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メディアの動き

メディアの動き 2021年04月14日 (水)

#314 コロナ禍と衆議院の解散論議 ~国民の眼には"ソラサワギ"~

放送文化研究所 島田敏男


「此頃都ニハヤル物 夜討 強盗 謀(ニセ)綸旨
             召人 早馬 虚騒動(ソラサワギ)・・・」

 高校生の時分に日本史の教科書で目にした「二条河原落書」の冒頭です。最近の政治ニュースを見ていて、建武の新政(14世紀)当時の政治・社会・文化を評する傑作とされる、この落書(落首とも)を思わず思い出しました。

 野党第一党の立憲民主党の幹部は、6月16日の国会会期末を念頭に、衆議院に内閣不信任決議案を提出することは当然あると、対決姿勢を強調します。
これに対し自民党の幹部は、提出すれば衆議院の解散・総選挙で国民に信を問うことになると応じます。

 今の衆議院議員の4年間の任期が切れるのは、ことしの10月21日です。
従来の政治環境であれば、6月16日の通常国会会期末に解散、40日以内に総選挙となるのも自然の流れと言えます。

 しかし今は、コロナウイルスの感染拡大を防ぎ、ワクチンの接種をスピードアップさせることが政治にとっても、社会にとっても最優先の課題です。「より選挙に有利な解散のタイミングを探る」という政治家の常道も、この局面では単なる不要不急のあがき、虚騒動に見えてしまいます。

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 4月のNHK月例世論調査を見ると、菅内閣の支持・不支持については、「支持する」44%、「支持しない」38%でした。一時の支持と不支持の逆転を脱し、わずかですが2か月連続で「支持する」>「支持しない」という結果でした。

 一方、「あなたは衆議院選挙をいつ行うべきだと思いますか?」と選択肢を挙げての質問に対しては、次のような結果でした。

「内閣不信任案の提出に合わせて」9%
「7月の都議会議員選挙と同じ日」7%
「9月の自民党総裁選挙の前」19%
「10月の衆議院議員の任期満了に合わせて」52%

 自民党内には「内閣支持率が40%以上あるのだから、早めに解散・総選挙に持ち込むべきだ」という声があり、二階幹事長は「野党が内閣不信任案を出せば、解散・総選挙に打って出る大義になる」と強調します。
 しかしながら、自民党支持者で「内閣不信任案の提出に合わせて選挙を行うべきだ」「7月の都議会議員選挙と同じ日に行うべきだ」と答えた人は、どちらも1割に満たない少数です。

 これに対し、自民党の支持者で「10月の任期満了に合わせて衆議院選挙を行うべきだ」と答えた人は6割近くに上っています。コロナ対策、ワクチン接種、東京オリンピック&パラリンピック開催の姿形を見た上でなければ、菅内閣に対する評価を有権者に求めるのは難しいという受け止めが窺えます。

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 では、解散権を持つ菅総理大臣の立場から見ると、この問題はどうなんでしょう。菅総理の自民党総裁任期は、任期切れを待たずに辞任した安倍氏から引き継いだ、ことし9月末日までの残任期です。総理大臣を続けるには自民党総裁選挙で再選されなければなりません。

 菅氏は再選を果たし、新たに3年間の自民党総裁任期を手中に収め、4年間にわたる長期政権を担いたいという強い希望を捨ててはいないでしょう。しかし、場当たり的なコロナ対策の連続で急速な事態の改善が望めない現状では、願望はあってもリアリティーがありません。

 「早めの衆議院選挙で勝ち、その功績で自民党総裁選挙を事実上の無風にすれば長期政権は実現する」と、菅氏に近い自民党中堅議員は囁きます。

 しかし、今度の衆議院選挙で自民党が勝利するとはどういうことなのか、冷静に考えてみる必要があります。

 前回、2017年の衆議院選挙で自民党は465議席の過半数233を大きく超える284議席を単独で獲得しました。その後、離党や議員辞職があって280を割っていますが、これを増やしたり、維持したりするのは容易なことではありません。

 2017年選挙は「希望の党の結党」という突発的な出来事で民主党が分裂し、これが自民党に大きなプラスとなり、水ぶくれの議席を手にしたからです。

 従って、菅総理・総裁の下で解散・総選挙に打って出る時には、自民党としては「どの程度の議席減までならば、勝利とみなすか」という物差しが必要になります。

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 これとは別に、自民党支持者でも多数を占める「10月の任期満了に合わせての衆議院選挙」とする時には、先に総裁選挙を行うことになるでしょう。自民党の国会議員や党員は、「誰ならば次の衆議院選挙を乗り切れるか」という尺度で物事を判断します。

 その時に菅総理・総裁の向こうを張って名乗りを上げる中堅・若手が出てくる可能性は十分にあります。菅氏にとっては、こちらが怖いのかもしれません。

 閑話休題。政治日程というのは、現実の有為転変で何とでも変わる、変えることができるものです。従って決めてかかるわけにはいきません。

 多くの国民にとって、コロナ禍の事態打開は誰が総理であっても簡単ではないだろうというのが実感です。であれば、常識的には事態の推移をじっくり見極めるために、衆議院選挙は任期満了ぎりぎりが望ましいでしょう。

 政治家の思惑で、そうでない展開になる時には、「なぜ今そうすることが必要なのか。妥当な判断なのか」を厳しく見極める。これが有権者の責務だと考えます。


メディアの動き 2021年04月08日 (木)

#313 「『テラスハウス』ショック」 BPO「見解」公表を機に考える

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子


 フジテレビ(以下、フジ)系のリアリティー番組『TERRACE HOUSE TOKYO 2019-2020(以下、『テラスハウス』)』に出演中だった木村花さんがSNS上で誹謗(ひぼう)中傷を受け、それを苦に自ら命を絶ってから1年弱が経ちます。母親の木村響子氏(以下、響子氏)は、「放送倫理・番組向上機構(以下、BPO)」の放送人権委員会に対して、「娘の死は番組の“過剰な演出”がきっかけでSNS上で批判が殺到したためだとして、人権侵害があった」と申し立てていましたが、このほど(3月30日)委員会決定が公表されました1)
 委員会では、「人権侵害があったとまでは断言できない」とする一方で、「出演者の精神的な健康状態に対する配慮が欠けていた点で、放送倫理上の問題があったと判断」する「見解」を示しました。既にこの内容については多くのメディアがニュースとして取り上げているので、ご存じの方も多いと思います。ただ、決定文は60ページに及び内容も多岐にわたっており、参加した記者会見でも共有すべき論点が多く含まれていると感じたことから、本ブログでは短いニュースでは十分に伝えきれない“メディアのあり方”という観点で、私なりにまとめておきたいと思います。

1)双方の主張は平行線のまま
 私は2020年10月に「『テラスハウス』ショック①~リアリティーショーの現在地」という論考を発表し2)、ブログでも論考をサマライズしたものを書きました3)。今回のブログでは「リアリティー番組」で統一しますが、呼称も流動的で、フォーマットも固定化しておらず、定義も非常にあいまいな番組群です。私はこの論考で、世界各地のリアリティー番組をタイプ別に分類した上で、「制作者が用意したシチュエーションに、一般人や売り出し中のタレントなどを出演させ、そこに彼らの感情や行動の変化を引き起こす何らかの仕掛けを用意し、その様子を観察する」ということを共通項としました。『テラスハウス』においては、6人の若い男女が共同生活をするおしゃれなおうちと車を用意するというのが、制作者が用意したシチュエーションと仕掛けです。欧米では、かなり過激なシチュエーションや仕掛けが用意されている番組も多いので、日本のそれとは大きく異なるように見えますが、欧米にも『テラスハウス』のようなタイプも存在しており、日本だけが特殊だという見方に偏りすぎると、特に出演者への対応策を講じていく上で見えてこないものがあるのではないかと私は考えています。これについてはまた後ほど述べます。

 この論考を執筆したのは2020年の7月頃でしたが、ちょうどその頃、響子氏はBPOに申し立てを行い、フジテレビは社内横断メンバーによる検証報告を公表したばかりでした。双方の事実関係を巡る主張は大きく食い違っており、また響子氏のフジに対する不信感も非常に強く、直接的な対話も全く行われていない状況でした。そのため論考では、『テラスハウス』自体については扱いましたが、花さんを巡る動向の詳細に触れることはあえて避けることにしました。また「欧米ではリアリティー番組出演者の中に自ら命を絶った人達が数多くいる」という断片的な報道が、花さんの死後、繰り返されていました。そこで、まずはリアリティー番組とは何かを理解するため、約20年の発展の歴史や、日本ならではの特徴についてまとめることを試みました。そして、報じられていた欧米の出演者の死亡例や精神疾患例についても、その実態や背景、対策について可能な限り調べて取り上げました。
 それから約半年の間、ネット上の誹謗中傷に対する対応策の議論は大きく進み4)、新たな裁判手続きを定めたプロバイダー責任制限法の改正案が今国会に提出されています。また、花さんに対する悪質な書き込みをしたとして、これまでに2人が書類送検されています5)。こうしたことを通じて、SNS活用におけるリテラシー向上の重要性についても社会全体で少しずつ共有されてきているように思います。
 ただ、響子氏とフジの関係については、その後もほとんど変わることはありませんでした。そのことについてはとても残念に思っています。そんな中で進められてきた、BPOによる審理と関係者ヒアリング。決定文には、「委員会の事実認定は困難」という文言が繰り返し登場し、本決定を取りまとめることがいかに難しかったかがうかがえます。

