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2024年4月26日

調査あれこれ 2024年04月26日 (金)

テレビはジャニー喜多川氏の死をどのように伝えたか① ―死去翌日、夜のニュース番組の分析から―【研究員の視点】#537

メディア研究部 東山浩太/宮下牧恵

◎はじめに~連載の目的
 大勢の人気男性アイドルを輩出してきた旧ジャニーズ事務所(以下、ジャニーズ事務所)創業者のジャニー喜多川氏(以下、ジャニー氏)は、2019年7月に87歳で死去した。4年後の2023年、報道や、同事務所が設けた外部有識者たちのチームによる調査などで、生前、彼が多数の少年たちに性加害を繰り返していたことが広く社会に知られることとなった。
 このブログ連載では、ジャニー氏が死去した時期に焦点を絞り、当時のテレビニュースの録画を確認したうえで、報道番組と言われるテレビ番組がどのように彼を追悼したのか、分析・検討する。
 死去した時点で、彼の性加害は事実であると司法では既に認定されていた(後述)。そうした人物の生前のふるまいをどのように報じたかをみることで、当時のニュースには、ジャニー氏が持つ権力性や彼が培った芸能文化などに対する、送り手のどのような意識が反映されていたのか、その可能性を示すことが目的である。
 言い換えると、送り手側がジャニー氏関連のニュースを取材・制作するときに現れる(くせ)のようなものを可視化することを目指す。そのことは、批判が寄せられるマスメディアのジャニーズ関連報道の実情を解き明かす一助になるのではないか。
 ブログの執筆はメディア研究部の東山浩太と宮下牧恵が担当する。
 ジャニー氏の性加害が司法に認められた2004年2月当時、東山は報道、宮下は制作の、それぞれ地方の現場の末席にいた。ジャニー氏の問題を担当する立場ではなかったが、関心を示さなかったことはマスメディアの一員として恥ずべきことだと認識している。
 この調査研究はそうした者たちの後知恵によるものだという批判は甘んじて受けたい。

 連載の1回目である今回は、まず、ジャニー氏の経歴を紹介するとともに、番組を分析・検討するにあたって筆者たちの問題意識について述べる。

◎ジャニー氏とは~(1)ジャニー氏の経歴
 はじめに、本連載で取り上げるジャニー氏とはどのような人物なのか、簡潔に紹介する。
 ジャニー氏は1931年、アメリカのロサンゼルスで生まれ、1933年に日本に帰国した。戦時中は、和歌山に疎開し、戦後の1947年、姉のメリー喜多川氏(ジャニー氏死去後のジャニーズ事務所の会長、のちに名誉会長)とともに渡米。滞在中、アメリカを訪れた美空ひばりの通訳を手伝うなどしてショービジネスの世界に親しんだ。1952年に再び帰国し、アメリカ大使館に関係する仕事などに就いていた。
 1962年、ジャニー氏はジャニーズ事務所を創業し、2年後には初めて手がけた男性アイドルグループ「ジャニーズ」をレコードデビューさせた。1960年代後半から70年代にかけて「フォーリーブス」や郷ひろみをデビューさせ、彼らは一世を風靡(ふうび)した。
 1975年、ジャニー氏は同事務所を株式会社として法人化した。
 80年代に入ると「たのきんトリオ」「シブがき隊」「少年隊」、後半には「光GENJI」をデビューさせ、彼らも大人気を博した。所属タレントのテレビの歌番組などへの出演が増加するに伴い、ジャニーズ事務所は有力な芸能プロダクションとして、メディアの世界での影響力を増していった。
 90年代以降、ジャニー氏は国民的アイドルとも称される「SMAP」をはじめ、「TOKIO」「Kinki Kids」「V6」「嵐」などをデビューさせ、彼らはドラマやバラエティー、報道、スポーツ、それにコマーシャルといったテレビのさまざまな分野に進出し、絶大な人気を獲得した。さらに2000年代~2010年代に至っても「NEWS」「A.B.C-Z」「King&Prince」といったグループのプロデュースを手がけた。
 加えてジャニー氏は、2011年から2012年にかけて、「最も多くのナンバー1シングル」をプロデュースした人物などとしてギネス世界記録にも認定され、海外にも功績が知られた。
 彼は「ジャニーズJr.(ジュニア)」というタレントの育成システムを採用した。ジャニーズ事務所特有の育成システムとして指摘する識者もいる1)。少年たちをタレントとしてまだ成熟しているとはいえない段階から、先輩タレントのバックダンサーとして舞台に立たせるなどして育成し、人気のある者はテレビ番組に出演させた。Jr.の選考や育成の方針はジャニー氏の判断によっていた。

