文研ブログ

メディアの動き 2019年10月30日 (水)

#216 8K×AI 空撮映像からAIで要救助者を探す試み

メディア研究部(メディア動向山口 勝

今年は台風19号をはじめ大規模災害が相次いでいます。
被害にあわれた方にお見舞い申し上げるとともに、亡くなられた方のご冥福をお祈りします。
筆者は「8K×AI 新たな防災報道に向けて」「放送研究と調査」2019年9月号に書きました。2017年のブログ「8Kスーパーハイビジョンの防災活用の可能性」でも示したように、高精細な8K空撮とAI画像解析を組み合わせることで、人や災害現場を検出し、一人でも多くの人を救うことができないかと考えたからです。
小文では、こういった大規模災害時の空撮映像の中から、要救助者をAIで見つける検証実験をおこないました。対象にしたのは2Kの16倍高精細な、8K空撮映像です。熊本地震の被災地の8K空撮映像を、台風19号の際にも救助にあたった「東京消防庁航空隊」の皆さんに見ていただいたところ、「地上の人の手が見える。電線も見える。肉眼やヘリコプターのモニターでは見えないものばかりだ。」「助けられなかった人を8K映像によって助けることができる。」と評価していただいたからです。

191030-3.png

サイエンスZERO(2017年4月16日放送)より

さらに、映像を指令本部に送って大きなモニターで複数の人でみれば、どこに要救助者がいて、地上からの救助をどのように行えばいいのかもわかり、より多くの人を救えるというのです。しかし、ここに2つの壁がありました。「伝送限界」と「目視限界」です。8Kは高精細であるがゆえにデータ量が大きく、次世代移動通信5G(20Gbps)でもそのままでは伝送できません。また、ヘリコプターに搭載できる小型モニターでは、小さな被写体(人)は、見えない可能性があります。そこで、AI画像解析でごく小さく映った人の顔(10×10ピクセル)を検出できないかとNHK放送技術研究所に協力してもらい、「8K映像からAIでどこまで小さな被写体を検出できるのか」検証しました。

191030-4.png
初めて、8KからAIが人(顔)を検出した画像

また、広域災害では、報道や支援の偏在が起きる可能性があります。今回の台風でも、一週間たっても、まだ被害状況の全貌がつかめませんでした。まだ見落とされている被災者、被災地があるかもしれません。被害状況を把握するために衛星画像、航空写真、ヘリ空撮映像、ドローン映像など、さまざまなスケールの映像や画像が利用されています。これらの映像や画像をどう共有し、災害対応や報道に活用するのかは、防災機関や自治体、報道機関に共通する課題です。
名古屋の民放4社は、2019年6月、南海トラフ地震に備えて、愛知、三重の沿岸を4地域に分けて、ヘリ取材を行い、中継映像を系列も超えて共有する「名古屋モデル」という取り組みをはじめました。普段は競争関係にある各社が、「一社一機ではできることは限られる。一人でも多くの人を救うために放送局と系列を超えて映像を共有する決断」をしました。実は、台風19号が日本列島に上陸した10月12日に、「名古屋モデル」の初めての合同訓練が予定されていました。
小文では、防災関係機関やメディアなどで、災害時の空撮映像を共有したり、活用法を開発したりする取り組み「4K8K空撮防災コンソーシアム」の提案も行いました。4K・8K×AI×5Gをめぐる社会の取り組みも加速しています。「新たな防災・報道」を考える一助になれば幸いです。

メディアの動き 2019年10月25日 (金)

#215 肖像権は隠さず考えよう!

メディア研究部(メディア動向)大髙 崇

あなたは、ご自分の顔や姿形が、気づかぬうちにテレビやインターネットに出ていたとしたら、どの程度の抵抗感がありますか?
また、テレビでは、人の顔を「マスキング」で隠すことがしばしばありますが、「マスキングが多過ぎると感じる」派ですか? それとも「ちょうどよい」派?

