文研ブログ

調査あれこれ 2023年04月26日 (水)

世論調査のデータをもっと身近に!研究員が解説する「メディア利用の生活時間調査」#474

世論調査部 (視聴者調査) 築比地真理

文研では、さまざまな世論調査を行っています。
世論調査の結果は、文研が発刊している月刊誌「放送研究と調査」でも公表しているのですが、「メディア利用の生活時間調査」では、世論調査をもっと身近に感じてもらえるように、調査の特設サイトを作っています。

サイトでは、調査結果をオープンデータとして公表しており、誰でもデータを使えるようになっています。しかし、そのデータの量は膨大。データを公表するだけでは、世論調査を身近に感じてもらうには難しい・・・そこで、データを読み解くためのヒントや注目ポイントを、調査に携わる研究員が「データにまつわる話」としてわかりやすくお伝えしています。

この調査は、【テレビ画面】【スマホ・携帯】【PC・タブレット】の3つの機器(デバイス)が、生活の中でどのように使われているかを「時刻別」に捉えるという調査で、「どのような人が」「いつ」「どのデバイスを」「どのように」使っているかなど、バラエティーに富んだ分析ができるのが最大の特徴です。

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【「メディア利用の生活時間調査」特設サイト データにまつわる話】


どのデータに着目して分析していくかは、研究員によって実にさまざま。
今回は、ことし4月に公開された3本のコラムを紹介します。

まずは、20代の「朝の時間」に着目したコラムです。
朝の時間というと、ニュースや朝ドラなど、テレビを見ながら過ごす人もいるかと思いますが、テレビをあまり見ない20代にとっては、どうやら朝の「定番」はテレビではないようです。彼らは、どんなことをして朝の時間を過ごしているのか、もはや若者の生活とは切り離すことのできない「スマホ」との関係に迫りました。
【コラム】20代 朝は何をして過ごしている?(築比地研究員)

2つ目のコラムでは、「夜の時間」のテレビ視聴やスマホ利用に注目し、20代を中心に分析しています。
20代は、夜の時間でもスマホ利用がテレビ視聴を上回り、就寝直前までスマホを見ている人も多いようです。就寝前の時間にスマホでどのようなものを見ているのかが分かります。
【コラム】あなたは寝る前に、テレビを見る?スマホを使う? (舟越研究員)

最後は、1日5時間以上スマホを使う「ヘビーユーザー」の実態に注目したコラムです。
スマホのヘビーユーザーというと、どのような人物像を思い描きますか?私は、若年層に違いないと思っていましたが、決してそうではないことが分かりました。
ヘビーユーザーは、スマホでどのようなことをしているのかにも注目です。
【コラム】スマホのヘビーユーザーは何をしている?(伊藤研究員)

今回は3人の研究員のコラムを紹介しましたが、コラムは今後も順次更新していく予定です。
はじめは膨大なデータの集まりのように感じたものも、コラムを通じてひとつひとつ読み解いていくと、自分の身近なことだと感じていただけるかもしれません。

また、特設サイトでは、データ可視化にも力を入れています。

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【「メディア利用の生活時間調査」特設サイト グラフページ】

サイトにはこのような棒グラフがあり、上部の「年層」「性別」「曜日」のタブや、下部の「時刻」のスライダーで条件を設定すると、3つのデバイスを使っている人の割合や、行動の内訳を色分けして示した棒グラフが瞬時に形成されます。2つの棒グラフ同士を見比べることもできるので、自分のメディア利用行動と比較してみるのも楽しいですね。ぜひ、サイトを訪ねて世論調査のデータに触れてみてくださいね。
メディア利用の生活時間調査|NHK放送文化研究所

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【築比地 真理】
2014年NHK入局。高知放送局・札幌放送局で番組編成などを担当し、2020年より放送文化研究所にて幼児視聴率調査や国民生活時間調査・メディア利用の生活時間調査などに関わる。名前の読み方は「ついひじ」

メディアの動き 2023年04月19日 (水)

【メディアの動き】テレビ朝日『タモリ倶楽部』が最終回,40 年余りの歴史にピリオド

テレビ朝日系列で1982 年10月から放送されてきた『タモリ倶楽部~ FOR THE SOPHISTICATEDPEOPLE ~』が3月31日深夜(4月1日未明)で,41年にわたる放送を終えた。

