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調査あれこれ

調査あれこれ 2023年09月12日 (火)

内閣改造を"ばね"にできるか? ~自民党総裁選まで1年~【研究員の視点】#504

NHK放送文化研究所 研究主幹 島田敏男

 岸田文雄氏が第100代内閣総理大臣に就任し、岸田内閣が発足したのがおととしの10月4日。来月で丸2年になります。その先の来年9月には3年間の任期満了を受けての自民党総裁選が予定されています。

 この2年間、内閣支持率は一進一退と言わざるをえません。それでも経済の回復基調と税収の増加、それにG7広島サミットなど首脳外交での手応えを感じながら、岸田総理は次の総裁選での再選を視野に入れているというのが大方の永田町関係者の見方です。

 そうした状況のもとで、9月8日(金)から10日(日)にかけてNHK月例電話世論調査が行われました。

☆あなたは岸田内閣を支持しますか。それとも支持しませんか。

  支持する   36%(対前月+3ポイント)
  支持しない   43%(対前月-2ポイント)

6月以降、3か月連続で支持率が低下していましたが、今月はわずかながら持ち直した形です。各種の世論調査でも同様の傾向が現れていて、「一旦底を打った模様」という受け止めが出ています。

 この1か月間で、岸田内閣の姿勢が評価され、若干の支持回復につながった動きは何だったのか考えてみます。

 今回の世論調査で質問を重ねた調査項目に、8月24日に開始された福島第一原子力発電所の処理水放出に関するものがあります。

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☆東京電力福島第一原発の処理水の海への放出が始まりました。あなたは、この対応が妥当だと思いますか。妥当ではないと思いますか。

  妥当だ   66%
  妥当ではない   17%

これを与党支持者、野党支持者、無党派の別に見てみると、「妥当だ」は与党支持者79%、野党支持者65%、無党派60%となっていて、いずれでも「妥当ではない」を大きく上回っています。

 この問題では、風評被害を心配する国内の漁業者から依然反対の声が上がっています。これに対し政府は、IAEA=国際原子力機関の全面的な協力を得て、安全性に問題がないことを科学的なデータで示す努力を継続することで理解を得ようとしています。

 国際標準を十分に満たす安全性が確保されていることを具体的なデータで公表する対応によって、国民の間に理解が広がっていると言えそうです。

 そしてもう一つ重要なのは、風評被害が起きないようにするために欠かせない国際社会への説明の努力です。

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☆岸田総理大臣は、ASEAN=東南アジア諸国連合と日中韓の首脳会議で、中国による日本産の水産物の輸入停止は「突出した行動だ」と指摘し、処理水放出の安全性について理解を求めました。あなたは、こうした働きかけを評価しますか。評価しませんか。

  評価する   75%
  評価しない   14%

9月6日に岸田総理が行った説明に対しても、国民から肯定的な評価が示されました。

 トリチウム以外の放射性物質を取り除き海水で希釈した処理水を、中国政府は一方的に「汚染水」と表現して批判を強めていました。これまでのところ、中国側の公式発言に変化はありません。

 ただ、上記のASEANと日中韓の首脳会議に先立って岸田総理が中国の李強首相と15分ほど立ち話をした際には、処理水問題で激しいやりとりにはならなかったということです。

 この問題に詳しい外務省幹部は「国際社会の中で日本への反発が拡大していかない状況を見て、中国側も徐々に冷静な対応を模索しているようだ」と分析しています。日本の取るべき態度は、科学的データを開示しながら冷静な対応を促し続けることに尽きます。

 さらに処理水を巡る対応の他にも、今回の調査で政府の姿勢を支持する傾向が示された項目がありました。旧統一教会の解散命令を巡る設問です。

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☆旧統一教会を巡る問題で、政府は質問権の行使などによる調査をふまえ、教団に対する解散命令を裁判所に請求するか検討を進める方針です。あなたは解散命令の請求に賛成ですか。反対ですか。それともどちらともいえませんか。

  賛成   68%
  反対   1%
  どちらともいえない   24%

反対はわずかに1%。この問題では一部に信教の自由を巡る議論もありますが、その点に重きを置く人も反対ではなく「どちらともいえない」に回っているようです。長年にわたって強引な勧誘や多額の寄付の強要などが問題視されてきただけに、政府が旧統一教会に対して厳しい姿勢で臨むことを期待する声は強いといえます。

 以上見てきましたが、この世論調査の結果が公表された11日に、岸田総理は内閣改造と自民党役員人事を行うための調整に入りました。

 党幹部と相次いで会談し、麻生副総裁、茂木幹事長の続投が早々と固まりました。つまり岸田政権の土台は大きく変わらないということですので、改造による閣僚の入れ替えがあっても党内の安定優先に変化はないでしょう。

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 つまり、岸田総理としては来年秋の自民党総裁選での再選を視野に入れて、いわゆる「総主流派体制づくり」を目指すということです。

 岸田総理の足元の岸田派は党内第4派閥です。党内最大派閥の安倍派、第2派閥の麻生派、第3派閥の茂木派などの協力を得ながら、衆議院の解散・総選挙のタイミングを探ることにもなります。

 連立を組む公明党の山口代表との間では、一旦宙に浮いた東京での選挙協力を復活させることを確認し、9月4日に合意文書に署名しています。

 これまで支持率は一進一退だった岸田内閣が、内閣改造の機会を"ばね"にして安定度を増すのか。対する野党は次の衆議院選挙に向けて、若干なりとも足並みをそろえる方向に進むのか。

 まずは10月のNHK世論調査での、岸田改造内閣に対する有権者の評価に注目したいと思います。

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島田敏男
1981年NHKに入局。政治部記者として中曽根総理番を手始めに政治取材に入り、法務省、外務省、防衛省、与野党などを担当する。
小渕内閣当時に首相官邸キャップを務め、政治部デスクを経て解説委員。
2006年より12年間にわたって「日曜討論」キャスターを担当。
2020年7月から放送文化研究所・研究主幹に。長年の政治取材をベースにした記事を執筆。

調査あれこれ 2023年08月30日 (水)

関東大震災100年 ~地震と台風の「同時・時間差襲来」にどう備えるか~【研究員の視点】#502

メディア研究部(メディア情勢)中丸憲一

kantoudaisinnsaitunami_1_W_edited.jpg関東大震災の津波被害(気象庁ホームページより)

 2023年9月1日で、関東大震災の発生から100年になります。東京など首都圏を中心に約10万5,000人の犠牲者を出したこの大災害から学ぶべきことは多くあります。筆者は、元災害担当記者の経験を生かしながら、メディア研究の視点で、2023年9月1日発行予定の『放送研究と調査 』9月号に、「地震と台風の『同時・時間差襲来』にどう備えるか」というテーマで論考を執筆しました。詳細な内容はそちらをご覧いただくとして、このブログでは、論考で書き切れなかったことも含めて記述し、関東大震災の教訓とともに考えていきたいと思います。

【関東大震災の被害を代表する火災旋風 だが…】
 「関東大震災」というと火が竜巻のようになって人々に襲いかかる「火災旋風」を思い浮かべる人も多いと思います。東京の本所区(現:墨田区)にあり、空き地になっていた「被服廠(ひふくしょう)跡」で発生し、家財道具や荷物を持ちながら避難してきていた約4万人が犠牲になったとされます1)
 この「火災旋風」をはじめとして、各地で火災が発生し、延焼が拡大。火災による犠牲者は約9万人にのぼり、全犠牲者の約9割に達しました2)。 その数の多さに加え、火災旋風という非常にまれな現象が引き起こした災害とあって、関東大震災をメディアが取り上げるときには、「火災の延焼と火災旋風」がメインに据えられることが多いです。しかし関東大震災の被害は、それだけではありません。土砂災害や津波などでも多くの犠牲者が出ています。このため論考では、あえて火災の記述を大幅に省き、火災以外の災害について多く記述するようにしました。

【関東大震災は「複合災害」 原因の1つが「同時襲来した台風」】
 前述した火災もそうですが、神奈川県などで多発した土砂災害も、震災発生当日の朝に能登半島付近にあった台風が関係しているとされています。この台風の震災発生2日前からの動きを、気象庁に残されている当時の天気図で見てみます。

まず震災発生2日前の8月30日午前6時には、台風は九州南部の南西海上にあることがわかります。

tenkizu0830_2_W_edited.jpg8月30日午前6時の天気図(気象庁図書館所蔵)

震災発生前日の8月31日午前6時には、台風は九州北部付近にあります。このあとおおむね北東へ進みます。この影響で、神奈川県などでは山地を中心にかなりの雨が降りました。

tenkizu0831_3_W_edited.jpg8月31日午前6時の天気図(同上)

そして震災発生当日の9月1日午前6時には、台風は能登半島付近にあることがわかります。この台風による強風が火災を、前日からの大雨が土砂災害を引き起こした原因の1つになったとされています3)。つまり、関東大震災は、地震と台風が重なり「同時襲来」した複合災害だったといえます。

tenkizu0901_4_W_edited.jpg9月1日午前6時の天気図(同上)

【「同時襲来」を思い起こさせた『ある地震』】
 実は、この「同時襲来」は関東大震災だけではありません。統計がないので正確な数はわかりませんが、筆者は以下の2つのケースがあげられると考えています。1つは、2022年9月の台風14号です。猛烈な勢力で九州南部に接近し、気象庁は鹿児島県に「台風の特別警報」、その後、宮崎県に「大雨の特別警報」を発表しました。この特別警報が出ているさなかに、台湾付近を震源とする大地震が発生。沖縄県の宮古島・八重山地方に津波注意報が発表され、各メディアは、台風報道と津波注意報の伝達をほぼ同時に行わなければならなくなりました。
 もう1つは、2009年8月11日午前5時7分に駿河湾を震源として発生したマグニチュード6.5の地震です。静岡県内で最大震度6弱の揺れを観測。静岡県沿岸と伊豆諸島に津波注意報が発表され、静岡県内で実際に津波が観測されました。当時は「東海地震が予知できる」と言われていたころで、地震が発生した場所が東海地震の想定震源域内だったことから、このときの各メディアの報道は「東海地震との関連性はあるのか」という方向に集中しました(最終的に気象庁は「今回の地震は想定される東海地震に直接結びつくものではない」と発表した4))。当時、筆者は社会部の災害担当記者で、「東海地震との関連性」への取材にもあたりましたが、それ以上に記憶に残っていることがあります。それは、地震発生当時に本州の南海上にあった台風9号です。当時のニュース原稿には、地震発生時刻に近い午前5時の推定位置が、「和歌山県の潮岬の東南東160キロの海上」で東北東へ進んでいる、と書かれています。駿河湾にかなり近い場所に台風が接近していたのです。実際に、地震発生から約1時間半後の11日午前6時32分までの1時間には、強い揺れがあった静岡県伊豆市の天城山で76ミリの非常に激しい雨を観測しました。この台風は、地震発生2日前の9日から前日10日にかけて兵庫県や徳島県など西日本に大雨をもたらし、浸水や土砂災害などで大きな被害が出ていました5)。このため、地震発生は早朝でしたが、この台風への対応で複数の災害担当記者が出勤していて、地震と台風の原稿を手分けして書き続けました。
 今回、関東大震災100年について調査を進める中で、この2つの事例を思い起こし、「もっと大きな地震と猛烈台風が重なった場合、メディアは適切な情報伝達が可能なのか」という問いが浮かびました。筆者にとっては、これが論考を執筆する出発点となりました。また論考では、台風が時間差で襲来したために土砂災害が多発した2004年の新潟県中越地震や2018年の北海道胆振東部地震についても触れています。

【「台風+地震」の複合災害を独自シミュレーション】
 では、台風と地震の「同時・時間差襲来」で何が起きるのでしょうか。国や自治体による想定がない場合に、専門家による監修をもとに、災害の新たな危険性を伝えることも、メディアの重要な役割です。このため筆者はメディア研究者の立場から専門家に依頼して独自にシミュレーションを行いました。依頼したのは、津波防災に詳しい常葉大学の阿部郁男教授。神奈川県沿岸の一部地域を対象にして、先に台風が襲来して高潮による浸水が起こり、その後、地震が発生して津波が押し寄せるという「台風先行→地震後発型」で行いました。台風がまず近づき、その後地震が発生したという状況は、関東大震災もそうですし、前述の「2009年の駿河湾の地震」にもあてはまるからです。また、今回のシミュレーションでは、関東大震災と同じタイプの相模トラフのプレート境界を震源とする地震で、対象地域周辺で津波が最大となる断層モデルを使用しました6)。対象とした地域は人口が多く大勢の観光客も訪れます。東日本大震災以降、「想定外をなくすこと」が重要視されていることから、多くの人の命を守るために、あえて最大級のケースをもとに計算しました。

