9VUCVL04J.html
「家族であり自分自身でもあるジャニーズ 今ファンにできることは」(2023年9月30日)
同記事の日本大学国際関係学部、陳怡禎のインタビューより

2) 外部専門家による再発防止特別チームによる調査報告書(公表版)
https://saihatsuboushi.com/調査報告書(公表版).pdf

3) 2)のp21~

4) 同上p53~

以上、2024年4月1日確認

<参考資料>

太田省一「ジャニーズの正体」(双葉社、2016年)

矢野利裕「ジャニーズと日本」(講談社、2016年)

※ジャニー氏の経歴については「調査報告書」を基礎資料とした

 

メディア研究部 東山浩太
2003年、記者として入局。2017年から文研に在籍  


メディア研究部 宮下牧恵
1999年ディレクターとして入局。2008年より文研に在籍

文研フォーラム 2024年04月24日 (水)

文研フォーラム2024「より多くの人が避難する"呼びかけ"とは」~能登半島地震をきっかけに防災情報を考える~ 5月23日(木) 10:30~12:10#536

世論調査部(社会調査)中山準之助/メディア研究部(メディア情勢)中丸憲一

 NHK放送文化研究所では、5月23日(木)と24日(金)に文研フォーラムをオンラインで開催します。5月23日(木)10:30からのプログラムAは、『「より多くの人が避難する“呼びかけ”とは」~能登半島地震をきっかけに防災情報を考える~』と題してお届けします。

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 2024年、元日に能登半島地震が発生しました。この日の放送では大津波警報が出される中で、NHKは、アナウンサーが強い口調で叫ぶように避難を呼びかける「命を守る呼びかけ」を初めて本格的に運用しました。『放送研究と調査』2024年4月号(リンク先のURLは下記「あわせて読みたい」を参照)では、「命を守る呼びかけ」がどのような役割を果たしたかについて論じたほか、避難所の環境や、広域避難などの課題についても詳しく考察しています。
 去年は関東大震災から100年でした。実は関東大震災は地震だけではなく、台風もほぼ同時に襲った複合災害でした。これから本格的な出水期に入ります。毎年のように豪雨災害が頻発していますが、これに地震や津波が重なることは十分に考えられます。さらに、本稿執筆時点で、「大雨特別警報」、「氾濫発生情報」、「顕著な大雨に関する気象情報」など、『防災気象情報』の種類が増えているため、発信のあり方にも工夫が必要だとの指摘があります。
 今回のフォーラムでは、上記の論考を踏まえながら、防災上の課題や、メディアとして何ができるのかについて、専門家とともに議論します。
 ゲストには、日本の防災研究を代表する2人の専門家をお招きします。(紹介は50音順)
 まずは東北大学災害科学国際研究所の今村文彦教授です。
 国内外の津波の被災地で調査を行い、最新のシミュレーション技術と組み合わせて、津波から命を守るための避難の課題を提示してきました。

forum2024_dr.imamura今村文彦教授 専門は津波工学。工学博士
     2023年3月まで東北大学災害科学国際研究所2代目所長。現在、内閣府南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ座長代理、日本地震学会代議委員などを務める。3.11伝承ロード推進機構代表理事,著書に「逆流する津波」「防災教育の展開」などがある。     


 そして、京都大学防災研究所の矢守克也教授です。災害時の避難行動について、防災と心理学の両面から研究。「避難スイッチ」 などの実践的な課題解決の手法を、地域住民と連携しながら提言しています。

forum2024_dr.yamori矢守克也教授 専門は防災心理学。博士(人間科学)
     現在、災害復興学会会長、地区防災計画学会会長、自然災害学会副会長、災害情報学会副会長、防災気象情報に関する検討会座 長などを務める。著書に「防災ゲームで学ぶリスク・コミュニケーション」「防災心理学入門」など。防災教育のための教材「クロスロード」、アプリ「逃げトレ」などを開発した。     


 本プログラムでは、ゲストの2人が行政や地域の住民と協力して行っている、「避難を迅速に進めるための取り組み」も紹介し、「命を守るためのヒント」を探ります。

 放送文化研究所からは、東日本大震災発生時に盛岡局のアナウンサーをつとめ、「命を守る呼びかけ」の作成に当初から関わってきた中山準之助 (世論調査部)が司会進行を務めます。また、報道局社会部や地方局で災害担当の記者やデスクを約20年務めてきた中丸憲一(メディア研究部)も参加します。

 参加申し込みは、下記から行っております。ぜひ登録の上、ご覧ください。
forum2024


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#250 何が避難行動を後押しするのか!? ~「災害に関する意識調査」結果から~| NHK文研


ⅰ「避難スイッチ」については、矢守克也『防災心理学入門 豪雨・地震・津波に備える』(2021年、ナカニシヤ出版)p15の記述を参照。
「この情報を入手したら絶対に避難する、あるいは、近所でこういう様子を見かけたらみんなで避難準備を必ず始めるなどと、『避難スイッチ』を事前に、かつ具体的に決めておくことが重要である」

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中山準之助 文研・世論調査部
東日本大震災発生時に盛岡放送局のアナウンサーだった。被災地の取材経験をもとに災害時の避難や防災情報のあり方に関する調査研究を実施。「命を守る呼びかけ」については、1回目の議論から参加し作成に携わってきた。


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中丸憲一 文研・メディア研究部
盛岡局、仙台局、高知局、報道局社会部、災害・気象センターで災害担当の取材やデスクおよびチーフプロデューサーを務め、災害報道に約20年携わってきた。2022年夏より現職。関東大震災などの複合災害や元日に発生した能登半島地震を含め、災害報道の課題をメインに研究。

メディアの動き 2024年04月22日 (月)

気候危機にメディアはどう向き合うべきか(第2回)将来を決める分岐点に立つと意識した報道を【研究員の視点】#535

メディア研究部(メディア情勢)青木紀美子

4月22日は国連の「国際マザーアース・デー」。人が地球の自然にどのような影響を及ぼしているか、皆が考える機会です。いま、とりわけ緊急な課題は世界各地に異常気象や災害をもたらしている気候危機です。メディアやジャーナリストにとっても、この危機に向き合い、担うべき役割を果たすことができているか、振り返る機会です。

世界の気温は3月、月間平均で10か月連続、観測史上最高を記録しました。EU・ヨーロッパ連合のコペルニクス気候変動サービス(C3S)によると、1991~2020年の3月の平均を0.73℃、産業革命以前と比較する際の指標とされる1850-1900年の3月の推定平均を1.68℃上回りました1)。エルニーニョ現象の影響も加わっていると指摘されていますが、世界の平均気温(30年の平均値)の上昇を産業革命以前に比べ1.5℃に抑えることが不可逆的な地球温暖化による悪影響に歯止めをかけるための国際合意「パリ協定」の目標であることを考えると、見過ごせない状況にあることは明らかです。

2024年3月の世界の地表平均気温 1991~2020年の3月平均気温との比較 aokisan_.chizu.pngコペルニクス気候変動サービスのウェブサイトから

4月9日、ヨーロッパの人権裁判所は、平均年齢で70歳を超えるスイスの女性およそ2,000人が参加する非営利組織が起こした裁判で、気候変動の問題は人権問題でもあるとの判断を示しました2)。熱波のために熱中症などで健康を損ない、外出ができないなど暮らしの制約を受けているのは、温暖化防止のために国として十分な対策をスイス政府がとっていないためで、個人や家族の暮らしを営む権利を保護するヨーロッパ人権条約の規定に違反するとした原告の訴えを認めました。

2024年は世界各国で主要な選挙が行われる「選挙の年」でもあります。一連の選挙で選ばれる政治家が地球温暖化の行方を決めることになると、国際環境ジャーナリストでアメリカのThe Nation誌のマーク・ハーツガード記者は指摘しています。このため、気候危機の現実と、政党や候補者の温室効果ガス排出削減策について、有権者が十分な知見をもって投票に臨めるようにすることがメディアとジャーナリストの責任だと、ハーツガード氏は述べています。

ハーツガード氏は2019年に「Covering Climate Now(いま、気候問題を伝える)」3)という国際的な気候変動の報道連携ネットワークをコロンビア大学ジャーナリズム校の専門誌Columbia Journalism Review(CJR)の編集長カイル・ポープ氏とともに創設しました。The Nation、CJRのほか、イギリスの新聞The Guardianやニューヨークの公共ラジオWNYCが最初のメディア・パートナーで、その後、日本を含め世界50か国以上から500を超えるニュースメディアや大学・研究機関、それに、この連載の1回目で紹介した日本のMedia is Hopeなど非営利組織もパートナーに加わって、メディアやジャーナリストが気候変動にどのように向き合い、どう伝えるべきか、知見を共有しています。気候変動は長らく科学や政治、外交問題として伝えられ、ともすると個人のレベルでは何ともしようがない大きな問題という印象を報道が強め、人々に無力感を抱かせてきました。その反省もふまえ、Covering Climate Nowでは気候危機に関わるニュースをより身近に引き寄せ、誰にでもできることがある、地域に根ざした人の物語として、解決策に踏み込んで伝えることを促しています。以下は、ハーツガード氏とのインタビューの内容です。紙幅とわかりやすさのために編集しています。

aokisan_mark.jpgCovering Climate Now 共同創始者
マーク・ハーツガード氏(写真:本人提供)

Q:なぜ気候変動をテーマにした国際報道連携を始めようと思ったのですか。

ハーツガード氏:私は1989年から気候変動の問題を取材してきました。アジア、アフリカ、南米など世界各地からその影響を報告してきました。各地で気候変動の重大さを理解しているジャーナリストと出会いましたが、アメリカに戻るとメディアは「沈黙」していました。ヨーロッパや日本よりも10年は遅れていると感じていました。このメディアの「沈黙」を破るために、気候変動の取材をしているジャーナリストたちに1人だけで闘っているわけではないことを知らせ、同時に、その力をあわせ、この時代の最も重要な問題が十分に報道されていないことに注意を喚起したかったのです。国際的な連携とすることが必要だと考えたのは、貧しい国や地域に最も深刻な影響を受けている現場があったためです。

立ち上げは2019年9月。さまざまなメディアが1週間、それぞれ気候変動の問題を集中的に報じることを試みました。4月に呼びかけた時には20-25社ぐらいが賛同してくれればよい方と思っていたのですが、実際にはアメリカ内外の323のニュースメディアが参加しました。同じ週に(
温暖化対策を求めスウェーデン議会前で、1人で抗議の座り込みを始めた高校生)グレタ・トゥーンベリさんに共感した数百万人が世界の主要都市で抗議行動に加わりました。こうして偶然に重なった2つの動きが世界中の政治指導者だけでなく、メディアの経営・編集幹部にも、気候変動を無視するわけにはいかないことを示し、「沈黙」を破ることにつながりました。とはいえ、いまだ道半ばで、メディアは「沈黙してないとしても「静かすぎます。もっともっと大きな声で伝えなければならないと思っています。

aokisan_covering.pngCovering Climate Nowのウェブサイトから

Q:メディアはなぜ気候危機に直面してなお「静か」なのでしょうか

ハーツガード氏:ひとつの理由は気候変動に関する知識、リテラシーが足りないということです。気象や科学を担当する記者は知識を備え、熱心に取材をしているでしょう。しかし、編集権限を持つ立場にある人たちが十分な知識を持っていないように思います。気候変動が重要な課題であることは認識しているものの、多くの問題の1つとして見ているのではないでしょうか。