これすなわち肖像権の問題。
肖像権とは、勝手に撮影されたり公開されたりしない権利ですが、国内では明文化された法律がなく、過去の裁判例によって認められている権利です。
最高裁の判決は、肖像権の侵害にあたるか否かは6つの要素を「総合考慮」して判断するもの、と示しています。

6youso.png

写真や映像を使う側は、自らの人権意識を頼りに、すべての写真や映像について、その都度「総合考慮」しないといけません。ついつい、マスキングや「使わない」という選択肢に陥りやすい土壌がここにあります。

この問題に対して、民間での動きが始まりました。9月26日、デジタルアーカイブ学会の法制度部会が「肖像権処理ガイドライン(案)」を公表したのです。
撮られた人の同意を得ていない写真を、デジタルアーカイブ機関がインターネットなどで公開を目指す場合に、最高裁で示された要素である社会的地位や撮影状況など、6項目でポイント(点数)計算して合計点を出し、使用目的に合わせて判断するようになっています。合計点が高い順に「公開可」「公開範囲を限定」「マスキングが必要」などと分類しています。

点数はあくまで議論のためのたたき台としての「仮置き」ですが、例えば…
・政治家などの公人は+20点、16歳未満の人は-20点
・屋外、公共の場は+15点、自宅内や避難所内は-10点、病院や葬儀場は-15点
・カメラにピースサインしていたら+5点、手でカメラを遮ろうとしていたら-20点
……などなど、結構具体的です。

この案を議論するため、同じ日にアーカイブ機関の関係者など160人が参加して「円卓会議」が開催されました。様々な視点から発言が飛び交い、議論は白熱しました。

syouzoukenkaigi.png

例えば「避難所内」は-10点ですが、災害での被災者の疲労した姿を公開することは慎重にすべきですが、元気な笑顔の表情までマスキングすべきなのか、一概には言えません。
また「歴史的行事」の場合、20点加算ですが、歴史的行事と言っても、1970年の大阪万博もあれば、第二次世界大戦中のドイツ・ナチスの党大会もあり、様々です。その行事が歴史の中でどう位置付けられているかによって、撮られた人の心証も変わってくるはずです。
ただし、「撮影の時期」は古いものほど加点する設計になっています。時の経過によって撮られた人の権利を保護する必要性は減少し得る、との考えに立っています。

他にも意見続出でしたが、こうした指標が作られることには参加者のほとんどが賛同。
作成者たちはガイドライン案の更新を行い、今年度内に再度議論の場を設ける予定です。
(※ガイドライン案は「デジタルアーカイブ学会」ホームページで公開予定です)

ガイドライン案は肖像権処理のポイントを可視化し、客観的に判断するためのツールとして定着できるのか、放送局の現場からも注目が集まっています。


メディアの動き 2019年10月18日 (金)

#214 共生社会への道~♪The Long and Winding Road♪

メディア研究部(海外メディア研究) 中村美子 

 「放送研究と調査」9月号から12月号まで、「パラリンピック・ストーリー」と題して、海外のパラリンピック関係者を中心に行ったインタビューを掲載しています。ラインナップは、第1回(9月号)がイギリス・デンマーク・ドイツの3人のパラリンピアンを特集第2回(10月号)はイギリスの商業テレビ大手のITVでテレビ番組上のダイバーシティーを確保する責任者のアディ・ロウクリフさん、第3回(11月号)は、同じくイギリスのスポーツ番組制作のプロダクションWhisperでパラリンピック放送を担当するアンディー・スティーブンソンさん、そして最終回となる第4回(12月号)は1998年冬季パラリンピック長野大会の金メダリスト、現在IOC・IPCの教育委員を務めるマセソン・美季さんです。

1.JPG2.JPG3.JPG

   渡辺誓司主任研究員と私は、2016年の春からパラリンピック放送の研究にとりかかり、2019年1月に『NHK放送文化研究所年報』で3年間の調査研究をまとめました。
  2018年に行った現地取材では、たくさんの人たちが快く協力してくださいました。出会った方々はみな、2012年のロンドン大会の放送を起点に、パラリンピックが共生社会への道を開くと、期待と確信を持っていたように感じました。とりわけ、第1回で紹介したイギリスのパラリンピアンのクレア・キャッシュモアさんの発言は印象的です。彼女は、小学校を訪問したとき男の子に「僕もクレアさんのようなスーパーヒューマンになりたい」と言われたそうです。その子は、彼女のクールなパフォーマンスに目を奪われ、ひじから下がないという彼女の障害も含めて憧れを感じたようです。
  もし、障害のある人たちが社会に出て、それぞれの能力を発揮するようになれば、この男の子が思ったように、障害は障害ではなくなり、持っている能力を互いにリスペクトする社会が作れるかもしれません。これを後押しするのが、ロンドン大会以後イギリスで加速化するテレビ業界のダイバーシティーの推進です。第2回で紹介しているロウクリフさんは、ITVで放送するテレビ番組全般で、障害、人種、LGBTなど社会的少数者を番組に登場するように現場に指示する権限を持っています。2012年ロンドン大会ではパラリンピアンやパラリンピック関連の番組が多く放送されましたが、障害者をテレビで見慣れることが、偏見をなくすとロウクリフさんは実感していると言います。

