文研ブログ

メディアの動き

メディアの動き 2020年06月01日 (月)

#252 新型コロナウイルス感染拡大に対応するメディア連携の広がり~世界の動きから(2)

メディア研究部(海外メディア研究) 青木紀美子

 

 5月14日、15日にアメリカ、ニュージャージー州立モントクレア大学のCenter for Cooperative Media (1) の主催で、ジャーナリズムにおける連携について話し合うオンラインの国際会議(2020 Collaborative Journalism Summit)(2) が開催されました。参加者は、国境を超えた国際的な連携から地域に特化したローカル連携まで、幅広い取材連携について、それぞれが経験を通して学んだことを共有しました。連携の内容は多岐にわたり、気候変動やアメリカ大統領選挙、自治体首長の公約履行など多角的な検証が必要なテーマや、性犯罪の訴追や自殺の予防といった根が深い社会問題への対応策などに加え、新型コロナウイルスに関わる報道にも及びました。

 新型コロナウイルスの感染拡大は、信頼できる情報への需要を高め、テレビニュースの視聴者、新聞やオンラインニュースの読者を世界的に増やしています。その一方で経済の停滞でメディアの広告収入は減り、アメリカでは記者の解雇や給与削減、一時帰休などが広がっています。少なくなった要員で必要とされる情報を取材・報道していくためには、競争よりも協力、取材の重複を避けた分担も必要だという判断が、連携の追い風にもなっています。このブログでも、真偽を見極めるのが難しい情報の氾濫「インフォデミック」に立ち向かうファクトチェック連携などの動きについて先にお伝えしましたが、誤情報・偽情報に関する対応以外の分野でも、連携の試みが増えています。

0601001.png
    連携プロジェクトについて話し合うコロラド州のジャーナリストたち(3) 

 国際会議で紹介された連携のひとつは、アメリカ西部コロラド州のColorado News Collaborative (COLab)(4) です。公共ラジオColorado Public RadioやDenver Post紙をはじめ、AP通信、商業テレビ、オンラインニュースなど40以上のメディアが、AP通信によって開発されたプラットフォームAP StoryShareを使って4月から新型コロナウイルスに関連する記事を交換しています。このうち22のメディアは、「COVID Diaries Colorado」(コロラドの新型コロナウイルス日記)(5)という特集の取材でも協力しました。感染拡大が続き、死者も増える最中の4月16日、州内各地で、患者やその家族、医師や看護師、教員や商店主、さらに失業した人や乳幼児を持つ親など様々な立場の市民の1日を取材しました。手分けして取材対象を探し、起きてから寝るまでの‘動画日記’のスマホ収録を依頼。この動画を含めた材料と情報を共有し、それぞれが記事にすることで、人々の身に迫る危機の影響を多角的に描き、60本近い記事や動画を集めたウェブサイト「A Day in the Pandemic」(パンデミックの中の1日)も設けました。 

0601002-1.png
       Colorado News Collaborative  (COLab) のウェブサイトから

  東部ペンシルベニア州のフィラデルフィアでは、テレビ、ラジオ、新聞、オンラインニュースなど20以上のメディアが参加する連携ネットワークResolve Philly (6) が、新たに「Equally Informed Philly」(7)というプロジェクトを開始しました。貧困の問題を継続的に報道してきたこのネットワークは、パンデミックの危機に際し、貧富の格差や言語の壁が情報格差につながってはいけないという考えに立ち、誰もが等しく必要な情報を入手できる環境づくりをめざしています。Equally Informed Phillyは、市民からの質問を受け付け、各社の記事などをもとに疑問に答える情報のアーカイブを設けるほか、アーティストの協力も得て、感染予防に重要な情報を伝達するためのポスターやチラシなども作り、これを英語だけでなく、スペイン語やベトナム語など、あわせて5つの言語での提供する計画です。

0601003-1.png
「市民がつくる‘よくある質問集’」 Equally Informed Philly のウェブサイトから

  連邦政府や州政府の対応に関わる情報の入手と開示を目的にした連携もあります。The COVID Tracking Project  (8) は、州ごとに異なる形式で発表されている検査の実施数、陽性率や入院患者数などを全米のジャーナリストや研究者らが協力して集め、公開する連携プロジェクトです。3月にThe Atlantic誌の記者らが始めたもので、その後も連邦政府による同様の情報のとりまとめがないため、協力者を募って継続しており、世界的に利用されているJohns Hopkins大学のコロナウイルスのデータベースの情報源のひとつにもなっています。アメリカでは人口対比で黒人の死者が多いことなど、格差による感染拡大の影響の差異も明らかにしていくため、プロジェクトでは各州政府に対し、より詳細な情報を求めるとともに、独自の指標を設けて州政府の情報公開の度合いを評価しています。
 また、連邦政府の経済対策の柱の一つ、中小企業への低金利融資制度について、市民は巨額の税金が適切に使われているかを知る権利があるとして、Washington Post、BloombergやProPublicaなどアメリカの有力メディア5社が、この制度にもとづく支援を受けた事業者名や融資の金額などを開示するよう求める訴訟を起こしました (9)個別に行っていた情報公開請求にアメリカ中小企業庁が応じなかったため、連携しての訴訟に踏み切ったものです。

 今回の危機では、政府や自治体などが発表する情報がまちまち、不十分でわかりにくい、外出自粛のため社会で何が起きているのかが見えにくい、偽情報が拡散されて人命が脅かされる、といった状況が各国で生じています。経験したことのない事態に直面した人々が的確な判断をできるよう、メディアが信頼に足る情報を届ける公共サービスとしての役割を果たしていくために連携する意義は大きく、さまざまな可能性があることがアメリカの試みからうかがえます。取材力だけなく、発信力の面でも強みを持ち寄り、より幅広い社会の層に情報を届けることが危機を乗り越えていくために重要になっています。

 連携ジャーナリズムのバーチャル・サミットを主催したCenter for Cooperative Mediaのセンター長、ステファニー・マレイさんによると、アメリカでは、これまでに活動してきた連携ネットワークだけでなく、新型コロナウイルスの感染拡大を機に新たな連携を開始するメディアも増えています。コロラドにおけるメディア連携の推進者の1人、Colorado Media Project (10) のメリッサ・デイビスさんは、参加したジャーナリストたちは力をあわせることで地域社会のためにより大きく意味ある仕事ができると感じ、人員削減などの厳しい状況に直面する中でも、今後への希望と意欲を持ち直す経験になっていると話しています。

