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メディアの動き

メディアの動き 2023年04月17日 (月)

【メディアの動き】放送法の「政治的公平性」解釈めぐる 総務省内部文書で国会が紛糾

立憲民主党の小西洋之議員は3月3日,参議院予算委員会で,放送法が定める「政治的公平」の解釈をめぐり2014年から翌年にかけて作成されたとされる総務省の内部文書を入手し,安倍政権の圧力で法解釈が変更されたことが示されていると指摘した。

これに対し,当時,総務大臣だった高市経済安全保障担当大臣は「まったくのねつ造文書だ」と述べ,「もしねつ造でなければ大臣や議員を辞職するということでいいのか」との問いに「結構だ」と応じた。

総務省は7日,これら78枚を行政文書と認めたうえで公表した。

このうち4枚に,高市大臣が解釈をめぐって安倍総理大臣と電話で協議したなどと記載されていたが,翌日の参議院本会議でも4枚はねつ造されたもので議員辞職はしないとし,その後も発言を撤回していない。

放送法が定める「政治的公平」については,安倍政権が2016年に,放送局の番組全体を見て判断するとしつつ,1つの番組のみでも不偏不党の立場から明らかに逸脱している場合などは政治的公平を確保しているとは認められないとする統一見解をまとめた。

今回の文書について小西議員は「当時の総理大臣補佐官が特定の民放番組が政治的に偏っているとして法解釈の変更を発案し,安倍元総理大臣がそれを認めたことが示されている。放送に国家権力がいつでも介入できるという恐ろしい解釈が不正なプロセスで作られたことを示す文書だ」と指摘している。

放送局の報道姿勢を萎縮させかねない解釈の変更があったとしたら,いかになされたのか。

高市大臣の関与にとどまらず,国会にはその点を明らかにしてほしい。

メディアの動き 2023年04月17日 (月)

【メディアの動き】英BBC,デジタル化に向けた経営改革, 音楽サービスの合理化には難航も

イギリス公共放送BBCは,財源不足に対応しながら,デジタル関連に経営資源を集中させる改革を進める中,クラシック音楽に関する合理化案を発表したが,音楽家や市民からの反発を招き,計画は一部見直しを余儀なくされた。

BBCは3月7日,クラシック音楽の新しい戦略を発表し,幅広く国内の合唱団に投資して合唱界全体の発展をめざし,オーケストラはより多くの音楽家と柔軟に全国で活動するため,100年近い歴史がある傘下の合唱団BBCSingersを廃止し,BBC交響楽団など3つのオーケストラも人員を20%削減するとした。

これに音楽家はじめ著名な指揮者らが反発した。
特に合唱団の廃止には,ヨーロッパ各国の放送合唱団が反対声明を出し,多数の民間合唱団が「BBC Singersをつぶすな!」と訴える動画をまとめてYouTubeに投稿したりした。

存続を求めるオンライン署名も15万件を超えた。

BBCは3月24日,複数の団体から代替財源について提案があったとして,BBC Singersの廃止をいったん保留した。

また,オーケストラについても極力,強制的な人員削減は避けるとした。

BBCの改革をめぐっては,3月15日,イングランド地方のローカル放送で働く職員およそ1,000人が,地域向けラジオ番組の合理化策に反対してストを行い,テレビやラジオの番組の一部が休止となる影響が出た。

ジャーナリスト組合は,人々は地元に関連したニュースを求めており,ローカルサービスをBBC の中核として守るべきだと訴えている。

組合は,5月の地方選挙の日などにもにストを行う可能性にも言及している。

メディアの動き 2023年04月17日 (月)

【メディアの動き】オーストリア,公共放送の新たな財源 制度として全世帯徴収方式を採用へ

オーストリア政府は3月23日,公共放送ORF(オーストリア放送協会)の財源制度として,受信機の有無にかかわらず,すべての世帯から「ORF 負担金」を徴収する新制度を導入すると発表した。

政府は,徴収額は現行の月額18.59 ユーロ(約2,600円)から15 ユーロ(約2,100円)程度に値下げされるとしている。また企業の事業所も,これまでどおり徴収対象となる。

現行制度の「番組料」は,テレビやラジオの所有世帯を徴収対象としており,インターネットでORFのサービスを利用しているだけの世帯は対象になっていない。

この状況について,オーストリア憲法裁判所は2022 年7月,不公平な負担が生じており,放送の独立を保障した憲法の規定に反すると判断し,2023 年末までに制度を改正するよう求めていた。

新制度の候補としてあがったのが,ドイツとスイスが採用している,受信機の有無にかかわらず全世帯から負担金を徴収する方式だった。

連立与党の1つオーストリア国民党(ÖVP)は,この方式を採用する条件として,ORFの大規模な経費削減をあげた。

これを受け,ヴァイスマンORF会長は2023 年2月,2026 年末までの4 年間で約3億2,500万ユーロ(約452億円)の経費削減計画を提示した。
ÖVPはこれを認め,「ORF 負担金」の導入が決まった。

削減計画には,ORF 所属のウィーン放送交響楽団や,スポーツ専門チャンネルORF Sport+の廃止が含まれていたが,各方面から反対の声が相次いだため,政府は同日,これらの存続を前提とする方針を発表した。 

