文研ブログ

メディアの動き 2023年07月15日 (土)

【メディアの動き】NHK放送文化研究所で世論調査対象者1,200人の個人情報紛失

 NHK放送文化研究所(文研)は6月2日,2022年11月に実施した世論調査「ISSP『家庭と男女の役割』に関する国際比較調査」の対象者1,200人分の個人情報が記載された資料を紛失したと公表した。

 紛失したのは,住民基本台帳法に基づいて自治体の台帳から閲覧・抽出し,2023年1月,委託先の調査会社から提出を受けた調査対象者の「氏名」「住所」「生まれた年」「性別」が書かれた資料100枚。

 1枚に12人分の情報が記載されていた。

 資料は研究所内の施錠された棚で保管されていたが,原則半年間の保管期限を前に廃棄のために確認した際,紛失に気づいた。

 居室内を繰り返し探したが見つからず,総務省などに報告するとともに,対象者にお詫びと経緯等を説明する書面を発送した。

 紛失した資料が流出,または悪用された事実は確認されていない。

 文研では,世論調査に関する個人情報の内部ルールを設け,保管場所から資料を取り出す際には名前や資料名などを台帳に記録することにしていたが,徹底されていなかった。

 NHKは「調査へのご協力をお願いした皆様や自治体の方々に大変ご迷惑をおかけし,深くお詫び申し上げます。(略)管理体制を強化し,二度とこのような事態を起こさないよう,対策を徹底してまいります」とコメントしたが,法律で住民基本台帳を利用できる特別な配慮を与えられていたにもかかわらず,個人情報の管理が甘かったことは痛恨の極みであり,筆者も含め,組織全体で文字どおり管理体制の抜本的な改革に取り組んでいかなければならないと考える。

メディアの動き 2023年07月15日 (土)

【メディアの動き】「5月は地震多かった」気象庁データ発表,メディアも詳細分析

 5月は「地震が多かった」と感じた方もたくさんいたのではないだろうか。

 6月8日に気象庁が発表した「5月の地震活動」のデータからもその多さが裏づけられた。

 それによると,▼5日午後2時42分に能登半島沖で発生したマグニチュード(以下,M)6.5の地震で最大震度6強を観測。

 その約7時間後には,この地震の震源付近でM5.9の地震が起きて震度5強を観測した。

 ▼11日には千葉県南部の地震(M5.2)で震度5強,▼13日には鹿児島県のトカラ列島近海の地震(M5.1)で震度5弱,▼22日には伊豆諸島の新島・神津島近海の地震(M5.3)で震度5弱,▼26日には千葉県東方沖の地震(M6.2)で震度5弱を観測した。

 これらを含め,震度4以上を観測した地震はあわせて17回に達した。

 各メディアは解説記事などを掲載。

 このうちNHKは気象庁のデータベースを使って調べた結果,「震度4以上が17回」は,▼熊本地震が発生した2016年4月,▼北海道胆振(いぶり)東部地震が発生した2018年9月に次いで,この10年で3番目に多くなったと報じた。

 専門家は「科学的にもあまりみられない“まれな現象”が起きていたといえる」などとしたうえで,いずれの地震も予測されている巨大地震の想定震源域から遠く離れていることなどから,「南海トラフ巨大地震や首都直下地震に直接関係するものではない」とみている。

 5月の地震をめぐっては,ネット上でも不安の声が広がった。

 「何が起きているのか」を視聴者や読者に丁寧に説明し,地震への備えを考える機会につなげることが,メディアの重要な役割であることを改めて認識させた現象だったといえるだろう。

メディアの動き 2023年07月14日 (金)

【メディアの動き】総務省で放送業界によるプラットフォームの在り方に関する検討始まる

 6月19日,総務省「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会(在り方検)」に「放送業界に係るプラットフォームの在り方に関するタスクフォース(TF)」が立ち上がった。

 議論の主軸として想定されているのは,NHKによる「日本の放送業界への貢献」である。

 2022年6月の放送法改正ではNHKの民放への協力努力義務,2023年5月の改正ではNHKと民放で中継局の共同利用を可能とする規定がそれぞれ追加されたことが背景にある。

