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メディアの動き

メディアの動き 2023年01月27日 (金)

#447 これからの"放送"はどこに向かうのか? ~「公共放送ワーキンググループ」のこれまでを振り返る<第4回の議論から>~

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子

◇はじめに

 総務省の「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会(以下、在り方検)」の「公共放送ワーキンググループ(以下、公共放送WG)」について、先日のブログ1では第2回・第3回の報告・ヒアリングのポイントを整理しました。今回は第4回の議論を紹介します。
 第4回は、私がこれまで約10年にわたり放送政策に関するこの種の検討会を傍聴してきた中でも、最も刺激的な議論が行われた会合の1つではなかったかと感じています。NHK、民放連、新聞協会、総務省、そのそれぞれに対して、構成員たちからかなり厳しい要望や意見が投げかけられたからです。これらは、デジタル時代において旧来型の放送政策議論を続けていては、拡張する情報空間における伝統的メディアの役割を再定義できないのではないか、という問題提起でもあるように感じました。そして、このWGの議論の主役であるNHKに対しては、本来やるべきものをやっているかどうか、その成果を測る指標等を設定すべきであり、その役割が果たせていなければNHKはいらないのではないか、といった発言まで出されました。
 どういう議論が行われたのか、詳細を見ていきたいと思います。なお、本ブログ執筆時にはまだ総務省から議事要旨が公開されていなかったため、私の手元のメモをもとにしています。

◇繰り返される主張

 第4回ではまず、第3回でヒアリングを受けたNHK、民放連、新聞協会に対し、構成員たちからの追加の質問とそれに対する回答が紹介されました2。主なものを紹介しておきます。
 NHKに対しては、“公共放送としてのあるべき姿をどのようにデザインされているか自身の言葉で語ってほしい”“何が公共放送として求められる役割なのか、NHKとして日本においてはどのようなものが(メディアとして)公的な性質を持った役割と考えているか”という問いかけがありました。それに対しNHKは、“現在の放送と同様の範囲・効用のあるものは提供の態様が異なっても役割を果たしていくことが出来る、今後はWGの議論の深まりに期待したい”と答えました。
 民放連に対しては、“NHKのネット活用業務の拡大や存在が、民放との競争関係にどれだけの影響をもたらすと考えられるのかエビデンスや調査はないか”という問いかけがありました。それに対して民放連は、“そうした結果は持ち合わせておらず、政府やNHKが必要に応じて民放や新聞に不利益が生じるかどうか明らかにする調査を実施してほしい”と答えました。また、“NHKのネットオリジナルのコンテンツの制作・配信が民放との競争上具体的にどのような問題につながるか”という問いかけに対しては、“現行の受信料制度を維持したままNHKの新たな業務範囲を検討するのであればオリジナルコンテンツが含まれないことは当然であり、財源(受信料)の問題を抜きにしてはこの話はできない”と答えました。
 新聞協会に対しては、“情報空間の全体構造との関係でNHKとの協力のあり方についてどう考えるか”という問いかけがありました。それに対し、“NHKがネット活用業務に関して具体的な内容や範囲、それに伴う受信料制度なども含めた全体像を現時点で示していない段階では答えられない”としました。また、“現状でもネット活用業務のなし崩し的な拡大がみられる、ネット時代における公共放送の役割について議論するのであれば、まず公共放送として取り組む業務範囲から検討が必要だ”という従来からのスタンスを強調しました。

◇問われるメディア自身の説明責任

 ここまでは事務局が事業者の回答を紹介するという形で進められましたが、その後は、オブザーバーとして参加していたNHK及び民放連に対し、構成員が更に突っ込んで質問をしていくという流れになりました。NHKに対しては宍戸常寿構成員から、“NHKは今後どういう風に公共放送の役割を果たしていくのか、その全体像を示さない限り、議論は暗礁に乗り上げている気もする、その答えはしっかりNHKから出してもらえるのか”という趣旨の問いかけがありました。NHKはこれに対し、第3回の報告の内容を繰り返した上で、“WGでの議論の深まりを期待したい”と回答するに留まりました。しかし、落合孝文構成員からは、“BBC等の場合はこういうものを公共性がある情報だということをもっと具体的に示している、NHKが力点を入れるという「あまねく伝える」「安心・安全」だとなんでも入ってしまいそうな気がするので、どこかでNHKから明確な意見をまとめてほしい”と重ねて要望がありました。
 落合構成員は民放連に対しても、“仮にNHKのネット展開拡大で悪影響があるにしても、それを是正する措置としての協力・連携、資金の投入等の点も考慮して検討してほしい”という趣旨の要望を述べました。
 また新聞協会に対しては大谷和子構成員から、“ネット活用業務のなし崩し的な拡大がみられるという発言があるが、私から見たらNHKは慎重に拡大してきたという認識。具体的にどういう点で課題となっているのか、漠然とした懸念ではなく、数字等も含めて具体的に教えてもらえないと公正競争のフレームワークを議論しにくい”という発言があり、三友仁志座長からも新聞協会に再度質問するようにと事務局に対する念押しの発言がありました。

◇問われる行政の責任

 また、宍戸構成員は総務省に対して、“放送政策の効果について抽象的な話のやりとりではなく、データや指標に基づいて議論すべきであり、放送法を所管されている以上、データを把握し提示する責任があるのではないか、デジタル化が進んでいる社会全体の中でこれまでのような放送政策の流儀が成り立つのか非常に危機感を持っている”と発言しました。この問いかけに対し総務省の事務局は、“どのようなデータが必要なのかも含めてWGの構成員と一緒に議論を進めていきたい”と回答するにとどまりました。

◇今後の議論に向けた構成員からの論点案

 後半の議論では、今後の施策を考えるための具体的な論点案が相次いで構成員から出されました。今後、諸外国の制度等も参考にしながら議論が深められていくと思いますので、こちらについては改めて海外の状況と共にブログで紹介していきたいと思います。ここではどんな意見が出ていたのか、備忘録的に項目だけ挙げておきたいと思います。

  • プラットフォームとの交渉における伝統メディア間の協力の枠組みつくり
  • メディアの競争政策について、“市民の利益”という観点から検討する
  • NHKの活動について指標を定めて成果を計測する仕組みを作る
  • ガバナンス強化が求められるNHKの経営委員会に、デジタルや競争政策の専門家という選任要件を設ける
  • NHKは非競争領域(例:国際業務)においては、BBCのように積極的にビジネス活動の展開を検討する
  • 受信料についてNHK業務以外での活用用途を検討する
  • WGの議論を視聴者・国民に対してわかりやすい形で情報発信する

◇議論を傍聴して感じたこと

 前述したように、後半には構成員から積極的な論点案が提示されました。特に、前回で曽我部構成員が提起した、視聴者の利益を消費者の利益と市民の利益に分け、公共放送に対してはより市民の利益を重視する方向で公共的役割を定めていこうという議論の方向性は、第4回の議論でより深まってきたという印象を持ちました。ただ、これらの議論を、放送事業者の一員、NHKの一職員として聞いていてある種のむなしさも感じました。
 メディアの自主自律を標ぼうするのであれば、デジタル情報空間についての問題意識を、新聞、民放、NHKの伝統メディアが共有した上で、まずそれぞれの事業者が、自らの価値の再定義について日々の実践を踏まえて具体的に言語化し、それをもとに、これまで切磋琢磨して民主主義を支えてきた事業者どうしがどうすみ分けどう共創していくのか自ら調整し、それを政策当局に提示し、その内容を政策に反映させていく、それが本来のあるべき姿だと考えます。ただ、第4回の事業者に対する構成員の反応をみると、いずれのメディアも自社のもしくは自身の業界の利害という狭い視野でしか発言していないように受け取られてしまったのではないかと推察しています。
 公正競争のフレームワーク作りは、メディアの多様性、それを支える多元性のために必要不可欠なことは言うまでもありません。それをNHKのネット活用業務という枠でのみ考えるのではなく、現在の放送サービスも含めた全体から改めて考えていくべき、という民放連、新聞協会の意見については、私自身は納得感を感じています。例えば地域のメディア機能をどう維持していくのか、供給不足をどう補っていくかということを考えた時、その議論はネットサービスの範囲だけの議論にはとどまらないからです。NHKは、第3回のヒアリングで、自身に今後求められる役割としてメディアの多元性の確保に貢献するという分析をし、提示しています。NHKは、ネット活用業務という狭い範囲ではなく、放送サービス全体まで視野を広げ、それぞれの業務が“市民の利益”にかなうものなのか、今一度点検し、説明責任を果たしていくという姿勢が今後求められるのではないでしょうか。
 また、民放連や新聞協会が、NHKの現在の理解増進情報への取り組みや、今後、ネットのオリジナルコンテンツを制作することに対して競争上問題があると発言するのであれば、もう少し具体的に自身の業務のどの部分とバッティングするのか、今後伸ばしていきたいどの業務の部分の成長を阻害する恐れがあるのかを説明する必要があると思います。これは、多くの構成員が指摘したところであり、私もそう感じます。また、第4回では海外の放送政策について事務局から紹介がありましたが、ドイツでは新聞メディアとの関係から、公共放送のテキスト配信や地域コンテンツの全国ネット展開に制約がかけられているということでした。私自身はNHKの現場の取り組みを見ていて、これらに制約がかけられることに対しては消極的な立場ではありますが、具体的な議論を進めていくためには、こうした政策の背景に何があるのかについて、事務局報告任せにせず新聞協会自らが取材・調査し発信していく、そうした姿勢も必要なのではないかと思います。もちろん、NHKが現在、理解増進情報において何に取り組んでいるのか、対応番組のリストの公開だけでなく、それがどう“市民の利益”に貢献すると考えて取り組んでいるのか、NHKでなければできない理由をどう考えているのか、その説明をしていくことも必要だと考えます。
 宍戸構成員から、デジタル時代の放送政策として、もしくは公共放送の成果を表すものとして、エビデンスをデータで示すべき、という問題提起がありました。確かに指摘はもっともだと思います。ただ、そう思うと同時に、仮にメディアの働きかけが視聴者・国民にどのような影響、行動変容を及ぼしているのか、というものを指標化し測定するということが行われるとすれば、それが行き過ぎることには怖さも感じます。今行われている議論は、今後の情報空間において信頼されるメディアをどう維持すべきか、という非常に大きな枠組みの議論です。もちろん民放連が指摘する通り、その議論を公共放送のネット活用業務を議論する場で行っていることには違和感もあります。ただ、既にこのWGで議論が開始されている以上、メディアの意思が不在のまま、今後の日本のメディアに関する政策が決定してしまうということには、メディアに所属する一人として大きな危機感を感じます。文研が、こうしたテーマを考え、業界横断的な議論を促していく旗振り役になるべきではないか、第4回を傍聴して最も強く感じたのはそのことでした。今後、何ができるのか、改めて考えていきたいと思います。


メディアの動き 2023年01月25日 (水)

#446 これからの"放送"はどこに向かうのか? ~「公共放送ワーキンググループ」のこれまでを振り返る<第2回・第3回>~2023年1月のNHKを巡る動き~

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子

(はじめに)

 総務省の「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会(以下、在り方検)1」の「公共放送ワーキンググループ(以下、公共放送WG)」では、インターネット時代における公共放送の役割や、現在は"任意業務"として行われているNHKのネット活用業務のあり方の検討が進められています。ネット活用業務を拡大すべきか否か、もし拡大する場合には"必須業務"とする等の制度改正を行うかどうか、具体的な業務の範囲や内容は?他のメディア事業者との競争環境をどう確保していくのか?2022年12月まで4回にわたって議論が行われましたが、第4回には、「議論が暗礁に乗り上げているのでは」といった発言も出るなど、厳しい議論が続いています。第5回は2月末に開催が予定されています。本ブログでは第1回の議論を整理2して以降フォローしていませんでしたので、これまでの会合の内容を確認しておきたいと思います。今回は、第2回・第3回のうち、報告・ヒアリング部分について、私がポイントと感じた部分を資料の抜粋と共に振り返ります。

(第2回 2022年10月17日 構成員からの報告)

 この日は経済学・産業政策が専門の青山学院大学教授の内山隆氏と、憲法・情報法が専門の京都大学教授で、NHK会長の諮問機関「NHK受信料制度等検討委員会」に設けられた「次世代NHKに関する専門小委員会(以下、次世代小委)3」委員長の曽我部真裕氏の2人の構成員からの報告がありました4

*内山氏の報告5

 内山氏は、メディアやコンテンツの産業政策の観点から、NHKの今後の役割を考えるという立場で報告を行いました。
 図1は、日本のメディア産業の各分野が、どのようなプレイヤーで構成されているのかを示した図です。内山氏は、世界には国内メジャーを持てない国が数多くある中、日本市場は各分野において、国内メジャーと米国資本を中心としたグローバルメジャーが競争できている国であるといいます。国内メジャーを持つということは、メディア産業において核となる、配給、編成、流通、プラットフォーム機能を失わないという点で重要であり、もしも国内メジャーを失ってしまうと、文化や思想の自主性、独自性を相当失う懸念があると訴えました。そして、映像配信において、Netflix、Amazon、Disney+等に対抗する国内メジャーは育っているのかと、内山氏は問いかけました。現状の選択肢はTVerとNHKプラスなので、これをどう回していくかということが現実的だろうとコメントしました。

(図1)

 また、内山氏は世界のメディア関連企業の中で国内メジャーはどのくらいのポジションにあるのかを、時価総額と売上高の2つのデータで説明しました。時価総額ではほとんど存在感のない国内メジャーですが、売上高でいくと、2020年の世界のメディア関連企業トップ50には、ソニー、任天堂に続いてNHKは23位にランクインしているということを紹介しました。また、在京キー局も50位以内に入っており、日本の地上放送は上位の米国ハリウッド勢等とも、世界で間違いなく伍して戦うことが期待されるポジションにあると訴えました。
 その上で内山氏は、国際競争上の圧力や映像配信の市場・産業の導入期として、NHKは民間よりリスク投資をしやすい財源を持つ立場で、「業界リーダーとして何かを開拓する」上で先行するのはミッションではないか、と主張しました。

*曽我部氏の報告6

 曽我部氏は、放送メディア、公共放送の位置づけに関して確認した後、NHKネット活用業務の今後を検討する上で考えるべき5つの論点例を示しました。(図2)。

(図2)

 aからeまでいずれも重要な論点ですが、ここではbの業務範囲について詳細をみておきます。曽我部氏はNHKのネット活用業務の範囲を考えるための論点として以下の4点をあげました。

⑴ アセットを活かす観点
⑵ 情報空間の不備補完
⑶ 利用者ニーズ
⑷ 国民文化/国内コンテンツ確保

 ⑴のアセットとは、資産・資源・財産という意味です。曽我部氏は、人材、拠点、取材・制作能力、アーカイブ、信頼・ブランド等をNHKのアセットと位置づけ、これを別チャンネル、つまり放送ではなくネット上でも活かすという観点で業務範囲を広げることが考えられるのではないか、と述べました。また、そのことは受信料を含めた国民負担の有効活用につながる一方で、既存の組織維持を正当化するという批判もあるだろうと指摘しました。
 ⑵については、曽我部氏が最も重要な論点と位置づけたところです。詳細は後述します。
 ⑶については、ニーズが多い少ないで判断すべきではないという考えを示しました。曽我部氏は、視聴者の利益を"市民の利益"と"消費者の利益"に分けて考えるという英国の議論を紹介し、公共放送が貢献してきたのは主として"市民の利益"に対してであり、公共放送の役割は、単にニーズに応えるのではなく、共有すべき情報を提供するという規範論からも考えなければならないとしました。
 ⑷の国民文化については、例として朝ドラと大河をあげながら、NHKは「時代を象徴するような番組を放送し、国民文化の一翼を担ってきた」とし、"国民統合的な側面"で考えるべきだとコメントしました。こうした番組については、テレビ視聴が減少していく中、ネットも活用して少しでも多くの国民に届けていくことが必要なのではないか、そういう意味で曽我部氏は論点としてあげていると私は理解しました。また、国内コンテンツ確保という"産業政策的な側面"は、内山氏が詳細に報告されたので割愛します。
 図3に示したのが、⑵情報空間の不備補完に関する論点を3つの観点から説明した資料です。1つ目が、供給が少ないジャンルの情報を補うという観点、2つ目がデジタル情報空間の弊害を直接是正するという観点、3つ目がNHKの潜在利用者のニーズを充足するという観点です。曽我部氏は、1つ目については、具体的にこういう発想の下で議論していくとなると色々と限界があるとし、2つ目については、ネット上でNHKのコンテンツがバラバラに流通していたり、自前のPFではセレンディピティ(偶然の出会い)を提供できたとしてもリテンション(ユーザーとの関係性の維持)が困難だったりして、NHKが情報空間の弊害を直接是正する可能性は限定的であると述べました。一方、3つ目については、本来であればNHKを見てもおかしくないような層に公共放送の価値を届けるということは当然あり得るのではないか、と述べました。

(図3)

 先に触れたように、曽我部氏はNHK会長の諮問機関の次世代小委の委員長を務めており、デジタル情報空間の課題とそこにおけるNHKの役割について、公共放送WGの議論をいわば"先取り"するかたちで2年前から議論を行っています。最近では、テレビを持たない人を対象にNHKが実施した社会実証の詳細な分析をもとにした議論も複数回行っており、曽我部氏の報告には、次世代小委の議論で積み重ねてきた認識も少なからず反映されていると推察しました。
 また曽我部氏は、情報空間の健全化にNHKの役割が期待されるとしても、メディアの多元性が提供する価値を毀損してはならず、NHKがネットに進出することで他のメディアの存在が脅かされることになれば、情報空間全体としてプラスにならず、本末転倒だとしました。