メディアの動き 2023年04月14日 (金)

【メディアの動き】東日本大震災から12年,「震災アーカイブ」閉鎖相次ぐ

東日本大震災から12年。各放送局とも3月11日午後2時46分の地震発生時刻にあわせて,特別番組を組んだ。

繰り返し強調されたのが「忘れず語り継ぐこと」。

しかし,そのための重要なコンテンツの1つ,「震災アーカイブ」の閉鎖が相次いでいる。

震災アーカイブは,地域ごとの被害や復興の様子を示す資料や情報をデジタル化しネット上で公開するもので,記録を劣化させず残すことができる。

震災後,自治体や大学などの研究機関,民間団体などが多数の震災アーカイブを設立。それを一元的に検索できるポータルサイト「ひなぎく」を国立国会図書館が整備した。

しかし,国立国会図書館の井上佐知子主任司書によると,「ひなぎく」で検索できた50以上の震災アーカイブのうち,これまでに7つが閉鎖・休止した。

原因については「権利処理の負担」や「新規に収集される資料の減少」などがあげられる。例えば資料を収集した時点で ネット上の公開までの許諾をとっていなかったり,追加される資料が時間の経過とともに減ったりすると,新たに公開される資料が少なくなりアクセス数が減少。

その結果,自治体などからの出資金が減るなどして運営が難しくなるという。

井上主任司書は「閉鎖によって地域の防災教育での利用や震災対応の検証,新たな資料の発掘などが進まなくなる。継続する方法を各地域で探るべきだ」と指摘している。

東日本大震災は,地域ごとに被災や復興の状況に違いがあるだけに,各地域で貴重な資料をどのように後世に引き継いでいくか,見つめ直す時期に来ている。

メディアの動き 2023年04月14日 (金)

【メディアの動き】イラク戦争開戦20年,報道の教訓は

アメリカが,存在しない大量破壊兵器を理由にイラク戦争を開始してから,3月20日で20年を迎えた。

Watson Instituteによると戦争による死者(2021年9月集計)はイラク市民を中心に30万人近くに達した。

米メディアの大半は当時のブッシュ政権幹部や亡命イラク人の情報を検証せずに報じて開戦への世論づくりを後押しし,その後,報道の誤りを認めたが,その教訓が十分に生かされているか,疑問もある。

開戦前,大手メディアでは唯一,イラクの大量破壊兵器保有を打ち消す報道を続けたKnight Ridder社のワシントン支局長だったジョン・ ウォルコット氏は『Foreign Affairs』誌への寄稿で,当時のみずからの経験を振り返った。

この中で同氏は,報道を誤らないためには,政治目的に沿った情報を求める権力者ではなく,現実を把握している現場に近い軍関係者や専門家の声を報じることが必要だったと強調。

2022年にアフガニスタンから米軍が撤退した際に,その後の政権崩壊や混乱を予期できていなかったことに当時の教訓が生かされていないことがうかがえると指摘した。

『Columbia Journalism Review』のメディア評論執筆者 ジョン・オルソップ氏も戦争や安全保障に関わる報道が,相変わらず,イラク戦争時に誤った情報を流した国防総省や情報機関の幹部に依存している問題を指摘した。

ロシアのウクライナ侵攻では米メディアの多くが現地取材に基づく独自の報道を続けているが,ロシアやロシアと接近する中国との対決姿勢を強める政権幹部の情報に依存せず,両国の現実を客観的に伝えることができているのかも問われている。

  

メディアの動き 2023年04月14日 (金)

【メディアの動き】英BBC スポーツ解説者の政府批判 きっかけに混乱,不偏不党の議論に

公共放送BBCは,人気サッカー解説者のギャリー・リネカー氏が3月7日,Twitterで政府を批判したことを受けて番組を降板させたが,政府の圧力に屈したなどとの批判が相次ぎ,混乱が広がった。

この問題は,英仏海峡をボートで渡るなどして不法入国した移民には亡命申請を認めないとする政府の法案について,リネカー氏が,ナチスドイツに例えて批判したことに端を発した。

政府や保守党の議員から批判の声が相次いだ。

BBCは,公共放送として不偏不党を守るため,報道番組などの職員・スタッフには,政治的な発言を控えるようSNSの利用のルールを定めている。
同局は,知名度が高いリネカー氏にも遵守を求めてきており,同月10日,「SNSの使い方について明確な合意ができるまで」同氏の番組への出演を差し止めるとした。

しかし,この方針に反発するほかのサッカー解説者や司会者が出演をボイコットする動きが広がり,BBCはリネカー氏が司会を務める看板番組を90分から20分に短縮したほか,テレビやラジオの複数の番組が再放送やポッドキャストで編成の空白を埋めることになった。

混乱を受けてBBCのデイビー会長は3月13日に声明を出し,視聴者に謝罪するとともに,リネカー氏の番組への復帰を表明した。

さらに「BBCにとって不偏不党は大事なものだ。また表現の自由も守るべきもので,そのバランスは難しい」としたうえで,SNSの利用のルールがより適切で明確なものになるよう見直す方針を示した。