 提示された論点は,①在り方検で議論が進む「地上波放送の中継局」共同利用の加速化,②NHKの「衛星放送の番組制作」への外部制作者に対する機会提供,③ローカル局の番組も含めた「インターネット配信」の推進におけるNHK・民放の役割,④現状は2社が維持・管理・運用を行う「衛星放送」のハード設備の将来像,⑤放送業界あげての「国際発信」推進,の5点。

 初回ならびに6月29日の2回目に議論が集中したのは③であった。

 構成員からは,NHK,民放,ローカル局の番組がネット上で一覧性を持って選択・視聴できるプラットフォームが用意されることが望ましいとの声が相次いだ。

 それに対して民放連からは,ネットサービスは個別企業の経営判断であり,放送法という共通の基盤とは異なり,新たな共通基盤という考え方は難しいという見解が示された。

 TFは7月中にあと2回,計4回の議論を行ったうえでとりまとめる急ピッチの予定が示されている。

 NHKには自らの責任,役割範囲を示すことが期待されている。

メディアの動き 2023年07月14日 (金)

【メディアの動き】生成AIめぐり新聞協会にヒアリング,問われる日本の著作権法の「間口」

 ChatGPTの登場を機に,生成AIへの懸念が世界的に高まっている。

 EUでは生成AI規制法案の年内合意をめざして協議が続いているが,加盟国内の多くの企業が,競争力と技術開発を鈍化させるものだと強く反発している。

 日本政府は,6月9日に決定した知的財産推進計画の中で,生成AIによって著作権侵害が相次ぐおそれや,対策の検討に言及した。

 15日には,自民党のデジタルコンテンツ戦略小委員会が,生成AIと著作権について,日本新聞協会からヒアリングを実施。

 同協会は5月に生成AIに関する見解を発表し,報道コンテンツが「無秩序にAIに利用される」ことで,「筆者も内容も不確かな記事」が氾濫すれば,社会に動揺を与え,報道機関の経営悪化や国民の「知る権利」の阻害を招くことなどへの危機感を示し,政府の対応を強く要望している。

 また,同協会は声明の中で,AIの機械学習について,日本の著作権法は諸外国と比べて「極めて間口が広い」と指摘する。

 たしかに,2018年の法改正で,AIの学習データ収集など,人がその著作物を知覚しない利用は無許諾で行えると規定された。

 将来の技術革新にも柔軟に対応しうるとして,法改正時に大きな異議はなかったが,生成AIへの懸念が高まる今,規定に批判的な声が出始めている。

 生成AIの無秩序な氾濫に対処するための議論は今後,本格化するだろう。

 だが,今国会で成立した改正著作権法がめざす利用円滑化の議論も後景化させてはならない。

 著作物利用と表現の萎縮につながらないか,注視したい。

メディアの動き 2023年07月14日 (金)

【メディアの動き】EU議会,生成AI含む規制案を採択

 AI=人工知能に対する包括的な規制の整備をめざすEUのヨーロッパ議会は,6月14日,ChatGPTなど生成AIも対象にすべきとする修正案を採択した。

 EUの執行機関にあたるヨーロッパ委員会は,世界にさきがけて2021年にAIに規制を設ける法案を提出していたが,生成AIについては触れられてはいなかったため,今回,修正が加えられた。

 規制案では,AIについてのリスクを「容認できない」から「最小限」の4段階に分類し,それぞれのレベルでAIサービスの提供者とユーザーへの義務を定めている。

 捜査当局がAIを使った生体認証システムをリアルタイムで使うことを原則として禁じ,所得や職業などに関する政府のデータに基づいて市民を格づけする「ソーシャルスコアリング」(social scoring)のために利用することを禁じている。

 また生成AIについては,▼AIを使って作られた文章や画像,音声などはAIで作られたことを明示し,▼AIに学習させるために著作権で保護されたデータを利用した場合は公表することなど透明性の義務を課す,としている。

 こうした規制に違反した場合には,最大で4,000万ユーロ(約60億円)か,法人の場合は年間売り上げの7%のいずれかの高いほうを罰金として科すとしている。

 EUは今後,ヨーロッパ議会と加盟国が協議を重ねて最終案を作成し,年内の合意を目指す。

 AIをめぐっては,コンピューター大手のMicrosoftやIBMなどが何らかの規制は必要だとの立場をとるのに対し,FacebookやInstagramを運用するMetaなどは慎重な姿勢で,EUの規制案についてさまざまな意見が出るものとみられる。

メディアの動き 2023年07月13日 (木)