「高潮+津波」の浸水シミュレーション動画(画像提供:常葉大学 阿部郁男教授)
 

 シミュレーションを動画で見てみます。赤く塗られた部分が浸水したエリアです。最初の画面では対象範囲の中央付近を中心に高潮で浸水していることがわかります。そして動画が動き出すのと同時に地震が発生。地震から30分後以降に、画面右上の海側から次々に津波が押し寄せ、浸水が広がっていきます。シミュレーションの結果、最大で対象範囲の44%にあたる3.63平方キロメートルが浸水。「台風による高潮のみ」のケースに比べて最大浸水範囲が約2倍に広がりました。

prof.abe_5_W_edited.jpg常葉大学 阿部郁男教授

この理由として、阿部教授は、先に高潮が発生し、潮位がふだんより上がっているところに津波が押し寄せるので、高潮で浸水したエリアよりも広い範囲が浸水すると分析しています。そのうえで、「9月などの台風シーズンは、もともと潮位がかなり高く高潮が発生しやすい。その高潮のあとに津波が来るという想定は、これまでほとんどされてこなかった。ただ、台風と地震がほぼ同時に襲来した関東大震災の例を考えても、十分ありうる」と指摘しています。

【同時襲来想定は『パンドラの箱』 メディアに何ができるのか】
 こうした地震と台風の「同時・時間差襲来」による複合災害にどう備えればいいのでしょうか。また、メディアには何が求められるのでしょうか。
 筆者は、災害時の避難や防災情報に詳しい、京都大学防災研究所の矢守克也教授と議論を重ねました。詳細は論考に記載していますが、議論からは▼たとえば高潮を対象に指定していた避難所が、津波にも対応できるのかなど、避難所が複数の災害に対応できるか点検する必要があることや、▼自分の住んでいる地域の外に早めに逃げるなど、「他地域への積極的な疎開」についても今後は考えるべきだ、といった意見が出ました。

prof.yamaori_6_W_edited.jpg京都大学防災研究所 矢守克也教授

 議論の中で矢守教授は、「台風と地震は、1つだけでもかなり厳しい災害なのに、2つ同時に襲来するとなるとさらにシビアになる。これまで多くの防災関係者が見て見ぬふりをしてきた課題だと思う」と指摘。その上で「まさに『パンドラの箱』を開けるようなものだが、地球温暖化の影響や巨大地震の切迫度などを考えると、考え始めなければならない課題だ」とその重要性に言及しました。
 東日本大震災以降、「想定外をなくすこと」が、求められるようになりました。論考やこのブログで摘示してきたデータなどからは、地震と台風の「同時・時間差襲来」はもはや想定外とはいえないと思います。
 関東大震災から100年。『パンドラの箱』を開けてみることに意義があると考えます。そして「他地域への積極的な疎開」などの新しい避難の形を実現するためには、交通情報の迅速かつ正確な伝達の重要性などが、これまで以上に増すことが考えられます。住民の命を守るために、メディアとしてできることを考えていくことこそが、災害の教訓を生かすことだと確信しています。


1)武村雅之『関東大震災 大東京圏の揺れを知る』(2003 鹿島出版会)p13-16 および
『令和5(2023)年版防災白書』p4

2)2006年7月 中央防災会議 災害教訓の継承に関する専門調査会
「1923関東大震災報告書-第1編-」p4

3)武村雅之『関東大震災 大東京圏の揺れを知る』p13,図1
2006年7月 中央防災会議 災害教訓の継承に関する専門調査会
「1923関東大震災報告書-第1編-」p50

4)駿河湾の地震については、気象庁 災害時自然現象報告書2009年度 【災害時地震・津波速報】
平成21年8月11日の駿河湾の地震(東京管区気象台作成/対象地域 静岡県)を参照した。
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/books/saigaiji/saigaiji_200903.pdf

5)2009年台風9号については、気象庁 災害時自然現象報告書2009年度 【災害時気象速報】平成21年台風第9号による8月8日から11日にかけての大雨(対象地域 九州、四国、中国、近畿、東海、関東甲信、東北地方)を参照した。
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/books/saigaiji/saigaiji_200902.pdf

6)神奈川県「津波浸水想定について(解説)」記載の「相模トラフ沿いの海溝型地震(西側モデル)」を参照した。
https://www.pref.kanagawa.jp/uploaded/attachment/774580.pdf
また、国土地理院「重ねるハザードマップ」も参照した。
https://disaportal.gsi.go.jp/maps/?ll=35.012002,139.921875&z=5&base=pale&vs=c1j0l0u0t0h0z0

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【中丸憲一】
1998年NHK入局。
盛岡局、仙台局、高知局、報道局社会部、災害・気象センターで主に災害や環境の取材・デスク業務を担当。
2022年から放送文化研究所で主任研究員として災害や環境をテーマに研究。

★筆者が書いた、こちらの記事もあわせてお読みください
日本海中部地震から40年 北海道南西沖地震から30年 2つの大津波の教訓【研究員の視点】#494
1991年 雲仙普賢岳大火砕流から考える取材の安全【研究員の視点】#481
#473「災害復興法学」が教えてくれたこと
#460 東日本大震災12年 「何が変わり、何が変わらないのか」~現地より~
#456「関東大震災100年」震災の「警鐘」をいかに受け止めるか

調査あれこれ 2023年08月25日 (金)

朝のメディアに求めるものは?【研究員の視点】#501

世論調査部(視聴者調査)渡辺 洋子

 朝は必ず決まったテレビのチャンネルを見る、あるいは起きたらまず、好きなYouTuberの配信を確認するなど、毎日同じ時刻に特定のメディアを見るというような習慣はありますか?

 毎日の生活の中にメディアはどのように組み込まれているのか、そしてそれはなぜ使われているのでしょうか。
 調査からは、朝のメディア利用には、情報取得という目的に加えて、気分という要素も重要だということがみえてきました。
 世論調査のデータ、そしてオンラインインタビューで聞いた声をご紹介します。


 まずは、朝、決まって見たり聞いたりしているメディアについて、世論調査の結果をご覧ください。複数のメディアを使う人も多いと思いますが、ここでは「もっともよく利用するもの」を回答してもらっています。

朝:毎日、同じような時刻や状況で、決まって見たり聞いたりしているメディア
(もっともよく利用するもの)real-time-tv.png

※詳細な数値は『放送研究と調査』2023年8月号「朝のテレビ視聴減少の背景を探る~オンラインインタビューの発言から~」をご覧ください。

 「毎日決まって見たり聞いたりしているメディアはない」という人は全体では21%と、8割弱の人は何らかのメディアを決まって見たり聞いたりしていることがわかります。そして全体では、朝にもっとも利用するものとして、リアルタイムのテレビ放送を挙げた人が50%と、テレビが大きな存在感を占めています。
 もっとも利用しているメディアは性別や年齢で異なり、男性の30代以下ではリアルタイムのテレビ放送を挙げる人が3割以下と全体と比べて低くなっている一方、YouTubeは6~8%と全体(2%)と比べて高くなっています(男性30代:8%、男性16~29歳:6%)。また、SNSも全体では3%に過ぎませんが、男女の16~29歳では17~18%でした。

 30代以下では、朝、習慣としてYouTubeやSNSをもっとも使うという人が、他の年層より多くを占めていることがわかります。


 では、具体的にYouTubeやSNSは、朝の生活シーンの中でどのように使われているのでしょうか。19~39歳の方々にオンラインインタビューで朝のメディア利用を聞いた様子をご紹介します。

 まずは、朝起きてすぐにSNSを見る方の声です。

【女性29歳 パート・アルバイト】
(今朝、起きてからの時間の過ごし方は)
  8時半くらいに目覚ましのアラームで起きて、10分くらい二度寝をした。
  布団の中でTwitterを見て、起きて朝ご飯を食べたり、着替えたりして、今に至る。

(朝いちで立ち上げるのは必ずTwitterか)
  ほぼTwitter。

(Twitterではどんな情報を見ているのか)
  フォローしている人のタイムライン見たりTwitterのトレンドを見たりしている。

(寝ながらTwitterのチェックとのことだが)
  中身を見るというよりは、眠気覚まし的に見ている感じ。

(どんなところが眠気覚ましとして働いているのか)
  情報量がほぼないつぶやきが多いので、すぐに頭に入ってくる。

【女性34歳 主婦】
(布団の中で何かメディアを見ていたか)
  スマホでネットニュースとLINEとInstagramを見ていた。

(それぞれどんな目的でどんな気分で見ていたか)
  ネットニュースは新しいことが起きていないかとチェックする習慣がある。
  Instagramも暇さえあれば開いちゃう習慣になっている。

(LINEは何を見ているか)
  友人から来ていたLINEと、公式のアカウントで登録しているものを見ていた。

(ベッドの中でゴロゴロしながら見るインスタ、LINEはどんな助けになっているか)
  目を覚ますため。ちょっと気分転換になる。

【男性36歳 会社員】
(起きてから触れたメディアは)
  インスタ。あとはLINE。

(何を見たのか)
  LINEはメッセージが来ていたのでその確認。インスタは完全に暇つぶし。まだ起きたくないと。

(布団の中で見ていたのか)
  そう。

(インスタで具体的に見ていた内容は、流し見だったか)
  暇つぶしで本当に流し見だった。

(朝の気分の何がインスタやLINEに合っているのか)
  まだ起きたくない葛藤があり、そのためにインスタとかLINEとかをチェックしている。
  まだちょっと起きるには体がだるい。だるさから起きようと思う気持ちまでのつなぎ

(インスタLINEから得られる情報がどんなものだからか)
  情報がというよりも見る行為、光を目に浴びているから。それが目を強制的に起こしている感じだと思う。

 3人とも、朝布団の中でSNSを見ています。情報を取得するというより、まだ覚醒しきっていない状態で、いつも利用するSNSをタップして画面を眺めているという状況が見受けられます。友人からのメッセージを確認する人もいますが、どちらかというと、目が覚める状態に持っていくまで、頭と体に負荷をかけずに一定の時間を過ごすための道具として使われている様子がうかがえます。

 SNSは1日の生活のさまざまな時間帯で使われていますが、寝起きの場面では、頭が完全に起きていない中、内容を楽しむというより、朝までに起きたことや寝ている間に届いたメッセージを確認したり、あるいはただなんとなく眺めたりするために使われていることがわかります。


 続いて、朝に習慣としてYouTubeを見ている方の声です。

【男性25歳 会社員】
(朝食を食べながらYouTubeと書いてあるが、好きなYouTuberとして直近では何を見ていたか)
  芸人の霜降り明星が好きで、それを見ていた。結構、朝はほぼ毎日の習慣と言ってよいほどに見ている。
  更新が結構1日ごとにあるので、毎回面白いし見ている。

(ヘビーなネタが多いかと思うが、朝に見るのか)
  笑う要素があり、気分も楽しくなってくる。

(寝床で朝ゴロゴロしながら見ている動画はどんな役割を果たしているか)
  気分を上げるもの。

(望ましい内容は)
  お笑いとかで気分を上げていくのが一番望ましい

【女性25歳 会社員】
(朝は目についたYouTubeをテレビで見ているのか)
  そう。

(お笑い系が多いか)
  これ(YouTubeの【食の雑学2chスレ】)はお笑い系というより、外のサイトで一般人が討論、文章ですごいやりあったものをまとめて音声で流すようなチャンネルで、画面を見なくても良いのが一番のメリット

(選びたくなる内容は)
  本当に何でも良いけど、ライフハックとか、こういう牛丼700日食べたとかの挑戦とか、面白い感じが良い

(出かけるまでの時間がどんな時間だから、ライフハック、チャレンジ系が聴きたくなるのか)
  とりあえず楽しい気分になりたい。ニュースとかよりも面白いとか、楽しい気持ちになれるものを選ぶ傾向にある。

(朝のメディア視聴、動画を見たり聴いたりしている時間はどんな時間なのか)
  朝の時間は自分の1日のテンションを上げるような時間にしたい

(そのために必要な要素は)
  やはり動画や音楽など受け取れるので、自分はすごく楽しい、頑張ろうと思えるコンテンツを見る。東海オンエアとか読み上げ系。


 この2人に共通しているのは、1日が始まる朝、気分を上げたりテンションを上げたりすることを求めて、楽しい気分になるコンテンツを選択しているということです。それぞれ、面白いと思うコンテンツの内容は異なりますが、YouTubeの幅広いコンテンツはこうした個々の好みやニーズに応えるものとして使われていることがわかります。

