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メディアの動き 2024年04月16日 (火)

能登半島地震 災害情報伝達を巡る課題と今後 (2)「臨時災害放送局」が役割を果たすために考えるべきこと【研究員の視点】#533

メディア研究部(メディア情勢)上圭

はじめに

 能登半島地震を教訓に今後の災害情報伝達について考えるブログ、1回目は、NHKのBS放送や、スターリンクによるWi-Fi整備など、「衛星活用」がポイントとなった今回の地震の経験から、考えるべきことをまとめました。2回目の今回は「臨時災害放送局」についてとりあげます。
 臨時災害放送局の概要は1回目のブログ1で説明していますので、詳しくはそちらをご参照ください。簡単に言えば、被災した自治体自らが、住民に必要な情報を伝達するためにラジオ局を運営することを可能にする制度です。今回の地震では開局に踏み切る自治体はありませんでしたが、検討のプロセスで見えた課題を踏まえて、今後、考えるべきことを提言したいと思います。

1)能登半島で臨時災害放送局が開局しなかった理由

 改めて、今回の地震で自治体が臨時災害放送局という手段を選択しなかった理由として考えられるものを下記にまとめておきます。

1) 事前に制度を知らず、発災後に説明を受けたため、開局に踏み切れなかった
2) 職員も被災して自治体の人員が限られており、ラジオ局の運営を担う人がいなかった
3) 放送波が届く範囲が限られるという自治体にとって、有用性を感じられなかった
4) 衛星放送、スターリンクの導入やケーブルテレビインターネットの復旧により、テレビやスマートフォン経由で早期に被災者の情報入手が可能になっていた
5) 比較的多くの被災者が避難所および周辺に集まっていたため、情報伝達がしやすかった

 今回の地震で臨時災害放送局が活用されるべきだったかどうか、その検証を行うために十分な材料を、まだ私は持ち合わせていません。ただ、客観的にみて開局が必要な状況であったにもかかわらず、せっかくの制度が活用されなかったとしたらやはり残念です。逆に、開局が不必要な状況であったとしたら、被災後に多忙な自治体に余計な負担を強いることにならず、かえってよかったのかもしれません。今後、自治体に対するヒアリングを行って検証を進めていきたいと思います。

2)今後に向けて考えるべきこと

 ただ、発生が危惧されている南海トラフ地震や首都直下地震は、能登半島地震とは比べものにならない程の広域被害と大量の被災者の発生が想定され、指定避難所に入れない被災者も相当数出ることが予測されます。その中には、高齢者や障がい者も多数いるでしょう。また、被災する自治体数も膨大で、インフラの復旧には相当な時間がかかるでしょう。通信障害が続き、防災行政無線も機能不全に陥る中、余震や二次被害を防ぐために被災者に呼びかける防災・避難情報を伝達する手段がなくなっているおそれもあります。そして、被災した自治体が数件にとどまった今回の能登半島地震とは異なり、メディアが全ての自治体の災害関連情報を発信することは困難かもしれません。そうした状況下で、臨時災害放送局の出番は確実にあると私は考えています。
 ここからは、制度を有効に活用するために、今後検討すべきと思う点をまとめておきます。

*周知広報だけでなく「事前準備」を

 最も重要なのは、日頃から自治体の職員が制度を理解しておくことです。まず、全国の約3割の自治体には地域内にコミュニティ放送がありますので、災害時には、コミュニティFMを休止して免許を自治体に“移行”し、臨時災害放送局を開局するという制度2を活用し、コミュニティ放送の人たちに自治体の災害情報伝達を担ってもらうという協定を結んでおくのも1つの選択肢です。すでに両者でこうした連携協定が締結されているケースも増えてきていますが、コミュニティ放送は民間企業・団体が運営しているものですので、自治体は、協定の中で、委託内容や費用について具体的に取り決めておく姿勢が求められるでしょう。
 コミュニティ放送のない約7割の自治体については、地域の災害リスクや防災行政無線の整備状況、住民の高齢化の実情などを踏まえて、災害時にラジオを運営する選択肢が必要かどうか、一度は考える機会を持ってもらいたいと思います。ラジオメディアは、単なる情報の伝達だけではなく、放送の内容によっては、被災した人たちの心のケアや癒やしを提供することも可能です。避難が長期化するおそれのある地域にとっては、そのことも重要な要素だと思います。
 その上で、開局を希望する自治体に対しては、それを積極的にサポートする国の体制が望まれます。体制作りについては、首都直下地震が想定される関東地域と、南海トラフの被害が想定されている和歌山県沿岸部の事例が参考になります。
 このうち関東地域では、放送大学のFMラジオ放送が終了した空き周波数帯を臨時災害放送局用に活用するという国の方針が決まっており、現在、開局を希望する複数の自治体で運営するというモデルが検討されています。自治体の中には、自らラジオを開局するための機材を購入して準備しているところも少なくありません3。総務省の関東総合通信局の主催で、自治体間の情報交換のための場も設けられています4
 また和歌山県沿岸部では、総務省の近畿総合通信局(以下、近畿総通)が自治体に開局の希望を調査し、希望する自治体への周波数の割り当てを事前にシミュレーションし、いつでもただちに割り当てができる状態にしてあるという踏み込んだ施策がとられています5。その上で、地元の放送局や通信事業者などで組織する和歌山県情報化推進協議会(以下、WIDA)が、毎年、近畿総通、自治体と共に開局と運営の訓練を行っています。WIDAでは、災害が起きた時に自治体の運営を支援する意欲を持つボランティアや無線資格者の登録制度も設けられています6
 単なる制度の周知広報から一歩踏み込んだ事前の準備が、いざという時の対応につながります。他のエリアでもこうした取り組みが広がっていくことを期待しています。