気候変動がほかの問題と異なる重要な点は、タイム・リミットがあるということです。長い時間をかけて少しずつ事態を改善するといった時間がもう残されていないのです。すでに世界各地で温暖化の影響で人が苦しみ死んでいる危機的な状況にあるというだけでなく、大気中の二酸化炭素やメタンガスが一定量を超えると後戻りできないところに到達してしまうことが気候変動の特性です。排出量の増加を抑えることが一定の前進だとしても、排出がゼロにならなければ大気中の蓄積は進み、地球の気温は上がり続けます。その結果、熱を反射していた北極の氷が溶ければ海水面が現れて熱を吸収してしまうように、地球の気候を安定させてきた自然界の仕組みが変わってしまい、温暖化や異常気象へのブレーキが利かなくなるティッピング・ポイント、不可逆的な事態にいたる分岐点が迫っていること、その緊急性をメディアの編集幹部や経営幹部が十分に理解していないのではないでしょうか。

もう1つ理解されていないのは、人々は気候変動についてのニュースを求めているということです。30年前に私が取材を始めた頃とは異なり、今では誰もが起きている変化を目の当たりにするようになり、どうすればよいのか、対策はあるのか、知りたいと思うようになっています。

Q:世界ではいくつもの戦争がおき、災害があり、さまざまな危機に直面しています。

ハーツガード氏:確かに、毎日ミサイルや砲弾がさく裂し、大勢の市民が死傷し、飢餓に追い込まれたり、国の存続が危ぶまれたりするような状況では、気候変動にも関心を払うべきだと言うのが難しいと感じることもあるでしょう。先進国のメディアが注目するガザ地区やウクライナだけでなく、イエメンやスーダンでも戦闘が続いており、これらの国で起きている人道危機も伝えていく必要があります。しかし、ニュースは目先の動きを追いかけることにとらわれ、広い視野に立った報道を置き去りにしてはならないはずです。新聞やテレビは今までも、戦争や人道危機について報じるかたわら、政治やビジネス、暮らしやスポーツなど、幅広い分野のニュースを伝えてきました。いくつもの危機があっても、並行して伝えることは常にやってきたことのはずです。問題はメディア自身の力が弱っていることです。IT企業に広告収入を奪われ、記者の数は減り、必要な取材に行く出張旅費も出せない、といった現実に直面しています。しかし、だからこそ、気候変動について報じるべきなのです。多くの人々、とりわけ35歳以下の若い層がこの問題に関心を持っているからです。

Q:人々の関心に応える伝え方はあるでしょうか。

ハーツガード氏:大事なのは解決策に踏み込んで伝えることです。この問題では賛否両論を中立的に報じることではなく、どうすれば地球を救えるかという視点で伝えることが求められています。それが信頼を得ることにつながり、収益にもつながるはずです。また、これまで気候変動についての報道は往々にして科学的なメカニズム、政治や外交の問題を中心に伝えられ、多くの人に個人ではあらがいようのない問題という印象を与えてきました。何かができるということを伝えなければ、ニュースの受け手には無力感ばかりを増幅させてしまいます。Covering Climate Nowでは、気候危機をより身近な問題として考えることができるよう、人の物語とすること、地域に根ざした取材をすること、解決策に踏み込んで伝えることが重要だと強調してきました。例えば猛暑の中で働く人たちの現実を伝え、年々激化する猛暑に対する具体的な施策は何か、背景にある温暖化の問題に対してはどのような政策を実施するのか、政治家に問い、さらに読者には自分にもできることがあると伝えることが必要だという考え方です。

aokisan_climate.pngCovering Climate Nowのウェブサイトから

リサイクル、植樹、公共交通機関を使うなど、個人にできることはたくさんありますが、世界各国で主要な選挙が行われる「選挙の年」である2024年、最も重要なのは人々が気候変動を政治課題として意識して投票することです。IMF・国際通貨基金によると世界各国の政府は化石燃料のために1年にあわせて約7兆ドル(約1,000兆円)の補助金を支出しています4)。政策を変えなければ急速な温暖化に歯止めをかけることはできません。

Q:そのためにはどのような選挙報道を行う必要があると考えますか。

ハーツガード氏:選挙の報道は、これまで世論調査の支持率などをもとにした選挙戦の情勢や、政党や候補者の思惑、どの地域に力を入れ、どのような支持層に働きかけようとしているかといった作戦、政党間の駆け引きなどを重点的に取り上げてきました。しかし、こうした報道は政治がインサイダーによって動かされているということを強調することになり、大半の有権者を疎外して関心を失わせ、メディアへの信頼も損なうものです。

私たちCovering Climate Nowが提案したいのは、こうした“選挙戦”や“作戦”の報道を大幅に減らし、次の選挙が気候変動について意味ある選択をできる最後のチャンスであることを有権者に伝えることです。地球温暖化による破壊的な影響に歯止めをかけられるかどうかは次の5年間にどれだけ温室効果ガスの排出を削減できるかどうかにかかっている。このため、その重要な時期の政策を決める政治家を選ぶ次の選挙が私たちの将来を決める決定的な選択の機会になるということです。

誰に投票するかは有権者が決めることです。しかし、私たちジャーナリストは、この選挙の意味を有権者が理解し、十分な情報にもとづいた選択ができるようにする責任があります。また候補者に対しては、次の5年間に温室効果ガスの排出を削除するために何をするか、具体的な政策を問う必要があります。答えなければ繰り返し聞き、また回答すればその内容を検証し、さらには対策法案への投票など過去の実績を問い、確認する。化石燃料業界から政治資金を得ているかどうかを確認して伝える。有権者の知る権利に応え、政治家の責任を問うためです。

Q:Covering Climate Nowは政治家が示す政策や企業の対策の有効性を検証することも促していますね。

ハーツガード氏:例えば(発電所や工場で化石燃料を燃やすことによって排出される二酸化炭素を回収して地中に閉じ込める)「二酸化炭素の回収と貯留(Carbon Capture and Storage)」は実効性がないのではないかという事例を伝える記事も複数でています。技術の可能性について柔軟に考えることは大事ですが、いま何よりも重要なのは排出削減であり、化石燃料を燃やすのをやめることです。化石燃料を使い続けるための対策には疑問を持ち、取材することが必要です。Covering Climate Nowでは、何が真実か、科学的に検証された表現か、偽りか、知見を蓄積し、共有することをめざしています。

Q:メディアはそうした専門的な知識を持つ気候変動の担当記者を置くべきでしょうか、それともあらゆる分野の取材者が気候変動の視点を持つべきなのでしょうか。

ハーツガード氏:メディアの規模によってとれる体制は違うでしょう。1つの正解はありませんが、まず重要なのは、1人の記者や1つのチームだけがこの問題を取材するという縦割りの対応は望ましくないということです。気候変動に詳しい専門記者を1人でも2人でも置くことができれば、彼らの役割は自分たちが取材するだけでなく、政治やビジネスからスポーツまで幅広い分野の担当記者たちがそれぞれの取材テーマに気候変動がどのように関わっているかを理解して伝えるために、知恵や力を出すことです。

サンフランシスコの公共ラジオでは、専門知識がある科学班の記者たちが、例えば政治のニュースにどう気候変動の視点を取り込むことができるかを話し合うため、政治担当の記者を昼食に誘って話し合うなど、ほかの分野の取材を担当する同僚に順次、話を持ちかけ、サポートを申し出るといった試みもしています。デスク、記者、ファクトチェック担当者、カメラマン、マルチメディア担当者、グラフィックデザイナーなどからなる専門チームを持つ通信社もありますが、やはり自分たちで取材するだけでなく、担当以外の同僚を支援する役割を果たしています。

気候変動を担当する専門記者は自分の組織の中でいわば気候変動の視点を広める伝道師のような役割を果たさなければなりません。同僚と知見を共有し、専門家を紹介し、時に励まし、時に注意を喚起し、これは読者や視聴者が求めている情報だということ、つまりジャーナリズムだけでなく、メディアのビジネスにとっても重要だということを言い続ける。編集幹部を説得し、経営幹部にも理解してもらう、そうした組織内の啓発も大事な役割の1つだと思います。

Q:そのためにCovering Climate Nowのような報道連携はどのような役割を果たしていると考えますか。

ハーツガード氏:大事なのはコミュニティーがあるということです。あなたは1人ではない、間違っていない、世界に仲間がいる、という連帯感があること。互いに支えあい、相互に学ぶこと。それはメンバー間の個別の取材やプロジェクトでの協力よりも価値あることだと考えています。国際的な連帯によって、世界のより危険な地域で十分な収入も得られずに取材を続けている仲間を支えることもめざし、Covering Climate Nowジャーナリズム賞を設けて、各地のジャーナリストの功績に光があたるようにしています。よい意味で競争の場にもなっています。伝えるべきことはまだいくらでもあり、取材や創意工夫で競うのも大事なことです。

Q:最後に、なぜ気候変動について伝えることはジャーナリストの責任なのでしょうか。

ハーツガード氏:ジャーナリストの仕事の1つは、社会にとって優先すべき課題を人々が見極めるための材料を提供することです。気候危機はまさに今、最も重要な課題です。核戦争の危機と並び、地球における人類の生存を脅かすものです。人々にどう行動しろと言うことは私たちの役割ではありませんが、よりよい行動をとるために必要な知見や判断材料を提供するのは私たちの責任です。地球は人がいなくなっても存続するかもしれませんが、若い世代、子どもたちの世代が生きていける地球を守るために、いま行動すればまだ間に合うと伝えること、それを人の物語として、地域に根ざした視点で、課題解決に誰もが力を発揮できるという報道をしていくことが求められています。

(2024年4月8日 オンラインでインタビュー)

毎年のように経験したことがないような災害が発生している日本では、どのメディアも気象、災害、防災の報道に力を入れ、背景にある気候変動の問題についても、工夫しながらふれるようになっています。しかし、温室効果ガスをいま削減できなければ後戻りできない分岐点に直面しているという危機感を伝え切れているか、あらゆる分野の取材者が気候危機の視点を持つことができているかというと、まだまだ十分にはできていないように思います。一方で、地球規模の危機を前にした個人の無力感をとりはらうためには誰にでもできることがあると報じよう、とりわけ2024年は選挙で気候変動を意識して投票することが地球温暖化の行方を変える可能性があると伝えよう、というハーツガード氏の問題提起は、この連載第1回で伝えた国内の声とも重なり、内外のメディアどうしの連携、メディアと市民の協働が持つ力や可能性を示唆するものでもあります。連載では、さらに国内の気候変動報道における連携の事例などについても伝える予定です。


参考資料

1) March 2024 is the tenth month in a row to be the hottest on record (2024 Copernicus Climate Change Service/ECMWF  2024年4月9日)
https://climate.copernicus.eu/copernicus-march-2024-tenth-month-row-be-hottest-record

2) CASE OF VEREIN KLIMASENIORINNEN SCHWEIZ AND OTHERS v. SWITZERLAND(European Court of Human Rights)
https://hudoc.echr.coe.int/eng#{%22documentcollectionid2%22:[%22GRANDCHAMBER%22,%22CHAMBER%22],%22itemid%22:[%22001-233206%22]}

3) Covering Climate Now
https://coveringclimatenow.org/

4) 化石燃料補助金、過去最高の7兆ドルまで急増(サイモン・ブラック, イアン・パリー, ネイト・バーノン/IMF 2023年8月24日)
https://www.imf.org/ja/Blogs/Articles/2023/08/24/fossil-fuel-subsidies-surged-to-record-7-trillion

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【青木紀美子】
広島、東京、NY、ロンドン、バンコクなどを拠点としたニュース・番組取材を経て2018年から現職。文研ではエンゲージド・ジャーナリズムなどメディアと市民の連携・協働やメディアどうしの連携、メディアの多様性の問題などについて調査・報告している。 

