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メディアの動き

メディアの動き 2021年01月18日 (月)

#293 "遠くない過去"から学べること ~論稿「『新型コロナウイルス』はどう伝えられたか」について~

メディア研究部(番組研究) 高橋浩一郎


 1918-1919年のインフルエンザ(通称「スペインかぜ」)がもたらした疫禍を描いた『史上最悪のインフルエンザ 忘れられたパンデミック』で、著者のアルフレッド・W・クロスビーは、当時のアメリカの記録を丹念に調べる中で「まるで大船団が恐ろしく強烈な潮流の上を横切ろうとしている光景を、丘の上から見おろしているような感じがする」と述べ、続く文章で「船乗りたちはほとんどその流れに気づかず、舵をしっかり握りしめ、羅針盤を覗きこみ、決められた進路を忠実に守ろうとしている。だが彼らの軌跡は、自分たちの位置から直進しているように見えても、我々から見れば彼らに見えない潮流によってはるか下流の方に押し流されている」(西村秀一 訳、みすず書房 出版)と書いています。

 この文章を読んで、新型コロナウイルスによって、少し先の予定さえも立てることができなくなった現実に直面しているにもかかわらず、「決められた進路を進むことができる(もしくは、しなくてはならない)」という思い込みから抜け出すことができないままでいる今の日本の状況を言い表しているように思えたのは私だけでしょうか。そこに書いてあるのは過去の出来事なのに、あたかも現在のことを表現しているような記述に出会うと、生きていくうえで歴史を学ぶことが不可欠であることを思い知ります。

 『史上最悪のインフルエンザ』とは扱っている病気も時代状況も異なりますが、放送文化研究所で毎月発行している「放送研究と調査」では、2020年1月から7月の間になされた新型コロナウイルスについてのテレビ報道と、それに関するソーシャルメディアの反応を記録・考察した論稿「『新型コロナウイルス』はどのように伝えられたか」を掲載しています。2020年12月号掲載の【第1部】では、朝・昼・夕・夜の時間帯から、NHKと民放の計25番組を選び、それらの番組が、どの時点で、どのようなことを、どの程度報道したのか、またそれらの報道に対し、ソーシャルメディア(主にTwitter)がどのように、どの程度反応し、両者の間でどのような連関があったのかを検証しています。2021年1月号掲載の【第2部】では、「PCR検査」を事例に、ソーシャルメディアと連関する中でテレビが果たしたと考えられる機能を仮説として取り上げています。

 今月7日、東京では2447人、全国では7570人といずれもその時点での過去最多の感染者が確認され(NHK新型コロナウイルス特別サイトより)、1都3県を対象に再び緊急事態宣言が発出。その後、他の府県にも対象が拡大されるなど、国内の新型コロナウイルスの感染拡大は依然収束の目途が立っていません。時々刻々と事態が変わっていく中で、数か月前のテレビとソーシャルメディアの記録をまとめ、発表することにどのような意味があるのか、研究に関わった一員として今も考えています。その問いに対する答えはまだ十分に得られたとは言えませんが、現時点では「遠くない過去からも学べることがある」という、至極当たり前なことではないかと思っています。

 というのは、人間というのは、少し前に起こったことについては、ある程度記憶しているし、理解していると思いがちですが、往々にして知っているつもりでいてよくわかっていないことがあると思うからです。例えば、新型コロナウイルスに関わるTwitter投稿が一体どのくらいの数あり、その中でテレビ報道に関するツイートはどの程度の割合を占めるのか、Twitterはどういうテレビのトピックに反応し、どういうトピックには反応しないのか、また投稿をするのはどういう人たちで、どのような内容が幅広く共有されるのか、といったことを私はほとんど知りませんでした。しかし、今回の研究を通じてそれらに対する一定の答えを初めて得ることができ、それまでテレビとソーシャルメディアの関係について抱いていた、得体のしれない、どちらかといえばネガティブな、漠然としたイメージが、現像液につけた印画紙から画像が浮き出てくるように、少しずつ輪郭を露わにしてきたように感じました。それらはあくまでも数か月前に起きた個別の事象で、必ずしも現在起きていることに敷衍できる一般性があるわけではありません。けれども、9か月前に続いて再度「緊急事態宣言」が出された今、これからのテレビとソーシャルメディアの関係を考えるうえで学べることもあるのではないかと思っています。

 新型コロナウイルスに関するテレビ報道とTwitter投稿の関係について、現時点で必ずしもその全容がつかめているわけではありませんが、多分にズレや齟齬を含んだ、いびつなものだということが分かってきました。テレビ報道が意図していない部分でTwitter投稿に大きな反応が見られたり、誤解や意図的な曲解に基づいた情報拡散がなされたり、テレビ側が伝えたいことが思ったように伝わらない状況が生まれています。一方で、テレビとソーシャルメディアが連関することで、従来マスコミが独占的に手掛けていた一方的な情報流通ではありえなかった、いびつかもしれないけれど、一種の“コミュニケーション”の可能性が生まれているようにも思えます。その存在が最早前提となりつつある中で、恐れすぎるだけではなく、リスクを正しく踏まえたうえで、テレビを含む既存メディアが、ソーシャルメディアとどのようにしたらよりよい関係を築くことができるのかについても今後考えていく必要があります。おそらくそれは「テレビだけではどうしようもできないことと、どう向き合っていくか」という難題であることは間違いありませんが、そこを避けて通ることはできません。

 ネットという大きな流れに巻き込まれ急速にメディア環境が変わる中で、テレビが今後社会の中でどのような役割を果たしていけるのか、そこにはどのような課題や可能性があるのか。この1年間にテレビがソーシャルメディアとの間で経験したことからなんらかの教訓を学び取るうえで、本稿が少しでも役立つことを願っています。

 冒頭に挙げた『史上最悪のインフルエンザ』は、今からおよそ100年前の出来事を約30年前に書いた本です。筆者のアルフレッド・W・クロスビーが、当時のアメリカ社会を冷徹に「恐ろしく強烈な潮流を横切ろうとしている大船団」と評し、自らの立ち位置を「丘の上から見下ろしているような感じ」と書いているのは、そこに、ものごとを客観的に見て評価するのに十分な70年という時間が横たわっているからだと思います。一方、私たちは新型コロナウイルスに巻き込まれてまだ1年という時間しか経っておらず、その渦中にいるため、十分に客観的な見方をすることができません。言い換えれば、それは「強烈な潮流を横切る」だけが唯一の現実ではなく、今から軌道修正をし、あるべき未来を手繰り寄せる可能性をまだ手にしているということでもあります。



メディアの動き 2021年01月15日 (金)

#292 まだまだ続く菅首相の苦行 ~コロナ禍は見えない有事~

放送文化研究所 島田敏男


 年明け早々の1月6日、アメリカの首都ワシントンでトランプ大統領の支持者たちが引き起こした連邦議会乱入事件は目を覆うばかり。合衆国の歴史に消えない汚点を残しました。

 新型コロナウイルスとの戦いの先頭に立つことを期待された超大国。しかし感染力の強さを軽く見て失敗し、選挙で再選を阻まれた大統領は、支持者を煽り民主主義の象徴である議事堂での乱暴狼藉へと向かわせました。期待とは全く裏腹の映像と音声が、世界中に失望を振りまいたのは確かです。

 かたや日本では、大みそかに東京都内で一気に1300人を超えるコロナウイルスの感染者が確認されました。東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県知事が松の内の2日から政府に緊急事態宣言の発出を迫り、わずかばかりの正月気分もこの時点で消えたと感じた人が多かったでしょう。