【メディアの動き】カナダ,プラットフォーム事業利益の報道機関への分配を義務づける

 カナダ議会は6月22日,Google(Alphabet)やMetaなど検索エンジンやソーシャルメディアのプラットフォーム事業者に,ニュース記事の掲載で直接・間接的に得るデジタル広告収入などの利益の一部を報道機関に分配することを事実上,義務づける「オンラインニュース法(OnlineNewsAct)」を可決・成立させた。

 同法は事業者に報道機関との交渉を義務づけ,一定期間内に合意が得られない場合は,監督機関(CRTC)のもとで調停者の判断により決着させられる。

 オーストラリアが2021年に導入した制度を参考にした。

 企業との間の力関係の不均衡に配慮してメディアのグループによる交渉を認め,一定の透明性を持たせるため毎年,独立監査も実施する。

 対象となるメディアやIT企業の認定基準,CRTCによる監督や調停の方法など,具体的な施行規則は官報で発表し,広く意見を募ったうえで確定させる。

 カナダ政府は,同法の施行は民主主義に不可欠なニュースメディアの存続のために必要で公正な措置だとしている。

 一方,同法に反対してきたMetaはカナダでは自社プラットフォーム上でニュースを閲覧させないようにすると発表。

 Googleも検索結果にカナダのニュース記事リンクを掲載しないなどの対応をとると表明した。

 新法はカナダ政府によるニュースメディア支援策の一環で,カナダではこのほか,報道に携わる労働者の雇用費の25%分の税控除や,オンラインニュース購読費の15%分の税控除,地方のニュースの空白地帯などで公的機関や公的課題を取材するジャーナリストの雇用費補助などが実施されている。

メディアの動き 2023年07月13日 (木)

【メディアの動き】仏議会下院文化・教育委員会,公共放送改革に関する調査報告書公表

 フランス議会下院の文化・教育委員会は6月7日,議員調査団がまとめた,今後の公共放送のあり方に関する,提言を含む報告書を承認し,公表した。

 2022年8月に受信料にあたる公共放送負担税が廃止されたが,提言をふまえ,財源に関しては,改革に必要な法案も議会に提出されている。

 今回の調査報告書は,公共放送トップやメディア関係者など200人以上にヒアリングを行い作成された。

 公共放送の財源については,2024年末までの暫定措置として行われているTVA(付加価値税)の税収からの拠出を,2025年以降も継続するために必要な法改正を行うことを提言としてあげている。

 また,公共放送としての特性を改めて重視するため,公共テレビFranceTélévisionsの広告は,夜8時から翌朝6時の番組について,これまで規制の対象外だったスポンサーシップやデジタルサイトの広告を含めて一切廃止することもあげた。

 報告書によると,FranceTélévisionsの広告収入は,2022年度,全体で約4億ユーロ(約600億円)で,広告廃止による減収については,MetaやGoogleなどデジタルサービス事業者への課税による税収で補塡すべきだとしている。

 さらにデジタル時代において,公共放送各局の連携を迅速に強化するため,公共テレビ,公共ラジオ,国際放送,INA(国立視聴覚研究所)を1つの持ち株会社のもとで統括することなどが盛り込まれた。

 持ち株会社設立については,上院の議員が作成した公共放送改革法案の中でも柱の1つにされ,6月12日に上院で採択されている。

メディアの動き 2023年07月13日 (木)

【メディアの動き】韓国KBS,受信料の分離徴収の動きが加速,財政基盤が脅かされる事態に

 韓国の規制監督機関である韓国放送通信委員会(KCC)は6月16日,公共放送KBS の受信料と電気料金の分離徴収を目的とする放送法施行令の改正案を公表し,国民から意見を募集した。

 韓国では,受信料は電気料金とともに徴収されているが,放送を見ていなくても支払う仕組みとなっていることから反発が強く,韓国政府は制度の見直しを行っていた。

 改正案の公表に対してKBSは,分離徴収が実施されれば受信料の大幅な減収が予想されるため,激しく反発した。

 キム・ウィチョル社長は19日,職員に対し「KBSの独立性を維持するための最後の砦となる」と述べたうえで,21日には施行令改正手続きの差し止めを求めて憲法裁判所に仮処分を申し立てた。

