文研ブログ

2020年6月

メディアの動き 2020年06月26日 (金)

#257 感染者や医療従事者等が追いつめられない社会を~放送は何を心がけるべきか~⑵「速報性に寄らない報じ方を模索する」

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子


*6月19日を過ぎても……

 6月19日は、新型コロナ対策にとって節目の日となりました。1つは、緊急事態宣言の終了を受けて、県をまたぐ移動の自粛が解除されたこと。週末にはにぎわいが戻ってきた全国の観光地の様子がメディアで報じられました。もう1つは、感染拡大を防止する「新型コロナウイルス接触確認アプリ」が厚生労働省からリリースされたこと。このアプリは、「スマートフォンの近接通信機能(ブルートゥース)を利用して、お互いに分からないようプライバシーを確保して、新型コロナウイルス感染症の陽性者と接触した可能性について、通知を受けることができる」というものです。ただし、都市封鎖などの対策を行わずに第2波を抑えるためには、全人口の約56%がアプリを利用する必要があるとの報告(英オックスフォード大学の研究)もあります。
 週末は、私が住んでいる東京はお天気がとてもよかったので、久しぶりにゆっくりと外出を楽しみました。ただ、県境を越えて観光に出かける気分になれるのはもう少し先かな、と思っています。接触確認アプリについては、自分や自分の大切な人たちのため、そして社会を守るためにも重要であると思い、早速インストールしました。スマホにアプリが入りこれで一安心と思ったのですが、陽性者と濃厚接触した通知が来たらどうしようと却って不安になってきてしまいました。新型コロナウイルスと共存する社会とはどのようなものなのか、その中で自分らしい生き方をどう見つけていけばいいのか。“新しい生活様式”と言われても、どこかまだしっくりきておらず、揺れ動いている自分がいます。皆さんはいかがでしょうか。

*厳しい現実を直視する

 さて、先日のブログで私は、“withコロナ時代”は「誰もが安心して感染できる社会」でなければならない、と書きました。感染した人が差別を受けたり、いわれなき噂に翻弄されたりする社会であってはならない、という意味です。そうした社会にしていくために放送局は何を心がけるべきか、最近視聴したローカル民放制作の2つの番組から学ばせてもらうことが色々とあったので、このブログで皆さんとも共有したいと思いました。
 前回は、放送局で感染者が出た場合にどのような対応をとるべきか、実際に2人の感染が確認されたOBS大分放送の検証ドキュメンタリー番組を取り上げました。OBSを取材する前には、私は、放送局は組織として感染した社員を守る姿勢を貫き、その姿勢を視聴者に示すことこそが、全ての感染者を好奇の目や差別・偏見に晒されない社会を作ることにつながるのではないかと考えていました。多くの視聴者を持ち影響力の大きなマスメディアだからこそ、毅然としてその役割を果たさなければならないとも思っていました。この考えは今も基本的には変わりません。しかし、取材を通じて認識したのは、そのことを許さない、新型コロナウイルスの感染者や感染者を出した組織に対する「社会のまなざし」の厳しさです。放送局は情報を提供する報道機関であり、公益性の高い企業であることから、詳細な情報を提供することは使命であり、その行為こそ公益性にかなうものであるのではないかという、強いプレッシャーを受けていました。これは私が想像していた以上に厳しいものでした。

 今回取り上げるのは、そうした「社会のまなざし」を真正面から取り上げたラジオドキュメンタリーです。タイトルは『『感染』―正義とは何か』。制作したのは愛媛県のRNB南海放送です。番組を告知するTwitterには、「正直、「不快」な番組です」と書かれていたので、一体どんな番組なんだろうとリアルタイムで聞いてみました。なるほど確かに、偏見や差別、いわれのない噂が生まれてくる、その現場にマイクが深く入り込んでいて、番組で紹介される心無い一言一言には、いいようのない哀しさを覚えました。でも同時に、一人の人間として、また一人のメディア人として、この番組は最後まで聞かないといけない、決して他人事として済ますことはできない、そんな義務感のようなものも感じました。自分の心の中にも存在するだろう醜悪な部分がえぐり出されて目の前に突き付けられ、息苦しく身動きすらできない45分間……。こんな感覚は久しぶりでした。
 早速、どんな思いでこの番組を制作したのかを知りたくて、制作に携わったRNBの植田竜一ディレクターと連絡を取りました。残念ながら、番組はradikoのタイムフリーの期間を過ぎてしまっているため皆さんにお聞きいただく事はできないのですが、今回はRNBの許可を得て、音源も一部交えながら番組を紹介し、植田ディレクターのインタビューと共に、この番組が社会に訴えたかった意味について考えたいと思います。なおご紹介する音源は、植田ディレクターと相談の上で、当事者取材の部分については控えることとしました。また、番組では実名で取り上げていた当事者の名前も伏せています。

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*<ディレクターインタビュー>番組を制作したきっかけ

Q(村上)まず、この番組を制作しようと思ったきっかけを教えてくださいますか。

A(植田)
0626002-1.jpg 県内で初の感染者が出た際、ネットや口コミで広まっていた「感染者は自殺した」という噂を私も信じていました。しかし、のちに実際は全くのデマであったことが分かります。情報を鵜呑みにしていたことを自省するとともに、「もしかしたら、本当に怖いのは、本当に蔓延しているのは、ウイルスではなくもっと別のものなのではないか」と思い取材をはじめました。
 一方で、連日ニュースなどで報道されるのが新規感染者数をはじめとする統計的なものばかりで「人の心」について取り上げられていなかったこと、また、徐々に感染者数が減少していき、様々な人権侵害について総括されることもなく、新型コロナが過去の出来事のように扱われはじめる危機感があったことから、番組の方向性を定めていきました。

 

*<番組紹介①>デマと偏見が飛び交う町

 番組は2つのパートで構成されています。前半は今回の新型コロナウイルスを巡る現場の取材、後半は愛媛県におけるハンセン病患者やエイズ患者の歴史の教訓に学ぶパートです。前半の新型コロナウイルスに関しては4つの現場を取材しています。