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 菅総理大臣は当初迷っていました。Go Toトラベルの継続にこだわり続けていた時と同様に、経済活動の停滞を避けたいという気配がありありでした。それが直後の急増に煽られて、7日に1都3県に緊急事態宣言を出しました。「後手後手批判」が出て当然の経過です。

 NHKの月例世論調査は、昨年4月以来2度目の緊急事態宣言が発出された直後の週末に行われました。その結果は、「菅内閣を支持する」40%、「支持しない」41%で、不支持が支持を上回りました。統計的には誤差の範囲内ですが、1ポイントとはいえ菅内閣の発足以来初めての逆転は象徴的です。

 さらに「1都3県の緊急事態宣言を出したタイミングをどう思いますか?」という質問に対しては、「遅すぎた」79%で圧倒的な数字です。

 政府は13日には、大阪、京都、兵庫、愛知、岐阜、福岡、栃木の7府県についても追加で緊急事態宣言を出しました。ただ、問題は2月7日までとしている宣言の期間内に事態が改善に向かうかです。

 同じ世論調査で、「今回の宣言は2月7日までに解除できると思いますか?」という問いに、「できると思う」はわずか6%、「できないと思う」が88%に上りました。

 感染症の専門家の多くが厳しい見立てを示し、それが各種メディアを通して国民に伝えられているのですから、国民の厳しい認識が調査結果に表れるのは当然のことでしょう。緊急事態宣言が出ても、昼間の人の動きが減らないといった問題点が指摘されたりもしています。経済活動を重視する政治リーダーの発想が、国民の間に「経済を動かすためならいいんだ」という気分を拡げている面も否定できません。

 国民に対するメッセージの発し方が、行動変容を促しもすれば阻みもする。菅総理にとって、そういう難題と向き合う苦行の毎日は、まだまだ続くと覚悟して臨む必要がありそうです。

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 ただ一方で、この「2月7日までには解除できないと思う」9割という数字を、悲観的なものとしてだけ受け止めるのは一面的ではないかと思います。

 過去1年の間に感染拡大の波が繰り返し押し寄せてくる現実にさらされ、国民の側にも経験の蓄積ができた面もあります。「ウイルスとの戦いは一朝一夕では勝利が見えてこないものだ」という基本的な理解が進んだと見ることもできるのではないでしょうか。

 こうした国民の側の冷静な受け止めを拠り所にしながら、感染の拡大阻止、重症者の減少につながる行動変容の要請を繰り返していく。菅総理が苦行を乗り越えるためには、国民に向けて誠実なメッセージを発し続け、信頼関係を築いていく以外に道はありません。

 そしてその上で、当面のコロナ対策として議論が本格化する特別措置法の改正も大きなポイントになると思います。政府は1月18日召集の通常国会で、事業者への財政支援と罰則をセットにした改正を目指しています。

 この特措法の改正については、NHK世論調査で「賛成」48%、「反対」33%という結果が出ました。基本的には皆が守るべきルールを尊重するために、一定の罰則(罰金のような)は止むを得ないという考えがやや多いように感じます。

 しかし、各種世論調査の中には「反対」の方が多いものもあります。質問の仕方にもよりますが、内容を吟味しなければ軽々に判断できない微妙な問題なのは確かです。

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 罰則を定めるということは国民の当然の権利=私権の制限を明確にするということです。この私権制限を国民の納得の無いまま行えば、強権発動の非難を浴びるのは当然です。

 国民の私権制限は、小泉内閣当時の2003年に成立した「有事関連法」(武力攻撃事態対処法など)の国会論戦でもテーマになりました。大議論になりましたが、国民を守るために自衛隊が行動するのに必要な制限に絞り、国民に対する重罰規程は設けないという方針の下で成立に至りました。

 新型コロナウイルスとの戦いも、広い意味での「有事」に他ならないと思います。

 武力を用いる軍事的な攻撃の場合は、人の身体や社会インフラを圧倒的な物理力で破壊する様が見え、音にも聞こえます。恐怖を体感します。

 これに対しウイルスの攻撃は、目に見えず、耳で聞くこともできません。
それだけリアリティーを実感しづらい敵です。それを乗り越えるには正確な情報に基づく私たちの想像力が大切で、その想像力の社会全体での共有が鍵を握ります。

 想像力の共有に失敗し、分断を深めるに至ったアメリカ社会と同じ轍を踏んではならないでしょう。

 日本社会が想像力の共有の上に合意形成を積み重ね、この新型ウイルスとの戦いという有事を乗り越えるまで慎重に行動しましょう。


メディアの動き 2020年12月25日 (金)

#291 Eテレ「知られていない(?)」「名作(?)」の再放送番組たち

メディア研究部(メディア動向) 大髙 崇


先月のブログにも書きましたが、私は現在、コロナ禍でテレビの再放送が急増したことを受けて、「再放送に関する意識調査」の結果分析と考察に取り組んでいます(*)。

今は研究に専念していますが、もともと私は番組ディレクターで、なかでもNHK・Eテレの番組制作に長く携わってきました。

番組ディレクターは概して「変わり者」が多いのでありますが、Eテレの面々は中でも「変わり者率」がかなり高い、というのが私の経験に基づく独断と偏見です。
とにかくマニアック、よく言えばその道一筋の職人たちの集団、という感じで、その人の得意ジャンルについて質問したが最後、水を得た魚のように喋り始めて夢中になっちゃうので、「そんな詳しいところまで聞いてないんだけど…」と後悔する時もしばしばありました。

現代絵画の専門家。能や歌舞伎の「玄人(くろうと)」。昆虫愛のかたまりのような人。古代中国の漢詩のほとんどを暗唱できる人。あまりに仏教に詳しくてお寺の和尚さんを恐縮させちゃう人。甲冑を見ただけで、いつのどの武将のものか言い当てる戦国オタク。お前、何か国語話せるんだ⁉と度肝を抜くほど外国語をすぐに習得する“絶対語学感”の持ち主。どうしたら赤ちゃんが笑うかに全身全霊を捧げているオジサマ・・・。Eテレのディレクターが天職のような面々で、いい意味で「いい歳して子どもだなあ」と羨ましくなります。

Eテレの番組群は「視聴率」だけを基準にすると、正直なかなか“分が悪い”です。
しかし、手前味噌ではありますが、「職人」たちの知の蓄積と感性が冴える優れた出来栄えの番組も多く、とにかく一度ご覧ください、損はさせません!と訴えたい作品が(あくまで私見ですが!)たくさんあります。もちろんのことですが、Eテレ職人たちも番組制作にあたっては、皆さんどなたにも「見て良かった」と思っていただけるようにと、わかりやすく丁寧に、品質重視をモットーに取り組んでおります。念のため。

さて、冒頭で触れた再放送の意識調査の中で、ドラマやドキュメンタリー、教養番組などのジャンルごとに「どんな“要素”を持った再放送番組が見たいか」と質問しました。
そして、その結果がこちらです。

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赤文字で強調したのが・・・何を隠そう、Eテレのおすすめ番組が持つ要素ではないか、と私なりに希望を感じている部分です。
「名作」かどうかはさておき、Eテレ職人たちが個々の感性を武器に「好みや趣味」をとことん追求した番組は枚挙にいとまがありません。そして、「知られていない」「レア」な番組が・・・言い切ってしまうことにややためらいつつも・・・たくさんあります!