2)花さんの死までの経緯を時系列で確認
 とはいえ、今回の決定文で初めて事実関係が確認されたものも少なくありません。双方の主張が対立しているものも含めて、改めて花さんが亡くなるまでの経緯を時系列で確認しておきたいと思います。なぜなら、今回の委員会の審理では、番組に人権侵害があったかどうか、放送倫理上問題があったのかどうかを判断するのに、花さんが亡くなるまでの経緯の検証にかなりの重きが置かれていたからです。決定文の中では散発的に書かれている内容を拾いあげて私なりにまとめ直してみました。

<2019年>
8月29日 花さん、フジとの「同意書兼誓約書」に署名
     (制作プロダクションのプロデューサーと1時間かけて読み合わせ。SNS炎上
      のリスクなどについて記載。また、「心のアンテナの感度レベルを1から5や10に
      や10にするつもりで、豊かな感性を(以下、略)」など番組制作に臨む心構えも
      記されていた。加えて、出演者が条項違反した場合は、番組制作費用などの
      損害を賠償することなどの規定もあった。)
9月2日  花さん、テラスハウスに入居
12月3日  第20話で花さん初登場

<2020年>
1月21日 “コスチューム事件”撮影
     (花さんが洗濯機に置き忘れたプロレスの試合用コスチュームを男性出演者A氏
      が誤って乾燥させ、縮んで着られない状態となってしまった。花さんにとっては、
      東京ドームのリングでも着た大切なもの。花さんはA氏に怒りをぶつけ、
      ごめんとしか言わないA氏に対し、被っていた帽子をとって投げ捨てた。)
1月22日 花さんの友人が、花さんから、制作スタッフから「ビンタしちゃえば」と指示

      があったと聞かされる(※フジ側はこの内容を否定)
1月23日 “事件”の相手であるA氏、テラスハウスを退去し出演も終了
1月下旬 花さん、友人に番組に起因した誹謗中傷をネット上で受けて悩んでいると相談
2月15日 未公開動画撮影
      花さん、撮影中に過呼吸に陥る。
      響子氏側は、花さんはその場から逃げたのにカメラに追い回されたと主張。
      フジ側は、花さんが落ち着いてから撮影を継続したと主張している。
3月28日 コロナで撮影中止に。テラスハウスでの共同生活も休止し、花さんは自宅へ
3月31日 Netflixで第38話(「コスチューム事件」)配信
      SNS上及びダイレクトメールで花さんへの誹謗中傷が多数あらわれる。
      花さん、自宅で自傷行為を行い、その写真を友人に送信し自身のSNSでも公開。
      SNS投稿で花さんの行為を番組スタッフが知り、電話及びLINEで連絡。
4月1日 花さん、プロレス仲間と共に整形外科を受診する。
    その後、4月中旬まで自傷行為を繰り返す。下旬までプロレス仲間宅に同居。
4月4日 制作スタッフから番組責任者(フジテレビ)に報告。
    制作責任者は花さんと直接連絡はとらず、社内でもその事実を共有しなかった。
    制作スタッフは花さんにテラスハウスでの生活再開を提案(実施されず)
4月8、9日 制作スタッフ自宅訪問。メンタルクリニック診察を提案(実施されず)
4月19日 制作スタッフが花さんにSNSアプリ削除を提案(削除するも、その後復活)
4
月28日 FOD(※フジテレビの動画配信サービス)で配信
5月3日 花さんが自身のSNSアカウントを再開していることが確認される
5
月14日 YouTubeで未公開動画を3本配信
    (花さんが、第38話で起きた“事件”の背景について視聴者に十分伝わっていないと
     不満をもらしていたとして、制作スタッフは、配信されていない内容をきちんと
     伝えて花さんの評価を回復できるのではと考えて実施を決定したとしている。
      一方、花さんは動画作成や内容について意見を求められたことはなく、公開も
     突然の出来事だったという。)
5月中旬 配信後、再びSNS上で誹謗中傷が増加し、花さんが「未公開でまた荒れ始めた」
      と制作スタッフに報告。
      配信後、A氏から花さんに連絡あり。コロナ禍が落ち着いたら食事を約束。
      花さん、自身の卒業プラン(テラスハウス退去)を制作スタッフに提案。
5月19日 フジテレビ系地上波で放送
     花さん、制作スタッフとLINEでやりとり。非難のダイレクトメールがあったことを報告。
     今後の撮影再開を前提とした相談を行う
5月23日 花さん亡くなる

3)権利の侵害はあったのか?
 委員会決定は、人権侵害の観点と、放送倫理上の観点の2つに大別されています。以下、それぞれ内容の主要なポイントを押さえておきます。まず権利侵害はあったのかについてです。

*視聴者の行為を介した人権侵害に関する放送局の責任は?
 申立人である響子氏は、Netflix配信後に花さんが数多くの誹謗中傷にさらされていたにも関わらず、その後も、未公開動画の公開や地上波での放送を行うことは、花さんに対する誹謗中傷を誘発させ精神的苦痛を与えることになることは疑いようがなく、こうしたことから人権侵害は明らかである、と主張しました。
 これに対し、フジは2つの点から反論しました。花さんに対して各種の対応を行っていて漫然と放送を行ったわけではないこと。また、放送に起因する誹謗中傷が含まれる可能性が認識可能な場合に局の責任が免れない、ということになると、放送局の表現の自由や報道の自由が不当に制限されることになるため安易には認められない、という主張です。
 委員会では、放送局の表現の自由の重要性、責任を負うべきは非難を行った者であること、違法な書き込みの多くは放送の趣旨や内容と関係ないところにまで及び、放送による権利侵害と別な問題であると考えられることなどから、違法性を含まない内容のリアリティー番組の放送に関してネット上で誹謗中傷がなされることについては、放送局に人権侵害の責任を問う事は困難だとしました。

*具体的な被害(花さんの自死)は予見可能だったか
 ただ委員会では、同一の番組が放送だけでなく配信でも行われることが増えている中、今回のケースではNetflixで先行配信された時から花さんは誹謗中傷を受けていたため、フジが「特段の対応をすることなく漫然と実質的に同一の内容を放送・配信することは、(中略)人権侵害の責任が生じうる」とし、先行配信から地上波放送までの間のフジの花さんへの対応のあり方を検討しました。
 まず、Netflix配信後の誹謗中傷を苦に自傷行為を行った花さんに対して制作スタッフが行った対応について検証し、委員会は一定の対応がなされたと捉えました。次に、その1か月半後に未公開動画を公開したことについては、響子氏側は「制作陣が炎上を盛り上がりと感じ、動画を出せばおいしいと思った」と考える方が自然であると主張、一方、フジ側は配信された番組内容に対する花さんの不満・要望にこたえるために制作したものと主張し、見解は対立していました。委員会としては、響子氏の主張は採用できないものの、フジ側にも配慮に欠ける点があったとしました。そして、最終的に地上波で放送するに至ったフジの判断については、花さんの態度が前向きになった兆しが複数見受けられたことなどを総合的に判断したことには一応の慎重さがうかがえるとし、人権侵害があったとまでは断定できないとしました。

*「本人の意思に反するような言動を強要されたことによる権利侵害」はあったのか?
 平たく言えば、フジから花さんに対して“やらせ”のような何らかの強要があり、それに従わざるを得なかったのかどうか、ということです。この点については、特に双方の言い分が真っ向から対立しており、その中で委員会としての判断が行われました。委員会としては、制作スタッフから「ビンタしちゃえば」と指示されていたかどうかは不明であるが、それに類する指示があったことは否定できないとした上で、仮にこうした指示があったとしても花さんは実際にビンタをしていないこと、また、映像に収められている花さんのA氏への怒りは相当程度に真意が表現されていると理解されることから、フジからの花さんに対する「提案やアドバイス」「演出や指示」は、花さんの自由な意思決定の余地が事実上奪われているような例外的な場合に当たるという意味での自己決定権や人格権の侵害があるとは言えない」としました。また、損害賠償の規定が盛り込まれた同意書兼誓約書については、「出演者を過度に緊張させたり、精神的に拘束したりする背景となる可能性があり、適切とは言えない」としながらも、やはり権利の侵害があるとは言えないと判断しました。