 

1) Center for Cooperative Media    https://centerforcooperativemedia.org/

2) 2020 Collaborative Journalism Summit   https://collaborativejournalism.org/cjs2020/

3) Melissa Milios Davis(2020/4/25) Local News Collaboration in the Time of COVID

   https://medium.com/colorado-media-project/collaboration-in-the-time-of-covid-90a6f6026ed5

4) Colorado News Collaborative (COLab)  https://coloradomediaproject.com/colab

5) COVID Diaries Colorado   https://colabnews.co/

6) Resolve Philly   https://resolvephilly.org/

7) Equally Informed Project   https://equallyinformed.com/

8) The COVID Tracking Project  https://covidtracking.com/

9) The Post among five news organizations suing Small Business Administration for access to loan data (2020/5/13)

   https://www.washingtonpost.com/business/2020/05/12/sba-foia-lawsuit/

10) Colorado Media Project   https://coloradomediaproject.com/


メディアの動き 2020年05月29日 (金)

#251 ファクトチェックと風刺

メディア研究部(海外メディア研究) 塩﨑隆敏

 

 「ファクトチェック」という言葉が最近、よく使われるようになってきました。ファクトチェックとは、記事に含まれる言説やデータの信憑性を確かめ、内容について、“正”“誤”“ミスリード”といった表現を用いて判定するものです。対象となるのは、もちろん疑わしい情報です。広告収入を得るため、派手な見出しを付け、虚偽の情報を発信する人が世界中にいますから、日々、そうした情報に向き合いファクトチェックを行う「ファクトチェッカー」と呼ばれる人たちも活躍しています。

 『放送研究と調査』2020年4月号で、2019年12月にシンガポールで開かれたアジアのメディア関係者の国際会議、「APAC Trusted Media Summit」について報告しました。各地のファクトチェッカーたちも参加したあるセッションで、あまり聞き慣れない英単語を耳にしました。Satireです。辞書を引いてみると(政治・時事問題などについての)風刺、皮肉と出てきました。

 風刺は、新聞の風刺漫画や挿絵など、ジャーナリズムと深い関わりを持っています。パロディーとともに、時の権力や有力者を揶揄したり、世の中の本音をあぶり出したりと、ジャーナリズムの批判精神を体現してきた存在です。風刺とファクトチェックにいったい何の関係があるのか、興味を覚えました。 

 風刺やパロディーは、もともと“事実ではない事柄”です。架空の話だったり、内容が誇張されたりした言説も含まれます。パンチの効いた風刺や皮肉は、重苦しい空気を笑い飛ばす力を持っていますが、読者の側にも意図を読み解くメディア・リテラシーが必要になります。風刺の記事をSNSに投稿すると多くの人の目にとまります。ところが、一部分だけが取り上げられ、人々に共有されるうちに、風刺やパロディーだったはずのものが、どこかの段階で、あたかも事実であるかのように広まっていくことがあります。なかには、風刺であることを故意に隠して偽情報を広める人までいます。

 とはいえ、風刺は、そもそも「事実」ではないので、ファクトチェックの対象と一線を画すべきものだと講師は説明していましたファクトチェックを進めている人たちの間では、以前からこの点を論じてきたようです 1)。風刺やパロディーは「芸術の形の1つ」としてみなし、ファクトチェックの中で、きちんと切り離して考えていく必要があるのだと、講師は強調していました。会議に参加するまで考えてもみなかったことでした。

 ただ、時として風刺は思わぬ事態も招きます。2015年にはイスラム教の預言者を風刺する漫画を載せたフランスの新聞社「シャルリ・エブド」への襲撃事件も起きています。表現の自由やリテラシーといった点以外からも議論する必要があります。極端な例はともかくとして、ファクトチェックにしても風刺にしても、根底に共通しているのは批判精神であると考えます。さまざまな情報が瞬時に世界を駆け巡る今だからこそ、ジャーナリズムやメディアにとって、批判精神が出発点であることを会議の議論から共有できたと感じています。

1) https://firstdraftnews.org/latest/fake-news-complicated/


 

 

メディアの動き 2020年05月22日 (金)

#249 放送局とメディア・リテラシーの歴史を振り返る

メディア研究部(番組研究) 宇治橋祐之

 

 新型コロナ感染拡大防止に伴う緊急事態宣言で、4月から5月は多くの人が在宅で過ごされたことと思います。家にいる時間が長くなるとメディアに接する時間も長くなり、テレビを見る時間や、スマートフォンやパソコンでインターネットに接する時間も通常より長くなっています。(こうした調査結果は今後の『放送研究と調査』でも報告が出る予定です。)

  メディアに接する時間が長くなると、メディアについて考えたり、疑問をもったりすることも出てくるでしょう。今こそメディア・リテラシーが必要だという声も、ネットで目にする機会が多くなりました。メディア・リテラシーとは具体的にはどういうことなのでしょうか。

  メディア・リテラシーという言葉は、ユネスコやEUなどがそれぞれに定義を示しており、また情報リテラシーやデジタルリテラシーというような用語も使われています。それぞれの定義には共通する部分も多いのですが、現状では多義的な言葉と言えそうです。

  日本ではメディア・リテラシーという言葉は「マスメディアが伝える情報を批判的に読み解く能力」という意味合いでとらえられることが多く、1990年代後半から広く使われるようになりました。この時期にNHKや民放でメディア・リテラシーに関する取り組みが進み、「放送分野における青少年とメディア・リテラシーに関する調査研究会 報告書」(2000年6月)では、下記の3つを構成要素とする複合的な能力として定義しています。

1.メディアを主体的に読み解く能力。

2.メディアにアクセスし、活用する能力。

3.メディアを通じてコミュニケーションを創造する能力。

  特に、情報の読み手との相互作用的(インタラクティブ) コミュニケーション能力。

「読解力」、「活用力」、「創造力」の3つの力の「相互作用」がメディア・リテラシーあるということになります。

 

