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2023年4月

おススメの1本 2023年04月28日 (金)

アナウンサーが探るジェンダーギャップ解消のヒント【研究員の視点】#475

メディア研究部 (メディア動向) 熊谷百合子

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 新年度が始まり、街なかでは新しいリクルートスーツに身を包んだ新社会人の姿を見かける機会も増えました。NHKでは新人研修を受けてから地方局などへ赴任することになります。私が新人ディレクターとして初任地の福岡放送局に赴任したのは17年前の春ですが、新米の私をゼロから育ててくれた先輩たちには今も頭が上がりません。先輩たちがしてくれたことと同じように私自身は若い世代に貢献できているのか。そして先輩たちに恩返しできているのか。自問自答するとかなりあやしいのですが、研究員の立場から放送文化の向上に貢献していきたいという思いを強くし、新たな春を迎えています。
 今回のブログでは、放送現場の中から考えるジェンダーギャップについて取り上げます。ジェンダーギャップとは男女の違いで生じる、社会的・文化的な格差のことです。Z世代を中心に関心が高まっているものの、シニア世代にはまだ浸透していない“新しい社会問題”と捉えることもできるかもしれません。2006年入局の私自身も正直なところジェンダーへの問題意識が高い方ではありませんでした。しかし2020年に出産を経て仕事に戻ってからは職場や社会に根強く残るジェンダー規範に違和感を覚えることが多くなり、ジェンダーギャップについて自然と関心が向くようになりました。文研の研究員となり1年がたちましたが、現在はメディア内のジェンダー問題やダイバーシティをテーマに調査研究をしています。

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 その中で関心をもったのが、2月27日、東京・渋谷のNHK放送センターでアナウンス室が開催した勉強会です。「コメント コンテンツ 職場が変わる!ジェンダーギャップ解消のヒント」と題して開かれたこの勉強会は、日常業務で感じた問題意識を共有してジェンダーについて考えようと、若手・中堅アナウンサーが主催しました。NHKの全国のアナウンサーが対象ですが、ディレクターや記者など、他の職種も含めて約40名が参加しました。なぜアナウンサーがこうした勉強会を開いたのでしょうか?

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 「放送局の顔」としてのアナウンサーの仕事は一見華やかですが、画面に映らないところでは華やかさとはかけ離れた業務があふれています。たとえばニュース報道では、正確でわかりやすく伝えるために放送直前まで原稿の下読みが欠かせません。わかりづらい表現や時制の誤りがあれば直ちに制作者に確認し、正確な情報を求めます。また番組のキャスターや司会として、試写や打ち合わせで制作者と議論を重ねることも放送局では日常的な風景です。私はディレクターの立場で報道番組やニュースの制作に関わってきましたが、自分が担当したリポートやニュース原稿の事実関係や表現の誤りを、原稿を読むアナウンサーの指摘を受けて修正することが幾度もありました。試写では初見のキャスターに客観的な指摘をもらい軌道修正することなど日常茶飯事。振り返ってみるとアナウンサーの先輩がたに数えきれないほど支えてもらっていたことに気づかされます。
 ニュースやナレーションの読み手として、はたまたキャスターや司会として広く社会に発信する立場から放送コンテンツの“最終チェッカー”としての役割も求められるアナウンサー。価値観が多様化し、多様なニーズに応える番組が放送されるなか、最終表現者であるアナウンサーのジェンダー意識が放送での言動に出てしまうことで、視聴者を傷つけたり、無意識の偏見を社会に拡散してしまったりすることも懸念されます。アナウンサー自身が無自覚な偏見に気づき、放送でのふるまいを見直していくためには、日常のふるまいの延長線上に放送があると意識して、ふだんのコミュニケーションから見つめ直す必要があるのではないか。今回の勉強会ではこうした問題意識から、職場で実際に聞かれた気になる発言や、“らしさ”の押しつけ、思い込みについてスライドを用いながら意見が交わされました。
 たとえば“女性らしさ”を求められることについて、ジェンダーのイメージを押しつけるアドバイスに違和感を覚えるという声や、スタジオ番組の演出に対して「画面上、男性だけだと華がないから女性も・・・」といった発言もみられ、男女どちらにも失礼だという意見が紹介されました。また見た目や容姿で判断する「ルッキズム」についても、見た目について“助言”を受けることや、容姿の変化についての職場内でのネガティブなつぶやきにモヤモヤするという具体例が共有されました。こうしたルッキズムに基づく発言をする人に対しては「ふだんの相談もしづらくなる」、「結果的に業務にも悪影響になるし、そもそも容姿について言うのがよろしくない」といった意見が交わされました。

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 この勉強会はNHKの局内向けに開かれたものですが、ゲストにはこの春まで毎日新聞の労働組合の委員長を務めた川崎桂吾記者が招かれていました。川崎記者は東京オリンピック・パラリンピックの取材班キャップとして、当時の組織委員会の会長だった森喜朗氏の女性蔑視ととれるいわゆる“森発言”の取材をきっかけにジェンダーに関心をもつようになりました。森氏と同じ石川県出身、母校も同じだという川崎記者は入社以来、社会部の第一線で取材にあたってきました。“森発言”の取材に関わるまではジェンダーはさほど関心のあるテーマではなかったと言います。

(川崎記者)
「ジェンダーに背を向けていた方の人間、もしかしたら(ジェンダーをテーマにした取材の提案を女性記者から受けるときに)過剰な説明を求める側の人間だったかもしれないと正直思います。社会部の警視庁クラブというところに長くいて、男社会でずっと生きてきたものだから、全く興味がなかったというのが正直なところです。森発言をきっかけに(森発言の反対デモに参加する女性たちに)取材をして、そこでちょっと顧みたことがありました。話を聞いているうちに、僕はわきまえることを求めていた側の人間だったのかなぁとその取材を通じて思いまして、日々、マイクロアグレッション(先入観や無意識の偏見から相手を傷つけること)というか、“らしさ”を押しつけることや、もしかするとルッキズムみたいなことも言っていたし、日々、いろんなことを言ってきた側の人間が自分だったのだと気づいたんです」

 その後、組合の委員長として出向することになった川崎記者は、身近なところから見直そうと社内のジェンダーギャップに目を向けるようになりました。男性記者に対しては“男らしさ”の押しつけで長時間労働を強いられる一方で、子育て中の女性記者が現場を外されてマミートラックと呼ばれる閉ざされたキャリアコースに本人が移行させられるケースがあり、“らしさ”の押しつけによるマイナス面が目立ってきていると感じた川崎記者。まず行ったのが2022年2月に実施したジェンダーギャップに関する社内の意識調査でした。このアンケートの結果は翌月、3月8日の国際女性デーに合わせて開催したオンラインの公開シンポジウム(毎日新聞労働組合主催)でも紹介され、ジェンダー問題に詳しいジャーナリストの治部れんげさんやコラムニストの武田砂鉄さんをパネリストに招き、社員の意見を交えながら多角的な議論が繰り広げられました。私はこの公開シンポジウムをオンラインで視聴していましたが、ジェンダーギャップについてオープンな場で議論ができる毎日新聞の取り組みに大きな刺激を受けるとともに、社内の意識を、データをもとに可視化することの意味について考えさせられました。
 勉強会ではこの労組によるアンケートの一部も紹介されました。アンケートは組合員約1400人を対象とし、男性299人、女性181人、性別について無回答とした18人の合計498人から回答を得たものです。

annke-to_3.jpg毎日新聞労働組合によるアンケート①

 「あなたは毎日新聞で働いていてジェンダー間の公平性が保たれていると思いますか?」という問いに対し、「それほど思わない」+「全く思わない」と回答した人は、男性は46.2%に対し、女性は63%という回答結果でした。

(川崎記者)
「実際に社内にジェンダーギャップが存在していて、それを可視化したいと思ってこのアンケートをやりました。やっぱり男性のほうが、うちの会社は平等だと思う声があって、でも女性には全然違う風景が広がっているということが可視化されたのかなと思います。男性からは見えていないいろんな問題だとか、日々の小さな違和感やモヤモヤが女性には積み重なっているというのが言えるのかなと、この数字から思いました」

annke-to_4.jpg毎日新聞労働組合によるアンケート②

 また、「社内のジェンダーギャップは人生にどう影響?」という問いに対しては、男性は「影響はない」と回答した人が60.5%と最も多くなった一方で、女性は「将来を見通せず不安感や焦燥感がある」の回答者が53.6%となり対照的な結果となっています。また「会社を辞めたいと感じる」と回答したのは男性で10%、女性は28・7%にのぼりました。

