文研ブログ

メディアの動き 2023年09月15日 (金)

【メディアの動き】韓国KBS 理事会,社長の解任案提出

 韓国の公共放送KBSの理事会は8月30日,定例理事会においてキム・ウィチョル(金儀喆)社長の解任案を緊急案件として提出し,非公開での議論の結果,9月の臨時理事会で採決することを決めた。キム社長はムン・ジェイン(文在寅)政権下の2021年12月に社長に就任し,任期は3年。理事会は解任の理由として,経営の悪化や偏向報道などを挙げている。

 KBSの理事会は理事長と理事の合計11人。メンバーは韓国放送通信委員会(KCC)の推薦を受けて大統領によって任命され,これまでも時の政権の影響を色濃く反映してきた。ユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領の就任後,政権寄りの理事への入れ替えが進み,8月時点では与党系6人,野党系5人で,キム社長の解任案は賛成多数で採択されるものとみられる。

 ユン政権は,これに先立つ同月25日に放送通信委員会の新しい委員長に,イ・ドングァン(李東官)氏を任命した。イ委員長は,保守系大手紙,東亜日報の記者出身で,イ・ミョンバク(李明博)政権では大統領府報道官などを務めた。イ委員長は28日に行われた就任式の挨拶で,公共放送の運営と内容が労働組合の意思によって左右されていると指摘するとともに,経営陣を含め,公共放送の構造改革に強い意欲を示していた。

 解任案についてキム社長は声明を出して,「KBSは政権が変わるたびに外圧に悩まされてきた。そのたびにKBSの構成員たちは国民とともに公共放送の独立を守るために闘ってきた。与党理事らの今回の社長解任案提出は,こうした努力に真っ向から背くことだ」として批判した。 

調査あれこれ 2023年09月12日 (火)

内閣改造を"ばね"にできるか? ~自民党総裁選まで1年~【研究員の視点】#504

NHK放送文化研究所 研究主幹 島田敏男

 岸田文雄氏が第100代内閣総理大臣に就任し、岸田内閣が発足したのがおととしの10月4日。来月で丸2年になります。その先の来年9月には3年間の任期満了を受けての自民党総裁選が予定されています。

 この2年間、内閣支持率は一進一退と言わざるをえません。それでも経済の回復基調と税収の増加、それにG7広島サミットなど首脳外交での手応えを感じながら、岸田総理は次の総裁選での再選を視野に入れているというのが大方の永田町関係者の見方です。

 そうした状況のもとで、9月8日(金)から10日(日)にかけてNHK月例電話世論調査が行われました。

☆あなたは岸田内閣を支持しますか。それとも支持しませんか。

  支持する   36%(対前月+3ポイント)
  支持しない   43%(対前月-2ポイント)

6月以降、3か月連続で支持率が低下していましたが、今月はわずかながら持ち直した形です。各種の世論調査でも同様の傾向が現れていて、「一旦底を打った模様」という受け止めが出ています。

 この1か月間で、岸田内閣の姿勢が評価され、若干の支持回復につながった動きは何だったのか考えてみます。

 今回の世論調査で質問を重ねた調査項目に、8月24日に開始された福島第一原子力発電所の処理水放出に関するものがあります。

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☆東京電力福島第一原発の処理水の海への放出が始まりました。あなたは、この対応が妥当だと思いますか。妥当ではないと思いますか。

  妥当だ   66%
  妥当ではない   17%

これを与党支持者、野党支持者、無党派の別に見てみると、「妥当だ」は与党支持者79%、野党支持者65%、無党派60%となっていて、いずれでも「妥当ではない」を大きく上回っています。

 この問題では、風評被害を心配する国内の漁業者から依然反対の声が上がっています。これに対し政府は、IAEA=国際原子力機関の全面的な協力を得て、安全性に問題がないことを科学的なデータで示す努力を継続することで理解を得ようとしています。

 国際標準を十分に満たす安全性が確保されていることを具体的なデータで公表する対応によって、国民の間に理解が広がっていると言えそうです。

 そしてもう一つ重要なのは、風評被害が起きないようにするために欠かせない国際社会への説明の努力です。

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☆岸田総理大臣は、ASEAN=東南アジア諸国連合と日中韓の首脳会議で、中国による日本産の水産物の輸入停止は「突出した行動だ」と指摘し、処理水放出の安全性について理解を求めました。あなたは、こうした働きかけを評価しますか。評価しませんか。

  評価する   75%
  評価しない   14%

9月6日に岸田総理が行った説明に対しても、国民から肯定的な評価が示されました。

 トリチウム以外の放射性物質を取り除き海水で希釈した処理水を、中国政府は一方的に「汚染水」と表現して批判を強めていました。これまでのところ、中国側の公式発言に変化はありません。

 ただ、上記のASEANと日中韓の首脳会議に先立って岸田総理が中国の李強首相と15分ほど立ち話をした際には、処理水問題で激しいやりとりにはならなかったということです。

 この問題に詳しい外務省幹部は「国際社会の中で日本への反発が拡大していかない状況を見て、中国側も徐々に冷静な対応を模索しているようだ」と分析しています。日本の取るべき態度は、科学的データを開示しながら冷静な対応を促し続けることに尽きます。

 さらに処理水を巡る対応の他にも、今回の調査で政府の姿勢を支持する傾向が示された項目がありました。旧統一教会の解散命令を巡る設問です。

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☆旧統一教会を巡る問題で、政府は質問権の行使などによる調査をふまえ、教団に対する解散命令を裁判所に請求するか検討を進める方針です。あなたは解散命令の請求に賛成ですか。反対ですか。それともどちらともいえませんか。

  賛成   68%
  反対   1%
  どちらともいえない   24%

反対はわずかに1%。この問題では一部に信教の自由を巡る議論もありますが、その点に重きを置く人も反対ではなく「どちらともいえない」に回っているようです。長年にわたって強引な勧誘や多額の寄付の強要などが問題視されてきただけに、政府が旧統一教会に対して厳しい姿勢で臨むことを期待する声は強いといえます。

 以上見てきましたが、この世論調査の結果が公表された11日に、岸田総理は内閣改造と自民党役員人事を行うための調整に入りました。

 党幹部と相次いで会談し、麻生副総裁、茂木幹事長の続投が早々と固まりました。つまり岸田政権の土台は大きく変わらないということですので、改造による閣僚の入れ替えがあっても党内の安定優先に変化はないでしょう。

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 つまり、岸田総理としては来年秋の自民党総裁選での再選を視野に入れて、いわゆる「総主流派体制づくり」を目指すということです。

 岸田総理の足元の岸田派は党内第4派閥です。党内最大派閥の安倍派、第2派閥の麻生派、第3派閥の茂木派などの協力を得ながら、衆議院の解散・総選挙のタイミングを探ることにもなります。

 連立を組む公明党の山口代表との間では、一旦宙に浮いた東京での選挙協力を復活させることを確認し、9月4日に合意文書に署名しています。

 これまで支持率は一進一退だった岸田内閣が、内閣改造の機会を"ばね"にして安定度を増すのか。対する野党は次の衆議院選挙に向けて、若干なりとも足並みをそろえる方向に進むのか。

 まずは10月のNHK世論調査での、岸田改造内閣に対する有権者の評価に注目したいと思います。

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島田敏男
1981年NHKに入局。政治部記者として中曽根総理番を手始めに政治取材に入り、法務省、外務省、防衛省、与野党などを担当する。
小渕内閣当時に首相官邸キャップを務め、政治部デスクを経て解説委員。
2006年より12年間にわたって「日曜討論」キャスターを担当。
2020年7月から放送文化研究所・研究主幹に。長年の政治取材をベースにした記事を執筆。

メディアの動き 2023年09月08日 (金)