 放送を通して、メディア・リテラシーについて、学んでもらう取り組みも行われています。NHKでは2001年度から、メディア・リテラシー教育に関する番組を放送しています。現在は『メディアタイムズ』というタイトルで、放送とあわせてウェブサイトNHK for Schoolでも動画を公開しています。

 番組はドラマパートから始まります。舞台は様々なメディアを取材する架空の映像制作会社メディアタイムズです。続くドキュメンタリーパートで、新聞やテレビ、ネットニュースなどメディアの現場を紹介。最後に再びドラマパートに戻って「メディアとの向き合い方を考える問い」を提示します。メディアのあり方について「対話」を通じて考え続け、ゆるやかな合意を形成していくことを重視しています。

 

『メディアタイムズ』

0522.JPG

 

 『放送研究と調査』4月号「テレビの読み解きからネットでのコミュニケーションまで~放送局のメディア・リテラシーへの取り組みの変遷~」では、こうした放送局のメディア・リテラシーへの取り組みの歴史をまとめています。

 メディアに接する時間が長いこの時期、今回紹介した番組や論考を通してメディア・リテラシーとは何かを考えてもらえると嬉しいです。

 

 

メディアの動き 2020年05月01日 (金)

#247 「公共放送の在り方に関する検討分科会」始まる~構成員の3人(宍戸常寿氏、西田亮介氏、林秀弥氏)からのコメント~

メディア研究部(メディア動向)村上圭子

 4月17日、総務省の「放送を巡る諸課題に関する検討会(諸課題検)」に「公共放送の在り方に関する検討分科会(公共放送分科会)」が立ち上がりました。これまで議論が行われてきたNHKの三位一体改革(業務・受信料・ガバナンス)に加えて、受信料制度のあり方そのものについて議論が始まることになります。
*総務省ホームページ
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/housou_kadai/02ryutsu07_04000232.html

 本ブログでは、NHKに関する現状認識や今後の議論に何を期待するか等について、東京大学大学院の宍戸常寿教授、東京工業大学の西田亮介准教授、名古屋大学大学院の林秀弥教授にコメントを寄せていただきました。実はこのお三方については、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため中止した「文研フォーラム2020」にご登壇いただく予定でした。偶然にもお三方とも公共放送分科会の構成員に就任されたので、これを機にコメントをいただきました。以下、いただいた内容を筆者なりに整理して皆さんと共有したいと思います。

 まず、林氏からは、これまでの常時同時配信を巡るNHKの姿勢について厳しい指摘がありました。林氏は、総務省の電波監理審議会のメンバーであり、NHKが提出した「インターネット活用業務実施基準」の案が、総務大臣が認可をするのに適当かどうかを議論、判断する立場にあります。
050101.jpg

NHKの常時同時配信には、これまで一定の「ニーズ」がある、という言い方をされてきたかと思いますが、「ニーズ」をいうだけではだけでは私は少し弱いと思います。なぜ公共放送として、常時同時配信で提供したいのかという、理念的なところを国民視聴者にもっと訴えかける必要があったのではないかと思っています。(中略)常時同時配信はすでに走り出したわけですが、なぜNHKがやりたいと考えたのか、なぜやる必要があるのか、なぜ社会の役に立つのか、ということをもっと発信をしてほしいと思います。これは、常時同時配信に限らず、NHKの業務全般についていえることと存じます。NHKの説明責任といえばそれまでかもしれませんが、NHKは公共放送として、政治からも経済からも独立して国民みんなが支えるものという共通認識のもとに存在していると思いますので、通常の民間企業や公益企業以上に高いレベルの説明責任が課されていると思います。」



 政治とメディア、ジャーナリズムについて研究し、民放やネットメディアでも積極的に言論活動を行っている西田氏は、NHKに対しては以下のような現状認識をお持ちでした。
050105.jpg

「あるべき公共放送の姿やビジョンが明確にならないことには、公共放送の適正規模や適正な受信料も明確になりにくい。ただし注意したいのは、インターネット、スマホ、SNSの普及等、メディア環境は近年大きく変化している一方で、幾つかの理由でNHKの役割は減じていないどころか信頼される、質の高いコンテンツの提供者という意味では却って重要性を増しているようにも思える点である。(中略)実際、幾つかの調査を見ても、国民のNHKに対する信頼も総じて高い。厳密に実証されているとまではいえないが、その信頼は放送か、ネットかで分けられるものではなく、NHK全般に係るものと見なすことができるのではないか。そうであれば公共放送のあり方は、より広いコンテンツレイヤー全般に位置する「公共メディア」のあり方とあわせて考えていくことが好ましいようにも思えてくる。」

 
 諸課題検が開始した2015年の当初から構成員としてNHKを巡る議論に関わってきた宍戸氏は、今後の議論に臨むにあたり、受信料を負担する立場の国民・視聴者、そしてNHK議論について報じるメディアに対して以下のように訴えました。
050107.jpg

 まず国民・視聴者に対しては「メディア不信の矛先がNHKに集中的に向けられることもあるが、メディアの多元性が私たちの知る権利の実現や情報環境にとって決定的に重要であり、そのための仕組みである受信料制度について、国民・視聴者の側に、より深い理解が必要だと思う。」
報じるメディアに対しては「この間、NHKに対して「肥大化」という批判がされてきた。しかし、諸課題検で繰り返し指摘したように、何がNHKの適正規模かというベースがないままの「肥大化」批判は、あまりにも粗雑である。NHK改革を巡る記事には、依然として、「肥大化」という表現が踊っているように思われるので、改めて、報道に携わる方々に対しては、この点を強く訴えたい。」

 



 
受信料制度についても伺いました。宍戸氏は、「NHKを巡る議論には、一方に極端な廃止や全面スクランブル化論があり、他方にいわゆるドイツ型の全世帯受信料のような議論があるが、そもそも比較対象に挙げられる国や社会の文脈で公共放送が果たしている役割を具体的に踏まえた上で」議論すべきとし、NHKにとってはこれまでの方法を抜本的に見直すことになるような以下の問題提起を行いました。NHKがその公共放送としての役割を果たすために必要なチャンネル数という観点から、地上契約と衛星契約の二本立てをこのまま維持するのかどうか、2K減波やネットでの同時送信を含めて、契約の一本化やそれに伴う受信料額の引き下げと、全世帯が衛星放送を見られるための措置を検討してもよいのではないか。」