*どう開局するかだけでなく「どう運営するか」が大事

 先にも述べたように、臨時災害放送局とは、自治体自身がラジオ局を開局し運用するという制度です。自治体では防災行政無線で避難情報などを音声で伝達していますが、ラジオの運営となると、どんな語り口でどんな内容を放送すればいいのか、イメージできず躊躇(ちゅうちょ)してしまう自治体も少なくないと思います。
 これまで総務省は、機材をどのように整備し操作すればいいのかといった、ハードに比重を置いた「開設マニュアル7」を作成してきました。しかし、開局したあとに放送をどのように行えばいいのかを解説した「運営マニュアル」はありませんでした。そのため、私は総務省に協力する形で「運営マニュアル」の作成に携わり、完成した「運営マニュアル」は3月末に近畿総通のウェブサイトで公開されました8作成には、日頃は放送局で番組制作を行い、東日本大震災や熊本地震ではボランティアとして臨時災害放送局の運営に携わった人たちの経験を持ち寄りました9。このマニュアルに目を通せば、放送の経験のない自治体職員でもラジオを運営することができるよう、各種テンプレートも準備しました。また、職員が多忙で運営できない場合には、どういう人たちに支援を依頼すればいいのかについても、過去の事例からまとめています。東日本大震災の時には、地元のまちづくり会社や放送局のOBが活躍するケースも少なくありませんでした。少しでも多くの自治体の皆さんに手に取ってもらえるとうれしいです。

*放送と同時に「ネットにも配信」する

 自治体が広域だったり、山間部が多かったりすると、臨時災害放送局を開局したとしても、どうしても電波が届かない地域が出てしまいます。詳しくは、アンテナ(親局)をどこに設置すればどのくらい電波が届くのかを検討しないとわからないのですが、今回の地震でも、被害の大きな地域に電波が届かないことがネックとなり、開局を見送った自治体もありました。
 解決策としては、自治体に2つの周波数を割り当てたり、中継局を設置したりするなどしてカバーするという方法があります。東日本大震災では、複数の自治体でその方法がとられました10
 ただ、1回目のブログにも書きましたが、衛星ブロードバンドインターネットサービスのスターリンクの導入が現実的になってきています。ですので、臨時災害放送局をインターネットでも同時配信して、電波の届かない地域についてはスターリンクを持ち込み、ネット経由で受信するという方法が現実的ではないかと思います。臨時災害放送局を同時配信できれば、被災地の中だけでなく、外からも聞くことができるようになるので、支援や救援の回路にも役立つと思います。すでに、いくつかの総務省の総通では、臨時災害放送局とネット配信をパッケージで提供することを前提に検討が進んでいます。現在は、著作権料の免除など、放送を前提とした枠組みとなっていますが、このあたりについても、状況に応じて見直していく必要があるのではないかと思います。

