文研ブログ

メディアの動き 2024年01月18日 (木)

【メディアの動き】韓国大統領,放送法など改正に拒否権,放送通信委員長に検察官出身者を任命

 韓国のユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領は12月1日,最大野党「共に民主党」などが賛成多数で可決していた放送法など3つの法律の改正案について拒否権を行使した。またユン大統領は同月29日,直属の放送規制監督機関である放送通信委員会(KCC)の委員長に検察官出身のキム・ホンイル(金洪一)氏を新たに任命した。

 韓国の国会では11月9日,改正案について,公共放送の政治的な独立性を強化するためとして,委員会を経ずに本会議へと回され,過半数を握る「共に民主党」の主導によって可決されていた。採決の前に退席していた与党「国民の力」は,放送法の改正は,野党がメディアを掌握するための法案だとして強く反対していた。拒否権が行使された法案が再可決されるためには,在籍議員の過半数の出席と,出席議員の3分の2以上の賛成が必要。12月8日に再び国会で採決が行われたが,放送法については在籍議員291人のうち,賛成が177人,反対113人,棄権1人で否決され,放送法など3つの法案は廃棄されることになった。

 一方,KCC委員長のイ・ドングァン(李東官)氏は,野党から弾劾訴追案が発議されたことを受けて12月1日に委員長を辞任した。ユン大統領は同月6日,後任の候補者に同じく検察官出身のキム氏を指名。同月27日に開かれた国会の人事聴聞会で同意を得られなかったものの,大統領は同月29日にキム氏を委員長に任命した。就任式でキム氏は「国民の信頼と時代の潮流に即したメディアを実現させていく」などと抱負を述べた。

メディアの動き 2024年01月18日 (木)

【メディアの動き】英BBC,「将来の財源モデル」検討へ 新理事長指名のシャー氏,厳しい船出

 イギリス政府は12月7日,2024年4月からの公共放送BBCの受信許可料を,10.5ポンド引き上げて年額169.5ポンド(約3万1,100円)にすると発表した。政府は2022年に,向こう2年間は受信許可料を据え置き,2024年度から27年度までは消費者物価指数に連動する形で値上げをするとの方針を示していた。しかし,今回の値上げ幅を決めるにあたり,物価高による国民生活への影響に配慮し,当初予定していた消費者物価指数の12か月の平均値の9%ではなく,9月時点の指数6.7%を採用した。

 これによりBBCは年に約9,000万ポンド(約165億円)の財源不足が生じる見通しとなった。2027年までに4億ポンド(約736億円)の削減策を進めているBBCは同日,声明を出し,受信許可料の値上げ幅が想定より低く抑えられたことに失望の意を示した。今後,さらなる削減の検討が必要になるとの考えを示した。

 また政府は同日,メディアの環境が大きく変わる中で,現行の受信許可料には課題があるとして,BBCの将来の財源モデルについて検討作業を始める方針を示した。近く放送業界や経済界の専門家からなる独立委員会を設置し,▶現行の受信許可料の持続可能性,▶商業サービス増加の是非,▶商業収入を増加させる方策,▶受信許可料に代わる新しいモデル,などについて検討する。政府は2024年の秋までに報告をとりまとめることを求める考えで,2027年12月に期限が切れる現行の特許状の更新に向けての議論に生かしていきたいとしている。

 BBCの財源制度については,現在,議会で審議が行われているメディア法の立案に向けて政府が示した『白書』の中でも,議論の必要性に触れている。また議会の上下両院の委員会でも議論が行われ,例えば上院の通信・デジタル委員会は,▶受信許可料を,所得税などに連動して累進化する,▶広告収入で運営する,▶世帯で一律徴収する,▶税金や政府の補助金にする,▶公的資金とサブスクリプションや商業収入を組み合わせたハイブリッド型にする,など具体的なモデルを提示し,それぞれの長所と短所を検討している。

 BBCも財源制度の議論は避けられないとの姿勢を示している。同局は声明で,「BBCが将来にわたり,イギリスの価値を世界に発信し,不偏不党のニュースや国民の暮らしを伝える番組を作り続けるためにも,財源の議論は重要だ」としたうえで,「変更がある場合には,その影響を国民が十分に理解することが重要だ」との認識を示し,幅広い議論を求めた。

 こうした中,政府は,空席となっているBBCの理事長に,同局の元ジャーナリストで非執行理事を務めたサミール・シャー(Samir Shah)氏を推薦すると発表した。財源モデルの議論や次期特許状の交渉は,新理事長の主要な任務となる。しかし,12月13日に議会下院の文化・メディア・スポーツ委員会が開いた聴聞会では,現職の非執行理事が番組の編集方針に介入したと報じられたことや,首相官邸との距離の近さなど,BBCの独立性について激しい応酬があった。聴聞会のあと,委員会は「シャー氏の理事長への就任を認めるが,BBCに関する極めて重要な課題についてみずからの考えを十分に説明せず,組織が必要としている強い指導力をうかがうことはできなかった」と批判的な見解を付記し,就任3か月後に再び委員会の聴聞に応じるよう求めた。

調査あれこれ 2024年01月17日 (水)

パーティー券裏金問題の先は?~岸田自民党の鈍感力と国民の視線~【研究員の視点】#524

NHK放送文化研究所 研究主幹 島田敏男

 昨年末に強制捜査に着手した東京地方検察庁特捜部は、関東で正月の松があける7日に池田佳隆衆議院議員(安倍派)を政治資金規正法違反容疑で逮捕しました。特捜部は池田容疑者が収支報告書の不記載や虚偽記載によって得た裏金の額が多いことや、証拠隠滅の疑いを把握したことから逮捕に踏み切ったと伝えられています。

0117ikeda_1_W_edited.jpg逮捕された池田佳隆衆院議員

 この問題では、最大派閥・安倍派の歴代事務総長経験者などが、次々に東京地検から任意の事情聴取を受ける事態となりました。自民党の政治とカネを巡る問題、とりわけ規正法のもとで企業献金に代わる方法として温存されてきた「パー券売り」にメスが入ったことは画期的です。

 ルールを守っていればまだしも、永田町の相場で1枚2万円のパーティー券をどこに大量に買ってもらい、どのように使ったかが闇の中に隠されたままであることが許されるのかという問題です。

 政治資金として集めた金は課税対象にならないという特典は、「議会制民主主義を育てる財源」だからというのが政治資金規正法の建前です。つまり国会議員という「選良」が行うことだからという、性善説に基づく仕組みなのです。それが無残に裏切られ裏金化されていた点に、国民の強い怒りが噴出したのは当然です。

 この国民の怒りの声を背に受けて、検察当局も「公開ルールの順守を怠った形式犯」では済まされないという判断に至ったと見ることができます。億単位の賄賂が介在するような贈収賄事件とは異なるにしても、政治の信頼を失墜させる罪の重さに異例の捜査が行われたのは当然でしょう。

0117kensatsu_2_W_edited.jpg

 そして捜査が続く1月12日(金)から14日(日)にかけてNHKの月例電話世論調査が行われました。昨年12月の調査では、自民党が2012年に政権に復帰して以降の11年間で最も低い「支持率23%」を記録していました。

☆あなたは岸田内閣を支持しますか。それとも支持しませんか。

 支持する 26%(対前月+3ポイント)
 支持しない 56%(対前月-2ポイント)

昨年後半から下降傾向が続いていた内閣支持率は、いったん下げ止まった形です。しかしながら統計上は支持も不支持も前月からの変化に有意差はありません。つまり誤差の範囲内の変化だということです。

 今回は能登半島地震という大きな自然災害があり、被災地の救援や復旧にあたる政府の対応に期待が寄せられていたという事情もあります。

☆あなたは能登半島地震への政府のこれまでの対応を評価しますか。評価しませんか。

 評価する 55%
 評価しない 40%

評価する声が過半数に上り、岸田内閣に対するアゲインストの風を和らげている面もうかがえます。

 とはいえ、自民党が政治とカネの問題で失った信頼を回復するのは容易なことではないでしょう。次の数字を見れば一目瞭然です。

☆派閥の政治資金パーティーをめぐる問題を受けて、自民党は「政治刷新本部」を立ち上げ、再発防止策などの検討を始めました。これが、国民の信頼回復につながると思いますか。つながらないと思いますか。