(第3回 2022年11月24日 NHK・民放連・新聞協会へのヒアリング)

 この日は、NHK、民放連、新聞協会の順番でヒアリングが行われました。第2回同様、それぞれのヒアリングのポイントを資料の引用とともに振り返ります。

*NHKへのヒアリング7

 NHKの発表の最近の傾向は、自身が実施した調査をベースに論を組み立てるスタイルのため、資料の枚数は多いです。今回の報告は80ページでしたが、その中から、NHK自身の問題意識と論点を示した3枚を紹介しておきます。

(図4)

 まず、図4はメディアの構造変化の分析と、そこで生じている影響や課題、それに対する対策の必然性について、曽我部氏の資料も引用するかたちで述べています。
 続いて図5は、こうした状況の中でNHKが寄与できること、すべきこととは何かをまとめたものです。NHKは様々な調査結果から、SNSを毎日利用するようなネットヘビー層や、テレビを視聴しているいないにかかわらず多くの人々が、デジタルに拡大し続ける情報空間において、信頼できる情報、基本的な情報、いわば"情報空間の参照点"に対する期待があるとしています。同時に調査結果から、新聞、民放、NHKに対する人々の信頼や期待が大きいということから、伝統的なメディアがそれぞれの特性を生かしながら参照点としての役割を果たしていくという"多元性の確保"が重要だとしています。そこからNHKには、この2つの期待にどう貢献してくかが求められているという結論を導き出しています。

(図5)

 図6は、今後、NHKのネット活用業務の範囲をどう考えていくのかについて、NHKが現時点で考えている論点を示したものです。"情報の参照点"の存在として貢献し、情報提供者の"多元性の確保"に寄与することを前提とした場合、放送と同様の公共性をもたらす範囲はどのようなものになるのかー。その範囲は、"効用"という観点から見た場合、NHK自身による同時配信・見逃し・それ以外の動画やテキスト配信だけでなく、PFを通じた提供のところにまで役割を伸ばして考えることが論点となるのではないかとしています。一方、その範囲をどこまで放送と同等と捉えるかということを考える場合には、また別の論点から考えなければならないとしています。
 NHKは以前から、ネット活用業務が現在の放送の補完という位置づけになっていることは、放送と通信の融合が進んでいる海外と比べると社会の現実に合わなくなっているのではないか、とくりかえし述べてきました。この報告は、NHK自身がどの範囲まで業務を拡大したいのか、どんな業務を実施したいのかという自らの意思の表明ではなく、今後、どんな観点から検討がなされるべきかという分析を示したものだと私は理解しました。

(図6)

*民放連へのヒアリング8

 民放連はこれまで、ネット上はグローバル企業を含めた様々なプレイヤーが切磋琢磨している事業領域であり、NHKのネット活用業務のあり方によっては民放の事業環境に大きな影響を与える可能性があるとして、NHKの業務拡大には懸念を示してきました。そして、基本的なスタンスは、NHKのネット活用業務の議論は財源及び受信料徴収の問題とあわせて議論して結論を得ていく必要がある、テレビ受信機にひもづく従来の受信料制度との整合性や、負担の公平性などの議論を先送りしてはならないというものでした。
 今回のヒアリングでも、直前のNHKの報告を受ける形で、NHKは明示的には必須業務化を要望しなかったけれど、もし必須業務化を検討しているのであれば、その趣旨や業務内容を具体的に説明してほしい、その上で、民放や視聴者、国民の意見を広く聞いて、丁寧な議論をお願いしたいと述べました。
 より具体的な要望も今回行いました。それは、放送番組の「理解増進情報」を拡大解釈しないこと、ネットオリジナルコンテンツの制作・配信はしないこと、広告収入を得ないこと、予算に厳格な歯止めを設けること、これらの取り組みが最低限必要だと述べました(図7)。

(図7)

 この「理解増進情報」についてはご存じない方もいると思うので少し説明しておきます。先に述べたように、NHKのネット活用業務は任意業務であり、予算も業務の範囲も限定的に行われています。予算については、2022年度、2023年度とも200億円を上限に設定しており、業務については、基本的には放送した番組をネットで配信するということに限られています。そのため、例えばネットオリジナルコンテンツを制作して配信するということは認められていません。ただし、特定の番組に関連付けられた補助的な情報の範囲のものに限り、番組の周知・広報や、番組内容の解説・補足を行い、放送だけでは提供しきれない情報を発信していくことが可能となっています。これを「NHKインターネット活用業務実施基準9」で理解増進情報と位置づけ、NHKは対応する番組のリストを定期的に公表しています10。民放連の主張は、この理解増進情報の解釈を拡大すべきではないというものでした。これについては、次に紹介する新聞協会がヒアリングでより詳細に述べているので後述します。
 最後に民放連は、本日のテーマがインターネット時代の公共放送という設定だったため、意見もNHKのネット活用業務に焦点を当てた内容になってしまったが、そもそものNHKの存在意義は、商業ベースと民間事業者だけでは十分ではないところを補うことにある、民間でできないことをするのがまずNHKの一番の役割であろう、ということを述べました。

*新聞協会へのヒアリング11

 新聞協会のヒアリング内容の大半は、NHKとの競合領域に関するものでした。まず、NHKのネット活用業務の上限予算の200億円という規模について、新聞社の総売上高は約1兆4,690億円で一般紙の売上高に占めるデジタル関連事業収入の割合は約2.3%、単純に掛け合わせることはできないが、その大きさをイメージしてほしいと訴えました。そして、ポータルサイト、ソーシャルメディア経由でニュースに接触する利用者が年々増える中、多くの新聞社がサブスクでの収益拡大を目指しているが、こうした厳しい環境下での収益化は容易ではないとし、こうした中、NHKのネット活用業務が本来業務に格上げされた場合、予算の歯止めすらなくなる可能性があり、事業が継続できなくなるメディアも出てきかねないおそれがあるとしました。また、NHKのページには広告が掲載されないためページの表示速度が速く、検索順位で有利になるとの指摘もある、ということも述べられました。
 更に現行のNHKのネット活用業務に対する批判として、大きく2つの観点から意見を述べました(図8)。まず理解増進情報について。NHKは自らが特定の放送番組に関連付けられた補助的な情報の範囲のものと定義しているが、この範囲を逸脱しているものがあるのではないか、なし崩し的な業務拡大につながっている理解増進情報の在り方を抜本的に見直すべきではないかとしました。次に、プラットフォームを通じて行っている記事配信について、NHKがこのままプラットフォーム事業者との結びつきを強め、無料コンテンツの配信を拡大すれば、民間報道機関のデジタル事業が影響を受けるのは明らかだとしました。そして、公共放送WGのこれまでの議論の中で、フェイクニュースなどネット空間のゆがみの是正にNHKの役割が大きくなるほうが望ましいという声もあるようだが、その是正効果が示されていない上に、そうした効果以上に民間事業者への悪影響が大きいのでは、と問いかけました。

(図8)

(おわりに)

 今回はそれぞれの報告・ヒアリングのポイントの部分を私なりに整理してみました。民放連と新聞協会のヒアリングは、NHKが同時配信を要望し始めた2015年頃からスタンスはほとんど変わっていないと感じました。ただ、メディア環境の構造変化が進展する中、伝統メディアのビジネスモデルは年々厳しさを増していることは事実です。新聞協会からは、一般紙の売り上げに占めるデジタル関連事業収入は約2.3%というデータが示されましたが、地上放送の広告費全体に占める動画広告収入の割合も約1.5%と、いずれも厳しい状況にあります。そのため、両者がNHKのネット活用業務拡大に懸念をいだくのは理解ができます。一方で公共放送WGでは、宍戸常寿構成員の「日本では、同時配信の実施が遅れた結果、情報空間に若い世代が参加できなかったり、偽情報が流布されたり、場が海外サービスに左右 されたりすることが危惧される」という発言、林秀弥構成員の「わが国がこのまま制度を変えずに放置したままだと、インターネットを含めた情報空間全体の中で市民の健全な情報アクセスにおいて日本がますます周回遅れになる」といった発言のベースにある危機感も共有されています。NHKは、民放連や新聞協会、複数の構成員から、ネット活用業務を拡大するとしたらNHKは具体的に何を行いたいと考えているのか、今後のネット上での自身のあるべき姿をどのようにデザインしているのか自分の言葉で語るべきではないか、との指摘を受けていますが、今回のヒアリングでも、意思ではなく分析を提示するという内容になっています。
 今後議論はどう進んでいくのか。次回は、第4回の主な議論の内容を整理していきます。


メディアの動き 2023年01月23日 (月)

#445 これからの"放送"はどこに向かうのか? ~2023年1月のNHKを巡る動き~

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子

 毎年1月、NHKは新年度の「収支予算、事業計画及び資金計画(以下、事業計画等)」を公表します。これは、新年度にNHKは何を目指し、どういう分野に力を入れていくのか、そのためにどのくらいの予算を組み、どうやってその資金を使っていくのかについて、受信料を負担する視聴者・国民、そして社会に示す極めて重要なものです。この事業計画等は経営委員会(以下、経営委)で議決後、公表すると共に、NHKは総務大臣に提出します。その後、内閣を経て国会に提出され、審議・承認を受けるという流れになっています。
 令和5年度の事業計画等1は1月10日に公表されました。国内放送費、国際放送費、契約収納費、広報費等、業務別に具体的な内容が示されており、文研の業務は調査研究費という項目の中に示されています。図1に文研の主な業務、図2に業務別予算の全体像を抜粋しておきます。

(図1)

(図2)

 この事業計画等の発表の他、今月は例年以上にNHKを巡る動きが多い月となりました。いずれもこれからのNHKがどこに向かうのかを考える上で重要な内容だと思いましたので、本ブログでは3つの動きに分けてまとめておきたいと思います。

① 1月10日 「"スリム"で"強靱"な新しいNHKの3年目は?」 修正経営計画 経営委員会で議決

 1月10日、事業計画等と共に経営委で議決されたのが、「経営計画(2021-2023年度)」の修正2(以下、修正計画)です。この内容については、修正案が意見募集されている時に書いたブログ3でも少し触れましたが、改めてポイントを引用しておきます(図3)。

(図3)

 NHKはこの3年間、前田会長のもとで、"スリムで強靱な新しいNHK"への変革を目指してきました。今回の修正計画も、衛星波(BS2K)の1波削減と地上・衛星契約料金のそれぞれ1割の値下げという、"スリム"化が強く打ち出された内容となっています。前田会長は経営委議決後に行われた10日の会見4で、「2024年度以降も収入が大きく減少することとなり、最終的には事業規模は6000億円を下回る形で全体のスリム化も進む予定」としています。ちなみに、1つ前の経営計画(2018-2020年度)のもとで策定された2020年度の事業収入は約7200億円でした。
 では、もう一つの柱である"強靱"さはどこに示されているのでしょうか。修正計画では、「"安全・安心"の追求」「"あまねく"の追求」の2つの重点項目を強化するとしています(図4)。ただ、重点項目は取り組みの大枠を示すものであるため、より具体的に内容が示されているものとして、前述した令和5年度の事業計画も参照しておきたいと思います(図5)。

(図4)

(図5)

 修正計画の重点項目(図4)と事業計画の重点事項(図5)には直接の対応関係がないので、並列すると少し混乱を招くかもしれませんが、詳細は、修正経営計画と事業計画をごらんいただければと思います。NHKは事業計画において、新年度、「経費の削減等で生み出した原資の一部を、事業計画の重点事項に配分」するとしており、図5に示された4つは、強靱なNHKを目指すための具体的な取り組みの1つと考えてもいいと思います。
 この中で私が最も注目しておきたいと思うのは、1つ目にあげられている「デジタル時代に新たな公共性を確立」です。なぜ注目しておきたいかというと、一昨年に開始した総務省の「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会5(以下、在り方検)」や、そこに設けられた公共放送ワーキンググループ(以下、公共放送WG)の議論の中で、NHKはこれまで以上に、情報空間において公共性を発揮していくべきではないかという趣旨の指摘がくりかえしなされているからです。そのためこの事項は、これらの発言に対するNHKの応答として見ることもできると思います。事業計画には、この事項に関する詳細な記載もあるのでこちらも紹介しておきます(図6)。

(図6)

 NHKには、公共的な番組・コンテンツ・ネットサービスとは何かについて、日々模索し続けている現場があります。こうした現場の取り組み1つ1つについて、なぜNHKでなければ手がけられないのか、なぜNHKが今それをやる意義があるのかを問い直し、その結果を積み上げ、体系化した上で真摯に問いかけていく、そのことによってしか、国民・視聴者の理解、他のメディア事業者の納得を得ていくことはできないのではないかと私は考えています。
 総務省の検討会のような憲法学者や経済学者、弁護士等の有識者が数多く名を連ねる場は、とかく抽象度の高い議論になりがちです。その場において、NHKはジャーナリズムやコンテンツ制作の担い手として、"新たなNHK"が確立したいと考える"新たな公共性"をどのように示していくのか・・・・・・。こちらについては回を改めて詳細にリポートしたいと思います。

② 1月18日「"割増金"制度導入へ」 放送受信規約の変更 総務省が認可

 2つ目は制度改正についてです。割増金という少し耳慣れないキーワードがメディアに頻出しましたので、既に内容をご存じの方も少なくないかもしれません。ここでは、なぜこの制度が誕生したのか、そもそものところから少し整理しておきたいと思います。
 日本の受信料制度は、テレビを受信できる受信設備を設置した者が、NHKにそのことを届け出てNHKと受信契約を締結する義務(放送法64条1項)と、受信契約後にNHKに対して受信料を支払う義務(受信規約)の、いわば"2つの義務"によって構成されています。今回、総務省が認可した割増金の制度は、受信設備を設置したにもかかわらず、正当な理由なくNHKに受信契約の申込みをしなかった場合、もしくは不正な手段により受信料の支払いを免れた場合、NHKは所定の受信料に加えて、その2倍に相当する額を設置者に請求することができるというものです(図76)。また、これまでは受信契約の申込みの期限を「遅延なく」としか示していなかったものを、「受信機の設置の翌々月の末日まで」と明確化したのも大きな変更点です。
 これらの内容は、2022年10月に施行された改正放送法7を踏まえた「日本放送協会放送受信規約」の変更8にあたります。NHKの申請を受けて1月18日に総務省が認可し9、2023年4月から施行されることになっています。

(図7)

 この制度を巡り、メディアの記事やSNS上では、NHKに対する批判が散見されます。しかしこの制度、NHKの要望がきっかけでできたわけではないということをご存じでしょうか。詳細は、「これからの放送はどこに向かうのか?Vol.6~公共放送・受信料制度議論10」で経緯をまとめているので関心があればお読みいただけばと思いますが、本ブログでも振り返りを兼ねて、少し紹介しておきたいと思います。
 割増金制度が誕生した舞台は、在り方検の前身である「放送を巡る諸課題に関する検討会11」に設けられた「公共放送の在り方に関する検討分科会」です。分科会では主要テーマとして、受信料の公平負担の徹底の方策が議論されることになり、NHKは2つの制度の設置を要望しました。1つは受信設備を設置した際にそれをNHKに届け出る、もしくは設置しない場合は未設置であることを届け出ることを義務づける制度、もう1つは受信料未契約者の氏名・居住地情報の照会ができる制度です。2つをワンセットで導入することで、当時、問題となっていた訪問営業によるトラブルを防止できると共に、公平負担も徹底していけるというのがNHKの主張でした。しかし、後者の要望については、NHKが個人情報を取得することに対して構成員から相次いで懸念が寄せられ、NHKは要望を撤回せざるを得ませんでした。
 一方、総務省の事務局側は分科会に対し、受信設備を設置した段階で直ちに受信料の支払い義務が発生するという法的枠組みの方向性を議論してほしい、と提起しました。ちなみに、受信料制度が存在する大半の国では、日本のような"2つの義務"のような方法はとられておらず、受信設備設置=支払い義務となっています。そして、支払率は日本よりはるかに高いという状況もありました。事務局側からは、こうした海外の受信料制度に関する資料も提示されました。私は長らく国の検討会の取材や傍聴をしていますが、事務局側がこのように明確な意志を持って問題提起するケースは珍しく、当時、このテーマに対する総務省の強い意気込みを感じていました。
 しかし、この事務局側の提起に対して、一部の構成員たちから猛反発の声があがりました。構成員たちの主張はこうです。受信者とNHKの関係の構築が日本の受信料制度の根幹であり、それは2017年の最高裁大法廷判決12でも確認されている、それを変更するということは放送制度全体に関わる大きな議論になるのではないかー。そして、現行法より強力な手段をNHKに求めるということになれば、それによって受信者とNHKの絆が弱くなってしまうのではないかー。そして、反発した構成員の側から提案されたのが、今回の割増金という制度だったのです。制度の趣旨としては、本来契約すべき受信料契約をしなかったことによって、NHKあるいはほかの受信者に一種の損害を与えている、その損害の部分を補てんする、という考え方が示されました。議論の結果、この提案が採択され、制度化に至ったのです。
 つまり、この割増金という制度は、受信料の公平負担の徹底と、NHKと視聴者・国民との信頼関係の構築、この2つを両立させていくための制度だといっても過言ではないと思います。NHKは制度導入にあたり、「割増金が導入されても、NHKの「価値や受信料制度の意義をご理解いただき、納得してお手続きやお支払いをいただくという、これまでのNHKの方針に変わりはありません」と説明しています。また松野博一官房長官も1月19日の記者会見で、NHKに対して、受信料制度の丁寧な説明と支払いを要請する努力を重ねるよう求めています。制度の実効性はどうなのか、スタートする4月以降、見ていきたいと思います。
 また、前述した在り方検の公共放送WGでは、ネット経由のみで放送コンテンツを視聴する人に対して受信料制度をどのように考えていくのかという、新たな局面の議論も開始されています。こちらの議論についても、また回を改めて触れていきたいと思います。