り踏み込んだ「プッシュ型支援」を

 最後に、少しとっぴかもしれませんが、今後に向けた提言をしておきたいと思います。現在の制度では、臨時災害放送局の開局は、免許人として想定されている自治体の意向が大前提となっています。しかし、先にも述べたように、被害が大きく情報空白地帯となってしまっている被災地の自治体ほど、混乱状態に陥ってしまい開局の判断ができない、というジレンマに陥ってしまっています。だからこそ事前の準備が必要なのですが、仮に準備ができていない自治体が大災害に見舞われた場合、この大前提を覆すような制度の運用はできないものなのでしょうか。
 具体的には、自治体の意向の有無にかかわらず、総務省の各総通が災害対策用に常備している機材を自治体に持ち込み、訓練などで実施している「実験試験局」という方法で、とりあえず総務省の免許で開局してしまうというアイデアです。機材の設置などの開局の準備は、これまでも各総通で行ってきた実績があります。そして、発災から1~2週間程度の最も困難な情報空白の時期には実験免許局のままで運営を行い、混乱が落ち着いてきたところで当該自治体に放送を継続する意向がある場合にはそこで免許申請をしてもらい、継続の必要がないとのことであればそのまま閉局するという流れです。
 このアイデアの最大の課題は、自治体の代わりに誰がラジオ局の運営を行うのかです。これについては、地域ラジオを運営するプロである近隣のコミュニティ放送や業界団体である日本コミュニティ放送協会(JCBA)に支援をお願いするのが最も想定しやすいですし、自治体からの信頼も得やすいと思います。今回の能登半島地震でも、JCBA北陸支部が北陸総通と共に被災地に赴いて支援の準備を行っていました。ただし、当然のことながらコミュニティ放送は自局の運営が最優先です。ですので、彼らに頼りすぎない枠組みも考えていかなければなりません。
 では、これまで臨時災害放送局を運営してきた経験者や、メディアで災害報道や災害情報伝達に関わってきた人で、ボランティアで支援したいという人たちが全国各地にいますので、そうした人たちにお願いするのはどうでしょうか。東日本大震災で「おながわ(女川)さいがいエフエム」の開局・運営に携わってきた大嶋智博氏は、現在はその活動を引き継ぐ一般社団法人「オナガワエフエム11」立ち上げ、臨時災害放送局設立および運営に関する経験・知識を後世に伝える活動をしていますし、それ以外にも同様の問題意識を持つさまざまな団体もあります12。ただ、それぞれの団体が連携できているとはいえません。熊本地震で「ましき(益城)さいがいエフエム」の運営支援に入った村上隆二氏(当時、ラジオパーソナリティーとして熊本県内で活動)は、「災害派遣医療チーム(以下、DMAT)の災害情報伝達版のような組織を作れないか」と繰り返し問題提起していて、私も大いに共感するところがあります。DMATのような一定の専門的なスキルの研修や自治体からの信頼を得るためのルール作りや、総務省における登録制度なども含め、全国規模で支援の枠組みを考えていく時期なのではないでしょうか。

おわりに

 本ブログでは2回にわたり、災害情報を伝達する側の視点で、能登半島地震の状況を整理し、今後に向けた提言を行ってきました。しかしさらに大事なのは、情報を入手する側の視点です。この視点に立った検証についても、今後、取り組んでいきたいと思います。


1  https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2024/04/11/

2  この制度を活用した場合、通常は20Wまでの出力を増力して、カバーエリアを拡大するなどの措置を行うことができる

3  東京都文京区、練馬区、埼玉県所沢市など

4 https://www.soumu.go.jp/soutsu/kanto/bc/rinsai/renrakukai.html

5  和歌山県沿岸部は周波数の活用が比較的容易であることからこのような施策が行えたともいえる。地域の実情に合わせた施策が求められる

6  https://wida.jp/act/rinsai_musen/

7  全国の各総通で整備されている。近畿の場合は…https://www.soumu.go.jp/main_content/000936455.pdf

8  https://www.soumu.go.jp/main_content/000936454.pdf

9  東日本大震災で「おながわさいがいエフエム」に携わった大嶋智博氏、熊本地震で「ましきさいがいエフエム」に携わった村上隆二氏

10  岩手県宮古市、大船渡市、宮城県気仙沼市では2つの周波数を割り当て、南相馬市では中継局を設置

11  http://onagawafm.jp/

12  例えば…
http://www.j-abs.org/
https://www.bhn.or.jp/
https://kansai-pressclub.jp/?p=1646

村上圭子
報道局でディレクターとして『NHKスペシャル』『クローズアップ現代』等を担当後、ラジオセンターを経て2010年から現職。
インターネット時代のテレビ・放送の存在意義、地域メディアの今後、自治体の災害情報伝達について取材・研究を進める。
民放とNHK、新聞と放送、通信と放送、マスメディアとネットメディア、都市と地方等の架橋となるような問題提起を行っていきたいと考えている。