(川崎記者)
「ジェンダーギャップは人生に影響があるかどうかというところで顕著な差が出ました。ひと言で言えば、毎日新聞社という会社が、男性でしかも専業主婦がいる家庭というものを前提にしたかたちでいろんな仕組みが設計されている結果なのかなと思います。男性は何もしなくても生きやすいということ。逆に女性は非常に生きづらさを抱えているというのがこのアンケートから読み取れます。会社を辞めたいと感じる項目で、約3割の女性がそう感じているというのはすごくショックでした。30代に限って数字をとると、これが4割に跳ね上がります。結婚して、子どもが生まれてという年代が多い30代は会社で生きづらさを感じているということがわかったと思います」

 これらのアンケート結果をもとに、毎日新聞の労働組合は経営層に女性が働きやすくするためのロードマップの策定などを働きかけてきました。ジェンダーに関する問題を社内の優先課題として浮かび上がらせることができたと、川崎記者は手応えを感じています。こうしたデータをとることが職場の意識変化につながる可能性があることに、勉強会に参加したNHKの職員も高い関心を示していました。

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 今回の勉強会では興味深い場面がありました。それは男性としてジェンダーについて語ることに、大きな葛藤があるという胸の内が垣間見えた対話です。Eテレの福祉番組「ハートネットTV」のキャスターをこの春まで務めてきた中野淳アナウンサーと川崎記者のやりとりを一部ご紹介します。

(川崎記者)
「(ジェンダーをテーマに社内でアクションを起こすことに)葛藤みたいなものはありました。ひと言で言うと恥ずかしかったですね。ジェンダーということを言葉にしたり、問題視したり、それをアクションに起こすというのは恥ずかしかったです。」

(中野アナウンサー)
「僕もです。男子高出身だし体育会にいましたし、ホモソーシャルなところにいて、会社に入っても競争意識を刷り込まれていて。家事分担で僕がやらないことにパートナーがショックを受けて口論を繰り返してきて、あとは取材先に、『こういうときに男性が声をあげてくれないと困るんです、女性が言っても聞き入れてもらえないんです』と直接言われて。言われたときはつらかったですが、そういう経験を経て今に至ります。でも優等生ぶっている自分がいるのかな、みたいな居心地の悪さもあって」

(川崎記者)
「わかります!なんか人気とりたいだけだろうとか、やっかみが聞こえてくるんですよね。あとは、それを言ってくるのはおじさん世代なんですけど、おじさんたちは多分、僕のやっていることが、自分たちが履いているガラスの下駄みたいなものを脱がすことだという危機感があるから、それもあってやゆしたり攻撃したりしてくるんですけど、そういうのはちょっと葛藤としてありましたね」

 男性としてジェンダーを語ることにはためらいがあることに互いに共感しながら語り合っていたこの対話は、私がこの勉強会で最も印象に残る場面となりました。私自身もジェンダーに関心を寄せる1人として、職場の中ではジェンダーについて語る男性が圧倒的に少数派であることがずっと引っかかっていました。たとえば育児と仕事の両立ひとつをとっても、翻弄されるのは女性だけではないはずです。しかし共働きで育児中の男性がその大変さを表立って話すことは日常の光景とはなっていません。それは毎日新聞のアンケートの結果が示すように、単に男性がジェンダーギャップの影響を受けていないと感じるケースが多いからなのかもしれません。しかし両立の悩みや長時間労働を強いられることへの違和感をもつ男性が、職場のジェンダー規範やアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)にさらされて声を出せずにいるのだとしたら、本人たちにとっても苦しいことではないでしょうか。川崎記者と中野アナウンサーの対話からは、男性としてジェンダーを語ることが、同じ男性、特に年配の男性から後ろ指を指されることにつながりかねないという残念な現実を突きつけられた気がしました。
 危惧するのは、ジェンダーを語ることが男女間や世代間の対立に陥ってしまうことの危うさです。ジェンダーギャップを解消することが女性だけでなく男性にとっても生きやすい社会につながることに、若い世代の男性たちは気づき始めています。一方で、長時間労働で社会を支えてきた男性たちはそれまでの働き方や価値観をも否定しかねないパラダイムシフトともとれる議論におよび腰であったり、疎外感を抱いたりしているようにも思います。今回の勉強会の案内は管理職にも広く周知されましたが、参加者はごく少数に限られました。
 管理職として参加した男性のベテランアナウンサーに感想を求めると、「自分のいたらなさを感じたのと同時に、生まれ変わらなければならないと感じました。ただ、具体的にどうすればいいのかわからないというのが本音です。個別の現場や日常、そして個人の感じ方は違うので…」と率直な意見を寄せてくれました。

 勉強会の2人の対話をもう少しだけ紹介しましょう。

(川崎記者)
「シンポジウムのアンケートに先立って、ジェンダーギャップについて考える社員の集まりがあって、そこに参加させてもらったら、女性が中心なんですけど、男性の社員も何人かいたときにそれで楽になったところがあるかもしれないです。自分1人じゃないんだと。恥ずかしさなりなんなりというのはそこでひとつ乗り越えられたかなと思いますね」

(中野アナウンサー)
「こういう話をすると特に男性側が責められている気持ちというか、つらい気持ちになるんだけど、それを抱え込んじゃうとけっこうしんどくて、そこも勇気がいるんだけど、葛藤しているんだよねと言うこと自体を言葉にしたりシェアしたりするといいのかもしれないです。だから僕は川崎さんに出会って、仲間が増えたと思ったし、そういうモヤモヤも言語化して、どう向き合えばいいんだろうという感じにもっていけるといいですよね」

(川崎記者)
「こういう場でモヤモヤをはきだし合うことがもしかしたら重要なのかもしれないですね」

 今回の勉強会を主催した中野淳アナウンサーは「問題に気づいた側の“モヤモヤ”も共有して対話につなげていくことが“変わる”ためには必要だと感じます。そのためにもこのテーマに不安や葛藤を抱える人たちの心理的なハードルも下げる工夫をしながら、オープンに学び合っていく場を作っていきたいです」と語っていました。

 勉強会が始まる直前、私はゲストとして招かれた川崎記者とアナウンス室の会場に向かっていました。しかしアナウンス室のフロアにはめったに行く機会がないために、勉強会の会場がどこなのか見当がつきませんでした。どうしたものかと困っているところにばったり遭遇したのが新人時代にお世話になったベテランアナウンサーでした。(先ほどの率直な感想を寄せてくれた人物です。)「どうしたの?」と声をかけてもらえたおかげで、「それが実は…」と説明すると、すぐに機転を利かせて案内してくれた先輩アナ。おかげで迷うことなく勉強会の会場にたどり着くことができました。新人のころから迷惑ばかりをかけていましたが、初任地を離れて15年近くたった今でもこの先輩には頭が上がりません。(先輩、ありがとうございました。)私は、まずはこの先輩と、ジェンダーについて語り合うところから始めてみたいと思います。

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【熊谷 百合子】
2006年NHKに入局。福岡局、報道局、札幌局、首都圏局を経て2021年11月から放送文化研究所。
メディア内部のダイバーシティやジェンダーをテーマに調査研究中。

★こちらの記事もあわせてお読みください
#457北欧メディアに学ぶジェンダー格差解消のヒント
#466テレビのジェンダーバランス~国際女性デーのメディア発信から日常の放送・報道を見直すことを考える~ 

調査あれこれ 2023年04月26日 (水)

世論調査のデータをもっと身近に!研究員が解説する「メディア利用の生活時間調査」#474

世論調査部 (視聴者調査) 築比地真理

文研では、さまざまな世論調査を行っています。
世論調査の結果は、文研が発刊している月刊誌「放送研究と調査」でも公表しているのですが、「メディア利用の生活時間調査」では、世論調査をもっと身近に感じてもらえるように、調査の特設サイトを作っています。