テレビ朝日は終了について「番組としての役割は十分に果たしたということで,総合的に判断した」としている。

コロナ禍の時期などを除き,番組はほぼ一貫して全編ロケスタイルで制作された。番組内では「低予算でスタジオセットが組めない」と説明し,MCのタモリによる「毎度おなじみ流浪の番組『タモリ倶楽部』でございます」という口上が人気だった。

開始当初から深夜特有の独自性の高い企画を放送し,番組内のミニコーナーなどで“サブカルチャー”をいち早く取り上げるなど,世に数々のブームをもたらすきっかけとなった。

タモリ個人の鉄道の趣味に寄り添う「タモリ電車クラブ」や,洋楽歌詞の聞き間違いを募集しVTRを添え楽しむ「空耳アワー」などが特に注目されてきたが,番組は長年にわたり音楽・アート・料理・伝統文化・地形,時には専門性のきわめて高いニッチな工業製品の世界なども,『タモリ倶楽部』ならではの軽快さで伝えた。

もちろん,深夜帯ならではのお色気度の高いものもあったが,マイナーなテーマを数多く取り上げるというスタンスは,多くのテレビ番組制作者にとって憧れ・目標でもあった。

最終回は,ネット上にあふれるタモリ考案の料理レシピの不確実さを,本人がいつもと変わらずゆるい空気で訂正していった。

メディアの動き 2023年04月19日 (水)

【メディアの動き】GYAO!が終了, U-NEXTとParaviが統合など 動画配信サービスの再編進む

ヤフーのグループ会社GYAOの動画配信サービスGYAO! (ギャオ)が,3月31日に終了した。

GYAO!は,Yahoo! 動画とGyao(当時のUSEN)が2009年に統合して発足し,早くからテレビ局の公式動画などの見逃し配信を行ってユーザーを獲得してきた。

しかし,2015 年にコンテンツホルダーである民放テレビ局自体が連合し,TVerを開始した。

また,2019 年にLINEとヤフーが経営統合。2023年2月には,2 社と,その親会社にあたるZホールディングス(以下,ZHD)が合併した。

ZHDが内部の重複・類似する事業の整理を進めていることに加え,2023年1月31日に,TVerとZHDが長期的な業務提携に向け基本合意したことも,GYAO !終了の理由とみられる。

一方,同じ3月31日には,動画配信サービスU-NEXTとParavi(プレミアム・プラットフォーム・ジャパン)が経営統合した。

U- NEXT が存続会社となり,2023年7月からはサービスも統合する予定で,視聴者370万人以上,売上高800億円超の規模となり,国内勢では最大となる見込みだ。

TELASA,FOD,NHKプラスなど, テレビ局が単体で自社の見逃し配信を展開し,さらにNetflixやAmazonプライムビデオなど海外プラットフォーマーに国内のテレビ番組が外販されている。

プラットフォームが乱立し,視聴経路がきわめて複雑になる中,ユーザーはどれを選べばいいのかがわかりづらい状態が続いている。

今後のプラットフォーム再編などさらなる動きを注視したい。

メディアの動き 2023年04月17日 (月)

【メディアの動き】放送法の「政治的公平性」解釈めぐる 総務省内部文書で国会が紛糾

立憲民主党の小西洋之議員は3月3日,参議院予算委員会で,放送法が定める「政治的公平」の解釈をめぐり2014年から翌年にかけて作成されたとされる総務省の内部文書を入手し,安倍政権の圧力で法解釈が変更されたことが示されていると指摘した。

これに対し,当時,総務大臣だった高市経済安全保障担当大臣は「まったくのねつ造文書だ」と述べ,「もしねつ造でなければ大臣や議員を辞職するということでいいのか」との問いに「結構だ」と応じた。

総務省は7日,これら78枚を行政文書と認めたうえで公表した。

このうち4枚に,高市大臣が解釈をめぐって安倍総理大臣と電話で協議したなどと記載されていたが,翌日の参議院本会議でも4枚はねつ造されたもので議員辞職はしないとし,その後も発言を撤回していない。

放送法が定める「政治的公平」については,安倍政権が2016年に,放送局の番組全体を見て判断するとしつつ,1つの番組のみでも不偏不党の立場から明らかに逸脱している場合などは政治的公平を確保しているとは認められないとする統一見解をまとめた。