4.JPG  5.JPG600.jpg

 ところで、公共放送BBCにも、ダイバーシティーの取り組みについて取材しました。相手は、Head of Diversity, Inclusion and Succession という2015年に新設されたポストの方です。ロウクリフさんと同じような役割を期待していましたが、肩透かしをくらった感じでした。とても気持ちの良い人物でしたが、事前に送った質問への回答は充分に得られず、障害者がBBCの職場で働くための環境整備や調整作業の話だけで終わりました。彼は2019年春にBBCを去りました。BBCは巨大で複雑な組織で、ロウクリフさんのような権限がないことが、辞職の原因だと伝えられています。つまり、権限がなければ責任も果たせない、ということでしょうか。そのBBCも10月に、空席だったポストを埋めました。役職も経営会議に参加するDirectorに格上げされました。このことは、ダイバーシティーと包摂性に対するBBCの本気度の高まりを表しているのかもしれません。
 イギリスのテレビ業界は内側から変わっていることは間違いないでしょう。しかし、共生社会、社会の中で相互にリスペクトしながら生きるインクルーシブな社会は、そう簡単には実現しないことが、インタビューした人たちから伝わってきました。かつて、放送のデジタル化で先行するイギリスから招へいした人物が内輪の会合で「日本も大丈夫。デジタルへの道はthe long and winding road。必ずたどり着ける」と言った言葉が、急に思い出されました。共生社会への道も、ビジョンを共有すれば、長い時間がかかろうとゴールにたどり着けるはずです。

「パラリンピック・ストーリー」12月号まで、続きます。どうぞ、お楽しみに。

おススメの1本 2019年10月16日 (水)

#213 平成時代の「放送研究」あれこれ ~放送文化研究所・30年間の論文から~ ⑥「特集 歴史的選挙と有権者 ~'93年7月衆院選~」(平成5年・1993年)

メディア研究部(メディア動向)柳澤伊佐男


平成の30年間、NHK放送文化研究所(文研)が手掛けた調査研究について振り返るシリーズ、6回目は、平成5年(1993年)の『放送研究と調査』10月号に掲載された「特集 歴史的選挙と有権者 ~‘93年7月衆院選~」を取り上げます。

このリポートは、同年7月18日に行われた第40回衆議院選挙をテーマに選んでいます。この時の選挙は、日本新党、新生党といった「新党」が台頭する一方、自民党が現状維持ながら過半数割れ、社会党が大幅減という結果になりました。このため、与党第1党が自民党、野党第1党は社会党という“55年体制”が崩壊、非自民の連立政権が誕生したことから、論者はこの選挙を「歴史的な選挙」と位置づけています。

特集は2部構成です。第1部は、「非自民政権誕生の構造」と題し、選挙に関する世論調査から有権者の意識や投票行動を分析し、“歴史的な選挙”となった背景に迫っています。また、第2部の「選挙情勢報道はどう行われたのか」では、テレビ各社の選挙報道のうち、全国的な当選者数の予測と、注目選挙区の選挙戦終盤の情勢報道に焦点を当てて考察しています。この中で論者は、「(選挙予測の)報道が有権者の投票行動にまったく影響を及ぼさない、と考えるのは現実的ではない」としつつも、「選挙に関して世論の動向を的確に把握し、報道・評論することは、有権者が選挙に関する関心を高め、理解を深めるうえで不可欠であり、それは報道機関の重要な使命である」などとする日本新聞協会の見解を引用しながら、選挙情勢などを伝える報道の必要性・重要性を主張しています。

テレビの選挙報道をめぐっては、しばしば公平性や中立性に欠けると批判の対象になります。この公平性に関して、BPO(放送倫理・番組向上機構)の放送倫理検証委員会は、2016年、「テレビ放送の選挙に関する報道と評論に求められているのは(各候補者を同一時間で紹介するといった)『量的公平』ではなく、政策の内容や問題点など有権者の選択に必要な情報を伝えるために、取材で知り得た事実を偏りなく報道し、明確な論拠に基づく評論をするという『質的公平』だ」との見解を示しています。
各局とも、選挙の公正さを損なわないよう、配慮と努力を重ねながら、選挙報道を行っていますが、選挙そのものに対する有権者の関心や投票率は、年々低下しています。2019年7月の参議院選挙では、選挙区の投票率が48.80%で、国政選挙としては戦後2番目の低さになりました。選挙運動期間中のテレビ各局の放送時間(NHKと在京民放5局の合計)は36時間あまりで、前回(2016年)と比べて5時間以上減ったという調査結果(「エム・データ」社調べ)もあります。