 今回のインタビューからは、朝のメディア利用では「起きようと思う気持ちまでのつなぎ」だったり「テンションを上げるもの」だったり、その時々の気分に応じたコンテンツが求められているということがわかりました。
 もちろん、朝のメディア利用には情報性も重要な要素です。前述の世論調査の自由記述からも、朝は、世の中の動向や自分の関心ごとを確認し、最新の情報に更新するためにメディアに接するケースが多いことがわかっています。インタビューでも、出かける前にその日の天気や交通情報、最新のニュースをリアルタイムのテレビ放送やニュースアプリなどから得ているという声がありました。
 しかし、それだけではなく、朝の生活に寄り添うメディアとなるには、そのシーンに応じた気分を満たすということも重要だと言えるのではないでしょうか。

『放送研究と調査』2023年8月号「調査研究ノート・朝のテレビ視聴減少の背景を探る~オンラインインタビューの発言から~」では、こうしたインタビューでの発言を基に朝のメディア利用について考察しています。ぜひご覧ください。

『放送研究と調査』2023年7月号「コロナ禍以降のメディア利用の変化と,背景にある意識~「全国メディア意識世論調査・2022」の結果から~」


おススメ記事
『放送研究と調査』2023年7月号
「コロナ禍以降のメディア利用の変化と,背景にある意識~「全国メディア意識世論調査・2022」の結果から~」
https://www.nhk.or.jp/bunken/research/yoron/20230701_5.html
『放送研究と調査』2023年8月号
「調査研究ノート 朝のテレビ視聴減少の背景を探る~オンラインインタビューの発言から~」
https://www.nhk.or.jp/bunken/research/yoron/20230801_4.html

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【渡辺洋子】
2001年NHK入局。仙台放送局、千葉放送局でニュースなどの企画制作、国際放送局でプロモーション・調査を担当。
放送文化研究所では視聴者調査の企画・分析に従事し、国民生活時間調査は2005年から担当している。
共著『図説日本のメディア[新版]』『アフターソーシャルメディア 多すぎる情報といかに付き合うか』など。

調査あれこれ 2023年08月01日 (火)

あなたはコンテンツや情報にお金を払いますか?【研究員の視点】#500

世論調査部(視聴者調査)渡辺 洋子

 インターネットで面白そうだと記事を読み始めたら、「ここから先は有料」の文字・・・。
 あるいは、面白そうな動画を見つけ、見たいと思ったら有料だった

 みなさんは、このような経験をしたことはありませんか。
 こうした時、あなただったらどうしますか。
 お金を払ってでも見る? それとも、お金を払ってまでは見ない?

 世の中の人は、どうなのでしょうか。
 NHKが行った世論調査をもとに、考えてみようと思います。

 こちらは「全国メディア意識世論調査・2022」で、映像コンテンツや情報にお金を払うことについて、どのように思うかを尋ねた結果です(図1)。

図1 お金を払うことに対する意識
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「映像コンテンツ」と「情報」のそれぞれについて、お金を払ってでも見たい(手に入れたい)かどうかを尋ねたところ、「好きな番組や動画なら、お金を払ってでも見たい」と答えた人が35%、「自分の知りたい情報は、お金を払ってでも手に入れたい」と答えた人が31%で、お金を払ってでも見たい、あるいは手に入れたいという人はともに3割台でした。※「どちらかといえば」を含む

 一方、お金を払ってまで見たい、あるいは手に入れたいと思わないと答えた人が6割以上を占めていて、
好きな番組や動画、自分の知りたい情報に対して、お金を払ってまで見たい、手に入れたいという人は多くないことがわかります。

 回答者全体では、このような結果となりましたが、年齢による違いはあるのでしょうか?
 年層ごとの結果を示したのが下のグラフです(図2)。

図2 お金を払うことに対する意識(年層別)graph2_1_ishiki.pnggraph2_2_ishiki.png

 映像コンテンツでも、情報でも、若い人たちほどお金を払ってでも、見たい、あるいは手に入れたいという意識が強い傾向がみられます。
 特に16~29歳では、「好きな番組や動画なら、お金を払ってでも見たい」と答えた人が52%と半数を超えていて、自分の知りたい情報に対する「お金を払ってでも手に入れたい」の38%よりも高く、「映像コンテンツ」に対して、よりお金を払ってでも見たいという意識が強いことがうかがえます。
 この背景には、何があるのでしょうか。

 いくつか要素が考えられますが、そのうちの1つは、メディアの効用の重要度、つまり自分が重要だと思っている目的や場面に対して、どのメディアがもっとも役に立っていると思うかという意識の違いです。

 まず、下の表に示した「世の中の出来事や動きを知ること」「感動したり楽しんだりすること」などの項目について、それぞれどの程度重要だと思うかを尋ねました。
 「世の中の出来事や動きを知ること」を「とても重要」と回答した人の割合は、16~29歳を除いたどの年層でも、もっとも高い項目の1つで半数を超えています。

 ところが16~29歳では、上位を占めたのは「感動したり、楽しんだりすること」(59%)、「生活や趣味に関する情報を得ること」(51%)、「癒やしやくつろぎを感じること」(49%)で、「世の中の出来事や動きを知ること」は半数に至らず(42%)、4番目でした。

 若年層では「世の中の出来事や動きを知ること」よりも「感動したり、楽しんだりすること」のほうが、重要度が高いと考えている人が多いことがわかります。

表 効用の重要度 (「とても重要」と回答した人の割合)(年層別)chart_kouyou.jpg

 次に、16~29歳で高かった「感動したり、楽しんだりすること」について、どのメディアがもっとも役に立っていると思うか、回答結果をみていきます(図3)。「テレビとYouTube、どんなときに役に立っている?【研究員の視点】#499」参照

 16~29歳では、「感動したり、楽しんだりするうえで」もっとも役に立っていると思うメディアとして、YouTubeが42%で、テレビなど他のメディアを大きく引き離す結果となりました。

 また、YouTubeには及ばなかったものの、テレビやYouTube以外のインターネット動画が続いていて、上位3つはすべて映像メディアとなっています。

図3 「感動したり、楽しんだりするうえで」もっとも役に立っているもの(16~29歳)graph3_media.png

 ここまでみてきたように、若年層にとっては、「感動したり、楽しんだりすること」が重要だと思う人が多く、さらに、その「感動したり、楽しんだりするうえで」、YouTubeをはじめとした映像コンテンツがもっとも役に立つと考えている人が多いため、若年層で特に映像コンテンツに対して、お金を払ってでも見たいという意識が強いという結果になったと考えられます。

 さらに、こうした若年層の意識を知る上で、もう1つポイントになる結果を紹介します。
 それは「好きなものに対する意識」です(図4)。

 「好きになったものには、とことんのめり込む」ことや、「好きなものだけに囲まれて過ごしたい」と思うことについて、あてはまるかどうかを尋ねたところ、若年層ほど、「あてはまる」と答えた人の割合が高くなる傾向が出ています。※「とてもあてはまる」「まああてはまる」の合計

図4 好きなものに対する意識(年層別)graph4_1_favorite.pnggraph4_2_favorite.png※ピンクの文字は、「とてもあてはまる」「まああてはまる」の合計

 このように、若年層ほど、好きなものにのめりこんだり、好きなものだけに囲まれて過ごしたりしたいという思いが強く、そうした意識が、好きな番組や動画に対して、お金を払ってでも見たいという結果につながっているのではないかと考えられます。

 今回のブログでは、年層によって、メディアに対する意識の違いやお金を払ってまでみたいと思う意識の違いをみてきましたが、「放送研究と調査7月号」では、紹介した結果以外にも、コロナ禍以降のメディア利用の変化や、人々の意識とメディア利用の関係について、詳しく報告していますので、ぜひご覧ください。

おススメ記事
2023年7月号
コロナ禍以降のメディア利用の変化と,背景にある意識
~「全国メディア意識世論調査・2022」の結果から~
https://www.nhk.or.jp/bunken/research/yoron/20230701_5.html

2022年8月号
テレビと動画の利用状況の変化,その背景にある人々の意識とは
~「全国メディア意識世論調査・2021」の結果から~
https://www.nhk.or.jp/bunken/research/yoron/20220801_8.html

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【渡辺洋子】
2001年NHK入局。仙台放送局、千葉放送局でニュースなどの企画制作を担当。
放送文化研究所では10年以上にわたり視聴者調査の企画・分析に従事。国民生活時間調査は2005年から担当。
共著『図説日本のメディア[新版]』『アフターソーシャルメディア 多すぎる情報といかに付き合うか』など。

調査あれこれ 2023年07月31日 (月)

テレビとYouTube、どんなときに役に立っている?【研究員の視点】#499

世論調査部(視聴者調査)行木 麻衣

 みなさんは、世の中の出来事や動きを知りたいと思ったとき、テレビを視聴しますか。新聞を読みますか。それともインターネットの検索サイトを見ようと思いますか。あるいは、癒やされたり、くつろいだりしたいと思ったときは、どのメディアを利用しようと思いますか。

 文研では、人々がどのようにメディアを利用しているのか、その背景にある意識は何か、2020年から「全国メディア意識世論調査」を実施しています。今回は、2022年の「全国メディア意識世論調査」から、メディアの効用、つまりそれぞれの目的ごとに、どのメディアがもっとも役に立つと思うかを尋ねた結果をご紹介します。

 まず、回答者全体の結果をみると(図1)、一番上の「世の中の出来事や動きを知る」ときはテレビが59%と半数を超え、もっとも役に立つと評価されています。また、グラフの2番目「感動したり、楽しんだりする」からグラフの下から2番目の「人のぬくもりを感じる」までについても、テレビに対する評価は、ほかのメディアと比べ、もっとも高くなりました。一方、テレビ以外で、どのメディアを利用しているかをみると、赤色のYouTubeは、グラフの真ん中ほどにある「癒やしやくつろぎを感じる」「退屈しのぎをする」で、テレビに迫っています。

graph1_media.png

 全体でみると、多くの目的で、テレビがもっとも役に立っていると評価を受けていましたが、これを16~29歳の若年層に限ってみると、異なった様相がみられます(図2)。 全体の回答でテレビが6割ほどを占めていた「世の中の出来事や動きを知る」は、テレビが31%、Twitterが22%で、テレビとTwitterの間に有意差はなく同程度となっています。「癒やしやくつろぎを感じる」はYouTubeが51%と半数を超え、もっとも評価されています。また、「感動したり、楽しんだりする」「生活や趣味に関する情報を得る」「退屈しのぎをする」も、YouTubeがもっとも役に立つと評価されていました。

graph2_media.png

 16~29歳では、「癒やしやくつろぎを感じる」という目的のときに、YouTubeがテレビを大きく上回って半数以上を占めました。この「癒やしやくつろぎを感じる」について、16~29歳以外のほかの年層がどのように思っているのかをみてみます(図3)。テレビは年層が高くなるほど評価が高く、反対にYouTubeは年層が低いほど評価が高く、対照的な結果となっています。この中間にあたるのが40~50代で、テレビとYouTubeが同程度でした。

graph3_fealing.png

 このように、16~29歳では、テレビよりもYouTubeから癒やしやくつろぎを感じている人が多いですが、具体的にはどのような状況や場面で、どのようなコンテンツを見ているのでしょうか。今回の調査に関連して、2023年3月に30代以下の男女18人を対象に、オンライングループインタビューを行いました。その中での発言をいくつかご紹介します。

「癒やしやくつろぎを感じるうえで」(女性28歳 会社員)
(休日の朝にのんびりと、YouTubeでモデルの動画を見るときは)
「すてきなライフスタイルを送っていて憧れじゃないけど、そういう気持ちになれるのでなんか気分が高まる。それが自分のまったりしたい気分、のんびりしたい気分に合っているのかな。」

(女性29歳 パート・アルバイト)
(休日の朝、ご飯のあと、ソファでTwitter、パソコンでYouTube。YouTubeでは)
「このときは流し作業的な感じで、アーティストのライブ映像を流していたと思う。」


 時間に余裕があるときに、YouTubeで好きな動画を見たり、音楽を聴いたりしながら、のんびりとした時間を過ごしている様子がわかります。

 ここまでみてきたように、全体でみれば、テレビは「世の中の出来事や動きを知る」だけでなく「感動したり、楽しんだりする」「人と共通の話題を得る」など多くの目的や場面で、多くの人にもっとも役に立っていると思われています。一方で、16~29歳で顕著にみられたように、「感動したり、楽しんだりする」「癒やしやくつろぎを感じる」「生活や趣味に関する情報を得る」「退屈しのぎをする」といった場面では、その目的にかなう動画や情報をその場で見ることのできる、YouTubeを役に立っていると思う人が多くみられ、役に立っていると思うメディアが多様化している現状を垣間見ることができました。