今回の文書について小西議員は「当時の総理大臣補佐官が特定の民放番組が政治的に偏っているとして法解釈の変更を発案し,安倍元総理大臣がそれを認めたことが示されている。放送に国家権力がいつでも介入できるという恐ろしい解釈が不正なプロセスで作られたことを示す文書だ」と指摘している。

放送局の報道姿勢を萎縮させかねない解釈の変更があったとしたら,いかになされたのか。

高市大臣の関与にとどまらず,国会にはその点を明らかにしてほしい。

メディアの動き 2023年04月17日 (月)

【メディアの動き】英BBC,デジタル化に向けた経営改革, 音楽サービスの合理化には難航も

イギリス公共放送BBCは,財源不足に対応しながら,デジタル関連に経営資源を集中させる改革を進める中,クラシック音楽に関する合理化案を発表したが,音楽家や市民からの反発を招き,計画は一部見直しを余儀なくされた。

BBCは3月7日,クラシック音楽の新しい戦略を発表し,幅広く国内の合唱団に投資して合唱界全体の発展をめざし,オーケストラはより多くの音楽家と柔軟に全国で活動するため,100年近い歴史がある傘下の合唱団BBCSingersを廃止し,BBC交響楽団など3つのオーケストラも人員を20%削減するとした。

これに音楽家はじめ著名な指揮者らが反発した。
特に合唱団の廃止には,ヨーロッパ各国の放送合唱団が反対声明を出し,多数の民間合唱団が「BBC Singersをつぶすな!」と訴える動画をまとめてYouTubeに投稿したりした。

存続を求めるオンライン署名も15万件を超えた。

BBCは3月24日,複数の団体から代替財源について提案があったとして,BBC Singersの廃止をいったん保留した。

また,オーケストラについても極力,強制的な人員削減は避けるとした。

BBCの改革をめぐっては,3月15日,イングランド地方のローカル放送で働く職員およそ1,000人が,地域向けラジオ番組の合理化策に反対してストを行い,テレビやラジオの番組の一部が休止となる影響が出た。

ジャーナリスト組合は,人々は地元に関連したニュースを求めており,ローカルサービスをBBC の中核として守るべきだと訴えている。

組合は,5月の地方選挙の日などにもにストを行う可能性にも言及している。

メディアの動き 2023年04月17日 (月)

【メディアの動き】オーストリア,公共放送の新たな財源 制度として全世帯徴収方式を採用へ

オーストリア政府は3月23日,公共放送ORF(オーストリア放送協会)の財源制度として,受信機の有無にかかわらず,すべての世帯から「ORF 負担金」を徴収する新制度を導入すると発表した。

政府は,徴収額は現行の月額18.59 ユーロ(約2,600円)から15 ユーロ(約2,100円)程度に値下げされるとしている。また企業の事業所も,これまでどおり徴収対象となる。

現行制度の「番組料」は,テレビやラジオの所有世帯を徴収対象としており,インターネットでORFのサービスを利用しているだけの世帯は対象になっていない。

この状況について,オーストリア憲法裁判所は2022 年7月,不公平な負担が生じており,放送の独立を保障した憲法の規定に反すると判断し,2023 年末までに制度を改正するよう求めていた。

新制度の候補としてあがったのが,ドイツとスイスが採用している,受信機の有無にかかわらず全世帯から負担金を徴収する方式だった。

連立与党の1つオーストリア国民党(ÖVP)は,この方式を採用する条件として,ORFの大規模な経費削減をあげた。

これを受け,ヴァイスマンORF会長は2023 年2月,2026 年末までの4 年間で約3億2,500万ユーロ(約452億円)の経費削減計画を提示した。
ÖVPはこれを認め,「ORF 負担金」の導入が決まった。

削減計画には,ORF 所属のウィーン放送交響楽団や,スポーツ専門チャンネルORF Sport+の廃止が含まれていたが,各方面から反対の声が相次いだため,政府は同日,これらの存続を前提とする方針を発表した。 

メディアの動き 2023年04月14日 (金)