総務省「公共放送ワーキンググループ」取りまとめ案 意見募集はじまる【研究員の視点】#503

メディア研究部(メディア情勢)村上圭子

はじめに
 8月31日、総務省で開催中の放送の将来について議論する有識者会議、「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会(以下、在り方検)1) 」で、「公共放送ワーキンググループ(以下、WG)」の取りまとめ案2)が示されました。そして、9月7日からこの案に対する意見募集が開始されています3)。案では、NHKのネット活用業務を“必須業務”として位置づけるべきとの方向性が示されています。
 現在、NHKは放送同時・見逃し配信「NHKプラス」や「NHKニュース防災アプリ」など、ネットを活用したさまざまなサービスを実施していますが、これらの業務は、制度上は“任意業務”4)NHKが行うことができる業務という位置づけになっています。しかし、視聴者の情報入手やコンテンツ視聴の経路がネットに大きくシフトし、テレビを持たない人も増える中、ネット活用業務をNHKが実施しなければならない業務、すなわち、総務大臣の認可を得ない限り廃止ができない5)という重い責務を課す業務にすべきではないかということで、WGの有識者の意見がまとまりました。これは、番組業務(国内・BS・国際番組)と調査研究業務(放送および受信の進歩発達に必要な調査研究)6)に加えて、もう1つの必須業務の柱としてネット活用業務を位置づけるという、NHKの業務の根幹に関わる大きな制度変更を意味しています。
 また案では、ネットのみで放送同時配信・見逃し配信を視聴する人7)についても、視聴の対価としてではなく、相応の負担を求めることが適当だとしています。このことは、スマホやPCを保持しただけで対象とみなすのではなく、視聴する意思が明らかになるような行為を前提(アプリのダウンロードやID・パスワードの取得、一定期間の試用や利用約款への同意等の行為などが考えられる8))にしています。テレビなど受信端末の所持を前提としたこれまでの受信料制度から考えると、NHKの財源の根幹に関わる大きな制度変更を意味しています。
 以上のような制度改正の方向性が示された今回の取りまとめ案ですが、議論の中で最も紛糾し、時間が割かれたのが、必須業務として配信すべき情報の「範囲」と、提供する「対象」をどうするのか、という論点だったと思います。この論点の奥にあったのは、NHKの公共的価値の追求と情報空間におけるメディアの多元性維持という、時にあいいれない2つの目的をどのように両立していくのか、という困難な問いでした。また、メディア事業者を主語としたこの議論において、どこまで視聴者・国民目線の議論ができたのかも問われました。この2つの問いは、取りまとめ案が出た今も答えが出たわけではなく、むしろさらに困難な問いを抱えたと言えるかもしれません。
 本ブログではまず、とりまとめ案の全体像を整理することでWGの視点について確認します。その上で、必須業務の「範囲」と「対象」を中心に、案では今の状況をどう変更しようとしているのかについて、視聴者・国民の視点から図式化して内容を確認します。そして最後に、WGを1年間傍聴して感じてきたことをコメントしたいと思います。

 

1. 取りまとめ案の全体像
 表1は、今回のとりまとめ案のポイントを一覧するために、私なりに簡略化してまとめたものです。
詳細な内容については、総務省のウェブサイトの本文9)および概要10)をご確認ください。

 (表1)公共放送WG取りまとめ案の全体像
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 取りまとめ案は、①NHKの役割、②NHKのネット活用業務の在り方、③ネット活用業務の財源と受信料制度、④今後の進め方、の4つの柱で構成されています。黄色で示したのは、今回の案ではまとめきれていないもの、もしくは今後の検討が必要とされたものです。「はじめに」でも述べた通り、今回のWGの主題は②とそれに付随する③であり、案の文面の半分近くが②に割かれています。
 WGの議論の底流には、フェイクニュースなどの課題が増大するデジタル情報空間において、また、GoogleやAmazonなどの巨大サービスプラットフォームやNetflixなどの動画配信サービスといった海外事業者の市場支配力が強まる状況において、NHKにはどのような役割が求められるのか、どのような規律・ルールが求められるのか、という問題意識がありました。つまり、このWGはNHKをとりまく状況からNHKのあり方を考えていくという視点が常に意識されており、それは案①の内容に色濃く反映されています。
 この①の「NHKの役割」には、放送の二元体制と信頼できるメディアの多元性を維持するためNHKは放送全体の発展に貢献すると共に、ネット配信においては新聞・通信社などとの適切な協調・競争関係の構築に努めていくべき、という内容が盛り込まれています。他のメディア事業者との連携・協力・すみ分け(競争への配慮)が強く意識された内容です。このうち連携・協力に関する論点については、2023年6月に在り方検の下に新たに「放送業界に係るプラットフォームの在り方に関するタスクフォース」という場が設けられ、こちらも取りまとめ案11)が出されています。そのため今回のブログでは深入りせず、別な機会に取り上げたいと思います。なお、すみ分け(競争への配慮)の論点については、次項で触れていきます。

 

2.必須業務化で何が変わるのか?
 ではここから、今回の取りまとめ案の主題である、NHKのネット活用業務の必須業務化についてみていきます。図1 は、現在の任意業務から必須業務に変化した場合、現状がどう変更されるのかについて、視聴者・国民の目線から図式化してみたものです。取りまとめ案およびWGの議論を理解するために私が作成したイメージ図であるということをあらかじめお断りしておきます。以下、この図に基づいて説明していきます。

(図1)任意業務から必須業務に変化した場合の変更点
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①テレビを所持していなくてもネットでNHKの番組が視聴可能に
 必須業務化の最大の眼目は、任意業務の現在は放送受信契約がある人にしか提供されていないNHKプラスを、テレビを所持していない人でも、希望すれば相応の負担のもとで視聴できるようにすることだと言っていいでしょう。案ではNHKに対し、全国どこであってもネット利用環境のある人からの求めに応じて、放送番組の同時・見逃し配信を継続的・安定的に行うことを義務づけるとしています。

②「理解増進情報」の廃止
 次に、必須業務化した場合、現在行われているNHKのネットサービスが変更になるという意味で、視聴者・国民にとって影響があるのが「理解増進情報」の廃止です。
 理解増進情報とは、2014年放送法改正でNHKに認められたもので、NHKがネット上で取り組む、番組の周知・広報、再編集や解説・補足などの業務を総称したものです(図2)12)。NHKは任意業務のネット活用業務を行うにあたり、「インターネット活用業務実施基準」の策定が義務づけられていますが、毎年そこで理解増進情報の項目を定め、総務大臣の認可を得た上で実施してきました。具体的なコンテンツの制作や運営は、番組制作の現場や部署単位で進めています。「NHK NEWS WEB」などニュースを深掘りしたテキスト記事や、Z世代を意識したYouTube上でのショート動画、Eテレや地域局における教育や課題解決のためのコミュニティー運営など、多様なコンテンツをNHKのサイトやアプリ、SNSやYouTubeなどで展開しています。これらはNHKとの受信契約の有無にかかわらず、全ての視聴者・国民が無料でアクセスできるものとなっています。

(図2)「理解増進情報」とは?(「NHKインターネット活用業務実施基準」より)
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 WGではこの理解増進情報を巡り、ネット上でビジネスを行う民間メディア事業者の経営に悪影響を及ぼしているのではないか、とか、NHKはなし崩しにサービスを拡大しているのではないか、といった懸念や批判の声があがりました。中でも日本新聞協会は、NHKのテキスト展開に対して、具体的なサービス名をあげながら厳しく批判しました。
 そして、日本新聞協会、民放連、多くの構成員からは、NHKは必須業務化の議論を進めるにあたり、これまでの理解増進情報について自ら検証することが必要ではないかとの意見が出されました。これに対してNHKは、ネット活用業務が必須業務として放送同様のミッションとなる以上、「付加的な情報によって、放送への“誘引”効果を高めるようなサービスについては、今の形のまま残ることはない」「理解増進情報は必然的に再整理されると考えている」13)と、必須業務化とワンセットで説明を行う姿勢でWGに臨みました。
 結局、とりまとめ案では理解増進情報は廃止の方向性が示されました。そしてWGでは、NHKが必須業務化後、理解増進情報に変わる新たな「放送番組以外のコンテンツ」の提供を、誰に、どこまで行うのかが議論されました。次項で見ていきます。

③ 放送番組以外のコンテンツ 提供の「範囲」と「対象」
 この論点については、議論の経緯を振り返りながら内容を確認していきたいと思います。
 図3は、NHKが6月30日、第10回会合14)で提出した説明資料です。NHKはまず、必須業務の業務範囲を「常時同時配信・見逃し配信サービス」と「報道サイト」を基本とするという方針を述べました。その上で、報道サイトについては現在のNHK NEWS WEBなどを再整理したものを想定しており、テキスト情報については、放送と同一の情報内容のもの、ネットの特性に合わせたものを多元提供すると説明しました。このNHKの説明を踏まえて、4回にわたり議論が行われました。

(図3)公共放送WGにおけるNHKの説明(第10回会合資料から抜粋)
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*配信の“対象”は?無料提供はやめるのか?
 議論の焦点の1 つとなったのは、必須業務化後もNHKは無料で放送番組以外のコンテンツを提供し続けるのかどうかでした。これは、NHKは費用を負担しない人たちに対してサービスを提供し続けるのかどうかと同じ意味でもあります。
 有識者からは、現在のNHK NEWS WEBは誰でも無料で見ることができて受信契約の締結も促されないが、必須業務化した際にはどうするのかを明確にすべきではないか(曽我部真裕構成員)、とか、現状のニュース防災アプリの中でも、無料で提供できるものとそうでないものを区別して議論すべきではないか(大谷和子構成員)、といった意見が出されました。日本新聞協会からは、デジタルで有料配信を成長させようとしている地方紙各紙から、NHKによる無料で大規模なニュース配信は抑制してもらいたいという切実な声が寄せられているというコメントがありました。中には、公共放送ないしはテレビに対するPR活動は必要であり、PRであれば負担者にも納得してもらえるのではないか(瀧俊雄構成員)、といった発言もありましたが、有識者の多くは、「無料での提供」、「費用負担者以外への無制限な提供」については、消極的、否定的な声が多い印象を受けました。
 こうした発言に対し、NHKはどのように応答したのでしょうか。図3で示したとおり、NHKは第10回会合で提出した資料において、必須業務の範囲として示した報道サイトの説明に「様々なデバイス・認証等なしで閲覧可能」という文言を入れていました。しかし、それから2か月弱がたった8月10日の第12回会合で改めて考えを問われると、「必須業務になった場合には、現在のように、全ての情報をそのまま最後まで見られるというようなことは考えておりません。認証をかけて契約を確認するなど、何らかのアクションがあることを前提にしていたいと考えております15)」とコメントしました。NHKはこの発言をもって、必須業務化後は、無料での提供や費用負担者以外への提供を縮小すると表明したと私は受け止めました。