サイトでは、調査結果をオープンデータとして公表しており、誰でもデータを使えるようになっています。しかし、そのデータの量は膨大。データを公表するだけでは、世論調査を身近に感じてもらうには難しい・・・そこで、データを読み解くためのヒントや注目ポイントを、調査に携わる研究員が「データにまつわる話」としてわかりやすくお伝えしています。

この調査は、【テレビ画面】【スマホ・携帯】【PC・タブレット】の3つの機器(デバイス)が、生活の中でどのように使われているかを「時刻別」に捉えるという調査で、「どのような人が」「いつ」「どのデバイスを」「どのように」使っているかなど、バラエティーに富んだ分析ができるのが最大の特徴です。

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【「メディア利用の生活時間調査」特設サイト データにまつわる話】


どのデータに着目して分析していくかは、研究員によって実にさまざま。
今回は、ことし4月に公開された3本のコラムを紹介します。

まずは、20代の「朝の時間」に着目したコラムです。
朝の時間というと、ニュースや朝ドラなど、テレビを見ながら過ごす人もいるかと思いますが、テレビをあまり見ない20代にとっては、どうやら朝の「定番」はテレビではないようです。彼らは、どんなことをして朝の時間を過ごしているのか、もはや若者の生活とは切り離すことのできない「スマホ」との関係に迫りました。
【コラム】20代 朝は何をして過ごしている?(築比地研究員)

2つ目のコラムでは、「夜の時間」のテレビ視聴やスマホ利用に注目し、20代を中心に分析しています。
20代は、夜の時間でもスマホ利用がテレビ視聴を上回り、就寝直前までスマホを見ている人も多いようです。就寝前の時間にスマホでどのようなものを見ているのかが分かります。
【コラム】あなたは寝る前に、テレビを見る?スマホを使う? (舟越研究員)

最後は、1日5時間以上スマホを使う「ヘビーユーザー」の実態に注目したコラムです。
スマホのヘビーユーザーというと、どのような人物像を思い描きますか?私は、若年層に違いないと思っていましたが、決してそうではないことが分かりました。
ヘビーユーザーは、スマホでどのようなことをしているのかにも注目です。
【コラム】スマホのヘビーユーザーは何をしている?(伊藤研究員)

今回は3人の研究員のコラムを紹介しましたが、コラムは今後も順次更新していく予定です。
はじめは膨大なデータの集まりのように感じたものも、コラムを通じてひとつひとつ読み解いていくと、自分の身近なことだと感じていただけるかもしれません。

また、特設サイトでは、データ可視化にも力を入れています。

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【「メディア利用の生活時間調査」特設サイト グラフページ】

サイトにはこのような棒グラフがあり、上部の「年層」「性別」「曜日」のタブや、下部の「時刻」のスライダーで条件を設定すると、3つのデバイスを使っている人の割合や、行動の内訳を色分けして示した棒グラフが瞬時に形成されます。2つの棒グラフ同士を見比べることもできるので、自分のメディア利用行動と比較してみるのも楽しいですね。ぜひ、サイトを訪ねて世論調査のデータに触れてみてくださいね。
メディア利用の生活時間調査|NHK放送文化研究所

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【築比地 真理】
2014年NHK入局。高知放送局・札幌放送局で番組編成などを担当し、2020年より放送文化研究所にて幼児視聴率調査や国民生活時間調査・メディア利用の生活時間調査などに関わる。名前の読み方は「ついひじ」

メディアの動き 2023年04月19日 (水)

【メディアの動き】テレビ朝日『タモリ倶楽部』が最終回,40 年余りの歴史にピリオド

テレビ朝日系列で1982 年10月から放送されてきた『タモリ倶楽部~ FOR THE SOPHISTICATEDPEOPLE ~』が3月31日深夜(4月1日未明)で,41年にわたる放送を終えた。

テレビ朝日は終了について「番組としての役割は十分に果たしたということで,総合的に判断した」としている。

コロナ禍の時期などを除き,番組はほぼ一貫して全編ロケスタイルで制作された。番組内では「低予算でスタジオセットが組めない」と説明し,MCのタモリによる「毎度おなじみ流浪の番組『タモリ倶楽部』でございます」という口上が人気だった。

開始当初から深夜特有の独自性の高い企画を放送し,番組内のミニコーナーなどで“サブカルチャー”をいち早く取り上げるなど,世に数々のブームをもたらすきっかけとなった。

タモリ個人の鉄道の趣味に寄り添う「タモリ電車クラブ」や,洋楽歌詞の聞き間違いを募集しVTRを添え楽しむ「空耳アワー」などが特に注目されてきたが,番組は長年にわたり音楽・アート・料理・伝統文化・地形,時には専門性のきわめて高いニッチな工業製品の世界なども,『タモリ倶楽部』ならではの軽快さで伝えた。

もちろん,深夜帯ならではのお色気度の高いものもあったが,マイナーなテーマを数多く取り上げるというスタンスは,多くのテレビ番組制作者にとって憧れ・目標でもあった。

最終回は,ネット上にあふれるタモリ考案の料理レシピの不確実さを,本人がいつもと変わらずゆるい空気で訂正していった。

メディアの動き 2023年04月19日 (水)

【メディアの動き】GYAO!が終了, U-NEXTとParaviが統合など 動画配信サービスの再編進む

ヤフーのグループ会社GYAOの動画配信サービスGYAO! (ギャオ)が,3月31日に終了した。

GYAO!は,Yahoo! 動画とGyao(当時のUSEN)が2009年に統合して発足し,早くからテレビ局の公式動画などの見逃し配信を行ってユーザーを獲得してきた。

しかし,2015 年にコンテンツホルダーである民放テレビ局自体が連合し,TVerを開始した。

また,2019 年にLINEとヤフーが経営統合。2023年2月には,2 社と,その親会社にあたるZホールディングス(以下,ZHD)が合併した。

ZHDが内部の重複・類似する事業の整理を進めていることに加え,2023年1月31日に,TVerとZHDが長期的な業務提携に向け基本合意したことも,GYAO !終了の理由とみられる。

一方,同じ3月31日には,動画配信サービスU-NEXTとParavi(プレミアム・プラットフォーム・ジャパン)が経営統合した。

U- NEXT が存続会社となり,2023年7月からはサービスも統合する予定で,視聴者370万人以上,売上高800億円超の規模となり,国内勢では最大となる見込みだ。

TELASA,FOD,NHKプラスなど, テレビ局が単体で自社の見逃し配信を展開し,さらにNetflixやAmazonプライムビデオなど海外プラットフォーマーに国内のテレビ番組が外販されている。

プラットフォームが乱立し,視聴経路がきわめて複雑になる中,ユーザーはどれを選べばいいのかがわかりづらい状態が続いている。

今後のプラットフォーム再編などさらなる動きを注視したい。

メディアの動き 2023年04月17日 (月)

【メディアの動き】英BBC,デジタル化に向けた経営改革, 音楽サービスの合理化には難航も

イギリス公共放送BBCは,財源不足に対応しながら,デジタル関連に経営資源を集中させる改革を進める中,クラシック音楽に関する合理化案を発表したが,音楽家や市民からの反発を招き,計画は一部見直しを余儀なくされた。

BBCは3月7日,クラシック音楽の新しい戦略を発表し,幅広く国内の合唱団に投資して合唱界全体の発展をめざし,オーケストラはより多くの音楽家と柔軟に全国で活動するため,100年近い歴史がある傘下の合唱団BBCSingersを廃止し,BBC交響楽団など3つのオーケストラも人員を20%削減するとした。

これに音楽家はじめ著名な指揮者らが反発した。
特に合唱団の廃止には,ヨーロッパ各国の放送合唱団が反対声明を出し,多数の民間合唱団が「BBC Singersをつぶすな!」と訴える動画をまとめてYouTubeに投稿したりした。

存続を求めるオンライン署名も15万件を超えた。

BBCは3月24日,複数の団体から代替財源について提案があったとして,BBC Singersの廃止をいったん保留した。

また,オーケストラについても極力,強制的な人員削減は避けるとした。

BBCの改革をめぐっては,3月15日,イングランド地方のローカル放送で働く職員およそ1,000人が,地域向けラジオ番組の合理化策に反対してストを行い,テレビやラジオの番組の一部が休止となる影響が出た。