一方,BBCの記者のインタビューに対し,デイビー会長は自らの辞任は否定した。

メディアの動き 2023年03月31日 (金)

#468 "不偏不党"と"表現の自由"で揺れるBBC 

メディア研究部(海外メディア)税所玲子

世界の「公共放送の母船」とも形容されるイギリスBBC。その看板スポーツ番組に、解説者として出演するサッカー・イングランドの元主将のギャリー・リネカー氏が、政府の移民政策の批判を約890万のフォロワーを持つ個人アカウント上でツイートし、同局のジャーナリズムの原則の1つである「不偏不党」と「表現の自由」をどう両立させるのか大論争になっています。

ロンドンの観光名所、オックスフォード・ストリートから数分のところにあるBBC本部の玄関脇には2.5メートルのジョージ・オーウェルの像があります。1941年から2年間、BBCの対外宣伝放送に携わった作家の横には、「もし自由に意味があるとするとすれば、それは相手が聞きたくないことを告げる権利のことだろう」との言葉が刻まれ、「権力監視」と「表現の自由」をうたっています。

BBC1_W_high.jpg BBC本部の前にあるジョージ・オーウェルの像

もう一つ、BBCのDNAと呼ばれるのが「不偏不党」(impartiality)です1) 。伝統的な二大政党の時代には左右のバランスをとることとも理解されていましたが、政治・社会が多軸・多様な今、「どの立場にもくみせず、偏見のない状態をいう」とBBC関係者は説明しています 2)。この原則は、国王からの「特許状」に明文化され、いかなる勢力にも偏ることなく、事実に基づいた報道を目指す その姿勢が、信頼の源となってきた、とBBCの職員は胸を張ります。

BBC2_W_high.jpg「不偏不党」が明記されているBBCの特許状 
(BBCのホームページより)

今回の論争のきっかけとなったリネカー氏のツイートは、3月7日、イギリス政府が打ち出した移民政策についてのやりとりの中で起きました。英仏海峡を小舟で渡り入国を試みる移民が後を絶たず、政府は対策としてこうした手段で入国した人には亡命申請を認めないという法案を発表しました。
これに対し、難民を自宅に受け入れるなどの支援を行っているリネカー氏は、「1930年代のドイツが使ったのと変わらない言葉で、最も弱い立場の人たちに向けられた残酷な政策だ」と厳しく批判したのです。

BBC3_W_high.jpg問題となったリネカー氏のツイートを伝える英Daily Mail紙 
(Daily Mail ホームページより)

これに対し、与党・保守党の議員から批判の声が上がり、首相官邸の報道官も「受け入れられない」と述べました。一方、ネットでは支持の声が広がりました。

実はリネカー氏の「不規則発言」は今回が初めてではありません。EU離脱や保守党へのロシアからの献金を批判するツイートを繰り返し、ネット時代にあった「不偏不党」のあり方を模索するBBCにとって、その苦悩を象徴するような存在でした。

BBCは、2010年代からソーシャルメディア(SNS)での活用を進めてきました。取材者個人が批判されたり、いわゆる炎上事件が起きたりするリスクは認識しながらも、ネット空間での視聴者との対話が、これからは避けて通れないと判断したのです。

しかし、格差、移民、ポピュリズムなどの課題を抱えたイギリスは、2016年のEUからの離脱を問う国民投票をきっかけに対立が噴出します。国のあり方をめぐる論争は、自分が何を大事に思うのかという「価値」を際立たせ、記者たちは右からも左からも「偏向だ」と批判されることが増えていきます。

そして2019年、難航するEU離脱交渉を終わらせることを公約に掲げて総選挙に勝利したジョンソン首相は、交渉の行方を追及するメディアにいらだち、対決姿勢を強めます。BBCの受信許可料の不払いに対し刑事罰を科す制度の見直しを試みたり、Channel4の民営化計画を打ち出したりするなど揺さぶりをかけました3)

BBC4_W_high.jpgBBCデイビー会長就任を伝えるBBCニュース
「不偏不党を守らないスター出演者の解雇も辞さず」

そんな緊張が漂う中、2020年9月に会長に就任したティム・デイビー氏は、「不偏不党」の徹底を最重要課題に掲げます。当時、欧米では、#MeToo運動や黒人の人権擁護の運動が広がっていましたが、デイビー会長は、報道や社会番組に関わる者は、政治志向を推察される言動はもとより、キャンペーンへの参加も許さない姿勢を打ち出し、SNS利用のルールを厳格化しました。キャスターや記者の中には、管理を嫌い他局に移る人も少なくありません。またSNSでの発信を当然と考える若い職員の間には不満がくすぶっていると伝えられています。

ただ、リネカー氏は、BBCの職員ではなく、フリーランスとして番組に出演しています。リネカー氏は、自分はガイドラインの対象でないと考えていたと主張しています。一方、BBCからすれば、135万ポンド(約2億2000万円)と局で最高報酬を得、抜群の知名度を持つリネカー氏には特別な責任が伴うとの考えがあったようです。

リネカー氏がツイートの削除を拒否したことを受けて、ついにBBCは10日、「SNSの利用について、明確な方針の合意が得られるまで」番組の一時降板を要請したと発表しました。