  競争政策がご専門の林氏は、「一部で主張されているNHKのスクランブル放送化は、有料放送市場における競争を措定するものですが、公共放送に求められている役割は、他の競争事業者と受信契約者を奪い合うという同一次元のゼロサム的な競争状態の創出ではなく、それとは異次元の競争概念ではないか、と思います。公共放送のあり方を論じるときには、経済的競争ではなくいわば「ジャーナリズム上の競争」を念頭に置く必要があると思います。その上で、民放とNHKが切磋琢磨していってほしいと思います」と述べています。

  確かに、NHKと民放による“ジャーナリズム上の競争”は、国民・視聴者の知る権利の充足のためにも不可欠だと筆者も考えます。ただ西田氏は、新聞社や民放各社はコストカットに注力しており、「将来的に現在のマスコミ各社の取材網や、コストがペイしにくい報道、ドキュメンタリー、教育番組等の制作、提供が現在の水準で維持できるのかは必ずしも自明ではない」とした上で、NHKに以下のような連携のあり方を問題提起しました「中長期のコンテンツの有効活用という観点でいえば、新聞業界における通信社のような役割についてもひとつ参考にできるのではないか。例えば民放各局の情報番組の制作現場では、データベースに保存、更新される自社等の記事、映像を組み合わせ、演出しながら、番組を制作している。もしNHKが民放各社、ネット企業等にも強力なネットワークで取材する記事、映像を提供するようになれば、利用可能な選択肢が増加し各社のコンテンツ制作力もいっそう豊かになるかもしれないし、より強みを特化させていけるかもしれない。NHKと民放、民間企業の連携のあり方として考えてみても面白いのではないか。」
大胆な問題提起ですが、NHKの取材した素材や制作したコンテンツ、アーカイブのオープン化については、公共放送の今後の役割として、この分科会の主要な論点になると筆者も考えています。

 林氏と宍戸氏は、NHKの今後のあり方について考えるということは同時に二元体制の一翼である民放の公共性について考えることでもあると述べています。
 林氏は「私は、公共放送にいう「公共」は、「主体」の公共性だけでなく、「役務」の公共性でもあるべきだと思っています。三位一体改革や受信料制度をはじめとする議論は、主に、公共放送の「主体」としてのNHKのあり方に関する議論でしたが、「役務」の公共性論についても議論が必要だと思います(もちろん番組編集の自主自律を前提にした話ではあります。)。そもそも、NHKと民間放送とは役務の性質という点では共通するわけで、二元体制の下では、NHKと民放の併存によって両者が車の両輪となって公共の福祉に寄与しており、その意味では、NHKのみを公共放送と呼ぶことはその意味ではある意味ミスリーディングではないかと思っております。NHKと民放が同種の役務を提供する中で、にもかかわらずそれでもやはり、NHKにしかできない公共放送の内容や役割は何か、という観点に立ち返って、NHKは放送に臨んでおられると思いますし、今後ともそうであってほしいと思います。」
 
宍戸氏は、放送の公共性を担う民放に期待することとして「今後は、民間放送が現在のメディア環境において、自らの活動の方向性を示し、それとの相関関係でNHKの業務の制限・縮小や、逆にNHKの協力を求めるというのが、健全な議論のあり方であると思われる。そうでなければ、放送制度と放送事業の総体が、人口・世帯減少とテレビ離れの中で、共倒れしていくことになるのではないか、危惧している」と述べています。

 お三方に共通していたのは、この分科会で公共放送とは何か、放送の公共性とは何かという本質的な議論をすべきだと考えていることでした。
「日本の放送制度の根本的問題に常に立ち返りながら各論を議論することが必要(宍戸氏)」
「そもそも論として「現代の公共放送はいかにあるべきか/いかなるものか」を問い直す必要があるのではないか(西田氏)」
「放送の根源的価値に根差した骨太の議論を期待します(林氏)」

 分科会の第一回では、これまでのNHKの三位一体改革の議論を基に、総務省がNHKの現状と課題をまとめた89ページにも及ぶ資料が公開されました。NHKの今後のあり方については、出来る限り国民、視聴者に関心を持ってもらい、開かれた議論をしていかなければならないと思っていますので、その資料を筆者なりに整理した一覧表を作成しました。本ブログで共有しておきます。ここに挙げられた17に及ぶ論点についてどのような優先順位で議論していくべきか、抜け落ちている論点はないか、お三方の指摘のような本質的な議論にどこまで迫っていけるのか。今後も引き続き取材すると共に、本ブログでも積極的に発信していきたいと思います。

 0501008.jpg

メディアの動き 2020年04月23日 (木)

#246 『パンデミック』×『インフォデミック』に立ち向かう『連携』~世界の動きから

メディア研究部(海外メディア研究)青木 紀美子

イギリスやオランダで4月、携帯電話の通信施設が放火される事件が相次ぎました。新型コロナウイルスの感染拡大を5G通信サービスの開始と結びつける科学的根拠のない流説の広がりと重なっておきたことから、関連が疑われています。これについて英NHS(国民保健サービス)の主席医務官は最も悪質な類の偽情報だと非難し、この危機への対応に不可欠なインフラが攻撃されたことに憤りを表明しました。真偽の見分けを困難にして恐怖や混乱を引き起こす情報の氾濫『インフォデミック』は、感染症の世界的な大流行『パンデミック』の危機を深め、有効な対応を脅かしています。

インフォデミックという表現はinformation(情報)epidemic(伝染病)2つの言葉を組み合わせたものです。デジタル化による情報通信環境の急激な変化とSARS(重症急性呼吸器症候群)の発生が重なった2003年から頻繁に使われるようになりました(1)。新型コロナウイルスの感染拡大を受けてWHO・世界保健機関は2月、パンデミックを宣言する前にインフォデミックの危険性について警告を発し、とりわけ予防策と治療方法に関わる流言が多く有害であるとして、24時間体制で監視し、対応する方針を示しました(2)

 042201.png
 「5G携帯のネットワークは新型コロナウイルスの感染拡大と関係ありません」(訳は筆者)  *WHO Myth bustersウェブサイト(3)から