 つながる 13%
 つながらない 78%

つながらないと回答したのは与党支持者で66%、野党支持者で88%、無党派で85%となっています。与党を支持する人たちでも、厳しい受け止めが3分の2に上っています。

0117sassinn_3_W_edited.jpg自民党「政治刷新本部」(1月11日)

 「政治刷新本部」に対しては、派閥が生んだ問題を派閥均衡のようなメンバーで議論するのは陳腐だという指摘や、パーティー券の裏金を受け取った安倍派議員も含まれているのはいかがなものかといった批判が出ています。

☆あなたは政治資金規正法を改正し、ルールを厳しくする必要があると思いますか。必要はないと思いますか。

 必要がある 83%
 必要はない 9%

こちらについては与党支持者、野党支持者、無党派のいずれを見ても、ルールを厳しくすべきだという答えが8割から9割に上っています。

 問題はパーティー券を購入した相手と金額を明らかにする徹底した情報公開と、事務所の会計責任者が違法行為をした場合に議員本人の責任も問う連座制の適用にまで踏み込むことができるかです。これが最低限のラインだと思います。

 では今回の問題の土台にある自民党の派閥について、国民はどういう見方をしているのでしょう。

☆あなたは自民党の派閥のあり方についてどう思いますか。

 今のままでよい 5%
 存続させても改革すべき 40%
 解消すべき 49%

自民党支持者が大多数を占める与党支持者では「存続させても改革すべき」が5割に達して多数ですが、野党支持者と無党派では「解消すべき」が5割超から6割に上っています。

0117kokkai_4_W_edited.jpg

 派閥連合体として国会で多数派を形成し、長く政権を担当してきた自民党にとって、党内で競い合うことが活力の源だという従来の考え方を変えるのは簡単ではなさそうです。ただ、それでは自民党が自ら失うことになった信頼の回復をどこまで図ることができるかも不透明です。

 一方で、派閥は残しても政治資金規正法のルール強化が進むことになれば、これまでのように表に出さない政治資金の確保は困難になります。野党議員と比べ、地元に大勢の私設秘書を抱えて議席を守ってきた活動スタイルにも影響が出るでしょう。

 あれやこれや考えると、直ちに政権交代が起きるような展開はないにしても、自民党の信頼や資金集めがやせ細っていくことを懸念する声は消えそうもありません。ある自民党の閣僚経験者は「次の参議院選挙は来年2025年夏。衆議院の任期満了は2025年10月。それまでには潮目の変化があるだろう」と期待交じりで語ります。

 野党がバラバラだから怖くない、というのが自民党関係者に深刻な危機感を生じさせていない最大の要因でしょう。それが岸田自民党全体の「鈍感力」の核になっているように見えます。しかし、信頼回復のないまま党としての勢いがやせ細る展開になるならば、少数与党に甘んじ、結果として野党側の結集を促す事態も否定できません。 

0117kishida_5_W_edited.jpg

 今年9月の自民党総裁選への対応も含めて、岸田総理がどういう展開を目指そうとしているのか現状でははっきりしません。

 まず当面は、今月26日からの通常国会前に「政治刷新本部」が打ち出す最初のメッセージを国民がどう受け止めるかです。これが最初の関門として立ちはだかっています。

 w_simadasan.jpg

島田敏男
1981年NHKに入局。政治部記者として中曽根総理番を手始めに政治取材に入り、法務省、外務省、防衛省、与野党などを担当する。
小渕内閣当時に首相官邸キャップを務め、政治部デスクを経て解説委員。
2006年より12年間にわたって「日曜討論」キャスターを担当。
2020年7月から放送文化研究所・研究主幹に。長年の政治取材をベースにした記事を執筆。

調査あれこれ 2024年01月15日 (月)

世帯年収の違いによるコロナ禍の影響の濃淡② ~「新型コロナウイルス感染症に関する世論調査(第3回)」の結果から③~【研究員の視点】#523

世論調査部(社会調査)小林利行

国内で新型コロナウイルスの初感染が確認された2020年1月15日から4年がたちました。

NHK放送文化研究所では、2020年から2022年までの3回にわたって毎年秋にコロナ禍に関する世論調査1を実施し、3回目の調査結果を中心とした分析を、『放送研究と調査』の2023年5月号と7月号に掲載しました。
そして今回は、「世帯年収の差」に注目して分析を深め、一部の分析結果を去年12月に公開したブログ「世帯年収の違いによるコロナ禍の影響の濃淡①に載せました。
このブログでは、3回の調査結果の時系列比較を通して、世帯年収差によるコロナ禍の影響の違いについて掘り下げたいと思います。

調査では、毎回、生活満足度について尋ねています(図①)。
時系列でみると、どの年収層でも『満足している(どちらかといえばを含む)』という人がおおむね増える傾向がみられます。
実は、感染拡大の不安感について同じく時系列でみると、『不安だ(非常に+ある程度)』という人がすべての年収層で年々減少する傾向にあるのです。全年収層での生活満足度の上昇は、重症化率が低下しながらコロナ禍が常態化して不安感が徐々に少なくなっていったことが要因のひとつと考えられます。
ただし、『満足している』と答えた人の増え方を詳しくみると、年収別で大きな違いがあるのがわかります。例えば「300万円未満」は2020年の48%から2022年の53%と5ポイントの増加だったのに対して、「900万円以上」は2020年の54%から2022年の77%と23ポイントの増加となっています。

図① 生活満足度(世帯年収別)※2
0115_1_2.PNG

それでは、収入が多い人ほど生活満足度の上昇幅が大きいという現象にはどんな要因が考えられるでしょうか。
時系列を考える上でまず考慮しなければならないのが、それぞれの調査年の状況です。2020年秋と2021年秋は、「不要不急の外出は控えよう」という政府の要請もあり、誰もが自由に外出できるという雰囲気ではありませんでした。一方2022年の秋は、新規感染者数は以前より多かったものの、重症化率が下がっていたこともあって、行動制限は大幅に緩和されていました。

このことを頭に入れたうえで図②をみると、2020年から2021年にかけては、高収入層の満足度が目立って上昇した要因のひとつとして「テレワーク」の広がりが考えられます。

実践している感染対策としてテレワークをあげた人は、2020年から2021年には、全体で10%から11%へ1ポイントながら有意に増えています。年収別にみると、有意差はつかないものの年収が高くなるほど増加の幅が大きくなる傾向がみられます。

図② 実践している感染対策「テレワーク」(世帯年収別)
0115_2_2.PNG

ブログ世帯年収の違いによるコロナ禍の影響の濃淡①でも示したように、コロナ禍の生活変化を『プラス』とした高収入層の理由で目立ったのが「在宅勤務の実施」でした。このことも考え合わせると、高収入層においては、少なくとも2020年秋から2021年秋までのコロナ禍の前半期においては、テレワークの継続と広がりが満足度上昇の要因のひとつだったと考えられます。

一方、その翌年の2022年までの1年間では、図②の「全体」をみてもわかるように、テレワークは減少しています。これは、行動制限が緩和されて会社などへの出勤も以前より増えたためと考えられます。

行動制限が緩和されると、「旅行」「飲み会」「イベント参加」などもできるようになります。
図③は、ストレスが『増えた』という人の中で、その要因として「気軽に遊びに行けないこと」を選んだ人の結果です。これをみると、2021年から2022年にかけて、高収入層の満足度が増えた要因のひとつが「行動制限の緩和」であることが浮かび上がります。

図③ ストレス要因「気軽に遊びに行けない」(世帯年収別)
【ストレスが『増えた』と回答した人】
0115_3_2.PNG

「600~900万円」と「900万円以上」では、2021年にストレス要因として「気軽に遊びに行けないこと」を選ぶ人が8割以上いましたが、2022年にかけて減少しています。特に「900万円以上」では81%から67%と大きく減っています。