BBC5_W_edited.jpg

リネカー氏を支持する出演者による番組ボイコットを伝える新聞各紙
(BBCのホームページより)

ところが、このBBCの決定に、リネカー氏を支持する他のサッカー番組の司会者や出演者による番組ボイコットが起きました。また一部の選手が、試合後のBBCのインタビューを拒否する考えを選手組合に伝えたため、プレミアリーグは、すべての選手と監督が、リネカー氏を降板させた番組のインタビューを見送る方針を示しました。

土曜日のイギリスは、朝から晩までテレビやラジオでサッカー番組が組まれています。しかし11日は、多くの番組が放送できなくなり、テレビでは文化系番組の再放送で、ラジオではポッドキャストの放送で編成の空白を埋めることを余儀なくされる、異例の事態に陥りました。

BBC6_W_edited.jpgシャープ理事長に対する議会での聴聞の様子を伝えるBBCニュース

この大混乱は、BBCにとって最悪のタイミングで起きました。
今年1月、シャープ理事長がジョンソン元首相の約80万ポンドのローンの保証人の仲介に関わっていたことが発覚。シャープ氏は、ジョンソン氏のロンドン市長時代やスナク首相の財務相時代のアドバイザーを務めていました。保証人の仲介は理事長の選出のさなかの出来事だっただけに 「お友達人事」との批判を浴び、選出のプロセスが適切だったか外部調査が進められていました。
13日には、議会下院でリネカー氏の問題と不偏不党について、文化相に対する緊急質問が行われ、 野党からは、「権力に対しモノを申した人物を降板させるのはおかしい」「BBCへの信頼を傷つけたシャープ氏こそ辞任すべきだ」などの声があがりました。

混乱の収拾を図るため、デイビー会長はリネカー氏と話し合い13日、番組に復活させる方針を示すとともに、SNS利用のルールを見直す考えを示しました。声明の中でデイビー会長は、視聴者に謝罪するとともに「BBCは、特許状で不偏不党を誓っている。まだ表現の自由も同じように大事だと考えている」と述べ、2つの価値のはざまで苦悩していることをあらわにしました。

 BBC7_W_edited.jpgデイビー会長へのBBC記者によるインタビュー動画
(BBCホームページより)

ところでこの騒動をBBCの報道部門は、過去の自局のスキャンダルの時と同様に、客観的に報じています。出張先のアメリカでデイビー会長へのインタビューを行った特派員が、「視聴者はリネカー氏でなくあなたの不偏不党に疑問に投げかけている。政府や与党・保守党、右派のメディアの圧力に屈したのではないか」「BBCにとって不偏不党と同じく信頼も大事だ。その信頼を失った今、辞任すべきではないか」と問う様子を収めた動画は、全編、ネットで公開されています4)

 BBC8_W_edited.jpg BBC外観

誰もがネットを通じて自由に発信できるようになり、多様性が重視される今の社会で、不偏不党はどう実践されるべきか。問題をきっかけに議論が 広がっています。

BBCの元報道局長で、現在、ネットメディアTortoiseを率いるジェームズ・ハーディング氏は、BBCのラジオ番組で、「公金で支えられる放送局が提供するニュースや情報は公平でなければならないが、政治的な問題の判断は個人に委ねられるべきだ。すべての作家、監督、音楽家、スポーツ解説者、科学者、経営者のオピニオンを管理するのは無理がある」と行き過ぎた管理に疑問を呈します。
また外部規制監督機関・放送通信庁(Ofcom)の元会長のパトリシア・ホジソン氏も「BBCのブランドを傷つけないように表現の自由を行使すべきで、そのことによって、視聴者の多様な意見を尊重することにもつながるのではないでしょうか」と述べています5)

一方、偽情報や誤情報が飛び交う時代だからこそ、正確で信頼できる情報が必要で、それを担保する情報の多様性や不偏不党は譲れないとの主張も聞かれます。BBCのデイビー会長はもちろん、元会長のマーク・トンプソン氏も、かつて「不偏不党がなくなるくらいなら、BBCがなくなった方がよい」とまで言い切りました。

BBCの歴史の編さんに携わったウェストミンスター大学のジーン・シートン教授は、「そもそも不偏不党は不完全なものだ」といいます。放送が始まった100年前を振り返り、「当時世界は“新しいメディア”によって、大企業の利益が国民の利益よりも優先されたり、海外のイデオロギーによって世論が影響を受けたり、戦争の宣伝によって政府やメディアに対する国民の不信が高まったり、国民が分断されることが懸念されていた。そうした懸念を克服するために国民の声を反映する場、議論の出発点となる情報が必要だったのだ」と説明します6)

この言葉は、今の時代にも、そのまま当てはまると思います。

日本のメディアが未曾有の災害によって変化したと言われるように、BBCは戦争や政権交代など社会の変化の中で生じる影響から、編集権の独立をいかに守るかという組織防衛の歴史の中で成長してきました。

激動のメディア環境の中で、これまで試され、再構築してきた ジャーナリズムの原則にBBCが向き合い続けることで、ネット時代の不偏不党の姿が見えてくることを期待しています。そして、それは、世界の公共放送にも示唆に富むものになるでしょう。