*配信の「範囲」は?テキストは提供するのか?
 議論のもう1つの焦点は、必須業務化後に放送番組以外のコンテンツをどこまで配信するのか、特に日本新聞協会が強く反対しているテキスト情報の配信をどうするのかでした。これについては、有識者から一定の理解を示す発言が続きました。たとえば、放送の枠からあふれたもののテキスト化を封印するのは社会的なリソースの無駄になるのではないか(内山隆構成員)、取材・報道したものをデジタル空間の参加者にワンソースマルチユースに似たイメージでいろいろな形で出し分けていく必要があるのではないか(宍戸常寿構成員)、などです。
 また、テキストの全面撤退は、理解増進情報を提供している現状から大幅に後退することになり、一般視聴者からすると大幅な不利益ではないか(曽我部構成員)、といった意見もありました。しかしこの意見に対しては、日本新聞協会が、理解増進情報を既得権として考えているのではないか、ルールを逸脱したものでも一度出してしまえばサービス低下になるのでやめられないという意見には非常に懸念を覚えた、と強く反発しました。

*競争評価の仕組みの導入
 以上のような論点と並行して議論されていたのが、NHKがネット上で存在感を増すことでメディアの多元性や放送の二元体制が損なわれないようにするにはどうすればいいのか、というものでした。日本新聞協会や民放連の懸念だけでなく、有識者からも、受信料を財源とすることがいわゆる「国家補助」に該当しうるという指摘があり(京都大学・川濵昇教授)16)、WGではNHKのネット活用業務が市場における公正競争を阻害しないかどうかを判断する何らかの評価・検証の仕組みが必要であるとの認識が共有されました。その上で、その仕組みをどの段階で行うのか(NHKの業務開始前か後か)、誰が行うのか(NHKの内部か外部か)について議論が行われました。
 NHKは第10回会合で、「「必須業務」範囲想定外の新規サービスを開始する場合」には、「経営委員会の監督のもと、情報空間全体のステークホルダーの状況も理解する専門家からなる委員会(を想定)」が主体となり、市場影響などについて審査の上で適否を判断すべき、そして、パブリックコメントなどを経て予算・事業計画に盛り込むことを想定しているとの考えを示しました。そして想定しているこの委員会については、「任命、プロセス等を適切に整備することで執行部からの独立性、他の伝統メディアの意見提出機会等を確保する」と説明しました17)。つまり、この時点でNHKが想定していたのは、①必須業務範囲で想定していない新たなサービスをNHKが開始したいと思った場合において、②事前に、③NHKが設けた委員会が主体となって、④独立性を担保した上で評価する、というものでした。

 NHKがこの説明で参照していたのが、イギリスで現在行われている、公共放送BBCと放送通信分野の独立規制機関であるOfcomによる競争評価の枠組みでした(図418))。イギリスの場合、まずBBCが主体となり、検討中の新規事業や大幅な事業変更が公共目的の促進に貢献するか、市場競争に悪影響を及ぼさない妥当な措置がとられているかなどを判断します(=「公共価値テスト」)。その上で、BBCはOfcomにテスト結果を提示、Ofcomはそれを審査し、「競争評価」が必要だと判断すれば自ら実施し、事業の適否を判断するという流れになっています。

(図4)イギリスの競争評価のプロセス(公共放送WG事務局資料より抜粋)
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 NHKの提案に対し、有識者からは、Ofcomは公共の価値と公正競争に及ぼすリスク要因を直接的に比較することは困難だと認識しているということが報告され、業務の公共的価値という“錦の御旗”のもとに公正競争の議論が劣後する懸念があり、純粋に公正競争の観点で評価手法を構築すべきではないか(林秀弥構成員)、といった発言がありました。
 また、WG当初から日本新聞協会はNHKの必須業務化そのものに強い反対の姿勢を見せてきましたが、複数の構成員から、むしろ必須業務化することによって、競争評価の実施など、NHKに対して重い責任と規律を課していくことができるのではないか(落合孝文構成員、長田三紀構成員)、との発言がありました。

*取りまとめ案公表へ
 こうした議論を経て、8月31日、在り方検の親会にWGの取りまとめ案が提示されました(図5)。
必須業務でNHKが配信する放送番組以外のコンテンツについては、ⅰ)国民の生命・安全に関わる伝達の緊急度の高い重要な情報、ⅱ)放送番組に密接に関連する情報又は放送番組を補完する情報、に限定して放送法で定性的に規定すべき、との記載になりました。また、提供する対象については、例外を除き、費用を負担する人を原則とするということが読み取れる内容となっています。

(図5)在り方検・親会に示された公共放送WG取りまとめ(案)概要(抜粋)
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 実はこの案ですが、親会2日前の8月29日に開かれたWGの13回会合で提出された原案19)から一部修正されたものとなっています。修正前の原案には、ⅱ)の文言の前に「放送番組の時間的制約のために載り切らなかった情報など」という文章がありました。WGでは日本新聞協会が、「懸念が解消されない状況での取りまとめは遺憾。放送番組の時間的制約のために載り切らなかったなどの文言も出てきた。運用時に拡大解釈される余地は残っており、修正の検討を求める」と発言していました。また民放連も、「放送番組に密接する情報や補完する情報という文言で限定できるのか。今後の法制化や制度化で、しっかり限定できるように要望したい」と発言していました。NHKの必須業務化に最後まで強い懸念が残る中で提出されたと取りまとめ案となりました。
 また、先述した競争評価については図6のような枠組みになりました20)。文書だけでは理解しづらかったので、私なり図式化してみました。まず、NHKが必須業務の内容に関する原案を策定し、外部の第三者機関が、日本新聞協会や民放連など、適宜関係者の参加の上、原案の評価・検証を行います。それをもとに総務大臣がNHK予算に意見を付して国会に提出、国会の予算審議で適否が判断され、適当とされた場合、NHKが業務を実施するというプロセスが示されました。

(図6)取りまとめ案で示された競争評価の仕組み
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3.WGを1年間傍聴して感じたこと
 公共放送WGは2022年9月に開始し、取りまとめ案が示されるまで13回の議論を重ねてきました。私は全ての会合を傍聴し、これまで7回にわたり本ブログ21)で議論の内容を整理してきました。議論の整理については、できるだけ議事録や自身の傍聴メモ、提出された資料に基づきながら客観的にまとめるべく努力してきました。
 ここからは、これまでの1年間の傍聴で感じてきたことや今後への期待を、私自身の主観も交えながらコメントしておきたいと思います。

①競争評価を前に考えるべきこと
 本ブログの冒頭で私は、WGは「NHKの公共的価値の追求と情報空間におけるメディアの多元性維持という、時にあいいれない2つの目的をどのように両立していくのか」という困難な問いに向き合ったと述べました。この問いは今後、NHKの必須業務の内容を決めるための競争評価の枠組みに場を移し、より具体的な問いとして関係者それぞれが向き合っていくことになります。
 取りまとめ案では、競争評価は「エビデンスベース」で行うこととされました。エビデンスとは、裏付け、客観的証拠という意味です。NHKが市場をゆがめるおそれがないかどうか、因果関係の大きさや有無を分析するためのデータを集めていくことになります。ただ、市場といっても、コンテンツの市場なのかジャーナリズムの市場なのか、エビデンスといっても誰がどのように用意していくのか。先行する欧州の状況を参考に進めていくことになると思いますが、道のりはかなり厳しいと推察します。
 特に、これまでWGを傍聴していて感じたのは、事業者自身がエビデンスを準備し、公表していくことの難しさでした。なぜそう感じたのか、以下述べていきます。

*自らにとって“耳の痛い”エビデンスを示せるか?
 NHKは必須業務化にむけた議論に臨むにあたり、ネットユーザーなどを対象に独自調査を行い、デジタル情報空間において伝統メディアやNHKの役割がいかに求められているか、どういう機能が期待されているかについて、膨大なデータを示しながらWGで説明しました22)。そしてユーザーの期待を「情報空間の参照点」と「信頼できる多元性確保」という2つの柱として整理し、これらの期待に応えていくことこそが、デジタル時代におけるNHKの役割であり、ネット活用業務の必須業務化を求める根拠でもあると説明しました。
 2つの柱のうち、競争評価に関わるのが「信頼できる多元性確保」です。これを実行していくためには、他メディアとの連携・協力と同時に、“すみ分け”が強く意識される必要があります。すみ分けを考える責任は当然、業務を行うNHKの側にありますが、NHKがWGで示したユーザー調査のデータからは、この領域でNHKの役割は期待されていない、とか、この領域は他の民間事業者がより役割を果たしているといった、NHKにとっては耳が痛い内容や、すみ分けの示唆にあたるような分析はほとんど読み取れませんでした23)。有識者からはNHKに対し、エビデンスをもとにした説明だという評価もありましたが、競合する民間事業者から見ると、NHKが自身で必須業務化を進めるために示したものと受け取られてしまったのではないかと感じました。