メディアの動き 2024年04月19日 (金)

気候危機にメディアはどう向き合うべきか(第1回)広がるメディア間連携と市民との協働【研究員の視点】#534

放送文化研究所 渡辺健策

 人類最大の脅威といわれてきた気候変動問題がいま、深刻な危機に直面している。
日本だけでなく世界各国が異常な猛暑に見舞われた昨年2023年の1年間の平均気温は、観測史上最悪の記録を更新した。WMO=世界気象機関は、世界の平均気温が産業革命前に比べ1.45℃上回ったことを明らかにした。平均気温の上昇を1.5℃までに抑えようという国際合意である「パリ協定」の目標を、あとわずかで超えてしまうことになる。

shocyo_snow.PNGWMO(世界気象機関)の報告書より

 こうした急激な温度上昇のなか、熱波や干ばつ、山火事、洪水など、さまざまな異常現象が世界各地で頻発し、食料問題や感染症などを深刻化させる一因にもなっていると指摘されている。
 国連のアントニオ・グテーレス事務総長は昨年7月、「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰化の時代が到来した」と述べ、ただちに対策が必要であると警告を発した。地球の気候システムが、再び元に戻せなくなる限界点「ティッピング・ポイント」を越えようとしているのではないかと懸念する声も上がっている。

syotyo_antny.PNGグテーレス国連事務総長(国連HPより)

 こうした気候危機の顕在化は、マスメディアと受け手である市民との関係性にも変化をもたらし始めている。その変化とは、「ソリューション・ジャーナリズム(solutions journalism)」に関するものだ。
 「ソリューション・ジャーナリズム」は、マスメディアが市民と連携しながら、さまざまな問題の解決策を模索する「課題解決型」のジャーナリズムだ。ニュースを伝える際に、解決策やその手がかりも含めて伝える。その1つの分野として、地域社会が抱える課題について、マスメディアと市民が一緒に解決策を考えていく手法が実践されてきた。
 いま、この手法を地球規模の課題である気候変動問題にあてはめ、国や地域を越える共通の脅威である気候変動への有効な対策を探る動きが広がりつつある。マスメディアが新聞・雑誌・放送といった媒体の垣根を越えて連携し、さらに市民、NGO、企業、研究者などと協働しながら、今すぐ可能な気候変動対策は何か、どのような対策が持続的な効果をあげられるのか、といった情報を共有するパートナーシップを築こうとしている。
 本稿では、そうした気候変動対策をめぐるマスメディア間連携と市民との協働について最新の動きを報告する。

1. つながりを促進する共通の危機意識
 今年1月、気候変動問題の解決に求められる報道のあり方を考える「気候変動メディアシンポジウム」が東京・渋谷で開かれた。新聞、雑誌、テレビ、ネットメディアなど、さまざまな媒体で取材・発信を行っているジャーナリストたちが会場に集まった。また、気候変動問題に関心を持つ市民やNGO、気候科学を研究する学者なども参加して、熱を帯びた議論が繰り広げられた。参加者たちに共通していたのは、自分たちが日ごろ直面する気候変動の影響が目に見えて顕著になっているという危機意識と、身近なところにも脅威が迫ってきていることを読者・視聴者に分かりやすく伝えることが必要だという思いだ。

syocyo_shinpo.png気候変動メディアシンポジウム(1月31日東京・渋谷区)
<以下、会場画像提供:Media is Hope>

 

【参加者の主な発言】

shocyo_ishiisan.png●テレビ新広島 報道部 石井百恵副部長(SDGs関連担当記者):
私のこれまでの取材活動では、広島県内の気候変動による影響、例えば広島の名産のカキの生産量の減少に関して、水温の上昇でエサがなくなっているとか、雨が降らなくなっているから生息しにくくなっているとか、地元の身近な影響、生活者視点のニュースを通して、気候変動問題を伝えています。 
環境問題って上から目線で語ると、勉強のように捉えてしまう人たちもいると思います。最初は、ハードルを低くして、関心を持ってもらえるように始めて、しだいに課題解決への取り組みに意識を向けていくことができたらと思います。いろんな取り組みをしている人がいて、それぞれが点になっている。それを私たちが報道することで、線にして、面にしていく。「まだ今なら課題解決できる」という機運を作れるのではないかと思いながら取材活動をしています。

 

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● 「#暑さの原因報道して」市民らの署名活動の発起人・小林悠さん(小学校教員):
私は去年7月末に、テレビ局に対して、暑さの原因を報道してほしいと求める署名活動を立ち上げました。教員をやっているものですから1人の大人としてだけでなく1人の教育者として、今すぐ気候変動対策を強化しないと、子どもたちの未来に深刻な影響を与えてしまうと考えています。
去年は本当に暑くて、真夏になると子どもたちは、外で遊べない日が続きました。プールの時間も、自分たちが子どもだった時はプールの水の温度が低くて入れないということがあったんですけど、今はプールの温度が熱すぎて授業が中止になるということが頻繁になってきています。
海外では、いろんな国のトップニュースで気候変動のことが、気象災害や天気予報に関連付けて伝えられているんですが、日本のニュースを見ていると、豪雨とか猛暑が続いているときも気候変動との関連付けがされていなくて、理解の差、ギャップがあるんだなと気づきました。気候変動のことを日常の中でなんかおかしいなと思うことと絡めてもらうことで、やっと理解できて、そこから解決に向かっていくんじゃないかと、そういうメディアへの期待を込めて署名活動を立ち上げました。

 このように伝え手と受け手の双方の危機意識が高まっている現状の中、マスメディアは何を、どのように伝えるべきなのか。
 そこで重要なのが、気候変動の問題は、他のさまざまな社会課題と密接に結びついていて、経済や社会のあり方そのものも同時に見直さないと解決できないという、根深さがあることだ。しかも、地球規模というスケールの大きな問題だけに、マスメディア各社がそれぞれ単独で取り組んでも、特効薬のような解決策をすぐに見いだすのは難しい。そこで鍵を握るのが、個々の社や媒体、そして国を越えるマスメディア間の連携だ。

 

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●毎日新聞ニューヨーク支局 八田浩輔専門記者:
海外と日本の気候変動報道の違いというのを考えたときに、ポイントが2つあります。1つは、公正=justiceの問題です。実は気候変動で大きな影響を受けるのは、社会的・経済的に弱い立場の人たちです。つまり格差とか、差別とか、貧困、ジェンダーなど、公正が絡む問題に気候変動を関連付けた記事が重要ですが、まだ日本ではそんなに多くない、むしろすごく少ない。
もう1つは、日本の報道に多いのが、何でも「ジブンゴト」とか、「ひとりひとりができること」みたいな文脈に落とし込んでしまうことが多い気がします。むしろ大事なのは、他人や困窮するコミュニティーあるいは未来の世代のことを想像し、その中で社会のパラダイムを変えていくことではないかと思っています。
(メディア連携について)世界中からCOP(気候変動枠組条約 締約国会議)の場に集まって一緒に取材をするときに、つながりのある取材者たちが横のネットワークで、この会見は大事そうだとか、必要な情報について、お互いに言える範囲で情報をシェアしました。そうした取材の協力を初めて一緒にやったことが、とても役に立ったので、その取り組みを広げて、ふだんから利害を超えた協力をできたらいいと思います。

 shocyo_emorisan.png

●東京大学未来ビジョン研究センター 江守正多教授:
メディアの横の連携が始まったというのは、非常に重要なことだと思っています。気候変動はそもそも普通の人が受けとめるのが難しい問題なので、大変なことが起きていることがわかったとしても、「自分が心配してもどうにもならないので基本的にはスルーして生きている」という人が、社会の大部分ではないでしょうか。おそらく、メディアの社内でもそれは変わらないと思います。しかし、その中に、感受性の高い「自分が報じないといけない」と考える人たちが出てきた。そういう人がメディア各社の中ですごく少数派だったのが、横につながることで協力して発信したり、励ましあったりすることができるようになったことは、とても大きい。
ぜひ、いま広がりつつあるメディアの横の連携をさらに強めていただいて、日本全体における気候変動の発信をさらに盛り上げてほしい。そのポテンシャルはすごくあると思います。

 この「気候変動メディアシンポジウム」を企画したのは、若い世代を中心につくった非営利の一般社団法人Media is Hope。メンバーの多くは、20歳代・30歳代で、ミレニアル世代を中心とする今の社会の中堅層。気候変動問題を解決する社会を実現するために、メディアと市民、企業、研究者などの共創関係を築くための「懸け橋」となることを目指して活動している団体の1つだ。
なぜ、メディアとの連携が必要と考えたのか。そして何を目指していくのか。共同代表の2人に話を聞いた。

media_is_hope_natori.nishida.png名取由佳さん      西田吉蔵さん
(Media is Hope共同代表)

名取由佳さん:子どもの頃から夢見ていたエンターテインメント企業に就職して働いていましたが、ちょうどそのころ、地球環境が深刻な事態になっていることを肌で感じていたとき、グレタ・トゥーンベリさんが登場してきたことで、私の意識も呼び覚まされました。気候変動のことを学んでいくと、実は豊かな社会が資本主義社会のなかで環境を破壊していることに気づいて、皆が幸せに生きられる社会を目指さないといけないと思うようになりました。私自身、気候変動問題がどれほど深刻なのか、ティッピング・ポイント(元に戻らなくなる転換点)が迫っているということも知りませんでした。でも逆に、私みたいに知らなかった人にちゃんと知ってもらったら、大きな変化を起こせるのではないかとも思いました。 そのためにはメディアとの連携が必要だし、メディアだけでなく企業も巻き込んだ形でやっていくのがいい、NGO、ボランティアとして、連携を提案していこうと、つなぐ活動を始めました。

西田吉蔵さん:まず、どういう社会なら気候変動問題を解決できるのか、サステナブルな社会づくりを進めるために何が必要かを考えました。市民、企業、メディア、政府、国際機関、教育機関をつないで、皆で協力しあって、ようやく解決策にたどり着けるのだと気づき、輪を広げていかなければと考えました。気候変動の問題について、それぞれのステークホルダーが個々には発信しているのだけど、それだけでは追いつかない現状があります。だからこそメディアという力を持つ存在を介して、輪を広げて対策を加速したい、読者・視聴者とメディア、企業の新しい関係性を作りたいと思うようになりました。

 Media is Hopeのメンバーたちは、メディアと市民、そして企業の間をつなぐ活動を広げることが欠かせないと考え、活動を進めてきた。そして各メディアの取材者たちとじかに接する機会が増えていく中で、あることに気づいたという。それは、気候変動をめぐる報道が、実は十分な力を発揮しきれていないこと、そこには共通の原因があることだった。

名取由佳さん:多くのメディアの人たちから話を聞く中で感じたのは、気候変動報道が継続しにくい理由、やりにくい理由、それはメディア側だけにあるのではなく、読者・視聴者との関係性や、(スポンサーである)企業との関係性にある、ということでした。気候変動の記事を書いても、読まれないと取材者は孤軍奮闘するしかない。だから、メディアの取り組みを褒める、応援するNGOとして、気候変動報道に対するプラスの評価を広く発信していく活動をしています。
最も力を注いでいるのは、メディア間の連携をコーディネートすることです。メディアどうしはお互いに様子をうかがうようなことが多いですが、そんな中で私たちは、気候変動報道を担当するメディアの人たちを対象に勉強会を開くなど、メディアどうしが他社との情報共有をする場を作ることを後押ししています。そうすることで、ライバルどうしのメディアが協力して臨む、それほど気候変動問題が大きなイシューになっているということに、多くの人に気づいてもらうことにも大きな意味があると考えています。

 

2. 気候危機をめぐるソリューション・ジャーナリズムの意義
 もうひとつ、マスメディア間の連携強化を支えているのは、国連による国や地域を越えたキャンペーンの存在だ。国連は、冒頭で触れたグテーレス事務総長のリーダーシップのもと、持続可能な社会づくりに賛同するマスメディアの連携組織「SDGメディア・コンパクト」を2018年に立ち上げ、世界各国のメディア企業に参加と協力を呼びかけてきた。また、日本では2022年から、国連広報センターなどの呼びかけでメディアが連携して気候変動対策を推し進める「1.5℃の約束」キャンペーンを展開している。3年目を迎えた今年、参加メディアは150社に上る。
 メディア連携と市民との協働によるソリューション・ジャーナリズムが、いまなぜ重要なのか。国連広報センターの根本かおる所長に、その意義を聞いた。

shocyo_nemotosan_W_edited.PNG国連広報センター 根本かおる所長

Q:気候変動問題の現状に対する評価は?