12月のブログ世帯年収の違いによるコロナ禍の影響の濃淡①でも示しましたが、コロナ禍の生活変化をプラスかマイナスのどちらと捉えているかとの問いに、『マイナスだ』と答えた人のうち、世帯年収「600~900万円」と「900万円以上」が選んだマイナスの理由で多かったのが、「旅行やイベントや会食に行けなかったから」でした。高収入層にとっては、気軽に出かけられないことが低収入層に比べてストレスになりやすい一方、以前のように出かけられるようになるとその開放感も大きく、生活満足度の向上にもつながったのではないでしょうか。

そしてもうひとつ、高収入層の満足度が2021年から2022年にかけて増えた要因としては、収入の変化の違いも影響しているとみられます。
図④は、コロナ感染症の拡大前と比べて収入が『減った』という人の世帯年収別の結果ですが、2021年から2022年のポイントの変化に注目すると、有意差はつかないものの「300万円未満」でプラス3、「300~600万円」でマイナス1、「600~900万円」でマイナス5、「900万円以上」でマイナス7となっていて、年収が多いほど回復が早い傾向があることがわかります。

図④ 収入の変化(世帯年収別)
0115_4_2.PNG

あらためて、低収入層より高収入層のほうが生活満足度の増え方が大きいことの要因だと考えられることをまとめます。
①2020年から2021年にかけては主にテレワークの継続と広がり、②2021年から2022年にかけては、行動制限の緩和によって気軽に遊びに出かけられるようになり、心理的な開放感をより強く持てたことと、収入が『減った』という人が低年収層に比べて減少したこと。

こうしてみていくと、3年余りにわたるコロナ禍では、最初は厳しい行動制限や経済の落ち込み、それに感染拡大に対する大きな不安感などから、全般に不満が高かったのですが、長期化を経てコロナ生活の日常化もあり、さらに終盤に行動制限が緩和されたり経済回復の芽がみえたりしたことで、全般に不満が減っていったようです。
こうした中でも、状況に対応できるリソースが多い高収入層は、行動制限が厳しくなっても緩くなっても、低収入層に比べると、何らかの形で満足感を得やすくて、年々その差が広がるという構図になっていたとみられます。

社会の変化を人々がどう受け止めているのか。
こうした数字を提示するのも世論調査の重要な役割のひとつです。
今回の調査結果は、新たなパンデミック(世界的大流行)の際には、低収入層への初期段階での迅速な経済的支援などが必要なことを示していて、今後のパンデミック対策の参考になると思います。そして、次はどうしたらいいのか?みなさまも一緒に考えていきましょう。

このほか、「放送研究と調査 2024年1月号」では、世帯年収の差によって心理的・精神的な影響が違うこと、社会全体のデジタル化の捉え方に大きな差異があることなどを紹介しています。

ぜひご覧ください。


※1 新型コロナウイルス感染症に関する世論調査(第3回)
※2 
不等号が開いているほうが有意〔信頼度95%〕に多いことを示しています。2022年の下にある不等号は2020年と2022年を比べたもので、例えば「全体」の62%の下にある∧は、2020年の49%より62%が有意に多いことを表しています。

おすすめ記事】
①「放送研究と調査」 2023年7月号
新型コロナ感染拡大から3年 コロナ禍は人々や社会に何をもたらしたのか-NHK
②「放送研究と調査」 2023年5月号
コロナ国内初感染確認から3年 人々の暮らしや意識はどう変わったのか-NHK

【小林利行】
NHK放送文化研究所の世論調査部員として、これまで選挙調査から生活時間調査まで幅広い業務に携わり、
最近では「災害」「憲法」「コロナ禍」などの調査に取り組んでいる。

調査あれこれ 2024年01月11日 (木)

幼児のテレビ・ネット動画利用は平日と土日でどう違う?【研究員の視点】#522

世論調査部 (視聴者調査) 築比地真理

「ママ、なんできょうは朝のテレビやってないの?」
日曜の朝、Eテレを見ている4歳の娘から問われました。
「日曜日は、お休みの日だから子どものテレビもお休みなのかな」と私は答えました。
日曜もふだんと変わらない時間に起きて、子どもはテレビの前に座り、いつもの番組が始まるのを待っているのに、日曜日はなぜ平日や土曜日に比べて子ども向け番組の放送が少ないのだろうと、放送局で働くひとりとして疑問に思った瞬間でした。

さて、NHK放送文化研究所では、小学校に入る前の2歳~6歳の幼児を対象とした「幼児視聴率調査」を1990年から実施しています。
「大人」のメディア利用実態の調査は世に多くありますが、幼児のみに特化して調査したものは珍しく、保護者による代理記入・回答ではありますが、日記式とアンケートの結果を組み合わせ、幼児のメディア利用の現在地を知ることができる調査になっています。

今回は、2022年に実施した最新の調査結果から、こうした幼児のメディア利用が平日と土日でどのような違いがあるのかに注目して、結果をご紹介します。
(『放送研究と調査』1月号の内容を再構成しています。全文はこちら

以下の図は、下記4項目の30分ごとの平均利用率を時刻別に積み上げて、山のような形にして示したものです。それぞれ、平日・土曜・日曜のものとなっています。

① NHK総計(地上波+衛星波)
② 民放総計(地上波+衛星波)
③ インターネット動画
④ 録画番組・DVD  

NHK総計/民放総計/ネット動画/録画DVDの30分ごと平均利用率の積み上げ

           〈平日〉
heijitu.png

           〈土曜〉
doyou.png           〈日曜〉
nichi.png


朝の時間帯の視聴状況

まず、冒頭のエピソードで紹介した朝の時間帯に注目すると、この4項目の合計(以下、「4項目計」)の山の高さは、平日・土曜・日曜とも大きく変わらないことが分かります。
平日・土日に関係なく、子どもが毎日規則正しく生活しており、朝は何らかのコンテンツを視聴する習慣がついている可能性が感じとれます。
ただ、朝の「4項目計」を項目ごとで分けてみると、平日と土曜ではNHK(赤色)がよく見られているのですが、日曜はNHKと民放(ピンク色)の割合が逆転していることが分かります。ちなみに、幼児の場合、NHKでの視聴はEテレが大半となっています。

冒頭でも述べたように、平日と土曜の朝はNHKのEテレで子ども向け番組が多く放送されているのですが、日曜の朝は他の曜日ほど子ども向け番組が放送されていません。一方、日曜の朝にはテレビ朝日が長年放送している、戦隊ヒーローや仮面ライダー、ヒロインが変身して戦うシリーズなどの幼児~小学生向けの番組があります。本調査では「よく見られた番組」についても聞いていますが、その結果からも日曜は幼児がこれらの番組を見ていることが分かります。

日中から夕方の視聴状況

朝以外の時間はどうでしょうか。平日の夕方では、「4項目計」が朝に匹敵するボリュームであり、午後6時30分~7時30分では3割に迫っています。一方で、日中のメディア利用はほとんどない状態です。平日は、幼稚園や保育園に登園している幼児が多いことからもこの結果は納得ですね。

これを、テレビやインターネット動画などに分けて見ていきます。まずテレビについてみると、NHKは土日の夕方から夜にかけては平日ほどの勢いがありません。一方、民放は土日でも大きな減少はみられず、土曜は午後7時~7時30分、日曜は午後6時30分~7時によく見られています。週末の夕方はどちらかというと民放のテレビの方が視聴されているようですね。
実際に週末の夕方に民放でよく見られた番組としてあげられていたのは、土曜ではテレビ朝日の「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」、日曜ではフジテレビの「サザエさん」「ちびまる子ちゃん」などのアニメでした。
また、動画の利用については、平日では日中の利用は少ないものの、午後から夜にかけてよく見られています。一方で土日は、日中においても一定の視聴があるなど、幅広い時間帯でコンスタントに利用されており、土日とも午後1時から5時の時間帯で3~7%台を維持していました。
土日の午後によく見られたコンテンツを確認してみると、YouTubeのゲームやYouTuberの動画、「アンパンマン」や「ポケットモンスター」関連の動画など、さまざまな内容が挙げられており、幼児の関心に応じた幅広いコンテンツが選択されているとも言えそうです。

ここまで見てきたように、平日と土日で幼児のメディア利用を比較すると、曜日によって見ている放送局や番組が異なるほか、土日では日中からネット動画を見ているなど、テレビのリアルタイム視聴以外のコンテンツへの活発な接触も見られることが分かりました。

