文研ブログ

メディアの動き

メディアの動き 2021年07月14日 (水)

#332 オリンピックに向けられる複雑な視線 ~禁欲的五輪に意義を見出す~

放送文化研究所 島田敏男


 7月4日に投開票が行われた東京都議選の結果をどう評するか。見方は様々でしょうが「自民党支持者の一部が無党派に流れ出し、行き場に迷った無党派の塊は都民ファーストを崖っぷちで支えた」と見ることもできます。

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 問題は、菅総理大臣がオリンピック・パラリンピック後に先送りした衆議院の解散・総選挙に、こうした都議選に現れた傾向が繋がっていくのかです。
菅総理はコロナウイルスと戦いながら真夏のオリパラを成功させ、長期政権の可能性を手繰り寄せたいという思いで賭けに出たのに他なりません。

 しかし菅総理の目論見は、どうも思うようには進んでいないようで、むしろ国民の間に複雑で多様な視線を生み出しているように感じます。

 自民党と公明党を合わせても過半数に届かなかった都議選の結果に加えて、その1週間後に行われた7月のNHK電話世論調査(9日~11日実施)でも厳しい数字が並びました。

☆7月調査の菅内閣支持の項目を見ますと「支持する」33%、「支持しない」46%となっていて、3か月連続で支持<不支持が続いています。しかも、去年9月の内閣発足以降、支持率は最低を更新(安倍前総理の退陣表明直前が34%)。支持<不支持の差も先月の8ポイント差から13ポイント差に拡がりました。

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☆新型コロナを巡る政府のこれまでの対応を評価するか評価しないか聞いた結果は、「評価する」39%、「評価しない」58%で内閣支持と同様に厳しい数字になっています。去年の暮れにGoToトラベルキャンペーンの継続にこだわりすぎて国民の反発を招いて以来、政府の対応への評価は厳しいままです。

☆では、観客を入れての開催にこだわるのをやめて、1都3県の会場には観客を入れないで行う無観客開催の決定についてはどうでしょう?

「無観客は適切だ」39%、「観客を制限して入れるべき」22%、「観客を制限せずに入れるべき」4%、「大会は中止すべき」30%と割れています。

 菅総理がオリンピック期間をスッポリ覆うように設定した4回目の東京・緊急事態宣言。これを受けてオリンピック組織委員会の橋本聖子会長らが、清水の舞台から飛び降りる覚悟で決断した無観客開催。

 競技会場を抱える北海道や福島県は、この決断に同調して無観客開催を求めて認められました。こだわりを捨てた次善の策が、評価を得た現れと見ることができるでしょう。

 しかし、それでも世論調査では、30%の人が依然として中止を求め続けています。コロナウイルスの感染収束に至らない中での2度目の東京オリンピックの開催に対する国民の視線が、実に複雑で多様なことを読み取らずにはいられません。

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☆さらにもう1つ、重要なポイントについて世論調査の数字を見てみます。東京大会を開催する意義や感染対策についての政府や組織委員会などの説明に対する受け止めです。

「納得している」31%、「納得していない」65%で、ダブルスコアで納得せずが多数を占めています。ほぼ3分の2が腹に落ちていない、中途半端な気分のままだというのは気がかりです。

 これを政治的な態度の違いで見ると、与党支持者では「納得している」45%、「納得していない」54%で比較的接近しています。ところが野党支持者では「納得している」22%、「納得していない」76%。無党派層でも「納得している」22%、「納得していない」75%と圧倒的に懐疑的な様相が浮かび上がっています。

 野党支持者と無党派層には、菅内閣のコロナ対策は安倍内閣当時からのワクチン確保の出遅れを取り戻せていない、場当たり的な自治体への指示が多く接種の計画性に欠けているといった批判が根強く存在しています。

 また、コロナ対策と経済再生の両輪を担う西村康稔大臣が、酒類販売事業者に対し、酒の提供停止の要請に従わない飲食店に酒を売らないよう求めるとともに、金融機関にも働きかけをしてもらうなどと発言し、猛反発を招きました。

 「いかにも上から目線だ」という批判に慌てて撤回して釈明に追われましたが、根っこにあるのは政府が示す対策の有効性と見通しに国民が納得していない残念な状況です。

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 こういう状況の中で行われる東京オリンピックですが、少なくとも組織委員会がIOCを説得しながら禁欲的なスポーツの祭典として歴史に先例を残そうと努力しているのは正しい姿だと思います。

 全世界の人々がテレビの前でアスリートの一挙一動に目を凝らし、競技場には届かなくても思い思いに応援する。

 そして競技場には届かない応援を受けるアスリートの男女には、静けさの中で祈りを捧げる修道士、修道女のような清々しい振る舞いを期待します。そこには、近年のオリンピックを支えながら蝕んでもきた商業主義とは対極のものが見えてくるかもしれません。

 私が今回の東京オリンピックに願うこと。それは日本国民の多くが「オリンピックの開催が、結局、政権の延命装置にしかならなかった」と不快感だけを記憶に残すような総括に終わって欲しくないということです。

 もちろん延命装置になるかどうか自体も、ワクチン接種の拡大と、感染者の抑え込みの成果にかかっています。ただ、それだけでなく、近年では世界に例を見ない禁欲的なオリンピックの姿を示すことができたかどうかも総括の大きな要素になって欲しいと考えます。

 日本の戦後復興と高度経済成長を謳いあげた1964年の東京オリンピックとは異なる総括を、2020(2021年)では歴史に刻みたいものです。

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メディアの動き 2021年07月09日 (金)

#331 「市民参加型」陰謀論の浸透に改めて考えるエンゲージメントの意味

メディア研究部(海外メディア) 青木紀美子


アメリカを揺るがす『大きな嘘』

アメリカの民主主義をいま『大きな嘘』が揺るがしています。2020年の大統領選挙で「大規模な不正」が行われ、勝利が前大統領から「盗まれた」という陰謀論です。各州の選挙委員会や裁判所、前政権最後の司法長官が証拠なしと退けたにもかかわらず、バイデン政権誕生から半年近くが経った5月下旬の世論調査でも、共和党支持層の過半数がこの『大きな嘘』を信じているという結果が出ています1)。共和党が州議会で多数を占める州では、この『大きな嘘』を理由に、将来の選挙不正を防ぐためとして、投票の機会を狭めるような州法の見直しが行われ、選挙が民意を反映しないものになると懸念する声も出ています2)。政権交代直前の1月6日、前大統領の支持者が選挙の結果承認を阻止しようと連邦議会議事堂を襲撃した事件についても、参加者の大半は法を順守する平和的な市民で、主導したのは過激な左派だった、といった陰謀論が共和党支持層の間に広がっています3)

「市民参加型」で浸透した陰謀論

陰謀論はもともと断片的な情報しか得られないことが前提になっているため、ジャーナリストやファクトチェッカーが事実を確認して真偽を検証し、論理矛盾を指摘しても、効果は必ずしも期待できません。その上、2020年のアメリカ大統領選挙では、陰謀論の醸成がボトムアップの市民参加型だった4)ことも『大きな嘘』の浸透を促したと専門家は指摘しています。どういうことでしょうか。以下、その経緯をみてみます。前大統領は選挙前から「民主党は郵便投票を使った大規模な選挙不正を計画している」と繰り返し主張し、警戒をよびかけました。その主張を信じる支持者が各州で選挙の準備や投開票の動きを「監視」し、「疑わしい行為を見つけた」と通報し、「不正行為の暴露」に参加しました。内容は思い込みや虚偽がほとんどで、計画的、組織的な不正行為の証拠は示されていません。しかし、前大統領、その家族や陣営の政治家が市民の「通報」や「証言」を「不正の証拠」として取り上げました。こうした主張を大手メディアが報じると、これがソーシャルメディアで拡散され、前大統領の支持者の間で「不正」への不安や疑念がさらに広がり、これを引用して政治家や右派コメンテーターなどが市民の間で懸念や不信の念が募っていると主張。こうして「市民の通報」や「市民の懸念」をもとに『大きな嘘』は膨らみ、浸透していきました。政治指導者やコメンテーターたちには政治的、経済的な利益をもたらし、支持者たちには「ともに陰謀を暴く」「正義に貢献している」といった帰属意識や憤りから来る高揚感を与え、それが『大きな嘘』を持続させるエネルギーにもなっています。

事実の共有も「市民参加型」に

偽情報対策に取り組んできたFirst Draftのクレア・ワードル氏は、『大きな嘘』のような陰謀論の世界が市民参加型の情報の循環を作っているのに対し、事実を伝えることに重きを置くメディアやファクトチェックの専門家たちは、市民から問題の通報を受けて事実を確認し、真偽を検証する流れは作っているものの、検証結果については従来通りの「トップダウン」型の発信に終わらせがちだという問題を指摘しています。事実を伝える側も、プロセス全体に市民の参加を得、市民と連携していく必要があるというのです。よそ者の専門家が上から目線で教えを垂れるように事実をつきつけるのではなく、より身近なつながりがある人たちとの会話の中で事実が共有される方が説得力があり、地域やコミュニティーに根差し、その文化や言葉を理解する人たちが活動の中心になっていかなければならないと訴えています5)

アメリカだけの問題ではない

根拠を欠く虚偽情報や陰謀論が広く流布され、社会として事実が共有できなくなるという事態は、アメリカだけの問題ではありません。文化的背景や価値観が多様化し、格差が広がり、自らの社会的地位や暮らしが脅かされているという不安を抱く人が増えるなど、社会の分断を生みやすい条件が重なった時、日本を含め、どんな国にも起きうることです。そうした状況を背景にソーシャルメディアを巧みに使って虚偽を拡散し、対立や不信を煽る政治指導者が現れ、その人物を大手メディアがもてはやしたり、その言動を大きく取り上げたりすれば、人々が虚偽の主張に惑わされるリスクは高まります。

偽情報や陰謀論への免疫機能を高めるには

アメリカの現実が示すように陰謀論に引き込まれた人々を現実に引き戻すことは容易ではありません。ファクトチェックの定着と浸透も重要ですが、より予防的な措置として、偽情報や陰謀論を押し返す社会の免疫機能を高めていくことが必要です。そのためには、△情報の真偽を見極める市民のリテラシーを高めること、その一環として△偽情報や陰謀論を広げることで政治的、経済的な利益を得ようとする人や組織がいるという予備知識を浸透させること、また、こうした知識や情報の源として▲科学的知見を伝える学識者や、▲公共が共有する必要がある情報を発信する公的機関、▲事象の動きを伝えるメディアなどと、市民との間の信頼関係の構築が欠かせません。