1)Impartialityは「公平公正」の訳も使用される。本ブログでは、BBCが「予断を持たないバイアスのない状態」との説明を受け、検察官が任務遂行にあたって用いる不偏不党の概念に近いと考え、同訳を使用している。

2)BBCの編集方針に関する議会証言 https://committees.parliament.uk/oralevidence/3201/pdf/h / 編集指針Editorial Guideline で求めるのはDue Impartialityとされ、問題に相応(due)の対応を求めている。意見が対立する問題について同じ秒数を配分する必要はなく、1つの番組でなく放送全体で判断されるものだと説明されている。また21世紀の不偏不党のあり方について検討したBBCの報告書“From Seesaw to Wagon Wheel”(2007)では、不偏不党は、正確性やバランス、公平性、客観性、透明性など様々な要素が組み合わさってできるものだとした上で、「視座の広がり」も重要で「より多くの意見を取り入れることで実現される」と強調している。https://www.johnbridcut.com/documents/seesaw_to_wagon_wheel_report.pdf

3)いずれの政策も、途中で見直しとなり、実現されなかった。

4)Gary Lineker: BBC director general Tim Davie’s interview in full https://www.bbc.com/news/av/uk-64928580

5)Press Gazette, BBC to review social media rules for all staff in bid to resolve Gary Lineker row, March 13 2023

6)Jean Seaton, History of the BBC: impartiality https://www.bbc.co.uk/historyofthebbc/100-voices/inventingthefuture/impartiality/

メディアの動き 2023年03月27日 (月)

#467 平成の放送制度改革を振り返る

 メディア研究部(メディア史研究)村上聖一

  平成(1989年~2019年)の約30年間、インターネットが普及し、放送と通信の融合が進展していく中で、放送制度にも大きな見直しが迫られました。この間、制度改革をめぐってどのような議論が行われ、どのような結論に至ったかについては、『放送研究と調査』で2回にわたってまとめましたので、以下より、ぜひお読みいただければと思います。ここでは、簡単にその内容をご紹介します。

▶ 『放送研究と調査』2023年1月号
  平成の放送制度改革を振り返る(1)放送・通信融合と法体系見直し

▶ 『放送研究と調査』2023年2月号
  平成の放送制度改革を振り返る(2)番組規律をめぐる議論

  従来の制度で問題になったのは、放送と通信が融合する中で、テレビや電話といった業態別の縦割りの法体系では、新たなサービスの創出に支障があるのではないか、という点でした。これについては、2000年代に入り、官邸主導の政策形成が進む中、総務省や放送事業者に加えて、IT戦略本部といった新たなアクター(行為主体)が政策形成に参入しました。そして、以下の図にあるように、縦割りの法体系からレイヤー型(横割り型)の法体系に転換し、規制の緩和を図るべきといった改革案が浮上しました。

2001年の法体系見直しのアイデア
kiseikaikaku.jpg(IT戦略本部IT関連規制改革専門調査会資料)

  これに対して、以下の図は、2010年に実現した放送・通信関連法の再編後の法体系です。この図を見ると、新たなアイデアが採用され、レイヤー型の法体系に移行したと言うことはできるでしょう。一方で、先のアイデアが提示されてから実際の法改正に至るまでに、10年近くの期間がかかったこともわかります。また、図からは読み取れませんが、改正内容を詳しく見ますと、放送での完全なハード・ソフト分離といった改革は見送られ、規制の見直しを含め、法改正は、既存の放送事業者の経営に大きな影響を及ぼさないものとなりました

2010年の放送・通信関連法の再編
soumusho.png(平成27年版情報通信白書)

  改革の中身が変化していった背景には、制度を抜本的に見直すアイデアは新たなアクターによって打ち出されたものの、それが具体化される段階で、所管官庁(総務省)や放送事業者といった従来の政策共同体が大きな影響力を持ったという点があります。そして、そうした政策共同体を中心に検討が進む中で、改正内容が次第に漸進的なものになっていった面があります。

  さらに、平成期の制度改革をめぐって指摘できる問題はこれだけではありません。放送制度の見直しでは、法体系の再編に加えて、メディアが多様化する中でのコンテンツ規律(番組規律)の見直しも重要な課題になりますが、制度の見直しにあたっては、その2つが切り分けられ、異なるアクターによって別々に議論されたということも指摘することができます。そして、コンテンツ規律をめぐる議論は、放送・通信融合への対応というよりも、番組をめぐる個別の問題が発端になって起きることが多く見られました

  例えば、1997年放送法改正でなされた番組審議機関の機能強化では、それに先立って起きた番組をめぐるさまざまな不祥事が存在していました。また、2010年の法体系の再編の際には、通販番組を含め、放送番組の種別の公表を義務づける規制強化がなされましたが、これもその直前の通販番組に対する批判がきっかけでした。

  しかし、放送制度の目的が、究極的には、「放送による表現の自由の確保」や「健全な民主主義の発達」(放送法1条)にあることを考えれば、法体系の見直しにしても、番組規律の見直しにしても、そうした目的を踏まえた上で、双方をどのように組み合わせれば政策目標の達成につながるのか、といった観点からの議論がより求められていたのではないかと指摘することができます。