 また,BBCなど世界の公共放送8局の会長が組織するグローバル・タスクフォース(GTF)は22日,このままではKBSは存続の危機に直面し,使命を果たせなくなるとの声明を出した。

 GTFは,偽情報があふれ社会が二極化する中,信頼できる情報源である公共メディアを弱体化させるべきときではないとも警告した。

 意見募集は26日まで行われ,寄せられた約4,700 件のうち89.2%が分離徴収への反対意見だった。

 ただ,7月上旬に予定されているKCCの議決では改正案が可決される可能性が高い。

 差し止め訴訟の判断にもよるが,早ければ7月中にも改正施行令が公布され,分離徴収が確定する。

 公共メディアの必要性や役割について議論が深まる前に手続きが加速しており,KBSは受信料収入という財政基盤が脅かされる事態となっている。

調査あれこれ 2023年07月11日 (火)

夏、視界不良気味の岸田内閣 ~無党派層と若い世代の支持率低迷~【研究員の視点】#497

NHK放送文化研究所 研究主幹 島田敏男

 安倍元総理が遊説中に凶弾に倒れてから1年。命日の7月8日、岸田総理大臣は安倍氏をしのぶ会合で「あなたから受け継いだバトンを、しっかり次の世代へと引き継いでいく」と強調しました。

 安倍元総理の下で5年近く外務大臣を務め、安倍氏が首脳外交にかけた情熱をよく知る岸田総理は、3日後の11日朝、NATO (北大西洋条約機構)首脳会合に出席するためリトアニアに向かいました。NATOの加盟国ではない日本の総理大臣がこの会議に出席するのは、ロシアのウクライナ侵攻を受けて開かれた昨年の首脳会合に続いてのことです。

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 5月のG7広島サミットを終え「それなりの成果はあった」と総括していた岸田総理ですが、その後の報道各社の世論調査では軒並み内閣支持率が低迷し、内政・外交すべてに注がれる国民の視線には厳しいものがあります。

 7日(金)から9日(日)にかけて行われた7月のNHK電話世論調査も、そうした傾向と同様の結果になりました。

☆あなたは岸田内閣を支持しますか。それとも支持しませんか。

  支持する   38%(対前月-5ポイント)
  支持しない   41%(対前月+4ポイント)

2月から5月にかけて4か月連続で上向いていた内閣支持率が、6月、7月と連続して低下。「支持する<支持しない」になったのは、ことしの2月以来です。

 この1か月の間に内閣支持率がどこで低下しているかを詳しく見ると、与党支持者の微減、野党支持者の横ばいと比べて、無党派層の支持率が18%にとどまり前の月より9ポイント下がっているのが目立っています。

 また、年代別に見ると18歳~39歳の若い世代で前の月より8ポイント減、60歳代で10ポイント減という変化が出ています。

 では、こうした内閣支持率低下の要因になっているのは何か?今月の調査で国民の不評をかっている傾向が浮かび上がったのがマイナンバーカードの利用拡大に関する政府の方針です。

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☆政府はマイナンバーの利用範囲を拡大する方針です。あなたはこの方針に賛成ですか。反対ですか。

  賛成   35%
  反対   49%

反対がほぼ半数に上っています。これを詳しく見ると、与党支持者では賛成が反対をやや上回っているのに対し、野党支持者と無党派層では6割近くが反対と答えています。

☆政府は来年秋に今の健康保険証を廃止し、マイナンバーカードと一体化させる方針です。今の健康保険証を廃止する方針についてどう思いますか。

  予定通り廃止すべき   22%
  廃止を延期すべき   36%
  廃止の方針を撤回すべき   35%

「廃止を延期すべき」と「廃止の方針を撤回すべき」を合わせた、政府方針に待ったをかける答えが合わせて7割に達しています。この質問では与党支持者でも待ったをかける答えが7割近くに上り、野党支持者、無党派層はそれ以上に厳しい数字になっています。

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 マイナンバーカードの利用促進を掲げる河野デジタル担当大臣は、相次ぐトラブルを受けて、秋までにすべてのデータの総点検を行って対応するので、方針を変更する考えはないとしています。

 しかし、そもそもマイナンバーカードの利用拡大は、政府や自治体の側の行政効率化のために発想された政策です。確かに利用者にとっても便利になる面はありますが、「デジタル弱者」と呼ばれる高齢者などに対する配慮が十分でない点は大きな問題です。