メディア不信の中でも信頼を維持したのはローカルメディア

アメリカの前大統領は政府の科学者を批判し、事実を伝えるメディアを攻撃し、公的機関による情報の発表を抑制し、その信頼性を貶めることで、自らが主張する虚偽を浸透させました。アメリカでマスメディアの信頼について1972年から継続的に調べてきたGallup社の2020年8~9月の調査では、テレビ、新聞、ラジオなどマスメディアの報道を「大いに」もしくは「相当程度」信頼できると答えた人が党派別にみると民主党支持層では過去最高に近い73%、共和党支持層では10%で過去最低という大きな分断を示しました6)。そのような状況でも、地方の新聞やテレビは信頼できる情報源とみなす人が党派によらず多いことが調査で示されています7)。ローカルニュースは、自分の目でも確認できる範囲の事象や身近な課題を伝え、政治的な対立から離れた関心を呼び起こし、分断を超えた情報の共有や話合いを促す可能性を持っていると識者は指摘します8)

市民参加型のエンゲージド・ジャーナリズムの役割

アメリカの経験をふまえると、人々が自分の文化や言葉を理解している情報源があると感じられる、引いては自分たちも参加して情報をかたちづくっていると思える、トップダウンにとどまらない情報の循環を育むことが必要ではないかと筆者は考えます。メディアの中で、その力を発揮しやすいのは、より身近な関心事を取り上げることが多く、地域の課題解決を視野に入れたエンゲージメントができる地方メディアではないでしょうか。実際、アメリカでは、「市民とともに」ニュースをかたちづくるエンゲージメントを試みるメディアが増えており、2020年の大統領選挙と同時に行われた地方選挙では、各地の公共ラジオや新聞、オンラインメディアが市民の関心に沿った「市民アジェンダ」の選挙報道にも取り組みました9)。また、コロナ禍の中では感染予防策やワクチンの安全性などについて、地域住民の質問に答え、科学的知見にもとづく情報を伝える情報発信を行いました。ローカルメディアの多くは、双方向の対話のチャンネルを開いて信頼を育み、「身近にあって頼りになる」「生きるために役立つ」情報源となり、メディアへの不信、情報への不信を取り除いていこうとしています。


文研では、早稲田大学次世代ジャーナリズム・メディア研究所とともに、こうしたエンゲージド・ジャーナリズムの実践者から話を聞くオンライン講座を開催します。初回は7月10日、「市民アジェンダ」選挙報道を行ったシカゴの公共ラジオWBEZのオーディエンス・エンゲージメント・プロデューサーがゲストです。

エンゲージメントを取り入れた地方メディアの試みとしては、日本でも西日本新聞社「あなたの特命取材班」が始めた市民の疑問や困りごとを取材する調査報道「JOD:ジャーナリズム・オンデマンド」が2021年で4年目に入りました。全国のJODのネットワークは地方紙を中心に26社に増えています。このJODの取り組みについても実践者の話をもとに、このブログで紹介していきたいと思います。


1) Ipsos/ReutersPoll: The Big Lie, May 21, 2021
Over half of Republicans believe Donald Trump is the actual President of the United States.
https://www.ipsos.com/sites/default/files/ct/news/documents/2021-05/Ipsos%20Reuters%20Topline%20Write%20up-%20The%20Big%20Lie%20-%2017%20May%20thru%2019%20May%202021.pdf

2) Statement of Concern, June 1, 2021
The Threats to American Democracy and the Need for National Voting and Election Administration Standards
https://www.newamerica.org/political-reform/statements/statement-of-concern/

3) Half of Republicans believe false accounts of deadly U.S. Capitol riot-Reuters/Ipsos poll, April 5, 2021
https://www.reuters.com/article/us-usa-politics-disinformation-idUSKBN2BS0RZ

4) Trump didn't just prime his audience to be receptive to false narratives of voter fraud, he inspired them to produce those narratives, Kate Starbird, Dec 12, 2020,
https://twitter.com/katestarbird/status/1333791131771969537

5) Breakout: Countering the 2020 Infodemic (2021 Knight Media Forum)
https://vimeo.com/521049339

6) Americans Remain Distrustful of Mass Media  September 30, 2020
https://news.gallup.com/poll/321116/americans-remain-distrustful-mass-media.aspx

7) National News, Local Lens?†Findings from the 2019 Poynter Media Trust Survey
https://cpb-us-e1.wpmucdn.com/sites.dartmouth.edu/dist/5/2293/files/2021/03/media-trust-report-2019.pdf

8) Little Fires Everywhere June 12, 2021
https://www.wnycstudios.org/podcasts/otm/episodes/on-the-media-little-fires-everywhere

9) Citizens Agenda in Action: 20+ newsrooms turning to the public to focus their 2020 election reporting, Bridget Thoreson,·Aug 17, 2020
https://medium.com/we-are-hearken/citizens-agenda-in-action-20-newsrooms-turning-to-the-public-to-focus-their-2020-election-coverage-bcd86a22ec0d



メディアの動き 2021年07月07日 (水)

#330 「『テラスハウス』ショック」 フジテレビの取り組み

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子

 

 フジテレビ系列で放送し、Netflix、FODで配信が行われてきたリアリティー番組、『TERRACE HOUSE TOKYO 2019-2020(以下、『テラスハウス』)』に出演中だったプロレスラーの木村花さんが亡くなったことを踏まえ、私はこれまで、「放送研究と調査」に論考を書き、「文研ブログ」でも4回にわたり取り上げてきました。

 

「放送研究と調査」 「テラスハウス・ショック① ~リアリティショーの現在地~」
  https://www.nhk.or.jp/bunken/research/domestic/20201001_6.html

「文研ブログ」
*花さんが亡くなって3か月が過ぎて https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/100/435552.html
*海外のリアリティー番組について https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2020/10/14/
*BPO委員会決定を受けて https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2021/04/08/
*イギリスOfcom放送コード見直し https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2021/05/21/

 

 今回は5回目のブログになります。フジテレビにはじめて直接取材を行うことができましたので、その内容を掲載します。私は当初フジテレビに対し、番組制作担当者も含めた対面による取材を行いたいと申し込みました。私自身、もともとディレクターだったこともあり、制作者としての様々な思いを直接伺いたい、伺う以上に対話をしながら、メディアに身を置く当事者としても一緒にこの問題を受け止め、SNS時代の放送事業者の責務や、視聴者・出演者・制作者の3者の関係性のあり方について考えたいと思っていたからです。今回、フジテレビ側からは、現在取り組みを開始しているSNS対策を中心に、書面での回答であれば対応いただけるとのことでした。番組制作者への対面による取材を断念したわけではありませんが、フジテレビが花さんの死のような痛ましい出来事を二度と繰り返さないよう、放送事業者としてSNSにどのように向き合い、番組制作者としてひぼう中傷にさらされることが増える出演者にどのようなケアをしようと考えているのか、その具体的な内容を伝えることは、多くのメディア事業者にとって、また社会にとっても役立つ点があると感じ、今回の取材を行いました。以下、かなり長くはなりますが、書面による私の質問とフジテレビの回答の全文を以下に掲載します。

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<質問①>
 BPO の放送人権委員会は 3 月、「制作者側の指示によって意思決定の自由を奪うような人権の侵害や、過剰な編集や演出による放送倫理上の問題はあるとは言えない」とし、同時に「放送を行う決定過程で出演者の精神的な健康状態に対する配慮に欠けていた点で放送倫理上の問題があった」との判断を公表しました。 以上の2点それぞれについての御社の受け止めを教えてください。

<回答①>
 1点目については、弊社が行った検証で、制作側が出演者に対して、その意思に反して、言動、感情表現、人間関係等について指示、強要をしたことは確認されませんでした。BPO 放送人権委員会は、その検証結果も踏まえて、ご判断されたものと考えております。 一方、2 点目については、SNS 上でのひぼう中傷への対策および出演者へのケアの体制について、昨今の SNSの広まりや影響の大きさに照らして、至らぬ点があったことを改めて認識しました。 弊社は、今回の委員会決定を真摯に受け止め、今後の放送・番組作りに生かしていく所存であり、後述の対応を始めております。

 

<質問②>
 御社は対応策として、総務局内に「コンテンツ・コンプライアンス室 」を新設し、同室内に SNS 対策部を設けられたと発表されました。BPO の公表資料では、御社は「これまでは誹謗中傷についても、自然に鎮静化するのを待つのが基本的な姿勢であった」とされています。対策部を設置する以前に 御社がSNS 対応に対してこのような姿勢をとっていた理由と、今回 、対策部を設置するに至った問題意識を教えてください。

<回答②>
 弊社は、これまでSNSに限らずネット世論に対しての危機管理対応について、積極的な対応手段を講じることには慎重な姿勢でした。インターネット掲示板などでの匿名のひぼう中傷についても、こちらから反論すれば、かえって火に油を注ぐことになりかねないとの認識もありました。こうしたことから、脅迫や 殺害予告など、危険性がある場合を除き、沈静化するのを待つという対応が中心でした。 しかし今回、『テラスハウス』の件を受けて、日々ものすごいスピードで進化変容していくSNSやネット のリスクに対して、会社として対処する専門部署が必要であると考え、全社を広くサポートする部門である総務局内に「コンテンツ・コンプライアンス室」と、その下部組織として「SNS対策部」を新たに組成しました。 SNS対策部は、フジテレビが放送・配信するコンテンツ制作部門をバックアップするとの理念の下、「ひぼう中傷は許さない」という強い姿勢を示すとともに、出演者本人や関係者に寄り添い、メンタルケアを積極的に行うことを基本方針として活動しています。

 