この年末年始の番組表を覗いてみると、Eテレでは、調査結果にあるニーズに合致するかもしれない番組の再放送が続々登場です。そのいくつかをご案内しましょう。

●12月26日(土)午後4時25分~
こころのおはなし ABUアジアこどもドラマシリーズ名作選
Eテレで2005年から15年続く「こどもドラマシリーズ」、ご存知ですか? ABU(アジア太平洋放送連合)が主催する国際共同プロジェクトで制作され、過去には「名作」「話題作」が数多くあります。“知られていない優れた番組”と言っていただけるかもしれません。

この日放送される『ヒカルの掃除』(2012年8月初回放送)は、今年のドラマ「おじさんはカワイイものがお好き。」(日本テレビ系)でも人気だった眞島秀和さんが父親役として出演する“レア”な作品。
そして、『ブラジルへの近道』(2015年7月初回放送)は、海外の映像祭での受賞歴もあり、今をときめく寺田心(当時6歳)さんが出演している、これまた“レア”な一品です。

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『ブラジルへの近道』より

なお、12月29日(火)午前10時からは、同シリーズの新作・ABUこどもドラマ2020『あやとり』が放送されます。こちらもお楽しみに!

1229日(火)午後10:00 ~
先人たちの底力 ()恵泉(えいず) 選「新しい女の生き方 昭和編 長谷川町子」(2020年9月初回放送)
「サザエさん」の作者、長谷川町子さん。今よりずっと女性の社会進出が難しかった昭和の時代に、どんな知恵をもって生き抜いてきたのか? 西原理恵子さんや熊谷真実さんのトークも必見です。「ために」なって、「今見ることに意義」を感じていただけたら幸いです!

コロナ禍に翻弄された2020年も残りあとわずか。年末は英気を養いつつ、Eテレの「底力」をご堪能ください!
そして、再放送に関する意識調査の結果は、年明けの『放送研究と調査』(2月号に前編を掲載予定)や、3月開催の『文研フォーラム2021』で詳しくお伝えしようと思っております。報告をお待ちください!



(*)2020年9月に実施したインターネットでのアンケート調査。対象者は全国20~69歳の男女1,000人で、テレビを1日1時間以上、NHK地上波を週1回以上視聴する人。サンプル構成は世代(20代~60代)ごとに男女100人ずつ(計200人×5世代)。



メディアの動き 2020年12月18日 (金)

#290 見えてしまった菅首相の"未熟運転" ~Go Toこだわりのつけ~

放送文化研究所 島田敏男


 見通しのよくない山道を車で走る時は、早めの減速が鉄則であるのは言うまでもありません。まして初めてのルートを走る時は、「平坦な直線道路の先に、突然こう配のきつい降り急カーブが現れるかもしれない」と考えるべき。従って、すぐに減速できるように、早めのシフトダウンを心掛け、安定したブレーキ操作につなげるのが普通でしょう。

 ところが、これと全く逆の姿に見えたのが「Go Toトラベルを年末28日から年明け11日まで全国一斉に一時停止する」という12月14日の決定までの菅総理大臣の2週間でした。

 元々菅総理は、二階幹事長と並ぶ自民党きっての観光業界の理解者として知られてきました。官房長官当時には、赤坂迎賓館や京都迎賓館を観光の目玉になる見学場所として活用しようと尽力し、インバウンドの観光誘客に拍車をかけてきました。

 12月初旬にまとめた総合経済対策には「Go Toトラベル事業の来年6月末までの延長と予備費活用」を盛り込み、経済活動を支える菅内閣を印象付けました。まさに「アクセルを踏み込む運転」に他なりませんでした。

 しかしそれとは裏腹に、新型コロナウイルスの感染者数は全国的に拡大傾向が続き、12日には東京都内でそれまでで最多の621人の感染者が報告されました。大阪や北海道でも医療崩壊の一歩手前の地域が出はじめ、自衛隊の看護師らが災害派遣される事態が生じました。

 感染拡大防止か経済か。難しい判断を伴う二律背反の問題ですが、国民の間では大型の感染第3波が押し寄せているにもかかわらず、菅内閣の対応が経済優先に傾きすぎているのではないかという受け止めが一気に広まりました。

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 毎日新聞と社会調査研究センターが12月12日に行った世論調査で「菅内閣を支持する」40%、「支持しない」49%で、不支持が支持を上回り、政権内に動揺が走りました。

 そして11日から13日にかけてNHKが行った月例世論調査は、「菅内閣を支持する」42%、「支持しない」36%という結果でした。逆転こそしませんでしたが、菅内閣発足直後の62%の支持率が、わずか3か月で42%へと20ポイント下落しました。支持が3分の2に縮んだわけです。

 このNHK調査を詳しく見ると、「新型コロナウイルスをめぐる政府の対応を評価しますか?」という質問に対し、答えは「評価する」41%、「評価しない」56%という結果でした。菅内閣が9月に発足して以来、この質問で「評価しない」が「評価する」を上回ったのは初めてです。

 これを11月の調査と比べてみると、「評価する」が19ポイント減り、「評価しない」が逆に21ポイント増えています。この1か月で国民の受け止め方が急激に変化したことが分かります。

 そして菅総理が経済の下支えとして強くこだわるGo Toトラベルについては、極めて厳しい眼が向けられました。「政府はGo Toトラベルを延長する方針です。あなたは、このまま続けるべきだと思いますか。それともいったん停止すべきだと思いますか」と聞きました。

 結果は「続けるべき」12%、「いったん停止すべき」79%でした。実に国民の8割が「いけない、急ブレーキが必要だ!」と感じたということです。まさに菅官邸の“未熟運転”ぶりが見えてしまった出来事です。

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 もちろん菅総理周辺が発している「Go Toを来年6月末まで延長したのは、旅館業、観光業の人たちが金融機関から事業継続の融資を受け易くするための環境整備だ」という説明には一理あります。

 確かに旅館業、観光業に従事する人たちは、関係者の間では900万人とも言われ、決して少ない数ではありません。しかし、その10倍以上になる国民の多くが、「行動範囲の拡大を奨励するような誤ったメッセージを送り続けるのはいかがなものか」と感じる間は、慎重に対処した方が良いでしょう。

 新型コロナウイルスを抑えるワクチンの開発・製造の知らせが続々と世界各地から伝わり始めました。これがどういうスピードで接種され、感染拡大にブレーキをかけてくれるのか。

 学術会議をめぐる問題でも指摘されたように、様々な局面で国民への説明不足が目立つ菅総理。今回の支持率急落を挽回するには、コロナ禍を乗り越えるための政策展開について、これまで以上に説明の努力を重ねるしかありません。

 安倍前総理大臣が8月に退陣の決断をした背景の一つに、コロナ禍対応で泥にまみれて終わるのは避けたいという思いがあったのは透けて見えました。それほど困難な情勢です。これを乗り越えるには、国民の納得を得ることが一番の力となるのではないでしょうか。

メディアの動き 2020年12月01日 (火)

#287 米大統領選挙で際立った「異なる現実」を生きるアメリカ社会~メディアの責任と役割は

メディア研究部 (海外メディア) 青木紀美子


「数えるべきではない票を数えている」「票の有効無効の判断に信頼がおけない」

アメリカ大統領選挙の開票・集計作業に対するこうした批判を筆者が初めて耳にしたのは、2020年ではなく、20年前のことです。2000年11月、ブッシュ対ゴアの選挙直後、南部フロリダ州パームビーチ郡で始まった票の手作業による数え直しの最中でした。選挙の勝敗を決めるフロリダ州の得票を数百票差でリードしていた共和党ブッシュ陣営は数え直しに反対の立場。全米各地から共和党議員や知事、法律顧問たちが選挙委員会の拠点、郡の緊急事態センターを訪れ、駐車場に中継車やテントを並べて待機する報道陣を前に、数え直しの作業への疑念を表明しました。理由のひとつは票の有効無効を判断する選挙委員会委員長の判事が民主党支持者だということでした。