(2)ジャニー氏の性加害問題とは
 次に、ジャニー氏をめぐる重大な出来事として、彼による性加害の問題について簡潔に説明する。
 彼の性加害の疑惑については1960年代から問題視され、週刊誌で報道されていた。また、1988年には元フォーリーブスのメンバーによるジャニー氏の性加害を実名で告発した書籍が出版され、以降、ジャニーズ事務所の内情に関する暴露本がたびたび出版されてきた。
 1999年10月からは、「週刊文春」が14週連続でジャニーズ事務所に関する特集を掲載。同誌はジャニー氏の少年に対する性加害を証言する関係者などに取材し、記事化していった。
 こうしたキャンペーン報道を受けてジャニー氏と同事務所は、雑誌の発行元である文藝春秋に対して、名誉棄損であるとして損害賠償を求める裁判を起こす。一審を経て二審の東京高等裁判所は2003年7月、ジャニー氏による「セクハラ行為」の真実性を認定する判決を下した。2004年2月には最高裁判所がジャニー氏側の上告を棄却したことで、性加害の事実が司法で認められた。これ以降も、ジャニーズ事務所は具体的な再発防止策を取ることはなかった。
 それから19年後の2023年3月、イギリスの公共放送BBCがジャニーズ事務所在籍時にジャニー氏から性被害を受けたという男性の証言などを改めて報道した。同年4月には、元ジャニーズJr.であるカウアン・オカモト氏が記者会見を行い、在籍中に複数回性被害を受けたことを訴えた。これをきっかけに日本のマスメディア(新聞・テレビ)が徐々にジャニー氏の性加害を報じる流れができていった。
 こうした状況を受け、ジャニーズ事務所は5月に弁護士や精神科医などで構成する「外部専門家による再発防止特別チーム」を設けた。同チームは関係者へのヒアリングなどを行い、その結果を「調査報告書」に取りまとめ、8月に公表した。調査報告書では2)、ジャニー氏は「古くは1950年代に性加害を行って以降、ジャニーズ事務所においては、1970年代前半から2010年代半ばまでの間、多数のジャニーズJr.に対し、(中略)性加害を長期間にわたり繰り返していたことが認められる」とした3)