③ 1月24日「前田会長退任」 稲葉延雄会長体制スタートへ

 3つ目は前田会長の退任です。1月24日に3年の任期が終了し、NHKは稲葉延雄会長の新体制がスタートします。"スリムで強靱な新しいNHK"を標榜した前田会長のもとでの3年間は、NHKにとって、またメディア業界全体にとってどのような意味を持つものだったのでしょうか。メディアの最新動向を取材、分析、記録する立場として、もう少し時間をおいてからしっかりと検証したいと思いますが、ここでは1月10日の最後の会長会見の中から、NHKの今後、放送の今後を考える上で示唆的だと私が感じた発言内容を5つ抜粋し、それぞれに少し論じておきたいと思います。

 1つ目の発言はNHKのデジタル展開についてです。「率直にいって、NHKは相当出遅れたと思います。どうしても放送を中心でやってきましたので、放送のおまけみたいな形でデジタルを発信するという形になっていました。今やデジタルファーストの時代になりましたので、(中略)そちらに合わせないと情報が届かないという現実があるわけですから、そこも大胆なシフトをしました」
 NHKのインターネット活用業務は、放送法上、任意業務という位置づけであり、業務内容や予算規模については、NHKは毎年、実施基準及び実施計画を策定し、総務大臣の認可を得て実施しています。前田会長が就任してほどなく、NHKは地上波の同時・見逃し配信サービス「NHKプラス」を開始。その後、ネット活用業務の予算規模について、前田会長はこれまで設定していた「受信料収入の2.5%以内」とするという上限を撤廃します。この2.5%を巡っては、上田良一元会長の時代に、民放連・新聞協会とNHKの間で長年にわたり攻防が続いていた案件だっただけに、スピーディーな決断に驚いた記憶があります。現在は、NHKが実施基準を策定する際、NHK自らが上限額を設定することになっており、新年度は今年度同様、200億円を上限としています。
 では、今後のNHKには何が待ち受けているのでしょうか。まず、テレビを持たない人たち(NHKと受信契約をしていない人たち)を対象とした「社会実証13」の第2期です。こちらは当初2022年中に実施する予定でしたが、まだ実施されていません。また、総務省の公共放送WGでは、ネット活用業務を本来業務とするかどうかの議論、つまり"放送のおまけ"ではない形でのデジタル発信を認めるかどうかの議論が行われています。もしもこれが変更となれば、NHKがネット活用業務を開始して以来の大転換点となり、より"大胆なシフト"になります。公共放送WGは2月末に議論が再開されます。

 2つめの発言は受信料制度についてです。「スマホだけで見ている人から受信料を取った方がいいとか、そういうことにいきなり飛びつくのはやめた方がいいと思います。今のところは、テレビを持っている人が受信料を払っていただくというシステムで、約8割の方が払っていただいているわけですから(中略)。ただ、時代がずっと進んで、そのまま維持できるかというとそれはちょっと分からない」「機が熟したら、私は総合受信料のほうがいいと思います」
 NHKは既に現在の経営計画で、「衛星付加受信料の見直しを含めた総合的な受信料のあり方について導入の検討を進めます」としています。2020年9月からは会長の諮問会議のNHK受信料制度等検討委員会の中に「次世代NHKに関する専門小委員会14」を設け、様々な角度から議論を進めています。
 公共放送WGで受信料制度に関する議論は本格化していませんが、テレビを持たない人がNHKプラスを利用したい場合にどうするかについては論点の1つとなっています。また、民放連や新聞協会からは、ネット活用業務のあり方の検討と財源の問題、つまり受信料制度の議論は切り離せないという意見も出ています。どのタイミングで本格的な議論が始まるのか、注視していきたいと思います。

 3つ目の発言は人事制度と組織改革についてです。「今まで誰も手を付けなかったところに全部着手しようと考え(中略)今までのNHKの非常に強烈な縦型、年功序列型のところを縦と横を両方組み合わせて、フラットな組織」にしました。「フラットにして意志決定を早くしないと世の中についていけないと思います」。このほかにも、この改革に最も力を入れてきた前田会長ならではの発言が相次ぎました。
 私は昨年開催した「文研フォーラム2022」で、前田会長の下で行われた人事制度改革の1つ、若手への権限委譲を議論のテーマとして取り上げました15。改革の目玉の1つに、社内公募で40代の地域局長を誕生させるというものがあり、その1人であるNHK富山放送局の葛城豪局長に登壇してもらいました。葛城局長は、着任早々、若手職員に権限を与えて新企画を次々と始めたり、自ら地域に飛びこんで様々なつながりを積極的に作ったりと、意欲的な活動をしていました。ただ、ディスカッションでは、世代交代や権限委譲のような人事改革は進め方によっては世代間の分断を引き起こしかねないといった懸念や、行うべき人事改革は"意識交代"ではないか、時代の変化に対応できない意識の人こそ交代すべきであり世代のみで判断されるものではない、といった意見が出ました。
 前田会長は人事制度改革の今後について、「制度を作れば運用の問題ですから、十分いけると私は思っております」と語っています。ディスカッション時の発言に呼応しますが、時代の変化に対応したいと考える意欲的な中高年層のモチベーションが上がるような施策や、世代交代にとどまらない、より多様性が生かされる施策を期待したいと思います。

 4つ目の発言は、コストとクオリティーとの関係です。「品質管理をするときに8割まで品質を管理するのと、99パーセントまで管理するのでは、原価コストが、ものすごく変わります。(中略)完璧なものを作るには、コストは多分めちゃくちゃ上がっていきますよね。それでは過剰品質なので、許容できるところまで落としていいよと。そこは具体的にこのレベルまでで良いという基準を内部で作るしかないんです」
 この発言は番組制作の文脈で出てきたものですが、私はこの内容から今後の放送インフラのあり方を想起しました。
 現在、地上放送はユニバーサルサービスとして全国津々浦々に放送を届ける義務があり、そのために数多くの小規模中継局やミニサテライト局、NHK共聴施設を設置しています。しかし、それらの施設の維持・更新にかかるコストは、スカイツリーなどの大規模局に比べて極めて高く、それが放送局の経営をじわじわと圧迫してきています。このコストをいかに減らしていくかが、大きな課題となっています。そのため、こうしたエリアでは、これまで整備していた放送波の仕組みではなく、ブロードバンド、それも汎用性の高いIPユニキャストでその仕組みを代替することでコストを減らしていけないかという検討が総務省で開始されています。
 ただし、ブロードバンドで代替する場合、これまで放送波で届けていたクオリティーを100%保証することはなかなか難しいという問題があります。では、視聴者はどこまでなら受容してくれるのか、放送事業者はどこまでクオリティーを下げることが許されるのか。それは99%なのか、それとも90%なのか・・・・・・。もちろん、視聴者の意向をなおざりにするという判断は決してあってはなりませんし、IP化したからこその付加サービスも検討していくことになると思いますが、今後一層、IP化が進んでいく中、そしてNHKも民放も財源が限られる中で、コストとクオリティーのバランスを考える議論は避けて通れないテーマになるのではないでしょうか。

 最後の発言はNHKらしさについてです。「NHKは戦う相手、公共放送がほかにないんです。これは、悪くすると完全に自己中心的になりやすいですよね。」「NHKは民放とどう違うのか、同じ事をやっていたら何もNHKらしくないじゃないか、何が違うんだと」「要するに毎日の実績がNHKらしさかどうかということを自問自答すると。時代の要請でたぶん変わると思いますが、それを含めてやっていただくということです。だから、らしさの定義はしない方がいっていいと言っているんですよ」
 NHKらしさとは何かということは、私もNHKの職員の一人として日々考えています。しかしそれ以上に考えているのが、公共放送らしさとは何か、ネットも活用する時代の"公共メディア"らしさとは何かです。これについては、らしさの定義をしっかりとしていく必要があると考えており、その上に初めてNHKらしさがあるのではないかと考えています。
 最初にも触れましたが、NHKは新年度の事業計画で、「デジタル時代における新たな公共性を確立」するということを重点事項に掲げています。私は、公共放送らしさ・公共メディアらしさとは何か、というアプローチから、このテーマに向き合っていきたいと思います。


メディアの動き 2023年01月23日 (月)

#444 シリーズ「深刻化するネット上の誹謗中傷・いま何が必要なのか」(2) ~「匿名表現の自由」にどう向き合うべきか

放送文化研究所 渡辺健策

 シリーズ第2回は、社会のデジタル化が進む中で論議を呼んでいる「匿名表現の自由」について考えます。
 3年前の2020年4月に設置された総務省の「発信者情報開示の在り方に関する研究会」では、ネット上の誹謗(ひぼう)中傷被害が深刻化している中、従来の制度では被害者の法的救済に時間と費用がかかりすぎるという観点から、有識者による見直しの議論が行われました。最も重要な論点になったのはバランスの確保、「被害者救済」を進めると同時に、正当な投稿をしている人の「匿名表現の自由」をどう守るか1という問題でした。

<匿名表現の自由とは>

 日本国憲法21条が保障する「表現の自由」には、氏名を隠した状態や偽名・仮名による表現も含まれるのか?日本では従来、この問いに対する詳細な研究は展開されてこなかったと指摘されていますが2、憲法学者らによると、何らかの事情により匿名でしか発信できないことがあり、それによって国民が知ることのできなかった事実を知ることができる、とりわけネットでは匿名性を担保することで活発な議論が可能になる、それらをふまえると匿名表現の自由は憲法21条によって保障される3という理解が一般的です。国内の裁判例としては、2020年に大阪市のヘイトスピーチ対処条例の合憲性などが争点となった裁判の1審判決で「匿名による表現活動を行う自由は、憲法21条1項により保障されているものと解される」という判断が示された例があります。4(2022年2月に最高裁判決も合憲判断)

「大阪ヘイトスピーチ 市の条例は合憲の判断示す」NHKニュース映像より(2020年1月17日放送) 「大阪ヘイトスピーチ 市の条例は合憲の判断示す」NHKニュース映像より(2020年1月17日放送)

大阪市のホームぺージより 大阪市のホームぺージより

 「匿名表現の自由」を考える上で重要なのは、匿名性が担保されないことが表現活動を行おうとする人に対する萎縮効果を与えないかどうか、という点です。立命館大学の市川正人教授は、「政府や多数者から見て好ましくないと思われるような内容の表現活動を行う者は、素性を明らかにすることによって『経済的報復、失職、肉体的強制の脅威、およびその他の公衆の敵意の表明』にさらされる可能性が高いのであるから、素性を明らかにしての表現活動しか認めないことはそのような表現活動を行おうとする者に対して大きな萎縮効果を与えるであろう」と指摘しています。5また、京都大学の曽我部真裕教授は、「表現の自由の歴史を振り返ってみても厳しい検閲に対抗する手段として、匿名での出版物が大きな役割を担ったのであって、そこからも、匿名表現の自由の重要性を認識することができる」と記しています。6

 冒頭で触れた総務省の「発信者情報開示の在り方に関する研究会(以下、研究会)」でも、最近起きている具体的な事例を挙げて、匿名表現の自由の重要性が議論されました。例えば、消費者被害を訴える匿名のネット投稿に対し、販売方法などに問題のある企業側が投稿者の発信者情報の開示請求をして消費者側の発信を萎縮させるといった"制度の悪用例"が 目立っていることが指摘されています。7投稿内容が悪意による誹謗中傷なのか、それとも事実に基づく正当な批判なのかは、最終的には裁判所が開示命令を出すか否かの形で判断することになるわけですが、立場の弱い一個人にとっては、身元をさぐる開示請求が行われること自体がプレッシャーになります。発信者が誰なのかが簡易・迅速な手続で判明するようになることは、誹謗中傷被害の早期救済に役立つ一方で、正当な批判をする人を萎縮させることにもつながる恐れがあるのです。

<「匿名表現の自由」をめぐる議論の歴史>

 日本の発信者情報開示制度は、欧米の制度を参考に2001年に導入されました。とりわけアメリカでの匿名表現の自由論に大きな影響を受けていることが指摘されています。8
 アメリカでは匿名表現(=匿名言論:Anonymous Speech)の自由をめぐって争われた裁判が数多くあり、連邦最高裁がたびたび合憲・違憲の判断を示してきました。このうち1960年のTalley v. California事件では、人種差別問題に関して作成者の氏名を記載していないビラを配布した人が逮捕されたことの是非が争点となり、連邦最高裁は、匿名の冊子の配布を禁止していた市条例を「違憲」としました。判決では、古くは独立戦争後、各州に合衆国憲法の批准を促した「フェデラリスト・ペーパーズ」という文書も「パブリウス」という仮名で書かれていたことに言及し、「匿名言論は歴史上、自由を擁護する際の武器であった」と位置づけています。9その根底には、匿名の言論を長く保護してきたアメリカ合衆国の伝統があり、匿名であることは少数者の言論を守り、多数者の専制を抑制するために必要だという理念があると評価されています。10

アメリカ連邦最高裁(資料画像) アメリカ連邦最高裁(資料画像)

 また、この分野で特に著名な判例とされているのが、1995年のMcIntyre v. Ohio Elections Commission 事件の判決です。選挙や住民投票に関するビラに責任者の氏名・住所を記載するよう義務づけたオハイオ州の法律を「違憲」としました。連邦最高裁は、その判決の中で、マーク・トウェインやO・ヘンリーのように偉大な文学者の作品が匿名(ペンネーム)で書かれていることに触れ、「著者の匿名を維持するという決断は合衆国憲法修正1条により保護される言論の自由の一側面である」とした上で、匿名で出版する自由は文学の領域を超えて政治的主張にも及び、特に受けの悪い主張をしようとする者にとって匿名性は必要とされてきた伝統である、としました。11,12
 では果たして「匿名言論の自由」の保障はインターネット上の誹謗中傷にまで及ぶのでしょうか。
 McIntyre 裁判などでは表現内容に対する事前の規制が問題になっていたのに対して、ネット上の誹謗中傷のケースでは既に行われた投稿に対する事後的対応が争点であり、その内容も政治的主張ではなく誹謗中傷という違いがあります。このためMcIntyre判決で示された匿名言論者の権利がそのまま認められるわけではないという考え方がある一方、発信者情報が強制的に開示されれば匿名言論の保護が形骸化しまうという指摘13もあります。結局は、「発信者の匿名言論の自由」と「誹謗中傷を受けた人の救済を受ける利益」との比較衡量がポイントになるわけです。
 アメリカでは、被告が匿名のままでも訴訟を起こすことができます。インターネット上の匿名投稿をめぐって権利侵害の救済を求める場合もその方法が取られ、裁判所からプロバイダーに対し被告を特定するための文書提出命令を出してもらう「ディスカバリー」という手続きが行われます。その際には、とりわけ厳格な基準に基づいて裁判所が可否を判断することになります。匿名を前提に投稿した発信者の実名を明かすことは匿名言論の権利を否定することになるからです。その背景には、原則として匿名表現を保護する判例が積み重ねられてきた伝統があり、例外をどこまで認めるか、慎重な判断がなされているのです。14,15

<日本の制度改正をめぐる議論の焦点>

 アメリカでも長く議論となってきた「匿名表現の自由」と「権利侵害の救済」との関係。これらの両立は、総務省の研究会でも重要な論点になっていたことを冒頭お伝えしました。ここからは、11回に渡って繰り広げられた研究会での議論を議事録や資料からたどります。

日弁連の意見書(一部) 日弁連の意見書(一部)

 発信者情報開示制度をめぐっては、以前から不備を指摘する声が実務を担う弁護士たちから上がっていました16。2011年6月には、日弁連=日本弁護士連合会が制度の抜本的な見直しを求める意見書をまとめています17。この中では、制度の手続き上の課題に加えて、裁判所が発信者情報の開示を命じるか否か判断する際の要件の1つである「権利侵害の明白性」を重要なポイントとして言及しています。「明白性」とは、匿名投稿の流通(拡散)によって原告(被害者)の権利が侵害されたことが明らかである場合、という要件の規定ですが、日弁連は、「明らか」という文言の意味があいまいである上、厳格かつ抽象的で、「被害救済のみちを閉ざすものと言わざるを得ない」と批判していました。その後、インターネットの普及に伴って誹謗中傷被害が増加したこともあり、有識者で作る総務省の研究会が 制度の見直しにどこまで踏み込むか注目されていました。

「SNS上のひぼう中傷 新たな制度創設へ」NHKニュース映像(2020年10月26日放送) 「SNS上のひぼう中傷 新たな制度創設へ」NHKニュース映像(2020年10月26日放送)

 研究会の議事録をたどると、権利侵害の「明白性」要件は、手続きの簡易・迅速化と並ぶ主要な論点として検討されていたことが分かります。そこから見えてくるのは、この要件が課す高いハードルを安易に下げてしまうと、匿名を前提に投稿をした人の権利が不当に侵害される恐れがあるという「匿名表現の自由」とのバランスの確保への配慮でした。18
 研究会では、企業の不正を内部告発する従業員の身元が特定されてしまえば、公益通報者を守ることができず、企業への批判や告発をすることは難しくなる、自分の体験や感想を口コミサイトに書き込んだだけなのに、『この商品は私には合いませんでした』と投稿しただけで誰が書いたのか突きとめられトラブルに巻き込まれる恐れが生じる―――そんな濫用を可能にしてしまっていいのか、という熱を帯びた議論が交わされていました。19
 そこからは、今の時代の私たちが「匿名表現」の"可能性"と"危険性"にどう向き合うべきか、という根源的な問いが見えてきます。