1993年当時の選挙報道について、論者は、以下のような問いを投げかけています。「これまでテレビは、一連の選挙報道の中で、開票速報に特段の力を入れてきた。速報性、広範性というメディアの特性が生かせる格好の機会だから当然であろう。だが、それだけでいいのか。有権者が投票行動を決めるのに役立つ情報をテレビは十分に提供しているのだろうか」。
それから26年たったいま、テレビ各局は、論者の問いかけにどれだけこたえられているのでしょうか。

※今回紹介した論文をお読みになりたい場合は、国会図書館やお住まいの都道府県立の図書館のサイト等で検索・確認していただくか、NHK放送博物館(東京都港区愛宕2-1-1)で、閲覧いただけます。


放送ヒストリー 2019年10月11日 (金)

#212 「外地」で行われた放送の記録

メディア研究部(メディア史)村上聖一


戦前から戦時中にかけて、中国大陸や台湾、南洋諸島といったさまざまな場所で、日本語のラジオ放送が行われていました。
NHK放送文化研究所では、1960年代以降、いわゆる「外地」と呼ばれた地域を中心に、放送に関する文書や証言の収集を進め、史料集を編纂してきました(写真)。史料集はNHK放送博物館や国立国会図書館で手にすることができますが、その存在はあまり知られていませんので、現在、『放送研究と調査』「放送史料探訪」のコーナーで概要の紹介を行っています。

191011-1.png
左上から、『放送史料集 豊原放送局』(1971年)、『放送史料集 パラオ放送局』(1972年)、
『外地放送史資料 満州編(Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅲ)』(1979年~1980年)
『放送史料集 台湾
放送協会』(1998年)



このうち、『放送史料集 パラオ放送局』は、南洋諸島のコロール島(現・パラオ共和国)に設けられたパラオ放送局(1941年9月~1944年8月)の史料をまとめたものです。今ではリゾート地としてのイメージも強いパラオですが、当時は、日本放送協会による海外向け放送の一大中継拠点であり、宣伝戦の最前線でした。


191011-2-3.png
開局記念の絵はがき入れ(『放送史料集 パラオ放送局』口絵ページから)


ただ、史料集を見ますと、パラオ放送局では、島民向けのニュースや、島の子どもたちが出演して唱歌を歌う番組など、地元向けの放送も行われていたこともわかります。パラオ放送局は、1944年7月末のアメリカ軍の空襲によって放送停止に追い込まれましたが、それまで南洋諸島に新たな文化を普及させようと、多様な取り組みをしていたことが史料集からは浮かび上がります。

191011-3-1.png
パラオ放送局の外観(『放送史料集 パラオ放送局』口絵ページから)

一方で、史料集を編纂できるだけの文書が残された放送局は多くはありません。戦時中には、フィリピンやビルマ(現・ミャンマー)でも放送が行われていましたが、激しい戦闘を経て、残された記録は限られています。朝鮮放送協会(1932年~1945年)に関する史料も、収集できたものは少なく、放送文化研究所では史料集編纂には至っていません。
しかし、戦前・戦時中に日本が関係した放送の記録は、さまざまな国・地域の文書館や図書館などに残されている可能性はあります。放送が果たした歴史的な役割を検証するためにも、残された史料の収集は今なお重要な課題になっています。

 『放送研究と調査』に掲載した「放送史料探訪」は、以下からご覧いただけます。

【NHK放送文化研究所 放送史研究】
https://www.nhk.or.jp/bunken/research/history/index.html



メディアの動き 2019年10月04日 (金)

#211 「割れ」の時代に

メディア研究部(メディア動向)大髙 崇


知らないインターネット用語を目にすると自分が時代遅れなのではないかと焦るものですが、今回も思い切り焦ってしまいました。9月19日に高知市で開催されたマスコミ倫理懇談会(マス倫懇)の全国大会に出席した際、その用語を知りました。

それは、「割れ」
ご存知でしたか? 「知らない!」という人が多いと少し安心できるのですが……。

ネット用語などに関する解説記事を掲載するWEB百科事典「ニコニコ大百科」では、次のように説明されています。

割れとは、「Warez(ウェアーズ・ワレズ)」から派生した日本におけるネットスラングで、インターネットからのダウンロードやクラッキングなどの不正な手段を通じて、市販ソフトウェアを非合法にコピー・配布・販売・使用を行うこと、および、非合法にコピー・使用されたソフトウェアそのものを指す。