【メディアの動き】東日本大震災から12年,「震災アーカイブ」閉鎖相次ぐ

東日本大震災から12年。各放送局とも3月11日午後2時46分の地震発生時刻にあわせて,特別番組を組んだ。

繰り返し強調されたのが「忘れず語り継ぐこと」。

しかし,そのための重要なコンテンツの1つ,「震災アーカイブ」の閉鎖が相次いでいる。

震災アーカイブは,地域ごとの被害や復興の様子を示す資料や情報をデジタル化しネット上で公開するもので,記録を劣化させず残すことができる。

震災後,自治体や大学などの研究機関,民間団体などが多数の震災アーカイブを設立。それを一元的に検索できるポータルサイト「ひなぎく」を国立国会図書館が整備した。

しかし,国立国会図書館の井上佐知子主任司書によると,「ひなぎく」で検索できた50以上の震災アーカイブのうち,これまでに7つが閉鎖・休止した。

原因については「権利処理の負担」や「新規に収集される資料の減少」などがあげられる。例えば資料を収集した時点で ネット上の公開までの許諾をとっていなかったり,追加される資料が時間の経過とともに減ったりすると,新たに公開される資料が少なくなりアクセス数が減少。

その結果,自治体などからの出資金が減るなどして運営が難しくなるという。

井上主任司書は「閉鎖によって地域の防災教育での利用や震災対応の検証,新たな資料の発掘などが進まなくなる。継続する方法を各地域で探るべきだ」と指摘している。

東日本大震災は,地域ごとに被災や復興の状況に違いがあるだけに,各地域で貴重な資料をどのように後世に引き継いでいくか,見つめ直す時期に来ている。

メディアの動き 2023年04月14日 (金)

【メディアの動き】イラク戦争開戦20年,報道の教訓は

アメリカが,存在しない大量破壊兵器を理由にイラク戦争を開始してから,3月20日で20年を迎えた。

Watson Instituteによると戦争による死者(2021年9月集計)はイラク市民を中心に30万人近くに達した。

米メディアの大半は当時のブッシュ政権幹部や亡命イラク人の情報を検証せずに報じて開戦への世論づくりを後押しし,その後,報道の誤りを認めたが,その教訓が十分に生かされているか,疑問もある。

開戦前,大手メディアでは唯一,イラクの大量破壊兵器保有を打ち消す報道を続けたKnight Ridder社のワシントン支局長だったジョン・ ウォルコット氏は『Foreign Affairs』誌への寄稿で,当時のみずからの経験を振り返った。

この中で同氏は,報道を誤らないためには,政治目的に沿った情報を求める権力者ではなく,現実を把握している現場に近い軍関係者や専門家の声を報じることが必要だったと強調。

2022年にアフガニスタンから米軍が撤退した際に,その後の政権崩壊や混乱を予期できていなかったことに当時の教訓が生かされていないことがうかがえると指摘した。

『Columbia Journalism Review』のメディア評論執筆者 ジョン・オルソップ氏も戦争や安全保障に関わる報道が,相変わらず,イラク戦争時に誤った情報を流した国防総省や情報機関の幹部に依存している問題を指摘した。

ロシアのウクライナ侵攻では米メディアの多くが現地取材に基づく独自の報道を続けているが,ロシアやロシアと接近する中国との対決姿勢を強める政権幹部の情報に依存せず,両国の現実を客観的に伝えることができているのかも問われている。

  

メディアの動き 2023年04月14日 (金)

【メディアの動き】英BBC スポーツ解説者の政府批判 きっかけに混乱,不偏不党の議論に

公共放送BBCは,人気サッカー解説者のギャリー・リネカー氏が3月7日,Twitterで政府を批判したことを受けて番組を降板させたが,政府の圧力に屈したなどとの批判が相次ぎ,混乱が広がった。

この問題は,英仏海峡をボートで渡るなどして不法入国した移民には亡命申請を認めないとする政府の法案について,リネカー氏が,ナチスドイツに例えて批判したことに端を発した。

政府や保守党の議員から批判の声が相次いだ。

BBCは,公共放送として不偏不党を守るため,報道番組などの職員・スタッフには,政治的な発言を控えるようSNSの利用のルールを定めている。
同局は,知名度が高いリネカー氏にも遵守を求めてきており,同月10日,「SNSの使い方について明確な合意ができるまで」同氏の番組への出演を差し止めるとした。

しかし,この方針に反発するほかのサッカー解説者や司会者が出演をボイコットする動きが広がり,BBCはリネカー氏が司会を務める看板番組を90分から20分に短縮したほか,テレビやラジオの複数の番組が再放送やポッドキャストで編成の空白を埋めることになった。