<質問③>
 SNS 対策部の具体的な業務の内容について教えてください。また、対策部を設けることによってどのような課題克服や効果を期待していますでしょうか。

<回答③>
 SNS対策部の主たる目的としては以下の3点になります。

1)SNS上のリスクについての注意点を明らかにして、出演者や関係者、コンテンツに関わる炎上等が 発生した際の対応方針や対応フローを盛りこんだSNSガイドラインを新たに作成しました。このガイドラインを社内で共有することで、リスクを避けながらSNSを積極的に活用できるよう後押しすることが最も重要な担務です。このガイドラインはSNS対策の基本として位置付けており、制作現場で幅広く活用されるためにWEB化も実施しました。今後についても風化させないために逐次アップデー トしていく予定です。

2)ネットやSNSでのトラブルの際に速やかに相談できる顧問弁護士、精神科医・臨床心理士などの専門家との連絡体制を構築し、出演者や番組制作担当者のメンタルケアを実施しています。

3)外部の専門会社に委託したSNS監視システムで、24時間365日、ネットやSNS上のネガティブ情報を検知・集約しています。異常を検知した場合には、初期消火を図るべくコンテンツ制作に関わる 全てのセクションと連携しながら、組織的に対応してゆく仕組みを構築、また突発的な事案への対応についても臨機応変に対応しています。 今回作成したガイドラインにより、今まで社内で見解が統一されていなかった「どういうことが起きたら 炎上なのか」「どういうことに気をつけてSNSで発信すべきか」「もし炎上した時はどうすれば良いか」等に ついて、具体的な考え方や対応の方向性を示しています。そして社員やスタッフが現場で使いやすいように、ガイドラインをスマートフォン等で見られる環境も整えました。今後も状況に応じて、このガイドラインを更新し、フジテレビのSNS対策を社内で共有していく予定です。

 

<質問④>
 番組制作の現場と切り離した部署としてリスク管理の対策部門を置くことにはメリットデメリットがあると思います。切り離す判断をした理由を教えてくださいますでしょうか。 それに付随する質問ですが、誹謗中傷や出演に関して様々な悩みを抱える当事者(出演者)は、関係の近い制作担当者には却って相談できない状況もあると推察されますが、現場を介さずに直接、対策部に相談するようなルートは設けられたでしょうか。また本件では、制作担当者、制作責任者、上層部との意思疎通が欠けていたことが指摘されましたが、部門を制作現場と別にすることは、コミュニケ―ション不全を起こさないとも限りません。どのような運営を心掛けていらっしゃいますでしょうか。

<回答④>
 SNS対策は、番組・放送関連だけでなく、全社的な観点での対策が必要と考えています。 今回SNS対策部を設立したことにより、リスク管理機能を全て移管した訳ではありません。たとえば番組出演者がSNS上のトラブルに巻き込まれた場合、まず対応すべきは番組制作担当者であり、その番組を所管する担当部局とSNS対策部が連携をとって対処する方針です。SNS対策部員は編成部や制作部門などと兼務する形で全社横断的に配置されており、社内のコミュニケーションツールで、常時、各部署の動向と、ソーシャルリスニングによるSNS・ネットの情報及びリスク 要因を共有しています。SNS対策部は、番組制作現場と緊密に連携しながら、さまざまな問題に迅速に 対応し、解決を目指す組織であり、現場から離れた部門であることのデメリットはありません。 SNS対策部員は、リスクを感知した時点で積極的に現場に働きかけ、出演者及び番組制作担当者の正確な状況把握、各部署との情報共有、弁護士やメンタルヘルスの専門家といった外部との連携、また場合によっては警察への相談等、番組制作の現場だけでは対応しづらい部分をバックアップしていきます。また、制作現場からSNS対策部に相談するルートとしては、当事者(出演者)や関係者が直接相談できる緊急連絡先を開設しており、前述のガイドラインWEB版で直接相談できるシステム構築も現在進めています。 SNS対策部の部員達が日々重視している事は各制作現場、制作担当者達への積極的な声がけ、コミュニケーションです。何気ない声がけの一言、地道な行動の積み重ねが、当事者や制作担当者が相談しやすい環境を醸成し、早期にリスクの芽を摘む事に繋がると考え、コミュニケーション不全を起こさない新たな運営を実現してまいります。

 

<質問⑤>
 BPOの委員会報告では、リアリティー番組が、「出演者自身がひぼう中傷によって精神的負担を負うリスクがフィクションの場合よりも格段に高く」、「出演者がしばしば未熟で経験不足な若者」であり、「状況を設定し、さらに出演者を選んで制作・放送しているのが放送局」であることから、局には「出演者の身体的・精神的な健康状態に特に配慮をすることが求められる」としています。御社はこの指摘をどのように受け止めましたでしょうか。 また、この指摘はリアリティー番組にのみ特化したものではなく、SNS や配信において特に若い世代を中心に誰もが容易に発信ができる時代に、こうした人達を取り込みながら番組を制作することが増えていく中での、 放送局の社会的責任に関する指摘に通じる点があると思います。出演者のケアという観点で、どのような対策を考えていらっしゃいますでしょうか。

<回答⑤>
 BPO放送人権委員会のご指摘を重く受けとめております。今後は、出演者や関係者がSNS上でひぼう中傷を受けた際、積極的な情報収集の上、出演者及び所属事務所など関係者の理解を得ながら、必要に応じて顧問弁護士、警察等と逐次相談し、内容によっては投稿者に警告文を送付したり、発信者情報開示請求などの法的措置を取ったりすることで、ひぼう中傷を許さない強い姿勢で臨みます。このように、出演者の周囲の人間が積極的に対策を講じることは、ひぼう中傷の抑止だけでなく、悩んでいる人 へのケアの観点からも重要であると考えています。一方で臨床心理士や精神科医などのメンタルケアの専門家とも、すでにアドバイザリー契約を結んでおり、出演者や関係者がいつでも気軽に相談できる体制を整え、番組制作現場において「守られている」という安心感が得られるような環境を整備していきたいと考えています。また出演者のSNSについてリスクが懸念されるような番組を制作する際には、SNS対策部が番組企画段階からコミットし、リスクを可視化するチェックリストを作成し、制作準備段階、制作中、放送、放送後など、フェーズ毎に、具体的な対応を図り、制作現場をバックアップすることを検討しています。 出演者ケアで最も重視すべきは、番組制作担当者、放送関係者1人1人の意識と地道な行動です。制作者は、出演したコンテンツが放送、配信されることの影響の大きさや怖さ、ともすれば人生が一変する可能性もあることを、出演者に十分理解してもらうとともに、出演時だけの一時的な付き合いだけで はなく、より長期的な影響を考慮し、出演者に寄り添う覚悟で向き合うことが重要と考えます。

 

<質問⑥>
 御社は『テラスハウス』の今後の方針を示されていません。インターネット上では、これまで制作されたものについてユーザーが視聴できる状況にあり、制作の継続を期待する声もあります。『テラスハウス』やリアリティー番組の今後についてどのようにお考えになっていらっしゃいますか。

<回答⑥>
 リアリティー番組およびそれに類する番組を今後制作するかどうかについては、視聴者ニーズを満たす価値ある企画が成立するかどうか、また番組出演に伴うSNS への対応や出演者へのケアについて十全な体制が確保できるか等を、総合的に検討した上で、判断したいと考えております。

 

<質問⑦>
 リアリティー番組には様々な課題もありますが、今日的なコンテンツとしての伸びしろも大きく、放送番組のみならずOTTサービスにおいても数多くのコンテンツが存在しています。日本では欧米のような内容ではなく、 独自のスタイルを御社がリードする形で創り出してきたと思います。今後、コンテンツ文化の育成、特にテレビ離れをしている若年層向けのコンテンツ文化という観点で、若者達の自己実現を支援したり、葛藤や悩みに寄り添ったりしながらそれを多くの人が共感しながら楽しめる良質なコンテンツとして提供していくことは、これまで以上に放送局に求められている役割であり、そこでの御社のリーダーシップを期待したいです。こうした観点から、今後に向けた抱負や意気込みがあれば教えていただけますでしょうか。

<回答⑦>
 リアリティー番組というジャンルに限らず、現代に生きる若者の生き方、夢や希望、悩み、葛藤、挫折、恋愛観などを描き、若年層を中心に幅広い共感を得る番組を制作することは、これからもテレビが時代を映す鏡として、多くの人に支持されてゆくためにも重要なことであると考えております。そのような良質なコンテンツを生み出すために、これからも柔軟な発想で、時代のニーズに応える番組企画の実現を目指して参ります。 一方、そのような番組において、若い世代の感覚にリアルに訴えかける番組であるほど、SNS 上で大きな反応を呼び起こし得ることを認識する必要があると考えます。そうした影響を十分に考慮して、必要な対策を着実に実施し、また継続的に検証と改善を図りながら、価値あるコンテンツの実現を目指して参ります。

 

<質問⑧>
 亡くなった花さんの母、木村響子氏が BPO の結論を受け、「フジテレビにはひぼう中傷対策をするだけでなく、出演者をコマの一つではなく、ひとりの人間として大切に扱ってほしい」と話されています。番組制作を担うプロフェッショナルとして、この言葉をどのように受け止めていらっしゃいますか。

<回答⑧>
 弊社は、日頃より番組の出演者の方々とはしっかりとしたコミュニケーションを心掛けて制作にあたっております。しかし、BPO 放送人権委員会の決定では、「出演者の精神的な健康状態に対する配慮に欠けていた」との見解が示され、本件においては、私たちのケアの在り方、健康状態についての認識について、至らぬ点があったとの指摘を重く受け止めております。今後は、SNS 上のひぼう中傷の行為そのものへの対応と同時に、ひぼう中傷のターゲットとなった出演者へのケアを含めた対策を強化し、十全な体制のもとに番組制作に臨みたいと考えております。

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 フジテレビがSNS対策部を設けたことは、4月末の社長会見(書面)で伝えられていましたが、今回、かなり詳細な内容を伺うことができたと思います。私は4回目のブログで、イギリスの放送・通信分野の独立規制機関であるOfcomが、リアリティー番組の課題とSNSによるひぼう中傷の増大を受けて放送コードを見直したということを紹介しましたが、フジテレビの今回の対策の多くは、この改訂コードの内容に通じる意欲的な取り組みだと感じました。単なるSNSの炎上などの問題に向き合う社内の取り決めに留まらず、弁護士やメンタルヘルスの専門家とも連携して出演者に対するケアを具体的に示していること、出演者が直接の制作スタッフに悩みを伝えられない状況も想定して緊急の相談ルートを設けていることなども重要だと感じました。更に言えば、このような取り組みをイギリスのような制度によるものではなく、事業者の自主的な取り組みとして実施するということに大きな意味があると思います。このことは多くのメディア、放送局に留まらずコンテンツやSNSに関わる事業者にも参考になる内容ではないでしょうか。こうした対策の枠組みが実効性を持って機能していくのかどうか、問われるのはまさにこれからです。出演者が安心して参加することができ、視聴者も良識を持って関わることができ、現場にも過度な萎縮も招かずに番組制作ができる、そんな新たなメディア空間が紡ぎだされていくことを期待しています。