 河野大臣は今の健康保険証を廃止した後も、経過措置を設けるので問題はないと言いますが、デジタルの世界とは無縁の高齢者やそうした高齢者を抱える家族にとっては大きな不安材料になります。

 ロシアのウクライナ侵攻の後、首脳外交に対する注目度が高まり、岸田総理は安倍元総理に劣らぬ情熱を傾けているように見えます。しかし、どうも政権運営の足元が危うい印象が拭えません。

 さらにもう一つ、岸田内閣が大きな看板を掲げる「異次元の少子化対策」についても、国民の期待感は薄いようです。

☆少子化対策について、政府は今後3年間をかけて年間3兆円台半ばの予算を確保し、児童手当の拡充策などに集中的に取り組む方針です。あなたはこの少子化対策の効果に期待していますか。期待していませんか。

  期待している   33%
  期待していない   62%

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全体の6割以上が期待していないというのは、岸田内閣にとって極めて厳しい数字でしょう。これを年代別に見ても、子育て世代にあたる18歳~39歳、40歳代でも、期待しているは3割台にとどまっています。

 少子化対策について、岸田総理は「国民に新たな負担は求めない」と強調していますが、そうなるとどういう方法で財源を確保するのかが不鮮明です。

 視界不良気味の岸田内閣の原因は、国民との間で共通了解を生み出す努力に欠けている点にあると思います。とりわけ日々の暮らしに直結するテーマでは、国民に率直にメリット、デメリットを伝え、協力を求める姿勢が必要です。

 岸田総理にとって、首脳外交を華々しく展開する一方で、国民の素朴な疑問に真摯(しんし)に応える力を磨くことが、この夏の課題になりそうです。

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島田敏男
1981年NHKに入局。政治部記者として中曽根総理番を手始めに政治取材に入り、法務省、外務省、防衛省、与野党などを担当する。
小渕内閣当時に首相官邸キャップを務め、政治部デスクを経て解説委員。
2006年より12年間にわたって「日曜討論」キャスターを担当。
2020年7月から放送文化研究所・研究主幹に。長年の政治取材をベースにした記事を執筆。

調査あれこれ 2023年06月28日 (水)

"メディア"と"多様性"の足跡をたずねて【研究員の視点】#496

メディア研究部(メディア動向)熊谷百合子

venue_long1.jpg企画展の会場

 6月21日、世界経済フォーラムが2023年版の「グローバル・ジェンダー・ギャップ報告書」1) を公表しました。日本は146か国中125位と、前年の116位を更に下回る結果となりました。2006年に調査が始まって以来、過去最低の水準です。ジェンダー・ギャップ解消のペースが今のままでは、男女平等の実現には131年かかるという試算も出されました。皆さんはこの現実をどのように受け止めますか?
 メディアがこの課題に果たすべき役割について改めて考えたいと思い、私は、8月20日まで開催中の企画展「多様性 メディアが変えたもの メディアを変えたもの」2) を見るため、横浜のニュースパーク(日本新聞博物館)を訪ねました。
 日本新聞協会が運営するこの博物館は「歴史と現代の両面から確かな情報を見きわめる大切さと新聞の役割を学べる展示」を意識し、体験型ミュージアムとして中高生の体験学習の場としても活用3) が期待されています。今回の取材でも、館内は総合学習の一環で訪れている中学生や高校生でにぎわいを見せていました。
 新聞やテレビ、通信社は、報道を通じて差別や人権侵害に関する問題を提起し、社会制度そのものの改善を働きかける役割を担ってきました。一方で、社会のさまざまな分野で多様性(ダイバーシティー)が重視されるようになるなか、メディアの中の多様性は進んでいないのではないかという指摘もあります。SDGsの機運が高まり、Z世代を中心とした若い世代が多様性教育を受けるなかで、世代間で意識の差が生まれていることも否めません。そんな今だからこそ「多様性」をキーワードに、「メディアが変えてきたもの」と「メディアを変えてきたもの」を時代の変化とともに振り返ろうというのが、今回の企画展です。展示資料はおよそ300点。病気や障害、子ども、性的マイノリティー、日本で暮らす外国人や少数民族をメディアはどのように取り上げてきたのか。明治期から現代までの日本の多様性の足跡を追体験しながら、メディアと人々との新しい関係性や未来のメディアの役割についても考えさせられる企画構成になっています。このブログでは、この多様性展から見えてきたメディアのジェンダー平等の足跡に注目して取り上げます。