根本所長:いま、気候変動問題の危機が、これまでとは違う次元に来てしまっています。グテーレス事務総長も言っていることですが、「いま地球はER、Emergency Room=救急処置室にいる」、それくらい危機的な、待ったなしの段階に来ているんだと思います。
しかし、人々の関心のレベルを高くつないでいく、人々の注意力を維持するのは、本当に難しい状況にあります。そういう中で、多くのメディアがタイミングを合わせて波状的に、いろんな形で気候変動に関しての情報を出していくという動きが必要だと考えました。それが2022年に「1.5℃の約束」キャンペーンを立ち上げた理由です。

shocyo_kokurenhokoku.png(国連広報センターHPより)

Q:深刻な危機が訪れているという実感は、人によってかなり異なるのでは?

根本所長:去年の夏は大変でしたよね。熱中症で救急搬送される人はものすごい数になったし、暑くて外出できない、身体の大事をとって家に閉じこもらなければいけない、ということもありました。
あれが恒常的な状況になった時、皆さんどうでしょうか。いままで当たり前のように私たちが食べてきた農産物も、もう食卓に並ばなくなってしまうかもしれない。対応が遅れてしまえば、取り返しがつかなくなってしまう、それが目の前に迫っている。気候科学から導く客観的な情勢としては、もう赤信号がともっているわけです。
そこで人々の意識をアップデートして、温室効果ガスの排出削減につながるような行動を取れるような社会の仕組みに変えていかないといけないと、強く思います。

Q:気候変動対策を進めるために、いま何が必要だとお考えですか?

根本所長:「大変だ、大変だ」という情報だけでは、人々は動かないし、危機の情報にばかりさらされると心がマヒして情報を受け付けなくなってしまいます。日本では気候変動対策は辛抱とかガマンと受け取られがちかもしれませんが、人間はやっぱり、辛抱とかガマンすることは嫌ですよね。むしろより快適な暮らしのためのチャンスとして提案したいですね。そして、おのずとついついやってしまう、振り返ればそれが地球のためになっているとか、やっていて手応えがある、あるいは自分の得になるとか、そういう仕掛けを作っていかないといけない。
正解というのは1つではありません。私たちの身近なところで非常にユニークな、優れた取り組みをしている人たちや組織ってあると思うんですね。そういうものをメディアに取り上げていただいて、「あ、これなら私たちにもできる」と理解してもらう。それがどれだけ温室効果ガスの削減につながるか、気候変動の影響に対して備えるものになっているのかを伝えること、それを継続してもらいたいと思います。

Q:今後、マスメディアに期待する役割とは?

根本所長:メディアというのはもちろん問題提起をする役割もありますけど、同時に解決策のヒントを示して、読者や視聴者を元気づける役割、頑張れ頑張れと背中を押す役割もあると思うので、そういうところを期待したいです。同時に市民にも、メディアを元気にしてもらいたい。読者・視聴者からの「良かった」という声、「気づきを得た」という評価、それは小さな声でも伝え手を元気づける、そんな役割もあると思います。そういう協働の枠組みができて、パートナーとして、一緒に取り組んでいく仲間という側面が強くなってきていると思います。そこに、ソリューション・ジャーナリズム、ソリューション=解決策を一緒に見つけていこうという新たな関係性が成立するのではないでしょうか。

 

 ここまで、最近の気候変動問題をめぐるマスメディア間の連携と、市民との協働の広がりについて、マスメディア、市民・NGO、研究者、国際機関という各当事者の話を紹介してきた。
 マスメディア各社はある意味、競合つまりライバル関係にあり、独自に掘り起こした取材先や新たな研究成果など、いわば手のうちを互いに見せることは避けたがるため、これまで連携の取り組みは、かなり限定的だった。
 ところが最近の数年間で、日本国内でも気候変動の分野でのメディア間の連携や市民との協働が、特に目立つようになってきた。その変化を促す力として、メディア間をつなぐ国連などの国際機関やNGO=市民セクターの積極的な働きかけの存在が大きい。何よりそうした当事者たちの抱く危機意識が、かつてないくらいに強まってきていることが背景にあり、それだけ気象災害や海の異変などさまざまな影響・被害が顕在化していることの表れともいえる。
 マスメディアどうしが互いに連携し、同時に市民ともパートナーシップを結び、気候変動問題の解決策を模索していくことは、受け手にとってのマスメディアへの信頼や存在意義にも関わる重要な要素となっていくのではないだろうか。
 本稿では、マスメディア全体を俯瞰(ふかん)する視点で概況を中心にお伝えしたが、次回以降は、海外でのマスメディア連携や市民・企業・研究者の関わり方など、地球環境問題におけるソリューション・ジャーナリズムの実践例を紹介していきたい。

【渡辺健策】
1989年NHK入局。報道局社会部、首都圏放送センターなどで記者として環境問題を中心に取材。
2011年から盛岡放送局ニュースデスクとして東日本大震災の被災地取材に関わり、その後、総務局法務部などを経て2022年から現所属。

メディアの動き 2024年04月16日 (火)

能登半島地震 災害情報伝達を巡る課題と今後 (2)「臨時災害放送局」が役割を果たすために考えるべきこと【研究員の視点】#533

メディア研究部(メディア情勢)上圭

はじめに

 能登半島地震を教訓に今後の災害情報伝達について考えるブログ、1回目は、NHKのBS放送や、スターリンクによるWi-Fi整備など、「衛星活用」がポイントとなった今回の地震の経験から、考えるべきことをまとめました。2回目の今回は「臨時災害放送局」についてとりあげます。
 臨時災害放送局の概要は1回目のブログ1で説明していますので、詳しくはそちらをご参照ください。簡単に言えば、被災した自治体自らが、住民に必要な情報を伝達するためにラジオ局を運営することを可能にする制度です。今回の地震では開局に踏み切る自治体はありませんでしたが、検討のプロセスで見えた課題を踏まえて、今後、考えるべきことを提言したいと思います。

1)能登半島で臨時災害放送局が開局しなかった理由

 改めて、今回の地震で自治体が臨時災害放送局という手段を選択しなかった理由として考えられるものを下記にまとめておきます。

1) 事前に制度を知らず、発災後に説明を受けたため、開局に踏み切れなかった
2) 職員も被災して自治体の人員が限られており、ラジオ局の運営を担う人がいなかった
3) 放送波が届く範囲が限られるという自治体にとって、有用性を感じられなかった
4) 衛星放送、スターリンクの導入やケーブルテレビインターネットの復旧により、テレビやスマートフォン経由で早期に被災者の情報入手が可能になっていた
5) 比較的多くの被災者が避難所および周辺に集まっていたため、情報伝達がしやすかった

 今回の地震で臨時災害放送局が活用されるべきだったかどうか、その検証を行うために十分な材料を、まだ私は持ち合わせていません。ただ、客観的にみて開局が必要な状況であったにもかかわらず、せっかくの制度が活用されなかったとしたらやはり残念です。逆に、開局が不必要な状況であったとしたら、被災後に多忙な自治体に余計な負担を強いることにならず、かえってよかったのかもしれません。今後、自治体に対するヒアリングを行って検証を進めていきたいと思います。

2)今後に向けて考えるべきこと

 ただ、発生が危惧されている南海トラフ地震や首都直下地震は、能登半島地震とは比べものにならない程の広域被害と大量の被災者の発生が想定され、指定避難所に入れない被災者も相当数出ることが予測されます。その中には、高齢者や障がい者も多数いるでしょう。また、被災する自治体数も膨大で、インフラの復旧には相当な時間がかかるでしょう。通信障害が続き、防災行政無線も機能不全に陥る中、余震や二次被害を防ぐために被災者に呼びかける防災・避難情報を伝達する手段がなくなっているおそれもあります。そして、被災した自治体が数件にとどまった今回の能登半島地震とは異なり、メディアが全ての自治体の災害関連情報を発信することは困難かもしれません。そうした状況下で、臨時災害放送局の出番は確実にあると私は考えています。
 ここからは、制度を有効に活用するために、今後検討すべきと思う点をまとめておきます。

*周知広報だけでなく「事前準備」を

 最も重要なのは、日頃から自治体の職員が制度を理解しておくことです。まず、全国の約3割の自治体には地域内にコミュニティ放送がありますので、災害時には、コミュニティFMを休止して免許を自治体に“移行”し、臨時災害放送局を開局するという制度2を活用し、コミュニティ放送の人たちに自治体の災害情報伝達を担ってもらうという協定を結んでおくのも1つの選択肢です。すでに両者でこうした連携協定が締結されているケースも増えてきていますが、コミュニティ放送は民間企業・団体が運営しているものですので、自治体は、協定の中で、委託内容や費用について具体的に取り決めておく姿勢が求められるでしょう。
 コミュニティ放送のない約7割の自治体については、地域の災害リスクや防災行政無線の整備状況、住民の高齢化の実情などを踏まえて、災害時にラジオを運営する選択肢が必要かどうか、一度は考える機会を持ってもらいたいと思います。ラジオメディアは、単なる情報の伝達だけではなく、放送の内容によっては、被災した人たちの心のケアや癒やしを提供することも可能です。避難が長期化するおそれのある地域にとっては、そのことも重要な要素だと思います。
 その上で、開局を希望する自治体に対しては、それを積極的にサポートする国の体制が望まれます。体制作りについては、首都直下地震が想定される関東地域と、南海トラフの被害が想定されている和歌山県沿岸部の事例が参考になります。
 このうち関東地域では、放送大学のFMラジオ放送が終了した空き周波数帯を臨時災害放送局用に活用するという国の方針が決まっており、現在、開局を希望する複数の自治体で運営するというモデルが検討されています。自治体の中には、自らラジオを開局するための機材を購入して準備しているところも少なくありません3。総務省の関東総合通信局の主催で、自治体間の情報交換のための場も設けられています4
 また和歌山県沿岸部では、総務省の近畿総合通信局(以下、近畿総通)が自治体に開局の希望を調査し、希望する自治体への周波数の割り当てを事前にシミュレーションし、いつでもただちに割り当てができる状態にしてあるという踏み込んだ施策がとられています5。その上で、地元の放送局や通信事業者などで組織する和歌山県情報化推進協議会(以下、WIDA)が、毎年、近畿総通、自治体と共に開局と運営の訓練を行っています。WIDAでは、災害が起きた時に自治体の運営を支援する意欲を持つボランティアや無線資格者の登録制度も設けられています6
 単なる制度の周知広報から一歩踏み込んだ事前の準備が、いざという時の対応につながります。他のエリアでもこうした取り組みが広がっていくことを期待しています。