バラエティー豊かなコンテンツを楽しむ幼児

テレビの視聴は、どうしてもその時間帯の番組編成に左右されがちな面もあるかと思いますが、見たいコンテンツが放送されていない時間帯でも、ネット動画やタイムシフトなどをうまく活用して、それぞれの時間帯ごとに、自分が見たいと思うものに応じてコンテンツを視聴している様子が感じられます。
最近では、子どものYouTuberによるYouTubeチャンネルなども人気を博していたり、動画配信サービスでも幼児向けコンテンツが豊富になってきたりしており、さまざまな選択肢が選べる環境が整ってきたと思います。そうした環境の中で子育てをするひとりの親の視点から言うと、さまざまなコンテンツを選びやすくなったからこそ、NHK・民放・ネット動画などのそれぞれの強みやメリットを生かして、子どもには多彩なコンテンツに触れて、感性を高められるようになってほしいと、調査結果から考えさせられました。

この調査ではほかにも、幼児がインターネット動画をどのように利用しているのか、さまざまな角度から分析しています。下記よりぜひご覧ください。

『放送研究と調査』2024年1月号 
幼児はテレビやネット動画などをどのように使い分けているのか
~「幼児視聴率調査」から~

『放送研究と調査』2022年12月号
幼児はテレビ放送やインターネット動画などをどのように見ているのか
~2022年6月「幼児視聴率調査」から~ 

tsuihiji.jpg

【築比地 真理】
2014年NHK入局。高知放送局・札幌放送局で番組編成などを担当し、2020年より放送文化研究所にて幼児視聴率調査や国民生活時間調査・メディア利用の生活時間調査などに関わる。名前の読み方は「ついひじ」

メディアの動き 2023年12月27日 (水)

性加害とメディア~サビル事件とBBC②~【研究員の視点】#521

メディア研究部(メディア情勢)税所玲子

 イギリスの公共放送BBCの元司会者でタレントのジミー・サビル(Jimmy Savile)氏による性加害事件は、その手口や被害者の数、そして同氏のメディアでの影響力の大きさによって被害が見過ごされてきたという点などから、ジャニー喜多川氏の事件と類似点が指摘されている。
 BBCは、▼事件が発覚したときの組織としての対応と、▼被害に気がつかなかったことの原因と責任、という2つの側面から厳しい批判を受けた。本ブログの第1回では前者についての検証結果を紹介したⅰ)
 本稿では、サビル氏が「未成年者に性加害を行っている」といううわさがあったにも関わらず、組織としての対応を阻んだ要因はなにか、BBCの「組織文化」に焦点をあてた元判事のジャネット・スミス氏による報告’The Dame Janet Smith Review Report’ⅱ)を紹介する。数百人に接触し、番組ごとに誰が、どこで、何を見聞きし、どのような対応をしたのか、丹念に聞き取り、証言を相互に照らし合わせ、被害の実態に迫ろうとする姿は、「検証する」とはどういうことなのかを示しているように思うⅲ)。以下概要を紹介する。

【報告書の概要】
 
スミス元判事による検証は、ジミー・サビル氏が人気絶頂だった1970年代から80年代を中心に、スターの地位を利用して、未成年の少女などに性的虐待を行っていたという告発番組の放送を受けて、2012年10月12日に実施が決まった。関係者800人以上に連絡を取り、380人以上から証言を得て執筆された報告書は793ページ。かかった費用は、650万ポンド(約11億7,000万円。補償費用を除く)で、2016年2月25日に公表された。

検証の焦点は

・BBCの仕事に関連して、サビル氏の不適切な性的行為はあったか
・公式・非公式にかかわらずサビル氏の不適切な行為に対する不満や懸念が、BBCに示されたことはあったか
・BBCの職員は、どの程度、サビル氏の不適切な行為について認識していたか
・BBCの職員は、どの程度、サビル氏の不適切な行為について認識すべきであったか
・サビル氏に不適切な行為を可能にさせた当時のBBCの組織文化や慣習はあるか

スミス元判事の結論は、
・BBCの仕事から派生した加害は存在し、
・当時BBCにあった苦情対応の窓口に対してではなかったものの、8件の非公式な苦情があり、
・BBCの複数の職員が、サビル氏が未成年者に対し性的な関心を抱いていることを知っていたが、組織としてのBBCは認知していたとはいえない
・うわさなどがあり、直接調査に乗り出した人もいたにも関わらず、BBCの組織構造として、上層部に対し、「タレント」が関わるハラスメントについて報告するという慣習がなかった
・上司や人事担当などに苦情を言うとキャリアに関わるという懸念から、BBCの職員が声をあげにくい文化、正式な申し立て手続きの不在、不十分な調査、男性優位でセクハラを軽んじる「マッチョな文化」、タレントに対する過剰な配慮、などさまざまな組織文化の問題がある、というものである。

 また、スミス元判事は、名乗り出なかった被害者もいるとしながらもBBCに関係する被害者は72人(女性57人、男性15人)で、このうち16歳未満の未成年者は、女性21人、男性13人だったとした。最年少の被害者は8歳だった。サビル氏の犯行は、控え室などBBCの施設のあらゆるところで起きたほか、スタジオから自宅や愛用していたワゴン車に連れていかれた被害者もいた。 
 報告書は、プライバシーに配慮しながら具体的な状況にも言及しており、嫌悪感を覚える読み物である。スミス元判事は、子どもの保護やハラスメントをめぐる社会の対応は、今とはかけ離れていることを考慮に入れながらも、被害に気がつくチャンスがあったにもかかわらず、BBCの関心がみずからの保身に向けられ、守るべき対象の被害者に向けられなかったことを、「公共」のために存在する組織としてあるまじきことだと厳しく指摘している。以下に結論の根拠となった内容をかいつまんで紹介する。

  BBC1.png報告書について伝えるBBC(BBCニュースのホームページより)

【BBCのマネジメント構造】
 
当時のBBCの組織はどのようなものだったのであろうか。
 報告書によると、当時のBBCのマネジメントの構造は縦割りかつ上下関係が明確で、部局長が各現場の運営を任されていた。自身で判断しかねる事案が発生した場合だけ、上役に相談する仕組みで、部局長が情報を抱え込む危険性をはらんでいた。実際、エンターテインメントの部局長は個性が強く、持ち場が「領有地」であるかのようにふるまっていた。セクションごとの壁もあり、組織全体の利益よりも自局の利益を守ることが優先されていた。
 こうした環境では問題が起きても、一般職員は、上層部への報告は管理職の仕事だと考え、みずからが声をあげるという発想を持ちにくい。80年代までは内部通報制度もなく、セクハラやいじめがあっても直属の上司に伝えるだけで、その人物がさらに上に報告しなければ、そこで終わりだった。女性管理職の割合が少なく、わいせつな発言があっても、BBCの評判に傷がつかないかぎりは、「社会ではそういうものだ」と男性の価値観が優先される「マッチョな文化」がはびこっていた。セクハラは随所で発生し、サビル氏が働いていたエンターテインメント部門とラジオ1では特に顕著だった。

【サビル氏が利用した‘スター’の地位】
 
一般職員のサビル氏に対する印象は「気持ちが悪い」「だらしがない」など、決して芳しいものでない。ただ、サビル氏は、慈善事業で集まった募金の大きさや、王室や政治家とのつながりを繰り返しアピールし、幹部には丁寧で謙虚な姿勢で接した。何が真実で何がウソなのか見極めるのが難しくなるほど常にしゃべり続け、奇抜なファッションで型破りなパーソナリティーを演出した。BBCは「スーパースター」になったサビル氏がはじき出す視聴率にあらがえないようになる。

(著名な司会者やプレゼンターなどの)「タレント」は、‘BBCの価値観よりも価値があるとされるにいたった’。BBCでは、タレントがあまりにも影響力を持ちすぎたり、番組の成功にあまりにも欠かせない存在になったりし、BBCが守るべき価値から完全に乖離(かいり)した行動でも許されるようになってしまった。管理職は、タレントの怒りを買い、BBCに出演してくれなくなることを恐れているのだⅳ)

(「ジャネット・スミス報告書」より抜粋) 