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 「第1章 近代日本と女性」の展示では、明治から昭和初期までの新聞紙面から、この時代の新聞が女性をどのように取り上げてきたかを確認することができます。気になった記事を1つ紹介しましょう。

 「當世婦人記者」と題したこの記事は、東京朝日新聞(現在の朝日新聞)の松崎天民記者が執筆したものです。記事の冒頭を引用します。
「文明開化の世界になつて、女の職業が段々殖(ふ)えて来た、遂(つい)には男の領分をも犯す様(よう)になつたは、婦人界のため祝着(しゅうちゃく)至極(しごく)だ、などゝ云つている間に油断は大敵、何時(いつ)しか新聞記者の領分にまで侵入して来た、あゝこれ何等(なんら)の珍現象ぞ」。

 明治20年代以降、新聞各紙で新設された家庭欄の編集担当として女性が採用されるケースも多くなっていました。この記事からは、女性記者が増えつつあることを「珍現象」として男性記者が捉えていた、当時の時代の空気がひしひしと伝わってきます。

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 時は流れて令和の時代。かつてに比べると今の日本は女性にとってだいぶ働きやすい社会になっているように感じます。その土台を作ったのは「男女雇用機会均等法」。就職、昇進、定年など職場における男女の平等をうたった日本初の法律です。
 企画展「第3章 メディアの中の多様性は」の冒頭に展示されていたのは、均等法が成立した1985年5月17日の夕刊の一面記事、そして当時の労働省婦人局長で“均等法の母”と呼ばれた赤松良子さんによって2021年12月に連載されていた日本経済新聞の「私の履歴書」の記事とメッセージでした。連載は去年、「男女平等への長い列」4) のタイトルで単行本化されました。女性官僚の先駆けでもある赤松さんが、戦後日本の女性の地位向上を目指して奮闘してきた歩みを辿ることのできる一冊で、会場でも手に取って読むことができます。

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 赤松さんの連載の編集を担当したのは、日本経済新聞社の編集委員兼論説委員の辻本浩子さんです。均等法施行後の89年に入社し、女性労働を長く取材してきた辻本さんにとって、赤松さんの連載に関わることには特別な思いがありました。

(辻本さん)
「私が就職活動をするころには均等法がもう施行されていて、女性も働く時代だということが当たり前のようにテレビや新聞でも取り上げられていました。働く女性を当たり前の存在として社会の中で映し出していたことが大きかったですね。そういう意味でも私は均等法の恩恵を受けた一人です。社会部や生活情報部の記者として、働く人の現場や厚生労働省を担当していたので、レジェンドでもある赤松さんのことはずっと存じ上げてきました」

 projectX_akamatsuW.jpg2000年12月放送「プロジェクトX」より

 日本の男女共同参画の道を切り開いてきたパイオニアとして知られる赤松良子さん。かつてNHK総合で放送していた「プロジェクトX」でも、赤松さんら労働省の女性官僚が均等法成立に注いだ情熱を克明に描いています。20世紀最後の放送回となった2000年12月19日に「女たちの10年戦争~『男女雇用機会均等法』誕生~」5)と題して放送された番組では、経済界や労働運動からの激しい反発を受けながらも、苦渋の末に法律が生まれた過程を描いています。“男女平等への長い列”が連綿と今の時代にも続き、まだ道半ばであることを感じさせる番組でした。ちなみに、2000年春に放送が始まった「プロジェクトX」が女性たちのプロジェクトとして初めて取り上げたのが、この「女たちの10年戦争」です。番組冒頭のスタジオでは、「今世紀最後のプロジェクトX、ついに女性たちのプロジェクトの登場です」と紹介されていました。
 「結婚退職制」、いわゆる“寿退社”の慣例に終止符を打った男女雇用機会均等法は、その後、1997年、2006年、2016年、2019年と4回の改正を経て現在に至っています。2度目の改正となった2006年には妊娠、出産を理由とした不利益取り扱いの禁止が盛り込まれたほか、直近の2016年の改正では事業主に対して妊娠、出産などに関するハラスメントの防止措置義務が新たに盛り込まれました。「プロジェクトX」の放送から21年後の2021年12月にNHK News Webに掲載された「News Up寿退社って、定年退職のこと?」6) と題した記事では、“寿退社”という言葉がもはや若い人には通じないことが紹介されています。
仕事と育児を両立する女性の先輩たちの背中を見ることができたのも、均等法が切り開いた新たな職場の風景と言えるでしょう。均等法は女性の働き方を変えたのみならず、この企画展のタイトルにもある「メディアを変えたもの」そのものだと感じました。
 辻本さんは、“均等法の母”と呼ばれる赤松さんの言葉に今だからこそ触れてほしいと言います。