最終とりまとめの主な内容(筆者作成) 最終とりまとめの主な内容(筆者作成)

 研究会は、2020年12月の『最終とりまとめ』で、発信者情報を特定するために必要な通信ログを迅速に特定・保存するため、簡易な非訟手続でログの特定や保存を命じる「提供命令」「消去禁止命令」を新設し、これまでの要件より一定程度緩やかな基準で判断することが適当であると提言しました。その一方で、発信者の身元を明らかにする「開示命令」の可否を判断する際は、表現行為に対する萎縮効果を生じさせないよう、現在と同様の厳格な要件を維持することを求めました。20
 曽我部真裕座長は、「攻撃されやすい人々がしばしばいわれのない誹謗中傷を受ける、その痛み、苦しみを思うとき、迅速な救済のために多様で実効的な手段が用意されることの不可欠性というのを痛感するところです。活力のある自由で民主的な社会を維持するためには表現の自由が極めて重要なことは言うまでもなく、とりわけ一般市民が声を上げることのできるSNSにおいては、匿名表現の自由というのは重要です。本研究会では、被害者保護と表現の自由とのぎりぎりのバランスを確保すべく真剣な議論が行われ、現時点で可能なベストな提案ができたと思っております」(一部抜粋)と述べ、一連の議論を総括しました。21
 自由で活発な意見交換を促し、表立っては言いにくい本音や真実を伝えることができるデジタル時代の「匿名表現」。無責任で攻撃的になりやすいという問題点に向き合いながら、その新たな可能性をどういかしていくかが、私たちに問われているように思います。
 シリーズ最終回の次回は、ネット上の誹謗中傷被害に向き合う上でマスメディアに期待される役割とは何かを考えます。


【注釈および引用出典・参考文献】
  • 総務省「発信者情報開示の在り方に関する研究会」最終とりまとめ(令和2年12月)5頁
  • 海野敦史「匿名表現の自由の保障の程度-米国法上の議論を手がかりとして-」(情報通信学会誌37巻1号,2019年)2,5頁、曽我部真裕「匿名表現の自由」(ジュリスト2021年2月#1554)44頁
  • 松井茂記『インターネットの憲法学(新版)』(岩波書店,2014年)384頁、毛利透「インターネット上の匿名表現の要保護性について-表現者特定を認める要件についてのアメリカの裁判例の分析」 樋口陽一ほか編『憲法の尊厳』(日本評論社,2017)212頁、
    曽我部真裕ほか『情報法概説(第2版)』(弘文堂,2019年)15~16頁
  • 大阪地判2020.1.17 裁判所WEB判決文34頁、曽我部真裕 前掲2「匿名表現の自由」46頁
  • 市川正人『表現の自由の法理』(日本評論社,2003年)380頁
  • 曽我部真裕 前掲2「匿名表現の自由」46頁
  • 「発信者情報開示の在り方に関する研究会」第1回議事録37-38頁、第2回22-23頁、31-32頁
  • 丸橋透「媒介者の責任-責任制限法制の変容」(ジュリスト2021年2月#1554)19頁、大島義則「匿名言論の自由と発信者情報開示制度――日米の制度比較」(情報ネットワーク・ローレビュー14巻,2016年)24頁
  • Talley v. Californiaアメリカ合衆国連邦最高裁判決(1960年)、毛利透 前掲3「インターネット上の匿名表現の要保護性について」196頁、岩倉秀樹「アメリカの匿名言論の法理と情報開示の法理」(高知県立大学文化論叢4号,2016年)42頁
  • 高橋義人「パブリック・フォーラムにおける匿名性と情報テクノロジー」(琉大法學87号,2012年)24頁、岩倉秀樹 前掲9「アメリカの匿名言論の法理と情報開示の法理」44頁
  • McIntyre判決には、匿名言論の権利保障に批判的なスカリア裁判官らの反対意見が付されている
  • 毛利透 前掲9「インターネット上の匿名表現の要保護性について」196-197頁、
    岩倉秀樹 前掲9「アメリカの匿名言論の法理」45頁、
    大島義則 前掲8「匿名言論の自由と発信者情報開示制度――日米の制度比較」25頁
  • 大島義則 前掲8「匿名言論の自由と発信者情報開示制度――日米の制度比較」26頁
  • 毛利透 前掲9「インターネット上の匿名表現の要保護性について」195-196頁、
    大島義則 前掲8「匿名言論の自由と発信者情報開示制度――日米の制度比較」28-29頁
  • 最近では有害コンテンツ対策の観点から、プロバイダーの広範な免責を認めた通信品位法230条の 見直しをめぐる議論も出てきている。詳しくは、山口真一『ソーシャルメディア解体全書 フェイクニュース・ネット炎上・情報の偏り』勁草書房(2022年)258-261頁、丸橋透 前掲8「媒介者の責任~責任制限法制の変容」21-22頁を参照。
  • 壇俊光・森拓也・今村昭悟「発信者情報開示請求訴訟における『対抗言論の法理』と『権利侵害の明白性』の要件事実的な問題について」(情報ネットワーク・ローレビュー12巻,2013年)
    山本隆司「プロバイダ責任制限法の機能と問題点-比較法の視点から-」コピライト495号(2002年)18頁
  • 日本弁護士連合会「プロバイダ責任制限法検証に関する提言(案)」に対する意見書(2011年6月30日)
  • 「発信者情報開示の在り方に関する研究会」第1回議事録40頁、第2回議事録24-28頁、
    第3回議事録31-34頁、第4回議事録22-23頁ほか
  • 同上 第2回議事録25頁、第3回議事録31-34頁ほか
  • 同上 『最終とりまとめ(令和2年12月)』21,28頁
  • 同上 第10回議事録23頁
メディアの動き 2023年01月19日 (木)

#443 シリーズ「深刻化するネット上の誹謗中傷・いま何が必要なのか」(1) ~「発信者情報開示」の制度改正で被害者救済は進むのか?残された課題は?

放送文化研究所 渡辺健策

 亡くなった女性プロレスラー、木村花さんに対するSNS上の誹謗(ひぼう)中傷の問題などをきっかけにインターネット上の悪質な投稿への対策強化が議論され、他人の権利を侵害する投稿をした当事者の氏名などを明らかにする「発信者情報開示」の手続を簡易・迅速化する法改正が2022年10月に施行されました。繰り返される深刻なネット被害に対し、新たな制度は十分にその力を発揮できるのでしょうか。このブログでは、①被害者の救済を進める発信者情報開示制度の改正の効果と課題、②発信者側の匿名表現の自由とのバランスをどう図るべきか、③いまマスメディアに期待される役割とは、という3回シリーズで考えます。
 第1回は、制度改正の効果と今後の課題について、誹謗中傷の被害者の訴訟代理人として救済を求める多くの裁判で対応に当たっている東京弁護士会の小沢一仁弁護士へのインタビューです。

wkj_2301_1_1.jpg 小沢一仁 弁護士
2009年弁護士登録。インターネット上の誹謗中傷投稿の削除や発信者情報開示請求など、被害者救済の裁判を数多く手がける。常磐自動車道のあおり運転殴打事件の際に加害者車両に同乗し犯行の様子を携帯電話で撮影していたいわゆる"ガラケー女"と人違いされた女性のSNS被害(2019年)や、山梨県道志村のキャンプ場で行方不明になった女児の母親に対する誹謗中傷(同年)をめぐる裁判などを担当。

―― ネット被害に対する損害賠償訴訟を数多く担当されている小沢さんからご覧になって今回の発信者情報開示の制度改正をどう評価していますか?

小沢:制度改正によるメリットの部分と、なおうまくいっていないデメリットの部分を合わせて考えると、全体としては手放しで喜べない、つまりまだプラスの評価はしにくいと思っています。

<何がどう変わった?改善点は>

―― 個別の論点ごとに伺いますが、まず評価できる改善点は?

小沢:まず評価できる点は、アクセスプロバイダー(=インターネットに利用者の端末を接続する通信事業者など)に対する発信者情報の開示請求の手続きが従来より早くなりそうだというところです。改正施行後、これまでに審理を終えた事件では、申立てから審理が終結するまでおよそ5週間しかかかりませんでした。従来は、簡単な事件でも半年以上かかっていたと思います。

(総務省 プロバイダ責任制限法改正の概要説明資料より)
wkj_2301_1_1-1.png

(筆者注)従来からの制度では、誹謗中傷を受けた被害者が発信者を相手に損害賠償裁判を起こす場合、まずSNS事業者に対し発信者特定の手がかりとなるIPアドレスなどの開示を求め、その後、発信者とインターネットを接続する通信事業者に発信者の氏名等の開示を求めなければならない。損害賠償請求も含めると3段階の手続が必要で、時間と費用がかかるため、被害救済をあきらめざるを得ないケースが多かったと指摘されている。

―― 従来は発信者を特定するだけで半年とか1年以上かかることが多かったそうですが、どんな効果が期待できるのでしょうか。

小沢:具体的には今後の実例のなかで実績を積み上げていくしかないですが、少なくとも今までより早く発信者情報を入手することが期待できます。今回導入された新しい手続きは「非訟手続」なので裁判所の裁量によってある程度柔軟にできる、決定が出るのも早い。ただし、新制度で開示命令が発令されたとしても命令を受けたプロバイダー側は異議の訴えというのができて、その場合はやはり裁判手続に入るのでこれまでと同じように時間がかかります。だからプロバイダーが「うちは全件異議の訴えを行う」みたいな態度を取ってしまうと、この制度の簡易迅速化のメリットは全部つぶれかねません。結局はプロバイダーの姿勢によるので、これはもう各事業者の理解を得るしかないと思います。

―― 開示される発信者情報の対象の見直しという点では評価できる点はありますか?

小沢:悪質な投稿そのものの発信者情報の記録が残っていなくて誰が発信したか特定できない場合でも、その投稿をした人物がログインした時の記録があれば特定できる、それが開示対象に含まれるかがこれまで裁判でもたびたび争点になり、ケースごとに裁判所の判断が分かれていました。今回の法律改正でログイン時(およびログアウト時)の発信者情報も開示対象に含まれることが明確になりました。これはかなり大きな改善点だと思います。

wkj_2301_1_3.jpg 常磐道あおり運転殴打事件のNHKニュース映像より(2019年8月31日放送)

小沢:私が裁判を担当した常磐道あおり運転殴打事件の時に加害者の車に同乗していて犯行の様子を携帯電話で撮影していた、いわゆる"ガラケー女"と人違いされた女性のケースでも、人格を否定するような明らかに権利侵害に当たるネット被害を受けているのに、ログイン時の情報が対象外と判断され、裁判で敗訴したことがありました。その点、今回の改正で、投稿とログインの時間的に一番近いところで接点を見つけてその通信を媒介した事業者は開示対象者にあたるとしっかりと決めてくれた。その点が立法的に解決されたというのは大きいです。

<残された課題は>

―― 改正後もなお課題として残されているのはどんな点でしょうか?

小沢:プロバイダ責任制限法には、通信ログ(=通信履歴・記録)の保存について規定がなく、通信ログを保存するかどうかをインターネット接続事業者の判断に任せています。極論を言えば「そもそもうちは何も残していません」なんていう事業者も中にはいます。その点を何とか保存を義務付けてくれないかと思っています。半年とか、可能であれば1年間は、保存すべきということを法律で定めてほしいです。

(筆者注)『電気通信事業における個人情報保護ガイドライン』では「業務の遂行上必要な場合に限り通信履歴を記録することができる」と定めており、必要以上の長い期間、通信ログを保全しないことが原則になっている。多くの通信事業者のログ保存期間は3か月ないし半年程度と言われる。

―― 道志村の女児不明のケースでも母親に対する誹謗中傷の通信ログが提訴時にはすでに消えていたものもあったと聞きましたが?

小沢:通信ログが残っているかどうかということは、すべての案件で問題になるんですけど、道志村不明女児の件でも母親が個人攻撃ともいえる誹謗中傷の投稿を受けてから提訴の検討まで1年くらい経っていたので、当初の投稿の通信ログはもう消えていて、直近の投稿に絞り込んで対応せざるを得ませんでした。最近でこそネット上の被害が増えているから、被害にあってすぐ弁護士に相談に行く人が増えていますけど、あの頃は少なくともそこに思い至るかというとそうではなかったと思います。

wkj_2301_1_4.jpg 山梨県道志村女児行方不明のNHKニュース映像より(2019年9月23日)

―― 保存が義務付けられていないというだけでなく、そもそも通信事業者がログを実際に持っているかどうかも通信事業者側にしか分からないですよね。

小沢:現状では「ログは残っていない」と言われると、その通信事業者の言っていることを性善説で信じるしかないみたいな状況です。法律で、こういう種類の情報をいつまでは取っておくことと決めてくれれば被害者救済には役立つと思います。

―― 実務の面から見て、他に課題と感じるところはありますか?

小沢:あとはダイレクトメールの問題ですね。誹謗中傷の被害の実態として最近目立つのは、例えばツイッターだったら攻撃する相手のフォロワーに対してダイレクトメールを多数送りつけて、誹謗中傷の情報を広めていく、受け取った人が「なんかこんなの来たんだけど」と反応を書き込むことで次々に拡散していく、フォロワーというのは基本的に本人にある程度は親和的な人たちなんですけど、そういった人たちの信頼が失われたりフォロー解除になったりという実情があるわけです。元々プロバイダ責任制限法というのが色んな人から見える場所における不特定多数の通信における権利侵害に対する救済を念頭に置いているので、一対一の通信はそもそも対象にしていないんですよね。今回の改正でもこの点は変わりませんでした。それを逆手にとって誹謗中傷を広めるケースが出て来ているので、なぜこの点は救済のケアができないのかと疑問を感じています。発信者の「表現の自由」や「通信の秘密」を必要以上に制限しないためというのが理由の一つだと思いますが、開示請求を認める際の要件面で一定の高いハードルを課していることで、バランスが取れているといえないだろうかと思います。被害としては何年か前から目立ってきているので、何とかしてほしいという思いがあります。

<メディアへの期待>

―― 小沢さんが裁判を担当された"ガラケー女"人違い案件、それと道志村不明女児のケースもそうですが、そもそも発端としてマスメディアの報道があって、その情報が広まった環境の中で誹謗中傷が発生したという側面もあります。そうした観点では当事者とも言えるマスメディアに今後何を期待しますか。

小沢:誹謗中傷に対する抑止力としては、他人に対する誹謗中傷を書いたら自分の身元に関する情報が開示される可能性が高いんだということを強く認識させることが抑止になると思うんです。何か違法なことを書き込んでも責任を追及されることがめったになければ、そうした行為を助長してしまうんですよね。それが例えば通信ログの保存期間が一律1年間義務づけということになれば、「1年も通信履歴を取られたらいつ賠償請求されるか分からないからちょっとセーブしよう」という抑制が利きやすくなります。だから何らかの形で通信ログ保存が法制化されたり義務化されたりすれば被害者救済はしやすくなる。そういったところの必要性をメディアが訴えていってほしいし、必要な手続きをしたら発信者にすぐたどり着くようなそういう仕組みになってほしい。被害に苦しんでいる被害者の声をクローズアップして正しい世論形成をしていってもらうことが一番ありがたいと思います。

―― 救済以前の段階で、そもそも誹謗中傷の被害の発生・拡大を抑止するという点では、マスメディアにはどんなことを期待しますか?

小沢:例えば、人違いによる誹謗中傷の被害なんかの例でいうと、やはりネットで炎上すればマスメディアの人にはすぐ人違いだと分かるわけじゃないですか。そういう時には少なくとも「この人ではないですよ」という伝え方はできる。実際あの時は、メディアだけでなく警察に対してもそう思ったんですけど、人違いで攻撃を受けているあの女性は指名手配された容疑者に同行している"ガラケー女"と同一人物ではないんだ、と公式に否定してくれれば、それですぐ解決する話なので、ネットの情報が間違っていたら訂正情報の方を広めてほしいという点でメディアへの期待はありますね。

―― 最近マスメディアの中にはネット上の偽情報に対してファクトチェックを試みる動きも出ていますが?