【声をあげた人たちへの対応】
 
サビル氏の行為について、報告書は8件の苦情が寄せられたとしている。BBCの職員5人、外部の人物3人が申し立てたが、内容が上層部、あるいは組織全体で共有されることはなかった。
 例えばある若手職員は1988年頃、上司が席を外したすきに被害を受け、そのことを申し立てても、「黙れ、彼はVIPだろ」と一蹴された。また、歌番組「Top of the Pops」に参加した視聴者は、実際にカメラが回っている中で被害を受けた。現場の職員に訴えたものの「カメラを動かすからそこをどいてくれ」と言われた。さらに、ラジオのプロデューサーは、レストランで行われた会合にウエートレスの女性を誘い出し、サビル氏に女性を「あっせん」するかのような行為も行っていた。

BBCの多くの若手の職員は、被害を受けても申告していない。騒ぎ立てるほどのことでない、と思ったという人もいるが、ひどいことだと感じても、報告すればキャリアに傷がつくと恐れた人もいるⅴ)

【生かせなかった悪評】
 
サビル氏の不適切な性的関心については、うわさとして知っていた人は少なくない。実際、サビル氏は、自叙伝'As it happens’や、新聞やテレビのインタビューでも、みずから性的関心について言及していた。報告書は、うわさを聞いたことがあるという117人、聞いたことがない人180人から話を聞いた。しかし誰ひとりとして、上層部に報告しようと考えた人はいなかった。単なるうわさだと考えた人もいるし、すでに上層部は知っているだろうと考えた人もいる。
 ただ警戒を強めていた番組もある。サビル氏が子どもの夢をかなえる番組「Jim‘ll Fix It」では80年代になると、出演する子どもに付き添うスタッフの間では、サビル氏から目を離さないようにすべきだ、と言われていたし、プロデューサーも、サビル氏の性癖や、警察との癒着のうわさを耳にしていた。タブロイド紙が報じたこともあるが、そのような人物が子どもに夢を与える番組の司会にふさわしいのか、顧みる人はいなかった。

世間の批判さえなければ、サビル氏の適性について真剣な議論が行われないということは、嘆かわしい。BBCが評判に傷つくことを恐れるのであれば、能動的に正しい行いをすることが重要なはずだ。また、BBCが掲げる公共的価値が、こと人気番組になると、優先順位が下がるのも問題だⅵ)

 サビル氏に直接うわさを確かめようとした人もいた。サビル氏が司会を務めていた歌番組「Top of the Pops」は、100人前後の若者が付き添いなしでスタジオに集まり、風紀の乱れが指摘されていた。1970年初頭、ラジオ局の主幹は、部下を通じ「サビル氏の自宅に女の子が泊まっていた」といううわさを確かめたが、「何も心配することはない」と言われ調査をやめた。また別の広報担当の職員を通じて、他社の記者にも尋ねたが、うわさに過ぎないと聞いて、追及をやめている。

当時の社会の基準では問題なかった、というBBCの言い訳を受け入れることはできない。BBCは社会、そして若者への責任を自覚し、みずからの性癖を自慢する男に、若者の良きロールモデルの役割を与えるのに加担すべきではなかったⅶ)

 

BBC2.png組織の対応を分析して伝えるBBC(BBCニュースのホームページより)

【上層部の関心】
 
スミス元判事は、どの地位の人物が把握すれば、BBCが組織として把握していたと言えるか検討した。視聴者から見て、相応の責任を持つと考えられる立場として、部局長(Head of Department)以上の人物が知っていることが「組織として知っていること」と定義づけた。その基準に照らし合わせると、苦情は、そのポストまで到達しておらず、組織として見て見ぬふりをしたという結論にはいたらなかった。
 しかし、報告書は、役員や理事会の対応について極めて厳しい見方を示している。
 1971年、「Top of the Pops」に参加した15歳の少女が自殺をはかった。母親は、番組の「有名人」が自宅に連れて行ったとBBCに苦情を申し立てた。タブロイド紙が報じたが、検視官の査問で'精神的に不安定だった’と結論づけられると、上層部は関心を失った。何が起きていたのか番組のスタッフや観客への聞き取りもなく、母親から詳しく事情を聞くこともなく、参加可能な年齢を16歳に引き上げるという対策をとっただけだった。

BBC内の対応を見ると、自殺した少女のような若者の安全や福祉に対して配慮しようという思いがまったく見られない。母親の訴えをはぐらかし、BBCの名誉を守ることばかりに関心が向いている。
役員は、番組の根本的な問題を掘り下げることはなく、その地位に当然、期待される注意を向けていない。BBCにとっての悪評が回避できたと知るやいなや、全員で安堵(あんど)のため息をついたのだろう。理事会も番組の風紀の乱れに懸念を示さず、その無関心さには驚かされるⅷ)

 スミス元判事は、苦情申し立ての制度や職員どうしの連携の欠如、有効な調査制度の不備、不十分な視聴者対応、人事による職員の支援が十分でなかったことなどを問題として指摘し、こうした課題について6か月以内にBBCに対応策を示すよう求めた。
  
 報告書を読むと、BBCの職員のひとりひとりに悪意はなくても、組織として弱者に非常に冷淡で、内向きの理論に凝り固まっていて、大事なシグナルを見落とし、何人もの人を傷つける結果を招いたことがわかる。これによりBBCは計り知れないダメージを受けたが、これは時代を超えて、どこの組織にでも起こりうる問題としてその教訓を学んでいくべきだと思う。
 第3回は、BBCの信頼回復に向けた取り組みを中心に紹介したい。

【あわせて読みたい】
2023年11月30日 性加害とメディア~サビル事件とBBC①~【研究員の視点】#514


ⅰ) 文研ブログ 2023年11月30日「性加害とメディア~サビル事件とBBC①」
  https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/100/489990.html

ⅱ) 2016年2月25日 The Dame Janet Smith Review Report-
https://downloads.bbci.co.uk/bbctrust/assets/files/pdf/our_work/dame_janet_smith_review/savile/jimmy_savile_investigation.pdf

ⅲ) 検証の過程で、BBCの別のプレゼンターによるハラスメントも発覚したため範囲を拡大して調査が実施された。しかし、当該プレゼンターの上司にあたる人物とスミス元判事が知り合いだったため、利益相反にあたるとして、控訴院のリンダ・ドブス判事が実査の調査を行った。本ブログでは、サビル氏の事件のみに焦点をあてることとする。

ⅳ) 前掲ⅱ) 、P23、179-180

ⅴ) 同上 P60

ⅵ) 同上 P91

ⅶ) 同上 P109

ⅷ) 同上 P71, 74

saisho.jpg

【税所 玲子】
1994年入局、新潟局、国際部、ロンドン支局、国際放送局などを経て2020年7月から放送文化研究所。

ヨーロッパを中心にメディアやジャーナリズムの調査に従事。

調査あれこれ 2023年12月25日 (月)

世帯年収の違いによるコロナ禍の影響の濃淡①~「新型コロナウイルス感染症に関する世論調査(第3回)」の結果から③~【研究員の視点】#520

世論調査部(社会調査)小林利行

国内で新型コロナウイルスの初感染が確認された2020年1月から4年近くたちました。
多くの人が亡くなりましたが、感染者の重症化率が低下してきたこともあり、2023年5月には法律上の扱いが2類相当から季節性インフルエンザと同じ5類に引き下げられるなど、最近は落ち着きをみせつつあります。

とはいえ、今後も同じようなパンデミック(世界的大流行)が起こらないとも限りません。
日本学術会議が2023年9月、今後の感染症の大流行に対応するために、今回のコロナ禍に関する情報の収集と継承を提言するなど、社会全体としてデータを整理して今後に備えようという動きが進んでいます。
そこで今回は、NHK放送文化研究所が2022年11月に実施した世論調査※1の結果のうち、
コロナ禍の影響について「世帯年収の差」に注目して分析しました。
“コロナ禍が社会の格差を広げた”ともいわれていますが、実際のところを客観的なデータで考えてみました。