筆者は「民主主義の先進国」と当時は考えられていたアメリカで、選挙の運営と管理を託された公の組織に不信の念を示す政治家の発言に少なからず衝撃を受けました。有権者を味方につける戦略として公的な機関への信頼を損なうことも厭わぬ言動に危うさを感じたためです。連邦最高裁で決着をみるまで1か月以上かかったこの選挙、現地のテレビは入れ替わり立ち替わり現れる政治家の発言を長時間の生放送のコンテンツとして歓迎していました。ジャーナリストの多くは経験したことのない事態を追いかけることに忙しく、筆者も抱いた違和感を整理して伝えるにはいたりませんでした。

「違法な票を数えている。選挙が盗まれるかもしれない」

あれから5回目の大統領選挙となったこの11月。候補者である現職の大統領自身が、選挙の結果とプロセスに激しく異議を唱える異例の事態になっています。トランプ氏は選挙前から郵便投票が不正の温床だという主張を繰り返してきました。選挙直後の4日未明には、ホワイトハウスでの会合で「私に投票した多くの人々の選挙権を情けない人たちの集団が奪おうとしている」と発言。5日には、アメリカ東部時間の夜のニュースの時間帯にあわせてホワイトハウスで記者会見を開き、法的に有効な票の集計では自らが余裕をもって勝利したと表明。開票が進むに連れてバイデン氏との票差が縮まっているのは、民主党が「どこからか票を見つけてきた」からだと非難しました。アメリカのテレビ3大ネットワークは、この日も大統領の発言を生中継で伝えていましたが、いずれも途中でキャスターが割って入るかたちで生中継をそのまま放送にのせることをやめました。NBCのキャスター、レスター・ホルト氏は「大統領がいくつもの虚偽の申し立てをしたため、ここで遮らざるをえない」と述べるなど、各社とも会見が終わるのを待たずに映像をスタジオに戻し、大規模な不正が行われている証拠はなく、大統領の発言は事実に反していると指摘しました。

「郵便投票への不信を広げることを大手メディアが助けていた」

メリーランド大学のサラ・オーツ教授は3大ネットワークが会見の中継を打ち切ったことについてホワイトハウスが発信するプロパガンダがニュースではないことをメディアがようやく受け止め、方向を転換する画期的な判断をしたと評価しました。それまで、市民に情報を伝える媒体としての責任を果たそうとしたメディアが、大統領の発言をまずは真偽にかかわらず報道し、そのうえで問題を指摘してきたことが、かえって大統領に「メディアは偏っている」と批判する口実を与え、偽情報の拡散に利用されてきたというのです。 1) その一端をうかがわせる調査の結果をハーバード大学のヨハイ・ベンクラー教授のチームが発表しています。調査では2020年の3月から8月の半年間に「郵便投票による不正」を取り上げたオンライン記事、TwitterやFacebookへの投稿とその情報の源や流れを分析。この結果、トランプ大統領とその側近による「不正」の主張を初期の段階で幅広い層に拡散させる中核的な役割を果たしたのはこれをニュースとして取り上げた大手メディアだったと結論づけています。 2) 

「メディアはトランプをどう伝えればよいか学びきれなかった」

トランプ大統領の発言をどう伝えるかは4年前の就任以来、多くのメディアが日々、直面してきた難題でした。大統領の発言に含まれた誤・偽情報は、就任を祝いに首都に集まった人の数に始まり、2020年9月までに2万件を超えたとWashington Postのファクトチェック・チームは報じています。 3) それでもジャーナリストは大統領という職位への敬意を持ち続け、「大統領の発言はニュース」というそれまでの常識に従い、意見の対立があれば両論を併記するというメディアの原則のもとに報道を続けてきました。また、大統領の言動が、常識や事実を逸脱するほど記事の扱いは大きくなり、それに対する憤りが大きいほど反響は大きく、さらに、その内容をめぐって激しい意見を戦わせるほどテレビは視聴率を伸ばすといった具合に、ビジネスとしてのメディアを潤わせてきたという側面もありました。こうした要素が重なった結果、間違いや嘘を指摘されても認めず、逆に事実を伝えるメディアを「フェイク・ニュース」「人民の敵」と攻撃する大統領にメディアはどう対応すべきか学習しきれないまま、振り回されてきたとWashington Postのメディア・コラムニスト、マーガレット・サリバン氏は述べています。 4)

「異なる現実の中で生きてきたアメリカ人」

大統領選挙から4日目の11月7日、アメリカの大手メディア各社はバイデン氏の勝利が確実になったと報じました。一部の州ではまだ集計作業が続いていましたが、残る票で結果は覆らないとの読みに基づくものでした。「大規模な選挙不正」の証拠は示されず、各地の裁判所はトランプ陣営の訴えを相次いで退けています。しかし、YouGovとEconomistが11月15日から17日にかけて行った調査では、トランプ氏に投票したという回答者の91%が、郵便投票は「おそらく」または「間違いなく」バイデン氏に有利になるように操作されていると回答し、88%がバイデン氏の勝利は法的に正当なものではなかったと回答しました。 5) 政党支持による社会の分断は政策についての考えや価値観だけでなく、現実認識の違いを生み、事実の積み重ねでは超えられない壁になりつつあることはこれまでの調査でも示唆されていましたが、今回の選挙でより明確になりました。トランプ氏に投票した有権者は前回4年前の選挙を上回り、7000万人を超えています。ペンシルベニア大学のマイケル・デリ・カルピーニ教授は、「アメリカ人は異なる現実の中で生きてきた」と社会の分断への危機感を表明しています。選挙が公共の利益がどこにあるかを決する民主主義のシステムとして機能するには、事実の共有と、選挙プロセスへの信頼とが必要になるためです。 6) 

「大統領選挙はメディアの報道にとっても分岐点」

大統領選挙で際立った「異なる現実」。その種は20年前のフロリダの数え直しのときにはすでに蒔かれ、長い時間をかけて育てられてきたといえるのかもしれません。政治の取材を政治家ではなく、市民の側の視点から行うよう呼びかけてきたニューヨーク大学のジェイ・ローゼン教授は、10年近く前からメディアが政治の動きを政党や政治家の戦略や駆け引きとして解説するインサイダー的な視点に重点を置いていることの危険性を指摘してきました。そして、「一方がこう主張したのに対し、他方はこう述べた」という双方の主張を並べるだけの両論併記は、何が事実かを検証して伝えるジャーナリストの役割を放棄するものではないかと疑問を投げかけてきました。 7) ローゼン氏は、そうした報道が、トランプ流政治に翻弄されることにもつながったとしたうえで、今回の選挙では、何が起きるかをメディアが予想して備え、根拠のない主張を退けたと評価しました。そのうえで、今後、メディアは従来の報道に戻るか、これを機に変わるか、分岐点に立っているとしています。 8)

「虚偽と真実の両論併記をやめる」

前出、サリバン氏も偽情報が蔓延して社会の基盤を揺るがす現状はトランプ大統領が生み出したものではなく、加速度的に悪化させたものであり、陰謀論を拡散するオンラインのニュースチャンネルやソーシャルメディアの存在もあって、これからも続くと警鐘を鳴らしています。将来に向け、事実にもとづく報道をするメディア(reality-based press)の役割は、まず、公平という名のもとに根拠を欠く虚偽と、事実にもとづく真実とを同等に扱う誤った両論併記をやめること。次に「真実を守り(pro-truth)、有権者の権利を守り(pro-voting)、民主主義を守る(pro-democracy)」など拠って立つところを明らかにすること。3つ目に、市民が情報の真偽を見分ける能力、メディア・リテラシーを高めることに貢献することだと提言しています。 9) また、ウィスコンシン・マディソン大学のスー・ロビンソン教授らは、メディアは今、事実よりも帰属意識、情報よりもアイデンティティーを拠りどころにする人々にどう向き合い、ジャーナリズムを担うものとしての役割をどう果たせるのかを試されているのだと述べています。 10)