*どう開局するかだけでなく「どう運営するか」が大事

 先にも述べたように、臨時災害放送局とは、自治体自身がラジオ局を開局し運用するという制度です。自治体では防災行政無線で避難情報などを音声で伝達していますが、ラジオの運営となると、どんな語り口でどんな内容を放送すればいいのか、イメージできず躊躇(ちゅうちょ)してしまう自治体も少なくないと思います。
 これまで総務省は、機材をどのように整備し操作すればいいのかといった、ハードに比重を置いた「開設マニュアル7」を作成してきました。しかし、開局したあとに放送をどのように行えばいいのかを解説した「運営マニュアル」はありませんでした。そのため、私は総務省に協力する形で「運営マニュアル」の作成に携わり、完成した「運営マニュアル」は3月末に近畿総通のウェブサイトで公開されました8作成には、日頃は放送局で番組制作を行い、東日本大震災や熊本地震ではボランティアとして臨時災害放送局の運営に携わった人たちの経験を持ち寄りました9。このマニュアルに目を通せば、放送の経験のない自治体職員でもラジオを運営することができるよう、各種テンプレートも準備しました。また、職員が多忙で運営できない場合には、どういう人たちに支援を依頼すればいいのかについても、過去の事例からまとめています。東日本大震災の時には、地元のまちづくり会社や放送局のOBが活躍するケースも少なくありませんでした。少しでも多くの自治体の皆さんに手に取ってもらえるとうれしいです。

*放送と同時に「ネットにも配信」する

 自治体が広域だったり、山間部が多かったりすると、臨時災害放送局を開局したとしても、どうしても電波が届かない地域が出てしまいます。詳しくは、アンテナ(親局)をどこに設置すればどのくらい電波が届くのかを検討しないとわからないのですが、今回の地震でも、被害の大きな地域に電波が届かないことがネックとなり、開局を見送った自治体もありました。
 解決策としては、自治体に2つの周波数を割り当てたり、中継局を設置したりするなどしてカバーするという方法があります。東日本大震災では、複数の自治体でその方法がとられました10
 ただ、1回目のブログにも書きましたが、衛星ブロードバンドインターネットサービスのスターリンクの導入が現実的になってきています。ですので、臨時災害放送局をインターネットでも同時配信して、電波の届かない地域についてはスターリンクを持ち込み、ネット経由で受信するという方法が現実的ではないかと思います。臨時災害放送局を同時配信できれば、被災地の中だけでなく、外からも聞くことができるようになるので、支援や救援の回路にも役立つと思います。すでに、いくつかの総務省の総通では、臨時災害放送局とネット配信をパッケージで提供することを前提に検討が進んでいます。現在は、著作権料の免除など、放送を前提とした枠組みとなっていますが、このあたりについても、状況に応じて見直していく必要があるのではないかと思います。

り踏み込んだ「プッシュ型支援」を

 最後に、少しとっぴかもしれませんが、今後に向けた提言をしておきたいと思います。現在の制度では、臨時災害放送局の開局は、免許人として想定されている自治体の意向が大前提となっています。しかし、先にも述べたように、被害が大きく情報空白地帯となってしまっている被災地の自治体ほど、混乱状態に陥ってしまい開局の判断ができない、というジレンマに陥ってしまっています。だからこそ事前の準備が必要なのですが、仮に準備ができていない自治体が大災害に見舞われた場合、この大前提を覆すような制度の運用はできないものなのでしょうか。
 具体的には、自治体の意向の有無にかかわらず、総務省の各総通が災害対策用に常備している機材を自治体に持ち込み、訓練などで実施している「実験試験局」という方法で、とりあえず総務省の免許で開局してしまうというアイデアです。機材の設置などの開局の準備は、これまでも各総通で行ってきた実績があります。そして、発災から1~2週間程度の最も困難な情報空白の時期には実験免許局のままで運営を行い、混乱が落ち着いてきたところで当該自治体に放送を継続する意向がある場合にはそこで免許申請をしてもらい、継続の必要がないとのことであればそのまま閉局するという流れです。
 このアイデアの最大の課題は、自治体の代わりに誰がラジオ局の運営を行うのかです。これについては、地域ラジオを運営するプロである近隣のコミュニティ放送や業界団体である日本コミュニティ放送協会(JCBA)に支援をお願いするのが最も想定しやすいですし、自治体からの信頼も得やすいと思います。今回の能登半島地震でも、JCBA北陸支部が北陸総通と共に被災地に赴いて支援の準備を行っていました。ただし、当然のことながらコミュニティ放送は自局の運営が最優先です。ですので、彼らに頼りすぎない枠組みも考えていかなければなりません。
 では、これまで臨時災害放送局を運営してきた経験者や、メディアで災害報道や災害情報伝達に関わってきた人で、ボランティアで支援したいという人たちが全国各地にいますので、そうした人たちにお願いするのはどうでしょうか。東日本大震災で「おながわ(女川)さいがいエフエム」の開局・運営に携わってきた大嶋智博氏は、現在はその活動を引き継ぐ一般社団法人「オナガワエフエム11」立ち上げ、臨時災害放送局設立および運営に関する経験・知識を後世に伝える活動をしていますし、それ以外にも同様の問題意識を持つさまざまな団体もあります12。ただ、それぞれの団体が連携できているとはいえません。熊本地震で「ましき(益城)さいがいエフエム」の運営支援に入った村上隆二氏(当時、ラジオパーソナリティーとして熊本県内で活動)は、「災害派遣医療チーム(以下、DMAT)の災害情報伝達版のような組織を作れないか」と繰り返し問題提起していて、私も大いに共感するところがあります。DMATのような一定の専門的なスキルの研修や自治体からの信頼を得るためのルール作りや、総務省における登録制度なども含め、全国規模で支援の枠組みを考えていく時期なのではないでしょうか。

おわりに

 本ブログでは2回にわたり、災害情報を伝達する側の視点で、能登半島地震の状況を整理し、今後に向けた提言を行ってきました。しかしさらに大事なのは、情報を入手する側の視点です。この視点に立った検証についても、今後、取り組んでいきたいと思います。


1  https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2024/04/11/

2  この制度を活用した場合、通常は20Wまでの出力を増力して、カバーエリアを拡大するなどの措置を行うことができる

3  東京都文京区、練馬区、埼玉県所沢市など

4 https://www.soumu.go.jp/soutsu/kanto/bc/rinsai/renrakukai.html

5  和歌山県沿岸部は周波数の活用が比較的容易であることからこのような施策が行えたともいえる。地域の実情に合わせた施策が求められる

6  https://wida.jp/act/rinsai_musen/

7  全国の各総通で整備されている。近畿の場合は…https://www.soumu.go.jp/main_content/000936455.pdf

8  https://www.soumu.go.jp/main_content/000936454.pdf

9  東日本大震災で「おながわさいがいエフエム」に携わった大嶋智博氏、熊本地震で「ましきさいがいエフエム」に携わった村上隆二氏

10  岩手県宮古市、大船渡市、宮城県気仙沼市では2つの周波数を割り当て、南相馬市では中継局を設置

11  http://onagawafm.jp/

12  例えば…
http://www.j-abs.org/
https://www.bhn.or.jp/
https://kansai-pressclub.jp/?p=1646

村上圭子
報道局でディレクターとして『NHKスペシャル』『クローズアップ現代』等を担当後、ラジオセンターを経て2010年から現職。
インターネット時代のテレビ・放送の存在意義、地域メディアの今後、自治体の災害情報伝達について取材・研究を進める。
民放とNHK、新聞と放送、通信と放送、マスメディアとネットメディア、都市と地方等の架橋となるような問題提起を行っていきたいと考えている。

メディアの動き 2024年04月16日 (火)

【メディアの動き】米テレビも促進したスポーツ賭博の影

 アメリカのプロ野球大リーグ,ロサンゼルス・ドジャーズの大谷翔平選手の専属通訳が違法なスポーツ賭博を行っていた疑惑から3月20日に球団を解雇され,同月22日にはMLBが正式に問題の調査を始めたと発表した。これをきっかけに,テレビ業界がスポーツリーグや賭博事業者とともに普及を促進してきたスポーツ賭博の負の側面に改めて目が向けられている。

 アメリカでは2018年に連邦最高裁がスポーツ賭博の可否を決める権限は州にあるとの判断を示してから,ドジャーズの本拠地カリフォルニアやテキサスを除く40近い州がスポーツ賭博を合法化し,多くが大学競技も対象に含め,携帯アプリなどによるオンライン賭博も認めた。テレビ各社はスポーツ中継に賭博の広告を入れ,番組制作やオンラインサービスでも賭博事業者と提携し,販売にも関わり,ケーブルテレビのスポーツチャンネルでは司会者や解説者が日常的に賭博を勧めるようになった。

 スポーツ賭博の売り上げは2023年,1,198億ドル(約18兆円)に達し,スポーツ・テレビ業界の収益や視聴者を増やす一方,返済不能な多額の借金を背負い,助けを求める人が増加した。特に依存症に陥りやすい若い世代への影響が懸念されている。賭博熱は選手や監督への攻撃や圧力にもつながり,選手が不正に関わった疑惑も出ている。スポーツ経済を専門とするマサチューセッツ州・スミス・カレッジのアンドリュー・ジンバリスト名誉教授はテレビが賭博を“普通”の娯楽にしてきたと指摘。賭博の過熱はスポーツそのものへの関心を薄め,多様な人々を結ぶスポーツの魅力を損なうおそれがあり,規制強化が必要だとしている。

メディアの動き 2024年04月16日 (火)

【メディアの動き】仏競争委員会,ニュース記事めぐり Googleに2億5,000万ユーロ制裁金

 フランスの公正取引委員会にあたる競争委員会は3月20日,Googleが報道機関の記事使用をめぐり,誠実な交渉を行わなかったことなどを理由に,2億5,000万ユーロ(約410億円)の制裁金を科すことを発表した。

 2019年のEUの著作権指令(フランスでは2019年7月に国内法制化)で,GoogleやFacebookなどソーシャルメディアによる報道コンテンツの使用に対し,通信社や新聞社が報酬を要求できることを定めている。競争委員会は,2021年にも,メディア組織と誠実な協議に応じなかったなどとして,Googleに5億ユーロ(約820億円)の制裁金を科している。

 今回の決定について,競争委員会は,Googleが2022年に合意した,透明性を担保して誠実に協議を行うことや,報酬の調査に必要な情報を提供することなどを定めた7つの項目のうち,4項目について順守しなかったことを理由に挙げている。また,GoogleがニュースコンテンツをAI学習に利用することを事前に通知せず,利用を避ける技術的手段を新聞社等に提示しなかったことも問題視している。

 競争委員会によると,Googleは事実関係について争わず,指摘された違反について一連の是正措置を提案した。一方で,Google側は,同月20日のGoogle Franceのブログで,これは長期間の争いを終結させるための合意だ,記事使用に関し,当社は新聞社など相当数のメディアと契約した最初で唯一のプラットフォームで年間数千万ユーロを支払っている,当社の努力は考慮されず,制裁額は違反内容に見合っていない,などと投稿している。

メディアの動き 2024年04月16日 (火)

【メディアの動き】香港「国家安全条例」可決・施行で 報道の自由への懸念の声相次ぐ

 香港で国家の安全を脅かす行為を取り締まる「国家安全条例」が可決・施行されたことを受け,報道の自由が損なわれると国際機関や各国から懸念の声が相次ぎ,アメリカ政府系放送局は香港の事務所を閉鎖した。

 香港の「国家安全条例」は,4年前に施行された「香港国家安全維持法」を補完するもので,2024年1月に要旨が発表されたあと,3月に条例案が議会に提出された。わずか2週間足らずで可決され,同月23日に施行された。