0626003-2.png 1つ目の現場は、愛媛県最南端、高知県に隣接する人口2万人ほどの漁業の町、愛南町。先ほど植田ディレクターが言っていた県内最初の感染者が出た町です。感染者の女性はクラスターとなった大阪のライブハウスに行っており、ネット上では「松山市に引っ越しを余儀なくされたらしい」「迫害されて自殺したんだって」というデマが2か月にわたり飛び交いました。

 番組では、この町で2人目に確認された感染者とその周辺の住民への直接取材を行っています。県からはこの2人目の情報は「60代女性自営業」とだけ発表されていましたが、発表から半日たたないうちに多くの住民がどこの誰なのかを特定していました。番組では住民達の生々しいインタビューが肉声で紹介されます。


「感染した人の情報ってのは、もうその日に出ますね。(中略)その日のうちに連絡網みたいな感じで、あれ、どこどこの誰誰よって感じで」
「狭い町やけん。噂が立つのも早いし」
「悪気があって言うんじゃないけどな」

  2つ目の現場は県内では3番目に人口の多い新居浜市。市内の小学校でした。その小学校では、トラックドライバーの父親を持つ子供3人に対し、登校を自粛してほしいとの要請が行われていました。学校は、その父親が感染拡大地域を行き来していたため、その家族も含めて感染リスクが高いと判断したとのことでした。3人の子供のうち1人は新一年生。結局その子供は入学式に参加できませんでした。番組では教育長に直撃しています。

「感染拡大地域に行かれて戻ったという事象のみで気持ちがいって、子どもが新型コロナウイルスにならないことを一番に考えておりましたので、そうした配慮が足りなかったということです」

父親が勤務する運送会社の社長は、父親の憤りを代弁すると共に、自身も無念さとやるせなさを吐露しました。

「実際は感染していないんですけども、突然そういうことを言われると、職業差別にあたると思いますし、子供達の学習権を奪うという行為じゃないかと疑問を感じました」
「ウイルスのおかげで人の心が分断された。それが一番怖い」

県内ではこの他、南部の2校でも同様の事例が起きていたといいます。

 

*<ディレクターインタビュー>「正義」について

Q(村上)番組内では「子供を守るという「学校の正義」が、結果的に子どもから“学ぶ権利”をはく奪したのです」とコメントされていました。自身の信じる正義のために人を傷つけてしまう言動をとった人々に直接向き合って取材し、どのようなことを感じましたか?

A(植田)この番組を企画したきっかけ(噂を鵜呑みにしていたこと)を考えると、私はだれも責める資格はないですし、1人1人の信じる正義や感情は理解できます。そして、街中の通行人を含めて今回取材した方の全員が、悪意をまったく持っていませんでした。1人1人の「正義」が悪意を揉み消している装置なのだとしたら、やはり厄介で深い問題なのであると再認識させられました。「誰も悪くはないけれど、誰もが責任を負う」と感じています。

Q かなり踏み込んで取材をしていると感じました。当事者を取材することについての苦労や葛藤などはありませんでしたか?

A 取材を受けていただいた方以外にも、「番組にされるとまた誹謗中傷を受けるから…」と何件もの当事者に断られました。私たちが番組にすることで、被害者の方が二次、三次…とまた誹謗中傷が連鎖するのではないかという葛藤は常につきまといました。それでも、「1か月後でも1か月前でもなく、“今”こそ負の事実を伝えないといけない」という熱意一本で取材対象者を説得し、インタビューを重ねて放送に踏み切りました。
 しかし、正直なところ、まだメディアが誹謗中傷を悪化させるのではないかという葛藤は払拭できていません。いずれにせよ、改めて、差別や誹謗中傷の前にメディアの使命というのはあくまでも自己都合・自己満足に過ぎないということについて自覚的になるべきだと痛感しています。

 

*<番組紹介②>励ましが一転、誹謗中傷に

 3つ目の現場は、松山市で8人の感染が確認された高齢者向け介護施設。ここでは、県知事及び市長の会見を契機に、施設に向けられる「社会のまなざし」が180度変化しました。番組のこのパートを抜き出して再編集した音源がこちらです。

  感染者が出ていたにも関わらず、濃厚接触した職員に自宅待機をさせず、そのことによって感染が広がってしまったこの施設の対応に対し、県知事は「由々しき事態である」と施設側の対応を厳しく批判。市長も同様の姿勢で批判しました。

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この日までは、施設には支援の声や励ましが寄せられていましたが、それが一転して誹謗中傷に変わっていきます。ただし、取材をしていくと、施設側はすぐに職員を自宅待機させることはできない、と市役所に訴えていたこともわかってきました。しかし今も施設側と市側の見解は相違したままです。

*<ディレクターインタビュー>報じるメディアの課題

Q 新型コロナウイルスに関しては、放送局では連日、知事や首長の会見を中継しています。ニュースや情報番組でもトップで扱われることが多く、知事や首長が番組に出演する機会も増えています。そのため、どこまでが行政の“広報”で、どこからが局が取材した認識に基づいた“報道”なのか、その境目が曖昧になっていることがメディアとしての大きな課題だと私は感じています。今回の松山市の高齢者向け介護施設の事例は、その課題が実際に現場で被害を生んでしまったケースだと思います。植田ディレクターは、かつて報道セクションに所属しており、そして現在は異なる部署でこの番組を制作しましたが、このあたりのことはどう捉えていますか。

A 私たちメディアが様々な出来事に対して善悪の価値観を決めつけて報道している限り、差別を助長・誘発してしまうことを痛感しました。実際に今回取り上げた、自治体のトップの発言がきっかけで高齢者施設に批判が集中した事案では、マスコミも一斉に「施設の不行き届き」として報道しました。こちらで一方的に価値を判断してニュースにしましたが、取材を進めるとそうとも言えない一面が見えてきたのです。事実が明らかになっていくにつれて、メディアの報道姿勢はしれっと変えることができますが、一度傷ついた人の心は元には戻りません。取材の中でも、私を含めてメディアへの批判は数えきれないほど受けました。