……いま大きな社会問題となっている「違法アップロード&ダウンロード」を行うこと全般を指すようです。9月24日に、海賊版サイト「漫画村」の元運営者が逮捕されましたが、大量の人気漫画を無断掲載した漫画村は、まさに「割れ」の象徴と言えるでしょう。

マス倫懇全国大会では、出版広報センター海賊版対策WG座長の伊東敦さんが講演し、海賊版サイトの運営者や、確信犯的なユーザーは「割れ」を積極的に肯定し、「ネットのコンテンツはタダであるべき」という考えが支配的で、彼らは正規版を購入する人を購入こうにゅうちゅうと称してさげすむ傾向が強い、と解説しました。
漫画村が閉鎖した今でも、雨後の筍のように漫画や雑誌の海賊版サイトが生まれ、多くのアクセスを獲得しているのも「割れ」に対する支持の強さを表しています。出版界を揺るがす大問題ですが、海賊版対策のための著作権法の改正も進まず、事態は深刻化する一方です。

WAREZ.jpg
イラスト:へぎっ


「割れ」の問題を放送に引き寄せて考えると、ご存知のように、放送番組も動画投稿サイトなどで違法に、大量にアップロードされています。そして、動画のコメント欄で「いい番組!」「貴重!」「アップ感謝です」といった言葉をよく見かけます。
「割れ」思想の肯定はできませんが、一方で、ではどうすれば正規版の過去番組を入手できるんだ、というユーザー(視聴者)の声も聞こえてきます。見逃しサービスなどで視聴できるのは、放送番組全体のごく一部。「割れ」を批判するのは簡単ですが、「割れざるをえない状況」はどう変えてゆくのか、私たちは問われ続けています。


メディアの動き 2019年09月27日 (金)

#210 地域サービスとしてのジャーナリズムの取り組みと課題~英米の事例から

メディア研究部(海外メディア)青木紀美子


地方の放送局が、地域のニュースだけではなく、全国ニュースも国際ニュースも地方の視点から伝えるとどんなニュースになるでしょうか。NHKは全国の都道府県に放送局がありますが、地方局は地元の動きや課題を重点に取材して地域に向けた放送を出し、全国的なニュースや国際ニュースは主に東京発の番組で全国に放送しています。アメリカのように大半の地方テレビ局が全米のネットワークから資本的には独立している場合でも、原則は同じです。全米のネットワークテレビの報道番組がナショナルニュースと海外からのニュースを伝えています。限られた人材と資源を、それぞれが強みを持つ分野に振り向けて取材を分担するという考え方ともいえます。

ところが、イギリスの公共放送BBCは2019年2月、北部スコットランド地方の視点でニュースと番組を放送するためのチャンネル「BBC Scotland」を立ち上げました。夜9時から1時間のニュース番組『The Nine』のうたい文句は「the world through Scottish eyes (スコットランド人の目で見た世界 )」です。なぜBBCはこのようなチャンネルを始めたのでしょうか。現地で関係者の声をきいた田中孝宜(前メディア研究部副部長・現ラジオ第1『マイあさ!』キャスター)が「放送研究と調査8月号」の記事『BBCの取り組みと地域ジャーナリズムの課題』の中で説明しています。

 iplayer.png 20190927-N1.png
  (BBC 動画配信 iPlayerから)             『The Nine』放送の様子

同じ記事では、BBCが2017年から始めた地域サービス「LNP・ローカルニュースパートナーシップ」についても紹介しています。BBCが▼パートナー合意をした地方新聞と連携し、自治体や公的機関を監視・取材する記者の採用と育成を支援する代わりに、その記者の発信内容はすべてのパートナーと共有する『Local Democracy Reporting Service』、▼地方メディアのジャーナリストとともに公共のデータを入手分析して意味づけし,各地で活用できる情報パッケージ(story packs)として配信する『Shared Data Unit』などのプログラムを運用中です。
LNP発足の背景には、イギリスでもアメリカと同じように地方新聞が消え、ジャーナリストの数が激減し、ニュースの空白地帯、『ニュースの砂漠』が広がりつつある現実があります。英米のジャーナリストが、地域メディアの課題と取材連携の意義、将来の展望などについて話し合った「文研フォーラム2019」のパネルディスカッション内容もあわせてご一読ください。

FORUMw.png
(文研フォーラム2019のパネルディスカッション)


調査あれこれ 2019年09月20日 (金)