アメリカのジャーナリストたちは2020年の大統領選挙の取材で期日前投票から開票・集計作業まで、現場の動きを記録し、伝えることで、「大規模な不正」という主張を退ける一助になってきました。また、この4年間、その調査報道やファクトチェックの活動によって、トランプ大統領や側近の言動に含まれるさまざまな虚偽や矛盾にも光をあててきました。しかし、選挙を通し、それが多くの有権者に届いていないという現実を改めてつきつけられたことで、これまでの報道を検証し、メディアの責任と役割を考える動きはアメリカで今後も続いていくでしょう。メディアとジャーナリズムの課題を考えるうえで学ぶところは多く、引き続き注視し、報告していきたいと思います。



1) The day the music died: turning off the cameras on President Trump(Sarah Oates-U.S. Election Analysis 2020)
https://www.electionanalysis.ws/us/president2020/section-4-news-and-journalism/the-day-the-music-died-turning-off-the-cameras-on-president-trump/
2) Mail-In Voter Fraud: Anatomy of a Disinformation Campaign (Yochai Benkler ほか-Berkman Klein Center for Internet and Society at Harvard University)
https://cyber.harvard.edu/publication/2020/Mail-in-Voter-Fraud-Disinformation-2020
3) In 1,323 days, President Trump has made 22,510 false or misleading claims
(Fact Checker-Washington Post)
https://www.washingtonpost.com/graphics/politics/trump-claims-database/?itid=lk_inline_manual_3
4) The media never fully learned how to cover Trump. But they still might have saved democracy. (Margaret Sullivan-Washington Post)
https://www.washingtonpost.com/lifestyle/media/media-cover-trump-save-democracy/2020/11/08/e23fc35e-21c1-11eb-952e-0c475972cfc0_story.html
5) The Economist/YouGov Poll November 15 - 17, 2020
https://docs.cdn.yougov.com/02yn0jg6d7/econTabReport.pdf
6) When worlds collide: contentious politics in a fragmented media regime(Michael X Delli Carpini-U.S. Election Analysis 2020)
https://www.electionanalysis.ws/us/president2020/section-4-news-and-journalism/when-worlds-collide-contentious-politics-in-a-fragmented-media-regime/
7) Why Political Coverage is Broken (Jay Rosen-Pressthink)
https://pressthink.org/2011/08/why-political-coverage-is-broken/
8) Two paths forward for the American press (Jay Rosen-Pressthink)
https://pressthink.org/2020/11/two-paths-forward-for-the-american-press/
9) The disinformation system that Trump unleashed will outlast him. Here’s what reality-based journalists must do about it.  (Margaret Sullivan-Washington Post)
https://www.washingtonpost.com/lifestyle/media/trump-disinformation-journalism-next-steps/2020/11/20/6a634378-2ac8-11eb-92b7-6ef17b3fe3b4_story.html
10) When journalism’s relevance is also on the ballot (Sue Robinsonほか-U.S. Election Analysis 2020)
https://www.electionanalysis.ws/us/president2020/section-4-news-and-journalism/when-journalisms-relevance-is-also-on-the-ballot/


メディアの動き 2020年11月25日 (水)

#286 没後50年 テレビが伝えた三島由紀夫

メディア研究部(メディア動向) 大髙 崇


1970年11月25日。
自衛隊市ヶ谷駐屯地総監室に立てこもり、バルコニーから檄文を撒き、自衛隊員に決起を促す演説をした直後、作家・三島由紀夫は自ら命を絶ちました。

世界中を震撼させたその日から、今日で50年。

三島をこの行動に駆り立てたものは何だったのか、三島文学とは何か、彼が憂いた日本と日本人は今、どこにいるのか。
50年間、三島は、多くの人々を悩ませ、語らせ続けています。

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現在、NHKアーカイブスポータルサイト「NHK人物録」では、死の4年前の三島のインタビュー映像を公開しています。彼はこう語っています。

「人間の生命というものは不思議なもので、自分の為だけに生きて、自分の為だけに死ぬというほど人間は強くないんです。すると、死ぬのも何かの為、というのが必ず出てくる。それが、むかし言われた大義というものです」

既に自らの最期を決定しているかのようです。しかし同時に、「そういうことを思い暮らしながら畳の上で死ぬことになるだろう」とも漏らしています。自らが抱く大義に突き動かされながらも果たしてそれを実行できるか、ためらう様子が垣間見えます。

NHKでは、没後50年に合わせて、三島由紀夫とは何者だったのかを考える番組をいくつか放送します。
きょう25日深夜は、NHKスペシャル「三島由紀夫〜50年目の素顔〜」(21日放送の再放送)。
27日(金)、映像ファイルあの人に会いたい「アンコール 三島由紀夫」(2004年10月放送の再放送)。
28日(土)、ETV特集「転生する三島由紀夫」(新作)。

いずれも異なる角度から、小説家、思想家、そして1人の人間としての三島像に迫ろうとしたものです。

番組アーカイブを研究する中で、他にもたくさんの三島由紀夫関連番組と出会います。いくつかご紹介しましょう。

1995年放送、ETV特集「三島由紀夫 二つの仮面」
作家の猪瀬直樹さんの取材記録を基に、平岡公威(三島の本名)の成長過程にスポットを当て、高級官僚だった祖父の存在と、その時代を背負って、公私ともに厚い「仮面」をまとってゆく男の精神を探る番組です。撮影担当の新沼隆朗カメラマンの荒々しいカメラワークは、まるで仮面を剥ぎ取ろうとするかのようです。

もう一本。2015年放送、日本人は何をめざしてきたのか 知の巨人たち「第7回 昭和の虚無を駆けぬける 三島由紀夫」
三島と親交が深かったドナルド・キーンさんや、楯の会の会員、死の前年に討論した東大全共闘のメンバーたちの証言を織り交ぜながら、戦後の日本に絶望を深めてゆく三島の心模様を浮き彫りにしています。遺作『豊饒の海』のラストシーンは、当初はなんとも不気味で虚無的だった事実も示されます。

まだまだあるのですが、字数の都合もありこのへんで。

実はこの秋、「テレビ番組の再放送に関する意識調査」を実施しました。現在鋭意分析中ですが、NHKの視聴者のみなさんは過去の優れた番組を再放送することに対して概ね好意的な様子です。

三島由紀夫の数々の番組はもちろん、たくさんある保存番組をみなさんに再び見ていただくためには、権利処理などの課題があります。どうすれば課題を乗り越えられるのか、研究者として、一層励まねばと思うこの頃です。


メディアの動き 2020年11月20日 (金)

#285 公共放送に家宅捜索が入った! ~オーストラリアの気になる事件~

メディア研究部(海外メディア) 佐々木英基


公共放送に警察が踏み込んだ

 2019年6月、オーストラリアで気になる事件が起きました。公共放送ABCが家宅捜索を受けたのです。

 なぜ? 理由は、ABCが軍の“機密文書”を基におこなった調査報道にあります。

 リポートには、“アフガニスタンに派遣されたオーストラリア軍兵士が、2009~13年にかけて非武装の民間人を殺害した”という衝撃的な内容が含まれていました。
 “機密文書”によって初めて明らかにされたものでした。