◎問題意識~(1)連載の問題意識
 本ブログでは、広くいえば、日本の芸能史で大きな存在感を発揮するとともに、一連の性加害の実行者であったジャニー氏をテレビ報道がどのように表象してきたのか、というテーマを扱う(表象とはここでは「直観的に思い浮かぶイメージ」のこと)。筆者たちがそのテーマになぜ注目するのかの動機、つまり問題意識を示したい。
 これまでみてきたように、ジャニー氏の性加害の事実が広く社会に認知されたのは、2023年になってからだったと言える。 
 2003年の東京高裁判決を経て、2004年の最高裁で高裁判決が確定し、性加害の事実は司法の認めるところとなった。
 しかし、日本のマスメディアはそれを積極的に報じたとは言い難く、テレビ局で報じたところはなかった。前掲の調査報告書では「マスメディアの沈黙」という項を設け、「テレビ局をはじめとするマスメディア側としても、ジャニーズ事務所が日本でトップのエンターテインメント企業であり、ジャニー氏の性加害を取り上げて報道すると、ジャニーズ事務所のアイドルタレントを自社のテレビ番組等に出演させたり、雑誌に掲載したりできなくなるのではないかといった危惧から、ジャニー氏の性加害を取り上げて報道するのを控えていた状況があったのではないか」と指摘している4)
 こうした社会的な批判の高まりを受け、NHKと東京の民放キー局5局は自らの不作為をめぐり、ジャニー氏の性加害やジャニーズ事務所の存在をどのように認識してきたか、検証を始める。2023年9月から11月にかけ、形態や時間尺もさまざまだが、各局とも職員・社員やOBらからのヒアリングを中心とした検証結果を放送した。
 おしなべて、「芸能ゴシップ」の類いとしてジャニー氏の性加害の取材に積極的でなかったこと、性被害、特に男性が被害に遭うことへの意識の低さがあったことなどを認めるとともに、絶大な影響力のあるジャニーズ事務所への配慮の有無を検証していた。所属タレントによる事件を報じる際に、報道幹部が必要以上に慎重になるなど「忖度(そんたく)」があったと認める局があった一方、同事務所からの圧力や同事務所への忖度が自社の報道をゆがめ、手加減につながったというような事例は1件も確認できなかったとする局もあった。

 筆者たちが違和感を覚えたのは、各局の検証報道を視聴した際であった。過去、ジャニー氏やジャニーズ事務所についてどのように報道してきたか、具体的なニュースの映像を使って説明した局がほぼなかったという点についてである。スタジオでアナウンサーがヒアリングの結果を説明するのみで、VTRが放送されないという形式の番組もあった。
 視聴者にとって、出来事がテレビ局によってどのように伝えられたかを知るためには、アーカイブ映像の提示が最も有効であると筆者たちは考える。過去の映像を具体的に示さなければ、送り手側としても、自らの報道にどのような判断や意思が反映されていたのか、視聴者に詳しく、わかりやすく説明することは難しいのではないか。特に、本件のように送り手の説明責任が求められている問題においては、具体性は必要だろう。
 そこで、今回、過去のニュース映像を視聴することで、各局が報道を通じてジャニー氏とジャニーズ事務所についてどのような点を特徴的に描いてきたかを分析・検討することとした次第である。
 また、この連載はテキストではあるが、当時のおおまかな放送内容を記録するという意味もあると考えている。

(2)分析対象番組の選定について
 ジャニー氏やジャニーズ事務所が、テレビでどのように伝えられてきたか。全体像をつかむには、膨大な映像資料を分析・検討する時間と作業が必要となる。
 今回は、物理的制約があるため、そうした調査研究には取り組まない。筆者たちは可能な範囲内で目的を果たすために、すなわちテレビ報道に反映された、送り手のジャニー氏や同事務所に対する意識の一端を明らかにするために、ふさわしい分析の時期や対象を検討した。結果、2019年7月、ジャニー氏が死去した直後、追悼が集中して行われた時期のニュース番組が妥当であると思い至った。
 理由としては著名人の追悼にあたるニュースの放送は、通常、生前のその人の仕事や人となりについて、テレビ局が価値観(評価)を示し、視聴者と共有する機会であるからだ。ニュースの内容から、各局のその時点のジャニー氏に対する意識を端的に察することができる可能性(見込み)が高いと判断した。
 具体的な分析対象とするニュース番組は、平日に毎日放送されるものとし、かつ放送時間帯としては夜21時以降の「キャスターニュース番組」の時間帯に限定した。ニュースは朝から夕方にかけてのニュース・情報番組の中でも放送される。にもかかわらず、絞り込んだ理由として2つを挙げる。