#209 スマホがなくちゃ、はじまらない?~「メディア利用の生活時間調査2018」から

世論調査部(視聴者調査)吉藤昌代


5年ほど前、子どもたちがまだ小さかった頃の私の楽しみといえば、寝かしつけを終えた後、ビールやワインを片手に、録画しておいたドラマや深夜のバラエティ番組を見ることでした。

それが最近は、就寝前の1時間近くを、スマートフォンをいじって過ごすことが多くなりました。布団に寝転がって、ブルーライトを浴びながらTwitterやInstagramをチェック。それらのSNSの中でニュースをみたり、動画を見たりもします。夢中になりすぎて、時にはそのまま『寝落ち』してしまうことも。

私の場合、ここ数年は、就寝前のテレビの視聴時間が減って、代わりにスマホの利用時間が増えているように感じます。


「テレビ」「スマートフォン」あなたはどのくらい使っていますか?

下のグラフは「メディア利用の生活時間調査2018」の調査結果から、「テレビ画面」「スマホ・携帯」「PC・タブレット」のデバイス別に、男女年層別の平均利用時間を積み上げてみたものです。

190920-0.png

3つのデバイスを合計した利用時間量は、50代以上の中高年層のほうが6時間台とやや多いものの、それほど大きな違いはありません。
ところが、その内訳は大きく異なっています。
男女とも中高年層では、「テレビ画面」の利用が4時間を超え、メディア利用時間の7割以上と大半を占めるのに対し、男20代や女10・20代といった若年層では、「スマホ・携帯」の利用時間が3時間前後と多く、「テレビ画面」を上回って、メディア利用の半分を占めるまでになっています。


「スマホ・携帯」で何をしているの?

では、具体的にどんな行動をしているのか、
「スマホ・携帯」の利用時間が多い男20代の、メディア利用の様子をみてみましょう。
190920-2.png

男20代の多くは日中になにかしらの仕事をしているため、平日のメディア利用行動は、帰宅後の夜間帯に集中しています。

「食事」や「身のまわりの用事」をすませた21時以降に、「テレビ」や「スマホ・携帯」といったデバイスの利用が増え、特に22時以降は「スマホ・携帯」がよく使われるようになります。
22時台をみると、「スマホ・携帯」で「ゲーム」をしている人の割合が16~18%、「動画」が9~13%、「SNS」が9~14%、「ウェブ」(ウェブサイトを見る・利用する)が7~9%です。
「リアルタイム」で(テレビで「テレビを見る」人)の割合が11~14%程度ですから、男20代の夜間のメディア利用は、「スマホ・携帯」での行動をメインとしていて、テレビは彼らにとって “数ある選択肢のひとつ” にすぎないと言えそうです。

実は同じ20代でも、女性の夜間のメディア利用は少し様子が違うのですが・・・・・・。
こちらは「放送研究と調査・8月号」をご覧ください。

【続きを読む】

メディアの動き 2019年09月17日 (火)

#208 NHKの常時同時配信実施と2.5%の関係

メディア研究部(メディア動向)村上圭子

今年6月に公布された改正放送法によって、
NHKはインターネットで放送と同じ番組をまるごと配信する
「常時同時配信」の実施が認められることになりました。
NHKは今後、受信契約者と同一生計の家族を対象に、
総合テレビとEテレの2チャンネルについて
同時配信と1週間程度の見逃し配信を行う予定です。

  20190917-1.jpg
(出典 総務省「放送を巡る諸問題に関する討論会」NHK報告資料より 6月25日) 

このNHKの常時同時配信について報じるニュースには最近、
必ずといっていいほど「2.5%」という数字が出てきます。
この「2.5%」とはいったいどのような数字なのか、
そして、その数字を取り巻く議論を中心に、
最近のNHKの常時同時配信を巡る論点をまとめてみます。

まず「2.5%」というのは、NHKがネット活用業務を行う際、
受信料収入のうちここまで費用として使いますという「上限」として、
自ら設定している数字です。
NHKにとってネット活用業務は現在、
放送サービスの「補完」という位置付けです。
また、発展中のネットサービスは、IT事業者はもちろん、
民放や新聞をはじめ、多くのメディアがビジネスでしのぎを削る分野です。
そのため、NHKは民間のビジネスを脅かさないよう、
ネット活用業務の種類、内容、実施方法、そして特に費用について、
自ら「インターネット実施基準」を設けて
その下で適正に行っていくことが制度として定められているのです。
受信料収入をここ数年の実績から、毎年およそ7000億円と仮定した場合、
2.5%は約175億円となります。