 私は最後の質問で、花さんの母、木村響子氏の言葉、「出演者をコマの一つではなく、ひとりの人間として大切に扱ってほしい」という言葉をどう受け止めているのかを聞きました。それに対してフジテレビからは、「本件においては、私たちのケアの在り方、健康状態についての認識について、至らぬ点があったとの指摘を重く受け止めております」との回答をいただきました。また、今後の出演者との向き合いについて、フジテレビは回答⑤で、「ともすれば人生が一変する可能性もあることを、出演者に十分理解してもらうとともに、出演時だけの一時的な付き合いだけではなく、より長期的な影響を考慮し、出演者に寄り添う覚悟で向き合うことが重要」としています。これまでは一時的な付き合いであったかもしれない自らの姿勢を反省し、今後はきちんと寄り添う覚悟をしていくという決意を表明したとも受け取れるこのコメントは、フジテレビのみならず、プロフェッショナルメディアとして番組制作に関わる皆が心に刻んでいく必要があると思います。

 ただ同時に、制作する側と出演する側、加えて視聴する側の三者の垣根があいまいとなり、ある意味フラットな関係性でコンテンツが生み出されていく混沌とした状況こそが今日的なメディア環境であり、そこにこそ困難さと同時に可能性が秘められているのではないかと私は考えています。こうした環境においては、制作する側がこれまでのルールを出演する側に杓子定規に押し付けることが時代に合わなくなってきていること、制作する側の意図でSNSを活用・コントロールしようとしてもそう簡単にはできないこと、これらを踏まえて、制作する側自らが垣根を下げて出演者や視聴者と謙虚に向き合い、時に課題を共有したり、自らの悩みを投げかけたりすることが、信頼関係の構築には欠かせないと思います。出演者や視聴者とこうした関係性を構築しながら、単なるCGM(ユーザーや消費者が作り出すコンテンツやメディア)とは違う三者融合のコンテンツ文化を創造していくことが、これからのプロフェッショナルメディアには求められているのではないかというのが、私の個人的な見解です。フジテレビには、毅然とした覚悟だけでなく、こうした時代の変化を見極める柔軟さを期待しています。

 これまでこのテーマを1年にわたり考えていますが、時々、なぜ村上さんは木村花さんの母である響子氏や花さんの関係者に取材しないのかと問われることがあります。もちろん避けているわけではありませんし、じかに接して取材をしていなくても、響子氏や関係者の痛みや苦しみには決して鈍感にはならないよう心しているつもりです。ただ、多くの一般メディアが響子氏を取材し続ける中、メディア研究に携わる私の役割は、フジテレビを始めとする制作する側の組織の風穴を開け、その言葉を社会に届け、今後のメディアのあり方を共に考えることではないかと思っています。もちろん、同じメディアに属する者として、制作する側を擁護する立場に回らないよう注意しながら、今後もこうした取材を積み重ねていきたいと思っています。

 

 

メディアの動き 2021年06月17日 (木)

#328 菅長期政権を探る"真夏の賭け" ~コロナ・オリパラ・衆院選~

放送文化研究所 島田敏男


 会期150日間の通常国会の最後は、野党4党(立憲、共産、国民、社民)が衆議院に共同で提出した内閣不信任決議案の取り扱いとなりました。自民党の二階幹事長は「決議案を出すなら解散もありうべし」といった発言を繰り返していましたので、「ひょっとしたら」と勘繰る向きもあったかもしれません。

 しかし結局は与党の自公、維新などの反対で粛々と否決。野党4党の党首らは「コロナ禍という有事の下で、国会を閉じることは断じて許されない」と力説しましたが、菅総理大臣が解散を決断することも無く、迫った側が肩透かしを食わされた格好です。

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 野党にとって、国会が開いていなければ存在感を示す場が無いという事情はよくわかります。逆に菅総理にとっては、直前のG7サミットで各国首脳から支持を取りつけた東京オリンピック・パラリンピックを自らの手で実現するために、国会論戦に時間を割きたくないというのが本音でしょう。

 そもそも、去年8月に病気を理由に退陣表明した安倍前総理から託された最大のテーマが、コロナ禍と戦いながら東京大会を開催させること。“出来なかった時は責任を取ってくれ”が安倍氏からの引継ぎに他なりませんでした。

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 菅総理が切り札と位置付けたワクチン接種が4月以降徐々に進み、5月、6月と国民の気持ちを次第にほぐしているのも確かです。

☆それを示すのがNHK電話世論調査で聞いたワクチン接種の進み具合に対する評価の、この1か月の変化です。

5月調査では「順調だ」9%、「遅い」82%で、不満の声が渦巻いていました。
それが6月調査では「順調だ」24%、「遅い」65%で、差が狭まっています。

☆コロナを巡る政府の対応全体についての評価にも、若干の変化が現れてきています。

5月調査では「評価する」33%、「評価しない」63%でほぼダブルスコア。
それが6月調査では「評価する」38%、「評価しない」58%とやや接近。

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☆しかしながら菅内閣の支持率はというと、2か月連続で支持よりも不支持が多く、国民の気持ちが依然として揺れていることを示しています。

5月調査では「支持する」35%、「支持しない」43%で、逆転差8ポイント。
6月調査では「支持する」37%、「支持しない」45%で、8ポイント差に変化はありません。

 年代別比較で詳しく見ると、6月は40代・50代で「支持する」がやや増え、60代と70歳以上で「支持しない」がやや増えています。これをどう見たらよいのか判然としませんが、やはり揺れの現れなのでしょう。

 決して政権の足元が盤石とは言えない状況で、世界中からアスリートを集めるイベントを開こうというのは一種の賭けに他なりません。「普通ならやらない」という政府の専門家分科会の尾身茂会長の指摘は、普通なら採用しない厳しいルールを求める精一杯の苦言と受け止めるべきでしょう。

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☆そこで焦点になるのが、中止しないならば観客をどうするかです。

5月調査では「中止する」49%、「無観客」23%、「観客数を制限」19%。
6月調査では「中止する」31%、「無観客」29%、「観客数を制限」32%となり、国民の考えが3つに割れてきました。

 ワクチンの接種が徐々に進むにつれて、こうした変化が出てきているのも理解できます。ただ、「国民の命を左右するコロナ禍の現実を抱えながら、オリンピック・パラリンピックをなぜ開催するのか」と中止を求める声が消えないのも無理ないことです。

 この問いかけに対する納得できる説明が、菅総理からも、橋本組織委員会会長からも、丸川五輪相からも国民に届いていない結果に他なりません。それは単に抽象的な理念を語る言葉が足りないという問題ではありません。

 感染症の専門家から相次いで示されているように、「開催地に人が集まらないように無観客で行う。各地のパブリックビューイングなども断念する」といった厳しい姿勢を明確に示すことが、せめてもの次善の策でしょう。

 これには商業主義化と肥大化をたどってきたIOC・国際オリンピック委員会の反発が予想されるため、菅総理は「観客数の制限が基本」と言います。しかし、開催地の安全確保を求める努力を最優先にしなければ国民に対する説得力が増すことはあり得ません。

 この点は通常国会の会期末で衆議院の解散・総選挙に踏み切らず、オリンピック・パラリンピック後に先送りした菅総理にとって、極めて重要なポイントになります。成果を挙げて総選挙に臨みたいというのであれば、ここが踏ん張りどころです。

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 7月23日から9月5日までの日本の夏。そもそもアスリートの命を守る猛暑対策が課題とされた大会です。そこにコロナウイルスの感染拡大を抑え込み、国民の命を守ることが大きな課題として立ちはだかっています。

 ワクチン接種を加速する努力を積み重ねたとしても、東京オリンピック・パラリンピックが、どのように展開し、どう評価されるのか。今の段階では予断を許しません。

 コロナ禍の下での大会の開催を成果として掲げ、長期政権の手掛かりを得ようとする菅総理の目論見が具体化していくことになるのか。現時点では、まさに“真夏の賭け”と言う他ありません。


メディアの動き 2021年05月26日 (水)

#323 ウェブサイト「NHK for School」の25年

メディア研究部(番組研究) 宇治橋祐之


 NHKの学校教育向けサービスのポータルサイト「NHK for School」は、2021年に25年の節目を迎えました。

 前身の「学校放送オンライン」が開設された1996年は、Windows95が発売された次の年。インターネットを多くの人が利用するようになり、四半世紀の歴史を重ねるうちにウェブサイトも変化をしています。

 『放送研究と調査』4月号では、利用者のニーズや技術の動向に合わせてどのようにウェブサイトを制作していったかを、「「学校放送オンライン」「NHKデジタル教材」から「NHK for School」へ~NHK学校放送番組 ネット展開の25 年~」としてまとめました。

 「学校放送オンライン」が公開された当初は、平日の午前中に放送されている学校放送番組の放送予定日時や放送内容などの、番組に関連する情報だけでした。
 2001年からは一部の番組で、ストリーミングでの番組配信、番組の内容に関わる1~2分の動画クリップ、子ども向けの双方向教材、教師向けの利用案などを組み合わせた「NHKデジタル教材」として公開されます。

 ウェブサイトが大きくリニューアルするのは2011年。すべての学校放送番組を「NHKデジタル教材」の形式で揃え、ウェブサイト「NHK for School」という名称で公開します。トップページは番組名が一覧になっていて、学年と教科で選択する形式です。
 NHK for Schoolのウェブサイトは家庭でも利用されていましたが、学校の授業で利用されることが多かったので、授業と対応する番組にたどり着きやすいように設計されたインターフェースでした。