*“消去法的”発想で公共性を考える
 またNHKは、WGで幾度となく理解増進情報の検証を自ら行うべきだと言われていました。私もブログで何度かそのことに触れ、NHK内部で検証議論を進めるべきだと述べてきました。必須業務化に伴って必然的に整理するというのではなく、約10年間にわたるNHKの放送番組以外の多様なネットサービスの模索と成果の中から、民間事業者とすみ分けが必要なサービスとは何か、今後も残し続けるべきサービスとは何かを現場を巻き込んで議論し、その検証を踏まえることで、WGの三友仁志主査から期待されてきた“日本のメディアのリーダーとしての矜恃(きょうじ)”24)を持って、必須業務後のあり方を語ることができるのではないかと思っていたからです。
 本文でも引用しましたが、WGでは競争政策が専門の林構成員から、業務の公共的価値という“錦の御旗”のもとに公正競争の議論が劣後する懸念がある、という趣旨の発言がありました。私はこの発言を、NHK職員としての自分への戒めにしなければならないとの思いで受け止めました。公共的なサービスの中にも、民間事業者がビジネスベースでできること(やろうとしていること)はたくさんあります。これらを“消去法的”に選別し、絞り込んでいったものの中から、なぜ民間事業者にはできないのか、なぜそれがビジネスにならないのかをエビデンスベースで証明していくことが、「信頼できる多元性確保」への貢献の基本姿勢なのだと私は考えています。

*民間事業者に対して思うこと
 競争評価の関係者となる新聞や民放についても触れておきます。
 WGでは日本新聞協会や民放連に対して、NHKによる民業圧迫を主張するならそれを証明するエビデンスを提示すべき、という意見が何度もあがっていました。両者は、ネット活用業務を行う側のNHKがまずエビデンスを示すべきであるとの主張を繰り返し、議論は平行線のままでした。
 民間の、特に伝統メディア事業者のネットビジネスが厳しい最大の要因は、ユーザーが伝統メディアからネットに大きくシフトしていることであり、それに対して事業者や業界の側がビジネスモデルを転換しきれていないということにあると思います。また非都市圏では、デジタルに詳しい人材の不足が深刻で、ネット展開をしたくても思うように進められないという窮状も耳にします。いま世界的に課題となっている、ニュースサイトや動画サイトなどから適正な収益配分が行われていないということも要因としてあげられるでしょう。
 とはいえ、NHKの理解増進情報をはじめとしたネットサービスに何らかの要因があるのではないか、という指摘については、私自身は否定できないのではないかと考えています。年間約200億円をネット活用業務に費やすことが可能なNHKと、民放や新聞、特に地方紙やローカル局では、取り組めるサービスに大きな違いがあるということはいうまでもないからです。また、NHKにおいて“すみ分け”がきちんと意識されていないとすれば、ユーザーの奪い合いが市場のどこかで起きているかもしれません。
 以上のように要因は複合的であり、それを分析し証明することは困難です。そのことを日本新聞協会や民放連側に求めるのは酷ではないかと、WGの議論を聞いていて感じることもありました。ただ、要因の分析はさておき、WGの議題となったNHKのネット活用業務の拡大は食い止めておきたい、そのような考えが少しでもあったとしたら残念です。そしてそう考える背景に、NHKは“錦の御旗”のもとで公共的価値を追求しているとのまなざしがあるのだとすれば、それも残念です。

*志を同じくする“競争相手”との連携・協力のために
 今後、競争評価の枠組みを作っていく上でなにより大事なのは、NHKと民間メディア事業者との信頼関係です。デジタル領域におけるコンテンツ市場やジャーナリズム市場の競争を計る指標として何がふさわしいのかはこれから決めていくことになりますが、それぞれがデータを持ち寄り、それを同じテーブルに並べることに合意できなければ、そもそも評価そのものが始まりません。NHKのみならず民間事業者にとっても、さまざまな指標や市場の分析を通じて、個々の事業者がネット上のビジネス戦略を構築する上で参考になるような情報共有がなされる場になることを期待しています。
 また、デジタル情報空間全体に視野を広げてみると、NHK対民放・新聞という競争の外側にこそ、巨大な競争空間が存在していることは明らかです。親会の構成員でユーザー動向の分析が専門の奥律哉氏は、新聞、NHK、民放の三者だけでなく、ユーザーがどこからニュースを得ているのかを考えれば、ネット事業者も含めて全体のシェアを見ていく定点観測が不可欠ではないか、と語っています25)。信頼性の高い情報発信や民主主義への寄与、社会における基本的情報の共有といった“志”を共有できるメディアが何らかの連携・協力して臨まなければ、デジタル情報空間での深刻な課題や海外の巨大なサービスプラットフォームなどとの競争に対応できない状況にあるということは、NHK・民間事業者で共有できる現状認識だと思います。志を同じくする“競争相手”と連携・協力していくためには、信頼に基づいた公正な競争関係の構築が不可欠です。NHKの人材や知見、そして受信料そのものを、こうした連携・協力に活用していく検討も、在り方検の別な議論の場26)では始まっています。そして、この連携・協力の枠組みは、放送・新聞といった伝統メディアに限るものではなく、公共を意識して取り組む多様なメディアやネット上の発信者を巻き込みながら柔軟に考えていく必要があります。

② どこまで視聴者・国民目線の議論ができたのか?
 冒頭でもう1つ私が述べたのは、「メディア事業者を主語としたこの議論において、どこまで視聴者・国民目線の議論ができたのか」というものでした。
 今回目指している制度改正は、WGで山本隆司主査代理が指摘していたように、放送の定義自体を変えるという議論をしているわけではなく、NHKの設置根拠となる法律としての放送法の側から制度を変えていくというものでした。そう考えると、NHKにとって今回示された制度改正の方向性は大きなギアチェンジであると言えます。しかし、視聴者の立場で見たらどうなのでしょうか。

*「テレビを所有せずNHKを視聴する意思がある人たち」の目線
 まず今回の必須業務化によって、相応の負担のもとでNHKプラスを視聴することが可能となる「テレビを所有せずNHKを視聴する意思がある人たち」の目線で考えてみます。
 今回の制度改正では放送の定義を変えることは想定されていないため、NHKプラスは放送ではなく通信(著作権法上は自動公衆送信)のままです。そのため、著作権法上、もしくはビジネス契約上、配信ができない映像については、テレビでは視聴できてもNHKプラスでは視聴できないということになります。そして、NHKにインフラの整備が義務づけられている放送波とは異なり、通信環境の準備は視聴者サイドで行うことになっています。つまり、そもそもこのサービスは、ネットが利用できる環境になければ利用することはできません。また必須業務化に伴い、NHKには放送同時・見逃し配信を継続的・安定的に提供する義務が課せられることになりますが、災害時など、どこまでその義務が果たせるのか、どこまでそれをNHKに果たさせるべきなのかについてもまだ整理できていません。こうしたことを鑑みたとき、制度改正後、テレビを所有せずに相応の負担のもとでNHKを視聴する意思がある人たちがどのくらい出てくるのか、私にはまだイメージできません。

*「テレビを所有せずNHKを視聴する“意思がない”人たち」の目線
 次に、「テレビを所有せずNHKを視聴する“意思がない”人たち」の目線で考えておきたいと思います。NHKは今回の必須業務化によって、こうした人たちに向けてコンテンツを提供する回路を縮小することになります。WGで突っ込んだ議論はなされませんでしたが、YouTubeやSNSなどの外部のサービスプラットフォームに対しても、NHKは現在、さまざまなコンテンツを無料で展開しており、これらのサービスについても、今後どのように整理していくのかを考えていかなければなりません。
 必須業務化後のネットサービスを基本は費用負担者向けとする、というこの判断は、公正競争の観点以上に、受信者の公平負担という観点から導き出されたものだと議論を聞いていて感じました。必須業務化してネット視聴の意思のある人に相応の負担を求めるのであれば、相応の負担をしない人に同等のサービスを提供するというのは問題があるのではないか、という論理です。ただ、「テレビを所有せずNHKを視聴する“意思がない”人たち」は、公共放送を支える“受信者共同体”に入らない自由を選択している人たちであり、その人たちに向けては緊急情報以外の情報は伝達する必要がない、とも受け取れる今回の取りまとめ案の内容は、いささか直線的な結論のような気がしなくもありませんでした。
 そもそも本WGが開始された時の問題意識に立ち戻って考えれば、情報空間全体のインフォメーション・ヘルス27)をいかに確保していくか、そこでNHKは何ができるのかが大きな問題意識だったはずです。日常的に新聞やテレビなどの伝統メディアに接触している層から最も遠いところに存在している人たちに、どうしたら事実に基づく多様な視点の情報に接してもらえるか、それを押しつけではない形で届けるにはどうしたらいいのか、そして、どこまでそうしたことに社会は取り組むべきなのか。これは在り方検全体で共有している問題意識であり、その取り組みからNHKが後退することになるということには違和感があります。NHKが2度にわたって行ってきた社会実証28)も、こうした問題意識のもとで行われたと認識しています。
 これまでの理解増進情報や社会実証で得た知見をNHKのためだけに生かす、というのでは確かに理解は得られないかもしれません。だとしたら、日本の情報空間の今後に還元するということを条件に、「テレビを所有せずNHKを視聴する“意思がない”人たち」に対するNHKのトライアンドエラーの場を残し、その成果を、新たな連携・協力の取り組みの場に生かしていく、こうした形での必須業務化の方向性も模索できるのではないでしょうか。