4)放送倫理上の問題はあったのか?
 このように、委員会では人権侵害は認められないと判断した上で、放送を行う決定の際の配慮が十分だったかについて、放送倫理上の問題として検討しています。
 まず委員会として、リアリティー番組が、「出演者自身が誹謗中傷によって精神的負担を負うリスクがフィクションの場合よりも格段に高く」、「出演者がしばしば未熟で経験不足な若者」であり、「状況を設定し、さらに出演者を選んで制作・放送しているのが放送局」であることから、局には「出演者の身体的・精神的な健康状態に特に配慮をすることが求められる」いうことを認識の前提としています。
 その上で、未公開動画撮影の際の花さんの心的状態のシグナルを見落としていたこと、自傷行為が繰り返されるようになってから地上波放送まで1か月半しかたっていないこと、コロナ禍の緊急事態宣言という別要因によって花さんが不安な状態におかれていたこと、これらから、「いわば「素人判断」で意思決定をするのではなく、木村氏の精神状態を適切に理解するために専門家に相談するなどのより慎重な対応が求められたのではないか」としています。そして、こうした対応がなされなかった背景として、制作担当者(イースト・エンターテインメント)側と制作責任者(フジ)、また制作責任者とフジ社内での情報共有が行われなかったことがあるのではないかと指摘しました。
 一方で、申立人の響子氏側が強く主張していた、制作側による過剰な編集、演出があったのではないか、という点については、問題はあるとは言えないとしました。また、フジが検証を十分に行わなかったことに対する批判については、委員会の検証のあり方の審理はかなり距離があるとして委員会としての判断を避けました。

5)今回の決定の意義と課題
 以上、委員会決定の内容に寄り添いながら、その内容をまとめてみました。ここからは、決定の意義と課題について、私なりの意見を提示してみます。

*決定の意義について
 まず、放送番組の制作や視聴において、配信サービスやSNSが密接不可分であるという今日的状況を踏まえ、局の責任の分界点や所在がどうあるべきかが本格的に議論された初のケースであったということ、これは今回の最大の意義だと思います。加えてリアリティー番組の特殊性についても深く考察された上で、出演者に対する精神的なケアの重要性と制作する放送局の責任が明確に示されたということも重要なポイントだったと思います。通常は当該局に対するものである委員会決定の結びのコメントが、今回はフジだけでなく放送界全体に向けられているというのも、委員会としての強いメッセージの表れだと思います。更に会見では、ABEMAのように、最近は配信サービスにおいて多くのリアリティー番組が制作されていることを受け、そうした事業者にも、この決定を読んで考えてもらいたいとのコメントもありました。

*決定の課題について
 この委員会決定後、申立人の響子氏は記者会見で、「人権侵害が認められない結果について、すごく歯がゆく悔しい思いです。」「フジテレビには誹謗中傷対策をするだけでなく、出演者をコマの一つではなく、ひとりの人間として大切に扱ってほしい」と述べています6)
 前述したとおり、委員会決定には何度も「事実認定が難しい」という文言が登場しており、特に響子氏が最も強く主張している点、「娘は番組の過剰な演出によって凶暴な女性のように描かれた」か否かについては、対立する双方の主張が列挙されるに留まったと強く感じました。特にフジに対しては、局の表現の自由を尊重するというBPOの立場からか、踏み込んだヒアリングがなされているとは正直感じられませんでした。
 「放送の自由・自律とBPOの役割」という論考7)で、文研・メディア研究部の塩田幸司氏はこれまでの委員会決定を読み解き、「メディアの言論・表現の自由を守りつつ、人権など市民の権利を擁護しメディアの質を高めるというジレンマの中で、BPOの各委員会が放送現場を委縮させないようにメディアの自律性を最大限尊重するという謙抑性を持ち続けていた」としています。今回の決定も、全体的にはその謙抑性を強く感じる内容でした。私はそのこと自体を否定するつもりはありませんし、その謙抑性こそが、NHKと民放連が設立した第三者機関として、自律的に運営するBPOの重要な立ち位置だとも思っています。そのため、今回の委員会決定が、番組を端緒とした誹謗中傷によって娘を奪われたと感じる母親の思いに到底応えられる内容でなかったことは、BPOという組織の宿命だと指摘されてもやむを得ない部分もあるかと思います。
 一方で、制作者側へのヒアリングについては、もう少し謙抑性を排して臨むべきではなかったか、それを排して臨んでいたらもう少し異なる決定になったのではないか、という印象を私は持っています。いくつか感じる点はあるのですが、ここでは1点だけ述べておきます。
 例えば、未公開動画制作に関して制作スタッフが発した「通常は、出演者からの『ここを使って欲しい』『ここを使って欲しくない』などの要望は受け付けていません」という発言ですが、通常のニュース取材やドキュメンタリーにおいては当てはまるけれど、リアリティー番組という特殊な番組制作においてはどうなのでしょうか。若い一般の出演者と制作者が一蓮托生の状態の中で関係を構築しながら台本なきドラマを紡いでいく、その難しさを魅力に昇華させていく力量が問われるのがリアリティー番組の制作現場だと私は思っていました。最近ではある種のドキュメンタリーにおいても、出演者と制作者が、撮られる側と撮る側という立場を超えて、相談し、共闘しながら作品を作り上げていく現場も増えてきています。そうしたことを鑑みても、この制作スタッフへのヒアリングでの言葉は、あまりに浅薄すぎると感じました。更に、通常は出演者の要望を受け付けていないものの、「花さんが3月31日に自傷行為に及んでいたこともあり、その心情に配慮することは重要であると考えて」未公開動画を制作し公開したということですが、そのプロセスで制作スタッフは花さんに一切意見を聞かず、動画の公開すら花さんにとって突然だったということにも大きな違和感を覚えました。もしも制作スタッフが心情に配慮することが重要だ、と心底思っていたとするならば、「配慮に欠ける」以上に「制作者本位」であったのではないか、そこには「動画をだせばおいしいと思った」という気持ちが本当に潜んではいなかったか……。委員会は響子氏の思いを背負い、もう一歩踏み込んだヒアリングを行うべきではなかったかと感じています。
 また、委員会決定では、制作担当者、制作責任者、フジの上層部の中の意思疎通のあり方に問題があったとの指摘がありました。現場は親身にケアを行っていたが、フジはどこまで責任を果たしていたのか、そんなトーンが委員会決定の文言でも会見でも感じられました。そのため私は会見において、花さんに向き合っていた制作担当者と、最後まで花さんと直接連絡をとらなかったフジの制作責任者の双方のヒアリングを通じて、花さんへの思いに対する温度差を感じなかったか、制作現場はNetflix配信後の花さんの状態を見て、その後の配信や放送を行うことをためらってはいなかったか、と聞きました。しかし、具体的な答えを得ることはできませんでした。私がなぜこの問いをしたかと言えば、気持ちの浮き沈みを繰り返す花さんに寄り添い、その心情をくみ取ることを最優先に考える現場であれば、これ以上、配信や放送を重ねることで花さんを傷つけたくないと考える人がいてもおかしくない、そう信じたいという思いがあったからです。フジに直接取材ができていないので、まだ私はこの点については納得できていません。
 なぜ私がこの問題にこだわるかというと、それは出演者のケアを誰が行うのか、という問題に直結するからです。親身に接してくれている制作者が、実は自分を「コマの一つ」としてしか見ていなかったら、「ひとりの人間として大切に扱う」意識が欠落しているとしたら、出演者は完全に逃げ場を失ってしまいます。更に、損害賠償をさせられるかもしれない同意書兼誓約書にも自己責任でサインをしてしまった、ということも、特にプロダクションに守られているわけではない一般人やセミプロのような若者であれば、重圧としてのしかかってくるかもしれません。
 先ほど私は、リアリティー番組の制作については、通常の取材や番組制作以上に、局において出演者の精神的ケアの責任がある、という今回の委員会決定には意義があると述べました。ただ今回の決定では、ケアの具体的内容までは言及されていません。出演者にとって制作スタッフは味方なのか敵なのか、実はここが、今回の問題の最も大きな本質なのではないかと私は感じています。
 真実を暴くための報道の現場では、たとえ相手の尊厳を傷つけたとしても伝えなくてはならないことも時にあります。また、ドキュメンタリーの撮影の現場では、取材者と被取材者の関係は信頼と緊張の繰り返しの中で進んでいきます。ドラマのような完全なフィクションの現場を私は経験していませんが、強い信頼関係のもとに制作が進められている現場が多いと聞きます。では、リアリティー番組はどうなのか。制作者の心構え次第なのか、それとも、制作当事者は出演者本位で考えることは構造上難しいため、精神的ケアは別な担当者を置くか、もしくは完全に制作体制とは切り離し、制作スタッフの対応に対する相談も受け付けられるような医療や苦情の窓口を設けるべきなのか……。
 リアリティー番組の最初の自殺者は、私が調べた限りでは1997年のことですが、その男性は亡くなる前に妻に対して、「(制作者は)私がやった良い部分をカットし、私をバカのように見せた」と語っていました。この問題は、古くて新しい、リアリティー番組そのものが抱える宿命なのかもしれない、と私は考えています。
 なお、この点については、4月5日から、イギリスの放送・通信分野の独立規制機関であるOfcomが、放送局がこれまで以上に出演者に対して保護をするように義務付けた新たな規定を発効させています8)。これは、イギリスで絶大な人気を誇るリアリティー番組『ラブ・アイランド』で、出演者3人、その恋人を加えると4人が自ら命を絶った事実を受け、広く意見を募った上で設けられた規定です。2020年10月に論考を書いた時にはまだ意見募集が終わったばかりで詳細に触れられませんでしたので、本ブログで次回、このイギリスの状況について改めて報告したいと思っています。