 アメリカのポインター研究所を拠点とするIFCN(国際ファクトチェックネットワーク)は1月下旬に国際的なファクトチェック連携を発足させました(4)。 4月までに70を超える国や地域の100近いメディアや非営利組織が参加する連携に発展し、ハッシュタグの#CoronaVirusFactsと#DatosCoronaVirusなどを使って40以上の言語で発信しています。2か月あまりで3500件の検証を行い、キーワードなどで検索できるデータベースも作成しました(5)。 こうした情報検証の連携は、日本のFIJ(ファクトチェック・イニシアティブ)やブラジルのComprovaのように国単位や、中南米や北欧など地域単位のものもあり、その情報が世界的に共有されるという幾層にもわたるネットワークになっています。
インフォデミックに対応するために『連携』が効果的な理由はいくつかあります。1つは拡散される情報の量、種類の多さ、複雑さです。未知の部分が多い新型ウイルスの感染拡大では、確かな情報が少ないだけに偽情報が駆け巡りやすく、また、科学的な調査研究から予防策や経済政策まで幅広い分野で刻々と新たな動きがある中では、意図的な情報操作や誤った情報の発信もおきやすくなっています。限られた人数で速やかに情報を検証していくためには、同じ作業を重複して行うよりも、それぞれが得意分野の知識や人脈を生かし、分担する方が効率的で、その検証結果を多様なニュース媒体が承認し、取り上げ、広めることは検証結果への信頼も高めると考えるメディアが増えています。

 042202.jpg

 もう一つの理由は、誤・偽情報の伝播力です。これに対抗して幅広い層に正しい情報を届けるためには、業種の垣根を越えて連携し、多様な媒体で発信することが欠かせません。ここでは市民との連携も力を発揮します。IFCNのクリスティーナ・タルダーギラさんは「怪しい情報を見たら、これを打ち消す検証済みの事実やファクトチェック記事のURLを共有するだけでもいい」と述べ、市民の協力を呼びかけています。また、ソーシャルメディアのWhatsAppなどでは外からは見えない個人どうしの通信や、個別のグループ内での情報共有で、誤・偽情報の拡散が起きています。検証が必要な怪しい情報があるという一報を市民がメディアやファクトチェック組織に伝えることも正しい情報の共有につながる第一歩です。

アメリカのように政治的な分断が深刻な社会では、効率が悪くても複数のメディアや組織が個別にファクトチェックを行い、同じ結論であっても個別に発信した方が、広く説得力を持つという考え方もあります。それでも基礎情報のデータベース、知識やスキルの共有で連携することはできます。今回のパンデミック取材では科学や医療を取材した経験があまりない記者が加わっていることもあり、研究機関や非営利組織が科学的な知見やデータの扱いなどのノウハウで支援する例も増え、国際的にもメディアどうしだけでなく、医師や科学者、IT技術者など専門家との連携が広がっています(6)

 ジャーナリズムの連携が、アメリカではメディアの危機を背景に広がっていることを2019年7月の「放送研究と調査」で報告しました。いま未知のウイルスの感染拡大という新たな危機を背景に、すでに発足している連携のネットワークや発足に向けて準備をしてきた連携プロジェクト、そして新たな連携が力を発揮しようとしています。今回は「パンデミック×インフォデミック」に立ち向かう連携についてお伝えしました。それ以外の連携の試みについても、このブログで報告していきます。


(1) https://www.wsj.com/articles/infodemic-when-unreliable-information-spreads-far-and-wide-11583430244
(2) https://www.who.int/docs/default-source/coronaviruse/situation-reports/20200202-sitrep-13-ncov-v3.pdf?sfvrsn=195f4010_6
(3) https://www.who.int/emergencies/diseases/novel-coronavirus-2019/advice-for-public/myth-busters
(4) https://www.poynter.org/coronavirusfactsalliance/
(5) https://www.poynter.org/ifcn-covid-19-misinformation/
(6) https://firstdraftnews.org/long-form-article/coronavirus-resources-for-reporters/
     https://www.icfj.org/our-work/covering-covid-19-resources-journalists
     https://www.sciline.org/covid など

メディアの動き 2020年04月10日 (金)

#245 「八日目の蝉(せみ)」に肖像権を思う

メディア研究部(メディア動向)大髙 崇

角田光代さんの小説『八日目の蝉』は、映画やドラマにもなり、ご存じの方も多いと思います。私も、2010年放送のNHKドラマ10を観てすっかりハマった一人です。
檀れいさん扮する主人公・希和子は、妻子のいる丈博との不倫関係に陥っていました。そしてなんと、衝動的に丈博の生後間もない娘を誘拐。希和子は娘を「薫」と名付け、偽りの「母子」として逃亡生活に入ります。

youkamenosemi_nhk_hp.JPG

やがて小豆島にたどり着いた二人。本当の親子のような愛情を深め、ようやく暮らしも落ち着き始めました。が、その矢先、希和子は警察に逮捕されるのです。

希和子と薫が小豆島にいることがなぜ発覚したのか。
それは、島の祭りに参加した二人を撮影した写真が新聞の全国紙に掲載されたためでした。
写真は、仲睦まじい母子の姿を通して祭りの雰囲気を伝えるもので、希和子の居場所を暴露するために撮られたわけではありません。もちろん希和子の過去など知る由もないカメラマンは、逮捕の知らせにさぞ驚いたことでしょう。
ちなみに、希和子は撮影されたことに気づかず、カメラマンも撮影の承諾を取っていません。祭りの場は大勢の島民で賑わっていましたから無理からぬことです。

イベントの楽しい様子をテレビで報道する際、参加者の「いい表情」は欠かせません。
とはいえ、被写体となった方々それぞれの「事情」は撮影する側にはわかりません。お一人ずつ承諾を取れればいいのですが、人が多ければそうもいかないのが現実です。
では、「事情」のある人や「出たくない」と思う人がいるかもしれない、ということで、参加者の顔は全員モザイク(顔消し)をするか、首から下だけ撮るか、後ろ姿だけにすると・・・
なんだか「怪しげな集まり」になってしまいます。「参加した皆さんは喜んでいる様子でした」とナレーションで補足したところで、余計に嘘くさくなってしまうでしょう。

ああ、肖像権。
テレビの「顔消し」はどこまで必要か。みなさんはどう思いますか?