  放送制度は、令和に入ってからも見直しが続いています。そこでは、近年の情報空間の変容を踏まえた上で、放送政策の目標を改めて確認し、制度のあり方を体系的・総合的に検討していくことが求められていると思います。

 

メディアの動き 2023年03月23日 (木)

#466 テレビのジェンダーバランス~国際女性デーのメディア発信から日常の放送・報道を見直すことを考える~

メディア研究部 青木紀美子・小笠原晶子・熊谷百合子・渡辺誓司

 3月8日は国連が定める「国際女性デー」。2023年もこの日をはさみ、さまざまなメディアで女性の政治参加、働きやすさ、からだのこと、差別の問題など、女性やジェンダーの課題を考える多くの特集や連載が組まれました。

#自分のからだだから

 ハッシュタグ「#自分のカラダだから」(1)では、女性の健康な生き方につながる情報を発信するため、NHKと在京民放6局(日本テレビ、テレビ朝日、TBS、テレビ東京、フジテレビ、TOKYO MX)が連携しました。このうちNHKは、Eテレ 「u&i」の『なんでずる休みするの? ~生理』」や特集ドラマ『生理のおじさんとその娘』をはじめ、ドラマや情報番組、報道番組などで幅広く関連するテーマを取り上げています。フジテレビでは男性も加わり、アナウンサー8人が性別に関わる「決めつけ」について考える記事も特集ページ「"私"を生きる~live My life~」(2)に掲載しました。朝日新聞の「ジェンダーを考えるThink Gender」(3)や東京新聞の「ジェンダー 平等 ともに」(4)は、社会が生む性差や性差別について問いかけています。
 こうした特集は、日常的には取り上げることが少ない、あるいは光があたりにくいテーマや課題などについて、シリーズにしたり、ハッシュタグでひもづけたりすることで、読者や視聴者の注意を引き、関心を広げる可能性があります。女性の視点を伝える発信が多いことは、メディアが社会の多様性を反映するという観点からも、男性を含めより多くの人に「気づき」のきっかけをつくるという観点からも歓迎したいことです。一方で、国際女性デーの前後というタイミングを利用しないと伝えられないことがあるのだろうか、常日頃から女性の課題を取り上げ、女性の視点を反映することはできているのだろうか、という懸念も抱きます。
 私たち文研の多様性調査チームは、テレビの番組に登場する人物のジェンダーバランスを継続的に調べ始めています。2021年度の調査(5)ではNHKと在京民放キー局の女性と男性の割合は、番組全般をみるとおよそ4:6、夜9-11時台の主要ニュース番組ではおよそ3:7で男性の割合が高く、年齢層でみると女性は若い年層が多く、男性は中高年層が多いという結果になりました。ニュースに登場する女性は街頭のひとことインタビューなどでは男性と同数に近い一方、肩書ある立場から発言することは男性に比べて大幅に少ないといった偏りがあることもわかりました。
 この傾向はその後、少し変わったのでしょうか?下の図は集計中の2022年度の調査結果です。テレビ番組全般については6月の1週間、NHK総合とEテレ、在京民放キー局のあわせて7チャンネルの登場人物についてメタデータ(6)に記録がある人について集計したものです。女性の割合は2021年度に比べて1ポイント増えていました。

番組全般の出演者

 夜の主要ニュース番組については6月と11月の月~金曜日に登場した人物を調べたものです。女性の割合は番組全般とは逆に1ポイント減っていました。ニュース番組は10日分、番組全般は1週間分の数字なので、増減はどちらも誤差の範囲で、大きな傾向は変わっていなかったというべきかもしれません。より詳しい集計内容については、追ってこちらのブログや文研が出版する『放送研究と調査』でご報告します。

夜のニュース番組 登場人物

 ちなみに日本の総人口をみると、女性は半数以上を占めています。労働力人口でみても、女性は全体の 45%近くを占めています。(7)多くの女性は仕事と子育ての両方の負担を担い、社会を支えています。しかし、非正規雇用の割合が高いということもあって、コロナ禍では解雇や育児負担などでより大きな影響を受けたことがわかっています。ところが、テレビに映し出される世界には女性が少なく、女性の視点が十分には反映されていない可能性を上記のデータは示唆しています。『放送研究と調査』2023年2月号の「"コロナ特別休暇"制度の報道は子育て世帯に届いたのか?(8)のために行ったアンケート調査では、仕事と育児を両立する女性、男性のいずれもがテレビニュースは「多様な意見を届けていない」、「子育てや生活情報が少ない」と感じていることが明らかになっています。
 世界経済フォーラムのグローバル・ジェンダー・ギャップ報告(2022)で日本は調査対象146か国中116位。イギリスのエコノミスト誌が行った「女性の働きやすさ」についての調査では、今年も主要29か国のうち28位でした。メディアが女性の姿や声を反映せず、ロールモデルを示さないことなどでジェンダー・ギャップを固定化し、再生産していないか、考える必要があります。