6)フジテレビに対して思うこと
 フジはこの委員会決定を受けて、「今回の決定を真摯に受け止め、今後の放送・番組作りに生かしてまいります。番組制作に伴うSNS上の対策や課題については新設したSNS対策部門を中心に組織的に取り組んでいく所存です」とコメントを発表しています。ただ、現在も配信されている『テラスハウス』の今後についてや、それ以外のリアリティー番組を今後制作するのかどうかについては、言及を避けています。
 『テラスハウス』は2012年に始まってから、世界各国で多くの人達を魅了してきました。BPOの青少年委員会のホームページには、2012年の中高生のモニター報告に、以下のような一文があります。「(鳥取・中学2年男子)僕が最近はまっているテレビ番組は、『テラスハウス』(フジテレビ/山陰中央テレビ)です。今までの番組とは一風変わった番組で、そのアイディアは素晴らしいと思います。青春まっただ中の中高生には人気が高く、見ていて胸がときめきます。アイディアでテレビの未来は大きく変わると思います。」
 フジは今後、花さんや響子氏、花さんを取り巻く多くの関係者はもちろんのこと、こうして番組を楽しんできた視聴者に対しても、真摯に向き合うべきではないかと私は思っています。また、今回の委員会決定を公表した放送人権委員会ではなく、同じBPOの放送倫理検証委員会でこそ審議すべきではないか、という声は会見でも聞かれましたし、今からでも審議すべきと主張する専門家もいます9)。私は、SNSと最も親和性の高いリアリティー番組の課題から、制作者、出演者、視聴者との関係を再構築することが、これからのメディアのあり方を考えるために重要だと考えています。そのためには、今回の委員会決定でこの議論が終わることはとても残念なので、もしも放送倫理検証委員会で審議されるのであれば、それを歓迎する立場ですが、こうした議論の枠組み以上に大事なのは、当事者であるフジが、そして制作責任者や制作担当者個人が、きちんとこの現実に向き合うことだと考えています。今回の経験を社会で共有することが、今後のメディアのためにも、そしてコンテンツを制作する自局の、自身のためにも必要だという意識になってもらいたい。それまで私は、このテーマについて取材を続けていきたいと思っています。



1)
https://www.bpo.gr.jp/?p=10741&meta_key=2020
2) https://www.nhk.or.jp/bunken/research/domestic/20201001_6.html
3) https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/100/435552.html
4) 総務省においては、「発信者情報開示の在り方に関する研究会」で議論が重ねられ、
  2020年12月に最終とりまとめが公表された。この取りまとめをもとに、
    今国会では法改正案が提出されています。
    https://www.soumu.go.jp/main_content/000724725.pdf
5) https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210405/k10012956671000.html
6)  https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210330/k10012944601000.html
7) https://www.nhk.or.jp/bunken/research/domestic/pdf/20190130_2.pdf
8) https://www.ofcom.org.uk/about-ofcom/latest/features-and-news/new-protections-for-people-taking-part-in-tv-and-radio-shows
9) 時事ドットコムニュース「問われるBPOの存在意義 フジテレビ「テラスハウス」に「人権侵害なし」決定」(上智大学・水島宏明氏)
     https://www.jiji.com/jc/v4?id=210331bpoterrace0003


メディアの動き 2021年03月22日 (月)

#312 失われた人生をどう伝えるか イギリスのコロナ報道から

メディア研究部(海外メディア) 税所玲子


新型コロナウイルスが世界的に広がって1年あまり。「放送研究と調査」で海外のコロナ報道について執筆するため、新聞やネットで情報収集を続けていましたが、ふと気が付くとじっくり読み込んでしまう記事がありました。それは、コロナで亡くなった方について写真や家族・友人のコメントなどを添えて描かれた「失われた人の物語」。匿名が多い日本ではあまり見ないアプローチです。どんな狙いでこうした記事は書かれているのでしょうか。イギリスの例から考えます。

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亡くなったトム・ムーアさん ツイッターより

2021年2月2日、100歳の男性がコロナに倒れました。亡くなったのは、トム・ムーアさん。「キャプテン・トム」との愛称で親しまれた退役軍人です。去年4月、100歳の誕生日までに自宅の庭を100往復するとの誓いをたて、コロナ禍で多忙を極める病院への寄付金を募りました。第2次大戦の勲章を付けたブレザーを着込み、歩行器を頼りに懸命に歩く姿は、イギリス人の心を鷲づかみにし、目標額1000ポンド(約15万円)とはけた違いの約330万ポンド(約49億円)が集まりました。「砂糖を沢山いれた甘いティーが好き」「孫のおもちゃの修理は天下一品」。女王からナイトの称号を受けたことよりも、トムさんの素朴な人柄を伝える記事に目がとまり、その訃報に、しんみりしたものでした。

「キャプテン・トム」ほど脚光を浴びなくとも、イギリスのメディアには、コロナで亡くなった人の「顔」と「物語」が多く登場します。

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BBCニュース ウエブサイト「Coronavirus: Your tribute to those who have died」

公共放送BBCは、ウェブサイトに“Coronavirus: Your tribute to those who have died”という特設ページを開設。亡くなった750人の写真と、家族や友人が寄せたメッセージを掲載しています。それぞれの写真が順番に大写しになる仕掛けとなっていますが、中でも目を引くのは「全員をご覧いただくには312時間かかります」との注釈です。「世界最悪水準となったイギリスの犠牲者10万人を超える」と、原稿に書いた一文の持つ重みに、はっとさせられました。

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9月15日付ガーディアン紙 「Lost to the virus」

また有力紙「ガーディアン」も“Lost to the virus”というタイトルの連載を組んでいます。例えば、2020年9月15日に掲載されたメルビン・ケネディーさん(67歳)。ジンバブエを逃れイギリスにわたり、ロンドンバスのドライバーとして働きながら家庭を守り、最愛の妻を病で亡くした後には、残された2人の娘に愛情を注いだ男性の人生が、見開き4ぺージにわたってつづられています。同時に、十分な感染対策が取られず、多くの犠牲者が出た公共交通機関の勤務の過酷さもあぶり出しています。

このようにイギリスのメディアは、大半の人たちの名前を出して報じていますが、その意図はどのようなものなのでしょうか。私はある出来事を思い出しました。それはイギリス人フォトジャーナリスト、ポール・コンロイさんをインタビューした時のことです。コンロイさんは、サンデー・タイムズ紙の記者マリー・コルビンさんと、2012年、内戦下のシリアに潜入取材しました。滞在先に撃ち込まれたロケット弾でコルビンさんは亡くなり、その物語はのちに映画化されました。コンロイさんは、人間は単なる数ではない、といって紛争地を取材し続けたコルビンさんの思いについて「ニュースを常に人間化(humanize)しようとしていた」と説明してくれました。「家族とか子どもとか、おじいちゃんとか、読者が、自分の身近な人に置き換えられて初めて思いを寄せられる。そのことで、シリアでの悲劇を、何とかしてやめさせる方法はないかと思う人が多くなることを願っていた」と。

確かに記事は、具体的な情報があったほうが記憶に残るようになるし、のちのち振り返ったときにも、検証可能なものにもなります。一方で、日本で見られるように、取材を受けた人が中傷や差別を受けることもあり、被害から人々を守るメカニズムが十分でないのも事実です。実名報道が一般的なイギリスでさえ、「キャプテン・トム」の家族はネット上での誹謗中傷に苦しんだと明らかにしています。また、ガーディアンの記事でも、「個人的な情報を削除し、置き換えました」と発行後に修正した記事もあり、プライバシーとの難しいバランスを模索しながら取材していることが容易に想像できます。

正解はあるのだろうか、と思いながら、ふとテレビに目をやると、ワイドショーがコロナの変異種で亡くなった人の話を伝えていました。人のシルエットのアイコンに、「70代、男性、渡航歴なし」のキャプション。亡くなった方はどんな人生を送り、どんな夢を持っていたのかな・・・そんな思いが頭をよぎります。


メディアの動き 2021年03月17日 (水)