混乱を受けてBBCのデイビー会長は3月13日に声明を出し,視聴者に謝罪するとともに,リネカー氏の番組への復帰を表明した。

さらに「BBCにとって不偏不党は大事なものだ。また表現の自由も守るべきもので,そのバランスは難しい」としたうえで,SNSの利用のルールがより適切で明確なものになるよう見直す方針を示した。

一方,BBCの記者のインタビューに対し,デイビー会長は自らの辞任は否定した。

調査あれこれ 2023年04月13日 (木)

「災害復興法学」が教えてくれたこと【研究員の気づき】 #473

メディア研究部 (メディア動向)中丸憲一

みなさんは「災害復興法学」をご存じだろうか。東日本大震災から約1年間に、被災地で弁護士が実施した4万件以上の無料法律相談がきっかけとなり生まれた。今回は、避難により命を守った後、「さらに生き抜くため」に必要な法律や制度に関する知識を与えてくれる、この新しい防災の考え方について取り上げたい。

【災害復興法学とは何か】
 3月13日。東日本大震災から12年が経過して間もないタイミングで、都内で講演会が行われた。講演したのは岡本正弁護士。東日本大震災から約1年間に被災地で弁護士が実施した4万件以上の無料法律相談の内容を分析し、その結果をもとに「災害復興法学」を創設した。

okamoto_1_W_edited.jpg講演する岡本弁護士

 「災害復興法学」とはどんなものなのか。岡本弁護士は以下の4つに分類している。
① 法律相談の事例から被災者のニーズを集め、傾向や課題を分析すること。
② 既存の制度や法律の課題を見つけ、法改正などの政策提言をすること。
③ 将来の災害に備えて、新たな制度が生まれる過程を記録し、政策の手法を伝承すること。
④ 災害時に備えて、「生活再建制度の知識」を習得するための防災教育を行うこと。

これを見て、私は「災害復興法学」を、「的確・迅速な避難により命を守る」という段階を無事に乗り越えた後、「さらに生き抜くため」に必要な法律や制度、知識を与えてくれるものだと理解した。

kouenkai1_2_W_edited.jpg講演会の様子

【大事なのは「生き残った後に必要な制度」を知ること】
 講演会で岡本弁護士は、まず、「被災した後の住まいや生活の再建に必要な知識」から話し始めた。▼生活再建の第一歩は「罹災(りさい)証明書」。▼通帳やカードなしでも預貯金は引き出せる。▼家の権利証がなくなっても権利はなくならない。▼保険証をなくしても保険診療を受けられる、など。ほかにも「被災後のローンについての知識」や「被災者生活再建支援金」、「災害弔慰金」の受給など、ポイントは多数あった。私は特に、「通帳やカード、権利証、保険証がなくてもなんとかなる」という部分が重要だと感じた。過去の津波災害では、いったん避難した後、貴重品を取りに戻ったり、自宅から持ち出すのに時間がかかったりして津波に巻き込まれ、命を落とすケースが相次いだ。こうした知識を知っておくだけで、「素早い避難」につながり命を守ることができる。その上で、必要な制度や知識を知っておくことで、被災後を生き抜くことができる。この内容は、岡本弁護士の著書「被災したあなたを助けるお金とくらしの話」に詳しい。

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【目を見張った“あるデータ”】
 次に、講演では、東日本大震災の被災地で弁護士が実施した無料法律相談の話に移った。紹介されたのは、岩手県陸前高田市と宮城県石巻市、それに仙台市青葉区のいずれも震災から約1年分のデータだ。

kouenkai2_4_W_edited.jpg講演会の様子

このうち津波で甚大な被害を受けた岩手県陸前高田市と宮城県石巻市については、マスコミも報道を続け、私自身も災害担当記者時代、何度も現地入りした。しかし、私が目を見張ったのは、仙台市青葉区で行われた無料法律相談のデータだ。仙台市のうち沿岸部は津波で大きな被害を受けたが、青葉区は最大震度6弱と地震の揺れは強かったものの、海に面していないため津波の被害は受けていない。だが、約1100人が弁護士に自分たちが直面する切実な問題を相談していた。

shiryou_5.jpg仙台市青葉区の相談内容 提供:岡本正弁護士

データを詳しく見ていく。それによると、▼借家をめぐるトラブルの「不動産賃貸借(借家)」が最も多く33.5%、次いで▼瓦や石垣、ブロック塀などの落下、倒壊による損害賠償をめぐるトラブルである「工作物責任・相隣関係(妨害排除・予防・損害賠償)」が15.6%などとなっている。