③今後の在り方検の議論への期待
 最後に、在り方検の議論全体を通じて感じていることを記しておきます。在り方検は2021年11月に開始し、これまで2年弱の議論が行われてきました。最初の1年間に最も意識して議論されてきたのは、デジタル情報空間におけるインフォメーション・ヘルスの確保という論点でした。そしてここ1年は、市場支配力を増すサービスプラットフォームや海外動画配信サービスとの競争という論点が強く意識されてきました。在り方検では、こうした状況下で、放送の二元体制を築いてきたNHKと民放、新聞も含めた伝統メディアは何をすべきか、いう視点で絶えず議論が進められてきたように思います。
 国民の知る権利に奉仕するため取材・編集に基づく確かな情報を届け、あらゆる権力をチェックし、多様な視点を提供することで、民主主義社会を維持し個人の自律的な判断を助けるという役割は、今後も変わらない伝統メディアの役割だと確信しています。しかし、デジタル情報空間の最大の特徴は、メディア企業に所属していなくても誰もが情報やコンテンツを自由に発信し、ビジネス化していくことも可能であること、そして、肩書き・立場・属性を問わず対等な関係性でコミュニケーションができるということです。こうした情報空間において、伝統メディア事業者は単なる情報発信者としではなく、人や地域、さまざまな取り組みを、「束ね」「つなぎ」「対話を下支え」する信頼できる“媒介者”として、より大きな力を発揮できるのではないかと思っています。こうした視点で、デジタル情報空間における伝統メディア、放送、NHKの役割を再定義していく議論が必要ではないかと考えます。
 デジタル情報空間の課題ばかりではなく“可能性”にも着目していくことで、在り方検の今後の議論が新たなメディアの公共性を考える、より豊かな議論になっていくことを期待しています。

おわりに
 私は全国各地の地域メディアの取材によく行きます。民間メディア事業者の置かれている状況は年々深刻になってきていますが、こうした中、ネットを活用しながら地域の課題解決に寄与したり、資金循環に貢献したりする“公共的なビジネス”に取り組む事業者が増えています。全国各地で、地域ビジネスを通じた地域メディアの公共性の再定義が始まっていると実感しています。
 こうした中、NHKは一層の想像力を持って謙虚な姿勢で臨まなければ、必須業務化後の新たなネット活用業務は競争評価を突破できず、視聴者・国民に公共的なサービスを届ける機会は極端に減ってしまうことになりかねません。本文で触れたように、競争評価のプロセスは、当初NHKが提案していたものよりも厳しいものとなりましたが、NHKをこれまで以上に外部に開き、職員一人一人がNHKを取り巻く外部環境の変化に気づくためのいい機会になるのではないかと考えています。メディアを研究する立場とNHK職員という2つの立場で、今後も議論に注目していきたいと思います。


1) 総務省「デジタル時代における放送政策の在り方に関する検討会」
 https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/digital_hososeido/index.html

2) 総務省・在り方検「公共放送WG取りまとめ(案)」(2023年8月31日)
 https://www.soumu.go.jp/main_content/000898674.pdf

3) https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01ryutsu07_02000267.html

4) 放送法第20条2項

5) 放送法第86条

6) 放送法第20条

7) 対象を世帯にするか個人とするか、IDをいくつ払い出すか、同一IDで何台の端末を利用可能とするかなどは決まっておらず、継続して検討することになっている

8) 注2)P19の記載から

9) 注2)

10) 総務省・在り方検「公共放送WG取りまとめ(案)概要」(2023年8月31日)
 https://www.soumu.go.jp/main_content/000898676.pdf

11) 総務省・在り方検「放送業界に係るプラットフォームの在り方に関するタスクフォース取りまとめ(案)」(2023年8月31日)
 https://www.soumu.go.jp/main_content/000898681.pdf

12) NHK「インターネット活用業務実施基準」(2023年4月1日施行)P3
 https://www.nhk.or.jp/net-info/data/document/standards/221221-01-jissi-kijyun.pdf

13) 総務省・在り方検・公共放送WG(第10回)「NHK説明資料」(2023年6月30日)
 https://www.soumu.go.jp/main_content/000890187.pdf

14) 注13)参照

15) 総務省・在り方検・公共放送WG「第12回議事要旨」P13
 https://www.soumu.go.jp/main_content/000897598.pdf

16) 総務省・在り方検・公共放送WG(第6回)「川濵昇京大教授説明資料」(2023年3月15日)
 https://www.soumu.go.jp/main_content/000868816.pdf

17) 注13)P7


18) 総務省・在り方検・公共放送WG(第4回)事務局資料「諸外国の公共放送に関する制度について」(2022年12月22日)P42
 https://www.soumu.go.jp/main_content/000880070.pdf

19) 総務省・在り方検・公共放送WG(第13回)「取りまとめ(案)」(2023年8月29日)
 https://www.soumu.go.jp/main_content/000899290.pdf

20) 注13)P13~17

21) 村上圭子「これからの"放送"はどこに向かうのか?」Vol9,Vol,10を参照
 https://www.nhk.or.jp/bunken/research/domestic/20230801_7.html
 https://www.nhk.or.jp/bunken/research/domestic/20230301_7.html

22) 総務省・在り方検・公共放送WG(第3回)「NHK説明資料」(2022年11月24日)
 https://www.soumu.go.jp/main_content/000847287.pdf

23) 注22)P48においてNHKと民放に対する期待・実現度を比較した図が提示されている

24) 総務省・在り方検「公共放送WG(第8回)議事要旨」P18
 https://www.soumu.go.jp/main_content/000890205.pdf

25) 総務省・在り方検親会(第22回)発言

26) 総務省・在り方検「放送業界に係るプラットフォームの在り方に関するタスクフォース」

27) 「情報的健康」ともいう。多様な情報にバランスよく触れることで、フェイクニュースなどに対して一定の「免疫」(批判的能力)を獲得している状態のこと(在り方検・第1次取りまとめより)

28) NHK「インターネット活用業務についての社会実証」https://www.nhk.or.jp/net-info/social_proof/

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村上圭子
報道局でディレクターとして『NHKスペシャル』『クローズアップ現代』等を担当後、ラジオセンターを経て2010年から現職。 インターネット時代のテレビ・放送の存在意義、地域メディアの今後、自治体の災害情報伝達について取材・研究を進める。民放とNHK、新聞と放送、通信と放送、マスメディアとネットメディア、都市と地方等の架橋となるような問題提起を行っていきたいと考えている。

調査あれこれ 2023年08月30日 (水)

関東大震災100年 ~地震と台風の「同時・時間差襲来」にどう備えるか~【研究員の視点】#502

メディア研究部(メディア情勢)中丸憲一

kantoudaisinnsaitunami_1_W_edited.jpg関東大震災の津波被害(気象庁ホームページより)

 2023年9月1日で、関東大震災の発生から100年になります。東京など首都圏を中心に約10万5,000人の犠牲者を出したこの大災害から学ぶべきことは多くあります。筆者は、元災害担当記者の経験を生かしながら、メディア研究の視点で、2023年9月1日発行予定の『放送研究と調査』9月号に、「地震と台風の『同時・時間差襲来』にどう備えるか」というテーマで論考を執筆しました。詳細な内容はそちらをご覧いただくとして、このブログでは、論考で書き切れなかったことも含めて記述し、関東大震災の教訓とともに考えていきたいと思います。

【関東大震災の被害を代表する火災旋風 だが…】
 「関東大震災」というと火が竜巻のようになって人々に襲いかかる「火災旋風」を思い浮かべる人も多いと思います。東京の本所区(現:墨田区)にあり、空き地になっていた「被服廠(ひふくしょう)跡」で発生し、家財道具や荷物を持ちながら避難してきていた約4万人が犠牲になったとされます1)
 この「火災旋風」をはじめとして、各地で火災が発生し、延焼が拡大。火災による犠牲者は約9万人にのぼり、全犠牲者の約9割に達しました2)。 その数の多さに加え、火災旋風という非常にまれな現象が引き起こした災害とあって、関東大震災をメディアが取り上げるときには、「火災の延焼と火災旋風」がメインに据えられることが多いです。しかし関東大震災の被害は、それだけではありません。土砂災害や津波などでも多くの犠牲者が出ています。このため論考では、あえて火災の記述を大幅に省き、火災以外の災害について多く記述するようにしました。

【関東大震災は「複合災害」 原因の1つが「同時襲来した台風」】
 前述した火災もそうですが、神奈川県などで多発した土砂災害も、震災発生当日の朝に能登半島付近にあった台風が関係しているとされています。この台風の震災発生2日前からの動きを、気象庁に残されている当時の天気図で見てみます。