#311 世界の国際放送の新型コロナ報道

メディア研究部(海外メディア研究) 堀 亨介


 国際放送をご存じでしょうか?ある国(地域)から、その国(地域)の外にいる人たちに向けて行う放送のことです。日本でも1970年代には、海外からの国際放送を短波ラジオで受信することがブームとなっていました。インターネットのなかった当時、リアルタイムで海外の情報に触れることのできるメディアとして、短波ラジオで海外からの国際放送を楽しんだ方も多いと思います。その国際放送ですが、短波ラジオから衛星テレビ、そしてインターネットと、メディアをシフトしつつ今もサービスが行われています。
 NHKも国際放送を、戦前の1935年から行っています。私はその国際放送にこれまで27年ほど関わってきましたが、昨年8月から文研で海外メディアの動向、特に正確で公正な報道とプロパガンダのはざまにある世界の国際放送のあり様を研究しています。
 新型コロナウイルスの世界的な感染拡大の中、各国の国際放送でも、日本ではあまり伝えられていない情報や各国の状況が垣間見えるニュースが伝えられています。そこで、インターネット上で見ることのできる日本語での報道の中から、最近話題の新型コロナワクチンの情報など、気になったニュースの一部をご紹介します。

〇イギリス BBC (British Broadcasting Corporation)

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 まずはBBCです。イギリスの公共放送として誰もが知っている放送局です。国際放送局としても世界で最も知られています。国際放送としてのBBCは、日本でもCATV経由などで視聴出来る英語テレビのBBC WORLD NEWSが一番思い当たるところですが、そのほかアラビア語やペルシャ語のテレビや多言語ラジオ、インターネットなど、43の言語で情報を発信しています。インターネットでは、テキストによる日本語ニュースもあります。
 その日本語ニュースで新型コロナ関連のニュースを眺めてみると、アメリカのファイザーとドイツのビオンテックが開発した新型コロナワクチン、アメリカのモデルナの新型コロナワクチン、イギリスのオックスフォード大学とアストラゼネカが開発した新型コロナワクチンの3種類を比較する記事が目に留まりました。1)特に、オックスフォードとアストラゼネカの開発した新型コロナワクチンは、弱毒化したチンパンジーの風邪ウイルスに、新型コロナウイルスの遺伝子情報を組み込んで開発しているといった情報が、このブログの執筆時点では日本であまり取り上げられていないこともあり、参考になりました。

〇スイス SWI swissinfo.ch

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 ヨーロッパでもう一つ、スイスを取り上げてみます。スイスは短波ラジオの時代にはSRI(Swiss Radio International)という、スイスの公共放送が実施していた国際放送が人気でしたが、短波放送が下火になる中でいち早くインターネットに乗り換え、現在はSWIとして10の言語で情報発信を行っています。ラジオ時代にはなかった日本語もあるので、普段目にすることの少ないスイスのニュースを読むことができます。
 1月28日には「コロナ危機を乗り越えたスイス株は?」2)と題したニュースで、スイスの株式市場が新型コロナによる昨年3月の大暴落前の水準を取り戻したと伝えています。新型コロナの影響が比較的小さかったスイスでは株価が回復したということで、欧米はどこも大変な状況であるかのように漠然と思い込んでいましたが、実は必ずしもそういう訳ではないということに気づかされました。

〇中国 CRI (China Radio International)

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 アジアに目を向けて中国です。中国の国際放送には、テレビのCGTN(China Global Television Network)とラジオのCRIがあります。CGTNは、国営の中国中央テレビの英語による24時間ニュース放送チャンネルで、英語のほか、アラビア語、スペイン語、フランス語、ロシア語版もあります。同じく国営の中国国際放送局CRIは、かつて「北京放送」を名乗っていましたので、なじみのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。CRIでは多言語のラジオとネットサービスを、44の言語で行っています。
 CRIの2020年12月25日の日本語ニュースでは、イギリスの「フィナンシャル・タイムズ」などの報道も引用しつつ、アラブ首長国連邦(UAE)で中国製の新型コロナワクチンの接種態勢が整ったと伝えています。3)中国製ワクチンの宣伝色が強いとも思えるニュースではありますが、日本ではあまり報道されていない中国とUAEの関係が見えるという意味で、興味深いニュースだと思います。

〇ベトナム VOV (Voice of Vietnam)

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 アジアでもう一つ、ベトナムです。ベトナムはテレビの国際放送を行っていませんが、国営ラジオVOV(Voice of Vietnam)では、13言語で国際情報発信を行っていて、日本語ラジオ「ベトナムの声」は1963年から放送を続けています。
 VOV日本語のウェブサイトに2020年12月10日に掲載された「ベトナム 国産新型コロナワクチンの臨床試験へ」4)というニュースでは、ベトナム軍医学院が国産新型コロナワクチンの臨床試験を開始するために、ボランティアの募集を発表したことが伝えられています。日本では、アメリカ、イギリス、中国、ロシアのワクチン開発については頻繁にニュースを目にしますが、ベトナムでも臨床試験が行われているということには少し驚きました。

 今回は、新型コロナの範疇で目に留まったニュースをお伝えしました。新型コロナによる閉塞感もあり、ともすれば内向きになりがちな昨今ではありますが、世界各地から発信される国際放送に接することで、少しでも世界に目を向けることができればと思います。
 なお、新型コロナウイルスに関して世界各地のメディアが国内向けにどのような報道を行っているかを、私たち海外メディア研究グループが「放送研究と調査」2月号、3月号で網羅的に論考しています。私も担当の1人として2月号で東南アジアの現状をまとめました。是非お読みください。

『放送研究と調査』2月号
「新型コロナウイルス」はどのように伝えられたか
~ 海外の報道をみる(1)~


1) 新型コロナウイルスのワクチンを比較 効果が高いのは?安いのは?
https://www.bbc.com/japanese/video-55628482
2) コロナ危機を乗り越えたスイス株は?
https://www.swissinfo.ch/jpn/boerse_コロナ危機を乗り越えたスイス株は-/46320340
3) アラブ首長国連邦が中国産ワクチンを大規模に無料供給
http://japanese.cri.cn/20201225/17023b34-96d3-b2bc-70f2-be1c1419fe72.html
4) ベトナム 国産新型コロナワクチンの臨床試験へ
https://vovworld.vn/ja-JP/ニュース/ヘトナム-国産新型コロナワクチンの臨床試験へ-930526.vov


メディアの動き 2021年03月11日 (木)

#309 政権に影を落とす接待問題 ~新型コロナとの戦いの下で~

放送文化研究所 島田敏男


 この1か月の間に、実に様々なことがありました。年明けからの新型コロナウイルス感染拡大に対する緊急事態宣言が10都府県で延長(2月8日)。女性蔑視ととれる発言が猛烈な批判を受けて森オリンピック・パラリンピック組織委員会会長が辞任、橋本聖子氏が後継に。

 医療従事者のワクチン接種がようやくスタート(2月17日)。これで世の中が少しは明るくなるかと思いきや、週刊誌に焙り出された接待問題が政権に大きく影を落とし始めました。

 菅総理の長男が関わる放送関連事業者・東北新社による総務省幹部への接待、贈収賄事件を引き起こした鶏卵会社による農林水産省幹部への接待。国民の怒りに押される形で処分が相次ぐ中、総務審議官当時に1回で7万4000円を超える高額接待を受けた山田真貴子内閣広報官の去就が注目されました。

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 何となれば安倍総理大臣・菅官房長官のコンビが総理秘書官に抜擢し、霞が関の女性活躍の象徴として重用。そして菅氏が総理大臣に就任すると、内閣広報官に起用して不得手な記者会見の仕切り役を任せてきたからです。

 山田氏は給与の一部を自主返納した直後には辞任を否定し、菅総理もそれを支持しました。しかし、世の中の不満は収まらず、体調不良を理由に辞職せざるを得なくなりました(3月1日)。体調不良を理由に身を引く(引かせる)という手法は永田町・霞が関では昔からよく使われる手です。それは「辞める本当の理由を言わずに済むから」です。

 「体調が悪化し、職務に耐えられないので辞職する」と言いさえすれば、モヤモヤは残るにしても説明したことになるという重宝さがあります。とは言え、これが菅総理の周辺の事柄に及びますと、どうしても「暗い空気」を感じる人は少なくないと思います。

 そう感じる人たちは、あの日本学術会議委員の任命拒否問題を思い出したことでしょう。去年の秋、野党の追及に対し「人事なので、いちいち理由を話す必要はない」と述べて押し切った菅総理ですが、同時に内閣が決める人事案件を「ブラックボックスの中で掌にのせる達人」という印象を刻み込みました。

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 こうした政権にとっては決して好ましくない状況の中で行われた3月のNHK世論調査の結果ですが、前の月と比べて内閣支持率が微増するというものでした。
 3月の調査では「菅内閣を支持する」40%(前月比+2ポイント)、「菅内閣を支持しない」37%(同-7ポイント)となりました。前2か月の1月、2月は「支持する」<「支持しない」だったものが、「支持する」>「支持しない」に転じました。