Q 知事会見後にわかってきた、高齢者向け介護施設側と市役所とのやりとりについて番組では紹介していましたが、御社のニュースもしくは情報番組の中では伝えたのでしょうか。

A 知事会見については民放4局とも報じましたが、このやりとりについて後日詳しく報じたのは、確認できる限りでは1局のみでした。弊社も継続的に報道していません。自分も報道セクションに身を置いていたので実感していますが、やはりニュースや情報番組は「タイムリーさがポイント」で、過ぎ去ったニュースの後追いを報じることは難しい、その体質はなかなか変わらないのではないかと思っています。

Q 番組制作を通じて学んだことや、得た教訓などがあれば教えてください。

A 感染が拡大している際に報道において最も重きを置くべきことは、「この情報を伝えることで少しでも人の命を守ることに役立つか」どうかではないかと教えてくれました。そうすると、どこの誰が感染者かをより詳細に報道することが、果たして上記の「人の命を守る」ことにつながるか疑問を感じます。感染拡大を防ぐためにも感染者本人を深く掘り下げるのではなく、もっと他の方法があったのではないかと思います。
 人の口に戸はたてられません。でも、SNSのボタンを押す前に、また、お隣の人に「ねえねえ知っとる?」という前に、ちょっとだけ思いとどまってもらえるか、メディアにできることはそのくらいしかないかもしれませんが、でもそれができればとても大きい。そういう番組制作をこれからも目指していきたいと思います。

Q ローカル局でこうした骨太のドキュメンタリー番組を制作する意義についてはどう考えていますか?

A どの番組でも地方局の人間として普遍性と特殊性は常に意識しています。
 愛媛や地方だからこそ持つ魅力や愛媛や地方だからこその見えてくる課題をまずは徹底的に掘り下げる。そのうえで、「これは首都圏や全国の人たちには関係のないことなのか」「後世の人たちには関係ないことなのか」を考える。今回に関しては、県内の個別事例を掘り下げると見えてきたのが「人として」の問題だったので、明らかに普遍性があると思い、全国の方が聞いていただいても意味のある内容にしようと心掛けました。
 一方で、人口減少が進む中、わたしたち地域のメディアが向き合っている課題は、将来の日本全体が向き合うことになる課題であると感じています。狭い町だから感染者を特定した事案や、県民・市民に人気のある自治体のトップの発言は大本営発表のように疑わざる事実としてとらえてしまう事案など…。地域のメディアこそ声を上げないといけない。そこに意義があると思います。

*<番組紹介③>歴史から学ぶことの重要性

 番組の後半は、愛媛県にちなんだ2つの歴史から、コロナ禍の社会が抱える課題をどう考えていけばいいのかを探っています。1つは、四国八十八か所のお寺を巡るお遍路の歴史から、もう1つは日本で初めて実名を公表し薬害エイズ訴訟を闘った、愛媛県在住だった赤瀬範保さんの言葉から。ここでは、赤瀬さんのパートの音源を紹介しておきます。

 

 最後に、番組のエンディングのコメントをそのまま紹介します。

「いつか来る新型コロナを乗り越えた後の世界、
“未来の教科書”にはこの感染症はいったいどのように描かれるのでしょうか。
忘れてはいけないはずです。
私たちの「正義」は、根も葉もない噂を作り出すこと。
私たちの「正義」は、簡単に偏見を生み出すこと。
私たちの「正義」は、感染した人を特定しようとすること。
私たちの「正義」は、一生消えない傷を負わせること。
私たちの「正義」は、“感染する”ということを…。」

*取材を終えて

 植田ディレクターは、入社5年目。3年間、報道のセクションを経験し、ラジオの制作に携わって2年目です。SNSの持つ危うさも、人間関係の濃密な地域社会の厄介さも、報道機関の持つ速報性重視という課題も、それぞれを自身の問題として体感しながら、それらを相対化して普遍的な問題に挑もうとする姿勢に、同じメディア人として多くのことを学ばせていただきました。快く取材に応じていただいたこと、また音源まで提供してくれたRNBに改めて感謝します。
 今回改めて、全国各地の放送局には学ぶべき番組が数多くあるということを実感しました。こうした番組がアーカイブ化され、全国の多くの人達に見たり聞いたりしてもらえる機会が増えることを願いますが、このブログでも時々こうして、皆さんに共有していければと思っています。


調査あれこれ 2020年06月24日 (水)

#256 減少する中流意識と変わる日本人の社会観

世論調査部(社会調査) 小林利行

みなさんは、下の図が何だがわかりますか。

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左の「A」は、底辺が分厚くて、中間が細く、天辺もやや分厚くなっています。
その隣の「B」は、底辺が分厚いのは同じですが、上に向かう程、細くなるピラミッド型です。
反対に、いちばん右の「E」は、逆ピラミッド型で、下が細く、上が分厚くなっています。

実は、これらの図は、下から上に行くほど豊かになる階層社会をイメージした図なんです。
底辺の「下流層」が最も多く、次に「上流層」が多くて、「中流層」が少ない「A」は、
格差が大きな社会を表しています。「B」⇒「C」⇒「D」と右に行くほど格差が小さくなり、
「下流層」が少なくて「上流層」が多い「E」は、格差が小さな社会というわけです。

NHK放送文化研究所では、1993年からISSPという国際比較調査グループに参加して、
10年ごとに、同じテーマで調査を行っています。
去年(2019年)のテーマは、さまざまな格差についての意識を探る「社会的不平等」で、
上の図を示して、どの図が理想の社会で、どの図が現実の社会だと思うか選んでもらいました。

日本の調査結果を示したのが下のグラフです。
20年前(1999年)と10年前(2009年)と比較しています。

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「理想」の社会では、20年前も、今も、「D」が最も多くなっています。
「中流層」が分厚く、「上流層」と「下流層」が少ない社会を「理想」と考える人が多いのです。

ところが、「現実」の社会は違います。今回、最も多かったのは「B」のピラミッド型でした。
2番目に「C」が多く、「D」は3番目になっています。
「現実」の「D」の20年間の変化をみると、1999年は32%だったのが、2019年は20%と、12ポイントも減っています。