まず震災発生2日前の8月30日午前6時には、台風は九州南部の南西海上にあることがわかります。

tenkizu0830_2_W_edited.jpg8月30日午前6時の天気図(気象庁図書館所蔵)

震災発生前日の8月31日午前6時には、台風は九州北部付近にあります。このあとおおむね北東へ進みます。この影響で、神奈川県などでは山地を中心にかなりの雨が降りました。

tenkizu0831_3_W_edited.jpg8月31日午前6時の天気図(同上)

そして震災発生当日の9月1日午前6時には、台風は能登半島付近にあることがわかります。この台風による強風が火災を、前日からの大雨が土砂災害を引き起こした原因の1つになったとされています3)。つまり、関東大震災は、地震と台風が重なり「同時襲来」した複合災害だったといえます。

tenkizu0901_4_W_edited.jpg9月1日午前6時の天気図(同上)

【「同時襲来」を思い起こさせた『ある地震』】
 実は、この「同時襲来」は関東大震災だけではありません。統計がないので正確な数はわかりませんが、筆者は以下の2つのケースがあげられると考えています。1つは、2022年9月の台風14号です。猛烈な勢力で九州南部に接近し、気象庁は鹿児島県に「台風の特別警報」、その後、宮崎県に「大雨の特別警報」を発表しました。この特別警報が出ているさなかに、台湾付近を震源とする大地震が発生。沖縄県の宮古島・八重山地方に津波注意報が発表され、各メディアは、台風報道と津波注意報の伝達をほぼ同時に行わなければならなくなりました。
 もう1つは、2009年8月11日午前5時7分に駿河湾を震源として発生したマグニチュード6.5の地震です。静岡県内で最大震度6弱の揺れを観測。静岡県沿岸と伊豆諸島に津波注意報が発表され、静岡県内で実際に津波が観測されました。当時は「東海地震が予知できる」と言われていたころで、地震が発生した場所が東海地震の想定震源域内だったことから、このときの各メディアの報道は「東海地震との関連性はあるのか」という方向に集中しました(最終的に気象庁は「今回の地震は想定される東海地震に直接結びつくものではない」と発表した4))。当時、筆者は社会部の災害担当記者で、「東海地震との関連性」への取材にもあたりましたが、それ以上に記憶に残っていることがあります。それは、地震発生当時に本州の南海上にあった台風9号です。当時のニュース原稿には、地震発生時刻に近い午前5時の推定位置が、「和歌山県の潮岬の東南東160キロの海上」で東北東へ進んでいる、と書かれています。駿河湾にかなり近い場所に台風が接近していたのです。実際に、地震発生から約1時間半後の11日午前6時32分までの1時間には、強い揺れがあった静岡県伊豆市の天城山で76ミリの非常に激しい雨を観測しました。この台風は、地震発生2日前の9日から前日10日にかけて兵庫県や徳島県など西日本に大雨をもたらし、浸水や土砂災害などで大きな被害が出ていました5)。このため、地震発生は早朝でしたが、この台風への対応で複数の災害担当記者が出勤していて、地震と台風の原稿を手分けして書き続けました。
 今回、関東大震災100年について調査を進める中で、この2つの事例を思い起こし、「もっと大きな地震と猛烈台風が重なった場合、メディアは適切な情報伝達が可能なのか」という問いが浮かびました。筆者にとっては、これが論考を執筆する出発点となりました。また論考では、台風が時間差で襲来したために土砂災害が多発した2004年の新潟県中越地震や2018年の北海道胆振東部地震についても触れています。

【「台風+地震」の複合災害を独自シミュレーション】
 では、台風と地震の「同時・時間差襲来」で何が起きるのでしょうか。国や自治体による想定がない場合に、専門家による監修をもとに、災害の新たな危険性を伝えることも、メディアの重要な役割です。このため筆者はメディア研究者の立場から専門家に依頼して独自にシミュレーションを行いました。依頼したのは、津波防災に詳しい常葉大学の阿部郁男教授。神奈川県沿岸の一部地域を対象にして、先に台風が襲来して高潮による浸水が起こり、その後、地震が発生して津波が押し寄せるという「台風先行→地震後発型」で行いました。台風がまず近づき、その後地震が発生したという状況は、関東大震災もそうですし、前述の「2009年の駿河湾の地震」にもあてはまるからです。また、今回のシミュレーションでは、関東大震災と同じタイプの相模トラフのプレート境界を震源とする地震で、対象地域周辺で津波が最大となる断層モデルを使用しました6)。対象とした地域は人口が多く大勢の観光客も訪れます。東日本大震災以降、「想定外をなくすこと」が重要視されていることから、多くの人の命を守るために、あえて最大級のケースをもとに計算しました。

「高潮+津波」の浸水シミュレーション動画(画像提供:常葉大学 阿部郁男教授)
 

 シミュレーションを動画で見てみます。赤く塗られた部分が浸水したエリアです。最初の画面では対象範囲の中央付近を中心に高潮で浸水していることがわかります。そして動画が動き出すのと同時に地震が発生。地震から30分後以降に、画面右上の海側から次々に津波が押し寄せ、浸水が広がっていきます。シミュレーションの結果、最大で対象範囲の44%にあたる3.63平方キロメートルが浸水。「台風による高潮のみ」のケースに比べて最大浸水範囲が約2倍に広がりました。

prof.abe_5_W_edited.jpg常葉大学 阿部郁男教授

この理由として、阿部教授は、先に高潮が発生し、潮位がふだんより上がっているところに津波が押し寄せるので、高潮で浸水したエリアよりも広い範囲が浸水すると分析しています。そのうえで、「9月などの台風シーズンは、もともと潮位がかなり高く高潮が発生しやすい。その高潮のあとに津波が来るという想定は、これまでほとんどされてこなかった。ただ、台風と地震がほぼ同時に襲来した関東大震災の例を考えても、十分ありうる」と指摘しています。

【同時襲来想定は『パンドラの箱』 メディアに何ができるのか】
 こうした地震と台風の「同時・時間差襲来」による複合災害にどう備えればいいのでしょうか。また、メディアには何が求められるのでしょうか。
 筆者は、災害時の避難や防災情報に詳しい、京都大学防災研究所の矢守克也教授と議論を重ねました。詳細は論考に記載していますが、議論からは▼たとえば高潮を対象に指定していた避難所が、津波にも対応できるのかなど、避難所が複数の災害に対応できるか点検する必要があることや、▼自分の住んでいる地域の外に早めに逃げるなど、「他地域への積極的な疎開」についても今後は考えるべきだ、といった意見が出ました。

prof.yamaori_6_W_edited.jpg京都大学防災研究所 矢守克也教授

 議論の中で矢守教授は、「台風と地震は、1つだけでもかなり厳しい災害なのに、2つ同時に襲来するとなるとさらにシビアになる。これまで多くの防災関係者が見て見ぬふりをしてきた課題だと思う」と指摘。その上で「まさに『パンドラの箱』を開けるようなものだが、地球温暖化の影響や巨大地震の切迫度などを考えると、考え始めなければならない課題だ」とその重要性に言及しました。
 東日本大震災以降、「想定外をなくすこと」が、求められるようになりました。論考やこのブログで摘示してきたデータなどからは、地震と台風の「同時・時間差襲来」はもはや想定外とはいえないと思います。
 関東大震災から100年。『パンドラの箱』を開けてみることに意義があると考えます。そして「他地域への積極的な疎開」などの新しい避難の形を実現するためには、交通情報の迅速かつ正確な伝達の重要性などが、これまで以上に増すことが考えられます。住民の命を守るために、メディアとしてできることを考えていくことこそが、災害の教訓を生かすことだと確信しています。


1)武村雅之『関東大震災 大東京圏の揺れを知る』(2003 鹿島出版会)p13-16 および
『令和5(2023)年版防災白書』p4

2)2006年7月 中央防災会議 災害教訓の継承に関する専門調査会
「1923関東大震災報告書-第1編-」p4

3)武村雅之『関東大震災 大東京圏の揺れを知る』p13,図1
2006年7月 中央防災会議 災害教訓の継承に関する専門調査会
「1923関東大震災報告書-第1編-」p50

4)駿河湾の地震については、気象庁 災害時自然現象報告書2009年度 【災害時地震・津波速報】
平成21年8月11日の駿河湾の地震(東京管区気象台作成/対象地域 静岡県)を参照した。
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/books/saigaiji/saigaiji_200903.pdf

5)2009年台風9号については、気象庁 災害時自然現象報告書2009年度 【災害時気象速報】平成21年台風第9号による8月8日から11日にかけての大雨(対象地域 九州、四国、中国、近畿、東海、関東甲信、東北地方)を参照した。
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/books/saigaiji/saigaiji_200902.pdf

6)神奈川県「津波浸水想定について(解説)」記載の「相模トラフ沿いの海溝型地震(西側モデル)」を参照した。
https://www.pref.kanagawa.jp/uploaded/attachment/774580.pdf
また、国土地理院「重ねるハザードマップ」も参照した。
https://disaportal.gsi.go.jp/maps/?ll=35.012002,139.921875&z=5&base=pale&vs=c1j0l0u0t0h0z0

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【中丸憲一】
1998年NHK入局。
盛岡局、仙台局、高知局、報道局社会部、災害・気象センターで主に災害や環境の取材・デスク業務を担当。
2022年から放送文化研究所で主任研究員として災害や環境をテーマに研究。

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1991年 雲仙普賢岳大火砕流から考える取材の安全【研究員の視点】#481
#473「災害復興法学」が教えてくれたこと
#460 東日本大震災12年 「何が変わり、何が変わらないのか」~現地より~
#456「関東大震災100年」震災の「警鐘」をいかに受け止めるか

調査あれこれ 2023年08月25日 (金)

朝のメディアに求めるものは?【研究員の視点】#501

世論調査部(視聴者調査)渡辺 洋子

 朝は必ず決まったテレビのチャンネルを見る、あるいは起きたらまず、好きなYouTuberの配信を確認するなど、毎日同じ時刻に特定のメディアを見るというような習慣はありますか?