これまで放送した番組をもっとたくさんの人に観てもらいたい。そのためには肖像権の問題と向き合う必要がある。そうした思いで、以前のブログでも紹介した「肖像権ガイドライン(案)」をもとに研究した論文を放送研究と調査3月号に掲載しています。
ぜひご一読いただき、一緒にこの問題を考えてみてください!


メディアの動き 2020年04月03日 (金)

#244 情報が氾濫する時代の「信頼とつながり」を考える

メディア研究部(海外メディア)青木紀美子

新型コロナウィルスの感染が拡大し、各国で外出の自粛要請や禁止令が出る中、需給に問題はないトイレットペーパーが売り切れるという現象が起きました。一時的ながら食料品が棚から消えた国もありました。多くの人が十分にあるはずのものまで買いだめをしてしまう背景には、情報が十分にない、わかりにくい、信頼できないといった不安や疑問、疑念が見え隠れします。「不要不急の集まりは避けて」「外出も自粛を」という呼びかけの受け止め方も大きく分かれました。個別の事情とは別に、リスクのレベル、感染予防策の必要性や有効性などについて、さまざまな情報があり、共通の理解ができていないという問題がうかがえます。

誰もが情報を発信できる時代、情報はあふれているのに、必要な情報を見つけるのが難しい「ニュースのジャングル」状態は今に始まったことではありません。選択肢が限りなくある中で、それぞれが自分の信じたいことを信じ、社会が事実を共有できなくなるという問題も繰り返し指摘されてきました。しかし、未知の部分が多い新型ウィルスの感染拡大で、信頼できる情報を社会が共有することがこれまで以上に重要になり、大量に錯綜する複雑な情報を検証、整理し、意味づけ、何がどこまでわかっているのか、わかっていないのか、それはなぜなのか、背景も含めて説明する役割がメディアに求められています。

040301.PNGのサムネイル画像

では人々はどのような情報を必要としているのか?発信した情報は理解されているのか?どのような表現や手段で届けるのが効果的なのか?必要とする人の手元に届いているのか?それを知るためには、発信するだけの一方向ではないコミュニケーションが欠かせません。双方向に情報が行き来し、学びがある対話、さらには発信内容や発信方法をともにかたちづくる関係、エンゲージメントが、メディアと市民との間に必要になります。

こうした市民とのエンゲージメントに重点を置くジャーナリズム「Engaged Journalism」の考え方は、今の時代に求められるメディアの役割やありようを考える上で参考になるところがあるように思います。信頼は双方向、メディアを信頼してもらうためには、メディアが市民を信頼して耳を傾けることから始めようという取り組みです。

040302.png





エンゲージメントに重点を置くということは、取材から発信までの報道のプロセスを説明し、さまざまな段階に市民と接点を設け、その知見を取り入れることでもあります。

040303.png


「放送調査と研究」3月号では、アメリカ、ヨーロッパ、そして日本でも始まっているエンゲージメントを柱とするジャーナリズムの考え方、実践例を報告しています。


メディアの動き 2020年03月24日 (火)

#243 放送のアクセシビリティー高めるには 方法を探る

メディア研究部(メディア動向)越智慎司

放送文化研究所は、放送技術研究所や番組の制作現場と連携し、視覚障害者などへのユニバーサルサービスとして、「自動解説音声」の実現に向けた研究開発を行っています。下の表は料理番組でつけた自動解説音声の一例です。太字で示した自動解説音声の情報は、テロップや映像の様子など視覚でしかわからない情報で、これらを自動で音声化してナレーションなどの隙間につけます。2019年、自動解説音声を視覚に障害がある人たちに聴いてもらい、WEBでアンケートを行いました。そして、そこからわかった放送のアクセシビリティー(情報の取得しやすさ)の課題などを『放送研究と調査』2月号に執筆しました。

200324.jpg
    料理番組への自動解説音声付与の例
          太字:自動解説音声
            NA:番組のナレーション音声

WEBアンケートでは、今のテレビで行われている解説放送についても尋ねました。「解説放送が必要だ」と答えた人は、全盲の人で約8割、ロービジョン(弱視)の人で約5割でした。一方、「解説放送を利用している」という人は、全盲の人で約3割、ロービジョンの人で約2割にとどまりました。利用していない理由を尋ねたところ、特に全盲の人たちで、「以前利用したが、解説放送では内容を十分理解できない」「解説放送を利用したいが家族が嫌がる」という理由を選んだ割合が高くなっていました。

総務省によると、2018年度の解説放送の実績は、NHK総合が16.4%、在京民放5局が16.0%です。字幕放送が90%台後半なのに比べると、普及が進んでいるとは言えません。総務省の報告書では、解説放送の課題として、解説をつける音声の隙間が少ないことや、解説の台本作成や収録時間の確保が難しいことを挙げています。自動で解説音声を作ってつけることができれば、これらの課題の多くは解決できますが、今回のアンケート結果からは、どんな情報を音声にするのか、音声の量と読み上げる速度のバランスをどうするか、などの検討がさらに必要なことが、改めてわかりました。

アンケートの回答からは、自動解説音声を自分のメディア利用のスタイルに合わせて利用したいという声も多くありました。こうした声に応え、スマートフォンで読み上げ速度をカスタマイズできる方法も検討しています。それと同時に、通常の番組制作の過程でも「障害のある人に伝わっているだろうか」と想像力を働かせることも、放送のアクセシビリティーを高めるのに大事なことだと考えます。


メディアの動き 2020年03月13日 (金)