画像1 NHK for School(2011年)
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 では現在のトップページはどうなっているでしょうか。2020年8月のリニューアルで、検索窓を中央に配置したシンプルなデザインとなりました。「児童生徒向けの1人1台端末と高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備」するGIGAスクール構想とコロナ禍もあり、学校でも家庭でも子どもたちがパソコンやタブレット端末、スマートフォンなどで利用しやすいように考えて行われたリニューアルです。

画像2  NHK for School(2020年)
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 論考を執筆して改めて気づいたのは、ウェブサイトはリニューアルされたりサービスが終了したりするとともに消えてしまうことでした。また、ウェブサイトで動画やゲームなどを表示する規格は、そのアプリケーションのサービスが終了すると表示ができなくなってしまいます。デジタル化されていれば永久に残るということではないのです。

 放送番組はNHKアーカイブスや放送ライブラリーで一定程度保存されていますが、ウェブサイトについては、非営利団体「インターネットアーカイブ(Internet Archive)」が保存したウェブサイトを閲覧できる「Wayback Machine」1)というサービスはあるものの、全てのウェブサイトのページが閲覧できるわけではありません。
 放送番組の研究と合わせて、番組ウェブサイトも意識して保存して、研究の対象としていくことが大事だと感じています。


1)http://web.archive.org/


メディアの動き 2021年05月21日 (金)

#322 「『テラスハウス』ショック」 リアリティー番組先進国イギリスの動向

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子


 フジテレビ系(以下、フジ系)のリアリティー番組『TERRACE HOUSE TOKYO 2019-2020(以下、『テラスハウス』)』の出演者で、SNSでのひぼう中傷を苦に自ら命を絶った木村花さん。花さんが亡くなったのは去年5月23日ですから、今からちょうど1年前になります。改めて花さんのご冥福をお祈りすると共に、メディア研究の分野で何ができるのか、考えて続けていかなければならないと思っています。 

1)この1年で大きく動いたSNS上のひぼう中傷対策
 花さんのように、SNS上の心ない言葉に傷つく人は後を絶ちません。しかし、花さんの死や、花さんのお母さんの木村響子さんの訴えや行動1)などをきっかけに、ここ1年で関心は高まり、社会は対策に向けて動き出しています。その一つが、4月21日に成立した「改正プロバイダ責任制限法2)です。ひぼう中傷を受けた被害者がその内容を投稿した人物に対して損害賠償請求などの訴えを起こす場合、まずは人物を特定するところから始めなければなりません。これまでの制度では、被害者は情報開示の手続きをSNS運営会社と投稿者が利用する接続業者のそれぞれに対して行わなければならず、人物特定には半年から1年近くかかることもしばしばでした。今回の改正法では、被害者は裁判所に申し立て、裁判所が投稿者の情報を開示させるかどうかを判断し、SNSの運営会社や接続業者に命令を出すという新たな手続きが設けられました。被害者の負担をできるだけ軽くし、被害に迅速に対応できるようにするのがねらいです。この法改正によって、これまで泣き寝入りや、手続きの負担を考えて訴えることをあきらめていた被害者が声を上げやすくなり、その結果、SNSで人を傷つける言葉を浴びせかける人々の行為が少しでも減ることを願ってやみません。この他、例えばSNSの運営会社では、人を傷つけるようなキーワードが投稿された場合にはその投稿が表示されなくする機能を取り入れるなど、様々な対策や取り組みが始まっています。

2)なぜ「『テラスハウス』ショック」というタイトルを掲げ続けるのか
 私はメディア研究という立場から、放送局など、番組やコンテンツを制作・発信する側が考えるべき視点として、以下の問題意識を持っています。SNSが人々の暮らしに組み込まれていることを前提に、それに相応しい責務を自ら考え、能動的に果たしていくことがメディアの公共的な役割ではないか。出演者(特に一般の人々に近い立場)、視聴者との三者の関係のあり方を問い直し続ける行為が、新たな時代の番組・コンテンツの姿を生み出していくことにつながるのではないか。本ブログや「放送研究と調査」で論考を執筆する際、タイトルをあえて番組名を象徴的に掲げて「『テラスハウス』ショック」とし続けているのは、花さんの死を単なるSNSの問題で終わらせず、今後もメディアの問題として考え続けていかなければならないと思っているからです。
 3月末には「放送倫理・番組向上機構(以下、BPO)」の放送人権委員会が委員会決定を公表しましたが、その際には、花さんが亡くなるまでの経緯を整理し、その背景に何があったのか、なぜ花さんの死を食い止めることができなかったのかを考えるブログを書きました。そこでも少し触れましたが、イギリスでは今年4月5日、改訂された新たな放送コード(放送局が番組・コンテンツを制作する際に守るべき項目などが示されたもの)が発効されました。これは、放送・通信分野の独立規制機関であるOfcomが、番組出演者に対するSNS上のひぼう中傷の過熱や、リアリティー番組出演者が相次いで自ら命を絶つなどの問題の頻発を受けて行ったものです。今回は、この改訂の詳細を紹介すると共に、イギリス在住のジャーナリストである小林恭子さん3)に、この規定をどのように受け止めているのかについて伺った内容を紹介したいと思います。

3)Ofcom放送コード改訂の詳細
*今回の改訂の対象には、ネットで動画配信を行うOTT事業者は含まれない
 イギリスのOfcomは、番組やコンテンツの編集内容の規制を行う機関であり、その対象は放送サービスだけでなくVODサービスにも及んでいます。そのため、規制対象は放送局だけでなく、専らネットでコンテンツを提供しているOTT事業者も含まれます。しかし、Ofcomが公開している対象事業者のリスト4)を見ると、イギリスでも加入者数が多く、リアリティー番組も数多く制作・配信しているNetflixやAmazonの姿は見当たりません。これは本部がイギリスにない事業者は規制・監督の対象外となっているためだそうです。ちなみにNetflixについては欧州本部がオランダにあるので、監督はオランダ当局になるとのことでした5)
 また、今回の改訂は、「テレビ・ラジオ番組の参加者を守る6)」という名称で出された放送コードの改訂であり、対象はあくまで放送局が制作して放送もしくは配信を行う番組・コンテンツです。ちなみに放送コードの中にはOTTに対する特定の項目が設けられているのですが、コンテンツの中に「危害を与える要素」、例えば「憎悪を呼び起こすような要素」を入れることが禁止されるなど、非常に短い規定しかありません。小林さんは、通信と放送の垣根がなくなった現在においても、放送局に比べてOTTの規制はかなり緩いとの印象を抱いているとのことでした。
*追加された新たな文言と項目
 今回の改訂の主眼は、「出演者のウェルフェア(福祉)が守られるようにすること」「(出演者のウェルフェアが守られることによって)視聴者が守られるようにすること」の2点です。出演者については「公正性」を扱うセクション7に、視聴者については「危害と侮辱」を扱うセクション2に新たな文言や項目が追加されました。それぞれ見ていきます。

<セクション7「公正性」:対出演者>
 出演者のウェルフェアを守るために今回改訂したポイントは2つありました。1つは、放送局が出演者に対して果たすべきインフォームドコンセント(十分な説明と理解・合意)の内容の追加、もう1つは、放送局に対する出演者への十分なケアの提供の義務付けです。

①インフォームドコンセント
 放送局が出演者に対して何を十分に説明し、理解・合意を得なければならないのか、その内容の詳細を定めているのがセクション7・3です。具体的には、「ある人が番組に貢献するよう依頼された時(=番組に出演する・制作にかかわる場合)、通常、適切な段階で以下について説明されるべきである」として、これまで以下の6点が示されていました。
「番組の性質、目的、なぜその人が出演を依頼されたのか、いつどこで最初に放送されるか」
「(番組に対して)どのような貢献になるのか」
「番組内容に大きな変更が出てきたときに、どんな変更になるのか」
「契約上の権利や義務について」
「放送前に視聴できるのか、その場合、その人が変更を加えることができるのか」
今回の改訂では、以下が7点目として追加されました。
「出演によって生じる、その人のウェルフェア(福祉)に左右するかもしれない負の影響について、放送事業者あるいは制作者がこれを軽減するためにどのような手段を講じるつもりなのか」

②ケアの提供
 この項目の追加に伴い、新設されたのがセクション7・15です。ここでは、「出演者へのインフォームドコンセントに加えて、放送事業者は以下の人々のウェルフェアについて、十分なケアを提供すること」とした上で、ケアの対象者として2つのタイプが示されました。
 1つ目のタイプが「番組に参加する“ぜい弱な人々”」です。この“ぜい弱な人々”とは、「定義は様々だが、以下の人含む:学習障がい者、メンタルヘルスの疾患者、遺族、脳障害を持つあるいは認知症の人、トラウマを持っている人、病んでいる人あるいは末期患者」と示されています。番組に出演する前から、もともとなんらかの疾患があったり、課題を抱えたりしている人達を指しています。2つ目のタイプが番組に参加することによって、“危害を受けるリスクがある人々”」です。この“危害を受けるリスクのある人”としては、「公衆の目にさらされることに慣れていない」出演者、「番組が人工的な、あるいは構成された空間の中で撮影される」「番組が新聞、メディア、SNSから高い注目を受ける」「番組の編集上の主眼が対立、紛争、感情をかき乱すような状況を含む」「番組が、その人にとってセンシティブな、人生を変えるような、あるいは私的な領域について議論する、暴露する、あるいは関与する必要がある場合」の出演者が想定されています。
 放送事業者はこれらの2つのタイプの出演者へのケアの適切なレベルを決めるにあたり、「番組フォーマットに関連する、潜在的リスクを識別する」「潜在的リスクが存在する場合、それぞれの場合のリスクレベルを査定する」「制作過程において、こうしたリスクをいかに回避するかを識別する」必要があるとしました。Ofcomは改訂に合わせて、リスク査定のガイダンス文書も公表しています。