これは、日本が「中流層」よりも「下流層」が多い社会になっていると思う人が、20年間で増えたことを示しています。

「中流意識の減少」という変化がみられる一方、日本人の社会観にも注目すべき変化が現れています。


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現在の日本の社会が、「学歴がものをいう社会」だと思うかどうか尋ねたところ、
『そう思う』という人は、20年前の86%から、今回は73%と10ポイント以上減りました。

その一方で、「自然や環境を大切にしている社会」だと思う人は、20年前は21%だったのが、
今回は37%と15ポイント以上増えています。

「出身大学がものをいう社会」「お金があればたいていのことがかなう社会」なども減り、
代わって「人との結びつきを大事にする社会」「人と違う生き方を選びやすい社会」などが増え、
若い年代を中心に、社会に対する見方が変わってきていることが、調査から見えてきました。

この論文は、「放送研究と調査」5月号に掲載しています。是非、ご一読ください!


ことばのはなし 2020年06月17日 (水)

#255 シャリだけ握ってくれないか? ~「読みことば」の秘密に迫る新連載『新・放送文章論』

メディア研究部(放送用語・表現) 井上裕之

 

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 ニュースは 握りずし である。
 どちらも扱う“ネタ”は、「新鮮」で、なるべく素材を加工せず「そのまま」、そして「種類が豊富」なほうがいいから。

  …もちろんこれは例え話です。が、テレビ番組を料理に例えると、ドラマやドキュメンタリーは、作品一つ一つが味わい深い、さながら手の込んだフランス料理や中国料理。その点ニュースは、手早く食べられる握りずしの魅力を持っています。

 ふだんはみんな、「トロがうまい」「きょうのウニは新鮮」と、ネタのよしあしに注目し、それらをのせるシャリを話題にしません。でも、かの料理界の巨匠、ジョエル・ロブションは、日本で銀座のすし屋に連れて行かれたとき、最初に白身、次にイカ、と注文した後、3番目にはなんと、シャリだけを握ってほしいと頼んだそうです。そして、それを口にするや、「この味は自分にはできない」と、老舗の編み出した酢飯の味わい深さに脱帽したとか…。

 このシャリにあたるのが、ニュースでは文章です。どんなできごとでも、短い時間で視聴者の前に出してしまうその文章スタイルは、ネタのおいしさをそのまま伝えることを最優先にし、自己主張をしません。だから、ふだんは誰も気に留めませんが、料理界の巨匠が感嘆したシャリだと思えば、その秘密にも興味がわいてきませんか?

 ニュースの文章は、読み上げられる前提で書かれた文章を実際に声に出して読んで伝える点で、「話しことば」とも「書きことば」とも違う、「読みことば」とされています。文研では、それをしばしば「放送文章」と呼んできました(連載のタイトルはここから来ています)。ニュースの放送文章は、100年近い日本の放送の歴史の中で生み出されたことは確かです。ただ、その特徴は、ネット時代を迎えた今もまだよくつかめていません。

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「放送文章」ということばが使われているNHK放送用語委員会の報告(『放送研究と調査』1993年6⽉号)

 本連載は、文研が毎月発行している『放送研究と調査』のことし5月号から隔月でスタートしました。第1回は、「NHKニュースの文はなぜ長い」。読みことばには「改行一字下げ」という段落の目印がないこと(放送文章は“声”だから当然なのですが…)と、ニュースの1文が長いこととの関係についてお伝えしました。第2回(7月号)は、映像と放送文章の浅からぬ関係についてお伝えします。ふだん気が付かない視点から、読みことばの特徴に迫りたいと考えていますので、みなさんにも“シャリだけ”のおすしの奥深さをお楽しみいただければ幸いです。

  

 

メディアの動き 2020年06月12日 (金)

#254 感染者や医療従事者等が追いつめられない社会を~放送は何を心がけるべきか~ ⑴「放送局が当事者になった時」

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子

 

 ここ数か月の間に、手洗い・マスク・ソーシャルディスタンスの3点セットは社会生活におけるエチケットとなりました。ステイホームをいかに快適に過ごすかが人々の関心事となり、クラスター化しやすい場所に行くことはリスクある行為だという認識も広がってきました。“自分を守ろう・社会を守ろう”というメッセージを日々放送し続けるテレビやラジオは、こうした個人や企業のリスク管理の浸透に少なからず寄与していると思います。接触追跡アプリの実用化、検査体制の整備などの動きもあり、迫りくる感染の第二波に備える準備は進んでいるように見えます。

 しかし、感染者に対する「社会のまなざし」についてはどうでしょうか。新型コロナに感染した人はこれまで、地域社会では噂を広められ、ネットでは実名がさらされ、リアルでもバーチャルでも追いつめられてきました。ひとたび感染が確認されると、その人は確認前の2週間の行動に問題がなかったかを徹底的に問われ、少しでも問題があったら責められ、かりに問題がなかったとしても、社会や家族に迷惑をかけてしまったと自分自身を責め、謝らなければならない状態に追い込まれてしまっています。“自分を守ろう・社会を守ろう”と声高に繰り返すことは、反転すると、感染者や感染者を出した組織、クラスターを生んだ医療機関等を、自分を守れない・社会を守れない、と責めたてる社会を作ってしまっているのではないかそう思うこともあります。

 新型コロナと共存しながら社会活動を行う“withコロナ時代”は、究極的に言えば「誰もが安心して感染できる社会」でなければなりません。もちろん、リスク管理は必要です。しかし管理することが目的化してしまうことの怖さも同時にわきまえておかなければ、テレビやラジオは安易に同調圧力に加担し、感染者を更に傷つけてしまうことにもつながりかねません。

 5月21日、日本新聞協会と民放連は「新型コロナウイルス感染症の差別・偏見問題に関する共同声明」を発表しました。「センセーショナルな報道にならないよう節度を持った取材と報道」に努め、「プライバシーを侵害しない範囲で提供するという観点」で議論を続けていくとしています。では、具体的には何をすべきなのか。感染者や感染者が所属する組織、医療従事者等が追いつめられない社会にするために、影響力が大きく、そして公共的な役割を果たすことを法的に定められた放送メディアは何を心がけておくべきなのか。本ブログでは、最近ローカル民放で制作された新型コロナウイルスに関する2本のドキュメント番組を手がかりに、2回に分けて考えてみたいと思います。いずれもローカルエリア向けの放送ですが、視聴した上で制作者に取材をしています。