 毎日の生活の中にメディアはどのように組み込まれているのか、そしてそれはなぜ使われているのでしょうか。
 調査からは、朝のメディア利用には、情報取得という目的に加えて、気分という要素も重要だということがみえてきました。
 世論調査のデータ、そしてオンラインインタビューで聞いた声をご紹介します。


 まずは、朝、決まって見たり聞いたりしているメディアについて、世論調査の結果をご覧ください。複数のメディアを使う人も多いと思いますが、ここでは「もっともよく利用するもの」を回答してもらっています。

朝:毎日、同じような時刻や状況で、決まって見たり聞いたりしているメディア
(もっともよく利用するもの)real-time-tv.png

※詳細な数値は『放送研究と調査』2023年8月号「朝のテレビ視聴減少の背景を探る~オンラインインタビューの発言から~」をご覧ください。

 「毎日決まって見たり聞いたりしているメディアはない」という人は全体では21%と、8割弱の人は何らかのメディアを決まって見たり聞いたりしていることがわかります。そして全体では、朝にもっとも利用するものとして、リアルタイムのテレビ放送を挙げた人が50%と、テレビが大きな存在感を占めています。
 もっとも利用しているメディアは性別や年齢で異なり、男性の30代以下ではリアルタイムのテレビ放送を挙げる人が3割以下と全体と比べて低くなっている一方、YouTubeは6~8%と全体(2%)と比べて高くなっています(男性30代:8%、男性16~29歳:6%)。また、SNSも全体では3%に過ぎませんが、男女の16~29歳では17~18%でした。

 30代以下では、朝、習慣としてYouTubeやSNSをもっとも使うという人が、他の年層より多くを占めていることがわかります。


 では、具体的にYouTubeやSNSは、朝の生活シーンの中でどのように使われているのでしょうか。19~39歳の方々にオンラインインタビューで朝のメディア利用を聞いた様子をご紹介します。

 まずは、朝起きてすぐにSNSを見る方の声です。

【女性29歳 パート・アルバイト】
(今朝、起きてからの時間の過ごし方は)
  8時半くらいに目覚ましのアラームで起きて、10分くらい二度寝をした。
  布団の中でTwitterを見て、起きて朝ご飯を食べたり、着替えたりして、今に至る。

(朝いちで立ち上げるのは必ずTwitterか)
  ほぼTwitter。

(Twitterではどんな情報を見ているのか)
  フォローしている人のタイムライン見たりTwitterのトレンドを見たりしている。

(寝ながらTwitterのチェックとのことだが)
  中身を見るというよりは、眠気覚まし的に見ている感じ。

(どんなところが眠気覚ましとして働いているのか)
  情報量がほぼないつぶやきが多いので、すぐに頭に入ってくる。

【女性34歳 主婦】
(布団の中で何かメディアを見ていたか)
  スマホでネットニュースとLINEとInstagramを見ていた。

(それぞれどんな目的でどんな気分で見ていたか)
  ネットニュースは新しいことが起きていないかとチェックする習慣がある。
  Instagramも暇さえあれば開いちゃう習慣になっている。

(LINEは何を見ているか)
  友人から来ていたLINEと、公式のアカウントで登録しているものを見ていた。

(ベッドの中でゴロゴロしながら見るインスタ、LINEはどんな助けになっているか)
  目を覚ますため。ちょっと気分転換になる。

【男性36歳 会社員】
(起きてから触れたメディアは)
  インスタ。あとはLINE。

(何を見たのか)
  LINEはメッセージが来ていたのでその確認。インスタは完全に暇つぶし。まだ起きたくないと。

(布団の中で見ていたのか)
  そう。

(インスタで具体的に見ていた内容は、流し見だったか)
  暇つぶしで本当に流し見だった。

(朝の気分の何がインスタやLINEに合っているのか)
  まだ起きたくない葛藤があり、そのためにインスタとかLINEとかをチェックしている。
  まだちょっと起きるには体がだるい。だるさから起きようと思う気持ちまでのつなぎ

(インスタLINEから得られる情報がどんなものだからか)
  情報がというよりも見る行為、光を目に浴びているから。それが目を強制的に起こしている感じだと思う。

 3人とも、朝布団の中でSNSを見ています。情報を取得するというより、まだ覚醒しきっていない状態で、いつも利用するSNSをタップして画面を眺めているという状況が見受けられます。友人からのメッセージを確認する人もいますが、どちらかというと、目が覚める状態に持っていくまで、頭と体に負荷をかけずに一定の時間を過ごすための道具として使われている様子がうかがえます。

 SNSは1日の生活のさまざまな時間帯で使われていますが、寝起きの場面では、頭が完全に起きていない中、内容を楽しむというより、朝までに起きたことや寝ている間に届いたメッセージを確認したり、あるいはただなんとなく眺めたりするために使われていることがわかります。


 続いて、朝に習慣としてYouTubeを見ている方の声です。

【男性25歳 会社員】
(朝食を食べながらYouTubeと書いてあるが、好きなYouTuberとして直近では何を見ていたか)
  芸人の霜降り明星が好きで、それを見ていた。結構、朝はほぼ毎日の習慣と言ってよいほどに見ている。
  更新が結構1日ごとにあるので、毎回面白いし見ている。

(ヘビーなネタが多いかと思うが、朝に見るのか)
  笑う要素があり、気分も楽しくなってくる。

(寝床で朝ゴロゴロしながら見ている動画はどんな役割を果たしているか)
  気分を上げるもの。

(望ましい内容は)
  お笑いとかで気分を上げていくのが一番望ましい

【女性25歳 会社員】
(朝は目についたYouTubeをテレビで見ているのか)
  そう。

(お笑い系が多いか)
  これ(YouTubeの【食の雑学2chスレ】)はお笑い系というより、外のサイトで一般人が討論、文章ですごいやりあったものをまとめて音声で流すようなチャンネルで、画面を見なくても良いのが一番のメリット

(選びたくなる内容は)
  本当に何でも良いけど、ライフハックとか、こういう牛丼700日食べたとかの挑戦とか、面白い感じが良い

(出かけるまでの時間がどんな時間だから、ライフハック、チャレンジ系が聴きたくなるのか)
  とりあえず楽しい気分になりたい。ニュースとかよりも面白いとか、楽しい気持ちになれるものを選ぶ傾向にある。

(朝のメディア視聴、動画を見たり聴いたりしている時間はどんな時間なのか)
  朝の時間は自分の1日のテンションを上げるような時間にしたい

(そのために必要な要素は)
  やはり動画や音楽など受け取れるので、自分はすごく楽しい、頑張ろうと思えるコンテンツを見る。東海オンエアとか読み上げ系。


 この2人に共通しているのは、1日が始まる朝、気分を上げたりテンションを上げたりすることを求めて、楽しい気分になるコンテンツを選択しているということです。それぞれ、面白いと思うコンテンツの内容は異なりますが、YouTubeの幅広いコンテンツはこうした個々の好みやニーズに応えるものとして使われていることがわかります。

 今回のインタビューからは、朝のメディア利用では「起きようと思う気持ちまでのつなぎ」だったり「テンションを上げるもの」だったり、その時々の気分に応じたコンテンツが求められているということがわかりました。
 もちろん、朝のメディア利用には情報性も重要な要素です。前述の世論調査の自由記述からも、朝は、世の中の動向や自分の関心ごとを確認し、最新の情報に更新するためにメディアに接するケースが多いことがわかっています。インタビューでも、出かける前にその日の天気や交通情報、最新のニュースをリアルタイムのテレビ放送やニュースアプリなどから得ているという声がありました。
 しかし、それだけではなく、朝の生活に寄り添うメディアとなるには、そのシーンに応じた気分を満たすということも重要だと言えるのではないでしょうか。

『放送研究と調査』2023年8月号「調査研究ノート・朝のテレビ視聴減少の背景を探る~オンラインインタビューの発言から~」では、こうしたインタビューでの発言を基に朝のメディア利用について考察しています。ぜひご覧ください。