<セクション2「危害と侮辱」対視聴者>
 ここまで記してきたセクション7の改訂は、出演者に対する放送局の責務に関するものでした。ここからは、もう1つの改訂である、視聴者に対する責務に関するものについてみていきます。
 Ofcomの放送コードでは、視聴者に対する責務に関する内容はセクション2に示されています。このセクションの冒頭には、放送局は番組を視聴している人がなんらか の危害(精神的)を与えられたり、侮辱的な内容だと傷ついたり気分を害したりしないようにするため、「一般市民(視聴者)を守ることが求められる」と示されています。
 今回の改訂で追加の文言が挿入されたのは、その具体的な内容を示したセクション2・3です。「放送事業者は侮辱を発生させる可能性がある要素については、(番組の)文脈によって正当化されるようにする。このような要素には以下が含まれるー侮辱的言語、暴力、性行為、性的暴行、屈辱、苦悩、人間の尊厳の踏みにじり、差別的言動(例えば、年齢、障がい、ジェンダーの再認識、妊娠、人種、宗教、性、性的志向、結婚、シビル・パートナーシップを理由とした差別的言動)、及び出演によって重大な危害が生じるリスクにさらされていると思われる人々の扱い(抜粋)」。最後の下線で示したところが今回、追加された箇所です。
 もともとが“ぜい弱”な状態にあったり、テレビに出演することに慣れていなかったりする出演者、または出演者が傷ついたりするリスクの高い番組については、それを視聴する側も傷つく可能性があり、特にトラウマを抱えていたりもともと“ぜい弱”な状況にあったりする視聴者についてはなおさらそうであり、放送局はそうしたことにも配慮して視聴者を守る番組制作に努めなくてはならない、そういう規制当局のメッセージであると私は理解しました。

4)放送コード改訂の意義について(在英ジャーナリスト・小林恭子さん)
 小林さんは今回の改訂について、「20年前にリアリティー番組の放送が開始された時から、明らかに一線を越えていた感じがしていましたが、当初は警鐘を鳴らす人は、こういう番組を楽しめない、遅れている人、お堅い人と見られる雰囲気がありました。様々な問題が指摘されてずいぶんたって、やっとここまで来たのか、という気持ちがしています。」といいます。また、「ソーシャルメディアで良かれ悪しかれ注目される状態は出演前から分かっている“はず”ですが、それでも“出たい”というのであれば、18歳以上であればその人を止めることはできません。有名になることと引き換えにどんな悪影響があるのか。それを体験者が語ることは大切だと思います。出演することを夢見ない人が言っても言葉は届かないですし、だからこそ体験者の言葉は貴重で、“出たい人”にメッセージが届くと思います。」とも語っています。
 イギリスでは、リアリティー番組の出演者が、その功罪をメディアで語ることが多く、特に辛い体験をした人達は、多くの人達と体験を共有し啓発したいとい思いを持っているようです。今回のOfcomの放送コード改訂も、放送局員、番組制作者、ヘルスケアの専門家に加えて、過去の番組参加者との対話によって作られていったといいます。「イギリスはBBCだけでなく、商業放送も含めた地上波の主要放送局全てが公共サービス放送と分類されているため、日本のような視聴率による競争ではなく、“質の高い番組作り”を競う慣習があります。その意味で、Ofcomがコンサルテーションを行い、問題を提起し、視聴者ケアの道筋をつけたのは大きな意味がありそうです。(小林さん)」

5)イギリスから何を学ぶか
 去年の「放送研究と調査」10月号の論考7)でも触れたように、イギリスのリアリティー番組『ラブアイランド』では、4人の関係者(3人は出演者、1人は出演者と交際していた人)が自ら命を絶っています。それでもなお、現在も放送は継続しており、高い人気を誇っています。出演者のSNSアカウントとEコマースを連動させるビジネスも順調だそうです。
この他にも、イギリスには数多くのリアリティー番組が現在も放送を続けており、グローバル市場でのフォーマット販売も積極的に行われています。
 一方、日本では木村花さんが亡くなった後、フジテレビは『テラスハウス』の制作を中止しています。4月30日にはSNS上でのリスク管理や炎上した際の対応を行う「SNS対策部」を3月に社内に新設したと発表しましたが、『テラスハウス』の今後や、リアリティー番組についての見解については明らかにしていません。また、フジテレビ以外の放送局ではこれまでもリアリティー番組はあまり制作されておらず、現在積極的に制作しているのはOTT事業者であるABEMAくらいです。このように、イギリスと日本では、番組制作の状況は大きく異なっていると言えると思います。
 また、今回私は、Ofcomの放送コードの詳細について恥ずかしながら初めて目を通しましたが、放送局がとるべき行動がかなり細かく書き込まれていて本当に驚きました。小林さんによれば、公共メディアサービスである地上放送はOfcomによって“がちがちの厳しい縛り”がかけられていると言われているそうですが、この点においても、自主自律を基本とする日本の制度やその下に置かれた放送局の状況とは大きく異なるということも改めて実感しました。
 では、日本はイギリスから学べるものはないのでしょうか。そんなことはないと思います。
今回の放送コード改訂は、リアリティー番組を強く意識したものになっていることは間違いありませんが、それに特化したものではありません。影響力の大きな放送や配信サービスに人々が露出するということには、もともとリスクが内在していますが、制作者も出演者も視聴者もSNSを活用する時代においては更にそのリスクは高まっており、こうした時代のメディアのあり方そのものを、規制という切り口から問題提起したのが、今回の改訂の本質だと私は受け止めています。小林さんから伺って興味深かったのは、当初Ofcomは、放送局の視聴者に対する責務については、より明確にするために新たな項目を設定しようとしていたそうですが、多くの放送局から規制の範囲が広すぎると反発の声があがり、小規模な改訂に留まったそうです。今回の改訂は、追加された項目の分量としては、一見、出演者対策がメインのように見えますが、放送の社会的影響力と公共性を担うメディアの責務という観点での規制という意味で、視聴者に対する責務に、より重たい意味があるのではないかと感じました。
 SNSのリスク管理や炎上対策も大事です。しかしそれはあくまで対症療法にすぎません。
公共性を担うプロの番組・コンテンツ制作集団として、SNS時代にどのような立ち位置で存在していくのかというメディアとしてのビジョンを、イギリスのように規制機関から示されるのではなく、自らで社会に示していく、そうした姿勢を放送局には期待したいものです。そうした姿勢は放送局だけでなく、リアリティー番組を現在最も多く制作するABEMAのような、特に若い人達に対して影響力を増しているOTT事業者やPF事業者にも期待したいところです。こうした取り組みを積み重ねていくことが、木村花さんの死に対し、制作側、メディア側が示していける最大の誠意なのではないでしょうか。

6)おわりに
 小林さんから、イギリスの最近の動向として2つのことを教えてもらいました。1つは3月17日、チャンネル4で、先にも触れた『ラブアイランド』の司会者で、SNSによるひぼう中傷を苦に自ら命を絶ったキャロライン・フラックさんについて特集したドキュメンタリーが放送されたということです。フラックさんはこれまで数々のリアリティー番組の司会を務めてきたイギリスでも著名なテレビパーソナリティであり、2018年にはイギリス映画アカデミーから最優秀リアリティーショー賞を受賞しています。しかし、プライベートでは若い頃から恋愛関係に悩んで自傷行為を繰り返すなど、精神的には不安定な状態が続いていたといいます。亡くなる直前には、交際相手とのトラブルの内容を巡り、SNS上でフラックさんに対する激しいバッシングが行われており、それを苦にして命を絶ったのではないかと見られています。ドキュメンタリーでは、こうしたフラックさんの人生の光と影が、関係者のインタビューも交えて丁寧に描かれていたそうです。
 もう1つは4月9日、リアリティー番組の常連の出演者で、その経験を生かしてテレビのパーソナリティーとして活躍中だったニッキ・グラハムさんが摂食障害で亡くなったということです。グラハムさんは1年前に雑誌のインタビューでは、「いつもメディアに追われた(注:彼女のメンタルヘルスについて書き立てられた)。つらい時、みんなの前で笑顔を作り、幸せいっぱいのふりをするのはつらかった。でも、ポジティブなことの方がネガティブなことよりは多い」と語っていたそうです。今年3月にはグラハムさんを拒食症から回復させようと、ファンがクラウド・ファンディングのサイトを立ち上げ、4月までに6万5000ポンド(約970万円)集めていたとのこと。この資金はグラハムさんがリハビリセンターで治療を受けるためのものだったそうです。
 フラックさんもグラハムさんも、テレビで華やかな脚光を浴びながらも、同時にプライベートでは疾患や精神的な“ぜい弱性”に苦しんでいました。たまたま偶然、この2人が同じような境遇だったとも言えますが、私は単なる偶然ではないと考えています。イギリスでもアメリカでも、リアリティー番組に出演を希望する人達の中にはもともとこうした人達が少なくなく、アメリカでは、なぜこうした人達がテレビに出演したいのか、有名になりたいのかについての心理学的分析もおこなわれているそうです。
 人間であれば誰にでもどこかに大なり小なり、社会に認められたい、有名になりたい、多くの人達から必要とされたい、こうした承認欲求があります。実際に置かれている状況が辛かったりしんどかったりすればするほど、そうした状況から抜け出したい、そう思うことはむしろ自然なことと思いますし、メディアに露出するということが、その近道のように思えてしまうことも理解できます。メディアの側は、そうした人達の欲求を、本人に降りかかるリスクをわかりながらも巧みに利用し、何かトラブルがあっても、そのことを自らの言い訳にしてきた点があったのではないかと思います。そして、視聴者も、こうした出演者があらわにする感情の揺れや起伏の激しさを、ハラハラドキドキしながら他人事として楽んでいたのではないでしょうか。そのシンボル的な存在がリアリティー番組であり、今回のOfcomの改訂は、そうした制作者側と出演者、視聴者のいびつな共犯関係にくさびを打ち込もうとしているのではないかとも思います。
 ただ、ハイリスクグループであると一括りにして、こうした人々のメディア露出のチャンスを奪ってしまうこともどうなのだろうか、とも思います。特に若い頃は、承認欲求の高さと低い自己評価との狭間で揺れる精神状態に置かれていることの方がむしろ普通なのだと思います。こうした若者達の自己主張の舞台として、今後一層、YouTubeを中心とした配信PFが活用されていくのではないかと思いますが、そんな中、放送局や一部のOTTが公共的な存在として、危うさを抱えながらも前を向いて生きていきたいと考える人達の成長や生き直しを、適切なサポートも含めて背負い、社会に生きる多くの“ぜい弱性”を抱えた人達にとって励みになる番組・コンテンツを制作していくという方法はないでしょうか。SNS時代の規制のムードに萎縮するのではなく、むしろ新たな挑戦を仕掛けていく。そんなプロフェッショナルが現れることを、同時に期待したいと思います。