ジャーナリスト組合は,人々は地元に関連したニュースを求めており,ローカルサービスをBBC の中核として守るべきだと訴えている。

組合は,5月の地方選挙の日などにもにストを行う可能性にも言及している。

メディアの動き 2023年04月17日 (月)

【メディアの動き】放送法の「政治的公平性」解釈めぐる 総務省内部文書で国会が紛糾

立憲民主党の小西洋之議員は3月3日,参議院予算委員会で,放送法が定める「政治的公平」の解釈をめぐり2014年から翌年にかけて作成されたとされる総務省の内部文書を入手し,安倍政権の圧力で法解釈が変更されたことが示されていると指摘した。

これに対し,当時,総務大臣だった高市経済安全保障担当大臣は「まったくのねつ造文書だ」と述べ,「もしねつ造でなければ大臣や議員を辞職するということでいいのか」との問いに「結構だ」と応じた。

総務省は7日,これら78枚を行政文書と認めたうえで公表した。

このうち4枚に,高市大臣が解釈をめぐって安倍総理大臣と電話で協議したなどと記載されていたが,翌日の参議院本会議でも4枚はねつ造されたもので議員辞職はしないとし,その後も発言を撤回していない。

放送法が定める「政治的公平」については,安倍政権が2016年に,放送局の番組全体を見て判断するとしつつ,1つの番組のみでも不偏不党の立場から明らかに逸脱している場合などは政治的公平を確保しているとは認められないとする統一見解をまとめた。

今回の文書について小西議員は「当時の総理大臣補佐官が特定の民放番組が政治的に偏っているとして法解釈の変更を発案し,安倍元総理大臣がそれを認めたことが示されている。放送に国家権力がいつでも介入できるという恐ろしい解釈が不正なプロセスで作られたことを示す文書だ」と指摘している。

放送局の報道姿勢を萎縮させかねない解釈の変更があったとしたら,いかになされたのか。

高市大臣の関与にとどまらず,国会にはその点を明らかにしてほしい。

メディアの動き 2023年04月17日 (月)

【メディアの動き】オーストリア,公共放送の新たな財源 制度として全世帯徴収方式を採用へ

オーストリア政府は3月23日,公共放送ORF(オーストリア放送協会)の財源制度として,受信機の有無にかかわらず,すべての世帯から「ORF 負担金」を徴収する新制度を導入すると発表した。

政府は,徴収額は現行の月額18.59 ユーロ(約2,600円)から15 ユーロ(約2,100円)程度に値下げされるとしている。また企業の事業所も,これまでどおり徴収対象となる。

現行制度の「番組料」は,テレビやラジオの所有世帯を徴収対象としており,インターネットでORFのサービスを利用しているだけの世帯は対象になっていない。

この状況について,オーストリア憲法裁判所は2022 年7月,不公平な負担が生じており,放送の独立を保障した憲法の規定に反すると判断し,2023 年末までに制度を改正するよう求めていた。

新制度の候補としてあがったのが,ドイツとスイスが採用している,受信機の有無にかかわらず全世帯から負担金を徴収する方式だった。

連立与党の1つオーストリア国民党(ÖVP)は,この方式を採用する条件として,ORFの大規模な経費削減をあげた。

これを受け,ヴァイスマンORF会長は2023 年2月,2026 年末までの4 年間で約3億2,500万ユーロ(約452億円)の経費削減計画を提示した。
ÖVPはこれを認め,「ORF 負担金」の導入が決まった。

削減計画には,ORF 所属のウィーン放送交響楽団や,スポーツ専門チャンネルORF Sport+の廃止が含まれていたが,各方面から反対の声が相次いだため,政府は同日,これらの存続を前提とする方針を発表した。 

メディアの動き 2023年04月14日 (金)

【メディアの動き】英BBC スポーツ解説者の政府批判 きっかけに混乱,不偏不党の議論に

公共放送BBCは,人気サッカー解説者のギャリー・リネカー氏が3月7日,Twitterで政府を批判したことを受けて番組を降板させたが,政府の圧力に屈したなどとの批判が相次ぎ,混乱が広がった。

この問題は,英仏海峡をボートで渡るなどして不法入国した移民には亡命申請を認めないとする政府の法案について,リネカー氏が,ナチスドイツに例えて批判したことに端を発した。

政府や保守党の議員から批判の声が相次いだ。

BBCは,公共放送として不偏不党を守るため,報道番組などの職員・スタッフには,政治的な発言を控えるようSNSの利用のルールを定めている。
同局は,知名度が高いリネカー氏にも遵守を求めてきており,同月10日,「SNSの使い方について明確な合意ができるまで」同氏の番組への出演を差し止めるとした。

しかし,この方針に反発するほかのサッカー解説者や司会者が出演をボイコットする動きが広がり,BBCはリネカー氏が司会を務める看板番組を90分から20分に短縮したほか,テレビやラジオの複数の番組が再放送やポッドキャストで編成の空白を埋めることになった。

混乱を受けてBBCのデイビー会長は3月13日に声明を出し,視聴者に謝罪するとともに,リネカー氏の番組への復帰を表明した。

さらに「BBCにとって不偏不党は大事なものだ。また表現の自由も守るべきもので,そのバランスは難しい」としたうえで,SNSの利用のルールがより適切で明確なものになるよう見直す方針を示した。

一方,BBCの記者のインタビューに対し,デイビー会長は自らの辞任は否定した。

メディアの動き 2023年04月14日 (金)

【メディアの動き】イラク戦争開戦20年,報道の教訓は

アメリカが,存在しない大量破壊兵器を理由にイラク戦争を開始してから,3月20日で20年を迎えた。

Watson Instituteによると戦争による死者(2021年9月集計)はイラク市民を中心に30万人近くに達した。

米メディアの大半は当時のブッシュ政権幹部や亡命イラク人の情報を検証せずに報じて開戦への世論づくりを後押しし,その後,報道の誤りを認めたが,その教訓が十分に生かされているか,疑問もある。

開戦前,大手メディアでは唯一,イラクの大量破壊兵器保有を打ち消す報道を続けたKnight Ridder社のワシントン支局長だったジョン・ ウォルコット氏は『Foreign Affairs』誌への寄稿で,当時のみずからの経験を振り返った。

この中で同氏は,報道を誤らないためには,政治目的に沿った情報を求める権力者ではなく,現実を把握している現場に近い軍関係者や専門家の声を報じることが必要だったと強調。

2022年にアフガニスタンから米軍が撤退した際に,その後の政権崩壊や混乱を予期できていなかったことに当時の教訓が生かされていないことがうかがえると指摘した。

『Columbia Journalism Review』のメディア評論執筆者 ジョン・オルソップ氏も戦争や安全保障に関わる報道が,相変わらず,イラク戦争時に誤った情報を流した国防総省や情報機関の幹部に依存している問題を指摘した。

ロシアのウクライナ侵攻では米メディアの多くが現地取材に基づく独自の報道を続けているが,ロシアやロシアと接近する中国との対決姿勢を強める政権幹部の情報に依存せず,両国の現実を客観的に伝えることができているのかも問われている。

  

メディアの動き 2023年04月14日 (金)

【メディアの動き】東日本大震災から12年,「震災アーカイブ」閉鎖相次ぐ

東日本大震災から12年。各放送局とも3月11日午後2時46分の地震発生時刻にあわせて,特別番組を組んだ。

繰り返し強調されたのが「忘れず語り継ぐこと」。

しかし,そのための重要なコンテンツの1つ,「震災アーカイブ」の閉鎖が相次いでいる。

震災アーカイブは,地域ごとの被害や復興の様子を示す資料や情報をデジタル化しネット上で公開するもので,記録を劣化させず残すことができる。

震災後,自治体や大学などの研究機関,民間団体などが多数の震災アーカイブを設立。それを一元的に検索できるポータルサイト「ひなぎく」を国立国会図書館が整備した。

しかし,国立国会図書館の井上佐知子主任司書によると,「ひなぎく」で検索できた50以上の震災アーカイブのうち,これまでに7つが閉鎖・休止した。

原因については「権利処理の負担」や「新規に収集される資料の減少」などがあげられる。例えば資料を収集した時点で ネット上の公開までの許諾をとっていなかったり,追加される資料が時間の経過とともに減ったりすると,新たに公開される資料が少なくなりアクセス数が減少。