(辻本さん)
「連載したのは均等法の施行から35年の節目でした。若い人たちには、均等法はあって当然の法律だと思いますが、なぜこの法律ができたのか、どんな経過で作られてきたかはあまり知らないですよね。今もまだ女性が働きやすい社会とはなっておらず、均等法が目指した完全な男女平等のかたちにはなお遠い状況です。『男女平等への長い列に加わる』というのは赤松さんが好きな言葉なんですが、今回の連載を若い人へのバトンのつもりで書いてくださいました。長い列にはたくさんの人がいるわけです。悩んでいるのは自分だけじゃない、そして長い列で進むわけですから、変えようとする人たちがずっといて、変えようとする動きがあるということに、私自身も励まされる思いでした」

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 今回の企画展では「メディアが変えたもの」として象徴的な展示もあります。
 会場のテレビモニターに映し出されていたのは1980年代にTBSが展開した「ベビーホテル・キャンペーン」の報道番組です。スタジオで解説する女性のテロップは「堂本記者」。2001年~2009年まで千葉県知事を務めた、堂本暁子さんの記者時代の姿でした。無認可の保育所に「ベビーホテル」と呼び名をつけて、子どもの置かれた劣悪な環境を週に1回のペースで夕方6時からのローカルニュースで1年にわたり放送しました。キャンペーン報道の概要を伝えるパネルでは「ベビーホテルの運営実態、預ける親の声や独自の利用者実態調査結果、識者の意見、厚生大臣のインタビューなどさまざまな角度から問題を伝え続けた」ことが紹介されています。この報道をきっかけに81年6月には児童福祉法が一部改正され、行政の監督権限が与えられるなどの改善につながりました。
 「問題に気づいた時に、入り口で止まるのではなく、課題を洗い出し、改善できるまで闘い抜くことが求められています」という堂本さんのメッセージが、報道の現場に身を置いてきた私にはずしりと響きました。

odakadirector6.jpg尾高泉館長

 開館以来、ニュースパークではさまざまな企画展を開催してきました。報道写真展や従軍取材展のほか、大震災や環境、太平洋戦争など取り上げたテーマは多岐にわたります。ミニ展示を含めるとその数は140を超えますが7)、「多様性」をテーマとした企画展は、20年あまりにわたる歴史のなかで今回が初めてのことです。館長の尾高泉さんが企画展のきっかけについて教えてくれました。

(尾高館長)
「男性中心の新聞業界でキャリアを重ねてきた均等法第一世代の全国の女性記者の皆さんが、定年や役員就任の時期を迎え、この40年弱の足跡からメディアや社会の変化をまとめてみよう、という機運が業界内外にありました。同時にグローバリズムやデジタル化でDE&I(Diversity, Equity and Inclusion)推進の流れも高まってきました。当時の報道業界は女性用の宿直室がなく、取材先に女性用のトイレもない時代でした。採用される女性も少なかったのですが、深夜勤務の多い報道界では、結婚や出産を機に辞めた人も多いので、今も残る女性はさらに少数派です。新聞博物館としてもまず、女性記者の歩みやジェンダー平等について、過去、現在、未来に時間軸を広げてまとめることから準備し、マイノリティーなどの多様性の視点の資料も収集していきました。」

 均等法が施行された1987年に日本新聞協会に就職した均等法第一世代でもある尾高館長。今回の企画展は、子育て中の男性学芸員や女性学芸員も含めた多様なメンバーで構成することも意識したそうです。メンバーの年齢も多様にすることで、互いの視点を生かしながら展示の内容を深めることにもつながったと手応えを感じていました。当初から企画展の準備に関わってきた学芸員の平形さゆみさんと工藤路江さんは、来館者からの反応に驚かされていると言います。

curators7.jpg学芸員の平形さんと工藤さん

(平形さん)
「企画展の会場でベテランの女性記者の方に声をかけていただくことがあります。展示をご覧になってこれまでの記者人生でのさまざまな思いがめぐるようなんですよね。男性が圧倒的に多い職場や取材先で、女性であるがゆえに味わった悔しい経験についても蕩々(とうとう)と語ってくださるので、私たちも新たな気づきを日々もらっています。それだけでなく、他の業界で働く女性からも声をかけられます。働く女性、過去に働いたことのある方なら誰でも胸に響く展示になっているのかなと感じます。ぜひ多くの方に来館してほしいです」