 『放送研究と調査』2023年7月号では、今回ご紹介したメディアの効用をはじめ、メディアの利用実態、メディア利用と意識などについて、「全国メディア意識世論調査・2022」の結果をご紹介しています。
コロナ禍以降のメディア利用の変化と、背景にある意識~「全国メディア意識世論調査・2022」の結果から~
どうぞ、ご覧ください。

【行木麻衣】
2013年からNHK放送文化研究所で視聴者調査の企画や分析に従事。
これまで、全国個人視聴率調査、幼児視聴率調査、全国メディア意識世論調査などを担当。

調査あれこれ 2023年07月21日 (金)

動画配信サービスに見る 沖縄「慰霊の日」の地域放送番組【研究員の視点】#498

メディア研究部 高橋浩一郎

はじめに
 6月23日は慰霊の日です。この時期には例年沖縄戦を伝える番組が集中して放送されます。今年も全国向け、ローカル含めさまざまな番組が放送されました。本ブログでは、これまで沖縄県以外では見ることができなかった地域放送番組が動画配信サービスによって視聴可能になった現状を受け、NHKプラス、TVer、YouTube、各社ホームページで確認できる沖縄戦関連の地域放送番組を概観し、こういった状況が今後開いていく可能性と課題について考察します。

戦後78年の慰霊の日
 地域放送番組に言及する前に、全国向け番組の全体状況を概観します。今年6月23日の慰霊の日に地上波テレビでどれくらい関連報道がなされたのか、「沖縄戦」をキーワードにメタデータ(PTP社の全録型HDD「SPIDER PRO」による)を収集し報道量を算出しました。各局の報道量を比較すると局ごとに大きな差があることがわかります。
 NHKでは『おはよう日本』『ニュース7』『ニュースウオッチ9』『時論公論』などで、日本テレビでは『news every.』『news zero』などで、テレビ朝日では『大下容子ワイド!スクランブル』『スーパーJチャンネル』『報道ステーション』などで、TBSでは『ひるおび』『Nスタ』『news23』などで、テレビ東京では『ゆうがたサテライト』で、フジテレビでは『Live Newsイット!』などで、慰霊の日のニュースや関連企画を放送しました。

tv_graph_1_.png

 なお、6月23日以外に沖縄戦を伝えた番組として、TBS『報道特集』(6月17日/沖縄戦終焉(しゅうえん)の地・糸満市摩文仁に「平和の礎(いしじ)」が作られた経緯などを振り返ることで、戦没者を慰霊することの意味を問いかけた)や、『ETV特集 置き去りにされた子どもたち~沖縄 戦争孤児の戦後~』(6月24日/国や社会の支援がないまま過酷な人生を強いられた戦争孤児たちの戦後を描いた)、『NHKスペシャル 戦い、そして、死んでいく』(6月25日/アメリカ議会図書館に保管されていた海兵隊の音声記録を元に「あらゆる地獄を集めた」と言われる沖縄戦の実相を描いた)などが放送されました。

沖縄ローカル番組の配信状況
 全国向けに放送された「慰霊の日」関連のNHK・民放の番組は上記のとおりですが、これ以外にも沖縄でNHKと民放が県内向けに番組を放送しました。こうした番組は従来、基本的には沖縄県内で視聴できるだけでしたが、動画配信サービスの広がりによって県外でも見られるようになっています。ここでは沖縄の民放3局に関し、6月28日時点でTVer(在京民放キー局、準キー局、準キー局以外の系列局などが制作した番組を一元的に視聴できる動画配信サービス)やYouTube、各社ホームページで視聴できた番組について述べます。

【OTV沖縄テレビ】
 OTV沖縄テレビは6月23日当日、沖縄全戦没者追悼式の模様をオンライン中継し、その前後に過去に放送されたドキュメンタリー『むかし むかし この島で』(2005)やニュースで過去に放送された企画などを挟み、およそ2時間半にわたってYouTubeで生配信しました。
 『むかし むかし この島で』は『サンマデモクラシー』(2021)などのドキュメンタリー映画の監督でもある山里孫存さんが2005年に手がけた番組です。沖縄戦の記録フィルムの検証を続ける作家・上原正稔さんの活動に共感した山里さんは、1年半にわたって県内各地で上映会を開き、当時のフィルムに映っている人と場所を特定していきます。アーカイブ映像を戦争の悲惨さを伝える手段としてではなく、それぞれかけがえのない誰かの物語が刻まれた記録として丁寧に読み解き、視聴者と同じように当たり前に暮らしていた人たちが体験した沖縄戦を描き出しています。20年近く前の番組ですが、慰霊の日の数日前からYouTubeで公開され7月20日現在で14万回以上視聴されています。1)

mukashi_2_W_edited.jpgYouTubeより

【RBC琉球放送】
 RBC琉球放送もOTV同様追悼式を中継で配信したほか、6月21日に県内で放送された特別番組『池上彰も知らない慰霊の日のこと』をTVerで配信しました。(あわせて昨年放送された『池上彰と復帰50年を総決算スペシャル』も配信。ともに配信終了)ジャーナリストの池上彰さんとRBCの仲村美涼アナウンサーが司会を務め、4人のゲストをスタジオに招き、VTRを交えながら進行するという構成で、サムネイル画像を見る限りではバラエティー番組のように見えます。しかし実際に見てみると、辺野古の新基地建設や南西諸島の自衛隊配備など、沖縄戦が過去の出来事ではなくさまざまな形で現在につながっていることを伝える報道番組でした。
 その中で、池上さんが自衛隊の駐屯地が開設された石垣島を取材したVTRを受け、ゲストの新城和博さん(沖縄の出版社ボーダーインク編集者)は次のようにコメントしました。「70年前の戦争を考えると、防衛ラインを引くっていうのは、その防衛ラインを守るのではなくて、その背後を守ろうとしているんですね。その背後って何だろうか。少なくとも我々はそういうところの犠牲になりたくないですね」。もし自分が沖縄に暮らし、身近に沖縄戦の体験者がいたら、このように感じるのは当然ではないでしょうか。RBCの担当者によると、全国的に知名度のある池上さんを司会として起用しているのは、沖縄県内向け放送としてだけではなく、動画配信によって多くの本土の人に見てもらいたいという意図が込められているということです。2)

ikegami_3_W_edited.jpgTVerより

【QAB琉球朝日放送】
 QAB琉球朝日放送は6月23日に、平日夕方に放送している地域向けニュース情報番組『キャッチ―』内で「慰霊の日特別編」として30分番組を放送、その後動画を番組HPで公開しました。『キャッチ―』は通常、16時台の第1部(情報番組)、18時台の第2部(ニュース)に分かれており、出演者もそれぞれ異なります。今回の特別番組では、第1部MCのタレント・東江万那美さんとお笑い芸人・金城晋也さんが番組第2部の司会の中村守アナウンサーと一緒に沖縄戦について考えるという内容で、ニュース番組だけではなく、普段の暮らしの中で自分に引き寄せてほしいというねらいが感じられました。
 中でも印象的だったのは、若い世代の演劇人が戦争体験を語り継ぐ創作劇に取り組む姿を取材した企画でした。11歳の時に日本兵によってスパイ容疑をかけられ殺されそうになったという、宜野湾市の大城勇一さんの実体験を元に、劇団O.Z.Eの永田健作さんは『平和劇』というタイトルの作品を作り上げます。6月に行われた公演には体験者である大城さんも立ち会いましたが、公演後、大城さんは劇団員たちの苦労をねぎらったうえで、自分が体験した苦しみや悲しみには到底及ばず「がっかりした」と率直に伝えました。大城さんの厳しい言葉に永田さんたちはぼう然としながらも、直接言葉をもらえたことを「これからの活動にプラスになる」と前向きにとらえ、大城さんも「次はもっといい劇を作ってほしい」と激励しました。
 実際にその場にいた人にしかわからない体験を、当事者以外の他者が想像し表現することには限界があります。一方わからないから何もしないのではなく、わからないからこそわかろうと努力しなくてはならないこともあります。沖縄戦から学ぶとはどういうことなのか、その大切さと難しさが予定調和でない形で伝わる企画でした。3)

qab_4_W_edited.jpgQAB番組ホームページより

NHKプラスに見る各地の番組
 NHKプラス(NHK総合・Eテレの常時同時配信・見逃し番組配信サービス)ではこれまで各県域でしか見ることができなかった数多くの地域放送番組が視聴可能になっています。まず沖縄では慰霊の日当日の番組として、平日夕方に放送されるニュース番組『おきなわHOTeye』(県内各地の追悼の様子や記憶の継承をテーマとした特集企画を伝えた)や、ドキュメンタリー『流転~沖縄 引き裂かれた集落~』(九州沖縄管内/米軍の土地接収によりブラジル移住を強いられた宜野湾市の伊佐浜住民の人生を描いた)、『ザ・ライフ 平和のバトン託し続けて~元学徒・中山きくさんの生涯~』(九州沖縄管内/後述)などを見ることができました。(いずれも配信終了)
 沖縄以外では、北海道『ほっとニュース北海道』、名古屋『まるっと!』、広島『お好みワイドひろしま』、宮崎『てげビビ!』、鹿児島『情報WAVEかごしま』などのニュース情報番組で沖縄戦や慰霊の日に関連する企画が確認できました。中でも広島放送局の『お好みワイドひろしま』は、原爆ドーム近くで沖縄戦の犠牲者を追悼する様子を中継したり、平和の礎に新たに広島県出身者296人の名前が刻まれたニュースなどを伝えたりしたほか、「沖縄戦 平和のバトン」という企画を放送しました。被爆と地上戦という違いはありますが、同じように多くの犠牲者を出した広島と沖縄のつながりを感じさせました。
 企画の「沖縄戦 平和のバトン」は九州沖縄管内で同日放送された先述の『ザ・ライフ “平和のバトン”託し続けて~元学徒・中山きくさんの生涯~』の素材を広島局で独自に編集したものです。沖縄局のクルーが番組の取材に訪れることを知り、広島に特化した形のニュース企画として編集したそうです。ここでは広島局の企画の元になった『ザ・ライフ』について説明します。この番組は今年1月に94歳でなくなった沖縄戦の語り部の中山きくさんの生涯を、甥(おい)でタレントの津波信一さん(沖縄局の地域放送番組『きんくる』MC)がたどるという内容です。中山さんは元白梅学徒隊の一人で、苛烈な地上戦の体験を全国から訪れる若い世代に語り続けましたが、戦後長らく自らの体験を話そうとはしなかったといいます。中山さんがどうして年に数十回に及ぶ講話をするようになったのか。そのきっかけは夫の転勤で広島に引っ越し、そこで被爆者たちの活動を目にしたことにありました。「自分たちが経験した悲惨な思いを繰り返させない」という広島の被爆者たちの思いは、沖縄戦の当事者である中山さんを突き動かします。「思っているだけでは平和は来ない。何か行動をすることが大切ではないか」中山さんが語り部になったきっかけを知った津波さんも、濃淡はあれやはり当事者の一人であることを改めて意識します。そして番組を見た視聴者も間接的ではありますが、バトンを託された者として無関係ではないと感じさせる番組です。4)

nhkplus_5_W_edited.jpg『ザ・ライフ“平和のバトン”託し続けて~元学徒・中山きくさんの生涯~』番組ホームページより

地域放送番組が地域外で見られること
 ここまで動画配信サービスを通じて、沖縄戦や慰霊の日を伝えた沖縄の民放とNHKの各地域のローカル番組を見てきました。沖縄の民放局の取り組みでは、デイリー番組の出演者が自分のこととして沖縄戦を考える企画や、著名人に出演してもらい広く関心を喚起しようとする番組、アーカイブ番組の活用など、多様なアプローチがありました。またNHKプラスでは、沖縄以外の地域で作られた関連企画を通して、全国向け放送からはわからない地域間のつながりを確認することができました。
 NHK放送文化研究所が2022年に行った「復帰50年の沖縄に関する意識調査」の結果によると、6月23日が「慰霊の日」であることを知っている割合は、沖縄が92%なのに対し、全国は27%にとどまるなど、沖縄戦に対する認識には沖縄と本土の間で差があります。これまで沖縄県内にとどまっていた地域放送番組が動画配信によって県外でも視聴可能になる状況は、沖縄戦とその結果としてもたらされた基地問題について、本土の人々の理解を深めることにつながります。実際にどのくらい見られているか俯瞰的に判断できる材料はありませんが、YouTubeで公開された『むかし むかし この島で』が14万を超える視聴回数を記録しているように、全国放送されなくても動画配信によって少なくない人に見てもらえる可能性があります。また、今回はNHKプラスでしか確認ができませんでしたが、沖縄以外の地域で関連企画が放送されていることを相互に参照できるようになれば、広島と沖縄の例のように、今後地域どうしのさまざまな連携が生まれることも期待できます。
 一方で、TVerにしてもNHKプラスにしても、視聴できる期間も番組も限定されており、すべての番組が見たいときに見られるわけではありません。特にTVerで視聴可能な地域放送番組は数としては増加しているものの、バラエティー番組やドラマが多く、単発のドキュメンタリー番組や報道番組はほとんどありません。確実により多くの人に届けるには各放送局は単独ではなく、複数のプラットフォームの活用を視野に入れるなどさまざまな取り組みが求められます。
 今後、沖縄と本土の意識の差を埋めるどのような試みがなされるのか、地域放送番組の動画配信サービスの動向を注視していきたいと思います。