1) 木村響子さんは、花さんの死後にSNS上で中傷した男性を裁判に訴え、5月19日に東京地方裁判所は130万円の賠償     命令を出した。詳細は……… 
    https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210519/k10013039391000.html
2) https://www.soumu.go.jp/main_content/000734827.pdf
3) 小林恭子さんのウェブサイト「小林恭子のメディアウオッチ」https://ukmedia.exblog.jp/
4) https://www.ofcom.org.uk/__data/assets/pdf_file/0021/67710/list_of_regulated_video_on_demand_services.pdf
5) Disneyについてはイギリスに本部があるため規制の対象リストに入っている
6) https://www.ofcom.org.uk/__data/assets/pdf_file/0027/209565/statement-protecting-participants-in-programmes.pdf
7) https://www.nhk.or.jp/bunken/research/domestic/pdf/20201001_6.pdf


メディアの動き 2021年05月13日 (木)

#321 胸突き八丁の夏の陣へ ~正念場迎えるコロナとの戦い~

放送文化研究所 島田敏男

 

  「大型の長い連休を抜けると、恐ろしく急な下り坂であった」5月のNHK世論調査の結果を見て、菅総理大臣はこんな思いになったのではないでしょうか。

   大型連休明けの10日(月)にまとまったNHK月例世論調査で、菅内閣に対する支持・不支持を見ると、「支持する」35%、「支持しない」43%でした。この支持率35%というのは去年9月に菅内閣が発足してから最も低い数字で、コロナとの戦いの途中で退陣した安倍内閣の最後の支持率(34%)と同じレベルです。

   4月の調査と比べると「支持する」が一気に9ポイント下がり、逆に「支持しない」は5ポイント上がりました。この内閣支持率の急落は、まさにコロナとの戦いぶりに対する国民の不満の現れに他なりません。

   今回の調査は5月7日(金)の夕方から始め、9日(日)までかけて電話で行いました。7日というのは政府の対策本部が東京・大阪・京都・兵庫の4都府県に4月25日から出していた緊急事態宣言を5月31日まで継続することを決め、新たに愛知・福岡も宣言対象地域に追加した、まさにその日です。

 

suga0512.jpg菅首相

 

 4月25日からの緊急事態宣言を4都府県に出した際には、菅総理も小池東京都知事も「短期集中」と強調していました。しかし、大型連休中に人の流れをある程度抑えることはできたにしても、コロナウイルスの感染に繋がる人と人との密接な接触を減らすことはできませんでした。

  「短期集中で抑え込む」と豪語していたにもかかわらず、結果として事態の解決に繋がらなかった。逆に宣言対象地域を拡大せざるを得なかったことに不満が噴き出すのは当然です。

   去年5月の調査から続けて聞いている「あなたは新型コロナウイルスをめぐる政府のこれまでの対応を評価しますか?」という質問に対する今月の結果です。「評価する」33%、「評価しない」63%でダブルスコアに近い開きが出ました。「評価しない」が60%を超えたのは初めてです。

 新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長が繰り返し指摘しているように、緊急事態宣言によって感染者数の増加が減少に転じても、急ぎ足で元に戻ろうとすれば強烈なリバウンドが発生します。前回の緊急事態宣言を東京などより早めに解除した大阪で、今回深刻な医療崩壊状況に見舞われたことが、それを明瞭に物語っています。

 

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 そして事態打開の切り札でありながら、なかなか進まないのがワクチンの接種です。医療従事者は2月17日に、高齢者は4月12日にそれぞれ接種がスタートしましたが、その後の全国での進み具合に加速感はありません。

   今回の世論調査で「菅総理は7月末を念頭に高齢者へのワクチン接種を完了できるよう取り組む考えを示しています。あなたは接種の進み具合は順調だと思いますか、遅いと思いますか?」と尋ねました。

   結果は「順調だ」9%、「遅い」82%でした。これを年代別で詳しく見ると、50歳代、60歳代で「遅い」がほぼ9割を占めていて、他の年代よりも特に高くなっています。加齢とともに自分の健康維持に関して敏感になっている年代。だけど、より高齢の人たちほど優遇されない年代。この人たちがワクチン接種の遅れに極めて厳しい眼差しを向けているようです。

   菅総理は今月7日の4都府県に対する緊急事態宣言継続と2県の追加決定に際して「1日100万回の接種を目指す」と強調しました。そのペースで進めることができれば、3,600万人の高齢者に対する接種の目標完了に漕ぎつけることが可能という説明です。

   海外の製薬会社からのワクチンの入手は約束通りに進むのか?各地で接種にあたる医師や看護師など医療従事者の確保は大丈夫なのか?まさにここからが胸突き八丁で、7月末というチェックポイントは、コロナと戦う夏の陣とも言えます。

   菅総理にとって、7月23日に開会式を予定しているオリンピック、その後のパラリンピック、さらには自民党総裁選挙、衆議院総選挙という夏以降に控える大きな政治日程の行方。すべてがコロナと戦う夏の陣の展開にかかっています。

 

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 立憲民主党の枝野代表は、10日の衆議院予算委員会で質問に立った後、記者団に「菅総理は野党側が内閣不信任決議案を提出すれば、衆議院を解散する可能性があると明言している。しかし、コロナウイルスの感染が拡大している現状は、衆議院を解散できる状態ではない」と述べました。6月16日に会期末を迎える今の通常国会で、衆議院の解散につながる内閣不信任決議案の提出は避けるべきだという考えを示したものです。

   これについて、共産党の小池書記局長も「菅政権は100回ぐらい不信任に値すると思うが、今の時点で不信任決議案を出すべきではない。国民の生命、健康を守るという点からも解散・総選挙はありえない」と応じました。

   国民の声は「今は解散・総選挙よりも、新型コロナウイルスの感染収束が最優先」ということに尽きます。コロナとの戦い夏の陣は、与党も野党も協力してワクチン接種の加速に力を尽くすことが第一です。

   その夏の陣の成果によって感染の新たな波の襲来を押さえ、その上で秋の政治の季節に移っていく。これが国民にとって好ましい展開だと考えます。

メディアの動き 2021年05月12日 (水)

#320 これからの"放送"はどこに向かうのか? Vol.6 ~公共放送・受信料制度議論~

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子


 私は2018年から、メディア環境の変化について放送業界の最新動向を中心に俯瞰する「これからの放送はどこに向かうのか?」という論考を「放送研究と調査」誌上で発表してきました。半年に1度のペースで執筆しているのですが、先日、Vol.6をネットで公開しましたので、本ブログでそのサマリーを紹介します。

 今回の内容は、2020年4月から1年弱かけて総務省の「放送を巡る諸課題に関する検討会」の「公共放送の在り方に関する検討分科会」で議論されてきた、NHKの改革と受信料制度の改正がメインです。議論の結果、とりまとめ1)が公表され、その内容は、現在、放送法の改正案として総務省から国会に提出されています2)

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(放送法の一部を改正する法律案の概要 ※抜粋)

 ただ、改正案提出後に、東北新社やフジテレビが、放送事業者の外国人株主の議決権比率を20%未満とするよう定める放送法に違反(外資規制違反)していることが発覚し、法改正の新たな項目として、この外資規制のあり方についても盛り込むべきではないか、という声が出ています。武田良太総務大臣は法案の提出者である立場上、今国会での成立を目指す姿勢を崩していません3)が、本ブログを書いている5月11日現在、審議が行われる目途は立っておらず、今後の見通しは不明です。

 さて、今回の検討会での議論は、NHKが毎年決算時に収支差額がゼロを上回った場合、一定額を積み立て、それを受信料の額の引下げの原資に充てるという仕組みや、テレビを設置しているにもかかわらずNHKと受信契約を締結していない世帯に対して「割増金」という制度を設けることなど、受信料制度に関する内容が中心でした。そのため、新聞やネットメディアでもその内容が取り上げられることが多かったように思います。しかし、これらの記事は、全ての検討会を傍聴した私から見ると、取りまとめの結果や改正案の一部が断片的にしか伝えられていなかったり、その伝え方も断定的だったりするものも少なくないように感じました。国会での審議では、“値下げ”や“負担”の議論の一段深いところにある、メディア環境が変化する中におけるNHKの公共性とは何かについての議論や、その内容を多くの人々が共有することを期待したいですが、仮に、今国会で改正案が議論されなかったとしても、いや、議論されない場合はより一層、この1年、検討会で行われてきた議論の内容については、できるだけ多くの人々に関心を持っていただきたいという思いが強くあります。

 論考では、検討会の議論について、できるだけわかりやすくまとめるよう心がけました。併せて今回の検討会の議論では先送りされた論点や、そもそも俎上に載せられなかった論点についても私なりに整理して触れてみました。特に俎上に載せられなかった論点、たとえば、スクランブル化ではなぜダメなのか、番組の内容に不服な場合に支払い拒否はなぜ認められないのか、受信料の使い道をもっと多様なメディアの支援などに使えないのか、などは、視聴者・国民が少なからず抱いていると思われる疑問や違和感だと思います。こうした論点は総務省の検討会ではなかなか真正面から取り上げられることがないため、そのことが、視聴者・国民が検討会の議論に今一つ関心を持てない理由の一つではないかと私は感じています。これまでの取材活動や原稿執筆では、今行われている検討会の議論を傍聴し、その議論の論点整理や課題の提示をすることを中心に行ってきましたが、論考の範囲を広げていかなければならないと、原稿を書きながら改めて感じました。

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 また論考では、検討会の議論だけでなく、前田晃伸会長のもとで今年1月に公表された「NHK経営計画(2021-2023年度)4)」の概要についても記しています。この計画では「新しいNHKらしさの追求」と「スリムで強靭な「新しいNHK」」が掲げられています。論考には、この内容に関する私の見解も少し記しています。

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(NHK経営計画(2021-2023年度) ※抜粋)

 私は放送文化研究所という組織に所属する研究員で、放送やメディアの動向について研究していますが、同時に受信料収入で成り立つNHKの一人の職員でもあります。そのため、私が特に受信料制度の問題点やNHKの経営のあり方について、当事者の視点を排して客観的に論じきることは困難ですし、自身でも限界を感じることも少なくありません。どう論じても、経営を擁護していると捉える人もいれば、批判していると捉える人もいるのではないかと思います。しかし、こうした受け止めを超えて、自分にしかできない役割があるのではないかという思いも持っています。これからも、一人の研究者として、そして一人のNHK職員として、この問題を考えていきたいと思っています。