図①は、感染拡大をきっかけにした生活の変化が、その人にとってプラスの影響とマイナスの影響のどちらが大きかったかを尋ねた結果です。全体をみると、『マイナス(どちらかといえばを含む)』(74 %)が『プラス(どちらかといえばを含む)』(23%)を大きく上回っていることがわかります。
しかしあえて『プラス』に注目してみると、プラスの割合は年収が多いほど高くなる傾向がみられます。
特に「600~900万円」(24%)から「900万円以上」(35%)にかけては、10ポイント以上差が大きくなっています。

図①  生活変化はプラスかマイナスか(世帯年収別)20231225_zu1.JPG

『プラス』の理由はなんでしょうか。
図②は、『プラス』と答えた人にその理由を複数回答で尋ねた結果です。
「600~900万円」と「900万円以上」では「在宅勤務など柔軟な働き方ができるようになったから」が全体と比べて有意に高くなっています。特に「300万円未満」(3%)と「900万円以上」(24%)の間では20ポイント以上の差がついています。
この数字からは、テレワークができるようになるなど、デジタル化の恩恵を誰が受けているのかが浮かび上がってきます。

図② 生活変化が『プラス』の理由(世帯年収別)
【『プラス』と回答した人】
20231225_zu2.JPG

一方、図③は、『マイナス』と答えた人にその理由を複数回答で尋ねた結果です。
世帯年収別の差の大きなものをみると、「旅行やイベントや会食に行けなかったから」は年収が高くなるほど多くなっていて、「300万円未満」では17%なのに対して、「900万円以上」では30%となっています。
逆に「経済的に生活が苦しくなったから」は年収が低くなるほど多くなっていて、「900万円以上」では3%にとどまっているのに対して、「300万円未満」では15%と有意に高くなっています。

図③ 生活変化が『マイナス』の理由(世帯年収別)
【『マイナス』と回答した人】
20231225_zu3.JPG

実際の収入の変化はどうだったのでしょうか。
図④は、コロナ禍による収入の変化について尋ねた結果です。
『減った(大幅に+やや)』をみると、年収が低いほど多くなっていて、「900万円以上」が17%なのに対して、「300万円未満」では36%と20ポイント近い差がついています。

図④ 収入の変化(世帯年収別)20231225_zu4.JPG

実は、この『減った』という人を年層別に分けると、さらに年収差が広がるカテゴリーがあります。
図⑤をみてわかるように、どの年層も世帯年収の低い人ほど『減った』が多くなる傾向は変わりませんが、その中でも18~39歳と40・50代の「300万円未満」と「900万円以上」の差がどちらも30ポイント以上ついています。これは、コロナ禍の経済的なインパクトが、いわゆる“現役世代”の年収の少ない層に強く影響したことを示しているといえるでしょう。
なお、40・50代以下に比べて60歳以上で差が大きくないのは、年金で暮らしている人が含まれることが影響していると考えられます。

図⑤ 収入の変化(年層別に分けた世帯年収別)20231225_zu5.JPG

このように、コロナ禍の影響は、年収の差で大きく違うことがわかります。
しばしば指摘されてきたことですが、世論調査の客観的なデータによって可視化されたといえます。
この調査は2022年11月に実施したものなので、現在ではさまざまな業種の業績が回復するなどして状況は変わっているかもしれません。しかし、再び感染症が大流行する際は、政府や自治体などは、今回紹介した調査結果を参考に、低年収層への支援策などを検討してほしいと思います。

コロナ禍に関する世論調査は、2020年と2021年の秋にも実施していて、来年1月上旬公表の「放送研究と調査 2024年1月号」の論考の中では、時系列比較によって、年収の高い人ほど「生活満足度」の増加率が大きく、低年収層との差が年々広がっていることも明らかにしています。そしてその要因についても分析しています。

ぜひご覧ください。


※1 新型コロナウイルス感染症に関する世論調査(第3回)

【おすすめ記事】
①「放送研究と調査」 2023年7月号
新型コロナ感染拡大から3年 コロナ禍は人々や社会に何をもたらしたのか-NHK
②「放送研究と調査」 2023年5月号
コロナ国内初感染確認から3年 人々の暮らしや意識はどう変わったのか-NHK

【小林利行】
NHK放送文化研究所の世論調査部員として、これまで選挙調査から生活時間調査まで幅広い業務に携わり、
最近では「災害」「憲法」「コロナ禍」などの調査に取り組んでいる。

調査あれこれ 2023年12月22日 (金)

国内メディアによる「ファクトチェック」②(テレビ)【研究員の視点】#519

ファクトチェック研究班 渡辺健策/上杉慎一/斉藤孝信

 日本国内の新聞社と放送局を対象に行ったファクトチェックに関するアンケート(2023年3月実施)の際に、放送番組のなかでファクトチェック結果を明示する形で伝えていると回答したのは、日本テレビとNHKの2社だった。これまでの取り組み状況をそれぞれの担当者に聞いた。

1208_factcheck_sum.JPG

 日本テレビでは、2022年9月から10月にかけてニュース番組『news zero』で3回にわたりファクトチェック結果を伝えたのをはじめ、同年11月20日(日)には『THEファクトチェック』という60分の特番を放送した。また、翌2023年9月24日(日)にも、前年の番組を演出面等でブラッシュアップした『藤井貴彦のザ・ファクトチェック』(60分)を再び放送した。担当した井上幸昌チーフプロデューサーに聞いた。

ntv_inoue_W_edited.jpg日本テレビ 井上幸昌チーフプロデューサー

きっかけは報道のブランディング
 Q:どのような経緯でファクトチェックに取り組むように?
 2022年、最初にファクトチェックを始めたときに意識していたのは『news zero』のブランディングだった。当時、報道局長が年末のニュース解説でウクライナのゼレンスキー大統領の投降を呼びかける偽動画のことに触れていたことにも象徴されるが、情報の正確性に対する疑問が多くなる中で、報道の価値を見直す動きの一環としてファクトチェックを位置づけていた。
 『news zero』の当時のコンセプトは、ニュースをひと事でなく自分ごととして受けとめ、誰かのために行動したくなる、ということ。その前提として、真偽を見極める力をつけてもらおうという趣旨でファクトチェックを始めた。
 メディア不信が強まる中で、今はどの放送局も調査報道に力を入れているが、その調査報道のなかの一つのカテゴリーがファクトチェックだともいえる。
 その後、さまざまなファクトチェックを特集した番組『THEファクトチェック』を制作したのだが、その際に最も重視していたのは、取材過程を見せること。「カキの殻に口をつけなければ、鮮度の良くないカキでも当たらない(食中毒にならない)」という言説を対象にしたコーナーでは、Vで取材の過程を見せながら、「ミスリード」という結論につなげていく。その取材(=検証)のプロセスを見せることに意味がある。
 この番組は、日曜の14時台としては年間最高視聴率を取ることができた。
 (ファクトチェック団体「ファクトチェック・イニシアティブ」が選んだ「ファクトチェックアワード2023」の優秀賞にも選ばれた)

実施していくうえでの課題
Q:実際にファクトチェックを進めていく上で課題と感じていることは?
 課題の一つは、取材に時間がかかること。真偽の検証をするうえで欠かせない慎重な取材と突っ込んだ議論が続き、政治部や社会部とも相談しながらファクトを確認していく作業は、かなり労力がかかる。
 もう一つは、ネタ選び。これはデスクの力量による。通常のニュースの業務もある中で、専従でファクトチェックをやり続ける難しさがある。どう見せるかも含めて考えると、通常の取材より一つ先の発想が必要で、これは時間とのたたかいでもある。加えて、制作体制も十分とはいえない。だからといって、ファクトチェックをやりやすいものからネタを選んでしまうと偏りが生じるので、そうならないように気をつけている。