(工藤さん)
「展示物について聞かれるということよりも、展示物からさまざまな思いがめぐって、語らずにはいられないという方が多いのが今回の企画展の特徴かもしれないですね。見てくださる方の熱量を感じます。閉館後は毎日、展示室の清掃をしているのですが、ショーケースにはたくさんの指紋の跡が残っていて、熱心にご覧になっていったんだなぁというのが伝わってきます」

womensday8.jpg国際女性デーの地方紙の記事

 会場の中でひときわ印象的だったのが、国際女性デーの3月8日付けの全国紙や地方紙の朝刊を並べたコーナーです。沖縄タイムスと琉球新報は題号にシンボルフラワーのミモザをあしらい、国際女性デーならではの紙面を演出していました。また北海道新聞や東京新聞、西日本新聞など10紙以上の地方紙が一面トップでジェンダー・ギャップに関する記事を掲載しています。

newspaper_article9.jpg地方紙の一面記事 

 記事に共通して出てくるのが「都道府県版ジェンダー・ギャップ」というワードです。「都道府県版ジェンダー・ギャップ指数」は、共同通信が上智大学の三浦まり教授らと去年から始めた新たな取り組みで、世界経済フォーラムが算出するジェンダー・ギャップ指数を参考に「政治」「行政」「教育」「経済」の4分野の指数と順位を都道府県ごとに分析し、毎年国際女性デーの3月8日に公表しています。公表されたデータは加盟社の地方紙や放送局が活用することができます。地方紙の一面トップでジェンダー・ギャップが取り扱われていることに、館長の尾高さんも変化の兆しを感じています。

(尾高館長)
 「国際女性デーにこれだけ多くの地方紙が向き合っていることを知ったのは、今回の企画展の原動力の一つとなりました。『都道府県版ジェンダー・ギャップ指数』が可視化されたことで、地方紙の各紙がジェンダー・ギャップを『地域の社会課題の一つだ』という認識で独自に取り組めるようになったのだと思います。地方紙でジェンダーに取り組んでいるのは20代、30代の若い女性記者です。均等法1期生の女性は組織の中で圧倒的に少数派なので、ジェンダーやフェミニズムとはあえて距離を置いてきたという人も少なくありません。若い世代の記者の皆さんが地域のジェンダー・ギャップを真正面から描写して記事化していることに、活力を感じますね」

 男女間の格差がいまだに深刻な日本。ジェンダー平等の実現に向けて、変化を加速させていくためにメディアが果たしていくべき役割は、これまでにも増して大きくなっていると感じます。7月15日(土)には「多様性とメディア」8) 、そして7月29日(土)は「新聞とジェンダー平等」9) をテーマにした2つのシンポジウムも企画していて、メディアに関わる新聞記者や研究者が議論を交わす予定です。ニュースパークの「多様性展」は、日本のジャーナリズムの現在地、そして未来に向けて果たしていく役割を見つめ直す一つの契機となりそうです。


1) https://www.weforum.org/reports/global-gender-gap-report-2023

2) 企画の詳細は https://newspark.jp/exhibition/ex000318.html

3) ニュースパークの概要・沿革 https://newspark.jp/about/

4) https://bookplus.nikkei.com/atcl/catalog/22/06/23/00255/

5) https://www.nhk.or.jp/archives/chronicle/detail/?crnid=A200012192115001300100

6) https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211215/k10013389061000.html

7) これまでの企画展一覧 https://newspark.jp/exhibition/archive/

8) https://newspark.jp/news/2023/0609_000324.html

9) https://newspark.jp/news/2023/0609_000325.html

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【熊谷 百合子】
2006年NHKに入局。福岡局、報道局、札幌局、首都圏局を経て2021年11月から放送文化研究所。
メディア内部のダイバーシティやジェンダーをテーマに調査研究中。

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