#241 マスク姿と「肖像権」

メディア研究部(メディア動向)大髙 崇

テレビをつけると、マスク姿の人がほんとに増えています。
昨年のブログで「肖像権」について書きましたが、テレビに写る人もマスク姿で顔がよくわからなければ肖像権はどうなるんだろう、と思ったりしております。
深刻なマスク不足。最近ではハンカチなどを使って布マスクを自作する人も見かけます。
マスク姿の人々を写したテレビ映像は「モザイク」すべきか?必要ないか?・・・

inKANSAI_Photo9GS2.jpg

もの思いにふけっている場合ではない。本題に入ります。

ほぼ1か月前の2月15日、同志社大学で開催された肖像権ガイドライン円卓会議in関西に行ってまいりました。
博物館などのデジタルアーカイブ機関が所蔵写真を公開しようとする際、被写体の肖像権をどう考えるかは重要な課題です。それを客観視するためのツールとして、昨年9月にデジタルアーカイブ学会・法制度部会が公表したのが「肖像権ガイドライン(案)」。被写体の社会的地位や撮影状況など、様々な要素に対して「点数」をつけ、それらの合計点が高い順に「公開可」「公開範囲を限定」「マスキング(モザイクなどで隠す)が必要」などと分類しています(概要はこちらを、詳しくはデジタルアーカイブ学会のホームページをご覧ください)。
このガイドライン、放送局関係者からも大きな注目を集めています。「この映像のこの人、モザイクかける?かけない?」は、現場の担当者たちを日々悩ませていますから。
今回、法制度部会はガイドラインのバージョン2を公表。新たに、「事件の被害者とその家族」は-5(減点)、「(街頭デモや記者会見などの)公共へのアピール行為」は+10(加点)などの要素と点数が加わりました。
これをもとに、肖像権の問題と日頃から向き合う博物館や放送局の関係者などによる「円卓会議」が開催され、熱い議論が交わされたのです。

議論の中で私がグッときたのが、朝日放送テレビ(ABCテレビ)の記者・木戸崇之さんのお話でした。
ABCテレビでは今年1月に「阪神淡路大震災25年 激震の記録1995・取材映像アーカイブ」と名付けたウェブサイトを開設。被災当時のインタビューや風景など1970クリップ、約38時間の映像を公開しています。木戸さんはこのサイトを立ち上げた中心メンバーです。

inKANSAI_Photo5Kido.jpg
ABCテレビ 木戸崇之記者

クリップ映像では、被災者の顔もたくさん、しっかり写っています。
しかし、問題は肖像権。そこで木戸さんたちは、ガイドラインでの計算を試みたところ、多くの映像が「公開可」の結果となりました。一方で、避難所にいる人のアップなどいくつかが「公開範囲を限定」と出ました。最終判断にあたって木戸さんは次のように話します。

「25年経って、当時の避難所などの映像を公開されて『いやだ』と言う方がどれくらいいらっしゃるかなと思った時に、これは我々が責任を持って公開していこう、となった」

もちろん、あきらかに被写体の名誉を傷つけるだろうと推察できるものは除外しましたが、1970クリップの公開という勇気ある決断に至りました。映像に写った人をできるだけ探し出して承諾を求めたところ、一人として拒否しなかったことも後押しとなりました。
あれから25年、この震災を知らない若い世代が増える中で、都市型震災の教訓がたくさん詰まっている当時の映像をできるだけそのまま見てほしい。記憶を風化させず、今後の防災に役立ててほしい。この思いは、放送局の記者にも被災者にも共通するものだったようです。
「この映像」を人々に公開する意義は何か。その意義が正しいのなら、責任をもって公開すべきではないのか。ガイドラインでの点数計算も参考にしつつ、最終的には公開する側の「覚悟」が問われていると強く感じた次第です。

話戻ると、現在の新型コロナによる「街中がマスク姿」の映像も、将来的には2020年の春の記録としてモザイクせずに広く見てもらうべきものだと言えるでしょう。
いずれにしても、みんながマスク着けてる風景って、どうも苦手です。
早く終息しますように。みなさんもどうぞご自愛ください!



メディアの動き 2020年03月11日 (水)

#240 総務省・吉田眞人情報流通行政局長インタビュー③ ~「放送を巡る諸課題に関する検討会」今後の論点 - 災害対応・ローカル局・存在意義~

メディア研究部(メディア動向)村上圭子

総務省の吉田眞人情報流通行政局長へのインタビュー、今回は3回目、最終回です。前回は「これからの公共放送の在り方」について率直なご意見をお伺いしました。今回は、災害対応、ローカル局、そして放送メディアの存在意義についてです。

<災害時における放送の確保のあり方>

村上:3月4日から、「災害時における放送の確保の在り方」についての分科会が始まりました。国民の命を守るためのインフラ整備という観点からも、将来の放送ネットワークをどう考えるかという観点からも、個人的には非常に重要だと考えています。問題意識を教えてください。

吉田:地デジの時に整備したローカル局の共聴施設(※全国に約6000近くある、地域で費用を負担して建設している地デジ受信設備)がかなり老朽化していることが気になっています(図1)。災害時にこうしたインフラが適切に維持管理されていないが故に、災害情報が届かないことはあってはならないと考えています。

<図1>

200311-2.png
出典:諸課題検・災害情報分科会(3月4日)事務局資料より抜粋

また、災害時に重要だと繰り返し言われるラジオについて、スマホ全盛時代にどう対応するかも大きな課題です。スマホにはもともとFMチューナーが入っているものがあるので、これをいかにアクティベート(有効化)していけるか、ということも重要だと思っています。インフラと、少し上のレイヤーの端末のところまで、災害時に災害情報が国民に適切に届く体制を整備するには何をすればいいかを考えたいと思っています。

村上:具体的にはなんらかの支援策を、というイメージなのでしょうか。

吉田:そこまで直ちに現時点では申し上げられませんが、地方の老朽化した共聴施設全てを自力で何とかしてくださいと言えるかどうか。10年前に共聴施設を作った時には一定の利用者加入もあったけれど、それから人口が減っていき、例えば、かつては100世帯で費用を分担していたのが現在は10世帯になり負担は10倍になっている、これを今後も続けていくことは困難である、具体的にはこうした事情を抱えている施設は多いと思います。また、地デジの再放送だけを担う自治体系ケーブルテレビの伝送路の老朽化についても同様に考えなければならない課題だと思っています

村上:災害時に備えて、平時における地上放送ネットワークの老朽化対策の方策を考えることがこの分科会の1つの照準であるということがわかりました。では現在、民放ローカル局各局が所有する中継局についてはどうでしょうか。現在、送信機の更新時期を迎えており、地域によって中継局の数に大きな差があり、局によってはかなりの負担が生じ、経営を圧迫しています。

吉田:事情は承知していますが、こちらについては各局でご尽力をお願いしたいと思っています。この分科会はあくまで災害対応ということに絞った短期集中的な議論になります。