①夜のキャスターニュース番組は、1日の集大成という意味で、局を代表するニュース番組と受け止められるため。
②夜のキャスターニュース番組について、各局は報道番組と位置づけているとみられるため。つまり、「取り上げる対象について、公平性を担保しつつ健全に批判する」という意味でのジャーナリズムを、できるだけ忠実に具現化する性質を持つものと考えられるため。

 夜のキャスターニュース番組を列記すると、NHK「ニュースウオッチ9」(以下、NHK/NW9)、日本テレビ「news zero」、(以下、日テレ/news zero)、テレビ朝日「報道ステーション」(以下、テレ朝/報ステ)、TBS「news23」、テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」(以下、テレ東/WBS)、フジテレビ「FNN Live News α」(以下、フジ/ニュースα)の6つとなる。

 さらに分析対象としては、できるだけ多くの番組が・ある程度の時間尺を使って・ジャニー氏死去を扱った、という条件を備えた日が望ましい。内容の比較を行い、番組ごとの描き方の違いをつかむことに適しているからだ。
 ジャニー氏が死去した2019年7月9日は火曜日だった。火曜日から12日の金曜日にかけてその条件に最も適したのはいつか。死去翌日の10日(の夜のニュース番組)だった。6番組中、NW9、news zero、報ステ、news23、ニュースαの5番組がジャニー氏の死去を2分30秒以上の特集として取り上げていた。
 死去当日の9日はどうだったのか。取り上げていたのは、news zero、news23、WBS、ニュースα、の4番組にとどまった。理由として考えられるのは、訃報がブレイキングニュース(速報)とされたからだろう。
 2019年7月1日、ジャニーズ事務所はジャニー氏がくも膜下出血で入院していると発表した。同年6月18日に救急搬送され、所属タレントが次々と彼の入院先に見舞いに訪れているとした。嵐のメンバーがそろい、ジャニー氏への励ましを報道陣へ語った。そののちの7月9日、ジャニー氏は午後4時47分に死去した。
 筆者たちが録画を確認したところ、9日の夜は、ほぼ23時30分に全局がジャニー氏の死去を速報するスーパーを流した。当時を知る報道関係者によると、同事務所と各局との間で、23時30分まで情報を解禁しないという決まりになっていたということである。そのため、放送を終えていたNW9と報ステは番組内で訃報を取り上げることができなかった。
 また、12日にはジャニー氏の家族葬が執り行われたが、取り上げたのは4番組だった。
 このようにより多くの番組の比較を可能にするため、死去翌日の10日の放送分を対象として選んだ。ただし、分析の中心はあくまで10日とするが、特に死去当日の9日との放送内容の関連は重要になるので、後に述べる。
 連載では、テレビ報道がジャニー氏の死去を取り上げた長時間のごく一部しか取り上げられない。つまり断面の一つでしかなく、限界はここにある。したがってこの調査研究は、一つの断面から、このようなことが言える可能性があるという仮説を探索するタイプのものとなる。

 連載の次回では、各局、7月10日夜のニュース番組において、ジャニー氏を追悼した特集の概要を一覧できる表を示す。

(続く)


<注釈・引用資料>

1) 朝日新聞デジタル https://www.asahi.com/articles/ASR9Z4J31R9VUCVL04J.html
「家族であり自分自身でもあるジャニーズ 今ファンにできることは」(2023年9月30日)
同記事の日本大学国際関係学部、陳怡禎のインタビューより

2) 外部専門家による再発防止特別チームによる調査報告書(公表版)
https://saihatsuboushi.com/調査報告書(公表版).pdf

3) 2)のp21~

4) 同上p53~

以上、2024年4月1日確認

<参考資料>

太田省一「ジャニーズの正体」(双葉社、2016年)

矢野利裕「ジャニーズと日本」(講談社、2016年)

※ジャニー氏の経歴については「調査報告書」を基礎資料とした

 

メディア研究部 東山浩太
2003年、記者として入局。2017年から文研に在籍  


メディア研究部 宮下牧恵
1999年ディレクターとして入局。2008年より文研に在籍