小沢:偽の情報を否定する時には、ある程度多くのメディアが歩調を揃えて複数社同時に出してもらえたらなと思います。訂正情報を報じるのが1社だけだと、「特定のマスメディアの誘導だ」といって疑う人たちも居て、それがまた炎上につながる。だから例えば警察取材等で「違うんだ」という確実な情報を得たら、マスメディアから一斉に流してもらえると本当はありがたい。もちろんいろいろなケースがあるから、すごく難しいことですけど、強い影響力をもつマスメディアの"火消し"の対応というのは今後考えてもらわないといけないことかなと思います。

<インタビューを終えて>

 今回インタビューをさせていただいて最も強く感じたのは、数多くの裁判対応でネット被害者に向き合ってきた実務家だからこそ言える現場の教訓の重さでした。制度改正によって手続きの簡易迅速化の面では一定の改善が期待される一方で、通信ログの保存期間の問題やダイレクトメッセージによる被害への対応など、法制度の現状に起因する課題がなお残されていることをあらためて認識しました。
 実は、今回の制度改正をどのようなものにすべきか検討してきた総務省の有識者会議の議論でも、従来からの制度が誹謗中傷の被害を受けた人たちにとっては費用と時間の負担が重い、決して使い勝手の良いものではないことは繰り返し指摘されていました。それでもなお、投稿の発信者が誰であるかを容易には明らかにせず、一定の歯止めをかける制度上の仕組みを維持した背景には、匿名の発信者の「表現の自由」を最大限尊重すべきだという考え方がありました。
 次回、シリーズの第2回は、発信者側の「匿名表現の自由」にどう向き合うべきか、そして第3回は、マスメディアに期待される役割とは何かを考えたいと思います。

メディアの動き 2022年10月14日 (金)

#426 これからの"放送"はどこに向かうのか? ~始まった「公共放送ワーキンググループ」の議論~

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子

◇NHK 経営計画修正案 意見募集中

 10月11日、NHKは、経営計画(2021年―2023年度)の修正案を発表しました 1)。そこでは、来年10月から、地上契約と衛星契約(地上とBSのセット)の受信料を、それぞれ1割値下げする方針が出されました(図1 2))。

図1

 値下げは、NHKがこれまで取り組んできた、スリムで強靭な「新しいNHK」を目指す業務改革によって生み出された繰越金を原資に行われ、総額1500億円が充てられる予定です。繰越金はこの他、情報空間の健全性の担保のための投資や日本のコンテンツ業界の人材育成、それから、民放との連携によるインフラ維持コストの低減等にも充てられることが示されました。こちらは総額700億円が予定されています。インフラ部分における民放との連携は、以前、本ブログ 3)でもとりあげた通り、去年から「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会(在り方検)」で議論が進んでいるものです(図2 4))。

図2

 また案では、繰越金の還元策だけでなく、放送サービスをスリム化する案も示されました。具体的には、2024年3月末に、現在3波あるBS(右旋)放送のうち、2Kの1波を停波し、2Kと4Kの1波ずつの体制にするというものです(図3 5))。

図3

 この他、「安全・安心を支える」「あまねく伝える」という重点項目の強化を併せた大きく3点が、今回の修正案のポイントとなります。重点項目の強化については後ほど改めて触れたいと思います。NHK経営委員会による意見募集が11月10日まで行われています 6)

◇「公共放送ワーキンググループ」議論開始

 このNHKによる経営計画修正の取り組みと並行して、総務省の「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会(在り方検) 7)」には「公共放送ワーキンググループ(WG)」 8)が設けられ、議論が開始されています。9月21日に第1回会合が行われ、年内にあと3回、来年3~4回の会合を経て、6月に取りまとめが示される予定です。本ブログではこの第1回会合で示された構成員の発言 9)を軸に、論点の全体像を確認しておきたいと思います。

・WGの検討項目

 WGの検討項目として事務局から示されたのは以下の4点でした(図4 10))。項目別にみていきます。

図4

・ネット時代における公共放送の役割

 去年11月から行われている在り方検(親会)の議論では、デジタル情報空間における課題が増大する中、公共放送であるNHKだけでなく民放も含めて、「伝統的かつ例外的に情報空間の環境整備のために国の政策が展開されてきた 11)」放送メディアが果たすべき役割はこれまで以上に大きくなっている、との共通認識が形成されてきました 12)。今回のWGは、放送メディアの中でも、特にNHKが今後担っていくべき役割とは何なのか、この再定義が検討の出発点となります。
 第1回会合だったということもあり、構成員からは、放送メディア全般の今日的役割を再確認する発言が目立ちました。そんな中、落合孝文構成員からは、必ずしも収益につながらないが大事な価値観を持つ情報をしっかり発信していくことがNHKの役割として重要であるとの発言が、そして山本隆司構成員からは、NHKはジャーナリズムに基づく編集メディアとして、ネット空間に欠けているものについてどのような役割を果たしていくのかを明確にする必要があるとの意見が出されました。また、瀧俊雄構成員からは、NHKではセレンディピティ 13)アルゴリズムの研究に取り組んでいることを聞いている、ネットの欠点を克服する方向に期待したいというコメントもありました。

・ネット活用業務の在り方 ①放送法における位置づけ

 事務局が示した論点を見ればわかる通り、WGが議論の主軸に置いているのは、NHKのネット活用業務です。議論の前提となる現在地を確認しておきます。
 NHKは「NHKプラス」「NHKニュース防災アプリ」「NHKオンデマンド」など、ネットを活用した様々な業務を行っていますが、これらのサービスは放送法上、"任意業務"という位置づけになっています(図5 14))。そのため、毎年NHKは、ネット活用業務の内容や種類、費用について「インターネット活用業務実施基準(実施基準) 15)」を策定し、総務大臣の認可を得た上で業務を行うというルールになっています。このうち受信料を財源とする業務については、2020年度まで、受信料収入の2.5%以内で行うということになっていましたが、2021年度からはそれが変更され、自ら上限額を提示し、大臣の認可を得た上で実施しています。2022年度に設定した上限は200億円でした。

図5

 WGでは、任意業務であるこのネット活用業務を、今後、放送法上どのように位置づけていくのかが大きな論点とされています。この論点は、8月に自民党の「放送法の改正に関する小委員会」がまとめた第三次提言にも、「放送の補完ではなく、NHKの本来業務とすべきかどうか、本来業務とする場合にはその範囲をどのように設定するかも含めて検討すること」という形で示されていました 16)

 WGの第1回会合で、明確に本来業務化すべきと主張したのは宍戸常寿構成員でした。宍戸構成員は、ジャーナリズムに裏付けられた公共的な動画配信が日本で遅れたことにより、現在のデジタル情報空間の課題が大きくなったという認識を述べた上で、NHKに先導的役割を果たさせることで、民放も含めて公共的な情報が適切にネットに供給され、健全な世論が形成されることを"デジタル社会の基本政策"として確保すべき、と発言しました。一方で、大谷和子構成員からは、必須業務か任意業務かという大雑把な議論は卒業すべき、林秀弥構成員からは、本来業務化は是か非かという二項対立的な図式での議論は問題を矮小化する、といった発言もありました。大谷構成員からは、NHKはデジタル情報空間でどのような役割を果たすのかをまず検討し、その上で、その役割を果たすための制度をデザインし、受信料の使い道を定義すべきとの趣旨の発言もありました。

 私はこれらの発言を聞いて、今から5年前程前のことを思い出しました。在り方検の前身である「放送を巡る諸課題に関する検討会(諸課題検)」でも、ネット活用業務の本来業務化という論点が議論の俎上に上った時があったのです。
 NHKは当時、放送法では認められていなかった常時同時配信(現在のNHKプラス)を実施できるよう制度改正を要望していました。あわせて負担のあり方については、会長の常設諮問機関「NHK受信料制度等検討委員会(受信料検討委員会)」を設けて議論を進めていました。
 受信料検討委員会は、「条件が揃えば、放送の常時同時配信はNHKが放送の世界で果たしている公共性を、インターネットを通じても発揮するためのサービスと考えられるとし、テレビを持たずにネットだけでモバイル端末でこのサービスを利用する人達にも受信料を負担してもらう受信料型を目指すことに一定の合理性がある」という答申案 17)をまとめ、2017年7月、NHKはこの内容を諸課題検で報告しました 18)。私は総務省の会議室で会合を傍聴していましたが、この日を契機に、放送業界や新聞メディアでは、NHKのネット活用業務を本来業務化するか否かという議論が大きくなっていったと記憶しています 19)。その後、高市早苗総務大臣(当時)が、「常時同時配信を「本来業務」として位置づける考え方については、私は、多岐に渡る課題がある 20)、井上弘民放連会長(当時)が、「独占的な受信料収入で運営されるNHKがインターネット活用業務を拡大することは、民間放送だけでなく新聞などの民間事業と競合する可能性を高める 21)とそれぞれが会見で言及。結果、NHKのネット活用業務の本来業務化は時期尚早とされ、任意業務のまま、受信契約をした方々を対象とする同時配信等を可能とする放送法改正が行われることになり、今に至っているのです。

・ネット活用業務の在り方 ②規制の在り方について

 NHKのネット活用業務の本来業務化の議論と切っても切り離せないのが、民放や新聞社が繰り返し述べてきた、いわゆる"民業圧迫"という懸念です。今年7月に公表された在り方検(親会)の取りまとめ案に対する意見募集においても、日本新聞協会は、「NHKが巨額な放送受信料を財源にネット業務をさらに拡大して取り組めば、民間事業者の公正な競争をゆがめ、言論の多様性を失わせることになりかねない 22)と述べています。
 一方、NHKの前田晃伸会長は今年9月の定例会見で、ネット活用業務に関して民業圧迫や肥大化の懸念が指摘されているのでは、という記者の質問に対し、NHK内に設置している「民業圧迫ホットライン 23)」に触れ、電話はこれまで1件しかなく、その1件も通話ができるかどうかの確認だったと明かしました。その上で「民業圧迫とかそういう事実はない」と発言しています。
 WGでは、この民業圧迫について、山本構成員からは抽象論のレベルではなく具体的な内容を示して議論をしていくべきではないか、林構成員からは、具体的にどのような市場においてどのような競争阻害が生じるか個別具体的に分析するのが議論を前に進める第一歩ではないかとの発言がありました。加えて競争法が専門の林構成員からは、視聴者向けのBtoCは民業圧迫の懸念はあまりなく、事業者向けのBtoB(toC)の分野で競争分析が必要ではないかいった具体的なコメントもありました。
 一方、宍戸構成員からは、NHKのネットサービスは健全なネット空間を作るために必要だと言う話であり、(民放や新聞と)同じレベルの競争に巻き込まれるのではなく、人々が多様な考えにどれほど触れたかで、行動変容や価値観の変容が起きたか、その指標に力点がおかれるべき、との見解が示されました。

・ネット活用業務に関する民放への協力のあり方

 この項目については、第1回会合では多くの発言はありませんでした。ネット利用者からアクセスしやすい共通の番組表などのプラットフォームの作成が必要、とか、NHKは民放が抱える課題の解決に向けて技術面に限らず手段を限定せずに協力することが必要ではないか、といった意見が出されました。

・ネット活用業務の財源と受信料制度

 このWGの開催にあたり、寺田稔総務大臣は会見で、「テレビなどの受信設備を設置した者から受信料を取るという現在の法制のもとでは、現時点ではテレビなどの受信設備を設置していない方に対して、新たに受信料を徴収することは考えていないわけであります。(中略)ただ、今後の受信料のあり方については、まさにこれから始まります公共放送ワーキングでのご議論も十分踏まえて、幅広く国民や視聴者の皆様から十分な理解を得るような姿にしていく必要がある 24)と述べていました。そのため、WG開始前には、いわゆる"ネット受信料"の議論に踏み込むのかどうか、ということが新聞報道などで取り上げられていました。
 これについて第1回会合では、参加した9人 25)のうち8人から、議論は時期尚早、現実的ではない、問題外、といった反応が示されました。ただ、三友仁志座長と林構成員からは、PCやスマホにNHKの配信サービスのアプリをインストールするなど自ら受信できる環境を用意している人達について受信料契約の対象とするかどうかについては議論してもいいのではないか、という発言もありました。
 民放連からは、在り方検(親会)の取りまとめ案に対し、「仮に「放送の補完」との位置付けの見直しを含めて検討するのであれば、テレビ受像機に紐づいて契約義務を定めている現行の受信料制度との関係を整理し、視聴者・国民各層の十分な理解を得ることが欠かせません」という意見が出されています。業務と制度とをつなぐ議論が行われるのかどうか、今後に注目していきたいと思います。

◇おわりに

 冒頭にも触れましたが、NHKは現在の経営計画で掲げている「安全・安心を支える」「社会への貢献」「人事制度改革」「あまねく伝える」「新時代へのチャレンジ」という5つの重点項目のうち、今回の修正案では、「安全・安心を支える」「あまねく伝える」の2つをより強化していくという方針が示されました。特に「安全・安心を支える(図6) 26)」については、環境変化が加速する中、NHKが公共放送として社会にどのような役割を果たしていくのかという考えを、アップデートして社会に示したということだと思います。

図6

 WGでは今後、NHKが"インターネット時代"に"ネット活用業務"を通じてどのような役割を果たしていくのか、という観点からの議論が深められていくことになると思います。その前提として、事務局が示した論点の中には、環境変化の中で使命を終えた役割についても検討するとされていますが、同時に、これまで公共放送として果たすべき役割の中で果たし切れていなかったことを再点検するという視点も必要ではないかと考えます。宍戸構成員からは、9月16日に採択されたEUのメディア自由法案 27)が紹介された上で、経営委員会を含めたNHKのガバナンス改革はどこまで進んでいるのか、という厳しい指摘もありました。
 今回のWGだけでなく在り方検全般に言えることだと思いますが、今行われている議論は、デジタル情報空間の課題にいかに対応していくか、という問題意識に前のめりになりがちで、そのために放送メディアはどのような役割を果たすべきか、といったロジックで議論が進められています。しかし、法制度の議論が、放送波という伝送路が前提であった放送サービスから、ネットも活用したメディアサービスのあり方に拡張していく以上、長期的には、伝送路によらず、公共的なメディアの役割を再定義し、それを誰がどのように担うのかという骨太の議論をしていかなければ、受信料制度も含めて、誰がどのように公共的なメディアを支えていくのかといった議論にはつながっていかないのではないかと思います。そのような長期的な視点も持ちつつ、短期的には、NHKと民放・新聞、そこにネット上のプラットフォームの存在も意識しながら、競争・協調・すみ分けについての建設的な議論がどのように行われていくのか、今後のWGや在り方検の議論に注目していきたいと思います。


1) https://www.nhk.or.jp/keiei-iinkai/iken/pdf/keikaku2022.pdf
2) 同上 P10
3) https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/500/472560.html
4) 1) 参照 P12
5) 1) 参照 P5
6) https://www.nhk.or.jp/keiei-iinkai/iken/221011k/index.html
7) https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/digital_hososeido/index.html
8) https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/digital_hososeido/02ryutsu07_04000322.html
9) 執筆段階では総務省から議事録が公開されていなかったので、筆者の傍聴メモを参照した
10) https://www.soumu.go.jp/main_content/000837157.pdf
11) WG第1回で紹介された曽我部真裕構成員のコメントから
12) この議論の詳細は...... https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2022/08/10/
13) 偶然や予想外の出会いという意味
14) https://www.soumu.go.jp/main_content/000837155.pdf P19から引用 赤囲いは筆者
15) 2022年の「NHKインターネット活用業務実施基準」 https://www.nhk.or.jp/net-info/data/document/standards/220111-01-jissi-kijyun.pdf
16) https://www.nhk.or.jp/bunken/research/focus/f20221001_1.html
17) https://www.nhk.or.jp/pr/keiei/kento/toshin/
18) 諸課題検討2017年7月4日会合 https://www.soumu.go.jp/main_content/000498611.pdf
19) 文研ブログ https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2017/07/28/
20) https://www.soumu.go.jp/menu_news/kaiken/01koho01_02000602.html
21) https://j-ba.or.jp/category/interview/jba102350
22) https://www.soumu.go.jp/main_content/000837155.pdf から引用
23) 2020年9月開始 https://www.nhk.or.jp/css/goiken/mingyo.html
24) 2022年9月13日閣議後記者会見 https://www.soumu.go.jp/menu_news/kaiken/01koho01_02001169.html
25) 座長含む。曽我部真裕構成員は欠席
26) 1) 参照 P9
27) https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/IP_22_5504
メディアの動き 2022年09月20日 (火)

#423 総務省「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」取りまとめ公表を受けて(3)「攻めの戦略」議論 本格化へ

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子

 総務省で開催中の「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会(在り方検) 1)」では、今秋、2つのワーキンググループ(WG)が発足する予定です 2)。1つはデジタル情報空間においてフェイクニュースやアテンションエコノミー等の課題が指摘される中、「誰もが安心して視聴できるという信頼を寄せることができる配信サービス 3)」に、人々がアクセスしやすくするための方策を検討するものです。検討の対象となるサービスとしては、地上放送の同時配信等が想定されています。もう1つは公共放送に関するもので、ネット時代における公共放送の役割や、現在は放送の補完業務であるNHKのネット活用業務の位置付け等について検討されます 4)。こちらは明日21日に第一回が開催されることになっています 5)

 上記はいずれも、放送コンテンツのネット配信を政策的にどのような姿で促進させていくのかを検討するもので、8月に公表された在り方検の取りまとめでは、今後の放送制度議論における「攻めの戦略」と位置づけられています。在り方検は去年11月から議論が行われていますが、これまでは、前回のブログでも紹介したような 6)、ハード機能のコスト負担の軽減という「守りの戦略」が主要な論点でした。いよいよ今秋から、この「攻めの戦略」の議論が本格化することになります。この議論は、ネット空間における“放送局の公共性”とは何かが問い直される本質的なテーマに通じると私は考えています。そのため本ブログでは、議論を前に在り方検の取りまとめやこれまでの議論等から、主要なポイントをまとめ、若干の問題提起をしておきたいと思います。

① 「放送に準じた公共的な取組を行う放送同時配信等を後押しする方策」

 上記のカギカッコに入った文言は、在り方検の取りまとめをそのまま転記したものです。これから検討される主要な「攻めの戦略」のうちの柱の1つで、この「放送に準じた公共的な取組を行う放送同時配信等」が、先に述べた「誰もが安心して視聴できるという信頼を寄せることができる配信サービス」にあたります。一読しただけでは意味を読み取りにくいので、文言を分解してみておきたいと思います。

〇「放送に準じた公共的な取組を行う」とは?