1) https://www.youtube.com/watch?v=l0-oq8BUd8M
 https://www.fujitv.co.jp/b_hp/fnsaward/14th/05-330.html

2) https://www.rbc.co.jp/tv/tv_program/ikegami_ireinohi/

3) https://www.qab.co.jp/movie/movie/catchy230623

4) https://www.nhk.jp/p/ts/9RZY9ZG1Q1/episode/te/Q8RG52VY92/

調査あれこれ 2023年07月11日 (火)

夏、視界不良気味の岸田内閣 ~無党派層と若い世代の支持率低迷~【研究員の視点】#497

NHK放送文化研究所 研究主幹 島田敏男

 安倍元総理が遊説中に凶弾に倒れてから1年。命日の7月8日、岸田総理大臣は安倍氏をしのぶ会合で「あなたから受け継いだバトンを、しっかり次の世代へと引き継いでいく」と強調しました。

 安倍元総理の下で5年近く外務大臣を務め、安倍氏が首脳外交にかけた情熱をよく知る岸田総理は、3日後の11日朝、NATO (北大西洋条約機構)首脳会合に出席するためリトアニアに向かいました。NATOの加盟国ではない日本の総理大臣がこの会議に出席するのは、ロシアのウクライナ侵攻を受けて開かれた昨年の首脳会合に続いてのことです。

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 5月のG7広島サミットを終え「それなりの成果はあった」と総括していた岸田総理ですが、その後の報道各社の世論調査では軒並み内閣支持率が低迷し、内政・外交すべてに注がれる国民の視線には厳しいものがあります。

 7日(金)から9日(日)にかけて行われた7月のNHK電話世論調査も、そうした傾向と同様の結果になりました。

☆あなたは岸田内閣を支持しますか。それとも支持しませんか。

  支持する   38%(対前月-5ポイント)
  支持しない   41%(対前月+4ポイント)

2月から5月にかけて4か月連続で上向いていた内閣支持率が、6月、7月と連続して低下。「支持する<支持しない」になったのは、ことしの2月以来です。

 この1か月の間に内閣支持率がどこで低下しているかを詳しく見ると、与党支持者の微減、野党支持者の横ばいと比べて、無党派層の支持率が18%にとどまり前の月より9ポイント下がっているのが目立っています。

 また、年代別に見ると18歳~39歳の若い世代で前の月より8ポイント減、60歳代で10ポイント減という変化が出ています。

 では、こうした内閣支持率低下の要因になっているのは何か?今月の調査で国民の不評をかっている傾向が浮かび上がったのがマイナンバーカードの利用拡大に関する政府の方針です。

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☆政府はマイナンバーの利用範囲を拡大する方針です。あなたはこの方針に賛成ですか。反対ですか。

  賛成   35%
  反対   49%

反対がほぼ半数に上っています。これを詳しく見ると、与党支持者では賛成が反対をやや上回っているのに対し、野党支持者と無党派層では6割近くが反対と答えています。

☆政府は来年秋に今の健康保険証を廃止し、マイナンバーカードと一体化させる方針です。今の健康保険証を廃止する方針についてどう思いますか。

  予定通り廃止すべき   22%
  廃止を延期すべき   36%
  廃止の方針を撤回すべき   35%

「廃止を延期すべき」と「廃止の方針を撤回すべき」を合わせた、政府方針に待ったをかける答えが合わせて7割に達しています。この質問では与党支持者でも待ったをかける答えが7割近くに上り、野党支持者、無党派層はそれ以上に厳しい数字になっています。

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 マイナンバーカードの利用促進を掲げる河野デジタル担当大臣は、相次ぐトラブルを受けて、秋までにすべてのデータの総点検を行って対応するので、方針を変更する考えはないとしています。

 しかし、そもそもマイナンバーカードの利用拡大は、政府や自治体の側の行政効率化のために発想された政策です。確かに利用者にとっても便利になる面はありますが、「デジタル弱者」と呼ばれる高齢者などに対する配慮が十分でない点は大きな問題です。

 河野大臣は今の健康保険証を廃止した後も、経過措置を設けるので問題はないと言いますが、デジタルの世界とは無縁の高齢者やそうした高齢者を抱える家族にとっては大きな不安材料になります。

 ロシアのウクライナ侵攻の後、首脳外交に対する注目度が高まり、岸田総理は安倍元総理に劣らぬ情熱を傾けているように見えます。しかし、どうも政権運営の足元が危うい印象が拭えません。

 さらにもう一つ、岸田内閣が大きな看板を掲げる「異次元の少子化対策」についても、国民の期待感は薄いようです。

☆少子化対策について、政府は今後3年間をかけて年間3兆円台半ばの予算を確保し、児童手当の拡充策などに集中的に取り組む方針です。あなたはこの少子化対策の効果に期待していますか。期待していませんか。

  期待している   33%
  期待していない   62%

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全体の6割以上が期待していないというのは、岸田内閣にとって極めて厳しい数字でしょう。これを年代別に見ても、子育て世代にあたる18歳~39歳、40歳代でも、期待しているは3割台にとどまっています。

 少子化対策について、岸田総理は「国民に新たな負担は求めない」と強調していますが、そうなるとどういう方法で財源を確保するのかが不鮮明です。

 視界不良気味の岸田内閣の原因は、国民との間で共通了解を生み出す努力に欠けている点にあると思います。とりわけ日々の暮らしに直結するテーマでは、国民に率直にメリット、デメリットを伝え、協力を求める姿勢が必要です。

 岸田総理にとって、首脳外交を華々しく展開する一方で、国民の素朴な疑問に真摯(しんし)に応える力を磨くことが、この夏の課題になりそうです。

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島田敏男
1981年NHKに入局。政治部記者として中曽根総理番を手始めに政治取材に入り、法務省、外務省、防衛省、与野党などを担当する。
小渕内閣当時に首相官邸キャップを務め、政治部デスクを経て解説委員。
2006年より12年間にわたって「日曜討論」キャスターを担当。
2020年7月から放送文化研究所・研究主幹に。長年の政治取材をベースにした記事を執筆。

調査あれこれ 2023年06月28日 (水)

"メディア"と"多様性"の足跡をたずねて【研究員の視点】#496

メディア研究部(メディア動向)熊谷百合子

venue_long1.jpg企画展の会場

 6月21日、世界経済フォーラムが2023年版の「グローバル・ジェンダー・ギャップ報告書」1) を公表しました。日本は146か国中125位と、前年の116位を更に下回る結果となりました。2006年に調査が始まって以来、過去最低の水準です。ジェンダー・ギャップ解消のペースが今のままでは、男女平等の実現には131年かかるという試算も出されました。皆さんはこの現実をどのように受け止めますか?
 メディアがこの課題に果たすべき役割について改めて考えたいと思い、私は、8月20日まで開催中の企画展「多様性 メディアが変えたもの メディアを変えたもの」2) を見るため、横浜のニュースパーク(日本新聞博物館)を訪ねました。
 日本新聞協会が運営するこの博物館は「歴史と現代の両面から確かな情報を見きわめる大切さと新聞の役割を学べる展示」を意識し、体験型ミュージアムとして中高生の体験学習の場としても活用3) が期待されています。今回の取材でも、館内は総合学習の一環で訪れている中学生や高校生でにぎわいを見せていました。
 新聞やテレビ、通信社は、報道を通じて差別や人権侵害に関する問題を提起し、社会制度そのものの改善を働きかける役割を担ってきました。一方で、社会のさまざまな分野で多様性(ダイバーシティー)が重視されるようになるなか、メディアの中の多様性は進んでいないのではないかという指摘もあります。SDGsの機運が高まり、Z世代を中心とした若い世代が多様性教育を受けるなかで、世代間で意識の差が生まれていることも否めません。そんな今だからこそ「多様性」をキーワードに、「メディアが変えてきたもの」と「メディアを変えてきたもの」を時代の変化とともに振り返ろうというのが、今回の企画展です。展示資料はおよそ300点。病気や障害、子ども、性的マイノリティー、日本で暮らす外国人や少数民族をメディアはどのように取り上げてきたのか。明治期から現代までの日本の多様性の足跡を追体験しながら、メディアと人々との新しい関係性や未来のメディアの役割についても考えさせられる企画構成になっています。このブログでは、この多様性展から見えてきたメディアのジェンダー平等の足跡に注目して取り上げます。

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 「第1章 近代日本と女性」の展示では、明治から昭和初期までの新聞紙面から、この時代の新聞が女性をどのように取り上げてきたかを確認することができます。気になった記事を1つ紹介しましょう。

 「當世婦人記者」と題したこの記事は、東京朝日新聞(現在の朝日新聞)の松崎天民記者が執筆したものです。記事の冒頭を引用します。
「文明開化の世界になつて、女の職業が段々殖(ふ)えて来た、遂(つい)には男の領分をも犯す様(よう)になつたは、婦人界のため祝着(しゅうちゃく)至極(しごく)だ、などゝ云つている間に油断は大敵、何時(いつ)しか新聞記者の領分にまで侵入して来た、あゝこれ何等(なんら)の珍現象ぞ」。

 明治20年代以降、新聞各紙で新設された家庭欄の編集担当として女性が採用されるケースも多くなっていました。この記事からは、女性記者が増えつつあることを「珍現象」として男性記者が捉えていた、当時の時代の空気がひしひしと伝わってきます。

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 時は流れて令和の時代。かつてに比べると今の日本は女性にとってだいぶ働きやすい社会になっているように感じます。その土台を作ったのは「男女雇用機会均等法」。就職、昇進、定年など職場における男女の平等をうたった日本初の法律です。
 企画展「第3章 メディアの中の多様性は」の冒頭に展示されていたのは、均等法が成立した1985年5月17日の夕刊の一面記事、そして当時の労働省婦人局長で“均等法の母”と呼ばれた赤松良子さんによって2021年12月に連載されていた日本経済新聞の「私の履歴書」の記事とメッセージでした。連載は去年、「男女平等への長い列」4) のタイトルで単行本化されました。女性官僚の先駆けでもある赤松さんが、戦後日本の女性の地位向上を目指して奮闘してきた歩みを辿ることのできる一冊で、会場でも手に取って読むことができます。

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 赤松さんの連載の編集を担当したのは、日本経済新聞社の編集委員兼論説委員の辻本浩子さんです。均等法施行後の89年に入社し、女性労働を長く取材してきた辻本さんにとって、赤松さんの連載に関わることには特別な思いがありました。