 この報道には「機密情報を公開した疑い」があり、「機密の不正開示」を罰する法律に違反するというのが、家宅捜索をおこなった連邦警察の主張です。

 捜索令状には、報道に関わった3人の名前が記されていました。
 捜査員は、ABCのコンピューターシステムにアクセスし、一部のデータを持ち帰りました。

 日本人である私からみても、ABCが報じた内容は、主権者であるオーストラリアの人々の「知る権利」に応えるものであり、家宅捜索は重大な問題をはらんでいるのではないかと思えました。

 「なぜ“民主主義国家”オーストラリアでこんなことが起きたのか?」

 「家宅捜索のあと、いったいどうなったのか?」

 事件の概要や問題点を『放送研究と調査』の10月号に「"知る権利"と"国家安全保障"の相克~豪公共放送への家宅捜索から浮かび上がった論点~」としてまとめました。

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ABC(オーストラリア放送協会)


“知る権利”は“風前の灯”!? 日本は…


 今回の調査では、オーストラリアの有識者にも話を伺いました。

 ある法学者は「9.11(2001年の同時多発テロ)が転機になった」と証言しました。
 彼は、「9.11以降、“国家安全保障”の名のもと、多くの立法がなされ、“報道の自由”は後退し続けている」と指摘しています。

 加えて、新型コロナウイルス感染対策の一環として政府が国民の行動を制限するようになったことにも触れ、「政府の強権主義が拡大し、“知る権利”の後退につながる恐れがある」とし、「これは、オーストラリアだけで起きている問題ではない」との懸念を示しました。

 彼の懸念は、はたして杞憂だと言えるでしょうか?

 また、軍事史やインテリジェンスに詳しい日本の学者からも、興味深い見解を伺いました。
 「オーストラリア政府が文書を“非公開”とした背景には、“米国の存在”があるのでは」と言うのです。

 オーストラリアと米国は同盟国で、軍事情報を共有しています。
 「軍人による民間人殺害を記したこの文書は、非公開にすべき」という決定に際し、米国の意向が働いたのではないか、というのが、彼の見立てです。

 つまり、オーストラリア軍の情報にもかかわらず、“公開か非公開か”を決める事実上の決定権は米国が持っているというのが実態ではないか、という見解です。

 事態はいまも動いています。

 そしてついに、11月19日、オーストラリア軍の制服組トップが会見を開きました。
アフガニスタンに派遣されていた兵士が、民間人など合わせて39人の殺害に関わっていたことを明らかにし、国民に謝罪したのです。

 “知る権利”に対する内外のジャーナリストたちのこだわりが、今回は“機密の壁”に風穴を開けたようです。


メディアの動き 2020年11月11日 (水)

#284 "菅首相の説明は不十分" ~学術会議問題から見えるもの~

放送文化研究所 島田敏男


 9月16日の菅内閣発足以来、「菅さんって苦労人だそうだから安倍さんとは違うんじゃないの?」「いやいや、しょせん番頭役を務めてきたんだから安倍亜流さ」などといったやり取りをした日本人が、いかに多かったことか。

 10月26日、臨時国会が召集され、菅総理大臣は就任後初めての所信表明演説に臨みました。毎年1月にスタートする通常国会での施政方針演説が向こう1年間を展望するのに対し、臨時国会で行う所信表明演説は当面の考えを示すものです。

 とはいえ安倍前総理の急な退陣でバタバタと就任した後、初めてまとまった考えを示す機会です。NHKが欠かさず放送する所信表明の国会中継にも、冒頭のような素朴な興味を湛えた視線が向けられていました。

1111-11.png 所信表明演説には二つの柱がありました。一つは新型コロナウイルスの爆発的な感染を防ぐと同時に、経済を回復させる姿勢を強調したこと。もう一つは脱炭素社会の実現に向けて「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」と宣言したことです。

 新型コロナウイルスとの戦いでは、日本は欧米の国々と比べ感染者数も死亡した人の数も比較的低い水準です。最大の問題は経済活動の活発化が感染拡大を招かないかという点です。政府も手探りの状態ですので、演説は決意表明と言わざるを得ません。

 もう一つの「2050年温室効果ガスゼロ宣言」は、パリ協定の枠組みに沿って全力投球しようという国際的なトレンドに乗ったものです。ただ、具体的にどういう方法で実現するかが説得力を持って示されたわけではないので、これも一種の決意表明でしょう。

 前の安倍総理は、どちらかと言えば選挙に役立つ足元のテーマに拘っていた面があります。それを一番近くで見守っていた菅総理が「ここは一つ30年先に話を膨らませて、自分の色を出したい」と考えても不思議ではありません。

 とはいえ敢えて2050年に言及するならば、是非継続的に人口減少に歯止めをかける対策、税と社会保障の新たな一体改革などにも踏み込んでいただきたい。国民が切望しているのは「将来に備える安心づくり」なのですから。

1111-21.png さて、所信表明に対する衆参両院での各党の代表質問、そして予算委員会での一問一答の論戦へと進むにつれ、学術会議が推薦した105人のうち、政府が6人を会員に任命しなかった問題が次第に焦点になってきました。

 菅総理は与党議員の質問を受けて、以前は正式な推薦名簿が提出される前に内閣府の事務局などと学術会議の会長との間で、一定の調整が行われていたことを認めました。しかし、今回は推薦前の調整が働かなかったため、一部が任命に至らなかったのだとして問題は無いという考えを強調しました。

 これに対し野党側は、「なぜ6人だけを任命しなかったのか理由を明らかにすべきだ」と攻め立てましたが、菅総理は「総合的、俯瞰的に判断した」と繰り返し、突っぱねました。

1111-31.png この予算委員会の論戦を受け、11月6日からの3日間、NHK世論調査が行われました。電話による月例世論調査です。

 菅内閣を「支持する」と答えた人が56%、「支持しない」が19%でした。内閣発足直後の9月調査は支持する62%でしたが、10月調査は55%に下がり、今月の数字はこれとほぼ横ばいです。

 支持率を下支えしている要素として見えたのは、新型コロナウイルスを巡る政府の対応への評価です。「評価する」が60%、「評価しない」が35%で、安倍内閣の末期よりも評価する数字が上向いています。

 急速な感染の拡大や重症者の増加が、今のところ何とか抑えられていることが、こうした評価に繋がっていると考えられます。

 では、学術会議問題での菅総理の説明は、どう受け止められているのか?説明は「十分だ」と答えた人が17%にとどまったのに対し、「十分ではない」と答えた人は62%に上りました。

 菅総理は「学術会議の会員任命は公務員人事であり、人事の理由は明らかにしない」と繰り返していますが、これが説明不十分と受け止められているわけです。

 企業や組織で人事権を行使する側の人にとっては菅総理の姿勢は当たり前かもしれませんが、行使される側の人には不透明さを感じさせる面が強いのでしょう。安定した政権運営に欠かせない「総理大臣の持つ説得力」に対する評価が定まっていないのが現状です。

1111-41.png 野党は引き続き学術会議の問題を追及する構えで、自民党のベテラン議員の間からも「長引くと政権の傷になりかねない」と心配するつぶやきが聞こえてきます。

 政府・自民党は会員任命方法の見直しなど、いわゆる学術会議のあり方の検証を進めることにしています。

 ただ、今回の6人の問題が不透明なまま残るとするならば、検証の結果として示される提言などの説得力を損なうことにもなりかねません。

 “より十分な説明を”ーこれが多数の声として続くならば、菅総理はこの声に応えていけるのか。それとも、冷めた眼差しが向けられていく結果になるのでしょうか。


メディアの動き 2020年11月09日 (月)

#283 バーチャル空間で、ハッピー・ハロウィーン!

