2018年06月01日 (金)移り気な人気者


※2018年5月11日にNHK News Up に掲載されました

ずーっと人気をひとり占めにしてきたのが、「愛」でした。
でもいま「移り気や浮気」がそれに割って入りました。
「移り気」だけど、「元気な女性」で「辛抱強い愛情」もあります。母の日の花の話です。

ネットワーク報道部記者 郡義之・吉永なつみ

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<ちょっと違うでしょ>
先週末、インターネットでこの時期に売れている意外なものがないか調べていました。そこで目についたのは「母の日のアジサイ」「品切れ品種も」ということば。

今月13日の母の日、カーネーションではなく、アジサイを贈る人が増えているようなのです。

utu180511.2.jpg長く人気を独り占めにしてきたカーネーションの花言葉。
赤は「母への愛」、青は「熱愛」、白は「純粋な愛」「あなたの愛は生きています」などなど。愛、愛、愛で、母の日にぴったりです。

utu180511.3.jpgでもアジサイの花言葉は「移り気」や「浮気」。花びらの色が時期によって変わるからだそうです。

「ちょっと母の日と違うでしょ」と思いながら花屋さんに足を運んでみました。


<カーネーションに迫る>

utu180511.4.jpg東京・日比谷にある大手の花の販売店。

母の日を前にした今の時期、カーネーションが正面に置かれていました。そして、そのすぐ隣には確かにありました、移り気なアジサイの数々。濃い青色が鮮やかなものや、花びらのように見えるがくが一般より多い5枚から6枚付いたもの。

utu180511.5.jpg15種類ものアジサイを扱っていて、ネットのことばどおり母の日に人気だそうです。「母の日に向けて、この店ではカーネーションとアジサイの割合は7対3くらいですね。取り扱いが増えたのはここ3、4年です」

utu180511.6.jpg日比谷花壇日比谷公園店の冨田亜耶さんに聞くと人気はピンク色。中には時間の経過で色が変わるアジサイもあります。「マジカル系」と呼ばれているそうです。


<移り気だけど、元気な女性>
母の日といえばカーネーションと考えていた私。母の日ができたのも確か、亡き母にカーネーションを贈った人がいたことがきっかけです。なぜ、アジサイなんでしょうか。

「アジサイは、いまごろから旬を迎える花なんです。それに見た目もボリュームがあります。さらに年々種類も増えて、選ぶ楽しみもあります。その辺りが人気の秘密ですね」(冨田さん)

utu180511.7.jpgよく調べてみるとアジサイも花の色ごとに花言葉がありました。
ピンクは「元気な女性」、青は「辛抱強い愛情」、白は「寛容」など…実は、母の日にぴったりでした。
品種ごとに姿がまるで別の種類の花のようで、好みの花を選ぶ楽しさも確かにありそうです。


<迫られた品種開発>
さまざまな品種が店に並ぶようになったアジサイ。
中でも人気が高い「万華鏡」を開発したのが島根県です。
淡いブルーに白い縁取りのグラデーションが特徴です。

utu180511.8.jpg「万華鏡」
「銀河」と呼ばれる品種も開発していて鮮やかなブルーに白い縁取りがあります。中心部の花弁は時間とともに白くなり、色の変化も楽しめます。

utu180511.9.jpg「銀河」
花は新品種をヒットさせるのは大変。そうした中、島根県が品種開発に取り組んだのには事情がありました。


<ガーデニングブームの後>
「花の単価がずーっと下がり続け、さらに栽培用のハウスに使う重油は年々値上がりしています。経費がかさんで農家をやめようかと考えていたんです」(栽培農家・浜村大介さん)

島根県はもともとシクラメンの栽培が盛んで、30年ほど前にガーデニングブームにのり、西日本有数の産地となります。ところが景気が低迷するにつれ需要も落ち込み、3年ほど前には、出荷額が最盛期の7割ほどに。経営危機に陥る農家も出てきました。

秋から冬にかけて出荷されるシクラメン。その生産の邪魔にならない春の時期の柱が必要だったのです。

県はアジサイに目をつけました。


<1万2000分の3>
「冬の日照時間が少なく、湿気の多い山陰に合っている花でした」
「当時、品種も多くなく開発の余地があったんです」(島根県農業技術センター 稲村博子研究員)

農家の生き残りをかけて農業技術センターが品種開発に乗り出します。品種の交配から2年でおよそ1万2千株が花を咲かせ、その中から候補となる株を選んでいきます。

utu180511.10.jpg画像提供 島根県農業技術センター
交配から3年後には364株が残り、さらに10株に絞ります。そこから生産者などの意見を聞いて選抜。ひときわ目を引いたのが、「万華鏡」「銀河」などの3品種でした。

utu180511.11.jpg栽培農家 浜村大介さん
「衝撃と感動です。“これが本当にアジサイなのか”、“早くこれを作らせてほしい”、そう思いました。他の生産者も同じ気持ちだったと思います」(浜村さん)

その目は間違っていませんでした。


<よくぞ作ってくださいました>
「万華鏡」を初めて出荷した翌年。1人の年配の女性が浜村さんの農園を訪れました。

突然の訪問。不思議に思った浜村さんが聞きました。
「どうされましたか」。
女性は“万華鏡”に指を向けました。
「よくぞこのあじさいを作ってくださいました」

女性は東京の市場の関係者。
「市場に出た”万華鏡”を見た。足を運んで感謝の気持ちを伝えずにはいられなかった」。そう話しかけたそうです。

「万華鏡に出会わなければ花農家をやめていたかもしれない。おおげさかもしれないけれど、私たちを救ってくれた。それは確かです」(浜村さん)


<もうやめよう、だけど>
アジサイは根が弱く水の管理が非常に難しいそうです。そして大事に育てても花のグラデーションがうまくでないものもあり、ブランド価値を守るためやむなく捨てることがあります。そうして自信を持って出荷した花は市場の評価も高く、出荷は順調です。

当初6つだったアジサイの栽培農家はいま、倍の12になりました。浜村さんは農家の2代目。4人兄弟の中、自分だけが農家を継いでいます。

「万華鏡はきれいに作るのが、本当に難しく毎年、もういやだ、もうやめようと思うんです」

「でも、“いい花を作ってくれた”と言われるのも、“写真と違うじゃないか”と期待の高さから言われたりするのもこの花です」

「手をかけた分、届けた人から反応が返ってくる。これまで生きるために、たんたんと花を作っていた私に、育てる喜びを思い起こさせてくれました」

この時期、花屋を飾るようになったさまざまな種類のアジサイ。
目を見張る美しさの陰には、汗をかきながら開発にこぎつけた人と、育てた子どもを送り出すように大事に市場に届ける人たちの物語がありました。

取材したあと、母に贈りたいと思うと同時に、私、自分の手元に移り気な花を置いておきたくなりました。

投稿者:郡義之 | 投稿時間:17時18分

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