 

 1回目のテーマは「放送局が当事者になった時」です。ここでは、4月半ばに男性社員1人、役員1人の感染が確認されたOBS大分放送が制作し、5月30日深夜に大分エリアで放送された60分のテレビドキュメント番組『コロナ禍の地方局 感染確認から1か月の記録』を取り上げます。また、6月4日には、OBSと同様に放送局が当事者となった、テレビ朝日の『報道ステーション』で、キャスターが番組内で陳謝すると共に、経緯及び反省点が示されました。この内容についても、OBSとの番組との相違点という面から最後に少し触れたいと思います。

 

*番組制作の経緯

  OBSでは2人の感染が確認された後、社内の44人が接触者として検査を受けることになりました。結果は全員陰性で、幸いなことに感染拡大はありませんでしたが、大型連休までは3つの自社制作番組を休止し、ニュースを扱う夕方のローカルワイド番組も縮小するという判断を行いました。OBSで働く人達は180人あまり。やむを得ない決断だったといいます。

 ドキュメント番組を制作するためにカメラを回し始めたのは2人目の感染が確認された翌日、4月17日からでしたが、その以前の様子も報道部等に据え付けられた情報カメラに映像が記録されています。番組は、こうした映像も交えながら構成されました。

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 当初、番組の企画は、社内の様子だけでなく、他にも県内で感染した人達の生の声を聴くという条件で制作に入ったといいます。しかし現場では予想以上に取材拒否が相次ぎ、番組の撮影はおろか、通常のニュース取材ですら困難な状況に陥りました。そのため、放送を見送るという意見もあったそうですが、地方局で感染者が確認された状況を記録するのも必要だろうとの判断で、取材は社内に関するものに限定して続行されました。

 番組では、ニュース取材に行き詰まる様子も紹介しています。たとえば、学校再開のニュースを取材したいと申し込んだところ、学校からは「テレビ局は全て断っていると言われて取材はNGに。しかし当日のニュースを見ると、OBS以外の各局は学校にカメラを入れて撮影していました。

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*感染した2人のインタビュー

 番組では感染した男性社員と役員にもインタビューしています。
 男性社員の方は、一度38度まで発熱した後、すぐに微熱に下がり、その後、症状らしいものはなかったといいます。インタビューでは、「発熱したのがもし土曜日だったら日曜日に回復して、状況が変わらなければ出社していたと思います」と答えていました。

 役員の方は入院して2週間人工呼吸器をつけるなど重い症状だったといいます。インタビューは機器が外れた当日に行われました。アビガンの投与後に体調が回復したこと、看護師との病室でのやりとりの様子などが紹介された上で、「会社にも迷惑をかける、家族にも迷惑をかける、すべてに友だちにも知り合いにも迷惑をかけて、恥じ入るばかりです」と答えていました。

*広がる社外の人との距離

 社員の家族や、OBSに出入りしている外部の人達にも様々な影響が出てきました。例えば、子供が通う学校の保護者から、自分の子供を通わせられないという連絡を受けたという社員は「自分が働いているから世間からそういう目が向けられて、自分は世間の一番厳しい目よりも厳しい行動をとらないといけないことは納得できるけれど、子どもがそういう思いをするのはきついですね」と話します。テレビ制作部では2人の男性が、2人とも妻が仕事をなくし、番組でお願いしているヘアメイクさんも仕事がなくなったという「二次被害が明らかに起きている」と話します。番組では当時の状況について、「コロナで生じた社外の人との距離を誰もが感じていた」とコメントしています。

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*対応の課題

 番組では、OBS自身の対応のまずさについても取り上げています。取り上げた課題は大きく2点。1つは初動における情報開示の失敗、もう1つは、もともとBCP(事業継続計画)はあったものの、そこに詳細な対応策が示されていなかったというものです。特に前者については、視聴者から大きな不信感を抱かれることになります。

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 最初の男性社員の感染がOBSで確認されたのは4月15日の昼過ぎでしたが、保健所が発表する前に報じて両者の情報に齟齬があると県民が不安に思うとして、当日はわずか35秒の短い原稿で伝えるのに留まりました。翌日のニュースで詳細な情報を伝えようとしていたところ、2人目の役員の感染が確認、ニュース枠を縮小せざるをえなかったことに加えて、緊急事態宣言が全国に拡大されたというニュースも重なり、詳細は伝えられないままになってしまったといいます。視聴者からは、「情報が少ない。経緯と言えるほどの説明も少ない」「社員の名前を公表するべき」等の声が寄せられました。そして、自社制作番組が再開されることになった5月初旬になっても、「まだまだ自粛してる市民、県民は沢山居る!OBS社員も講釈垂れずに自粛していろ!」「発症が家族からだとすれば4週間さかのぼって説明しないと、説明責任を果たしたことにはなっていませんよ」などの厳しい声が寄せられ続けたといいます。

 

*今後に向けて

 番組の最後は、再開した自社制作番組の現場の様子や、新たに社内マニュアルを作成する取り組みなどについて紹介し、「社内が混乱し、番組の休止を余儀なくされたOBS。この教訓をもとに、新型コロナウイルスとの共存をもがき続ける」とのコメントで締めくくられました。

 

 *報道制作局長のコメント

 番組を視聴した私は、新型コロナを巡る対応について、様々な角度からかなり踏み込んで取り上げていると感じ、OBSと連絡を取り、兼子憲司報道制作局長にメール及び電話でインタビューしました。

Q 自社の対応のまずさについてかなりさらけ出されている気がしますが、どこまで提示するかなど議論はありましたか?