その結果,自治体などからの出資金が減るなどして運営が難しくなるという。

井上主任司書は「閉鎖によって地域の防災教育での利用や震災対応の検証,新たな資料の発掘などが進まなくなる。継続する方法を各地域で探るべきだ」と指摘している。

東日本大震災は,地域ごとに被災や復興の状況に違いがあるだけに,各地域で貴重な資料をどのように後世に引き継いでいくか,見つめ直す時期に来ている。

調査あれこれ 2023年04月13日 (木)

「災害復興法学」が教えてくれたこと【研究員の気づき】 #473

メディア研究部 (メディア動向)中丸憲一

みなさんは「災害復興法学」をご存じだろうか。東日本大震災から約1年間に、被災地で弁護士が実施した4万件以上の無料法律相談がきっかけとなり生まれた。今回は、避難により命を守った後、「さらに生き抜くため」に必要な法律や制度に関する知識を与えてくれる、この新しい防災の考え方について取り上げたい。

【災害復興法学とは何か】
 3月13日。東日本大震災から12年が経過して間もないタイミングで、都内で講演会が行われた。講演したのは岡本正弁護士。東日本大震災から約1年間に被災地で弁護士が実施した4万件以上の無料法律相談の内容を分析し、その結果をもとに「災害復興法学」を創設した。

okamoto_1_W_edited.jpg講演する岡本弁護士

 「災害復興法学」とはどんなものなのか。岡本弁護士は以下の4つに分類している。
① 法律相談の事例から被災者のニーズを集め、傾向や課題を分析すること。
② 既存の制度や法律の課題を見つけ、法改正などの政策提言をすること。
③ 将来の災害に備えて、新たな制度が生まれる過程を記録し、政策の手法を伝承すること。
④ 災害時に備えて、「生活再建制度の知識」を習得するための防災教育を行うこと。

これを見て、私は「災害復興法学」を、「的確・迅速な避難により命を守る」という段階を無事に乗り越えた後、「さらに生き抜くため」に必要な法律や制度、知識を与えてくれるものだと理解した。

kouenkai1_2_W_edited.jpg講演会の様子

【大事なのは「生き残った後に必要な制度」を知ること】
 講演会で岡本弁護士は、まず、「被災した後の住まいや生活の再建に必要な知識」から話し始めた。▼生活再建の第一歩は「罹災(りさい)証明書」。▼通帳やカードなしでも預貯金は引き出せる。▼家の権利証がなくなっても権利はなくならない。▼保険証をなくしても保険診療を受けられる、など。ほかにも「被災後のローンについての知識」や「被災者生活再建支援金」、「災害弔慰金」の受給など、ポイントは多数あった。私は特に、「通帳やカード、権利証、保険証がなくてもなんとかなる」という部分が重要だと感じた。過去の津波災害では、いったん避難した後、貴重品を取りに戻ったり、自宅から持ち出すのに時間がかかったりして津波に巻き込まれ、命を落とすケースが相次いだ。こうした知識を知っておくだけで、「素早い避難」につながり命を守ることができる。その上で、必要な制度や知識を知っておくことで、被災後を生き抜くことができる。この内容は、岡本弁護士の著書「被災したあなたを助けるお金とくらしの話」に詳しい。

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【目を見張った“あるデータ”】
 次に、講演では、東日本大震災の被災地で弁護士が実施した無料法律相談の話に移った。紹介されたのは、岩手県陸前高田市と宮城県石巻市、それに仙台市青葉区のいずれも震災から約1年分のデータだ。

kouenkai2_4_W_edited.jpg講演会の様子

このうち津波で甚大な被害を受けた岩手県陸前高田市と宮城県石巻市については、マスコミも報道を続け、私自身も災害担当記者時代、何度も現地入りした。しかし、私が目を見張ったのは、仙台市青葉区で行われた無料法律相談のデータだ。仙台市のうち沿岸部は津波で大きな被害を受けたが、青葉区は最大震度6弱と地震の揺れは強かったものの、海に面していないため津波の被害は受けていない。だが、約1100人が弁護士に自分たちが直面する切実な問題を相談していた。

shiryou_5.jpg仙台市青葉区の相談内容 提供:岡本正弁護士

データを詳しく見ていく。それによると、▼借家をめぐるトラブルの「不動産賃貸借(借家)」が最も多く33.5%、次いで▼瓦や石垣、ブロック塀などの落下、倒壊による損害賠償をめぐるトラブルである「工作物責任・相隣関係(妨害排除・予防・損害賠償)」が15.6%などとなっている。

【被災後に直面した予想外のトラブルとは】
こうしたトラブルは、例えばどんな内容だったのか。岡本弁護士の著書「災害復興法学」から引用する。
まず、「不動産賃貸借(借家)」の事例である。
(一部中略)
「住んでいる築30年の一戸建ては、幸い、建物自体の損壊は、見た目上はほとんどなく、電気、水道、ガスといったインフラは思いのほか早く復旧した。ただ、風呂が壊れ今も使えない。4月半ばになって、大家から連絡がきた。『一戸建てはもう古く、地震や度重なる余震で修繕しなければいけない箇所が多い。もし完全に修繕するとなれば、200万円程度かかる。とても費用は出せない。1か月くらいのうちに出て行ってもらえないだろうか。』もし正式に退去請求があったら、どうしたらよいだろうか」
次に、「工作物責任・相隣関係(妨害排除・予防・損害賠償)」の事例である。
(一部中略)
「新築したばかりの2階建て一軒家の目立った被害が、瓦屋根の一部破損で済んだことは幸運だったのかもしれない。4月7日、そろそろ眠りにつこうかと思ったその瞬間。凄まじい揺れが襲ってきた。あの時と同じか、いや、それ以上か。大地震が再び宮城を襲った。その後も各地で余震が続く。4月11日の午後5時過ぎ。再び強い地震が襲った。庭先でドゴッという音。瓦が落ちた。2階の瓦屋根が、隣家のトタンでできたガレージの屋根に降りかかり、大穴を開けた。そして、白いセダン乗用車のフロントガラスを破損してしまったのだ。しばらくして隣人からガレージの修理見積書ができあがったので、全額を弁償してほしいとの連絡が入った。請求金額は80万円だった」

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岡本弁護士は、著書「災害復興法学」で、こうした事例について、▼当事者の言い分にはいずれも一定の理があり「100か0か」という一刀両断の解決が難しいこと、▼「被災者どうし」「ご近所どうし」の悩み事であることなどを特徴としてあげている。その上で、当事者間での「話し合い」で解決することが望まれる事案で、被災者どうしの紛争が頻発することは地域全体の復興を妨げかねないなどと指摘している。

【「災害復興法学」が教えてくれたこと】
 震災当時を思い返してみた。あの時、私は災害担当記者として、連日、被災地の取材に駆け回っていたが、目は常に沿岸部を向いていた。仙台市青葉区については、震災直後、東北最大の歓楽街、国分町が停電で真っ暗になっていたのに驚いたが、このほかは、沿岸部の被害が凄まじすぎて、内陸部に目を向ける余裕は正直言ってなかった。また、史上最悪レベルの原発事故や首都圏の計画停電、富士山直下を震源とする大地震など、経験したことのない異常事態が次々に起きる中で、内陸部に目を向け、すべてを伝えるのはかなり難しかったと思う。しかし、弁護士たちは、それに向き合い、話を聞き、一緒に悩んでいた。そこから見えてきたのは、借家だが長年住んできた家を失う人や、自宅に被害を受け、絶え間ない余震という自然現象による不可抗力で、思いもよらない新たな負債を抱えた人たちの苦悩だった。
 今、メディアが防災を取り上げるときに合言葉のように出てくるのが「自分ごととして考える」。これは、避難など命を守る行動を素早く起こすためのインセンティブとして使われることが多い。しかしこれに加え、災害を生きのびた後には生活をどう再建するかという課題に直面し、被害が比較的軽微で済んだとしても生活を脅かす予想外の事態が起きうる。この言葉は、そうした事態に備える上でも用いることができると感じた。 これらはすべて、「災害復興法学」が教えてくれたことである。