日本の人口

 2月のブログ記事「北欧メディアに学ぶジェンダー格差解消のヒント(9)では、アイスランド国営放送編集長ソーラ・アルノルスドッティルさんの「人々にとって何がニュースなのかを再定義する必要があるのです」という問題提起を伝えています。『放送研究と調査』の連載「メディアは社会の多様性を反映しているのか➂(10)では、アメリカのメディアが組織・人材とコンテンツの多様性向上をめざしている背景にメディアとしての存続への危機感があることも紹介しました。
 国際女性デーにあわせて組まれた特集や連載、その中で取り上げたテーマや課題、女性の視点が、日常のテレビ番組、新聞記事、メディアの発信内容や価値判断の基準を見直す手がかりになっていくとよいのではないか、と私たちは考えています。それは男性も含めメディアの取材・制作現場にいる人、編集方針を決める権限を持つ人たちの新たな気づきのきっかけになり、問題意識の共有につながるのではないでしょうか。国際女性デーの前後はこうしたメディアの課題を考える機会でもあります。


(1)#自分のカラダだから ──メディア連携で女性の体・心・生き方について考えるコンテンツを集中発信!(NHK、民放各局)
https://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=37744
(2)"私"を生きる~live My life~(FNNプライムオンライン)
https://www.fnn.jp/subcategory/live_My_life
(3)ジェンダーを考えるThink Gender(朝日新聞)
https://www.asahi.com/special/thinkgender/?iref=kijiue_bnr
(4)ジェンダー 平等 ともに(東京新聞)
https://www.tokyo-np.co.jp/tags_topic/womensday
(5) 連載 メディアは社会の多様性を反映しているか①
調査報告 テレビのジェンダーバランス(『放送研究と調査』2022年5月号)
https://www.nhk.or.jp/bunken/research/domestic/20220501_7.html
(6) エムデータ社のメタデータ記録を利用
(7) 令和3年版働く女性の実情(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/josei-jitsujo/21.html
(8) "コロナ特別休暇"制度の報道は子育て世帯に届いたのか?~「共働き子育て世帯のメディア接触調査」の結果から~(『放送研究と調査』2023年2月号)
https://www.nhk.or.jp/bunken/research/domestic/20230201_4.html
(9) 北欧メディアに学ぶジェンダー格差解消のヒント
https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/100/480010.html
(10) 連載 メディアは社会の多様性を反映しているか③ 将来に向けた危機感を問うアメリカの事例と専門家の提言(『放送研究と調査』2023年1月号)
https://www.nhk.or.jp/bunken/research/oversea/20230101_4.html
メディアの動き 2023年03月20日 (月)

#464 「復帰」51年目に沖縄のことを考える ~『放送メディア研究16号』発刊に関連して~

メディア研究部(番組研究) 高橋浩一郎

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 研究誌『放送メディア研究』の第16号が今月発刊されました。テーマは「沖縄 『復帰』50年」です。
 沖縄が日本に「復帰」して50年が経過した2022年は、年明け早々3年目となる新型コロナの第6波、2月にはロシアによるウクライナ侵攻、7月には安倍元首相銃撃事件など、その後に尾を引く出来事が次々と起こり、「復帰」報道はその中に埋もれてしまった印象があります。その中で、メディアは沖縄に関して何を伝え、そして何を伝えなかったのでしょうか。本ブログでは、内容の一部と取材・編集を通じて感じたことを交えながら、「復帰」51年目に沖縄について考えることが持つ意味合いを検討します。

沖縄と本土メディアの報道ギャップ

 本書では、テレビや新聞、ネット、出版物やアートなど幅広い領域を対象にし、沖縄と本土それぞれの「復帰」に関わる動向を扱っています。ここではテレビ番組の分析から明らかになった点を簡潔に述べます。
 全国向けのテレビ番組に関して「沖縄」に関する話題は調査対象期間(2022年1月~8月)を通じて、紀行、グルメ、バラエティー番組や、コロナ関連の報道など一定程度伝えられ続けました。その一方、「復帰」に関する報道になると、5月15日の復帰記念式典の当日周辺に集中的になされたものの、それを除くと一部の番組を除いてほとんどなされず、その傾向は特に民放キー局において顕著でした。他方で、沖縄のローカル放送に目を向けると、局によって多少の差はあるものの、NHK、民放を問わず、期間を通じて「復帰」に関するニュースや企画、特集番組が放送され、全国向けと沖縄ローカルの間に「復帰」報道に関する報道量と質において大きな差があることが確認されました。
 さらに日常的に報じられるニュースでも、安全保障に関わる沖縄の米軍基地問題について両者を比較すると、昨年4月の4週間に、4つのローカルニュース番組で報じられた項目が99なのに対し、7つの全国向け夜のニュース番組では4本でした。沖縄ローカルで報じられたものの全国では報じられないニュースには、台湾危機を背景に活発化する米軍の軍事演習の影響として、漁場付近での指定区域外訓練(4月7日・北谷町)や民間地上空でのオスプレイのつり下げ訓練(4月15日・宜野座村)などがありました。(後者については、すべての全国向けニュースの中でNHK『列島ニュース』のみ報じていました。)どのニュースを全国向けにするかという判断は各放送局の個別の番組に委ねられており、明確な共通基準があるわけではありません。しかし、こういったニュースが果たして沖縄ローカルの放送だけにとどまり、全国の人たちに知られないままでよいのか議論の余地があります。