 こちらは、これまで放送局が放送制度の下で担ってきた様々な公共的役割を、ネット空間においても放送に“準じた”形で担っていくこと、と言い換えていいでしょう。取りまとめの中では、取り組みの具体的な内容として、災害情報や地域情報等の発信、視聴履歴の適切な取り扱い等があげられていました。
 このうち視聴履歴については、在り方検と並行して「放送分野の視聴データの活用とプライバシー保護の在り方に関する検討会(視聴データ検) 7)」で議論が行われてきました。「放送に準じた公共的な取組」としての“適切な取り扱い”として最も重要視されていたのは、視聴者の「安心安全の確保」でした。
 構成員の一人で、デジタル情報空間における課題に警鐘を鳴らし続ける慶應義塾大学教授の山本龍彦氏は、「放送の世界のように、過度なプロファイリングやパーソナライズが行われず、フィルターバブル、エコーチェンバー、フェイクニュース等が起きにくいような情報提供機能はこれからも残していく必要がある 8)」と述べています。確かに、放送波の技術的な特徴は一方向、いわゆる“送りっ放し”で、誰が視聴しているのかというデータを把握できないため、双方向が基本のネットサービスのような、視聴者の属性等に応じてコンテンツや広告を出し分けるようなサービスはできません。しかし、多くの人たちに同じ内容を一斉同報することこそが、放送メディアの最大の価値や役割でした。
 しかし、デジタル化によってテレビがネットに接続できるようになってから、テレビ放送の視聴においてもデータの収集が可能となりました。日本よりも早くテレビのネット接続が進んできたアメリカでは、視聴データを活用したターゲティング広告も行われるようになっています。日本でも、ここ数年はテレビのwi-fi接続の広がりもあり、全世帯の半分近くのテレビはネットに接続した状態、つまり、“コネクテッドTV(CTV)化”しています。現在、在京キー局を中心に各局が様々な形で視聴データを収集しており 9)、今後、そのデータをどのように活用していくかは、各局にとっても放送業界にとっても、重要な経営戦略の1つとなっています。ただし、データの取り扱いについては、これまで放送局が担ってきた公共的役割に鑑み、「放送受信者等の個人情報保護に関するガイドライン 10)(放送分野ガイドライン)」が設けられ、それに則って放送業界や専門家を交えた慎重な議論が進められています 11)
 視聴データ検の議論では、こうしたテレビ放送の視聴データだけでなく、放送局による配信サービスの視聴データも大きな論点となりました。構成員の一人、弁護士の森亮二氏は、「テレビのコンテンツを配信する際は、コンテンツは既に自主的な取組によって安全であるが、データにおいても安全だということは一定程度確保していただきたい 12)と述べました。つまり、放送局は放送法の下、自主自律的な取り組みの中で、視聴者にとって安全なコンテンツを制作してきているが、それと同じように、配信サービスにおける視聴データについても安全な取り扱いをする責務があるのではないか、という主張です。こうした要望は、8月に公表された自民党の「放送法の改正に関する小委員会(放送法小委)」第三次提言にも、「視聴履歴から視聴者の政治信条が察知され、政治的ターゲティング広告に悪用され、社会の分断を加速するようなことがあってはならない」という形で示されています。
 また、先出の山本氏も、放送局がネット上で配信サービスを行う際には、「データ利活用についてある程度の上乗せ規律もやむを得ない 13)という見解を述べています。この「上乗せ規律」とは、ネット上でサービスを行う事業者全てに適用される「電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン 14)」に加えて、現在、放送局が“テレビ放送の視聴データの取り扱い”において適用されている「放送分野ガイドライン」を、“配信サービスの視聴データの取り扱い”においても適用する、つまり、“上乗せ”する、ということを意味しています。

〇「後押しする方策」とは?

 ネット上では現在、Google、Meta、Amazonに代表されるグローバルプラットフォームを中心にした事業者が、cookie情報等を使ってユーザーがどのサイトを閲覧したのかを追跡してユーザーの属性や嗜好を把握し、それに基づいたターゲティング広告やレコメンドで存在感を増しています。企業等の広告費は、一度に多くの人に“リーチ”できるメディアである放送から、個人やグループに対して“ターゲティング”できるネットサービスに流れており、その動きを止めることはもはや困難です。放送の広告費が目減りしていく分を、いかにネット上の配信サービスの広告費で補っていくかが、民放ビジネスにとっては大きな課題なのです 15)
 そのため、配信サービスに対しても放送分野ガイドラインの規制が上乗せされるということは、他のネット事業者よりもデータの取り扱いに対する説明責任の厳格化や限定的な活用が求められるため、民放のビジネスにとって足かせとなるおそれがあります。視聴データ検でも、他の事業者との間で公正な競争が確保されないのではないかとの指摘もなされました。民放連及び民放キー局関係者からは、放送分野ガイドラインの適用範囲はあくまでテレビ放送の視聴データを利用する場合のみであり、配信サービスにおいて上乗せすることについては消極的な姿勢が示されました。
 こうした中で視聴データ検が示した方向性は、放送局には一律に上乗せ規律を強制するのではなく、規律を受け入れるかどうか、つまりネット上で「公共的な取組」を担うかどうかは放送局自らの意思に委ねるべき、というものでした。その上で、「公共的な取組」を担う判断をした放送局については、政策的に何等かの“非対称措置”を検討すべきではないか、そして、「誰もが目を通すメディア」(プラットフォーム)に、放送コンテンツが提供されることが重要ではないか、という方向性が示されました。この非対称措置とは、事業者へのインセンティブ(優遇措置)という意味合いもありますが、それ以上に、安全な配信サービスへの視聴者のアクセスを支援し、視聴者保護を図る必要がある、という観点が強調されました。この非対称措置が、文言の最後に書かれている「後押しする方策」にあたります。

〇「放送同時配信等」とは?

 では、ネット上の展開を“後押し”していく放送局のサービスやビジネスとは具体的にどのようなものなのか。それを示しているのが「放送同時配信等」です。余談になりますが、役所の資料の文言には、このように頻繁に“等”が使われますが、時に“等”の方に比重があることも少なくないので注意が必要です。
 「放送同時配信等」という言葉は今回が初出ではなく、去年、著作権法改正の議論の際、同時配信、追っかけ配信(番組途中から視聴した場合、冒頭までさかのぼって視聴できる)、一定期間の見逃し配信を含んだ総称として用いられました。現行の改正著作権法上、これらが放送に準ずる位置づけとなっています 16)。そのため今回の後押しの施策の対象も、「NHKプラス」の同時配信、「TVer」で4月からスタートした民放キー5局系のゴールデン・プライムタイムのリアルタイム配信という狭い範囲に留まることなく、議論は進んでいくのではないかと思われます。

② 「非対称措置」と「プロミネンス・ルール」

〇非対称措置の具体策とは?

 今秋から開始されるWGでは、非対称措置の具体的な内容に関する議論が行われると思われます。視聴データ検が4月に公表した「配信サービスに対するガイドラインの適用に関する基本的考え方 17)」や在り方検の取りまとめを読むと、以下のような内容が検討項目にあがってくると思われます。

  • CTV上における措置として、放送局によるネット配信を簡便に視聴できるようにすること
    (TVerやNHKプラスが上乗せ規律に準じた準則を採用する場合にテレビ上ですぐ起動するようにする等)
  • 動画共有サイトや動画配信プラットフォーム上における措置として、放送コンテンツの充実・強化や、
    その他のコンテンツと区別できる形で提供されるようにすること

 私は先に発行された「放送研究と調査」6月号の「これからの“放送”はどこに向かうのか?Vol.7 18)」で、この非対称措置 19)について、「意欲的な論点であるものの、放送政策として具体的にどのような振興策があるのか、筆者にはイメージがわかない」と述べました。この措置のパートナーとなるテレビメーカーやプラットフォーム事業者のメリットや、施策の持続可能性について見通せないと感じたからです。今もその認識はあまり変わっていませんが、本ブログでは、6月号を記した際に紙面の都合で触れられなかった内容も記した上で、もう少し深く、私の認識を示しておきたいと思います。

〇「プロミネンス・ルール」とは?

 安全な配信サービスへの視聴者のアクセスを支援し、視聴者保護を図るために、放送に準じた公共的な取組を行う放送同時配信等を後押しするという今回の議論には、イギリスの情報通信政策における「プロミネンス・ルール」が参考にされたのではないかと私は推察しています 20)。このルールについては、在り方検の構成員であるマルチメディア振興センターの飯塚留美氏が第3回会合で短く紹介しましたが 21)、初めて聞くという方も少なくないと思います。正直、私も当時、詳細については知りませんでした。
 プロミネンスには、目立たせること、突出させること、という意味があります。イギリスには、BBCだけでなく、ニュースの不偏不党やローカル番組制作、コンテンツ産業発展のための一定の制作外注化等が放送免許の要件となっている、商業放送も含めた6局が「公共サービス放送(PSB) 22)」として存在しています。このPSBを“目立たせる”のが、このルールとなります。では、どこの場で目立たせるのかですが、飯塚氏が在り方検で紹介した、去年のOfcom(イギリスにおける放送通信分野の独立規制機関)の政府への提言には、以下のような内容がありましたので、飯塚氏の資料から転記させてもらいます。

  • CTVにおけるプロミネンスの確保
    ライブでもオンデマンドでも、全ての主要なテレビプラットフォーム上で公共サービスコンテンツのプロミネンスを確保する
  • プラットフォームに、PSM 23)コンテンツにプロミネンスの付与を義務付ける

 この内容を見ると、先に紹介した日本の在り方検で想定されている非対称措置の案と、かなり似通ったものであることがおわかりいただけると思います。これが、私がイギリスのプロミネンス・ルールを参考にしているのではないかと推察した理由です。
 ただ、もう少し詳しくこの提言の中身を見てみると、「プロミネンスに係るルールをアップデートする必要がある」となっており 24)、イギリスにおけるプロミネンス・ルールは去年いきなり登場してきたものではないということがわかります。イギリスは日本と大きく異なり、地上放送が50チャンネル以上あるため、プロミネンスはこれまで、電子番組ガイド(EPG)の中、つまり、“地上放送の場における”ルールでした。それが、去年のOfcomの提言では、YouTubeやNetflix、Amazon等のグローバルな配信サービスがひしめく“プラットフォームという場にも拡張”してこのルールを適用する、という提言となったのです。
 Ofcomの提言を受け、イギリス政府は2022年4月、「放送白書 25)」を公表し、正式にこのルールをプラットフォームにも適用できるよう改正しました。そしてOfcomに対しては、PSBとプラットフォームの交渉に介入する権利を与えています 26)。今後、PSBとプラットフォーム、そしてOfcomの間でどのような議論が進んでいくのか、注目していきたいと思います。また、このルールから少し話はそれますが、同時にこの白書では、これまで放送サービスに適用していた番組コード(番組内容に関する規律)を、Netflix等、ネットでのみコンテンツサービスを展開するOTT事業者に対してもテレビ同様の内容を適用することを提言しました。実効性のある規制になっていくのか、こちらも要注目です。いずれにしてもイギリスでは、存在感を増しているプラットフォームに対して、PSBのプロミネンスとコンテンツ規制という2つの側面から視聴者を保護していこうという強い姿勢がうかがえます。

〇今後の議論への期待

 ここまで、日本の非対称措置とイギリスのプロミネンス・ルールの類似点を指摘してきました。逆に異なっているのは、先に触れたように、日本では非対称措置の対象とする条件として、視聴データの適切な取り扱いという側面が強調されているという点です。確かに、ネット上におけるインフォメーション・ヘルスの確保という、これまで在り方検が掲げてきた最も大きな問題意識と、放送局の視聴データの適切な取り扱いは密接不可分であり、それをベースに議論が進んできた経緯は理解できます。しかし、プラットフォーム上で“目立たせる後押し”をする施策の対象を決める判断として、そのことが強調されすぎることについては正直、違和感があります。視聴者の安心安全だけでなく、社会における民主主義を下支えするという観点も含めて考えていくならば、“どういうルールを守る”事業者を後押しするかだけでなく、“どういう理念を持って社会に向き合い、どういうサービスを提供している”事業者を後押しするのかという視点も必要ではないかと思うからです。また、対象となるのが放送局による配信サービスという前提がある以上、例えば同時配信等のサービスを実施していないローカル局のコンテンツはどうするのかという課題もあります。政策的に後押しすべきコンテンツが、仮に地域情報を発信するローカル局のコンテンツであるとするならば、そうしたコンテンツをいかに配信サービスに載せられるかということを、施策の優先順位として考えてもいいはずです。
 イギリスは、多チャンネル時代におけるPSBとは何か、その後、プラットフォーム時代におけるPSMとは何かという形で、BBCだけでなく商業放送も含めて、メディアにおける「公共」の定義をアップデートし続け、その上でプロミネンス・ルールを位置付けています。日本の場合は、電波の希少性や社会的影響力、あるいは「一定の規律を受ける放送と、自由な活字メディア、インターネットとの組み合わせで全体最適を図る 27)」部分規制論という形で、「放送の公共性」が論じられてきました。ただ、それは常にNHKと民放の二元体制が前提であり、民放だけを切り出してメディアとしての「公共」を論じるということは、あまり活発になされてこなかったように思います。放送制度の議論が、放送という閉じた世界からネットに拡張していく今こそ、この論点に逃げずに向き合っていく必要があるように思います。その際の議論を、視聴データの適切な取り扱いという狭いところに押し込めず、もうすこし幅広に議論していくきっかけにはできないでしょうか。
 また、話は更に大きくなりますが、もう一点指摘しておきたいと思います。“目立たせる後押し”の施策がCTVの場合、そもそもテレビですので、後押しする事業者が放送局に限定されるということは、ある程度は納得感もあると思います。しかし、ネット上のプラットフォームの場合はどうでしょうか。ラジオ、新聞や雑誌等の活字メディア、ネットコンテンツ等、あまた存在するメディアの中で、公共を標榜し、それを実践してユーザーから信頼を得ている事業者は少なくありません。なぜ放送局、それも地上放送局のみが、他のコンテンツと区別されて後押しされることになるのでしょうか。放送法によって規律されているという根拠は、多メディア時代においてどこまでユーザーに通用するのか、地上放送が今後もどこまで信頼に足るメディアとして存在し続けられる保証があるのか、そのために目に見える形で努力が続けられているのか、このあたりは大きく問われてくるのではないかと思います。
 つまり、デジタル情報空間における日本版プロミネンス・ルールをどう考えるかというテーマは、これまでの部分規制論を超えた、新たな公共メディアサービスの姿を考えていくという議論にもつながってくると思うのです 28)。テレビメーカーやプラットフォーム事業者、地上放送以外のメディア、そして何よりユーザーにとって、納得感のある議論をどこまで積み上げていくことができるのか、今後始まる議論に注目しています。

③ 公共放送WGの論点

 在り方検の「攻めの戦略」である、放送コンテンツのネット配信を政策的にどのような姿で促進させていくのか、そのもう1つの柱がネット時代における公共放送の役割に関する検討です。
 NHKは今年4月から5月にかけて、テレビを全く、あるいはほとんど見ない約3000人を中心に、公共メディアとして番組や情報をネットで届ける意義や役割について検証する社会実証(第一期)を行いました。情報を正しく・偏りなく理解することを支援する機能や、 偏ったレコメンドを避ける機能等7項目を用意し、アンケート形式で、その機能が社会にとって、もしくは自分にとって有用かどうかを尋ねました。第一期の結果報告 29)については既に実施済みで、今秋にはUIやUX等の使い勝手について検証する第二期の実証を行うことになっています。先出の自民党の放送法小委の第三次提言では、「NHKによる社会実証の結果も踏まえ、インターネット活用業務を、放送の補完ではなく、NHKの本来業務とすべきかどうか、本来業務とする場合にはその範囲をどのように設定するのかも含めて検討すること」とされています。
 今月13日に行われた寺田総務相の閣議後会見 30)では、公共放送WG発足に際し、記者から次のような質問が出されました。「ユーザーである国民としては、いわゆるネット受信料を導入されるのではないかということが関心事(中略)。本来業務化によってネット受信料を導入することが自然な流れになりうるのか、あくまで別個の議論として慎重に考えるべきか」。この問いかけに対し、総務相は、今後の受信料のあり方についても含めて公共放送WGで議論していくと答えています。明日の初回のWGで論点とスケジュールが提示されると思いますので、改めてブログで議論の内容をまとめていきたいと思います。
また、会長の常設諮問機関である「NHK受信料制度等検討委員会」におかれた「次世代NHKに関する専門小委員会(第2次)」の議論にも注目していきたいと思っています。そこでは、イギリスを始め、欧州各国でPSM(公共サービスメディア)のデジタル戦略についての議論が開始されていることを受け、日本でも国内のPSM像をどのように考えていくべきかを議論すべき、という問題提起が行われています。そして、日本版PSM像を考えていくにあたっては、NHKが公共メディアとしてどうあるべきかだけでなく、民放との関係性や、新聞等の伝統メディアをどう位置付けるのかといった視点も持たなければならないのでは、という議論が始まっています 31)。この議論はまさに、在り方検の「攻めの戦略」の2つのWGをつなぐものだと感じています。

 今回のブログでは、在り方検の取りまとめを受けて、私なりに少し大きな論点を提示してみました。まだ調査や取材が至らない点も多いので、引き続き学びながら、できるだけわかりやすく発信していきたいと思っています。