 また、調査の中で「あなたは新型コロナウイルスをめぐる政府の対応を評価しますか?」という問いに対しては、「評価する」48%、「評価しない」47%となりました。前3か月が、「評価する」<「評価しない」だったものが、ほぼ横並びになりました。

 こうして見ると、東京などの大都市部を中心とした感染者数の拡大が、夜間の外出自粛、飲食店の営業短縮などによって収まるにつれて、国民の評価・内閣支持の若干の回復に繋がっていることが窺えます。

 ただ、そうは言っても菅内閣の支持率は2回目の緊急事態宣言が発出される前の12月調査の水準に戻った程度です。医療従事者、高齢者、一般国民の順で予定されているワクチン接種が順調に進まなければ、政府の対応評価・内閣支持が急落することは間違いないでしょう。

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 そこに接待問題です。東北新社の接待に加えて、今度はNTTの高額接待が明るみに出ました。総務事務次官と並ぶ谷脇康彦総務審議官は、「東北新社以外から違法な接待を受けていないかという先の調査に対し、事実を述べなかった」(武田総務大臣)として、官房付に更迭されました。

 NTTが出てきますと、頭をよぎるのは菅総理の「携帯電話料金は高すぎる」という指摘を受けての料金引き下げ決定です。野党側は谷脇総務審議官に対する接待が、菅総理の発言とどういう関係にあったのかを追及する構えです。

 小泉内閣で総務大臣を務めた菅氏が、総務省内に対する影響力を手にし、安倍内閣の官房長官時代を通して益々求心力を高めた。このことは大方の自民党幹部が認めるところです。

 コロナとの戦いが続く中での総務省幹部の接待問題は、菅総理にとっては政権運営を支えてくれるはずの内懐のほころびにも感じられる出来事だと思います。

 菅内閣にとって当面の最重要課題である令和3年度予算案は、3月2日に衆議院を通過したことで、年度内成立が確実になりました。

 問題はその後です。新型コロナとの戦い、国民の不興を買っている官僚の接待問題。これをどう乗り越えながら前に進むのか。

 コロナ禍で我慢を強いられている国民が政治を見る眼は、いつになく厳しいことを忘れてはならないでしょう。


メディアの動き 2021年02月12日 (金)

#307 政治家を見る厳しい眼 ~垣間見えた責任感の欠如~

放送文化研究所 島田敏男


 “今は昔、永田町に「陣笠議員」なる言葉ありけり。議場を埋める頭数なれど、「選良」であることの矜持は忘れざりけり・・・”

 衆議院の選挙制度が今の小選挙区比例代表並立性になる前の中選挙区制の時代、長く一党支配を続けていた自由民主党は派閥政治全盛でした。つまり党内に割拠していた派閥のボスが政治を仕切っていたわけです。

 駆け出しの議員や、なかなか役職に就くことができない中堅議員は、そのボスの指示に従って議場で賛成・反対の1票を投じる(あるいは起立する)わけです。こういう頭数の議員を「陣笠議員」と称したのは、昔の下級武士たちが兜の替わりに笠をかぶったことに由来すると言われています。

 しかし「陣笠」であろうとも、選挙区の有権者から議席を託された「選良」であることに誇りや自負を持っていた議員は大勢いました。総理大臣を決め、法律を成立させることができるのは国会議員だけで、数をたのまなければそれができないのですから。

 本来、一人一人がそういう誇り・自負を持つべき国会議員であるにも関わらず、とりわけ年明けからの1か月あまりで目立ったのは、自らの職責に無自覚な与党議員の行動でした。

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 松本純元国家公安委員長ら自民党衆議院議員3人が、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための緊急事態宣言が出ているさなかに、銀座の高級クラブをはしごする夜遊びに興じ、程なく露見した一件。

 3人は自民党を離党し、同じように深夜の飲食が明るみに出た公明党の遠山清彦衆議院議員は辞職しました。でも、それでけじめがついたから良しではなく、もう一段深く考える必要がありそうです。

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 緊急事態なのだから国民は外出を控えること、宣言が出ている地域では飲食店の営業は午後8時で打ち切ること・・・自粛要請か、罰則を伴う指示であるかを問わず私権制限は多岐に及んでいます。

 こうした個人の自由な活動を制限する要請や指示を政府や自治体が出すことができるのは、国会議員が必要な法律を成立させてきたからです。

 平時であれば、国会で成立が図られる法案は、産業や福祉の支援制度を設けたり、見直したりするものなどが多く、様々な分野ごとに細分化されています。従って、自分に直接関係しない限り多くの国民は無関心なものです。

 しかし、コロナ対策のために基本的に全国民に対し政治が我慢を強いている状況は、まさに有事です。眼に見えず、耳に聞こえない、体感できない脅威に対し、日常生活の我慢で向き合っている有事です。つまり誰もが我がこととして政治の動きを注視する必要がある稀な状況なのです。

 このコロナ禍の1年間に、政治家を見る国民の厳しい眼差しは急速に鋭さを増してきました。その変化に無頓着な国会議員が少なくない、自分たちが国民に我慢を強いていることに対する責任感の欠如、無自覚・・・これが垣間見えたのが今回の問題だったと思います。

 もちろん、与野党を問わず全ての国会議員が責任感に欠けていると言うつもりはありません。コロナ禍の現実が、国民と政治の距離を近づけたという皮肉な現象に、政治家はもっと注意を払うべきだということです。

 そうしないと政治プロセスに対する国民の不信が生じ、民主主義の足元が揺らぐことにもなりかねません。ここは与党も野党も関係なく、危機に際して国民から信頼される姿勢を貫くことが全ての政治家に求められています。

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 さてそこで、菅内閣の今です。2月5日から7日にかけて行われたNHK世論調査で、菅内閣の支持率は1月より更に下がりました。「支持する」38%、「支持しない」44%で、不支持が支持を6ポイント上回りました。

 政党支持率を見ると、自民党が先月より3ポイント近く下がって35・1%、他の政党には目立った変化は見られませんでした。その一方「特に支持する政党はない」と答える無党派層の割合は、先月より2ポイント近く上がって42・3%。自民党支持者の流出が伺えます。

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 内閣支持率と自民党支持率の低下。根底にはコロナとの戦いの出口が見えてこないことへの不満があるでしょう。ただ、今月は先に見た自民党国会議員の「あってはならない行動」が影響したのは確かです。

 さらに、調査直前の3日に飛び出した東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の問題発言。この女性蔑視と猛反発を浴びた発言も、菅総理と自民党にはマイナスでした。東京開催が決まった後、森元総理を会長に据えたのは当時の安倍総理・菅官房長官ですから、任命責任を免れることはできません。
 この問題はボランティアの人たちの協力辞退を引き起こしていて、さらに波紋を広げかねない危うさを抱え込んでいます。

 国会では新型コロナ対策の改正特別措置法が成立した後、2月4日から令和3年度予算案の審議が衆議院で行われています。それと並行して、政府は新型コロナワクチンの確保を急ぎ、医療従事者、高齢者の順で接種を行なう準備に追われています。

 この二つが順調に進むのか、あるいは新たな問題の発生で滞る事態が生じるのか。緊張感のある政治と行政の姿を国民に示し、一つ一つの問題を乗り越えていくことが肝要です。



メディアの動き 2021年01月29日 (金)

#298 イギリス 公共テレビは生き残れるか

メディア研究部(海外メディア) 税所玲子


世界の公共放送のお手本ともいわれるイギリスBBC。
世界で週あたり4億6800万の人がそのサービスを利用し、王室とならびイギリスのソフトパワーの一翼を担うともいわれる組織ですが、現地では、いま、「創設以来の危機にある」との論が後を絶ちません。1)

その背景には、技術革新とともに台頭したNetflixなど、新しいビジネスモデルを持つグローバル企業の動画配信サービスにおされ、テレビの視聴時間の減少に歯止めがかからないことがあります。BBCのストリーミングサービスiPlayerも、2014年には40%を占めていたシェアが2019年には15%まで減少しています。

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また、EU=ヨーロッパ連合からの離脱を問う国民投票をきっかけに世論が真っ二つに割れてしまったことで、不偏不党を掲げるBBCは、離脱派、残留派のどちらからも不満の矛先を向けられるようになりました。離脱派のジョンソン首相は、BBCを“Brexit Bashing Corporation”(離脱叩き協会)と呼び、受信許可料制度の見直しも示唆しています。

こうした中で、放送通信の外部規制監督機関Ofcom(The Office of Communication)は、2020年、BBCを含む公共サービス放送2)の将来について、集中的な討議を行いました。