 特にためらいはありませんでした。会社の都合の悪いことを番組に出すかどうかといった問題よりも、新型コロナという目に見えないウイルスにより生じたOBSと視聴者との間の溝を埋めることの方が大切だったという認識です。最近の視聴者はテレビ局の世界をよく理解しているため、私たちが何かを隠そうとしてもすぐに気が付くでしょうし、小手先のことでは、納得してもらえないのではないかと考えています。それだけに、“さらけ出す”といったシーンも必要だったと考えています。 

Q 視聴者や地域社会によるOBSに対する厳しい眼差し、時に社員や関係者への差別や風評被害ともいえるような状況も描いています。取り上げることに逡巡はありませんでしたか?

 新型コロナに対する人々の不安は当然であり、自分や家族等を守るための言動を差別と見ていいのか については、とても難しいところだと思います。それが、この感染症の最も難しい問題だと痛切に感じました。そのため、感染が発覚した会社では何が起きるのかをとにかく記録し、それを、あまり手を加えずにそのまま出そうという判断で放送しました。

Q 感染した社員・役員とはどう向き合ったのでしょうか。メディアとして、情報の公表と感染者への配慮をどう両立させるかは難しい問題だと思います。会社としての姿勢は?

 大分県が感染者について公式発表する際には、不特定多数との接触がないケースにおいては通常、会社名は伏せています。しかし、OBSの場合はマスコミということもあり公式発表に先立って、社名を公表するという判断をとりました。ただこれにより、感染者本人や家族が一部特定される事態となり、様々な被害があったということを聞いています。本人からは、「感染判明後、企業として感染者に対するケアが足りなかったし、報道するにあたってもその視点が抜け落ちていた。」との意見ももらっています。
 ただ、感染が確認された後、視聴者から寄せられた批判や苦情の多くは、どういうルートで感染したのか、その経路が知りたいというものでした。そのために、検証番組を制作するにあたっては、感染者本人達の取材は欠かせないと思いました。視聴者からは顔も名前も公開しろ、という声もありました。しかし、放送することで本人や家族等への更なる差別が起きることは絶対に避けなければならないと、匿名でのインタビューとしました。しかし、それでも、2人の感染が確認されていなければ、番組の休止などは起きなかったし、県民の不安もなかったという事実を鑑みれば、2人が悪いという印象を持つ人が視聴者の中に全くいないとは言い切れないと思います。大変難しい問題です。

 Q 報道機関として、何を謝罪し何を謝罪すべきではないか、その線引きは難しいと思います。どういう判断をされましたか?

 番組を休止し、ニュースも短縮する等、地域メディアとしての業務を縮小せざるをえなかったことについては視聴者に謝罪しています。しかし、感染は誰でも起こりうることというスタンスなので、感染したことそのものについての謝罪は会社としてもしていませんし、感染した2人にもさせていません。今回は2人とも感染経路がはっきりしないままでしたが、経路がわかるわからない、また、リスク管理をしているしていないで感染者を選別し、社会を分断させることは報道機関としては避けなければならないという心構えで今後も臨んでいきたいと思っています。

Q 今回の経験でローカル局であるOBSが学んだことは何でしょうか?

 ローカル局はやはり、地元の情報をできるだけ正確に素早く、視聴者に届けることでその存在を必要とされているのだと思います。そのためには、地元の方々が取材に協力していただかなければなりません。今回の一連のコロナ騒動ともいえる事態を経験したことで、地方局と視聴者との距離を、今まで以上に感じさせられました。情報の在り方によって、視聴者は離れていくし、今OBSで起きていることなどをできるだけ正直に伝えることで、視聴者の中には、“また応援をしてやろう”と思う人も出てくる。結局、地道に取材活動をして、一つひとつ信頼を得ていくしかないと考えています。

 

*取材を終えて

 OBS兼子局長には、私が新型コロナウイルスとメディアについて考える上で答えが見いだせないでいる問いをぶつけさせていただいた格好になってしまいましたが、とても丁寧にお答えいただきました。
 番組もインタビューも、決して歯切れのいいものとは言えませんでしたが、この問いについては、歯切れよく答えることはできないし、今後も簡単に答えてはいけないものなのだと思います。ただ大切なことは、感染を経験した人の声を十分に組織が受け止め、今後の取材活動に生かしていくこと、そして、OBSのような組織の経験を社会が共有し、個々の企業のBCP対策などに生かしていくことなんだろうと思います。
 最後に、冒頭に少し触れたように、同じく放送局が新型コロナウイルス感染の当事者となったテレビ朝日制作の『報道ステーション』についても少しコメントしておきたいと思います。
 6月4日、感染後休養をとっていた富川悠太キャスターが約2か月ぶりに番組に復帰しました。番組後段では15分かけて、①キャスターが発症前後から陽性反応に至るまでの経緯、②番組内で5人に感染が広がったことについて、感染拡大防止に何が足りなかったかの検証と現在の対応策、③番組プロデューサーが経緯について振り返り猛省するとのコメントの紹介、④キャスターが入院中に自身を撮影した映像の紹介と関わった医療関係者への謝意、⑤番組が今回の感染から学んだ点について視聴者に教訓として提示、という内容を放送し、私もリアルタイムで視聴しました。

 感染拡大防止を日々呼び掛けていたニュース番組としての責任、そしてキャスターと番組プロデューサーの初動の対応のまずさが感染拡大を引き起こしたという点で、番組での謝罪が必要だという判断に至ったことについては納得できました。しかし、キャスターであるとはいえ、感染前のプライベートな行動まで含んだ経緯を詳細に本人に語らせる必要があったのかという点については、視聴していて違和感を抱きました。また、SNS上などのキャスターへの批判の中には、批判に留まらない本人を傷つけるような言葉も多く見受けられており、こうした行為については、謝罪とは切り離して、毅然とした態度を示すことも必要だったのではないかと思います。それは、富川キャスターのためだけではなく、多くの心無いネット上の言葉に傷ついてきた感染者、そして今後も傷つく可能性のある感染者のためでもあると思います。

 OBSとは置かれた条件も大きく異なりますので比較をするつもりはありませんが、最大の違いは、局と視聴者との距離ではないかと思います。テレビ朝日のように全国に多くの視聴者がいるキー局が、距離が近いとはいえない視聴者とどう向き合っていくのか、私には解はありません。今少し熟考した上で、取材を続けていきたいと思っています。