村上:では分科会の議論からは少し逸れるかもしれませんが、中長期的な伝送インフラに関することについて質問させてください。今後、地上放送ネットワーク全体をどう強靭化、更にどう高度化していくかを考えることは、放送政策、もしかすると放送を超える国の政策になるかもしれませんが極めて重要だと考えます。2018年にまとめられた諸課題検の第2次とりまとめには、中長期的な考え方として「既存の放送波による伝送に加え、FTTH、モバイル等の有効活用を含むネットワークの大きな変革について、適切に対応していく必要」があると示されています。この点については今後、親会等で議論をしていくことになるのでしょうか。

吉田:確かにインフラについての技術進歩はめまぐるしく、5Gやビヨンド5Gの6Gという議論もされています。5Gが全国津々浦々に普及するといった状況があれば、当然それを放送のインフラにも利用できないかという発想も出てくると思います。

村上:また現在、ブロードバンドのユニバーサルサービスの議論が総務省の検討会で行なわれていますよね。放送のインフラの議論として、どこかでこうした通信側の議論と接合させていくことも必要なのではないかと思うのですが。

吉田:先延ばしにするわけではないのですが、この種の技術進歩とサービスの関係を考える議論は、常に現実の普及度合いを見定めながら、それをどういう風に活用していくのかを走りながら考えていくということだと思っています特にブロードバンドのユニバーサルサービス議論は緒についたばかりですし、放送事業者はインフラのユーザー側になりますので、放送主導では議論できない問題ですですので、私自身のビジョンとしては、議論のロードマップを描くのはまだ難しいというのが正直なところです。 

<放送事業の基盤強化>

村上:2018年から開始された放送事業の基盤強化に関する分科会では、主にローカル局の将来について議論されていますが、前回の会合ではとりまとめに向けた目次案が示されました。この目次案には、半年前にまとめられたラジオの部分(※FM補完放送の普及に伴うAM放送制度の見直し)を除いては制度改正などの項目はなく、放送外事業のベストプラクティス集といった印象を受けました。これまでの分科会での議論では、地域において人口の減少が加速する中、従来型の県域免許制度や、それを前提とした基幹放送普及計画そのものの見直しも必要ではないか、との趣旨の発言もありました。このあたりはとりまとめには盛り込まれないのでしょうか。

吉田:基幹放送普及計画は放送を健全に普及発展させるための基本的な計画です。ですので、これが短期的にあまり大きく変動していくことは、放送の安定的な普及のためには望ましくないと思います。ただ、事業者側がこれから変革を行う際に、この計画があるからできないことがある、ということであれば、計画を変えることはもちろんできます。今の計画は、基本的にいわゆる“四波化政策”を反映する形になっていますが、実態としては地域によっては二波、三波のところもあるわけですから。

村上:私は、人口減少時代の地域社会におけるメディア最適化地図のようなものを誰かが考えていかなければ、この国の地域社会における民主主義の基盤が維持できないのではないかという危機意識があります。それを民が考えるのか、官が考えるのかはまだ整理がついていないのですが、単なる市場原理に委ねるだけでいいのか、という問題意識です。そうした意味でも基幹放送普及計画は、地上波に限ったものではありますが、唯一、国の政策として、メディアの全国配置を定めたものとしては大きな存在だと考えています。ですので、この計画について改めてどこかで議論をすることが必要だと思っているのですが。

吉田:私は演繹的なその絵の描き直しといったようなことは、あまり生産的でないと思っています。基本的には、その各地域、地域の放送事業者が、まさに帰納的に、自分たちの会社、自分たちの地域がどうしていきたいのかということを考えて、その上で、もしも基本計画に、つまり絵に反映できるのであれば、絵に反映できるようにすればいいというのが私の基本的な考えです。地域の放送事業者の要望が上がって来たその時に、村上さんが言うような本質的な議論ができればいいし、そこで十分に議論をし尽くすことが重要だと考えます。

<放送メディアの存在意義>

村上:局長は、放送サービスは「社会と文化の安定装置」である、というご持論をお持ちです。ただ、放送サービスはかなりたくさんの要素で構成されており、その諸要素が全く同じ形で今後も維持されることは不可能だと思います。では、局長は今後最も維持すべき、もしくは発展させていくべき要素は何だと考えていますか。

吉田:これを言うと、「それ以外の要素はいらないのか」となりそうなので慎重になりますが、誤解を恐れずに言うと、地上波のようなリニアの総合編成という要素はすごく大きいと思います。人間一人一人の関心のあり様や、情報収集の能力は、かなり限定的なもので、自分の関心の外縁にあるような事象や認識にさらっと触れるような情報を与えてくれ、しかもそれが自分だけにではなく、その社会を構成する多くの人々に同時に提供されるという、こうした伝統的な放送のあり様は、社会の一体性、安定性を保つためにすごく重要ではないかなと個人的には思っています。オンデマンド型にシフトしている時代であればあるほど、リニアの総合編成型のサービスは社会にとって非常に重要になってくると思います。

村上:ただそれを制度の下、つまり一定の規制を前提に提供していくのか、事業者が主体的に提供していくのかは別の話ですよね。

吉田:それはそうです。ただ、歴史的に日本は放送法の二元体制の下でそれなりにうまく機能してきたと思っています。今、国際的に見てソーシャルコンバ―ジェンス(社会統合・・・少数者も差別なく、対等な権利と責任を持って参加できる社会の形成)が非常に大きな問題になっています。日本はそのソーシャルコンバ―ジェンスが世界的に見るとまだかなり保たれている方だと思っていて、それは二元体制の下で地上放送が果たしてきた役割というのが大きいのではないかと思っています。ですので、今後も地上放送事業者には、そういう機能を引き続き果たしていってほしいと思っていますし、そのために様々な政策を組み立てていきたいと思っています。

村上:ありがとうございました。

いかがでしたでしょうか。吉田局長とはスタンスや意見の違いも少なくありませんでしたが、インタビューを通じて改めて、放送メディアと社会との密接な関わり、そこでの責任や存在意義を再認識しました。今後は、放送事業者や関係者といった当事者だけでなく、できるだけ多くの人々に、放送メディアの今後や、メディアの社会の関係について関心を持っていただけるような発信と、共に考えていけるような場を作っていければと思っています。