(辻本さん)
「私が就職活動をするころには均等法がもう施行されていて、女性も働く時代だということが当たり前のようにテレビや新聞でも取り上げられていました。働く女性を当たり前の存在として社会の中で映し出していたことが大きかったですね。そういう意味でも私は均等法の恩恵を受けた一人です。社会部や生活情報部の記者として、働く人の現場や厚生労働省を担当していたので、レジェンドでもある赤松さんのことはずっと存じ上げてきました」

 projectX_akamatsuW.jpg2000年12月放送「プロジェクトX」より

 日本の男女共同参画の道を切り開いてきたパイオニアとして知られる赤松良子さん。かつてNHK総合で放送していた「プロジェクトX」でも、赤松さんら労働省の女性官僚が均等法成立に注いだ情熱を克明に描いています。20世紀最後の放送回となった2000年12月19日に「女たちの10年戦争~『男女雇用機会均等法』誕生~」5)と題して放送された番組では、経済界や労働運動からの激しい反発を受けながらも、苦渋の末に法律が生まれた過程を描いています。“男女平等への長い列”が連綿と今の時代にも続き、まだ道半ばであることを感じさせる番組でした。ちなみに、2000年春に放送が始まった「プロジェクトX」が女性たちのプロジェクトとして初めて取り上げたのが、この「女たちの10年戦争」です。番組冒頭のスタジオでは、「今世紀最後のプロジェクトX、ついに女性たちのプロジェクトの登場です」と紹介されていました。
 「結婚退職制」、いわゆる“寿退社”の慣例に終止符を打った男女雇用機会均等法は、その後、1997年、2006年、2016年、2019年と4回の改正を経て現在に至っています。2度目の改正となった2006年には妊娠、出産を理由とした不利益取り扱いの禁止が盛り込まれたほか、直近の2016年の改正では事業主に対して妊娠、出産などに関するハラスメントの防止措置義務が新たに盛り込まれました。「プロジェクトX」の放送から21年後の2021年12月にNHK News Webに掲載された「News Up寿退社って、定年退職のこと?」6) と題した記事では、“寿退社”という言葉がもはや若い人には通じないことが紹介されています。
仕事と育児を両立する女性の先輩たちの背中を見ることができたのも、均等法が切り開いた新たな職場の風景と言えるでしょう。均等法は女性の働き方を変えたのみならず、この企画展のタイトルにもある「メディアを変えたもの」そのものだと感じました。
 辻本さんは、“均等法の母”と呼ばれる赤松さんの言葉に今だからこそ触れてほしいと言います。

(辻本さん)
「連載したのは均等法の施行から35年の節目でした。若い人たちには、均等法はあって当然の法律だと思いますが、なぜこの法律ができたのか、どんな経過で作られてきたかはあまり知らないですよね。今もまだ女性が働きやすい社会とはなっておらず、均等法が目指した完全な男女平等のかたちにはなお遠い状況です。『男女平等への長い列に加わる』というのは赤松さんが好きな言葉なんですが、今回の連載を若い人へのバトンのつもりで書いてくださいました。長い列にはたくさんの人がいるわけです。悩んでいるのは自分だけじゃない、そして長い列で進むわけですから、変えようとする人たちがずっといて、変えようとする動きがあるということに、私自身も励まされる思いでした」

diversity_exhibition.jpg

 今回の企画展では「メディアが変えたもの」として象徴的な展示もあります。
 会場のテレビモニターに映し出されていたのは1980年代にTBSが展開した「ベビーホテル・キャンペーン」の報道番組です。スタジオで解説する女性のテロップは「堂本記者」。2001年~2009年まで千葉県知事を務めた、堂本暁子さんの記者時代の姿でした。無認可の保育所に「ベビーホテル」と呼び名をつけて、子どもの置かれた劣悪な環境を週に1回のペースで夕方6時からのローカルニュースで1年にわたり放送しました。キャンペーン報道の概要を伝えるパネルでは「ベビーホテルの運営実態、預ける親の声や独自の利用者実態調査結果、識者の意見、厚生大臣のインタビューなどさまざまな角度から問題を伝え続けた」ことが紹介されています。この報道をきっかけに81年6月には児童福祉法が一部改正され、行政の監督権限が与えられるなどの改善につながりました。
 「問題に気づいた時に、入り口で止まるのではなく、課題を洗い出し、改善できるまで闘い抜くことが求められています」という堂本さんのメッセージが、報道の現場に身を置いてきた私にはずしりと響きました。

odakadirector6.jpg尾高泉館長

 開館以来、ニュースパークではさまざまな企画展を開催してきました。報道写真展や従軍取材展のほか、大震災や環境、太平洋戦争など取り上げたテーマは多岐にわたります。ミニ展示を含めるとその数は140を超えますが7)、「多様性」をテーマとした企画展は、20年あまりにわたる歴史のなかで今回が初めてのことです。館長の尾高泉さんが企画展のきっかけについて教えてくれました。

(尾高館長)
「男性中心の新聞業界でキャリアを重ねてきた均等法第一世代の全国の女性記者の皆さんが、定年や役員就任の時期を迎え、この40年弱の足跡からメディアや社会の変化をまとめてみよう、という機運が業界内外にありました。同時にグローバリズムやデジタル化でDE&I(Diversity, Equity and Inclusion)推進の流れも高まってきました。当時の報道業界は女性用の宿直室がなく、取材先に女性用のトイレもない時代でした。採用される女性も少なかったのですが、深夜勤務の多い報道界では、結婚や出産を機に辞めた人も多いので、今も残る女性はさらに少数派です。新聞博物館としてもまず、女性記者の歩みやジェンダー平等について、過去、現在、未来に時間軸を広げてまとめることから準備し、マイノリティーなどの多様性の視点の資料も収集していきました。」

 均等法が施行された1987年に日本新聞協会に就職した均等法第一世代でもある尾高館長。今回の企画展は、子育て中の男性学芸員や女性学芸員も含めた多様なメンバーで構成することも意識したそうです。メンバーの年齢も多様にすることで、互いの視点を生かしながら展示の内容を深めることにもつながったと手応えを感じていました。当初から企画展の準備に関わってきた学芸員の平形さゆみさんと工藤路江さんは、来館者からの反応に驚かされていると言います。

curators7.jpg学芸員の平形さんと工藤さん

(平形さん)
「企画展の会場でベテランの女性記者の方に声をかけていただくことがあります。展示をご覧になってこれまでの記者人生でのさまざまな思いがめぐるようなんですよね。男性が圧倒的に多い職場や取材先で、女性であるがゆえに味わった悔しい経験についても蕩々(とうとう)と語ってくださるので、私たちも新たな気づきを日々もらっています。それだけでなく、他の業界で働く女性からも声をかけられます。働く女性、過去に働いたことのある方なら誰でも胸に響く展示になっているのかなと感じます。ぜひ多くの方に来館してほしいです」

(工藤さん)
「展示物について聞かれるということよりも、展示物からさまざまな思いがめぐって、語らずにはいられないという方が多いのが今回の企画展の特徴かもしれないですね。見てくださる方の熱量を感じます。閉館後は毎日、展示室の清掃をしているのですが、ショーケースにはたくさんの指紋の跡が残っていて、熱心にご覧になっていったんだなぁというのが伝わってきます」

womensday8.jpg国際女性デーの地方紙の記事

 会場の中でひときわ印象的だったのが、国際女性デーの3月8日付けの全国紙や地方紙の朝刊を並べたコーナーです。沖縄タイムスと琉球新報は題号にシンボルフラワーのミモザをあしらい、国際女性デーならではの紙面を演出していました。また北海道新聞や東京新聞、西日本新聞など10紙以上の地方紙が一面トップでジェンダー・ギャップに関する記事を掲載しています。

newspaper_article9.jpg地方紙の一面記事 

 記事に共通して出てくるのが「都道府県版ジェンダー・ギャップ」というワードです。「都道府県版ジェンダー・ギャップ指数」は、共同通信が上智大学の三浦まり教授らと去年から始めた新たな取り組みで、世界経済フォーラムが算出するジェンダー・ギャップ指数を参考に「政治」「行政」「教育」「経済」の4分野の指数と順位を都道府県ごとに分析し、毎年国際女性デーの3月8日に公表しています。公表されたデータは加盟社の地方紙や放送局が活用することができます。地方紙の一面トップでジェンダー・ギャップが取り扱われていることに、館長の尾高さんも変化の兆しを感じています。

(尾高館長)
 「国際女性デーにこれだけ多くの地方紙が向き合っていることを知ったのは、今回の企画展の原動力の一つとなりました。『都道府県版ジェンダー・ギャップ指数』が可視化されたことで、地方紙の各紙がジェンダー・ギャップを『地域の社会課題の一つだ』という認識で独自に取り組めるようになったのだと思います。地方紙でジェンダーに取り組んでいるのは20代、30代の若い女性記者です。均等法1期生の女性は組織の中で圧倒的に少数派なので、ジェンダーやフェミニズムとはあえて距離を置いてきたという人も少なくありません。若い世代の記者の皆さんが地域のジェンダー・ギャップを真正面から描写して記事化していることに、活力を感じますね」

 男女間の格差がいまだに深刻な日本。ジェンダー平等の実現に向けて、変化を加速させていくためにメディアが果たしていくべき役割は、これまでにも増して大きくなっていると感じます。7月15日(土)には「多様性とメディア」8) 、そして7月29日(土)は「新聞とジェンダー平等」9) をテーマにした2つのシンポジウムも企画していて、メディアに関わる新聞記者や研究者が議論を交わす予定です。ニュースパークの「多様性展」は、日本のジャーナリズムの現在地、そして未来に向けて果たしていく役割を見つめ直す一つの契機となりそうです。


1) https://www.weforum.org/reports/global-gender-gap-report-2023

2) 企画の詳細は https://newspark.jp/exhibition/ex000318.html

3) ニュースパークの概要・沿革 https://newspark.jp/about/

4) https://bookplus.nikkei.com/atcl/catalog/22/06/23/00255/

5) https://www.nhk.or.jp/archives/chronicle/detail/?crnid=A200012192115001300100

6) https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211215/k10013389061000.html

7) これまでの企画展一覧 https://newspark.jp/exhibition/archive/

8) https://newspark.jp/news/2023/0609_000324.html

9) https://newspark.jp/news/2023/0609_000325.html

kumagai.jpg

【熊谷 百合子】
2006年NHKに入局。福岡局、報道局、札幌局、首都圏局を経て2021年11月から放送文化研究所。
メディア内部のダイバーシティやジェンダーをテーマに調査研究中。

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調査あれこれ 2023年06月23日 (金)

日本海中部地震から40年 北海道南西沖地震から30年 2つの大津波の教訓【研究員の視点】#494

メディア研究部(メディア動向)中丸憲一

okushirito_damage.jpg北海道南西沖地震津波の被害 (写真提供:東北大学災害科学国際研究所 津波工学研究室)

【2つの大津波の共通点】
 2023年は、日本海中部地震津波(1983年)、北海道南西沖地震津波(1993年)からそれぞれ40年、30年となります。今回はこの2つの大津波が今に伝える教訓について、かつて災害担当記者だったメディア研究者の視点から考えていきたいと思います。
この2つの津波には、共通点があります。
▼過去に何度も津波被害を受けた三陸沿岸ではない、日本海側で起きた津波だった。
▼観光地など地元に土地勘のない人が多く訪れる地域を襲った津波だった。
▼地震発生から津波到達までの時間が10分未満だった。
 この2つの災害が発生した時、当時の技術では津波警報の発表と伝達が間に合いませんでした。結果的に多くの犠牲者が出る事態となりました。
メディアの災害報道のあり方にも大きな課題を突きつけ、防災教育の重要性が指摘されました。

【日本海中部地震津波とは】

gyosen_2_W_edited.jpg日本海中部地震津波の被害 (秋田地方気象台ホームページより)

日本海中部地震が起きたのは40年前の1983年5月26日午前11時59分。マグニチュード7.7の大地震により津波が発生しました(※1)
東北大学の研究グループが、当時作成したシミュレーション動画では、この津波がどのような動きをしたのか詳しく見ることができます。

 日本海中部地震津波シミュレーション (動画提供:東北大学災害科学国際研究所 今村文彦教授)
 

地震発生後、日本海の震源付近で盛り上がった海面がほぼ東西に分かれ、高い津波となって主に秋田県と青森県の沿岸に襲来。津波の第1波は地震発生から約7分で到達しました。
その後も繰り返し津波が押し寄せ、1時間近く経過してもなかなか衰えない様子がわかります。津波は最高14mの地点まで到達したという記録が残っています。
この時、仙台管区気象台が津波警報を発表したのは、地震の発生から15分後。さらにNHKが津波警報を伝えたのが、その5分後。津波の第1波の到着から13分が経過していました(※2)。当時の技術力ではこれが限界だったと思いますが、メディアとしては情報を迅速に伝えることが責務です。しかし、結果的にそれが十分にできない中で、この津波では、秋田県と青森県、北海道であわせて100人が犠牲になりました。

【土地勘のない海岸で津波に襲われた遠足中の小学生】
犠牲者には、北秋田市の旧合川南小学校の4年生と5年生の児童13人が含まれています。子どもたちは、秋田県男鹿市の加茂青砂海岸に遠足で来ていて、ちょうどお昼のお弁当を食べていたところでした。当時のNHK社会部の記者が研究者と共同で、このときのことを記録しています。日本海中部地震の翌年に出版された本から証言を引用します。