1) https://www.soumu.go.jp/main_content/000828826.pdf
2) https://www.soumu.go.jp/main_content/000832589.pdf p17
3) このキーワードは、「放送分野の視聴データの活用とプライバシー保護の在り方に関する検討会」第7回で示された「配信サービスに対するガイドラインの適用関係の検討の方向性」の中で示されている
4) 9月13日の総務相の閣議後会見 https://www.soumu.go.jp/menu_news/kaiken/01koho01_02001169.html
5)https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/digital_hososeido/02ryutsu07_04000322.html
6) 「守りの戦略」についての整理は、8月25日の文研ブログを参照
7) https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/viewership_data/index.html
8) 視聴データ検 第4回会合議事要旨より
9) データ放送の画面を経由して、視聴したチャンネルや日時、IPアドレス等の個人に関連する情報、「非特定視聴履歴」を収集。ユーザーが同意しない場合には収集をストップすることができる、"オプトアウト形式"で実施中。これとは別に、それぞれの局が、名前(ニックネーム)・年齢・メールアドレス・住所等、個人を特定できる情報、「特定視聴履歴」も収集。こちらは、ユーザーの同意を必要とする"オプトイン形式"で実施され、民放の場合は、TVerのIDとの連携などが行われている
10) https://www.soumu.go.jp/main_content/000797516.pdf
11) データ検では、このガイドライン改訂を巡り、放送局としてデータを活用してどんなサービスを行うべきか、行うべきではないのか、各局のデータを共有するために提案された仕組み「共通NVRAM」にはどんな要件が必要なのかについて、視聴者の安心安全が確保されるのかという観点から厳しい議論が行われていた。こちらについては、後日「放送研究と調査」でしっかり触れていきたい
12) 視聴データ検 第6回議事要旨より
13) 視聴データ検 第4回議事要旨より
14) https://www.soumu.go.jp/main_content/000805614.pdf
15) 放送局におけるネットでの動画広告収入は年率150%を超える伸びを記録しているものの、放送局の広告費全体に占める割合は約5%にすぎない
16) 放送番組のインターネット同時配信等に係る権利処理の円滑化に関するワーキングチーム報告書「放送番組のインターネット同時配信等に係る権利処理の円滑化に関する制度改正等について」
17) https://www.soumu.go.jp/main_content/000811235.pdf
18) https://www.nhk.or.jp/bunken/research/domestic/pdf/20220701_7.pdf
19) なお、原稿執筆の際に確認していた視聴データ検の議事要旨では、講じる施策について、「非対称措置」ではなく「インセンティブ」と呼称されていた
20) 非対称措置について議論された視聴データ検では、このプロミネンス・ルールについての議論は行われておらず、在り方検で少し触れられていただけであるため、私の推察とした
21) https://www.soumu.go.jp/main_content/000782843.pdf
また飯塚氏は、『ジュリスト』(2022年9月号)の「通信・放送・メディアの在り方」という座談会の中でも、このルールについて詳細に発言している
22) チャンネル4、ウェールズ語放送(S4C)、民放大手(ITVとチャンネル5)、スコットランドの民放(STV)
23) 公共サービスメディア(PSM)のこと。Ofcomは去年、政府に対し、公共サービス放送(PSB)から公共サービスメディア(PSM)への移行を支援するよう、PSMの目的を定めることを提言している
24) https://minpo.online/article/-ofcom.html
25) Up next - the government's vision for the broadcasting sector - GOV.UK (www.gov.uk)
26) https://minpo.online/article/it.html
27) https://www.soumu.go.jp/main_content/000536353.pdf P13
28) こうした観点で、私が興味深く感じた論考を『ジュリスト』(2022年8月号)から2本紹介しておきたい
  長谷部恭男「デジタル情報空間における放送と放送法制」
  水谷瑛嗣郎「放送法制から見たデジタル情報空間」
29) https://www.nhk.or.jp/net-info/data/document/social_proof/social_proof_1st_results.pdf
30) https://www.soumu.go.jp/menu_news/kaiken/01koho01_02001169.html
31) https://www.nhk.or.jp/info/pr/kento/assets/pdf/sub_committee_2_04.pdf
メディアの動き 2022年09月12日 (月)

#420 この作品をコピーして使いたい ➡ 作者に連絡しても返事がない ➡ どうする!?   ~文化審議会「新しい権利処理の仕組み」議論から考える~

メディア研究部(メディア動向) 大髙 崇

 今日から宣伝部に配属されたあなたの最初の仕事が、販売促進イベントのポスターの制作になりました。素敵なポスターを期待しているよ、と上司に言われたあなたは、プレッシャーを感じたのか、どうもいい案が浮かばず、とりあえずインターネットであれこれ閲覧していると・・・。

 「おお、これは素敵だ! イベントのコンセプトにもぴったりだ!」

という写真画像とご対面。一瞬にしてポスターのイメージが浮かび、さっきまでのプレッシャーはどこへやら。俺って才能あるかもしれない。俺のハイスペ、やべえ。

(10分経過)

  できた!ポスターデザイン案! デキる男は仕事が早いぜ。写真を背景に宣伝文字をゴン攻めでレイアウトしたデザイン。このイベントは行きたくなる!・・・おい上司、見て驚け。

「部長、よろしいでしょうか。デザイン案を作りましたのでご確認お願いします」
「早いね。・・・・・・おお、いいねえ!」

 どうだ。どうだ! ボーナス今から楽しみだ‼

ところでこの写真許可取ってるよね? 著作権、大丈夫だよね?」 

 え?・・・げげ! 萎え~~。。。

 その場は何とか取り繕い、撮影者の写真家さんのホームページから秒で連絡先を見つけ出し、写真使用の許可お願いメール送信。・・・ふう。俺に乙。弱気に勝つ。もう終わっちまうのかい夏。あぁ~~、無事にOKもらえたらいいんだけど・・・。

(2日経過)

「ポスターデザイン、まだ?」
「ぶ、部長、すみません! ちょ、ちょっとお待ちください。もう少しいい感じになりそうなので、デザイン練り直してまして・・・」
「こだわるねえ。立派、立派。まぁでも、今日中にはお願いね」
「いやあ、お待たせしてすみません。は、今日中で。承知しました。どうぞご心配なく」

 ・・・あの写真家! 昨日も今日もメール送ったのに全然返信ねーし。ガチ無礼‼
 どうしよう。・・・いや待て。こっちは誠意を尽くしてお願いしてるし、返事をしないほうが悪いわけだし・・・。写真使っちゃっても許されるんじゃね? 時間切れってことで、いいんじゃね??

 なんだか3月まで放送していた「バラエティ生活笑百科」風になりますが(あ、すみません。この段から筆者本人に戻っています)、このような場合、写真を使用すれば、法律上、写真家(権利者)の著作権の侵害だといわれたら、反論するのは難しいでしょう。写真家が返事を怠っていたとしても、あなたは権利者から使用許諾を得ていない(権利処理をしていない)ことに変わりありません。 

 しかし、「返事がもらえないから使えない」というのも、モヤモヤ感は残りますね。
 著作権法の目的は、権利者を保護しつつ、文化の発展に寄与すること。そのバランスをどう図るかが肝ですが、IT技術の発達によって著作物の流通が飛躍的に伸びている今、もっと権利処理の仕組みをシンプルにしてほしい、という声が高まっています。

   時代のニーズに対応すべく、文化審議会の著作権分科会・法制度小委員会では現在、「新しい権利処理の仕組み」について、活発な議論が行われています。「返事がもらえないから使えない」状態も含め、権利者本人からの許諾がなくても、しかるべき手続きをすることで、暫定的に著作物を利用できるようにする「簡素で一元的な権利処理」の方策を検討しているのです。

 8月30日の第二回小委員会では、文化庁から制度化のイメージが示されました。(図)

2209_1_meda_1.png

 制度化のイメージでは、運用は以下のような流れを想定しています。
 著作物の利用を希望する人は、新たに創設予定の著作物の分野を横断した窓口組織に相談し、データベースを活用して権利者を探します。
①権利者が不明、②権利者の連絡先がわからない、または③利用に対する権利者の意思表示がないような場合、「新しい権利処理」の手続きへと進みます。利用者は使用料相当額を支払い、窓口組織はWEB上で公告(利用について広く一般に知らせること)をします。公告と並行して、利用者は「暫定的利用」を行うことができる、というものです。

   現行の著作権法では、上記の①②、すなわち、権利者が不明、連絡先がわからない、といった場合、著作物を利用できる道を開くための「著作権者不明等の場合の裁定制度(※2)」というものがあります。文化庁に対して所定の手続きを行い、使用料相当額の補償金を供託する(法務局に預ける)ことで、権利者に代わって文化庁長官が利用を認める「裁定」をする制度です。著作物の利用に国がお墨付きを与えるわけです。
   しかし、冒頭のポスターに写真を使いたいという例のように、権利者の連絡先はわかるけど③意思表示がない(返事がない)、もしかすると送ったメールを権利者がたまたま見ていなかっただけ、といった場合、裁定制度の申請対象にならない、ということが課題視されています。
  そこで、「新しい権利処理」では、③をカバーしようとしているのです。手続きや費用負担などもあわせて考えると、「新しい権利処理」が利用者の利便性を向上させ、利用の促進につながる期待が持てます。

  しかし、「新しい権利処理」は、お墨付きがない暫定的利用を始めてから権利者が意思表示をした場合、利用を停止させられるリスクも残ります。写真付きポスターの例でいえば、ポスターが完成し、あちこちに掲示したあとになって権利者である写真家から使用不可の連絡が来たら・・・、全部回収という最悪の事態も懸念されるのです。

  第二回小委員会では、出席した複数の委員から、
「権利者の意思表示とは何を指すか、もっと具体例を示して検討する必要がある」
「権利者から不許諾の意思表示があれば即、暫定的利用の停止となれば、利用者側が萎縮する恐れがある。一定期間の利用継続を認めるような設計が必要だ」などの声が上がりました。
  これまでにない制度改正案のため、さらに精査が必要になるでしょう。意思表示のほかにも、窓口組織やデータベースをどの程度「一元的」なものにできるか、など検討課題が残されています。小委員会の予定では、来年1月には報告書を取りまとめ、次期通常国会に法改正案の提出を目指しています。
  今回示されたイメージ通りになるのか、時代のニーズに沿った制度となるのか。私たち放送関係者にとっても、また、著作物を利用する誰にとっても大いに関係する議論です。今後も注視して、随時お伝えしていこうと思います。

2209_1_meda_2.jpg

※1 文化審議会著作権分科会法制度小委員会(第2回)「簡素で一元的な権利処理方策と対価還元の制度化イメージについて(案)」より
※2  著作権者不明等の場合の裁定制度(文化庁ホームページ参照)https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/seidokaisetsu/chosakukensha_fumei/

 

メディアの動き 2022年08月25日 (木)

#418 総務省「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」 取りまとめ公表を受けて⑵

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子

 本ブログは、8月5日に総務省「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会(在り方検)」が公表した「取りまとめ 1)」について整理する2回目です。取りまとめの5つの項目(図1)のうち、1回目は、⑴と⑵について考えました 2)。今回は、残りの⑶守りの戦略(放送ネットワークインフラの将来像)、⑷攻めの戦略(ネット配信の在り方)、⑸放送制度(経営の選択肢拡大等)のうち、⑶について取り上げます3)

murakami1.png 個別の整理に入る前に、地上放送の仕組みについて確認しておきたいと思います。図2-1は主な業務を私なりにまとめたものです。2010年の放送法改正で、放送サービスはハード・ソフト分離型 4) が原則となりましたが、地上放送 5) については事業者の強い要望もあり、これまで通り一致型を選択できる制度整備が行われました。現在、全ての地上放送事業者が、制作・編成・送出・伝送の業務を一体で行う一致型を選択しています。

murakami2.png 在り方検では、これらの業務のうち、送出・伝送部分に関する施策が中心に議論されました。そして、取りまとめでは、IP化の促進等によって、コスト負担を軽減して“守り”を固め、配信サービスを拡充して“攻め”を進めるという方向性(図2-2)が打ち出されました。今回のブログは守りの戦略について見ていきます。

murakami.png ◆ 守りの戦略―放送ネットワークインフラの将来像 ~踏み込んだ問題提起と残された論点~

1.
検討の背景

 放送局は、優れた番組を制作したり、正しい情報を伝達したりすることと同様に、放送波を確実に届けるための送信・伝送業務に取り組むプロフェッショナル達がいます  6)。放送波を確実に届けるには、「放送局の心臓部」と呼ばれる各局舎内に設置しているマスター設備(番組やCMをタイムテーブルに従って送出するシステム)と、放送波を届けるために設置している多くの中継局を事故なく運用することが不可欠です。これは、放送をユニバーサルサービスとして提供する地上放送事業者の最も大きな責務の一つです。 
 しかし、事業者の経営の先行きが不透明感を増す中、これらの設備の保有や維持に関する経費が個々の事業者の経営を圧迫しつつあるという課題を抱えていました。たとえば、マスター設備は10~15年毎に更新する必要がありますが、その都度、県域局と広域局で機能に差があるものの、数億~20億円程度 7)の投資をしなければなりません。ここ数年、各局で更新作業が続いており、早めに更新を済ませた在京キー局では、次期更新が2028年~30年頃に予定されています。また、中継局の維持経費は、民放連によれば民放127局あわせて年間約290億円、NHKによれば年間約230億円かかっているといいます 8) 。全ての経費のうちの約半分は、山間地等に設置されている、カバーエリアが狭く対象世帯数が少ない小規模中継局等の施設です。このうちミニサテについては2026年~28年頃に更新時期が迫っており、民放からは、更新時に受信料収入で民放分も負担できないかといった要望が出されていました。
 そのため在り方検では今回、守りの戦略(コスト負担の軽減策)として、1)マスター設備の将来像、2)中継局の保守・運用・維持管理のあり方、3)維持・更新費用が割高な小規模中継局等のエリアに対する伝送方法の大きく3点が検討されました。
 検討のもう1つの背景としては、IP化やデジタルテクノロジーの急速な進展がありました。マスター設備については集約化やクラウド化が進んでおり、大きな装置を局舎内に設置する“オンプレミス型”が唯一の選択肢ではなくなりつつあります。仮に外部に委ねることができれば、施設を置くスペースも必要なくなりますし、徹夜で監視作業にあたる等の業務の省力化も見込めます。また、放送局は全国津々浦々に放送波を伝送するために中継局を設置してきましたが、光ファイバの普及によって、通信インフラで代替する物理的環境も整いつつあります。2022年4月、国は「デジタル田園都市国家インフラ整備計画  9)」を公表し、2021年度末に99.3%だった光ファイバ世帯カバー率を2027年度末までに99.9%を目指すと掲げています。7月には電気通信事業法が改正され、有線ブロードバンドが「国民生活に不可欠であるため、あまねく日本全国における提供が確保されるべき電気通信サービス」と位置付けられ、整備のための交付金制度もできました  10)

2. 取りまとめの方向性と今後 1)マスター設備 2)中継局の維持・管理等

これまでも一部の事業者においては、制度上可能な範囲内で、マスター設備の集約化を試みたり、系列を超えて地域の局が共同で中継局の維持・管理にあたったりしてきました 11)。在り方検では、これらの取り組みの情報も共有されましたが、より踏み込んだ議論も行われました。たとえば、制度的にハード・ソフト分離型の欧州では、マスター機能を放送局に提供するマネージド会社、無線設備を保有・運用するハード会社、土地・鉄塔・電源等を所有するタワー会社が送信・伝送部分を担っている事例が紹介され、これらを日本はどう参考にしていくのか等が議論されました。
 これらの議論の結果、取りまとめでは、1)マスター設備については集約化・IP化・クラウド化、2)中継局の維持・管理等については共同利用型モデル、という方向性が示されました。(図3)

murakami30.png 1)については、コスト負担の軽減と、安全・信頼性の確保をどう両立させるかが今後の課題とされました。仮にクラウドを利用する場合には、マスター設備の利用者である事業者自身がリスクを把握、制御できるのかが問われるとの指摘がなされました。今後はこれらの技術要件の議論を進めると共に、民放では系列ネットワークを主とした検討が進んでいくものと思われます。
 2) については、共同利用型モデルの導入で、業務効率化・信頼性向上・コスト低減が期待され、各事業者はコンテンツ制作への注力が可能になるといったメリットが強調されました。一方、留意点としては、ハード事業者の収益性の確保があげられました。収益性の確保と密接に関わるのが対象設備の範囲です。小規模局だけでなく、効率のいい大規模局も束ねて業務を行っていかなければ、ハード事業者を作ったとしても経済合理性は見込めません。ただ、今回の取りまとめでは対象施設の範囲までは明記されませんでした。
 取りまとめに合わせて公表された意見募集の内容には、国からの施策の強制や義務化への反対の声も少なくありませんでした。個社の事情も勘案しつつも、広い視野で業界内連携のあり方を考え、イニシアチブをとって進めていく役割は誰が担うのか……。その際、既に民放と共同で多くの中継局の建設を行っているNHKの立ち位置や受信料の負担のあり方はどうあるべきか……。放送局の役割を、ハードからソフトへ、インフラからコンテンツへ、よりシフトチェンジしていくためには、業界内で系列やNHK・民放の垣根を超えて、主体的に議論を進めていく力が求められています。引き続き議論を注視していきたいと思います。