『放送研究と調査』2023年7月号「コロナ禍以降のメディア利用の変化と,背景にある意識~「全国メディア意識世論調査・2022」の結果から~」


おススメ記事
『放送研究と調査』2023年7月号
「コロナ禍以降のメディア利用の変化と,背景にある意識~「全国メディア意識世論調査・2022」の結果から~」
https://www.nhk.or.jp/bunken/research/yoron/20230701_5.html
『放送研究と調査』2023年8月号
「調査研究ノート 朝のテレビ視聴減少の背景を探る~オンラインインタビューの発言から~」
https://www.nhk.or.jp/bunken/research/yoron/20230801_4.html

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【渡辺洋子】
2001年NHK入局。仙台放送局、千葉放送局でニュースなどの企画制作、国際放送局でプロモーション・調査を担当。
放送文化研究所では視聴者調査の企画・分析に従事し、国民生活時間調査は2005年から担当している。
共著『図説日本のメディア[新版]』『アフターソーシャルメディア 多すぎる情報といかに付き合うか』など。

メディアの動き 2023年08月22日 (火)

【メディアの動き】民放ローカル局13 社が系列を 超えて連携,地域の魅力発信のための コンソーシアム設立

7月14日,北海道から沖縄までの民放ローカル局13 社が,地方創生等のライブ配信事業を手がけるLiveParkや楽天グループとともに,地域の魅力を発信するコンソーシアム「のぞいてニッポン運営委員会」を設立,サイトを開設した。
放送エリアに限定されていた各局の番組やオリジナルコンテンツを全国配信することで,地方経済への貢献をめざす。

コンソーシアムのポイントは3 つ。
(1 )系列やエリアを問わない,志を同じくするローカル局による連携。
  これまで数年間のトライアルと議論を通じて,地域に共通する課題の共有と,互いに異なる魅力の発見からつながりを育んできた。
( 2)連携企画やサイト編成,SNS 展開などを横断的に手がける編集部の存在。
  地域コンテンツ流通の重要性は繰り返し指摘されているが,視聴してもらうための方法についてはどのメディアも苦戦中だ。
  地域情報の魅力を最大限引き立てる司令塔をめざす。
( 3)ネットショッピング,旅行予約,ふるさと納税等,オンライン上の総合サービスを手がけるプラットフォームとの連携。
  連携にはさまざまな課題が指摘される中,コンテンツを供給するローカル局にとって持続可能なビジネスモデルの構築をめざしている。

コンソーシアム発起人でLiveParkファウンダーの安藤聖泰氏は,キー局主導でさまざまな枠組みが構築されることが長年の慣習となっている放送業界の中で,ボトムアップで丁寧に組み立ててきたと思われる。
新しい座組みの今後に注目していきたい。

メディアの動き 2023年08月22日 (火)

【メディアの動き】あいテレビの深夜番組のセクハラ発言, BPOが「人権侵害なし」の見解

愛媛県の民放あいテレビで放送されていた深夜番組の女性出演者が,番組内でのたび重なるセクハラ発言で精神的苦痛を受けたと申し立てた問題で,BPOの放送人権委員会は7月18日,人権侵害は認められず,放送倫理上の問題もあるとまでは言えないとする見解を公表した。

問題になったのは,あいテレビが2016 年から2022 年の3月まで毎週放送していた深夜のバラエティー番組『鶴ツル』で,出演者の女性フリーアナウンサーが,番組内で2人の男性出演者からしばしば下ネタや性的な言動を受け,羞恥心を抱かせられ,自身のイメージも損なわれたと申し立てた。

委員会は審理の結果,申立人が番組での性的な言動に長年悩んできたことは「真実」と考えられるが,本人が2021年11月に番組プロデューサーに伝えるまでは,あいテレビがそれに気づくことができたとは言えず,その後の対応にも過失があったとは言えないと判断した。
また放送局の責任を問うことについては,表現の自由の制約につながりうることから「謙抑的であるのが妥当」という考え方を示したうえで,「申立人の人格の尊厳を否定するような言動」があったとは言えないことから,「人権侵害があったとは認められない」と結論づけ,「放送倫理上の問題があるとまでは言えない」とした。

一方で,フリーアナウンサーとテレビ局,男性中心の職場に置かれた女性,という視点に照らし,申立人が圧倒的に弱い立場だったとして,あいテレビに対し,出演者が気軽に悩みを相談できる職場環境やジェンダーに配慮した体制を整備することを要望した。

メディアの動き 2023年08月22日 (火)

【メディアの動き】NHK,NW9の新型コロナウイルス 関連動画をめぐり関係者を処分し,調査結果を公表

7月21日,NHKは5月15日に放送した『ニュースウオッチ9(NW9)』のエンディング動画の中で不適切な伝え方があったとして,取材を担当した職員や上司の編集責任者等を処分するとともに,内部調査の結果を公表した。

動画のテーマは「新型コロナ5 類移行から1週間・戻りつつある日常」。
約1分間の動画の中で3人の遺族のインタビューを紹介したが,実際はワクチン接種後に死亡した人の遺族であったにもかかわらず,新型コロナに感染して死亡した方の遺族だと視聴者に誤認させる伝え方をしていた。

翌5月16日のNW9では,NHKに遺族を紹介したNPO 法人理事長の反応やSNS 上の批判を受けて謝罪。
7月5日には遺族らがBPO放送人権委員会に申し立てを行い,放送倫理検証委員会でも審議入りが決まっている。

なぜこうした問題が起きたのか。調査報告では,職員等の社会問題に対する認識の欠如,担当者間の情報共有不足,提案・取材・制作におけるチェック不足,取材先や視聴者に対する真摯な姿勢の欠如があるとしている。
NHKは2021年12月放送のBS1スペシャルにおいて,誤った内容の字幕をつけるといった,取材者や視聴者の信頼を損なう問題を起こしている。
再発防止策として,放送ガイドラインに沿って複眼的試写を行うなどのチェック機能の強化が行われたが,再び問題が起きてしまった。
NHKは今後,議論を尽くす組織への改善等を行っていくという。公共放送を担う1人1人の意識が根底から問われている。

メディアの動き 2023年08月22日 (火)

【メディアの動き】オーストリア議会,全世帯徴収型の公共放送の新財源制度法案を可決

オーストリアの議会下院は7月5日,受信機の有無にかかわらず,すべての世帯と企業から公共放送ORFの財源となる「ORF 負担金」を徴収することを定めた法案を可決した。
新財源制度は2024 年1月から施行される。

現行の受信料は,テレビやラジオ受信機を所有する世帯と企業から徴収しており,インターネットでORFのサービスを利用していても,テレビやラジオを所有していなければ徴収対象にならない。
これについてオーストリア憲法裁判所は2022 年7 月の判決で,「公共放送のサービスを利用できる人すべてに財源への貢献義務を課すことも,公共放送の独立性を保障する一側面である」とし,現行制度を違憲としたため,制度改正が必要となった。

ORF 負担金制度は,ドイツの「放送負担金」制度にならって設計され,世帯は住居ごとに一律額が徴収される(別荘は対象外)。
2024 年からの月額は15. 3 ユーロ(約2, 400 円)で,現行の18.59 ユーロ(約2,900 円)から値下げされる。企業からは,従業員の給与の総額に応じて設定された額が徴収される。
また可決した法案は,ORFのインターネットによる番組配信の範囲を拡大する条項も含む。

現在は,番組配信は放送後7日間のみとされているが,今後はジャンルによって30日や6か月などに延長され,放送前の先行配信や,配信専用の番組の制作も可能となる。

また,新聞社の事業を圧迫しないよう,ORFのウェブサイト上の文章記事は週に350 本までに制限され,コンテンツの割合を動画70%,文章30%にするよう定められる。

メディアの動き 2023年08月21日 (月)

【メディアの動き】台風進路予報円 精度良く表示, 災害危険度が高い地域を明確化

気象庁は,台風の進路を予報する際の予報円と暴風警戒域(台風の中心が予報円内に進んだ場合に風速25m以上の暴風となるおそれのある範囲)を,これまでより狭く絞り込んで,精度良く表示する方法を6月下旬に始めた。


数値予報技術の改善などにより実現したということで,台風による災害の危険度が高い地域の明確化につながると期待されている。
この方法が,7月15日に南シナ海で発生し,北西へ進んだ台風4号に初めて適用された。
この方法について,気象庁が2019(令和元)年に東日本や東北で河川の氾濫や土砂災害が相次ぎ,甚大な被害をもたらした「令和元年東日本台風」をモデルケースに検証したところ,3日先以降の予報円と暴風警戒域がこれまでより狭くなり,特に5日先の予報円は,約40%狭くなって,精度が向上したという。
気象庁は「災害の危険度が高い地域をより絞り込めるようになるので,早めの避難などの防災行動につなげてほしい」と話している。


ただ,変わらないこともある。▼予報円の定義が「台風の中心が70%の確率で入ると予想される範囲」(つまり30 %は入らない可能性がある)であることや,▼台風の進路予報が3・6時間おきに発表され,そのたびに変化すること,▼いわゆる「迷走台風」など進路予報の難しい台風については,どうしても予報円が大きくなること,などである。
今回の新たな表示方法の導入をきっかけに,メディアを通じて最新の情報を常に確認することの大切さを,改めて認識する必要があるだろう。