 「国家機密」を盗むことやスパイ行為,反乱の扇動,外国勢力による干渉などを犯罪として規定し,最高で終身刑が科せられる。中国や香港政府に対する憎悪や不満をあおる「扇動的行為」も禁止され,SNSへの投稿や出版物なども取り締まりの対象となる。

 香港の憲法にあたる基本法で制定が義務づけられているものの,住民の反発で長年先送りされてきた。急速な制定の背景には,中国の習近平指導部の意向が働いたとみられる。

 条例について,国連人権高等弁務官事務所は同月19日,条例の規定があいまいで政府に批判的な声をあげる人や報道機関などが恣意しい的に標的にされる可能性があると指摘。イギリス外務省も同日,「言論や報道の自由をむしばむことになる」と懸念を示した。

 香港記者協会が2月,「メディアが報道を萎縮させる可能性がある」と香港政府に意見書を提出するなど,政府による統制強化が懸念される中,アメリカ政府系の放送局Radio Free Asiaは3月29日,香港の事務所を閉鎖したと明らかにした。

メディアの動き 2024年04月16日 (火)

【メディアの動き】英BBC会長演説で"BBCの未来" 展望,受信料制度の改革にも言及

 イギリスの公共放送BBCのデイビー会長は3月26日,「A BBC For The Future(未来に向けたBBC)」と題するスピーチを行い,デジタル社会での生き残りに必要な番組や財源制度など幅広い改革についての考え方を示した。

 デイビー会長は,技術革新は恩恵とともに,社会の分断や偽情報,自由な報道への圧力などの課題を招いたと指摘。民主主義,経済,社会のためにBBCが果たすべき役割として,「予断を持たず真実を追究」「イギリスの番組の発信支援」「人々の統合」を挙げた。そして調査報道や検証報道に力を注ぐとともに,人々の視野を狭めないように配慮しながら個人の好みにあわせた番組を勧める「パーソナライゼーション」機能のため,倫理的なアルゴリズムを独自に開発する計画などを明らかにした。

 また,厳しい財政事情の中でも,デジタル化のための改革を断行するとして,商業部門のBBC Studioに移管する事業を増やすほか,若者向けチャンネルのBBC Threeについては,放送ではなく動画配信サイトを念頭に置いたコンテンツに集約するとした。さらに,国際放送をこのまま受信許可料で支え続けることは困難だとして,政府予算の交付を求めた。

 最後にデイビー会長は,新しい特許状に更新後の2028年以降の受信許可料について「改革が必要だ」とした。所得にかかわらず一定額を徴収している現制度を「累進的なものにできるかどうかや,不払いに対する対応方法が公平で適切かどうか」などを検討していく考えを示し,政府と行う特許状更新の交渉を前に,BBCの将来について国民に議論を呼びかけた。

メディアの動き 2024年04月15日 (月)

【メディアの動き】2023年度BPO年次報告会,故ジャニー喜多川氏の性加害問題で議論

 BPOは3月22日,都内で2023年度の年次報告会を開いた。例年はその年度の委員会決定の内容を報告する場だが,今回は故ジャニー喜多川氏による性加害問題をめぐって,放送と人権について考える特別シンポジウムを開催した。

 冒頭で,BPOの大日向雅美理事長が「今回の問題を報道してこなかった放送局を取り締まるべきという意見が届いているが,BPOとしては,放送局の自律的な検証と改善の取り組みに注目し,後押ししていきたい」と述べた。

 続いて,東京大学の田中東子教授,NHK記者出身のジャーナリスト鎌田靖氏,桜美林大学の西山守准教授のパネラー3人が議論。

 田中教授は,「この問題にメディアが沈黙したことは,タレントを使ったジャニーズの支配や性暴力に寛容な日本社会といった問題が見えない状況を生み出し,間違った認識へと視聴者を方向づけた」と厳しく指摘した。

 一方,この問題を報道した『週刊文春』を1999年にジャニーズ事務所などが提訴した際,NHKの司法キャップだった鎌田氏は「『文春』は『ホモ・セクハラ疑惑』と報じていたので,放送で取り上げる話ではないと判断してしまったと思う。広くアンテナを張っていれば問題に気づけたはずで,責任は免れない」と述べた。

 西山准教授は広告専門家の立場から,人権問題に敏感なグローバル企業の例を挙げ,メディアが人権意識の変化に対応する必要性を強調した。

 この問題をめぐって今,放送局に何が求められるのか。「放送局には語る資格はないかもしれないが,語る責任がある」という田中教授の言葉が心に残った

メディアの動き 2024年04月15日 (月)

【メディアの動き】NHK札幌放送局のローカル番組,英BBCの「50:50プロジェクト」参加

 NHK札幌放送局は3月15日,イギリスの公共放送BBCの「50:50 The Equality Project」(以下,「50:50プロジェクト」)に,地域放送局として初めて参加することを発表した。

 「50:50プロジェクト」はBBCが2017年に始めたプロジェクトで,「番組の出演者の女性の割合を測定し,均等にする」というアイデアから始まった。コンテンツにおいて,多様な社会を公正に映し出すことを目指しており,BBCでは人種や障害のある当事者なども計測の対象としている。2023年現在,世界30か国,企業や大学など,およそ150の組織が参加している。

 NHKは2021年度から日本のテレビ局として唯一,加わった。当初は大河ドラマや『あさイチ』などの情報番組が参加していたが,2023年度からは『おはよう日本』『ニュースウオッチ9』といったニュース番組のほか,『クローズアップ現代』『日曜討論』などの報道番組が加わり,参加番組は12番組となった。

 2024年度から新たに参加する『ほっとニュース北海道』は平日の夕方6時から放送する北海道向けのニュース番組で,インタビューを受ける街頭の人や専門家など,担当者の裁量で決められる出演者を計測して,男女の割合を可視化する。プロジェクトへの参加は,ジェンダー課題に関心をもつ職員の働きかけで実現した。

 ニュース制作を担当する札幌放送局の佐藤博行チーフリードは,ローカルニュースが「50:50プロジェクト」に参加する意義について,「番組コンテンツの質を上げていくのが目的だが,大きな動機として,まず制作者の意識を変えていきたい」と説明する。 

メディアの動き 2024年04月15日 (月)

【メディアの動き】公正取引委員会,AmazonやGoogleが動画配信業者に対して 優越的地位にある可能性を指摘

 インターネットに接続されたテレビ,「コネクテッドテレビ」(以下,CTV)の普及で動画配信サービスの利用が広がる中,公正取引委員会は,CTV向けに基本ソフト(OS)を提供するIT企業や動画配信事業者,それに消費者を対象に,取り引き実態をまとめた初の報告書を,3月6日に公表した。

 報告書によると,CTVで動画配信を利用する際に基盤となるOSの分野で,AmazonとGoogleがあわせて60〜80%のシェアを占めており,アプリストアへの掲載など動画配信事業者との取り引きでは「優越的地位」にある可能性が高いと指摘。さらに,自社のコンテンツを優先的に掲載することで,他社のサービスの取り引き機会を減らし,排除した場合は独占禁止法上問題にあたるとの見解を示し,ランキングやおすすめ表示などの基準を可能なかぎり開示することが望ましいとした。また,手数料などの規約の変更に関しては,事業者間で十分な協議をするよう求めている。

 公正取引委員会は,今後,具体的な違反があった場合には,厳正に対処するとしたうえで,今回の調査結果を各国の関係機関とも共有し,競争環境の整備に向けて,国際的に連携を図っていく考えを示した。

 今回の調査で,国内市場における巨大IT企業2社の寡占的な実態が明らかになった。2社の市場影響力が強まる中,事業者間の公正な競争と,利用者が多様なコンテンツを得られる環境の確保をどう両立させていくのか,今後の動きを注視したい。

メディアの動き 2024年04月15日 (月)

【メディアの動き】NHKのネット活用業務の必須業務化を盛り込んだ放送法改正案,国会へ提出

 2014年以降,任意業務として実施してきたNHKのネット活用業務を必須業務化することを盛り込んだ放送法改正案が,3月1日に国会に提出された。

 必須業務の対象は,同時・見逃し・番組関連情報の配信である。番組関連情報は「NHKの放送番組の内容がその視聴の環境に適した形態で提供されることに対する公衆の要望等を満たすため」とし,番組と密接に関連があり番組の編集上,必要な資料に限定するとした。

 なお,番組関連情報については,NHKに対して,基本方針や内容などを定めた業務規程を策定・公表して総務大臣に届け出ることを義務づけている。業務規程は,①公衆の要望を満たす,②公衆の生命や身体の安全を確保する,③民放や新聞社などが行うネット配信との公正な競争の確保に支障が生じない,の3点に適合するものとし,基準に適合しない場合には,NHKに対し,変更の勧告を行えるとした。

 必須業務化のねらいは「NHKの放送番組をテレビ等の放送の受信設備を設置しない者に対しても継続的かつ安定的に提供するため」である。改正案ではスマホなどを所持するだけでは費用負担の対象とはせず,視聴希望の意思を示した人を「放送の受信設備を設置した者と同等の受信環境にある者」とし,NHKとの受信契約の締結義務の対象とするとした。

 番組関連情報の具体的内容や競争評価については,新聞や民放が参加する総務省の会議で議論が継続中だ。政府は改正案について今国会での成立を目指すとしている。国会では視聴者目線の議論を期待したい。

メディアの動き 2024年04月11日 (木)

能登半島地震 災害情報伝達を巡る課題と今後 (1)被災地の教訓をどう生かすか?【研究員の視点】#532

メディア研究部(メディア情勢)村上圭子

 はじめに

 2024年元日に発生した地震で、石川県の能登半島は大きな被害を受けました。4月9日現在、245人の方が亡くなり、1人が安否不明となっています。そして、発災から3か月がたった今も、6,300人あまりの人たちが避難所生活を送っています。
 私はこれまで、「災害情報と地域メディア」という観点から被災地の調査・研究を行ってきました。今回の能登半島地震についても、地域メディアへのヒアリングや現地での調査を続けています。まだ体系的にまとめて発表できる段階にはありませんが、災害はいつ起こるかわかりません。得られた問題意識とそれを踏まえた問題提起を随時行い、次の災害対応へとつなげていくことが、被災地を取材する自分の役割だと思っています。
 本ブログでは、災害情報と地域メディアについてこれまで考えてきた私自身の認識と立ち位置を示した上で、2回にわたって能登半島地震における災害情報伝達を巡る課題を整理し、今後考えるべき点について提言をしたいと思います。

1)災害時における地域メディアの役割

 まず、災害時における地域メディアの役割について、これまでの取材・調査を踏まえて私なりに整理しておきます。メディアの特性によって取り組む力点や得意分野は異なりますが、おおむね以下の5点に分類できるのではないかと思います。

① 被災するおそれがある人たちに対して警戒や避難を呼びかけ、人々の「命を守る」
(防災・避難情報の伝達)
② 被災した人たちに対して必要な情報を届け、人々の「命を支える」
(安否・救援支援・生活情報<=災害関連情報>の伝達)
③ 被災した人たちの痛みや苦しみに共に向き合い、人々の「心に寄り添う」
(心身のケア・癒やしの提供)
④ 刻一刻と変化する被災地の様子を取材し、被災地の外にも広く「状況を伝える」
(被害報道)
⑤ 被災地が抱える課題や被災した人たちの生活再建を継続取材して、「問題を提起する」
(検証報道)