3. 取りまとめの方向性と今後 3)放送波のブロードバンド等代替

 守りの戦略としてもう1つ示された方向性が、3)の放送波のブロードバンド等代替でした。これについては、放送政策にとって大きな転換点となる内容だと感じたため、少し厚めに触れておきたいと思います。
 先ほど、放送波を伝送する中継局の維持経費のうち、約半分は小規模中継局等の施設であるということに触れました。これらの施設はどの位の世帯をカバーしているのかというと、NHKにおいては約2割、民放においては約1.5割となっています。一世帯あたりで換算すると、大規模局に比べて維持経費はかなり割高であることがわかります。そのため、小規模中継局等の施設では、番組の伝送を、放送波からブロードバンド等に代替した方が放送局のコスト負担の軽減になるのではないか、ということが検討されたのです。
 検討の最大のポイントは、代替の対象として、これまで制度上は放送として扱われてきたケーブルテレビネットワークやIPマルチキャスト方式だけでなく、制度上は通信として扱われ、「NHKプラス」「TVer」等のオープンインターネット上の配信サービスと同じIPユニキャスト方式が俎上にあげられ、検討の主眼となったということでした。ちなみに総務省は2018年にIP放送に関する技術基準を施行しているのですが、その際の前提は、事業者が放送と同一の品質を保証することができるIPマルチキャスト方式でした。一方、放送と比べて30秒近く遅れたり、アクセスが集中した場合には映像の画質が悪くなったり、場合によっては画面が固まってしまったりする、“ベストエフォート型”のサービスであるIPユニキャスト方式は、IP放送とは位置づけられませんでした。
 このIPユニキャスト方式を放送波の代替の検討の主眼に置くという方向性は、在り方検が始まった当初から明確に示されていました。光ファイバがユニバーサルサービスとなる時代において、伝送部分は放送と通信の垣根をなくし経済合理性で判断していこうという総務省の意思は理解できましたが、品質が保証されないIPユニキャスト方式を検討の主眼にするということについては、多くの関係者も当初、違和感を抱いており、私も腑に落ちていませんでした。
 そんな中、今年6月、私は幕張メッセで開催された「Interop Tokyo2022」の基調講演で、在り方検の「小規模中継局等のブロードバンド代替に関する作業チーム(作業チーム)」メンバーのクロサカタツヤ氏と一緒に登壇する機会を得ました。そこでクロサカ氏はIPユニキャスト方式を積極的に検討する理由について次のように語りました。「マルチキャストは一定の設備が必要であり、提供できる事業者も絞られる。(中略)これを放送インフラとして使って良いのかという議論はある。だが、ユニキャストならばどの事業者でも対応可能だ」「ユーザー目線に立てば、IPも放送も『いま使っているスマホの中』という印象だろう。ユーザーにとってシームレスに移行できる道を考えるべきでは無いか」12)。これを聞いて私は、IP化とは基本的にオープンなもので、多くの事業者が参加することで技術もサービスも向上していくこと、そしてサービスのあり方は特定の事業者ではなくユーザーが決めていくものであること、通信融合の垣根をなくしていくという本質はこういうことなのだ、ということに気づかされました。

 作業チームは今年2月から議論を開始し、これまで通り中継局から放送波で伝送する場合とブロードバンドで代替した場合の費用の比較を、NHKの小規模中継局以下の63施設の対象エリアを抽出してシミュレーションしました(図4)。内容の詳細は作業チームの取りまとめ 13)が別途公表されているのでそちらを確認いただければと思いますが、今後の人口減少も勘案すると、2040年にはミニサテの約半数のエリアにおいて、ブロードバンドで代替する経済合理性があるという結果が報告されました。

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 この試算では、放送アプリケーションの費用や、そもそも光ファイバが敷設されていないエリアでの整備に関わる一切の費用が計上されていないという点には留意する必要があります。また、対象エリアにおいてこれまで放送波経由でテレビを視聴していた視聴者は、ネット接続サービスを利用していなければ、回線を自宅に引き込んだりISPとの契約をしてもらったりする負担が伴ってきます。これをどのようなスキームで整備するのかによっても試算は変わってくる可能性があります。ただ、これまで漠然と、放送波より通信の方が、経済合理性が高いのではないかという指摘がなされてきた中で、こうした具体的なシミュレーションの結果が初めて公表されたことは、在り方検の大きな成果ではないかと思います。
 図5は、作業チームの取りまとめに示された制度面・運用面の課題です。先ほど、総務省は、伝送路においては通信と放送の垣根をなくし、経済合理性で判断していこうという意思があるのでは、と書きましたが、そのための放送制度をどのような姿にしていこうとしているのかについてはまだ見えません。通信として位置付けられており品質の厳密な保証も難しいと想定されるIPユニキャスト方式による代替を、放送法や著作権法でどのように位置づけていくのか。この問題は、そもそも放送の定義とは何か、ユニバーサルサービスとは何かという根源的なテーマにつながります。また、放送規律や受信料制度、既に行われている放送事業者による同時配信等の配信サービスやケーブル再放送サービス等との関係も整理していかなければなりません。言うまでもありませんが、対象となるエリアの受信者・視聴者にどのように理解を得、視聴のためのサポートをしていくのかも極めて重要なテーマです。

murakami10.jpg 今後の検討スケジュールとしては、特定の地域を対象に住民や自治体の協力を得ながら配信実験を行い、年度末に何等かの報告をまとめることが決まっているとのこと。制度面や運用の課題はその後、ということのようですが、総務省の検討を待たず、私なりに考えてみたいと思います。
 次回は、⑷攻めの戦略について整理していきます。

1) https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01ryutsu07_02000236.html 
2) https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2022/08/10/ 
3) 8月10日のブログでは2回で書くことを予告していたが、取りまとめの要素が多いことから回数を増やした
4) ソフト事業者は放送法の基幹放送事業者の認定を受けた「基幹放送事業者」、ハード事業者は電波法の基幹放送局の免許を受けた「基幹放送提供事業者」。ソフト事業者はハード事業者から設備の提供を受けて事業を行う。ソフト事業とハード事業の分界点だが、送出設備については、事業者が全部または一部をハードもしくはソフトのいずれかに含むかを選択できることになっている(放送法施行規則第3条)
5) 正式には「特定地上基幹放送局」を指す
6) こうした放送技術に関する人材の育成、確保も近年大きな課題となっている
7) 民放ローカル局の場合、広域局で20億程度、県域局で6億程度という(独自ヒアリングによる。系列により異なると思われるのであくまで参考値として提示)。この他に民放は、送出のために営放(営業放送)システムも必要で、こちらも億単位の投資が必要となる。
8) 中継局の年間の維持費用については、民放連、NHKが在り方検で報告した数字を用いた
9) https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban01_02000042.html 
10) https://www.soumu.go.jp/main_content/000821000.pdf P5
11) マスター設備については、JNN系列で、あいテレビ(愛媛県)と中国放送(広島県)ではセントラルキャスティング方式(地域ブロック内で親局を決め、系列局のネット番組やCMの送出を親局が一括管理)が採用されていた時期があった。中継局の維持管理については、在京、在阪、青森県、長崎県等で系列を超えて共同でメンテナンス会社を設立したり業務委託したりするなどの取り組みが行われている。
12) この基調講演の詳細は、Screens「Interop Tokyo 2022基調講演「IP化時代における放送の将来像」レポート」に再掲されている。
前編 https://www.screens-lab.jp/article/28116 
中編 https://www.screens-lab.jp/article/28117 
後編 https://www.screens-lab.jp/article/28118 
13) https://www.soumu.go.jp/main_content/000827791.pdf

メディアの動き 2022年08月10日 (水)

#413 総務省「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」 取りまとめ公表を受けて(1)

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子

 8月5日、総務省の「デジタル時代における放送政策の在り方に関する検討会(在り方検)」が、去年11月から約8か月間の議論を踏まえた「取りまとめ」を公表しました1)。私はこれまで、このブログで過去5回2)、そして8月1日にWEBに全文を公開した『放送研究と調査』7月号の「これからの“放送”はどこに向かうのか? Vol.7 ~諸課題検から在り方検へ~3)で議論を整理し、認識を提示してきました。公開された取りまとめについて、2回に分けて私なりに図表を示しながら整理しておきたいと思います。

議論の全体像

 図1が在り方検が公表した取りまとめの概要です。内容は大きく5つに分かれていましたので、それに従って、⑴環境変化、⑵意義・役割、⑶守りの戦略、⑷攻めの戦略、⑸放送制度の順に見ていきます。1回目の今回は、⑴⑵についてです。

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 (1)    「放送を取り巻く環境の変化」~6つのモデルとその課題から確認する~

 取りまとめでは、放送を取り巻く環境の変化を、視聴動向・サービス・ビジネスの分野におけるデジタルシフトの進展と、人口減少等、深刻化する日本社会の課題という2点を軸に述べていました。私は、これらの環境変化が地上放送の土台となってきたモデルをどのように揺るがし、どんな課題をつきつけているのかという観点で整理してみました。
 図2は、地上放送の土台となってきたモデルを私なりに6つに分けて示したものです。①テレビ端末に対して、②放送波を通じて、③民放は広告モデル、NHKは受信料制度のもと、④県域単位を原則としながら、⑤民放は系列ネットワークという仕組みを通じて、⑥NHKと民放の二元体制で実践してきた、としました。放送法という制度の下、長い歴史の中で、これらの6つのモデルが密接に絡み合いながら地上放送を形作ってきたといえましょう。なお、番組や情報等の放送内容については、次項目の「放送の意義・役割」のところで論じたいと思いますので、この図にはあえて入れていません。


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 この6つのモデルが、昨今の環境変化によってどのような課題に直面しているのかを示したのが図3です。以下、それぞれ見ていきます。

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 ①の課題については、もはや説明するまでもないと思いますが、個人的には、直近の内閣府「消費動向調査」で示された、29歳以下の世帯のテレビ所持率が80.9%という数字4)にはいささかショックを受けました。
 ②の課題は、在り方検で最も大きな論点の1つとなりました。テレビは一度に1000万人を超える同時視聴を可能とする絶大なリーチ力を誇るメディアであり、その力は今も他のメディアの追随を許しません。そのリーチ力を支えてきたのは、全国津々浦々に設置している、放送波を届ける中継局等のインフラです。しかし、このインフラ維持のコストが事業者に重くのしかかり、経営を圧迫しているのです。加えて放送波は、“放って送る”という言葉通り、一方向が大きな特徴です。そのため、双方向が前提のネットサービスと比べて、ユーザーデータを入手することが技術的に難しいといったこと等もあり、活用が進んでいない現状があります。このことは、特に民放の広告ビジネスにとって極めて大きな課題となっています。
 それを示しているのが③です。電通「2021年 日本の広告費5)」によれば、2021年の地上波テレビ広告費は、コロナ禍で大きな影響を受けた2020年に比べて大幅に回復しました。ただ、ネット広告費の継続的な伸長によって、地上波テレビ広告費は長期的には低下傾向が続くことが考えられます。また、地上放送事業者はネット広告、特に配信サービスにおける動画広告の取り組みを積極的に進めており、毎年150%近い成長が続いています。しかし、金額ベースでみれば、地上放送の広告費全体の1.5%程度という厳しい現実があります。
 NHKの受信料制度については、先に触れた通り、テレビ端末を所持しない層が確実に増えてきています。加えて最近では、チューナーが内蔵されていないモニターが人気を博しており、これは今後のトレンドとして避けられない状況になっていくと思われます。また受信料の額についても、OTTサービスの浸透等もあいまって、視聴者からこれまで以上に厳しい目が向けられています。
 ②と共に、在り方検で大きな議論となったのが④の課題でした。少子高齢化や人口減少、それに伴う地方経済の縮小によって、銀行、大学、鉄道等、あらゆる産業や公共サービスは事業継続のために合併や統廃合等を行っています。では、県域を基本的な放送対象地域としてビジネスを展開しているローカル局は今後どのような姿になっていくのか、いくべきなのか……。このテーマも長らく課題として指摘されながら、放送制度の議論としては、これまでほとんど触れられてきませんでした。
 ⑤もローカル局に関わる課題です。系列ネットワークに属するローカル局は、キー局等の番組をそれぞれの放送対象地域の世帯に届けることで、キー局からネット配分金を得ています。加えて、キー局等が制作した過去番組を安価に購入し、それらと自社制作の地域番組を組み合わせる形でチャンネル編成をおこなってきました。しかし、キー局等が制作した番組をネット経由で全国どこでも視聴できる環境は広がっており、今年4月からはTVerを通じて、キー局系5局のゴールデン・プライムタイムのリアルタイム配信も始まりました。また、キー局から支払われるネット配分金も年々減少してきています。こうした中、ローカル局はどれだけ自社で番組を制作しているのか、地域の企業等からどれだけ収入を得ているのか、また、番組制作以外にどれだけ地域に根を張ったサービスを行っているのかということが、地域メディアとして生き残っていく上で、これまで以上に重要になってきているのです。
 ⑥は、在り方検の前に開催されていた「放送を巡る諸課題に関する検討会」の時からの懸案のテーマです。特に、ネット上でNHKと民放の共通プラットフォームを作るということは、“べき論”として5年以上前から提起されてきました。現在、民放では、5年前に開始した民放公式配信サービスのTVerが存在感を増しており、NHKでは、2年前から受信料契約世帯向けの同時・見逃し配信サービス、「NHK+」が提供される等、それぞれはネット上での展開を進めて来ています。しかし、両者の連携は極めて限定的なものに留まっています。これまで長らく二元体制で実践してきた“放送の公共性”を、拡大するデジタル情報空間の中でどのような姿で示していくのか、その答えは見えていません。

(2)    デジタル時代における放送の意義・役割 ~繰り返されたキーワードとセンテンス~

 約8か月間の在り方検の議論で最も頻繁に登場したキーワードの1つは、「インフォメーション・ヘルス(情報的健康)」だったと思います。これは、フェイクニュースやアテンションエコノミー6)等、デジタル情報空間で起きている様々な問題に対して、人々は多様な情報にバランスよく触れることで一定の免疫力(批判的能力)を獲得する必要がある、このことを広く伝えるために生み出された造語です7)。在り方検では、インフォメーション・ヘルスの確保という点において、放送に対する期待はむしろ以前よりも増しているのではないか、という文脈で用いられていました。

 取りまとめでは、期待される放送の価値について、「取材や編集に裏打ちされた信頼性の高い情報発信、「知る自由」の保障、「社会の基本情報」の共有や多様な価値観に対する相互理解の促進」という形で表現しています。私は取りまとめを最初に読んだ際、このセンテンスが繰り返されていることが気になり、数を数えてみたところ、実に9回も登場していました。このことからも、今回の取りまとめではいかにこの価値を強調しておきたかったのかが伺えます。
 放送業界に身を置く者として、このような形で価値を評価してもらえることは素直にありがたいと思います。また、放送の持続的な維持・発展のために制度の在り方を検討するという、在り方検としての命題にもかなった議論が進められたとも受け止めています。一方で、今回の議論では、ネット上に流通する情報やサービスに関する課題はクローズアップされましたが、放送事業者が提供する番組や情報の内容に関する課題についてはほとんど指摘されることはありませんでした。これだけ多様なメディアがひしめきあい、あらゆる情報がネット経由で入手できる時代に、放送事業者はどこまで信頼性の高い情報を社会に提供できているのか、期待に応えられる役割が実現できているのか、自ら省みる姿勢を忘れてはならないと思います。取りまとめに甘んじることのないよう、自戒を込めてあえて述べておきます。
 また、今回の取りまとめは、インフォメーション・ヘルスの確保がかなり強調される内容となっていましたが、在り方検の議論では、放送の意義・役割について 裾野の広い有意義な議論が行われていました。私も改めて認識を深める契機になりましたので、図4では取りまとめで触れられていなかった内容も含めて、私なりに整理しておきました。

konnititekiyakuwari8.png
 次回は下記の項目をとり上げ、より深く、取りまとめの内容を整理していきたいと思います。

(3)守りの戦略―放送ネットワークインフラの将来像 ~踏み込んだ問題提起と残された論点~

(4)攻めの戦略―放送コンテンツのインターネット配信の在り方 ~本格的な議論は秋以降に~

(5)放送制度の在り方 ~地域メディア機能の再定義~

 

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1)  https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01ryutsu07_02000236.html 

2) 「文研ブログ#352 総務省で新たな検討会開始。どこまで踏み込んだ議論が行われるのか?」(2021年12月1日)https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2021/12/01/ 

 「文研ブログ#359 総務省「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」これまでの議論を振り返る」(2022年1月20日)https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2022/01/20/ 

   「文研ブログ♯366 民放ローカル局の将来と地域情報の確保を巡る課題~「在り方検」第4回から~」(2022年2月10日)https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2022/02/10/ 

 「文研ブログ♯374 マス排&放送対象地域の見直しは何のため?~「在り方検」第5回から~」(2022年3月7日)https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2022/03/07/  

   「文研ブログ♯375 政策目的の実現のためにどう政策手段を見直すか?~「在り方検」第6回から~」(2022年3月11日)https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2022/03/11/ 

3)  https://www.nhk.or.jp/bunken/research/domestic/20220701_7.html
4)  https://www.soumu.go.jp/main_content/000828943.pdf P10
5)  https://www.dentsu.co.jp/news/release/2022/0224-010496.html 
6)  情報の優劣より人々の関心や注目を獲得することそのものが経済的価値になっていくこと
7) 詳細は……鳥海不二夫・山本龍彦「共同提言「健全な言論プラットフォームに向けて ―デジタル・ダイエット宣言 ver.1.0」」(2022年1月)  https://www.kgri.keio.ac.jp/docs/S2101202201.pdf