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 【中丸憲一】
1998年NHK入局。
盛岡局、仙台局、高知局、報道局社会部、災害・気象センターで主に災害や環境の取材・デスク業務を担当。
2022年から放送文化研究所で主任研究員として災害や環境をテーマに研究。

★筆者が書いた、こちらの記事もあわせてお読みください
#460 東日本大震災12年「何が変わり、何が変わらないのか」~現地より~
#456「関東大震災100年」 震災の「警鐘」をいかに受け止めるか

調査あれこれ 2023年04月11日 (火)

統一地方選挙で見えてきたもの~自公政権の経年劣化か?~ 【研究員の視点】#472

NHK放送文化研究所 研究主幹 島田敏男

 3月21日に訪問先のインドからのウクライナ電撃訪問を果たし、ゼレンスキー大統領との対面会談を果たした岸田総理大臣。その1週間後の28日には令和5年度予算も成立し、胸を張って統一地方選挙の前半戦に臨んだはずでした。

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 しかし、41道府県議会議員選挙や9道府県知事選挙などの結果を見ると、目立ったのは自民党の底力よりも日本維新の会の勢いでした。報道各社の受け止めには「維新、全国政党化に弾み」「全国へ足がかり」といったものが目立ちました。

 確かに41道府県議選の結果集計を政党ごとの獲得議席で見ると、日本維新の会(大阪維新の会を含む)は前回4年前の2倍近くに増えました。これに対し自民党、公明党は前回と比べてほぼ横ばい、立憲民主党は増えましたが、共産党は減りました。

 ここから浮かび上がるものをどう見るかです。私は日本維新の会が近畿圏一円に勢力を拡大しているのは確かだが、全国政党への道のりはまだまだ険しいと見ています。大阪府知事、大阪市長、奈良県知事を押さえ、大阪府議会と大阪市議会で共に過半数を制しました。そして首都圏などでも議席を増やしていますが、全国を俯瞰して老舗の他党と比較すれば地域限定的です。

0411_2_W_edited.jpg 横山英幸 大阪市長   吉村洋文 大阪府知事

では、維新の会の勢いを見せつけた背景には何があるのでしょうか。他の国政野党が躍進できなかったのは確かですが、国政与党の自民・公明も地力の強さを感じさせるものがありませんでした。自民党と公明党が衆参両院で安定した勢力を維持するために連立を組んでから20年以上になります。その間に民主党政権の時期がありましたが、安倍長期政権を支えたのも自公の協力でした。

 こうして見てきた時、今回の選挙結果で私が最も注目したのは、大阪市議会で維新の会が初めて過半数を制したことです。これまで公明党は維新の会の市長が進める大阪市政の運営に協力する立場をとり、それによって衆議院選挙の際に大阪府と兵庫県の6つの小選挙区で維新の会との競合を避けて議席を確保してきました。

 地方選挙の結果を受けて、この関係が崩れると国政で何が起きるかです。自民党幹部の一人は「公明党が近畿で小選挙区議席の確保が難しくなると、他の地域で自民党に小選挙区議席を譲ってくれと迫ってくるかもしれない」と警戒感を口にします。

 公明党幹部に取材すると「国政の安定のために、我々が候補者を立てない多数の小選挙区で自民党の候補者を応援しているのだから、もう少しこちらに小選挙区議席を回してくれてもいいはずだ」といった本音が漏れてきます。

 一票の格差是正のため、去年の暮れに公職選挙法が改正され、衆議院の小選挙区の線引きを変更した10増10減の新しい区割りが次の総選挙から導入されます。これに備える中で、公明党は都市部での議席確保のために自民党との調整が整わなくても独自の候補を新たに擁立する動きを進めています。

 今回、日本維新の会が示した勢いの背景には、こうした自民党と公明党の連立与党内でのきしみ、言いかえれば「自公政権の経年劣化現象」が垣間見え始めたことがあるのかもしれません。

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 日本維新の会の馬場代表は、9日夜の記者会見で「公明党との関係はリセットする」と述べ、独力での党勢拡大を目指す考えを表明しました。今後の政治の動きの中で、台風の目になりそうなことは確かです。

 そこで岸田内閣です。統一地方選挙前半戦の終盤4月7日(金)から投開票日9日(日)にかけてNHK月例電話世論調査が行われました。

☆あなたは岸田内閣を支持しますか。それとも支持しませんか
  支持する   42%(対前月+1ポイント)
  支持しない  35%(対前月-5ポイント)

先月と比べて支持しないが5ポイント減ったのが目立ちますが、支持するは横ばいに近い変化で一気に上向く勢いはありません。41道府県議選の獲得議席で、与党の自民党と公明党がほぼ横ばいだったのと似ています。

 岸田総理は4月23日に行われる統一地方選挙後半戦と5つの衆参補欠選挙を乗り越えて5月19日~21日のG7広島サミットに臨み、6月の国会会期末の頃には先々を見据えた政局判断の時期を迎える腹積もりだという見方があります。

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 ただ、岸田総理の足元で一気に上向く勢いが出ていないという点には注意が必要になるでしょう。5つの衆参補欠選挙の結果にもよりますが、年明け以降、盛んに強調している「異次元の少子化対策」も財源の裏付けが不透明なため、国民の多くが喝采をもって迎え入れるという状況にはなっていません。

 特に若い世代には「先にいろいろな手当ての給付を受けても、結局、後で政府に回収されるだけではないのか」という素朴な疑問や懸念があるようです。岸田総理は令和6年度の予算編成に向けて6月に示す骨太の方針で「少子化対策の大枠を示す」と繰り返していますが、その大枠で国民が納得するのかどうかは不透明です。

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 岸田総理大臣の自民党総裁任期は来年9月までですので、先々のことを考える時間は十分にあります。とはいえ衆議院の10増10減の新しい区割りが国会で決まった後、「新しい民意の下で政治を行うべきだ」という声は政党関係者の間で次第に強まっています。

 岸田総理が自らを支える与党内の様子、そして野党各党の動きを見ながら、衆議院の解散・総選挙のタイミングを、いつ、どう判断するのか。これが次第に具体的な政治テーマになってきたようです。

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NHK放送文化研究所 研究主幹 島田敏男
1981年NHKに入局。政治部記者として中曽根総理番を手始めに政治取材に入り、法務省、外務省、防衛省、与野党などを担当する。
小渕内閣当時に首相官邸キャップを務め、政治部デスクを経て解説委員。
2006年より12年間にわたって「日曜討論」キャスターを担当。
2020年7月から放送文化研究所・研究主幹に。長年の政治取材をベースにした記事を執筆。

おススメの1本 2023年04月10日 (月)

『にほんごであそぼ』コンサートのはじまり ~坂本龍一さんと作った福島コンサート~ #471

計画 久保なおみ

『にほんごであそぼ』は、Eテレで放送中の子ども向け言語バラエティー番組です。2003年に放送を開始して、今年で21年目になりました。 『にほんごであそぼ』では放送開始から10年目を迎えた2012年に初めて公開収録を行い、それ以来毎年、全国各地でコンサートを開催しています。 このコンサートを始めるきっかけとなったのが、先日亡くなられた坂本龍一さんにご出演いただいた特番でした。私は番組の立ち上げから19年間、 制作を担当していましたので、坂本龍一さんに感謝を込めて、この最初のコンサートについてご紹介します。

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『にほんごであそぼ』は、日本語の豊かな表現に慣れ親しむことによって、子どもたちの心に日本語の宝石の原石を埋めたいと願って始めた番組でした。日本に古くから伝わる名文・名句を多く取り上げ、テレビ番組として初めてグッドデザイン大賞を受賞するなど、話題になったりもしたので、大人にも広くご覧いただいています。放送が始まった頃、坂本龍一さんが『にほんごであそぼ』のファンと言ってくださっているという話を、レコード会社の方から伺ったことがありました。 そこで10年目の特番を作るにあたって、ダメもとでご出演を依頼したところ、12月末の2日間だけなら日本での時間がとれるというお返事をいただきました。当初はスタジオでの収録を考えていましたが、『にほんごであそぼ』立ち上げ時のプロデューサーで当時はNHKエデュケーショナルの取締役だった中村哲志さんから「せっかく坂本さんに出ていただけるのならば、コンサートぐらい大きなことをやらなくちゃ!」とアドバイスされ、無謀にもコンサートを提案することにしました。それまで『にほんごであそぼ』は、NHKの玄関ホールでの小規模なコンサートは行ったことがありましたが、公開収録は経験がなく、全くゼロからのスタートでした。