【被災後に直面した予想外のトラブルとは】
こうしたトラブルは、例えばどんな内容だったのか。岡本弁護士の著書「災害復興法学」から引用する。
まず、「不動産賃貸借(借家)」の事例である。
(一部中略)
「住んでいる築30年の一戸建ては、幸い、建物自体の損壊は、見た目上はほとんどなく、電気、水道、ガスといったインフラは思いのほか早く復旧した。ただ、風呂が壊れ今も使えない。4月半ばになって、大家から連絡がきた。『一戸建てはもう古く、地震や度重なる余震で修繕しなければいけない箇所が多い。もし完全に修繕するとなれば、200万円程度かかる。とても費用は出せない。1か月くらいのうちに出て行ってもらえないだろうか。』もし正式に退去請求があったら、どうしたらよいだろうか」
次に、「工作物責任・相隣関係(妨害排除・予防・損害賠償)」の事例である。
(一部中略)
「新築したばかりの2階建て一軒家の目立った被害が、瓦屋根の一部破損で済んだことは幸運だったのかもしれない。4月7日、そろそろ眠りにつこうかと思ったその瞬間。凄まじい揺れが襲ってきた。あの時と同じか、いや、それ以上か。大地震が再び宮城を襲った。その後も各地で余震が続く。4月11日の午後5時過ぎ。再び強い地震が襲った。庭先でドゴッという音。瓦が落ちた。2階の瓦屋根が、隣家のトタンでできたガレージの屋根に降りかかり、大穴を開けた。そして、白いセダン乗用車のフロントガラスを破損してしまったのだ。しばらくして隣人からガレージの修理見積書ができあがったので、全額を弁償してほしいとの連絡が入った。請求金額は80万円だった」

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岡本弁護士は、著書「災害復興法学」で、こうした事例について、▼当事者の言い分にはいずれも一定の理があり「100か0か」という一刀両断の解決が難しいこと、▼「被災者どうし」「ご近所どうし」の悩み事であることなどを特徴としてあげている。その上で、当事者間での「話し合い」で解決することが望まれる事案で、被災者どうしの紛争が頻発することは地域全体の復興を妨げかねないなどと指摘している。

【「災害復興法学」が教えてくれたこと】
 震災当時を思い返してみた。あの時、私は災害担当記者として、連日、被災地の取材に駆け回っていたが、目は常に沿岸部を向いていた。仙台市青葉区については、震災直後、東北最大の歓楽街、国分町が停電で真っ暗になっていたのに驚いたが、このほかは、沿岸部の被害が凄まじすぎて、内陸部に目を向ける余裕は正直言ってなかった。また、史上最悪レベルの原発事故や首都圏の計画停電、富士山直下を震源とする大地震など、経験したことのない異常事態が次々に起きる中で、内陸部に目を向け、すべてを伝えるのはかなり難しかったと思う。しかし、弁護士たちは、それに向き合い、話を聞き、一緒に悩んでいた。そこから見えてきたのは、借家だが長年住んできた家を失う人や、自宅に被害を受け、絶え間ない余震という自然現象による不可抗力で、思いもよらない新たな負債を抱えた人たちの苦悩だった。
 今、メディアが防災を取り上げるときに合言葉のように出てくるのが「自分ごととして考える」。これは、避難など命を守る行動を素早く起こすためのインセンティブとして使われることが多い。しかしこれに加え、災害を生きのびた後には生活をどう再建するかという課題に直面し、被害が比較的軽微で済んだとしても生活を脅かす予想外の事態が起きうる。この言葉は、そうした事態に備える上でも用いることができると感じた。 これらはすべて、「災害復興法学」が教えてくれたことである。

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 【中丸憲一】
1998年NHK入局。
盛岡局、仙台局、高知局、報道局社会部、災害・気象センターで主に災害や環境の取材・デスク業務を担当。
2022年から放送文化研究所で主任研究員として災害や環境をテーマに研究。

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