 このうち、①~③は被災した当事者(被災のおそれのある当事者)に向けたものですが、①の防災・避難情報の伝達と②の災害関連情報の伝達は、被災した自治体が住民に対して負う責務でもあります。東日本大震災以降、自治体による災害情報伝達の多様化が国の施策として進められており、自治体は現在、防災行政無線(同報系)をはじめ、緊急速報メール、ウェブサイト、アプリ、SNSの活用などを通じて取り組んでいます。
 地域メディアは、自治体から発信されるこれらの情報を共有し1、特に②については、放送であれば「ライフライン情報」、新聞であれば「生活支援情報」という枠組みを設けて発信しています2
 ③の心身のケアや癒やしの提供で、大きな役割を担っているメディアがラジオです。ラジオの世帯普及率は4割を切っており、20代世帯ではわずかに6.5%です3。しかし、高齢者や視聴覚障がい者にとっては今も重要な情報入手手段です。県域ラジオ局やコミュニティ放送の慣れ親しんだパーソナリティーの語りやリスナー同士の支え合い、音楽の提供などが、災害時に大きな役割を果たしているという報告もなされています4
 ④の被害報道と⑤の検証報道については、被災地外への発信を意識した報道であり、全国メディアとの連携で行っている役割でもあります。

2)被害が大きな被災地ではメディアの役割に限界も

 私は、特に②の災害情報伝達に関心を持って研究を進めてきました。きっかけは、1995年の阪神・淡路大震災(以下、阪神大震災)での取材体験でした。
 当時、私は東京で報道番組のディレクターとして勤務していましたが、発災の翌日、西宮市から徒歩で神戸市へと取材に向かいました。約10時間の道すがら、そして取材中も、NHKの腕章をつけていたため、家族の安否はどこに行けばわかるのか?救援の要請はどうしたらいいのか?炊き出しや給水、風呂やトイレは?電気・ガス・水道はいつ復旧するのか?などと何度も声をかけられました。神戸では長期間の停電や通信障害が起きており、自治体の防災行政無線や、地上放送の中継局やケーブルテレビ網は大きな被害を受け、まさに“情報空白地帯”となっていました。
 神戸には10日ほど滞在し、指定避難所に入りきれずに被害を受けた自宅の近くの公園で自主避難している人たちを取材しました。そこで目の当たりにしたのは、指定避難所との圧倒的な情報格差と、不確かな情報の流通とそれに伴う混乱でした。そして情報の欠如は、救援の遅れや災害関連死につながりかねないこと、先の見えない不安を増幅させ被災者に大きなストレスとなってしまうことを体感しました。私は、取材で訪ねた役所や指定避難所で得た被災者向けの情報を、可能な限り取材に応じてくれた人たちに共有するよう心がけましたが、現場でできることには限界がありました。入社3年目だった私は、被害が大きな地域におけるメディアの限界を痛感せざるをえませんでした。
 その後、私は大阪放送局に異動して被災地の復旧・復興を取材しながら、被害が大きくメディアの情報が届かない状況に陥ってしまう被災地の対策について考え続けていました。そんな中で出会ったのが、私がいまライフワークとして取り組んでいる「臨時災害放送局」という制度でした。

3)自治体自身が“地域メディア”になる「臨時災害放送局」制度

 総務省の資料では、臨時災害放送局とは、「災害が発生した場合に、その被害の軽減に役立つよう、被災地の地方公共団体等が開設する臨時かつ一時の目的のためのFM放送局5」と説明されています。被災した自治体自らが、住民に必要な情報を伝達するためにラジオ局を運営する、いうなれば一時的に“地域メディア”のような役割を担うことを可能にする制度です。本来、ラジオ局を開局するには、公共の電波を使うためのさまざまな手続きを経て免許を得なくてはならないのですが、この制度の場合には、自治体が総務省に電話1本するだけで免許が付与されて放送が開始できるなど、簡便かつ柔軟な制度になっています6(図1)。

<図1>muraakamisan_image.png出典:総務省近畿総合通信局「近畿管内における臨時災害放送局開設の手引き7」より

 制度は阪神大震災の時に誕生しました。被災した自治体や地域では、自力で情報伝達手段を確保しなければならないという問題意識から、停電に強く、多くの人に伝達でき、簡易な設備で開局でき、音声だけなので比較的簡単に運用できるラジオの活用が考えられたのです8。折しも、この3年前の1992年には、市町村を基本単位とするコミュニティ放送という制度が誕生したばかりでした。その後、地域における災害対応として、コミュニティ放送と臨時災害放送局という2つの地域ラジオメディアが注目されていくことになります9
 臨時災害放送局が注目を集めたのは、2011年におきた東日本大震災でした。東北の沿岸部を中心に、30の自治体で開局しました10 。私は全ての局を訪問調査11しましたが、阪神大震災から16年がたち、携帯電話の普及やブロードバンドの整備など情報通信環境が大きく進化してもなお、被災地は一瞬にして情報空白地帯となってしまうという現実に大きな衝撃を受けました。津波被害が大きかった分、阪神大震災の時以上に課題は長期化していました。そこで改めて、臨時災害放送局の有用性を再認識したのです。
 その後、臨時災害放送局は熊本地震や西日本豪雨、関東・東北豪雨、北海道胆振東部地震でも開局しました。私はその都度、調査に出向いたり、開局の準備段階から関わって、これまでの調査で得たノウハウを自治体や住民に提供したりする活動を行ってきました12

4)能登半島地震では開局しなかった臨時災害放送局

 今回の能登半島地震でも、過去の大災害と同様に、被災地は大規模な停電や通信障害に陥り、自治体の防災行政無線も大きな被害を受けました。長引く停電で地上放送の中継局の一部も機能停止に陥りました。また、能登半島では5割以上の世帯がケーブルテレビ経由で放送を視聴していましたが、その施設や伝送路も大きな被害を受けました13。そして、半島に向かう道路があちこちで寸断されていたため、金沢市に拠点を置く新聞社や放送局は、当初は被災地に入ることも難しく、また現地に拠点を作ることもできず、取材活動も困難を極めました。
 東京からニュースを見ていても、能登半島が情報空白地帯となっていることは明白でした。私は、今回もできるだけ早く臨時災害放送局を開局すべきではないかと考え、1月4日から総務省北陸総合通信局(以下、北陸総通)と連絡をとりあっていました。当初、北陸総通からは、臨時災害放送局を開局するために自治体に貸し出すことのできる機材を2セット常備している14が、まだ被災自治体とは連絡がとれていないという話を伺いました。
 発災から1週間がたった頃から、北陸総通は被災自治体と連絡がとれるようになり、応援職員も被災地に入るようになっていました。各自治体は臨時災害放送局の制度を知らなかったため、総務省職員が説明を行ったそうです。自治体の中には、混乱が続く被災地での情報伝達手段として有用性を感じたところもあったといいますが、総じて示した反応は、職員自身も被災して対応できる職員数が不足しており、とても定期的な放送を行うために回せる人員を割ける状況にない、というものだったそうです。それを聞いて、私からは、仮に開局したとしても自治体がずっと放送を続ける必要はなく、自治体が情報を発信する時間以外は、NHKラジオ第1放送をそのまま放送(同時再放送)することができる仕組み15があるということを、北陸総通経由で自治体に伝えてもらいました。自治体からは、開局の意向がある場合には北陸総通に連絡をする、ということになりました。
 しかしその後、いずれの自治体からも連絡はありませんでした。発災から1か月が過ぎたタイミングで再び北陸総通が個別に連絡をとったところ、自治体からは、炊き出しや給水などの生活情報は各避難所で伝達ができるようになっていること、それ以外のライフライン情報や役所からの公的な情報については市のウェブサイトや公式アプリで提供できていること、そして、避難所にテレビが設置されてNHK金沢放送局のライフライン放送がBSの103チャンネルで視聴できるようになっていること16(図2)などから、臨時災害放送局を開局する必要はない、という回答が返ってきたそうです。

<図2>muraakamisan_news.png出典:NHK金沢放送局ウェブサイト17より

5)衛星ブロードバンドインターネットサービス「スターリンク」の存在感

 私は、東京でやきもきしながら能登半島の災害情報伝達に思いを巡らしていました。しかし被災地では、私のこれまでの経験に基づく想像を大きく超えるような状況が起きていました。それは、SpaceX社が開発した衛星ブロードバンドインターネットサービス(以下、衛星通信サービス)、「スターリンク18」の大量導入によるネット環境の早期回復でした。前項で、「ライフライン情報や役所からの公的な情報については市のウェブサイトや公式アプリで提供できている」という自治体の声を紹介しましたが、発言の背景にはこのような状況があったと思われます。
スターリンクとは人工衛星を使った通信サービスで、空に向けてアンテナを設置するだけで、専用ルーターを経由して簡単にWi-Fi環境や有線LANの環境を整備することができます。低軌道で回る5000基近くの衛星を活用するため、通信スピードが速くて低遅延であるのが特徴です。2020年に試験運用が始まり、ウクライナ戦争で利用されて注目を集めていました。日本では2022年10月に提供が開始されており、能登半島地震では、SpaceX社と提携しているKDDIとソフトバンク経由で、計450台が被災地の行政機関や避難所などの公共施設に無償提供されました19(図3)。
 アンテナが設置された被災地の役所や避難所の周辺では、早いところでは発災から1週間後くらいからWi-Fiが利用できる環境が整備されていたようです。そして被災者はこのWi-Fiを利用して、自治体が発信する情報や、SNS、メディアからの情報にアクセスできるようになっていたのです。

<図3>muraakamisan_kddi.png 出典:KDDI「衛星ブロードバンド「Starlink」による地域・産業・防災への活用事例 」20

6)被災した人たちに情報は十分に届いていたのか?

 今回の能登半島地震における災害情報伝達の特徴は、NHKのBS放送や、スターリンクによるWi-Fi整備など、「衛星活用」がポイントだと言えるでしょう。これまでは自治体職員の非常用の連絡手段として衛星電話が使われていたくらいでしたが、今回、広く被災者に活用された実績から、衛星活用による災害対応にはさまざまな可能性が見えてきました。
 一方で、実際に被災した人たちに対して、どこまで情報が十分に届いていたのかについては検証も必要だと思います。発災から約1か月がたった2月2日、地元紙・北國新聞は一面トップで、「〈1.1大震災〉被災者「情報不足」鮮明」と報じました21。北國新聞が1月25日から30日に石川県と富山県に設けられた、1次避難所と2次避難所で255人を対象に行ったアンケートによると、「避難生活で一番困っていることは何か」という問いに対し、風呂、トイレ、眠る環境、プライバシーといった回答をおさえ、「情報」をあげた人が22.6%と1位だったそうです。
 また、今回の能登半島地震では、輪島・珠洲・穴水・能登の4市町で、最大時には24の集落で3345人が孤立していました。実質的に解消したと県が発表したのは1月21日です。長いところで孤立は3週間続いていたことになります。孤立した集落に対しては、自衛隊が人力やドローンを活用して救援物資を供給していましたが、情報についてはどうだったのでしょうか。避難所から毎日、数時間かけて生活関連情報を孤立地区に届けているボランティアがいるという短いリポートをテレビで見かけましたが、全容はわかっていません。
 まだ仮説にすぎませんが、孤立状況に置かれていた人たちや、Wi-Fiが使える避難所や役所周辺で過ごしていなかった人たち、また、避難所にいたとしてもスマートフォンを使いこなすことが難しい高齢者に対しては、必要な情報が十分にいき届いていなかったのではないでしょうか。つまり、今回の能登半島地震では、避難所などでスマートフォンを活用して情報を入手していた人たちと、そうでない人たちの間で著しい「情報格差」が生じていたのではないでしょうか。今後、調査・取材などを通じて検証していきたいと思っています。

