2017年11月10日 (金)シリーズ東京五輪今昔物語民泊 おもてなしの源流は


※2017年10月26日に
スペシャルコンテンツ「ぜんぶわかる東京オリ・パラ」に掲載されました。

年間2000万人を突破し、さらに増え続ける訪日外国人旅行者。新たな宿泊先として急成長しているのが、住宅やマンションの空き部屋を有料で貸し出す民泊です。でも、日本で民泊が始まったのが1964年の東京五輪を開催する際のホテル不足にあったことはあまり知られてはいません。人々が見慣れぬ外国人を迎えてから半世紀、おもてなしの歴史から今の課題を考えます。

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<急増民泊 その訳は?>

mi171026.2.jpg大阪・西成区の住宅街にある一軒家を改装した民泊施設にやってきたマレーシア人の3人の若者。
ホテルではなく民泊を選んだ理由を聞くと、3人で1泊1万5000円という手ごろな価格に加えて「台所があること」だと言います。

彼らは1日5回のお祈りを欠かさないイスラム教徒。豚肉やアルコールを口にできず、外食できる場所が限られるために、自炊がしたいのだと言うのです。畳の和室もあり、祈りのスペースに困ることもありません。
「日本のスーパーで買い出しをするのも楽しみで、日本人らしい暮らしをゆっくり満喫できる民泊がベストだ」と嬉しそうに話していました。

民間のシンクタンク「情報通信総合研究所」によりますと、民泊などの宿泊場所を貸し出す事業の市場規模は、去年推計でおよそ6700億円。将来的には今の2倍の1兆3000億円規模に拡大する可能性があるとしています。


<ホテルが足りない!民泊事始め>

mi171026.3.jpg民泊の日本での起源は、1964年の東京五輪にさかのぼることが出来ます。

当時、政府は大会期間に都内に滞在する外国人旅行者の数を1日最高で3万人と予想。ホテルを新設しても追いつかないことがわかりました。そこで東京都が一般家庭を開放して宿泊客を受け入れてくれるよう新聞やラジオで広く呼びかけたのが民泊の始まりです。

募集条件には、朝食にハムエッグやコーヒーなどを用意してほしいとか、水洗トイレがあることなどが盛り込まれ、実地調査の結果、およそ600世帯が選ばれました。
当時、都が都民向けに発行していた「オリンピック時報」からは、受け入れが決まったそれぞれの家庭の興奮が伝わってきます。

mi171026.4.jpg「家中で誠心誠意」というタイトルで、イギリス人女性を受け入れることになった主婦の記事には、「子供達はにわかに勉強を始めますやら、朝食のハムエッグをどのようにして美味しくと研究をいたしますやら、急に家の中が活気づいて参りました」と記したうえで、「私共に与えられた異国のお客様のご接待に誠心誠意お仕えし、その任務をまっとうしたい」と意気込みを語っています。


<おみやげに畳を持ち帰りたい!>

mi171026.5.jpg当時、民泊を受け入れた人にも取材することが出来ました。
東京・八王子にある寺の先代の住職の娘で、当時高校生だった荻野陽子さんです。

寺には神奈川県の相模湖で行われたカヌー競技に出場したアメリカ人選手の妻などが10日間ほど滞在しました。荻野さんは、アメリカ人夫婦をすき焼きでもてなしたり、お茶の先生をしていた母親がお茶を教えたりしたことを覚えていると言います。

mi171026.6.jpg中でも印象に残ったのは、和室を気に入った女性が「畳を土産に持って帰りたい」と言いだしたことでした。家族が戸惑う中、荻野さんの母親の提案で、お茶席で敷く「畳ござ」をプレゼントしたら、大喜びして大事に丸めて持って帰ったそうです。

荻野さんは「母は戦後の貧しい時代にも、寺で育てた芋を近所に分け与えるような温かい人柄だったので、分け隔てなくもてなしたいという優しい気持ちがあったと思う」と話してくれました。
まだ外国人が珍しい中で各家庭が受け入れた民泊。国際社会への復帰を目指す日本の楽しい思い出を持ち帰ってもらおうと、皆が一生懸命もてなした熱意が伝わってきます。


<民泊新法施行へ 地域で模索も>

mi171026.7.jpgそれから半世紀。高まる外国人旅行者の宿泊ニーズに対応してことし6月、いわゆる「民泊新法」が成立しました。

これまで旅館業法の許可などが必要だった民泊を、都道府県への届け出制で可能にするもので、来年施行が予定されています。空き家の増加に悩む不動産業界などからも期待の声が寄せられています。

一方、地域では根強い反対もあります。新法が成立する以前から無許可の民泊が広がり、地域やマンションに見知らぬ外国人が出入りしたり、ゴミ出しのマナーが守られなかったりして住民からの苦情が相次いでいるのです。

mi171026.8.jpgこのため各地の自治体の中には、独自の条例を定めて民泊を行うことが出来る区域や日数を制限するための話し合いが行われているところもあります。

多くの人が暮らすマンションでも、管理規約を改正して民泊を禁止する動きが出てきています。それぞれの地域で民泊にどのように向き合うべきか、模索が始まっているのです。


<民泊定着へ カギは地域の理解>

mi171026.9.jpg地域に受け入れられる民泊とは? その模範とも言える経営をしている夫婦が東京・板橋区にいると聞き、訪ねました。

長年、不動産賃貸業を経営してきた熊沢和志さんと敏子さん。商店街の時計店を閉店した老夫婦が売りに出した店舗兼住宅を買い取りました。

「暗くミシミシ音がし、今にも崩れそうな幽霊屋敷のようだった」部屋を、500万円をかけて改修、1人1泊2500円という安さで去年の夏から民泊を始めました。

mi171026.10.jpg実は熊沢さん、海外の安宿に泊まって旅をするのが好きなバックパッカーで、新たに始めた民泊はその「恩返し」。これまでアジアやヨーロッパなどからおよそ80人が泊まりに来ました。

熊沢さんが大切にしているのが旅行者と地元商店街とのつながりです。

mi171026.11.jpg部屋には“私の超オススメ”として、食堂や銭湯、それにラーメン店などの写真がずらり。外国人に地元の店を紹介しているのです。

「体調がすぐれない」というとメニューにはないおかゆを出してくれる食堂もあるとか。
近くの喫茶店のオーナーは「小さな店なので外国のお客さんが来てくれるのは助かる」と話していました。
mi171026.12.jpg熊沢さんは「民泊によって空き部屋がよみがえり旅行者がやってくると、地域を行き交う人も増える。活用を考えないともったいないと思う」と指摘。
そのうえで「地元との日頃の交流がないと、民泊は受け入れられないと思う。2020年の東京オリンピック・パラリンピックでも体力が続く限り、地域に根ざした民泊を提供していきたい」と語っていました。
半世紀前、およそ600世帯で始まったおもてなしの源流は、21世紀の日本で大きな流れになろうとしています。暮らしの現場で生じるトラブルをどう乗り越えていくのか、私たちの社会のしなやかさが試されているように思います。

投稿者:玉木香代子 | 投稿時間:16時22分

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