まずは会場の確保です。現在の『にほんごであそぼ』コンサートは自治体との共催で、事業部が候補として取りまとめた自治体と調整を行うのですが、最初のコンサートは、自分で会場を探さなければなりませんでした。『にほんごであそぼ』10年目に、その場所でやる意味。真っ先に思いついたのが東日本大震災の“復興支援”でした。『にほんご』の力で、子どもたちに元気を届けたい。坂本さんもいち早く被災地に思いを寄せていらっしゃいましたし、『にほんごであそぼ』の関係者にも福島から通っている人がいたので、出演者・スタッフ一同、福島のことが常に念頭にありました。そこで事業部に相談し、福島県内でコンサートが可能な会場を紹介してもらいました。

次はスタッフ集めです。脚本はコンサートのプロに書いていただきたいと思い、憧れていた井出隆夫さんにお願いに行きました。井出さんは『おかあさんといっしょ』の数々の名曲を作詩され、人形劇『にこにこぷん』や、コンサートの脚本も手がけていらっしゃいました。私は『おかあさんといっしょ』の担当になったとき、倉庫に保管されていた『にこにこぷん』の脚本を初回から最終回まで読みあさったほど、井出さんの大ファンでした。井出さんは突然の依頼に目を丸くしていらっしゃいましたが、素人の無謀な挑戦を応援してやろうと思われたのか、快く引き受けてくださった上に、舞台監督まで紹介してくださいました。
コンサート会場のPA(音響)や、照明、制作進行も、昔『おかあさんといっしょ』コンサートを担当していたスタッフを中心に、信頼できる仲間を集めました。やや平均年齢が高めな現場で、抜群の安心感がありました。

出演にあたって坂本龍一さんが希望されたのは、次の2点でした。
① おにぎりでも何でもいいから、番組に出ているようなかぶり物をしたい。
② 番組のレギュラー出演者である、 野村萬斎さんとコラボレーションしたい。
『にほんごであそぼ』の衣装・セットデザインを担当しているひびのこづえさんのデザインは、 とても 自由で楽しいので、坂本さんはぜひ、自分も面白いかぶり物をしたいと希望されたのでした。 ひびのさんは、舞台上で大きな面積を占める黒いピアノに負けないぐらい大きなものを着せたいと考え、 福島の郷土玩具“赤べこ”をモチーフにしたかぶり物をデザインしてくれました。
坂本さんはとてもご満悦で、満面の笑みでかぶってくださいました。

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野村萬斎さんとのコラボレーションの題材は、お正月の放送にふさわしい「もちづくし」を考えました。 古典狂言の「業平餅(なりひらもち)」と、萬斎さんが舞台で演じた井上ひさし原作の「藪原検校(やぶはらけんぎょう)」の早物語、 そして『にほんごであそぼ』でたびたび取り扱っていた侭田亀治郎の「糯尽(もちづくし)」。この3作品を組み合わせて構成しました。
また、坂本さんのピアノと萬斎さんの狂言をつなぐ役割として、尺八奏者の藤原道山さんに出演を依頼しました。道山さんは、 坂本さんとも萬斎さんとも共演の経験があり、邦楽と洋楽を自在につなぐ希有な存在として活躍していらっしゃる方です。

「藪原検校」の著作権申請などを行い、材料だけをそろえて演出は白紙のまま、コンサート会場の福島県文化センターに向かいました。コンサート前日、会場で対面した坂本さんと萬斎さんは、すぐにいろいろなアイデアを出しあいながら「もちづくし」の方向性を決めていきました。少し煮詰まったときには道山さんがヒントを出し、異なる分野で活躍される皆さんが、楽しみながら即興のパフォーマンスを作っていく様は、まさに圧巻でした。坂本さんに「ややこしや?」と問いかける萬斎さん。おもむろに立ち上がってピアノの中に手を入れ、弦をはじきだす坂本さん。ドラムのようにピアノの脇をたたくなど、あらゆるパーツで音を奏でていらっしゃいました。合間に入る伸びやかな道山さんの尺八と合わせ、ぜいたくな時間があっという間に過ぎていきました。

本番前、「どこかに『戦場のメリークリスマス』を入れていただけますか?」と坂本さんにお願いしたところ、 「なんだかちょっと照れくさいなあ」とおっしゃっておられましたが、「業平餅」への導入に、ちゃんと入れてくださいました。 あの美しい旋律に会場はどよめき、「もちづくし」に魅了されていました。

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『にほんごであそぼ』から坂本さんに依頼したのは、名文への作曲でした。候補となる名文・名句をいくつかお持ちしたところ、コンサートで初めて聴く曲ばかりでは、観客が楽しめないだろう…ということで、『にほんごであそぼ』でおなじみの曲と、坂本さんが作曲する新曲を交互に演奏する「組曲」の形をご提案いただきました。そうしてできたのが、以下の組曲です。

    序曲
①「こころよ」 詩:八木重吉 作曲:うなりやベベン
②「すずめのこ」 俳句:小林一茶 作曲:坂本龍一
③「雲」 詩:山村暮鳥 作曲:うなりやベベン
④「やせがえる」 俳句:小林一茶 作曲:坂本龍一
⑤「でんでらりゅうば」    長崎のわらべうたより    編曲:おおたか静流
⑥「なせばなる」 和歌:上杉鷹山 作曲:坂本龍一
⑦「私と小鳥と鈴と」 詩:金子みすゞ 作曲:バナナアイス
⑧「道程」 詩:高村光太郎 作曲:坂本龍一
    終曲

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演奏は、NHK交響楽団のピックアップメンバーと、藤原道山さん。歌は、番組レギュラーのコニちゃん(小錦八十吉さん)、うなりやベベンさん、おおたか静流さん、子どもたち。全員で初めて合わせたのは本番前日の夕方という、かなり無謀なスケジュールでしたが、さすが皆さんそれぞれの道の第一人者。子どもたちも、とても頑張ってくれました。

他にも、オペレッタ『セロ弾きのゴーシュ』や、神田山陽さんの講談、「寿限無」早口リレー、おおたか静流さんと福島大学附属小学校合唱部の皆さんが歌う四季の童謡、全国の子どもたちから募集した俳句に曲をつけた「元気でいこう!ごもじもじ」など、盛りだくさんのコンサートでした。

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会場には祖父母と一緒に三世代で来てくださった方も多く、たくさんの笑顔や拍手をいただいて、ほんとうにやって良かったと思いました。

コンサートのあと、井出さんが坂本さんに声をかけておられました。「僕、山川啓介の名前で「時間よ止まれ」を書いたんですけど。素晴らしいアレンジを、ありがとうございました」と。井出さんは、子どもの歌は本名の井出隆夫、大人の歌は山川啓介と、ペンネームを使い分けていらっしゃいました。坂本さんはYMOを結成される前に、矢沢永吉さんの「時間よ止まれ」のレコーディングに参加していたそうなのです。「ずっと御礼を言いたいと思っていました」とおっしゃる井出さんに、坂本さんは「そうでしたか!僕も若い時で。こちらこそ、ありがとうございました」と微笑んでいらっしゃいました。

10年目特番への坂本龍一さんの出演が実現しなかったら、『にほんごであそぼ』がコンサートを行うことはありませんでした。コンサートを作るきっかけとなり、ライブで作る楽しさを教えてくださった坂本さんに、心から感謝しています。
その後、岩手・宮城でも復興支援のコンサートを行ったあと、『にほんごであそぼ』のコンサートは全国各地の魅力を発信する内容へと形を変え、今も続いています。コンサートは、お客さまの反応を生で感じることのできる特別な現場で、出演している子どもたちにも、番組スタッフにも、番組を作っているだけでは得られない貴重な経験をさせてくれました。