メディア研究部(メディア動向) 谷 卓生


 今年のハロウィーン(10月31日)、どう過ごしましたか?
 ぼく自身は、正直言えば、これまではあまり関心を持っていたわけではなく、渋谷などの繁華街で仮装して楽しんでいる人たちを通りすがりに見かけるぐらいのものでした。

 でも、今年は、大いにハロウィーンを楽しみました!
 コロナ禍で“密”を避けるために、リアルのハロウィーンパーティやイベントが開きづらいなか注目を集めた「バーチャルハロウィーン」に行ってきたんです。
 「バーチャルハロウィーン」というのは、インターネット上のバーチャルの空間で開催されたハロウィーンのイベントです。

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「バーチャル渋谷 ハロウィーンフェス」会場を、アバターで散歩

 まず、テレビなどでも話題になった「バーチャル渋谷」のイベントから話しましょう。「バーチャル渋谷」は、バーチャルリアリティー(VR)1)の技術を使ったイベントなどを開催するためのプラットフォーム「cluster」(日本企業cluster社の運営)上に、CGで作られた“第2の渋谷”(渋谷区公認)。現在、公開されているのは、スクランブル交差点周辺のエリアだけですが、ここが、10月26日から31日までの6日間、ハロウィーンのために飾り付けされてバーチャルハロウィーンの会場になりました(「バーチャル渋谷 ハロウィーンフェス」)。
 パソコンやスマートフォンを使って、clusterのアプリを立ち上げて、インターネットでバーチャル渋谷に入ります2)。アバターに着替えて街を歩き回ると、渋谷に行ったことがある人なら見覚えがある建物などをいくつも発見できるはず。バーチャル・ハチ公もいましたよ!このバーチャル渋谷で、連日、イベントが開かれ、ぼくは、きゃりーぱみゅぱみゅさんのライブ(28日)やハロウィーン当日の31日にはDJイベントなどに参加しました。

 さて、どんな体験だったのか?
 イベントの参加者は、上の画像のようなハロウィーン仕様のアバター姿でライブ会場へワープします。

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きゃりーぱみゅぱみゅのライブ(10月28日)

 目の前に現れたのは、「Halloween Fes」という大きな看板を掲げたステージがある空間。そこは、さっきいた空間の、いわば“パラレルワールド”で、バーチャルのスクランブル交差点の上にステージが建っています。PCのキーボードを使ってアバターをステージの近く、好きな場所に移動させ開演を待ちます。夜8時、きゃりーぱみゅぱみゅさんなどの出演者は、モニターに映像が映し出される形ではなく、ホログラムのような映像で現れました。参加者は、clusterの画面に仕込まれたボタンを押して拍手をしたり、ペンライトを振ったり、コメントを送るなどのリアクションをしてライブを盛り上げました。ライブ中も自由に移動してステージをいろんな場所や角度から見ることができたんですよ。
 きゃりーさんのライブは、初日に予定されていましたが、アクセスが殺到して不具合が生じ延期されたほどです。ただアバターの数からは、あまり参加者が多いようには見えないため、少し盛り上がりにかける気がしたのは残念でした。
 イベントを主催した「バーチャルハロウィーン実行委員会」3)は、会期中に、約40万人がバーチャル渋谷を訪れたとしています。


 次に、VRを使ったSNS、「VRChat」の中で行われたバーチャルハロウィーンのイベントについて見ていきましょう。VRChatは、アメリカのVRChat社が、2017年からインターネット上で運営しているVRプラットフォーム。そこでは、利用者はみんなアバターを身につけて、自分の声で、コミュニケーションを楽しむことができます。インターネットにつながり、VRを楽しめる機材(ゲーミングPCやHMDなど)を持っていれば、誰でも無料で利用できるんです。

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VRChat内で行われたハロウィーンイベント(10月31日)

 これは、ぼくが参加したハロウィーン当日に行われたイベントで撮られた写真です。ユーザーは、思い思いのアバターを身につけています。写真をよく見てもらうと手を振ったり、体を傾けたりしているアバターがいるのがわかると思いますが、このとき、現実世界にいるユーザーも同じような動きや姿勢をしています。アバターと自分の動きが連動すると、「一心同体」になる。こればかりは、体験しないとなかなかわかってもらえないと思いますが、この城のある空間に、自分が入り込み、目の前に、こうしたアバターたち(もちろん3D)がいる世界を想像してみてほしい!ここで、アバター(をまとったユーザー)たちは、城の中や周囲の庭で、飛んだり、はねたり、走りまわったりなどして、いっしょに遊びます。VRChatで利用するアバターは、ユーザーの自作のものや販売されているもの、無料で使えるものがありますが、こうした分野に詳しいユーザーは、ハロウィーン向けに、自分のアバターを“仮装”して(=改変して)いるので、「かわいい!」「すごい!」などと互いのアバターをほめあったり、作り方について教え合ったりしている光景が見られました。去年までは、渋谷などのリアルの街頭で大勢の人たちが仮装を楽しんでいましたが、それと同様のことが、バーチャル空間でも行われたというわけです。アバターを身にまとうことを、一種の“仮装”と考えるなら、VRChatでは、“毎日がハロウィーン”と言えなくもないですね。
 ちなみに、この空間(VRChatでは「ワールド」と呼ばれる)も、ハロウィーンのイベントのために、ユーザーが自作したもの。こうしたイベントは、他にも数多く行われていて、VRChatならイベントのはしごも簡単にできるので、ぼくもいくつかのイベントに参加しました。そうそう、イベントの開催・運営自体も、ユーザーによる自主的なものなんですよ。
 今年のハロウィーンは、直前に、PCがなくてもそれだけでVRを楽しめる機器(Oculus Quest2)が4万円弱という低価格で発売されたため、それを使って初めてVRChatを始め、バーチャルハロウィーンに参加した人も多くいました。

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VRChat内で行われたハロウィーンイベント(10月31日)

 コロナ禍がいつまで続くのかは、誰にもわかりません。
 来年のハロウィーンは、“密”になる心配が全くないVR空間でお目にかかりましょう。っていうか、ハロウィーン翌日には、VRChatでは早くも「クリスマスのアバターどうする?」という話で盛り上がっていたので、みなさんも“バーチャルクリスマス”を楽しんでみるのはいかがでしょうか?

(追伸)
 VRChatでは、こうした季節のイベントの他にも、ゲームやコンサートを楽しめるワールドやクラブ・バー・居酒屋、学校、そして、まじめなテーマで話し合えるワールドなど、現実世界にあるものはなんでもというと言い過ぎですが、かなり幅広い種類のワールドが揃っているので、今後ますます、その可能性は広がっていくと思います。


1) VRに「仮想現実」という訳語を使わない理由について、以前、論考にまとめたので、そちらをご覧ください。
「VR=バーチャルリアリティーは、“仮想”現実か」(『放送研究と調査』2020年1月号)

2) PCにHMD(頭部搭載型ディスプレイ)をつなげば、3Dで見ることもできる。しかし、ぼくが使っているOculus Quest2は、clusterに対応していないので、PCの画面で体験した。

3) KDDI株式会社、一般社団法人渋谷未来デザイン、一般財団法人渋谷区観光協会などから構成されている。



メディアの動き 2020年11月06日 (金)

#282 これからの"放送"はどこに向かうのか? ~民放ローカル局の現状と今後の可能性②~

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子


 前回のブログに引き続き、今回も10月に実施された日本マス・コミュニケーション学会秋季大会「ローカルメディアの課題~ビジネスと公共的事業の両立は可能か?~」の報告について紹介します。
下記の4項目の報告のうち、今回は③④です。
①厳しさ増す経営環境
②ローカル局改革議論の方向性
③ローカル局の公益的機能の今日的状況と課題
④地域報道・ジャーナリズムの持続可能性の担保