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市場調査や世論調査のほか、学識経験者による提言などが寄せられる中で、私が最もイギリスらしいと感じたのは、2020年7月から8月にかけて開催された「Citizen Assembly(市民会議)」という名の討論でした。ディベート大国らしく、市民46人が、公共テレビの役割と課題について専門家のレクチャーを聞いた後、論点を整理して、討論します。そして、4回目の会合で洗い出された課題について投票を行い、順位をつけていくというものです。

結果は次のようになりました。上位5つを記します。
①BBCの政府からの独立を守ること
②科学や教育番組を提供すること
③十分に多様な視点や見方を提示して、市民の判断材料を提供すること
④ニュースは、スピードよりも正確性とディテールを重視すること
⑤様々なプラットフォームを通じて番組が視聴できるようにし、最新の技術を使ってオンラインでも目につきやすいようにすること

また、10月には、3日間にわたる討論会が開かれ、その様子が配信されました。
BBC改革論者の前文化・メディア・スポーツ相やメディア界の重鎮などが自説を展開した後の最終セッションでは、BBC、ITV、Channel 4、Channel 5の会長やCEOが討論にのぞみました。アメリカ資本の衛星放送Skyの政治キャスターが、1時間にわたって「あなたたちの価値はなにか」と問い詰める様子は現在でもネット上で公開されています。

こうした一連の議論を経てOfcomがまとめた報告書は、「このままでは公共サービス放送が生き残ることは難しい」と結論づけました。そして、▼放送通信法の改正、▼長期に維持可能な財源制度の検討、▼コンテンツを届ける方法を放送に限らないこと、▼放送局どうしや、配信サービスとの連携強化の検討などを提言として示しました。

Ofcomは、ことし3月までこの報告書に対する意見を公募した後、最終提言として政府に提出し、それをふまえて政府の改革案がまとめられる予定です。

この議論は、「分断」「対立」という言葉が当たり前のように使われるようになってしまった今の社会で、市民ひとりひとりが、よりよい判断をし、豊かに暮らしていくために必要な情報を届けていくためにはどのような仕組みがよいのか?そんな問いかけに対するそれぞれの答えを探すプロセスに思えます。

来年の今頃には、その問いに対しイギリスなりの答えが出され、公共メディアのデッサンが完成しているのではないかと思います。輪郭を書いたり消したりしながら進められるその作業から目を離さずにいたいと思います。


1) Guardian 2020年9月30日”Andrew Marr: There is a drive to destroy the BBC”
    https://www.theguardian.com/media/2020/sep/30/andrew-marr-there-is-a-drive-on-to-destroy-the-bbc; Financial Times 2021年1月6日“The BBC, Fleet Street and the future of journalism" https://www.ft.com/content/74570d49-75c0-40a6-a9dd-dc246dc46c97
2) 正式には公共サービス放送(Public Service Broadcaster)と呼ばれ、BBC,ITV, Channel4, Channel5, S4Cが含まれる。財源は様々だが、不偏不党なニュースや社会情報番組などを制作する責務を負う。


メディアの動き 2021年01月29日 (金)

#297「香港の報道の自由、瀬戸際に」-香港国家安全維持法の衝撃-

メディア研究部(海外メディア) 山田賢一


 ここ数年、香港は激動の中にありました。
 2014年に香港の行政長官選出をめぐって「真の直接選挙」を求める「雨傘民主化運動」が起き、香港の繁華街の道路を2か月半にわたって占拠しました。このこと自体、従来「ノンポリ」で知られてきた香港人の大きな変化を示すものでしたが、2019年にはさらに大きな事件が起きます。行政長官が進めようとした「容疑者送還条例」改定に対する反対運動で、6月9日には100万人、そして翌週の16日には200万人が参加する特大規模のデモが起きました。
 しかし、筆者がかつてインタビューした人物で、3月末の初期段階の反対デモ(参加者1万2000人)には顔を見せていた林栄基氏の姿は、6月にはすでに見られませんでした。林氏は中国に批判的な書籍を発刊する銅鑼湾書店の店長で、2015年10月に中国本土に入境した後、行方不明となります。そして林氏を含む同書店の幹部5人がほぼ同じ時期に次々と失踪していたことが分かりました。林氏は翌年2月、他の拘束された2人と共に香港のテレビに登場し、違法な書籍の販売に関わったと罪を認めます。
 ところが釈放後の6月、林氏は香港で記者会見を行い、自らの自白ビデオが中国当局に強制されたものだったことを暴露しました。釈放された他の幹部たちが沈黙を守る中、林氏の勇気ある行動は大変な反響を呼びました。しかし同時に、林氏はいつ中国政府から仕返しを受けるか分からない恐怖の中での生活を余儀なくされます。
 「容疑者送還条例」への反対運動は、条例改定そのものは阻止できたものの、その後中国政府から「香港国家安全維持法」の制定という、強烈な反撃を受けます。この法律では、第9条で「メディア・インターネットへの監督・管理強化」が明示された他、第43条では、国家安全に危害を及ぼす犯罪に関与した疑いのある人物に対し、通信を傍受し秘密裏に監視することができるとされるなど、報道の自由を窒息させかねない内容です。
 実際、2020年6月に同法が施行されたあと、8月には中国に批判的な論陣を張ってきた大手紙『りんご日報』の創業者である黎智英(Jimmy Lai)氏が同法違反の疑いで拘束され、りんご日報への家宅捜索も行われました。容疑者送還条例反対運動が盛り上がりを見せる中で、林氏が香港から台湾に移住したことは、今日の香港を当時すでに予見していたのかもしれません。
詳しくは、『放送研究と調査』1月号をご覧ください!


メディアの動き 2021年01月27日 (水)

#296 「テレビ報道とソーシャルメディアの相互作用」が気になる個人的で、 公共的な理由

メディア研究部(番組研究) 七沢 潔


 『放送研究と調査』2020年12月号2021年1月号に連載した論文「『新型コロナウイルス』はどのように伝えられたか」では「テレビ報道とソーシャルメディアの連関」に注目しました。
 ここでは、その研究がいまなぜ必要なのか、という「理由」について考えてみたいと思います。

 インターネット時代の到来が宣言されてから四半世紀がたちました。
いまや世界中の人がTwitterやFacebook,Instagram,YouTubeといったソーシャルメディアを使って自らの言葉や思いを社会に伝え、自らが作ったり、選んだり、出演したりする映像を発信するようになっています。新型コロナウイルス感染者が、スマホで自撮りした動画を通じて世界にメッセージを送る時代なのです。
 この間、放送事業者はソーシャルメディアの反応に敏感になり、これを取り込もうと、あるいはコラボ(協業)しようと時流をキャッチアップして来ました。それは視聴率が大きな意味を持つ娯楽番組=ドラマやバラエティ番組などで顕著で、双方向性を生かした新しい表現領域を生むと同時に、出演者を自殺に追い込むような負の側面もあらわになりました。そして、この「娯楽」領域については、これまで文研でも研究対象になってきました。(「朝ドラ」について二瓶亙・関口聰2014、「リアリティショー」は村上圭子2020など)

 今回着目したのは「報道」という、比較的距離が置かれてきた領域です。「フェイクニュース」という言葉が流布するここ数年は「ファクトチェック」や「流言」の研究(福長秀彦2018)などが見られるようになりましたが、多くはネガティブな現象に光が当てられてきました。今回の「コロナ報道」の研究でも、第1部では「番組の本質からずれたバズり」や「内容を反映しない引用」など、「道ならぬこと」をしてテレビ報道を揶揄したり、足を引っ張るネットの「特性」が強調されています。
 それでも筆者は今回の論文の第2部で「ソーシャルメディアはテレビとともにPCR検査問題に対峙したのではないか?」と仮説を立て、検証を試みました。見えにくい「相互作用の軌跡」を可視化するために、「アジェンダセッティング」、日本語にすると「議題設定」という古くからのジャーナリズム研究の概念も持ち出しました。

 そのアイデアはある日突然、個人的な記憶とともに浮上しました。10年前、福島第一原発事故直後に作った番組『ETV特集 ネットワークでつくる放射能汚染地図』(2011年5月15日OA)は、放送にこぎ着けるまでにも、放送後にも、Twitterなどからたくさんの応援を受けました。
 その記憶がなぜか蘇ったのです。

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「ネットワークでつくる放射能汚染地図」より

 この番組は事故発生の3日後に企画され、当時大手メディアが足を踏み入れなかった原発から半径30キロ圏内に入って取材をしたのですが、その行動が「通達」に反すると内部で問題視され、取材が中断されました。しかし高濃度の汚染地帯と知らずに地域の集会所に滞在する人々などの取材映像を、別の番組(『ETV特集 原発災害の地にて』同年4月3日OA)で放送するとネット上で評判となり、再放送希望の電話やメールがNHKに多数届けられました。
 これを契機に流れが変わり、条件付きで30キロ圏内の取材ができるようになり、『放射能汚染地図』本編も放送できるようになったのです。
 放送後もネットはバズり、YouTubeに番組映像がアップされ、1500件を超える再放送希望が殺到、総合テレビを含め、都合5回再放送されました。
 「行き詰った企画をネットに救われた」
 そんな思いもあってタイトルに「ネットワーク」という言葉を配したことも思い出されます。