7)災害情報伝達の今後に向けて

 ここからは、あくまで現時点における私の認識ではありますが、災害情報伝達の観点から、次の災害に向けて考えるべきことをまとめておきたいと思います。

*衛星放送の計画的活用を「国の防災対策の一環」として議論する

 今回のNHKにおけるBSの活用は、BS波の再編について周知するチャンネルを活用するという“偶然の産物”でした。総務省の「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」の「衛星放送ワーキンググループ」では、今後は計画的に災害対応として衛星放送を活用していくべきではないか、という問題提起がなされ、検討が開始されます22。偶然の産物を“必然の備え”にしていくにはどのような枠組みが望ましいのでしょうか。今回の放送はNHKだけでしたが、今後は民放も含めた体制にしていくのか、その際の負担のあり方はどうしていくのか、平時のチャンネル利用はどうするのか、など論点は多岐にわたります。災害時においても放送を届け、災害情報を伝達するために放送事業者が努力をするのは当然ですが、このテーマは放送政策という枠組みを超えて、“国の防災対策の一環”として、衛星放送の計画的活用をどう位置づけていくか、という大きな議論こそが必要なのではないでしょうか。

*被災地でも「“スマートフォンでインターネット”」の時代を想定する

5)で述べたスターリンクという衛星通信サービスの存在は、今後の災害対応、特に情報伝達のあり方を大きく変えることになると私は受け止めています。自治体施設や避難所だけでなく、放送や新聞などのメディアでも、被災地における情報連絡手段確保のために、新規に契約する社が相次ぎました。SpaceX社では、今年、スマートフォンと直接通信するサービスの開始も予定されています。
 最大の課題は、災害という国内における最大の危機への対応を、イーロン・マスク氏が経営する海外企業の製品に依存するということです。これについては国家レベルで十分な検証や議論が必要だと思いますし、代替する製品の開発や研究も求められるでしょう。
 ただ、南海トラフ地震や首都直下地震など“いまそこにある危機”への対応ということを考えると、当面は、地上の基地局に依存しない衛星通信サービスとして、このスターリンクが自治体における災害情報伝達分野の対策の要となることは間違いなさそうです。
 また、被災地でも“スマートフォンでインターネット”の環境を確保していくことは、情報の受け手である被災者の視点に立って考えても理にかなう方策です。今や国民全体の約9割がスマートフォンを所持する時代において、災害時も変わらずスマートフォンから情報が入手できることが最も自然だからです。そのためにも、個人の防災対策としては、これまで以上にスマートフォンの電源確保のための備えをしておくことが求められるでしょう。
 では、この流れは情報を伝えるメディアの側にとってはどのような意味を持つのでしょうか。今回の能登半島地震では、新聞各社は、通常は有料で行っているデジタル配信を無料開放し、民放ローカル局は情報カメラ映像や特番、そして日々の情報番組の同時・見逃し配信をYouTubeで積極的に提供しました。NHKは、「NHKプラス」での同時配信に加えて、地震の最新情報やライフライン情報を地図に落とし込んだ「能登半島災害情報マップ23」の提供を行いました。
 こうしたメディアによるデジタル展開は、これまでは、被害が大きな被災地の人たちはネット環境が確保しにくいこともあり、どこまで活用してもらえるかどうかわからない、という前提で行われていたと思います。しかし今後はこの前提が変わり、被災地で最も困難な状況にある人たちに対してこそ、ネット経由で情報伝達ができるようになる可能性があります。今後はそうしたことも想定しながら、災害時のデジタル展開のあるべき姿をより積極的に考えていくことが求められると思います。

*「情報格差」への視座を忘れない

 とはいえ、被災地で“スマートフォンでインターネット”、が簡単に進んでいくとは思えません。仮に進んだとしても、その対応でカバーできる人たちは、避難所に避難した人たちや役所の近くにいる人たちなど、限られた条件に置かれた人たちである可能性が高いです。スターリンクのような新しい技術が登場すると、とかくその存在に目が奪われがちですが、被災地で生まれてしまう情報格差に思いが至らず、結果的に切り捨てられる人たちが出てしまうことだけは避けなればなりません。そして、情報格差をどうしたらなくしていけるのか、そのための伝達手段として何がふさわしいのかについても同時に検討していかなければならないと思います。その意味でも、今回の能登半島地震における被災者の情報入手に関する検証は重要だと考えています。

おわりに

 次回のブログでは、今回の能登半島地震で開局しなかった臨時災害放送局について考えてみたいと思います。情報格差をなくしていくための伝達手段として、南海トラフ地震や首都直下地震といった、能登半島地震よりはるかに大きな広域激甚災害に対応していくための伝達手段として、臨時災害放送局が果たせる役割は大きいと私は考えています。ただ、制度ができてまもなく30年、抱えている課題も少なくありません。役割を果たすためには何が必要なのか、東日本大震災以降、さまざまな形で関わってきた私の立場から提言を行いたいと思います。

 


1   Lアラート(災害情報共有システム)を通じた共有と、情報取材との併用で実施

2  新聞や放送局は自治体からの情報だけでなく、気象庁や国交省、ライフライン事業者や民間の店舗などから、幅広い情報を入手して伝達している

3  総務省「令和4年通信利用動向調査」より

4 大牟田智佐子『大災害とラジオ 共感放送の可能性』で詳細に分析されている

5  https://www.soumu.go.jp/main_content/000936455.pdf P3

6  実際に開局するには周波数の確保が前提となる

7  https://www.soumu.go.jp/main_content/000936455.pdf

8  臨時災害放送局の第1号は1995年2月14日、兵庫県に対して免許が付与された「FMフェニックス」である。NHK神戸放送局の機材などを活用し、NHKの関連会社などが運営面もサポート。兵庫県庁にスタジオが設置され、3月31日まで放送を行った。なお、県単位の免許はこの時のみで、その後は市町村単位の開局となっている。また、正式に免許を受けた局ではないが、兵庫県神戸市長田区で運営された「FMわぃわぃ」も、日本人以上に情報過疎におかれたベトナム人をはじめとした在日外国人に対して情報提供を行い、大きな役割を果たした

9  コミュニティ放送と臨時災害放送局は制度としては全く異なる(コミュニティ放送は自治体が免許人になれない、基幹放送事業者として放送法上、さまざまな規律があるなど)が、災害時は自治体の申し出に基づき、当該自治体内にあるコミュニティ放送の免許を一時的に自治体に“移行”して臨時災害放送局として運用することができる(移行型と呼ばれる)。また近年は、全国の総務省総合通信局と日本コミュニティ放送協会(JCBA)の地域支部が、コミュニティ放送がない自治体が臨時災害放送局を開局する(新設型と呼ばれる)際に支援を行うという協定を締結する事例も増えている

10  コミュニティ放送がもともと地域にあり、その局が臨時災害放送局に移行した形(移行型)で開局したのが10自治体、 新たに開局(新設型)したのが20自治体

11  調査内容の詳細は、 村上圭子「ポスト東日本大震災の市町村における災害情報伝達システムを展望する~臨時災害放送局の長期化と避難情報伝達手段の多様化を踏まえて~」『放送研究と調査』(2012年3月号)https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/research/domestic/145.html

12  取材の詳細をまとめた「文研ブログ」は下記
https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/100/246229.html
https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/100/303324.html
https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/500/467004.html

13  能登半島地震における放送分野の状況については・・・
https://www.soumu.go.jp/main_content/000931153.pdf

14  東日本大震災以後、各総通にはそれぞれ臨時災害放送局を開局するための機材が常備されるようになり、現在は2セットずつ常備されている。災害が発生すると、被災したエリアの総通に、他の総通が常備している機材を貸し出す体制もとられている

15  東日本大震災後、自治体からのニーズを受けて仕組みを設けているhttps://www.soumu.go.jp/main_content/000936454.pdf P6参照

16  NHKは、2024年3月末でBS波を再編することから、それに伴う番組の移設や停波の予定を周知していた「103チャンネル(旧BSプレミアム)」を活用し、1月12日からNHK総合テレビ(金沢放送局発)を放送。2024年3月末で免許が切れることになっていたが、NHKは1か月間の延長を総務省に申請し認可を得た。その後は被災地の状況を見て決めるとしている

17  https://www.nhk.or.jp/kanazawa/lreport/article/002/92/

18  スターリンクの詳細については・・・
https://www.soumu.go.jp/main_content/000934326.pdf

19  KDDIは1月7日に350台、ソフトバンクは1月10日に100台を無償提供
KDDIプレスリリース
https://news.kddi.com/kddi/corporate/newsrelease/2024/01/07/7171.html
ソフトバンクプレスリリース
https://www.softbank.jp/corp/news/info/2024/20240110_01/

20  https://www.soumu.go.jp/main_content/000934326.pdf

21 北國新聞「1.1大震災33日目 被災者「情報不足」鮮明 「生活再建に不安」多く(2024年2月2日)

22  https://www.soumu.go.jp/main_content/000937506.pdf

23  https://www.nhk.or.jp/saigai-map/noto2024/

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村上圭子
報道局でディレクターとして『NHKスペシャル』『クローズアップ現代』等を担当後、ラジオセンターを経て2010年から現職。 インターネット時代のテレビ・放送の存在意義、地域メディアの今後、自治体の災害情報伝達について取材・研究を進める。民放とNHK、新聞と放送、通信と放送、マスメディアとネットメディア、都市と地方等の架橋となるような問題提起を行っていきたいと考えている。

調査あれこれ 2024年04月08日 (月)

中高生の40年分のホンネがつまった「中高生調査データ」のページ、オープン!#531

世論調査部(社会調査)村田ひろ子・中山準之助

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 NHK放送文化研究所が、1982年から定期的に実施してきた「中学生・高校生の生活と意識調査」の調査結果をまとめたページが新たにできました!
 この調査は、学校生活や友人・親子関係、テレビやネット利用、将来展望などの幅広い質問領域から、中高生と保護者の意識を読み取ることができる世論調査です。
 このページでは、中高生と保護者それぞれを対象にした調査あわせて全150項目以上の時系列データから好きなものを選んでグラフや表で見られます(上の画像からアクセス可能)。学年ごと、親子間など、さまざまな角度から比較できるほか、集計結果もダウンロードできます。中高生を対象にした調査では、中学高校別のほか、性別や学年、男女中高別の結果なども選べます。
 調査自体は幅広い分野にわたりますが、ここでは、「心理状態」カテゴリから、「不安な気持ちになる?」を選び、さらに「悩みごとの相談相手」について、中学生・高校生別の結果を紹介します。

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 悩みごとの相談相手として、黄色の「友だち」を選んだのは、どの時代の調査でも高校生が中学生より多くなっています。時代の変化に注目すると、「友だち」を選んだ人は、1982年に6~7割を占めていましたが、最新の2022年調査では約4割と減少傾向が見られます※。その一方で、ピンク色の「母親」を選んだ人は、1982年の1~2割から2022年の3割と増加傾向です。

 グラフデータのほか、研究員の視点からデータを読み解いたコラムも掲載。調査結果をさまざまな角度から分析しています。

 

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 中高生の生活や意識がこの40年間でどのように変わったのか、あるいは変わらなかったのか? 多岐にわたる質問領域から、40年分の中高生のホンネが透けて見えるかもしれません。一度のぞいたら、何度もアクセスしてみたくなるコンテンツが盛りだくさんです!

「中学生・高校生の生活と意識調査」

※直近の2022年調査は、それまでとは調査方法が異なるため、過去の結果と単純に比較することはできず、意味合いについては質問ごとに慎重に検討する必要があります。