③ローカル局の公益的機能の今日的状況と課題
 下記は、コロナ禍における全国のローカル局の取り組みの一例です。通常の情報番組だけでなく、サブチャンネルやウェブサイトを活用し、ステイホーム下での人々の暮らしや教育を支援したり、地元の飲食店を応援したりする姿が印象的でした。

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 このように、地域住民を支え地域経済を盛り上げていく機能を、私は「地域のハブ・プロデューサー・デザイナー」と名付け、かねてから注目してきました。今後、ローカル局においては、放送法によって定められてきた「放送の公共性」とその帰結としての「地域の民主主義の基盤」「ライフライン」という機能に加え、3つ目の柱となっていくのではないかと考えています。

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 では、なぜローカル局はこうした機能に傾斜しているのでしょうか。それは、キー局からの配分金やナショナルスポンサーによる広告費の減少という“局の事情”と、課題の増大という“地域社会の事情”の2つが重なりあってきているからだと思います。ローカル局は今後一層、地上波放送の「リーチ」や「局ブランド」を生かしつつ、放送以外のコンテンツ関連事業やイベント等の非コンテンツ事業の担い手として、新たな地域ビジネスを創造していく方向に向かうでしょうし、地域の多様なアクターからもその姿が期待されていると思います。

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 こうした機能は、情報を伝え番組を届けるこれまでの機能とは異なる取り組みで、“広義”のメディア機能と私は捉えています。数年前から、地域のベンチャー支援や特産物の海外販売などに取り組む局が増えてきましたが、今年はこうした事業を専門とする会社を興す事例が増えている気がします。

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<小まとめ>
 ローカル局は今後、より地域に密着し、地域ビジネスを創造する“広義のメディア機能”を拡張していくと思われます。ただ、番組ファーストから地域ファーストへ、と言えなくもないこうした動きには懸念もあります。それは、地域の企業や自治体、つまりローカル局にとっての広告主でもある存在と接近しすぎることが、局が本来実現すべき報道・ジャーナリズム機能をゆがめてしまうことはないのかというものです。学会のワークショップのタイトルにも、そのことを想起する「ビジネスと公共的事業の両立は可能か?」というサブタイトルがつけられました。
 前回のブログで示した通り、広告主のネットシフトとコロナ禍で、今年度のローカル局の広告収入は前年比20%強の減少が見込まれています。そうした中、もともと広告収入につながりにくい報道・ジャーナリズム機能を弱体化させることを厭わない経営者も出てきかねないのではという不安もあります。

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④地域報道・ジャーナリズムの持続可能性の担保
 こうした事態が起きないようにするには、経営者の意識や局自身の気概が大事なことは言うまでもありません。先にも触れたように、報道・ジャーナリズム機能は、放送法で規定された放送局の「一丁目一番地」で、メディアの使命とも言えるものだからです。しかし、最近の取材では、報道部署に対して経営サイドや営業部署からの風当りが強まっているという声も聞くようになってきました。使命だから稼がなくてもいいという考え方が通用しなくなっている中、報道部署であっても“一円でもいいから稼ぐこと”を模索するマインドが求められているのではないかと思います。
 報告ではまず、テレビ宮崎(UMK)が行う、ネットへのニュース展開の事例を紹介しました。UMKではローカルニュースのオンエア後、速やかに、そしてできるだけ手間と人手をかけずに多様なネットプラットフォームに自動展開できるシステムを導入しています。検索でユーザーの目につきやすいよう、ニュースタイトルの頭を「宮崎」にする工夫をしたところ、PV数が大幅に上がったそうです。収益は、自社・他社プラットフォームで得られる広告収入を合わせて月額約30万円程度。広域局や大都市部に拠点を置くローカル局では100万円近くあるということも聞きますが、多くのローカル局ではこのくらいの額が相場なのではないかと思います。

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 こうした広告収入のほか、UMKのニュースのネット展開ではもう1つの収益があります。それが「FNNプライムオンライン」からの配分です。FNNプライムオンラインとは、フジテレビのニュースネットワークによるネットサービスで、2018年4月に開始し、現在は月間で8000万を超えるPV数を稼ぐニュースプラットフォームに成長しています。私も時々活用していますが、他の系列のネットニュースサービスに比べ、ローカルニュース、特に「FNNピックアップ」という深堀り記事の中に地域をテーマにした興味深い内容が多いと感じています。この10月からはBSフジで放送が開始されるという、 “ネットから放送へ”という新たな流れも生まれています。これらのFNNプライムオンラインの収益が、ローカル局各局に配分される仕組みになっているそうです。

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 もう1つの報道・ジャーナリズム機能で稼ぐ取り組みとして紹介したのが、テレビドキュメンタリー映画というジャンルです。このジャンルを切り拓いたのは、なんといっても東海テレビ(在名広域局)でしょう。下記は有料多チャンネルの1つ「日本映画専門チャンネル(日映)」にラインアップされている地上波ローカル局制作のドキュメンタリー及び映画ですが、30作のうち27作を東海テレビ制作作品が占めています。このチャンネルには日本映画もたくさんありますが、日映によると、特に50代以上の世代にはドキュメンタリー視聴が加入動機になっている人が多いそうです。

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 東海テレビに取材すると、ローカル局が映画製作に取り組むということは、少なくても費用的にはそこまでハードルは高くないことがわかりました。東海テレビに限らず、これまでローカル局が制作しているドキュメンタリー映画のほとんどすべてが先に地上波で番組として放送しているものであるため、それをリメイクする費用と、映画の広報・宣伝を担当する配給会社(東海テレビの場合は配給協力会社)に支払う費用があれば映画化は可能だといいます。加えて豊富な映像アーカイブも活用できることも大きな強みだそうです。
 東海テレビがこれまで制作した映画のうち、最もヒットした「人生フルーツ」は3億を超える興行収入をあげています。ただドキュメンタリー映画の世界は、1万人が来場すれば大ヒットといわれる市場のため、その来場者数を超えてコンスタントに稼いでいくことができるほど甘くはないそうです。東海テレビの取材で印象的だったのは、ビジネスありきでこの事業を行っているわけではないけれど、制作費くらいはきちんと稼いで局内でドキュメンタリー制作の持続可能なモデルを構築していくことが大事だ、という言葉でした。

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  また、このジャンルで今年大きな話題を集めているのが、チューリップテレビ(富山)が制作した「はりぼて」です。10月初旬現在で、ドキュメンタリー映画の“1万人”の壁を超える大ヒットを記録しつつあります。この映画については、先日、地元の富山県で映画が公開されるタイミングで現地取材をしてきたので、次回のブログでその様子も含めて触れたいと思います。

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<小まとめ>
 報道・ジャーナリズムで稼ぐ事例として、ネット展開とドキュメンタリー映画化という2つを紹介しました。取り組む局にそれぞれお話を伺いましたが、PV数稼ぎに陥らない、商業主義に走らない、ということを意識しながら慎重に模索をしている姿勢が印象的でした。この分野はテレビの広告収入に比べて収益はまだまだ小さく、学会のワークショップでは、先に触れたキー局の役割のほか、地方紙と連携してローカルコンテンツの課金化を模索したらどうか、ケーブルテレビと連携したビジネスに可能性はないのか、などのアイデアが出されました。引き続き取材を深めていきたいと思っています。

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 最後に私からは、下記の問題提起を行いました。日本のジャーナリズムや地域メディア、放送の将来像に関する議論を取材していていつも気になるのは、これらの議論に国民・住民視点での検討、もしくは参加の場がないということです。少しでもそうした機会を増やしていけるよう、これからもブログなどでこのテーマについて発信し続けていきたいと思います。

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