 最後に、OBSの番組放送後に寄せられた視聴者の意見を1つ紹介します。「特番はする必要はないと思います。他にも感染した会社がありますが、番組にできるのは大分放送だけ。他の会社は説明もできません。」この意見は非常に重たいと私は感じました。OBSもテレビ朝日も、今回の番組はコロナ感染によって社会に広がったネガティブな企業イメージを、説明責任という形で自社の放送によって払拭しようとしていると言えなくもありません。今後メディアとして心がけるべきは、感染が確認された時に報じるだけでなく、感染が収まった時にこそ、感染が確認された企業や医療機関等をできるだけ応援し盛り上げていくためにメディアとして何ができるかを考えていくこと、このことがコロナを経験した放送局の1つの大きな役割なのではないかと思っています。

 

 2回目は、5月30日に放送されたRNB南海放送のラジオ報道特別番組、『「感染」―正義とは何か―』を取り上げます。

 

放送ヒストリー 2020年06月09日 (火)

#253 資料で振り返る番組制作者 吉田直哉

メディア研究部(メディア史研究)村上聖一

 

 今となっては「懐かしの番組」になってしまうかもしれませんが、1970年代から80年代にかけて放送された『未来への遺産』(1974~75年)や、『NHK特集』の「ポロロッカ アマゾンの大逆流」(1978年)、「21世紀は警告する」(1984~85年)といった番組をご記憶の方もいらっしゃるかもしれません。
 これらを含め、20世紀後半のNHKを代表する数々の番組を生み出した吉田直哉(1931~2008)の遺した番組関連資料が、調査・研究での活用に向けて、このほど文研に移されました。

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吉田直哉(2006年、武蔵野美術大学での特別講義から)
提供:武蔵野美術大学 撮影:三本松淳

  数千点に上る資料は、東京都内の吉田の自宅やNHK退職後に教授を務めていた武蔵野美術大学に残されていました。内容は、番組の台本や企画書、セット図面、楽譜、写真など多種多様で、当時の番組制作の実態を浮き彫りにするものです。武蔵野美術大学が2017年に資料を用いた展覧会を開催したのち、今後の活用と保管の方法について遺族と大学、NHKの3者で協議し、番組に関連した資料は文研に移すことになったものです。

 吉田直哉がNHKに入ったのは、ラジオ放送最盛期の1953年(この年、日本でテレビ放送が始まりました)のことで、最初に担当したのもラジオ番組でした。
 写真は、今回の資料の中で最も古いものの一つ、放送開始30年記念番組『音の四季』(1955年)の制作資料です。このラジオ番組は、季節ごとに鳥や虫の声、祭り、物売りなどの音と伴奏音楽を組み合わせて1つの楽章とし、全4楽章で日本の春夏秋冬を描いたものです。こうした音の組み合わせは、このあとの資料でも多く確認でき、吉田が好んで用いた手法のようです。

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『音の四季』(1955年3月20日19:30~20:00・ラジオ第2)関連資料

 番組では日本を代表する現代音楽家、武満徹(1930~1996)らのグループが作曲を担当しました。このとき武満は24歳、吉田は23歳。共に無名の時代から協力しつつ番組制作に当たっていたこともわかります。

 テレビ時代の資料としては、1962年に放送された『日本の文様』の資料を見てみましょう。『日本の文様』は、実験的なコマ撮りアニメーションを取り入れながら、日本で古くから使われている和柄の文様を紹介した番組で、映像と音楽で構成されています。写真は、撮影のようすと、そこで使用された文様です。文様は、黒字の紙に白の「きりぬき紋」を組み合わせて作られています。

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『日本の文様』(1962年6月9日22:00~22:30・教育テレビ)の制作風景と撮影で使われた文様

   この番組でも武満徹が音楽を担当しました。映像の編集が完成すると、武満は、それを秒単位で巻紙に表示してほしいと求めたことから、吉田は、地震計用グラフ用紙に0.5秒単位で映像の変化を書き込んで渡したということです。それをもとに武満が音の流れを書き込んだ用紙も残されていました。

  ここでは、やや古めのものを紹介しましたが、資料には、大河ドラマ 『太閤記』(1965年)や『NHK特集』の「21世紀は警告する」(1984~1985年)、「ミツコ 二つの世紀末」(1987年)といった番組の台本やメモなども多数残されていました。詳しくは、『放送研究と調査』2020年5月号をご覧ください。

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 文研の資料庫(NHK放送博物館内に所在)に保管されている資料

 

 文研に移された資料は、劣化が進まないよう対策を施すとともに、詳細な目録の作成を進めています。資料を眠らせることなく、放送に関する調査・研究、さらには今後の番組制作に向けた活用がなされるよう取り組みを続けていくことが、我々の責務と考えています。

 

メディアの動き 2020年06月01日 (月)

#252 新型コロナウイルス感染拡大に対応するメディア連携の広がり~世界の動きから(2)

メディア研究部(海外メディア研究) 青木紀美子

 

 5月14日、15日にアメリカ、ニュージャージー州立モントクレア大学のCenter for Cooperative Media 1)の主催で、ジャーナリズムにおける連携について話し合うオンラインの国際会議(2020 Collaborative Journalism Summit )2) が開催されました。参加者は、国境を超えた国際的な連携から地域に特化したローカル連携まで、幅広い取材連携について、それぞれが経験を通して学んだことを共有しました。連携の内容は多岐にわたり、気候変動やアメリカ大統領選挙、自治体首長の公約履行など多角的な検証が必要なテーマや、性犯罪の訴追や自殺の予防といった根が深い社会問題への対応策などに加え、新型コロナウイルスに関わる報道にも及びました。