 この話を研究チームの同僚に当てると「それは稀有な成功例でしたね」と素っ気なかったのですが、「ネットはある条件下ではテレビの強力な支援者、あるいは盟友にもなる」
 という筆者の確信は揺るぎませんでした。

 感染が気になり検査を受けたくても、受けられない状況の告発に始まった「PCR検査問題」も
番組を視聴し、Twitterの反応を精査していくと、『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日)や『news23』 (TBS)など先行するテレビ番組にTwitterが盛んに反応、それを受けて番組はさらに動きを加速し、他局の番組も後追いをしています。
 途中、検査拡充に反対する投稿や出演者への誹謗中傷もあったものの、結局政府は拡充に向け舵を切らざるを得なくなりました。

 テレビとソーシャルメディアのコラボが「成功」した二つの事例は、「放射能汚染」「ウイルス感染」という、生命にかかわる危害が誰の身にも及ぶ可能性のある緊急事態でありながら、行政による情報公開や検査が不十分で、視聴者の不安が高まる状況下で進行した点が共通しています。
 問題に対峙し、率先して警鐘を鳴らすテレビ番組が現れ、それをネットが拡散力でバックアップして事態の解決にむかう社会的な「うねり」を作り出したことも、共通しているかも知れません。

 筆者は30年以上にわたり原発事故という「失敗例」の取材や研究を続けてきました。それは「成功」が宣伝される「安全神話」の時代だからこそ重要な課題でした。
 他方で「テレビとソーシャルメディアの関係」のようにトラブルや「失敗例」ばかりが目立つテーマでは、その数を上積みするばかりでなく、逆に数少ない「成功例」を掘り起こし、ケーススタディを行うことも重要なのではないでしょうか。
 それによって、本格化するネット時代の中で、テレビが公共性を維持・発展するために、
 必要でかけがいのない知見をつかむことができないか―

 それが、筆者がこの研究にこだわる個人的で、公共的な理由なのです。

 (本稿第1部、2部はそれぞれ下記のURLからPDFで読むことができます)
  第1部 https://www.nhk.or.jp/bunken/research/domestic/20201201_7.html
  第2部 https://www.nhk.or.jp/bunken/research/domestic/20210101_6.html


メディアの動き 2021年01月18日 (月)

#293 "遠くない過去"から学べること ~論稿「『新型コロナウイルス』はどう伝えられたか」について~

メディア研究部(番組研究) 高橋浩一郎


 1918-1919年のインフルエンザ(通称「スペインかぜ」)がもたらした疫禍を描いた『史上最悪のインフルエンザ 忘れられたパンデミック』で、著者のアルフレッド・W・クロスビーは、当時のアメリカの記録を丹念に調べる中で「まるで大船団が恐ろしく強烈な潮流の上を横切ろうとしている光景を、丘の上から見おろしているような感じがする」と述べ、続く文章で「船乗りたちはほとんどその流れに気づかず、舵をしっかり握りしめ、羅針盤を覗きこみ、決められた進路を忠実に守ろうとしている。だが彼らの軌跡は、自分たちの位置から直進しているように見えても、我々から見れば彼らに見えない潮流によってはるか下流の方に押し流されている」(西村秀一 訳、みすず書房 出版)と書いています。

 この文章を読んで、新型コロナウイルスによって、少し先の予定さえも立てることができなくなった現実に直面しているにもかかわらず、「決められた進路を進むことができる(もしくは、しなくてはならない)」という思い込みから抜け出すことができないままでいる今の日本の状況を言い表しているように思えたのは私だけでしょうか。そこに書いてあるのは過去の出来事なのに、あたかも現在のことを表現しているような記述に出会うと、生きていくうえで歴史を学ぶことが不可欠であることを思い知ります。

 『史上最悪のインフルエンザ』とは扱っている病気も時代状況も異なりますが、放送文化研究所で毎月発行している「放送研究と調査」では、2020年1月から7月の間になされた新型コロナウイルスについてのテレビ報道と、それに関するソーシャルメディアの反応を記録・考察した論稿「『新型コロナウイルス』はどのように伝えられたか」を掲載しています。2020年12月号掲載の【第1部】では、朝・昼・夕・夜の時間帯から、NHKと民放の計25番組を選び、それらの番組が、どの時点で、どのようなことを、どの程度報道したのか、またそれらの報道に対し、ソーシャルメディア(主にTwitter)がどのように、どの程度反応し、両者の間でどのような連関があったのかを検証しています。2021年1月号掲載の【第2部】では、「PCR検査」を事例に、ソーシャルメディアと連関する中でテレビが果たしたと考えられる機能を仮説として取り上げています。

 今月7日、東京では2447人、全国では7570人といずれもその時点での過去最多の感染者が確認され(NHK新型コロナウイルス特別サイトより)、1都3県を対象に再び緊急事態宣言が発出。その後、他の府県にも対象が拡大されるなど、国内の新型コロナウイルスの感染拡大は依然収束の目途が立っていません。時々刻々と事態が変わっていく中で、数か月前のテレビとソーシャルメディアの記録をまとめ、発表することにどのような意味があるのか、研究に関わった一員として今も考えています。その問いに対する答えはまだ十分に得られたとは言えませんが、現時点では「遠くない過去からも学べることがある」という、至極当たり前なことではないかと思っています。

 というのは、人間というのは、少し前に起こったことについては、ある程度記憶しているし、理解していると思いがちですが、往々にして知っているつもりでいてよくわかっていないことがあると思うからです。例えば、新型コロナウイルスに関わるTwitter投稿が一体どのくらいの数あり、その中でテレビ報道に関するツイートはどの程度の割合を占めるのか、Twitterはどういうテレビのトピックに反応し、どういうトピックには反応しないのか、また投稿をするのはどういう人たちで、どのような内容が幅広く共有されるのか、といったことを私はほとんど知りませんでした。しかし、今回の研究を通じてそれらに対する一定の答えを初めて得ることができ、それまでテレビとソーシャルメディアの関係について抱いていた、得体のしれない、どちらかといえばネガティブな、漠然としたイメージが、現像液につけた印画紙から画像が浮き出てくるように、少しずつ輪郭を露わにしてきたように感じました。それらはあくまでも数か月前に起きた個別の事象で、必ずしも現在起きていることに敷衍できる一般性があるわけではありません。けれども、9か月前に続いて再度「緊急事態宣言」が出された今、これからのテレビとソーシャルメディアの関係を考えるうえで学べることもあるのではないかと思っています。

 新型コロナウイルスに関するテレビ報道とTwitter投稿の関係について、現時点で必ずしもその全容がつかめているわけではありませんが、多分にズレや齟齬を含んだ、いびつなものだということが分かってきました。テレビ報道が意図していない部分でTwitter投稿に大きな反応が見られたり、誤解や意図的な曲解に基づいた情報拡散がなされたり、テレビ側が伝えたいことが思ったように伝わらない状況が生まれています。一方で、テレビとソーシャルメディアが連関することで、従来マスコミが独占的に手掛けていた一方的な情報流通ではありえなかった、いびつかもしれないけれど、一種の“コミュニケーション”の可能性が生まれているようにも思えます。その存在が最早前提となりつつある中で、恐れすぎるだけではなく、リスクを正しく踏まえたうえで、テレビを含む既存メディアが、ソーシャルメディアとどのようにしたらよりよい関係を築くことができるのかについても今後考えていく必要があります。おそらくそれは「テレビだけではどうしようもできないことと、どう向き合っていくか」という難題であることは間違いありませんが、そこを避けて通ることはできません。

 ネットという大きな流れに巻き込まれ急速にメディア環境が変わる中で、テレビが今後社会の中でどのような役割を果たしていけるのか、そこにはどのような課題や可能性があるのか。この1年間にテレビがソーシャルメディアとの間で経験したことからなんらかの教訓を学び取るうえで、本稿が少しでも役立つことを願っています。

 冒頭に挙げた『史上最悪のインフルエンザ』は、今からおよそ100年前の出来事を約30年前に書いた本です。筆者のアルフレッド・W・クロスビーが、当時のアメリカ社会を冷徹に「恐ろしく強烈な潮流を横切ろうとしている大船団」と評し、自らの立ち位置を「丘の上から見下ろしているような感じ」と書いているのは、そこに、ものごとを客観的に見て評価するのに十分な70年という時間が横たわっているからだと思います。一方、私たちは新型コロナウイルスに巻き込まれてまだ1年という時間しか経っておらず、その渦中にいるため、十分に客観的な見方をすることができません。言い換えれば、それは「強烈な潮流を横切る」だけが唯一の現実ではなく、今から軌道修正をし、あるべき未来を手繰り寄せる可能性をまだ手にしているということでもあります。