 伝え方の課題としては、ファクトチェックの判定結果を伝える際の7段階のラベリング。「難しくて、ついていけない」という反応があった。視聴者としては、ストレートに情報の真偽の中身を見たいのであって、細かい区分を知りたいわけではない。入り口は「うそか本当か」という分かりやすい導入にする必要があるし、判定結果も2023年9月の特番では、より分かりやすい5段階にした。

ntv_factchec.jpg

2023年9月24日放送 日本テレビ 『藤井貴彦のザ・ファクトチェック』
 ファクトチェックを真正面から扱った意欲的な番組として注目される。2022年11月に放送した前作から検証結果を分かりやすい5段階にあらためたほか、演出面での工夫をさらに加えスタジオのゲストに検証結果を予想させるクイズ的な要素も盛り込むなど、視聴者を常に飽きさせない知的エンターテインメントとして番組を展開。受け手の関心を強く引きつけつつ、なぜ今ファクトチェックが必要なのか、情報リテラシーの啓もう効果も意識した内容だった。
 中国メディアが報じた「福島第一原発の処理水が放出から240日で中国近海に到達する」という内容を専門家の分析をまじえて検証し、トリチウム拡散のシミューション自体は正しいが、実は検出できないほどのごく低濃度である事実を伝えていないミスリードで、不正確と判定した。海外とはいえ、報道機関が他のマスメディアの報道内容を検証するという新たな領域に踏み込んだ点も特筆される。

マスメディアがファクトチェックすることの意味
Q:報道機関としてのマスメディアがファクトチェックを行うことの意義をどう捉える?
 いわゆる裏を取る作業は、普通のニュースとたがわず難しい。直近の番組で扱った「路上販売の桃は窃盗品」というSNSの投稿についても、YouTuberが「窃盗品」と決めつけるような発信をしていたケースもあったが、取材したら、実はそうじゃない(規格外の桃を正規に仕入れていた)というところに行き着いた。それを伝えることで、「そうか、絶対盗んでいると思っていた」という見方が変わると、他の情報に対する見方も変わってくるのではないか。報道機関としてやるべきことは、情報があふれる社会だからこそ、情報リテラシーの高いプロとして情報発信すること、本物の情報を見つける目を養ってもらうきっかけを提供することだと考える。ある意味、いろんなバイアスを取り除こうという社会的な流れの一つとしても考えられるかもしれない。

今後の課題
Q:今後の課題としては、どのようなことが挙げられるか?
 視聴者のニーズが僕らの出発点であるので、ファクトチェックを行うことにニーズがあるのか、というのが絶えずつきまとう。何があったのか、今何が起きているのを伝えるのが報道機関のあるべき姿だから、そこになるべく多くのリソースを割いて通常のニュースをきちんと伝えることで、視聴者に価値のある情報を伝えていく。そのなかで、真偽不明の情報があふれている社会の現状に何か一矢報いるみたいなファクトチェックの作業も報道の役割の一つとして必要かなと思う。でもそれは、あくまでも報道機関の一番の使命であるニュースを伝える責任を果たしたうえでのこと。
 僕らが真実を追い求める報道機関としての仕事をして、そこからこぼれたところをファクトチェック団体が検証していくという、ある意味、いいすみ分けができているかなと思う。
 将来的には、ファクトチェックを恒常的に行うなど次の段階に踏み出すことを考えたいが、その際にはファクトチェック団体との連携も考えなければと思っている。全部自分たちでファクトチェックをしていくとなるとやり切れないので、しっかりとしたファクトチェック団体と連携できたらと思っている。もちろん放送するものは、自分たちできちんと裏を取らないといけないが、ファクトチェック団体との連携は、ファクトチェック文化の定着にも結びつく可能性がある。

 一方、NHKでも、SNSなどで広がる偽情報への対策とマスメディアへの信頼回復を意識してフェイク対策に力を入れている。ネットワーク報道部の籔内潤也デスクに聞いた。

nhk_yabuuchi_W_edited.jpgNHKネットワーク報道部 籔内潤也デスク

震災・原発事故と新型コロナから学んだ教訓
Q: どのような思いや意識でファクトチェックに取り組んでいるのか?
 東日本大震災と原発事故のときには、SNSで身近で有益な情報が共有された一方、避難や放射線の影響などに関してさまざまな偽情報、根拠のない情報が広がった。当時も取材・制作現場では確認された情報を出すようにしていたが、それだけでは十分に偽情報に対処できず、広がる偽情報に翻弄される人々の姿を見てきた。
 また、ここ数年のコロナ禍においても新型コロナウイルスの病原性や対策、特にワクチンについて、明らかに誤った情報がSNSで広まり、コロナを見くびったり、ワクチンを忌避したりして重篤化したケースも多く見聞きしてきた。
 こうした経験から、報道機関が当初確認した情報を出すだけでなく、SNSなどで出回っている情報にも向き合う必要があり、フェイク対策を行うことで、生命財産への被害や社会の断絶を防ぎたいと考えている。
 また、SNSで多種多様な情報が出されるなかで、テレビや新聞などのマスメディア以外でも有用な情報が増えている。その一方で、マスメディアへの批判も目につくようになっていて、マスメディアへの信頼が揺らいでいる。SNSで拡散される情報の洪水の中で、民主主義の基本である事実や正しい情報に基づいて判断することがゆがめられていることも感じている。 
 そうした中にあって私たちとしても、情報の正確さ・深さを示しながら、フェイク対策を行うことで、「NHKを見ればどう判断するべきかが分かる」といった頼りにされる存在となり、メディアの信頼回復を進めたいと考えている。

手応えの一方で難しさも
Q: 実際にやってみて、手応えを感じた点、難しさを感じた点は?
 例えば「福島第一原発から放出される処理水に含まれるトリチウムは生物の体内で濃縮される」という、SNSで広がっている言説について検証したときは多くの反応があり、そのほとんどが『分からないことに分かりやすく答えてくれた』という反応だった。「どこまで分かっているのか、どこからは分かっていないのか」について正確な情報を出すことで、誤った情報を打ち消すことに役立ったと感じている。

20230909news_web.png2023年9月9日付け NHK『NEW SWEB』より

 また、真偽不明の情報は、不安があるとき、分からないことがあるときに広がるが、フェイク対策を行うことはそのような不安の解消にも役立つという手応えを感じた。
 フェイク情報が数多くあるなかで、検証する対象を選ぶことは難しく、試行錯誤しながら進めている。一般の人の関心を測りながら進めることが難しいと感じている。
 またNHKが偽情報だと伝えることで、かえって拡散してしまうのではという指摘を受けることもある。そうならないよう、すでに広がっている、または広がりつつある偽情報をチェックの対象にするように心がけているが、その判断は難しいのが現状だ。

 もう一つの課題は、フェイク情報の検証にあたる記者に求められる発想の転換だ。記者たちはこれまで自ら取材し事実と確認した情報をもとに記事を書いてきたが、フェイク対策ではすでに公開されている誤った情報をただすという仕事になり、対象の選び方や取材方法、記事の書き方まで、これまでと発想を変える必要がある。しかし、その必要性がまだ多くの記者には理解されておらず、理解の増進が課題だと感じている。

今後目指すべき姿とは
Q: 今後の方針・戦略は?
 NHKでは、イギリスのBBCなどとともに偽情報対策や信頼されるニュースに向けた取り組みを行うTNI(Trusted News Initiative)というメディアなどの連絡組織に加わっている。このネットワークを生かして海外での先進事例を学ぶとともに、NHKの取り組みも発信するなど、連携を強化していきたいと考えている。これまでにも「トルコ・シリア大地震で『津波が発生』『原発が爆発』などの偽情報が拡散」「リビア洪水で偽情報が拡散 SNSには日本の熱海の映像」といったニュースについて、ネットワークを生かして世界に向けてアラートを発信した。

20230207news_web.png2023年2月7日付け NHK『NEWS WEB』より

 どのような場合にNHKのニュースや番組でフェイク情報について取り上げるのか、偽情報・誤情報対策のガイドラインを作成し、基準を示すことを予定している。
 フェイク対策にNHKがニュースで本格的に取り組み始めてから日が浅いこともあり、記事の本数はまだ限られている。意識を浸透させて、本数を増やすとともに、ニュースだけでなく番組とも連携して対策を進めたいと考えている。
 一方で、ファクトチェック団体などが行っているような事実検証結果のラベル付けについては、私たちが「誤り」などとラベル付けして明確に示すことに「上から目線ではないか」と捉えられる懸念があり、信頼性を高めるために行うフェイク対策の目的に合致しない可能性があると考えている。自分たちで独自に検証した内容を放送のコンテンツとして発信することには、私たちの取材や制作についての透明性・信頼性が高まるメリットがあるという実感もある。