(大地震に遭った子どもたち「日本海中部地震」の教訓 清永賢二 小出治 平井邦彦 井辺洋一著)
 午後零時ごろ 男鹿半島・賀茂青砂海岸に降りて昼食。
《一人の子どもが大声をあげるので駆けつけたところ、岩間にリュックを落としており、それを拾い上げたところに大波が来た。その後、気がついた時は、海岸で人工呼吸を受けていた》(四年担任の先生)
《海辺の方向を振り返った時、「アッ」という悲鳴が聞こえ、子どもを助けに行こうとしたところ、岩の周りの海が盛り上がってきた。二人の子どもの手をとり、助けようとしたところ、急激な力で海へ引っ張られ、体が一回転した。その時、右手の子どもの手が「スルリ」と抜けていった。》(五年担任の先生)
《わたしらでも、こんな大きな津波が来るとは少しも思ってませんでしたからね。まして、合川というところは山の中でしょう。地震と津波というのは少しも結びつけて考えなかったでしょうね。》(地元の女性・六〇歳くらい)

 子どもたちは、不意打ちで津波に遭い、一瞬のうちに波にさらわれました。また、海岸付近に住む地元の女性の話から、子どもたちは山あいの地区にある小学校に通っており、土地勘のない場所で津波に遭遇したことがわかります。

imamura_onlinecoverage.jpg東北大学災害科学国際研究所 今村文彦教授
(リモートインタビューの様子)

日本の津波研究の第一人者で、当時、日本海中部地震津波の被災地を調査した東北大学災害科学国際研究所の今村文彦教授は次のように話しています。
土地勘がなく、『地震のあとに津波が来る』という知識もなかったことで、適切な避難ができず、遠足や観光などで沿岸を訪れていた多くの方が犠牲になった。海に近い地域はもちろん、そうでない地域の人たちでも海の近くに行くことはある。全国各地で津波の防災教育を進めることの重要性を突きつけた津波災害だった
この時の津波では、放送による呼びかけで被害を防ぐことはできませんでした。津波警報の放送についてはこのあと見直しが進められましたが、今村教授が指摘する防災の知識を広げていくことは、放送のコンテンツを通じても可能です。メディアにそのことを意識させる大きなきっかけの1つが日本海中部地震だったと筆者は考えます。

【北海道南西沖地震とは】
北海道南西沖地震は、日本海中部地震から10年後の1993年7月12日午後10時17分に発生しました。北海道奥尻島の北西の沖合を震源とするマグニチュード7.8の地震により津波が発生。震源が島に近かったため、津波は地震発生後4分から5分で到達。高さ20m以上の地点まで達し、観光地として知られていた奥尻島を中心に230人が犠牲になりました(※3)


okushirito_damage2.jpg北海道奥尻島の被害(写真提供:東北大学災害科学国際研究所 津波工学研究室)

札幌管区気象台は、地震発生から5分後に津波警報を出しましたが(※4)、この時点で奥尻島にはすでに津波が到達していました。

【被害を拡大した津波の「挟みうち」】
津波の速度に加え、島や岬などの特有の地形によって津波に「挟みうち」されるような状態になったことも、多くの犠牲者が出た原因の1つです。当時、東北大学の研究グループが作成したシミュレーション動画を見てみます。

 北海道南西沖地震津波シミュレーション (動画提供:東北大学災害科学国際研究所 今村文彦教授)
 

画面中央にある岬が、奥尻島南端部に位置する青苗地区。壊滅的な被害を受けた場所です。津波はいったん地区(岬)の西側に到達したあと、南側を高速で回り込んで東側にも到達。東西から津波に挟みうちされるような状態になり、逃げ場を失った人も多かったのです。

【類似災害から読み取る教訓を伝えることの大切さ】
災害担当記者だった筆者も、これとよく似た津波災害を取材したことがあります。それはタイ南部の離島、ピピ島でのことです。ピピ島は、2004年12月26日に発生し、30万人以上が犠牲になったインド洋大津波の被災地の1つです(※5)。レオナルド・ディカプリオ主演で2000年に公開された映画「ザ・ビーチ」の舞台となったこともある人気の観光地で、当時も年末年始の休暇で多くの観光客が訪れていました。インド洋大津波が発生したとき、筆者は、仙台放送局で災害担当の記者をしていました。この大津波による被害を受けて、津波の研究者たちは調査団を結成し、筆者はその調査に同行しました。
津波発生から数日後にタイに入り、大きな被害のあった観光地のプーケットなどを取材。そのまま年が明け、2005年1月2日にピピ島に到着しました。調査の結果、ピピ島には島の北側から高さ6m、南側から高さ4mの津波がほぼ同時に押し寄せ、ホテルや土産物店などが建ち並ぶ島の中心部を襲ったことがわかりました。観光で訪れた場所で、いきなり津波が挟みうちのように襲ってきたのでは、逃げようがなかっただろうと、現場に身を置いて強く感じました。
今回のブログを書くにあたり、奥尻島を襲った津波について調べるうちに、「島が挟みうちされるように津波に襲われた」という点で、極めて類似していることに気づかされました。北海道南西沖地震の2年後、1995年に起きた阪神・淡路大震災や2011年の東日本大震災をきっかけに、メディアの災害報道は、減災を重視する伝え方に変わってきています。こうした過去の災害から類似点や教訓をくみ取り、伝えていくことの重要性を改めて感じました。

【過去の教訓の継承には課題も】
一方、北海道南西沖地震では、過去の災害の教訓を生かすことの難しさも明らかになりました。実は、奥尻島には、1983年の日本海中部地震でも津波が押し寄せていました。このとき、津波が到達したのは30分後で、2人が犠牲になりました。このため地震のあとに津波が来る危険性は住民たちも共有していました(※6)。しかし、当時、今村教授らの研究グループが行った聞き取り調査の結果からは、過去の津波の経験が裏目に出てしまったことも浮かび上がりました。「日本海中部地震のときは地震発生から30分後に津波が来たので、今回もそのくらいの時間があるだろう」と考え、避難の遅れにつながったと指摘しています。一方、この経験を生かし、すぐに逃げた人は難を逃れたということです。最短4分から5分という速さで到達した津波から逃げ切るには、一刻の猶予も許されない状況でした。今村教授によると、すぐに逃げて助かった複数の人が「揺れ方が違っていた」と答えました。具体的には、日本海中部地震のときは「縦揺れから始まり、その後横揺れが来た」が、北海道南西沖地震のときは「下からドンという強い揺れがいきなり来た」と話していたといいます。今村教授は、前者は震源から比較的離れた場合の地震、後者は「すぐ近くで起きた地震」の特徴を示していると指摘しています。
津波は毎回、形を変えて襲ってくる。発生条件が変われば、到達時間や来襲する方向、さらには災害の形態も変化する。過去の経験を生かすことは重要だが、以前と同じように来るとは限らない。気象庁の津波警報を待っていたら間に合わない場合もある。とにかく『強い揺れを感じたらすぐに逃げる』を徹底するしかない。
 過去の経験を生かすとともに、場合によってはそれにとらわれず臨機応変に行動することの大切さ。こうした知識は、平時から備えておかなければなりません。メディアとして日頃から伝えるべき重要なメッセージだと思います。

【2つの大津波の教訓をどう生かす】
 先にも触れましたが、日本海中部地震と北海道南西沖地震では、気象庁が津波警報を発表したのと、それをメディアがテレビ・ラジオで速報したのはいずれも津波到達のあとでした。結果的に多くの犠牲者が出る事態となりました。これをきっかけに気象庁は津波警報の発表方法を改善。現在では、地震発生から約3分(一部の地震については約2分)を目標に津波警報が発表され(※7)、その後、すぐにメディアが伝えるという体制になっています。
 しかし、それでも日本海中部地震は地震発生から約7分、北海道南西沖地震は4分から5分で津波が到達しており、現在の技術を用いたとしても、津波警報の発表を待ってから行動したのでは助からないおそれがあります。さらに地理に不慣れな観光地にいたとすれば、条件はさらに厳しくなります。
 この難しい課題を解決しようと、同じ日本海側である試みが行われています。山形県酒田市の沖合にある飛島です。海水浴や釣り、シュノーケリングなどを楽しむため、多くの観光客が訪れます。
飛島付近の海底には、複数の活断層が確認されており、これらの断層がずれて動いた場合、津波は最短2分で到達すると想定されています。津波警報の発表を待っていたのではとても間に合いません。2022年4月、酒田市が用いることにしたのは、最先端のテクノロジーではなく、古くからあるメディアの1つ、リーフレットです。

leaflet_5_W_edited.jpg飛島津波避難リーフレット表面 (酒田市ホームページより)

「飛島津波防災」と名付けられた縦約18cm、横約13cmのリーフレットの表面には「津波は最短2分で来襲!揺れが収まったら、すぐに高台へ避難を!!」と書かれ、避難場所やそこに通じる避難ルートも複数紹介されています。さらに、これをわかりやすく解説するため、新しいメディアであるネット動画も作成しました(※8)。

tsunamiopening.png飛島津波避難啓発映像 (酒田市ホームページより)

この動画の中では「飛島に上陸しました。港の景色もとてもきれいなんですけど、それを楽しみながらも『ひなん路』と書かれた看板をしっかり探しておきましょう」などと念押しし、島に到着したら、まず避難場所や避難ルートを確認するよう呼びかけています。津波が発生すれば、到達するまでに時間の余裕はありません。でもあらかじめ避難場所を把握しておけば、もともと土地勘のない場所でもすぐにたどり着けるという発想です。しかも“オールドメディア”であるリーフレットと、“ニューメディア”のネット動画を組み合わせることで理解を深めてもらおうとしています。

lesflet_back2.jpg飛島津波避難リーフレット裏面 (酒田市ホームページより 写真:コマツ・コーポレーション)

一方、リーフレットの裏面には、島の魅力が美しい写真とともに書かれています。通常、観光客向けに作られるリーフレットは、こうした観光スポットの紹介が主ですが、これは防災面での注意喚起を優先しているのです。今村教授は、このリーフレットと動画の作成を監修しました。その際には、日本海中部地震と北海道南西沖地震の教訓を念頭に置いていたといいます。

imamura_6_W_edited.jpg今村教授

地震や津波の防災教育は、どうしても地元の住民のみが対象になりがちだが、観光地ではその土地に不慣れな人たちが多く訪れる。特に島や岬は、津波の到達が早く、挟みうちも発生して逃げ場を失ってしまうことがある。安心して観光を楽しんでもらうためには、その地域の危険性を知り、避難場所と避難ルートを確認してもらうことで素早い避難をするための準備を整えてもらうことが重要だ。
 日本海中部地震津波から40年、北海道南西沖地震津波から30年。
多くの犠牲者が出た2つの大津波から、警報を伝えるための技術も進みました。また、インターネットやSNSで瞬時に情報が伝わる時代になりました。しかし、大規模な災害が起きれば、それらが使えなくなるおそれは常に付きまといます。そうした事態に陥っても、素早く避難して命を守ってもらわなければなりません。そのために今、メディアが貢献できることは、迅速な情報伝達とともに防災教育を進化させることだと思います。2つの津波を教訓に、飛島で作られた“オールドメディア”のリーフレットを手に取るたびに、それを強く感じます。

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(※1、3、5)日本海中部地震、北海道南西沖地震、インド洋大津波の各データについては、「気象庁ホームページ」「内閣府ホームページ」「20世紀日本 大災害の記録 監修・藤吉洋一郎」「TSUNAMI 津波から生き延びるために 財団法人沿岸技術研究センター編」などを参照した。
(※2、4)日本海中部地震、北海道南西沖地震ともに「オオツナミ」が発表されているが、「1993年北海道南西沖地震における住民の対応と災害情報の伝達-巨大津波と避難行動- 東京大学社会情報研究所『災害と情報』研究会」および「TSUNAMI 津波から生き延びるために 財団法人沿岸技術研究センター編」などは、いずれも「津波警報」と表記しているので、本稿もそれに合わせた。なお、日本海中部地震の津波警報発表とNHKの伝達については、日本海中部地震に関する報告書(第二管区海上保安本部作成)を参照した。
(※6)「1993年北海道南西沖地震における住民の対応と災害情報の伝達-巨大津波と避難行動- 東京大学社会情報研究所『災害と情報』研究会」には下記のような記述がある。
「奥尻町では、地震直後に津波を予想した人が少なくない。その大きな理由は、10年前の日本海中部地震における津波体験であろう。筆者らは、津波から辛くも逃れた人たちから、今回の災害では、日本海中部地震にくらべて地震の揺れが格段に大きかったことから、10年前よりも大きな津波がもっと早く襲ってくると直感して懸命に避難したという話をしばしば聞いたが、調査対象になった多くの人々が、大津波の急襲を直感的に予想したことを示唆している。しかし、10年前の津波経験が必ずしも有効に働いたとはいえないケースもある。というのは、10年前には地震の約30分後に津波が襲ってきていることから、地震直後に津波の到来を予想しながら、「日本海中部地震の経験から、津波が来るまでかなり余裕があると思った」人、また、津波経験が今回の避難にどう影響したかという質問でも、「日本海中部地震の経験がかえってわざわいして、津波が来るのにまだ余裕があると思い避難が遅れてしまったと思う」という人がいたからである。全体的にみれば、津波経験が被害の減少に大きく寄与したことは間違いないけれども、部分的には経験がマイナスに作用したケースもあった。」
(※7)気象庁ホームページ
(※8)https://youtu.be/5KxDdrWYMqA