1) https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01ryutsu07_02000198.html
2) https://www.soumu.go.jp/main_content/000734730.pdf
3) https://www.soumu.go.jp/menu_news/kaiken/01koho01_02001014.html
4) https://www.nhk.or.jp/info/pr/plan/assets/pdf/2021-2023_keikaku.pdf


メディアの動き 2021年05月06日 (木)

#319 「コロナ禍の無給医」をめぐる報道の力

メディア研究部(番組研究) 東山浩太


 「放送研究と調査」4月号に「『メディア世論』が社会を動かす~「コロナ禍の無給医」報道~」という拙論を載せました。
 医療従事者の中には無給医と言われる人たちがいます。大学病院で働いていますが、給料が少なく、雇用契約すら結ばれていないこともある大学院生などの医師です。厳しい労働条件の中で新型コロナウイルス感染者の診察にもあたります。医療体制がひっ迫するコロナ禍で、無給医や無給医をめぐる政策がどのようにテレビで描かれてきたか――を例にして、報道が社会に影響を及ぼすとき、どんなしくみなのかを考えてみた小論です。
 作成にあたっては、先行研究を大いに活用させてもらいました。例えばメディア研究者で同志社大学教授の伊藤高史さんの「ジャーナリズムの政治社会学」です。
 その中で、こんな理論が提唱されていることを学びました。

・報道が社会を動かす影響力を発揮するとき、一般には「報道→世論喚起(市民一般)→権力者(政治家や官僚など)→政策修正など」というプロセスがイメージされる
・が、選挙などを除き、報道は市民一般への世論喚起という過程を経ずとも、直接、権力者に働きかけ、政策などを動かしうる。権力者は世論調査のみを重視するのではなく、報道から世論全体の「心証」を推し量って行動を決めることもあるからである
・こうした影響力を報道が持つには「メディア世論」を作り上げることが重要となる。ある問題を提起する際、マスメディア1社のみより、複数の社によって報道がなされる=「メディア世論が成立する」と、その強い問いかけは権力者に認知されやすく、権力者を問題の対応へと動かしやすくなる

 以上は拙論で触れています。一方で、盛り込めなかったこともあります。
 報道が社会に影響するしくみを把握する場合、まずチェックするのはテレビや新聞などのマスメディアでしょう。しかし、加えて、使いこなす人たちが増えているTwitterやYouTubeなど、ソーシャルメディアもチェックする必要があるということです。
 というのは、政治に関する意見の広がりが可視化されやすいTwitterなどを、今や政治家や官僚はよくチェックしているだろうからです。
 社会学者で東京工業大学准教授の西田亮介さんは、近年、政治家や政党がTwitterなどを使ったイメージ戦略に注力してきたことを研究しています。昨年出版された「コロナ危機の社会学」の中では、「新型コロナ対策とちょうど重なる時期に政権が『耳を傾けすぎる政府』へと追い込まれた」と評しています。
 何に「耳を傾けすぎる」のかと言えば、Twitterのやりとりなど「わかりやすい民意」に、とのこと。そして「耳を傾けすぎる政府」は、社会へ向けて政策について語る際など、「説明と説得には多くの政治的コスト、それから時間を要する」から、「それらを省略する」ために「わかりやすい民意に『反応』しようとする」と分析しています。
 すなわち、政策を検討する上で、合理性や代表性に乏しくても「わかりやすい民意」、いわゆる「ネット世論」が、先述のマスメディア間で成立する「メディア世論」と同様に重視されていると思われるのです。

05-111.jpg それゆえに、報道が社会に影響するしくみを考える場合、今日では、「メディア世論」と「ネ ット世論」の相互作用を意識する必要があるでしょう。何か問題を報道で提起するとき、人々に大声で知らせる機能はいまだマスメディア(特にテレビ)が担っているにせよ、その広がりかたはどのようなものなのか。
 拙論で言及した、コロナ禍で無給医が厳しい環境で理不尽な労働(診察)にあたらされているというファクトは、NHKが初めて報道したものです。
 この報道はTwitterではどのような反応を見せたのでしょうか。肯定的に捉えられたのかどうか。また拡散した結果、一定の強度を持つ「ネット世論」となりえたのか。「メディア世論」と相互に作用して政治家や官僚の政策修正に影響したと考えうるのか。

 これらも実証的に調査した上で、報道が社会に影響を及ぼす力を詳しく見極めるのが今後の研究の課題です。


メディアの動き 2021年04月26日 (月)

#317 「コロナ時代の偽情報対策」

メディア研究部(海外メディア) 税所玲子


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 世界で深刻化する政治・社会の分断を背景に広がる偽情報や陰謀論は、新型コロナウイルスの感染に乗じるかのように拡散し、健康や生命まで左右しかねない事態となっています。この問題にメディアが連携して立ち向かおうという取り組みがあります。その一つが、イギリスの公共放送BBCが中心となって設立した“Trusted News Initiative(TNI)”です。パンデミックの宣言からおよそ1年がたった2021年3月末、オンラインによる国際会議が開かれました。不確かな情報が蔓延する「インフォデミック」に効くワクチンは生み出せるのか、そんな思いで3日間の議論に耳を傾けてみました。

 会議初日。議論の口火を切ったのは、BBCのティム・デイビー会長 でした。TNIは、前任のトニー・ホール会長が、大手新聞社や放送局、ソーシャルメディアなどに呼びかけて発足した経緯があります。デイビー会長は、「今のような時代にこそ、BBCは不偏不党という組織の核である価値観を再認識し、信頼できる情報源となって、風向きを変えていくしかない」と、就任以来、掲げてきた自説を展開しました。しかし、司会を務めた同局の北米特派員のジョン・ソープル氏は、陰謀説を信じるトランプ前大統領の支持者による議会議事堂襲撃の取材を引き合いに、「大統領の主張には根拠がないといくら説明しても、BBCは公平な立場で取材しているのでなく、反トランプを決めつけ(民主党の)肩を持っていると見られた」と、「自由世界」を標ぼうするアメリカで起きた事件を目の当たりにした動揺を隠せない様子で、論理と現実の間で必ずしも議論はかみ合いません。

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BBC ティム・デイビー会長(写真右)BBC ジョン・ソープル氏(同左)講演写真BBCウェブサイトより)

 世界各地のファクトチェッカーや学識経験者の講演を重ねて聴く中で、私が、偽情報の危うさと対策の難しさを実感したのは、デジタル時代のジャーナリズムを支援するために設立された「First Draft」のクレア・ウォードルさんの講演でした。例えばソーシャルメディア各社が対応策の一環として有害コンテンツに対して行う「ラベル表示」(labelling)。一定の効果はあるという意見がある一方、ウォードルさんは、陰謀説を広げる人々の手口が巧妙化し、ラベル表示をつけるかどうかの判断は、極めて難しくなっているといいます。ウォードルさんが例として挙げたのは、新聞が実際に報じた「ワクチン2回接種の4日後に死亡したユタ州の39歳の女性に検視 」という見出しでした。見出し自体は、事実関係として問題がないものの、何者かが文脈の意図を変えて、ワクチンの危険性を訴える「根拠」に流用した時、この報道機関の記事に 「有害コンテンツ」のラベルを張れるのか。同様にウェブサイトのQ&Aのセクションで陰謀説につながる質問があった場合は・・・。アマゾンに並ぶ自主出版の本は・・・。

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クレア・ウォードルさん講演(BBCウェブサイトより)

 ウォードルさんは、トランプ前大統領のツイッターについても、誤った主張に「警告」や「ラベル表示」をすることなく報じ続けた大手報道機関の責任にも言及しました。そして、旧ソビエトのスパイ組織KGBの言葉を引用してこう訴えました。「水が一滴、落ちても岩は壊れないが、ポツン、ポツンと長きにわたって水が流れれば、やがてその岩は侵食され、崩壊するだろう」と。確かに、偽情情報一つ一つが、気づかぬうちに社会基盤を脅かしていたら・・・。そして、客観的事実を土台にした議論が成立しない社会になったら ・・・。さながらスパイ映画に出てくるような暗い影が足元から伸びているような感覚を覚えました。

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ソーシャルメディア3社(BBCウェブサイトより)

 では、ソーシャルメディア各社は、この問題をどうとらえているのでしょうか。3日目には、偽情報や陰謀説への対応が遅れたのではないかと批判されるツイッター、フェイスブック、ユーチューブの欧州の企画・政策部門の幹部が登壇しました。ツイッターのマクスウィーニー部長は、外部のファクトチェッカーとともに進めるBirdwatchと呼ばれる新たな対策を紹介した上で、「どんな価値観を基盤に、利用者の信頼を得ていくのかが問われている」と、BBCの会長と同じキーワードを使い、対策への理解を求めました。また、フェイスブックのレイニシュ部長は、アメリカ大統領選挙などで陰謀論を拡散したQAnonをなぜ規制できなかったのか、また、今後、政治広告をどう制限するかについて問われ、「ザッカーバーグ代表も自分もこうした決定を下す合法的な権限をもっていない」と戸惑いをあらわにし、そして、「多くの国では、こうした問題に対応できる選挙法さえ備わっていない。何か有害なのか、何が違法なのか、何が合法なのか根本的な枠組み作りが必要だ」と訴えました。さらにユーチューブのウィルソン統括部長からは、ネット空間を悪用する者たちとの攻防は「軍拡競争」で「容易に勝てない」と白旗をあげるかのような発言さえ飛び出しました。

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会議で話し合われたさまざまなテーマ(BBCウェブサイトより)

 「誰もが発言できる自由でオープンな空間」「国境をこえてつながりを築けるツール」。そんな理想を掲げ、情報の規制に極めて消極的だったプラットフォーム各社から、規制を求める発言を聞くのは、正直、驚きでした。各国が対応を検討する間にも、偽情報問題の次の前線は地球環境問題に移るだろうという指摘もあり、「戦い」の終わりは見えそうにありません。1年でコロナのワクチンの開発にこぎつけた世界の科学者の協調の精神やスピード感こそ、いまメディアに必要なのかもしれません。