 新型コロナウイルスの感染拡大は、信頼できる情報への需要を高め、テレビニュースの視聴者、新聞やオンラインニュースの読者を世界的に増やしています。その一方で経済の停滞でメディアの広告収入は減り、アメリカでは記者の解雇や給与削減、一時帰休などが広がっています。少なくなった要員で必要とされる情報を取材・報道していくためには、競争よりも協力、取材の重複を避けた分担も必要だという判断が、連携の追い風にもなっています。このブログでも、真偽を見極めるのが難しい情報の氾濫「インフォデミック」に立ち向かうファクトチェック連携などの動きについて先にお伝えしましたが、誤情報・偽情報に関する対応以外の分野でも、連携の試みが増えています。

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    連携プロジェクトについて話し合うコロラド州のジャーナリストたち 3)

 国際会議で紹介された連携のひとつは、アメリカ西部コロラド州のColorado News Collaborative (COLab)4) です。公共ラジオColorado Public RadioやDenver Post紙をはじめ、AP通信、商業テレビ、オンラインニュースなど40以上のメディアが、AP通信によって開発されたプラットフォームAP StoryShareを使って4月から新型コロナウイルスに関連する記事を交換しています。このうち22のメディアは、「COVID Diaries Colorado」(コロラドの新型コロナウイルス日記)5)という特集の取材でも協力しました。感染拡大が続き、死者も増える最中の4月16日、州内各地で、患者やその家族、医師や看護師、教員や商店主、さらに失業した人や乳幼児を持つ親など様々な立場の市民の1日を取材しました。手分けして取材対象を探し、起きてから寝るまでの‘動画日記’のスマホ収録を依頼。この動画を含めた材料と情報を共有し、それぞれが記事にすることで、人々の身に迫る危機の影響を多角的に描き、60本近い記事や動画を集めたウェブサイト「A Day in the Pandemic」(パンデミックの中の1日)も設けました。 

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       Colorado News Collaborative  (COLab) のウェブサイトから

  東部ペンシルベニア州のフィラデルフィアでは、テレビ、ラジオ、新聞、オンラインニュースなど20以上のメディアが参加する連携ネットワークResolve Philly 6) が、新たに「Equally Informed Philly」7)というプロジェクトを開始しました。貧困の問題を継続的に報道してきたこのネットワークは、パンデミックの危機に際し、貧富の格差や言語の壁が情報格差につながってはいけないという考えに立ち、誰もが等しく必要な情報を入手できる環境づくりをめざしています。Equally Informed Phillyは、市民からの質問を受け付け、各社の記事などをもとに疑問に答える情報のアーカイブを設けるほか、アーティストの協力も得て、感染予防に重要な情報を伝達するためのポスターやチラシなども作り、これを英語だけでなく、スペイン語やベトナム語など、あわせて5つの言語での提供する計画です。

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「市民がつくる‘よくある質問集’」 Equally Informed Philly のウェブサイトから

  連邦政府や州政府の対応に関わる情報の入手と開示を目的にした連携もあります。The COVID Tracking Project  8) は、州ごとに異なる形式で発表されている検査の実施数、陽性率や入院患者数などを全米のジャーナリストや研究者らが協力して集め、公開する連携プロジェクトです。3月にThe Atlantic誌の記者らが始めたもので、その後も連邦政府による同様の情報のとりまとめがないため、協力者を募って継続しており、世界的に利用されているJohns Hopkins大学のコロナウイルスのデータベースの情報源のひとつにもなっています。アメリカでは人口対比で黒人の死者が多いことなど、格差による感染拡大の影響の差異も明らかにしていくため、プロジェクトでは各州政府に対し、より詳細な情報を求めるとともに、独自の指標を設けて州政府の情報公開の度合いを評価しています。
 また、連邦政府の経済対策の柱の一つ、中小企業への低金利融資制度について、市民は巨額の税金が適切に使われているかを知る権利があるとして、Washington Post、BloombergやProPublicaなどアメリカの有力メディア5社が、この制度にもとづく支援を受けた事業者名や融資の金額などを開示するよう求める訴訟を起こしました 9)。個別に行っていた情報公開請求にアメリカ中小企業庁が応じなかったため、連携しての訴訟に踏み切ったものです。

 今回の危機では、政府や自治体などが発表する情報がまちまち、不十分でわかりにくい、外出自粛のため社会で何が起きているのかが見えにくい、偽情報が拡散されて人命が脅かされる、といった状況が各国で生じています。経験したことのない事態に直面した人々が的確な判断をできるよう、メディアが信頼に足る情報を届ける公共サービスとしての役割を果たしていくために連携する意義は大きく、さまざまな可能性があることがアメリカの試みからうかがえます。取材力だけなく、発信力の面でも強みを持ち寄り、より幅広い社会の層に情報を届けることが危機を乗り越えていくために重要になっています。

 連携ジャーナリズムのバーチャル・サミットを主催したCenter for Cooperative Mediaのセンター長、ステファニー・マレイさんによると、アメリカでは、これまでに活動してきた連携ネットワークだけでなく、新型コロナウイルスの感染拡大を機に新たな連携を開始するメディアも増えています。コロラドにおけるメディア連携の推進者の1人、Colorado Media Project 10) のメリッサ・デイビスさんは、参加したジャーナリストたちは力をあわせることで地域社会のためにより大きく意味ある仕事ができると感じ、人員削減などの厳しい状況に直面する中でも、今後への希望と意欲を持ち直す経験になっていると話しています。

 

1) Center for Cooperative Media    https://centerforcooperativemedia.org/

2) 2020 Collaborative Journalism Summit   https://collaborativejournalism.org/cjs2020/

3) Melissa Milios Davis(2020/4/25) Local News Collaboration in the Time of COVID

   https://medium.com/colorado-media-project/collaboration-in-the-time-of-covid-90a6f6026ed5

4) Colorado News Collaborative (COLab)  https://coloradomediaproject.com/colab

5) COVID Diaries Colorado   https://colabnews.co/

6) Resolve Philly   https://resolvephilly.org/

7) Equally Informed Project   https://equallyinformed.com/

8) The COVID Tracking Project  https://covidtracking.com/

9) The Post among five news organizations suing Small Business Administration for access to loan data (2020/5/13)

   https://www.washingtonpost.com/business/2020/05/12/sba-foia-lawsuit/

10) Colorado Media Project   https://coloradomediaproject.com/