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【中丸憲一】
1998年NHK入局。
盛岡局、仙台局、高知局、報道局社会部、災害・気象センターで主に災害や環境の取材・デスク業務を担当。
2022年から放送文化研究所で主任研究員として災害や環境をテーマに研究。

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調査あれこれ 2023年06月20日 (火)

「復帰」50年以降のメディアの役割を考える ~『放送メディア研究』16号刊行後の動き~【研究員の視点】#493

メディア研究部 (番組研究) 高橋浩一郎

51年が経過した5月15日、メディアは「復帰」とどう向き合ったのか
 2023年5月15日、沖縄の日本「復帰」から51年が経過しました。
 今春文研が発行した研究誌『放送メディア研究』16号「特集 沖縄『復帰』50年」掲載の論考で指摘したように、「復帰」から50年の節目だった2022年は、テレビ報道量に関して、沖縄ローカル(NHK沖縄局と民放3局)との間で量と質に大きな差が見られたものの、全国向け放送でも一時的には報道が集中して行われました。それでは51年が経過した今年、「復帰」に関してどの程度の報道がなされたのでしょうか。「沖縄」をキーワードに全国向け地上波のテレビメタデータを収集し、5月15日の「復帰、返還」の報道量を確認したところ、今年は昨年の1.4%、総計で5分足らずでした。50年の節目を越え、沖縄の「復帰」とは日本にとって何だったのか振り返る機運は全国向けテレビには見られませんでした。
 その一方、「復帰」を終わった話として済ませた在京メディアとは違い、沖縄では新聞や雑誌、シンポジウムなどさまざまな形で、1年前の「復帰」50年を振り返る企画が行われ、『放送メディア研究』16号が取り上げられる例もありました。5月16日には、沖縄タイムスの文化欄に立教大学の砂川浩慶教授による書評が掲載され、また27日には那覇市で、掲載論考の執筆者などが登壇し、「復帰」50年をメディアがどう伝えたかを検証するシンポジウムが開催されました。
 刊行をきっかけに新たな対話や交流が始まることは『放送メディア研究』のねらいであり、またその後の動向を継続して取材し、報告することも研究の一環であると考え、シンポジウムでの議論を本ブログでは紹介させていただきます。

「復帰」50年報道からメディアのあり方を考える
 シンポジウムを企画したのは沖縄対外問題研究会(以下、「対外研」)です。対外研は、24年前に県内外の研究者やジャーナリスト、メディア関係者が参加して発足し、最近では「現代日本外交の文脈」「沖縄の人々の自己決定権」など沖縄と日本、国際関係をめぐる今日的なテーマについて月一回程度研究会を行っています。今年初めには雑誌『世界』2月号(岩波書店)に論文を寄稿し、台湾危機を背景として急速にかじを切った国の安全保障政策に対し、軍事衝突を回避し、安定と平和に寄与するために地域秩序の設計を追究することなどを提言しました。
 シンポジウムは5人のパネリストを含めおよそ30名が参加し、対面、オンラインのハイブリッド形式で行われました。冒頭で『放送メディア研究』に寄稿した諸見里道浩さん(元沖縄タイムス編集局長)が「『復帰』50年沖縄 新聞報道について」と題する基調報告を行い、続いて『放送メディア研究』16号を企画したジャーナリストの七沢潔さんが特集のねらいとテレビ報道分析の概要について述べました。それに応える形でそのほかの3人(朝日新聞・前那覇総局長の木村司さん、沖縄タイムス論説委員長の森田美奈子さん、琉球新報編集局長の島洋子さん)がそれぞれの「復帰」報道の取り組みを伝え、後半では会場の参加者を含めた議論が行われました。

toudansha_1_W_edited.jpgシンポジウムの様子(2023年5月27日・那覇市) 画像提供:沖縄対外問題研究会

 5人のパネリストからは多岐にわたる論点が提示されましたが、共通して感じた点があります。それは、本来であれば昨年は沖縄の日本「復帰」とは何だったのかを振り返るべき節目だったにもかかわらず、急速に変化する現実に圧倒され十分な掘り下げができなかったことへの戸惑い、そして沖縄の人々の思いとは裏腹に島々の基地化が進められ、軍事衝突への緊張が高まっていく理不尽さに対する違和感と危機感でした。
 昨年の5月15日周辺の全国紙と各県紙、沖縄県紙の「復帰」報道を検証する中で、諸見里さんは全国紙と各県紙の多くが沖縄問題の理解促進に取り組む一方で、本土と沖縄相互のまなざしに微妙なすれ違いがあることを指摘しました。そして各紙の論調を分析して、中国脅威論が沖縄の基地の重要性と結びつき、南西諸島の自衛力強化や日米一体化を肯定し、結果として新しい日米安保体制の構築を了承する流れができている可能性があることに懸念を示しました。(詳細については、本ブログの最後に関連論考のリンクを貼りましたのでご覧ください。)
 それを受け、沖縄タイムス論説委員長の森田美奈子さんは自らが担当した昨年と今年の社説を比較しながら、この1年間の変化について語りました。昨年5月15日の社説では、県内の世代間の溝の存在に触れ「基地をめぐる構造的差別は高齢世代に屈辱感をもたらしており、“尊厳”の回復が必要。現役世代や子育て世代には“希望”が持てるかが何より重要」と「復帰」50年の時点での沖縄社会の課題を提示したのですが、今年の社説では、ポスト「復帰」50年の現状を「進む要塞化」と、より踏み込んだ表現にせざるをえなかったと述べました。
 琉球新報編集局長の島洋子さんは、「復帰」50年当日と1972年当時の記事を並列し、「変わらぬ基地 続く苦悩」と全く同じ見出しをつけた、昨年5月15日の紙面展開について説明しました。そして個人的な体感として、10年前ではそうではなかった辺野古の新基地建設や、オスプレイ配備が粛々と進められるなど、「復帰」40年と比べて事態は好転しておらず、「復帰」50年は決して晴れがましいものではなかったと振り返りました。
 また朝日新聞の前・那覇総局長の木村司さんは紙面や特設ホームページなどで沖縄と日本本土の共通の土台作りを心がけたものの、節目を越えた途端に“基地の負担”から“基地の重要性”に軸足が置かれるようになったことに対して具体的な問題提起ができなかったと述べました。さらに、本来であれば「復帰」を迎える主体的な責任がある日本本土の「無自覚な無関心」に訴えかける難しさを語りました。
 節目を超えて「復帰」から「軍事」へ軸足が移ったという、パネリストたちの実感はデータからも裏付けられます。4,5月の地上波テレビで「沖縄」に言及したメタデータの中からいくつかのキーワードを抽出して昨年の数値と比較してみると、昨年「復帰、返還」が全体に占めた割合は16%、「自衛隊」は2%だったのに対し、今年は「復帰」が1%と減り、「自衛隊」は33%と大幅に増加していました。その中で4月に起きた宮古島周辺でのヘリコプター墜落関連のものが19%と大半を占めているものの、一方で「基地」を含むものが6%、「ミサイル、PAC3」が3%と、全国向けテレビの沖縄へのまなざしが「軍事」に傾斜していました。

歴史の反復への懸念
 会場で議論を聞いていた参加者からは、軍備増強の前線として巻き込まれていく沖縄の姿がかつての歴史に重なるという指摘がありました。対外研代表の我部政明さん(国際政治学者)は、日本の近代史を振り返り「沖縄県が設置された1879年から52年後に満州事変が起きたことを考えると、あと2年ほどしたら日本は再び戦争に巻き込まれるのではないか」と歴史が繰り返されることを憂慮しつつ、その一方で「有事」に関しては日本だけが浮き足だっている印象で「エコーチェンバーのような感じがする」と、メディアが一方的に伝える社会や世界の姿に対して冷静になる必要があると語りました。
 ジャーナリストの七沢潔さんは日本が戦争のできる国に変わる中で沖縄がどこへ向かっているのか、100年単位の歴史を繰り返しているような感覚があると述べ、朝日新聞の木村さんもメディアが戦前にたどった同じ道を歩んでいるのではないかと語りました。
 その中で沖縄タイムスの森田さんは「戦争が起こる可能性を摘み取ることを最優先すべき。メディアは二度と戦争の旗振り役になってはいけない」と述べ、琉球新報の島さんは「台湾有事の危険性が盛んに言われる中でも、沖縄戦の教訓である“軍隊は住民を守らない”ことを訴え、外交の重要性を主張していくことが沖縄の新聞社としての役目」と語りました。20万人もの人が亡くなり、県民の4人に1人が命を落とした沖縄戦の歴史を知るジャーナリストや研究者たちから、こういった切迫した意見が出ることを重く受け止める必要があると感じました。

kaijyo_2_W_edited.jpgシンポジウムの様子(2023年5月27日・那覇市) 画像提供:沖縄対外問題研究会

メディアの役割とは
 上記のような懸念があがる背景に「安全保障のリアリズム」を指摘する声がありました。「安全保障のリアリズム」とは国家間の力の均衡を図るために結果として防衛力強化が正当化されてしまうことを意味しています。中央大学教授の宮城大蔵さん(専門 戦後日本外交)はタレントのタモリさんの「新しい戦前」発言を引用しつつ「安全保障の論理が他を圧する『安全保障リアリズム』が肥大化した時代の到来。肥大化を相対化する必要がある」と発言しました。
 基調報告をした諸見里さんは、メディアは軍事的側面だけで「安全保障のリアリズム」を語るのではなく、自国の安全を高めようとする意図が他国にも同じような行動をとらせ、結果的に双方とも望まない衝突につながる緊張を高めてしまう「安全保障のジレンマ」の視点からの報道も必要だと述べました。また、単純な正義と悪の戦いとして国際政治を捉えるのではなく、中国や台湾、米国の理解を深めることで自由な判断を促す提言をするのも研究者やジャーナリストの役割だと語りました。
 さらに、こういう状況だからこそメディアの役割が大きいと指摘する声もありました。国際基督教大学教授の新垣修さん(専門 国際法学、国際関係論)は「安全保障の中で何がリアルで何がリアルでないかはファジーな部分がある」としたうえで「安全保障という領域は言語によって作られ、その後に行為が作られる。対話によって安全保障の内容がリアルなものになる」と語り、メディアによって伝えられる言葉の重要性を述べました。
 本ブログを書いている5月31日の朝、北朝鮮が沖縄県の方向に弾道ミサイルの可能性のあるものを発射したと報じられ、「ミサイル発射、建物の中に避難してください」と呼びかける防災行政無線が町に響き渡りました。このような事態を伝える際にシンポジウムでの議論をふまえ、メディアがどういう立場から、何を、どのような言葉で、どの程度伝えているのか注視する必要があると感じました。
 3時間半と長時間に及んだシンポジウムは決して明るい見通しが持てる内容だったわけではありませんが、パネリストと参加者が応答し合うことで議論が深まり、集合的な思考がなされる貴重な場になっていたように思います。『放送メディア研究』16号の刊行という文研からの情報発信を起点として、地方のメディアや研究者が少しずつ連携を図り、さらにその反応を共有することで、次の展開につなげていきたいと考えています。

kiji_3_W_edited.jpgシンポジウムの様子を伝えた沖縄タイムスと琉球新報の記事(2023年5月28日)

関連論考
諸見里道浩「『沖縄の眼差し』と『沖縄への眼差し』」
https://www.nhk.or.jp/bunken/book/media/pdf/202303_2_1.pdf
インタビュー木村司「『沖縄が』ではなく『日本社会が』 当事者意識を持って書き続ける」
https://www.nhk.or.jp/bunken/book/media/pdf/202303_2_2.pdf


ⅰ) 対象番組はニュース、情報番組、ワイドショー、ドキュメンタリーに限定した。

ⅱ) 砂川浩慶「沖縄と全国すれ違う目線」『沖縄タイムス』(2023.5.16)

ⅲ) 沖縄対外問題研究会「『沖縄返還』五〇年を超えて」『世界』(2023.2)