2019年07月29日 (月)たった1度でもう "とりこ" ~コカインにしかけられた罠~


※2019年3月13日にNHK News Up に掲載されました。

たった1回だけで、もう、虜(とりこ)になってしまうことがある。海外ではセレブのものとも言われているそうで、「ほかとは違う感」がただよっている。ひたすら真っ白な色で、使う人たちの間での呼び名は「スノー」。南アメリカ原産の木からとれます。どんな特徴があるのでしょうか。

ネットワーク報道部記者  宮脇麻樹・ 管野彰彦
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ほかにも「キャンディ」「チャーリー」などと呼ばれることもあります。その違法薬物は「コカイン」。
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コカという樹木の葉が原料で、白い粉末だったり無色の結晶だったりします。使用していたとして先日、俳優でミュージシャンのピエール瀧容疑者が逮捕されました。
「違法薬物の中でも特にやめられなくなるのがコカインです。効き目が短時間なので、1日に何度も使うようになってしまうんです」
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近畿厚生局で麻薬取締部長を務めてきた西山孟夫さんはコカインの依存性の高さを指摘しました。
粉末を鼻から吸って使用するケースが多く、すぐに気分が高揚し、眠気が覚めたり、幸福感が高まったように感じます。
でもそれが続くのは1時間くらい。耐えきれずにすぐに手を出し、やがてやめることができなくなっていくそうです。
「日本では覚醒剤が不法なルートで多く流通しています。効き目が短いコカインをあえて使うという人は少ない。密売人から一般の人に売り渡すというより、個人的なルートが多いです。
国で言うと比較的多いのは北米や南米。そうしたところから個人で持ち込んだり、つてをたどって密輸するやり方です。少量の持ち込みだと税関などの目をくぐり抜けてしまうこともあるかもしれません」

<コカインやめられず30年>

30年以上、コカインを使っていたという男性が取材に応じてくれました。
46歳のメリーさん(仮名)。薬物を使用したきっかけは、12歳の時にまでさかのぼります。
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六本木のクラブで外国人からマリファナを買ったのが始まりで、やがてコカインや覚醒剤にも手を染めます。逮捕される去年9月まで、薬物を使い続けました。
「覚醒剤だと、ずっと起きていられるため不眠になって、日常生活に支障が出ます。一方、コカインは高揚感があって、集中力が高まるが、30分から1時間で効き目がなくなる。このため仕事などをしながら“手軽”に使用できてしまうんです」
メリーさんはデザインの仕事をしていました。
コカインの使用は絵の制作などに集中するため。
「効き目が短いので、結局チョコチョコと吸い続けることになってしまった」と言います。

<仕事はクビ 家族に迷惑>

メリーさんは去年、違法薬物を所持した罪で執行猶予のついた判決を受けました。

2か月前から、薬物依存症に苦しむ人たちが回復を目指す民間施設「ダルク」で、依存から抜け出すためのプログラムに取り組んでいます。

メリーさんには妻と大学生の子どもがいます。薬物を断ち切ろうと思ったのは、2人の存在でした。薬物を使って楽しくなろう、集中して制作をしようという自分本位の考え方が大きく変わったのです。
「仕事はクビになりました。家族にもいろいろな迷惑をかけました。治療して、次は回復した姿で家族と会いたいんです」(メリーさん)

<“すぐやめられるよ”の「わな」>
コカインはいま、買おうと思えばネットなどを駆使して“1時間で買えてしまう”と言います。
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「コカインは『一瞬だけやって、すぐにやめられるよ』と言われることもある。でも常用すれば確実にコカインに依存します。絶対に手を出すなと言いたい。薬物を使ってしまったら、1人で抱え込んではだめで、支援機関に相談してほしい、そう思っています」(メリーさん)

<自傷行為や死に至るケースも>
コカインを使っていることを相談できず、依存するようになるとどうなるのか。
「作用時間が短いため1度に大量に摂取するようになると、攻撃性が強くなり、さらに大量に飲むと、血圧が上がり脳内出血を起こして死に至るケースもある」
「精神への作用も強いので、皮膚の中に虫がはっているような幻覚がおきペンで体を突き刺すといった自傷行為に及ぶ人もいる」そう話すのは薬物に詳しい昭和大学薬学部の沼澤聡教授です。
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警察などが作った薬物への注意を呼びかける冊子などを見ても、手の中にいる虫を取ろうと考えたのか、腕を鋭利なもので何回も傷つけた写真があり、目にするにもつらいくらいでした。

沼澤教授もコカインは作用が消えるのが早いが、反動で急激にやる気がなくなったりするため、それを避けようとして短期間で依存症となるケースがあると話していました。

そして精神的な依存は脳の機能が壊れてしまい、薬での治療も難しくなるそうです。
「薬物の依存症の人たちが相互に監視するなど助け合って、使わないようにするなど、治療方法が限られてきます。使わなくなってから時がすぎても、何かのきっかけでまた使い始めてしまう人も多いのが現状なんです」(沼澤教授)
コカインは多幸感に加えて幻覚作用も強く、海外ではミュージシャンなどが、芸術活動のためだといって使っていたケースもあります。

取材に応じてくれたメリーさんも仕事を乗り切るためだとして、つい使ってしまい、深いわなにはまってしまったのです。

コカインを使ったなどとして、警察が検挙した数はおととし、177人。統計が残るなかで最も多くなりました。
“ちょっと1回だけ”“今回だけ”“やめられる”、そんな甘い言葉は、全部、身をほろぼす“わな”のささやきに間違いありません。

投稿者:宮脇 麻樹 | 投稿時間:17時03分

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