2.5%というこの上限は2015年に設定されたもので、
それ以降NHKは、この上限の中で様々なネットサービスを行ってきました。
今回、放送法が改正され、NHKが常時同時配信の実施を予定していることから、
この実施基準が見直されることになりました。
民放各社や新聞各社及び業界団体は、
NHKが常時同時配信を実施することになったとしても、
NHKのネット活用業務が民業を圧迫する可能性がある以上、
2.5%の上限は変えるべきではない、と強く訴え続けてきました。
現在NHKは、上限ぎりぎりまで(2019年度予算では2.4%)サービスを行っています。
常時同時配信を実施するには、権利処理料や人件費を除いても、
年間約50億円の費用がかかるとNHKは説明してきました。
同じ枠の中で常時同時配信を行う場合には、
これまで実施してきた様々なネットサービスを縮小しなければなりません。
そのため、NHKが2.5%という上限をどうするのか、
実施基準の見直し案が注目されていたのです。

※これまでの常時同時配信を巡るNHKと民放等の議論の詳細は、 
「「これからのテレビ」を巡る動向を整理するVol.10」 

「これからの“放送”はどこに向かうのか?Vol.3」 をご覧ください。 

NHKは9月10日、実施基準の素案をウェブサイトに公開しました。
実施基準はNHKの自主的な基準ですが、
素案を公表して意見募集(パブリックコメント)を行い、
総務大臣の認可を受けなければ、
常時同時配信を含むネット展開を実施することができない仕組みとなっています。
10月4日まで意見募集が行われています。

※NHKの「インターネット実施基準(素案)」のご意見募集ページ
     http://www.nhk.or.jp/mediaplan/goikenboshu/index.html 

またNHKは、翌日11日に開催された
総務省の「放送を巡る諸課題に関する検討会」でも報告を行いました。
その際の報告資料がわかりやすいので再掲します。

 

  20190917-2.jpg

 (出典 総務省「放送を巡る諸課題に関する検討会」NHK報告資料より 9月11日)

NHKは今回はじめて、ネット活用業務を2つの項目に分けて示しました。
1つが常時同時配信を含めた「基本的業務」、
もう1つが「公益性の観点から積極的な実施が求められる業務」(公益性業務)です。
「基本的業務」はこれまで通り、2.5%の上限を守ることとしました。

この素案の内容について、複数の新聞は、
これまで2.5%の枠内で行っていた業務の費用の一部を公益性業務に移行したことなどから、
「実質的に2.5%を超える基準案」「実質的な“上限の引き上げ”」と報じました。
筆者が傍聴した検討会では、
「2.5%そのままではいかないと思っていたので、公益性という形で外出しして
もらってわかりやすくなった」という構成員からの意見がありましたが、
それ以外に2.5%を巡る発言はありませんでした。
一方、公益性業務については算出根拠を明らかにすべき、との意見がありました。
こうした費用に関する意見以上に多かったのが、
NHKのネット活用業務に関する評価や検証の必要性に対する意見でした。
ネットサービスがどれだけ利用されたのか、
他の民間のサービスと比べて公共的価値を生んでいるのか等について、
内部の検証だけでなく、第三者も入れた調査や評価を行うべきとの意見です。
また、受信契約者と同一生計の家族にIDを発行する仕組みについての課題も
示されましたが、
受信契約の単位についての課題は、NHKだけでなく総務省において、
放送法改正の議論としてしっかり検討すべきだ、との意見も出されました。 

受信料を活用して実施するNHKのネットサービスは、
全てが公共サービスであることは言うまでもありません。
NHKは今回、より“公益性”のある業務を抜き出して新たに設定しましたが、
2020年度に特有の④を除くと、①から③まではいずれもその中身について、
NHKが自身のみで決めるのではなく、
国民や社会からNHKに何が“求められている”のか、
NHKがその意見を受け止めた上で具体的に決めていかなければならないものです。

NHKはどこまで細かく地域の番組・情報をネットで配信すべきなのか、
NHKが民放と協力してネット展開を模索していく意義とは何なのか、
NHKは高齢者や障がい者をはじめとした人々に特化した
ネット活用サービスをどのように行っていくべきなのか、
NHKはどこまで海外(在留邦人も含む)に向けた
番組・情報を充実させていくべきなのか。
受信料を活用しなければできない公共的なネットサービス、
民業を圧迫せず民業には出来ないネットサービスとは何なのか・・・・・・。

筆者は業界の動向や総務省の検討会の議論をウオッチすることを業務としていますが、
NHKのあり方については、
より国民や社会に開かれた議論をしなければならないと常日頃から感じています。
今回はNHKのネット活用業務という観点からですが、
このブログを通じて少しでも関心を持ってもらえると嬉しいです。

※10月1日発行の「放送研究と調査」には、
常時同時配信を含む今年上半期の放送業界の動向をまとめた
「これからの“放送”はどこに向かうのか?Vol.4」 が掲載されます。
ご期待ください!