ファクトチェックにおけるマスメディアの役割
Q: マスメディアがファクトチェックを行うことの意義と課題は?
 デジタル時代で誰でも情報が発信できるようになっている中で、検証されていない情報があふれている。受け取る側は判断の基準を持たないこともあるので、マスメディアがファクトチェックを含むフェイク対策を行うことで、「信頼に足るメディア」、もしくは「情報の参照点」として生かしてもらえるようになるべきだと考えている。
 一方で、マスメディア側が間違った情報を出してしまった場合にはすみやかに訂正し、自己の報道内容を検証することも重要で、こうした取り組みを通じて、情報空間の健全性を担保することに役立っていきたい。

 これまでの歴史で培ってきた一定の信頼性と拡散力があるマスメディアがファクトチェックを行うことには、偽情報の拡散防止に一定の効果があると思う。
 一方でマスコミの出す情報を信じない、いわゆる「アンチマスコミ」ともいえる層に、どのように情報を届けるかは難しい課題だ。ただ、そうした層から影響を受ける、いわば「中間層」の人たちに正しい情報を届けるには、マスメディアによる発信は効果があると考えている。
 その一方で、フェイク対策やファクトチェックを記者が専従で行う体制にはなっておらず、通常の取材出稿業務を抱えているなかで、並行してフェイク対策にどれだけの労力をかけられるのかが課題となっている。


【あわせて読みたい】

2023年12月08日 新聞・テレビ各社の「ファクトチェック」実施状況アンケート【研究員の視点】#515
2023年12月15日 国内メディアによる「ファクトチェック」①(新聞)【研究員の視点】#517

文研フォーラム 2023年12月18日 (月)

見逃し配信は12月24日まで! 文研フォーラム2023秋~アーカイブから考える公共メディアの使命と仕組み~#518

メディア研究部(メディア情勢)大髙 崇

今年10月4、5日に開催した文研フォーラム2023秋では、多くの皆様にご参加&ご視聴いただき、誠にありがとうございました。
現在、3つのプログラムの模様を見逃し配信していますが、12月24日には公開終了の予定です。当日に参加できなかった、もう一度見てみたい、あるいは「何それ、知らない」という方も、残り1週間ですので、ぜひご覧ください!

私は、5日(2日目)のプログラムC 「アーカイブは放送界を救うか ~フランス・INAから未来を語る~」と題したシンポジウムに登壇し、発表と司会を務めました。

forum2023akiC_1_W_edited.PNG

動画はこちらからご覧になれます。
※動画公開は2023年12月24日で終了します

INAとは、世界最大規模の放送アーカイブ機関として知られる、フランスの国立視聴覚研究所のこと。フランスで放送するすべてのテレビ・ラジオ番組を毎日収集・保存(なんと今までの累計2,580万時間!)、そして、公開・活用などを担っています。
私は今年6月にINAを訪れ、現在の取り組みを視察し、各部門の責任者へのインタビューを行いました。シンポジウムでは、その成果を発表しています。
INAは、国立図書館をはじめとした国内各地の図書館等で、研究目的であることを条件に、原則すべての放送アーカイブを自由に閲覧できるようにしています。さらに、アーカイブを活用して、新たな放送番組やSNSのショート動画など、独自コンテンツの制作も行っています。制作部門の編集長、バイエさんの言葉がとても印象的でした。
「アーカイブの重要な注意点は、ノスタルジーに陥らないこと。『昔はよかった』で終わらせてはいけない」
アーカイブは、現在の出来事の背景を伝え、未来を切り開く多くの可能性があるという信念を、力強く語ってくれました。

INAのような広範で多様なアーカイブ展開を、日本で実現できるのか。図書館や博物館などで過去の番組をもっと見たい、教育や研究の資料として利用したいなどの声は、日本でも多く寄せられていますが、そうした声に十分応えられていないのが現状です。その主な理由として、著作権法、放送法などの制度設計での日仏の違いがあげられます。なぜ日本ではこの課題の解決が難しいのでしょうか。
シンポジウムの討論は、日本での放送アーカイブ活用・公開促進に向けた、熱いセッションとなりました。アーカイブの利活用、法制度に詳しい3人のゲスト登壇者の印象深いお言葉から、ほんの"さわり"だけ紹介します。

橋本阿友子さん(弁護士)「日本の著作権法の最終目標は『文化の発展に寄与する』こと。著作物の利用が進むような仕組みを作らないと著作物を創るモチベーションが下がり、文化が廃れることになる」
井上禎男さん(琉球大学教授)「学術利用だからといって全部オープンにしてよいのか。おそらくそうはいかない。INAのような機関がない日本の場合は、放送事業者として公開するものをチェックすることも使命になると思う」
伊藤守さん(早稲田大学教授)「新たな仕組みの議論のための、新たなフィールドを作らないと、INAのような目覚ましい進展は難しい。そのための口火を切ることを、NHKに期待したい」

放送アーカイブの利活用促進は、放送業界だけで解決できるものではなさそうです。文化をどう発展させるか、社会全体として、もっと大きな枠組みでの議論の必要性が浮かび上がりました。
その議論には、皆さんもぜひ参加いただきたく、だからこそ、まずは!(笑) ・・・
プログラムの模様、どうぞご覧ください!!

文研フォーラム2023秋では、このほか以下の2つのプログラムが開催されました。
プログラムA メディアの中の多様性を問う ~ジェンダー課題を中心に~
プログラムB デジタル時代のニュース 課題と処方箋 ~ロイター・デジタルニュースリポート2023から~
いずれも、いまメディアが問われている課題と向き合った、真剣な議論が展開されています。
こちらも同じく12月24日に配信終了予定です。
師走のお忙しい中とは思いますが・・・お見逃しなく!!

aki_forum_2_p2023.jpg


あわせて読みたい
大髙 崇「放送アーカイブ『公共利用』への道」 (放送研究と調査2023年10月号)
宮田 章/大髙 崇/岩根好孝「アーカイブ研究の現在・2023」 (放送研究と調査 2023年4月号)
大髙 崇/谷 正名/高橋浩一郎「放送アーカイブ×地域」 (放送研究と調査 2022年12月号)
大髙 崇「『絶版』状態の放送アーカイブ 教育目的での著作権法改正の私案」 (放送研究と調査 2022年6月号)

mr.ootaka.jpg

NHK放送文化研究所メディア研究部 主任研究員 大髙 崇 
番組制作、著作権契約実務を担当したのち、2016年から現職。
主な研究テーマは、放送アーカイブ活用と、それに関する国内外の法制度。 

メディアの動き 2023年12月18日 (月)

【メディアの動き】独新聞協会,公共放送のテキストニュースが事業圧迫とEUに文書提出

 ドイツの主な新聞社やデジタルニュース配信社が加盟するドイツ連邦新聞発行者協会(BDZV)は11月8日,EUの競争問題を所管する欧州委員会に,ドイツの公共放送がウェブサイトやアプリで提供するテキストニュースが,新聞社の事業を不当に圧迫していると訴える文書を提出した。

 EUは,加盟国の公共放送のサービスが新聞社や商業放送を不当に圧迫することを防ぐための指針を策定している。公共放送の任務の明確な定義,公共放送のサービスがその任務に沿ったものかをチェックする独立した監督機関の存在,などである。これに違反するとみなされれば,加盟国は是正を求められる。BDZVは,ドイツの放送法で公共放送のテキストニュースについての定義が明確でなく,監督も機能していないため,EU法違反だと訴えている。

 ドイツでは2018年の放送法改正で,新聞社の事業を圧迫しないように,公共放送のインターネットサービスは,①テキストが主体になってはならない,②ただし番組の内容の理解を深めるためのテキストは例外とする,と定められた。BDZVは,特にARD(ドイツ公共放送連盟)の加盟局がこの例外規定を拡大解釈し,関連するトピックを扱ったニュース番組の動画や音声を添えることで,テキストニュースを事実上無制限に提供しており,公共放送の内部監督機関もこうした状況について一度も検証していない,と批判している。

 BDZVは,今回の文書は欧州委員会への正式な苦情申し立ての前段階であるとし,今後正式な手続きを進めるとしている。