福島への移動を含め、過密なスケジュールの中でも、終始穏やかな笑顔で子どもたちを見つめてくださった坂本さん。リハーサルのあと、萬斎さんと一緒に「うちも!」と共感したのは、「子どもが寝るのに間に合いたくて急いで帰ったのに、『お父さんが帰ってくると子どもが興奮して起きちゃうから、寝るギリギリの時間には帰ってこないで』って言われちゃうんだよ」というお話でした。
坂本龍一さんのご冥福をお祈りするとともに、子どもたちのために作ってくださった曲が、これからも歌い継がれていくことを願っています。

文研では、番組に関する調査・研究を幅広く行っています。
こちらもぜひお読みください。
NHK幼児向けテレビ番組の変遷|NHK放送文化研究所
『いないいないばあっ!』が生まれるまで ~ワンワン誕生秘話~ | NHK文研

調査あれこれ 2023年04月06日 (木)

調査からみたコネクテッドテレビの利用実態 ~テレビ画面で何を、どのように見ている?~【研究員の視点】#470

世論調査部(視聴者調査)平田明裕


地上波や衛星放送などの番組が楽しめるこれまでのテレビに、インターネットを接続することでより多くの動画コンテンツを視聴することが可能となりました。今後、インターネットに接続されたテレビ(コネクテッドテレビ)が普及し、テレビ画面でネット動画を視聴する人が広がると、テレビ画面の利用は変わるのでしょうか?今回は、「メディア利用の生活時間調査」の結果からテレビ画面で動画を視聴する人(以下「テレビ動画視聴者」。全体の6%)に焦点をあて、テレビ画面の利用実態や視聴状況を分析しました。

 テレビ動画視聴者 時刻別のテレビ画面利用(30分ごとの平均行為者率の積み上げ・月曜)
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 このグラフは、テレビ動画視聴者が1日の中でテレビ画面をどのように利用しているかを表したものです。0時から24時までの時刻別の行為者率(利用している人の割合)を積み上げたグラフになります。朝の時間帯にテレビ画面で見ているのは「リアルタイム」が圧倒的に多く、7時台は16%に達している一方で、「動画」は1%とほとんど見ていません。その後、午後の時間から夜間にかけて「動画」が増加して21時~22時には23%に達し、「リアルタイム」と同じくらいネット動画を見ていることがわかります。このように、朝の時間帯は「リアルタイム」が中心で、夕方から夜間にかけても「リアルタイム」が増加する一方で、夜間の遅い時間帯は「動画」の視聴が増えていくなど、テレビ動画視聴者は、時間帯によってテレビ画面で何を視聴するか、選択している様子がうかがえます。

 では、テレビ動画視聴者は具体的にどのような状況で、テレビ画面で動画を見ているのでしょうか?ほかのことをしながらテレビを見る「ながら」視聴と、テレビを見る行動だけの「専念」視聴に分けて時間量をみたのが、次のグラフです。「ながら」(51分)と「専念」(57分)は同じくらい、つまり、ほぼ5対5でした。「リアルタイム」の割合(「ながら」「専念」は6対4の割合)ほどではないですが、自分で選んで視聴する「動画」でも、「ながら」視聴が半数近くになる様子がみえてきました。

 テレビ動画視聴者 動画(テレビ)の時間量 ながら・専念(全員平均時間の積み上げ・月曜)
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 では、テレビ画面で動画を見ながら、どのような行動をしているのでしょうか?次のグラフはテレビ動画視聴者が動画視聴と同時に行っている行動をみたものです。最も多いのは、「食事」(21%)で、「SNS(スマホ)」(17%)、「身のまわりの用事」「家事」「会話おしゃべり」(いずれも14%)が続きます。スマホよりも大きい画面で離れて見ることも可能となり、食事、身のまわりの用事、家事をしながら動画を見たり、スマホ携帯でのSNS利用や会話・おしゃべりなどコミュニケーションしながら動画を見たりするなど、家の中でのさまざまな生活シーンで動画を視聴していることがうかがえます。

テレビ動画視聴者 動画(テレビ)との重複行動 行為者率(1日)(上位5項目・月曜)

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 ここまでみてきましたように、テレビ画面で動画を視聴する人は、朝の時間帯はリアルタイムのテレビを見る一方で、夜の遅い時間帯はYouTubeやAmazonプライム・ビデオなどの動画コンテンツを見るなど、時間帯によってリアルタイム視聴とネット動画視聴を使い分けています。また、スマホよりも大きい画面で離れて見ることも可能となり、食事中やスマホでSNSをしながらなど、家の中でのさまざまな生活シーンで動画を視聴している様子がみえてきました。テレビにインターネットを接続したコネクテッドテレビという新しいメディア環境により、人々は、自分の嗜好(しこう)や生活シーンに合わせて、好きなコンテンツを好きなように見ることができるようになりつつあるのかもしれません。今回のテレビ動画視聴者は全体の6%とまだ少数派ですが、今後、コネクテッドテレビが普及しテレビ動画視聴者が増加すると、こうした視聴スタイルが広がっていくのではないかと考えられます。

放送研究と調査2023年3月号」では、そのほかに、テレビ動画視聴者はスマホ携帯やPCタブレットで動画をどのくらい見ているかについても分析しています。ぜひご覧ください!

調査あれこれ 2023年04月05日 (水)

#469 中高生の学校生活、どんな感じ? ~第6回「中学生・高校生の生活と意識調査」から~

世論調査部(社会調査) 村田ひろ子

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 いよいよ新年度がスタート!新たな友だちや先生との出会いに、期待と不安の入り交じった気持ちでいる中高生の皆さんも多いのではないでしょうか。新しい教科書やノートで心機一転、「勉強頑張るぞ~」と張り切っている人もいるかもしれませんね。
 ところで、いまどきの中高生は、学校や先生、勉強についてどんなふうに感じているのでしょうか。
 文研が昨夏、全国の中高生を対象に実施した世論調査1)の結果をみると、学校が『楽しい(とても+まあ)』と答えたのは、中学生、高校生ともにおよそ9割を占めています。楽しい理由として、「友だちと話したり一緒に何かしたりすること」を挙げた中高生は7割台に上ります。

学校は楽しいか
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 学校といえば、部活動を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。「部活動に入っている」と答えたのは、中学生が8割、高校生が7割。このうち、部活動に『満足している(とても+まあ)』という人は、中高ともに9割近くでした。
 それでは先生に対しては、どう思っているのでしょうか?担任の先生が、自分のことを『わかってくれていると思う(よく+まあ)』と答えたのは、中高ともにおよそ8割。身近な担任の先生が自分を理解してくれていたら、安心して学校生活がおくれそうですね。

担任の先生は、自分のことをわかってくれているか
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 さて、勉強についてですが、「一生懸命勉強すれば、将来よい暮らしができるようになると思う」中高生は7割台に上ります。多くの子どもたちが、勉強を頑張れば、豊かな将来が期待できると考えているようです。また、自分の将来に『期待している(とても+ある程度)』という中高生は6割台で、明るい将来展望を思い描いている様子がうかがえます。

「一生懸命勉強すれば、将来よい暮らしができるようになる」と思うか
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 ただ、進学意向についてみると、子どもたちが考える将来像は、親の状況によって少し異なっているようです。 進学の最終目標について尋ねたところ、親の学歴や生活程度2)が高いほど「大学・大学院まで」進学したいという中高生が多くなっています。

進学の最終目標(父親の学歴別)
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進学の最終目標(父親の生活程度別)
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 日本は、経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均と比べて教育費に占める家計負担の割合が高く、特に高校生・大学生のいる家庭の家計に教育費が重くのしかかっています。学費の負担ができずに大学進学をあきらめる子どもたちが相当数いることも指摘されています。子どもたちの将来が、親の学歴や経済状況によって左右されることがないように、格差の是正や教育費用の負担についての議論を高めていくことも必要ではないでしょうか。

中学生・高校生の生活と意識調査2022の結果は、こちらから!↓↓↓
https://www.nhk.or.jp/bunken/research/yoron/20221216_1.html


1) 第6回「中学生・高校生の生活と意識調査2022」

2) 生活程度については、父母を対象にした調査で、「上」から「下」まで5段階で尋ねているが、このうち「上」と「中の上」を「上」、「中の中」を「中」、「下」と「中の下」を「下」としてまとめ、分析を行った。