全国に十分伝えられない命に関わる問題

 沖縄のローカル放送では活発に報道されるものの、全国向けニュースではあまり大きく取り上げられていない問題として、有機フッ素化学物PFASによる水汚染もあります。PFASは深刻な健康被害との関連が指摘されている有害物質です。県民の3分の1に当たる45万人の飲み水に長年混入していたことが2016年に県の企業局の記者会見で明らかになり、その後、米軍基地周辺で国の基準値を大きく超える濃度のPFASが次々と検出されました。基地内で使用される泡消火剤との関係が疑われていますが、日米地位協定のために米軍基地内への立ち入り調査ができず汚染源が特定されていません。
 本号では二人のジャーナリストNHK沖縄放送局の記者・解説委員の西銘むつみさんと、OTV沖縄テレビのキャスターの平良いずみさんの対談を掲載しています。沖縄と本土の間に立ちはだかる「壁」の存在や、それをどのようにして乗り越えるかなど、率直な意見が交わされた対談の中でもPFASについて語られました。PFASの水汚染問題を追ったドキュメンタリー『水どぅ宝』(FNSドキュメンタリー大賞、「地方の時代」映像祭の優秀賞など受賞)の制作のきっかけとなったご自身の体験を平良さんが語ってくださったときの言葉です。

平良ちょうど育休をとってて、まもなく1歳になるぐらいのときにPFASの問題が出て、「いやいやいや。産婦人科で赤ちゃんにミルク作るときに水道水で煮沸して飲ませろって言ったよね」って、もう何か震えが止まらなくなっちゃって。この怒りとこの不安をどこに向けたらいいんだろうと。

平良いずみさん(OTV沖縄テレビ) 平良いずみさん(OTV沖縄テレビ)

 大切な我が子にPFASが混入している水を飲ませていたことを知ったときの驚きと悔しさ、怒りはどれほどだったでしょうか。『水どぅ宝』の中には「自分たちが状況を変えていかなければ、子どもを守ることができない」という切迫した思いから市民運動を始める母親たちの姿が描かれますが、その思いは子育ての"当事者"の一人である平良さんご自身のものでもあります。

子どもたちが日常の中で感じていること

 また同じ対談で、2015年にNHKスペシャル『沖縄戦全記録』(日本新聞協会賞、ギャラクシー奨励賞受賞)を制作した西銘むつみさんは普段の生活の中でお子さんが次のようなことを言うのを聞いたといいます。

西銘長男が中学生だったのかな、野球部の練習が終わって着替えるときに「沖縄って基地があるから攻撃されるのかな。」野球ばっかりやっている子どもたちが、普通にそんな話をして、「お母さん、俺たち徴兵されるの?」とか言うんですよ。そういう感覚がわかるのが、記者にとってありがたいというか、子どもを見ることで自分がどんな言葉で報じていけばいいのかっていうことをすごく教えてもらえます。

 

西銘むつみさん(NHK沖縄放送局) 西銘むつみさん(NHK沖縄放送局)

 西銘さんは、ご自身の息子さんが戦争の影を不安に感じながら学校生活を送っていることを知って「自分がどんな言葉で報じていけばいいのか」教えてもらえたといいます。それは、どれだけ沖縄戦の教訓を伝えても、自分の子どもが感じている戦争の不安を払拭させることができない現実を突きつけられた瞬間だったのかもしれません。しかし、無力感や絶望にさいなまれる暇はないというように、西銘さんは「では、次にどう伝えたらいいのか」考える契機としてとらえ、きっかけを与えてくれた子どもの存在をありがたいと感じています。
 お二人の対談から、幼い子どもを健康に育てることや、子どもが安心して暮らすことさえままならない現実が沖縄にあることに思い至ります。それと同時に容易ではないけれど、これからを生きる子どもたちのために現実をよりよいものに変えていかなくてはというジャーナリストとしての気概を強く感じます。それは大上段からもの申すというより、当たり前の生活実感を大切にし、「おかしい」と思うことにちゃんと反応する姿勢から来るように思えました。

呼びかけにちゃんと応える

 私たちはともすると自分から距離のある物事に無関心でいたり、冷淡な態度を示したりしてしまいがちです。沖縄で起きていることをメディアが十分伝えない以上、本土に暮らす人々が「自分には関係ない」と思ってしまうのもある程度やむをえないことなのかもしれません。
 しかし、PFASによる水汚染は青森の三沢や山口の岩国、神奈川の厚木、横須賀、東京の横田周辺など広い地域で確認されています。ロシアによるウクライナ侵攻や台湾危機を受けて、日本の安全保障政策は十分な議論を経ずに大きく方針転換し、日々のニュースに接する私の子どもたちも戦争への不安を感じるようになっています。沖縄の出来事は、時間差をおいてこの国で暮らす人の身に等しく降りかかっていることに気づく必要があります。
 「自分や身近な子どもが沖縄にいたら」と想像し、自分にできる範囲で呼応することが、子どもたちの未来を預かる大人に求められています。本土に暮らす人々が「復帰」51年目に沖縄のことを知り、考え、行動することは、自分自身や自分の大切な人の未来を考えることにもつながっているのだと思います。

(*4月20日に『放送メディア研究16号』の全文が文研HPで公開される予定です。)