メディアの動き 2019年09月13日 (金)

#207 誤情報・虚偽情報の打ち消し報道でマスメディアが注意すべきこと

メディア研究部(メディア動向)福長秀彦


いつの時代でも、どんな社会であっても、事実の裏づけのない怪しげな情報が出回るものです。でも、今はそれがインターネットのサイトやSNSによって瞬時に、爆発的に拡散してしまいます。怪しげな情報の中には、人びとの安全や健康、民主主義社会の健全な世論形成を損なうおそれのある誤情報(間違い)や虚偽情報(ウソ)が含まれていることがあります。
マスメディアは強力な取材力と情報伝達力をもっていますから、怪しげな情報の真偽を迅速に確認して、公益を害する誤情報・虚偽情報の拡散を抑制する役割があると考えます。マスメディアが誤情報・虚偽情報を否定し、それらに惑わされたり、拡散したりしないよう呼びかける「打消し報道」を行う際に、注意すべき事柄や課題を『放送研究と調査』8月号にまとめてみました。

打ち消し報道の例(2018年6月「大阪府北部の地震」
   190913.png 
   (注)2018年6月18日NHK「ニュース シブ5時」の放送画面


190913-2.png
①正確な情報は拡散力が弱い
打ち消し報道の内容は誤情報・虚偽情報と比べると「新奇性」に欠けるので、拡散力が弱いと考えられます。そこで、打ち消し報道はできるだけ繰り返し行う必要があると思います。
②タイミングを見計らう必要がある
誤情報・虚偽情報が拡散していないのに打ち消し報道をすると、まだ知らない人にまでそれらを伝え、新奇性の強い誤情報・虚偽情報の中身だけが独り歩きしてしまうおそれもあります。
③打ち消し報道への抵抗・反発もある
人びとが信じ、あるいは信じたいと思っていることを否定し、他の人に伝えたいと思う気持ちにブレーキをかけると、抵抗や反発を招くことがあります。そうした受け手の心理に配慮することが必要でしょう。
④「流言」のすべてが誤情報とは限らない
流言とは揣摩臆測による根拠のない情報が、人びとの不安や怒りなどの感情によって拡散するものです。多くは事実に反する誤情報ですが、中には事実と間違いが混然となったものもあります。その場合「デマ」という言葉で一括りにして表現すると、すべてを事実無根、ウソと決めつけてしまうことになるので、注意が必要です。
⑤偽動画は巧妙化するおそれがある
偽動画はAIの機械学習などの手法を悪用して、ますます巧妙化するおそれがあると言われています。アメリカでは既にメディアや大学などが偽動画を見分ける技術の研究を行っていますが、日本国内でも今後は巧妙な偽動画が出回る可能性があります。
⑥放送の特性に配慮する
テレビやラジオで打ち消し報道を見聞きしても、聞き逃しや聞き間違い、早合点をしてしまうこともあります。放送画面からネット上などの打ち消し情報(活字・図表)に随時アクセスできれば便利だと思います。

190913-3.png
打ち消し報道をしても、人びとの信頼が得られなければ、誤情報・虚偽情報の拡散抑制はおぼつかないでしょう。
災害時に拡散する誤情報・虚偽情報の打ち消し報道は、人びとの命や安全を守るという目的が分かりやすいので、比較的受け入れられやすいのではないかと思います。緊急時で人びとが強い不安や恐怖感を抱いているときには、あまり信頼していないテレビ局であっても、また信じたい情報を否定する報道であっても、マスメディアの取材力と専門性を“とりあえず方便で”信頼してみようかという心理が働くことが考えられます。
一方、政治や外交、歴史といった分野の誤情報・虚偽情報の打ち消し報道をする目的は、客観的な事実に基づく衆議によって最適解を導き出す民主主義のプロセスを守ることですが、これは人びとにとってそれほど分かりやすいものではないでしょう。誤情報・虚偽情報が何らかの主義・主張、党派的選好と結びついていると、打ち消し報道が特定の言論を正当化するために行われていると曲解されるおそれがあります。
打ち消し報道の対象を選ぶときには、どうしても記者の価値判断が入ります。だからこそ、打ち消し報道の「公益性」を如何にクリアに説明するかが追求されなければならないと考えます。